はてなキーワード: 地帯とは
話数 | 怪獣(星人)名 | 出生地、出現地 | 侵攻方向(あれば) |
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第1話 | バザンガ | 宇宙 | 都市 |
第2話 | ゲードス | 地球(海洋) | 港(食料である魚を求めて) |
第3話 | タガヌラー | 地球(地中) | 工場地帯(エネルギーを求めて) |
第4話 | レヴィ―ラ | 地球(人口生命) | 都市(コントロールされていた) |
第5話 | ドルゴ | 地球(山岳) | ―― |
第6話 | カナン星人・ハービー、カナン星人・ロビー | 宇宙 | 都市 |
第7話、第8話 | ニジカガチ | 地球(山中) | 祟りとして都市部を襲った |
第9話 | ガラモン、セミ人間 | 宇宙 | ガラモンは侵略兵器として都市部に落下 |
第10話 | デマーガ、ベビーデマーガ | 地球(地中)宇宙 | 発見地域からほぼ動かず |
第11話、第12話、第13話 | ゲバルガ | 宇宙 | 都市に落下 |
第14話 | デルタンダル | 地球(地中) | 出現は地中だが生活は全て空中 |
第15話 | ガヴァドン | 人の想像 | 都市に出現 |
第16話 | モグージョン | 地球(地中) | 郊外に出現、人間を捕食するため都市部に出現 |
第17話 | ザンギル、ニジカガチ(怨霊態)、タガヌラー(怨霊態)、レヴィーラ(怨霊態) | 怨霊となった怪獣を霊体となった宇宙人ザンギルが成仏させている | 一体色々強すぎて実体に近い形になった |
第18話 | イルーゴ | 宇宙 | 都市部に落下 |
第19話 | ブルードゲバルガ、イルーゴ | 宇宙 | イルーゴは都市部に落下し、ブレードゲバルガに成長した |
第20話 | ズグガン | 地球(地中) | 郊外里山地下で営巣 |
第21話 | デルタンダルB | 地球(地中) | 地中生まれだが、生活圏は空中 |
第22話 | レッドキング(二代目)、ギガス、ガンキリュウ | 全て地球(山岳) | 山岳地帯 |
第23話 | ヴァラロン、タガヌラー | ヴァラロン(宇宙)、他(地中) | ヴァラロンは地球に落下する軌道を逸れ月に落下。タガヌラーはエネルギーを求めて工業地帯へ |
第24話 | ヴァラロン | 宇宙 | 月面で交戦するも地球(都市部)に侵攻される |
第25話 | ヴァラロン、デマーガ、ズグガン、デルタンダル | ヴァラロン(宇宙)、他(地中) | ヴァラロンとは都市部で交戦、他はヴァラロンと対峙 |
とりあえずドラゴン討伐クリアまでは行ったので色々攻略情報なんかを書いてみる
・実はスライム最強説
他のキャラに癖が強すぎるというのが正解かも、ワラも悪くは無いが最序盤が辛い
・斧と槍Lv18が完成すれば勝ち
特に槍18の殲滅力がおかしい、斧18もクールダウン間を除けば殲滅力最強候補
・その他のパワーアップはスラッシュ>毒>ファイヤー>クラッシュ
スラッシュはLvを上げ気味じゃないとワラ地帯と大スラ&チャビーのボス2連地帯で圧殺される
ファイヤーはある程度レベルがあれば弱くはないが攻撃範囲がちょっと狭すぎる
クラッシュは一撃で相手を倒せないと打ち上げてファイヤーの邪魔になるというのがアレ、初期verでは回転が圧倒的だったので槍より優先まであったけど、クールダウンが伸びたので産廃
まあ出ないけどこれが理想、その後は引き寄せ→ジャンプ+3となればベスト
キャラにもよるけどジャンプ+2か3で、足場の下からジャンプすることで起動する
登って起こそうとすると降ってくる敵に圧殺されることもあるので、大スラ+チャビーが終わるまでジャンプ回数が増えなければ仕方なく登るぐらいに思っておけば
免許持っててもルール違反し放題なんだから自転車のルール無視も変わらねえだろ。
圧倒的に多い。違法駐車が多すぎるせいで都内は1車線潰れてるんだけど。アホか?
監視員来ても簡単に誤魔化せて見逃されるから常用されてるけど、運用がおかしいだけだからね。
ドライバーは取り締まられなきゃ平気だろ。と思ってるフシがある。
歩道に侵入する時は一時停止するんだけど観測する限り99%守ってない。
減点されなきゃ安全なんてどうでもいいもんな。
横断歩道でも車サマが優先と思ってるアホはかなり多いので、
歩行者は横断を躊躇する
→車サマが譲られてると思って爆走するは相当数いる
横断歩道渡ろうとしてる奴いたら譲るんだよ?
増田のやべーやつ番付とは、はてな匿名ダイアリーで行われている番付表である
2017年9月8日に最初の投稿がなされてから現在も行われているこのサービスにおける特定ユーザー(ネームド増田とも)の危険度を個人の視点で評価する増田
サービスに投稿された日記の文章で特徴が同じものをまとめあげ、その中でも特に危険なユーザー(「やべーやつ」)となるものを大相撲などの番付と同じようにどれだけそのユーザーの投稿が危険なものかを評価している
実際の相撲で行われている取り組みのスケジュールや番付発表日とは異なるが、おおむね同じ時期でだいたい3~5カ月程度の間隔で発表されている
危険度の高い増田は横綱、大関、関脇、小結、前頭、十両、幕下以下の順となっており、十両と幕下以下のみ別のページで紹介されている
2020年3月場所で初代となる番付増田が引退し、2020年7月場所から二代目となる番付増田が勝手に引き継いでいる
二代目からは新しいフォーマットが使われており、横綱の横に白文字で「(触れてはならぬ人たち)」の追加、誰が優勝したかが分かる「🏆」の実装、十両と幕下以下の分割2ページなどが採用されている
また2023年11月場所で十両以下が割愛されたことを理由に三代目の番付増田が出現しており、現在二代目と三代目がそれぞれ十両と重量以下の番付を行っている模様
かつては過去場所のトラバリンクもあったが、2024年3月に「トラバが見えにくい」という声を受けて廃止されている
前述したように大相撲などの番付表と同じ名称がつけられており、2019年9月場所で「活動歴・出現頻度・危険性などから独断と偏見で決めている」ことが判明している(二代目以降の番付増田が同じ方針で決めているのかは不明)
増田の中でも前歴がある者、今すぐにでも犯罪行為をしてしまいそうな、文字通り本当の危険人物
危険すぎる故に、右側に「(触れてはならぬ人たち)」と白文字で書かれている(ドラッグしないと見れないと思いきや、言及先エントリを開くを使うと見れる)
横綱と比べるとまだその危険度が低いものの、一般的なユーザからしてみれば危険人物
初期の番付から大関の優勝も多いため、人によっては横綱より質が悪いとも
増田でも高頻度に登場するもの、複数のユーザが使用しているものは大抵ここに入れられる(パンティー、クンニなど)
以前はURLをanond形式としていたが、トラバが見えにくいので廃止した(棘対策もついでということで)
回数 | 場所 | 番号 | 日付 | 優勝者 | 備考 |
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1 | - | 20170908202712 | 2017-09-08 | なし | 修正版が後で出された→20170908210102 |
2 | 7月場所 | 20180628203405 | 2018-06-28 | なし | |
3 | 11月場所 | 20181111094550 | 2018-11-11 | なし | |
4 | 1月場所 | 20190113190608 | 2019-01-13 | なし | 「お前増田」が優勝レベルであると評価 |
5 | 5月場所 | 20190501184258 | 2019-05-01 | なし | |
6 | 9月場所 | 20190815200019 | 2019-08-15 | なし | |
