はてなキーワード: 勇み足とは
子どもの頃、雪は好きだった。
東京に生まれた頃から住んでいる自分にとって、降雪は特別なものに思われた。
真っ白な雪を、汚していくことは、未開の地に立ち入ることに似ている。
まるで物語の主人公のように勇み足で、白雪を足跡でいっぱいにした。
清い純白はたちまち陰ったが、私は満足だった。
だから、溶けていくときは物悲しい気分になったことを覚えている。
寒いし、ダイヤは乱れるし、雪って案外汚い溶け方をすることを知ってしまったから。
足跡がつくほどは積もっていないけれど、屋根はうっすらと雪化粧している。
ひんやりとした空気に、時折刺すような北風が吹く。
私も大切な人ができたら、雪が降り始めたよと真っ先に伝えたい。
普通にぬるかったけれど、オレンジ色のキャップにほっこりとした。
こんな日は猫のようにコタツで丸くなりたい。私は戌年だけれど犬のように庭を駆け回るような元気さは残念ながら持ち合わせていないのである。猫が干支レースに勝っていれば良かったのに、とくだらないことを考える。
電車はやっぱり遅れていた。
こんな日にはほかほかのラーメンが食べたい。勿論味噌味、味玉つきで。にんにくが効いていたら最高だ。
恋人と暖め合いたい、けれど残念なことに恋人いない歴=年齢の喪女なのである。
付き合いたい、と強く思った経験がある。
同性愛者という存在がいることも、保健体育で習わなかったと思う。
あれは本当に世界が色づくような想いだった。
その子を私のものにしたい、と強く思ったし、彼女も同じ気持ちであってほしいと願った。
抱きしめられた時は嬉しかったし、鼓動が伝わっているのではないかと懸念し、全身が火照ってしまった。
あの頃のような気持ちにまたなれる日がくるだろうか。
辛かったけど、痛かったけど、雪と同じように溶けていった初恋だけれども。
ぶっちゃけ、「安倍総理が会談に乗り出したのは、世界的に前例が無く、常識外れで無意味」という内容。外務省の内的な見解の代弁
プライドを傷つけられて外務省が各所に垂れ流しているんだろうけど、正直、柔軟性を欠いた視点と言うわざるを得ない
そもそもトランプ氏が当選したこと自体がある意味予想外の出来事で、だからこそコネクションを確保出来ていない状況なのに
外務省は仮にこのままコネクションを持たない状態が続いてトランプ氏が「日本は私の事を交渉の相手とは思っていないようだ」みたいな非常識・予想外な事を言ってごね始めた時に、「そんな非常識な事を言われるとは存外で想定していなかった」とでも言って放置し、対応を他人任せにするつもりなんだろうか
常識外の相手が出てきてしまった以上、それでも想定しうるあらゆる事象に可能な限り対応出来る手を前例の有無にかかわらず打つのは当然であり、そういう姿勢を失っている外務省は改めて猛省するべきである
「なるほど 敬語」でググると、どこもかしこも敬語の場で使ってはいけない言葉だとばかりある。
キャリアやマナーといった言葉であふれるサイトが、「変な感じがします」だの「気持ち悪いですね」だの特に根拠もない印象論でそう断じるのだ。
以前から俺はこういったサイトに言われるがままに「なるほど」を使わないよう努めてきた。
だが「なるほど」を言い換えるのは毎回微妙にひっかかってしまう。
敬意を含ませ、かつ元の「なるほど」の使い勝手を残した言葉に昇華されていない。
この「敬語」という、理不尽に相手を評価する「制度」においては、一人勇み足で行動することは即、死を意味する。
(これに関連して「ら抜き言葉」についても可能と敬意を言い分ける素晴らしい表現だと思うが、公の場では非難を浴びる可能性が高いので決して使うことはない。)
冒頭で「特に根拠もない」と吐き捨てたが、そのページがGoogleの検索結果のトップに来ていることが何よりの「根拠」となってしまっている。
「なるほど 敬語」でググれば誰もがそのページを見て、「『なるほど』は敬語だと使っちゃいけないんだー」と思い、それが「制度的正しさ」を高めているのだ。
だが俺はこの便利な言葉を使いたい。
この言葉が本当に敬語の中に入れれる言葉なのかどうか、今の検索結果を塗り替えるほど「正しい」事を示す根拠があるかは俺には分からない。
だから誰か、口が達者で頭が切れ、何より著名な詭弁家の方々に、どうかこの言葉を敬語として世に示し、そしてそれをこの1年で「制度」に取り込まれるまでに広めて頂きたい。
頼む。
自分が他人のネタを平然とパクる人間だからこそ逆に代官山飯のときにも勇み足で「パクられた!」と思い込んで大騒ぎしたと考えるんだ。
少なくとも大騒ぎする前に確認したりする。
そういうことをしない人だからこそ大騒ぎするし、
バカとは違うんだけど、ちょっと普通と感覚がずれてる人だと考えるんだ。
そう思えば何もおかしくない。
芸能人やサブカルの人なんて普通からちょっとズレてる人ばっかりでしょ。
たまたまパクリ飯の人は自分のズレ方ブーメランの形をしていただけだよ。
あるいはこんなのはどうだろう。
私ね、はっきり言って代官山飯の時のパクリ飯さんの行動って、「ふつう」「常識的」な対応だったと思うわけ。「らしくない」っていうかね。
