はてなキーワード: ハンディキャップとは
今のところこんな感じ
毎フレーム計算された値が加算されていく。正の値なら良い状況、負の値なら悪い状況。
初期値は0。
計算を開始すべき時期については諸説あると思うけど、受精したタイミングから測るのが妥当か。
天賦の才。親から受け継いだ遺伝的特性。文学的才能や数学的才能、身体的なものまで含む。
親が後天的に獲得した特性や、資金面での優位性、親族関係、幼少期を過ごす地域の風土や近隣住人などなど。
生まれ持った社会的なハンディキャップとなり得る身体的な特性、または事故による負傷や病気とその後遺症など。
自分がその時に何を選択したか。-1~1の範囲の値で、1が現状に対する最良の選択をした場合、-1が最悪の選択をした場合。
※※※※※※※※
読解力にハンディキャップのある人が数人いるのは日常のことだけど、スターついてるトップブコメが軒並みハンディキャップってどういうことだよ。
tetsuya_m 母親が気の毒。コシヒカリやあきたこまちも物凄いリソースをかけて作られた物なのに何を言ってるのか不明だし
chikoshootchikoshoot 母親が不憫すぎる。
murasakizarumurasakizaru 家計の範囲で食事作り頑張る母親に毎食「マズイ」アピールするのが「戦争」って認識なのか、、許されるの幼児のイヤイヤ期までだろ
morimariimorimarii まずこの人の学生時代の行為は母親にも生産者にも最低な行為だと思うし個人的には米を等級ではなく銘柄で評価する人は信用しないようにしている
母を泣かせてしまったあと憑き物が落ちたように大人しくなったって言ってるんだから、
自分でも異常な行為だった。母にひどいことをしてしまった。って思ってることが読み取れないの?
なおかつそのストーリー自体は話の枕で、北海道のコメのまずさと内地のコメのうまさの違いを誇張して表現しているだけだということも理解できないの?
北海道の米うまくなりすぎワロタwwwww こんな寒いところでwwwwうまい米つくるとかwwwww農家の人ヤバスギwwwww 米がまずけりゃ塩とかスパイスとかwwwwwかければいいのにwwwwwかければいいのにwwwww すごいとか通りこしてwwwwwもう怖いwwwww作れって言われたらwwwww兵器でも作りそうwwwww とにかくおまいらはもっと北海道の農家のすごさを知るべきだと思います
くらいの感じだろ。リソースを何に集中すべきか、っていう問題提起もちょっとはあるかもしれんけど。
あなたたちは
じょーじ・わしんとんは、おとうさんがだいじにしていたさくらのきをきってしまいましたが、しょうじきにはなしたのでゆるしてもらえました
っていうおはなしを聞いて、父親が不憫。ワシントンは父親にも植木屋にも最低な行為をした。一生斧研いでろクソ野郎。っていうのか。
言いそうだな。言いそうだ。
可視化されただけなのかもしれないが、文章を読む力が日本人から失われているように感じる出来事が多い。
件の事件には幾つかの要素に分けて考えるべき事があると思った。
c_shiika 本音を申し上げると、あれは周囲もその店員さんが妄想持ちだってことを知らなかったわけで、不幸な事故でしたね、で終わらせとけという話ではないでしょうかとも思う。防止するのはきわめて難しい事故だったと思う。
こういうアホな考えでは、障害を持った人を社会から排除するのが最も妥当な解決案だという風にしか考えられなくなる。
という事ではないか?と思う。差別うんぬんではなく現実的に問題を切り分けていくべきだろう。
健常者であっても仕事には適不適がある。向いていない仕事に就く不幸に関しては、心当たりのある人は少なくないのではないか?だから、障碍者であれば、なおの事だと考えるのは難しくはない。職業を制限する事は差別に繋がるという綺麗ごとを押し付ける限り、ならば障碍者を社会から排除すべきという強烈な反発を生み出すことは避けられない。
例のコンビニのケースの場合は、コンビニ店員の様な客商売は、精神的な障害を持ってる人間にやらせるべきではなかったと言う話にしかならんと思う。肉体的なハンディキャップを持っている障碍者や、生まれつき知能にハンディキャップを持っている障碍者は、自ずと仕事が制限されるのだけど、精神的な障碍を持っている連中は、一見すると何でも仕事は出来そうに見える事がよろしくない。精神科医などの専門家等で、精神的な疾患を持っている障碍者について、就業可能な職業を決めておくべきだろう。
企業が肉体的、知能的な障害を持った人を労働者として受け入れる場合には、公的な補助が出る代わりに受け入れ態勢を問われる。精神的な障害を持っている精神病患者についても、同様に企業の受け入れ態勢を問うべきではないかと思う。例の事件の場合は、コンビニには明らかに、その態勢は出来ていなかった。この事が不幸な事件を産んでしまった。
障碍者が起こしがちな問題点と、その対処法の共有、精神科医のサポート体制など、問題が起こる前に企業サイドで対応できる仕組みがなかった事が良くない。それが出来ない企業は障碍者を受け入れるべきではないというのは肉体的な障害を持った人と精神的な障害を持った人とで違いはないはず。
