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はてなキーワード: 治安維持法とは

2017-05-24

共謀罪とか

本気で危険法律なんだけど、その危険性が全然広まってないと感じる

治安維持法が何をもたらしたか、を知ればわかることなんだけど、そもそも治安維持法について知っている日本人ほとんどいなさそう

歴史知識継承をきちんとやっていかないと悲惨なことになるんだなっていうことがよくわかった

とりあえず日本さらに息苦しい社会になっていくので、今のうちに限られた時間自由満喫しておくのがよいのだろう

いずれは増田ですら好きなようには書けなくなるだろうから

2017-05-23

毎日新聞皇室報道を見て、歴史が繰り返される理由が分かった

1923 関東大震災

1925 治安維持法制定

1940 東京オリンピック日中戦争などで開催権を返上

1941 太平洋戦争

2011 東日本大震災

2013 秘密保護法制定

2020 東京オリンピック

一時期こんな書き込みネット流行った。

俺は、この書き込みのことは、正直馬鹿にして見てた。

ほぼ国家公務員しか対象にならない秘密保護法を、世紀の悪法治安維持法」に見立てるのは無理がある。

ただ、最近皇室関係報道を見ながら、考えが変わった。

見方を変えると、確かに歴史は繰り返されている。

この先の出来事も、このままいくと繰り返される可能性が高いかもしれない。

一番重要ポイントは「戦前軍部」の役割を、誰が担うかだ。

俺は、ここに素直に「自衛隊」を代入していていて、だからこそ、歴史は繰り返さないと思っていた。

戦前軍部があれだけ暴走できたのは、大新聞と、その後ろにいる国民からの熱烈な応援があったからだ。

今の自衛隊は、国民から支持率は高いが、メディアからは厳しい視線に晒され続けてる。

文民統制規定もあり、自衛隊暴走不可能に近いし、その動機もない。

三島由紀夫切腹した頃から自衛隊はすでにサラリーマンだし、国家に対して反乱を企てるような集団じゃない。

じゃあ誰が「軍部」になるのか?

戦前軍部」の特徴には、以下の三つのような特徴があった。

1.他者に対して攻撃

2.メディア一般人批判できない、しづらい存在

3.政府予算の中で「聖域化」され、誰もその関連予算を削れない

この3つの要素を、今持ってるのは誰か?

俺は、現代においては「高齢者」が、戦前軍部役割を担うんじゃないかと思った。

そう考えていくと、辻褄が合い始める。

歴史が繰り返される道筋が見えてくる。

まず、マスメディアにボロクソに叩かれてるアベノミクスだが、あの政策には元ネタがある。

高橋是清が、4度目の大蔵大臣就任した際に行った金融政策だ。

高橋是清は、井上蔵相が起こしたデフレによる不況を止め、緩やかなインフレを起こすために、積極的財政出動と「金輸出禁止」による円安政策を行なった。

1931年の話だ。

この政策で国の景気ははっきりと回復へ向かったが、高橋是清関東大震災以降の支出超過でこれ以上の財政出動危険だと理解していて、財政健全化へと舵を切った。

要は、震災対応財政出動で金を使いすぎたから、軍事費含めた国の予算を軒並み削減して、なんとか国の赤字を減らそうとしていた。

これに反抗したのが、当時の軍部だ。

軍部のうち皇道派と呼ばれる人間たちは、富裕層だけに味方している(ように見えた)高橋是清のことを、「君側の奸」と吐き捨てた。

こんな政治家のことは天皇陛下もお嫌いのはずと「忖度」して、クーデターを起こし、殺害した。

世に言う、二・二六事件だ。

高橋是清殺害されたことで、財政健全化政策も、金融政策も完全に止まった。

あと一歩で回復するかもしれなかった日本の景気は腰折れし、高橋是清が削ろうとして叶わなかった軍事費は、どんどん膨張した。

結果として、財政がどうにもならなくなった日本は、景気回復を「軍部による戦争」にしか求められなくなり、支那事変を引き起こす。

これが契機になり、東京オリンピック返上される。


話を現代に戻そう。

つい最近毎日新聞天皇陛下のお言葉を一面でリークした。

陛下 退位議論に『ショック』 宮内庁幹部生き方否定』」

こんな見出しが、全国紙の紙面に踊った。

次の日、宮内庁取材した産経新聞が、

宮内庁毎日陛下 公務否定に衝撃』報道否定 有識者会議意見に不満のご発言事実ない』」

という記事を出したことから、事の真偽は正直不明だ。

ただ、ここで重要なのはマスメディアが、天皇陛下を利用して、政府批判をはじめた」ということだ。

陛下の心を傷つける専門家会議とそれを主導する安倍晋三は、君側の奸だ」ってわけだ。

こんな、戦前軍部の「皇道派」みたいなことを言う人間が、この現代日本に現れた。

俺は、このニュースを見て、本当にまずいんじゃないかと思った。

安保法制の騒ぎの中で分かったことは、「安倍政治を許さない」とデモをしている人たちには、高齢者が多いということだ。

Twitterなんかで確認する限り、毎日新聞の例の記事も、高齢者らしき人々の中では評判が良く、拡散されているようだ。

安倍政権支持率は、これまた高齢者に支えられるテレビメディアからの「森友学園」「加計学園」の連続スキャンダル攻勢で、確実に落ちてきている。

俺には、現代安倍晋三が、戦前高橋是清と同じ役割を担っているように見えた。

安倍晋三高橋是清ほど良い政治家かと言われたら正直疑問だが、少なくとも、同じ役どころが回ってきてるようには見える。

これからマスメディアとそれを後押しする高齢者の力で安倍政権が倒れた場合日本は、戦前二・二六事件後と似たような空気になるんじゃないかと思う。

選挙で圧倒的な力を発揮する高齢者に関わる社会保障費を、政治家は、誰も削れなくなる。

膨張した社会保障費が五輪準備費を圧迫し「オリンピックなんて中止すればいい」という声も出始める。

国内だけでは財政課題解決できないと判断した国は、「海外」に目を向け始める。

みんな、安倍晋三が「ヒトラー独裁者)」で、自衛隊が「軍部」の役割を担うと思って警戒してるけど、その形なら、ちゃんと止められるんだよ。

そのパターンは、一回やってるから。だから、どんな馬鹿にもその危険がなんとなく想像できて、歯止めをかけられる。

じゃあ、なんで歴史が繰り返されるのか?

要は、「役者が変わってるから、同じ演目をやってるって気づかない」んだ。

みんな、軍(自衛隊)と独裁者首相)に注目しておけばいいと思ってる。

でも、そうじゃないんだよ。軍はもう、警戒されてるし、批判もできる。

俺たちが見なきゃいけないのは、今この日本で「政治家批判できない、聖域化しつつある人たちは誰なのか」ってことなんだ。

俺は、東京オリンピック2020年に開催できる可能性は、50%くらいだと思ってる。

この1年の政治の動きによっては、「何らかの理由」で、オリンピックが中止される未来が、本気であると思ってる。

たぶん、真正から高齢者悪者にしてるこの説は、マスメディアには絶対に載らない。

実名で書いても、すぐに社会生活ができなくなる。

からこうやって増田に書いた。

今、この国が瀬戸際に立ってるってことを、なるべく多くの人に知ってほしい。

2017-05-16

共謀罪適用されるのはネット炎上かも

増田共謀罪には反対の立場ですが、そこまで詳しく調べているわけではありません。ご了承ください)

国会ウォッチャーではありません。

この件についてなぜか思い起こされたのが、少し前にあった2chなんJにおける炎上騒ぎです。ご存知の方も多いと思うので詳細は省略しますが、2chのあるクソコテ特定され、クソコテの雇った弁護士まで巻き込んで炎上したというものでした。

炎上といってもその方法は様々で、ネット上で殺害予告をする者、クソコテの住所や弁護士事務所の前まで出向いて嫌がらせをする者、専用の掲示板まとめサイト運営する者、騒動に乗じてひと儲けを企むアフィカスようつべニコ動MAD動画を上げる者、果てはそれを観て草を生やすだけの者など多岐にわたっています

どうやら現在法律では、集団でこのような子供じみた嫌がらせをする事態というのはあまり想定していなかったようです。被害者にしてみれば毎日のように何かが起こって全く気が休まりませんが、個々の嫌がらせだけでは犯罪にならなかったり軽いものだったりというケースもあり、警察裁判所対応も後手後手に回ってしまいました。

何より難しいのは、この集団にはトップもいなければ指導体制も、指揮系統もないという点です。単に身内で目立ちたいからというだけの理由で、嫌がらせエスカレートしていくことすらありました。

しかし、このネットイナゴの群れをひとつ集団として考えた場合集団の総意として嫌がらせ営業妨害を行っている、とみなすことはできるかもしれません。

各個撃破するより、そっちの方がいろいろスムーズだと思いませんか?

いやそんな2ちゃんねらーことなんか知らねえよ、と思われる方も多いでしょう。そんな気持ちの悪い集団みんなしょっ引いてしまえ、という意見も出てくるかもしれません。

しかし思うのですが、共謀罪対象になるのも、そんな怪しい集団なんじゃないでしょうか?

「無実の人が捜査対象になる! 絶対に廃案にしなければ!」というノリだと、無駄ヒロイックかつ悲壮な感じになってしまますが、おそらく現実はそんなドラマティックなものではありません。

一般人対象になることはない、というのも全くの的外れではなく、最初に誰かが対象になるとすれば、やはり普通感覚とはかけ離れたような、なんだかよくわからない不気味な連中なのでしょう。

明らかに白い一般人などどこにもおらず、黒ばかりに見える中、いったいどこで線引きをしていくかというような、一見地味ながらも苦しい決断になるのだと思います

よく引き合いに出される治安維持法にしても、敗戦とそれによる権力構造解体があったからこそ、今まで黒とされていたのが事後的かつ遡及的に白ということになったに過ぎません。

当時の感覚では危険思想の持ち主ですから一般的には黒や限りなく黒に近いグレーという扱いであり、リアルタイム最初から白だと思っていたのは彼らの同志やシンパぐらいでしょう。

それでも結果としては「無実の市民検挙した」という覆しようのない事実が残ってしまいました。

この件について、自分に害がなければどうでもいい、という考えの方も多いと思いますぶっちゃけ自分もそういう思いはあります

しかし、どっかの誰かも言ってましたが、知らないものへの無関心や不寛容こそ、結局は回り回って自分の首を絞めることになるのではないか、という漠然とした不安はあるのです。

2017-05-15

http://anond.hatelabo.jp/20170515152500

ん?ごめん、質問意図がよく分からない。

私がアホだと思ってるのは、共謀罪治安維持法!!!って感覚だけで騒いでる左翼ね。

アホだと思ってないのは、共謀罪は昔の治安維持法みたいなヤバイことになるかならないか真面目に考えた結果、反対という考えに至った奴。

他の先進国共謀罪のことは、法律の条文を読んだことが無いので分からない。英語以外で書かれたやつはもうお手上げ。該当部分だけでなくて、

警察が何を出来るかという他の部分も全部読まんと判断できんしな。

http://anond.hatelabo.jp/20170515150928

まだ勉強中なんでちゃんとしたことは書けないけど、治安維持法歴史を紐解くと、法の成立直後はまともな運用をされていても、

その後に警察権限拡張するための他の仕組みをドンドン制定していったことで、結果的にそれらがセットになってヤバイことに

なったらしい。

今の世で共謀罪が同じ事になると何も考えずに決めつけるのはアホだと思うけど、盗聴を合法化する法律とかも決めたがってるらしい

とか、そういうのは昔と同じ流れだよね、っていう理由で、共謀罪に反対する奴はアホとは思わんなぁ。

2017-05-13

初代会長治安維持法によって獄死 創価学会員50人に聞いた】

初代会長治安維持法によって獄死 創価学会員50人に聞いた】

アナタ共謀罪に賛成ですか 信濃町本部周辺で直撃 圧倒的多数が意外な答え 

創価学会内が〝圧倒的無関心〟の中、共謀罪は成立しようとしている。

牧口初代会長は草葉の陰で何を思うのだろうか(日刊ゲンダイ

2017-05-12

[]さんへ、素朴な質問

今回のテロ等準備罪とか共謀罪かい法案なんだけど、いったいだれがなぜつくりたがってるの?