闇金さんが言い出したのでなければパクリ飯さんはもうちょっと理知的に行動したかもしれないんだよね。
パクリ飯さんにとっての闇金さんがどういう存在なのかは知らないけれどヤンキー漫画に出てくるツッパリ社会でそれぞれお山の大将やってるような関係だと思うんよね。
だから、なめられるような態度を取ってはいけない。一方で機嫌を損ねて戦争になってもいけない。そういう状態になるように闇金さんがしかけたんだと思うんよ。
闇金さんはパクリ飯さんを試してたわけよ。「ほらほら、ボールをパスしたよ。オマエはこのネタにたいしてどういう振る舞いを私に見せてくるの?」ってね。
で、パクリ飯さんはそのプレッシャーに負けてしまったんじゃないかなと。
パクリ飯さんが普通とずれてるとはいってもバカではありえない。
他人にけしかけられたんじゃなければもっと自分がうまく主導権握って上手に立ち回れたはずなんだよね。
それこそ、編集者の人は怒ってるけど私は別に問題だと思ってないよ、みたいに編集におっかぶせる形を取れたりしたはず。
だって、そのほうが「らしい」じゃん?
パクリ飯さんにとって常識的な人間をしたって何にも美味しくない。
それよりかはパクリ上等!私のほうが面白い!みたいに本人がスタートだったらできたと思うんよ。
だけどあの時は、闇金さんがけしかけてきて、もうこれはパクリだ!許せん!って流れが闇金さんによって作られてたわけ。
そういう止めることができない状態まで騒ぎになったあとで神輿に渡された時になすがママになってしまった。
闇金さんへの作った流れに逆らえずにごくごく常識的な対応になった。つまらない対応をしてしまった。
そしてそのツケが回ってきて最悪の形で払わされる形になったと。
今回の件、編集部が謝るだけで許されていいのか?って言ってる人いるけど逆でしょ? パクリ飯さんにとっては最悪の展開じゃん。
パクったこと自体は全然問題じゃなくて、「ダサい」って思われてしまったのが致命的だよね。
信者はパクリであろうが反社会的であろうがなんだろうが格好いい、あこがれ、で有る間は無条件でヨイショするわけよ。
でも今回の対応って、そういうファンからみるとすごく「ダサい」はずなんだよね。
自分はだんまりで編集部の人が代わりに頭下げるなんてさ。戦闘派のイメージ丸つぶれじゃん?おいたの後始末を親にお願いするガキだよ?
パクリで訴えられたり、謝らないまま打ち切りになるよりはるかに痛いよ。
俺だって、今回の件でもまだパクリ飯さんのファンやってる人見たら、もうだせえとしか思わないもん。
一番大事な求心力の部分を今回の件でパクリ飯さんは失うことに成るよね。
さて、ここで考えてみようよ。
今回の件でまったく傷ついてないしむしろ目障りなパクリ飯が消えて得するのって誰?
代官山飯をまっさきにtogetterまとめまで作ってまでけしかけたのは誰?
誰か知らないけどその人は今頃漁夫の利飯うめえうめえって感じなんじゃないかな。
女の戦い、おそろしい恐ろしい。
元増田氏の主張は良く分かりますが、今回の(SICP改訳騒動の)文脈においては、的を大きく外していると思います。
真鍋氏の翻訳に誤りがあることは何ら本質的な問題じゃないんですよ。だからそれを指摘したら何かが解決するわけでもない(真鍋氏自身、主張に影響を与えるものではないって書いてるでしょ? 本人かどうかわからないけど)。元増田氏の書き込みに何らかの貢献がありえるとすれば、それは真鍋訳に取り込まれて成果物がより良くなること、それだけです。
一般的なアドバイスとして、円滑な校正プロセスを回して行くノウハウ、というのは有用です。でも真鍋さんには多分通じなさそうだし、真鍋さんが変わろうが変わるまいが、SICPのより良い訳が登場したこと、それを改善してゆくプロセスが現に回っていること、という事実にはあまり関係ない話です。
先に言っておきます。
引用部分は青二才が詳しくない分野について語ってる時の文章です。読んだら確実に後悔します。
6畳間から魂の叫びをシャウト!するブロガー…三沢文也です(`・ω・´)
俺修羅の1話がまずまず面白かったから2話も見始めたが冒頭で「腕なんかくんじゃってやらしい」と女の子からそんなセリフが出て「こいつ、童貞かよ。」という気持ちになってる。手を繋いだり、腕くんだりすることについて恋仲だなんだと感じるのは童貞の悪いところ、男のキモい所ってよく言われるよね
ティーン向けのラノベの女の子見てると、性的なものを見出す基準が完全に男過ぎて辛い
最近のラノベが童貞をこじらせてるんじゃないかと心底心配になってきた…ほら、僕の頃に流行ってたハルヒとか狼と香辛料とかは最低限度童貞の男みたいなことを言わないぐらいの良心はあったよ?フィクションが恋愛やモテの参考になるという見解を示す人が最近のラノベ見るとどう思うんだろうなぁ…とは
付き合ってもないのに裏切り者と言い出したり、腕を組んでるだけでやらしいと言ったり…なんなんだこの女は?ゴムつけて☓☓☓しても「責任とって」とか言い出すアレか?
