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はてなキーワード: 治安維持法とは

2017-04-21

安倍総理による殺害か。自殺強要

安倍総理による殺害か。自殺強要

住民基本台帳違憲判決を出した竹中省吾裁判官自殺

平田公認会計士 りそな銀行監査中に自殺

鈴木啓一 朝日新聞記者 りそな政治献金10倍になっていることを記事にし東京湾に浮かぶ。自殺

石井誠 読売新聞政治部記者郵政問題記事を書く 事故

斎賀孝治 朝日新聞デスク 耐震偽装問題を調べていて自殺 

松岡農水相議員宿舎首吊り自殺 

松岡事務所地元秘書熊本の自宅で首吊り自殺

緑資源機構山崎元理事マンションから転落死 

加賀美正人内閣情報調査室参事官 外務省ロシア担当キャリア 練炭自殺

UR所管国交省職員 甘利大臣入院した後、合同庁舎3号館より転落事故 

自民党山田賢司議員不正週刊誌告発した秘書、「検察に行く」と言い残し、練炭自殺

自民党神戸12人の政務活動費不正取得 取りまとめ役の大野市議が急死、捜査終了

ガチャ規制を推進していた消費者庁審議官、妻と一緒に転落事故

特定秘密保護治安維持法批判した神原内閣参事官屋久島の岩場で死体で見つかる

森友学園疑惑小学校から残土搬出を請け負った、田中造園土木秋山社長自殺

枝野普通団体対象にならないことは、どう答弁しようが、条文で」

国会ウォッチャーです(名乗るの忘れた。どうでもいいけど。)

 階、枝野、山尾、逢坂と、民進党エース級をそろえて、完全に共謀罪ロックオンしてますね。がんばってくださいね

階猛議員対応は圧倒的に正しい

 階議員今日かなりエキサイトしていましたが、支持しますよ。今日鈴木淳司法務委員長は、職権で法務委員会を開催して、かつ林刑事局長を答弁者に登録することを採決したみたいですが、昨日も書きましたが、委員会政府参考人登録することそのものはおそらく、否定できないと思いますよ。でも、前例ほとんどないはずと思ってたけど、一回もなかったみたいだけど。枝野さんが、「民主党政権時代にも、答弁が不安定大臣というのはいたが、こんなことはしなかった。今までの大臣の中で、金田さんが一番能力がないといわれてるようなもんなんだから、怒るか逃げ出すかするしかないはずだ」といっていましたけどね。まぁ恥の問題ですよ。でも鈴木委員長が、基本的な事項について、質疑者が指名できるはずの答弁者をここまで露骨に林局長指名しているのは階議員が指摘したように、衆議院規則違反だろ、というのはそのとおりですよ。露骨過ぎるんですよ。一太委員長とかも、結構助け舟を出すけど、たとえば、総理指名されてても、「まず局長、その後総理行きますから」とかぐらいは言いますよ。鈴木委員長はかなりダメですよ。一応ほめておくと、今日の国交委員会西銘恒三郎委員長は、同じ時間使うでも、質問の整理をして答弁を促したりしっかりと議事進行されてましたよ。だから基本的な事項について、委員長局長指名してきたら、質疑を取りやめるよ、という対応は支持します。鈴木委員長は来週あたり不信任動議されるんじゃないですかね、このままだと。

そもそも=基本的発言を引き取らされた林局長哀れすぎる

 山尾さんです。これはまぁ大事な話なんだけど、山尾さんの質疑を見て。とにかく総理大臣がニヤニヤしながら、「失礼だとおっしゃられましたが、これは事実でございますから」とか言いながら山尾さんをおちょくってた(しかもどうやら嘘か勘違いっぽい)ことの帳尻を林局長に取らされてるのはマジで意味不明。もちろん安倍さんの行動が意味不明質問主意書だしていいよ。総理が調べた辞書はどれだったのかって。山尾さんにはいつもやり込められてるから仕返しのつもりだったんだろうけど、ちゃんとほんとに調べてなかったのならこんなくだらないことでも虚偽答弁だよ。どこまでもどこまでも国会をなめきってんだよ。

一方枝野さんは今日も地道に林局長と仲良くなっていた

 枝野さんと林さんのやり取りは、今日面白かった。林局長もやり取りをする中で、公式見解をまとめてきていたので、枝野さんも一歩前進したと評価されていた。個人的な予想に過ぎないけど、枝野さんの方針はなんとなく読めてきた気がしました。林局長が、今日まとめてきた公式見解を出すことを予想した上で、実務的にどうやって、担保するのか、過去の例で、公式答弁がどうあろうが、条文上読めなかったら、裁判ではこう扱われてきたんだぞ、っていう路線に進めていくんだろうことを予感させる終わり方でした。枝野さんの質疑はこれだから面白いんだよ。いや共謀罪面白がってる場合じゃないけど。

局長によりまとめられた公式見解と思しき箇所と枝野さんの反論

 長いからまとめちゃうけど、こないだの、違法性認識のところをはっきりつめてきて、犯罪構成要件としての故意認定違法性認識の差を明確にしてきました。組織的犯罪集団構成員として認定されるには、結合の目的が、別表に掲げられた罪を犯すことは知っていないといけない。(それが罪であることは知らなくてもよい)

局長

違法性の意識は、故意との関係で論じられます刑法第38条3項にございます。その際に違法性の意識がいるのかいらないのかが論じられている。そして今回の組織的犯罪集団の結合の基礎としての共同の目的が、別表第3に掲げる罪を実行することにある、といえるために構成員が当該行為違法であることを認識していることを要するか否か、については、故意問題とは別の問題でございます構成要件に該当する客観的事実認識して実行すれば、違法性の意識がなくても犯罪が成立する以上、犯罪構成要件に該当する事実認識した上でそれが結合関係の基礎としての共同の目的になっているのであれば、それは組織的犯罪集団に当たりうると考えます。ただ、もっとも、ある団体の結合関係の基礎となる共同の目的犯罪を実行することにあるといえるか否か、これは故意問題とは別の次元論点でした、個別の事案での集団の結合の目的が何であるかという認定問題となりますと、当該犯罪行為を反復的に実行しているが、当該行為違法性の意識がなく、それを認識した後に、結合し続けることがない、といえるような場合には、集団の結合関係の基礎となる目的とは認定されないと考えられる場合もあることから故意認定違法性認識必要ではないが、組織的犯罪集団認定においては、かなり大きなファクターを占めるといえる」

枝野

「ようやく、何を言っているのかを整理していただきました。その限りの考え方は、ひとつの考え方だと、なおかつ一歩前進かもしれないと私も認めます。確かに違法性の意識必要ない。別表3の行為違法だということを知りながらみんなでやることは必要ない、ただし、違法だとみんなが知ったら、コレはもうやめるよね、というのならば、結合の基礎ではない。これは非常にわかます。つまり後で使う例ですけども、ある合唱団が、一枚だけ楽譜を買って、あとはみんなでコピーして使うんだと。コレは著作権法違反です。これは違法なんだと気づいてやれば当然結合の基礎に当たりうるというか、大変な問題だけど、違法だという指摘をされたなら、やめますと、いうことであるならば、結合の基礎ではない、こういうことですよね。」

枝野摘発されて、摘発されたら、”あー違法だったんですか、気づきませんでした、でも違法だと知っていたらこんなことやらなかったよね”と。これ社会的にもあるいは裁判実務においても、これ許してもらえるんですかね。というのが私はこの論点ではないかと思う。普通犯罪の成立には違法性認識必要ありません。(略)個人著作権法違反既遂罪は、違法だと知らなくても処罰されるんです。で、みんなで結合して、コピーして、合唱練習しようという共謀をしたら、これは違法性を知らなければ、組織的犯罪集団ではないという。コレ、摘発されて、どうやって知らなかったと証明するんですか。供述をどうやって信じてもらえるんですか。これはこういう問題です。」

親告罪共謀罪は何だという再度の問い合わせについて、捜査機関が、別途知りえた共謀を被害者に知らせて告訴を依頼することがありうるから、存在しうるという反論をする林局長。(国会クラスタが書き起こししてることに言及して、我々をざわつかせる枝野)これ口滑ってる認識はないんだろうけど、要は別件逮捕するために、使えるからだよね、

さらに、金田答弁で「正当な目的で集合なら処罰されない」とかいってたけど、アマチュア合唱団が、著作権法違反はまぁ大体認識してるけど、合唱自体は正当な目的でしょ、と。林さんは楽譜コピーが結合の目的とはなかなか認定できないから、ふつう認定されないとかいって、枝野さんがまた、じゃあテロリストが取る暴力的手段目的乖離しているが、これらの例をどうやって区別するのか、条文上区別できないじゃないか、と「普通の人には関係ないとはまったくいえない」と押しまくる枝野。かっこいい。

治安維持法目的運用に触れはじめる枝野

 組織的犯罪集団認定において、既遂重要意味を持つでしょ、としたうえで、「普通集団が、自分たちの主張が通らないから、一回だけ暴力行為をして、やってみようっていうのと、合唱団が、集まってみたけど、金がないから、著作権法違反だと知ってるけどコピーしてやろうというのは、いったい何が違うのか」という例を出して、既遂は確かに重要だし、「一変した」ということについての何らかの外形的なか行為必要だという答弁をさせて、過去に同種の犯罪を何度も既遂しているなら、すでに既遂してるわけだから共謀罪必要ないし、一回もやっていないんだとすると、綿密に普通団体監視しないと取り締まれないだろ、どうやって普通団体監視に着手するんだと、役に立たないだろと詰める枝野。かっこいい。

 枝野「(合唱団楽譜コピー事例が、絶対共謀罪に該当しないということがどこで担保されるのかと)法律というのは、刑事法というのは、(答弁で)いくら入りませんといったって意味ないんですよ、答弁が。

(略)戦前治安維持法をね最後のほうではやってかなきゃなぁと思っているんですが、これ治安維持法というのは、(条文の上では)国体の変革を求めるもの私有財産制度否認する、戦前共産党、これが取締り対象だったんですが、公明党さんちゃんと聞いてくださいね、わかってらっしゃると思うけど。治安維持法が、それにくっついた枝葉の要件はいろいろつきましたが、最後までその対象だったんですが、1943年7月6日創価学会初代会長牧口さんと、創価学会の二代会長さん、戸田さんは、治安維持法違反不敬罪逮捕をされて、初代会長の牧口さんは、獄死をされている。この法律目的取締り対象国体の変革と私有財産否定だったんですよ。創価学会国体の変革を目指してたんですか、私有財産否認していたんですか、違いますよね。法律上絶対入らないという担保がとれないと、刑事はいけないんです。そういう意味では今日の答弁は、前進した部分もあります。認めます。あ、ここは入らないということもありました。しかし、普通団体が、これは入らないということが担保できる条文にはなっていないということを申し上げて今日質問は終わります。」

ほんとに言って欲しい方向に行く枝野、うれしいよ。数で通っちゃうなら意味ないんだけどうれしいよ。

2017-03-24

http://www.asahi.com/articles/ASK3R5CHZK3RUHBI01R.html

危険思想に感化された奴が危険組織の施しを受けずに個人レベルテロを発生させる

これに対応するにはもはや思想犯として取り締まりを行う他無い

共謀罪に続いて治安維持法国際的な標準になる日も近い

2017-03-22

はてなーって、結構搾取側の人間多くね?

要領よくうまく立ち回ろうとする人が多い印象がある

ブラック企業で、要領が悪く、パワハラ上司を憎み呪いながらも怯えてビクビクしている自分からすると、

パワハラ上司ものともせずにお先ーって帰るアイツと重なるんだ、はてなーの人々が

パワハラ上司も、言いたいことをズバッと正論で言うアイツにはなかなか反論できず、

その分俺に八つ当たりも含めて仕事が回されている

まあ理屈で言えば、そのパワハラ上司が一番悪いんだよ、それは分かる

でも、

俺のことを助けもしてくれないで、

正論をかざして颯爽と定時に帰って人生エンジョイしているアイツが、

もう理屈じゃなくて心の底からにくくて仕方がない

パワハラ上司よりも遥かに忌々しい

というか、パワハラ上司すら被害者のように思える

だってパワハラ上司もずっと遅くまで残って仕事してるんだもの

パワハラ上司は嫌いだ、

でも定時に帰るアイツは大っ嫌いなんだ

こういうと弱いものが夕暮れのどうたらこうたらと決まり文句でヤレヤレといった顔をするのがはてなーというのが俺の印象

あと奴隷の鎖自慢とか、

誰かの足を引っ張ることを喜ぶな、底上げすることを望めという正論も言ってきがち

でも底上げなんて何年待ったって底は沈む一方でちっともあがりやしない

俺の中で、パワハラ上司よりもはてなー属性のあるヤツの方がだんだんヘイトが上回ってきた


日本死ねとはずっとむかしから思っていたが、

お前らはてなーが言うなという気持ちは正直かなり強くある

っつかむしろ日本死ぬのに手っ取り早いのは共謀罪とか治安維持法が成立してさっさと日本が瓦解するのが一番いい

はてなーもろとも道連れにしてくれるような日本の死に方を、俺はずっと求めている

そういう意味で、

はてなー臭い共産党よりは自滅に加速をかけてくれそうな自民党に票を入れるほうが、

俺にとってはよっぽどずっと合理的選択肢であり続けている

2016-08-25

謎の宗教

菅野完さんのツイート: "不敬発言記録にちょいちょい出てくる「大日教」というのがどの宗教団体を指すのかが以前からわからなくて困っている。同じ名前の宗教は『新宗教教団・人物事典』にも出てこない。「大日然教」のことかと思ったが、あそこは戦後の立教だしなぁ。。 https://t.co/yo5ueDlPf9"

なるほどね。

最初戦後名前を引き合いにだしてるのか思ったが、グーグル先生で調べてみるとどうもそれとは違った「大日教」が存在したようだ。

同じbotつぶやきには「大日教祖杉本信者某との質疑応答とあるので、教祖名前が違うからだ。

大日然教教祖を調べると「折茂なみ」となっている)

あとは戦前の「天津教皇祖皇太神宮天津教 - Wikipedia

(現 皇祖皇太神宮天津教)が戦後の一時期は「宗教法人大日教」という名称だったのでこれかと思ったが、教祖名も違う。

とにかく、一次ソースが気になる。

んで、色々とネット上の情報だけで調べてみた結果、@hukei_botは「昭和特高弾圧史」から抜粋であることは間違いなさそうだ。

Googleブックス書籍検索)で「昭和特高弾圧史, 第 4 巻」を引き出し、書籍検索で「杉本」と検索すれば同じ内容が引っ掛かる。

現在Googleブックス著作権のある書籍は全文表示ができないから(開始当時は見えちゃった気がする)ブツ切りのような情報しか得られないのが難点。

同じく「特高外事月報」と合わせて見ると、全日教祖1942年当時60歳、起訴時東京在住、滋賀県出身大日行者、杉本金治郎というのが裁判記録らしきものから分かる。

他、この宗教の手がかり的な部分の抜粋

昭和特高弾圧史, 第 4 巻」

108 ページ

... は神去り給ひてより其の誠が大日如来包摂せられ其の如来宇宙に瀰漫せる大

自然の誠にして人類並に一切の物を創造し且永遠に之が霊的及現実支配を為たりと

称し、大日教なる教理を創説し爾後之が宣布に努め来たりたるものなる処、該教理たる

や大 ...

特高外事月報」

59 ページ

... 知得したりと構し、大日教なる教理を創説し衛後之が宣布に努め来たりたるものなる

慮、該教理たるや大日如来宇宙に瀬夏せる大 ... 四月頃道了奪が大日如来なることを

悟り大日如来信仰に韓ずると共に大日如来の霊に感應権力に別記治安維持法違反

事件 ... 三月十九日警視聴に於て検挙送局したる宗教結社大日教のも決して少とせず。

CiNiiでも引っ掛かった。

CiNii 論文 -  内務省による宗教弾圧 : 創価学会の場合を事例として

CiNii 論文 -  宗教法人法の改正をめぐる問題点 : 宗教団体に対する管理の要素の導入の有無と是非(松本保三先生退職記念号)

戦前・戦中の宗教弾圧歴史を語る上で出てくるみたいだよ。

1942年治安維持法違反大日事件として記録されている。

しかしまあ、通常のGoogle検索では引っ掛かららんのだね。

戦前・戦中期日本の言論弾圧 (年表) - Wikipedia

↑これにも出てこなくって、忘れられた宗教みたいだ(前述の竹内文書教のせいもあるだろう)

疲れたのでこれまで。

(追記)

ちょっと馬鹿なこと書いちゃったかもしれない。

大本教創価学会重要人物が獄死しているんだった。

(追記2)

↑当時60歳というのが厳しいだろう。

宗教団体法とか治安維持法について知っていたけど、ちょいちょいググってみて、改めてこのあたり軽く考えてたな、と思ったりした。

追加の情報としては

昭和特高弾圧史: 宗教人にたいする弾圧

28 ページ

明石博隆, 松浦総三 て、此の大日もその為に行を積んでゐるのである、その修行も半ば

に至ってゐから纏て太平ハ、大日が ... が昭和二、三年頃以降全宇宙に於ける最高至

本金治郎当六十年の主宰する大日如来信者集団大平山大日教」の布教内容に ...

大平山大日教」ともいう様子。「大日教」が「大日経」の意味で使われる事が多いからかな。

https://www.google.com/#tbm=bks&q=%E5%A4%A7%E5%B9%B3%E5%B1%B1%E5%A4%A7%E6%97%A5%E6%95%99]

2016-04-10

ヘイトスピーチ憎悪表現規制文句を言わないお前らが在日差別してんだよ

日本人憎悪を向けることは許されるんだな

脅迫罪侮辱罪は無いのと同じか。そして治安維持法がどうと言って有事法制否定する増田ども

2015-07-21

http://anond.hatelabo.jp/20150720224322

答えになっているかからないが、もう一度レスする。

憲法九条事実上、何十年も停止されている状態なのに、本当に反しない範囲である必要があるのか?というのは今は論じない)、

もちろん憲法に反しない必要はある。「事実上何十年も停止されている状態」は君の解釈であって、共産党公明党国会議員と、その支持者に聞いたら違う意見を言うだろう。

ならば、憲法九条に反しない範囲でなら、政府判断によって、制約の具体的一形態がべつの具体的一形態に変化するのは元々ありえたはずじゃない。

これはそう。政府憲法解釈において、ある程度の自由度を与えられていると考えるのが妥当。ただ、その「ある程度の自由度」は当然限界があり、その限界世論とか今までの経緯とか学説とか現在政府が直面する状況とかによって決まる。集団的自衛権憲法で明示的に禁止されていないから行使可能だ、というのは君の解釈だが、学説の圧倒的な多数説は、昨年の集団的自衛権を認めた閣議決定は、政府に与えられた解釈権を乱用する違憲解釈変更だ、というものだ。

私はそれがどこまで妥当か君と議論し、説得できるほど憲法学に詳しいわけではない。ただ、安保法案は、憲法学会をまとめて無視してまで強行すべき緊急性があったとは思えない。学会無視し、世論無視し、野党無視し、メディア無視し、憲法まで無視するようなら、現に政権を担っている政府制御する制度はすべて無効になったということだ。結果として法案のもの日本の「国益」に資する行為かどうかにかかわらず、長期的に見たら、今回の法案制定プロセス全体の、日本国民主制度に対するダメージは大きいと考えている。

たぶん君と私では、政府暴走に関する危機感が違う。日本は十分に大きな国だし、地理的環境も恵まれいるから、他国政府の脅威より、自国政府暴走のほうが、国民福祉に関しては警戒すべき対象だと私は考えている。中国ができることはせいぜい沖縄独立させ衛星国にすることぐらいだけど、日本政府のものおかしくなったら、国民全体が悲惨事態になる。大日本帝国は、海外領土を一夜にして全て失い、本土すべてを焼け野原にし、沖縄では悲惨地上戦を行い、多数の国民餓死させ、多数の国民自殺攻撃を強い、全土が他国軍隊占領されるまで戦争をやめず、天皇死刑リスクおよび国土の分割リスクドイツ韓国)にさらした。

現在も、日本会議だとか、自民憲法草案とか、まず96条を変えたがることとか、メディアに対する規制が強まっていることとか、暴走兆しはすでに見せている。大正デモクラシー時代は、治安維持法とか想像できなかっただろうと思うよ。

2015-06-25

http://anond.hatelabo.jp/20150625064206

そりゃ戦前治安維持法だって、10年たって当時の日本はまだ滅んでないよ。

横だが

それそっくりそのまま、韓国の件にもあてはまるね。

2015-06-15

http://anond.hatelabo.jp/20150615114433

異議あり治安維持法時代は十五の嫁をもらうことは社会的に許容されていた!

http://anond.hatelabo.jp/20150615114138

増田は「治安維持法」を知らないのかな?

