はてなキーワード: 化学調味料とは
以前、エルフやドワーフがTV見て楽しめるかは微妙な線だと考察した事があるんでここに吐き出しときます。
というのも、愛読しているなろう小説で、エルフがTV見てるシーンがあったもので・・・
TVって、3色の光源からなる静止画を30fpsで切り替えるシロモノで、
有り体に言って「人間の目を騙す事に特化した機械」なんですよね。
3色しかないのに様々な色に見えるのは、人間の錐体細胞が3種類しかないためで、ごくまれにいる4種類の錐体細胞を持つ人には、テレビで見る色と実際の色は異なって感じられるそうです。
エルフやドワーフは赤外線視力という闇を見通す目を持っており、おそらく人間とは錐体細胞が違うと思われます。
つまり、彼らはTVに映った画像の色が変なふうになると思われます。
というか、3色の光源が様々な色に見えるのは、画面の解像度が人間の目の分解能を超えているからできている事なので、
仮にエルフの目の分解能が人間を遥かに超えていた場合(人間でもマサイ族は視力10.0とかあるらしいですが)、
彼らの目には、我々が解像度の粗いディスプレイに目を近づけて見た時のように、もろに「3色の点の集合」に見える可能性があります。
ついでにもし動体視力まで人間を超えていた場合、30fpsの切り替わりでも「なめらかな動画」と感じず、「切り替わる静止画」または「カクカク動く動画」と感じられるはずです。
更にTVはあくまで平面上に表示する事しかできないので、エルフの深視力(遠近感)が優れていた場合、写真やTVに映った光景は、あくまで「平面上に描かれた絵」と認識される可能性があります。
つまり、最悪の場合、エルフの目にはTVというのは、「3色のちっちゃいランプがパッパパッパ明滅して砂絵のような物を切り替えていく物体。見てると酔いそう」って感じになる可能性があるんでないかなー
昨今、現代日本の料理を異世界人に食わせる作品が多発してるわけですが、
味覚の違いとか化学調味料への慣れとか考えたら、あれがゲロ不味に感じられないのって、割と運がいいだけだよなとか考えてるタチの悪い読者のダベリでした。
日本酒の味がわからないと、コーヒーの味がわからないとかって話を増田で見て
ふとラーメンの味がわからないと思っていた時の自分を思い出した。
元々食べ歩き大好きでコーヒーもお酒もそれなりにこだわりを持って楽しんでたし、
化学調味料や濃い味付け、油分で味を誤魔化しているだけ。
ラーメンについてあれこれ語っている人を見ても、
「違いのわかる俺カッコイイ」「庶民派なわたし魅力的」アピールだとわりと本気で思っていた。
美味しいラーメン屋に数件連れて行ってもらって
「ラーメンなんてどこでも同じ」という考えは改めて
インターネットって便利ですね。
たぶん誰にでもできる。絶対できる。というわけでご紹介。
【レシピを調べる前の前知識】
便利だぞ。
・分量は守ろう。
ここに曖昧な分量について詳しく書いてあるぞ。
http://temaeitamae.jp/top/t8/pit/04.html
鮮度が良くて、旬なもの使うと、
結構あるので買わないようにね。
・調味料も(できたら)こだわろう。
ただ手に入りにくかったり、癖あったりするのもあるから、
この記事見て買ったわけじゃないけど、
http://www.nikkei.com/article/DGXZZO55638500Q3A530C1000000/
【レシピを探そう】
調べているんじゃないかな?あとは、そもそも使いたい食材さえも
思いつかない場合。そのどれかかと。
試してみるよろし。
そこで、まず参考にするのはNAVERまとめ。
良い感じにまとめられてたりする。
例えば、サンマとかだったら
作りたいメニュー名を調べましょう。
http://matome.naver.jp/odai/2137691890166807101
思ったら次のステップ。
(めんどくさかったら、このままNAVERの
レシピ使っても良いけどね)
作りたい料理名が解ったら
なんもビビらなくてOK。
http://cookpad.com/recipe/1585006
http://erecipe.woman.excite.co.jp/detail/0b3928d6703942c9e4a79bae8f50cd56.html
https://chefgohan.gnavi.co.jp/card/detail/243
こんなんが出てくるので、見比べて自分で
作れそうなのを試してみる。
説明が丁寧なのが特徴。ごく稀に難しいの混じってたりもする。
誰でも上手に作れる。
ほんと、ビックリするくらい何でも旨い。
だとちょっと辛いかも。とは言え、
とにかくお手軽にぱぱっと1~2品みたいな
レシピがやたらと充実している。
結構転がってる。
http://www9.nhk.or.jp/gatten/recipes/
本当に再現度が高く失敗しない。
これを覚えておこう。なんで美味しくなるかの
という感じでレシピ探してみてください。
<レスポンス多かったので追記>
結構参考いただいてるようなので、
もう少し追記したいと思います。
・クックパッドはどう使うの?