客のサイドから見れば、レジに立っている人間が障碍者だという事は、精神的な障害を持った人の場合には分かりにくい。肉体的なハンデや、ダウンなどの病気とは違って、一見すると彼らは正常に見える。障害を持った人を受け入れた店舗の入り口に、「この店は障害を持った人を雇用してますよ」と言うようなサインがあればどうだっただろう?「この店にはガイジがいるかもしれん」という心の準備が出来てさえいれば、理不尽な事があっても「なんだよ、ガイジかよw」と笑って済ませられる事も多いだろう。客が気に病む必要がなくなる。
と言うように、客が心の準備を済ませておける様な体制は必要だろう。名札に「障碍者」のサインが入っているのは、流石に論外だろうと思うが、店舗単位でそう言った警告を客に発しておく必要はあったのではないかと思える。
という点を、差別だなんだと言わずに、互いに丸く収められそうな所で折り合いをつけていかないと、社会は障害を持った人を排除する方向にしか傾かないと思うぞ。問題となったコンビニの事件に関してもそうだけど、社会全体は被害を受けた少女に同情的になる。彼女を守った上に、障碍者にも仕事をさせたいと考えるならば対策は必要だ。
大沼くるみの初見の見た目や言動は性的かつ幼なすぎて、むしろ男性でも大多数が引くようなデザインなんだよね(私は男性だがキャラデザのあざとさが度を過ぎている気がして最初は一切好感が持てなかった。今から考えるとあえてそういうキャラデザにしたんだと思う)。
現実にいたら異性から虐げられ、同性からも叩かれやすい存在、そういうのがハンディキャップになってる子が自分の味方になってくれるプロデューサー(男女問わず)と出会い、アイドルとしてたくさんファン(これは良くも悪くもいろんなファン層がいると思う)を得て、少しずつ強かに成長していく物語。ようやく彼女のよさがわかって来たけれど私は今でもちょっと苦手で(接し方が難しい)くるみPにはなれそうにないけれど、くるみもくるみPも応援したいと思っています。
あれは身体的ハンディキャップのある人の優先利用を想定しているが、ユニバーサルデザインの考え方に従っているので、
あえて「障害者専用」とは書かないし、「優先」という名称も避ける配慮があるんだよ。
ただ従来の「多目的○○」と違うのは、身体的ハンディキャップともまた違うという点。
でも痴漢被害を経験し/避けて特別な車両に乗りたいという行動に心が向く人というのは、
身体的ハンディキャップこそないかもしれないが、社会的ハンディキャップを背負ってしまった人と言えるだろう。
そういう捉え方を周知させて、主な利用対象となる女性たちが気後れなく利用できるようにする準備は必要だが。
すべての女性はハラスメント対象になるという形で社会的ハンディキャップを背負う蓋然性が比較的高いが、
そういう不幸に遭遇していない/負担を感じない人は「背負っていない人」として一般車両に乗ってもいい。逆に、
男性でもその容姿などが災いして痴漢やハラスメントを受けやすい人もおり、そうした少数派の利用もカバーできる。
ちょうど多目的トイレがオストメイト利用者のような見た目では分からない少数の方をカバーできるのと同じように。
そうしたユニバーサルな視点で弱者保護施策だと見なせる名称・運用をしていれば、
もちろん色々微調整すべき部分は多いだろう。利用者の幅が広がる分、
通常の車両よりはプライバシーを守れる簡易な間仕切りなどがあった方が良いかもしれない。
また車両内の見た目上もあきらかに「普通とは違う」方が、やっかみも生みにくい。
既存の各車両に存在する優先席との兼ね合いをどうするかという問題もある。
個人的には各車両にあった優先席はトラブルの種になりやすいので撤廃し、多目的車両に統一した上で
従来の利用者が乗車前に多目的車両の停車位置を知れるように変えていけばいいと思う。
ポリコレ(ポリティカル・コレクトネス)が大好きな野郎が身近にいてかなり鬱陶しいので、なんでお前らが嫌われているのかわかりやすく伝えてやる。バズって本人の元まで届けこの想い。
まずこれを見て欲しい。
こんなことを言うやつは潜在的に留学生を見下している!日本語不自由を女に変えて「女なのに凄いな」って書いたら駄目さわかるだろ!
言うまでもなく見下す意図で言っているのではなく、「日本語が不自由な環境でも努力して結果を出すなんてホント凄いな」という意図で言っているし、仮に「女なのに凄いな」と言ったとしても「現代社会ではまだまだ女性に目に見えないハンディキャップを背負わされているにもかかわらず結果を出して凄いな」という意図で言っている。
しかしポリコレ野郎は「レイシストが『そんな意図はなかった』と言っても、根底にそういう考え方があるのが駄目なのであって、意図のあるなしは問題にならない。それで傷つく人がいるかもしれないのであれば、二度とそういう言葉を言わないように反省すべきである」という主張をしてくる
その主張は正しい。正しいから「コレクトネス」と言われる。この場合の正しいは「面と向かって否定することが出来ない」という点で正しいが、本当にその正しさって社会に必要なのか?本当に全ての人間が正しい社会が理想なのか?