確かにライトノベル読む年齢層じゃなくなりつつある人間だけどさ、それでも僕が直撃世代の話から見ると整合性が落ちてるものはつまらなくて、それと同等かそれ以上のもの(ホライゾンなんかつい最近見たけど面白かったし、化物語はなんやかんや言って見られてる)から僕自身の問題だけでもないと思うの
そういう意味だと、アスタリスクはかろうじて見られる方だったんだよなぁ…。面白いかつまらないかはともかくとして、見ててつんのめって愚痴るほど面白くない・整合性がない作品ではなかったのよね…。見られるか見られないかぐらいの基準だけど
あ、アニメに対して矛盾を指摘すると「楽しく見ればいい」「ネタにマジレス、カッコ悪い」という人が必ずから断っておくけど、ヤマもオチもない東京の・それも女の会話はちゃんと構成があって返しも話の終わりも意識する関西人の会話から見るとすごくイラつくものなんです。支離滅裂すぎて
あーそっか!最近のラノベって男女が逆なんだ!!男が女の鈍い(と男から思われてる眼中にないけどモテる)やつみたいで、女が童貞の男みたいな痛いというか、性的なものへの認識が男子中学生っぽいのは、「痛い女の子」なら許せるけど「痛い中学生男子」はラノベを読む層のメンタル削るんだ〜♪
すげー。片方のヒロインは「痛い中学生を性転換させたような奴」だけど、片方は「娼婦を女子高生にしたみたい」なあざとさ。あーラノベってこうなってるのか…。落第騎士やアスタリスクみたいなテンプレを見た後に俺修羅みたいにテンプレを斜め上から書く作品見ると構造が見渡せて素敵
あー最近のラノベのヒロインで俺が苦手なキャラって大きく分けて2種類に別れるんだ。
・発言がとても女とは思えない自意識過剰な男子中学生みたいな人
なるほどなるほど。
ちなみに、前者の代表が高坂桐乃で、後者の代表が柏崎星奈かなぁ…。後者は御坂美琴とか白井黒子でもいい気はするんだけど、あの子らは割と女の子らしい(自分の性に対してもっとドライ)な部分があるからなぁ…。
あー俺修羅はすきじゃないけど、勉強になる。テンプレラノベがどういうものか、僕がなんでラノベにイラつくのかをものの見事に、作者自身もきっとバカにしているであろう手法でやってくれるから面白いわ!
わー謎部活だ−謎部活系(ハルヒ・はがない・生徒会の一存)辺りはパロディが多い気がします。わかりやすい元ネタがあって、それをべらべら喋ってつなげていく感じのお話が多いような気がします
あれ?テンプレラノベの方向がとらドラとか俺妹の方に行くかと思ったら、まさかの生徒会の一存とかそっちの路線?学校の隅っこから社会とネットを風刺しちゃう系?
最近というか、謎部活系ラノベに割りとありがちな設定として「あんたなんか眼中にないカリソメの関係なんだからね」みたいな作品をよく見かけるが、アレって男で言うところの「先っぽだけ」を女がやるとああなりますというイメージなのかな?
