はてなキーワード: 人工透析とは
最近まで透析患者だった。母からの腎臓移植を受けて透析を離脱した。国には今も感謝している。当たり前だが母にも。
長谷川豊の8~9割が自業自得という言葉は透析患者への差別感情を煽動する最悪な言葉だと思う。
私は透析になる前からずっと食事制限して生きてきた。塩分は6g以内。蛋白質は60g、保存期末期は40g。
健康な人が尿で出している水分と毒素を、透析で抜いてもらっている。
尿が出ないから水分がたまる。(透析導入初期の人など出る人もいる)
水分は飲み物の他にご飯や、汁物、野菜、果物、様々なものに含まれている。
水分を取りすぎると透析で抜ききれなかったり心臓に負担がかかったりする
なので1日で増えて良い体重は自分の基準体重の3%ほどといわれている。
だから喉が乾いたときもうがいでごまかしたり、氷をなめてしのいだりもする。
特に食生活から糖尿病になって透析管理できない人間はすぐ死ぬ。
簡単ではない。
原因不明だけでも1割いる。膠原病や遺伝的疾患、妊娠高血圧、他やむを得ない理由で1割
糖尿病で4割、腎硬化症で1割。
慢性糸球体腎炎が3割。
http://docs.jsdt.or.jp/overview/index.html
糖尿病患者全員と腎硬化症全員と慢性糸球体腎炎の半数以上を合わせて8割って雑すぎる計算の根拠はなんだよ。
食生活が原因の自堕落な、人のいうことも聞かなかった患者もいただろう。でも8~9割では絶対にない。
医師に、慢性糸球体腎炎の患者も努力すれば透析を遅らせたり回避できたりする、と聞いてきたらしいが、それはもちろんそうだ。
そうだとしてもここで言われている「努力」というのは暴飲暴食をやめて普通の食生活に戻るということではない。
そして制限していてもなるものはいる。私の場合は風邪をきっかけに重症化してしまった。
よく知りもしないくせにふざけんなよ。
だいたい日本人はインシュリン分泌が少ないから糖尿病になりやすい。
高血圧の中にも二次性高血圧も内分泌異常の高血圧もいるし塩分を控えても血圧が下がらない高血圧もある。
風邪をひきやすい人間とひきづらい人間がいるように、アルコールに弱い人間と強い人間とがいるように、同じ生活をしていても病気になる人間とならない人間がいる。家庭環境、経済状態、年齢の差もある。線をひくのは難しい。
長谷川豊を応援しているという医師15人、連れてきてやろうかと書いてあったが是非とも連れてきてもらいたい。絶対に連れてきてもらいたい。
そして説明してほしい。
「ブログの真意を語る」というインタビューでは透析患者の1割は黒だから死んでもいいと言ったらしいが
最初はほぼ全ての透析患者を自費にしろという論調だったのに批判されて変えたのか。
(長谷川豊は1割減れば11.7兆減ると言っていたが意味がわからない。)
(追記10/3)
(
完全な黒は切り捨てられるはず。『完全な黒』だけで1割、11.7兆円出てくる。
http://www.j-cast.com/2016/09/25278891.html?p=all
という発言を、はじめ透析患者の1割だと読んだのですが、社会保障給付費が117兆円なので、もしかしたら社会保障給付費の1割という主張だったのかもしれません。でもそうするとインタビューの流れを無視して突然詳細もなく社会保障給付費の話をするのは不自然なので、彼が医療費と社会保障給付費を勘違いしていたか、もしくは数を大きく見せようとしたのか、真意はわかりません。社会保障給付費の11.7兆円の話だった場合、透析患者以外にも大量に切り捨てられる人が出ることになりますが。誤読していたらすみません。)
その中の1割を殺すとして0.4%、1600億円だ。
殺さないで0.4%減らせないのか。
糖尿病教育、腎臓病教育、栄養指導を病気の初期にもっと徹底してほしい。
食生活の重要性、合併症の危険、人工透析は他人事じゃないことを初期のうちに徹底指導する。
医師だけでなく栄養士や看護師、患者の家族と連携して教育してほしい。現実にはそこまでできていないのが現状だと思う。
そして腎疾患は末期になるまで自覚症状がでない。
気づいたら透析間近だったという話も少なくない。
初期に病気がわかれば治療や自己管理で現状維持できることも多い。
健診で尿検査や血糖値に異常が出たら専門の病院を絶対に受診するように世間に知ってもらわなければいけない。
また、移植の話になるが日本の腎移植はアメリカの10分の1以下だ。
