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2016-05-28

アイドルなんかいますぐ全員やめろ

ストーカーにめった刺しにされたり、握手では飽き足らず空気を売るという暴挙にうって出たアイドル市場に関して書いていく。

日曜日の朝10時からフジテレビ放送されているワイドナショーという番組

その番組古市憲寿さんが言っていたことにひどく共感したことを覚えている。

アイドル宛てに送られたプレゼントぬいぐるみの中に盗聴器が仕掛けられていたというニュースをうけてのコメント

アイドルファンよりアイドルが怖い。化け物に見える」と言っていた

僕も同じように思う。アイドルという生き物が怖いのだ。10代や20代前半で技能的に承認される術はないにも関わらずテレビの前に現れ私の存在承認してと、歌って踊る様は時に化け物のそれに見える。

今回、ついにシャレにならないニュースが飛び込んできた。アイドルがそのファンにめった刺しにされるという目を覆いたくなるほどの悲惨ニュースだ。


ニュース単体で見れば狂った犯罪者奇行だとしか言えないがアイドルという商売リスクが最も最悪の形で表れてしまった。

存在承認人材承認

アイドル存在承認であり人材承認ではない。社会には家族のように存在のものを求められる場合仕事などで要求されるようにその人の能力が求められる場合がある。

前者が存在承認後者人材承認だがアイドルのそれは存在承認にあたる。歌がうまくなくてもそれすらかわいい、トークができなくてもいい、社会人としての最低限の能力であるコミュニケーションスキルでさえ塩対応とかわいがられる。

何もできないと書くとたいへんな語弊があるがある程度、無条件に承認されるのがアイドルだ。そして本来家族しか持ちえない存在承認不特定多数から集めれば時にストーカーのような強固でゆがんだ愛情を持つ人間が現れるのも自然といえば自然だ。今回のニュースだけの話ではない。そういうふうに出てきたストーカーは悪であることは間違いないが赤の他人異常な愛情を持つという観点から言えば悪く言えば幼稚でありよく言えば純粋といえてしまう。犯罪行為文句なく悪である家族に接するように他人と接する人間のことを果たして悪と断じて良いのか僕にはわからない。むしろアイドルという商売が持つ構造的な問題のほうが大きいように見えてしまうからだ。


なぜCDを何百枚も買う人間がいるのか?

これも存在を認めてあげるという観点説明がつく。こちらはストーカーのような悪とは違いむしろポジティブ意味もあるが我が子に与える教育費を厭わないようにアイドルCDを何百枚も買う人間ストーカーと同じだ。どちらに振れるかだけの違いでしかない。CDを買う人間ポジティブストーカーになる人間ネガティブ意味を持つが問題はその感情を揺さぶアイドルという振り子のものなのではないかと思えてならないのだ。

今一度、こんな承認欲求が取りざたされる社会なのだから確認すべきことがある。「誰から承認される人間などいない」ということを。歴史を振り返ればキリスト仏陀ですら批判されかのソクラテスですら裁判にかけられて死んだ。アイドルは笑う。よく笑う。それはうしろめたさなどないような素敵で透明感のある顔で笑う。

しかしそれでもなおかわいくないと本気で思う人間がたしかにいる。けれどそれは無視すべき声ではないのだ。アイドルであっても関係ない。そういう人間を捨て置くのは得策ではない。承認においては絶望することが人間には必要なのだ。さればこそきちんと人と接することができるようになる。


無様なアイドル

有吉弘行テレビグラビアアイドルは実際に表にでてくるとがっかりするといっていた。彼は毒舌を売りにしているのでそれは差し引いて評価しなければいけないのだろうが上記のようにグラビアアイドル内面性のなさというものグラビアアイドルになるという精神性によるところが大きいとも言っていた。

この言動が芸なのか本音なのかわからないが女性アイドルSNSなどを見てみてもいわゆる人の含蓄がにじみ出ているようなブログついったーは見たことがない。自分を殺すような物語も聞いたことがない。彼女達は愛される能力は非常に高いのだろうが愛する能力に関しては幼いのだろう。

マネージャーがつき不特定多数から愛される様はまさにアイドルなのだろうが、彼女たちはその人間性においては何様でもない。ピュエリリズム体現している姿はむしろとても無様だ。

砂を噛め。愛されるのではなく愛するほうがはるかに尊い。アイドルなんかいますぐ全員やめろ。

赤城みりあの表情

赤城みりあ画像検索をかけてみると、どれも同じ表情で怖い。

彼女はいつも同じ表情をして口を開け目を大きく開けて笑っている。その目は心から笑っている目には見えない。

狙った整った表情しか行わないのはアイドルらしいといえばアイドルらしいのだが、彼女普段無垢言動とは異なる印象だ。

彼女はまだ小さくて無垢かわいい子供という印象を視聴者に植え付けようとしているのだろうが、内面はそうではなく、周りを見て自分を変える、賢いアイドルなのだ

このような世渡りをして彼女は将来も賢く変わっていくのだろう。

2016-05-27

http://anond.hatelabo.jp/20160526183523

迷惑内面」って表現ものすごいな。

相手のことは「物事を表面的にしか見れていない」と断定しつつ自分相手内面まで把握できてる前提。

この文章自体も仕組みの話でも何でもなく、特定の誰かに対する人格批判じゃん。

迷惑で嫌な奴だな。

2016-05-26

文系一般人がきっつい件

蓄積された人文系学問の意義を否定したいわけではないけど、社会学部文学部出身で、研究ではなく就職に進んで、

本人的には「大人になりたくないけど折り合いつけて生きてる」みたいな感じの人に、きっつい人が多いなと思う。

おしゃべりだけしてる分には面白い人なんだろうなと思う。ブログツイッターフォローするだけなら良いのかも。

ただ「一緒に仕事をしたくない人」とか「一緒に生活をしたくない人」と言うと伝わりやすいかな。

 

繊細で、問題には敏感に気付くけど、それを解決するのは自分ではない誰かだと、当たり前みたいに思ってる。

政府」「企業」など強い存在への期待値が高くて、強者に対してなぜだか侮蔑的侮蔑理由曖昧

障害者」「貧困層」など弱い存在にやたら肩入れする割に、行動では弱者と関わらず避けてる。

スタイル抜群の若い美女長身爽やかイケメンなど、身体が魅力的な人を「どうせ中身が無い」と批判

魅力的な身体に生まれると得る機会を失う「中身」って何?

生きているなかで「好きな人に貢献できると嬉しい」という感覚が無いみたいで、

「貢献してくれる人は便利(冷笑)」か「貢献してくれる人が居ないので社会はクソ(憎悪)」のどちらか。

下に見られたりスルーされたり嫌われると必要以上に落ち込むし、好かれても好かれたことをネガティブに捉える。

生活健康など「常識」化している価値侮蔑メインストリーム逆張りをしたがるだけで筋が通ってないから、よく手のひら返しをする。

深い思考物事を捉えるセンスなどに自信がある様子で、そこを認められたい欲求が痛いくらい強い。

権威とかお金とか美とか、外からわかりやす価値を持ってる人に内面を認められたがる。外からわかりやす価値を持ってない人のことはスルー

フットワークが重い。怠惰フットワークが軽い人を脳筋扱いして侮蔑したり嫌ったり。

愛想の良い人のことを「媚びてる」「要領だけで生きていけていいよね」と侮蔑批判。愛想が良いのも価値なのに。

学生でもないのにスクールカーストにとらわれ続けている。誰のこともけなす。本当に褒めない。

口角が下がっていて、表情が乏しくて、笑顔の口元が歪んでる。ニヤリって感じで笑う。

下ネタの言い方が笑えない。男子小学生的な爽やかに笑えるものじゃなく、粘着質で生々しくて、話を振られると逃げ場が無い。

恋愛・性に自信持ってる感じ。人間心理に詳しくてコントロールが上手いみたいな自己認識を持ってる。メンヘラ女を侮蔑しつつ興味しんしん

人間観察が好きで、人の人格について色々文句言うのが好きで、仕組みを改善する方向に思考が行かない。

問題提起して頭が良い人として注目を集めるのが好き。気力・体力・根気が無い。改善行動が出来ない。だから結果に繋がらない。

すぐモチベーションクタッてなる。ひがみっぽい。見下すようなことを言って人の足を引っ張る。

人が楽しんでると上から発言をして水を差す。人の気力を削ぐ。人をネガティブの巻き添えにする。

 

文系学問って、人の内面を充実させる学問だと思うんだけど、そういう学部出身者に迷惑内面の人が多いのはなんで?