多くの飯マズを大量に排出している原因の一つは
きわめて解りにくく、基本を身につけにくい所にある。
料理上級者がつかうと良い。
例えば、先ほどの例の「さんまご飯」だとすると
http://cookpad.com/search/%E3%81%95%E3%82%93%E3%81%BE%E3%81%94%E9%A3%AF
・梅干しいれている。
など、実験例が色々と出てくる。
これらを参考に、
ナンプラーもありだな」とか
そういうアレンジの参考に使うのが正しい使い方だと思う。
ただの、アレンジ飯マズになるのでやっちゃ駄目だぞ。
会社の飲み会なんかで料理や食べ物の話しになったとき、「家で自炊している」と言うと、女の人はたいてい「得意料理は?」って聞いてくる。
そこでバカ正直に「得意な料理」を答えるから会話にならなくなるのかもしれない。しかもパスタって、女の人にとっては、「料理下手でもそれなりに形になってくれる便利アイテム」だから、「料理が得意な男が本格的に挑んでいる」のでは、正直、絡みづらいことこの上ない。
飲み会で人と会話をしたいのなら、「いろいろ作るよ」くらいにあいまいに答えておいて、すかさず、目の前にある食材について「この食材は、こうやって食べると美味い。よく作るんだけど」という話をすると、会話はつながる。例えば冷奴だったら、「ネギとしょうがとかつおぶしを添えて、しょうゆをかけるシンプルなものでもいいけれど、ネギをみじん切りにして塩とゴマ油で食べるのも美味いよ」と言うと、「へえ、そういうのあるんだ」とか「今度、そうやって食べてみるね」とか、「私もその食べ方する。美味いよねー」とか、「こういうアレンジもあるよ」というふうになって、独演会ではなく会話になる。私の場合、話の合う会社の同僚(男女とも)と飲み会の席で「4時間残業してから帰宅しても作れる簡単料理」のようなもののレシピ交換になって、ずいぶん役立ったことがある。「海苔を散らすだけでずいぶん変わるんだね」みたいな発見が共有できれば、それでみなが幸せになれる。
あと、本当に自炊している人は、「本格派」がどうたらではなく、「めんつゆはどのメーカーのがいいか」(化学調味料っぽい後味が残らないのは○○社のだ、という話で盛り上がったことがある)、「最近話題の調味料は実際どんなもんか」(少し前だけど「塩麹」とか)っていう話のほうが実用性が高くて有益と思うんじゃないかな。自家製パンチェッタとペコリーノロマーノが云々とかいう話をしたいのなら、そういう話が通じそうな相手を見極めてから、思う存分やればいい。
いろいろ料理やっているけど、
作っておくと、本当に便利。
急にお腹すいたとかで遊びにきた
カバーできるようになりました。
【八方出汁の作り方】
沸騰したら火を止めて、だしパックを取る。
冷めたら完成。瓶に入れて冷蔵庫で
2週間くらいは保存できます。
段々味が出てきて更に美味しくなります。
(無くても全然OK)
■煮物
1.鍋に水を入れて沸かす。
4.煮たい野菜とか魚とか入れて煮る。
■照焼/炒め物
2.フライパンに油を入れて火にかける。
3.食材を両面焼くor炒める
■和え物
1.野菜とか茹でる。
2.八方出汁和える。
入れなくても十分良い味が出るので、
お子さんに食べさせるのも安心。
なんでもバッチリなので、試してみて。
【追記】
いろいろお返事いただいたので、
少しだけ追記してみます。
・八方だしとは、別のものだろ!
時間ない時に水で薄めるだけで作れる
タイプとして書いてみました。
・麺つゆで良いんじゃない?
甘く無いのを作りたい時に
意外と使いにくいんですよね。
このレシピは甘みは好みで
調整にしてあるので、
・八方汁という便利なものが、、、
知りませんでしたw
自分で作るの面倒ならば
良いかもですね。個人的には
市販のタレ類はどういうわけか
自分で作ったのと違い、
幸せでごめんなさいw
もりもり食べてくれるの可愛くて
しかたないんですよー。
先日、「コンビニ飯は不味い」と言っている人を見かけて衝撃的だった。
自分からすると「あんな美味しいものを何故!?」という感じだったから。
「身体に良くない気がして食べたくない」とか「味が濃いので好みでは無い」とかなら理解できるんだけど、
不味い、まで行くのって解らない。一体どこに不味い要素があるんだろう?
化学調味料がー保存料がーとかいう人なの?やれやれ本当のおにぎりを知らないようだなとか言われちゃうの?海原雄山なの?
小学校の時も、「給食不味い」と言っている人がいて衝撃だった。
あんな美味しいものを何故不味いというのだろうか。
心情的なものを抜きにして、市販の料理より家庭料理のほうが美味しいと思える人ってどのくらいいるの?
コンビニだけが不味く感じるの?レストランも不味いの?むしろ家以外は全部不味い?