街の治安を乱すような特定思想を持つような人間は、逮捕されて収容所思想改造させられるんだよ。だから行為に及ばないまでも、そういう思想を持っていること時点で危険なんだ。

アブないことを考えるのは良くないってことなんだね。はっきりわかんだね。

2015-05-28

死刑に関するわが国の考え方が伺われる最高裁判決

死刑に関するわが国の考え方が伺われる最高裁判決

         主    文

     本件上告を棄却する。

         理    由

 弁護人西村真人上告趣意第一点は「原判決法令解釈を誤りて適用した違法

判決である即ち原判決被告人に対し刑法第百九十九条同第二百条を適用して死刑

の言渡をしたがこれは憲法違反である何となれば新憲法第三十六条は「公務員によ

拷問及び残虐な刑罰絶対にこれを禁ずる」と規定している而して死刑こそは最

も残虐な刑罰であるから憲法によつて刑法第百九十九条同第二百条等に於ける死

刑に関する規定は当然廃除されたものと解すべきである然るに原判決被告人に対

し新憲法によつて絶対に禁止され従つて又当然失効した刑法第百九十九条同第二百

条に於ける死刑規定適用して被告人死刑を言渡したのであるから法令解釈

を誤りて適用した違法判決として当然破毀を免れざるものと信ず」というにある。

 生命は尊貴である。一人の生命は、全地球よりも重い。死刑は、まさにあらゆる

刑罰のうちで最も冷厳な刑罰であり、またまことにやむを得ざるに出ずる窮極の刑

である。それは言うまでもなく、尊厳人間存在の根元である生命のものを永

遠に奪い去るものからである現代国家は一般に、統治権の作用として刑罰権を

行使するにあたり、刑罰の種類として死刑を認めるかどうか、いかなる罪質に対し

死刑を科するか、またいかなる方法手続をもつて死刑執行するかを法定してい

る。そして、刑事裁判においては、具体的事件に対して被告人死刑を科するか他

刑罰を科するかを審判する。かくてなされた死刑判決は法定の方法手続に従つ

現実執行せられることとなる。これら一連の関係において死刑制度は常に、国

刑事政策の面と人道上の面との双方から深き批判考慮が払われている。されば、

各国の刑罰史を顧みれば、死刑制度及びその運用は、総ての他のものと同様に、

常に時代環境とに応じて変遷があり、流転があり、進化がとげられてきたという

1 -

ことが窮い知られる。わが国の最近において、治安維持法国防安法陸軍刑法

海軍刑法、軍機保護法及び戦時犯罪処罰特例法等の廃止による各死刑制の消滅のご

ときは、その顕著な例証を示すものである。そこで新憲法一般的概括的に死刑

のものの存否についていかなる態度をとつているのであるか。弁護人の主張するよ

うに、果して刑法死刑規定は、憲法違反として効力を有しないものであろうか。

まず、憲法十三条においては、すべて国民は個人として尊重せられ、生命に対す

国民権利については、立法その他の国政の上で最大の尊重必要とする旨を規

定している。しかし、同時に同条においては、公共の福祉に反しない限りという厳

格な枠をはめているから、もし公共の福祉という基本的原則に反する場合には、生

命に対する国民権利といえども立法制限乃至剥奪されることを当然予想してい

ものといわねばならぬ。そしてさらに、憲法第三十一条によれば、国民個人の生

命の尊貴といえども、法律の定める適理の手続によつて、これを奪う刑罰を科せら

れることが、明かに定められている。すなわち憲法は、現代多数の文化国家におけ

ると同様に、刑罰として死刑の存置を想定し、これを是認したものと解すべきであ

る。言葉をかえれば、死刑の威嚇力によつて一般予防をなし、死刑執行によつて

特殊社会悪の根元を絶ち、これをもつて社会防衛せんとしたものであり、また

個体に対する人道観の上に全体に対する人道観を優位せしめ、結局社会公共の福祉

のために死刑制度の存続の必要性承認したものと解せられるのである弁護人は、

憲法第三十六条が残虐な刑罰絶対に禁ずる旨を定めているのを根拠として、刑法

死刑規定憲法違反だと主張するのであるしか死刑は、冒頭にも述べたよう

にまさに窮極の刑罰であり、また冷厳な刑罰ではあるが、刑罰としての死刑そのも

のが、一般に直ちに同条にいわゆる残虐な刑罰に該当するとは考えられない。ただ

死刑といえども、他の刑罰場合におけると同様に、その執行方法等がその時代

環境とにおいて人道上見地から一般に残虐性を有するものと認められる場合

2 -

は、勿論これを残虐な刑罰といわねばならぬから、将来若し死刑について火あぶり

はりつけ、さらし首、釜ゆでの刑のごとき残虐な執行方法を定める法律が制定され

たとするならば、その法律こそは、まさに憲法第三十六条違反するものというべ

である。前述のごとくであるから死刑のものをもつて残虐な刑罰と解し、刑

死刑規定憲法違反とする弁護人の論旨は、理由なきものといわねばならぬ。

 同第二点は「原判決は審理不尽違法がある即ち被告人は本件犯行当時精神障礙

者ではないかとの疑顕著なものがあるこれを記録に徴すると左の如くである(一)

問(裁判長)「先ニ言ツタ様ニ母ヤ妹カ食糧不足ノ事ヲ辛ク当リ被告人カ真面目ニ

カスソレニ米ヲ取ツタ事等喧シク云ツタトシテモソノ為メニ殺スト云フ事ハ普通

人ニハ到底考ヘラレヌ事ダガ他ニ事情デモアツタカ」答(被告人)「他ニハ別ニア

リマセンデシタ」トノ記載(記録第一七七丁表)問(裁判長)「……其ノ原因ハ被

告人ニアルコトテソレガ為メ殺ス気ニナルト云フノハ普通ヘラレヌ事ダガドウカ」

答ヘストノ記載(記録第一七七丁裏)(二)検事はその論旨に於て被告人一見

神ニ異常ヲ来シ居リタルニ非ズヤト疑ハシメルモノアリ云々」との記載(記録第一

八六丁裏)(三)弁護人が弁論に於て被告人は「当時一種ノ精神病ニ冒サレ居リタ

ルニ非スヤトノ懸念ヲ生セシムルモノアリ」との記載(記録第一八七丁表)抑々被

告人の行為当時に於ける精神状態の如何は事実裁判所職権を以て調査を為すべき事

項に属するのであるから本件の如く被告人精神状態に付き顕著なる疑ひある場合

は当然進んで職権を以つて鑑定人の鑑定に附すか又は裁判所自ら之を調査して被告

人の精神障礙の有無、程度を判定し刑法第三十九条に該当するや否やを決しなけれ

ばならぬ、然るに原判決はこの挙に出でず漫然被告人死刑に処したのは審理不尽

の不法あり此の点に於て破毀を免れないものと信ずる」というにある。

 しかし、記録を精査しても、本件犯行に際して被告人精神障礙のあつたことを

疑うに足りる事跡がなく、原審も被告人精神障礙のないことを認めて判決したの

3 -

であるから、原審が被告人精神状態につき鑑定その他の審査をしなかつたとして

も、審理不尽違法はなく、論旨は理由がない。

 同第三点は「原判決判決に示すべき判断を遺脱した違法がある即ち原審に於て

弁護人被告人が「当時一種の精神病に冒され居たるに非ずやとの懸念を生ぜしむ

ものあり」(記録第一八六丁裏)との弁論を為し犯行当時被告人精神に障礙あ

るを以つて法律上本件犯罪の成立を阻却すべき原由たる事実上の主張を為したので

あるから判決は右の主張に対する判断を示すことを要するに不拘此の点に付き特

判断を示すことをして居ないこれは判決に示すべき判断を遺脱した不法な判決

あるから到底破毀を免れないものと信ずる」というにある。

 しかし、原審公判調書によると、原審弁護人は、公判の弁論において、被告人

精神病懸念があることを主張したに過ぎず、刑事訴訟法第三百六十条第二項に規

定する事由があることを主張したものとは解せられないので、原判決がその点につ

いて判断を示さなかつたからとて、判断を遺脱したものとはならず、論旨は理由

ない。

 よつて裁判所法第十条第一号、刑事訴訟法第四百四十六条より、主文のとおり判

決する。

 以上は裁判官全員の一致した意見である

 なお、上告趣意第一点に対する補充意見は、次のとおりである

 裁判官島保、同藤田八郎、同岩松三郎、同河村又介の各意見

 憲法は残虐な刑罰絶対に禁じている。したがつて、死刑が当然に残虐な刑罰

あるとすれば、憲法は他の規定死刑の存置を認めるわけがない。しかるに、憲法

第三十一条の反面解釈によると、法律の定める手続によれば、刑罰として死刑を科

しうることが窺われるので、憲法死刑ただちに残虐な刑罰として禁じたもの

はいうことができない。しかし、憲法は、その制定当時における国民感情を反映し

4 -

て右のような規定を設けたにとどまり死刑永久是認したものとは考えられな

い。ある刑罰が残虐であるかどうかの判断国民感情によつて定まる問題である

而して国民感情は、時代とともに変遷することを免かれないのであるから、ある時

代に残虐な刑罰でないとされたものが、後の時代に反対に判断されることも在りう

ることである。したがつて、国家文化が高度に発達して正義と秩序を基調とする

平和社会が実現し、公共の福祉のために死刑の威嚇による犯罪の防止を必要と感

じない時代に達したならば、死刑もまた残虐な刑罰として国民感情により否定され

るにちがいない。かかる場合には、憲法第三十一条解釈もおのずから制限されて、

死刑は残虐な刑罰として憲法違反するものとして、排除されることもあろう。し

かし、今日はまだこのような時期に達したものはいうことができない。されば死

刑は憲法の禁ずる残虐な刑罰であるという理由で原判決違法を主張する弁護人

論旨は採用することができない。

 裁判官井上登意見

 本件判決理由としては大体以上に書かれて居る処でいいと思ふが、私は左に法

文上の根拠に付て少しく敷衍して置きたい。

 法文に関係なく只漫然と、死刑は残虐なりや否やということになれば、それは簡

単に一言で云い切ることは出来ない。「残虐」と云う語の使い方如何によつてもち

がつて来る、例へば論旨の様に「死刑は貴重な人命を奪つてしまものたから、こ

れ程残虐なものはないではないか」と云うふうに使う人もある、(仮りにこれを広

義の使い方と云つて置く)しかし、又「残虐と云う語は通常そう云うふうには使わ

ないのではないか、虐殺とか集団殺戮とか或は又特別残酷な傷害とかそう云う様な

場合特に用いられるので、単純な傷害や殺人に対しては余り使はれないのではな

いか」と云えば、そうも云えるであろう(仮りにこれを狭義の使い方と云つて置く)

こんなことを云つて居てはきりがない、我々の当面の問題はこう云うことではない

5 -

ので、具体的に憲法第三十六条の「残虐の刑」と云う語が死刑現代文明諸国で通

常行われて居る様な方法による死刑の意以下同意義)を包含する意味に使われて居

るかどうかと云うことである(我々の問題死刑規定して居る刑法の条文が憲法

第三十六条違反するものとして無効法律であるかどうかと云うことであり、つ

まり同条は絶対死刑を禁止する趣旨と解すべきものなりや否やの問題からであ

る)そしてこれは純然たる法律解釈問題から何と云つても法文上の根拠と云う

もの重要である私は前にも書いた通り残虐と云う語は広くも狭くも使われ得ると

思ふから憲法第三十六条の字句丈けで此の問題を決するのは無理で、法文上の根拠

と云えば他の条文に之れを求めなければならないと思う、そこで憲法十三条は「

すべて国民は、個人として尊重される。生命自由及び幸福追求に対する国民の権

利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で最大の尊重

必要とする。」と規定し同第三十一条は「何人も、法律の定める手続によらなけれ

ばその生命若しくは自由を奪はれ、又はその他の刑罰を科せられない。」と規定

て居る、これ等を綜合するとその裏面解釈として憲法公共の福祉の為めには法律

の定めた手続によれば刑罰によつて人の生命も奪はれ得ることを認容して居るもの

と見なければならない、之れと対照して第三十六条を見ると同条の「残虐の刑」の

中には死刑は含まれないもの即ち同条は絶対死刑を許さないと云う趣旨ではない

と解するのが妥当である(即ち同条は残虐と云う語を前記狭義に使用して居るので、

私は此の使い方が通常だと思ふから右の解釈字義から云つても相当だと思う)反

対説は第三十一条は第三十六条によつて制限せられて居るのだと説く、しかし第三

一条を虚心に見ればどうしてもそれは無理なこじつけと外思えない、若し第三十

六条絶対死刑を許さぬ趣旨だとすれば之れにより成規の手続によると否とに拘

はらず絶対刑罰によつて人の生命は奪はれ得ないとになるから第三十一条に「生

命」と云う字を入れる必要はないのみならず却つてこれを入れてはいけない筈であ

6 -

る、盖同条に「生命」の二字が存する限り右の趣旨に反する前記の裏面解釈が出て

来るのは当然であり憲法文句としてこんなまずいことはないからである、他に第

三十六条絶対死刑を禁止する趣旨と解すべき法文上の根拠は見当らない。

 以上は形式的理論解釈である、現今我国の社会情勢その他から見て遺憾ながら今

直ちに刑法死刑に関する条文を尽く無効化してしまうことが必ずしも適当とは思わ

ぬことその他実質的理由に付ては他の裁判官の書いた理由中に相当書かれて居

ると思う。最後に島裁判官の書いた補充意見には其の背後に「何と云つても死刑

いやなものに相違ない、一日も早くこんなもの必要としない時代が来ればいい」

と云つた様な思想乃至感情が多分に支配して居ると私は推察する、この感情に於て

私も決して人後に落ちるとは思はない、しか憲法絶対死刑を許さぬ趣旨では

ないと云う丈けで固より死刑の存置を命じて居るものでないことは勿論だから若し

死刑必要としない、若しくは国民全体の感情死刑を忍び得ないと云う様な時が

来れば国会は進んで死刑の条文を廃止するであろうし又条文は残つて居ても事実上

裁判官死刑を選択しないであろう、今でも誰れも好んで死刑を言渡すものはない

のが実状だから

 検察官橋本三関

  昭和二十三年三月十二日

     最高裁判所法廷

         裁判長裁判官    塚   崎   直   義

            裁判官    長 谷 川   太 一 郎

            裁判官    霜   山   精   一

            裁判官    井   上       登

            裁判官    真   野       毅

            裁判官    庄   野   理   一

7 -

            裁判官    島           保

            裁判官    斎   藤   悠   輔

            裁判官    岩   松   三   郎

            裁判官    河   村   又   介

 裁判官藤田八郎は出張中につき、署名捺印することができない。

         裁判長裁判官    塚   崎   直   義

8 -

死刑に関するわが国の考え方が伺われる最高裁判決

死刑に関するわが国の考え方が伺われる最高裁判決

         主    文

     本件上告を棄却する。

         理    由

 弁護人西村真人上告趣意第一点は「原判決法令解釈を誤りて適用した違法

判決である即ち原判決被告人に対し刑法第百九十九条同第二百条を適用して死刑

の言渡をしたがこれは憲法違反である何となれば新憲法第三十六条は「公務員によ

拷問及び残虐な刑罰絶対にこれを禁ずる」と規定している而して死刑こそは最

も残虐な刑罰であるから憲法によつて刑法第百九十九条同第二百条等に於ける死

刑に関する規定は当然廃除されたものと解すべきである然るに原判決被告人に対

し新憲法によつて絶対に禁止され従つて又当然失効した刑法第百九十九条同第二百

条に於ける死刑規定適用して被告人死刑を言渡したのであるから法令解釈

を誤りて適用した違法判決として当然破毀を免れざるものと信ず」というにある。

 生命は尊貴である。一人の生命は、全地球よりも重い。死刑は、まさにあらゆる

刑罰のうちで最も冷厳な刑罰であり、またまことにやむを得ざるに出ずる窮極の刑

である。それは言うまでもなく、尊厳人間存在の根元である生命のものを永

遠に奪い去るものからである現代国家は一般に、統治権の作用として刑罰権を

行使するにあたり、刑罰の種類として死刑を認めるかどうか、いかなる罪質に対し

死刑を科するか、またいかなる方法手続をもつて死刑執行するかを法定してい

る。そして、刑事裁判においては、具体的事件に対して被告人死刑を科するか他

刑罰を科するかを審判する。かくてなされた死刑判決は法定の方法手続に従つ

現実執行せられることとなる。これら一連の関係において死刑制度は常に、国

刑事政策の面と人道上の面との双方から深き批判考慮が払われている。されば、

各国の刑罰史を顧みれば、死刑制度及びその運用は、総ての他のものと同様に、

常に時代環境とに応じて変遷があり、流転があり、進化がとげられてきたという

1 -

ことが窮い知られる。わが国の最近において、治安維持法国防安法陸軍刑法

海軍刑法、軍機保護法及び戦時犯罪処罰特例法等の廃止による各死刑制の消滅のご

ときは、その顕著な例証を示すものである。そこで新憲法一般的概括的に死刑

のものの存否についていかなる態度をとつているのであるか。弁護人の主張するよ

うに、果して刑法死刑規定は、憲法違反として効力を有しないものであろうか。

まず、憲法十三条においては、すべて国民は個人として尊重せられ、生命に対す

国民権利については、立法その他の国政の上で最大の尊重必要とする旨を規

定している。しかし、同時に同条においては、公共の福祉に反しない限りという厳

格な枠をはめているから、もし公共の福祉という基本的原則に反する場合には、生

命に対する国民権利といえども立法制限乃至剥奪されることを当然予想してい

ものといわねばならぬ。そしてさらに、憲法第三十一条によれば、国民個人の生

命の尊貴といえども、法律の定める適理の手続によつて、これを奪う刑罰を科せら

れることが、明かに定められている。すなわち憲法は、現代多数の文化国家におけ

ると同様に、刑罰として死刑の存置を想定し、これを是認したものと解すべきであ

る。言葉をかえれば、死刑の威嚇力によつて一般予防をなし、死刑執行によつて

特殊社会悪の根元を絶ち、これをもつて社会防衛せんとしたものであり、また

個体に対する人道観の上に全体に対する人道観を優位せしめ、結局社会公共の福祉

のために死刑制度の存続の必要性承認したものと解せられるのである弁護人は、

憲法第三十六条が残虐な刑罰絶対に禁ずる旨を定めているのを根拠として、刑法

死刑規定憲法違反だと主張するのであるしか死刑は、冒頭にも述べたよう

にまさに窮極の刑罰であり、また冷厳な刑罰ではあるが、刑罰としての死刑そのも

のが、一般に直ちに同条にいわゆる残虐な刑罰に該当するとは考えられない。ただ

死刑といえども、他の刑罰場合におけると同様に、その執行方法等がその時代

環境とにおいて人道上見地から一般に残虐性を有するものと認められる場合

2 -

は、勿論これを残虐な刑罰といわねばならぬから、将来若し死刑について火あぶり

はりつけ、さらし首、釜ゆでの刑のごとき残虐な執行方法を定める法律が制定され

たとするならば、その法律こそは、まさに憲法第三十六条違反するものというべ

である。前述のごとくであるから死刑のものをもつて残虐な刑罰と解し、刑

死刑規定憲法違反とする弁護人の論旨は、理由なきものといわねばならぬ。

 同第二点は「原判決は審理不尽違法がある即ち被告人は本件犯行当時精神障礙

者ではないかとの疑顕著なものがあるこれを記録に徴すると左の如くである(一)

問(裁判長)「先ニ言ツタ様ニ母ヤ妹カ食糧不足ノ事ヲ辛ク当リ被告人カ真面目ニ

カスソレニ米ヲ取ツタ事等喧シク云ツタトシテモソノ為メニ殺スト云フ事ハ普通

人ニハ到底考ヘラレヌ事ダガ他ニ事情デモアツタカ」答(被告人)「他ニハ別ニア

リマセンデシタ」トノ記載(記録第一七七丁表)問(裁判長)「……其ノ原因ハ被

告人ニアルコトテソレガ為メ殺ス気ニナルト云フノハ普通ヘラレヌ事ダガドウカ」

答ヘストノ記載(記録第一七七丁裏)(二)検事はその論旨に於て被告人一見

神ニ異常ヲ来シ居リタルニ非ズヤト疑ハシメルモノアリ云々」との記載(記録第一

八六丁裏)(三)弁護人が弁論に於て被告人は「当時一種ノ精神病ニ冒サレ居リタ

ルニ非スヤトノ懸念ヲ生セシムルモノアリ」との記載(記録第一八七丁表)抑々被

告人の行為当時に於ける精神状態の如何は事実裁判所職権を以て調査を為すべき事

項に属するのであるから本件の如く被告人精神状態に付き顕著なる疑ひある場合

は当然進んで職権を以つて鑑定人の鑑定に附すか又は裁判所自ら之を調査して被告

人の精神障礙の有無、程度を判定し刑法第三十九条に該当するや否やを決しなけれ

ばならぬ、然るに原判決はこの挙に出でず漫然被告人死刑に処したのは審理不尽

の不法あり此の点に於て破毀を免れないものと信ずる」というにある。

 しかし、記録を精査しても、本件犯行に際して被告人精神障礙のあつたことを

疑うに足りる事跡がなく、原審も被告人精神障礙のないことを認めて判決したの

3 -

であるから、原審が被告人精神状態につき鑑定その他の審査をしなかつたとして

も、審理不尽違法はなく、論旨は理由がない。

 同第三点は「原判決判決に示すべき判断を遺脱した違法がある即ち原審に於て

弁護人被告人が「当時一種の精神病に冒され居たるに非ずやとの懸念を生ぜしむ

ものあり」(記録第一八六丁裏)との弁論を為し犯行当時被告人精神に障礙あ

るを以つて法律上本件犯罪の成立を阻却すべき原由たる事実上の主張を為したので

あるから判決は右の主張に対する判断を示すことを要するに不拘此の点に付き特

判断を示すことをして居ないこれは判決に示すべき判断を遺脱した不法な判決

あるから到底破毀を免れないものと信ずる」というにある。

 しかし、原審公判調書によると、原審弁護人は、公判の弁論において、被告人

精神病懸念があることを主張したに過ぎず、刑事訴訟法第三百六十条第二項に規

定する事由があることを主張したものとは解せられないので、原判決がその点につ

いて判断を示さなかつたからとて、判断を遺脱したものとはならず、論旨は理由

ない。

 よつて裁判所法第十条第一号、刑事訴訟法第四百四十六条より、主文のとおり判

決する。

 以上は裁判官全員の一致した意見である

 なお、上告趣意第一点に対する補充意見は、次のとおりである

 裁判官島保、同藤田八郎、同岩松三郎、同河村又介の各意見

 憲法は残虐な刑罰絶対に禁じている。したがつて、死刑が当然に残虐な刑罰

あるとすれば、憲法は他の規定死刑の存置を認めるわけがない。しかるに、憲法

第三十一条の反面解釈によると、法律の定める手続によれば、刑罰として死刑を科

しうることが窺われるので、憲法死刑ただちに残虐な刑罰として禁じたもの

はいうことができない。しかし、憲法は、その制定当時における国民感情を反映し

4 -

て右のような規定を設けたにとどまり死刑永久是認したものとは考えられな

い。ある刑罰が残虐であるかどうかの判断国民感情によつて定まる問題である

而して国民感情は、時代とともに変遷することを免かれないのであるから、ある時

代に残虐な刑罰でないとされたものが、後の時代に反対に判断されることも在りう

ることである。したがつて、国家文化が高度に発達して正義と秩序を基調とする

平和社会が実現し、公共の福祉のために死刑の威嚇による犯罪の防止を必要と感

じない時代に達したならば、死刑もまた残虐な刑罰として国民感情により否定され

るにちがいない。かかる場合には、憲法第三十一条解釈もおのずから制限されて、

死刑は残虐な刑罰として憲法違反するものとして、排除されることもあろう。し

かし、今日はまだこのような時期に達したものはいうことができない。されば死

刑は憲法の禁ずる残虐な刑罰であるという理由で原判決違法を主張する弁護人

論旨は採用することができない。

 裁判官井上登意見

 本件判決理由としては大体以上に書かれて居る処でいいと思ふが、私は左に法

文上の根拠に付て少しく敷衍して置きたい。

 法文に関係なく只漫然と、死刑は残虐なりや否やということになれば、それは簡

単に一言で云い切ることは出来ない。「残虐」と云う語の使い方如何によつてもち

がつて来る、例へば論旨の様に「死刑は貴重な人命を奪つてしまものたから、こ

れ程残虐なものはないではないか」と云うふうに使う人もある、(仮りにこれを広

義の使い方と云つて置く)しかし、又「残虐と云う語は通常そう云うふうには使わ

ないのではないか、虐殺とか集団殺戮とか或は又特別残酷な傷害とかそう云う様な

場合特に用いられるので、単純な傷害や殺人に対しては余り使はれないのではな

いか」と云えば、そうも云えるであろう(仮りにこれを狭義の使い方と云つて置く)