OKわかった。もういい。
お前が、お前こそが青二才だ。青二才って看板下ろした瞬間に助走つけてぶん殴るけど青二才って看板掲げてる限りはもう何言ってもいいです。お前はそういう奴なんだな、以上にもはや思うことはないです。もう好き勝手に喋っててください。突っ込む気力すら起きないです。
でも、一つだけお願い。ここだけはやめて。
あ、アニメに対して矛盾を指摘すると「楽しく見ればいい」「ネタにマジレス、カッコ悪い」という人が必ずから断っておくけど、ヤマもオチもない東京の・それも女の会話はちゃんと構成があって返しも話の終わりも意識する関西人の会話から見るとすごくイラつくものなんです。支離滅裂すぎて
なんでや関西人関係ないやろ。当方関西人ですけど俺修羅好きですし、関東と関西全く関係ないです。
もうね、青二才は自分の感想としてなら何言ってもいいですよ。お前が思うんならそうだろうなお前の中ではな、で終わりにする。本当は頼むからもうお前ラノベ原作アニメ見るなそもそもお前何のために見てんだよといいたいけど好きにしたらいいよ。
でもまあ、あの人はある意味ありがたい存在で、「童貞」みたいなキーワードを使って感嘆符も多用し「わかった!」とか軽率に言ってくれるから、明らかに単なる勇み足+マウント取りたいだけとすぐに分かる。実質的に同レベルの内容だけど表現的には落ち着いたものになってたりする場合の方が怖い。— いのり@JC2 (@srpglove) 2015, 11月 3
でもさ、俺がそう思っただけって言うことにしたいなら他人巻き込むのやめて。アホなこと言った後で関西人や理系を引き合いに出さないで。 君の発言に関西人や理系を巻き込むのだけはやめて。マジでお願い。青二才は青二才だから。関西人とか理系とかそんなくくりに収まらないから。関係ないから。うちら君と関係ないから。全く関西人関係ないネタで唐突に関西人を言い訳にするのやめて。ホントやめて。お願い。もうホントお前のtwitter発言が素晴らしかろうがクズだろうがどっちでもいいです。でも、発言をした後に「関西人として」とか「理系の人間として」とか言うのだけホントやめてください。お願い。お願いだからやめてください。もうそれ以上はなにも望みません。好き勝手に発言したいなら一人でやってください。
青二才の言ってることは全く意味がわかりません。ただひとつ判る事は、お前の発言は関西人と全く関係ないということです。 もちろん理系とも関係がありません。どうか関西人や理系を巻き込まないでください。それだけが私の望みです。
なんかロリコンコンテンツの擁護者たち、「自分はロリコンでそういうコンテンツが欲しい」という立場をはっきり明言せず、その隠れ蓑として表現規制やゾーニング的な話題にすり替えてコンテンツを正当化しようとしている人が多い気がする。議論がしたければまず、自分の立場を明言しろ。— Poko【ぽっちゃり女性専門写真家】 (@Poko_IDOHORININ) 2015, 8月 30
こういう思考状態になった人とは話が出来ないのできつい。。。私はアニメやマンガなどの二次元のコンテンツは結構好きだけれども ロリコンあるいはペドフィリアではないと自分では思っているのでぶっちゃけロリコン関係のコンテンツ自体が明日世の中から消えても一向に困らない。それでもやれロリコン系やらぽっちゃりデブ系やらが不当に弾圧受けてたら、その弾圧という行為には抵抗する可能性はあるよ。とはいえ、この人多分少数派だから相手にしても無駄。無視した方がいいしそうするしかない。こういう少数派で過激な意見を寄ってたかって倒しても意味が無い。それより怖いのは、なんとなく嫌だなと思ってる大多数の意見。こっちのほうがよほど厄介。いくらこの人が偏った意見の持ち主だからといって、それを叩きつつ、勇み足で調子に乗りすぎたらアカン。今回の海女さんの件もそういう話。分をわきまえるのが大事やで。
30超えた良い歳なのに交際が全然長続きしない。
で、愚痴。
共通して言える事は交際立ち上がりの時期からまともに会話ができていないこと。
共通してたのは…
・仕事が忙しくてメール・LINE・電話する時間が無い(と言われたり、俺も時間無かったり)
ある程度信頼関係が成立した後ならわかるけど、
交際初期にこれはねーよ。
↑みたいのは付き合う前にやれよ。脈無しだと思ってあきらめるから。
で、付き合っている意味無いよね(そもそもつきあってるんだっけ?)ってなって終了。
<補足>
補足すると、トラバにもあったけど一応「つきあおう」→「うん」の一言は交わしてからを交際だとカウントしてる。(事前事後問わず)
http://www.torekiken.org/trk/blog/oshirase/20150525.html
