横だが、「ちゃんとした宗教」は異教徒と夫婦になることを許さないとか、そもそも離婚がNGだったりそれに反発して新しい宗派を作ったりとか、いろいろ私生活に干渉したりされたりするものだと思う。僕の友人でも結婚前にしばらく夫婦学級みたいのに通ってたのいたし。
現代の世俗化した宗教を役に立つものとして「宗教一般」と捉えるのは歴史観としては偏ってるとおもうなぁ。宗教ってのは本来はそういう(人々の意思決定に干渉する)ものだよ。
楽になったその先には、いったい何があるのかね・・・・。
小さな欲を持ち、それが叶った時にこそシアワセになれるのではないかな?
恋人は、相手も自分と同じように「私達はそういうことをする間柄だ」という認識を持っていると、
相手のことを信じているのかもしれない。
信頼関係を構築してみたい。
でも、なぜ信頼関係を築こうとするのだろう……?
(夜が更けていく)
「目には目を、歯には歯を」のハンムラビ法典レベルの人もいる。
私もそんな本格的に勉強したことはないから詳しくは分からないけど。
ペースとしては2、3ヶ月に1回もあれば十分。体育でいう保健講義くらいのウェイトでいい。
→ 聖歌にハマる
→ 社会人合唱団(団員は全員音楽好きでキリスト教系の人はいない)へ入る
この流れでキリスト教系の小学校に入っていた私は合唱やクラシックにドハマリしていきました。
ハマるなら芸術に昇華されるまでとことんハマると楽しいですし、別のことへ繋げられていいですよ。
絵画もいいと思う。キリスト教を知ってると深く理解できますし。
なによりもこれらは芸術を介す分、メタ視点で宗教に触れられるから教えに敬意を払いながらも冷静な視点を持ち続けられていいですよ。
恋人には不満を言っていいのですか?
いつも奢ってあげるから金目当てで会ってるの、って聞いていいですか。
中途半端に本音漏らすと、相手が無口になるので不安になります。
理解しあえなくても話した方がいいのでしょうか。
たまにしか会えない人は私をレンタルセフレ程度に思ってるのでしょうか。
いつも煩わしそうにわたしの話を聞くのはなぜですか。
つい先日亡くなったクロード・レヴィ=ストロースの「野生の思考」をたまたま読み途中なので書いておく。
以下引用「・・・性交と食行為の間に世界各地の人間が考えている非常に深い類縁関係の具体例にすぎない。この類推は強くて、その二つの行為を同じ単語で表す言語は非常に多い。ヨルバ語においては「食べる」と「めとる」はどちらも「わがものにする」という広い意味を持つ一つの動詞で表現される。フランス語でも同種の用法があり、consommerという動詞は結婚<床入する>と食事<飲食する>の両方に使われる。ヨーク岬半島のココ・ヤオ族の言語ではクタクタという単語が近親相姦と食人の二重の意味を持っている。・・・」
これを読んだ時、俗語での「女を喰う」が、「女を犯す」同義であることから、日本語でも成り立つことに軽い興奮を覚えた。人類みな兄弟。構造主義バンザイ。
テレクラをやるには都心まで出る必要があった。交通費もかかるし、時間もかかる。大変だ。ということから、ダイヤルQ2をやり始めた。正確に言うとダイヤルQ2のツーショットダイヤルをやり始めた。これなら、自宅アパートの電話でできる。
「このサービスは・3分・ごとに・通話料が・◯円・かかります」という途切れ途切れの機械的な女性の声によるアナウンスが最初に流れる。この後、サービスが開始される。街頭で配られたポケットティッシュや雑誌広告に記されたダイヤルQ2の男性用電話番号、女性用電話番号に男女がそれぞれ電話する。男性側はしばらく待っていると、女性からのコールがあれば、相互に通話可能となる。どちらかが相手をチェンジしたければ、特定の電話キーを押せば、別の相手とつながるというシステムであった。
つながった相手は、保育士さんだった。現在は彼氏はいないとのこと。当たり障りのない会話をした後、次の土曜日に会う約束をした。