スポーツとか経済活動とかマッチョジャンルに身を置いて、内面磨きには専用の時間を割けなかった集団のほうが、

よっぽど対人経験値が高くて人を見る目が円熟してて、相手の心や相手の都合を大事にした、大人な関わり方が出来る人の数が多い。

なんていうか…人文系の、ざっくり「人の内面」と言われるようなスキルって、専用の時間を設けて学んで学べるものなの?

何かに夢中になってたら経験値が増えていて、気付いたら得られているスキルが「内面」なんじゃない?

繰り返すけど、人文系学問の意義を否定したいわけじゃない。体系化する行動を行った人は多くのものを得てると思う。

でもそれを読んで感想を喋ることで、内面のすぐれた人間になるの?

文系学部から資本主義世界に不本意ながら出てきた人って、接することで私が偏見の塊になるくらい、

幼稚で無責任怠惰で冷笑的で、口先だけで、後ろ向きで、人の見方が表面的で、自分についてのことばかり考えていて、

仕組みについて考えるべきときでも人格の話をすぐしたがって、議論無為ループさせて、成功した人の足を引っ張る人ばかりだったよ。

もともとそういう人に選ばれる傾向が強くて、そういう人を救うわけでもなく育てるわけでもなく、そのまんまの状態社会排出する、

時間だけ浪費させる土管なんじゃないの、人文系学部って。

 

hilda_i 高校の時の進路指導では馬鹿セーフティーネットみたいな扱いになってた、かわいそうな人文系

語学が堪能、法曹志望、などの積極的理由が無い文系は成績が悪い人のセーフティネット扱いになりがちだけど、

偏差値の低い法学部経済学部に行って、営業マンになって、大学で学んだことを特に生かしているわけでもなくコミュ力で生きてる人たちって、

フットワークも軽いし、発言のぶん手を動かしてるから感じが悪くない。だから嫌われないんだと思うけど。

偏差値低い文系バンド活動やって遊んで単位ギリギリ卒業する「就職のために大卒になりたかっただけ」層で、

営業マンとして活躍してる人ってたくさんいる。成績悪かった=人として終わりとは思わない。

理系ネットでは理屈っぽく文系叩きとかするかもしれないけど、リアルでは黙ってるから実害感じない。

それに理系が貶すとき人格否定よりも構造への問題提起が多くて、「どうすれば解決できるか?」という話にちゃんと進む。

社会学文学部の人に「うるせえ。手動かせ。死ぬまで大学に居ればいいのに」って感じの人が多い。本人も大学から出たくなかったんじゃないの。

 

blueboy それは人文系というより「無能であることにコンプレックスを抱いている」というタイプの人。学科にはあまり関係ない。

文系特別多いと感じてるけど、たしかに「経験スキルを積み上げてない人の特徴」かもしれない。

あの人たちがやってるのは、知識を身につけてるんじゃなくコンテンツ消費してるようにしか見えない。

学者の主張を「なるほどね(笑)」ってしてるだけ。どこに居ても客なの。

就職して労働者やってる時間でも、同僚に対する姿勢が客なの。「せいぜい僕を楽しませてくれよ」って感じなの。

 

akihiko810 私の悪口を言うのはそこまでだ(白目) マジレスすると文学は、不条理である人生世界の「味わい方」を学ぶ学問であって、それによって内面は豊かにはなるが「対人的にいい人」にはならない

ずっと大学生でいてくれ。バイトすらしない大学生純粋お客様だ。お客様は「味わい方」だけ考えてればいいです。

 

弁護ブコメが多いけど、あんたらもこういう人間結婚して生活を共にしたいかとか、一緒に働きたいかっていったら、

実害が発生するから嫌だと思うけど。特にこういうのに部下になられたら死ぬ。社内で「ワーク0、ライフ100」のバランスで生きようとするから

欠点フォロー長所を伸ばそう」っつっても手を動かせない人をどうすればいいっていうの?

 

文系メリットって、本人が楽に卒業できることだけじゃん。

4年間だらだらできる。

学生同士の、全力で遊べ!リア充しろ!みたいな暑苦しい圧力もない。

とにかく何の圧力もなくて、無気力で居られる。思う存分、時間をドブに捨てることができる。

から社会に出たときホワイト企業責任少ない平社員でもストレスを感じて、

大学時代と比べて愚痴ばっかり言って働かないし、働く人を小馬鹿にする。

ほんと、どうして働く人を小馬鹿にするかね。政府企業依存して生きてるくせに。

「間接的に世の中の役に立ってる」とは全然思えない。人をネガティブの巻き添えにするだけ。不快しかなってない。実益もない。

文系学部っていう装置が、4年間、学生を救いも育てもしないなら、収容所みたいなもんじゃないの。

ニートでいいよこんなの。出てくんな。

2016-05-24

文学部価値とは何か

京大卒、東大卒文学部の方々の文章を読んだ。どちらも有意義文章だが社会において文系価値が軽視されがちになってきている趨勢を感じるこの時代に書き残しておきたいことがあります

何のために学問をおさめるのか、主婦になるのは大学教育必要ない?東大卒プライドを捨てなければ自己肯定できないのか?

どちらも境遇が違うのですが共通して言えることがあるので増田に書いてみたいと思います文学部存在する大きな意味ひとつに「無限文脈」を得るためということがあるでしょう。

たとえば仏教人生は苦しみであると説きますしか人生は苦しみであるという言葉だけではなにをもって人生が苦しみなのかわからないので人生とは~~~ゆえに苦しみであるという~~~を獲得するのを助けるのに文学ほど有用学問はないと確信しています。これは論理実験では決してうまらない人間人間たる存在問題であるのでバッチリこれが答えだなんて言いいきれるものではありません。それが理系文系の決定的な違いなのではと思うのです。文系学問経済学社会学政治学などを含めて全て勉強すればするほどに断定的な物言いが難しくなる側面があります文系は人文系とも呼ばれますがまさに文学人間混沌理解するため、ではなくどう見つめるかのその過程を追求するためにあるのではないでしょうか。

から社会的実益を生むわけではないので文学は時に軽視されることになりますしかし自らの人生を追及するために文学ほど役にたつもの存在しないのです。それは一般的労働従事するかぎりにおいてはほとんど役にも立ちませんがそれでも個人の人生という物語形成する重要な要素にはなるのです。

おそらくそれが京大文学部を出て主婦になった方が感じる最も根幹に感じる違和感の正体ではないのでしょうか?大学を出て社会的な成果を出さないとは何事かと人は言います。けれど文学人間の外面ではなく内面をどう料理するかを学ぶ学問なのですから主婦になろうがどうしようがそんな社会的なことは甚だどうでもいいものしかないのです。むしろその京大で学んだ文学的素養を発揮するのに主婦子育てほど適した職はないとも私は思っています

文学価値というのは学生の時には傾倒し教授と談義にふけったりそれはそれはとても面白いものですが社会に出れば時に忙殺されてしまます。実務に追われ気づけば学生の時に追求した私は~~~だからであるの幼い文脈すら仕事一言に置き換わってしまます。それは理系文系京大Fラン高卒関係なくです。しかしそんな何のために働くかわからなくなった名もなき乾いた砂粒のような人間にこそ文学必要なのですよ。