7 | 3月場所 | 20200320181836 | 2020-03-20 | ひらがな増田(大関) | 統失ITおじ、初の大関からの優勝 |
8 | 7月場所 | 20200718145803 | 2020-07-18 | なし | ここから別の増田が担当 |
9 | 11月場所 | 20201128150814 | 2020-11-28 | スパム増田(大関) | ここから「🏆」が実装 |
10 | 3月場所 | 20210314124523 | 2021-03-14 | 増田糖質 | 統失ITおじ、初の2勝目 |
11 | 7月場所 | 20210721181630 | 2021-07-21 | 地方なら仕方ない増田(大関) | アンチ山笠増田・赤チャート先生・ピアノ増田など |
12 | 11月場所 | 20211121173123 | 2021-11-21 | 村上隆増田 | |
13 | 3月場所 | 20220301000021 | 2022-03-01 | 字下げ増田 | |
14 | 7月場所 | 20220720211525 | 2022-07-20 | レヴェル増田 | 地方なら仕方ない増田・アンチ山笠増田・赤チャート先生・ピアノ増田など |
15 | 11月場所 | 20221123161230 | 2022-11-23 | 字下げ増田 | |
16 | 3月場所 | 20230312184047 | 2023-03-12 | 複垢フェミ | |
17 | 7月場所 | 20230730191614 | 2023-07-30 | ストックホルム卿(大関) | |
18 | 11月場所 | 20231130192838 | 2023-11-30 | 字下げ増田 | 初の3勝目 二代目は十両以下は省略、新たに三代目となる増田が十両以下を作成している |
19 | 3月場所 | 20240331214734 | 2023-03-31 | 字下げ増田 | 史上初の4勝目、更に史上初の連覇を成し遂げる 過去場所のトラバリンクが廃止された |
はてな匿名ダイアリー自体が半ば危険地帯の1つと言われている中で、その中でも更に危険人物を決めるという闇の中の闇ということもあって、以下のような批判も見られる
アンサイクロペディアのエクストリーム・謝罪や、ブラック企業大賞などのように、複数人による審査ではなく、増田単独の主観での評価であるため、どうしても番付の信頼性には疑問が残る
確かにやべーやつの中でも特にやべーやつをまとめているので、要注意人物リストとしての価値はあるが、そもそも増田自体が匿名である以上、個人なのかも複数なのかもわからないため、信頼性については無いようなものではある
そもそも「やべーやつ」という単語も番付増田しか使わないと主張する増田も存在している(「やべーやつ」の語源自体は増田発祥ではない)
また2024年3月場所では既に引退している力士が未だに残っていることに批判があった
番付は要注意人物リストやユーザーの晒しという側面が強いが、大相撲の番付に例えていることで皮肉にも逆に賞賛しているように見えてしまう問題がある
このため一部の増田はこれを栄誉と捉えてなのか『高校鉄拳伝タフ』に因んだ「しゃあっ!番・付!」と反応することもあり、仮に危険なユーザーを晒すというのが目的だとした場合、逆効果ともいえる
初期の頃から「パンティー増田」などのように複数のユーザーが使用しすぎて特定できない増田が番付入りしているため、1人のユーザーで小結と十両の両方で番付入りする場合も当然有り得る
もちろん増田が匿名である特性上、どうにもならない問題であるため利用者はその増田は危険な増田としか認識できないのである
また複数の増田が使っているフレーズ系のものについては、Xなどのような利用価値のないトレンドのようなものだとみなすユーザーも少なくない
その一 https://anond.hatelabo.jp/20240318182037
東口の地下に何やら変な駐輪場があるのだが、実はこれは1990年までは地下街であったのだ。出来たのは1960年代のはず。
天井低くてしょぼいし店舗も狭いし店も昭和中期っぽくて古いしで、テコ入れされないままに90年に廃止。
というのも、90年にそごうが出来る事になったので、橋上駅の高さのままにデパートに入れるペデストリアンデッキを築造し、地下じゃなくて上の方で発展させる方向になったのやね。
で、駅の真ん前のデッキの基礎を建てるには地下街通路が邪魔。って事で、通路を閉鎖してデッキ基礎が貫通する形になった。残りの部分は店舗仕切りなどを取っ払って駐輪場へ。
なので一部閉鎖区画があって鉄板や木の板で塞がれているのだ。増田はここにどうにかして侵入できないかを昔から考えているのであった。
ちょっとあるよ。
本来、東アジア反日武装戦線「狼」はお召列車爆破と昭和天皇暗殺を狙っていた。場所は東北本線貨物線荒川鉄橋。
1968年まで赤羽以北の東北本線は貨客混合の複線だったが、輸送力増強の為に複々線化されて貨客分離された。これでお召列車は貨物線を走るようになった。原宿駅のお召列車ホーム自体が山手貨物線に接続されているから。
そうすると、貨物線橋梁爆破しても一般人に危害は与えないという事になる。そこで一味は爆弾設置の為に電線を設置しにいくが、人影があり、付近を徘徊しているので恐れて中止した。
そこで目標を変更して三菱重工爆破事件に至ったというワケ。元の一般人への危害回避はどこに行ったんだ。川口の乗越線はやっぱりこの貨客分離が元だから関係があると言えば関係がある。
wikipediaの虹作戦の項には「爆弾を仕掛けようとしたのは旅客線」と書いてあるが、これは間違いじゃないかと思う。そこは間違えんだろうし、増田が聞いていた話と違う。
東口駅前のそごうはそごう西武グループが売却してゴーストビルのままになってるが、三井が取得する見通しと、去年市議会で報告があった。三井という事はララガーデンとかららなんとかとかららクロフトとかになるのかと思われる。
しかしデパートというのはハイコスト、ハイリターンの業態に合わせた建物で、コストがメチャクチャかかるんだな。それは冷暖房費やエレベーター、エスカレータなどもそうだし、搬入口が狭くて外部の納品代行業者経由で整理して混載で搬入するのでないとパンクするっていうのもある。
だから巨大ダイソー一棟貸しみたいなのなら行けるが、色んなテナントが入って納品代行は使わないっていうのは無理など、難点が多いのだ。
そもそもデパートの損益分岐点って日商4000万円とかそういうレベルなんでショッピングモールなんかに入るテナントと業態が合わないのだ。
だからどうなんのかなと様子見。結局開店が流れちゃう可能性もあるね。
SLあおば通りって道があって、ファミマのSLあおば通り店っていうのもありhttps://maps.app.goo.gl/fWvvCmGbAjvhLPZw6 、道筋にはSLのオブジェとかもある。
でもこれインチキなんだよね。ここに線路があった事ってないんだ。
アリオは元はビール工場で、そこと川口貨物駅の間にユニオンビール専用線という貨物線があった。でもその専用線は現線路に平行していてJRが保線基地に使ってる。
そこでビール工場跡を再開発するにあたり、専用線跡を記念するオブジェを配置したい、でも専用線跡はJRが使ってる…って事で隣の道を指定しちゃったと思われるのね。こういうのは混乱の元だから止めて欲しいですな。
あるね。https://maps.app.goo.gl/dGPVNnEXP6hMg3n26
植物の繁茂で全然読めないが、実は同じものが陸橋の西詰にあるよ。https://maps.app.goo.gl/GNdf7d4UP3eT9aYj7
石碑の内容は、整圃事業の謝辞だよ。戦争中にまだ農地ばかりだった駅付近一帯を碁盤目状に土地の区画整理をして、その協力した地主達を名上げして感謝している。川口は江戸から離れ鋳鉄で栄え舟運で製品を出荷してやがて鉄道が来て~という事を漢文で書いてある。