野党がいうように、別につくらなくても不都合はない(条約上の問題はない、既存法体系で全て対処可能)というのは明らかでしょ。

けど、それとセットで野党が言ってる「政府治安維持法みたいな法律を作りたいんだ」っていうのは全然説得力がない。

自民党の側にそういうものを作りたいって議論はないし、

だいたいが、自民党の一部には戦前回帰したいって人々はいるけど、治安維持法まで戦前美徳だなんて思ってる人はいないでしょ。

国会ウォッチャーさんの観察では、自民党のものあんまり法律の中身をわかってない。

じゃあ、だれがわかってるの?

中身がわかってる人が、つくりたいんだよね?

それはだれ?

陰謀論とかは要らないから、そこ、教えてよ。

ごめんね、シロウトくさい質問で。

2017-04-30

共謀罪問題をどれだけ主張しても無駄ではないか

共謀罪が仮に戦前治安維持法並みであったとしても、

自分たちじゃない誰かが多少冤罪で捕まってもそれで安全ならいいやというのが民衆なので

あなたも捕まるかもよと幾ら言ったところで効果は無い。

 

そこで酷い目に合う人たちに同情の声が上がって盛り上がるのは

民衆が豊かな時だけなのでこちらも厳しい。

 

支持率の高い与党が酷い・政府が酷いというのは

結局は民衆が酷いってことなので

酷いと責めると反感を買うのです。

 

弱者は矢面に立って死ぬのみです。

それで多数の平和は保たれるのです。

 

どうしようもないね

2017-04-28

http://anond.hatelabo.jp/20170428214256

過去に似たような内容の法律治安維持法というものがあり、最初共謀罪と同様のことを説明していたが次第にマジキチ仕様制度運用になっていき

残念ながら日本イスラム国などのテロ勢力よりも日本公権力のほうが危険ということで当局スパイ取り締まりが困難になっている。

外国空軍による空襲犠牲者よりも多くの累積自殺者を生み出すマジキチではあるが、組織犯罪を取り締まる法律というのは西洋中東だけでなく中国北朝鮮にすらあるものなので

単純に日本国公権力の脳スペックあるいは精神ダメという一種能力問題

2017-04-21

枝野普通団体対象にならないことは、どう答弁しようが、条文で」

国会ウォッチャーです(名乗るの忘れた。どうでもいいけど。)

 階、枝野、山尾、逢坂と、民進党エース級をそろえて、完全に共謀罪ロックオンしてますね。がんばってくださいね

階猛議員対応は圧倒的に正しい

 階議員今日かなりエキサイトしていましたが、支持しますよ。今日鈴木淳司法務委員長は、職権で法務委員会を開催して、かつ林刑事局長を答弁者に登録することを採決したみたいですが、昨日も書きましたが、委員会政府参考人登録することそのものはおそらく、否定できないと思いますよ。でも、前例ほとんどないはずと思ってたけど、一回もなかったみたいだけど。枝野さんが、「民主党政権時代にも、答弁が不安定大臣というのはいたが、こんなことはしなかった。今までの大臣の中で、金田さんが一番能力がないといわれてるようなもんなんだから、怒るか逃げ出すかするしかないはずだ」といっていましたけどね。まぁ恥の問題ですよ。でも鈴木委員長が、基本的な事項について、質疑者が指名できるはずの答弁者をここまで露骨に林局長指名しているのは階議員が指摘したように、衆議院規則違反だろ、というのはそのとおりですよ。露骨過ぎるんですよ。一太委員長とかも、結構助け舟を出すけど、たとえば、総理指名されてても、「まず局長、その後総理行きますから」とかぐらいは言いますよ。鈴木委員長はかなりダメですよ。一応ほめておくと、今日の国交委員会西銘恒三郎委員長は、同じ時間使うでも、質問の整理をして答弁を促したりしっかりと議事進行されてましたよ。だから基本的な事項について、委員長局長指名してきたら、質疑を取りやめるよ、という対応は支持します。鈴木委員長は来週あたり不信任動議されるんじゃないですかね、このままだと。

そもそも=基本的発言を引き取らされた林局長哀れすぎる

 山尾さんです。これはまぁ大事な話なんだけど、山尾さんの質疑を見て。とにかく総理大臣がニヤニヤしながら、「失礼だとおっしゃられましたが、これは事実でございますから」とか言いながら山尾さんをおちょくってた(しかもどうやら嘘か勘違いっぽい)ことの帳尻を林局長に取らされてるのはマジで意味不明。もちろん安倍さんの行動が意味不明質問主意書だしていいよ。総理が調べた辞書はどれだったのかって。山尾さんにはいつもやり込められてるから仕返しのつもりだったんだろうけど、ちゃんとほんとに調べてなかったのならこんなくだらないことでも虚偽答弁だよ。どこまでもどこまでも国会をなめきってんだよ。

一方枝野さんは今日も地道に林局長と仲良くなっていた

 枝野さんと林さんのやり取りは、今日面白かった。林局長もやり取りをする中で、公式見解をまとめてきていたので、枝野さんも一歩前進したと評価されていた。個人的な予想に過ぎないけど、枝野さんの方針はなんとなく読めてきた気がしました。林局長が、今日まとめてきた公式見解を出すことを予想した上で、実務的にどうやって、担保するのか、過去の例で、公式答弁がどうあろうが、条文上読めなかったら、裁判ではこう扱われてきたんだぞ、っていう路線に進めていくんだろうことを予感させる終わり方でした。枝野さんの質疑はこれだから面白いんだよ。いや共謀罪面白がってる場合じゃないけど。

局長によりまとめられた公式見解と思しき箇所と枝野さんの反論

 長いからまとめちゃうけど、こないだの、違法性認識のところをはっきりつめてきて、犯罪構成要件としての故意認定違法性認識の差を明確にしてきました。組織的犯罪集団構成員として認定されるには、結合の目的が、別表に掲げられた罪を犯すことは知っていないといけない。(それが罪であることは知らなくてもよい)

局長

違法性の意識は、故意との関係で論じられます刑法第38条3項にございます。その際に違法性の意識がいるのかいらないのかが論じられている。そして今回の組織的犯罪集団の結合の基礎としての共同の目的が、別表第3に掲げる罪を実行することにある、といえるために構成員が当該行為違法であることを認識していることを要するか否か、については、故意問題とは別の問題でございます構成要件に該当する客観的事実認識して実行すれば、違法性の意識がなくても犯罪が成立する以上、犯罪構成要件に該当する事実認識した上でそれが結合関係の基礎としての共同の目的になっているのであれば、それは組織的犯罪集団に当たりうると考えます。ただ、もっとも、ある団体の結合関係の基礎となる共同の目的犯罪を実行することにあるといえるか否か、これは故意問題とは別の次元論点でした、個別の事案での集団の結合の目的が何であるかという認定問題となりますと、当該犯罪行為を反復的に実行しているが、当該行為違法性の意識がなく、それを認識した後に、結合し続けることがない、といえるような場合には、集団の結合関係の基礎となる目的とは認定されないと考えられる場合もあることから故意認定違法性認識必要ではないが、組織的犯罪集団認定においては、かなり大きなファクターを占めるといえる」

枝野

「ようやく、何を言っているのかを整理していただきました。その限りの考え方は、ひとつの考え方だと、なおかつ一歩前進かもしれないと私も認めます。確かに違法性の意識必要ない。別表3の行為違法だということを知りながらみんなでやることは必要ない、ただし、違法だとみんなが知ったら、コレはもうやめるよね、というのならば、結合の基礎ではない。これは非常にわかます。つまり後で使う例ですけども、ある合唱団が、一枚だけ楽譜を買って、あとはみんなでコピーして使うんだと。コレは著作権法違反です。これは違法なんだと気づいてやれば当然結合の基礎に当たりうるというか、大変な問題だけど、違法だという指摘をされたなら、やめますと、いうことであるならば、結合の基礎ではない、こういうことですよね。」

枝野摘発されて、摘発されたら、”あー違法だったんですか、気づきませんでした、でも違法だと知っていたらこんなことやらなかったよね”と。これ社会的にもあるいは裁判実務においても、これ許してもらえるんですかね。というのが私はこの論点ではないかと思う。普通犯罪の成立には違法性認識必要ありません。(略)個人著作権法違反既遂罪は、違法だと知らなくても処罰されるんです。で、みんなで結合して、コピーして、合唱練習しようという共謀をしたら、これは違法性を知らなければ、組織的犯罪集団ではないという。コレ、摘発されて、どうやって知らなかったと証明するんですか。供述をどうやって信じてもらえるんですか。これはこういう問題です。」

親告罪共謀罪は何だという再度の問い合わせについて、捜査機関が、別途知りえた共謀を被害者に知らせて告訴を依頼することがありうるから、存在しうるという反論をする林局長。(国会クラスタが書き起こししてることに言及して、我々をざわつかせる枝野)これ口滑ってる認識はないんだろうけど、要は別件逮捕するために、使えるからだよね、

さらに、金田答弁で「正当な目的で集合なら処罰されない」とかいってたけど、アマチュア合唱団が、著作権法違反はまぁ大体認識してるけど、合唱自体は正当な目的でしょ、と。林さんは楽譜コピーが結合の目的とはなかなか認定できないから、ふつう認定されないとかいって、枝野さんがまた、じゃあテロリストが取る暴力的手段目的乖離しているが、これらの例をどうやって区別するのか、条文上区別できないじゃないか、と「普通の人には関係ないとはまったくいえない」と押しまくる枝野。かっこいい。

治安維持法目的運用に触れはじめる枝野

 組織的犯罪集団認定において、既遂重要意味を持つでしょ、としたうえで、「普通集団が、自分たちの主張が通らないから、一回だけ暴力行為をして、やってみようっていうのと、合唱団が、集まってみたけど、金がないから、著作権法違反だと知ってるけどコピーしてやろうというのは、いったい何が違うのか」という例を出して、既遂は確かに重要だし、「一変した」ということについての何らかの外形的なか行為必要だという答弁をさせて、過去に同種の犯罪を何度も既遂しているなら、すでに既遂してるわけだから共謀罪必要ないし、一回もやっていないんだとすると、綿密に普通団体監視しないと取り締まれないだろ、どうやって普通団体監視に着手するんだと、役に立たないだろと詰める枝野。かっこいい。

 枝野「(合唱団楽譜コピー事例が、絶対共謀罪に該当しないということがどこで担保されるのかと)法律というのは、刑事法というのは、(答弁で)いくら入りませんといったって意味ないんですよ、答弁が。

(略)戦前治安維持法をね最後のほうではやってかなきゃなぁと思っているんですが、これ治安維持法というのは、(条文の上では)国体の変革を求めるもの私有財産制度否認する、戦前共産党、これが取締り対象だったんですが、公明党さんちゃんと聞いてくださいね、わかってらっしゃると思うけど。治安維持法が、それにくっついた枝葉の要件はいろいろつきましたが、最後までその対象だったんですが、1943年7月6日創価学会初代会長牧口さんと、創価学会の二代会長さん、戸田さんは、治安維持法違反不敬罪逮捕をされて、初代会長の牧口さんは、獄死をされている。この法律目的取締り対象国体の変革と私有財産否定だったんですよ。創価学会国体の変革を目指してたんですか、私有財産否認していたんですか、違いますよね。法律上絶対入らないという担保がとれないと、刑事はいけないんです。そういう意味では今日の答弁は、前進した部分もあります。認めます。あ、ここは入らないということもありました。しかし、普通団体が、これは入らないということが担保できる条文にはなっていないということを申し上げて今日質問は終わります。」

ほんとに言って欲しい方向に行く枝野、うれしいよ。数で通っちゃうなら意味ないんだけどうれしいよ。

2017-03-22

はてなーって、結構搾取側の人間多くね?