ただしサンクスは不味い。認める。
Victory!ファミリーマートがフォアグラ入り弁当の販売中止を発表!
http://www.hopeforanimals.org/topics_detail6/id=274
この団体の強烈さも燃焼補助材となって、ネットを中心に大きな話題となった。ここではその生産に係る倫理性は論じない。「そもそもフォアグラは不味くないか?」という問題提起をしたい。
私は今まで一度も美味しいと思えるフォアグラを食べたことがない。
美味しんぼ1巻では、フォアグラを美食の王として崇める食通達に、フォアグラよりも美味しいアンコウの肝を食べさせて、軽薄な食通を叩きのめす話がある。人工的に作った病気のガチョウの肝であるフォアグラは、大自然の中で育ったアンコウの肝に劣るという理由付けには同意しないが(自然だから美味い、人工だから不味いというのはおかしい)、フォアグラよりもアンキモのほうが美味しいという結論には大いに納得したものである。
予断であるが、1巻から6巻くらいまでの美味しんぼは本当に面白い。触れるものすべて斬り付ける山岡、可愛い栗太、傍若無人そのものの雄山などキャラクターに魅力がある。内容も濃い。名作と言って過言ではない。10巻以降からこじつけや薀蓄の垂れ流しが増え始め、農薬と化学調味料や大メーカーを叩くワンパターンがエスカレートし(初期のうちは30年近く前であり、現代よりも状況が酷かったので、同意できる部分はある)、雄山は最初の設定をなしにして神格化され、栗田は顔も台詞も説教くさくなり、ストーリーが希薄となって物語の魅力が落ちていく。10巻まででも90話、ネタ切れもやむなしであり仕方ないかと思う。最近久しぶりに100巻前後の単行本を読んでみた。衝撃を受けたという感想以外はあえて書かないが、山岡栗田の結婚あたりで引き際があったのではと強く思う。
話が脱線しすぎた。フォアグラである。自分が「美味しいフォアグラ」を食べたことがないだけではないかとも疑ってみた。そういう落差の食べ物はある。例えば天ぷら。安いものや和食のコースに入っているようなものは、わざわざ食材を不味くして食べていると思わざるを得ないものが結構あるが、昼なら5千円、夜なら1万円だして定評のある専門店に行って食べる天ぷらは本当に美味しい。勿論もっとずっと安くて美味しいてんぷら屋もある。そこで、一時期、ミシュラン星付フレンチなどに行く機会に、フォアグラがあった場合は必ずフォアグラを選ぶというルールを自分に課してみた。私のような一介のリーマンが星付フレンチに行く機会など当たり前だがそうあるものではない。多くの美味しそうな他メニューを横目に毎回フォアグラを注文し、そして幻滅した。
鮮度の問題か、とも思った。件の美味しんぼでも、アンキモに劣る理由のひとつとして、日本で取れるアンキモとフランスから空輸することになるフォアグラの鮮度の差を上げている。そこで、今思えば本当にもったいなかったと思うのだが、貴重なパリ旅行や出張の機会に張り込んで星付きあるいは口コミの良いレストランに行く際もフォアグラを頼むようにした。そして、やはり毎回幻滅した。きちんとしたレストランのものほど味の透明度が上がるのだが、結局脂っこすぎて油分をそのまま食べさせられているような気分がある。最高の生クリームを飲んだら美味いかと言われたらスプーン1杯なら美味いと思うが、それ以上はいやだ。同様にフォアグラも角砂糖1個分ならまあ美味しいかもしれない。
食べ物の美味い不味いは、最終的には個人の好みであるが、その以前にはある程度普遍的に美味い不味いがあると私は考える。そしてフォアグラはかなり過大評価されていると思う。フランス人だとだいぶ味覚が違うのかもしれないし、脂耐性がそもそも違うのかもしれないが、少なくとも日本人の間ではかなりの過大評価だと断言したい。有難がられるのは珍味としての珍しさゆえで、同じ脂っぽい食べ物なら霜降り肉や大トロのほうが美味しいし、珍味大国の日本で有難がられるほどのものではないと思われる。その意味では日本のマツタケも過大評価であるが、マツタケがたいしておいしくないというのは、日本人の中では結構一般的な認識になってきたと思う。
今回の弁当中止はビックリしたが、味に関して言えば、おそらく食べられなかったことをガッカリする必要はないだろう。話題性でどうしても食べたければファミレス行けば食べられるしね。
・麺
均一に混ぜるのが重要なので、フードプロセッサーで混ぜるのが良い。
混ざって出来たポロポロの物を体重をかけてひとまとめにし、伸して切って麺にする。
伸して切る工程はパスタマシンがあると捗る。麺幅は3mm程度。
このままでは加水率が高くて、茹でた時ボキボキ感が出ないので一晩ほど麺を干すとよい。
・スープ
ロース肉と香味野菜の人参と玉ねぎとニンニクと長ネギと生姜(ほんの少し)を1時間茹でる。
漬けた後にすぐ食べないとパサパサになるので、必ず食べる当日に肉は調理すること。
茹で汁から香味野菜を除去した後、ゼラチンを大量に投入する。若干もったりするくらい投入する。
ラードを大量に投入する。ラードは市販品でなく、自家で豚の背脂や脂身から作ったものが
風味があってよい。
乳化させた後に、さらにラードを大量に加えて、上澄みに油の層を作る。
・カエシ
あなたの地区で売っている一番安い醤油と、一番安いみりん風調味料(アルコール無し)を使う。