俺よりあらゆる面で優れているのに「○○ってすごいよね」とか言うな

昨夜の彼女との通話は久しぶりに真面目なものだった。

仕事の悩みや資格勉強のわかりにくい部分など、彼女がほぼ一方的質問をしてきて、俺がそれに答えるというやり取りが2時間続いた。

彼女はいつも俺を褒める。どうやら本気で俺のことを頭がいいと思っているようだ。正気かよ。

彼女実家が裕福だ。父親は誰でも知っている企業支店長まで務めた人物。彼女の姉も極めて優秀。彼女はそんな家庭に反発して、芸術の道に入った。「才能なんてなかったけど、逃げ出したかたから」なんて言いながら、死ぬほど努力しても入れない人が多数いるような名門に入った。そこでは誰もが「我こそは」と思っている中、一人だけ「私は才能がない」といいながら、大変な評価を得ていたということだ。彼女同級生に聞いたところによるとだが。

それに比べて俺の経歴は惨憺たるものだ。

地方進学校入学するもヘタれ、大学は貫禄のFラン

完全に負けぐせがついて就職は失敗。

圧倒的なクソ企業ゴミのような毎日を過ごし、3年で退職という王道

ついに内面まで腐り始め、ひきこもって3年のニート生活

金がなくて生命保険がん保険もあらゆる保険を解約。その後病気発症保険に入れない身と化す。

ティッシュペーパー死ぬほど欲しくて献血した所、血液に異常が発覚。

病院検査費用があと100円払えず、書類拇印を押して家に帰り、12冊持っていた本をブックオフへ。10円*12冊で見事支払うことに成功。薬は買えなかった。

カードは未払で完全停止。債務整理をお願いした弁護士費用をも月2000円支払いで2年かけて払う。

カード債務20万円。それを毎月2000円ずつ支払う。常人なら20万はすぐに返せるが、俺はそうではない。弁護士費用と合わせて4000円。これは3週間の食費に相当する。

当然ながらクレジットカードは今後7年作れない。これはボディブローのように効く。クレジットカード前提のサービスは世の中意外と多い。「ほしいな、便利だな、安く上がるな」と思うものこそ信用が必要ものからだ。

その他、友人から借金もまた月数千円ずつ支払う。恐ろしいのは銀行振込の手数料だ。2日分の食費が飛んでいく。

ヨモギオオバコタンポポビタミンを補い、小麦粉エネルギーを得る。

その他の野草も大概食べた。

野菜が食べたくなって発狂して近所の家庭菜園に夜霧に紛れて侵入し、トマトを食べた。俺に妹などはいない。俺の、俺だけのために盗んだ。罪悪感で、3つもぎ取ったうちの一つは玄関において逃げた。

ゴミのような生活。俺の価値消滅した。

その後、なんとか潜り込んだ会社で月12万の給料で働きつつ現在に至る。

俺の人生価値はない。未来はない。

そう思いながらも、体面だけは保った。

図書館の本で英語中国語習得した。

職場中国人相手発音は学んだ。

ヨモギオオバコタンポポ法を再び使用し、食費を超圧縮してHSKTOEIC試験を受けた。

HSKは4級、TOEICは780点を取った。給料は変わらない。

まずはスーツを買う金をヨモギ法で貯めて、なんとか転職をしなければ。

そこらの観光地土産屋の販売員のほうが稼げるんじゃないかと考えたりもするが。

彼女とはSNSを通じて知り合った。

SNSは「今自分がやっていること」しか見えない。

俺が夜毎公園に水を汲みに行き、オオバコヨモギ新芽を摘んでいることなど見えない。

ただ俺が節約生活をし、"ちょっと変わったロハス自炊"をし、家具食器自分で作り、独学で語学を身につけたというのが全てだ。

数年間は友達ネット上で彼女から告白を受け、遠距離恋愛童貞テレフォンセックスで捨てた。

その後、実は同じ地域に住んでいることに気づき、お付き合いを始める。

服も靴も美容院代も何もかも持たざる者だった俺を、才能のない芸術家は高く評価したようだ。

しかしここから地獄だ。

そもそも5ヶ国語に堪能な人間がなんで3ヶ国語に不慣れな人間を褒めるのか。

俺は単にペットとして扱われているだけじゃないのか?

彼女の中の「ほかとはちがうだいじなもの」と書かれたおもちゃ箱に入っているだけなんじゃないのか?

からねぇ。

日頃は堂々としているつもりだが、ふとした瞬間にどうしようもない惨めさで動けなくなる。

天鏡のアルデラミンの八巻と九巻を読んだ。一部完結時の流れを組んでるからか、比較的重たい話が続いていた。でも九巻の終わりで少し光が差してきたのでほっとした。

八巻は前巻から二年経った状況と人物紹介が主な内容だったので、あんまり内面踏み込むことのもなく平坦な物語になっていた印象。とは言え個人的ライトノベル理想形とでも云うべき読みやすさと物語を併せ持っていたので、可もなく不可もなく優等生小説になっていたと思う。ただ、眠れる子が彼女だったのには少々閉口したなあ。内容的に主人公一行は随分とつらい目にあっているのに、ここに来てまたそれかああって感じ。暗澹たる気持ちになった。始めにも書いたけど、重たいムードで進む内容だったから一層堪えた。

重たい雰囲気は九巻になると更に顕著で、状況がどんどんどんどん悪くなっていく。立花勇者を読んでた時もそうだったけど、主人公サイドが敵の術中に嵌っているのに気が付かないまま事態悪化していく様子が描かれると、サビを噛んでるような気分になる。敵方意図描写されつつ、作中の登場人物認識できずに窮地に陥るパターンは、自分には合わないんだと思う。はじめてのおつかいとか、目に見えてトラブルにあるのが分かっているのに見守ることしかできないのって、苦痛に感じてしまうんだなあ。後々のカタルシスのためだとは理解しつつもどうしても苦手だ。

登場人物の思いがそれぞれにちゃんと描かれていてよかった。みんな重荷を背負いながら歩いている感じで、大変だなあって思う。争いなんて無いほうがいいよ、やっぱり。平和が一番。ラブアンドピース。狐は許さないけどね。

とにもかくにもイクタくん頑張れ。まじ頑張れ。九巻の終わりがとっても熱くて、感動的で、十巻への期待が高まる内容でした。親父たちが本当に格好いい。

2016-05-23

あなた結婚できなかった理由

http://anond.hatelabo.jp/20160522144101

「お似合いのカップルだと思ったのにな」という理由最初に続くのが私慶應、彼一橋というスペックに関する記載であるところ。

あなたはそうではないというかもしれないけど、そういう(自分でも書いてるけど)打算的すぎるところが彼に伝わっていたんじゃないかと思う。

基本的に人の話をする際にまずスペックから入る奴は地雷率高い。

ちなみにね、職業を見るななんて言うつもりはないよ。

ただ、そこはあくま入り口であって最終的には相手内面を見てあげないとそういうのは相手にも伝わる。


あと、学校名出すと引かれるっていうけどそんなことはないよ。

俺も慶應卒だということもあるとは思うけど東大の人もまず引かないだろうし、そもそも出身大学を聞いてその人を判断するような人は結婚するべき人じゃない。

要するに周りに魅力溢れる人がいないんだろうね。

それを招いている貴方の魅力もおそらく高くはないんだろう。


それよりも、処女カード云々言ってる方が引く。

セックスは好きだから自然としたくなるものであって、駆け引きのために使うものではない。

そんな交換条件として差し出されるセックス幸せであるわけないよね。


大学の頃、周りを見ていて慶應に通う女性プライドが高すぎる方が多いと感じていたのであなたもそうなのかもしれない。

本当に好きになれるいい人が現れるといいね

2016-05-22

http://anond.hatelabo.jp/20160522153200

本当に内面だけを見て恋愛できるなら、男は男を好きになってるだろうさ。

それでも大半の男が女を選ぶのは、そりゃまんこがあるからに決まってるだろ。

2016-05-17

[]「図書館百合

大学生で見た目は黒髪ロングで前髪もぱっつんメガネ文学少女だが、内面図書館文学少女レズビアンハッテン場だと勘違いしてるんじゃないか? と思われるぐらいの肉食系女子が、

図書館に通う自分に酔っていて実は読書とかあんまりしたことがない中二病女子に、

官能小説のやらしい言葉音読させるプレイをしちゃうグチョグチョ展開になるかと思いきや、

中二病女子が段々と本を好きになって行く姿に、その場限りの肉体関係だけじゃなく、ずっとこの子と居たい、二人で本を読む生活を送りたい、となって、

今までの放蕩生活反省して、真面目に大学に通うようになり、ちゃんと就職活動とかもして、中二病女子大学に行く頃には、広いマンションを借りて二人で一緒に暮らす場合



文学少女桑谷夏子さん、

中二病女子内山夕実さんで決定です!