(人口あたりでは5分の1)
日本の透析患者は献腎移植(亡くなった人からもらう移植)で平均15年以上待つ。待ったまま亡くなる人も多い。
もっと発達してもらえないだろうか。
https://ja.m.wikipedia.org/wiki/%E8%85%8E%E7%A7%BB%E6%A4%8D
イギリスでは国をあげて食品業界に減塩を迫り、3年で医療費が年間2600億円減ったらしい。
殺すより新たな患者を減らすことを考えてもらえたらと思う。
http://www.nhk.or.jp/gendai/articles/3546/index.html
追記2:
「してもらいたい」ばかりだなと思ったので、格安スマホにして
人口に対して人工透析を必要とする人が一定割合で発生すると仮定する。
この仮定のもとでは大規模なインフラを必要とする現状の人工透析のコスパはよかった。
自費で利用できる人だけを対象とするよりは、社会保証で対応して利用者が増えるほうがコスパがよかった。
今後は人口が減り続けることが確実なので現状の方法のコスパは悪くなる見通し。
大掛かりな透析装置が必要な方式はいずれ衰退するんではないだろうか。
臓器移植の普及やiPS細胞の利用も含まれるだろうが、有効な手だてを探すことに費用をかけようという話にならないのはなぜだろう。
iPhoneの利用を維持するために社会が負担しているコストについて無駄だとは言わないだろうし、気にしたこともないだろうに。
ITサービスや工業技術の普及と同じような理屈なのに、医療にはこんな不満が挙げられる。
不思議だ。
「じゃあ死なせてくれ。殺しに来い」
http://www.itmedia.co.jp/news/articles/1609/23/news067.html
私20代後半。
母60代後半。透析歴13年くらい。
昔は週2回3時間で済んでいた透析も、いつだったか、何かのタイミングで週3回4時間になった。
ウチの母は生活習慣がどうこうっていう糖尿ではなくて、遺伝子レベルの問題なので
ハセガワなんちゃらさんの言う中には入らないんだろう。
「もう少し好きなもの食べてもいいと思うけどね」なんて担当医に言われたレベル。
だけど、ハセガワなんちゃらさんの物言いが不快なことに変わりは全く無い。
真に言いたいことは医療費がどうのこうのという感じなんだと思うけど、
とにかく過激だなと思った。
炎上芸なんて揶揄されてるから取り合わないほうがいいのかもしれないけど、
何ていうか残念だなあと、ただ悲しかった。
小学校に上がった頃にはすっかり「母は病弱である」というのが刷り込まれていて、
授業参観とかそういうものは、気がついたら全部父が参加していた。
目が見えづらいから手術するんだよとか、そんな風にしか理由を聞いていなかったけど、
今振り返ると糖尿病の進行が関係していたんだなあと、ぼんやりわかる。
なんで透析することにしたのかは単純で
宣告受けたのが私が13歳だったと思うから、7年か。
今年の冬で14年目に入るんだから、もともとの予定の倍は生きてるね。ありがたい。
一度だけ透析室に入ったことがある。
あとになって一緒に入った父に聞いても首を傾げられたけど、
あの匂いはもう感じたくないな、と頭の隅で思った。
(実際に死臭なんてものが存在するのかどうかは知らない。あくまでも私の感覚での話)
一番強くその匂いを感じた場所にいた人は、1年経たずに亡くなった。
母が透析をしているうちに作った友人だった。
仲良くしていた患者さんのうち、4人目が亡くなった時点で、母は友人作りをやめた。
ハセガワなんちゃらさんの記事ではなんかものすごい言い方されてたけど、
娯楽のために出かけることなんて年に数回あるかどうかってレベルなんだよね。
酷い日は透析から帰ってくるとそのまま寝込んで起きてこられないこともある。
手続きはまだまだ煩雑で、窓口に来るのは本人じゃなきゃだめとか、問い合わせのたらい回しとか、
お役所仕事いい加減にしろって思うことはあるけど、恩恵はありがたく受けてる。
透析に関して、「しんどい、やめたい」と零されると、なんて返したらいいのかわからない。
やめていいよとは言えない。「死んでいいよ」って意味になる。
でも、その一方で苦しみながら生きているのはどうなんだろうと思う。
正しい答えなんてものが無いことを抱えながら生きている大切な肉親に
「死んでくれ」なんて言えるわけがないんだけど、
ハセガワなんちゃらさんはそれにはっきり答えをくれるのかな?