・調理
あるラーメンの人気店。
そこは固定客がひきも切らないくらいの人気店として営業を続けていた。
化学調味料たっぷりのスープに豚の脂が一センチも膜をはって浮いている。
さらに冬場でもさほど湯気が立たない。
湯気は脂の膜が包んでしまうので立ちにくくなっている為だ。
そこへ常連の客はにんにくや胡椒を鼻がまがるほどぶちこみ、汗をだらだら垂らして飲み込んでいくのだ。
主人のおじさんは顔色の悪くなった常連客と並んで記念写真を撮る事がある。
「どうだすげえだろ、みんな死んじまってるんだぜ」
おじさんは写真を指さした。
「こっちのは肝臓ぶっこわしておだぶつだ。こっちも来年には死ぬだろうな」
「ウチみてえな高カロリー、高蛋白、食塩過多、化学調味料過多のラーメンを週に四回も五回も食ってみろ。
尻からラードが出るぜ。脂肪肝だって診断されて、身体に蕁麻疹が出ても
懲りずに食い来続ける奴は写真に残す事にしている。
これだって全部じゃないだろう。俺の知らねえとこで死んじまってる奴もいっぱいいるはずだ」
おじさんはさらに続けた。
「それでもな。東京ってとこはそういう味じゃないと商売にならねえんだ。
手間隙かけていいもん作っても味にヒステリーがないと売れない。何度か身体に良くて美味いものを目指したが
それじゃ駄目だ。結局、毒じゃなきゃ美味いって言わないんだ。憶えてもらえないんだな。
変なとこだよここは。銭払ってまで毒食いたがる奴がウジャウジャいるんだ」
めでたいことに妻が妊娠してくれた。そして、体調がやや悪いと主張している。
もちろん俺は身重で体調不良の妻にしゃぶらせるほど非道ではなく、また妻もAV見るのは浮気!とか憤慨するほどの純朴でもないので、必然的に自己処理することになる。
俺も30も後半になって、性欲もあらかた落ち着いてきたのでさほど処理の必要もないんだが
性欲減退に付随してか、血気盛んな(暴力的な?)ポルノというものを受け付けなくなっていることにハタと気づいた。
レイプものとか痴漢ものとか、野蛮だし、非人道的だし、とりあえずひどい。なんかひどくね?よく考えたら。
数年の間多忙ゆえにオナニーの機会があまり持てず、妻との愛情一辺倒の夫婦セックスしか射精の機会がなかったためか
そういうポルノ特有の卑劣な描写が許せない謎の潔癖状態になっている。俺は風紀委員の女子中学生か。
だって無理やりとかひどいじゃん。嫌がってんじゃん。しかも生とかひどいじゃん。病気なっちゃうよ?AV女優妊娠しちゃうよ?どうするの?泣いちゃうよ?みんな不幸になるよ?
これではオナニーどころではない。
冷静になってポルノというものを見渡してみると、どれもこれもレイプまがいの無理矢理系が多すぎる。
デンマやバイブがやたらとメジャーになってきて以来、どのAVでも必ずといっていいほど女を抑えつけたり縛り付けたりして無理やり刺激している。
ああ~~~~なんかもうそういうの、結構です・・・。受け付けないです・・・。ごめんなさい。
若い頃はまあ好きだったけど今はもう食いたくもない、背脂が浮いて層になってるギトギトラーメンを「どや!うまそやろ!」と供されているような気分よ。
で、ここにきて初めて!
天の啓示に打たれたようにして、「オナニーもの」のポルノの存在意義を理解した。
はにかんだ女性が登場し、最初は恥ずかしがりながら、だんだん大胆に、思い思いの方法で自らを慰めるのを優しく見守るだけというシンプルなコンセプトの、アレである。
若い頃は、何が楽しいんだよこんなもん…アホか…とか思っていたが、遅ればせながらやっとわかった。
この清潔感である。ラーメンではなく盛り蕎麦のような清涼感である。
あふれんばかりの肉と化学調味料の力技ではなく、ソバ(女体)という素材そのものに舌鼓を打つためのツウの料理である。
胸焼けするような男の性欲ギラギラの無理やり描写は、そこには一切ない。
ポルノにおいては永遠の美徳として珍重される「素人っぽさ」も、このジャンルにおいては珍しくもなんとも無い。
妻に「自分でしてごらん」としつこく迫って、ようやっと折れた妻が股間におずおずと手を伸ばした時の興奮を想起させるような懐かしい感覚。
あなたにとっての虐待の定義とはなんだろうか、被害者が加害者の保護下であるという関係を除けばあらゆる虐待は存在するが、今回は主に成人と未成年の間、親と子の間に存在する虐待について論考していこうと思う、なぜなら家庭というのは非常に外部と隔たれた空間であるからだ、教育の場であったり労働環境での虐待と比較するとお互いの利害に関係のない第三者の目に触れる機会は一気に減る、その分陰湿であったり陰険になるなどの諸問題は生ずるが同じ様な虐待が発生した時に他との比較が容易で無いという点において、また未だ家庭内部の隠され閉ざされた空間で行われている虐待についての個々の認識を明らかにしていく事が、この世から虐待による悲痛、声にならない声を浮き彫りにしまた被害者自身がより客観的に自己の被害状況を分析し気持ちの整理をつける事でより良い明日へと繋がる事を祈り進めていきたいと思う。
虐待の種類
虐待にも様々なものがあるが、一つに基本的には相手の事を思っているか?という漠然とした表現にその発生源を求める事ができる。もう一つは、相手の事を思ってしているという認識の行為が結果的に同じ結果を生じさせているという虐待について、また意図的、偶発的を問わず“何か”をしなかったという事が虐待になる事もあるので、それらを比較しながら論拠していきたい。