要領よくうまく立ち回ろうとする人が多い印象がある

ブラック企業で、要領が悪く、パワハラ上司を憎み呪いながらも怯えてビクビクしている自分からすると、

パワハラ上司ものともせずにお先ーって帰るアイツと重なるんだ、はてなーの人々が

パワハラ上司も、言いたいことをズバッと正論で言うアイツにはなかなか反論できず、

その分俺に八つ当たりも含めて仕事が回されている

まあ理屈で言えば、そのパワハラ上司が一番悪いんだよ、それは分かる

でも、

俺のことを助けもしてくれないで、

正論をかざして颯爽と定時に帰って人生エンジョイしているアイツが、

もう理屈じゃなくて心の底からにくくて仕方がない

パワハラ上司よりも遥かに忌々しい

というか、パワハラ上司すら被害者のように思える

だってパワハラ上司もずっと遅くまで残って仕事してるんだもの

パワハラ上司は嫌いだ、

でも定時に帰るアイツは大っ嫌いなんだ

こういうと弱いものが夕暮れのどうたらこうたらと決まり文句でヤレヤレといった顔をするのがはてなーというのが俺の印象

あと奴隷の鎖自慢とか、

誰かの足を引っ張ることを喜ぶな、底上げすることを望めという正論も言ってきがち

でも底上げなんて何年待ったって底は沈む一方でちっともあがりやしない

俺の中で、パワハラ上司よりもはてなー属性のあるヤツの方がだんだんヘイトが上回ってきた


日本死ねとはずっとむかしから思っていたが、

お前らはてなーが言うなという気持ちは正直かなり強くある

っつかむしろ日本死ぬのに手っ取り早いのは共謀罪とか治安維持法が成立してさっさと日本が瓦解するのが一番いい

はてなーもろとも道連れにしてくれるような日本の死に方を、俺はずっと求めている

そういう意味で、

はてなー臭い共産党よりは自滅に加速をかけてくれそうな自民党に票を入れるほうが、

俺にとってはよっぽどずっと合理的選択肢であり続けている

2016-08-25

謎の宗教

菅野完さんのツイート: "不敬発言記録にちょいちょい出てくる「大日教」というのがどの宗教団体を指すのかが以前からわからなくて困っている。同じ名前の宗教は『新宗教教団・人物事典』にも出てこない。「大日然教」のことかと思ったが、あそこは戦後の立教だしなぁ。。 https://t.co/yo5ueDlPf9"

なるほどね。

最初戦後名前を引き合いにだしてるのか思ったが、グーグル先生で調べてみるとどうもそれとは違った「大日教」が存在したようだ。

同じbotつぶやきには「大日教祖杉本信者某との質疑応答とあるので、教祖名前が違うからだ。

大日然教教祖を調べると「折茂なみ」となっている)

あとは戦前の「天津教皇祖皇太神宮天津教 - Wikipedia

(現 皇祖皇太神宮天津教)が戦後の一時期は「宗教法人大日教」という名称だったのでこれかと思ったが、教祖名も違う。

とにかく、一次ソースが気になる。

んで、色々とネット上の情報だけで調べてみた結果、@hukei_botは「昭和特高弾圧史」から抜粋であることは間違いなさそうだ。

Googleブックス書籍検索)で「昭和特高弾圧史, 第 4 巻」を引き出し、書籍検索で「杉本」と検索すれば同じ内容が引っ掛かる。

現在Googleブックス著作権のある書籍は全文表示ができないから(開始当時は見えちゃった気がする)ブツ切りのような情報しか得られないのが難点。

同じく「特高外事月報」と合わせて見ると、全日教祖1942年当時60歳、起訴時東京在住、滋賀県出身大日行者、杉本金治郎というのが裁判記録らしきものから分かる。

他、この宗教の手がかり的な部分の抜粋

昭和特高弾圧史, 第 4 巻」

108 ページ

... は神去り給ひてより其の誠が大日如来包摂せられ其の如来宇宙に瀰漫せる大

自然の誠にして人類並に一切の物を創造し且永遠に之が霊的及現実支配を為たりと

称し、大日教なる教理を創説し爾後之が宣布に努め来たりたるものなる処、該教理たる

や大 ...

特高外事月報」

59 ページ

... 知得したりと構し、大日教なる教理を創説し衛後之が宣布に努め来たりたるものなる

慮、該教理たるや大日如来宇宙に瀬夏せる大 ... 四月頃道了奪が大日如来なることを

悟り大日如来信仰に韓ずると共に大日如来の霊に感應権力に別記治安維持法違反

事件 ... 三月十九日警視聴に於て検挙送局したる宗教結社大日教のも決して少とせず。

CiNiiでも引っ掛かった。

CiNii 論文 -  内務省による宗教弾圧 : 創価学会の場合を事例として

CiNii 論文 -  宗教法人法の改正をめぐる問題点 : 宗教団体に対する管理の要素の導入の有無と是非(松本保三先生退職記念号)

戦前・戦中の宗教弾圧歴史を語る上で出てくるみたいだよ。

1942年治安維持法違反大日事件として記録されている。

しかしまあ、通常のGoogle検索では引っ掛かららんのだね。

戦前・戦中期日本の言論弾圧 (年表) - Wikipedia

↑これにも出てこなくって、忘れられた宗教みたいだ(前述の竹内文書教のせいもあるだろう)

疲れたのでこれまで。

(追記)

ちょっと馬鹿なこと書いちゃったかもしれない。

大本教創価学会重要人物が獄死しているんだった。

(追記2)

↑当時60歳というのが厳しいだろう。

宗教団体法とか治安維持法について知っていたけど、ちょいちょいググってみて、改めてこのあたり軽く考えてたな、と思ったりした。

追加の情報としては

昭和特高弾圧史: 宗教人にたいする弾圧

28 ページ

明石博隆, 松浦総三 て、此の大日もその為に行を積んでゐるのである、その修行も半ば

に至ってゐから纏て太平ハ、大日が ... が昭和二、三年頃以降全宇宙に於ける最高至

本金治郎当六十年の主宰する大日如来信者集団大平山大日教」の布教内容に ...

大平山大日教」ともいう様子。「大日教」が「大日経」の意味で使われる事が多いからかな。

https://www.google.com/#tbm=bks&q=%E5%A4%A7%E5%B9%B3%E5%B1%B1%E5%A4%A7%E6%97%A5%E6%95%99]

2016-04-10

ヘイトスピーチ憎悪表現規制文句を言わないお前らが在日差別してんだよ

日本人憎悪を向けることは許されるんだな

脅迫罪侮辱罪は無いのと同じか。そして治安維持法がどうと言って有事法制否定する増田ども

2015-07-21

http://anond.hatelabo.jp/20150720224322

答えになっているかからないが、もう一度レスする。

憲法九条事実上、何十年も停止されている状態なのに、本当に反しない範囲である必要があるのか?というのは今は論じない)、

もちろん憲法に反しない必要はある。「事実上何十年も停止されている状態」は君の解釈であって、共産党公明党国会議員と、その支持者に聞いたら違う意見を言うだろう。

ならば、憲法九条に反しない範囲でなら、政府判断によって、制約の具体的一形態がべつの具体的一形態に変化するのは元々ありえたはずじゃない。

これはそう。政府憲法解釈において、ある程度の自由度を与えられていると考えるのが妥当。ただ、その「ある程度の自由度」は当然限界があり、その限界世論とか今までの経緯とか学説とか現在政府が直面する状況とかによって決まる。集団的自衛権憲法で明示的に禁止されていないから行使可能だ、というのは君の解釈だが、学説の圧倒的な多数説は、昨年の集団的自衛権を認めた閣議決定は、政府に与えられた解釈権を乱用する違憲解釈変更だ、というものだ。

私はそれがどこまで妥当か君と議論し、説得できるほど憲法学に詳しいわけではない。ただ、安保法案は、憲法学会をまとめて無視してまで強行すべき緊急性があったとは思えない。学会無視し、世論無視し、野党無視し、メディア無視し、憲法まで無視するようなら、現に政権を担っている政府制御する制度はすべて無効になったということだ。結果として法案のもの日本の「国益」に資する行為かどうかにかかわらず、長期的に見たら、今回の法案制定プロセス全体の、日本国民主制度に対するダメージは大きいと考えている。

たぶん君と私では、政府暴走に関する危機感が違う。日本は十分に大きな国だし、地理的環境も恵まれいるから、他国政府の脅威より、自国政府暴走のほうが、国民福祉に関しては警戒すべき対象だと私は考えている。中国ができることはせいぜい沖縄独立させ衛星国にすることぐらいだけど、日本政府のものおかしくなったら、国民全体が悲惨事態になる。大日本帝国は、海外領土を一夜にして全て失い、本土すべてを焼け野原にし、沖縄では悲惨地上戦を行い、多数の国民餓死させ、多数の国民自殺攻撃を強い、全土が他国軍隊占領されるまで戦争をやめず、天皇死刑リスクおよび国土の分割リスクドイツ韓国)にさらした。

現在も、日本会議だとか、自民憲法草案とか、まず96条を変えたがることとか、メディアに対する規制が強まっていることとか、暴走兆しはすでに見せている。大正デモクラシー時代は、治安維持法とか想像できなかっただろうと思うよ。

2015-06-25

http://anond.hatelabo.jp/20150625064206

そりゃ戦前治安維持法だって、10年たって当時の日本はまだ滅んでないよ。

横だが

それそっくりそのまま、韓国の件にもあてはまるね。

2015-06-15

http://anond.hatelabo.jp/20150615114138

増田は「治安維持法」を知らないのかな?