こんなことを云つて居てはきりがない、我々の当面の問題はこう云うことではない

5 -

ので、具体的に憲法第三十六条の「残虐の刑」と云う語が死刑現代文明諸国で通

常行われて居る様な方法による死刑の意以下同意義)を包含する意味に使われて居

るかどうかと云うことである(我々の問題死刑規定して居る刑法の条文が憲法

第三十六条違反するものとして無効法律であるかどうかと云うことであり、つ

まり同条は絶対死刑を禁止する趣旨と解すべきものなりや否やの問題からであ

る)そしてこれは純然たる法律解釈問題から何と云つても法文上の根拠と云う

もの重要である私は前にも書いた通り残虐と云う語は広くも狭くも使われ得ると

思ふから憲法第三十六条の字句丈けで此の問題を決するのは無理で、法文上の根拠

と云えば他の条文に之れを求めなければならないと思う、そこで憲法十三条は「

すべて国民は、個人として尊重される。生命自由及び幸福追求に対する国民の権

利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で最大の尊重

必要とする。」と規定し同第三十一条は「何人も、法律の定める手続によらなけれ

ばその生命若しくは自由を奪はれ、又はその他の刑罰を科せられない。」と規定

て居る、これ等を綜合するとその裏面解釈として憲法公共の福祉の為めには法律

の定めた手続によれば刑罰によつて人の生命も奪はれ得ることを認容して居るもの

と見なければならない、之れと対照して第三十六条を見ると同条の「残虐の刑」の

中には死刑は含まれないもの即ち同条は絶対死刑を許さないと云う趣旨ではない

と解するのが妥当である(即ち同条は残虐と云う語を前記狭義に使用して居るので、

私は此の使い方が通常だと思ふから右の解釈字義から云つても相当だと思う)反

対説は第三十一条は第三十六条によつて制限せられて居るのだと説く、しかし第三

一条を虚心に見ればどうしてもそれは無理なこじつけと外思えない、若し第三十

六条絶対死刑を許さぬ趣旨だとすれば之れにより成規の手続によると否とに拘

はらず絶対刑罰によつて人の生命は奪はれ得ないとになるから第三十一条に「生

命」と云う字を入れる必要はないのみならず却つてこれを入れてはいけない筈であ

6 -

る、盖同条に「生命」の二字が存する限り右の趣旨に反する前記の裏面解釈が出て

来るのは当然であり憲法文句としてこんなまずいことはないからである、他に第

三十六条絶対死刑を禁止する趣旨と解すべき法文上の根拠は見当らない。

 以上は形式的理論解釈である、現今我国の社会情勢その他から見て遺憾ながら今

直ちに刑法死刑に関する条文を尽く無効化してしまうことが必ずしも適当とは思わ

ぬことその他実質的理由に付ては他の裁判官の書いた理由中に相当書かれて居

ると思う。最後に島裁判官の書いた補充意見には其の背後に「何と云つても死刑

いやなものに相違ない、一日も早くこんなもの必要としない時代が来ればいい」

と云つた様な思想乃至感情が多分に支配して居ると私は推察する、この感情に於て

私も決して人後に落ちるとは思はない、しか憲法絶対死刑を許さぬ趣旨では

ないと云う丈けで固より死刑の存置を命じて居るものでないことは勿論だから若し

死刑必要としない、若しくは国民全体の感情死刑を忍び得ないと云う様な時が

来れば国会は進んで死刑の条文を廃止するであろうし又条文は残つて居ても事実上

裁判官死刑を選択しないであろう、今でも誰れも好んで死刑を言渡すものはない

のが実状だから

 検察官橋本三関

  昭和二十三年三月十二日

     最高裁判所法廷

         裁判長裁判官    塚   崎   直   義

            裁判官    長 谷 川   太 一 郎

            裁判官    霜   山   精   一

            裁判官    井   上       登

            裁判官    真   野       毅

            裁判官    庄   野   理   一

7 -

            裁判官    島           保

            裁判官    斎   藤   悠   輔

            裁判官    岩   松   三   郎

            裁判官    河   村   又   介

 裁判官藤田八郎は出張中につき、署名捺印することができない。

         裁判長裁判官    塚   崎   直   義

8 -

死刑に関するわが国の考え方が伺われる最高裁判決

死刑に関するわが国の考え方が伺われる最高裁判決

         主    文

     本件上告を棄却する。

         理    由

 弁護人西村真人上告趣意第一点は「原判決法令解釈を誤りて適用した違法

判決である即ち原判決被告人に対し刑法第百九十九条同第二百条を適用して死刑

の言渡をしたがこれは憲法違反である何となれば新憲法第三十六条は「公務員によ

拷問及び残虐な刑罰絶対にこれを禁ずる」と規定している而して死刑こそは最

も残虐な刑罰であるから憲法によつて刑法第百九十九条同第二百条等に於ける死

刑に関する規定は当然廃除されたものと解すべきである然るに原判決被告人に対

し新憲法によつて絶対に禁止され従つて又当然失効した刑法第百九十九条同第二百

条に於ける死刑規定適用して被告人死刑を言渡したのであるから法令解釈

を誤りて適用した違法判決として当然破毀を免れざるものと信ず」というにある。

 生命は尊貴である。一人の生命は、全地球よりも重い。死刑は、まさにあらゆる

刑罰のうちで最も冷厳な刑罰であり、またまことにやむを得ざるに出ずる窮極の刑

である。それは言うまでもなく、尊厳人間存在の根元である生命のものを永

遠に奪い去るものからである現代国家は一般に、統治権の作用として刑罰権を

行使するにあたり、刑罰の種類として死刑を認めるかどうか、いかなる罪質に対し

死刑を科するか、またいかなる方法手続をもつて死刑執行するかを法定してい

る。そして、刑事裁判においては、具体的事件に対して被告人死刑を科するか他

刑罰を科するかを審判する。かくてなされた死刑判決は法定の方法手続に従つ

現実執行せられることとなる。これら一連の関係において死刑制度は常に、国

刑事政策の面と人道上の面との双方から深き批判考慮が払われている。されば、

各国の刑罰史を顧みれば、死刑制度及びその運用は、総ての他のものと同様に、

常に時代環境とに応じて変遷があり、流転があり、進化がとげられてきたという

1 -

ことが窮い知られる。わが国の最近において、治安維持法国防安法陸軍刑法

海軍刑法、軍機保護法及び戦時犯罪処罰特例法等の廃止による各死刑制の消滅のご

ときは、その顕著な例証を示すものである。そこで新憲法一般的概括的に死刑

のものの存否についていかなる態度をとつているのであるか。弁護人の主張するよ

うに、果して刑法死刑規定は、憲法違反として効力を有しないものであろうか。

まず、憲法十三条においては、すべて国民は個人として尊重せられ、生命に対す

国民権利については、立法その他の国政の上で最大の尊重必要とする旨を規

定している。しかし、同時に同条においては、公共の福祉に反しない限りという厳

格な枠をはめているから、もし公共の福祉という基本的原則に反する場合には、生

命に対する国民権利といえども立法制限乃至剥奪されることを当然予想してい

ものといわねばならぬ。そしてさらに、憲法第三十一条によれば、国民個人の生

命の尊貴といえども、法律の定める適理の手続によつて、これを奪う刑罰を科せら

れることが、明かに定められている。すなわち憲法は、現代多数の文化国家におけ

ると同様に、刑罰として死刑の存置を想定し、これを是認したものと解すべきであ

る。言葉をかえれば、死刑の威嚇力によつて一般予防をなし、死刑執行によつて

特殊社会悪の根元を絶ち、これをもつて社会防衛せんとしたものであり、また

個体に対する人道観の上に全体に対する人道観を優位せしめ、結局社会公共の福祉

のために死刑制度の存続の必要性承認したものと解せられるのである弁護人は、

憲法第三十六条が残虐な刑罰絶対に禁ずる旨を定めているのを根拠として、刑法

死刑規定憲法違反だと主張するのであるしか死刑は、冒頭にも述べたよう

にまさに窮極の刑罰であり、また冷厳な刑罰ではあるが、刑罰としての死刑そのも

のが、一般に直ちに同条にいわゆる残虐な刑罰に該当するとは考えられない。ただ

死刑といえども、他の刑罰場合におけると同様に、その執行方法等がその時代

環境とにおいて人道上見地から一般に残虐性を有するものと認められる場合

2 -

は、勿論これを残虐な刑罰といわねばならぬから、将来若し死刑について火あぶり

はりつけ、さらし首、釜ゆでの刑のごとき残虐な執行方法を定める法律が制定され

たとするならば、その法律こそは、まさに憲法第三十六条違反するものというべ

である。前述のごとくであるから死刑のものをもつて残虐な刑罰と解し、刑

死刑規定憲法違反とする弁護人の論旨は、理由なきものといわねばならぬ。

 同第二点は「原判決は審理不尽違法がある即ち被告人は本件犯行当時精神障礙

者ではないかとの疑顕著なものがあるこれを記録に徴すると左の如くである(一)

問(裁判長)「先ニ言ツタ様ニ母ヤ妹カ食糧不足ノ事ヲ辛ク当リ被告人カ真面目ニ

カスソレニ米ヲ取ツタ事等喧シク云ツタトシテモソノ為メニ殺スト云フ事ハ普通

人ニハ到底考ヘラレヌ事ダガ他ニ事情デモアツタカ」答(被告人)「他ニハ別ニア

リマセンデシタ」トノ記載(記録第一七七丁表)問(裁判長)「……其ノ原因ハ被

告人ニアルコトテソレガ為メ殺ス気ニナルト云フノハ普通ヘラレヌ事ダガドウカ」

答ヘストノ記載(記録第一七七丁裏)(二)検事はその論旨に於て被告人一見

神ニ異常ヲ来シ居リタルニ非ズヤト疑ハシメルモノアリ云々」との記載(記録第一

八六丁裏)(三)弁護人が弁論に於て被告人は「当時一種ノ精神病ニ冒サレ居リタ

ルニ非スヤトノ懸念ヲ生セシムルモノアリ」との記載(記録第一八七丁表)抑々被

告人の行為当時に於ける精神状態の如何は事実裁判所職権を以て調査を為すべき事

項に属するのであるから本件の如く被告人精神状態に付き顕著なる疑ひある場合

は当然進んで職権を以つて鑑定人の鑑定に附すか又は裁判所自ら之を調査して被告

人の精神障礙の有無、程度を判定し刑法第三十九条に該当するや否やを決しなけれ

ばならぬ、然るに原判決はこの挙に出でず漫然被告人死刑に処したのは審理不尽

の不法あり此の点に於て破毀を免れないものと信ずる」というにある。

 しかし、記録を精査しても、本件犯行に際して被告人精神障礙のあつたことを

疑うに足りる事跡がなく、原審も被告人精神障礙のないことを認めて判決したの

3 -

であるから、原審が被告人精神状態につき鑑定その他の審査をしなかつたとして

も、審理不尽違法はなく、論旨は理由がない。

 同第三点は「原判決判決に示すべき判断を遺脱した違法がある即ち原審に於て

弁護人被告人が「当時一種の精神病に冒され居たるに非ずやとの懸念を生ぜしむ

ものあり」(記録第一八六丁裏)との弁論を為し犯行当時被告人精神に障礙あ

るを以つて法律上本件犯罪の成立を阻却すべき原由たる事実上の主張を為したので

あるから判決は右の主張に対する判断を示すことを要するに不拘此の点に付き特

判断を示すことをして居ないこれは判決に示すべき判断を遺脱した不法な判決

あるから到底破毀を免れないものと信ずる」というにある。

 しかし、原審公判調書によると、原審弁護人は、公判の弁論において、被告人

精神病懸念があることを主張したに過ぎず、刑事訴訟法第三百六十条第二項に規

定する事由があることを主張したものとは解せられないので、原判決がその点につ

いて判断を示さなかつたからとて、判断を遺脱したものとはならず、論旨は理由

ない。

 よつて裁判所法第十条第一号、刑事訴訟法第四百四十六条より、主文のとおり判

決する。

 以上は裁判官全員の一致した意見である

 なお、上告趣意第一点に対する補充意見は、次のとおりである

 裁判官島保、同藤田八郎、同岩松三郎、同河村又介の各意見

 憲法は残虐な刑罰絶対に禁じている。したがつて、死刑が当然に残虐な刑罰

あるとすれば、憲法は他の規定死刑の存置を認めるわけがない。しかるに、憲法

第三十一条の反面解釈によると、法律の定める手続によれば、刑罰として死刑を科

しうることが窺われるので、憲法死刑ただちに残虐な刑罰として禁じたもの

はいうことができない。しかし、憲法は、その制定当時における国民感情を反映し

4 -

て右のような規定を設けたにとどまり死刑永久是認したものとは考えられな

い。ある刑罰が残虐であるかどうかの判断国民感情によつて定まる問題である

而して国民感情は、時代とともに変遷することを免かれないのであるから、ある時

代に残虐な刑罰でないとされたものが、後の時代に反対に判断されることも在りう

ることである。したがつて、国家文化が高度に発達して正義と秩序を基調とする

平和社会が実現し、公共の福祉のために死刑の威嚇による犯罪の防止を必要と感

じない時代に達したならば、死刑もまた残虐な刑罰として国民感情により否定され

るにちがいない。かかる場合には、憲法第三十一条解釈もおのずから制限されて、

死刑は残虐な刑罰として憲法違反するものとして、排除されることもあろう。し

かし、今日はまだこのような時期に達したものはいうことができない。されば死

刑は憲法の禁ずる残虐な刑罰であるという理由で原判決違法を主張する弁護人

論旨は採用することができない。

 裁判官井上登意見

 本件判決理由としては大体以上に書かれて居る処でいいと思ふが、私は左に法

文上の根拠に付て少しく敷衍して置きたい。

 法文に関係なく只漫然と、死刑は残虐なりや否やということになれば、それは簡

単に一言で云い切ることは出来ない。「残虐」と云う語の使い方如何によつてもち

がつて来る、例へば論旨の様に「死刑は貴重な人命を奪つてしまものたから、こ

れ程残虐なものはないではないか」と云うふうに使う人もある、(仮りにこれを広

義の使い方と云つて置く)しかし、又「残虐と云う語は通常そう云うふうには使わ

ないのではないか、虐殺とか集団殺戮とか或は又特別残酷な傷害とかそう云う様な

場合特に用いられるので、単純な傷害や殺人に対しては余り使はれないのではな

いか」と云えば、そうも云えるであろう(仮りにこれを狭義の使い方と云つて置く)

こんなことを云つて居てはきりがない、我々の当面の問題はこう云うことではない

5 -

ので、具体的に憲法第三十六条の「残虐の刑」と云う語が死刑現代文明諸国で通

常行われて居る様な方法による死刑の意以下同意義)を包含する意味に使われて居

るかどうかと云うことである(我々の問題死刑規定して居る刑法の条文が憲法

第三十六条違反するものとして無効法律であるかどうかと云うことであり、つ

まり同条は絶対死刑を禁止する趣旨と解すべきものなりや否やの問題からであ

る)そしてこれは純然たる法律解釈問題から何と云つても法文上の根拠と云う

もの重要である私は前にも書いた通り残虐と云う語は広くも狭くも使われ得ると

思ふから憲法第三十六条の字句丈けで此の問題を決するのは無理で、法文上の根拠

と云えば他の条文に之れを求めなければならないと思う、そこで憲法十三条は「

すべて国民は、個人として尊重される。生命自由及び幸福追求に対する国民の権

利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で最大の尊重

必要とする。」と規定し同第三十一条は「何人も、法律の定める手続によらなけれ

ばその生命若しくは自由を奪はれ、又はその他の刑罰を科せられない。」と規定

て居る、これ等を綜合するとその裏面解釈として憲法公共の福祉の為めには法律

の定めた手続によれば刑罰によつて人の生命も奪はれ得ることを認容して居るもの

と見なければならない、之れと対照して第三十六条を見ると同条の「残虐の刑」の

中には死刑は含まれないもの即ち同条は絶対死刑を許さないと云う趣旨ではない

と解するのが妥当である(即ち同条は残虐と云う語を前記狭義に使用して居るので、

私は此の使い方が通常だと思ふから右の解釈字義から云つても相当だと思う)反

対説は第三十一条は第三十六条によつて制限せられて居るのだと説く、しかし第三

一条を虚心に見ればどうしてもそれは無理なこじつけと外思えない、若し第三十

六条絶対死刑を許さぬ趣旨だとすれば之れにより成規の手続によると否とに拘

はらず絶対刑罰によつて人の生命は奪はれ得ないとになるから第三十一条に「生

命」と云う字を入れる必要はないのみならず却つてこれを入れてはいけない筈であ

6 -

る、盖同条に「生命」の二字が存する限り右の趣旨に反する前記の裏面解釈が出て

来るのは当然であり憲法文句としてこんなまずいことはないからである、他に第

三十六条絶対死刑を禁止する趣旨と解すべき法文上の根拠は見当らない。

 以上は形式的理論解釈である、現今我国の社会情勢その他から見て遺憾ながら今

直ちに刑法死刑に関する条文を尽く無効化してしまうことが必ずしも適当とは思わ

ぬことその他実質的理由に付ては他の裁判官の書いた理由中に相当書かれて居

ると思う。最後に島裁判官の書いた補充意見には其の背後に「何と云つても死刑

いやなものに相違ない、一日も早くこんなもの必要としない時代が来ればいい」

と云つた様な思想乃至感情が多分に支配して居ると私は推察する、この感情に於て

私も決して人後に落ちるとは思はない、しか憲法絶対死刑を許さぬ趣旨では

ないと云う丈けで固より死刑の存置を命じて居るものでないことは勿論だから若し

死刑必要としない、若しくは国民全体の感情死刑を忍び得ないと云う様な時が

来れば国会は進んで死刑の条文を廃止するであろうし又条文は残つて居ても事実上

裁判官死刑を選択しないであろう、今でも誰れも好んで死刑を言渡すものはない

のが実状だから

 検察官橋本三関

  昭和二十三年三月十二日

     最高裁判所法廷

         裁判長裁判官    塚   崎   直   義

            裁判官    長 谷 川   太 一 郎

            裁判官    霜   山   精   一

            裁判官    井   上       登

            裁判官    真   野       毅

            裁判官    庄   野   理   一

7 -

            裁判官    島           保

            裁判官    斎   藤   悠   輔

            裁判官    岩   松   三   郎

            裁判官    河   村   又   介

 裁判官藤田八郎は出張中につき、署名捺印することができない。

         裁判長裁判官    塚   崎   直   義

8 -

死刑に関するわが国の考え方が伺われる最高裁判決

死刑に関するわが国の考え方が伺われる最高裁判決

         主    文

     本件上告を棄却する。

         理    由

 弁護人西村真人上告趣意第一点は「原判決法令解釈を誤りて適用した違法

判決である即ち原判決被告人に対し刑法第百九十九条同第二百条を適用して死刑

の言渡をしたがこれは憲法違反である何となれば新憲法第三十六条は「公務員によ

拷問及び残虐な刑罰絶対にこれを禁ずる」と規定している而して死刑こそは最

も残虐な刑罰であるから憲法によつて刑法第百九十九条同第二百条等に於ける死

刑に関する規定は当然廃除されたものと解すべきである然るに原判決被告人に対

し新憲法によつて絶対に禁止され従つて又当然失効した刑法第百九十九条同第二百

条に於ける死刑規定適用して被告人死刑を言渡したのであるから法令解釈

を誤りて適用した違法判決として当然破毀を免れざるものと信ず」というにある。

 生命は尊貴である。一人の生命は、全地球よりも重い。死刑は、まさにあらゆる

刑罰のうちで最も冷厳な刑罰であり、またまことにやむを得ざるに出ずる窮極の刑

である。それは言うまでもなく、尊厳人間存在の根元である生命のものを永

遠に奪い去るものからである現代国家は一般に、統治権の作用として刑罰権を

行使するにあたり、刑罰の種類として死刑を認めるかどうか、いかなる罪質に対し

死刑を科するか、またいかなる方法手続をもつて死刑執行するかを法定してい

る。そして、刑事裁判においては、具体的事件に対して被告人死刑を科するか他

刑罰を科するかを審判する。かくてなされた死刑判決は法定の方法手続に従つ

現実執行せられることとなる。これら一連の関係において死刑制度は常に、国

刑事政策の面と人道上の面との双方から深き批判考慮が払われている。されば、

各国の刑罰史を顧みれば、死刑制度及びその運用は、総ての他のものと同様に、

常に時代環境とに応じて変遷があり、流転があり、進化がとげられてきたという

1 -

ことが窮い知られる。わが国の最近において、治安維持法国防安法陸軍刑法

海軍刑法、軍機保護法及び戦時犯罪処罰特例法等の廃止による各死刑制の消滅のご

ときは、その顕著な例証を示すものである。そこで新憲法一般的概括的に死刑

のものの存否についていかなる態度をとつているのであるか。弁護人の主張するよ

うに、果して刑法死刑規定は、憲法違反として効力を有しないものであろうか。

まず、憲法十三条においては、すべて国民は個人として尊重せられ、生命に対す

国民権利については、立法その他の国政の上で最大の尊重必要とする旨を規

定している。しかし、同時に同条においては、公共の福祉に反しない限りという厳

格な枠をはめているから、もし公共の福祉という基本的原則に反する場合には、生

命に対する国民権利といえども立法制限乃至剥奪されることを当然予想してい

ものといわねばならぬ。そしてさらに、憲法第三十一条によれば、国民個人の生

命の尊貴といえども、法律の定める適理の手続によつて、これを奪う刑罰を科せら

れることが、明かに定められている。すなわち憲法は、現代多数の文化国家におけ

ると同様に、刑罰として死刑の存置を想定し、これを是認したものと解すべきであ

る。言葉をかえれば、死刑の威嚇力によつて一般予防をなし、死刑執行によつて

特殊社会悪の根元を絶ち、これをもつて社会防衛せんとしたものであり、また

個体に対する人道観の上に全体に対する人道観を優位せしめ、結局社会公共の福祉

のために死刑制度の存続の必要性承認したものと解せられるのである弁護人は、

憲法第三十六条が残虐な刑罰絶対に禁ずる旨を定めているのを根拠として、刑法

死刑規定憲法違反だと主張するのであるしか死刑は、冒頭にも述べたよう

にまさに窮極の刑罰であり、また冷厳な刑罰ではあるが、刑罰としての死刑そのも

のが、一般に直ちに同条にいわゆる残虐な刑罰に該当するとは考えられない。ただ

死刑といえども、他の刑罰場合におけると同様に、その執行方法等がその時代

環境とにおいて人道上見地から一般に残虐性を有するものと認められる場合

2 -

は、勿論これを残虐な刑罰といわねばならぬから、将来若し死刑について火あぶり

はりつけ、さらし首、釜ゆでの刑のごとき残虐な執行方法を定める法律が制定され

たとするならば、その法律こそは、まさに憲法第三十六条違反するものというべ

である。前述のごとくであるから死刑のものをもつて残虐な刑罰と解し、刑

死刑規定憲法違反とする弁護人の論旨は、理由なきものといわねばならぬ。

 同第二点は「原判決は審理不尽違法がある即ち被告人は本件犯行当時精神障礙

者ではないかとの疑顕著なものがあるこれを記録に徴すると左の如くである(一)

