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はてなキーワード: 台詞とは

2017-02-25

晩婚化を認識できないオッサン

いやオバサンもだけど。

「その年齢で結婚できないとは人格破綻していて云々」とか

罵倒の限りを20代前半にしてるオッサンって相当アレなんだが。



一昔前と違って結婚年齢は平均して遅くなりつつあるって現実認識しろよと。

24過ぎたら売れ残りかいまだに言ってるんですかねえ??

つーか、まだ学生の年齢の人にいってる人とか学生結婚なんて今の時代しろ早すぎると叩かれかねないってのがわかってないのだろうかと。

しろ家庭を持つにはまだ半人前のくせに結婚を急ぎすぎるような若造のほうが、人格問題があるとみなされかねない時代なんだよ、今は。

流石に高校生に向かって上記の台詞を吐く人ってもう相手高校生だと認識できてないとみなさざるをえないんだけど、

実際昔はそんなに普通に高校生結婚してたものなの?つーか、そもそも男は18からしか結婚できないんだが。

もしかして、男は全員人格破綻しているということが言いたいのだろうか。




別に結婚に限らないけど、何でもかんでも不都合を起こしてまで早くやるのが尊いみたいな思想を人に押し付けるのいい加減辞めろよと。

結構本気でのび太が嫌いだ

子供が録画を何度も見るせいで目に付くのだが、しずかちゃんは僕のお嫁さんなんだぞ!って台詞キモい

あとしずかちゃん火傷を治してあげるから服を脱いでーとか、風呂乱入とかも無理だ。

今日ドラえもんではしずかちゃん出来杉と仲が良いのに僕のお嫁さんだぞと嫉妬して、しずかちゃん結婚出来ない時のためにガールフレンドを作ろうと文通を始めて、男だと返事もらえないかもとお嬢様キャラを演じてたけど写真要求されて風呂場にしずかちゃん写真を撮らせてーと乱入して、風呂写真なんて使えないとしずかちゃんに怒りカメラを忘れて帰り、文通相手に手持ちのしずかちゃんの写真を送ったら文通相手が家に来ると言い出して…みたいな話でつくづく嫌いだなぁと思った。

2017-02-23

声優大久保瑠美さんが「氏ね」と言っていた

ラジオで「ハーレムに憧れる」といった趣旨メールに対して

パーソナリティ大久保さんが「氏ね!」「本気でしんでほしい!!」と激怒していた。

どんなに好きなアイドルでも言葉遣いが悪いと萎える。

アニメで「夢を見るのはお客さん。私たち・・・夢を見せる、それが声優!」という台詞があった。

客に媚びろなんていわないけど、イメージ大事商売なんだから

気にくわないメール採用しないようにしたり、暴言の部分はカットするなどしてイメージを壊さな努力はするべきだと思う。

2017-02-22

日本映画配給がそびえ立つクソであることを垣間見

試写に呼ばれた。配給会社の用意した試写室。呼んでくれるのはありがたい。

映画は良かった。現代人の心に沁みるよく出来た脚本と、俳優の名演、オシャレな街並みにカメラワーク舞台のような台詞回し。

でも、紹介の仕方がクソすぎてビビった。そびえ立つクソであることをまざまざと見せつけてくれた。



まず、タイトルが駄目すぎる。

なに、その変な邦題?!

iPhone日本に紹介する時に、「アルミ製の使い易いスマホ(私の電話)」なんて名前を付けるのか?!

せめてカタカナアイフォーンならまだしも!

直訳の方も意味わかんない翻訳だし!

センスがないならせめて何もしないでくれ!



マスに訴求するポイント的外れ

この映画の見どころはファッションです!大都会の街並みもカッコイイ!

だなんて紹介するのは、違うだろ!

まず大きなメッセージがあって、筋書きがあって、演技があるじゃんよ!

それを支えるための背景であり、小道具だろ!

表面しか見えてねーのか!

30秒送りで飛ばし見でもしてたのか!

F1層のための映画です、なんて紹介したら、本来見るべきワーキング層に届かないじゃん。

観客はストーリーを全く理解しない低能の集まりだと決めつけているの?

適当サクラ使って「涙が止まりませんでした」なんて言わせるつもりなの?!



宣伝イベントがクソ以下の雑談

目立ちたいだけの人がピーチクパーチク喋る。

こないだドコソコのイベントに出たんですけど~!

私は最近本を出したんですけど~!

おまえは芸能人なのか?!何の芸があるんだ?

トークイベントじゃなく宣伝だけじゃねーか!

女優の鮮やかな色の服以外に一言感想を言えねーじゃねーか!

映画に全く詳しくない人が、映画タイトル画面をバックに、写真を撮ることに何の意味があるのだろう。

映画の主軸とは関係ない表面的なことばかり雑談する会に何の意味があるのだろう。



見苦しい。

まりに見苦しい。

醜い。




せっかくの良い映画を、よってたかって台無しにして、日本に紹介するのがあんたらの仕事なの?