街の治安を乱すような特定思想を持つような人間は、逮捕されて収容所思想改造させられるんだよ。だから行為に及ばないまでも、そういう思想を持っていること時点で危険なんだ。

アブないことを考えるのは良くないってことなんだね。はっきりわかんだね。

2015-05-28

死刑に関するわが国の考え方が伺われる最高裁判決

死刑に関するわが国の考え方が伺われる最高裁判決

         主    文

     本件上告を棄却する。

         理    由

 弁護人西村真人上告趣意第一点は「原判決法令解釈を誤りて適用した違法

判決である即ち原判決被告人に対し刑法第百九十九条同第二百条を適用して死刑

の言渡をしたがこれは憲法違反である何となれば新憲法第三十六条は「公務員によ

拷問及び残虐な刑罰絶対にこれを禁ずる」と規定している而して死刑こそは最

も残虐な刑罰であるから憲法によつて刑法第百九十九条同第二百条等に於ける死

刑に関する規定は当然廃除されたものと解すべきである然るに原判決被告人に対

し新憲法によつて絶対に禁止され従つて又当然失効した刑法第百九十九条同第二百

条に於ける死刑規定適用して被告人死刑を言渡したのであるから法令解釈

を誤りて適用した違法判決として当然破毀を免れざるものと信ず」というにある。

 生命は尊貴である。一人の生命は、全地球よりも重い。死刑は、まさにあらゆる

刑罰のうちで最も冷厳な刑罰であり、またまことにやむを得ざるに出ずる窮極の刑

である。それは言うまでもなく、尊厳人間存在の根元である生命のものを永

遠に奪い去るものからである現代国家は一般に、統治権の作用として刑罰権を

行使するにあたり、刑罰の種類として死刑を認めるかどうか、いかなる罪質に対し

死刑を科するか、またいかなる方法手続をもつて死刑執行するかを法定してい

る。そして、刑事裁判においては、具体的事件に対して被告人死刑を科するか他

刑罰を科するかを審判する。かくてなされた死刑判決は法定の方法手続に従つ

現実執行せられることとなる。これら一連の関係において死刑制度は常に、国

刑事政策の面と人道上の面との双方から深き批判考慮が払われている。されば、

各国の刑罰史を顧みれば、死刑制度及びその運用は、総ての他のものと同様に、

常に時代環境とに応じて変遷があり、流転があり、進化がとげられてきたという

1 -

ことが窮い知られる。わが国の最近において、治安維持法国防安法陸軍刑法

海軍刑法、軍機保護法及び戦時犯罪処罰特例法等の廃止による各死刑制の消滅のご

ときは、その顕著な例証を示すものである。そこで新憲法一般的概括的に死刑

のものの存否についていかなる態度をとつているのであるか。弁護人の主張するよ

うに、果して刑法死刑規定は、憲法違反として効力を有しないものであろうか。

まず、憲法十三条においては、すべて国民は個人として尊重せられ、生命に対す

国民権利については、立法その他の国政の上で最大の尊重必要とする旨を規

定している。しかし、同時に同条においては、公共の福祉に反しない限りという厳

格な枠をはめているから、もし公共の福祉という基本的原則に反する場合には、生

命に対する国民権利といえども立法制限乃至剥奪されることを当然予想してい

ものといわねばならぬ。そしてさらに、憲法第三十一条によれば、国民個人の生

命の尊貴といえども、法律の定める適理の手続によつて、これを奪う刑罰を科せら

れることが、明かに定められている。すなわち憲法は、現代多数の文化国家におけ

ると同様に、刑罰として死刑の存置を想定し、これを是認したものと解すべきであ

る。言葉をかえれば、死刑の威嚇力によつて一般予防をなし、死刑執行によつて

特殊社会悪の根元を絶ち、これをもつて社会防衛せんとしたものであり、また

個体に対する人道観の上に全体に対する人道観を優位せしめ、結局社会公共の福祉

のために死刑制度の存続の必要性承認したものと解せられるのである弁護人は、

憲法第三十六条が残虐な刑罰絶対に禁ずる旨を定めているのを根拠として、刑法

死刑規定憲法違反だと主張するのであるしか死刑は、冒頭にも述べたよう

にまさに窮極の刑罰であり、また冷厳な刑罰ではあるが、刑罰としての死刑そのも

のが、一般に直ちに同条にいわゆる残虐な刑罰に該当するとは考えられない。ただ

死刑といえども、他の刑罰場合におけると同様に、その執行方法等がその時代

環境とにおいて人道上見地から一般に残虐性を有するものと認められる場合

2 -

は、勿論これを残虐な刑罰といわねばならぬから、将来若し死刑について火あぶり

はりつけ、さらし首、釜ゆでの刑のごとき残虐な執行方法を定める法律が制定され

たとするならば、その法律こそは、まさに憲法第三十六条違反するものというべ

である。前述のごとくであるから死刑のものをもつて残虐な刑罰と解し、刑

死刑規定憲法違反とする弁護人の論旨は、理由なきものといわねばならぬ。

 同第二点は「原判決は審理不尽違法がある即ち被告人は本件犯行当時精神障礙

者ではないかとの疑顕著なものがあるこれを記録に徴すると左の如くである(一)

問(裁判長)「先ニ言ツタ様ニ母ヤ妹カ食糧不足ノ事ヲ辛ク当リ被告人カ真面目ニ

カスソレニ米ヲ取ツタ事等喧シク云ツタトシテモソノ為メニ殺スト云フ事ハ普通

人ニハ到底考ヘラレヌ事ダガ他ニ事情デモアツタカ」答(被告人)「他ニハ別ニア

リマセンデシタ」トノ記載(記録第一七七丁表)問(裁判長)「……其ノ原因ハ被

告人ニアルコトテソレガ為メ殺ス気ニナルト云フノハ普通ヘラレヌ事ダガドウカ」

答ヘストノ記載(記録第一七七丁裏)(二)検事はその論旨に於て被告人一見

神ニ異常ヲ来シ居リタルニ非ズヤト疑ハシメルモノアリ云々」との記載(記録第一

八六丁裏)(三)弁護人が弁論に於て被告人は「当時一種ノ精神病ニ冒サレ居リタ

ルニ非スヤトノ懸念ヲ生セシムルモノアリ」との記載(記録第一八七丁表)抑々被

告人の行為当時に於ける精神状態の如何は事実裁判所職権を以て調査を為すべき事

項に属するのであるから本件の如く被告人精神状態に付き顕著なる疑ひある場合

は当然進んで職権を以つて鑑定人の鑑定に附すか又は裁判所自ら之を調査して被告

人の精神障礙の有無、程度を判定し刑法第三十九条に該当するや否やを決しなけれ

ばならぬ、然るに原判決はこの挙に出でず漫然被告人死刑に処したのは審理不尽

の不法あり此の点に於て破毀を免れないものと信ずる」というにある。

 しかし、記録を精査しても、本件犯行に際して被告人精神障礙のあつたことを

疑うに足りる事跡がなく、原審も被告人精神障礙のないことを認めて判決したの

3 -

であるから、原審が被告人精神状態につき鑑定その他の審査をしなかつたとして

も、審理不尽違法はなく、論旨は理由がない。

 同第三点は「原判決判決に示すべき判断を遺脱した違法がある即ち原審に於て

弁護人被告人が「当時一種の精神病に冒され居たるに非ずやとの懸念を生ぜしむ

ものあり」(記録第一八六丁裏)との弁論を為し犯行当時被告人精神に障礙あ

るを以つて法律上本件犯罪の成立を阻却すべき原由たる事実上の主張を為したので

あるから判決は右の主張に対する判断を示すことを要するに不拘此の点に付き特

判断を示すことをして居ないこれは判決に示すべき判断を遺脱した不法な判決

あるから到底破毀を免れないものと信ずる」というにある。

 しかし、原審公判調書によると、原審弁護人は、公判の弁論において、被告人

精神病懸念があることを主張したに過ぎず、刑事訴訟法第三百六十条第二項に規

定する事由があることを主張したものとは解せられないので、原判決がその点につ

いて判断を示さなかつたからとて、判断を遺脱したものとはならず、論旨は理由

ない。

 よつて裁判所法第十条第一号、刑事訴訟法第四百四十六条より、主文のとおり判

決する。

 以上は裁判官全員の一致した意見である

 なお、上告趣意第一点に対する補充意見は、次のとおりである

 裁判官島保、同藤田八郎、同岩松三郎、同河村又介の各意見

 憲法は残虐な刑罰絶対に禁じている。したがつて、死刑が当然に残虐な刑罰

あるとすれば、憲法は他の規定死刑の存置を認めるわけがない。しかるに、憲法

第三十一条の反面解釈によると、法律の定める手続によれば、刑罰として死刑を科

しうることが窺われるので、憲法死刑ただちに残虐な刑罰として禁じたもの

はいうことができない。しかし、憲法は、その制定当時における国民感情を反映し

4 -

て右のような規定を設けたにとどまり死刑永久是認したものとは考えられな

い。ある刑罰が残虐であるかどうかの判断国民感情によつて定まる問題である

而して国民感情は、時代とともに変遷することを免かれないのであるから、ある時

代に残虐な刑罰でないとされたものが、後の時代に反対に判断されることも在りう

ることである。したがつて、国家文化が高度に発達して正義と秩序を基調とする

平和社会が実現し、公共の福祉のために死刑の威嚇による犯罪の防止を必要と感

じない時代に達したならば、死刑もまた残虐な刑罰として国民感情により否定され

るにちがいない。かかる場合には、憲法第三十一条解釈もおのずから制限されて、

死刑は残虐な刑罰として憲法違反するものとして、排除されることもあろう。し

かし、今日はまだこのような時期に達したものはいうことができない。されば死

刑は憲法の禁ずる残虐な刑罰であるという理由で原判決違法を主張する弁護人

論旨は採用することができない。

 裁判官井上登意見

 本件判決理由としては大体以上に書かれて居る処でいいと思ふが、私は左に法

文上の根拠に付て少しく敷衍して置きたい。

 法文に関係なく只漫然と、死刑は残虐なりや否やということになれば、それは簡

単に一言で云い切ることは出来ない。「残虐」と云う語の使い方如何によつてもち

がつて来る、例へば論旨の様に「死刑は貴重な人命を奪つてしまものたから、こ

れ程残虐なものはないではないか」と云うふうに使う人もある、(仮りにこれを広

義の使い方と云つて置く)しかし、又「残虐と云う語は通常そう云うふうには使わ

ないのではないか、虐殺とか集団殺戮とか或は又特別残酷な傷害とかそう云う様な

場合特に用いられるので、単純な傷害や殺人に対しては余り使はれないのではな

いか」と云えば、そうも云えるであろう(仮りにこれを狭義の使い方と云つて置く)