問(裁判長)「先ニ言ツタ様ニ母ヤ妹カ食糧不足ノ事ヲ辛ク当リ被告人カ真面目ニ

カスソレニ米ヲ取ツタ事等喧シク云ツタトシテモソノ為メニ殺スト云フ事ハ普通

人ニハ到底考ヘラレヌ事ダガ他ニ事情デモアツタカ」答(被告人)「他ニハ別ニア

リマセンデシタ」トノ記載(記録第一七七丁表)問(裁判長)「……其ノ原因ハ被

告人ニアルコトテソレガ為メ殺ス気ニナルト云フノハ普通ヘラレヌ事ダガドウカ」

答ヘストノ記載(記録第一七七丁裏)(二)検事はその論旨に於て被告人一見

神ニ異常ヲ来シ居リタルニ非ズヤト疑ハシメルモノアリ云々」との記載(記録第一

八六丁裏)(三)弁護人が弁論に於て被告人は「当時一種ノ精神病ニ冒サレ居リタ

ルニ非スヤトノ懸念ヲ生セシムルモノアリ」との記載(記録第一八七丁表)抑々被

告人の行為当時に於ける精神状態の如何は事実裁判所職権を以て調査を為すべき事

項に属するのであるから本件の如く被告人精神状態に付き顕著なる疑ひある場合

は当然進んで職権を以つて鑑定人の鑑定に附すか又は裁判所自ら之を調査して被告

人の精神障礙の有無、程度を判定し刑法第三十九条に該当するや否やを決しなけれ

ばならぬ、然るに原判決はこの挙に出でず漫然被告人死刑に処したのは審理不尽

の不法あり此の点に於て破毀を免れないものと信ずる」というにある。

 しかし、記録を精査しても、本件犯行に際して被告人精神障礙のあつたことを

疑うに足りる事跡がなく、原審も被告人精神障礙のないことを認めて判決したの

3 -

であるから、原審が被告人精神状態につき鑑定その他の審査をしなかつたとして

も、審理不尽違法はなく、論旨は理由がない。

 同第三点は「原判決判決に示すべき判断を遺脱した違法がある即ち原審に於て

弁護人被告人が「当時一種の精神病に冒され居たるに非ずやとの懸念を生ぜしむ

ものあり」(記録第一八六丁裏)との弁論を為し犯行当時被告人精神に障礙あ

るを以つて法律上本件犯罪の成立を阻却すべき原由たる事実上の主張を為したので

あるから判決は右の主張に対する判断を示すことを要するに不拘此の点に付き特

判断を示すことをして居ないこれは判決に示すべき判断を遺脱した不法な判決

あるから到底破毀を免れないものと信ずる」というにある。

 しかし、原審公判調書によると、原審弁護人は、公判の弁論において、被告人

精神病懸念があることを主張したに過ぎず、刑事訴訟法第三百六十条第二項に規

定する事由があることを主張したものとは解せられないので、原判決がその点につ

いて判断を示さなかつたからとて、判断を遺脱したものとはならず、論旨は理由

ない。

 よつて裁判所法第十条第一号、刑事訴訟法第四百四十六条より、主文のとおり判

決する。

 以上は裁判官全員の一致した意見である

 なお、上告趣意第一点に対する補充意見は、次のとおりである

 裁判官島保、同藤田八郎、同岩松三郎、同河村又介の各意見

 憲法は残虐な刑罰絶対に禁じている。したがつて、死刑が当然に残虐な刑罰

あるとすれば、憲法は他の規定死刑の存置を認めるわけがない。しかるに、憲法

第三十一条の反面解釈によると、法律の定める手続によれば、刑罰として死刑を科

しうることが窺われるので、憲法死刑ただちに残虐な刑罰として禁じたもの

はいうことができない。しかし、憲法は、その制定当時における国民感情を反映し

4 -

て右のような規定を設けたにとどまり死刑永久是認したものとは考えられな

い。ある刑罰が残虐であるかどうかの判断国民感情によつて定まる問題である

而して国民感情は、時代とともに変遷することを免かれないのであるから、ある時

代に残虐な刑罰でないとされたものが、後の時代に反対に判断されることも在りう

ることである。したがつて、国家文化が高度に発達して正義と秩序を基調とする

平和社会が実現し、公共の福祉のために死刑の威嚇による犯罪の防止を必要と感

じない時代に達したならば、死刑もまた残虐な刑罰として国民感情により否定され

るにちがいない。かかる場合には、憲法第三十一条解釈もおのずから制限されて、

死刑は残虐な刑罰として憲法違反するものとして、排除されることもあろう。し

かし、今日はまだこのような時期に達したものはいうことができない。されば死

刑は憲法の禁ずる残虐な刑罰であるという理由で原判決違法を主張する弁護人

論旨は採用することができない。

 裁判官井上登意見

 本件判決理由としては大体以上に書かれて居る処でいいと思ふが、私は左に法

文上の根拠に付て少しく敷衍して置きたい。

 法文に関係なく只漫然と、死刑は残虐なりや否やということになれば、それは簡

単に一言で云い切ることは出来ない。「残虐」と云う語の使い方如何によつてもち

がつて来る、例へば論旨の様に「死刑は貴重な人命を奪つてしまものたから、こ

れ程残虐なものはないではないか」と云うふうに使う人もある、(仮りにこれを広

義の使い方と云つて置く)しかし、又「残虐と云う語は通常そう云うふうには使わ

ないのではないか、虐殺とか集団殺戮とか或は又特別残酷な傷害とかそう云う様な

場合特に用いられるので、単純な傷害や殺人に対しては余り使はれないのではな

いか」と云えば、そうも云えるであろう(仮りにこれを狭義の使い方と云つて置く)

こんなことを云つて居てはきりがない、我々の当面の問題はこう云うことではない

5 -

ので、具体的に憲法第三十六条の「残虐の刑」と云う語が死刑現代文明諸国で通

常行われて居る様な方法による死刑の意以下同意義)を包含する意味に使われて居

るかどうかと云うことである(我々の問題死刑規定して居る刑法の条文が憲法

第三十六条違反するものとして無効法律であるかどうかと云うことであり、つ

まり同条は絶対死刑を禁止する趣旨と解すべきものなりや否やの問題からであ

る)そしてこれは純然たる法律解釈問題から何と云つても法文上の根拠と云う

もの重要である私は前にも書いた通り残虐と云う語は広くも狭くも使われ得ると

思ふから憲法第三十六条の字句丈けで此の問題を決するのは無理で、法文上の根拠

と云えば他の条文に之れを求めなければならないと思う、そこで憲法十三条は「

すべて国民は、個人として尊重される。生命自由及び幸福追求に対する国民の権

利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で最大の尊重

必要とする。」と規定し同第三十一条は「何人も、法律の定める手続によらなけれ

ばその生命若しくは自由を奪はれ、又はその他の刑罰を科せられない。」と規定

て居る、これ等を綜合するとその裏面解釈として憲法公共の福祉の為めには法律

の定めた手続によれば刑罰によつて人の生命も奪はれ得ることを認容して居るもの

と見なければならない、之れと対照して第三十六条を見ると同条の「残虐の刑」の

中には死刑は含まれないもの即ち同条は絶対死刑を許さないと云う趣旨ではない

と解するのが妥当である(即ち同条は残虐と云う語を前記狭義に使用して居るので、

私は此の使い方が通常だと思ふから右の解釈字義から云つても相当だと思う)反

対説は第三十一条は第三十六条によつて制限せられて居るのだと説く、しかし第三

一条を虚心に見ればどうしてもそれは無理なこじつけと外思えない、若し第三十

六条絶対死刑を許さぬ趣旨だとすれば之れにより成規の手続によると否とに拘

はらず絶対刑罰によつて人の生命は奪はれ得ないとになるから第三十一条に「生

命」と云う字を入れる必要はないのみならず却つてこれを入れてはいけない筈であ

6 -

る、盖同条に「生命」の二字が存する限り右の趣旨に反する前記の裏面解釈が出て

来るのは当然であり憲法文句としてこんなまずいことはないからである、他に第

三十六条絶対死刑を禁止する趣旨と解すべき法文上の根拠は見当らない。

 以上は形式的理論解釈である、現今我国の社会情勢その他から見て遺憾ながら今

直ちに刑法死刑に関する条文を尽く無効化してしまうことが必ずしも適当とは思わ

ぬことその他実質的理由に付ては他の裁判官の書いた理由中に相当書かれて居

ると思う。最後に島裁判官の書いた補充意見には其の背後に「何と云つても死刑

いやなものに相違ない、一日も早くこんなもの必要としない時代が来ればいい」

と云つた様な思想乃至感情が多分に支配して居ると私は推察する、この感情に於て

私も決して人後に落ちるとは思はない、しか憲法絶対死刑を許さぬ趣旨では

ないと云う丈けで固より死刑の存置を命じて居るものでないことは勿論だから若し

死刑必要としない、若しくは国民全体の感情死刑を忍び得ないと云う様な時が

来れば国会は進んで死刑の条文を廃止するであろうし又条文は残つて居ても事実上

裁判官死刑を選択しないであろう、今でも誰れも好んで死刑を言渡すものはない

のが実状だから

 検察官橋本三関

  昭和二十三年三月十二日

     最高裁判所法廷

         裁判長裁判官    塚   崎   直   義

            裁判官    長 谷 川   太 一 郎

            裁判官    霜   山   精   一

            裁判官    井   上       登

            裁判官    真   野       毅

            裁判官    庄   野   理   一

7 -

            裁判官    島           保

            裁判官    斎   藤   悠   輔

            裁判官    岩   松   三   郎

            裁判官    河   村   又   介

 裁判官藤田八郎は出張中につき、署名捺印することができない。

         裁判長裁判官    塚   崎   直   義

8 -

死刑に関するわが国の考え方が伺われる最高裁判決

死刑に関するわが国の考え方が伺われる最高裁判決

         主    文

     本件上告を棄却する。

         理    由

 弁護人西村真人上告趣意第一点は「原判決法令解釈を誤りて適用した違法

判決である即ち原判決被告人に対し刑法第百九十九条同第二百条を適用して死刑

の言渡をしたがこれは憲法違反である何となれば新憲法第三十六条は「公務員によ

拷問及び残虐な刑罰絶対にこれを禁ずる」と規定している而して死刑こそは最

も残虐な刑罰であるから憲法によつて刑法第百九十九条同第二百条等に於ける死

刑に関する規定は当然廃除されたものと解すべきである然るに原判決被告人に対

し新憲法によつて絶対に禁止され従つて又当然失効した刑法第百九十九条同第二百

条に於ける死刑規定適用して被告人死刑を言渡したのであるから法令解釈

を誤りて適用した違法判決として当然破毀を免れざるものと信ず」というにある。

 生命は尊貴である。一人の生命は、全地球よりも重い。死刑は、まさにあらゆる

刑罰のうちで最も冷厳な刑罰であり、またまことにやむを得ざるに出ずる窮極の刑

である。それは言うまでもなく、尊厳人間存在の根元である生命のものを永

遠に奪い去るものからである現代国家は一般に、統治権の作用として刑罰権を

行使するにあたり、刑罰の種類として死刑を認めるかどうか、いかなる罪質に対し

死刑を科するか、またいかなる方法手続をもつて死刑執行するかを法定してい

る。そして、刑事裁判においては、具体的事件に対して被告人死刑を科するか他

刑罰を科するかを審判する。かくてなされた死刑判決は法定の方法手続に従つ

現実執行せられることとなる。これら一連の関係において死刑制度は常に、国

刑事政策の面と人道上の面との双方から深き批判考慮が払われている。されば、

各国の刑罰史を顧みれば、死刑制度及びその運用は、総ての他のものと同様に、

常に時代環境とに応じて変遷があり、流転があり、進化がとげられてきたという

1 -

ことが窮い知られる。わが国の最近において、治安維持法国防安法陸軍刑法

海軍刑法、軍機保護法及び戦時犯罪処罰特例法等の廃止による各死刑制の消滅のご

ときは、その顕著な例証を示すものである。そこで新憲法一般的概括的に死刑

のものの存否についていかなる態度をとつているのであるか。弁護人の主張するよ

うに、果して刑法死刑規定は、憲法違反として効力を有しないものであろうか。

まず、憲法十三条においては、すべて国民は個人として尊重せられ、生命に対す

国民権利については、立法その他の国政の上で最大の尊重必要とする旨を規

定している。しかし、同時に同条においては、公共の福祉に反しない限りという厳

格な枠をはめているから、もし公共の福祉という基本的原則に反する場合には、生

命に対する国民権利といえども立法制限乃至剥奪されることを当然予想してい

ものといわねばならぬ。そしてさらに、憲法第三十一条によれば、国民個人の生

命の尊貴といえども、法律の定める適理の手続によつて、これを奪う刑罰を科せら

れることが、明かに定められている。すなわち憲法は、現代多数の文化国家におけ

ると同様に、刑罰として死刑の存置を想定し、これを是認したものと解すべきであ

る。言葉をかえれば、死刑の威嚇力によつて一般予防をなし、死刑執行によつて

特殊社会悪の根元を絶ち、これをもつて社会防衛せんとしたものであり、また

個体に対する人道観の上に全体に対する人道観を優位せしめ、結局社会公共の福祉

のために死刑制度の存続の必要性承認したものと解せられるのである弁護人は、

憲法第三十六条が残虐な刑罰絶対に禁ずる旨を定めているのを根拠として、刑法

死刑規定憲法違反だと主張するのであるしか死刑は、冒頭にも述べたよう

にまさに窮極の刑罰であり、また冷厳な刑罰ではあるが、刑罰としての死刑そのも

のが、一般に直ちに同条にいわゆる残虐な刑罰に該当するとは考えられない。ただ

死刑といえども、他の刑罰場合におけると同様に、その執行方法等がその時代

環境とにおいて人道上見地から一般に残虐性を有するものと認められる場合

2 -

は、勿論これを残虐な刑罰といわねばならぬから、将来若し死刑について火あぶり

はりつけ、さらし首、釜ゆでの刑のごとき残虐な執行方法を定める法律が制定され

たとするならば、その法律こそは、まさに憲法第三十六条違反するものというべ

である。前述のごとくであるから死刑のものをもつて残虐な刑罰と解し、刑

死刑規定憲法違反とする弁護人の論旨は、理由なきものといわねばならぬ。

 同第二点は「原判決は審理不尽違法がある即ち被告人は本件犯行当時精神障礙

者ではないかとの疑顕著なものがあるこれを記録に徴すると左の如くである(一)

問(裁判長)「先ニ言ツタ様ニ母ヤ妹カ食糧不足ノ事ヲ辛ク当リ被告人カ真面目ニ

カスソレニ米ヲ取ツタ事等喧シク云ツタトシテモソノ為メニ殺スト云フ事ハ普通

人ニハ到底考ヘラレヌ事ダガ他ニ事情デモアツタカ」答(被告人)「他ニハ別ニア

リマセンデシタ」トノ記載(記録第一七七丁表)問(裁判長)「……其ノ原因ハ被

告人ニアルコトテソレガ為メ殺ス気ニナルト云フノハ普通ヘラレヌ事ダガドウカ」

答ヘストノ記載(記録第一七七丁裏)(二)検事はその論旨に於て被告人一見

神ニ異常ヲ来シ居リタルニ非ズヤト疑ハシメルモノアリ云々」との記載(記録第一

八六丁裏)(三)弁護人が弁論に於て被告人は「当時一種ノ精神病ニ冒サレ居リタ

ルニ非スヤトノ懸念ヲ生セシムルモノアリ」との記載(記録第一八七丁表)抑々被

告人の行為当時に於ける精神状態の如何は事実裁判所職権を以て調査を為すべき事

項に属するのであるから本件の如く被告人精神状態に付き顕著なる疑ひある場合

は当然進んで職権を以つて鑑定人の鑑定に附すか又は裁判所自ら之を調査して被告

人の精神障礙の有無、程度を判定し刑法第三十九条に該当するや否やを決しなけれ

ばならぬ、然るに原判決はこの挙に出でず漫然被告人死刑に処したのは審理不尽

の不法あり此の点に於て破毀を免れないものと信ずる」というにある。

 しかし、記録を精査しても、本件犯行に際して被告人精神障礙のあつたことを

疑うに足りる事跡がなく、原審も被告人精神障礙のないことを認めて判決したの

3 -

であるから、原審が被告人精神状態につき鑑定その他の審査をしなかつたとして

も、審理不尽違法はなく、論旨は理由がない。

 同第三点は「原判決判決に示すべき判断を遺脱した違法がある即ち原審に於て

弁護人被告人が「当時一種の精神病に冒され居たるに非ずやとの懸念を生ぜしむ

ものあり」(記録第一八六丁裏)との弁論を為し犯行当時被告人精神に障礙あ

るを以つて法律上本件犯罪の成立を阻却すべき原由たる事実上の主張を為したので

あるから判決は右の主張に対する判断を示すことを要するに不拘此の点に付き特

判断を示すことをして居ないこれは判決に示すべき判断を遺脱した不法な判決

あるから到底破毀を免れないものと信ずる」というにある。

 しかし、原審公判調書によると、原審弁護人は、公判の弁論において、被告人

精神病懸念があることを主張したに過ぎず、刑事訴訟法第三百六十条第二項に規

定する事由があることを主張したものとは解せられないので、原判決がその点につ

いて判断を示さなかつたからとて、判断を遺脱したものとはならず、論旨は理由

ない。

 よつて裁判所法第十条第一号、刑事訴訟法第四百四十六条より、主文のとおり判

決する。

 以上は裁判官全員の一致した意見である

 なお、上告趣意第一点に対する補充意見は、次のとおりである

 裁判官島保、同藤田八郎、同岩松三郎、同河村又介の各意見

 憲法は残虐な刑罰絶対に禁じている。したがつて、死刑が当然に残虐な刑罰

あるとすれば、憲法は他の規定死刑の存置を認めるわけがない。しかるに、憲法

第三十一条の反面解釈によると、法律の定める手続によれば、刑罰として死刑を科

しうることが窺われるので、憲法死刑ただちに残虐な刑罰として禁じたもの

はいうことができない。しかし、憲法は、その制定当時における国民感情を反映し

4 -

て右のような規定を設けたにとどまり死刑永久是認したものとは考えられな

い。ある刑罰が残虐であるかどうかの判断国民感情によつて定まる問題である

而して国民感情は、時代とともに変遷することを免かれないのであるから、ある時

代に残虐な刑罰でないとされたものが、後の時代に反対に判断されることも在りう

ることである。したがつて、国家文化が高度に発達して正義と秩序を基調とする

平和社会が実現し、公共の福祉のために死刑の威嚇による犯罪の防止を必要と感

じない時代に達したならば、死刑もまた残虐な刑罰として国民感情により否定され

るにちがいない。かかる場合には、憲法第三十一条解釈もおのずから制限されて、

死刑は残虐な刑罰として憲法違反するものとして、排除されることもあろう。し

かし、今日はまだこのような時期に達したものはいうことができない。されば死

刑は憲法の禁ずる残虐な刑罰であるという理由で原判決違法を主張する弁護人

論旨は採用することができない。

 裁判官井上登意見

 本件判決理由としては大体以上に書かれて居る処でいいと思ふが、私は左に法

文上の根拠に付て少しく敷衍して置きたい。

 法文に関係なく只漫然と、死刑は残虐なりや否やということになれば、それは簡

単に一言で云い切ることは出来ない。「残虐」と云う語の使い方如何によつてもち

がつて来る、例へば論旨の様に「死刑は貴重な人命を奪つてしまものたから、こ

れ程残虐なものはないではないか」と云うふうに使う人もある、(仮りにこれを広

義の使い方と云つて置く)しかし、又「残虐と云う語は通常そう云うふうには使わ

ないのではないか、虐殺とか集団殺戮とか或は又特別残酷な傷害とかそう云う様な

場合特に用いられるので、単純な傷害や殺人に対しては余り使はれないのではな

いか」と云えば、そうも云えるであろう(仮りにこれを狭義の使い方と云つて置く)