安楽死とか尊厳死とか、そういう議論って今行政ではどうなっているんだろうなあ。
まあそういう意味ではありがたいってことにしておこうか。
ここまで読んでくれて、ありがとうございました。
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追記。
技士さん。いつもありがとうございます。お世話になってます。
友達を作らなくなった母は、看護師さんや技士さんとお喋りするのがささやかな楽しみのひとつのようです。
中にはつらく当たる患者さんもいるだろうけど、ひとりの患者の家族としては感謝の気持ちしかありません。
言葉の強さが悲しかったけど、結果的に考えさせられたな、という感想のつもりで書いたら
母には聞かれたのです。透析患者がどうこうって何かニュースでもあったの、と。
その場で検索かけて記事読んで、どうしようかとは思ったけど、私なりの解釈で説明しました。
言葉の選び方は良くないけど間違っちゃいないとは思うのでね。だって患者が家族にいても、税金おさめて負担しているのは変わりないから。
例えば、30代で無職。体は至って健康。みなさんその人を見下しますよね。穀潰しwwニートじゃんwwwって。
社会ってのはみんなが頑張って働いて、価値を生み出して、その価値の一部を税金として納めて、やっと維持できるような代物です。みんなが働かずだらけたら成立しないわけですね。
もっと言えば、知的障害者が社会の中で3人に1人もいたらその社会は確実に崩壊しますし、人工透析者が3人に1人いてもそうなるでしょう。
だからU被告とかH氏の思想の根底にあるのは、こういう社会のお荷物を人権保護とか言って過剰に保護してたら、社会そのものが破綻して、頑張って働いてた人たち含めてみんなが割りを食うぞ、という危惧なわけです。社会そのものが立ち行かなくなったらそれこそ大変ですからね、119しても救急車が来ないかもしれません。
結局、知的障害者が保護施設で暮らせるのも、人工透析者が人工透析を受けられるのも、彼らの数が社会の「まともな」構成員に比べて十分に少ないからなのです。
さて、そういうわけで、社会を維持するためには、頑張って働いて価値を生んで納税してくれる「まともな」構成員を増やすことが重要になります。
全員平等を謳った共産主義では、怠け者に罰を与える事でそれを達成しようとしました。怠け者はシベリア送りです。一方資本主義では、頑張った人に御褒美をあげることで達成しようとしています。みんな頑張って働いてお金を稼いで都心のタワマンの高層階に住もうぜ、と発破をかけて、働き者を増やそうとしているのです。
しかし、生活保護で最低限の生活が保証されている、資本主義のこの国であっても、働かない者には罰があります。その罰が社会的評価です。
職にもつかず、生活保護で貰ったカネでパチンコを打ってぷらぷらしてる、そんな人間は、徹底的に人々から見下されます。当然ですよね、必死になって働いた俺達のなけなしの給料から払ってる税金が、アホ面した穀潰しのパチンコ代に消えているわけです。なんだあいつ、死んじまえよ。こんな人間がどんどん増えたら社会全体が破綻するわけですから、そういった人間をコミュニティから排除しようとするのは、社会的生物として至って正当な判断ではないでしょうか。
そして、人間は社会的生物ですから、コミュニティから排除されることを本能的にたいへん恐れます。それこそいじめを受けた子が自殺してしまうくらいに。
だから、人が働く動機としては、遊ぶカネが欲しいということ以上に、村八分は嫌だ働かなくちゃ、ということがあるように思います。文系が院に行かないのも、理系が博士に行かないのも、他のみんなが就職するからなんじゃないでしょうか。
また、生産価値の高い職業に就くほど、社会的評価も付随して上がっていきます。医者や一流企業に就けば「立派な人」になれるのです。自己承認欲求の満たされ具合も上々でしょう。
こうして、みんな働いてますよ、働かないと差別されますよ、と唆されることによって、社会のうち大半の人が働いてる面があると考えます。自分だけひとりぼっちになりたくないという人間の心理を突くのは、社会を維持する上で非常に優れた戦略ではないでしょうか。
そして、私はこの戦略が少子化対策にも適用できると思うのです。
少子化は、社会にとって非常に深刻な現象です。中国の脅威やテロの脅威など一瞬で吹き飛ぶ程度には深刻な脅威です。尖閣が取られようがビルが爆破されようが日本の社会システムそのものが崩壊することはないからです。
しかし、少子高齢化がこのまま進めば、2060年には65歳以上の高齢者率は驚きの40%です。現在の社会保障の仕組みを維持することは難しくなります。労働人口が減少しますから経済は停滞します。介護施設はパンクします。暗黒時代です。そうかと思って移民を入れれば治安が悪くなります。また現在の人口を維持するペースで移民を受け入れれば、2100年頃には移民のほうが日本人より多くなります。
というわけで、子供は社会にとって超重要な資本です。これが途絶えたら社会は終わりです。もう暗澹たる未来がすぐそこまで来ています。これを打開するためには、すこし強硬な手段を講じても良いのではないでしょうか。
フランスのように子育て支援を充実させるのも一つの手です。しかしそれだけでは多分足りない。出生率を2.1程度には上げておきたい。
じゃあ、子供がいない人を無職・ニート並みに社会的に差別したらどうだろうか。
子供という最大の資本を生んでいないのだから、働いていない人間と同程度の扱いを受けるのも仕方がないのではないか。