第一に、日本軍が「慰安婦」の強制連行に関与したことを認めた日本政府の見解表明(河野談話)は、当該記事やそのもととなった吉田清治による証言を根拠になされたものではない。したがって、記事の取り消しによって河野談話の根拠が崩れたことにはならない。強制連行された「慰安婦」の存在は、これまでに多くの史料と研究によって実証されてきた。強制連行は、たんに強引に連れ去る事例(インドネシア・スマラン、中国・山西省で確認、朝鮮半島にも多くの証言が存在)に限定されるべきではなく、本人の意思に反した連行の事例(朝鮮半島をはじめ広域で確認)も含むものと理解されるべきである。
国際的にも主流の見解であり, 女性の人権問題として現在にいたる問題でもある異論のない話だと思う。
日本軍「慰安婦」問題に関し、事実から目をそらす無責任な態度を一部の政治家やメディアがとり続けるならば、それは日本が人権を尊重しないことを国際的に発信するに等しい。また、こうした態度が、過酷な被害に遭った日本軍性奴隷制度の被害者の尊厳を、さらに蹂躙することになる。今求められているのは、河野談話にもある、歴史研究・教育をとおして、かかる問題を記憶にとどめ、過ちをくり返さない姿勢である。
ここでは「日本軍性奴隷制」という非常に硬直した語、 定義がそれほど緩くなく、議論を呼びそうな単語が入ってる。初出ではないのだが、あまりメディアでも登場しない言葉だ。この言葉が「従軍慰安婦」のように慰安婦問題の議論が錯綜することは、誰にとっても望ましくないはずだ。どうしてこの単語を入れてしまったのか、これは安倍政権にたいする敵意からの勇み足ではないか。
最近この議論に参加するときは拡散した論点の枝葉を切り落として本質に向かうような努力をしているのでこの言葉が入ったことに戸惑いを感じている。
また、安倍首相の極端な歴史認識に影響され感情的なベクトルが議論の両陣営に広がってることにも猶予せざるえない。熱くなった論争はイデオロギーの二極化を生みはじめてる。この対立の激化の行き着く先に光は見えない。
いま必要なものは冷たく、小さくても堅牢な言論ではないだろうか。政権の勢いに恐怖するあまり、闇雲に対処療法的な方法に走ることはもはや逆効果だ。安倍首相の就任から「ネトウヨ・ナショナリズム」問題にたいして行われた「レッテル貼り」が効果を上げていない現実から目を背けてはいけない。「攻撃のための言論」は真に人には届かないということを身を持って知りそれを改めるべきだろう。あるべき姿を見せることこそが道であり、鏡になってはいけない。論争の先になにを残すのか、それを心しておきたい。
http://www.news-us.jp/article/415730627.html
早稲田大学政治経済学部の学生読書室は韓国人の名前を冠している。
「早稲田はもう韓国に染められている、危険な大学だ。売国奴の陰謀を疑う」
という機知に溢れたコメントを残している。
ところで大学の施設に、大学へ多額の寄付をなした者の名をつけることそれ自体は珍しくない。
今回のケースもただ韓国人が日本の早稲田大学へ寄付をしたために、その名を永久に記念するべく読書室に問題の名がついたに過ぎない。
もし日本人が寄付をしていれば日本人の名が用いられただろうし、寄付者が中国人でもフランス人でもトルコ人でも同様である。
だからそこに韓国人の陰謀だとか、早稲田と韓国の黒い関係などといったものを見出すのは勇み足というものではないだろうか。
偶然、韓国人から寄付を受け取ったというだけのことであって、早稲田大学は韓国人の寄付しか受け取らない、というのではない。
それを踏まえた上で、良識保守派ネットユーザーは次の点を問題にしているのであろう。
1.早稲田大学が韓国人の寄付を受け取ったこと――日本人や他国の国民の寄付ならともかく、韓国人の寄付を受け取るべきではない。
2.韓国人の名をそのまま施設の名称にしてしまったこと――日本人や他国の国民の名ならいいが、韓国人の名前を用いるべきではない。たとえ韓国人からの寄付金が多額に及ぶものであっても、韓国人の名のみは使ってはならない。
3.韓国人の寄付の金額が、日本人その他国民より多かったこと――韓国人は多額の寄付をするべきではない。あるいはそれを上回る金額の寄付を、日本人や他国人は行なうべきである。
どうもTwitter上では、『「ポスト東方」の時代 ~艦これが東方に取って代わった理由~』(http://anond.hatelabo.jp/20150222201638)という記事が話題らしい。内容はタイトルの通り、長年のあいだ同人ジャンルの頂点に君臨してきた『東方Project』を退けて『艦隊これくしょん』がその地位を奪い取ったというものだ。
まあ、実に扇情的なタイトルだし内容だと思う。『艦これ』の破竹の勢いはオタク世界に足を突っ込んでいるものなら誰でも聞いたことはあるだろうし、『東方Project』がもう最盛期ではないということは、当の東方で同人活動をしている人々が一番良く実感している事実だろう。時代は流れた、もはや同人ジャンルは『東方project』一強の時代ではない。それは確かにその通りだと思う。
だが、たとえそれが事実であったとしても、件の記事の内容には僕は首を傾げざるを得なかった。というのは、あの記事を書いた人物は自身がのめり込んでいる『艦これ』というジャンルの独自性について、全く主張できていないように感じたからだ。