土曜日の午後、約束どおり、新宿丸井の地下一階にあるDJブース前に現れた女の子は、とにかく巨乳だった。あかぬけないイエローのブラウスの上からでもはっきりわかる巨乳だった。当時の私は、おっぱい星人を自認していた。しかし、豊満なおっぱいと一線を交えたことは、それまで残念ながらなかった。まるぽちゃな体型とこれまたまるぽちゃなルックスについての判断は保留して、とにかく巨乳な子と出会えたのが嬉しかった。
歌舞伎町方面へ向かい、とりあえず、ボーリング。続いて、お好み焼きを食べながらビール。適当に会話をして、店を出て、ホテル街へ向かう。途中で手をぎゅっと握って、適当なホテルへささっと入り込んだ。
「え、もしかして、遊び人?」 驚く彼女に構わず、部屋を選んで、チェックイン。
とりあえず、ベッドに腰掛けて、軽くチュー。服の上から胸を触るとやはりボリューム感たっぷりのおっぱい。ブラウスのボタンをはずし、ブラにつつまれた谷間とご対面。
素晴らしい、というと、「Dカップなの。。」と恥ずかしそうに教えてくれた。
ライトをつけたままだと恥ずかしいというので、ベッドサイドのライトのみスイッチON。
背中のホックを外し、ぶらを取り去って、自然なままのおっぱいの感触を楽しむ。実にボリューム感たっぷりのおっぱいであった。
おっぱいを十分に楽しんだ後は、下半身へ移行。彼女を横にさせ、スカートを上半身へまくり上げる。下半身もボリュームたっぷり。それを包む黒いパンティー。まずは、パンティーの上から股間に鼻を押し当ててくんくんと臭いをかぐ。これをやっていつも思うのだが、パンティーの上からだと臭いはほとんどしない。かすかな小麦粉のような臭いを楽しみつつ、パンティーの上からバギナのあたりをクリトリスを中心に指で攻める。いなたい女の子ではあったが、彼氏が過去にいたというだけあって、既に開発は十分されていたようで、喘ぎ声が漏れる。
パンティーに徐々にシミが広がってくるのを確認後、べろーんとパンティーを脱がせる。この瞬間は男子にとって楽しいものである。左右の太ももをぐいっと両手で広げて、バギナへ鼻を押し付ける。愛液がぬるっとつく感触を味わいながら、くんくんと臭いをかぐ。9月とまだ暑いし、ボーリング場で汗をかいた。きっと、臭いと期待したとおり、濃厚なチーズ臭がした。ぽっちゃり気味の女子は脂分の摂取が多いためか、チーズ臭がする子が多い気がする。
初めて出会った素人の女の子の、お風呂に入る前のバギナの臭いをかぐ。これが私がずっとやりたかったことだった。これをやりたかったために、テレクラに通い、ダイヤルQ2に課金した。とうとうやりたかったことができるようになった私は、時間をかけ、じっくりと、くんくんとチーズ臭をかぎ、鼻を愛液だらけにした。愛液の量が増えてくると、チーズ臭はやや薄れ、ヨーグルトのような発酵臭が主体となった。これも楽しんだ。自分の舌でペロペロと舐め回すのはできるだけ後にした。これは、舐め回すと自分の唾液の臭いがして、その子の本来の臭いが薄れてしまうからだ。
バギナの臭いと愛液を十分に堪能した後は、ターゲットを肛門に移行した。初めて出会った素人の女の子の、お風呂に入る前のバギナの臭いをかぐ。これに加えて、初めて出会った素人の女の子の、お風呂に入る前の肛門の臭いをかぐ。これもずっとやりたかったことだった。左右に広げていた太ももの間のバギナの下に左右の尻に挟まれて少し露出した肛門に鼻を押し付ける。お風呂に入っていないので少し臭い。しかし、この体勢ではくんくんしにくいので、女の子の体を横にして、左足を私の左肩にかけて、彼女のお尻に顔を押し付ける。これなら肛門の臭いをじっくり堪能できる体勢だ。肛門までびっしりはえた陰毛の中心に位置する肛門に鼻の先から押し付ける。健康なうんこの臭いがした。臭いのだが、決していやじゃない。最初は舐めないようにして、鼻先をぐいぐいと肛門に押し付けて臭いを味わう。その後、自分の顔をぐりぐり押し付けて感触を楽しむ。
この子は、今日初めて出会った男に、こんな臭い肛門の臭いをかがれて恥ずかしくないのかな。サディステッィクな気持ちが湧いてきて、人差し指を肛門にじわじわと入れ、ぐりぐりと動かす。喘ぐ彼女。指を抜いて、うんこの臭いを確認してから、彼女の鼻先に突きつける。恥ずかしがる彼女の口を開けさせて、舐めさせる。