一生懸命考えて、映画を作った人に謝ってほしい。

2017-02-21

http://anond.hatelabo.jp/20170221003242

涙拭けw



すごいところを指して「すごーい」という台詞があるのに、それを「理由無き褒め言葉」としか読み取れない貧弱な読解力では何も読めないだろうな

かわいそうに

2017-02-19

父が拗ねた

兄が家族4人で食事に行くことを計画したらしい。

私が家を出て数ヶ月、切り詰めて暮らしているであろうから食事をおごってあげたいのと、

もうすぐ誕生日なのでそれを祝ってやりたいと企画してくれたとのこと。

父と母は、妹の誕生日が近いし今日は妹が行きたい店に行くがよろしいか最初から確認してくれていて

母は勿論快諾(というか、母は普段から基本的に私の食の好みを優先してくれるので)

父も一応、うんと言ってくれてはいた。らしい。


が、蓋を開けてみれば父は当日どうしてもワンカルビに行きたくなったらしい。

私が帰る予定の時間に到底間に合わないというのに、ワンカルビの予約が○○時にしかとれないので予約をとるか、としつこく兄に聞くので、

兄は「増田誕生日なのに、増田がいない時間から予約をとってどうする?」と返した。


非常に残念なことに、母は胃にポリープがありあまり肉を食べることができないので食べ放題だけは絶対に避けたい。

私も普段焼肉が大好きだが、今日はどうしても違うものが食べたい気分だったので、

実家に帰った瞬間父と兄に同時に「増田は何が食べたい!?」と詰め寄られワンカルビ以外の店名を答えてしまった。

一応、その店も小さい頃から家族でよく利用していて父も好きなお店なのは間違いない。

ただ、今日はどうしても焼肉の気分だったんだろう。

それに対して父は「あんな店!この時間は道が混んでて片道30分ぐらいかかるかも!」「絶対焼肉のほうがおいしいのに!!」と非難轟々だったが

兄は「今日増田の行きたい店に行く!」としれっとワンカルビスルーして私の行きたい店に行ってくれた。


道中、勿論父は一言も喋らず、店についても「なんでも良い」「食えたら何でもいい」と不機嫌全開で、

終始ぶすっとしながら食べていて、とても気まずい食事になってしまった。

1時間もしないうちに、食べ終え皆がまだ水を飲んでいるのに「明日、朝早いから早く帰るぞ」とそのまま店を出て車でタバコを吸っていた。

途中から、私は諦めて目の前の料理をとにかくおいしいおいしいと食べていたが、お金を出してくれた兄からするととても不愉快だったと思う。

兄は「もう絶対、4人で食事なんかしない。親父は誘わない」と怒っていたが、その台詞はもう成人して数年、何度も聞いたんだけどなぁ。

多分、数ヶ月後また忘れて家族4人でって言うんだろうなぁ。

もう諦めてはいるけれど、父もも還暦近いのだから、思い通りにならなくても少し我慢するということを覚えてもらえないかなと願わずにいられない。

小学生の頃、欲しかったお菓子を買ってもらえず帰りみち拗ねていた私に

「周りが不愉快になるから、ぶすっとした顔をするな!周りのことを考えろ!!」とげんこつで殴ってきた父の姿を思い出しながらこれを書いている。


元増田です。追記。

もともと、頭がよくないのと、文章書くのが下手なのと、イライラしているままに書きなぐってしまったので

すごく読みづらくなってしまって申し訳ないです…。

読み返していて何か恥ずかしくなってきました。すみません

家族構成は父、母、兄、私の4人構成であってます

あと店名の件ですが、あまり関西地方から出る機会がないもので、

まさか関西ローカルってことを知らなくて…

何じゃそれ?と混乱させてしますみません(´・ω・`)

よく「歳取ってまるくなった」とかよく言うので、

いつかマシになってくれるのかなぁ、とずっと期待していたのですが

やっぱり歳を取るごとに頑固になっていくのですね…

からとてもわがまま自分ルール押し付けがすごかったのですが

(一汁三菜の徹底、緑黄色野菜毎日、だがもやしなど色が鮮やかでない野菜野菜と認めない、などなど)