この区画整理を戦前にやっておいたせいで、戦後に鉄の民需が爆上がりした時に鋳鉄工場が大量に出来て鉄の街となったのだな。
また、最初の碑がある場所というのは実は大踏切があった場所だ。駅の方から来た道が斜めに線路群を渡り、対面の斜めの道に踏切で抜けていた。
でもこれは当然危ないわけで、昭和30年代に埼玉県は荒川~大宮間の踏切を全部立体交差にする工事をしたのだ。それでこの大踏切も廃止になって代わりにこの北の川口陸橋が掛けられた。
因みにこの陸橋の開通セレモニーでは神主が来てお清めしてから神主が渡り初めをしているのが写真に残っている。
だから王子から赤羽には踏切が幾つか残っているのにその北の大宮には踏切が無いのだ。
多分西詰の石碑は元は大踏切の反対側にあったのがこの時に移動されたのではと思う。
タワマンというのは住宅地には建てられないの。日影規制もあるし、日照権も主張できるからあとから訴訟になる。
でも商業地や工業地ではそれらは主張できない。だから工業地帯から転換した地域はタワマンに最適というか、それ以外では建築が難しいの。
更にタワマンには建物の周りに公開空地を設けないとイケないのだが、「大規模な町工場」というのはこれで必要とされる広さに丁度いいのだ。
そういう訳で、川口にある〇〇製鉄、○○鋳造なんて名前の会社は、多くがもう工場を持ってないか縮小して他所に移転していて、不動産業メインの会社ばかりになってる。
日本初のタワマンは川口元郷のエルザタワー32なんだけど、ここは日本ピストンリングというエンジン部品を造っていた会社の工場だったところ。
因みにピストンリングは昔は鋳鉄を丸く繰り抜いたものが使われていた。鋳鉄には細かな穴が沢山あるのでここにオイルを保持して焼付き防止になっていたのだ。って事でやはり川口なので鋳鉄なのだ。
その丸井が閉店になって共同所有になり、ビるの愛称を決めた。もとが0101だから1110って訳でシャレや。
駅西口から徒歩7分くらいの所に飯塚氷川神社という神社がある。https://maps.app.goo.gl/fKh6qXTZGCNTYGRE9
ここだが、境内に結構古い社務所があるのだが、なんとこの社務所、選挙の投票所に指定されている。中は畳と板張りなんだが、そこに土足で入れるようにシートを敷いて投票箱と記帳所を置いて公職選挙が行われる。
すげえ田舎や離島で神社が投票所というのはあるだろうが、東京都境から徒歩10分、駅で一駅のタワマン林立地帯でこんな投票所があるというのは珍しいんじゃないか?
好事家の皆さんは選挙の日に覗きに来てはどうだろうか?
何?じゃなくて教習所や。元々地産グループの教習所だったが、グループ首魁が逮捕された影響で元会社が倒産、売りに出されて飛鳥ドライビングカレッジとなっている。
ここだが、ちさん時代から教習料が安いのが特長。都心から近いのに首都圏で一番安いという穴場なんだな。免許取りたい人はイイゾーここ。
因みに2019年台風19号の増水ではコースが7mの泥水の底になって、後にはコースも見えない泥の沼が残り、教員たち総出で泣き泣き泥かきをしたそうだ。
これの逆バージョン https://anond.hatelabo.jp/20240313123638
巣鴨プリズン/東京拘置所跡にサンシャイン60ビルを建てるにあたり、池袋駅から地下道を通す計画があったが、地元商店が「人の流れが変わって駅前が廃れる」と反対し沙汰止みになった。
一番反対したのは洋菓子店のタカセ。ここは戦後に繁盛して地元の顔的な立場であった。
これに他の人は「タカセのヤツ、勝手に顔役ぶりやがって」と陰口を叩き、裏では総スカン。
地下道は都道反対側からだけに短縮されてそこまで利用者は歩くことになった。代わりに都バス乗り入れが行われたが利用者は伸びなかった。
しかし地下道入口に東急ハンズがオープンすると付近にカメラ量販店(後にゲーセン)、飲食ビル、映画館が誕生し、池袋駅東口~東急ハンズは若年向けの飲食サービス業が立ち並ぶ大商圏となった。
90年代にJRAは女性をターゲットとしたCMを打つなど競馬のイメージアップに努めてはいた。
だが池袋駅東口に場外馬券売り場を開設する計画が持ち上がるとイメージの悪化を恐れて地元商工会は大反対。JRAは土地も押さえていたが出店中止に。馬券売り場の上にサロンや飲食室などを設ける大規模な計画だった。
この土地を後にヤマダ電機が押さえて都市型店舗の第一号としてオープン。その後に近くの三越が閉店して建物が売りに出されるとヤマダ電機が取得して現在のLABIとなり、池袋の家電激戦区っぷりに火を注いだ。
米軍が接収した立川飛行場は手狭のためにジェット機用に滑走路を延長する計画があった。この為に滑走路延長先の砂川町の農地や家屋に収用が掛かった。
これに住民は大反対し、そこに学生運動等が乗っかり、デモ隊基地内侵入などの事件が起こり大騒動になった。
憲法問題などで出てくる「砂川事件/砂川判決」というのはこの事件。
この事件などがどの程度影響を与えたかは判らぬが、米軍は立川飛行場の拡大を諦め、瑞穂町の横田基地に集約する事を決定。立川飛行場は日本に返還される事になった。
箱根ヶ崎付近の八高線と国道16号がぐにゃっと曲がっているのは、横田基地の滑走路拡大をした為である。
返還された立川飛行場は学校や研究所、法務修習所、陸自基地などに転用されたが、一番広い面積を有するのは昭和記念公園で、電車で3駅分ほどもある巨大公園となった。
真ん中には広大な広場もあり、大コンサートもよく行われている。
なお、騒動の原因となった滑走路の残骸が未だ残っている。https://maps.app.goo.gl/ewECyedzGvD9p88t7
(よく見ると滑走路アプローチの>>>>のペイントがうっすら残る)
東海道新幹線が開通して暫くすると、騒音と振動が問題になり訴訟も提起されるようになった。成田新幹線のゴリ押しによる頓挫もあり、山陽新幹線以降の新幹線開通は困難が予想されるようになった。
そこで都市近郊での建設スキームを変更、新幹線に付随した在来線も同時に工事して迷惑施設というだけではなくて近隣住民の利益にもなるスキームにした。
この為に赤羽~大宮間では通勤新線(埼京線)、大宮駅北側には高架にまとわりつく、つる植物のような新交通線が出来た。
なお、東海道新幹線は通常の鉄道のように地面に砕石を敷いて線路を敷く工法なので高速運転では周囲に振動が伝わる。その後は平地でも鉄筋コンクリートの高架を走るのが一般化した。杭基礎で支持されるので振動は地下奥深くに吸収され、コンクリの高架は重いので振動自体が押さえられる。その為に公害は発生しにくくなっているが、交渉時には工法までははっきりしていなかったのでこういう形になった。
空襲焼失地区の戦後の復興は東京都などが管理して区画整理などを行ったが、計画的過ぎて無機質であるとの反対意見も多かった。
そこで都は神楽坂については住民同士の話し合いで区画整理を決める自律的な方法を試す事にした。
しかし優越な資本や有力な地元のまとめ役が居ない地区だったので、結局は路地などが沢山残る防災的にはアウトな形で復興する事になってしまった。
しかし建物の建て替えが進むと、街路側は多くが不燃建物、その路地の奥は不燃建物と古い料亭などが混在する形となって何だか防火と風流の両手取りみたいな地区になって、アンテナの高い外国人などにも好かれる町並みとなっている。
戦後の歌舞伎町は全域がゴールデン街のような闇市バラック状態であったが、再開発をする事になった。
しかし高田馬場を始発駅とする西武新宿線が新宿駅まで伸びる予定であり、歌舞伎町の付近に仮駅を設置された。
当時の西武鉄道経営陣としてはピストル堤と言われた堤康次郎も健在であり、堤は人を騙して土地を買収したり、ピストルの名の通りに暴力による脅迫で買収したり人の土地を勝手に占有して後に所有権移転したりと、要するにやり手実業家の皮を被ったヤクザであった。しかも権力とみっちりと癒着しているばかりかその後に代議士にもなっていた。