十分に堪能したので、舌で味わうことにした。バギナ、肛門を中心に味わい尽くす。バギナは膣口内部にまで舌を何度も挿入する。肛門にも何度も挿入する。
喘ぐ彼女に対し更にサディステッィクな気持ちが沸き起こったので、パンツを脱いで、ペニスを取り出す。当然こちらも風呂に入っていないので、臭いはずだ。少し顔をしかめる彼女の口に半ば強引にペニスを押し付け、フェラチオをさせる。あきらめたように舐めだす彼女。そのうち、熱中しはじめ、口腔内にペニスをほおばる。
いつしか、お互いに体を横にしたまま、シックスナインの体勢で互いの性器を舐め合う。
十分に舐め合った後、ゴムを装着し、バギナへ挿入。騎乗位の体勢となり、下から、目を閉じ、バギナに挿入されたペニスを味わう彼女を観て楽しむ。前戯が長かったため、予定より短く、射精に至る。
しばらくピロートークを楽しんだ後、やっと入浴へ。バスルームに手洗い用のシンクがあったので、底に跨がらせて、バギナをじっくり指で弄んだ後、「おしっこしてみて」とお願いすると、恥ずかしい表情は浮かべたものの、すんなりと放尿してくれた。
放尿した後のバギナは、股の下に顔を潜り込ませて舐めてきれいにした。アンモニアと玉ねぎ臭いしずくを舐めとった後、ふたりして入浴。
その後、もう一回戦した後、一泊のホテル代を支払うのが惜しくなり、4時間の休憩で終電で帰宅。
テレクラを始めたのは働き出してからで、最初のアポイントを取ったのは、新宿のリンリンハウス(だったかな?)だった。
狭い個室で電話機のランプが赤色に点灯するのをじっと待つ。呼び出し音が鳴るのは点灯したコンマうん秒後なので、音が鳴った時点で既に勝負がついている。壁の向こうの競争相手達に何度も先を越される。薄い壁を通して弾む会話を聞くのはどれほど虚しいか。諦めかけたその時、軽く押した電話機の赤いランプが緑色に変わった。
「もしもし?」
受話器から聞こえてくる声は、大人っぽい。正確に言うとおばさんっぽい。テレクラでのはじめての会話だ。緊張が相手に伝わらないように、さりげなく会話する。
どうやら、自宅からかけているらしい。脳内に浮かび上がったイメージは、40歳前後の小太りのおばさん。
「年上とか、気にしない?」
「年上、大好きっすよ!」
適当に話を合わせていたら、なんと、山手線の某駅の東口改札で待ち合わせすることとなった。今から、急げば間に合うか。
あせって、店を出て新宿駅へ向かう。切符売り場で山手線の駅名を確認する。結局、某駅に到着したのは約束の時間の15分過ぎくらいだった。Google mapもない時代なので、東口がわからない。携帯も普及していないので、遅れるからと連絡することもできない。
約束の場所をうろうろする不審な人物が私。途中、うろうろしている小太りなおばさんに思い切って声をかけてみたが、不審そうな表情をして逃げていった。
さくらだったのか。もともと、来る気がなかったのか。来たけどすっぽかされたと思って帰っていったのか。多分、もともと来る気がなかったのだろうなあ。
結局、この日は収穫なしで、アパートへと帰った。
向こう側からかわいい女の子がこちらに向かって歩いてくる場合は、私と女の子が反対の方向を向きながら同一線上に並ぶタイミングで、鼻から空気を吸い込むことをやめる。次の瞬間、過ぎ去る彼女の背中側の空間に女の子の体臭を多く含む空気の渦ができる。この渦の中の空気を鼻から大きく吸い込む。私はそんな風にして、女の子をくんくんしている。
女の子がひとりで乗っているエレベーターに乗る時もくんくんする。くんくんしていることに絶対に気付かれないように、鼻から吸い込む空気の量を意識してコントロールする。決して、鼻から空気を吸い込む音を立ててはいけない。
なお、くんくんするのはあくまで女の子自身の匂いであって、化粧品や香水の香りとは区別しなくてはいけない。
小学生までは、子供の匂い。私は、ロリコンではないので、何も感じない。
高校生は大人の階段を登りつつある匂い。若々しいが酸っぱい匂い。
痩せている人は体臭が薄め。太っている人は濃いめ。