僕がもっとも疑問を感じたのは、件の記事の後半部分に書かれていた「なぜ艦これは東方に取って代わることができたのか」、その理由についてである。
まず、真っ先に挙げられた「艦これという作品の魅力」について。
件の記事の筆者は「総勢100名を越えるキャラがそれぞれに個性を持つという丁寧な作りになっている」という点を挙げて、『艦これ』というジャンルが独自の魅力を持つことを主張していた。各々のキャラにボイスが着いていることも個性をより把握し易くし、それが創作意欲をかき立てる一助となっているとも。確かにそれは『艦これ』の魅力には違いないだろうが、しかし、果たしてそれが「『艦これ』独自の魅力」(それこそ、「『東方Project』を同人ジャンルの頂点から蹴落とす」ほどの魅力)なのかと言われれば、多くの人が疑問を感じるのではないだろうか。
例えば、まさしく件の記事の人物がこき下ろしていた『東方Project』を見てみよう。「総勢100名を越えるキャラがそれぞれに個性を持つ」という点に関して言えば、『東方Project』だってそう変わらない。『東方』の情報に詳しいサイトとして「幻想情報局 -イザヨイネット-」(http://izayoinet.info/index.html)というサイトが挙げられるが、ここでザッと見れば『東方』も同じように「総勢100名を越えるキャラがそれぞれに個性を持つ」作りになっていることが分かる。特に「個性」については、各々のキャラクターに詳細な設定が付与されていることから疑いようがないだろう。事実として、同人イベントでのサークルの配置の仕方が「描いているキャラクターで分けられる」程度には『東方』のキャラにだって「個性」があるのだ。従って、「総勢100名を越えるキャラがそれぞれに個性を持つという丁寧な作りになっている」という点を「『艦これ』独自の魅力」と言い切るのはさすがに無理があるだろう。まさか「近い将来完全消滅する」『東方』が持っている要素と同じものが「流行の最先端を行く」「『艦これ』独自の魅力」のわけがないからだ。
件の記事の人物は『艦これ』について「他の作品とは異なり、運営が明確に「同人活動を許可する」宣言していることで、グレーゾーンというものが存在しない」と述べていた。それが『艦これ』の同人ジャンルの発展の助けとなっているのはその通りだろうが、しかし、ここでもやはりそれが「『艦これ』独自の魅力」なのかと言われれば多くの人々が疑問を持つはずだ。
例えば、件の記事の人物が「完全に逆方向の作品」として挙げた『東方Project』を見てみよう。『東方』の版権を持っているのは「ZUN」というペンネームの個人であるが、彼は『東方』への二次創作にとても寛容だ。「個人の二次創作は基本的には制限しない」という彼のスタンスは『東方』ジャンルで活動しているものなら誰でも知っている話だし、具体的に言えば「二次創作のガイドラインが設定されている」くらいには『東方』だって運営が明確に同人活動に指針を示していたりはするのである。よって、この点も「『艦これ』独自の魅力」と言ってしまうのはいささか語弊があると言わざるを得ない。「斜陽著しい東方」と同じ要素をもって「快進撃の艦これ」の理由を説明するというのはなかなか不自然な話だ。
また、件の記事の人物は「分かりにくい上にほとんど意味のないような薄っぺらい設定で雁字搦めになっている東方と違って、艦これには大きな枠組みこそあれどストーリーになるような設定はほとんど設けられていない」という点を挙げて『艦これ』の独自の創作のしやすさを主張していたが、この発言にも首を傾げざるを得ない。というのは、ちょっと考えればこの発言は本人の前述の主張と矛盾していることが分かるからだ。
この発言を要約すれば、「東方には面倒くさい設定があるけれど艦これにはそれがない、だから創作しやすい」ということになる。この発言は明らかに前述の「『艦これ』の魅力は100名以上のキャラがそれぞれ持つ個性」という主張と矛盾している。何をもってキャラクターの「個性」を決めるかと言われれば、多くの人は「設定」だと答えるのではないか。どういう生い立ちであるのかとか、どういう信条を持っているのかといった「設定」でキャラクターの「個性」を把握しているのが普通ではないか。
件の記事の人物によれば、『艦これ』のキャラクターには「ストーリーになるような設定はほとんど設けられていない」という。その言葉を素直に読み取れば、「『艦これ』のキャラクターには「個性」が欠けている」ということにならないのだろうか。もちろん実際の『艦これ』のキャラクターたちに個性が欠けているなどとは僕は全く思わないが、しかし少なくとも件の記事の人物の発言の上ではそうなってしまっている。件の記事の人物が何を示して「個性」という言葉を使ったのかは全く分からないが、その設定に依拠しない「個性」というものはさぞ「壊滅的な衰退を迎えている」『東方Project』には見られない独自の魅力なのだろう。とても気になるところだ。