一、【故意】例
二、【過失】例
例えば、子供が他人の所有物を不当に取得した時などに“叩く”などの痛みを与える事で子供の犯した不当な行為を是正させようというもの、これでは罪を犯してはならない理由が“叩かれる”からだとの理解を子に与えかねない。裏を返せば叩かれてもいいくらい欲しい物であれば不当に他人から奪っても良いという事になってしまう。人間なのだから例え時間をかけてでも、物には“持ち主”という所有の概念があり、他人の所有物を正当な理由なく勝手に奪ったり何かしてはいけないと教えるべきだ。こういうと小さな子供にそのような説明をしてもわからないという人がいるようだが、行為の是非は痛みが伴うかどうかだと理解させてしまう可能性を与える行為こそ余計に子供が所有の概念を理解する事を阻むだろう。
三、【認識ある過失】例
意図偶発問わず放置に至った時に、その放置によって苦痛が子供に生じるかもしれないと認識しながらも「もう我が子の年齢なら大丈夫だろう」と本人を介さない判断で放置した結果、実際は子供が精神的苦痛等を生じていた場合の虐待
※本人の事前の意思を汲んだ上での放置で、実際に子供に苦痛が生じても生じなくても、第三者から客観的には虐待と判断される場合も有る。
四、【未必の故意】例
意図偶発問わず放置に至った時に、その放置によって「子供に苦痛は生じる」と本人を介す介さない問わず判断し放置した結果、実際に子供に精神的苦痛が生じていてもいなくても構わないと思う虐待
他にも虐待時の心模様は分析できるが、虐待による不都合が生じるかどうかという点では、これらの行為が多岐に又、継続的に行われるかどうか、そして被虐待児の個体差に寄ってでしか判断できない事とより効果的な虐待ラインの線引きをする為に虐待の回数、頻度、継続性やその子供の人生に不都合が生じたかどうかは度外視し“その行為が虐待なのかどうか”に的を絞って進めていきたいと思う。
それでは、ここから思いつくままに、もっとイメージを換気しやすい実例を列挙していきたいと思う。
一、お父さんと息子がプロレスごっこをしていて上手く技が決まり泣き叫ぶ子供に対してもなかなか技を解かなかった。
一、食事を親の許容時間内で食べられずゆっくりと遅い食事スピードの子供に対して、精神的な怒りを顕わにし、その怒りを子供に伝えた。
一、兄弟喧嘩をした子供に対して、親の判断で判決を下し、制裁として一度の食事を与えなかった。
一、何時にお客様が来るからそれまでに部屋いっぱいに散らかった玩具を綺麗に片づけておいてねと子供に頼んだのに、その時間になっても部屋を片づけていなかった為、児童の頭部に真上から握りしめた拳の中指第二関節の先を尖らせた部分を振り落としそれなりの痛みを与えた。
一、子供が学校から持ち帰ったテストの結果を見ると20点と書かれてあった、問題内容や平均点などがどのような状況なのかは関知していないが主観的に悪い結果だと思ったので「なにこの点数は?」と冷めた表情で悲しみを子供に伝えた。
一、子供達数人を祖父母に預け遠方に行くことになった際に、お土産を買う事になった、その際個々の子の長男、長女、次男、二女などそれぞれにお土産を買う際に、自分の子に対する好きの程度が“ひいき”としてお土産の質にも反映された。
一、子供が食事に対して好き嫌いを顕わにした時に、栄養学的な事、勿体無い事、また添加物や農薬、化学調味料等による影響を考慮せず、また食べる事や残す事を“怒り”や“恐怖感”と共に子供に迫った。
一、子供に玩具を買い与える等の条件を設けてお手伝いさせたり、肩を叩かせる等した後に、その約束に対しての意識をおざなりにし約束をまだ守っていない。
一、子供に早く寝ないとお化けや怪物、悪魔に襲われるなどと自分の信じていない事実を信じこませ嘘の恐怖感で持って子供を自分の意図した時間帯に寝かせてしまおうとした。
一、家庭内でだれかの所有物が紛失した際に、証拠なく過去の行動等から子供のだれかが盗んだのではないかと疑いそれを子供に伝えた。
一、子供が嫌がったり、将来思いだした時に嫌だと感じる可能性がある行為を何らかの脅迫や脅し、また体格差による優位条件を利用して行った。セックス等
等々、枚挙に暇が無いが、突き詰めていくと、同意や相互の了解、約束の無い事で自分の保護下にある者に対して怒りの感情や、隠避の態度、また虚偽の同意や相互の了解、約束で保護下にある者の言動を操作したり、当初は嘘のつもりはなく結果的に不本意であったとしても謝罪無く保護者の立場を利用して子供の意思、期待を蔑ろにする行為を虐待と定義する事で、確かに、ほとんどは大した事のない軽度の虐待ばかりが散見するとは思うが、その浮き彫りにした小さな声の中から、継続的であったり深刻な状況に陥っている児童を露わにする事で虐待親からの保護活動がより進むのではないだろうか。
次に、虐待をされた側の福祉ではなく、虐待をしてしまった側の福祉を考えてみよう。確かに、認識の無い虐待の方が子供の悲痛は重いだろうが、罪悪感を認識しつつも己の言動を制御できず我が子に対してしてしまうという行為としての虐待の加害者も罪を理解しているという点においては周囲が手を差し伸べるべきではないだろうかと思う。何度も閉ざされた家庭内の出来事である事は強調するが、親自身が現在において健全であると因果関係の立証なくして自分の生育環境を我が子にも模倣するという事は大いにあり、その今現在健全である事はわが身が程度の差こそあれ受けた虐待が今のわが身の為になったと解釈しその虐待行為をまた我が子にしてしまうと言う物だ。
