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はてなキーワード: コミュニタリアンとは

2019-01-31

anond:20190130235309

んー、そういうのは個々のデモ評価に関わる問題で、いわば各論でしょ。元々の話題もっと総論的なものだったはず。

で、(革命はともかく)デモ政治に及ぼす影響力が強化されることは、総体としては公正を実現する方向に働くと、私は思うよ。

あと本筋からはズレるけど、移民問題は難しいよね。国民国家という枠組みの限界というか、リベラルコミュニタリアン論争的な葛藤というか、そういうものを感じる。

2018-11-02

anond:20181101121533

初めのレイヤーは、旧来の保守VSリベラルって感じ。

指摘の通り、リベラルの寛容もメタレベルで寛容の同調圧力ポリコレ)がある。

 

それを含めて語るなら、コミュニタリアン(同質化/思想はともかく共同体重視)VSリバタリアン(異質許容/ハードコア個別行動を重視)という対立OKだと思う。これなら左右、保守リベラルから少し自由に、政治的立場カテゴライズできる。

2017-02-12

00年代10年代の総括

ゼロ年代に「勝った」志向とは何か。

それは、特定の「物語」に依拠せずに、情報経済のパワーゲームを乗りこなしコントロールする志向、端的に言えばネオリベラリズム志向だ。

そしてネオリベラリズムゼロ年代を通過し、反グローバリズムの潮流が良くも悪くも世界を動かし始めたのが現状。

コミュニタリアン時代が始まっている。

2014-04-27

http://anond.hatelabo.jp/20140425125301

知ってる?今の2chって、体系的な政府批判はすぐさま永久規制行きだよ。だから茶化すような一見不真面目な書込みをする者が多く残る。

それに加えて、保守派意見が大体的に紹介されるようになり、「隠された真実」としてあえて独占する必要性が薄まってきたのが大きい。

ところで、この「失望コミュニタリアン」的な意見最近米国でもよく見かける。

2011-07-18

http://anond.hatelabo.jp/20110718161048

だいたい賛成だけど

ちょい前に流行したサンディ教授のあれ風のコミュニタリアン視点で言えばその評価も

ある種の共有財産とも言えなくはないよね。

日本という国に生まれてそういう教育をうけたからそういう場に立てたわけだし。

まぁ、どっちにしろ

俺もスポーツ観戦に意味があるとは思ってないけど極論吐いて相手を馬鹿にしても楽しくないなーって思う

2011-03-07

これからの「正義」の話をしよう の話をしよう (読書感想文

日本始球式をすることも決まっている、話題のサンデル教授の本『これからの「正義」の話をしよう』を読んだ。

シリアスゲーム的な考え方だと思った。押し付けがましくなく、それでいて熱意がある。

ダン・アリエリーの「予想通りに不合理」では、行動経済学として人々の社会規範市場規範に焦点を当て、さまざまな実験を通して規範適用の仕方を検証している。

サンデル教授はこれまで社会規範適用されてきた社会市場規範適用するという最近の風潮を危惧している。

それは、アメリカのみならず、諸先進国においても同様だろう。GDPでは幸福は測れないということだ。

そうした現状で、公正な正義を一人一人が認識しようとすることは社会幸福への試金石になるかもしれない。

宮台真司の推薦文にもある通り、サンデル教授コミュニタリアン共同体主義者)だそうだが、一部のコミュニタリアンにとっては違和感のある呼ばれ方だそうで、その原因は「正義は個々のコミュニティが好き勝手定義したものに過ぎないという相対主義的見方を表しているように思える」からだそうだ。

つまり、コミュニタリアンと呼ぶ側(功利主義自由主義)がコミュタリアンの物語の探求という考え方を見落としているということだ。

NHKの白熱教室を観た方はわかると思うけれど、サンデル教授功利主義自由主義、そして共同体主義を実際に起きた問題や思考実験によって人の正義と自由、正義権利、自由と権利といった問題を焦点に繰り返し問題提議、検証していく。