このように見てみると、件の記事の人物が主張した「『艦これ』が東方に取って代わった理由」は、その「東方とは完全に逆方向の作品」という発言とは裏腹に多くの点が『東方Project』と共通してしまっていることが分かる。「総勢100名を越えるキャラがそれぞれに個性を持つという丁寧な作り」なのもそうだし、「同人活動について寛容」な点もそう、そしてもっと言えば「自由な創作」という点に関しても同じである。
件の記事の人物は「薄っぺらい設定で雁字搦め」や「設定の解釈を巡る面倒な争い」などと非難していたが、実際の『東方Project』がそんな風に身動きが取れない状況かというと、決してそんなことはないだろう。例えば「東風谷早苗」というキャラ一人をとっても、描き手によって千差万別の描かれ方をする。その描き手によってあまりに違う個性の在り方の例としては、次の動画が分かり易いだろう。【第6回東方ニコ童祭】早苗と奇跡【東方MTG】(http://www.nicovideo.jp/watch/sm23887649 これは異なる早苗同士がMTGというカードゲームで対戦するという動画なのだが、同じ早苗なのにあまりにキャラが違いすぎてとても面白い)。
というわけで、件の記事の人物が「なぜ艦これは東方に取って代わることができたのか」として挙げた理由のほとんどはまったくの的外れである。そんなものは「オワコン」の『東方Project』がとっくの昔にやっていたことであって、「時代の最先端を行く」『艦これ』に始まったことでは決してないのだ。これはまったくの僕の邪推だが、件の記事の人物は単にジャンル同士の対立を煽りたかっただけなのではないかとすら思う。そうでなければあまりに理由付けがテキトー過ぎる。
まあ、それでも現に『艦これ』のジャンルとしての勢いは物凄いし、『東方』ジャンルにかつてほどの活気がないのは事実なのだろう。件の記事の人物の理由付けはほとんどデタラメだったが、事実だけは事実だ。僕自身はあまり興味がないけれど、礼儀として一応「それに代わる見解」を挙げておこうと思う。
なぜ『艦これ』ジャンルはこれほどの勢いで急成長し、『東方』ジャンルが翳りを見せているのか。それは単に『艦これ』はここ二年で登場した「新鮮なもの」だからで、『東方』はもう十年は続いている「老舗のもの」だからだ。もっと詳しく言えば、上記に挙げたとおり「多くの部分が『東方Project』と共通している」作品で、且つ「新鮮なもの」だったから『艦これ』は流行った、ということになる。
ごくごく一般的な話で、人は常に新しいものを欲しているが、同時に見慣れないものに抵抗感があるという矛盾した性質を抱えている。今までは『東方』と似たものがなかったので留まっていたけれど、「同じような」「新しいもの」が来たから飛び移った、それだけの話なのではないか。そこにあったのは『東方』を「蹴落とす」ほどの「独自性」ではなく、むしろ「同じような要素」だった気がしてならない。件の記事の人物の主張では「東方サークルの多くは艦これメインに移動している」らしいが、それこそむしろ「同じようなもの」であることを裏付ける証左ではないかと思わなくもない。似たようなものだったからそうやって移れたのだろう。
誤解のないように先に断っておくけれど、ここから先の文章は件の記事を書いた人物があまりに楽観的すぎて個人的にイライラしているだけなので、決して『艦これ』という作品やジャンルをディスる気持ちは全くない。全くというと語弊が在るかもしれないけど本当にほぼない。僕は『東方』も『艦これ』も同じくらいには愛好している。口調が攻撃的なのは件の記事の人物のあまりに『東方』を見下した態度に反感を覚えているからである。
件の記事の人物は「艦これの未来は明るい」と楽観視していたけど、僕はこれに激しく疑問を覚える。本当にこれから「ファンは増え続ける一方」で「二次創作に流れる層も増え」、「アニメ二期、劇場版も予定されている」のだろうか? あくまで個人的にだけど、僕には全くそうは思えない。逆に、油断すれば「斜陽著しい」『東方』と同じように衰退してしまう危険性をいくつも抱えているように思えるのだ。順に理由を述べていこう。
まず第一に、かつてあれだけ隆盛していた『東方Project』がこのように「衰退」したという事実がある。最盛期に東方を活動ジャンルにしていた人々からしてみれば、まさか同人ジャンルの頂点を明け渡す日が来るなど想像もしていなかったはずだろう。なのに、『艦これ』が同じような運命をたどらないなどとどうして言えるのか。
第二に、『艦これ』はシステム上、どうしても単調な作業になりやすい。『艦これ』は提督レベルや艦娘のレベルを上げてステージを攻略していくゲームだが、艦これユーザーの中には一定数この単調な作業の繰り返しに「飽きてしまう」層が存在する。提督レベルを100以上にするほどのめり込んでいても「やってること一緒じゃん・・・・・・」と言ってそれっきりという人間が、あくまで僕の周りにだが少なからず居た。今はまだ顕在化していないが、そのような「新鮮さを失う危険性」を『艦これ』のシステムが抱えていることは確かだろう。