結婚しない人生のあり方を肯定するなんてもっての外。独身者の暮らしをまるで薬物中毒者みたいな悲惨な感じに演出してワイドショーで特集したりとか、相手を選びまくって結局結婚しなかった人が悲惨な末路をたどるようなドラマとか流せば、未婚者を差別する社会の下地ができるだろう。
そして、未婚者をSNSとか職場とかで八分にしよう。「30代独身女のヒステリーがやばいwww」とかをはちま起稿あたりがまとめて、コメント欄でどんどん叩こう。30代で独身はありえない、非国民だ、そういった風潮が醸成されればなおよし。
そうすれば、みんな必死になるでしょ。自分の趣味の時間がどうこうとかキャリアがどうこうとかの問題じゃなくなる。自分のコミュニティを失う恐怖。道行く人全員に嘲笑されている気がする。もう残った奴に不細工しかいなくても、結婚するしかない!みたいなところまで追い詰める。美男美女を見て、ありもしない甘酸っぱい恋愛に憧れを抱いている場合ではないのだ。恋愛に興味がない?そうか、クズめ。道端で干からびて死んどけ。
そして同じように3人子供がいないやつは甘え、3人も養えないとか底辺かな?と煽っていく。一人っ子に愛情を注ぎすぎて破綻する家族関係とかの映像をテレビで流しまくれ。もちろん子無し夫婦を叩くのも忘れるな。
するとどんどん周囲の人が結婚していく。ひとりぼっちになる恐怖。家族がいないひとりぼっちだけでなく、社会からもひとりぼっち。怖いなあ。絶望で自殺しちゃうよね。だから結婚しなくちゃ。結婚したら、みんな3人子供を生むのがノルマらしい。じゃあ産むよね。みんなと同じが絶対いいから。
……と、トントン拍子に行けばいいのですが、そんなにうまくは行かないだろうとは思います。しかし、子供が社会にとって最大の資本である以上、子供がなければ社会から差別されても仕方ないのではないでしょうか。だって次世代の社会に貢献してないし。
ただ困るのは、不妊治療しても子供が出来ない夫婦や、ゲイ・レズの方々、努力しても極端にモテない方々。養子縁組は日本でほとんど進んでいないですし、極端にモテない人は残念としか言いようがないです。
どうやら長谷川豊氏の件のブログのタイトルがしれっと変更されているみたいですね。
変更前) 自業自得の人工透析患者なんて、全員実費負担にさせよ!無理だと泣くならそのまま殺せ!今のシステムは日本を亡ぼすだけだ!!
変更後) 医者の言うことを何年も無視し続けて自業自得で人工透析になった患者の費用まで全額国負担でなければいけないのか?今のシステムは日本を亡ぼすだけだ!!
9/25 15:55 の時点では更新済みたい
https://megalodon.jp/?url=http%3A%2F%2Fblog.livedoor.jp%2Fhasegawa_yutaka%2Farchives%2F48479701.html
タイトル変えたということはやはり問題だと思っているんじゃないですかねぇ
なんでひとこと謝罪できないのか
ずっと言ってるけど、必要のないところで意見を開陳して話題を止めるなって言ってる。
「弱者はいない」って話題が出てるところで「私は弱者だ」というのは問題ない
なにについて黙るべきか否かという話をしている
ここでは意見があってるのに、なんで途中で話が食い違うんだ。
うんそうだね人工透析患者はハセガワにキレて怒りを表明する権利はなく黙って傷ついた心を一人で抱え込んでその場から立ち去れ、その後自殺しようが俺の知ったことではないというのがおまえのスタンスだもんね
長谷川某の話について、議論停止語を使って安易に止めようとしたの?違うよね
全部中身のある具体的な反論になってるじゃん。こういうのを見たいんだよ
ああ、ここまで書いてなんとなくわかった。お前は俺のことを被差別者の意見を聞きたくない反PC活動の連中かなんかだと思ってるんだな。
そこはいいよ。しゃべってもいい。他者の喋りを止めるような発言はするなとだけ言ってるだけだもん。その代表格がトラバトップの議論停止語だ
その対象は裁く権利があると思い込んでるおまえが決めるわけだな。そして
「議論を深めるには状況を限定したり話題を区切ったりして論点を整理しなきゃいけないのに「私は弱者だ」って言ったらそこで話が止まるんだよ
と述べているので結局は開陳を禁止しているという事実には変わりない。
だから黙れとは言ってない。喋っていいぞ。中身のあることをいっぱい喋れ
議論の中身を忘れたのか、鳥頭か。なにについて黙るべきか否かという話をしているのかすら覚えていないらしい。
差別に関係する話題で指摘やら検証が入って不快だと思った場合、やるべきことは議論停止語で話題を阻害するんじゃなくてその場から立ち去ることなんだ
うんそうだね人工透析患者はハセガワにキレて怒りを表明する権利はなく黙って傷ついた心を一人で抱え込んでその場から立ち去れ、その後自殺しようが俺の知ったことではないというのがおまえのスタンスだもんね
多分お前に問題あるとすると議論は何かの勝ち負けだと思ってる点だわ。「マジョリティ様が勝つよね」これ。目的は勝負じゃないんだよ。そこから何かの知見を得ることだ。
あー言葉に影響力というものを加味しない小学校4年生くらいの脳ミソをお持ちなんですね~
マジョリティの意見が正しい知見であるかのように広まって沈黙を強いた被差別者をみんなでぶっ殺すことを被差別者のいない場所で決めるというのがお前さんのスタンスだもんね~
長谷川豊の「自業自得の人工透析患者なんて、全員実費負担にさせよ!」という記事が炎上したが
明らかに、病気発覚後も好き勝手な生活をして、透析生活になる人がいるのは事実だと思う。
人工透析が、医療費増大の一因になっているのは事実で、患者にも自覚を持ってもらって、少しでも透析にならないよう努力してもらう必要はあると思う。