こんなことを云つて居てはきりがない、我々の当面の問題はこう云うことではない

5 -

ので、具体的に憲法第三十六条の「残虐の刑」と云う語が死刑現代文明諸国で通

常行われて居る様な方法による死刑の意以下同意義)を包含する意味に使われて居

るかどうかと云うことである(我々の問題死刑規定して居る刑法の条文が憲法

第三十六条違反するものとして無効法律であるかどうかと云うことであり、つ

まり同条は絶対死刑を禁止する趣旨と解すべきものなりや否やの問題からであ

る)そしてこれは純然たる法律解釈問題から何と云つても法文上の根拠と云う

もの重要である私は前にも書いた通り残虐と云う語は広くも狭くも使われ得ると

思ふから憲法第三十六条の字句丈けで此の問題を決するのは無理で、法文上の根拠

と云えば他の条文に之れを求めなければならないと思う、そこで憲法十三条は「

すべて国民は、個人として尊重される。生命自由及び幸福追求に対する国民の権

利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で最大の尊重

必要とする。」と規定し同第三十一条は「何人も、法律の定める手続によらなけれ

ばその生命若しくは自由を奪はれ、又はその他の刑罰を科せられない。」と規定

て居る、これ等を綜合するとその裏面解釈として憲法公共の福祉の為めには法律

の定めた手続によれば刑罰によつて人の生命も奪はれ得ることを認容して居るもの

と見なければならない、之れと対照して第三十六条を見ると同条の「残虐の刑」の

中には死刑は含まれないもの即ち同条は絶対死刑を許さないと云う趣旨ではない

と解するのが妥当である(即ち同条は残虐と云う語を前記狭義に使用して居るので、

私は此の使い方が通常だと思ふから右の解釈字義から云つても相当だと思う)反

対説は第三十一条は第三十六条によつて制限せられて居るのだと説く、しかし第三

一条を虚心に見ればどうしてもそれは無理なこじつけと外思えない、若し第三十

六条絶対死刑を許さぬ趣旨だとすれば之れにより成規の手続によると否とに拘

はらず絶対刑罰によつて人の生命は奪はれ得ないとになるから第三十一条に「生

命」と云う字を入れる必要はないのみならず却つてこれを入れてはいけない筈であ

6 -

る、盖同条に「生命」の二字が存する限り右の趣旨に反する前記の裏面解釈が出て

来るのは当然であり憲法文句としてこんなまずいことはないからである、他に第

三十六条絶対死刑を禁止する趣旨と解すべき法文上の根拠は見当らない。

 以上は形式的理論解釈である、現今我国の社会情勢その他から見て遺憾ながら今

直ちに刑法死刑に関する条文を尽く無効化してしまうことが必ずしも適当とは思わ

ぬことその他実質的理由に付ては他の裁判官の書いた理由中に相当書かれて居

ると思う。最後に島裁判官の書いた補充意見には其の背後に「何と云つても死刑

いやなものに相違ない、一日も早くこんなもの必要としない時代が来ればいい」

と云つた様な思想乃至感情が多分に支配して居ると私は推察する、この感情に於て

私も決して人後に落ちるとは思はない、しか憲法絶対死刑を許さぬ趣旨では

ないと云う丈けで固より死刑の存置を命じて居るものでないことは勿論だから若し

死刑必要としない、若しくは国民全体の感情死刑を忍び得ないと云う様な時が

来れば国会は進んで死刑の条文を廃止するであろうし又条文は残つて居ても事実上

裁判官死刑を選択しないであろう、今でも誰れも好んで死刑を言渡すものはない

のが実状だから

 検察官橋本三関

  昭和二十三年三月十二日

     最高裁判所法廷

         裁判長裁判官    塚   崎   直   義

            裁判官    長 谷 川   太 一 郎

            裁判官    霜   山   精   一

            裁判官    井   上       登

            裁判官    真   野       毅

            裁判官    庄   野   理   一

7 -

            裁判官    島           保

            裁判官    斎   藤   悠   輔

            裁判官    岩   松   三   郎

            裁判官    河   村   又   介

 裁判官藤田八郎は出張中につき、署名捺印することができない。

         裁判長裁判官    塚   崎   直   義

8 -

死刑に関するわが国の考え方が伺われる最高裁判決

死刑に関するわが国の考え方が伺われる最高裁判決

         主    文

     本件上告を棄却する。

         理    由

 弁護人西村真人上告趣意第一点は「原判決法令解釈を誤りて適用した違法

判決である即ち原判決被告人に対し刑法第百九十九条同第二百条を適用して死刑

の言渡をしたがこれは憲法違反である何となれば新憲法第三十六条は「公務員によ

拷問及び残虐な刑罰絶対にこれを禁ずる」と規定している而して死刑こそは最

も残虐な刑罰であるから憲法によつて刑法第百九十九条同第二百条等に於ける死

刑に関する規定は当然廃除されたものと解すべきである然るに原判決被告人に対

し新憲法によつて絶対に禁止され従つて又当然失効した刑法第百九十九条同第二百

条に於ける死刑規定適用して被告人死刑を言渡したのであるから法令解釈

を誤りて適用した違法判決として当然破毀を免れざるものと信ず」というにある。

 生命は尊貴である。一人の生命は、全地球よりも重い。死刑は、まさにあらゆる

刑罰のうちで最も冷厳な刑罰であり、またまことにやむを得ざるに出ずる窮極の刑

である。それは言うまでもなく、尊厳人間存在の根元である生命のものを永

遠に奪い去るものからである現代国家は一般に、統治権の作用として刑罰権を

行使するにあたり、刑罰の種類として死刑を認めるかどうか、いかなる罪質に対し

死刑を科するか、またいかなる方法手続をもつて死刑執行するかを法定してい

る。そして、刑事裁判においては、具体的事件に対して被告人死刑を科するか他

刑罰を科するかを審判する。かくてなされた死刑判決は法定の方法手続に従つ

現実執行せられることとなる。これら一連の関係において死刑制度は常に、国

刑事政策の面と人道上の面との双方から深き批判考慮が払われている。されば、

各国の刑罰史を顧みれば、死刑制度及びその運用は、総ての他のものと同様に、

常に時代環境とに応じて変遷があり、流転があり、進化がとげられてきたという

1 -

ことが窮い知られる。わが国の最近において、治安維持法国防安法陸軍刑法

海軍刑法、軍機保護法及び戦時犯罪処罰特例法等の廃止による各死刑制の消滅のご

ときは、その顕著な例証を示すものである。そこで新憲法一般的概括的に死刑

のものの存否についていかなる態度をとつているのであるか。弁護人の主張するよ

うに、果して刑法死刑規定は、憲法違反として効力を有しないものであろうか。

まず、憲法十三条においては、すべて国民は個人として尊重せられ、生命に対す

国民権利については、立法その他の国政の上で最大の尊重必要とする旨を規

定している。しかし、同時に同条においては、公共の福祉に反しない限りという厳

格な枠をはめているから、もし公共の福祉という基本的原則に反する場合には、生

命に対する国民権利といえども立法制限乃至剥奪されることを当然予想してい

ものといわねばならぬ。そしてさらに、憲法第三十一条によれば、国民個人の生

命の尊貴といえども、法律の定める適理の手続によつて、これを奪う刑罰を科せら

れることが、明かに定められている。すなわち憲法は、現代多数の文化国家におけ

ると同様に、刑罰として死刑の存置を想定し、これを是認したものと解すべきであ

る。言葉をかえれば、死刑の威嚇力によつて一般予防をなし、死刑執行によつて

特殊社会悪の根元を絶ち、これをもつて社会防衛せんとしたものであり、また

個体に対する人道観の上に全体に対する人道観を優位せしめ、結局社会公共の福祉

のために死刑制度の存続の必要性承認したものと解せられるのである弁護人は、

憲法第三十六条が残虐な刑罰絶対に禁ずる旨を定めているのを根拠として、刑法

死刑規定憲法違反だと主張するのであるしか死刑は、冒頭にも述べたよう

にまさに窮極の刑罰であり、また冷厳な刑罰ではあるが、刑罰としての死刑そのも

のが、一般に直ちに同条にいわゆる残虐な刑罰に該当するとは考えられない。ただ

死刑といえども、他の刑罰場合におけると同様に、その執行方法等がその時代

環境とにおいて人道上見地から一般に残虐性を有するものと認められる場合

2 -

は、勿論これを残虐な刑罰といわねばならぬから、将来若し死刑について火あぶり

はりつけ、さらし首、釜ゆでの刑のごとき残虐な執行方法を定める法律が制定され

たとするならば、その法律こそは、まさに憲法第三十六条違反するものというべ

である。前述のごとくであるから死刑のものをもつて残虐な刑罰と解し、刑

死刑規定憲法違反とする弁護人の論旨は、理由なきものといわねばならぬ。

 同第二点は「原判決は審理不尽違法がある即ち被告人は本件犯行当時精神障礙

者ではないかとの疑顕著なものがあるこれを記録に徴すると左の如くである(一)

問(裁判長)「先ニ言ツタ様ニ母ヤ妹カ食糧不足ノ事ヲ辛ク当リ被告人カ真面目ニ

カスソレニ米ヲ取ツタ事等喧シク云ツタトシテモソノ為メニ殺スト云フ事ハ普通

人ニハ到底考ヘラレヌ事ダガ他ニ事情デモアツタカ」答(被告人)「他ニハ別ニア

リマセンデシタ」トノ記載(記録第一七七丁表)問(裁判長)「……其ノ原因ハ被

告人ニアルコトテソレガ為メ殺ス気ニナルト云フノハ普通ヘラレヌ事ダガドウカ」

答ヘストノ記載(記録第一七七丁裏)(二)検事はその論旨に於て被告人一見

神ニ異常ヲ来シ居リタルニ非ズヤト疑ハシメルモノアリ云々」との記載(記録第一

八六丁裏)(三)弁護人が弁論に於て被告人は「当時一種ノ精神病ニ冒サレ居リタ

ルニ非スヤトノ懸念ヲ生セシムルモノアリ」との記載(記録第一八七丁表)抑々被

告人の行為当時に於ける精神状態の如何は事実裁判所職権を以て調査を為すべき事

項に属するのであるから本件の如く被告人精神状態に付き顕著なる疑ひある場合

は当然進んで職権を以つて鑑定人の鑑定に附すか又は裁判所自ら之を調査して被告

人の精神障礙の有無、程度を判定し刑法第三十九条に該当するや否やを決しなけれ

ばならぬ、然るに原判決はこの挙に出でず漫然被告人死刑に処したのは審理不尽

の不法あり此の点に於て破毀を免れないものと信ずる」というにある。

 しかし、記録を精査しても、本件犯行に際して被告人精神障礙のあつたことを

疑うに足りる事跡がなく、原審も被告人精神障礙のないことを認めて判決したの

3 -

であるから、原審が被告人精神状態につき鑑定その他の審査をしなかつたとして

も、審理不尽違法はなく、論旨は理由がない。

 同第三点は「原判決判決に示すべき判断を遺脱した違法がある即ち原審に於て

弁護人被告人が「当時一種の精神病に冒され居たるに非ずやとの懸念を生ぜしむ

ものあり」(記録第一八六丁裏)との弁論を為し犯行当時被告人精神に障礙あ

るを以つて法律上本件犯罪の成立を阻却すべき原由たる事実上の主張を為したので

あるから判決は右の主張に対する判断を示すことを要するに不拘此の点に付き特

判断を示すことをして居ないこれは判決に示すべき判断を遺脱した不法な判決

あるから到底破毀を免れないものと信ずる」というにある。

 しかし、原審公判調書によると、原審弁護人は、公判の弁論において、被告人

精神病懸念があることを主張したに過ぎず、刑事訴訟法第三百六十条第二項に規

定する事由があることを主張したものとは解せられないので、原判決がその点につ

いて判断を示さなかつたからとて、判断を遺脱したものとはならず、論旨は理由

ない。

 よつて裁判所法第十条第一号、刑事訴訟法第四百四十六条より、主文のとおり判

決する。

 以上は裁判官全員の一致した意見である

 なお、上告趣意第一点に対する補充意見は、次のとおりである

 裁判官島保、同藤田八郎、同岩松三郎、同河村又介の各意見

 憲法は残虐な刑罰絶対に禁じている。したがつて、死刑が当然に残虐な刑罰

あるとすれば、憲法は他の規定死刑の存置を認めるわけがない。しかるに、憲法

第三十一条の反面解釈によると、法律の定める手続によれば、刑罰として死刑を科

しうることが窺われるので、憲法死刑ただちに残虐な刑罰として禁じたもの

はいうことができない。しかし、憲法は、その制定当時における国民感情を反映し

4 -

て右のような規定を設けたにとどまり死刑永久是認したものとは考えられな

い。ある刑罰が残虐であるかどうかの判断国民感情によつて定まる問題である

而して国民感情は、時代とともに変遷することを免かれないのであるから、ある時

代に残虐な刑罰でないとされたものが、後の時代に反対に判断されることも在りう

ることである。したがつて、国家文化が高度に発達して正義と秩序を基調とする

平和社会が実現し、公共の福祉のために死刑の威嚇による犯罪の防止を必要と感

じない時代に達したならば、死刑もまた残虐な刑罰として国民感情により否定され

るにちがいない。かかる場合には、憲法第三十一条解釈もおのずから制限されて、

死刑は残虐な刑罰として憲法違反するものとして、排除されることもあろう。し

かし、今日はまだこのような時期に達したものはいうことができない。されば死

刑は憲法の禁ずる残虐な刑罰であるという理由で原判決違法を主張する弁護人

論旨は採用することができない。

 裁判官井上登意見

 本件判決理由としては大体以上に書かれて居る処でいいと思ふが、私は左に法

文上の根拠に付て少しく敷衍して置きたい。

 法文に関係なく只漫然と、死刑は残虐なりや否やということになれば、それは簡

単に一言で云い切ることは出来ない。「残虐」と云う語の使い方如何によつてもち

がつて来る、例へば論旨の様に「死刑は貴重な人命を奪つてしまものたから、こ

れ程残虐なものはないではないか」と云うふうに使う人もある、(仮りにこれを広

義の使い方と云つて置く)しかし、又「残虐と云う語は通常そう云うふうには使わ

ないのではないか、虐殺とか集団殺戮とか或は又特別残酷な傷害とかそう云う様な

場合特に用いられるので、単純な傷害や殺人に対しては余り使はれないのではな

いか」と云えば、そうも云えるであろう(仮りにこれを狭義の使い方と云つて置く)

こんなことを云つて居てはきりがない、我々の当面の問題はこう云うことではない

5 -

ので、具体的に憲法第三十六条の「残虐の刑」と云う語が死刑現代文明諸国で通

常行われて居る様な方法による死刑の意以下同意義)を包含する意味に使われて居

るかどうかと云うことである(我々の問題死刑規定して居る刑法の条文が憲法

第三十六条違反するものとして無効法律であるかどうかと云うことであり、つ

まり同条は絶対死刑を禁止する趣旨と解すべきものなりや否やの問題からであ

る)そしてこれは純然たる法律解釈問題から何と云つても法文上の根拠と云う

もの重要である私は前にも書いた通り残虐と云う語は広くも狭くも使われ得ると

思ふから憲法第三十六条の字句丈けで此の問題を決するのは無理で、法文上の根拠

と云えば他の条文に之れを求めなければならないと思う、そこで憲法十三条は「

すべて国民は、個人として尊重される。生命自由及び幸福追求に対する国民の権

利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で最大の尊重

必要とする。」と規定し同第三十一条は「何人も、法律の定める手続によらなけれ

ばその生命若しくは自由を奪はれ、又はその他の刑罰を科せられない。」と規定

て居る、これ等を綜合するとその裏面解釈として憲法公共の福祉の為めには法律

の定めた手続によれば刑罰によつて人の生命も奪はれ得ることを認容して居るもの

と見なければならない、之れと対照して第三十六条を見ると同条の「残虐の刑」の

中には死刑は含まれないもの即ち同条は絶対死刑を許さないと云う趣旨ではない

と解するのが妥当である(即ち同条は残虐と云う語を前記狭義に使用して居るので、

私は此の使い方が通常だと思ふから右の解釈字義から云つても相当だと思う)反

対説は第三十一条は第三十六条によつて制限せられて居るのだと説く、しかし第三

一条を虚心に見ればどうしてもそれは無理なこじつけと外思えない、若し第三十

六条絶対死刑を許さぬ趣旨だとすれば之れにより成規の手続によると否とに拘

はらず絶対刑罰によつて人の生命は奪はれ得ないとになるから第三十一条に「生

命」と云う字を入れる必要はないのみならず却つてこれを入れてはいけない筈であ

6 -

る、盖同条に「生命」の二字が存する限り右の趣旨に反する前記の裏面解釈が出て

来るのは当然であり憲法文句としてこんなまずいことはないからである、他に第

三十六条絶対死刑を禁止する趣旨と解すべき法文上の根拠は見当らない。

 以上は形式的理論解釈である、現今我国の社会情勢その他から見て遺憾ながら今

直ちに刑法死刑に関する条文を尽く無効化してしまうことが必ずしも適当とは思わ

ぬことその他実質的理由に付ては他の裁判官の書いた理由中に相当書かれて居

ると思う。最後に島裁判官の書いた補充意見には其の背後に「何と云つても死刑

いやなものに相違ない、一日も早くこんなもの必要としない時代が来ればいい」

と云つた様な思想乃至感情が多分に支配して居ると私は推察する、この感情に於て

私も決して人後に落ちるとは思はない、しか憲法絶対死刑を許さぬ趣旨では

ないと云う丈けで固より死刑の存置を命じて居るものでないことは勿論だから若し

死刑必要としない、若しくは国民全体の感情死刑を忍び得ないと云う様な時が

来れば国会は進んで死刑の条文を廃止するであろうし又条文は残つて居ても事実上

裁判官死刑を選択しないであろう、今でも誰れも好んで死刑を言渡すものはない

のが実状だから

 検察官橋本三関

  昭和二十三年三月十二日

     最高裁判所法廷

         裁判長裁判官    塚   崎   直   義

            裁判官    長 谷 川   太 一 郎

            裁判官    霜   山   精   一

            裁判官    井   上       登

            裁判官    真   野       毅

            裁判官    庄   野   理   一

7 -

            裁判官    島           保

            裁判官    斎   藤   悠   輔

            裁判官    岩   松   三   郎

            裁判官    河   村   又   介

 裁判官藤田八郎は出張中につき、署名捺印することができない。

         裁判長裁判官    塚   崎   直   義

8 -

死刑に関するわが国の考え方が伺われる最高裁判決

         主    文

     本件上告を棄却する。

         理    由

 弁護人西村真人上告趣意第一点は「原判決法令解釈を誤りて適用した違法

判決である即ち原判決被告人に対し刑法第百九十九条同第二百条を適用して死刑

の言渡をしたがこれは憲法違反である何となれば新憲法第三十六条は「公務員によ

拷問及び残虐な刑罰絶対にこれを禁ずる」と規定している而して死刑こそは最

も残虐な刑罰であるから憲法によつて刑法第百九十九条同第二百条等に於ける死

刑に関する規定は当然廃除されたものと解すべきである然るに原判決被告人に対

し新憲法によつて絶対に禁止され従つて又当然失効した刑法第百九十九条同第二百

条に於ける死刑規定適用して被告人死刑を言渡したのであるから法令解釈

を誤りて適用した違法判決として当然破毀を免れざるものと信ず」というにある。

 生命は尊貴である。一人の生命は、全地球よりも重い。死刑は、まさにあらゆる

刑罰のうちで最も冷厳な刑罰であり、またまことにやむを得ざるに出ずる窮極の刑

である。それは言うまでもなく、尊厳人間存在の根元である生命のものを永

遠に奪い去るものからである現代国家は一般に、統治権の作用として刑罰権を

行使するにあたり、刑罰の種類として死刑を認めるかどうか、いかなる罪質に対し

死刑を科するか、またいかなる方法手続をもつて死刑執行するかを法定してい

る。そして、刑事裁判においては、具体的事件に対して被告人死刑を科するか他

刑罰を科するかを審判する。かくてなされた死刑判決は法定の方法手続に従つ

現実執行せられることとなる。これら一連の関係において死刑制度は常に、国

刑事政策の面と人道上の面との双方から深き批判考慮が払われている。されば、

各国の刑罰史を顧みれば、死刑制度及びその運用は、総ての他のものと同様に、

常に時代環境とに応じて変遷があり、流転があり、進化がとげられてきたという

1 -

ことが窮い知られる。わが国の最近において、治安維持法国防安法陸軍刑法

海軍刑法、軍機保護法及び戦時犯罪処罰特例法等の廃止による各死刑制の消滅のご

ときは、その顕著な例証を示すものである。そこで新憲法一般的概括的に死刑

のものの存否についていかなる態度をとつているのであるか。弁護人の主張するよ

うに、果して刑法死刑規定は、憲法違反として効力を有しないものであろうか。

まず、憲法十三条においては、すべて国民は個人として尊重せられ、生命に対す

国民権利については、立法その他の国政の上で最大の尊重必要とする旨を規

定している。しかし、同時に同条においては、公共の福祉に反しない限りという厳

格な枠をはめているから、もし公共の福祉という基本的原則に反する場合には、生

命に対する国民権利といえども立法制限乃至剥奪されることを当然予想してい

ものといわねばならぬ。そしてさらに、憲法第三十一条によれば、国民個人の生

命の尊貴といえども、法律の定める適理の手続によつて、これを奪う刑罰を科せら

れることが、明かに定められている。すなわち憲法は、現代多数の文化国家におけ

ると同様に、刑罰として死刑の存置を想定し、これを是認したものと解すべきであ

る。言葉をかえれば、死刑の威嚇力によつて一般予防をなし、死刑執行によつて

特殊社会悪の根元を絶ち、これをもつて社会防衛せんとしたものであり、また

個体に対する人道観の上に全体に対する人道観を優位せしめ、結局社会公共の福祉

のために死刑制度の存続の必要性承認したものと解せられるのである弁護人は、

憲法第三十六条が残虐な刑罰絶対に禁ずる旨を定めているのを根拠として、刑法

死刑規定憲法違反だと主張するのであるしか死刑は、冒頭にも述べたよう

にまさに窮極の刑罰であり、また冷厳な刑罰ではあるが、刑罰としての死刑そのも

のが、一般に直ちに同条にいわゆる残虐な刑罰に該当するとは考えられない。ただ

死刑といえども、他の刑罰場合におけると同様に、その執行方法等がその時代

環境とにおいて人道上見地から一般に残虐性を有するものと認められる場合

2 -

は、勿論これを残虐な刑罰といわねばならぬから、将来若し死刑について火あぶり

はりつけ、さらし首、釜ゆでの刑のごとき残虐な執行方法を定める法律が制定され

たとするならば、その法律こそは、まさに憲法第三十六条違反するものというべ

である。前述のごとくであるから死刑のものをもつて残虐な刑罰と解し、刑

死刑規定憲法違反とする弁護人の論旨は、理由なきものといわねばならぬ。

 同第二点は「原判決は審理不尽違法がある即ち被告人は本件犯行当時精神障礙

者ではないかとの疑顕著なものがあるこれを記録に徴すると左の如くである(一)