良かれと思いやっている事なのだがこの場合本人の気分もなぜか優れないという事が多いように思う。どうも本当はこんな事はしたくはないが、我が子の将来の為に体罰や強制、十分に説明のできない因果関係の不明な理由によって我が子の言動を統制するのは止むを得ないを自己を正当かするのだが、なぜか当の親自身は心のどこかに陰りを想わせる精神状態に陥ってしまう。
こんな時、もしも閉ざされた家庭でしかも虐待というナイーブな情報について共有でき、また素直な気持ちで自分の行為が虐待なのか虐待でないのか話しあえる場、意見交換できる場があったらどうだろう。
子を持つという事は責任が伴う。
ないものは仕方がない、生殖の自由を制限することもまた違うであろう
親になったからといって、社会は一律に保護者の責任を追及しても良いのだろうか?
そこに、責任という耐えがたい重圧感を与える事が、自らの育児教育能力を自己判断し自信が持てなかったり自己否定の念の押しつけられた時、弱者である子に対し“教える”という行為をしなければならなくなった時に怒りの感情が“怒る”という形で子に向けられてしまうのではないだろうか。
“怒る”について考えてみよう。
子供が何か良くない事をした時に「コラーッ」と怒った場面を創造してみて欲しい。
それは、子供がスーパーで売り物を食べ始めてしまった時かもしれないし、子供が自分で行きたいと言って行き始めた何かの教室を勝手に休んだ時かもしれない。
私や貴方はいったい何に怒っているのだろうか?
子供が確かに一度はしてはいけない事だと理解したのに、私欲のために再三した事が許せないという怒りだったかもしれないし、貴方がせっかく拠出した習いごとの月謝を無駄にされた事かもしれない。他にも様々な解釈はできるが“怒り”がなぜ生じるのかをよくよく考えてもらいたい。
そこに“悲しみ”はないだろうか?
人は悲しくないのに怒る事はあるだろうか?
元の感情として、自分が悲しくなる何かをされた事や身内が誰か他人を悲しませてしまう事が悲しくて、そんな思いはしたくないから“怒る”のではないだろうか?
子供には貴方や私が怒る理由を理解するのは難しい
まだ悲しい気持ちから怒りに転化したという実体験も希薄だろう。
これを読んでくれた貴方には
どうか
どうか素直な感情で我が子と接して欲しい
悲しい時には悲しい気持ちを我が子に伝えよう
あなたがそんな事したら、お父さん悲しいよ お母さん悲しいよ って
私や貴方がが無碍に他人を悲しませたいなんて思わないように
子供の純粋が気持ちとして、他人を悲しませるような事はしたくないという純粋が感情がある事を期待しよう
怒りは「快」「不快」という根本の感情よりも一段階上の複雑な感情だからだ
例え我が子にでも、悲しい思いをさせられたら「悲しい」気持ちを表してみよう。
きっと、わかってくれるはずだ
今からでも遅くない 例え貴方の子供が既に成人していたとしても
本当はどう思っていたのか? あの時は悲しかったんだよ だからあんな事をしてしまったんだと
また貴方の子がさらにまた子に対して同じ事を繰り返し、子が将来、あなたと同じ苦しみをする事を回避する為に
勇気を振り絞って、例え過去の事であっても当時の本音の素直な気持ちを話してみよう
きっと、貴方を許してくれるはずだ 貴方はもっと楽に生きるべき存在なのだから
@awaikumo
2011 9/8 失敗したものと部屋の選び方を追加しました
2012 9/29 わあ!また上がってるぜってことで、またちょっと追加です。
見た目の良さは度外視している。
本当にずぼらでめんどくさがり(しかも貧乏)だが、できるだけ清潔に便利に(そしてできれば健康に)暮らしたいという人向け。
そんなの今更目新しくねーよってことばかりだけど一応。
俺は、めんどくさがり屋だが、それ以上にパンクしやすい人間だ。
ゴミ、未実行の工程(畳む、拭く、しまう)などが貯まると、パンク、というかショートして何もできなくなり、どんどん散らかり汚くなっていく。
だからできるだけ、工程を減らしつつ、ひとつひとつの工程のハードルを低くしつつ、散らかりにくくすっきりした暮らし方を目指している。
■オサレじゃなくていいが、すっきりと清潔にしたい
■できるだけ自炊したい(俺は人工甘味料で腹を壊しやすい体質だし、カップラや弁当を食い過ぎるとニキビができるからな)
おれがとりあえず言いたいこと
■整理整頓ができていないと、掃除はできません
■食事は【体に良い物を取り入れる】よりも、まず【体に悪いものを取り除く】方が簡単で効果的
■↓意外ににめんどくさくないこと
金のある人はもちろん外食やなんかでもいいんだが、俺は如何せん金がない。
メンドクサイ→外食、ってできればいいんだが、それができない。
メンドクサイ→でも金無い→カップラーメンとか安い弁当→体調壊す、ってなっちゃうんで、
体に良い(マシ)なものを、いかにインスタント食品のように簡単に(できれば美味しく)食すか、という風に工夫している。
ご飯やスープを冷凍していれば、カップラーメンをたべるのと同じくらいの時間で、腹を満たすことができる。
■↓失敗した!!