その為に歌舞伎町の地主たちは鉄道が来るのは歓迎だが堤が来るのはたまらねぇ、として西武の買収に対抗する策を練った。
そこで街路幅はきちんと確保しながらも、その所有区分を細分化、買収しにくくした。それが功を奏して西武も含め、大資本が入り難い地域となっている。道幅を確保しながらも細分化策が功を奏したのは主導的な町会長などが存在した為による。
ブクマページの米でそれは違うというのを幾つか。https://b.hatena.ne.jp/entry/s/anond.hatelabo.jp/20240313123638
流山は常磐線忌避したという話は良く効くが、多分これは違う。というのも、地理的条件があるからだ。
田端を起点にして北千住を通り、土浦に至るというのは決まっていた。で、その途中には避けねばならぬ「水」があるわけよ。霞ヶ浦、牛久沼、手賀沼は避けねばならない。だから柏の先のルートはこれしかない。
問題は北千住から柏で、今の南回り松戸ルート、八潮→三郷→流山の北回りルート(TXコース)がある。
でも北ルートには難点があって、それは毛長川、大場川、古利根川の氾濫域の土壌ぐちゃぐちゃ地帯に入ってしまう。今でも越谷レイクタウンの南側は田んぼのままで、ここは乱開発すると土地の保水力が無くなり八潮の市街で出水してしまうので開発禁止の状態になっている。武蔵野線敷く時もまず水路の開削からやって平地なのに築堤築いている。そうしないと列車の振動で沈下して線路が狂ってしまう。それくらい地盤が悪い地域だ。
だから日本鉄道はここを通るのは避けたかったはずで、そうすると流山に行くのは無理って事なのだ。
日光御成街道の宿場町として栄えた名残が邪魔して鉄道忌避の街になり、ついに川口市に吸収合併された、元鳩ヶ谷市とか?東北本線って計画では、王子以北は今の埼玉高速鉄道をなぞってたって言うし
これも違うと言い切れる。地形で説明するよ。
日本鉄道熊谷線(現高崎線)は日本で2番目の鉄道なので工事量を減らす為に「ここしか無い」という厳選されたコースを通っているのだ。工事期間がやたらと短いのも特長で、コースを厳選した結果だ。
上野駅を出た京浜東北線(大宮までは中距離電車じゃなくてこっちが元のルートを通る)は赤羽までずっと急な崖の下を通る。この崖だが、真っすぐなのが特長だ。こういう真っすぐな崖というのは海食崖の特長だ。海の崖だね。
地球の海面は氷河期には氷河や南極に氷となって蓄積するので海面が下がる。一方、温暖な間氷期には海面は上がり、平野のずっと奥までが水没してしまう(海進)。
縄文時代などの間氷期の海進で、関東平野は海の底となり遠浅の海となっていた(奥東京湾)。間氷期の気温で海進の程度は変わり、最大で高崎あたり、縄文時代では大宮までが奥東京湾だった。(そういう訳で、尾久とか東三条には貝塚がある)
海には波がある。この波は真っすぐ進んでドンと当たって止まり、ではない。斜めに陸に当たった時は、陸に当たった後にその勢いは横に流れる。波が引く時はその横向きの流れのままに引く。沿岸流が出来るのである。
すると陸の出っ張っている所は削られて、やがて必ず真っすぐな海岸になるのである。
つまり、上野~赤羽の崖が真っすぐなのは海進時に波に削られたせいである。
波は崖を真っすぐに削っていくが、この時潮の干満により崖の下には平場が出来る。満ち潮では海面下に隠れているが引き潮では通れたりするアレだ。親不知子不知が引き潮の時だけ取れるというアレ。
上野~赤羽では小規模な波蝕台が連続し京浜東北線はこの上を通る。但し複々線化で判り難くなってはいるが。
この波蝕台跡は他の低地より少し高いから田んぼになっていないので用地買収がしやすい。更に少し高い故に大雨でも出水しにくいし、砂礫が多いので水捌けも良い。線路用地として優秀なんだな。
陸地の角があると波による沿岸流はその先に砂を置いていく(漂砂)ので、真っすぐの海岸線が延長された地形が出来る。砂嘴である。北海道標津の野付半島や京都の天橋立が有名だ。砂嘴で延長された浜により沿岸流と漂砂の働きも延長されるから砂嘴はどんどん伸びていき海底が深くなると砂嘴の延長はとまる。
この先で荒川を渡らねばならないので当然線路はこの砂嘴の上を走る。高さを稼ぐ為である。この砂嘴は江戸時代の荒川開削と田んぼ開発により削られているが、根元だけは残っている。赤羽の北で環八を跨ぐ時の橋台はこの砂嘴に乗っている。
当時蛇行していた荒川を真っすぐ渡る為に(鉄橋の距離が短くなるから)右に曲がり、荒川を渡る。川口方には堤防(曽根)があるのでそれを超えると熊谷に向けて左に曲がりながら築堤で地平に降りていく。地平に降りた所に川口町駅設置。川口宿からは離れているが駅は水平でないといけないのでここしか無い。
川口町駅からは当初の終点熊谷、その先の高崎までは殆ど直線なのだが、所々に緩いカーブがある。このカーブの全てには必然性があり、全て工事の最小化の為のものだ。
南浦和までは低地にあるが、この先で大宮台地に登る。そこで沢が削った斜面に入り、他の沢の斜面側面に取りついて高さを稼いでいく。
浦和駅からはもう芸術点が高く、沢山の小さな沢がある所を、最小限のカーブでその谷頭を両側でギリギリかすめるルートを取っている。ここはダッジボーナスが沢山入る所だろう。舞踏家みたいな避け方である。
大宮から先も小さいカーブで芸術点高いルートを通るが、中仙道に平行している。中仙道自体が芸術点高いルートを通っているのでこの区間はコピー忍者って感じだ。
このルートの良いところはもう一つあって、途中の蕨から中仙道が平行してくるので宿場町近くに駅を造れば集客と集荷が期待できる。更に当時は道が限定されているので、名のある街道に近くないと客や貨物が駅に来れないのだ。
文明開化したばかりの明治日本が、鉄道二本目でこんだけ緻密なルート選定出来たのは何故か?
お雇い外国人の英国人の力だけではない。江戸時代に新田開発と用水路開削をしまくっていた為なのだ。
台地上に水田を作る場合、もっと標高が高い場所から用水路を引いてくる必要がある。水は一度低いところに行ってしまったらもう高さが上がらないから、長距離の測量を正確にせねばならない。その技術が蓄積されていた。
やり方は結構単純だ。長い木箱を作り(水盛り箱という)、水を入れる。水面は必ず水平だ。両端の水面から10センチのところに糸を張ったらそれも水平だ(水糸という)。
更に両端の水面から10センチのところにライフルの照準的なものをセットする。その照準で200m先を見て、照準が合っている場所はやはり水平だ。200m先に助手が目盛りが付いた物差しを持って立つと、その地面はこっち側から何センチ下/上がっているかが判る。
これをずっと正確に繰り返す。だから両側の谷頭の直ぐ上を抜けるルートなんてお茶の子さいさいだったかもしれない。
という訳で、日本鉄道などが造った初期の鉄道路線は土木技術で地形無視って事を極力避けるルート選定をしているので、マクロ的にもミクロ的にも必然性の塊となっているのでありますよ。
年末年始のご挨拶の未読が残り600件まで返し終わって一息ついてたら
石川能登地震は人工地震ですか?と多くの方から質問が来ますので
災害や事件に注目させておいてその裏で法案を通したり規制したりすることです
現在はフランス企業のヴェオリアが日本の水道事業に参入しています
日本政府が責任を負って弁済しなくてはいけないという訳の分からない契約です
訳が分からないのはこの国の常です
自国の利益を他国に吐き出して弱体化を推進する議員に清き一票を投票するのが我が国の常です
この水道法が改正された2018年7月5日の翌日8:00に何が行われたのか知らない方が多いです
これがショックドクトリンです
敗戦から80年が経とうとしているのに未だに操り人形の日本政府
震度7で発表しようと前もって決まっていたのかも知れませんね
実際に160世帯が停電してるのにYahoo!ニュースもGoogleもgooネット他
全ての記事が消されて読めません
全てのポータルサイトに働きかけて事実なのに削除出来る立場とは?