ただ、透析患者の大半が自業自得で、実質死ねと言うような発言から炎上したんだろうと思うけど
本意としては、患者にも自覚をもってもらいたいということなんだろうと思ってる。
今の時代、完璧に健康管理出来てる人は、そういないだろうし、ある程度は仕方ないと思うけど
http://blog.livedoor.jp/hasegawa_yutaka/archives/48487334.html
http://blog.livedoor.jp/hasegawa_yutaka/archives/48497760.html
(閲覧注意)
ヨッピーだったら炎上しないのかなあと思いつつ、もしそうだとすればはてなーも堕ちたもんだけどさ。
まあ、ヨッピーは他人を口汚く罵ることはなさそう。自分がいつその状態に落ちるかわからないから。「元アナウンサー」という肩書の有無でこうも評価が変わるとなると、やはり日本は先手必勝なのだなあと思うわけです。「とと姉ちゃん」でも「自己実現欲求のために働いているのに、貧乏だと後ろ指を指される」という一言があって、日本の「ちょっと人と違うことに嫉妬して叩く」というのも変わらないのだなあと。
そんな話がしたいのではなくて。
Weblogの方も一通り読んで、大体の主張理解。ただ、僕は長谷川某が耳を傾けるに値しないという先入観で読んでいるから、原則伝わらないと思うけど。
某のスタンスとして『炎上ってとても素晴らしい。だって拡散できる。』というのがあるわけで、炎上はある種意図的にやったと解釈。だとすれば、一次炎上すれば、某は目的を達成したわけで、その後のTwitterやブコメにムキになって反論することはないのだと思うのです。だって、『ピーチクパーチクとうるさい人』扱いだろ。つまり取るに足りない有象無象だと思っているのです。
別に彼らを無視するのはかまわないし、無視すべきだと思う。ネトウヨがうざいように。でも、某はそれも執拗に叩くのです。『なんなら、私を応援する現場の医師たち、15人くらい、呼んできてやろうか?参考になる話、たくさん聞けるぜ?』『ネットで私の悪口を書くしか能のないバカたち』などと。
これは某が本当に『あなた方の現実はちゃんと分かっています。』と言いたいなら、彼らにムキになって相手にすることはないと思うのです。すればするほど、某も彼ら同様に「悪口を書くしか能のないバカ」扱いされてもしゃーないなと思うのです。かくいう私も度重なる某の煽りに対し、「長谷川某?あーまた人格破綻者がなんか言ってるわ」などと先入観で見てしまう。残念ながら、今回の一件も、たとえ某がどれだけ『ご自身に全く非もない中、腎臓を悪くされ、人工透析を行っている患者・またご家族の皆さん。』の苦しい思い、悲しい思いを取材していたとしても「人格破綻の長谷川某がなんか言ってるわ」と私は思ったので、「ご家族の皆さん」の思いは1mmも伝わらんかったんですよね。
(つーか、ちゃんと取材しているならわざわざ『あなた方の現実はちゃんと分かっています。』って予防線張らなくてもよくね?だって「長谷川さんは私たちのために、あの憎き不摂生透析患者を叩いてくれている。ネットではいくら叩かれようと、わかってるよ」と"あなた方"はわかっているのだから、それをわざわざアピールせんでも。)
まず、仮にも記者を自称するなら、伝えたいことが聞いてもらえない、伝わらないって致命的なことだと思うんですよね。存在価値の有無を問われるレベルで。
ただ、某には感謝しているんですよ。だって、「日本の若者たちの生活が「崩壊している」から言っている」「私たちの子供が大人になった時、あまりにも絶望的な国・日本を引き継がなければいけなくなってくる」から吠えているそうなんですから。私も30歳なので世間的には十分若者、なので某は私の味方のはずなんです。全然味方感ないけど。
いや、某が勝手に日本に正義感ぶってくれるのはありがたいんですよ。一銭の得にもならないのに、むしろバカどもからいわれのない謗りを受け続けても(いくら無視しても物理的な被害の可能性とか、精神的な澱はやっぱり溜まってくると思います。家族親族への謗りとかも)吠え続けているんですよ。でも、それだけエネルギー使うのもったいないと思うんですね。少なくとも家族はいい顔をしないでしょう。
なので、某にはマジでシンガポールか香港へ移住して、浮いた取材に係るエネルギーを私腹肥やすほうに使ったほうがいいと思うんですね。「まだ日本で消耗してるの?」などど言いながら。だって「こんなクズな保険・年金システムの国家」なのですから。少なくともあなたの家族は絶対にwinですし、あなたに多くのエネルギーを使って叩いている人々も別の活動に能力注げるからwin。朝から次の朝まで延々と仕事してる厚労省の職員も精神的な苦痛を受けずに済むしwinなんですよ。
おお!完璧だ。
追記。
なんか隊長っぽくなった。
「自業自得かどうかの判断システム」はどうやってやるんだ?という叩きもあるけれど、これはある程度まではできるように思う。まず先天的な糖尿病患者(ex.1型)は排除。それから遺伝子検査で腎臓を患いやすい遺伝子を持った人も排除できるだろう。(遺伝子検査の精度はさておき)また、生活習慣のチェックリストや、これまでの健康診断結果を基に評価するという方法もできそうだ。(個人情報保護法を乗り越えるのは少し大変だが。。。)これまでの診療歴を見てもいい。ストレスチェックよりかは遥かに評価は簡単そうだし。
とはいいつつも、
1.評価基準ってあるのか?ないならエビデンスに基づいた基準を最低でも学会レベルで定めないと。
2.システム構築に係る費用って、現状の透析システムを続けるのと比べてどれぐらいペイするの?