これからもっとひどくなっていくのかな…と思うと少し憂鬱です…。

2017-02-16

http://anond.hatelabo.jp/20170216103134

http://anond.hatelabo.jp/20170216103737



ああうんエフラムというキャラ理解してない人はそういう感想になるのかも。

今回のシナリオ書いた人も実際に聖魔(原作)やらずに適当にググって出てきた台詞使ったのかもな。

でもエフラムがどういうキャラなのか知ってる側からするとあの台詞をこうやって使うのはちょっとありえないかなって感想になるんだよ。

http://anond.hatelabo.jp/20170216103032

それはむしろ原作台詞を上手く使っているところなのでは…

2017-02-15

http://anond.hatelabo.jp/20170215145715

ニコニコ動画などでモバマス関係動画を作り、人気が出たところで投票を呼びかけるとか。

しんでれら・まじっくという動画で、「肇ちゃんに声がつくまで動画を作らない」宣言を作者さんがしてた。

動画以外でも、シンデレラガールズ台詞判定の人とかはツール説明に、このツールが気に入ったら投票してくれと書いてある。

はてなーならブログでそういう方面ができるといいかと。

2017-02-13

気持ちは分からなくはないが

後発の存在自分たちを追い越していく事に対して焦燥感が湧くことには理解が出来るが、正直言ってその一部の人たちの様を見ていると片腹痛い

自分たちの基盤を既に相当程度持っているというのに、余りにも考えすぎているとしか思えない。

そもそも順番だなんだ言うのなら、貴方達が言えた台詞ではなかろうとすら思う。何年も経った今だからこそ言える事だが。

誕生した時から遥かに恵まれ環境に置かれてきたではないか。こっちが四苦八苦して時間をかけてきた一方で、後継者という錦の御旗の下に急速な展開をしてきたではないか

確たる基盤が出来上がってもいない頃に誕生した、手厚い寵愛を受ける後発組を見た時の恐怖を今でも忘れていない。自分たち存在意義にすら疑念が渦巻いたあの頃を。

いかけれて追い抜かれる暇すらなかった。後からまれたのに自分たちよりも先のポジションに置かれたのだから



今まで恵まれてきた環境にあり続けたのに、今更不遇だなんだと喚く一部の人々を見ていると個人的には可笑しくて仕方がない。

http://anond.hatelabo.jp/20170202144732

元増田あんまりオススメするから読んだよ、『ソシャゲライタークオリアちゃん』。

これ、普通につまんなくて出来悪くて、普通につまんなくて出来の悪いラノベってなんなの、ということを考えるのにすごくいい素材になってしまっているように感じた。

ラノベなんてみんな同じだろw」というような声がどこからともなく(というか元増田ブコメあたりから)聞こえてくるんだけど、そんなことはない、『クオリアちゃん』はかなり出来が悪いよ、ということをしっかり言っておきたいな、と思って、エントリを起こす。

小説としての出来云々じゃない部分、ソシャゲシナリオライターとしての主人公たちの生き方については

http://hishamaru.hatenablog.com/entry/2017/02/09/003000

http://anond.hatelabo.jp/20170203190941

この批判が当たっていると思う。

とりあえず俺はクララ先輩には機を見て空売りを仕掛けていくことをオススメしたい。

さて。

漠然と出来が悪い、と言ってもわかんないと思うので、サンプルを用意する。

と言っても、ここで新城カズマとか古橋秀之とか秋山瑞人とか石川博品とか出してもそういうのは例外と流されるだけだと思うので、もっと普通っぽい奴を見繕いたいところ。

例えば、商業性があると評価された実績のある人が書いた作品、すなわち「アニメ化作家の新作」と、ラノベ業界作品を送り出す人たちが評価して世に出した「新人賞受賞作」……と考えて本屋ラノベ棚を見てたら『勇者セガレ』((アニメ化作品はたらく魔王さま!』の和ヶ原聡司の新作))というやつと『通常攻撃が全体攻撃で二回攻撃のお母さんは好きですか?』((第29回ファンタジア大賞大賞受賞作))というやつが目に入ったので、買ってきた。増田のために『クオリアちゃん』と合わせて2000円くらい課金した計算である

http://dash.shueisha.co.jp/bookDetail/index/978-4-08-631161-8

http://dengekibunko.jp/newreleases/978-4-04-892615-7/

http://fantasiataisho-sp.com/winners/mother/

作品とも試し読みがあるので読み比べてみてほしい。冒頭だけだけど、それでも出来の良さの違いが見て取れるから

一見して『勇者セガレ』のレベルがとびきり高く、『お母さん』がその次、『クオリアちゃん』は論外、と俺は思うけれど、そう思わない人もいるだろう。

説明する。

小説には、概ね、お話が付き物だ。もちろん、お話で引っ張る小説は低級、みたいな話もあるんだけど、一般的エンタメ小説(多くのライトノベル一般的エンタメ小説である)においては、そういう議論はあまり考える必要はない。一般的エンタメ小説じゃないラノベに出くわす可能はいつでもあるので頭のすみっこにはおいておいたほうがいいけれど、でも、今回の三作品は全部一般的エンタメ小説志向なので大丈夫