5章以降のカントの示した人生観ロールズの考える自由は、より具体的で、わかりやすく、刺激的だ。

人生観で特に印象的だったのは、マッキンタイアの「物語の探求としての人生を生きる」という考え方だ。

これまでに生きられたあらゆる物語はある種の目的論的特性を帯びている

自由を追い求める考え方は目的論を独善的とみなす。しかし、現実的には人々は人生という物語解釈している。

自由に選択できることが真の意志の尊重とするが、

選択とは物語解釈から生まれるもので、意志が支配する行為ではな

物語の探求という生き方は、アドベンチャーゲームロールプレイングゲームのようにマルチエンディングのような、または、SF的な多世界解釈に近いと思う。

そして、それは強烈だ。これからの諸問題との対峙する時、コミュニタリアン正義に対する捉え方は安易な自由や平等主義よりも解決への熱意を持っている。

サンデル教授功利主義自由主義共同体主義という選択肢を検証し、最終的にトゥルールートとでもいうように納得させる形で共同体主義への道筋を示した

それが、 これからの「正義」の話をしよう なのだと思った。

実際、目的論的な考えは心理学でも注目されているように思う。

心理学者のミハイ・チクセントミハイによって提唱されたフロー体験というものがある。

フロー英語Flow )とは、人間がそのときしていることに、完全に浸り、精力的に集中している感覚に特徴づけられ、完全にのめり込んでいて、その過程が活発さにおいて成功しているような活動における、精神的な状態をいう。ZONE、ピークエクスペリエンスとも呼ばれる。その概念は、あらゆる分野に渡って広く論及されている。

チクセントミハイが見たところによれば、明確に列挙することができるフロー体験の構成要素が存在する。彼は8つ挙げている。

1. 明確な目的(予想と法則認識できる)

2. 専念と集中、注意力の限定された分野への高度な集中。(活動に従事する人が、それに深く集中し探求する機会を持つ)

3. 自己に対する意識感覚の低下、活動と意識の融合。

4. 時間感覚のゆがみ - 時間への我々の主体的な経験の変更

5. 直接的で即座な反応(活動の過程における成功と失敗が明確で、行動が必要に応じて調節される)

6. 能力の水準と難易度とのバランス(活動が易しすぎず、難しすぎない)

7. 状況や活動を自分で制御している感覚

8. 活動に本質的価値がある、だから活動が苦にならない。

フロー経験するためにこれら要素のすべてが必要というわけではない。

フロー:wikipedia [ http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%83%AD%E3%83%BC ])

目的論的な解釈や考え方はフロー体験を促しやすいのではないだろうか。

さらに、自己実現理論も紹介したい。

自己実現理論(じこじつげんりろん)とは心理学者アブラハムマズローが、「人間自己実現に向かって絶えず成長する生きものである」と仮定し、人間の欲求を5段階の階層理論したものである。又、これは、「マズロー欲求段階説」とも称される。

マズローは、人間の基本的欲求を低次から

1. 生理的欲求(physiological need

2. 安全の欲求(safety need

3. 所属と愛の欲求(social need/love and belonging)

4. 承認の欲求(esteem)

5. 自己実現の欲求(self actualization

の5段階に分類した

自己超越

マズロー晩年、5段階の欲求階層の上に、さらにもう一つの段階があると発表した。それが、「自己超越」(self-transcendence)の段階である自己超越者(transcenders)の特徴は

1. 「在ること」(Being)の世界について、よく知っている

2. 「在ること」(Being)のレベルにおいて生きている

3. 統合された意識を持つ

4. 落ち着いていて、瞑想的な認知をする

5. 深い洞察を得た経験が、今までにある

6. 他者の不幸に罪悪感を抱く

7. 創造である

8. 謙虚である

9. 聡明である

10. 多視点的な思考ができる

11. 外見は普通であるvery normal on the outside)