問(裁判長)「先ニ言ツタ様ニ母ヤ妹カ食糧不足ノ事ヲ辛ク当リ被告人カ真面目ニ

カスソレニ米ヲ取ツタ事等喧シク云ツタトシテモソノ為メニ殺スト云フ事ハ普通

人ニハ到底考ヘラレヌ事ダガ他ニ事情デモアツタカ」答(被告人)「他ニハ別ニア

リマセンデシタ」トノ記載(記録第一七七丁表)問(裁判長)「……其ノ原因ハ被

告人ニアルコトテソレガ為メ殺ス気ニナルト云フノハ普通ヘラレヌ事ダガドウカ」

答ヘストノ記載(記録第一七七丁裏)(二)検事はその論旨に於て被告人一見

神ニ異常ヲ来シ居リタルニ非ズヤト疑ハシメルモノアリ云々」との記載(記録第一

八六丁裏)(三)弁護人が弁論に於て被告人は「当時一種ノ精神病ニ冒サレ居リタ

ルニ非スヤトノ懸念ヲ生セシムルモノアリ」との記載(記録第一八七丁表)抑々被

告人の行為当時に於ける精神状態の如何は事実裁判所職権を以て調査を為すべき事

項に属するのであるから本件の如く被告人精神状態に付き顕著なる疑ひある場合

は当然進んで職権を以つて鑑定人の鑑定に附すか又は裁判所自ら之を調査して被告

人の精神障礙の有無、程度を判定し刑法第三十九条に該当するや否やを決しなけれ

ばならぬ、然るに原判決はこの挙に出でず漫然被告人死刑に処したのは審理不尽

の不法あり此の点に於て破毀を免れないものと信ずる」というにある。

 しかし、記録を精査しても、本件犯行に際して被告人精神障礙のあつたことを

疑うに足りる事跡がなく、原審も被告人精神障礙のないことを認めて判決したの

3 -

であるから、原審が被告人精神状態につき鑑定その他の審査をしなかつたとして

も、審理不尽違法はなく、論旨は理由がない。

 同第三点は「原判決判決に示すべき判断を遺脱した違法がある即ち原審に於て

弁護人被告人が「当時一種の精神病に冒され居たるに非ずやとの懸念を生ぜしむ

ものあり」(記録第一八六丁裏)との弁論を為し犯行当時被告人精神に障礙あ

るを以つて法律上本件犯罪の成立を阻却すべき原由たる事実上の主張を為したので

あるから判決は右の主張に対する判断を示すことを要するに不拘此の点に付き特

判断を示すことをして居ないこれは判決に示すべき判断を遺脱した不法な判決

あるから到底破毀を免れないものと信ずる」というにある。

 しかし、原審公判調書によると、原審弁護人は、公判の弁論において、被告人

精神病懸念があることを主張したに過ぎず、刑事訴訟法第三百六十条第二項に規

定する事由があることを主張したものとは解せられないので、原判決がその点につ

いて判断を示さなかつたからとて、判断を遺脱したものとはならず、論旨は理由

ない。

 よつて裁判所法第十条第一号、刑事訴訟法第四百四十六条より、主文のとおり判

決する。

 以上は裁判官全員の一致した意見である

 なお、上告趣意第一点に対する補充意見は、次のとおりである

 裁判官島保、同藤田八郎、同岩松三郎、同河村又介の各意見

 憲法は残虐な刑罰絶対に禁じている。したがつて、死刑が当然に残虐な刑罰

あるとすれば、憲法は他の規定死刑の存置を認めるわけがない。しかるに、憲法

第三十一条の反面解釈によると、法律の定める手続によれば、刑罰として死刑を科

しうることが窺われるので、憲法死刑ただちに残虐な刑罰として禁じたもの

はいうことができない。しかし、憲法は、その制定当時における国民感情を反映し

4 -

て右のような規定を設けたにとどまり死刑永久是認したものとは考えられな

い。ある刑罰が残虐であるかどうかの判断国民感情によつて定まる問題である

而して国民感情は、時代とともに変遷することを免かれないのであるから、ある時

代に残虐な刑罰でないとされたものが、後の時代に反対に判断されることも在りう

ることである。したがつて、国家文化が高度に発達して正義と秩序を基調とする

平和社会が実現し、公共の福祉のために死刑の威嚇による犯罪の防止を必要と感

じない時代に達したならば、死刑もまた残虐な刑罰として国民感情により否定され

るにちがいない。かかる場合には、憲法第三十一条解釈もおのずから制限されて、

死刑は残虐な刑罰として憲法違反するものとして、排除されることもあろう。し

かし、今日はまだこのような時期に達したものはいうことができない。されば死

刑は憲法の禁ずる残虐な刑罰であるという理由で原判決違法を主張する弁護人

論旨は採用することができない。

 裁判官井上登意見

 本件判決理由としては大体以上に書かれて居る処でいいと思ふが、私は左に法

文上の根拠に付て少しく敷衍して置きたい。

 法文に関係なく只漫然と、死刑は残虐なりや否やということになれば、それは簡

単に一言で云い切ることは出来ない。「残虐」と云う語の使い方如何によつてもち

がつて来る、例へば論旨の様に「死刑は貴重な人命を奪つてしまものたから、こ

れ程残虐なものはないではないか」と云うふうに使う人もある、(仮りにこれを広

義の使い方と云つて置く)しかし、又「残虐と云う語は通常そう云うふうには使わ

ないのではないか、虐殺とか集団殺戮とか或は又特別残酷な傷害とかそう云う様な

場合特に用いられるので、単純な傷害や殺人に対しては余り使はれないのではな

いか」と云えば、そうも云えるであろう(仮りにこれを狭義の使い方と云つて置く)

こんなことを云つて居てはきりがない、我々の当面の問題はこう云うことではない

5 -

ので、具体的に憲法第三十六条の「残虐の刑」と云う語が死刑現代文明諸国で通

常行われて居る様な方法による死刑の意以下同意義)を包含する意味に使われて居

るかどうかと云うことである(我々の問題死刑規定して居る刑法の条文が憲法

第三十六条違反するものとして無効法律であるかどうかと云うことであり、つ

まり同条は絶対死刑を禁止する趣旨と解すべきものなりや否やの問題からであ

る)そしてこれは純然たる法律解釈問題から何と云つても法文上の根拠と云う

もの重要である私は前にも書いた通り残虐と云う語は広くも狭くも使われ得ると

思ふから憲法第三十六条の字句丈けで此の問題を決するのは無理で、法文上の根拠

と云えば他の条文に之れを求めなければならないと思う、そこで憲法十三条は「

すべて国民は、個人として尊重される。生命自由及び幸福追求に対する国民の権

利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で最大の尊重

必要とする。」と規定し同第三十一条は「何人も、法律の定める手続によらなけれ

ばその生命若しくは自由を奪はれ、又はその他の刑罰を科せられない。」と規定

て居る、これ等を綜合するとその裏面解釈として憲法公共の福祉の為めには法律

の定めた手続によれば刑罰によつて人の生命も奪はれ得ることを認容して居るもの

と見なければならない、之れと対照して第三十六条を見ると同条の「残虐の刑」の

中には死刑は含まれないもの即ち同条は絶対死刑を許さないと云う趣旨ではない

と解するのが妥当である(即ち同条は残虐と云う語を前記狭義に使用して居るので、

私は此の使い方が通常だと思ふから右の解釈字義から云つても相当だと思う)反

対説は第三十一条は第三十六条によつて制限せられて居るのだと説く、しかし第三

一条を虚心に見ればどうしてもそれは無理なこじつけと外思えない、若し第三十

六条絶対死刑を許さぬ趣旨だとすれば之れにより成規の手続によると否とに拘

はらず絶対刑罰によつて人の生命は奪はれ得ないとになるから第三十一条に「生

命」と云う字を入れる必要はないのみならず却つてこれを入れてはいけない筈であ

6 -

る、盖同条に「生命」の二字が存する限り右の趣旨に反する前記の裏面解釈が出て

来るのは当然であり憲法文句としてこんなまずいことはないからである、他に第

三十六条絶対死刑を禁止する趣旨と解すべき法文上の根拠は見当らない。

 以上は形式的理論解釈である、現今我国の社会情勢その他から見て遺憾ながら今

直ちに刑法死刑に関する条文を尽く無効化してしまうことが必ずしも適当とは思わ

ぬことその他実質的理由に付ては他の裁判官の書いた理由中に相当書かれて居

ると思う。最後に島裁判官の書いた補充意見には其の背後に「何と云つても死刑

いやなものに相違ない、一日も早くこんなもの必要としない時代が来ればいい」

と云つた様な思想乃至感情が多分に支配して居ると私は推察する、この感情に於て

私も決して人後に落ちるとは思はない、しか憲法絶対死刑を許さぬ趣旨では

ないと云う丈けで固より死刑の存置を命じて居るものでないことは勿論だから若し

死刑必要としない、若しくは国民全体の感情死刑を忍び得ないと云う様な時が

来れば国会は進んで死刑の条文を廃止するであろうし又条文は残つて居ても事実上

裁判官死刑を選択しないであろう、今でも誰れも好んで死刑を言渡すものはない

のが実状だから

 検察官橋本三関

  昭和二十三年三月十二日

     最高裁判所法廷

         裁判長裁判官    塚   崎   直   義

            裁判官    長 谷 川   太 一 郎

            裁判官    霜   山   精   一

            裁判官    井   上       登

            裁判官    真   野       毅

            裁判官    庄   野   理   一

7 -

            裁判官    島           保

            裁判官    斎   藤   悠   輔

            裁判官    岩   松   三   郎

            裁判官    河   村   又   介

 裁判官藤田八郎は出張中につき、署名捺印することができない。

         裁判長裁判官    塚   崎   直   義

8 -

2015-05-20

死刑

  主    文

     本件上告を棄却する。

         理    由

 弁護人西村真人上告趣意第一点は「原判決法令解釈を誤りて適用した違法

判決である即ち原判決被告人に対し刑法第百九十九条同第二百条を適用して死刑

の言渡をしたがこれは憲法違反である何となれば新憲法第三十六条は「公務員によ

拷問及び残虐な刑罰絶対にこれを禁ずる」と規定している而して死刑こそは最

も残虐な刑罰であるから憲法によつて刑法第百九十九条同第二百条等に於ける死

刑に関する規定は当然廃除されたものと解すべきである然るに原判決被告人に対

し新憲法によつて絶対に禁止され従つて又当然失効した刑法第百九十九条同第二百

条に於ける死刑規定適用して被告人死刑を言渡したのであるから法令解釈

を誤りて適用した違法判決として当然破毀を免れざるものと信ず」というにある。

 生命は尊貴である。一人の生命は、全地球よりも重い。死刑は、まさにあらゆる

刑罰のうちで最も冷厳な刑罰であり、またまことにやむを得ざるに出ずる窮極の刑

である。それは言うまでもなく、尊厳人間存在の根元である生命のものを永

遠に奪い去るものからである現代国家は一般に、統治権の作用として刑罰権を

行使するにあたり、刑罰の種類として死刑を認めるかどうか、いかなる罪質に対し

死刑を科するか、またいかなる方法手続をもつて死刑執行するかを法定してい

る。そして、刑事裁判においては、具体的事件に対して被告人死刑を科するか他

刑罰を科するかを審判する。かくてなされた死刑判決は法定の方法手続に従つ

現実執行せられることとなる。これら一連の関係において死刑制度は常に、国

刑事政策の面と人道上の面との双方から深き批判考慮が払われている。されば、

各国の刑罰史を顧みれば、死刑制度及びその運用は、総ての他のものと同様に、

常に時代環境とに応じて変遷があり、流転があり、進化がとげられてきたという

1 -

ことが窮い知られる。わが国の最近において、治安維持法国防安法陸軍刑法

海軍刑法、軍機保護法及び戦時犯罪処罰特例法等の廃止による各死刑制の消滅のご

ときは、その顕著な例証を示すものである。そこで新憲法一般的概括的に死刑

のものの存否についていかなる態度をとつているのであるか。弁護人の主張するよ

うに、果して刑法死刑規定は、憲法違反として効力を有しないものであろうか。

まず、憲法十三条においては、すべて国民は個人として尊重せられ、生命に対す

国民権利については、立法その他の国政の上で最大の尊重必要とする旨を規

定している。しかし、同時に同条においては、公共の福祉に反しない限りという厳

格な枠をはめているから、もし公共の福祉という基本的原則に反する場合には、生

命に対する国民権利といえども立法制限乃至剥奪されることを当然予想してい

ものといわねばならぬ。そしてさらに、憲法第三十一条によれば、国民個人の生

命の尊貴といえども、法律の定める適理の手続によつて、これを奪う刑罰を科せら

れることが、明かに定められている。すなわち憲法は、現代多数の文化国家におけ

ると同様に、刑罰として死刑の存置を想定し、これを是認したものと解すべきであ

る。言葉をかえれば、死刑の威嚇力によつて一般予防をなし、死刑執行によつて

特殊社会悪の根元を絶ち、これをもつて社会防衛せんとしたものであり、また

個体に対する人道観の上に全体に対する人道観を優位せしめ、結局社会公共の福祉

のために死刑制度の存続の必要性承認したものと解せられるのである弁護人は、

憲法第三十六条が残虐な刑罰絶対に禁ずる旨を定めているのを根拠として、刑法

死刑規定憲法違反だと主張するのであるしか死刑は、冒頭にも述べたよう

にまさに窮極の刑罰であり、また冷厳な刑罰ではあるが、刑罰としての死刑そのも

のが、一般に直ちに同条にいわゆる残虐な刑罰に該当するとは考えられない。ただ

死刑といえども、他の刑罰場合におけると同様に、その執行方法等がその時代

環境とにおいて人道上見地から一般に残虐性を有するものと認められる場合

2 -

は、勿論これを残虐な刑罰といわねばならぬから、将来若し死刑について火あぶり

はりつけ、さらし首、釜ゆでの刑のごとき残虐な執行方法を定める法律が制定され

たとするならば、その法律こそは、まさに憲法第三十六条違反するものというべ

である。前述のごとくであるから死刑のものをもつて残虐な刑罰と解し、刑

死刑規定憲法違反とする弁護人の論旨は、理由なきものといわねばならぬ。

 同第二点は「原判決は審理不尽違法がある即ち被告人は本件犯行当時精神障礙

者ではないかとの疑顕著なものがあるこれを記録に徴すると左の如くである(一)

問(裁判長)「先ニ言ツタ様ニ母ヤ妹カ食糧不足ノ事ヲ辛ク当リ被告人カ真面目ニ

カスソレニ米ヲ取ツタ事等喧シク云ツタトシテモソノ為メニ殺スト云フ事ハ普通

人ニハ到底考ヘラレヌ事ダガ他ニ事情デモアツタカ」答(被告人)「他ニハ別ニア

リマセンデシタ」トノ記載(記録第一七七丁表)問(裁判長)「……其ノ原因ハ被

告人ニアルコトテソレガ為メ殺ス気ニナルト云フノハ普通ヘラレヌ事ダガドウカ」

答ヘストノ記載(記録第一七七丁裏)(二)検事はその論旨に於て被告人一見

神ニ異常ヲ来シ居リタルニ非ズヤト疑ハシメルモノアリ云々」との記載(記録第一

八六丁裏)(三)弁護人が弁論に於て被告人は「当時一種ノ精神病ニ冒サレ居リタ

ルニ非スヤトノ懸念ヲ生セシムルモノアリ」との記載(記録第一八七丁表)抑々被

告人の行為当時に於ける精神状態の如何は事実裁判所職権を以て調査を為すべき事

項に属するのであるから本件の如く被告人精神状態に付き顕著なる疑ひある場合

は当然進んで職権を以つて鑑定人の鑑定に附すか又は裁判所自ら之を調査して被告

人の精神障礙の有無、程度を判定し刑法第三十九条に該当するや否やを決しなけれ

ばならぬ、然るに原判決はこの挙に出でず漫然被告人死刑に処したのは審理不尽

の不法あり此の点に於て破毀を免れないものと信ずる」というにある。

 しかし、記録を精査しても、本件犯行に際して被告人精神障礙のあつたことを

疑うに足りる事跡がなく、原審も被告人精神障礙のないことを認めて判決したの

3 -

であるから、原審が被告人精神状態につき鑑定その他の審査をしなかつたとして

も、審理不尽違法はなく、論旨は理由がない。

 同第三点は「原判決判決に示すべき判断を遺脱した違法がある即ち原審に於て

弁護人被告人が「当時一種の精神病に冒され居たるに非ずやとの懸念を生ぜしむ

ものあり」(記録第一八六丁裏)との弁論を為し犯行当時被告人精神に障礙あ

るを以つて法律上本件犯罪の成立を阻却すべき原由たる事実上の主張を為したので

あるから判決は右の主張に対する判断を示すことを要するに不拘此の点に付き特

判断を示すことをして居ないこれは判決に示すべき判断を遺脱した不法な判決

あるから到底破毀を免れないものと信ずる」というにある。

 しかし、原審公判調書によると、原審弁護人は、公判の弁論において、被告人

精神病懸念があることを主張したに過ぎず、刑事訴訟法第三百六十条第二項に規

定する事由があることを主張したものとは解せられないので、原判決がその点につ

いて判断を示さなかつたからとて、判断を遺脱したものとはならず、論旨は理由

ない。

 よつて裁判所法第十条第一号、刑事訴訟法第四百四十六条より、主文のとおり判

決する。

 以上は裁判官全員の一致した意見である

 なお、上告趣意第一点に対する補充意見は、次のとおりである

 裁判官島保、同藤田八郎、同岩松三郎、同河村又介の各意見

 憲法は残虐な刑罰絶対に禁じている。したがつて、死刑が当然に残虐な刑罰

あるとすれば、憲法は他の規定死刑の存置を認めるわけがない。しかるに、憲法

第三十一条の反面解釈によると、法律の定める手続によれば、刑罰として死刑を科

しうることが窺われるので、憲法死刑ただちに残虐な刑罰として禁じたもの

はいうことができない。しかし、憲法は、その制定当時における国民感情を反映し

4 -

て右のような規定を設けたにとどまり死刑永久是認したものとは考えられな

い。ある刑罰が残虐であるかどうかの判断国民感情によつて定まる問題である

而して国民感情は、時代とともに変遷することを免かれないのであるから、ある時

代に残虐な刑罰でないとされたものが、後の時代に反対に判断されることも在りう

ることである。したがつて、国家文化が高度に発達して正義と秩序を基調とする

平和社会が実現し、公共の福祉のために死刑の威嚇による犯罪の防止を必要と感

じない時代に達したならば、死刑もまた残虐な刑罰として国民感情により否定され

るにちがいない。かかる場合には、憲法第三十一条解釈もおのずから制限されて、

死刑は残虐な刑罰として憲法違反するものとして、排除されることもあろう。し

かし、今日はまだこのような時期に達したものはいうことができない。されば死

刑は憲法の禁ずる残虐な刑罰であるという理由で原判決違法を主張する弁護人

論旨は採用することができない。

 裁判官井上登意見

 本件判決理由としては大体以上に書かれて居る処でいいと思ふが、私は左に法

文上の根拠に付て少しく敷衍して置きたい。

 法文に関係なく只漫然と、死刑は残虐なりや否やということになれば、それは簡

単に一言で云い切ることは出来ない。「残虐」と云う語の使い方如何によつてもち

がつて来る、例へば論旨の様に「死刑は貴重な人命を奪つてしまものたから、こ

れ程残虐なものはないではないか」と云うふうに使う人もある、(仮りにこれを広

義の使い方と云つて置く)しかし、又「残虐と云う語は通常そう云うふうには使わ

ないのではないか、虐殺とか集団殺戮とか或は又特別残酷な傷害とかそう云う様な

場合特に用いられるので、単純な傷害や殺人に対しては余り使はれないのではな

いか」と云えば、そうも云えるであろう(仮りにこれを狭義の使い方と云つて置く)