みなさんのキャスティングをお待ちしておりまーす!

読書感想文ノススメ

とは言えこのような場所を好きこのんで読む層に当てはまる話でもないとは思うのだけど、まあ自分備忘録として。



最近大学生お話を聞く機会が増えたのだけど、彼らの大半はどうも自分内面の発露、表現方法に関して悩みあるいは問題を抱えてる場合が多い。

で、これが彼らにどんな影響を及ぼすかと言えば、卑近であれば就職活動でのエントリーシート、あるいは面接のものにおいて非常に苦戦するという事態を招く。

彼らはさほど程度は高くないとは言え、大学生なのでそんなにそういう機会が無かったのだろうか、と思うのだが、考えてみれば学部生の論文ゼミ発表などはある程度形式ばったものだったのかしらん、とも思い直すわけである

まり、ある程度客観的指向性のある、極端な話マニュアル化簡単可能表現であれば彼らは十二分にこなせるのだが、それが自己について自由に述べよ、となるとお手上げになってしまうのであろう。



彼らの「自己PR」はまず、感情言語表現が非常に乏しい。就活における質問として学生時代の熱心に取り組んだものを聞くようなものがよくあるがこれに対し――具体的な例は避けるが、○○が楽しかった、嬉しかった、感動した……と概ねこれで終わってしまう。もちろんちょっとした就活本やウェブでの情報でもこの手の何も言っていないに等しい表現は避けるべしとあるし、彼らも承知しているわけだが、じゃあどうしようかと、煩悶してしまうわけである

より具体性のある表現を使えとアドバイスするのだけど、それがわからない。で、どうなるかと言えば今度は具体的に偏って、事実の羅列になってしまう。まあ多少マシになったとは言え、これでは自分が何者なのかがあまり伝わらない。この手の質問企業が求めるのは人間性がわかるエピソードであると思われるので、事実だけ羅列していてはやはり説得力に欠けてしまう。というよりそんなもの履歴書でいいのである

次にいわゆる「盛り方」があまり稚拙である嘘も方便とはよく言うもので、ものを売り込むときにはある程度色を付けるのが世の常であるが、彼らの場合どうにもそれが見え見えであるということだ。

先ほどの具体性の話もそうだが、就活マニュアル的なものではよく具体的な数字を使えとあるという。なるほど的確な数字説得力を持つし、たとえそれがウソであってもそう証明する事は非常に難しい。少なくとも彼らが日々こなす論文などで示すものよりよほどハードルは低い。

しかし、彼らはそれが上手く使いこなせない。例えばこれもよくある質問として学生時代の功績を聞くようなことが多いが、これに対しよく彼らはパーセントという形で数字を使う。よく考えてみて欲しい。例えばメンバーに声をかけ部の参加率を上げた、ということに対してパーセントで功績を強調してもあまりにも「ミエミエ」で実質的説得力が無いように感じられないだろうか。これでは先ほどと同じように「何も言っていないに等しい」。それなら何人に声をかけて、あるいはどれだけの期間を費やして、部の参加者を増やしたという方がよほど説得力があるし、そこでの具体的エピソードも盛り込みやすい。(もちろんウソだって構わない、バレないのであれば)



総じて見るに、どうも彼らはステップを省略し安直結論提示する傾向(ここでは触れないがこれに付随して外部の「答え」を求めようとする傾向も見受けられる。無論そんなものはない)にあるようで、結果として全く説得力を伴わず、「自分」を明確に伝えることに出来ない「自己PR」を作り上げてしまうようである論文は日々書き慣れているにもかかわらず、である

はいえ、彼らがあるいは我々がそういった事態対処する術を学ばなかったかと言えばそうではない。反応は様々であろうが,この国の教育には今なお「読書感想文」というもの存在する。

大学生ともなるとそういう機会もないが、読書感想文を書くことはその実自己内面表現のものであり、なおかつそれを相手に明確に伝えるための文章を書くと言うことでもある。その一方で、「本」というガイドラインがあるので書くべき道筋がわかりやすく、自分の考えに対して何から手を付ければいいのかわからないということにもなりづらくなる。その道筋を通じて、人に順を追って伝えるというということに対してヒントを得ることも出来よう。

もちろんこれは本でなくたって良いわけで、ドラマであろうが映画であろうがゲームであろうがアニメであろうが、なんだって構わない。要するにそれらを通じて自分が何をどう考えたのか、と省みる機会があれば良いわけで、その上でそれを過たず明確に文章化できれば良いのである

そして出来上がったそれらを読み返すことで、自分表現のどこに説得力が足りないのかということも見えてくるだろう。また、人に読ませることを意識すれば、どうしたって多少の見栄も張りたくなるし、あまり好ましくない考え方も書きづらくなるだろう。そういった自分内面他者視線というものバランスよく取り入れた「ウソの付き方」も磨くことが出来るはずだ。一石二鳥である



読書感想文というものがこの国の教育においてどのように位置づけられるか、と言えば、「事象感想意見などとを区別するとともに、目的意図に応じて簡単に書いたり詳しく書いたりすること」と「書かれている内容について事象感想意見関係を押さえ、自分の考えを明確にしながら読むこと」を目的とする授業の一環として行われるという。卑近な例ではあるがこうして見るとまったくそれは必要作業ではなかろうか。これらの中には論文作成方法も含まれ我々はそれを並行して学んでいくが、外側の事実対象とするそれだけでは、我々は「自己内面を誰かに伝える技術を磨く」ことは出来ないのではなかろうか。

確かに自己表現といったものを過度に求める就職活動や、そもそも現実に行われている読書感想文指導法にはあるいは問題もあるかも知れないし、その是非は問われるべきかも知れない。しか教育就職活動といったものから、あるいはこの国の国情から離れたとしても我々が高度に社会性を持ち、他者とのコミュニケーションなくして生活できない生き物である以上、こうした自己を誰かに伝える能力はどのみちどこかで必要になるのである



自己表現に関して正解などない。しかしそれはその技術を磨かなくてもよいと言うことは意味しない。たとえ正解が見いだせないものであっても、コツコツと磨き続けることは思いもよらないところで自らを助けることもある。

その方法論として、今一度読書感想文というものがどういうものだったのかを見つめ直すのも良いかもしれない。

2016-05-10

アインシュタインよりディアナ・アグロンを取り巻く意見について

もうとうにブーム……いや、炎上は収まったことだろうか?