■↓これから引っ越したり、新生活をはじめるやつに言いたいこと
■↓ミニ知恵
続ける秘訣は在庫を切らさないこと、つまりはまとめ買い、かもしれない。
アルコールティッシュなんかも、
なくなる→詰め替えがない→買い忘れる→また買い忘れる→なんとなくヤル気失せる、
ってなっちゃうんで、クイックルワイパーとか、アルコールティッシュなんかは買いだめが良いです。
■追記(11/08/29)
もちろん何もかも習慣化してシステマチックに動くのが一番良いかもしれない。でもなかなかできない、ずぼらだから。でもできるだけ頑張ります。
服も何度もたたもうとしたんだが、
最初は調子よく畳む→忙しくなったりで畳めてない洗濯物がたまる→パンクする、ということの繰り返しになってしまう。
確かに俺はずぼらに見えないかもしれない。
でも俺はハウスダストアレルギーと弱い腹の持ち主なので、ある程度きれいにしておかないと、鼻水下痢お化けになってしまうのだよ。
その条件下でいかにサボるか、という風に生活していたら、こういう感じに落ち着いた。
実際俺は、一人暮らしを始めて2年くらいまでは、半年に1度くらい必要に迫られて大掃除をするだけ、六畳間が一杯になるほどゴミを貯め、食料を腐らせ、食器をカビさせ、洗い物のたまったシンクから腐敗臭をさせ、あらゆる粉類をこぼしまくり、出したものは出しっぱなし、服は床に山のようにぐちゃぐちゃに…という生活をしていたのさ。もちろん友達なんか呼べねぇ。生活の質も著しく悪い。台所がちらかって料理できないから、出来合いのものばかり食って腹を壊し、大事なモノもすぐなくす。毎日ホコリやカビのせいでかゆいし鼻水だらだら出るし。
これはそういう事態を改善するための最低限の習慣なんだよ。
そしてこれは、そんな俺にできる精一杯のことだ。はっきりいってこれ以上やることを増やすと、パンクして元の状態に戻ってしまうだろう。
■蛇足(11/08/30)
まあ、ずぼらに思えないわな。真のずぼらのみなさん申し訳ない。
なんというか、別にホコリで痒くなったりしないし、腹も壊さないし、ニキビもできないし、ものをなくしたりしない人ならば、
掃除とか整理整頓とかしなくていいんじゃねーですかね。こういうのは必要に迫られてる人だけすれば良いというか。
俺も数年前までは、自分はそういうことが必要のない人種だと思っていたし。
でも、あまりにも常に鼻をずーずーやっていて目が充血、ひどい時には喉がピーピーなりだすので、
こりゃなんだろうと病院へ行ったら、ひどいハウスダスト(その他あらゆる花粉)のアレルギーだったことが判明したのですよ。
「よくこれまで我慢できたねwww」と医者に笑われるレベル。
それで、抗ヒスタミン剤なんかを飲んでやりすごそうとするんだけども、眠くなったり、ホコリとかダニが多すぎて薬が効かなかったりやらで、
こりゃいかん、と少しはがんばろう、と思ったわけですわ。
それに、脂漏性皮膚炎という皮膚の病気と、脂っぽいものと甘いものですぐにニキビだらけになる顔の持ち主なんで、
ところが、小さい頃から母に、
「出したものはしまいなさい!」「服を脱いだら洗濯機に入れるか畳みなさい!」「蓋を開けたらしめなさい!」「ものをこぼしたら拭きなさい!」「部屋を片付けなさい!」を、
家を出るまで言われ続け、1度もできたことのなかった俺なので、本当にできないんですよ。
「ふっ。本当のライフハッカーにゃ特別な道具なんていらねー。砂糖の袋なんか洗濯バサミでとめときゃいいんだよ」
とか思ってやってみるんですけど、その一手間「洗濯ばさみで袋を閉じる」ということが出来ず、開けたまま放置、湿気て塊だらけにした挙句、こぼす。
野菜食おうと思って野菜炒めとかつくるけど、思ったより野菜食えない割に手間かかるし美味しく作れないし、ですぐにやめる。
そんなかんじで試行錯誤してるうちに、いきついたような感じです。
元増田です。
このエントリ、書き始めるときに対象を「社会」にしようか「組織」にしようか迷ったんですよね。で、結局は「社会」のほうで書いたんですが、今はやっぱり「組織」にしといた方が分かりやすいストーリーを組めたかなあと、ちょっと後悔しています。
そのストーリーってやつをざっと書くと、
こんな感じです。