意図からして差別的だった場合は注意すべきだ。「韓国人はクソ」みたいなのがその例だ。一部クソな韓国人はいるが、クソではない韓国人もいる。関わりのない未知の韓国人をクソであると断じるのはレイシストだ。それは発言者を注意するなり、発言者から距離を置くなりすべきだ。
しかし意図全体が差別的でない表現も「未知の人がしてショックを受けるかもしれない」と言うのはどうなの?そりゃいるかも知れないが、本当にそんな人がいたらその人が「この表現にショックを受けました」と表明してきた場合に「こういう意図だった」と説明し、その段階で初めて元発言に注釈を付け加えるなりするのが正しいだろう。知らない間に相手にショックを与え、その人が自分に対して距離を置くことがあるかもしれないが、それは仕方ないし、差別的な意図がない以上それはもう個性として受け止めるべきだろう。
Twitterなどで公に発信した場合は、意図しない受け取り方をする人がいる確率はダントツに上がる。なのでポリコレ的に問題のある発言が指摘を受ける機会は多いだろう。しかしネットであれ、実際にそれでショックを受けた人が直接的に表明するのが正しいあり方で、第三者が「それはおかしい!」と声を上げるのは余計なお世話としか言いようがない。
そういうと「そのツイートを見た他の人も同じようなミスを繰り返し、結果としてポリコレ的に間違ったツイートが増えることになり、将来傷つくかもしれない人を増やす要因になる」みたいな反論があるんだけど、これこそまさにポリコレ警察ですね。そういう奴らをまとめてカリフォルニアにディストピア都市を作って引きこもってもらいたいもんです(←ポリコレ違反だ!)
ポリコレを指摘する奴らがうんざりなのは理由は上記の通りだが、本当にクズなのはここではない。内心ではポリコレ違反だと思うけど、わざわざ注文つけるほどではないな、という奴も間違いなくクズなのである。
なんでか。ポリコレはそもそも、「絶対的に正しいあり方があって、そこから外れたものを否定する」面がある。もっと別の言い方があるだろうとか、誤解を招く書き方をするなとか、ポリコレ的に間違っていることを指摘すれば、それは100%議論で勝てる。
だからポリコレ野郎は「ポリティカル・コレクトネスは絶対的に正しい基準である」と考える。
そうするとポリコレ野郎は「外れているやつはその点で配慮がない、劣っている」と考える。
ポリコレ野郎は、徹底的に減点法の考え方になる。傾向として今までの人生に自信がないので(←ポリコレ違反!)、絶対に間違いのない基準があると安心するのだろう。自分が正しい、ということを何より大事にし、重症の奴に至っては構造図を書いて正しさを確信し、それを相手に突きつけたりする。信じられないだろ?いるんだよ。
減点法は最悪だ。他の良い面が一杯あったとしても、その1点だけが気になってしまい、悪い評価をつける。人の良さを評価することが出来ない。才能豊かで社交的な奴でも、何度かポリコレ的に正しくない発言をすれば、内心で「こいつは正しくない」とか思う。
何様だお前。
そういう奴に限って、例えば育ちの悪い奴を否定することを極度に嫌がる。ご飯に箸を突き立てて何が悪い、そういうのを否定することこそ間違いだ、というわけだ(さすがにそんなに育ちの悪い奴を見たことはないが)。そして自分は寛容だと思いこむ。なぜなら、それは正しいから!育ちが悪いのは本人のせいじゃないから!誰にも迷惑をかけていない以上否定することは出来ないから!世間の人は差別して偏狭だ!俺は寛容だ!
アホか。
言うまでもなく人間には脈々と受け継がれてきた文化があり、その文化の中で発展してきている。文化の中で育ちの悪さは文化の否定となり、社会全体として育ちの悪い人間を排斥するのは当たり前の話だ。その程度の前提の教育も受けていない人間は、社会から見れば底辺であり、悪い評価になるのは仕方ないだろう。
そして、普通に育っていれば(←ポリコレ違反!)、そうでない人に対して生理的嫌悪感を抱くのは文化的な反応で、それをただ「正しくない」という理由で否定するのは視野が狭いと言わざるを得ない。また文化というのは深いし絶対的な正解がないものだ。敬語の使い方とかも各人各様で、とんでもルールを持っている人がいる。絶対的基準がない。だから否定出来るのであればその方が楽だ、というのはそうだが、文化や各人の有り様を学んでその人の立場に寄り添う方がよほど寛容だ。それはポリコレ違反を指摘するよりはよほど大変だし、その結果受け止めきれず注意すべきことはあるだろう。でもそちらのほうが健全だ。茶碗に箸を突き立てる人を注意しない人の方が嫌だよ。
ポリコレ野郎はよく「理性で生理的な衝動を抑えつける」ということを言っているけれど、そうではない。ポリコレ野郎は、判断するのが怖いから(正確には判断を否定されるのが怖いから、議論に負けるのが怖いから)ポリコレ基準を絶対視しているのがほとんどだ。むしろ「怖い」という生理的な衝動に負けている。理性をなくして基準だけで生きていたいと思っている。生き方が規定されていれば生きていくのは楽だ。自分の行動を規定に従って完璧にコントロールするのが素晴らしいと思っているけど、それならあなたいらないです、あなたの規定一覧を頂ければそれでいいですから…。
そんな奴ら、生きている価値は十分あるが(社会貢献は十分にしてくれるだろう)、人として付き合う意味は極めて薄い。かかわらないでくれればそれでいい(が、ポリコレ警察は望む望まざるにかかわらず、向こうから頻繁にやってくる)。個人的にはポリコレに生理的嫌悪感を覚える人の方がよほど真っ当な人だと思う(←ポリコレ違反)。