さて、一般的エンタメ小説にはお話がある、という話だった。

勇者セガレ』なら、父親に異世界を救った勇者過去がある、と知ってしまった少年が、異世界での魔王復活を巡る騒動に巻き込まれお話。『お母さん』なら母親と一緒にMMORPG世界ダイブして冒険しながら親子関係を見つめなおす話。『クオリアちゃん』なら平凡な男が惚れた先輩に巻き込まれる形でソシャゲシナリオライターになる話。

んで、さっき示した試し読みで、そういう話だ、とわかるまでにかかる文字数は大体どれも同じ、5ページくらいなんだけど、その最初のとっかかりまでに与えられる情報無駄のなさを見てほしい。

勇者セガレ』は単刀直入お話全体像テーマ、というやつだ)を提示し、そのテーマについての主人公の開始時点での認識提示し、そして、それが揺るがされる場面が、いい意味で突然始まる。

『お母さん』はそれに比べれば随分もたつく印象だが、それでも母親と息子の関係物語だ、ということは十分手早く、一直線に提示されている、と言っていい。

クオリアちゃん』は無駄だらけだ。同級生に平がからかわれる話とか、いらない。

そもそも主人公の平凡さに何故ここまで言葉を費やすのか。クララ先輩にソシャゲシナリオライターの道に誘われる場面から入っていい。主人公が平凡さを脱して何者かになるお話なんだからスタート地点を明示しなければいけないのでは、というのは罠だ。平凡だ、とは、平凡という特徴がある、ということではない。非凡な特徴がない、ということだ。ならば、クララソシャゲシナリオの道に誘われるまで、何らかの特徴があるかのような描かれ方をしてはいけない。この主人公、狙ってか事故でか、かなり平凡ではないキャラなのだが、それもまあ、いいのだ。普通男子高校生と言って始まった話で主人公がとんでもない過去を思い出す、すげえ設定が明らかになるなんてのはよくある話だ。語り出す位置に変な癖をつけないことで間口を広められることだけが平凡な主人公という設定の美点で、それをこなしたらあとはどんどこヘンな奴にしていっていい。逆に、ヘンな設定をあとから盛りやすくするためにも、平凡さを積極的に描くのは悪手だ。

ここには多分、ライトノベルキャラクター小説である、という誤解がある。

商業性を認められたアニメ化作家も、送り手に評価された新人賞作家も、テーマ登場人物関係性を提示するところから小説を書きだしている。主人公人物像に無駄に筆を費やしたりしていない。主人公人物像を描いてはいけない、のではない。主人公人物像は、この際テーマ関係性よりも後回しにすべきだ、という話だ。

ライトノベルキャラクター小説だと早合点していると、主人公キャラクター性を提示するのが大事だ、と思い込んで、本筋のお話よりも先に名前からかわれるエピソードを入れ込んだりしてしまうのではないか、と思う。

そうした結果、ソシャゲシナリオライターの手伝いを頼まれるという展開の驚きが盛れなくなる。驚きのない掴みは最悪だ。

そもそも、ソシャゲシナリオ仕事を手伝うことになるって普通に考えて驚くような話なのか、という問題はある。

ソシャゲシナリオ仕事の手伝いを頼まれて驚くのは、ソシャゲシナリオに関わることをまったく想定していなかった場合だ。主人公脚本科の学生なんだからゲームであれシナリオ仕事を頼まれるのは、そんなに違和感のある話ではない。先輩に手伝ってと頼まれた、なんてのは、ライターデビュー王道と言ってもいい。

どうすればソシャゲシナリオライターデビューで驚きを演出できるのか。主人公ソシャゲを嫌いだ、という設定にしたらどうだろう……と王我は作者にささやいてはくれなかったのだろうか。

これも、関係性やテーマを後回しにしたことで生じた問題だ。ソシャゲ主人公関係をちゃんと設定していないから、こうなる。

ソシャゲマニア制作現場に関わることで現実を知る、でもよし、ソシャゲ嫌いが制作現場に関わることでソシャゲを認められるようになる、でもいい。ソシャゲどころか物書きとさえ無関係主人公なら(脚本科に在籍し、名作の名台詞を書きぬいてノートを作っている主人公はどう考えても無関係ではない)ソシャゲというものに触れる、というだけでも驚きがあるだろう。

半端にクリエイター志望でソシャゲ特に何も思うところがない主人公、というのは、掴みのインパクトを出すには最悪だ。

テーマ関係性、お話というあたりにあまり気を回さず、四姉弟の設定とかでインパクトを出そうとしている((『涼宮ハルヒの憂鬱』の構造をいただいているつもりなのかなって思いついて、ちょっと戦慄した。あれはハルヒについての話をあの三人がしてくれる構造であって、異能者が三人ただ自分異能を見せてくれるという構造ではないのだ。))んだけれど、そりゃ読者にも驚く理由がないよね、としか言いようがない。『ハルヒ』は、読者と視点を共有しているキョンハルヒ普通少女だと信じる理由があって、だからこそ、超常的な存在なのだ、と語る長門たちの言葉に驚かされることができる。本作では、クララタイムリープしない、オーガが異世界転移しないと信じる理由がどこにもない。だから、平がどれだけ驚いても読者は( ´_ゝ`)フーンとしか思わない。