マズローによると、このレベルに達している人は人口の2%ほどであり、子供でこの段階に達することは不可能であるマズローは、自身が超越者だと考えた12人について調査し、この研究を深めた。

(自己実現理論 :wikipediahttp://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%87%AA%E5%B7%B1%E5%AE%9F%E7%8F%BE%E7%90%86%E8%AB%96 ])

この自己実現理論自己超越という考え方も中々興味深い。

フロー体験や自己超越といった段階は、ただ安易な自由や平等を考える以上に、個々人が社会で生きる目的認識することが重要であることを示しているように思える。

2011-01-19

小林正先生論文より

昨年放送されていた、マイケル・サンデルNHK白熱教室は非常に面白かった。そんな折、NHKの白熱教室番組で解説をされていた小林正弥氏が、「サンデル政治哲学」という新書を出されていたことを知った。早速読んでみたところ、あまり理解が及ばなかったカントの部分であるとか、サンデルより他のコミュニタリアンと呼ばれる思想家たちのことも書いてあり、とても勉強になった。

そのうちにサンデルよりも氏がどのような研究をされているのか興味が出てきて、他に書かれているものを大学図書館で調べてみた。小林氏はどうやら「公共哲学」というものを日本に根づかせようとされているらしい。堅苦しい哲学というよりも、実践を本分とする「公共哲学」にも興味を持った。そこで、昨年出版された「アクセス公共学」という本を図書館で借り、小林正弥氏の論文を読んでみた。「日本政治の公共学」という興味をそそるタイトルである

だが読み進めていくと・・・

そこには驚くべきことが書いてあった。

少なくとも、以下に引用する文章(それは論文の最終節にあたる)が、サンデルのjusticeを解説されていた人の書くものとは到底私には思えなかった。私には以下の論文のjusticeがよくわからいし、これが日本公共哲学なのであればそのようなものは・・・とも思わないでもない。少々長くなるが、はてなユーザー賢明なるみなさんに、ご意見を賜りたい所存である

この民主党中心の連立政権社民党国民新党との連立)は、脱官僚政治主導、そして地方主権を主張し、対等な日米同盟公約に掲げた。また、成立した鳩山政権は「友愛」と「新しい公共」を理念として掲げて、地球温暖化問題についてCO2排出量の25%削減1990年比)という鳩山ビジョンを提起して世界の喝采を浴びるとともに、東アジア共同体ビジョンも提起した

これらの政策公約の多くは、自民党政治、特に55年体制におけ二重十恩顧主義政治体制や家産官僚制の問題を摘出し、その抜本的改革を企てるものである鳩山首相は「友愛」の理念を掲げていたから、それは「友愛公共革命」への期待を生んだ(小林2010)。そして、その所信表明演説や施政方針演説は、「友愛」と「新しい公共」の理念を掲げる拡張いものであり、いわば政権公共哲学を宣明したものだった。これは、理念政治を動かすという可能性を示したという点において戦後日本政治においてほとんど初めての出来事であった。政治において、「善」に関わる理念が明示されたという点において、この公共哲学は、マイケル・サンデルが主張するような意味において、コミュニタリアニズム的な性格を持っていた。

(中略)

さらに、日米関係においても、新政権総選挙マニフェストで「緊密な日米関係」を掲げていた。鳩山政権は、普天間基地移設問題について、自民党政権が合意していた沖縄県内の辺野古移設案を変更して、鳩山首相は可能な限り県外・国外移転の可能性を探った。これは、永年にわたる日米恩顧主義における対米追従外交に代わって、沖縄の負担を軽減するために主体性を持った政策を提起しようという試みだった。

(中略)