私のTLには未だに批判意見が流れてくる秋元康の「アインシュタインよりディアナ・アグロン

今更のような気もするが、未だに私の中でモヤモヤが消えないのでここに吐き出させてもらう。

その前に、簡素だが私のことを書く。

アラサーの女

以上だ。

ついでに言うと二次元女の子アイドルを愛でている。

三次元アイドルやぶさかではない。娘。は最高だ)

モヤモヤというのは「アインシュタインよりディアナ・アグロン」についての批判意見が多すぎるということ。

批判したい気持ちはわかるし、批判の内容はごもっとなのだが、それに対して「この歌詞はかわいくていいじゃないか」という意見をあまり見かけない。というか、そう言えないこの現状。

(あ、ディアナ・アグロンは怒っていいと思うんですよ。なんかバカ代名詞みたいにされちゃって可哀想

私はこの歌詞が嫌いではない。かわいいとすら思う。

なぜだろうか。

1つはそういう女性がいてほしいという願望なのだろう。

アイドルに求めるものに近いというか…ただ愛でるだけの偶像を求めているのかな、と思う。これは男性依りの思考だと思う。

ただ可愛いを追求する女の子。そんな女の子を支えたい。なんというか…推したい。という感情に近い。むろん頭のいい子は推せない、と言うつもりはないが、正直私はバカな子のほうが愛しい。

二次元アイドルを好きな理由はここにある。現実女の子をあまりそういう目で見ているというのは公言しがたい)

女性的な願望…いや、個人的な願望としては、見てくれのいい女の中身はからっぽであってほしいという願望か。これは偶像云々ではなく、純粋に見た目で勝てないような相手に、せめて中身で勝ちたいから中身がなければいい、と願う卑しい感情である

実際、見た目だけで得をして生きている(ように見える)女はいやというほど見てきた。(私が得をしたこともある)

これは土台となった現状が悪いと言われればそれまでだが、そんな現状で生きてきた私がそういう思考で生きていたからといって誰が私を責められるだろうか。

ようは、見た目がいいんだからバカであってほしいのだ。そこしか勝てないから。


後者の私の卑しい感情は置いておくにして、ただ可愛い<だけの>子を推したいと思うのはよろしくないことなのだろうか。

私はただ可愛いだけ頭がからっぽの子を愛でたい。

更に言えば、そんな子になりたかった。

そう、そういう子になりたかたかアイドルが好きなのだ

アイドルは正直めちゃくちゃ努力してああなっている。でもその努力をおくびにも出さずにちょっとぬけた可愛いだけの偶像を演じてくれている。

から私はその偶像享受し、自分がなりたかたか可愛いだけの子をその偶像見出し自己投影して愛でる。

うわぁ…めっちゃ気持ち悪い。皆様の声が聴こえる。でもそうなんだから仕方ない。

話がそれました。

ようは、この曲は「一部の層がアイドルに求めること」を的確に表しているように思うのだ。

少なくとも、私の推したい(なりたかった)女の子理想像のものだ。

内面もっともっと考えていようが賢かろうがどうでもいい、表面はこうであってほしいもの、そのもの

理想アイドル像って実際の女からみたらそんなに非難したいもの

あなた達がこうならなきゃいいじゃない。

私はこうなりたかったしこういう女の子が(推し的な意味で)大好きだ。

まとまらないけど、言いたい。この歌詞かわいい

今の私の心境は、とってもかわいいカバンを見つけて大喜びしているのに「機能的じゃない」「ポッケないじゃん」「使えない」とめちゃくちゃdisられた気分なんだ。

私はこの歌詞が好き。こうなりたかった。

中村悠一になりたい

外面も内面も声もイケメンで、杉田みたいな友達がいる中村悠一になりたい

嫉妬優越感、差別心という醜い感情肯定している文章ですが、

本当に友達はいるのでしょうか?

ライブに来る友達というだけでは群れているだけと言えます

孤独力という一人で行動できる力が最近は脚光を浴びています

それにもし、美人に友人がいるのを見たらバランスを崩して精神をやんでしまますね。容姿よりも、内面もっと磨いた方がよいと思われます

http://anond.hatelabo.jp/20160509220954

2016-05-09

http://anond.hatelabo.jp/20160509034836

WIXOSS少女が多い脚本で、女性ならではのどろどろ描写絶妙

全然

俺は女性漫画家脚本家好きな人はたくさん居るよ

岡田ダメ

こいつのどろどろは表面ばっかりで話の中の流れが無い

キャラがたくさんいることで噛み合い影響しあうってこともない

キズナイーバーの今週も赤い髪の子がキレたけどべつに初回となんにもかわってないんだよね

たくさん新キャラ出して変な体験たくさんさせて、内面なんにも変わってない

キズナの面々と一緒に居たことの意味が出てない

やすっぽいキズナシステムじゃなくて人と絡んだことの影響出さなきゃドラマじゃないでしょ

話にならない

アニメ業界人達は恥ずかしく無いのかなこんな酷い人がトッププロ的な立ち位置にいて



オルフェンズ?

なんか見てないでいうのもなんだがなんか酷評多いぞ

脚本に関するものが多いな

見てると俺が感じたのと同様の不満みたいだ

話の本筋がしっかりしてないのに変な脇道シチュばっかでしかキャラが動いてない変化しないっていう




追加分見たけど

脚本家の持つ権限なんてたかがしれてるんだから監督など周囲の人のオーダーを受けて脚本を書くだけなんだから

アニメおもしろさがすべて脚本家由来だとは考えないほうがいい

それはわかる

でも原作 TRIGGER おかだまり

っていう表示だと設定・構成からガッツリ関わってるんじゃないの?

つーか、いや、ただの1話の脚本だとしてもこいつの脚本おかしいよ

とにかく話に流れってものがないのよ

見せ場は一本調子に吠えさせるだけでさ

吠えてることもずっと一緒で

2016-05-06

企業違法コピーについて等など







多くの日本中小企業システム環境をみてきた。

30社以上は見てきてるなぁ。

ほぼ9割がイラスト設計オフィス等の業務ソフト違法コピーを利用している。

自称ITライターの個人のような人から中小企業まで。


最近では、ソフトウェア会社ライセンス対策機能を追加してしにくくなってきているとは

いえ、減少しているのは氷山の一角。今の手口は、最小ライセンスを購入し足らずは、ヤフオクネット

中華違法ライセンスを利用している。

そういう企業に限って、中小企業で、セキュリティ訪問するだけでも、名前を欠かされたり、情報漏えい云々で

結構うるさいことが多い。

しかしこれをBSA http://bsa.or.jp/about-bsa/   http://www2.accsjp.or.jp/piracy/

などのソフトウェアメーカー弁護士団体が上記のような団体をつくって活動しているが、

この実態は、呆れたもの

通報しても、報酬なんて全くない。(通報者報奨金平均25万円もらっていますインターネット追跡広告等など)


https://bsa.or.jp/news-and-events/news/bsa20150216/

http://bsa.or.jp/reward2015/

これで、もう15社は通報したが、1円ももらっていない。しか通報報奨金は遡ってサービス??を終わらせている。

弁護士通報をうけた企業との話し合いもどうなっているか通報者に報告義務はない。(一方的

結局、弁護士の懐に入っているだけで通報者には何のメリットもない。

僕のつれが、今の日本はもうだめだと言っていた意味が漸くわかった。(遅いかな。)

日本は内側にかなり甘くて(肩書がある人が優先で仕事をつくっているだけ)

本当に仕事ができる人にどんどん仕事を回す、チャンスを与えるという仕組みはできない国。

いえば、表面は資本主義だが、内面陰険共産主義仕事のできないやつらが裏でつながってる。

裁判にもでたが、個人の意見なんて本当に適当対応

企業や大きい団体意見重要視している風潮は昔から変わっていない。

中国は、表も裏も共産主義だが、日本の方はたちが悪い。

日本に向けてFacebookTwitterInstagram,Lineを使って配信してても全然おもろくない。

これからは、英語配信しよーっと。


しかソフトウェア業界はうざい、弁護士もうざいし、裁判所もうざい。


日本ブランド???