主張するなら、せめてこれぐらいのデータはほしいよねえ。
「自業自得の人工透析患者なんて、全員実費負担にさせよ!無理だと泣くならそのまま殺せ!今のシステムは日本を亡ぼすだけだ!!」を読むと、彼の主張は
ではなく
「生活習慣を帰院として糖尿病を罹患し、人工透析に到った患者は全額自己負担で医療を受けさせろ。それを拒否するなら死んでもらっても仕方ない」
であろうと思います。なのでここで
という反論をしてもきっとかの御仁の胸に響くことはないでしょう。なので反論すべきは
「なぜ自業自得の透析患者を殺してはいけないのか」あるいは「なぜ自業自得の透析患者を全額自己負担にしてはいけないのか」です。
まず自業自得による糖尿病ってなんなの? という問題があります。
糖尿病は生活習慣病ですから、食べ過ぎ飲み過ぎ、体重増加、運動不足によって病気にかかるリスクが高まることが知られています。
糖尿病 | 生活習慣病 | 一般社団法人 日本生活習慣病予防協会
と思いがちですが、どこからが食べ過ぎ飲み過ぎになるのでしょう?
・毎日、ご飯3合と焼肉400g、ビール1リットルを飲んだら自業自得?
・ケーキが大好きで毎日ショートケーキを1ピースずつ食べている人は自業自得?
・一日おきに牛丼を食べてる人は……?
食べ過ぎ飲み過ぎの線を引くだけでもこれほどあいまいで、境界などありはしないのに、糖尿病は遺伝などによっても発症しやすい体質か否かの差が生じます。毎日ケーキを食べて糖尿病になる人もいればならない人もいるわけです。
長谷川豊氏は一体どこに「自業自得」の線を引けというのでしょうか?
「ああ、あの時、ビール一杯ガマンすれば保険で治療できたのに、あなたはお酒飲みすぎラインを越えちゃったから今後は全額自己負担ね」
国民皆保険制度を壊し、こんな医療制度を実現することが可能だというのでしょうか。
100歩ゆずってみんなが納得する自業自得の線が引けたとしましょう。けれど、その線を引けたからといって、やはり自業自得な患者の医療を全額自己負担にするわけにはいきません。
我が国は国民皆保険制度の下で、どんな人も低額で医療サービスを受けることができるようになっています。これは日本国憲法第25条の第1項に
『すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する』
と規定され、第2項には
『国は、すべての生活部面について、社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上及び増進に努めなければならない』
全国民に認められたこの「社会権」の下、医療保険制度は国民が保険料を負担し、健康機能がおびやかされるに至った別の国民は低額で医療サービスを受けることができる「相互扶助」の精神で運営されています。
つまり、「全員が健康で文化的な最低限の生活ができるように、みんなでお金を出し合って支え合っていきましょう」と決められているわけです。病気を発症する原因を問うことなく、「みんなで病気になった人を助けましょう」というのが日本の医療保険制度です。
人工透析の話に戻れば、長谷川豊氏はこの制度を否定し、「助け合える人間だけで助けあえば良い」「助けたい人間かどうかは助ける側(保険料を支払っている側)の人間が評価すべきだ」と主張されているわけです。
「自堕落な生活で病気になった奴を我々の金で助けるなんて不愉快だ」という感情をベースに人が人の生き死にを左右しようという考え方に見えます。
これほどに極端な記事を掲載した彼の思惑を察するに、「これを起点に医療皆保険制度の議論が活発になれば」ということなのでしょうが、人工透析が医療財政を圧迫していると考えるのであれば、透析医療の値段(診療報酬)を引き下げることを議論すれば良いのです。
あるいは腎臓移植、特に死後移植の活発化を訴えるべきなのです。
彼の極端な記事を読んで
「俺はそんなこと言ってないし、やっぱりネット民はバカばっかりだな」
となお一層調子に乗るだけでしょう。そうではなく、
・国民皆保険制度がなぜ今の日本に存在し、それを破壊することがどのような影響を及ぼすのか
・人が人の生き死にを決めることはどれほど危険な考え方かなのか
http://anond.hatelabo.jp/20150628034419
なんか、やばそうだなって思うと返って病院に行きづらくなるというか、そういうのがあったと思いますね。
それに、当時28歳でしたが、高校時代から10年近く病院に行ったことなかったので、行く習慣がなくなってたのかもしれないですね。
「迷惑かけてるのわからないのかな」というブコメに関しては、本当にごめんなさいとしか言いようがないですね。