あとがきラノベ200作品勉強した、って書いてあって、それは感心なんだけれど、でも、勉強する方向を間違えてはいなかったか、そこは疑問。

ライトノベルキャラクター小説だ、とか、男オタク向け作品関係萌えじゃなくて属性萌えだとか、そういう俗説を真に受けて、バイアスをかけた勉強をしてしまったんじゃないだろうか。

結果、普通につまんなくて出来の悪いラノベになってしまったんじゃないだろうか。

 

なお、ソシャゲ周りの設定について付言しておけば、作中作初恋メモリーズ』のシステムは、『プリンセスコネクト』に似ている、らしい。まあ伝聞なので確言はできないんだけど、だとすれば、元増田が言うほどソシャゲとは違うものの話をしているわけではない。とはいえ、『チェインクロニクル』のライターが書いた本で『プリンセスコネクト』の創作秘話を読まされることをみんなが望んでいたかどうかは不明だけれども。

フルタチさん

なんであんなに人を見下したことばかり話しているんだろう

炎上視聴率稼ぎ?

本人は皮肉の効いたいかした台詞だとおもってるの?

2017-02-12

けものフレンズ台詞煽りとしての汎用性がなければこんなに流行らなかったんだろうなって

アニメで見る必要がないアニメが多すぎる

流行りのキャラクター造形

流行りの声

設定と人間関係提示する以上のことをしない定型台詞

そんなののために24分間映像を見続けるのはつらすぎる

そら早回しで視聴するのが最適解にもなります

アニメっていうメディアしか提示できない情報ひとつもないもん

いくら一枚絵が綺麗でも、数カットだけ動きのヤバいアニメーションがあっても、そんなん切り取って愛でた方がコスパがいいじゃん

キャプ画シェアとか、作画MADとかで充分になっちゃうじゃん

それにいくら複雑な物語を用意したところでさ、「お前を愛していたが裏切られた。許さん!」みたいなさ、そんなレベルで行動を言葉説明しておしまいってのばっかりだったらなんの情緒もない

そんなん二次創作妄想で遊びたい人たちに材料提供してるだけじゃん

こんな設定つくったからあとは遊んでねって言ってるだけにしか見えないよ

24分間画面に張り付いて、素晴らしい時間を過ごしたなあと思えるものができないんならほんとに技術無駄遣いでしかないと思うんよね

http://anond.hatelabo.jp/20170212085225

少年向けならともかく、中高生向けなら台詞だけならレーティングとしては問題ないと思うが。

つかヤられていたら救出のモチベーションが低下する、ってのが既に処女厨の発想

2017-02-10

けものフレンズブームがいつ終わるか予測しようぜ

2月末頃にはほとんど記事が上がらなくなり

台詞を使うやつもいなくなる

3月アニメ終盤でちょろっと話題になり

最終回後にいくつか感想記事が上がり

四月からアニメが始まったら忘れられる

消費完了

2017-02-08

ポジティブに彩られたけもフレの台詞

ネット民にかかれば皮肉揶揄の道具に成り果てるか

2017-02-06

舞台「孤島の鬼」2017版を観劇して

※私の答えが見つかったので、現在最終解答を書いています

ですが、この初見感想も非常に重要でしたので、是非お目通しいただいて推理の参考になさってください。



※表に出した最新考察と印象はこちら。初見感想の次にでもどうぞ

http://anond.hatelabo.jp/20170209222825

http://anond.hatelabo.jp/20170212024356



夜明けて昨日の話。

推しの握手会が思いの外さっくり終わり、通りすがりのご夫婦に推し布教も楽しくできて、気力と時間が余ったので当日券でレッドシアター行ってきた。



とても面白かったのだけど、なんかこうすごくもやっとする原因を掴みたくて、江戸川乱歩原作の方の感想を漁り、こちらのブログに辿り着いた。

http://edogawamy.hatenablog.com/entry/2015/12/05/160636

こちらを拝読してめっちゃスッキリしたので、スッキリしたこと前提に感想を書く。

ネタバレしまくるし、恐らく原作既読でも舞台観劇の方は先に舞台観た方が絶対面白いだろうから観劇予定のある方は読まないでくださいね



まず私がもやっとしたのが、「『私』が鬼のように見えすぎやしないか?」ということ。

こーゆー考察甲斐のあるタイトルや、善悪、美醜、世間自分の解離みたいなモチーフが出てくる作品だと、どうしても「果たして鬼とはなんだったのか?」と邪推してしまう。

そこでまず強烈に思い浮かぶのが主人公であるはずの『私』。

『私』役・佐藤永典さんのお人形のような美貌と、書いて字のごとく鬼気迫るお芝居、そして聞き慣れない失われた昔の日本言葉は、あまりにも『我々観客と同じ存在である共感し難い。