気象庁が震度7を二回すぐさま発表しようとして私は2016年の熊本地震を思い出しました
震度7を公表した28時間後に震度7の地震が熊本を再び襲ったのです
自衛隊の熊本高遊原分屯地(こうゆうばるぶんとんち)の真下でした
ブルーインパルスの編隊長であり航空自衛隊のエースパイロットであったベテランパイロットの平岡さんが
5人の隊員を乗せて墜落したのです
計器に異常が現れる間もない一瞬の何かによる墜落
そして事故原因究明の鍵であるフライトレコーダーをアメリカが回収したのです
意味が分かりません
自国の自衛隊員が6人死んでるのにフライトレコーダーの解析すら自国で出来ない
なぜか捜索隊は放射能防護服を着ることを命じられました
環境省のサイトによれば年間の線量限度は1マイクロシーベルトです
年間ですよ
1時間あたり3マイクロシーベルトの放射能を浴びたなら立派な被爆です
被爆 症状
で検索してみて下さい
知りすぎた隊員が口封じされたのか?何か汚染物の処理をさせられたのか?
6人の隊員が帰らぬ人となりました
同じようなことが東日本大震災でも起こりました
トモダチ作戦に参加したアメリカの空母「ロナルドレーガン」の乗組員です
5000人の乗組員のうち2400人が体調不良を訴えて
で検索すればNHKの記事もYahoo!ニュースの記事も読めます
福島から500km離れた洋上で大量のセシウムが検出されたと言うのです
日本の自衛隊よりも危険な地帯に入ってないアメリカの兵士だけが
なぜ2400人も被爆するのですか?
なぜ500km離れた洋上で大量のセシウムが検出されるのですか?
一つだけ言える確かなことはロナルドレーガンの乗組員は海水を飲んでました
RO膜(逆浸透膜)と言う装置で海水を真水に変えて飲んでいたのです
震源地は海です
なぜ彼らは陸ではなく海で被爆したのか?
ガイガーカウンター(放射能測定器)を持って輪島市で計測すれば良いと思います
計測された方がおられましたら私にDMで送って下さい
私が公に公開します
言いなりの情けない政治家に頼る気すら起きません
例外的措置 じゅりちゃん(当時37歳の利用) 許可者 任介 日時 平成30年9月4日
平成31年4月15日 ホテルサンタナで田中辰之助とトラブル。
令和5年5月
令和5年7月15日 柴崎克俊が殺人をしたという内容の夢を流す。 どのような手段によってやっているのかは不明で、極めて悪質で巧妙。
令和5年9月26日 平成24年に晴生が野田町に行ったら子供殺しの殺人地帯になっていたという夢を流す。手段は完全に不明で、突然睡魔が襲って来てそのまま見ることになる。
令和6年2月27日 延岡市のうんこデザイン(目が小さい)の巡査が暴行を行う。
バクサイの縣人、 板橋区舟渡、前野町の女性の取り計らい等で実現した成功
令和6年2月13日
令和6年2月21日
令和6年3月1日 精神障害で軽犯罪者ということで不可能なようにしておいた美少女とのHが実現してざまあwww
令和3年12月15日 日向市の数学教師の末永祐治と、宮崎市の アロマプラチナムのMONOという女性との成功実現 具体的書き込み 旦那とHしました
「悪戯が好きな醜い妖精」の総称としてゴブリンとか、その中でも家事をしてくれたりするものをブラウニーとか呼んだりするが、ブラウニーのバリエーションとして「ホブ」という連中がいて、それがのちのち「ホブと呼ばれるゴブリン」ということで「ホブゴブリン」と表記されたのだろうと思われる。
ゴブリンは、ヨーロッパ各地の民間伝承に登場する、小柄で醜い、恐ろしい生き物です。中世の物語で初めて言及され、起源となる物語や国によって、いたずら好きな家事妖精から、悪辣で残忍な泥棒まで、矛盾するような能力・気性・外見が与えられています。彼らはしばしば、妖精や悪魔のように、変身などの魔法的な能力を持っています。類似する存在には、ブラウニーやドワーフ、デュエンデ、ノーム、インプ、レプラコーン、コボルドなどがいますが、より一般的に小さな妖精の総称としても使われます。
ブラウニーは、スコットランドの伝承に登場する家事妖精またはホブゴブリンで、夜になると家の所有者が眠っている間に出現し、さまざまな家事や農作業を行うとされています。家の人々は、ブラウニーに対して通常、炉辺にミルクやクリーム、または他のいくつかの供物を置いておかなければなりません。ブラウニーは怒りっぽく、侮辱されたり、何らかの形で利用されたと感じると、永遠に家を去ると言われています。ブラウニーはいたずら好きで、怠け者の使用人に罰を与えたりいたずらを仕掛けたりすると言われています。怒らせるとボガートのような悪意のある存在に変わるとも言われています。
ホブ(hob)は、イギリスのミッドランズ地方、北イングランド、およびアングロ・スコティッシュ国境地帯の伝統的な民間信仰における、小さな神話上の家事妖精です。彼らは家の内外に住むことができました。彼らは農場で働き、したがって役立つこともありましたが、怒らせると厄介な存在にもなりえたと言われます。
この「ホブ」の由来には二つの説がある。
まずは、英語の「ホブ」は「暖炉で食べ物を温めるための棚」を指しているので「暖炉のそばにいるもの」「家に棲み着くもの」といったような意味だという説。実際にホブ(あるいはブラウニー全般に言えることだが)の伝承は暖炉との結びつきが強く、たとえば仕事の対価として暖炉のそばにクリームを置かねばならないだとか、普段は暖炉の上の梁に座っているだとか、そういった逸話が残っている。
もう一つは、「ロバート」「ロビン」の愛称だというもので、日本でいうと河童に「太郎」という名前をつけるみたいなノリかはわからんが、神秘的なものにありふれた名前をつけることで恐ろしさを薄めている、あるいは親しみやすい名前を与えてご機嫌を取っている、という説。
たとえばイングランドの有名な妖精として「ロビン・グッドフェロー」がおり、これはシェイクスピアの『夏の夜の夢』では「パック」という妖精の異名の一つとされ、同時に「ホブゴブリン」であるとも書かれているが、その名前を直訳すると「いい奴のロビン」といった意味になる。しかしロビン・グッドフェローは陽気でおしゃべりだが、悪戯好きでよく人を困らせるので、単純な「いい奴」ではない。「ホブ」の由来である「ロビン」とはロビン・グッドフェローのことではないか、という説もあるが確証はないようだ。
「パック」はまた「グッドフェローズ」または「ホブゴブリン」と呼ばれることがあり、そして「ホブ」は「ロブ」または「ロビン」と呼ばれることがあります。これは「ロビン・グッドフェロー」というキャラクターの名前にまでさかのぼります。名前の「ロビン」は中英語に起源を持ち、古フランス語の「Robin」から派生しており、「Robert」という名前の愛称です。それは妖精を表現する際の「グッドフォーク」と同様に、妖精たちが悪戯好きでありながらおだてられやすい性格であることを利用しようとする、ある種の願望的思考と懐柔の試みを反映していました。