そして最後に、件の記事の人物は「元々の人気が高かったところにアニメ化というキャッチーな戦略が功を奏し」などと言っていたが、もう反感を覚えられること覚悟で言ってしまうけれど、目が節穴なのだろう。どう「功を奏し」たのか説明してほしい。はっきり言ってアニメの出来はズタズタだ。日常ギャグなのかシリアスなのかはっきりしない中途半端な構成、そのせいで掘り下げようにも掘り下げられない艦娘たちのキャラクター、疑問を覚える点はいくつでもある。『艦これ』を活動ジャンルにしている従来のファンからすら、いやファンだからこそ戸惑いを覚えている人が何人も居る。具体例を挙げるのは控えておくが、第4話の構成の破綻ぶりを一文で要約したタグがPixivに登録されているのがその証だ。あくまで個人の感想だけれど、このままでは新規のファンを獲得するどころか、アニメをきっかけに『艦これ』ジャンル崩壊の序曲が始まっても全くおかしくはない。現にPixivではアニメが始まるまでは『艦これ』ジャンルで活動していたのに、いざアニメが始まってみればどういうわけか「キャラを量産するだけで個性に重きを置かなかった某アイドル育成ゲームの二次創作」とやらにメインの活動を移しているような人々が何人か居る。そうした現状を目の当たりにしてもなお件の記事の人物は「アニメで更にキャラの個性がはっきりしたことから、今後も創作はよりやりやすくなっていくだろう」だの「二次創作に流れる層も増えてくる」だの寝ぼけたことを言うのだろうか。さっさと目を覚ませと僕は言いたい。
また、『東方』について言えば、実はまだ「オワコン」という結論を出すのは勇み足ではないかと僕は思っている。確かに最盛期を知っている人々の目からすれば現状は「斜陽著しい」のかもしれない。しかし、それでもまだジャンルとしての息の根は止まっていないし、何よりもこの十年のあいだ同人ジャンルの頂点に君臨し続けたのは他ならぬこの『東方』なのだ。十年、最大ジャンルで在り続けた。その耐久性の高さはそのまま生きている年月が証明している。『艦これ』の隆盛は『東方』にとって過去最大の逆風かもしれないが、それでも、実際に十年間同人ジャンルで耐久してきた実績のある『東方』がこのまま終わるとは僕はどうしても思えないのだ。主観的な話で申し訳ないが、件の記事の人物が言うほどには『東方』は簡単に「完全消滅」したりはしない、そう僕は思う。
長々と述べてきたものの、ぶっちゃけこんな話は当の同人活動をしている人々にとってはどうでものだと思う。『東方』ファンも『艦これ』ファンも、そんな最大ジャンルだとか斜陽ジャンルだとかみみっちいことを考えて活動している人はそんなに多くないだろうからだ。楽しんでいる人々はいつだって目の前のことに真剣で、そんなことを気にする奴は自尊心の欠落したさもしい人間だけだと僕は思いました。終わり
フード左翼は「有機万歳」「遺伝子組み換えNo」「地産地消」「スローフード」で、
一方「フード右翼」はジャンクフード大好き、コンビニ弁当・ファーストフード大好き、
概念提唱者は「フード右翼/左翼は、リアルな政治志向の右翼/左翼に連動する」と考えてる。
「フード右翼は資本主義的・自由主義的」で、「フード左翼は自由主義の限界を主張」。
しかし今の日本の「右翼/左翼」に当て嵌めると、かなりおかしなことになる、と自分は思う
今の日本の右翼、特にネトウヨは、TPPに懐疑的だし、「中国の農作物は農薬まみれ」とディスる。
一方でネトウヨは、福島農産物を忌避するフード左翼を「放射脳ガー」と揶揄する。
となると、「メガ盛り大好き、激辛ジャンクフード大好き、遺伝子組み換え無問題」で、
かつ「中国農産物でも別にいいじゃん」と言う自分は、真正フード右翼だなあ
政府がフード右翼・左翼のどちらを「好ましい」と思っているか、実は省庁で分かれてる。
経済産業省はフード右翼主義。一方で国内農家保護が省是の農水省はフード左翼。
で、厚生労働省は多分フード左翼と思われる。(フード右翼の蔓延を許せば、成人病が増大するから)
自民党は元々はフード左翼政党。農家票目当て。→TPPの為にフード右翼政党へ変質
→しかし安倍氏の「お友達」はアメリカすら敵に回すのも厭わない排外主義者。再びフード左翼化?
(安倍のお友達って、「アメリカ食料メジャーの陰謀ガー」とか平気で口にしてそう)
湾岸タワマン居住の「空中移動族」な女性は、原理主義的なフード左翼は少ないイメージがある。
「合理的なら、外食中食冷食を多用する」フードリアリストなイメージ
「フード左翼は一種の道楽で、金と時間がある東京南西部の有閑マダムしかできない」説。
あの辺の有閑マダムは、自らのフード左翼ぶりを互いに「自慢」「競争」してる気がする。
だから極端に走りがちで、行き着く先はマクロビかホメオパシー。下手に金と時間があるから始末に負えない
東京南西部の有閑マダムにとって、「フード左翼」はステイタスシンボルなんだろうなあ。