「朝、総合病院で血圧は測らなかったのかな」というブコメがあったけど、朝測った時は正常値だったんですよね。なんであの時血圧低かったのかは不明ですね。
「迷惑かけてるのわからないのかな」という部分で、もう少し書くと、医療費は税金が使われているんですよね。
いずれ腎機能が低下して必要になるかもしれない人工透析は、莫大な費用がかかり、国の医療費を圧迫している現状もあります。
数年前から、1ヶ月に1回程度、頭が痛くて、気分が悪くなって吐く。ということがあった。
よく仕事の休憩中とかに、吐いたり、昼飯抜いたりしてた。
それが、1ヶ月に2~3回とか、年数を追うごとに、頻度が増えていき、5年位が経ったくらいからは、毎日のように頭が痛くて、よく吐いていた。
酷い日は、一日中、吐いても吐いても吐き足らないというような状態だった。
それでも、運動不足のせいだろうと思って、ここまで病院には行ってなかった。派遣社員だったので、健康診断なんてものもなかった。
それに、平日も休めないし土曜も出勤の場合が多く、なかなか病院に行くことが出来ないというのもあった。
で、入院2ヶ月前くらいから、血尿が出始めたが、よく吐いていたこともあり、胃が悪いと思っていたので、胃炎で血尿が出る場合があるということだったので薬局で胃薬買ってきて飲んでた。
最初に買った胃薬を全部飲みきった頃になっても、一向に症状は改善しなかったので、別の胃薬を買って飲んだりしてた。
血尿は、最初は2~3日出て止まる、という感じで、出たり出なかったりだったが、出始めてから、2か月後の入院直前の頃には、血尿が出るのは当たり前になっていた。
最初は驚いたが、後半は、「あ~、今日もおしっこ赤いな~」って思う程度になってた。
まあ、おしっこする時は、血尿を見られないように立ち小便用便器は使わず必ず、個室に入るようにしてたけど。
それと、頭痛くて吐くのとは別に、入院1ヶ月くらい前からは、食べて30分後くらいに全部食べたものを吐いてしまうようになってた。それで胃が悪いと思ってたというのもある。
だから、その頃は、仕事中に吐きそうにならないように昼飯も殆ど食べてなかった。
でまあ、そんなある日、仕事から帰りお風呂に入っていたら、急に胸が苦しくなってきたので、急いで風呂から出てベットに横になったが、どんどん胸が苦しくなっていって死ぬかと思ったが、翌朝目が覚めたら何ともなかったので、仕事へ行った。
で、仕事から帰って来て、昨晩、風呂入ったら胸が苦しくなったので、その日はシャワーだけ浴びて寝ることにしたんだが、上手く説明出来ないが、胸が苦しくて咳が止まらなくなって、翌朝まで殆ど寝れなかった。それでもいつの間にか眠ってしまっていて目を覚ました頃には何ともなかったので、仕事へ行った。
自転車通勤だったが、いくらペダルをこいでも自転車が進まず、普段通りの時間に出たのに少し遅刻してしまった。
それで一日何とか仕事して帰って来て、食べると気持ち悪くなるから、おかゆを食べてみたけど、一口食べたら気持ち悪くなってしまって、それで夕食を終わらせてシャワー浴びて寝たら、また前日のように咳が止まらなくて眠れない。
もうこれは駄目だなと思って、ようやく翌日、朝一で地元の総合病院へ行ったら、「一応検査してみましょう。検査の結果は一週間後にまた来てください」ってなって、各検査室回って検査受けて、薬も何ももらえず帰らされた。
納得行かなかったので、別の開業医へ行ったら、レントゲンと脈拍測って「これは危険な状態だから、紹介状書くから、総合病位へ行ってくれ」って言われたから「朝、総合病院行ったけど検査だけして帰らされた」って言ったら、「今度は紹介状書くから大丈夫だと思いますよ」って言われて、開業医が総合病院に電話したら、「検査結果が悪くて呼び戻す電話を自宅にしてたけど連絡付かなくて困ってた」と言われたらしい。それで、病院戻ったら午前中の検査結果が全部出ていて、「全ての臓器に障害がでてて、普通歩けないはずだ」と言われた
「うちでは手に負えないので、もっと高度な病院に転送します」と言われ待たされたけど、結局受け入れ先の病院が見つからずその病院に入院した。
病名は、腎不全で、即日、人工透析をした。胸が苦しくなったのは、胸に水が溜まっていたからだそうだ。横になると、胃が上に持ち上がるらしく、間に水がたまっていたので、胸が押しつぶされた状態になり苦しくなってたらしい。
血圧は200を超え、体中内出血してて、体のあちこちにアザのような半纏が出来てた。