ともあれ、「ホブ」「ゴブリン」「ブラウニー」「パック」「ロビン・グッドフェロー」などは、もとは別々の存在だったのかもしれないが、それぞれ共通する性質を持っていて、次第に同一視されるようになっていった、ということではあるらしい。
日本のインターネットでは、しばしば「ホブとは善良という意味である」あるいは「ホブとは田舎という意味である」といった言説が見られるが、せいぜい「ホブというありふれた名前は田舎っぽい感じ・朴訥として善良なイメージを想起させる」というくらいのことであろう。「神秘的なものにありふれた名前をつけることで〜〜」というあたりの話を拡大解釈したものと思われる。まあ、指輪物語以降の現代的な「ゴブリン」のイメージからすれば、悪戯で済ませてくれる妖精は確かに「善良」と言えるかもしれないが。
ついでに、「ホブは古英語で大きいという意味」とか逆に「小さいという意味」といった言説もあるが、「Hob」の語源を確かめてみてもそのような事実はなさそうだ。
小池百合子知事が麻布十番駅を核シェルターにするとぶち上げて話題になっているが、
https://b.hatena.ne.jp/entry/s/news.yahoo.co.jp/articles/20979db65c4b2665d53884ea0247aa2eac51db19
実は都営地下鉄大江戸線の麻布十番駅は防災拠点として整備されていて、地下に巨大空間があるのだ。
地下鉄の線路は地下6階にあるのだが、駅コンコースは地下4階となっている。その上の空間が備蓄倉庫となっている。
更に鳥居坂のシンガポール大使館下に地下駐車場の入口があるのだが、
https://maps.app.goo.gl/T7BFm9ohKUEZT68J7
この下と道路の下が駐車場で、その下がまるまる防災倉庫+コンコースとして伽藍と開いているのだ。
大江戸線は2000年に開通したが、90年代の麻布十番は延々と工事中で、しかも巨大な縦穴を掘っているのが見て取れた。それは地下鉄だけじゃなくて備蓄倉庫の躯体も作っていたからなのだね。
土木に興味がある人なら、都市トンネルの作り方には上から掘り下げる開削工法と、地下を横に掘り進むシールド工法があるというのは知っている事と思う。
シールドというのは盾の事で、丸盾型の隔壁を全面に置いて開口部から工夫がショベルやツルハシで土を掘ってトロッコで後ろに残土(ズリ)を送る。シールドが前進すると同時に丸いトンネル形状を支える支保工を建てて、そこにコンクリートを流して丸いトンネルにする。トンネル掘削面を切羽というが、都市の地下だと切羽が崩れてくるのを防ぐ為にこういう風にした。150年前のロンドン地下鉄から使われている枯れた技術だ。
このシールド工法、今ではもっと進化して、シールドマシンという機械が自動で掘り進むようになっている。掘ったそばから円形トンネルの外壁を分割したセグメントを組み立てて行く。
http://www.yesemk.com/eng/business/tbm_small.html
が展示されていて、いかにもごつそうなドリルが付いているが、そういうのは山岳用である。
沖積平野地下で威力を発揮するのは実は泥水なのだ。泥水を吹き付けて土を崩し、そろばんみたいなカッターでグリグリやって出てきた残土は泥として後方に送る。
それには泥と水の分離機が必要になる。地下鉄工事や下水管(雨水管)工事の現場でこういうデカいタンクが置かれているのを見た事が無いだろうか?
https://www.futamoto.com/product/ftu-d/
これは泥と水の分離機で、丸い形状の場合もある。セットルタンクともいう。上に機械が載っている事も多いが、それは脱水機で、振動、或いは遠心力で泥から水を分離して、それをダンプに載せて残土として捨てに行く。
建築現場でも見る事が多い。これは杭基礎工事で潤滑剤として水を使い、杭打機の中の土の掻き出しにやはり泥水吸引を使うので、その泥を水と土に分離して捨てる為だ。
一方、シールド工事ではその残土、排水分離の他に泥を作るという役割があるってわけ。
水じゃなくて泥水である理由は、まずは比重の重さによる破壊力の増加。鉄砲水では橋や堤防は壊れなくても、土石流だと破壊されてしまう。これは泥水の方が比重が重いからだ。
また流動性が水より低い。この為に余計な場所に流れて行ったりしにくい。
また比重の高さにより、切羽が安定する。水だと掘ったそばから土は崩壊しようとするが、泥だと高圧状態が保てるので崩れにくい。
そして泥と別に水も送り、出てきた残土の泥を薄めて流動性を上げて後方の分離機に送るのである。
この為に残土のトロッコやベルコンベアも必要なくてホース数本だけでいい。人員も減るし労災も起こりにくい。
しかもこういう仕組みだとシールドマシンが小型化出来る。人が入れないような径のトンネルを掘る事も出来る。何しろホースと泥水分離機だけでいいのだから。
そういう訳で異常気象で多発してきた排水氾濫に対して雨水幹線を整備するのにも大活躍だ。下水管なら各戸の管を接続する為に露天掘りしか出来ないが、雨水管なら必要ないので小型シールドマシンが使えるのだ。
ってことで、シールドマシン下発進拠点であり工事の要である泥水分離機を稼働させ、残土を搬出する場所が必要なので大きな縦穴を掘る必要がある。この縦穴は最後にただ埋めてしまうと勿体ない。なので駅になる場所がシールド基地となる事が多い。
因みに雨水管シールド工事での基地の役割にはもう一つあって、それは「シールドマシンを押す事」だ。シールドマシンには推進力が無いので基地から油圧で押してやるのである。
で、トンネルが出来たらその上に駅コンコースの躯体を鉄筋コンクリートで作る。それが終わったら土で埋め戻して完成だ。
この辺の構造はみなとみらい線の元町中華街駅とかが判り易いかも。露天掘りで出来た駅コンコースからエスカレータを降りると、丸いトンネルの天辺に出る。この二つは別構造で作り方も別だったのだ。
都営麻布十番駅は地下6階で、コンコースは地下4階、その上はただ埋め戻しすると無駄だ。なので有効活用する為に備蓄倉庫とされる事になった。更にホーム自体は交差点からエネオスのガソスタのあたりまでなのだが鳥居坂の方まで延長されて地下駐車場と備蓄倉庫などになった。確か鳥居坂の方は地下鉄が開通しても工事が続いていた覚えがある。
また、石原都知事は地下鉄開業後に自衛隊部隊を市谷から大江戸線乗車で麻布十番に移動させる訓練を行った。自衛隊を指揮したい、六本木から市谷へ防衛省が移転したのでデモンストレーションしたいという動機もあったろうが、都営の防災倉庫落成のデモの意味もあったのだ。
このように元々防災備蓄倉庫として整備されていたものを核シェルター化するというのが今回の肝なのだが、どうもその辺の背景知識が参照されていないように思える。
更に小池知事はワンフレーズ政治家なもんで、ちゃんと継続して計画策定するのかっていうのが疑問なのだ。山手線2階建はどうなった?