そもそも、主人公目線で語られる物語は、主人公感情移入させて物語に没入させることが狙いのひとつだろうに、全然『私』=箕浦感情移入できない。

ネタバレにならないことを祈って例を挙げると、演劇で観たことがあるミステリーだと『罠』『スリル・ミー』などが思い出される。)

これは『私』が作品の『語り部』であるため、強制的に観客が『聞き手』の役割を担ってしまうからでもあるかもしれないけど……

それにしたって、締めの内容からしても物語の本題が「『私』と諸戸道雄」の関係に集中してしまってならず、

そうすると、田中涼星さん演じる諸戸の執着心のおぞましさに沿ぐわない清廉でどこか儚げな美しさが、彼の一途な愛を健気で尊いものに感じさせてきて、その愛情を受け入れない『私』が何か恐ろしいもののように思わざるをえなかった。

でも、それっておかしくね?って思って。

ホモフォビアを受けることへの同情というか、同性愛差別への嫌悪感も逆手に取られているような気がする。「理由はどうあれ女の子は泣かせちゃいけない」みたいな、ずるい構図が仕組まれているように感じる。

自分が恋をしてフラれた時のこと・恋されてフッた時のことを参照すると、

いくら思わせ振りだったとしても応えてくれない相手の方が悪者だなんて絶対に思えないし、

どんなに周りから薦められてもどうにも受け入れられない相手はマジほんと無理。

目線だって絶対許せない地雷カップリングというもの実在する。

から「諸戸の愛を受け入れない『私』は鬼」であるとは、理性的には到底思えない。

でもじゃあどうして「『私』が鬼」だと感じるような作品に仕上げてしまったのか?

これが冒頭に書いた「『私』が鬼のように見えすぎやしないか?」というもやもやの詳細。

この感情原作に対して正当なのか? 舞台版という二次創作であるが故の解釈押し付けなのか?

という部分が気になって、ググって辿り着いたのが先ほどのブログ

http://edogawamy.hatenablog.com/entry/2015/12/05/160636

Wikipediaに書いてあった、「陰獣」みたいな新作をとリクエストされて執筆されたのが「孤島の鬼」らしいというエピソードから勝手妄想して、

江戸川乱歩=諸戸目線で「創作された箕浦」が『私』なのではと解釈し、舞台版にめちゃくちゃスッキリできた。

諸戸道雄の死で物語が終わるのもさもありなん。

観客は真の主人公である江戸川乱歩(諸戸)に感情移入させられて、「諸戸の愛を受け入れない『私』は鬼」だと錯覚してしまうのではと。

田中涼星さんの白木蓮みたいな美しく一切の嫌悪感を感じさせない諸戸は、きっと江戸川乱歩ブロマンス結晶として大正解

対する『私』がエゴイスティックに語れば語るほど、それは作者(江戸川乱歩であり諸戸)の恋の哀しみの深さ、恋情の深さを伝えてくる。

女性に執心する姿がなんか気持ち悪く見える・描かれるのも作者による悋気からだろうし、諸戸に対して残酷過ぎる描写は傷付いた作者本人が語らせてるからだろう。

『私』が歪であればあるほど、「箕浦にもどこか諸戸(作者)を愛する部分があってくれ」といった願いの叫びに聞こえる。

(観ていると「箕浦も実は諸戸を愛していたのではないか」という容疑が浮かんでならないのだけど、『白髪になってしまうほどの生理的な恐怖・嫌悪』という動かぬ証拠は、容疑を否定してならず、この辻褄の合わないミステリーももやもやの一つだった。)

メタ推理として「陰獣」を出したのも、江戸川乱歩自身による己の殺害物語カタルシスにあるように感じられたから。自身を不幸の中で殺すことで、遺された人間へ爪痕を残すという側面も含めてね。

(愛を願いフィクションを書き綴るのに成就させず永遠片想いとして殺す……って、個人的めっちゃ萌える。)

作者による「ぼくが考えた最高に美しく残酷箕浦永遠に愛してる)」ってやつ。考えたというか、「恋愛疑心暗鬼の中で見えていた箕浦」。

しかしそれが本当に『箕浦』のすべてだったのか?