こんなことを云つて居てはきりがない、我々の当面の問題はこう云うことではない

5 -

ので、具体的に憲法第三十六条の「残虐の刑」と云う語が死刑現代文明諸国で通

常行われて居る様な方法による死刑の意以下同意義)を包含する意味に使われて居

るかどうかと云うことである(我々の問題死刑規定して居る刑法の条文が憲法

第三十六条違反するものとして無効法律であるかどうかと云うことであり、つ

まり同条は絶対死刑を禁止する趣旨と解すべきものなりや否やの問題からであ

る)そしてこれは純然たる法律解釈問題から何と云つても法文上の根拠と云う

もの重要である私は前にも書いた通り残虐と云う語は広くも狭くも使われ得ると

思ふから憲法第三十六条の字句丈けで此の問題を決するのは無理で、法文上の根拠

と云えば他の条文に之れを求めなければならないと思う、そこで憲法十三条は「

すべて国民は、個人として尊重される。生命自由及び幸福追求に対する国民の権

利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で最大の尊重

必要とする。」と規定し同第三十一条は「何人も、法律の定める手続によらなけれ

ばその生命若しくは自由を奪はれ、又はその他の刑罰を科せられない。」と規定

て居る、これ等を綜合するとその裏面解釈として憲法公共の福祉の為めには法律

の定めた手続によれば刑罰によつて人の生命も奪はれ得ることを認容して居るもの

と見なければならない、之れと対照して第三十六条を見ると同条の「残虐の刑」の

中には死刑は含まれないもの即ち同条は絶対死刑を許さないと云う趣旨ではない

と解するのが妥当である(即ち同条は残虐と云う語を前記狭義に使用して居るので、

私は此の使い方が通常だと思ふから右の解釈字義から云つても相当だと思う)反

対説は第三十一条は第三十六条によつて制限せられて居るのだと説く、しかし第三

一条を虚心に見ればどうしてもそれは無理なこじつけと外思えない、若し第三十

六条絶対死刑を許さぬ趣旨だとすれば之れにより成規の手続によると否とに拘

はらず絶対刑罰によつて人の生命は奪はれ得ないとになるから第三十一条に「生

命」と云う字を入れる必要はないのみならず却つてこれを入れてはいけない筈であ

6 -

る、盖同条に「生命」の二字が存する限り右の趣旨に反する前記の裏面解釈が出て

来るのは当然であり憲法文句としてこんなまずいことはないからである、他に第

三十六条絶対死刑を禁止する趣旨と解すべき法文上の根拠は見当らない。

 以上は形式的理論解釈である、現今我国の社会情勢その他から見て遺憾ながら今

直ちに刑法死刑に関する条文を尽く無効化してしまうことが必ずしも適当とは思わ

ぬことその他実質的理由に付ては他の裁判官の書いた理由中に相当書かれて居

ると思う。最後に島裁判官の書いた補充意見には其の背後に「何と云つても死刑

いやなものに相違ない、一日も早くこんなもの必要としない時代が来ればいい」

と云つた様な思想乃至感情が多分に支配して居ると私は推察する、この感情に於て

私も決して人後に落ちるとは思はない、しか憲法絶対死刑を許さぬ趣旨では

ないと云う丈けで固より死刑の存置を命じて居るものでないことは勿論だから若し

死刑必要としない、若しくは国民全体の感情死刑を忍び得ないと云う様な時が

来れば国会は進んで死刑の条文を廃止するであろうし又条文は残つて居ても事実上

裁判官死刑を選択しないであろう、今でも誰れも好んで死刑を言渡すものはない

のが実状だから

 検察官橋本三関

  昭和二十三年三月十二日

     最高裁判所法廷

         裁判長裁判官    塚   崎   直   義

            裁判官    長 谷 川   太 一 郎

            裁判官    霜   山   精   一

            裁判官    井   上       登

            裁判官    真   野       毅

            裁判官    庄   野   理   一

7 -

            裁判官    島           保

            裁判官    斎   藤   悠   輔

            裁判官    岩   松   三   郎

            裁判官    河   村   又   介

 裁判官藤田八郎は出張中につき、署名捺印することができない。

         裁判長裁判官    塚   崎   直   義

8 -

死刑に関するわが国の考え方が伺われる最高裁判決

死刑に関するわが国の考え方が伺われる最高裁判決

         主    文

     本件上告を棄却する。

         理    由

 弁護人西村真人上告趣意第一点は「原判決法令解釈を誤りて適用した違法

判決である即ち原判決被告人に対し刑法第百九十九条同第二百条を適用して死刑

の言渡をしたがこれは憲法違反である何となれば新憲法第三十六条は「公務員によ

拷問及び残虐な刑罰絶対にこれを禁ずる」と規定している而して死刑こそは最

も残虐な刑罰であるから憲法によつて刑法第百九十九条同第二百条等に於ける死

刑に関する規定は当然廃除されたものと解すべきである然るに原判決被告人に対

し新憲法によつて絶対に禁止され従つて又当然失効した刑法第百九十九条同第二百

条に於ける死刑規定適用して被告人死刑を言渡したのであるから法令解釈

を誤りて適用した違法判決として当然破毀を免れざるものと信ず」というにある。

 生命は尊貴である。一人の生命は、全地球よりも重い。死刑は、まさにあらゆる

刑罰のうちで最も冷厳な刑罰であり、またまことにやむを得ざるに出ずる窮極の刑

である。それは言うまでもなく、尊厳人間存在の根元である生命のものを永

遠に奪い去るものからである現代国家は一般に、統治権の作用として刑罰権を

行使するにあたり、刑罰の種類として死刑を認めるかどうか、いかなる罪質に対し

死刑を科するか、またいかなる方法手続をもつて死刑執行するかを法定してい

る。そして、刑事裁判においては、具体的事件に対して被告人死刑を科するか他

刑罰を科するかを審判する。かくてなされた死刑判決は法定の方法手続に従つ

現実執行せられることとなる。これら一連の関係において死刑制度は常に、国

刑事政策の面と人道上の面との双方から深き批判考慮が払われている。されば、

各国の刑罰史を顧みれば、死刑制度及びその運用は、総ての他のものと同様に、

常に時代環境とに応じて変遷があり、流転があり、進化がとげられてきたという

1 -

ことが窮い知られる。わが国の最近において、治安維持法国防安法陸軍刑法

海軍刑法、軍機保護法及び戦時犯罪処罰特例法等の廃止による各死刑制の消滅のご

ときは、その顕著な例証を示すものである。そこで新憲法一般的概括的に死刑

のものの存否についていかなる態度をとつているのであるか。弁護人の主張するよ

うに、果して刑法死刑規定は、憲法違反として効力を有しないものであろうか。

まず、憲法十三条においては、すべて国民は個人として尊重せられ、生命に対す

国民権利については、立法その他の国政の上で最大の尊重必要とする旨を規

定している。しかし、同時に同条においては、公共の福祉に反しない限りという厳

格な枠をはめているから、もし公共の福祉という基本的原則に反する場合には、生

命に対する国民権利といえども立法制限乃至剥奪されることを当然予想してい

ものといわねばならぬ。そしてさらに、憲法第三十一条によれば、国民個人の生

命の尊貴といえども、法律の定める適理の手続によつて、これを奪う刑罰を科せら

れることが、明かに定められている。すなわち憲法は、現代多数の文化国家におけ

ると同様に、刑罰として死刑の存置を想定し、これを是認したものと解すべきであ

る。言葉をかえれば、死刑の威嚇力によつて一般予防をなし、死刑執行によつて

特殊社会悪の根元を絶ち、これをもつて社会防衛せんとしたものであり、また

個体に対する人道観の上に全体に対する人道観を優位せしめ、結局社会公共の福祉

のために死刑制度の存続の必要性承認したものと解せられるのである弁護人は、

憲法第三十六条が残虐な刑罰絶対に禁ずる旨を定めているのを根拠として、刑法

死刑規定憲法違反だと主張するのであるしか死刑は、冒頭にも述べたよう

にまさに窮極の刑罰であり、また冷厳な刑罰ではあるが、刑罰としての死刑そのも

のが、一般に直ちに同条にいわゆる残虐な刑罰に該当するとは考えられない。ただ

死刑といえども、他の刑罰場合におけると同様に、その執行方法等がその時代

環境とにおいて人道上見地から一般に残虐性を有するものと認められる場合

2 -

は、勿論これを残虐な刑罰といわねばならぬから、将来若し死刑について火あぶり

はりつけ、さらし首、釜ゆでの刑のごとき残虐な執行方法を定める法律が制定され

たとするならば、その法律こそは、まさに憲法第三十六条違反するものというべ

である。前述のごとくであるから死刑のものをもつて残虐な刑罰と解し、刑

死刑規定憲法違反とする弁護人の論旨は、理由なきものといわねばならぬ。

 同第二点は「原判決は審理不尽違法がある即ち被告人は本件犯行当時精神障礙

者ではないかとの疑顕著なものがあるこれを記録に徴すると左の如くである(一)

問(裁判長)「先ニ言ツタ様ニ母ヤ妹カ食糧不足ノ事ヲ辛ク当リ被告人カ真面目ニ

カスソレニ米ヲ取ツタ事等喧シク云ツタトシテモソノ為メニ殺スト云フ事ハ普通

人ニハ到底考ヘラレヌ事ダガ他ニ事情デモアツタカ」答(被告人)「他ニハ別ニア

リマセンデシタ」トノ記載(記録第一七七丁表)問(裁判長)「……其ノ原因ハ被

告人ニアルコトテソレガ為メ殺ス気ニナルト云フノハ普通ヘラレヌ事ダガドウカ」

答ヘストノ記載(記録第一七七丁裏)(二)検事はその論旨に於て被告人一見

神ニ異常ヲ来シ居リタルニ非ズヤト疑ハシメルモノアリ云々」との記載(記録第一

八六丁裏)(三)弁護人が弁論に於て被告人は「当時一種ノ精神病ニ冒サレ居リタ

ルニ非スヤトノ懸念ヲ生セシムルモノアリ」との記載(記録第一八七丁表)抑々被

告人の行為当時に於ける精神状態の如何は事実裁判所職権を以て調査を為すべき事

項に属するのであるから本件の如く被告人精神状態に付き顕著なる疑ひある場合

は当然進んで職権を以つて鑑定人の鑑定に附すか又は裁判所自ら之を調査して被告

人の精神障礙の有無、程度を判定し刑法第三十九条に該当するや否やを決しなけれ

ばならぬ、然るに原判決はこの挙に出でず漫然被告人死刑に処したのは審理不尽

の不法あり此の点に於て破毀を免れないものと信ずる」というにある。

 しかし、記録を精査しても、本件犯行に際して被告人精神障礙のあつたことを

疑うに足りる事跡がなく、原審も被告人精神障礙のないことを認めて判決したの

3 -

であるから、原審が被告人精神状態につき鑑定その他の審査をしなかつたとして

も、審理不尽違法はなく、論旨は理由がない。

 同第三点は「原判決判決に示すべき判断を遺脱した違法がある即ち原審に於て

弁護人被告人が「当時一種の精神病に冒され居たるに非ずやとの懸念を生ぜしむ

ものあり」(記録第一八六丁裏)との弁論を為し犯行当時被告人精神に障礙あ

るを以つて法律上本件犯罪の成立を阻却すべき原由たる事実上の主張を為したので

あるから判決は右の主張に対する判断を示すことを要するに不拘此の点に付き特

判断を示すことをして居ないこれは判決に示すべき判断を遺脱した不法な判決

あるから到底破毀を免れないものと信ずる」というにある。

 しかし、原審公判調書によると、原審弁護人は、公判の弁論において、被告人

精神病懸念があることを主張したに過ぎず、刑事訴訟法第三百六十条第二項に規

定する事由があることを主張したものとは解せられないので、原判決がその点につ

いて判断を示さなかつたからとて、判断を遺脱したものとはならず、論旨は理由

ない。

 よつて裁判所法第十条第一号、刑事訴訟法第四百四十六条より、主文のとおり判

決する。

 以上は裁判官全員の一致した意見である

 なお、上告趣意第一点に対する補充意見は、次のとおりである

 裁判官島保、同藤田八郎、同岩松三郎、同河村又介の各意見

 憲法は残虐な刑罰絶対に禁じている。したがつて、死刑が当然に残虐な刑罰

あるとすれば、憲法は他の規定死刑の存置を認めるわけがない。しかるに、憲法

第三十一条の反面解釈によると、法律の定める手続によれば、刑罰として死刑を科

しうることが窺われるので、憲法死刑ただちに残虐な刑罰として禁じたもの

はいうことができない。しかし、憲法は、その制定当時における国民感情を反映し

4 -

て右のような規定を設けたにとどまり死刑永久是認したものとは考えられな

い。ある刑罰が残虐であるかどうかの判断国民感情によつて定まる問題である

而して国民感情は、時代とともに変遷することを免かれないのであるから、ある時

代に残虐な刑罰でないとされたものが、後の時代に反対に判断されることも在りう

ることである。したがつて、国家文化が高度に発達して正義と秩序を基調とする

平和社会が実現し、公共の福祉のために死刑の威嚇による犯罪の防止を必要と感

じない時代に達したならば、死刑もまた残虐な刑罰として国民感情により否定され

るにちがいない。かかる場合には、憲法第三十一条解釈もおのずから制限されて、

死刑は残虐な刑罰として憲法違反するものとして、排除されることもあろう。し

かし、今日はまだこのような時期に達したものはいうことができない。されば死

刑は憲法の禁ずる残虐な刑罰であるという理由で原判決違法を主張する弁護人

論旨は採用することができない。

 裁判官井上登意見

 本件判決理由としては大体以上に書かれて居る処でいいと思ふが、私は左に法

文上の根拠に付て少しく敷衍して置きたい。

 法文に関係なく只漫然と、死刑は残虐なりや否やということになれば、それは簡

単に一言で云い切ることは出来ない。「残虐」と云う語の使い方如何によつてもち

がつて来る、例へば論旨の様に「死刑は貴重な人命を奪つてしまものたから、こ

れ程残虐なものはないではないか」と云うふうに使う人もある、(仮りにこれを広

義の使い方と云つて置く)しかし、又「残虐と云う語は通常そう云うふうには使わ

ないのではないか、虐殺とか集団殺戮とか或は又特別残酷な傷害とかそう云う様な

場合特に用いられるので、単純な傷害や殺人に対しては余り使はれないのではな

いか」と云えば、そうも云えるであろう(仮りにこれを狭義の使い方と云つて置く)