部屋に入ってきた瞬間に、部屋中に女臭い匂いを漂わせる人がいる。そんな人が部屋に入ってきた瞬間、その部屋にいる男たちは全員、その濃厚な匂いを意識していると思う。
中学生が漂わせるアポクリン腺由来と思われる乾草のような匂いを大人になっても漂わせる人がまれにいる。決して、ワキガの匂いではない。こういう人は、スリムで貧乳が多い。
藤沢数希の連載中の小説「ぼくは愛を証明しようと思う。」はアメリカのナンパ小説「ザ・ゲーム」のパクリ
http://www.tradersshop.com/bin/showprod?c=9784775941041
「殺意の表明などありふれている」
知らねーよ。
俺は「しね」「ころす」も言ったことねーし、罵倒と殺意の表明は全く違うものだと思うよ。
お前が低能連呼してても増田にはよくあることだと思ってたけど、「殺す」は異常な書き込みだと思う。
最初に突っかかってきた時はそう思い込んでただろうがw
矛盾しているにもかかわらずw
まず年金が破綻してるってアレね。良し悪しでなくて受給年齢を60を65、70にしたら制度は破綻しないの。年金もまともに払えない人は、その分を貯蓄なんてできない。結局は老後破産、経済的に破綻だから。損得なんてのは、公的扶助の年金を、勝手に金融機関の積立資産と勘違いしてんじゃないか。
で、結婚を損得やデメリットで論じるなんてのは年金と同じような底辺の論理なんだよ。「もう大卒ってメリットないんで大学には行ってません」とか「就職ってデメリット多いんで無職です」って偉そうに言ってるヤツがいたらアホすぎて笑えるだろ。
結婚が何かも分かってない小僧がよぉ、ドヤ顔で偉そうに人前で「結婚ってデメリットばっかりでメリットが無いと思って…」なんてコレと同じだから言うなよ。恥ずかしいだけだからな。
まぁ言ったところで「結婚したら貧困再生産だから、しなくて世の中にとって正解。ハイハイおまえは結婚なんてしなくていいんだよ。」
って思われてるけど、この社会では人権ってもんがあって、そんな優生論な考えは倫理的に言ってはいけない事になってるので、今まで気付かなかったんだね。良かったねココで教えてもらえて、お疲れさん。
今日は定時で退社した。急に仕事が遠く感じたからだ。公共系の基盤構築の部署に来て5年。提案書書いて、構成見積もって、構築設計して、提案して、調整して、協力会社の面接して、振って管理して、中途の履歴書みたりリクエストだしたり。あいまあいまに終わらない打ち合わせをしたり、調整したり。なんだよ調整って。
毎日22時。単に今日のタスクが終わったからじゃなくて22時だから帰る。それだけのことだった。この時間だとアキバでも人が少ない。いつもいつもアキバが目覚める前に出勤して、眠ってから退勤する。休みの日にアキバなんて御免だから、ここで働いているのにずいぶん遠い街だ。
時間の上限なんてもう抵触しない月がない。産業医面談にいけないくらい拘束時間が長い。そっちからこい、と思うのだが。「面談があるので休みます」とか申し入れると「そんなの行かなくていいよ、俺は行かなかった」と上司が言う。なるほどこれは改善の望みはない。周りの誰もが同じ条件だから奇妙に思わなかったが、異常ではあるのだろう。異常の中では異常とわからないだけだ。
外に出ると三日月。空を見たのも、月を見たのも、下をみずに歩いたのも久しぶりだった。これはまちがっているのだろうか。だとしたらどこでまちがったのだろうか。俺が何かを決めたのだろうか。選んだのだろうか。意味もなく浅草橋まで歩いて考えた。パチンコ屋の脇をぬけ、飲み屋街をひやかし、ファミマを横目に、陸橋をくぐる。そのうち浅草橋に着く。そこからいつもの電車にのれば帰路だ。
なにをしに家に出勤するのだろう。職場にいる時間のほうが長いのだから、あっちが俺にとっては自宅なのではないだろうか。読みもしない本ばかりが積まれた俺の部屋。もうずいぶん自宅でなにかをした記憶がなかった。週末は休みなのだが土曜日はまず仕事だ。帰ってきたら寝る。
そうだ寝るだけだ。だとしたらもっと寝やすいところにしないといけない。寝るしかしない場所なのだからもっともっと特化しなければおかしい。寝るだけの場所なのだから。
寝るだけの。