「上司の立場にある人はリスクを回避するために云々」って話が出ていますが、僕の主張としては、そのリスクの見積もりが実は過大なものなんですよと言いたいです。今どきは、お客さんもビジネスパートナーも、みんな「地毛なんですよ」とか言うと「あ〜、大変ですね。まあ、私は気にしませんが」って言ってくれるもんです。だけど、みんな自分の寛容さは自分で認識してるのに、他人の寛容さには懐疑的なんですよね。疲れるからやめればいいのに。
付け加えたいのは、古くからある慣習や思想が、実は砂上の楼閣だってこと。数年前から、夏場のネクタイがクールビズとエコに押し負けてますよね。あれはアパレル業界がイケてるシャツづくりを頑張った成果だけど、実はその前段階として暑い中でネクタイ着けたい人なんて少数派だったという土壌があってのことじゃないですか。特に最近なんて、本当にうるさい人たちのことを「モンスター○○」とか、酷いのになると「老害」なんて呼んでみんな嫌う風潮があるし、社会は変わっていくんだと思います。
あと、染髪と天然の議論についてもちょっと一言。この手の人も、天然からしたらいい迷惑だったりします。染髪と天然を初見で完全に見分けるのは無理です。「天然はいいけど似合わない染髪はふがふが」言ってる人は残念ながら、「化学調味料なんか喰えるか!天然が究極至高あqwせdrftgyふじこlp;」と同レベルです。そんなの「※ただイケ」に決まってるじゃないですか。
最初のエントリは注目されたくて差別に絡めて話を進めていったら、書いてるうちに無性にムカついてきて変な文章になっちゃっいました。もっと冷静なって、構成を考えて書ければよかったです。でもまあ、こんなにたくさんの人に注目してもらえたし、僕の言いたかったことをしっかり受け止めてくれてる人もいっぱいいるので、結果オーライです。読んでくれた皆さん、ありがとうございました。
インターネットへの参入障壁がごくごく低くなって、良くも悪くもいろんな人が増えたのはあると思う。
昔はインターネットそのものがある程度閉じたコミュニティだったけど、今はインターネットが現実世界にほぼ近づきつつあるというか。
私の場合は、予期せずマイノリティになってしまって、でもネットで同じようなマイノリティと出会えたことで精神的に助けられたというのはあったかも。
でも考えたくないことだけど、これから私たちみたいなマイノリティが(下手したら特定の人々にとって都合の悪い人たちが)検閲されていってしまうのではないかって、危機感は昨今とみに感じてるなあ。
あと、インターネット上で声の大きい人たちが、必ずしも正しくはないこと。
これは何もインターネットに限った話じゃないのだろうけど。
まるで化学調味料みたいにキツイ一部の人々が、大量の本当のお出汁の味のわからない舌をもつ人々を作ろうとしているのを見ると違和感がある。
自分達が食べてるのはおいしいお出汁だろうに。
あるラーメンの人気店。
そこは固定客がひきも切らないくらいの人気店として営業を続けていた。
しかしそこのラーメンは身体に良いとは言えなかった。
化学調味料たっぷりのスープに豚の脂が一センチも膜をはって浮いている。
さらに冬場でもさほど湯気が立たない。
湯気は脂の膜が包んでしまうので立ちにくくなっている為だ。
そこへ常連の客はにんにくや胡椒を鼻がまがるほどぶちこみ、汗をだらだら垂らして飲み込んでいくのだ。
主人のおじさんは顔色の悪くなった常連客と並んで記念写真を撮る事がある。
「どうだすげえだろ、みんな死んじまってるんだぜ」
おじさんは写真を指さした。
「こっちのは肝臓ぶっこわしておだぶつだ。こっちも来年には死ぬだろうな」
「ウチみてえな高カロリー、高蛋白、食塩過多、化学調味料過多のラーメンを週に四回も五回も食ってみろ。
尻からラードが出るぜ。脂肪肝だって診断されて、身体に蕁麻疹が出ても
懲りずに食い来続ける奴は写真に残す事にしている。
これだって全部じゃないだろう。俺の知らねえとこで死んじまってる奴もいっぱいいるはずだ」
おじさんはさらに続けた。
「それでもな。東京ってとこはそういう味じゃないと商売にならねえんだ。
手間隙かけていいもん作っても味にヒステリーがないと売れない。何度か身体に良くて美味いものを目指したが
それじゃ駄目だ。結局、毒じゃなきゃ美味いって言わないんだ。憶えてもらえないんだな。
変なとこだよここは。銭払ってまで毒食いたがる奴がウジャウジャいるんだ」
おじさんは指に挟んでいた煙草を床に捨て最後に呟いた。