タカタ三菱シャープ・・・・・どこが日本ブランドなん??

この国、外国人からみて何がいい? 表面づらだけやで。

日本ブランドっていいのある?? 最近はやっすい家具、服・・・他の外国人中華無視して)に評判

めちゃ悪い。今の日本経営者バカすぎる。高度成長期の苦労した経営者の面汚しばっか。

政治もね。

まぁ。話はもどって、私の結論違法コピー通報しても無駄

無くならないし、通報したほうが、かなりのダメージを食らう。

蓮舫の息子がマジコンつかってたことにしてもお咎めないでしょ。そんなもんやね。)

日本のいいところは和食だけやね。。。

日中、飯のテレビばっかやしwwwww

2016-05-03

識可能性/フロイトによる超自我の成立過程に関する説明

他方、デカルトにおける私と明晰判断認知できるものだけで構成しかしそれでは私の全体像をとらえたことにならないのでは?

※1明晰判断認識可能性

※2明晰判断認識することできない

フロイトによる超自我の成立過程に関する説明

超自我エディプスコンプレックス(異性の親に対する性的願望と同性の 親に対する敵対心の複合したもの)を克服してゆく過程近親相姦願望を抑止する者として

幼児エディプスコンプレックスを克服する。同性の親を取り込んで心の中を番人にする。>

の同性の親を心の中に取り込むことで、それを核に成立(こうした説明を元に可能となるデカルト批判フロイトに従う限り(人間の心をもつ)私の中には本来 「私」とは異なる他者(同性の親)が部分として存在していることに

こうした本来の「私」の外に存在する他者しかしそれでいて私を形成する他者デカルトの目の内面でひたすら探るというやり方では捉えきれないのでは?

ジャック・ラカン(1901ー1981)が鏡像段階に関して展開する議論をもとに可能になる

デカルト批判

鏡像段階幼児の発育過程の中の一段階(生後6か月〜18か月)この段階の幼児は、鏡の中に映った自分の姿に強い関心を示しなおかつそれを見て大喜びするという特徴をもつ

なぜ大喜びするのか?

新たな発見をするから

自分が一つの統一的な身体を持つことの発見、そしてまたそうしたものとして他者から見られているのだということの発見

そして発見を通してナルシシズム自己像に対する愛着)がめばえ

様々に思い描くようになる

そして様々に思い描かれる自分の姿を通して「私」の輪郭が定まってゆく

2016-05-01

クリエイター育児結婚エッセイが本当にしんどい

オタク向けコンテンツで有名になった漫画家はじめクリエイターが、同じ名義で結婚出産育児エッセイ漫画を発表する光景をよく見るようになったように思う。それが自分にはしんどい

元々好きな作品を描いていた作家ならなおさらつらい。

例えば漫画家なら、育児などを機にストーリー漫画休みがちになってしまうのは残念ながらに仕方がないと思う。

だが、そちらをほぼ休載状態のまま、どこかでみたような育児コンテンツを発表するようになった日にはただただ悔しい気持ちになった。

育児を始めると生活の中心が子供になってしまうのもわかる。

これは子供を持ったひと一般に言えることで、元々オタクだった友人らが子持ちとなり、SNS子育て一色になってしまうのはよくあることだ。

(これについても複雑な気持ちはあるが、こちらに関しては自分の僻みが9割だと思うので割愛する)

勿論、作家は発表したいものアウトプットし続けられるのがあるべき姿であると思う。

ただ、自分感情と折り合いがつかない。

自分は、あなた内面にあるあなただけの世界を見るのが楽しみだったのだ。

つい、寂しく思ってしまう。

自分は未婚のオタクであり、ただ単に他人結婚に僻みや羨ましさを感じているだけなのかもしれない。

このような場合はそっと離れるのが一番いいのだとは思う。

好きなものを好きでいつづけるのは難しい。

2016-04-30

自分

インターネットはその性質上、全宇宙データ化目的とする。人体やその内面例外ではない。

いずれインターネットは脳の中に入り、就寝中の夢をストリーミングしたり、思考のいちいちに他人がクソリプを投げてきたり、幼少期に身に覚えのないヴェルタースを貰った思い出が書き加えられるようになる。そのときに、固有の脳の生理活動を「自分領域」として保護するための権利意識の醸成が必要不可欠である。もしこれに失敗したら、未だ解明されていない自我のもの存在が多数の典型的クソリプによって疑義を呈され、なし崩し的に政府による思考情報自由な読み取りを可能にする法案衆院を通過してしまうだろう。

また他の心配事として、ネットに魂を移住させて肉体運用コストを無くすという名目での自殺が横行しする可能性があり、それを止める方便としても自分権が不可欠である。この権利領域を魂と定義すれば、脳から意識を切り離してアップロードさせるなどという愚考はただの殺人だと説明が付くだろう。問題は、すでにこのようなことを考え、実行するのに何ら疑問を持たない輩がいるということだ。すなわち「現実故郷区別が付かない人」の事である。彼らは、ネットに魂を捧げてオトカドールになることは、コントローラ操作する側の世界で生きることと何ら変わりは無いと断言する。彼らが区別が付いていないのは現実PCの中の世界ではなく、死体と生きた肉体が等価だとする錯誤であるしかし、彼らとの対話においてもはや「肉体」「生物」「社会」という単語自体が彼ら独自の「区別の無い価値」によって書き換えられているので、会話を交わす事自体相互不信を深める以外の成果をもたらさないという事になってしまっている。近いうちに素粒子サーバー内に作られた広大な公営住宅内に貧困者を移住させる政府の計画が始まりかけている。それは真に大きな過ちであり、失われた生命(この言葉さえも、もう)の取り返しの付かなさとともに、新天地に立った彼らを待ち構えているのは文字通りの「レトロウイルス」、つまり古参電子の民との闘争の口火に立ち会うことになる。

2016-04-18

http://anond.hatelabo.jp/20160418160121

ああ、丁寧なお返事ありがとう

いいんだよ、匿名日記増田なんだから好き勝手な事書いても、気にしないでよ

あとこれくらいでへこたれるくらいなら閣下とお付き合いなど出来ぬわふはは




で、「そのへこたれるような相手と付き合うのはどうよ」って話なんだけどさ

至極まっとうなアドバイスなんだけど、前提がたぶん違うと思うのよ




婚活出てくる人ってさ、基本みんな、「合わない」んだよね

「この人合わないわー」じゃなくて、「この人もこの人もみんな合わないわー」って人ばっかりなのよ

私も相手も含めてね、みんなそう

でも、お付き合いしなきゃいけない、結婚しなきゃいけない、家出なきゃ行けない、職場結婚報告をしなきゃいけない、色々な事情がある人達婚活戦線に投入されているわけよ

実際、この人合うなーって思った人は一人もいないのよ

現実自分にどこまでも合わせてくれる女神なんていないわけよ

最高の女性なんてものがいたら既に最高の男性結婚ずみなわけよ




問題交際最初に頻出してきてくれるのは、相手交際真剣に考えてくれている証とも受け取れるし、嬉しい一面もあるわけよ

そこ乗り越えられれば、後はひたすら平坦な道かもしれないわけよ

ツンが多すぎて人を寄せ付けない人の内面は、素直に表現できないデレで溢れかえっているのかも知れないわけよ

それに閣下の不満がずっとなくならなくても別にいいのよ、言い方変えりゃ、一緒に居る為の努力を忘れずに弛まずにずっと続けられるという事でもあるんだから

あと全然関係ないけど私は猫好きでよく公園野良猫を構いに行くんだけど、人に懐かない猫もあやすのが好きなわけよ

その猫がずっと懐かなくても別にいいのよ




まあそういうわけよ

優しい言葉ありがとう

でも洞窟内みたいに険しい道を歩くのがデフォ日常茶飯事だから、これからも頑張ろうと思う

2016-04-16

秋元康を本気で批判する人

女の子」を愚弄した秋元康を<断罪>する  『glee』が私たちに教えてくれたこと - messyメッシー

http://mess-y.com/archives/29624

の2ページ目

ニュースになんか興味がないし たいていのこと 誰かに助けてもらえばいい」

「人は見た目が肝心 だってだって内面は見えない」

  

というのも嘘であることを『glee』は教えてくれる。「人の内面は外から見える」し、安易恋愛を消費しないキャラクター

本作に多数登場する。逆に自分の美貌に頼ってもたれかかってくるクィンに対して「Hold on to Sixteen(君には未来がある、

自分の可能性を楽しめよ)」と世間規範から逃れられない彼女に助言を与えようとすらしているのだ。

この筆者こそ秋元康内面無視してるわけだけど、誰も秋元内面には興味がないのでそれは良いとして、

gleeのようなテレビドラマ、言ってしまえば「おとぎ話」の中に、人生真実とか真理を見出して、秋元康

攻撃したくなってしまうのは、なんなんだろうね?