ここまで否定して最後に持ち上げるのは卑怯だとも思うが、信念を持ってこういう活動をしている人たちは社会にとって大事だと思う。本当にマイノリティで辛い思いをしている人たちのアンフェアな状況を改善したいと活動することは立派だ。例えば広く嫌われている動物愛護団体とか、イっちゃってる行き過ぎた主張が注目されている側面はあるけれど、一方で彼らがいないと一線を超えて何かをやらかす人たちを留めることが出来ないし、文化や法律の変化も起こらない。それが仮に茶碗に箸をぶっさす人に嫌悪感を持つのをやめよう、という活動であったとしても、本気で取り組んでいる人たちは立派だ。自分は近づきたいとは全く思わないが、社会の多様性のためには必要な存在だろう。
ただ、ポリコレを正しいと思っているやつのほとんどは、特にそういう信念もなく、人との関わり合いを定型化しようとするクズなんだよなぁ(←ポリコレ違反)
匿名じゃないとこういうことを書けない自分が情けないと強く思う。情けないと思うので、せめてこの記事に対する反応はしっかり読んで咀嚼したい。罵詈雑言でも構わない、遠慮なく書いて欲しい。釣り気味の記事にしてすまなかった。
いつも思うけど、女性の権利を守ろうとするの良いことだと思うし、社会的待遇が性別で変わるのは良くない。
だけど、女性を弱者として捉えるところからスタートするのは絶対違うわ。
女性はどんなハンディキャップを背負って生まれてきてるっていうんだよ。
追記
トラバで女性専用車両の件を議論しあってるみたいですが、この記事と趣旨がそれてるので感情論だな~という感想です。
この記事では、女性は弱者ではないということと、フェミニストがなんか悪いことしたの?って聞きたかっただけです。
ちなみに「女性専用車両」が仮に万が一、男性の権利を侵害していたら、それはフェミニストのせいではなくて、JRのせいです。
そして、女性も「女性専用車両」に乗るときにプライドを害されている方もいますので、善良な男女がともに痴漢の被害を被っているわけです。
「身体的・社会的立場などに何かしらのハンディキャップがあっても◯◯をすることが出来ます。」という言葉はよく耳にする。例えば、「学年ビリでも東大に行ける」的なものだ。しかしこのような言葉は実に無責任であり、ハンディキャップを持つ人に対する慰めどころか傷をつけ怒りを買うものだと思う。
彼らが悩んでいるのは◯◯することが出来るという目標を達成することが著しく難しくなるということであって決して目標達成が出来ないことに対してではないからだ。誰もが少し努力すれば出来ることをハンディキャップが故に相当の努力をしなければならない、この状況に対して悲観しているのであってこれを弁えずにこのようなことを言うのは無神経だと思う。
そもそも、このような言葉がまかり通るのであれば「女性でも昇進出来ます。(だから男女の権利のシステムは変えなくてもいいよね)」という考えも公然と押し出して良いことになる。しかし、現実では反感を買う言葉であるだろう。これと一緒なのだと思う。
他者の苦悩に対しては無関心であるかもしれないが、それが故に傷をつけたり怒りを買ったりする。私自身もそれを注意しないといけないなとも思うこの頃である。
ネットスラングとしての「人権がない」という言い回しがどうにも気持ち悪い。
そして、もうひとつ気にかかるのは、こういう言い回しが成立しているのは、どこかで、
という理解がこういう言い回しをする世代に共有されてるんじゃないかという部分。
これは
という理解と表裏一体なんじゃないのか、と。
そういう目線でネットを見たとき、最近見受けられる「ガイジ」などの差別語の根源には、同じように、
「肌の色や出自、目の色などによって差別しないようにしましょう。同じ人間なのだから。」
こういう言い方はよくされるわけだが、いつの間にか、「同じ人間」という部分が、
「同じようにある能力や条件を満たしている」
残念ながらそんな風に感じられる。
能力のあるなし、富のあるなし、身体や精神のハンディキャップのあるなし、それらにかかわらず、たとえ犯罪者であったとしても、等しく人権はある。
だから
「お前にはそんなことをいう権利はない」
それが相手の人権を侵す内容であるならば、間違っているのはたぶんあなただ。
以上のようなことをつらつら考えていたが、増田に書こうと思ったのは以下の増田を読んだから。
https://anond.hatelabo.jp/20180105125503
できれば「人権がない」なんていう変なスラングがなくなりますように。
自分の願いを書いて終わる。
職場の人権研修で、障害者だ貧困だ難病だ、話を聞いたり動画を見たりして気になったのは、いずれも「偏見に晒されたり不当な不利益を被る人達がいかに立派な人か」という擁護?が混じっていることだった。ホームレスの中には少し前まで大きな会社にずっと勤めてたという人がいるんだとか、足の悪い○○さんだけ津波に飲まれたけど優しい人でとか。
じゃあ人間の屑だったらどうなんだと私はそっちよりだったんで思ったし、生活保護の支援団体の人までそういうくちっぷりだったのは少々辟易した。中には運命の歯車がほんの少しずれてしまっただけの人だっている、それはその通りだ、でも中には居るだなんて言ってたら、本当にただただ働くとかそういうの面倒くさいだけのテンプレなずるい人だっているだろう。障害ゆえに津波に飲まれた人は性格が悪くて周りから嫌われていたなら割り切りがつくのか。手を差し伸べる人を傷つけるような弱者に、差し出された支援にあぐらをかくようなヤツに、本当に我々は、じんけんとは、うんぬん、しなくちゃならないのか。話は逸れるが人権研修のメニューはいろいろあって選べたりするんだけど発達障害についてが無くて、じゃあ空気読めなくてどこにも就職できない無能は、みんな、車椅子の聖人君子を相手にするように自然と配慮だかなんだか、社会はそこまで成熟してるのか。いや、成熟する必要があるのか。ハンディキャップを活かして駆使して援助者をせせら笑うクズからは、そんな権利なんかとりあげちまうのがすじなんじゃないか。
そんなことをつらつら考えていた。
そしたら今更ながら、世界人権宣言を読んだ。