舞台「孤島の鬼」(2017)では、語り部の『私』と『箕浦』を別の役者さんが演じている。

私は原作未読であるため、同一人物であるはずの二人を別々の人間が演じるということが奇策なのか妥当なのかわからない。

でも、配役を知ったとき

美少年役もまだまだできそうな童顔の佐藤永典さんが30代で老人のような白髪姿になった『私』で、

佐藤さんより身長も高く年上にだって見えかねない美青年石田隼さんが20代箕浦過去の『私』」を

演じることが疑問だった。

いくら『私』は外見が変わってしまったといえど、あまりにも二人の外見が似ていないこともあってね。

「もう一人の自分」みたいな表現が出てくる演劇はいくつか観たことがあるはずだけど、原作未読とはい観劇前に違和感を持ったことはなかったように思う。(まあ大体そういった存在物語の核心中の核心に触れるので、配役表から対の存在公表されてることは少なそうだけども。)

しかし『私』を『諸戸が想い描く箕浦』とすると配役がまあしっくりくるし、『本物の箕浦』と役者を分けたことが大発明のように感じられる。

舞台上には二人の箕浦が同時に立ち、シーンによって他者とのコミュニケーション表現担当者が変わるのだけど(どっちが台詞を言うか、みたいな)、

諸戸と出会い親交を深めた学生時代箕浦はずっと『私』(佐藤さん)が表現し、

諸戸と別離大人になり恋人の初代との出会いから箕浦石田さん)は登場する。

石田隼さん演じる箕浦は、佐藤さんの『私』と同一人物のはずなのに、鬼なんて印象もなく何故か善良な青年に感じられていたのだけど、『私』の方が諸戸(江戸川乱歩)の色眼鏡認識された箕浦なんだと思えばこの対比はすごくいい。

 

「『私』は諸戸目線で見えていた認知の歪んだ箕浦であるため、『私』の歪さから箕浦も実は諸戸を愛していたのではないか」という容疑を持ってしまうが、

事実として『箕浦』は諸戸に迫られることに身体変調するほどの生理的な恐怖・拒絶を示している。

(皆さんは自分の体が深層心理拒絶反応で意のままに動かせなくなったことがあるだろうか。私はある。手から全身が痙攣してゆき、これしきのことで動じるな止まれ意識しても震えがまったく止まらない。だから私は生理的な拒絶は動かぬ心の証拠だと考えている。)

箕浦』は諸戸の性愛を受け入れることはできなかった。

しか性的に愛されないことが、『愛されていない』ということなのだろうか?

必死に求めるあまり諸戸からは見えなくなっただけで、性愛ではないけれども某かの情が、性愛にも決して劣らない尊い愛が『箕浦』にもあったのではないか

そういった諸戸の盲点が、諸戸が『私』と会話し夢中になっている時の『本物の箕浦』(石田さん)にあったのではないかと、舞台演劇となり二人の箕浦が居ることで私は考え至った。



物語としての「孤島の鬼」の作者は諸戸(江戸川乱歩)だという解釈は私が勝手にしてるだけなので、舞台版が諸々の采配をこの解釈で行ったかはわからないけど、改めて『私』と『箕浦』の登場場面の違いを確認しながら観劇したら面白そうだなぁ!

より妥当なところの分裂理由として「箕浦二面性」はあるだろうし、じゃあそれぞれの境界線舞台版ではどこだと考えられているか読み解くのも面白い

作中に登場する双生児は境目が見えたけど、二人の役者に分けられた一人の人物のメスは何処に入ったのか。

うろ覚えだけど、諸戸の告白以降は『私』が箕浦として生きているから、舞台では箕浦と諸戸は一緒に天国に行けたのだ、な~んて解釈ハッピーだよね。

(どちらかというと、諸戸が悋気を持たなければ、欲を出さなければ、あるいは悪い男になれていたら、箕浦と一緒に天国に行けたかもしれないのに諸戸が鬼の箕浦を生み出してしまった…って自己破滅エンドの方が私は好きかな。まさに疑心暗鬼を生んだ、的なね。)

(報われず自分に追い込まれ破滅した美しい男性テーマ舞台大好物なんです。)



延々と箕浦組について語って夜が明けてしまったけれども、他の役者さんや演出表現もとても良かった。

諸戸の父親最期に対して、主人公である箕浦』の感情が語られず『諸戸道雄』の感想セリフとして発せられたのも、諸戸の父親を演じていたのがまだ30前半と『私』に近い年齢の美しい河合龍之介さんで妖しい男の色気を放っていたのも、「諸戸の主観こそが語り部の『私』」であったとするならよりしっくりくる。

父親の変貌は、絶対他人箕浦よりも諸戸の方がショックな出来事だ。

父親越えなんてテーマもよくあるほど、子供から見た方が親はより巨大さ恐ろしさを増すし、親が壊れる様というのは「自分にも起こり得る恐怖」と「自分があれほど巨大に感じていたものとは一体何だったのかという虚無」感がぱない。私も父親経験たからわかる。