こんなことを云つて居てはきりがない、我々の当面の問題はこう云うことではない

5 -

ので、具体的に憲法第三十六条の「残虐の刑」と云う語が死刑現代文明諸国で通

常行われて居る様な方法による死刑の意以下同意義)を包含する意味に使われて居

るかどうかと云うことである(我々の問題死刑規定して居る刑法の条文が憲法

第三十六条違反するものとして無効法律であるかどうかと云うことであり、つ

まり同条は絶対死刑を禁止する趣旨と解すべきものなりや否やの問題からであ

る)そしてこれは純然たる法律解釈問題から何と云つても法文上の根拠と云う

もの重要である私は前にも書いた通り残虐と云う語は広くも狭くも使われ得ると

思ふから憲法第三十六条の字句丈けで此の問題を決するのは無理で、法文上の根拠

と云えば他の条文に之れを求めなければならないと思う、そこで憲法十三条は「

すべて国民は、個人として尊重される。生命自由及び幸福追求に対する国民の権

利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で最大の尊重

必要とする。」と規定し同第三十一条は「何人も、法律の定める手続によらなけれ

ばその生命若しくは自由を奪はれ、又はその他の刑罰を科せられない。」と規定

て居る、これ等を綜合するとその裏面解釈として憲法公共の福祉の為めには法律

の定めた手続によれば刑罰によつて人の生命も奪はれ得ることを認容して居るもの

と見なければならない、之れと対照して第三十六条を見ると同条の「残虐の刑」の

中には死刑は含まれないもの即ち同条は絶対死刑を許さないと云う趣旨ではない

と解するのが妥当である(即ち同条は残虐と云う語を前記狭義に使用して居るので、

私は此の使い方が通常だと思ふから右の解釈字義から云つても相当だと思う)反

対説は第三十一条は第三十六条によつて制限せられて居るのだと説く、しかし第三

一条を虚心に見ればどうしてもそれは無理なこじつけと外思えない、若し第三十

六条絶対死刑を許さぬ趣旨だとすれば之れにより成規の手続によると否とに拘

はらず絶対刑罰によつて人の生命は奪はれ得ないとになるから第三十一条に「生

命」と云う字を入れる必要はないのみならず却つてこれを入れてはいけない筈であ

6 -

る、盖同条に「生命」の二字が存する限り右の趣旨に反する前記の裏面解釈が出て

来るのは当然であり憲法文句としてこんなまずいことはないからである、他に第

三十六条絶対死刑を禁止する趣旨と解すべき法文上の根拠は見当らない。

 以上は形式的理論解釈である、現今我国の社会情勢その他から見て遺憾ながら今

直ちに刑法死刑に関する条文を尽く無効化してしまうことが必ずしも適当とは思わ

ぬことその他実質的理由に付ては他の裁判官の書いた理由中に相当書かれて居

ると思う。最後に島裁判官の書いた補充意見には其の背後に「何と云つても死刑

いやなものに相違ない、一日も早くこんなもの必要としない時代が来ればいい」

と云つた様な思想乃至感情が多分に支配して居ると私は推察する、この感情に於て

私も決して人後に落ちるとは思はない、しか憲法絶対死刑を許さぬ趣旨では

ないと云う丈けで固より死刑の存置を命じて居るものでないことは勿論だから若し

死刑必要としない、若しくは国民全体の感情死刑を忍び得ないと云う様な時が

来れば国会は進んで死刑の条文を廃止するであろうし又条文は残つて居ても事実上

裁判官死刑を選択しないであろう、今でも誰れも好んで死刑を言渡すものはない

のが実状だから

 検察官橋本三関

  昭和二十三年三月十二日

     最高裁判所法廷

         裁判長裁判官    塚   崎   直   義

            裁判官    長 谷 川   太 一 郎

            裁判官    霜   山   精   一

            裁判官    井   上       登

            裁判官    真   野       毅

            裁判官    庄   野   理   一

7 -

            裁判官    島           保

            裁判官    斎   藤   悠   輔

            裁判官    岩   松   三   郎

            裁判官    河   村   又   介

 裁判官藤田八郎は出張中につき、署名捺印することができない。

         裁判長裁判官    塚   崎   直   義

8 -

死刑に関するわが国の考え方が伺われる最高裁判決

死刑に関するわが国の考え方が伺われる最高裁判決

         主    文

     本件上告を棄却する。

         理    由

 弁護人西村真人上告趣意第一点は「原判決法令解釈を誤りて適用した違法

判決である即ち原判決被告人に対し刑法第百九十九条同第二百条を適用して死刑

の言渡をしたがこれは憲法違反である何となれば新憲法第三十六条は「公務員によ

拷問及び残虐な刑罰絶対にこれを禁ずる」と規定している而して死刑こそは最

も残虐な刑罰であるから憲法によつて刑法第百九十九条同第二百条等に於ける死

刑に関する規定は当然廃除されたものと解すべきである然るに原判決被告人に対

し新憲法によつて絶対に禁止され従つて又当然失効した刑法第百九十九条同第二百

条に於ける死刑規定適用して被告人死刑を言渡したのであるから法令解釈

を誤りて適用した違法判決として当然破毀を免れざるものと信ず」というにある。

 生命は尊貴である。一人の生命は、全地球よりも重い。死刑は、まさにあらゆる

刑罰のうちで最も冷厳な刑罰であり、またまことにやむを得ざるに出ずる窮極の刑

である。それは言うまでもなく、尊厳人間存在の根元である生命のものを永

遠に奪い去るものからである現代国家は一般に、統治権の作用として刑罰権を

行使するにあたり、刑罰の種類として死刑を認めるかどうか、いかなる罪質に対し

死刑を科するか、またいかなる方法手続をもつて死刑執行するかを法定してい

る。そして、刑事裁判においては、具体的事件に対して被告人死刑を科するか他

刑罰を科するかを審判する。かくてなされた死刑判決は法定の方法手続に従つ

現実執行せられることとなる。これら一連の関係において死刑制度は常に、国

刑事政策の面と人道上の面との双方から深き批判考慮が払われている。されば、

各国の刑罰史を顧みれば、死刑制度及びその運用は、総ての他のものと同様に、

常に時代環境とに応じて変遷があり、流転があり、進化がとげられてきたという

1 -

ことが窮い知られる。わが国の最近において、治安維持法国防安法陸軍刑法

海軍刑法、軍機保護法及び戦時犯罪処罰特例法等の廃止による各死刑制の消滅のご

ときは、その顕著な例証を示すものである。そこで新憲法一般的概括的に死刑

のものの存否についていかなる態度をとつているのであるか。弁護人の主張するよ

うに、果して刑法死刑規定は、憲法違反として効力を有しないものであろうか。

まず、憲法十三条においては、すべて国民は個人として尊重せられ、生命に対す

国民権利については、立法その他の国政の上で最大の尊重必要とする旨を規

定している。しかし、同時に同条においては、公共の福祉に反しない限りという厳

格な枠をはめているから、もし公共の福祉という基本的原則に反する場合には、生

命に対する国民権利といえども立法制限乃至剥奪されることを当然予想してい

ものといわねばならぬ。そしてさらに、憲法第三十一条によれば、国民個人の生

命の尊貴といえども、法律の定める適理の手続によつて、これを奪う刑罰を科せら

れることが、明かに定められている。すなわち憲法は、現代多数の文化国家におけ

ると同様に、刑罰として死刑の存置を想定し、これを是認したものと解すべきであ

る。言葉をかえれば、死刑の威嚇力によつて一般予防をなし、死刑執行によつて

特殊社会悪の根元を絶ち、これをもつて社会防衛せんとしたものであり、また

個体に対する人道観の上に全体に対する人道観を優位せしめ、結局社会公共の福祉

のために死刑制度の存続の必要性承認したものと解せられるのである弁護人は、

憲法第三十六条が残虐な刑罰絶対に禁ずる旨を定めているのを根拠として、刑法

死刑規定憲法違反だと主張するのであるしか死刑は、冒頭にも述べたよう

にまさに窮極の刑罰であり、また冷厳な刑罰ではあるが、刑罰としての死刑そのも

のが、一般に直ちに同条にいわゆる残虐な刑罰に該当するとは考えられない。ただ

死刑といえども、他の刑罰場合におけると同様に、その執行方法等がその時代

環境とにおいて人道上見地から一般に残虐性を有するものと認められる場合

2 -

は、勿論これを残虐な刑罰といわねばならぬから、将来若し死刑について火あぶり

はりつけ、さらし首、釜ゆでの刑のごとき残虐な執行方法を定める法律が制定され

たとするならば、その法律こそは、まさに憲法第三十六条違反するものというべ

である。前述のごとくであるから死刑のものをもつて残虐な刑罰と解し、刑

死刑規定憲法違反とする弁護人の論旨は、理由なきものといわねばならぬ。

 同第二点は「原判決は審理不尽違法がある即ち被告人は本件犯行当時精神障礙

者ではないかとの疑顕著なものがあるこれを記録に徴すると左の如くである(一)