これは1948年に国連で採択されたもので、世界中の人権の話はたどっていくとこれに基づいている。
第1条にはこう書かれている。
すべての人間は、生れながらにして自由であり、かつ、尊厳と権利とについて平等である。人間は、理性と良心とを授けられており、互いに同胞の精神をもって行動しなければならない。
これが答えだった。国連の下にいる国の、国民は、世界中の我々は、この宣言の元にいるのだった。
性善説だ。人権なんか無いようなどうしようもないクズだなんていませんよというのがスタートだった。考えてみればあたりまえかもしれないけれど。
法律というのは第1条に主旨を置く。これからごちゃごちゃ具体的な話を書いていくが思っていることはつまりこういう気持ちなんだというのが第1条だ。社会や人間はそこまで到達できないし到達できる気もしないが少なくとも建前はここに書いてあったのだ。
ひとつすっきりした。
女性が「女性だから」という理由で差別されたり、不利益を被ることは絶対許されてはならないし、多くの無能の男性がいる傍ら、多くの有能な女性も沢山いて、正しく評価されるべきだと僕も思う。
でも、自称フェミの女性の発言を(ネット越しに)読んでいると「女性はハンディキャップがあるからその分女性を有利にしろ」の様な旨の発言をよく目にする。
フェミニズムってひょっとしてそういう運動の事を刺して、上記のようなことをいう人がフェミニストっていうの?理不尽な女性差別と理不尽な女性優遇の情報が混とんとしてて僕馬鹿だからよくわかんない!
ノートの文字がかすれて消えそうだからここに置いておく(一応ネタバレ注意)。
二人の子供から二人の大人へ。最終章「Adulthood」をクリアした。
あの出来後のと翌朝。二人でインスタントの朝食を食べ登校する。二人で登校したことで Hanako は注目を浴びてしまい逃亡してしまった。
学校をサボって公園を歩き考え続ける Hisao。考えていたことは二人の間の壁について。昨夜の出来事があったといえども二人の間には互いを理解することを妨げている壁がある。Hisao は Hanako と話をしてその壁を壊したかった。後ろから声をかけられる "H...Hisao"。
Hanako も外出をして公園に来ていた。Hisao の前から逃れて、結局出会ってしまう。とうとう Hanako 自身の気持ちを尋ねる Hisao。Hanako の返答は彼の思い込みを打ち砕くものだった。
あの夜の出来事は Hisao の大切な人になりたかったから、他の人より私を見て欲しかったから、庇護の対象ではなくて一人の女性として扱って欲しかったから。Hanako の告白は Hisao を強く動揺させた。そして告白をした彼女自身も、そんな自分に対して嫌な女だと自覚していた。
"Was... I wrong?"
もちろん彼女は悪くないと思う Hisao だが言葉が出てこない。Hanako の告白は続く。家事の前までは少ないけれど友達がいて周りとちゃんとやれていたこと。大火傷を負ってからは全てが変わったこと。周りからの反応で深く傷ついたこと。傷つくことを拒否するために人と関わることを止めたこと。自分が消えてしまえばいいと分かっていたが、人との関わりを止める方がより簡単だったこと。Yamaku 学園に行けば再び社会との接点を見つけられるかと思ったこと。そして Lilly に出会ったこと。Lilly と出会って友達になれたけど、Lilly は Hanako ができないことをなんでもできてやっぱり自分は useless だと思い知らされたこと。そして Hisao に出会ったこと。Hisao も Lilly と同じで Yuko と簡単に仲良くなれたりして、自分はすぐ不要なものとして切り捨てられてしまうと思ったこと。それは嫌だったこと。誕生日は世界中の人が疑いもなく正しくて幸せだと思い込んでいるので、useless な自分はとてもつらかったこと。朝、ベッドで寝ている Hisao を見て、やっぱり自分は切り捨てられてしまうと思ったこと。
そんな Hanako に Hisao は衝撃を受ける。今までか弱くて自分が庇護しなければと思い込んでいた Hanako は守られたいと願う子供ではなかった。
語り終えて下を向く Hanako に対して Hisao は振り絞って語りかける。
Hanako がパニックを起こした時心配したこと。寮の自室に閉じこもった時は彼女に拒絶されているのではないかと感じたこと。それからいろいろ考えたこと。
そう言う Hisao に対して Hanako は思わず叫ぶ "I wasn't rejecting you!"。
Hanako がつらくて悲しくて Hisao を押しのけてしまった時も Hisao は彼女を捕まえていてくれたこと。そんな Hisao や Lilly 達の重荷にはなりたくなかったこと。それは Hanako の心からの叫びだった。
二人の間にあった壁は崩れた。壁を崩すのに痛みがともなったがとうとう二人は正面から向き合った。
Hisao は続ける。心臓の異常が発覚した時とても怖かったこと。社会から切り離されて Yamaku へ来て自分の人生が一度壊れたこと。でも Hanako と出会って一緒に過ごして友達になって再び自分を取り戻したこと。そして失ったからこと Hanako と気持ちを通じあわせられたのだと。
ずっとずっと自分は useless だと信じていた Hanako はこの言葉を聞いて座り込んで泣き出した。そしていっぱいメチャクチャにしてごめんなさいと謝る。Hisao は彼女を抱きしめてそんなことは言わなくていいという。
そして自分は useless なのにと言おうとする Hanako に
"You're my firend, Hanako! You're... No, you're more than that. I love you, Hanako."