しかし、鳩山政権首相自らが設定した2010年5月という期限までにそれを実現することができなかった。県外移設の可能性を追求したもののアメリカに拒まれて、結局は辺野古案に回帰して日米合意を行い、反発した社民党の連立離脱を契機にして、発足後8ヶ月余りという短期間で崩壊したである。その主因は鳩山首相小沢幹事長をめぐる「政治とカネ」の問題と、普天間基地問題をめぐる混迷だった。しかし、普天間問題において外務省防衛省は、いわば米官連携に即して、県外移設案の追求に対して非協力的だった。ここにも現れているように、鳩山内閣においては「政治≒公共」に対する「国家≒官≒公」の反発や抵抗があったということができる。残念ながら、こうして「公共的公」は確立せず、「公共」的な政権は「官」の抵抗に遮られて崩解してしまったのである

2009-03-05

http://anond.hatelabo.jp/20090303225533

方向性と言う、鋭い言葉が出ているようなので一言書かせて貰いたい。

厳密な意味でのコミュニケーションって、

双方向に、尚且つ対等な立場で作用する物なんだね。

一方的な定義を当てはめる事はどんな言葉でも可能だけど、

それは力関係だとか、立場の優劣に大きく依存せざるを得ない訳で、

万人にとって通じ合うかどうかに大きく問題を残すよね。

やはり、他者とコミュニケーションを取ってるとは言い難い。

日本の場合、リベラリストと自称する立場の人が

コミュニタリアン転向していく事がままある訳だけど、

(あるいは自由主義者共同体志向する)

これは宗教的なバックボーンを持ってない日本人だからこそよく見られる事で、

自由だって言葉を開放したとたんに何を何処まで自由にしたらいいかが

共有されずに、相手の自由を侵害するような事まで自由の範疇に

組み込もうとしたり、一方的に自由を明示する他者が

出てきてしまったりするからで、うまく感覚的な面で共有が出来ない。

だからコミュニタリアン転向する。

でも、言葉定義まで一方的で個人的なレベルにまで分断してしまったら、

コミュニケーションを通じても、普遍再生は非常に難しいかも知れないね。

居丈高な書き方をしてしまってる人に考えてもらいたいのは、

どんな相手かまったくわからない人に対して、

都合のいいように相手を定義してしまう事、非建設的なソレは

コミュニケーションを取ってると言えるかどうか。

2008-07-08

ヴィダルサスーン × 安室奈美恵

危険なほどセクシーに輝く髪。キラツヤ、どセクシー

http://sankei.jp.msn.com/entertainments/entertainers/080708/tnr0807081326011-n1.htm

ふーん、どセクシーね、、、どセクシー。どセクシー

 

 

ど間抜け どスイーツ どG8 どコミュニタリアン 

mixi どはてな どどれみ ど胃カメラ ど東京大学 

どおじゃ魔女ドレミ# ど土井たか子 ど日本 どどいつ

 

 

2007-10-23

学歴・収入と政治・経済観の相関性

ポリティカルコンパス sakidatsumono.ifdef.jp

政治ポジションテスト seiji.yahoo.co.jp

政治軸:自由主義高学歴)⇔権威主義低学歴) 経済軸:市場主義(高収入)⇔再分配主義(低収入)

              高学歴高収入

                  /\

                /   \

               /      \

             / リバタリアン \

            /             \

          /                \

         /                   \

       /                      \

高学歴 / リベラル          コンサバティブ\ 高収入

      \Left-wing           Right-wing /

       \                     /

         \                  /

          \               /

            \  コミュニタリアン /

             \         /

               \      /

                \   /

                  \/

               低学歴・低収入

1、リバタリアン 自由・私的財産権

職業外資系医師会計士など専門職    主要メディア日経 アイデンティティー:個人

2.コンサバティブ グローバリズム

職業経営者商工会建設業など自営業者 主要メディア読売 アイデンティティー国民

3.リベラル 人権・福祉

職業:教師、公務員上場企業正社員     主要メディア朝日 アイデンティティー市民

4.コミュニタリアン 伝統共同体

職業フリーターニートプロ奴隷       主要メディア産経 アイデンティティー日本人

 
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