こんなことを云つて居てはきりがない、我々の当面の問題はこう云うことではない

5 -

ので、具体的に憲法第三十六条の「残虐の刑」と云う語が死刑現代文明諸国で通

常行われて居る様な方法による死刑の意以下同意義)を包含する意味に使われて居

るかどうかと云うことである(我々の問題死刑規定して居る刑法の条文が憲法

第三十六条違反するものとして無効法律であるかどうかと云うことであり、つ

まり同条は絶対死刑を禁止する趣旨と解すべきものなりや否やの問題からであ

る)そしてこれは純然たる法律解釈問題から何と云つても法文上の根拠と云う

もの重要である私は前にも書いた通り残虐と云う語は広くも狭くも使われ得ると

思ふから憲法第三十六条の字句丈けで此の問題を決するのは無理で、法文上の根拠

と云えば他の条文に之れを求めなければならないと思う、そこで憲法十三条は「

すべて国民は、個人として尊重される。生命自由及び幸福追求に対する国民の権

利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で最大の尊重

必要とする。」と規定し同第三十一条は「何人も、法律の定める手続によらなけれ

ばその生命若しくは自由を奪はれ、又はその他の刑罰を科せられない。」と規定

て居る、これ等を綜合するとその裏面解釈として憲法公共の福祉の為めには法律

の定めた手続によれば刑罰によつて人の生命も奪はれ得ることを認容して居るもの

と見なければならない、之れと対照して第三十六条を見ると同条の「残虐の刑」の

中には死刑は含まれないもの即ち同条は絶対死刑を許さないと云う趣旨ではない

と解するのが妥当である(即ち同条は残虐と云う語を前記狭義に使用して居るので、

私は此の使い方が通常だと思ふから右の解釈字義から云つても相当だと思う)反

対説は第三十一条は第三十六条によつて制限せられて居るのだと説く、しかし第三

一条を虚心に見ればどうしてもそれは無理なこじつけと外思えない、若し第三十

六条絶対死刑を許さぬ趣旨だとすれば之れにより成規の手続によると否とに拘

はらず絶対刑罰によつて人の生命は奪はれ得ないとになるから第三十一条に「生

命」と云う字を入れる必要はないのみならず却つてこれを入れてはいけない筈であ

6 -

る、盖同条に「生命」の二字が存する限り右の趣旨に反する前記の裏面解釈が出て

来るのは当然であり憲法文句としてこんなまずいことはないからである、他に第

三十六条絶対死刑を禁止する趣旨と解すべき法文上の根拠は見当らない。

 以上は形式的理論解釈である、現今我国の社会情勢その他から見て遺憾ながら今

直ちに刑法死刑に関する条文を尽く無効化してしまうことが必ずしも適当とは思わ

ぬことその他実質的理由に付ては他の裁判官の書いた理由中に相当書かれて居

ると思う。最後に島裁判官の書いた補充意見には其の背後に「何と云つても死刑

いやなものに相違ない、一日も早くこんなもの必要としない時代が来ればいい」

と云つた様な思想乃至感情が多分に支配して居ると私は推察する、この感情に於て

私も決して人後に落ちるとは思はない、しか憲法絶対死刑を許さぬ趣旨では

ないと云う丈けで固より死刑の存置を命じて居るものでないことは勿論だから若し

死刑必要としない、若しくは国民全体の感情死刑を忍び得ないと云う様な時が

来れば国会は進んで死刑の条文を廃止するであろうし又条文は残つて居ても事実上

裁判官死刑を選択しないであろう、今でも誰れも好んで死刑を言渡すものはない

のが実状だから

 検察官橋本三関

  昭和二十三年三月十二日

     最高裁判所法廷

         裁判長裁判官    塚   崎   直   義

            裁判官    長 谷 川   太 一 郎

            裁判官    霜   山   精   一

            裁判官    井   上       登

            裁判官    真   野       毅

            裁判官    庄   野   理   一

7 -

            裁判官    島           保

            裁判官    斎   藤   悠   輔

            裁判官    岩   松   三   郎

            裁判官    河   村   又   介

 裁判官藤田八郎は出張中につき、署名捺印することができない。

         裁判長裁判官    塚   崎   直   義

8 -

2015-05-19

死刑判決

         主    文

     本件上告を棄却する。

         理    由

 弁護人西村真人上告趣意第一点は「原判決法令解釈を誤りて適用した違法

判決である即ち原判決被告人に対し刑法第百九十九条同第二百条を適用して死刑

の言渡をしたがこれは憲法違反である何となれば新憲法第三十六条は「公務員によ

拷問及び残虐な刑罰絶対にこれを禁ずる」と規定している而して死刑こそは最

も残虐な刑罰であるから憲法によつて刑法第百九十九条同第二百条等に於ける死

刑に関する規定は当然廃除されたものと解すべきである然るに原判決被告人に対

し新憲法によつて絶対に禁止され従つて又当然失効した刑法第百九十九条同第二百

条に於ける死刑規定適用して被告人死刑を言渡したのであるから法令解釈

を誤りて適用した違法判決として当然破毀を免れざるものと信ず」というにある。

 生命は尊貴である。一人の生命は、全地球よりも重い。死刑は、まさにあらゆる

刑罰のうちで最も冷厳な刑罰であり、またまことにやむを得ざるに出ずる窮極の刑

である。それは言うまでもなく、尊厳人間存在の根元である生命のものを永

遠に奪い去るものからである現代国家は一般に、統治権の作用として刑罰権を

行使するにあたり、刑罰の種類として死刑を認めるかどうか、いかなる罪質に対し

死刑を科するか、またいかなる方法手続をもつて死刑執行するかを法定してい

る。そして、刑事裁判においては、具体的事件に対して被告人死刑を科するか他

刑罰を科するかを審判する。かくてなされた死刑判決は法定の方法手続に従つ

現実執行せられることとなる。これら一連の関係において死刑制度は常に、国

刑事政策の面と人道上の面との双方から深き批判考慮が払われている。されば、

各国の刑罰史を顧みれば、死刑制度及びその運用は、総ての他のものと同様に、

常に時代環境とに応じて変遷があり、流転があり、進化がとげられてきたという

  • 1 -

ことが窮い知られる。わが国の最近において、治安維持法国防安法陸軍刑法

海軍刑法、軍機保護法及び戦時犯罪処罰特例法等の廃止による各死刑制の消滅のご

ときは、その顕著な例証を示すものである。そこで新憲法一般的概括的に死刑

のものの存否についていかなる態度をとつているのであるか。弁護人の主張するよ

うに、果して刑法死刑規定は、憲法違反として効力を有しないものであろうか。

まず、憲法十三条においては、すべて国民は個人として尊重せられ、生命に対す

国民権利については、立法その他の国政の上で最大の尊重必要とする旨を規

定している。しかし、同時に同条においては、公共の福祉に反しない限りという厳

格な枠をはめているから、もし公共の福祉という基本的原則に反する場合には、生

命に対する国民権利といえども立法制限乃至剥奪されることを当然予想してい

ものといわねばならぬ。そしてさらに、憲法第三十一条によれば、国民個人の生

命の尊貴といえども、法律の定める適理の手続によつて、これを奪う刑罰を科せら

れることが、明かに定められている。すなわち憲法は、現代多数の文化国家におけ

ると同様に、刑罰として死刑の存置を想定し、これを是認したものと解すべきであ

る。言葉をかえれば、死刑の威嚇力によつて一般予防をなし、死刑執行によつて

特殊社会悪の根元を絶ち、これをもつて社会防衛せんとしたものであり、また

個体に対する人道観の上に全体に対する人道観を優位せしめ、結局社会公共の福祉

のために死刑制度の存続の必要性承認したものと解せられるのである弁護人は、

憲法第三十六条が残虐な刑罰絶対に禁ずる旨を定めているのを根拠として、刑法

死刑規定憲法違反だと主張するのであるしか死刑は、冒頭にも述べたよう

にまさに窮極の刑罰であり、また冷厳な刑罰ではあるが、刑罰としての死刑そのも

のが、一般に直ちに同条にいわゆる残虐な刑罰に該当するとは考えられない。ただ

死刑といえども、他の刑罰場合におけると同様に、その執行方法等がその時代

環境とにおいて人道上見地から一般に残虐性を有するものと認められる場合

  • 2 -

は、勿論これを残虐な刑罰といわねばならぬから、将来若し死刑について火あぶり

はりつけ、さらし首、釜ゆでの刑のごとき残虐な執行方法を定める法律が制定され

たとするならば、その法律こそは、まさに憲法第三十六条違反するものというべ

である。前述のごとくであるから死刑のものをもつて残虐な刑罰と解し、刑

死刑規定憲法違反とする弁護人の論旨は、理由なきものといわねばならぬ。

 同第二点は「原判決は審理不尽違法がある即ち被告人は本件犯行当時精神障礙

者ではないかとの疑顕著なものがあるこれを記録に徴すると左の如くである(一)

問(裁判長)「先ニ言ツタ様ニ母ヤ妹カ食糧不足ノ事ヲ辛ク当リ被告人カ真面目ニ

カスソレニ米ヲ取ツタ事等喧シク云ツタトシテモソノ為メニ殺スト云フ事ハ普通

人ニハ到底考ヘラレヌ事ダガ他ニ事情デモアツタカ」答(被告人)「他ニハ別ニア

リマセンデシタ」トノ記載(記録第一七七丁表)問(裁判長)「……其ノ原因ハ被

告人ニアルコトテソレガ為メ殺ス気ニナルト云フノハ普通ヘラレヌ事ダガドウカ」

答ヘストノ記載(記録第一七七丁裏)(二)検事はその論旨に於て被告人一見

神ニ異常ヲ来シ居リタルニ非ズヤト疑ハシメルモノアリ云々」との記載(記録第一

八六丁裏)(三)弁護人が弁論に於て被告人は「当時一種ノ精神病ニ冒サレ居リタ

ルニ非スヤトノ懸念ヲ生セシムルモノアリ」との記載(記録第一八七丁表)抑々被

告人の行為当時に於ける精神状態の如何は事実裁判所職権を以て調査を為すべき事

項に属するのであるから本件の如く被告人精神状態に付き顕著なる疑ひある場合

は当然進んで職権を以つて鑑定人の鑑定に附すか又は裁判所自ら之を調査して被告

人の精神障礙の有無、程度を判定し刑法第三十九条に該当するや否やを決しなけれ

ばならぬ、然るに原判決はこの挙に出でず漫然被告人死刑に処したのは審理不尽

の不法あり此の点に於て破毀を免れないものと信ずる」というにある。

 しかし、記録を精査しても、本件犯行に際して被告人精神障礙のあつたことを

疑うに足りる事跡がなく、原審も被告人精神障礙のないことを認めて判決したの

  • 3 -

であるから、原審が被告人精神状態につき鑑定その他の審査をしなかつたとして

も、審理不尽違法はなく、論旨は理由がない。

 同第三点は「原判決判決に示すべき判断を遺脱した違法がある即ち原審に於て

弁護人被告人が「当時一種の精神病に冒され居たるに非ずやとの懸念を生ぜしむ

ものあり」(記録第一八六丁裏)との弁論を為し犯行当時被告人精神に障礙あ

るを以つて法律上本件犯罪の成立を阻却すべき原由たる事実上の主張を為したので

あるから判決は右の主張に対する判断を示すことを要するに不拘此の点に付き特

判断を示すことをして居ないこれは判決に示すべき判断を遺脱した不法な判決

あるから到底破毀を免れないものと信ずる」というにある。

 しかし、原審公判調書によると、原審弁護人は、公判の弁論において、被告人

精神病懸念があることを主張したに過ぎず、刑事訴訟法第三百六十条第二項に規

定する事由があることを主張したものとは解せられないので、原判決がその点につ

いて判断を示さなかつたからとて、判断を遺脱したものとはならず、論旨は理由

ない。

 よつて裁判所法第十条第一号、刑事訴訟法第四百四十六条より、主文のとおり判

決する。

 以上は裁判官全員の一致した意見である

 なお、上告趣意第一点に対する補充意見は、次のとおりである

 裁判官島保、同藤田八郎、同岩松三郎、同河村又介の各意見

 憲法は残虐な刑罰絶対に禁じている。したがつて、死刑が当然に残虐な刑罰

あるとすれば、憲法は他の規定死刑の存置を認めるわけがない。しかるに、憲法

第三十一条の反面解釈によると、法律の定める手続によれば、刑罰として死刑を科

しうることが窺われるので、憲法死刑ただちに残虐な刑罰として禁じたもの

はいうことができない。しかし、憲法は、その制定当時における国民感情を反映し

  • 4 -

て右のような規定を設けたにとどまり死刑永久是認したものとは考えられな

い。ある刑罰が残虐であるかどうかの判断国民感情によつて定まる問題である

而して国民感情は、時代とともに変遷することを免かれないのであるから、ある時

代に残虐な刑罰でないとされたものが、後の時代に反対に判断されることも在りう

ることである。したがつて、国家文化が高度に発達して正義と秩序を基調とする

平和社会が実現し、公共の福祉のために死刑の威嚇による犯罪の防止を必要と感

じない時代に達したならば、死刑もまた残虐な刑罰として国民感情により否定され

るにちがいない。かかる場合には、憲法第三十一条解釈もおのずから制限されて、

死刑は残虐な刑罰として憲法違反するものとして、排除されることもあろう。し

かし、今日はまだこのような時期に達したものはいうことができない。されば死

刑は憲法の禁ずる残虐な刑罰であるという理由で原判決違法を主張する弁護人

論旨は採用することができない。

 裁判官井上登意見

 本件判決理由としては大体以上に書かれて居る処でいいと思ふが、私は左に法

文上の根拠に付て少しく敷衍して置きたい。

 法文に関係なく只漫然と、死刑は残虐なりや否やということになれば、それは簡

単に一言で云い切ることは出来ない。「残虐」と云う語の使い方如何によつてもち

がつて来る、例へば論旨の様に「死刑は貴重な人命を奪つてしまものたから、こ

れ程残虐なものはないではないか」と云うふうに使う人もある、(仮りにこれを広

義の使い方と云つて置く)しかし、又「残虐と云う語は通常そう云うふうには使わ

ないのではないか、虐殺とか集団殺戮とか或は又特別残酷な傷害とかそう云う様な

場合特に用いられるので、単純な傷害や殺人に対しては余り使はれないのではな

いか」と云えば、そうも云えるであろう(仮りにこれを狭義の使い方と云つて置く)

こんなことを云つて居てはきりがない、我々の当面の問題はこう云うことではない

  • 5 -

ので、具体的に憲法第三十六条の「残虐の刑」と云う語が死刑現代文明諸国で通

常行われて居る様な方法による死刑の意以下同意義)を包含する意味に使われて居

るかどうかと云うことである(我々の問題死刑規定して居る刑法の条文が憲法

第三十六条違反するものとして無効法律であるかどうかと云うことであり、つ

まり同条は絶対死刑を禁止する趣旨と解すべきものなりや否やの問題からであ

る)そしてこれは純然たる法律解釈問題から何と云つても法文上の根拠と云う

もの重要である私は前にも書いた通り残虐と云う語は広くも狭くも使われ得ると

思ふから憲法第三十六条の字句丈けで此の問題を決するのは無理で、法文上の根拠

と云えば他の条文に之れを求めなければならないと思う、そこで憲法十三条は「

すべて国民は、個人として尊重される。生命自由及び幸福追求に対する国民の権

利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で最大の尊重

必要とする。」と規定し同第三十一条は「何人も、法律の定める手続によらなけれ

ばその生命若しくは自由を奪はれ、又はその他の刑罰を科せられない。」と規定

て居る、これ等を綜合するとその裏面解釈として憲法公共の福祉の為めには法律

の定めた手続によれば刑罰によつて人の生命も奪はれ得ることを認容して居るもの

と見なければならない、之れと対照して第三十六条を見ると同条の「残虐の刑」の

中には死刑は含まれないもの即ち同条は絶対死刑を許さないと云う趣旨ではない

と解するのが妥当である(即ち同条は残虐と云う語を前記狭義に使用して居るので、

私は此の使い方が通常だと思ふから右の解釈字義から云つても相当だと思う)反

対説は第三十一条は第三十六条によつて制限せられて居るのだと説く、しかし第三

一条を虚心に見ればどうしてもそれは無理なこじつけと外思えない、若し第三十

六条絶対死刑を許さぬ趣旨だとすれば之れにより成規の手続によると否とに拘

はらず絶対刑罰によつて人の生命は奪はれ得ないとになるから第三十一条に「生

命」と云う字を入れる必要はないのみならず却つてこれを入れてはいけない筈であ

  • 6 -

る、盖同条に「生命」の二字が存する限り右の趣旨に反する前記の裏面解釈が出て

来るのは当然であり憲法文句としてこんなまずいことはないからである、他に第

三十六条絶対死刑を禁止する趣旨と解すべき法文上の根拠は見当らない。

 以上は形式的理論解釈である、現今我国の社会情勢その他から見て遺憾ながら今

直ちに刑法死刑に関する条文を尽く無効化してしまうことが必ずしも適当とは思わ

ぬことその他実質的理由に付ては他の裁判官の書いた理由中に相当書かれて居

ると思う。最後に島裁判官の書いた補充意見には其の背後に「何と云つても死刑

いやなものに相違ない、一日も早くこんなもの必要としない時代が来ればいい」

と云つた様な思想乃至感情が多分に支配して居ると私は推察する、この感情に於て

私も決して人後に落ちるとは思はない、しか憲法絶対死刑を許さぬ趣旨では

ないと云う丈けで固より死刑の存置を命じて居るものでないことは勿論だから若し

死刑必要としない、若しくは国民全体の感情死刑を忍び得ないと云う様な時が

来れば国会は進んで死刑の条文を廃止するであろうし又条文は残つて居ても事実上

裁判官死刑を選択しないであろう、今でも誰れも好んで死刑を言渡すものはない

のが実状だから

 検察官橋本三関

  昭和二十三年三月十二日

     最高裁判所法廷

         裁判長裁判官    塚   崎   直   義

            裁判官    長 谷 川   太 一 郎

            裁判官    霜   山   精   一

            裁判官    井   上       登

            裁判官    真   野       毅

            裁判官    庄   野   理   一

  • 7 -

            裁判官    島           保

            裁判官    斎   藤   悠   輔

            裁判官    岩   松   三   郎

            裁判官    河   村   又   介

 裁判官藤田八郎は出張中につき、署名捺印することができない。

         裁判長裁判官    塚   崎   直   義

  • 8 -

2015-05-16

死刑に関するわが国の考え方が伺われる最高裁判決

         主    文

     本件上告を棄却する。

         理    由

 弁護人西村真人上告趣意第一点は「原判決法令解釈を誤りて適用した違法

判決である即ち原判決被告人に対し刑法第百九十九条同第二百条を適用して死刑

の言渡をしたがこれは憲法違反である何となれば新憲法第三十六条は「公務員によ

拷問及び残虐な刑罰絶対にこれを禁ずる」と規定している而して死刑こそは最

も残虐な刑罰であるから憲法によつて刑法第百九十九条同第二百条等に於ける死

刑に関する規定は当然廃除されたものと解すべきである然るに原判決被告人に対

し新憲法によつて絶対に禁止され従つて又当然失効した刑法第百九十九条同第二百

条に於ける死刑規定適用して被告人死刑を言渡したのであるから法令解釈

を誤りて適用した違法判決として当然破毀を免れざるものと信ず」というにある。

 生命は尊貴である。一人の生命は、全地球よりも重い。死刑は、まさにあらゆる

刑罰のうちで最も冷厳な刑罰であり、またまことにやむを得ざるに出ずる窮極の刑

である。それは言うまでもなく、尊厳人間存在の根元である生命のものを永

遠に奪い去るものからである現代国家は一般に、統治権の作用として刑罰権を

行使するにあたり、刑罰の種類として死刑を認めるかどうか、いかなる罪質に対し

死刑を科するか、またいかなる方法手続をもつて死刑執行するかを法定してい

る。そして、刑事裁判においては、具体的事件に対して被告人死刑を科するか他

刑罰を科するかを審判する。かくてなされた死刑判決は法定の方法手続に従つ

現実執行せられることとなる。これら一連の関係において死刑制度は常に、国

刑事政策の面と人道上の面との双方から深き批判考慮が払われている。されば、

各国の刑罰史を顧みれば、死刑制度及びその運用は、総ての他のものと同様に、

常に時代環境とに応じて変遷があり、流転があり、進化がとげられてきたという

  • 1 -

ことが窮い知られる。わが国の最近において、治安維持法国防安法陸軍刑法

海軍刑法、軍機保護法及び戦時犯罪処罰特例法等の廃止による各死刑制の消滅のご

ときは、その顕著な例証を示すものである。そこで新憲法一般的概括的に死刑

のものの存否についていかなる態度をとつているのであるか。弁護人の主張するよ

うに、果して刑法死刑規定は、憲法違反として効力を有しないものであろうか。

まず、憲法十三条においては、すべて国民は個人として尊重せられ、生命に対す

国民権利については、立法その他の国政の上で最大の尊重必要とする旨を規

定している。しかし、同時に同条においては、公共の福祉に反しない限りという厳

格な枠をはめているから、もし公共の福祉という基本的原則に反する場合には、生

命に対する国民権利といえども立法制限乃至剥奪されることを当然予想してい

ものといわねばならぬ。そしてさらに、憲法第三十一条によれば、国民個人の生

命の尊貴といえども、法律の定める適理の手続によつて、これを奪う刑罰を科せら

れることが、明かに定められている。すなわち憲法は、現代多数の文化国家におけ

ると同様に、刑罰として死刑の存置を想定し、これを是認したものと解すべきであ

る。言葉をかえれば、死刑の威嚇力によつて一般予防をなし、死刑執行によつて

特殊社会悪の根元を絶ち、これをもつて社会防衛せんとしたものであり、また

個体に対する人道観の上に全体に対する人道観を優位せしめ、結局社会公共の福祉

のために死刑制度の存続の必要性承認したものと解せられるのである弁護人は、

憲法第三十六条が残虐な刑罰絶対に禁ずる旨を定めているのを根拠として、刑法

死刑規定憲法違反だと主張するのであるしか死刑は、冒頭にも述べたよう

にまさに窮極の刑罰であり、また冷厳な刑罰ではあるが、刑罰としての死刑そのも

のが、一般に直ちに同条にいわゆる残虐な刑罰に該当するとは考えられない。ただ

死刑といえども、他の刑罰場合におけると同様に、その執行方法等がその時代

環境とにおいて人道上見地から一般に残虐性を有するものと認められる場合

  • 2 -

は、勿論これを残虐な刑罰といわねばならぬから、将来若し死刑について火あぶり

はりつけ、さらし首、釜ゆでの刑のごとき残虐な執行方法を定める法律が制定され

たとするならば、その法律こそは、まさに憲法第三十六条違反するものというべ

である。前述のごとくであるから死刑のものをもつて残虐な刑罰と解し、刑

死刑規定憲法違反とする弁護人の論旨は、理由なきものといわねばならぬ。

 同第二点は「原判決は審理不尽違法がある即ち被告人は本件犯行当時精神障礙

者ではないかとの疑顕著なものがあるこれを記録に徴すると左の如くである(一)