泣き続ける Hanako に Hisao は寄り添う。Hanako はずっと自分は必要な人間だと言って欲しかったと泣く。
ようやく泣き止んだ Hanako に Hisao はいい天気だからこのままクラスをサボろうと提案する。でも……と迷う Hanako に対して大丈夫謝ればいいだけだよと言う Hisao。そんなことができないと拒否する Hanako。だが Hanako はやれる、絶対できるし、力が必要なら自分を頼ってと言う Hisao。そして二人は同じ道を歩いているんだから互いに助け合うのは当然なんだと言う。
公園を抜けて商店街を歩く二人。互いにたがいを横目で見つめながら歩く。なにかを思案しているように見える Hanako に何を考えているのかを聞く Hisao。立ち止まり一心な表情で Hisao に答える。Hisao に私からあげることができることがあると思う。でもそれにはすごく長い時間がかかると思う。だから恥ずかしいけれど、これが最初の小さな贈り物。
Hanako は Hisao の肩に両手を置き、ゆっくり顔を近づけた……
(Fin.)
Hanako 編は図書館から始まる。図書館で見かけた Hanako は夢中で本を読んでいた。クラスメイトだと思い出した Hisao は同じ本好きとして Hanako に話しかけるが、全力で逃げられる。
Lilly と出会い再び Hanako と Hisao 。 Hisao - Hanako - Lilly と三人の生活が回り始める。
基本的に仲良くなる→逃げる→もっと仲良くなるというのが Hanako 編。
彼女の逃避は後半になるにしたがってより深刻さを増す。
1. Lilly
Hanako の一番の友人。より正しくは唯一(Yuuko も一応友人だが)の友人。目が見えないのでよく Hanako が買い物に付き合う。
優美な身のこなしでありハイソな雰囲気を持つ。実際言葉遣いがとても丁寧。外見もスコティッシュハーフであり金髪アンド碧眼アンド長身でスタイルがいい。
Hisao と Hanako の隣のクラスで class represent を勤めており、Hanako と異なり交友関係も広い。
Hanako は Lilly のそんな万能っぷりを頼り、あごがれ、そして対照的な自分に対して無力感を抱いている。 Lilly にとって自分は価値のない人間だし彼女の重荷にはなりたくないと思っている。
Lilly は、 Hanako は守ってあげなくてはならないけれど、このままでは Hanako にとって良くないとも感じている。
Lilly は Hisao が現れたことで、 Hanako に良い影響が起こることを願っている。
2. Hisao
つい数ヶ月前まで健常者だったが、突然心臓病を発症しそれまでの社会から切り離される。そんな彼為のために両親は障碍児のための学校 Yamaku 学園に転校させる。見慣れない disable (盲目、手足の欠損、聾啞)にはじめは驚いたり疎外感を感じたりしたが、それぞれのユニークな個性を知るにつれて(足を使ってすごい絵を描く Rin、義足なのにものすごく足が速い陸上部のエース Emi、目が見えないが深い洞察力を持ちできないこととできることの違いを見せてくれる Lilly、聾者だが生徒会長を務める Shizune) disable について理解をしていく。
やがて Hanako、Lilly と仲良くなりともにボードゲームをしたり、お茶をしたり、誕生日会を開く仲となる。そしていつしか Hisao は Hanako の力になりたい、守ってあげたいと思うようになった。
しかし Lilly が家の用事でスコットランドに滞在している間、 Hanako の誕生日が来て、 Hanako の態度が急変する。順調に Hanako と friend-ship を築けていると思っていた矢先に Hanako は教室から姿を消し、自室に閉じこもる。 Hanako との関係が壊れるのを心配する Hisao だがどうすることもできない。 Hanako が姿を消してから Hisao はこれまでのことについて初めて考え始めた。そしてこれからのことについて自分が取るべき道を探し始めた。
自室から外へ出てきた Hanako だが、 Hisao は相変わらず彼女と自分の間に壁があるのを感じてしまう。なんとか Hanako に彼女のことを理解したいと願っていることを伝えようとして、 Hisao は自分の胸の傷を彼女にさらす。自分も傷を負っているから Hanako は独りではないと伝える。
Hisao の傷に触れた Hanako 。また一つ二人の絆が深まったように感じた。
数日後、図書館で勉強していた Hisao 。やってきた Hanako に、 Hanako が自室にこもっていた間ずっと考えていた彼女の過去について教えて欲しい、と Hisao は言った。ずいぶんとためらったがとうとう Hanako は真剣な表情で語り始めた。
多くの生徒が下校をして静かな校舎の中を二人で歩きながら、 Hanako は昔の火事について Hisao に語り始めた。深夜に突然火が出たこと、熱から逃れようとして体を丸めて小さくなっていたこと、彼女の両親が彼女に覆いかぶさって守ってくれたこと、体の半分だけ助かったこと。
二人はいつしか Hanako の寮の部屋まで来ていた。入室を躊躇する Hisao に対して Hanako はドアの鍵を閉めてと言い、カーテンを閉じる。そして大きく息を吸い、覚悟を決めると、ブラウスやブラジャーを順番に脱ぎ落した。 Hisao が彼女に傷(心臓手術)を見せたように彼女も傷(火傷)を見せたのだ。
そんなことをする必要は無いと言う Hisao だが、 Hanako はこれが私だからと傷を見せる。そして二人は......