  

現実世界多様性を持つが、平均値としてはかなり過酷で、その世界を生き抜く人の癒しとしてglee機能している。

パプリカさんというこの筆者の方の生きている世界はその平均値からはかなり良い方にブレていて、だからこそ秋元康

攻撃したくなる。おとぎ話世界を壊すなと。

  

この筆者が考える「あるべき世界」と、現実世界乖離がある。だからこそ戦っているのだろう。

だが、現実世界を変えるだけが戦いの全てではなくて、秋元康歌詞のように現実生き方を合わせるのもまた

戦いではないのか。

自分と同じ戦い方をしない人たちを敗者と決めつけ、あるいは敵とみなすようなやり口。

気持ち悪さの原因はそこだと思う。

  

3ページ目

秋元氏が「難しいことはなにも考えない 頭空っぽでいい」というイメージと結びつけた女優ダイアナ・アグロンその人

のことも付記したい。彼女映画界にも進出し多くの作品に出演しながらチャリティ活動にも熱心だ。動物保護、同性

愛者権利活動を支持しているだけでなく、毎年の自身誕生日にはLGBTティーンの援助活動人身売買対策活動など

への寄付を募っている。2011年には米国赤十字主催日本津波被害者のためのチャリティランにも参加しているのだ。

チャリティ活動をして自分存在価値を絶えず示し続けなければならない米国芸能人過酷世界鵜呑みにするとか……

この人こそ内面なんて見てないじゃないか。

自分に都合の良い情報を都合の良い解釈しか見てないんだよなぁ。残念。

2016-04-13

絶賛派の負のエネルギーを和らげたい②

http://anond.hatelabo.jp/20160413011057

正負のエネルギー

負のエネルギー対義語は正のエネルギーなのでしょうか。

正のエネルギーとは必ず正しいエネルギーたりえるでしょうか。仮にそうだとしても絶賛派の持つエネルギーはそれにふさわしいものでしょうか。

恐らくそ根拠としては何事も賛美することや推進することこそが正のエネルギーだという思想なのでしょうけれど、悪事や間違いを推進することは正のエネルギーと呼べるのでしょうか。悪事や間違いを批判することも負のエネルギーなのでしょうか。

そしていきなりそのような立場に立ってしまうと、議論する物事善悪や正誤の考察をする前提をすっ飛ばししまっているように思われてしまます。そしてそのような所に絶賛派ラブライバー宗教的だとか、盲目的で妄信的だと呼ばれる所以があります


また、そもそも私的体験の話をすれば、アニメ1期の時点では自分アニメの内容の嫌な部分に目をつぶりながら作品全体の動向をポジティブ応援しようとしていたのです。しかし2期以降、先述のように作品展開の裏切り汚染が加速拡大していくのを目の当たりにし、目を覚まして絶望するしか無かったのです。


絶賛派の大多数は初期作品群を否定していません

とありますが、肯定をしている様子も殆ど見受けられません。ただ踏み台として蹴落とされるべき歴史としての存在を認めているだけに過ぎないでしょう。先述のメディアミックス理論の持ち出し方にもそれが現れているように思います

アニメ版を叩くだけの負のエネルギーを注ぐのでなく、自分の好きな初期作品の素晴らしさをポジティブに語るべきでしょう。


自分の好きな作品を褒めるために他の作品を叩く行為は忌み嫌われることを増田もご存知のはず。増田が良いと思うものポジティブに語る事で初期作品への注目も上がるのではないですか?


アニメ版を叩き貶める事で初期作品が注目されるのでしょうか?むしろその行為ラブライブ!作品群の全体を貶める行為となっている事実に気づいてほしいのです。

と、絶賛派ラブライバーは最終的にとりあえず批判する奴が悪なんだという方向に持っていきたがります。そこがアイドルヲタクというよりジャニーズヲタク的で、女々しく感じます

また、批判への批判ですら批判であることや、何かを肯定する時には別の何かの否定を孕んでいることが多いことも留意しなければならないように思います

恐らく全てを好みの問題で済ませられると考えているか脳天気に、表立って批判する奴が悪いと言えるのでしょうが盗作問題などをはじめとした不可解な部分、問題があると指摘した部分を深く検討していただけないと原案派への本当の理解や同情は難しいと思います

悪い所があったり、悪いことをしていたりしてもそれを批判することは悪いことだという考え方にはぞっとするものがあります。まるで盲目的な自分達を認めてほしいから目を覚ますようなことを言わないでくれと言っているかのようです。

ただ単につまらない、嫌いというだけで批判しないで済む状態であれば態々大きく批判しなくていいかもしれませんが、そのような甘く生温い状況ではないことを2期以降に強く痛感したのです。その内容の説明は既に先の記事でも今回の記事でもしていますが…。

それと、乱雑な感情論理から導かれる暴力的な賛美や批判と、真摯感情論理から導かれる賛美&批判を一まとめにして考えることはナンセンスだと思います

そのような指摘をみても、やはりアニメ劇場版ラブライブ2013年以降の作品プロジェクト全体は、積み重ねや面倒臭い決め事を破棄して、表面的で浅いつながりで結ばれた妥協馴れ合いの間に合わせで叶えた物語好きな人に支持された作品だったんだなと思えてきます

好きだからこそより高みを目指したい、好きだからこそ勿体ない部分を指摘する、批判するという発想がないのでしょうか。ラブライブはもはや好きとはいいがたい作品に成り果てましたが、自分は好きな作品でも問題のある部分については批判します。好きだからこそ正直で誠実に向き合いたいからです。その点の行動をするかしないかについては好みで問題ないとは思いますが。


 あえて単純化して例えれば、ピカソキュビズム絵画に対して『もう少し現実に合わせてもいいんじゃないか』と主張するくらいナンセンス議論なのです。

この点は先述のレストランの例えで説明しましたが前提のズレがありますラブライブ場合、写実画というには写実的から程遠く、キュビズムの方向に傾かせたというには写実的すぎるという半端な状態です。それがいいといえばそれまでですが、それが悪いといえばそれもそれまでです。

そしてそれらが地味で不規則な所を見ると、ただのミスなのではないかという気がしてなりません。また、ラブライブ芸術作品という意味ではキュビズム絵画と同じでも一枚の絵でも一つの彫刻でもありません。ストーリー作品キャラクター作品物語なのです。さらにあのアニメ内でも『みんなで叶える「物語」』などと言ってしまっています

まりラブライブという作品キャラクター性や物語性の描写の在り方について審議されるのは当然ですし、ましてやそれを無視してしまうだけでなく、無視して見る方が正しいかのように主張する態度は、作品評価をする上で致命的な怠りがあるように思います


 増田の観たかったものは、キャラクター内面リアルに掘り下げたドラマ。誤解を恐れずに言えば、スクールアイドル版のアイマスじゃないのでしょうか?