問(裁判長)「先ニ言ツタ様ニ母ヤ妹カ食糧不足ノ事ヲ辛ク当リ被告人カ真面目ニ

カスソレニ米ヲ取ツタ事等喧シク云ツタトシテモソノ為メニ殺スト云フ事ハ普通

人ニハ到底考ヘラレヌ事ダガ他ニ事情デモアツタカ」答(被告人)「他ニハ別ニア

リマセンデシタ」トノ記載(記録第一七七丁表)問(裁判長)「……其ノ原因ハ被

告人ニアルコトテソレガ為メ殺ス気ニナルト云フノハ普通ヘラレヌ事ダガドウカ」

答ヘストノ記載(記録第一七七丁裏)(二)検事はその論旨に於て被告人一見

神ニ異常ヲ来シ居リタルニ非ズヤト疑ハシメルモノアリ云々」との記載(記録第一

八六丁裏)(三)弁護人が弁論に於て被告人は「当時一種ノ精神病ニ冒サレ居リタ

ルニ非スヤトノ懸念ヲ生セシムルモノアリ」との記載(記録第一八七丁表)抑々被

告人の行為当時に於ける精神状態の如何は事実裁判所職権を以て調査を為すべき事

項に属するのであるから本件の如く被告人精神状態に付き顕著なる疑ひある場合

は当然進んで職権を以つて鑑定人の鑑定に附すか又は裁判所自ら之を調査して被告

人の精神障礙の有無、程度を判定し刑法第三十九条に該当するや否やを決しなけれ

ばならぬ、然るに原判決はこの挙に出でず漫然被告人死刑に処したのは審理不尽

の不法あり此の点に於て破毀を免れないものと信ずる」というにある。

 しかし、記録を精査しても、本件犯行に際して被告人精神障礙のあつたことを

疑うに足りる事跡がなく、原審も被告人精神障礙のないことを認めて判決したの

3 -

であるから、原審が被告人精神状態につき鑑定その他の審査をしなかつたとして

も、審理不尽違法はなく、論旨は理由がない。

 同第三点は「原判決判決に示すべき判断を遺脱した違法がある即ち原審に於て

弁護人被告人が「当時一種の精神病に冒され居たるに非ずやとの懸念を生ぜしむ

ものあり」(記録第一八六丁裏)との弁論を為し犯行当時被告人精神に障礙あ

るを以つて法律上本件犯罪の成立を阻却すべき原由たる事実上の主張を為したので

あるから判決は右の主張に対する判断を示すことを要するに不拘此の点に付き特

判断を示すことをして居ないこれは判決に示すべき判断を遺脱した不法な判決

あるから到底破毀を免れないものと信ずる」というにある。

 しかし、原審公判調書によると、原審弁護人は、公判の弁論において、被告人

精神病懸念があることを主張したに過ぎず、刑事訴訟法第三百六十条第二項に規

定する事由があることを主張したものとは解せられないので、原判決がその点につ

いて判断を示さなかつたからとて、判断を遺脱したものとはならず、論旨は理由

ない。

 よつて裁判所法第十条第一号、刑事訴訟法第四百四十六条より、主文のとおり判

決する。

 以上は裁判官全員の一致した意見である

 なお、上告趣意第一点に対する補充意見は、次のとおりである

 裁判官島保、同藤田八郎、同岩松三郎、同河村又介の各意見

 憲法は残虐な刑罰絶対に禁じている。したがつて、死刑が当然に残虐な刑罰

あるとすれば、憲法は他の規定死刑の存置を認めるわけがない。しかるに、憲法

第三十一条の反面解釈によると、法律の定める手続によれば、刑罰として死刑を科

しうることが窺われるので、憲法死刑ただちに残虐な刑罰として禁じたもの

はいうことができない。しかし、憲法は、その制定当時における国民感情を反映し

4 -

て右のような規定を設けたにとどまり死刑永久是認したものとは考えられな

い。ある刑罰が残虐であるかどうかの判断国民感情によつて定まる問題である

而して国民感情は、時代とともに変遷することを免かれないのであるから、ある時

代に残虐な刑罰でないとされたものが、後の時代に反対に判断されることも在りう

ることである。したがつて、国家文化が高度に発達して正義と秩序を基調とする

平和社会が実現し、公共の福祉のために死刑の威嚇による犯罪の防止を必要と感

じない時代に達したならば、死刑もまた残虐な刑罰として国民感情により否定され

るにちがいない。かかる場合には、憲法第三十一条解釈もおのずから制限されて、

死刑は残虐な刑罰として憲法違反するものとして、排除されることもあろう。し

かし、今日はまだこのような時期に達したものはいうことができない。されば死

刑は憲法の禁ずる残虐な刑罰であるという理由で原判決違法を主張する弁護人

論旨は採用することができない。

 裁判官井上登意見

 本件判決理由としては大体以上に書かれて居る処でいいと思ふが、私は左に法

文上の根拠に付て少しく敷衍して置きたい。

 法文に関係なく只漫然と、死刑は残虐なりや否やということになれば、それは簡

単に一言で云い切ることは出来ない。「残虐」と云う語の使い方如何によつてもち

がつて来る、例へば論旨の様に「死刑は貴重な人命を奪つてしまものたから、こ

れ程残虐なものはないではないか」と云うふうに使う人もある、(仮りにこれを広

義の使い方と云つて置く)しかし、又「残虐と云う語は通常そう云うふうには使わ

ないのではないか、虐殺とか集団殺戮とか或は又特別残酷な傷害とかそう云う様な

場合特に用いられるので、単純な傷害や殺人に対しては余り使はれないのではな

いか」と云えば、そうも云えるであろう(仮りにこれを狭義の使い方と云つて置く)