問(裁判長)「先ニ言ツタ様ニ母ヤ妹カ食糧不足ノ事ヲ辛ク当リ被告人カ真面目ニ

カスソレニ米ヲ取ツタ事等喧シク云ツタトシテモソノ為メニ殺スト云フ事ハ普通

人ニハ到底考ヘラレヌ事ダガ他ニ事情デモアツタカ」答(被告人)「他ニハ別ニア

リマセンデシタ」トノ記載(記録第一七七丁表)問(裁判長)「……其ノ原因ハ被

告人ニアルコトテソレガ為メ殺ス気ニナルト云フノハ普通ヘラレヌ事ダガドウカ」

答ヘストノ記載(記録第一七七丁裏)(二)検事はその論旨に於て被告人一見

神ニ異常ヲ来シ居リタルニ非ズヤト疑ハシメルモノアリ云々」との記載(記録第一

八六丁裏)(三)弁護人が弁論に於て被告人は「当時一種ノ精神病ニ冒サレ居リタ

ルニ非スヤトノ懸念ヲ生セシムルモノアリ」との記載(記録第一八七丁表)抑々被

告人の行為当時に於ける精神状態の如何は事実裁判所職権を以て調査を為すべき事

項に属するのであるから本件の如く被告人精神状態に付き顕著なる疑ひある場合

は当然進んで職権を以つて鑑定人の鑑定に附すか又は裁判所自ら之を調査して被告

人の精神障礙の有無、程度を判定し刑法第三十九条に該当するや否やを決しなけれ

ばならぬ、然るに原判決はこの挙に出でず漫然被告人死刑に処したのは審理不尽

の不法あり此の点に於て破毀を免れないものと信ずる」というにある。

 しかし、記録を精査しても、本件犯行に際して被告人精神障礙のあつたことを

疑うに足りる事跡がなく、原審も被告人精神障礙のないことを認めて判決したの

  • 3 -

であるから、原審が被告人精神状態につき鑑定その他の審査をしなかつたとして

も、審理不尽違法はなく、論旨は理由がない。

 同第三点は「原判決判決に示すべき判断を遺脱した違法がある即ち原審に於て

弁護人被告人が「当時一種の精神病に冒され居たるに非ずやとの懸念を生ぜしむ

ものあり」(記録第一八六丁裏)との弁論を為し犯行当時被告人精神に障礙あ

るを以つて法律上本件犯罪の成立を阻却すべき原由たる事実上の主張を為したので

あるから判決は右の主張に対する判断を示すことを要するに不拘此の点に付き特

判断を示すことをして居ないこれは判決に示すべき判断を遺脱した不法な判決

あるから到底破毀を免れないものと信ずる」というにある。

 しかし、原審公判調書によると、原審弁護人は、公判の弁論において、被告人

精神病懸念があることを主張したに過ぎず、刑事訴訟法第三百六十条第二項に規

定する事由があることを主張したものとは解せられないので、原判決がその点につ

いて判断を示さなかつたからとて、判断を遺脱したものとはならず、論旨は理由

ない。

 よつて裁判所法第十条第一号、刑事訴訟法第四百四十六条より、主文のとおり判

決する。

 以上は裁判官全員の一致した意見である

 なお、上告趣意第一点に対する補充意見は、次のとおりである

 裁判官島保、同藤田八郎、同岩松三郎、同河村又介の各意見

 憲法は残虐な刑罰絶対に禁じている。したがつて、死刑が当然に残虐な刑罰

あるとすれば、憲法は他の規定死刑の存置を認めるわけがない。しかるに、憲法

第三十一条の反面解釈によると、法律の定める手続によれば、刑罰として死刑を科

しうることが窺われるので、憲法死刑ただちに残虐な刑罰として禁じたもの

はいうことができない。しかし、憲法は、その制定当時における国民感情を反映し

  • 4 -

て右のような規定を設けたにとどまり死刑永久是認したものとは考えられな

い。ある刑罰が残虐であるかどうかの判断国民感情によつて定まる問題である

而して国民感情は、時代とともに変遷することを免かれないのであるから、ある時

代に残虐な刑罰でないとされたものが、後の時代に反対に判断されることも在りう

ることである。したがつて、国家文化が高度に発達して正義と秩序を基調とする

平和社会が実現し、公共の福祉のために死刑の威嚇による犯罪の防止を必要と感

じない時代に達したならば、死刑もまた残虐な刑罰として国民感情により否定され

るにちがいない。かかる場合には、憲法第三十一条解釈もおのずから制限されて、

死刑は残虐な刑罰として憲法違反するものとして、排除されることもあろう。し

かし、今日はまだこのような時期に達したものはいうことができない。されば死

刑は憲法の禁ずる残虐な刑罰であるという理由で原判決違法を主張する弁護人

論旨は採用することができない。

 裁判官井上登意見

 本件判決理由としては大体以上に書かれて居る処でいいと思ふが、私は左に法

文上の根拠に付て少しく敷衍して置きたい。

 法文に関係なく只漫然と、死刑は残虐なりや否やということになれば、それは簡

単に一言で云い切ることは出来ない。「残虐」と云う語の使い方如何によつてもち

がつて来る、例へば論旨の様に「死刑は貴重な人命を奪つてしまものたから、こ

れ程残虐なものはないではないか」と云うふうに使う人もある、(仮りにこれを広

義の使い方と云つて置く)しかし、又「残虐と云う語は通常そう云うふうには使わ

ないのではないか、虐殺とか集団殺戮とか或は又特別残酷な傷害とかそう云う様な

場合特に用いられるので、単純な傷害や殺人に対しては余り使はれないのではな

いか」と云えば、そうも云えるであろう(仮りにこれを狭義の使い方と云つて置く)

こんなことを云つて居てはきりがない、我々の当面の問題はこう云うことではない

  • 5 -

ので、具体的に憲法第三十六条の「残虐の刑」と云う語が死刑現代文明諸国で通

常行われて居る様な方法による死刑の意以下同意義)を包含する意味に使われて居

るかどうかと云うことである(我々の問題死刑規定して居る刑法の条文が憲法

第三十六条違反するものとして無効法律であるかどうかと云うことであり、つ

まり同条は絶対死刑を禁止する趣旨と解すべきものなりや否やの問題からであ

る)そしてこれは純然たる法律解釈問題から何と云つても法文上の根拠と云う

もの重要である私は前にも書いた通り残虐と云う語は広くも狭くも使われ得ると

思ふから憲法第三十六条の字句丈けで此の問題を決するのは無理で、法文上の根拠

と云えば他の条文に之れを求めなければならないと思う、そこで憲法十三条は「

すべて国民は、個人として尊重される。生命自由及び幸福追求に対する国民の権

利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で最大の尊重

必要とする。」と規定し同第三十一条は「何人も、法律の定める手続によらなけれ

ばその生命若しくは自由を奪はれ、又はその他の刑罰を科せられない。」と規定

て居る、これ等を綜合するとその裏面解釈として憲法公共の福祉の為めには法律

の定めた手続によれば刑罰によつて人の生命も奪はれ得ることを認容して居るもの

と見なければならない、之れと対照して第三十六条を見ると同条の「残虐の刑」の

中には死刑は含まれないもの即ち同条は絶対死刑を許さないと云う趣旨ではない

と解するのが妥当である(即ち同条は残虐と云う語を前記狭義に使用して居るので、

私は此の使い方が通常だと思ふから右の解釈字義から云つても相当だと思う)反

対説は第三十一条は第三十六条によつて制限せられて居るのだと説く、しかし第三

一条を虚心に見ればどうしてもそれは無理なこじつけと外思えない、若し第三十

六条絶対死刑を許さぬ趣旨だとすれば之れにより成規の手続によると否とに拘

はらず絶対刑罰によつて人の生命は奪はれ得ないとになるから第三十一条に「生

命」と云う字を入れる必要はないのみならず却つてこれを入れてはいけない筈であ

  • 6 -

る、盖同条に「生命」の二字が存する限り右の趣旨に反する前記の裏面解釈が出て

来るのは当然であり憲法文句としてこんなまずいことはないからである、他に第

三十六条絶対死刑を禁止する趣旨と解すべき法文上の根拠は見当らない。

 以上は形式的理論解釈である、現今我国の社会情勢その他から見て遺憾ながら今

直ちに刑法死刑に関する条文を尽く無効化してしまうことが必ずしも適当とは思わ

ぬことその他実質的理由に付ては他の裁判官の書いた理由中に相当書かれて居

ると思う。最後に島裁判官の書いた補充意見には其の背後に「何と云つても死刑

いやなものに相違ない、一日も早くこんなもの必要としない時代が来ればいい」

と云つた様な思想乃至感情が多分に支配して居ると私は推察する、この感情に於て

私も決して人後に落ちるとは思はない、しか憲法絶対死刑を許さぬ趣旨では

ないと云う丈けで固より死刑の存置を命じて居るものでないことは勿論だから若し

死刑必要としない、若しくは国民全体の感情死刑を忍び得ないと云う様な時が

来れば国会は進んで死刑の条文を廃止するであろうし又条文は残つて居ても事実上

裁判官死刑を選択しないであろう、今でも誰れも好んで死刑を言渡すものはない

のが実状だから

 検察官橋本三関

  昭和二十三年三月十二日

     最高裁判所法廷

         裁判長裁判官    塚   崎   直   義

            裁判官    長 谷 川   太 一 郎

            裁判官    霜   山   精   一

            裁判官    井   上       登

            裁判官    真   野       毅

            裁判官    庄   野   理   一

  • 7 -

            裁判官    島           保

            裁判官    斎   藤   悠   輔

            裁判官    岩   松   三   郎

            裁判官    河   村   又   介

 裁判官藤田八郎は出張中につき、署名捺印することができない。

         裁判長裁判官    塚   崎   直   義

  • 8 -

2014-12-26

2014年2015年過去

今年もそろそろ終わる。

俺は来年40歳になる。10年前に何してたっけ?どんなことがあったけ?20年前は?

思い出そうとしてみたが、覚えていることはあまりなかった。

そこで大好きなウィキペディアを開いてみたら、おもしろかった。

西暦をたたけばその年に起こった出来事や流行ったものごと、世相がまとめられている。

すげえな。

ありがとうウィキペディア

「おっ」とか「へー」とか「なにそれ」と思った出来事で100年を振り返ってみる。

2014年の10年前と2015年の10年前。

1614年と1615年までさかのぼれば、それぞれ大阪冬の陣と夏の陣までいけるのだが、400年はけっこうしんどい

とりあえず100年。

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2004年平成16年

・自衛隊イラク派遣の陸上自衛隊本隊第一陣がイラクのサマワに入る

関西電力美浜原子力発電所(福井県)で蒸気漏れ事故が発生、作業員5人が死亡

アテネ五輪(柔道の野村忠宏選手が五輪3大会連続で金メダル獲得)

・「新潟県中越地震」死者68名

紀宮さま黒田慶樹さんがご婚約

2005年(平成17年

中部国際空港が開港

スマトラ島沖地震

アンゲラ・メルケルがドイツ首相に就任

・1年を通じて1899年以来初めて死亡数が出生数を上回る

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1994年(平成6年

ビートたけしバイク事故で重傷

関西国際空港が開港

オリックスイチローが史上初の1シーズン200本安打を記録

大江健三郎ノーベル文学賞を受賞

1995年(平成7年

阪神淡路大震災

地下鉄サリン事件

・警視庁の国松孝治長官狙撃事件(重傷)

オウム真理教総本部前で村井秀夫幹部が刺殺される

・「Windows'95 日本語版」発売

・『新世紀エヴァンゲリオン』放送開始

・俺ハタチになる/この年はテレビばかり見ていた気がする。

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1984年昭和59年

・中曽根首相が首相として戦後初の靖国神社参拝

・「かい人21面相」によるグリコへの脅迫が始まる

都はるみがNHK「紅白歌合戦」を最後に引退

1985年(昭和60年

日航ジャンボ機墜落事故

・東京都に新両国国技館が完成、横綱・北の湖が引退

・NTT(電電公社)とJTT(日本たばこ産業)が民営企業として発足

豊田商事の詐欺事件についてマスコミが取材中、報道陣の前で永野一男会長が暴漢2人に刺殺される

松田聖子神田正輝と結婚

フジテレビで夕方のバラエティ番組夕やけニャンニャン』が放送開始

たこ八郎が水死

・「かい人21面相」の似顔絵“キツネ目の男”が公開される

阪神タイガースが21年ぶりのセ・リーグ優勝

阪神タイガース日本シリーズで、西武ライオンズを破り4勝2敗で日本一

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1974年(昭和49年

・永谷園が「あさげ」を発売

小野田寛郎陸軍少尉がフィリピンから帰還

日本赤軍オランダ・ハーグにあるフランス大使館を占拠(ハーグ事件)

ウォーターゲート事件ニクソン大統領辞任

テレビアニメ宇宙戦艦ヤマト』第1作が放映開始

フランスで『エマニエル夫人』公開

1975年(昭和50年

まるか食品が「ペヤングソースやきそば」を発売

山陽新幹線博多まで開通

広島東洋カープが初優勝

イギリス保守党の党首にマーガレット・サッチャー選出

沖縄国際海洋博覧会開幕

・俺が生まれた

……俺と同い年の人たち

赤江珠緒アナウンサー

雨宮処凛(作家、エッセイスト

山田花子タレント

アンジェリーナ・ジョリー(女優)

上原浩治(野球選手)

高橋由伸(野球選手)

チュートリアル徳井義実タレント

平野啓一郎小説家

・四代目・市川猿之助歌舞伎役者

さかなクン(魚類学者、タレントイラストレーター

・俺(商店街で鮮魚店を経営)

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1964年昭和39年

カルビーが「かっぱえびせん」を発売

本田技研工業が「S600」を発売

・日本人の海外観光渡航自由化。ただし年1度、所持金500USドルまでの制限付き

東海道新幹線開業

東京オリンピック

・坂本九『明日があるさ』がヒット

・映画『モスラゴジラ』公開

1965年(昭和40年

大塚製薬が「オロナミンCドリンク」を発売

アメリカ軍による北ベトナム爆撃が始まる(北爆)

・淀橋浄水場廃止

朝永振一郎ノーベル物理学賞受賞が決定

・中国で文化大革命が始まる

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1954年(昭和29年

武田薬品工業が「アリナミン糖衣錠」を発売

・日本の高度経済成長期が始まったとされる年

アメリカで世界初のカラーテレビの本放送開始

・NHKが大阪と名古屋でテレビジョン放送開始

ニッポン放送開局

琉球放送(RBC)開局

・遠洋マグロ漁船「第五福竜丸」が米国の水爆実験によって発生した多量の放射性降下物を浴びる

・洞爺丸事故

加藤芳郎4コマ漫画『まっぴら君』が毎日新聞夕刊で連載開始→2001年終了

・映画『ゴジラ』(シリーズ第1作)公開

1955年(昭和30年

トヨタ自動車が「クラウン」を発売

日産自動車が「ダットサン・110」を発売

武田薬品工業が総合感冒薬「ベンザ」を発売。

ワルシャワ条約機構結成、冷戦激化

・広辞苑初版発行(岩波書店

後楽園遊園地が完成

自由民主党日本社会党二大政党制55年体制)が始まる→1993年崩壊

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1944年(昭和19年)

・全国の新聞で夕刊が廃止

・日本軍がインパール作戦を開始

・松竹少女歌劇団解散→松竹芸能本部女子挺身隊結成

関西急行鉄道南海鉄道が合併し、近畿日本鉄道設立

アメリカ軍サイパン島に上陸、日本軍が全滅

・連合軍によるパリの解放

ゾルゲ事件

・東海道沖で東南海地震発生/マグニチュード7.9、死者・行方不明者1,223人、建物全壊36520件

1945年(昭和20年

・ 2月 4日 ヤルタ会談ルーズベルトチャーチルスターリン

2月18日 アメリカ軍硫黄島に上陸

2月14日 近衛文麿昭和天皇に早期和平を提案(近衛上奏文)

3月10日東京大空襲」/死者は約10万人

・ 4月 1日 アメリカ軍沖縄本島に上陸

6月13日 大田実司令官が「沖縄県民斯ク戦ヘリ 県民ニ対シ後世特別ノ御高配ヲ賜ランコトヲ」と打電した後自決

6月23日 沖縄守備軍司令官牛島満が摩文仁司令部で自決/実質的な戦闘終結

7月26日 ポツダム宣言発表/連合国は日本に降伏を要求

・ 8月 6日 広島市へ原子爆弾投下

・ 8月 9日 ソ連軍が満州へ侵攻して対日参戦開始

・ 8月 9日 長崎市へ原子爆弾投下

8月10日 御前会議(ポツダム宣言の受諾の可否について)

8月15日 正午「玉音放送

8月18日 満州国皇帝愛新覚羅溥儀退位

8月27日 占領軍向け特殊慰安施設の第1号開業(小町園、東京大森)

・ 9月 2日 東京湾上の戦艦ミズーリ艦上で、重光葵・梅津美治郎らが降伏文書調印(第二次世界大戦終結)

9月25日 外国人記者2名が昭和天皇インタビューを行う

10月19日 駅名の表記が左書きに統一される

12月31日 NHKラジオ第1で『紅白音楽試合』

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1934年(昭和9年)

・ドイツ・ポーランド不可侵条約締結

日比谷映画劇場開場

忠犬ハチ公銅像除幕式

クライド・バロウとボニー・パーカーが警官隊に射殺される

東郷平八郎元帥国葬(日比谷公園

・満鉄が大連―新京間で「特急あじあ号」の運転を開始

東北地方で冷害が発生、凶作被害甚大

ヨシフ・スターリンの「大粛清」始まる

1935年(昭和10年)

築地市場開場

フランス人民戦線結成

モノポリー発売(パーカーブラザーズ社から)

日本ペンクラブ発足(初代会長島崎藤村

・天理教本部が脱税で捜索

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1924年(大正13年)

・皇太子裕仁親王(後の昭和天皇)と良子女王(後の香淳皇后)ご成婚

・日本でメートル法が採用

阪神甲子園球場完成

・孫文が神戸市で大アジア主義講演

谷崎潤一郎痴人の愛』連載開始(大阪朝日新聞

宮沢賢治春と修羅』出版

トーマス・マン『魔の山』

1925年(大正14年)

イタリアベニート・ムッソリーニが独裁宣言

・日ソ基本条約締結(日本はソ連を承認)

治安維持法公布

朝鮮総督府庁舎完成

・上海で五・三〇事件

ベトナムホー・チ・ミンベトナム青年同志会を結成

・広東に国民政府が成立

東京放送局(後の日本放送協会)がラジオ放送開始

鈴木商店(後の味の素)設立

・芦ノ湖にブラックバスが放流

・娯楽雑誌『キング』創刊

同人雑誌『青空』創刊、巻頭作は梶井基次郎の『檸檬』

……これ読んだ若い頃、スーパーのおさかなコーナーで働いてた。

まな板の上にレモン置いて帰ろうかと思ったな。

なつかしい。

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1914年(大正3年)

・孫文らが東京で中華革命党を結成

サラエヴォ事件→オーストリア=ハンガリー帝国セルビア最後通牒

オーストリアセルビア宣戦布告し、第一次大戦が始まる

・三越呉服店新装開店(エスカレーターライオン像が話題に)

・『少年倶楽部』創刊

1915年(大正4年)

第一次世界大戦:ドイツ海軍がイギリス周辺を交戦海域に指定して、Uボートによる無制限潜水艦戦が開始される

袁世凱中華帝国の皇帝を宣し、元号を洪憲とした

サマセット・モーム『人間の絆』

芥川龍之介『羅生門』

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数字と固有名詞と記憶と今がごっちゃになって、ちょっと気持ちいい。

自分がさかなクンと同い年なのは知っていたが、ぺヤングとも同い年とは知らなかった。

それと昭和、長いな。

明日も朝早いし、そろそろ寝る。

2014-11-25

中学同級生選挙に行かない理由自分なりに考えてみた

先日、中学同級生と酒を飲んだ。選挙だなっつって話題に出した。『そうなの!?』って言われた。『多分行かねー』とのことだ。

『どこを選んでも一緒じゃん』この一言がなぜ出てくるのか、どこで間違っているのかを考えてみた。


まず第一に、『各党の主張が見えないから

それぞれがどのような政策を実現しようとしているのか、その政策は誰にどれくらいの割合恩恵をもたらすのか、その政策の実現可能性はいくらか、生じうるリスクはなにか、

その政党にとっての優先順位はどのくらいか、これらが全くと言っていいほどつかめない。

特に社会全体で相対的貧困生活にゆとりのない若者世代にとっては、「どの政党を選べば自分生活がよくなるのか」が全く分からない。

しかしたら僕たちが馬鹿なだけなのかもしれないけれど。

第ニに、『党派性根本的な対立軸のように誤魔化されているから』

政党間の対立構造は結局のところ茶番なのに、だ。僕たち若者生活自民党でも民主党でも良くなりはしない。今後訪れる日本不況の原因は少子高齢化である。それを生み出しているのは世代間格差である

しかし、再選目的政治家(=全ての政治家)たちは、結局のところ、今この瞬間の投票率が高い老人から投票を頼みに票集めをする。実現する政策も結局、ジジイ共に便宜を図ることを目的にしている。貧乏ジジイか、金持ちジジイか、その違いだけだ。

第三に、おそらくコレが最も根源的な問題なのだが、『教育選挙本質を伝えていないから

そもそも政治家目的は再選である。ついで政策実現だ。彼らは自分選挙に受かるために「評価される政治活動」を実施する。そのことを伝えない。日本の政治をよくするために、なんてことを平気で伝える。大間違いだ。政治家は再選の報酬として、支持者層への利益誘導を図る。投資配当である自分の持っている属性を細かく自覚し最も便宜を図ってくれる政治家を選ぶこと、権力を持った政治家ステークホルダーとして自分存在意味づけること。これが選挙本質だ。政策の正しさなんて糞食らえだ。

若者選挙に行かないのは、選挙を選ぶことだと思っているからだ。普通選挙法を治安維持法実現のための飴玉としてしか教えない糞教師がいるからだ。自らが所属するコミューン投票率を上げることが選挙目的だなんて考えちゃいない。選挙は、権利ではなくて権力闘争なんだ。投票に行かない=不戦敗っていう事実をきちんと伝えるべきなんだ。


長くなった、まとめる。

若者選挙政党選択と勘違いしている。しか政党間の違いが分からない、かつ本質的に違いはない。だから『どこを選んでも一緒じゃん』となる。

選挙権力闘争だ。ぶくぶくに太った貴族ジジイどもから権力を引っぺがすために僕たちは選挙に行く。


ただ個人的には、世代間格差是正を存立目的に掲げる政党が出てきてくれたら、そう願ってやまない。『若者に便宜はからまくりますジジイなんて知ったことか!』『お前らは孫に全て押し付けて豪遊して死ぬつもりか!』そうやって、誰かが高らかに叫んでくれるだけで、僕らはどれほど救われるだろうか。

クラスタとかヒエラルキーじゃなく、世代間で権力闘争しようぜ。

そしたら日本選挙ってもっともっと盛り上がると思うんだ。

以上。長文しつれいしました。

2013-12-13

石破が正論だろ。恫喝って言う方がおかしいし、捜査処罰対象に関してそこまで暴走してしまうほど、日本平和精神ってやわなものだったのかね。

左翼の諸君。

左翼が騒げば騒ぐほど、正しい法案なんだって思うよ。

戦前朝日国民を煽って国は引くに引けなくなった。もし、かりに戦前マスコミが一環として戦争反対を訴えていればあんなことにはならなかったんじゃないかね。

左翼引っ込め。

 自民党石破茂幹事長は12日、ニッポン放送ラジオ「高嶋ひでたけのあさラジ!」に出演し、

秘密保護法の「特定秘密」が報道された場合について「『大勢の人が死にました』と言うと、どうなるのか」と述べ、

改めて報道抑制すべきだとの本音をもらしました。

 石破氏は「『知る権利』だと言って合法的な方法で知って外へ出すと、国の安全に影響があるとわかっているが、

報道の自由』だということで報道する。処罰対象にならない。でも『大勢の人が死にました』と言うと、どうなるのか」と発言。

報道機関捜査処罰対象となる法律の仕組みをごまかしながら、報道機関をどう喝しました。

 秘密保護法戦前治安維持法を復活させかねないとの批判について

「今度の(法律)は秘密を取り扱う公務員が強い責任感を持ち、漏らした場合には重い処罰がかかるという、

公務員に向けた法律だ。国民を取り締まるための治安維持法と同列視するのは少しどうなのか」と述べ、

民間人市民活動家ブロガーも含めて国民を広く処罰対象とする秘密保護法危険を隠ぺいしました。

ソース しんぶん赤旗 自民・石破氏また どう喝「特定秘密報道大勢が死んだらどうなる」

http://www.jcp.or.jp/akahata/aik13/2013-12-13/2013121302_02_1.html

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