河合さんの怪演は本当に感じるものが多くあった。



舞台というもの面白いもので、同じ現実を同じ密室複数の人々と同時に別々の目線位置角度(物理的な意味で)から観測するものから

書籍映像物語を鑑賞する以上に「他者が見ていない『自分視点』」が感想を述べる際にものすごく意識される。

たとえ自分複数人居たとしたって、観劇した感想は同じにならない。

演出による印象操作完璧に同一にはできない。(それをぶち超えるクソチート暗殺者が『音楽』だと私は考え重要視しているけど、それはまた別の話)

から舞台は観るだけでも楽しいし、感想を言うのも聞くのも他メディアの何倍も楽しい



そんな訳でこれらの感想はすべて《私》の主観しかなく、原作者スタッフキャストが込めた意図真相はわかんないんですけどね。

舞台「孤島の鬼―咲きにほふ花は炎のやうに―」、とてもよい観劇でした。

2017-02-05

小林さんちのメイドラゴン観てて、ケツァールコアトルさんの一人称が僕っ娘であることに考えてしまった。



両手に収まりきらないおっぱい健康的に垂れ下がった臀部、オッドアイが印象的な彼女女性だ。

だが、お酒に狂わされたせいとはいえ、妹と同衾した過去を持つ彼女はBであり、Qだ。

その象徴が僕だ...だが、彼女から僕を取ったら何が起きるのだろう。



〜わ、みたいな言い方をかなりご年配の翻訳者の書いた海外文学しか見なくなった今、

書き言葉に置いて、中性化はかなり進んでいるといって良いだろう。

俺が僕であたしで吾に変えても問題はない。混ぜたら危険、なんてことはないのだ。

だが、それはまた一人称によってしか文脈性別をもたらせない怠慢ではないのか。

俺はこれを書いているのが男だとどうやって証明すればよい?



幼女戦記の3話を1.1~1.2倍速の早回しで見るとシューゲル博士

閉経後の何も怖いものがなくなった妙齢女性しか見えなくなるのは

飛田さんがベテランであるがゆえに、男ではなく科学者としての喋り方、

それも容易に想像やすステレオタイプ狂気のそれを演じているがほかにならない。

そして台本台詞から男がなくなった博士は正直おばさんでいい気がする。。。アーデルハイトって女性名詞じゃねーかちくしょう

オタクコンテンツ共通認識としての役割を果たす時代はもう終わった

酒飲んだ勢いで書き殴るから言葉の間違いは気にしないでくれ。

思い立っ経緯は単純にオタク同士の会話がここ数年変化が無いからだ。いや、会話すら成り立たなくなっているのだ。

今の時代コンテンツ飽和すぎてオタク同士でも趣味が合うのは難しくなってきてる。

ソシャゲ界隈で流行ってるゲームやそれで生まれスラングがあったとしてもソシャゲやってない層からしたらチンプンカンだろう。

もうオタクからって知っているわけでもないし、流行ったとしてもそのコミュニティで完結してしまっているのだ。

しかし一昔はオタクが皆同じものを見て同じようにハマった。だから会話しても成り立つ。

最近といえばせいぜい大きいブームを起こした作品からたまに使えそうな台詞が入荷されるぐらいだ。

オタク人口分散していくのは止まらないだろうし、枝分かれも更に細かくなっていくだろう。

新時代が始まろうとしてる。

http://anond.hatelabo.jp/20170205084732

はぁあ?

別人とはこれまた、判りやすい嘘をつくね

しろ別人がそんな書き込みをする必然性がない。元の書き込み読もうね、はこちらの台詞

ちゃんと読んでる?という切り返しに対しての「勝手ルールを作るな」というこちらの切り返しに、唯一対抗できる手段が「実は別人だったと嘘をつく」しかねぇから他人って事にしたとしか思えない。

じゃあ、他人だとしたら「ちゃんと読んでる?」の意図キッチリ聞かせてもらおうか。別人なら、何故別人の作ったルールを守れなどと妙な事を言い出したのか。

2017-02-04

声優のすごいと思うところ

はっきりした台詞はないけどしゃべってるシーン(漫画だと「わいわい」とか「ガヤガヤ」と表現されるところ)で、「○○だよね~」みたいに本筋と関係ないことをアドリブで話してるところ。普段から話す内容を考えるのが苦手な自分にはものすごい能力に思える。声優に限らず役者さんはみんなああいうのできるのかな。

2017-02-01

同じ台詞なのに意味が違って聞こえる

三好18禁ゲームやりたい!」

愛海「18禁ゲームやりたい!」

2017-01-30

http://b.hatena.ne.jp/entry/318390438/comment/aukusoe

aukusoe 春風うにぽエロ漫画で「私でもどうかと思うのに限度を知らないペド野郎ですね」ってセリフがありました。ここでaukusoeクイズ台詞を言った私の年齢と限度を知らない行為をお答えください。

幼女に手を出してた男が更にその妹にまで手を伸ばそうとしたのかな(想像

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