就任当初に小池知事は廃校となった都立市ヶ谷商業高等学校跡地を韓国人学校に転用する取決めを反故にした。これは韓国人学校化を約した舛添前都知事の独断の疑いがある事の他に、当時議席もない右翼政治ゴロのような人物を秘書としていて音喜多ら都民ファ議員をパシリにしていて、その影響もあると思われる。
だがその言い訳がヤバかった。保育園にすると言ったのだ。当時「保育園落ちたの私だ」などで保育園待機児童問題が炎上しており、それに乗っかったのだが、こういう時は実地を見てみないとポジショントークになってしまう。
市ヶ谷商業高は新宿区矢来町にあり牛込柳町駅が最寄り駅だ。しかも結構な狭隘路の中にある。学校としての敷地はかなり小さい。だが保育園としては過大な建物だ。
車での送迎は狭隘路の為に不可能だ。また保育園というのは電車で通うものではない。電車で送迎した場合、坂の下にある柳町駅から急坂を登らねばならない。
都市計画法と建築基準法に用途地域というのがあり、地区ごとに建てられる建物の種類が決まっている。例えば商業地域には木造家屋は建てられず、住宅地に工場は建てられない。また工業地域には学校を建ててはならない。これは住環境や教育を保護するための規制だ。
だが保育園にはなんの規制も無いのだ。これは環境がどうこうよりも、保育園は働く人の為の施設でありオフィス労働者、工場労働者が居たら自動的に必須となるのである。
こういう属性を持つので、保育園は遠方に通うものではない。住居か職場に近い場所に開設されるものだ。
矢来町は大きなオフィス街ではない。だから大きな保育園が必要な場所ではない。
ならば住居の方はどうか?この周辺は人口空洞化が進む地域だ。因みに増田の母校はここから徒歩30分くらいの場所にあったが生徒数現象で廃校されてしまった。
故にここに保育園というのはナンセンスなのだ。だがこの時は「場所的にナンセンス」と強く否定されなかった。
その後市ヶ谷商跡地はずっと遊休施設になり、最近に老人施設に一部転用という形になっている。保育園転用の可能性は検討さえされていない。
こういう感じの人なんで、核シェルター化は本気で継続する事業なのか?というのが非常に疑問なのだ。
更に現知事の問題はその問題性を感じさせない天賦のポピュリスト性にあって、市ヶ谷商高保育園転用の時もマスコミに半畳を入れられなかったし、今回も同様だ。なんか、テキトウ言っても通ってしまうという言論空間にいる。長期停電したら水没しますが、ガスタービン発電とその燃料備蓄はどのくらい?と言った具体性に繋がらないで、北朝鮮の核があるから、で通ってしまい、何も事業が進んでないまま皆忘れるというパターンに入ってるような気がしてならない。
コロナ初期のように「三密」「移動制限」みたいに全体の流れを言葉で決定付けるのは非常に高パフォーマンスを出すのだが、その後が続かない。ママチャリにクラリオンの高額なアンプ、スピーカー積んで街宣みたいな感じになるのがいつものパターンというか。
大江戸線清澄白河駅も麻布十番と同じくコンコース上の空間が防災倉庫になっている。だから清澄白河駅でも同じ核シェルター化が可能だ。ここの場合はホームが地下2階、コンコースが地下1階と深さが無いが、その代わりに隣接する清澄庭園にはみ出す形で地下構造物が築造されている(はず。見てない)。
あと、東京都の防災倉庫に指定されていないが、新宿中央公園地下も広い空間が広がっていてシェルター化出来そうである。中央公園の新宿方広場は昔階段や噴水が組み合わされた広場だったが、地下鉄大江戸線工事で巨大工事基地となっていた。
その後広場に何も置かない、噴水も置かないというのは何かの躯体が埋まっていると考えられるのだ。
だからこの二つでも核シェルター化は可能な筈だが、何分にも知事が何処まで本気なのか放言なのか判らないので…
江戸時代の古川改修工事で工区を区切り、○○N番、と書かれて居たのが由来。麻布は十番だったので麻布十番と。これは有名だね。因みに昭和初めまで森本町、山本町、永坂町という感じで麻布十番という地名は無かった。町の合併地名整理で古い呼び方を復活させたのだ。
エネオスのスタンドの斜向かいにマンシーズトウキョウというレストランがあるが、実はここがバブルなディスコのマハラジャ東京の跡地。因みに増田も行った事がある。んでその近くのファミマの隣のPCデポの隣がマハラジャWESTでここも増田は行ったこt
一の橋の交差点の五反田寄りに団地があってその裏の古川べりに広尾公園があるのだ。
これは、江戸時代の古川の改修工事の後にできた、川べりの土地を開墾して田んぼにして、そこを全部広尾と名付けたためだ。つまり、一の橋からずーっと遡り、広尾の天現寺橋までの両岸が広尾。また天現寺橋から北の方に今の外苑西通りに沿って笄川(こうがいがわ)というのが流れてて、その両岸も広尾だった。地名として無茶なのだが、どうもこれは広尾の人らが開拓に駆り出されたかららしい。
後にややこしいので川沿い広尾は近傍の地名に合体させられたのだが、一の橋付近だけはその地名変更前に公園名が付けられて残ったというわけ。
六本木交差点のアマンド横に坂道があり麻布十番まで繋がっているが、元はこの道は都電の線路だった。廃止されて道路になったもの。
で、ここを都電が走っていたので、その代替都バスもここを走る事になった。なので右折禁止の六本木交差点の真ん中で都バスが右折待ちしているのが見られた。路線は新宿駅東口~東京タワー。
で、都バスは昭和40年(1965年)に車掌乗務から、ワンマン均一料金に転換したんだが、車掌については本人の希望にした。それで殆どの車掌は退職するか配置転換されたのだが、十数人くらいは継続勤務を希望した。因みに狭隘路線などでは今でも補助的に車掌が乗務する路線はある。
この人達が最後まで残っていたのが新宿~東京タワー系統で、1990年近くまで居たそうである。
因みにこの路線は整理されて今では残っていない。
鳥居坂は急坂の下の方を大通りが通り、そこだけ水平なのでサンフランシスコのような光景になっている。なので勢いがありすぎるとジャンプする。というかした。バイクで急いで通ろうとしたらジャンプして転倒しそうになった。減速を心がけたい。
元麻布に登る坂の下にパティオ十番という広場があり、多分これは南部イタリアの街を模して作ったものだろうが、よくフリマが開かれている。麻布十番という下町+オサレな地域に相応しい出品が多くて雰囲気も良いし面白い。
都電廃止後に陸の孤島と化していた麻布十番に南北線と大江戸線が相次いで開通することが決定すると、沿道には「悲願達成!麻布十番に鉄道開通!」という横断幕が方々に掲げられ、まるで冬は雪に閉ざされ交通途絶される雪国のようで苦笑した事がある。
先ほどの飛地みたいな広尾公園から古川を渡ると、三田一丁目というかなり強烈な下町がある。この辺の人も麻布十番居住と言っているはずだから、麻布十番に一番安く住むには三田一丁目に住むのが一番と思われる。風呂が無い家も多いが、実は麻布十番には銭湯が残っているのである。しかもここは温泉が出ている。泉質は南関東ガス田の上なので黒湯である。
六本木のロアビルから曲がり鳥居坂に向かうと、周囲は東洋英和や古い教会などが立ち並ぶ雰囲気の良い地帯である。
ところがこの広大な一帯には再開発が掛かっている。なのでロアビルも廃業して廃墟となっている。ロアビルから鳥居坂まで全てである。
実はこの一帯はロアビルも含めて川崎財閥という財閥の所有地であった。GHQの財閥解体で解散させられたが六本木の不動産はそのまま所有し学校などへ売却されたり共同運営(ロアビル)されるなど管理されていたがその全部を再開発する事になった。デペロッパは当然森ビルである。港区にいる限り森ビルのブルドーザーから逃れられる者は居ないのである。核シェルターもいずれ森ビルのブルドーザーが…。