そこから1ヶ月半入院して、当初は一生透析生活になると言われてたけど、完全に腎機能が回復したわけじゃないし、将来透析になる可能性はあるみたいだけど、3ヶ月に1度通院して、毎日薬飲まないといけないし、食事療法しないといけないけど、今のところは、透析が必要ない生活が送れてる。
最終的に言いたいことは、健康診断は受けた方がいいよってこと。僕の場合、腎不全の原因は高血圧で、高血圧の原因は不明らしいけど、今は血圧下げる薬あるからもっと早く病院行ってたら腎不全にならずに済んでたらしい。病状が悪化すると医療費も高くつくしいいことないよ。
親父はもう70近い。自分が学生の頃は休みの日にキャッチボールの相手や一緒にカラオケ言ったりボーリング行ったりしてくれていた。
父親が70近いというのも夢なわけね。
親父はもう70近い。自分が学生の頃は休みの日にキャッチボールの相手や一緒にカラオケ言ったりボーリング行ったりしてくれていた。
ここから俺が見たそんな親父の夢なんだけど、ふつうに実家で暮らしている何気ない生活風景だった。
親父も俺もリビングで親父は簡易ベッド作って、俺はソファーで寝るんだ。(L字のようになる)
そしてみんな寝静まった夜中に親父がおびえた寝言を言い始めるのさ。
実家で暮らしていた時もそんな感じだったけど、ストレスがたまったり恐怖を感じたりすると、時折この世の言葉ではなさそうな寝言を言うんだ。
隣でそんな気味の悪い寝言やられるととても寝れたもんじゃないので、決まって俺が親父の足を揺さぶって寝言を静めるんだ。
翌日、親父はこういった。
「俺はな、滋賀の病院に入院しなきゃならない。お前が俺の世話をしてくれんか」 ー (実家も今の住居も滋賀とは程遠い都道府県)
滋賀に有名な病院ってあったっけ・・・とにかく治らない持病をどうにかするためなんだろう、なぜそういう経緯になったか知らないが半分ぐらいは空気を読んだ。昨夜もうなされていたし。
俺「いきなり入院ったって、どれくらいの期間なの」
父「1〜2週間」
俺「宿なんかはとってあるの?」
父「まだ」
俺「うーん・・・ちょっと待って、俺じゃ無理だよ・・・仕事あるし」
父「(´・ω・`)」
そんなこんなで仕事中も気が気でないままだった。いつ親父がぶっ倒れたっていう連絡が入ってくるだろうと怯えていた。
なんだったら、次電話で連絡が来たら、仕方がないと腹を決めて仕事を整理して滋賀に向かっていただろうと思う。
そして自分を情けなく思った。
俺は社会人になってもこういう態度しかできないのかよ・・・って嫌になった。
実は自分の親父はすでに他界している。それも15年ぐらいも前。生前は腎臓病を患っていて、週に3回人工透析を受けていた。
とくにオチなんかないけど、親父は夢の中で何を俺に伝えたかったんだろうって思う。
自分が学生のときに先立たれたこともあって、孝行らしいことはできてないんだ。それもあって自分の行動が情けなくてしょうがない。
父親が存命の人たちはそういう告白があったらどう行動すべきか悩んでおくといいとおもうよ。
あー、そういや最近遺産相続で揉めて墓を移していたなあ・・・亡くなってからも落ち着いてられないだろうなあ。
たまには手を合わせに帰るかなあ。
健康問題に由来する生き地獄を想像するに、たとえば人工透析が必要な身体に自分がなったと考えてみよう。
数日おきに行う透析は辛いだろう。それが控えている日々や時間も安らかではないだろう。
そして平均すれば健常者よりも短い生涯を終えるのだろう。
貴方はパソコンかスマホが使える、つまり知の革命たるインターネットに繋がる歴史的に大変恵まれた状況に生きている。
膨大な情報を得て学ぶ事が可能だし、自らの思索や創作を世界に向けて発表できる。
貴方が恵まれていないのはただ肉体的な健康のみであって、それ以外の点では大いに恵まれているのではないか。
もちろん健康が何よりも大切で尊いという評価もあるだろう。しかし今とこれから何ができるか、最大限のところを想像してみて欲しい。
無理な事、困難な事よりもきっと何とかできそうな事が溢れているのではないかと思う。
これは経験則だが、具体的に想像できることはかなりの確度で実現する。
まず想像する事をしてみて欲しい。
という記事がありますが、まず大前提として、腎臓移植をする場合、基本的には親戚や家族などからもらう場合が多いようです
ただ、腎臓をもらうために親近者の健康体にメスを入れなければならず、移植自体も拒否反応など、必ず上手くいくとも限りません
移植して健康になれるならまだしも、数年で使い物にならなくなったりしたら、提供者に申し訳ない気持ちが強くなる
だったら、見ず知らずの人からお金を払って腎臓をもらう方が多少は気が楽な気もするけど、私も腎不全なんですが、どちらにしろ人から腎臓もらってまで生きたくないし人工透析も嫌だ