(二人のプレイの後、息も絶え絶えな Hisao は心臓発作の兆候を感じていたところがリアルだった)
はじめは Hanako を守ろうとしていた Hisao だが、結局それは間違いだった。
守るというのは守る人間と守られるべき人間の関係だ。その関係は非対称であり、守る者は守られる者に対して優位な力を持つ。
3. Hanako
出会いはひどいものだった。話しかけられて、自分の空間に入られて、そして目が合ってしまった。
"I..."
"I...I..."
"Ivegottogodosomething!"
Hanako 編に入ると Hide and Seek (かくれんぼ)という Act がある。彼女と親しくなるということは Lilly や Yuuko そして彼女自身の中に隠れている Hanako を見つけ出すことだ。いろんな彼女がいる。
Life of Pie を読みふける Hanako 、チェスを好む Hanako 、ドールが好きな Hanako 、 Lilly とお茶を飲むのが好きな Hanako 、外へ出る時は顔が隠れるように大きなキャスケットを被ること、火傷の痕を隠すために左側を歩くこと。
何を書いているのだろう。まとまって体系だったことを書かなくては。
Katawa Shoujo とは disable である人々が able であることに焦点を当てた作品だ。例えば Emi は両足が膝より下がないのに、競技用義足で誰よりも早く走れるし、 Shizune は聾唖者であるがクラス委員と生徒会長を務めあげる才媛だし、 Rin は両腕が無いのにもかかわらず足で見事な絵を描く。そして Hanako の親友の Lilly は、全盲を苦ともせずクラス委員であり友人も多い社交的な女性だ。
皆ハンディキャップをかかえながらできないことを嘆くのではなく、できることで生活を組み立てている。
それでは Hanako の disable と able は何なのか。実は Hanako には先にあげたヒロイン達のような disability は無い。右半身に皮膚がひきつれるひどい火傷の痕が残るが五体満足であり、他のヒロイン達のような明快なハンディキャップは無い。では Hanako の able は何か。目が見えること?耳が聞こえること?意外と足が早いこと?両腕があること?そう Hanako の able とはそれだけなのだ。 Lilly しか友人はいないし、他人の視線が怖くてたびたび授業を逃げ出すし、人から話しかけられると赤面してしどろもどろになる。 Hanako とまともに会話できるのは Lilly と Yuuko 、Lilly の姉 Akira、そして Hisao のみだ。Hanako の disable とは able の裏返し、彼女は肉体的に able ではあれど精神的に disable なのだ。
どのヒロインも多かれ少なかれ悩みや心の傷はあるが、 Hanako は突出して深く、彼女のストーリーは見えない心の傷とその象徴である人目を惹く火傷の痕をメインテーマとして進む。
Hanako は過去のトラウマ(フラッシュバックに襲われて痙攣するレベル)のせいで、火傷の痕を見られることをひどく嫌がり恐る。そのため、普段は髪の毛で顔の半分を多い、人目が多い場所に行く時は大きな帽子を被りLilly の左側で小さくなり、顔の右側にある火傷の痕への視線を遮ろうとする。彼女が心を落ち着かせることができるのは、親しい友人と部外者が来ないところでひと時を過ごすことだけだ。悲しいことに、自分の部屋では外部からの侵入者を防ぐことはできても、彼女を苦しめる悲しい思い出が甦るのは防げないのだ。
彼女の disable は他のヒロイン達が外見上のものに対して内面的なものだ。その disable の根本の大火傷が彼女の全てを変えた。親を奪い家を奪い社会を奪った。そしてそれは主人公の Hisao との共通点だった。disable が二人の出発点だった。
「Disable」で Katawa-Shoujo のテーマとは disable の中の able であると説明した。そして Hanako は disability を持たない代わりに able が disable になっていることを例をあげて紹介した。ここからはそんな Hanako の数少ない able から彼女の内と外を考察する。
Hanako と初めて言葉を交わしたのは図書館でだった。図書館は Hanako にとってクラスからの逃避先であり、本は現実からの逃避先だった。そして読書は Hisao との共通の趣味であった。
本編の中で特徴的であるのだが、物語が進み Hisao と Hanako が仲良くなるにつれて、 Hanako が図書室へ逃避する回数が減少する。 Hisao たちと外へ出たりして内から外への変化が見られる。しかし図書館に来る描写はあるので、本から卒業したというわけではない。本は逃避先から趣味になったというべきだろう。
振り返ると Hisao と Hanako が交友を深めるのはゲームを通してだった。空き部屋でチェスをすることで友達になり、パブでビリヤードを遊ぶことで Hanako の意外と子供っぽい内面を知り、アンティークスタイルのチェスセットを贈ることで喜ぶ顔を見た。