こんなことを云つて居てはきりがない、我々の当面の問題はこう云うことではない

5 -

ので、具体的に憲法第三十六条の「残虐の刑」と云う語が死刑現代文明諸国で通

常行われて居る様な方法による死刑の意以下同意義)を包含する意味に使われて居

るかどうかと云うことである(我々の問題死刑規定して居る刑法の条文が憲法

第三十六条違反するものとして無効法律であるかどうかと云うことであり、つ

まり同条は絶対死刑を禁止する趣旨と解すべきものなりや否やの問題からであ

る)そしてこれは純然たる法律解釈問題から何と云つても法文上の根拠と云う

もの重要である私は前にも書いた通り残虐と云う語は広くも狭くも使われ得ると

思ふから憲法第三十六条の字句丈けで此の問題を決するのは無理で、法文上の根拠

と云えば他の条文に之れを求めなければならないと思う、そこで憲法十三条は「

すべて国民は、個人として尊重される。生命自由及び幸福追求に対する国民の権

利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で最大の尊重

必要とする。」と規定し同第三十一条は「何人も、法律の定める手続によらなけれ

ばその生命若しくは自由を奪はれ、又はその他の刑罰を科せられない。」と規定

て居る、これ等を綜合するとその裏面解釈として憲法公共の福祉の為めには法律

の定めた手続によれば刑罰によつて人の生命も奪はれ得ることを認容して居るもの

と見なければならない、之れと対照して第三十六条を見ると同条の「残虐の刑」の

中には死刑は含まれないもの即ち同条は絶対死刑を許さないと云う趣旨ではない

と解するのが妥当である(即ち同条は残虐と云う語を前記狭義に使用して居るので、

私は此の使い方が通常だと思ふから右の解釈字義から云つても相当だと思う)反

対説は第三十一条は第三十六条によつて制限せられて居るのだと説く、しかし第三

一条を虚心に見ればどうしてもそれは無理なこじつけと外思えない、若し第三十

六条絶対死刑を許さぬ趣旨だとすれば之れにより成規の手続によると否とに拘

はらず絶対刑罰によつて人の生命は奪はれ得ないとになるから第三十一条に「生

命」と云う字を入れる必要はないのみならず却つてこれを入れてはいけない筈であ

6 -

る、盖同条に「生命」の二字が存する限り右の趣旨に反する前記の裏面解釈が出て

来るのは当然であり憲法文句としてこんなまずいことはないからである、他に第

三十六条絶対死刑を禁止する趣旨と解すべき法文上の根拠は見当らない。

 以上は形式的理論解釈である、現今我国の社会情勢その他から見て遺憾ながら今

直ちに刑法死刑に関する条文を尽く無効化してしまうことが必ずしも適当とは思わ

ぬことその他実質的理由に付ては他の裁判官の書いた理由中に相当書かれて居

ると思う。最後に島裁判官の書いた補充意見には其の背後に「何と云つても死刑

いやなものに相違ない、一日も早くこんなもの必要としない時代が来ればいい」

と云つた様な思想乃至感情が多分に支配して居ると私は推察する、この感情に於て

私も決して人後に落ちるとは思はない、しか憲法絶対死刑を許さぬ趣旨では

ないと云う丈けで固より死刑の存置を命じて居るものでないことは勿論だから若し

死刑必要としない、若しくは国民全体の感情死刑を忍び得ないと云う様な時が

来れば国会は進んで死刑の条文を廃止するであろうし又条文は残つて居ても事実上

裁判官死刑を選択しないであろう、今でも誰れも好んで死刑を言渡すものはない

のが実状だから

 検察官橋本三関

  昭和二十三年三月十二日

     最高裁判所法廷

         裁判長裁判官    塚   崎   直   義

            裁判官    長 谷 川   太 一 郎

            裁判官    霜   山   精   一

            裁判官    井   上       登

            裁判官    真   野       毅

            裁判官    庄   野   理   一

7 -

            裁判官    島           保

            裁判官    斎   藤   悠   輔

            裁判官    岩   松   三   郎

            裁判官    河   村   又   介

 裁判官藤田八郎は出張中につき、署名捺印することができない。

         裁判長裁判官    塚   崎   直   義

8 -

死刑に関するわが国の考え方が伺われる最高裁判決

死刑に関するわが国の考え方が伺われる最高裁判決

         主    文

     本件上告を棄却する。

         理    由

 弁護人西村真人上告趣意第一点は「原判決法令解釈を誤りて適用した違法

判決である即ち原判決被告人に対し刑法第百九十九条同第二百条を適用して死刑

の言渡をしたがこれは憲法違反である何となれば新憲法第三十六条は「公務員によ

拷問及び残虐な刑罰絶対にこれを禁ずる」と規定している而して死刑こそは最

も残虐な刑罰であるから憲法によつて刑法第百九十九条同第二百条等に於ける死

刑に関する規定は当然廃除されたものと解すべきである然るに原判決被告人に対

し新憲法によつて絶対に禁止され従つて又当然失効した刑法第百九十九条同第二百

条に於ける死刑規定適用して被告人死刑を言渡したのであるから法令解釈

を誤りて適用した違法判決として当然破毀を免れざるものと信ず」というにある。

 生命は尊貴である。一人の生命は、全地球よりも重い。死刑は、まさにあらゆる

刑罰のうちで最も冷厳な刑罰であり、またまことにやむを得ざるに出ずる窮極の刑

である。それは言うまでもなく、尊厳人間存在の根元である生命のものを永

遠に奪い去るものからである現代国家は一般に、統治権の作用として刑罰権を

行使するにあたり、刑罰の種類として死刑を認めるかどうか、いかなる罪質に対し

死刑を科するか、またいかなる方法手続をもつて死刑執行するかを法定してい

る。そして、刑事裁判においては、具体的事件に対して被告人死刑を科するか他

刑罰を科するかを審判する。かくてなされた死刑判決は法定の方法手続に従つ

現実執行せられることとなる。これら一連の関係において死刑制度は常に、国

刑事政策の面と人道上の面との双方から深き批判考慮が払われている。されば、

各国の刑罰史を顧みれば、死刑制度及びその運用は、総ての他のものと同様に、

常に時代環境とに応じて変遷があり、流転があり、進化がとげられてきたという

1 -

ことが窮い知られる。わが国の最近において、治安維持法国防安法陸軍刑法

海軍刑法、軍機保護法及び戦時犯罪処罰特例法等の廃止による各死刑制の消滅のご

ときは、その顕著な例証を示すものである。そこで新憲法一般的概括的に死刑

のものの存否についていかなる態度をとつているのであるか。弁護人の主張するよ

うに、果して刑法死刑規定は、憲法違反として効力を有しないものであろうか。

まず、憲法十三条においては、すべて国民は個人として尊重せられ、生命に対す

国民権利については、立法その他の国政の上で最大の尊重必要とする旨を規

定している。しかし、同時に同条においては、公共の福祉に反しない限りという厳

格な枠をはめているから、もし公共の福祉という基本的原則に反する場合には、生

命に対する国民権利といえども立法制限乃至剥奪されることを当然予想してい

ものといわねばならぬ。そしてさらに、憲法第三十一条によれば、国民個人の生

命の尊貴といえども、法律の定める適理の手続によつて、これを奪う刑罰を科せら

れることが、明かに定められている。すなわち憲法は、現代多数の文化国家におけ

ると同様に、刑罰として死刑の存置を想定し、これを是認したものと解すべきであ

る。言葉をかえれば、死刑の威嚇力によつて一般予防をなし、死刑執行によつて

特殊社会悪の根元を絶ち、これをもつて社会防衛せんとしたものであり、また

個体に対する人道観の上に全体に対する人道観を優位せしめ、結局社会公共の福祉

のために死刑制度の存続の必要性承認したものと解せられるのである弁護人は、

憲法第三十六条が残虐な刑罰絶対に禁ずる旨を定めているのを根拠として、刑法

死刑規定憲法違反だと主張するのであるしか死刑は、冒頭にも述べたよう

にまさに窮極の刑罰であり、また冷厳な刑罰ではあるが、刑罰としての死刑そのも

のが、一般に直ちに同条にいわゆる残虐な刑罰に該当するとは考えられない。ただ

死刑といえども、他の刑罰場合におけると同様に、その執行方法等がその時代

環境とにおいて人道上見地から一般に残虐性を有するものと認められる場合

2 -

は、勿論これを残虐な刑罰といわねばならぬから、将来若し死刑について火あぶり

はりつけ、さらし首、釜ゆでの刑のごとき残虐な執行方法を定める法律が制定され

たとするならば、その法律こそは、まさに憲法第三十六条違反するものというべ

である。前述のごとくであるから死刑のものをもつて残虐な刑罰と解し、刑

死刑規定憲法違反とする弁護人の論旨は、理由なきものといわねばならぬ。

 同第二点は「原判決は審理不尽違法がある即ち被告人は本件犯行当時精神障礙

者ではないかとの疑顕著なものがあるこれを記録に徴すると左の如くである(一)

問(裁判長)「先ニ言ツタ様ニ母ヤ妹カ食糧不足ノ事ヲ辛ク当リ被告人カ真面目ニ

カスソレニ米ヲ取ツタ事等喧シク云ツタトシテモソノ為メニ殺スト云フ事ハ普通

人ニハ到底考ヘラレヌ事ダガ他ニ事情デモアツタカ」答(被告人)「他ニハ別ニア

リマセンデシタ」トノ記載(記録第一七七丁表)問(裁判長)「……其ノ原因ハ被

告人ニアルコトテソレガ為メ殺ス気ニナルト云フノハ普通ヘラレヌ事ダガドウカ」

答ヘストノ記載(記録第一七七丁裏)(二)検事はその論旨に於て被告人一見

神ニ異常ヲ来シ居リタルニ非ズヤト疑ハシメルモノアリ云々」との記載(記録第一

八六丁裏)(三)弁護人が弁論に於て被告人は「当時一種ノ精神病ニ冒サレ居リタ

ルニ非スヤトノ懸念ヲ生セシムルモノアリ」との記載(記録第一八七丁表)抑々被

告人の行為当時に於ける精神状態の如何は事実裁判所職権を以て調査を為すべき事

項に属するのであるから本件の如く被告人精神状態に付き顕著なる疑ひある場合

は当然進んで職権を以つて鑑定人の鑑定に附すか又は裁判所自ら之を調査して被告

人の精神障礙の有無、程度を判定し刑法第三十九条に該当するや否やを決しなけれ

ばならぬ、然るに原判決はこの挙に出でず漫然被告人死刑に処したのは審理不尽

の不法あり此の点に於て破毀を免れないものと信ずる」というにある。

 しかし、記録を精査しても、本件犯行に際して被告人精神障礙のあつたことを

疑うに足りる事跡がなく、原審も被告人精神障礙のないことを認めて判決したの

3 -

であるから、原審が被告人精神状態につき鑑定その他の審査をしなかつたとして

も、審理不尽違法はなく、論旨は理由がない。

 同第三点は「原判決判決に示すべき判断を遺脱した違法がある即ち原審に於て

弁護人被告人が「当時一種の精神病に冒され居たるに非ずやとの懸念を生ぜしむ

ものあり」(記録第一八六丁裏)との弁論を為し犯行当時被告人精神に障礙あ

るを以つて法律上本件犯罪の成立を阻却すべき原由たる事実上の主張を為したので

あるから判決は右の主張に対する判断を示すことを要するに不拘此の点に付き特

判断を示すことをして居ないこれは判決に示すべき判断を遺脱した不法な判決

あるから到底破毀を免れないものと信ずる」というにある。

 しかし、原審公判調書によると、原審弁護人は、公判の弁論において、被告人

精神病懸念があることを主張したに過ぎず、刑事訴訟法第三百六十条第二項に規

定する事由があることを主張したものとは解せられないので、原判決がその点につ

いて判断を示さなかつたからとて、判断を遺脱したものとはならず、論旨は理由

ない。

 よつて裁判所法第十条第一号、刑事訴訟法第四百四十六条より、主文のとおり判

決する。

 以上は裁判官全員の一致した意見である

 なお、上告趣意第一点に対する補充意見は、次のとおりである

 裁判官島保、同藤田八郎、同岩松三郎、同河村又介の各意見

 憲法は残虐な刑罰絶対に禁じている。したがつて、死刑が当然に残虐な刑罰

あるとすれば、憲法は他の規定死刑の存置を認めるわけがない。しかるに、憲法

第三十一条の反面解釈によると、法律の定める手続によれば、刑罰として死刑を科

しうることが窺われるので、憲法死刑ただちに残虐な刑罰として禁じたもの

はいうことができない。しかし、憲法は、その制定当時における国民感情を反映し

4 -

て右のような規定を設けたにとどまり死刑永久是認したものとは考えられな

い。ある刑罰が残虐であるかどうかの判断国民感情によつて定まる問題である

而して国民感情は、時代とともに変遷することを免かれないのであるから、ある時

代に残虐な刑罰でないとされたものが、後の時代に反対に判断されることも在りう

ることである。したがつて、国家文化が高度に発達して正義と秩序を基調とする

平和社会が実現し、公共の福祉のために死刑の威嚇による犯罪の防止を必要と感

じない時代に達したならば、死刑もまた残虐な刑罰として国民感情により否定され

るにちがいない。かかる場合には、憲法第三十一条解釈もおのずから制限されて、

死刑は残虐な刑罰として憲法違反するものとして、排除されることもあろう。し

かし、今日はまだこのような時期に達したものはいうことができない。されば死

刑は憲法の禁ずる残虐な刑罰であるという理由で原判決違法を主張する弁護人

論旨は採用することができない。

 裁判官井上登意見

 本件判決理由としては大体以上に書かれて居る処でいいと思ふが、私は左に法

文上の根拠に付て少しく敷衍して置きたい。

 法文に関係なく只漫然と、死刑は残虐なりや否やということになれば、それは簡

単に一言で云い切ることは出来ない。「残虐」と云う語の使い方如何によつてもち

がつて来る、例へば論旨の様に「死刑は貴重な人命を奪つてしまものたから、こ

れ程残虐なものはないではないか」と云うふうに使う人もある、(仮りにこれを広

義の使い方と云つて置く)しかし、又「残虐と云う語は通常そう云うふうには使わ

ないのではないか、虐殺とか集団殺戮とか或は又特別残酷な傷害とかそう云う様な

場合特に用いられるので、単純な傷害や殺人に対しては余り使はれないのではな

いか」と云えば、そうも云えるであろう(仮りにこれを狭義の使い方と云つて置く)

こんなことを云つて居てはきりがない、我々の当面の問題はこう云うことではない

5 -

ので、具体的に憲法第三十六条の「残虐の刑」と云う語が死刑現代文明諸国で通

常行われて居る様な方法による死刑の意以下同意義)を包含する意味に使われて居

るかどうかと云うことである(我々の問題死刑規定して居る刑法の条文が憲法

第三十六条違反するものとして無効法律であるかどうかと云うことであり、つ

まり同条は絶対死刑を禁止する趣旨と解すべきものなりや否やの問題からであ

る)そしてこれは純然たる法律解釈問題から何と云つても法文上の根拠と云う

もの重要である私は前にも書いた通り残虐と云う語は広くも狭くも使われ得ると

思ふから憲法第三十六条の字句丈けで此の問題を決するのは無理で、法文上の根拠

と云えば他の条文に之れを求めなければならないと思う、そこで憲法十三条は「

すべて国民は、個人として尊重される。生命自由及び幸福追求に対する国民の権

利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で最大の尊重

必要とする。」と規定し同第三十一条は「何人も、法律の定める手続によらなけれ

ばその生命若しくは自由を奪はれ、又はその他の刑罰を科せられない。」と規定

て居る、これ等を綜合するとその裏面解釈として憲法公共の福祉の為めには法律

の定めた手続によれば刑罰によつて人の生命も奪はれ得ることを認容して居るもの

と見なければならない、之れと対照して第三十六条を見ると同条の「残虐の刑」の

中には死刑は含まれないもの即ち同条は絶対死刑を許さないと云う趣旨ではない

と解するのが妥当である(即ち同条は残虐と云う語を前記狭義に使用して居るので、

私は此の使い方が通常だと思ふから右の解釈字義から云つても相当だと思う)反

対説は第三十一条は第三十六条によつて制限せられて居るのだと説く、しかし第三

一条を虚心に見ればどうしてもそれは無理なこじつけと外思えない、若し第三十

六条絶対死刑を許さぬ趣旨だとすれば之れにより成規の手続によると否とに拘

はらず絶対刑罰によつて人の生命は奪はれ得ないとになるから第三十一条に「生

命」と云う字を入れる必要はないのみならず却つてこれを入れてはいけない筈であ

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る、盖同条に「生命」の二字が存する限り右の趣旨に反する前記の裏面解釈が出て

来るのは当然であり憲法文句としてこんなまずいことはないからである、他に第

三十六条絶対死刑を禁止する趣旨と解すべき法文上の根拠は見当らない。

 以上は形式的理論解釈である、現今我国の社会情勢その他から見て遺憾ながら今

直ちに刑法死刑に関する条文を尽く無効化してしまうことが必ずしも適当とは思わ

ぬことその他実質的理由に付ては他の裁判官の書いた理由中に相当書かれて居

ると思う。最後に島裁判官の書いた補充意見には其の背後に「何と云つても死刑

いやなものに相違ない、一日も早くこんなもの必要としない時代が来ればいい」

と云つた様な思想乃至感情が多分に支配して居ると私は推察する、この感情に於て

私も決して人後に落ちるとは思はない、しか憲法絶対死刑を許さぬ趣旨では

ないと云う丈けで固より死刑の存置を命じて居るものでないことは勿論だから若し

死刑必要としない、若しくは国民全体の感情死刑を忍び得ないと云う様な時が

来れば国会は進んで死刑の条文を廃止するであろうし又条文は残つて居ても事実上

裁判官死刑を選択しないであろう、今でも誰れも好んで死刑を言渡すものはない

のが実状だから

 検察官橋本三関

  昭和二十三年三月十二日

     最高裁判所法廷

         裁判長裁判官    塚   崎   直   義

            裁判官    長 谷 川   太 一 郎

            裁判官    霜   山   精   一

            裁判官    井   上       登

            裁判官    真   野       毅

            裁判官    庄   野   理   一

7 -

            裁判官    島           保

            裁判官    斎   藤   悠   輔

            裁判官    岩   松   三   郎

            裁判官    河   村   又   介

 裁判官藤田八郎は出張中につき、署名捺印することができない。

         裁判長裁判官    塚   崎   直   義

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