デンマークといえば、みんな大好き「(植民地とかではない)メインの領土が大陸にあるのに首都が島にある」2か国のうちの1つだけど(もう1つは赤道ギニア)、確かに「現在の」地図を見れば、首都コペンハーゲンはずいぶんと端っこにあるように見える。だが、コペンハーゲンはもともと国土の中心にあった。現在のスウェーデン南部スコーネ地方はもともとデンマーク領だったが、17世紀に戦争でスウェーデンに奪われたのだ。つまりコペンハーゲンは、ユラン半島とスカンジナビア半島南端部というメインの2つの領土をつなぐ、ちょうど真ん中の位置にあったことになる。仮に東北地方がソ連に奪われていたら、東京はずいぶん国土の端っこにあるように見えるのではないだろうか。
言うまでもないだろう。仮に将来南北統一が実現したら、ソウルは統一コリアのど真ん中に位置することになる。
これも言うまでもない。独立当時のアメリカは東部の13州しかなかった。13州のうちの北部と南部のあいだの妥協案として南部に新しい首都が作られたが、地図を見ると、まあ、「真ん中よりちょっと南」の立地と評価できるのではなかろうか。
ソフィアはずいぶんと国土の西側に偏っているが、本来はそこが国土の中心になるはずだった。20世紀の初頭、オスマン帝国領バルカンに残されたマケドニア地方を周辺の3カ国が虎視眈々と狙っていた。セルビア語とブルガリア語の中間のような言葉を話すその地の住民を、セルビアはセルビア人と呼び、ブルガリアはブルガリア人と見做し、ギリシャはスラブ化したギリシャ人の裔であると主張した。二度のバルカン戦争を経て、その地方は主にセルビアとギリシャの間で分割される(このオスマン領マケドニアのうち、セルビア領になった部分が現在の北マケドニア共和国)。……そう、ブルガリアはマケドニアという果実を得られなかったのだ。仮に幻の「大ブルガリア」が実現していれば、ソフィアは「大ブルガリア」の中心部に位置することになっていただろう。
オーストラリアはもともと1つの国だったわけではなく、オーストラリア大陸に作られたいくつもの植民地が寄り集まって独立した国だ。独立するときに二大都市のシドニーとメルボルンのどっちを首都にするかでモメたので、その2都市の間に新しい首都を建設することにした。つまり、国土の中心ではないが、二大都市の中間に首都があるということだ。まあ、オーストラリアの文字通りの中心、人住めなさそうだもんね……
交通に便利なパナマ地峡に街(パナマシティ)が作られる→交通に便利すぎて街のそばに運河が作られる→アメ公が大西洋と太平洋をつなぐ運河の支配権を欲しがる→運河地帯の住民による独立運動を煽ってコロンビアから独立させる、という経緯で作られたのがパナマ共和国。つまり首都のまわりが国土になるように切り取られた国なので、国土の真ん中に首都があるのは当たり前なのだ。
ブラチスラバは国土の端っこにあり、立地的にはほぼウィーンである。スロバキアというのは、元々「ハンガリー王国北部でスラブ系言語を話す人たちが集住しているところ」に過ぎず、伝統的な行政区画を持っていなかった(これは「オーストリア側でスラブ語話者がいっぱい住んでるところ」に過ぎなかったスロベニアと同じ。この2つの国名が似ているのは偶然ではなく、両方とも「クロアチア」みたいに伝統的な地域名を持っていなかったので、それぞれが「スラブ人の土地」と名乗った結果なのだ)。それが第一次世界大戦のドサマギでハンガリーから分離したわけだが、当然「どっからどこまでがスロバキアか」という合意があるわけではなかったので、チェコスロバキアとハンガリーによる実力での分捕り合戦になった。その中で、「大都市(当社比)だし交通の要衝だから、スラブ人率は低いけど占領しとこうぜ!」となって占領されたのがポジョニ、のちのブラチスラバである。ブラチスラバはあまりに「国際色」が強すぎたので(20世紀初頭の時点で人口の4割がドイツ語話者、4割がハンガリー語話者)、国土の中心にあってスロバキア民族運動の拠点でもあったマルティンにスロバキアの首都を遷そうぜ! という議論が戦間期に行われたのだけれど、結局ブラチスラバが首都として維持された(ところで日本語版ウィキペディア、マルティンの記事名が「マルチン」になってるな。確かにスロバキア語ではtiと綴ると「チ」と読むけど、Martinみたいな外来語の場合は「ティ」の音が維持されるんだよ!)。
島国といっても、メインの島が1つなのか、複数なのかでだいぶ違ってくる。というのは、小さな島がたくさんある国だと、まずもって「国土の中心かどうか」というよりも「島のデカさ」で首都が決まることがありえるからだ。そりゃ、真ん中にある小島よりも、端っこにある大きな島に首都置きたいよね……典型的にはトンガとかがそうで、南端にあるトンガタプ島のヌクアロファに首都が置かれている。あるいは、「大きな島+小さな島」の組み合わせでできている国は、たいてい大きな島の方に首都がある。バレッタ(マルタ)とか、バセテール(セントクリストファー・ネイビス)とか、セントジョンズ(アンティグア・バーブーダ)とか、ポートオブスペイン(トリニダード・トバゴ)とか……(元増田が挙げてるニュージーランドは例外)
では、メインの島が1つしかない国はどうだろう? これなら「国土の中心」も定義しやすい……あれ、意外と首都の位置偏ってんな。元増田が挙げてるアンタナナリブ(マダガスカル。ちなみにマダガスカル語ではoと綴ってuと読むので「アンタナナリボ」は間違い)は確かに真ん中ら辺にあるし、ダブリン(アイルランド)やダグラス(マン島)やディリ(東ティモール)やアロフィ(ニウエ)やポートルイス(モーリシャス)やスリジャヤワルダナプラコッテ(スリランカ)もギリギリ真ん中辺りと言えるかもしれないけど、台北(台湾)もハバナ(キューバ)もキングストン(ジャマイカ)もレイキャビーク(アイスランド)もマナーマ(バーレーン)もヌーク(グリーンランド)もヤレン(ナウル)も島の端っこの方にあるな……首里、沖縄本島の中心都市として見ると南すぎるけど、奄美~先島までの琉球王国の首都として考えると割と中心に近くて草。
首都の立地はよくよく考えますよね。ここは盆地で長らく中央集権国家だったから真ん中に首都があるやろとか、端っこの部族が全土を統一したから首都は端っこにあるんだよとか、東部は原生林が多いから人口の多い都市は西部に偏ってるんだよとか、港町を中心に発展したんだよとか、そういうことを地図描きながら妄想するだけですごい楽しい……だから元の「首都が国土の中央部にないのはおかしい」っていうツッコミは全然理解できないっていうか、変な形の国作って変な場所に首都置くのが楽しいんやんけ、となってしまうよね……
山間部の孤立地帯って常識的に考えると地震による土砂崩れ等で孤立してるわけで、余震の続く中で救助活動するのって二次災害に繋がりやすい相当なリスクだよね。もちろんある程度のリスク管理はされてるだろうけど、普通に建設工事してても毎年数百人の単位で人が死んでるのにこの非常時だとそれも限定的だよね。
当事者の爺婆にそこまで考えろとは言わないけど、爺婆のお気持ちに寄り添うためのコストを真の意味で負担させられているのは誰で、気軽にお気持ちに寄り添えと主張することが政本当に治的に正しいのかは考えた方がいいよね。あ、それとも自衛隊が嫌いな方々でしたか、それなら余計なお世話でしたね。
青はしばしば罪人の利用を意味する。
文春砲を被った松本は日生学園卒業だそうだが、高島屋下請工場は一般企業、歌舞伎の猿之助は伝統業界の人物、医者が殺人を「委託され」てした、法律無視で無実の敵を勾留中死亡させた司法職員、逃げ果せているのが多い(裏金自民の政治ぶり)。
一方、ケーキ崩れ事件は障害者雇用施設スワンベーカリーにはとんだとばっちり。
ところでリン酸塩はカルシウムの吸収を阻害するが、だからといってビタミンDサプリを取ると内臓蓄積のリスクがある。