いつも Hanako は感情を顔に出さず、自分から積極的に出ることもない。Shizune & Misha につつかれても困ってちぢこまるだけだし、知らない人に話しかけられると逃げるし、人に何かを協力してもらうこともできず独りで作業をする。
しかしゲームで遊ぶときの Hanako はかすかに笑み、時には自信を持って駒を動かす。その普段とはちがう姿は Hanako の本来の気質---人見知りだけど、活発で、遊びに夢中になれて、ちょっと子供っぽい性格が浮かび上がる。
Katawa-Shoujo では多くの登場人物は高校生だ。高校生というのは肉体的には大人であり精神的にはまだ子供であるという、大人と子供の狭間の期間である。そのためシナリオでも子供から大人への成長を軸とする。 Hanako 編では最終章が「Adulthook」である通り、 Hanako そして Hisao が大人への一歩を歩み出すことがエンディングを通して描かれる。
「大人になる」にはいろいろな意味がある。例えば成人することは社会的地位を手に入れるということだし、親元を離れたことに対して「大人だ」と使われることもある。それでは Hanako と Hisao の場合はどのような意味で「大人になった(子供を卒業)」のか。これには Hanako 編の主題である体と心が深く関係する。
よく知られた「大人になる」として男女ともに性交を経験することがある。Hanako 編においてもこの意味で二人は大人になった。共に痛みを経験し( Hanako は処女喪失。 Hisao は軽い心臓発作)一夜を明かしたことで二人は次のステージにシフトしたかに見えた。しかし後に分かることだが、二人は未だに子供のままの関係だった。
子供(children)という言葉は、作中で直接しかも Hanako の言葉として現れる。
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"All I ever was to you was... a useless person. Just someone... to protect. Someone like... a child."
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小さい頃に火傷の原因となった火事により社会と切り離され、そのまま子供のまま育った Hanako は、 Hisao に庇護が必要な対象(=子供)としてではなく友人以上の人として見て欲しかったから自分の傷を全て見せたという子供のような思いを告白する。 Hisao はこの告白を聞いて自分が全く Hanako のことを理解していなかったことを痛感する。 Hanako の外面的性格ばかり見ていて Hanako がどう感じているかを考えていなかったこと。
しかし Hisao が自分の病気のことその心情を同じように告白したことで、二人は互いに理解し合えることを確信した。そして自分か相手かでしか考えられなかった二人は、自分と相手を同じ道の上の存在として考えられるようになった。
Hanako 編では心をもって「大人になる」ことが提示される。
Hanako は声をあげて泣くことで子供時代に別れを告げた。そして大人の最初の一歩としてラストシーンの最初のギフト(てれる)を Hisao に送った。
Hanako のことを語るには子供と成長についてが欠かせない。
子供の頃の Hanako は人見知りするけど純粋で好奇心が強い子だったのだろう。しかし火事で人生を曲げられ、社会から切断され、その気持ちのまま体だけ成長した。自分の生きる意味を見失い、自分を守るため人と関わることを止め、ただ耐えていた。
Hanako が語る言葉に裏はない。 Hanako の世界は見たままの世界だ。トラウマのフラッシュバックに襲われたときには自分を責める自分の声を周囲に放射するけれど、それが嫌だから鬱の期間は自室にこもる。
フツウならばたとえ Hisao がテキストとノートを机に広げていたとしても、勉強より Hanako とのやり取りを優先すると気づくだろう。また茶目っ気のある性格ならばそのことをからかうように勉強しているじゃないというだろう。でも Hanako は見たままを見るのだ(But...)。
成長という言葉を使ったが、作中では Change が使われていた。 You can change という具合に。
変わること、変わるものはいつも Hanako の周りの世界だった(ムービーをみよ)。世界はすごい速さで動き続け彼女はその流れに乗れなかった。しかし Lilly と Hisao に出会ったことで、自分でも自覚しないうちに彼女は変わっていた。授業を逃げなくなったこと、自分から話しかけるようになったこと、きわめつけは Hisao を電話でお茶に誘ったことだろう。そして何より彼女の気持ち「友達では嫌」。
"If... if you're not busy... I-I was wondering if y-you would... l-like to... m---"
噛みっかみである。)
エンディングで Hisao は Hanako に変われると保証する。このとき Hanako もいつしか自分が変わっていたことに気づいたのだろう。