アイマスといっても色々ありますが、本家アイマスシンデレラガールズ(一応双方アニメのとしておきます)などはアニメラブライブよりはともかく、物語性などについても、キャラクターが多すぎることや、原作主人公であるプロデューサー存在が軸となりすぎていることもあって内面の掘り下げについて理想には少し遠い面があります。またアイマス原作ギャルゲー風の育成ゲーム芸能界作品ですし、そのような物語性やキャラクター性などの部分への描写を前提する要素がラブライブより少ないことがその部分において許されやすい部分はあるかもしれません。

ただ、アイマス声優などの外部のネタキャラ作品に持ち込む二次創作的な風潮がラブライブより強く、そこが支持されてもいますがそこは自分にあまり馴染まない部分ですし、そこはラブライブには真似してほしくなかったのですが結果的追従するように似たような道を歩んでいってしまった印象があります

それでも、アイマス原作ゲームであるという絶対的な軸があり、キャラクター的にもその区分け比較大事にしているので、ラブライブよりはファン棲み分けがしやすくなっているように思います

自分ラブライブ応援する以前にアイマスが好きだったのですが、アイマス2騒動距離をとるようになりました。あれも作品公式運営への不信感を感じる騒動でしたけれど、その後アイマスは先述の区分けのおかげでなんとか致命的に沈み込むことはなく持ち直していったように感じています。また、当時のファンの多くが大きく問題視して糾弾したのも現状に対して盲目的で内容に興味があるのか疑問を抱いてしまラブライバーの多くとは違う点でしたね。あまり高く評価するつもりはないのですが、結果的にはアイマス場合ファン意思がある程度「プロデューサー」として作用し反映されたおかげかもしれません。

対して、ラブライブに期待していた広い意味でのコンテンツの在り方は前回の記事http://anond.hatelabo.jp/20160330020728言及した通りですが、そこでも述べた通り、ラブライブというプロジェクトファン意思存在を「みんな」の中から排除したものだったという気がしてなりません。


京極監督花田さんは物語性の軛からラブライブ!を解き放った。漫画小説では表現できないアニメならではの特徴を最大限利用してアイドル表現したのです。

アニメならではの特徴を利用したとしても、アニメでも表現できることを怠りすぎていたので批判されていることも考えていただきたいように思います

物語性を「軛」と表現していますが、それは致命的な配慮の怠りで思い上がりですね。絶賛派は似たようなことを言うのである意味信頼できますが苦笑します。

別のとある絶賛派の人はキャラクター描写について批判する人をキャラクター至上主義ダメ批判したりしていますが、裏を返すと絶賛派は表現至上主義なわけです。

また、キャラクター性や物語性の描写の拙さを批判する人達別にアニメ表現演出のあり方を否定していません。

対して絶賛派はあの表現演出さえあれば物語性やキャラクター性の描写不要だ、ない方がいいくら否定的に捉えているわけです。表現演出をそれらの免罪符のように扱っているのですから

しかし、先述の例えのようにシリーズアニメにおいて表現演出というのはキャラクター物語性の拙さを打ち消す免罪符に足るものではありません。

まあメタ的に、「アイドルアイドルファンというのは実はこんなに狂気的で下らないものだ」というのを、アニメ全体を使って表現したというのであれば、それはある種のテロリズム芸術として評価できるかもしれません。

そういうものオリジナル作品勝手にやったのであればそういう作品性面白い有意義だと手放しでいえた可能性があったと思いますしかし、元々の作品の指針としてコンセプトが違う原案存在する作品を預かりながらそれを行い、それらを生かしたとは到底言い難い状態にある作品となったので好き嫌いを超えた善悪問題批判しているのです。

現実的であったり表現主義的であったりする要素を作品にあってはならない要素だとは思っていませんし、何度もいうようにそこを特別批判しているわけではありません。

せっかくのシリーズアニメ作品で、物語形式だったのですからそのような最重要の部分を十分生かして欲しかったのです。

そして批判派の多くは勝手ミュージカルをするなとか急に踊り出すなとかいうのを言っているのではなく、そのような表現主義的な意図があるとは思えない単純な所でもただのミスではないかというような違和感を抱く描写があり、その点への指摘や批判すら絶賛派が、全ては芸術的表現からそれでいいんだというように無理矢理擁護してしまうためにうんざりしているのです。

仰っているような表現方法などに特化しただけのものでいいのならオリジナル作品や、またはそれこそ、PVだけ作っていてくれればよかったと思います

それに対して「いやあの形のアニメからいいんだ」と主張する場合理由は、おそらく知名度が上がりやすく人気が出やすからでしょう。

確かにラブライブというコンテンツは人気が出て欲しかったですし、知名度さえ上がれば元のままで高く評価されることが可能なポテンシャルは十二分にあったと感じていましたが、絶賛派が表現主義的に評価するアニメを、あの形でアニメ化しなければならなかったとする根拠を考えると、人気が出た作品ファンを名乗りたいという表面的な所に帰結していくように思います

今となってはアニメ化せずに人気が出なくてもアニメPV付きシングルがもう何曲も出ていた方がただのファンとしてなら幸せだったなと感じます

表現方法などが優れているとしても、前の記事でも言ったようにかつての作品の在り方とそれらの表現手法などは両立できたでしょうに、最初からしない道を選んだことを批判しているのです。

また、それがオリジナリティに溢れていたならまだしも、元々の原案に沿うことを拒絶しながら他の無関係作品は平気で参考にして適当になぞらせるようにストーリーキャラクター設定を(前回の記事説明したような)稚拙配慮の下に歪ませてしまったことが甚だしく受け入れがたい問題点なのです。

2016-04-10

http://anond.hatelabo.jp/20160410163552

自分も人と会う予定があるときは、予定時刻の30分前にソラナックス0.2mg(0.4mg錠を半錠)を飲まないとダメだわ。

どうダメかっていうと、表情がガチガチに硬くなり、自然スマイルが出なくなる。すぐに赤面する。どもる。

一応、社交不安障害SAD)の診断も付いているし、SADの第一選択薬であるパキシルも40mg/day MAXまで飲んだりしたけど、ダメだね。

飲まなくなったら元通りになってしまう。

暴露療法もやったけど、あれは「慣れ」を生じさせて症状が軽減されるだけで、もともと生まれ持った素因は変わらないっていうのが、現時点での自分結論

自分の人見知り、人嫌い、内にこもる傾向は、持って生まれものだと腹をくくったよ。性格を変えようとするのはやめた。

どうしても社交的な場面に出なければいけないときに、頓服としてソラナックスを飲めば十分。



たぶん、自分は周りからは「ファッション人見知り」だと思われてる。

薬さえ飲んでれば表情は柔らかく自然になるし、笑顔も出せるようになるし、会話も普通にできるからだ。

会った人からは「元ヤン?」とか言われたりする。本当は友達が1人もいないガチ引きこもりなんだけど、まったくそうは見えないんだと。

内面葛藤は表には見えない。人見知りに見えないガチの人見知りは、人から辛さを分かってもらいにくいという欠点があると思う。

もちろん、周りにバレない程度の人見知りは軽症だろうという意見もあるだろう。

けれど、社交性が求められる場面でのみ必死適応しようともがき苦しんでいる人もいるんだということを、意識の片隅にでも置いておいてもらえたら嬉しい。

2016-04-08

http://anond.hatelabo.jp/20160408123741

それは、表情に現れる心の内面不快なんだよ。

2016-04-02

自分に優しく他人に厳しい増田

http://anond.hatelabo.jp/20160402065817

重要なのは根拠なく他人内面を決めつけて中傷するのはやめろ、これにつきる。中傷する人がやらなければ俺だってこんなこと言わなくて済む。

といいつつブックマーカー内面を決めつけて中傷しまくってるのでブーメランで死亡。



内面を悪意で決めつけた中傷否定するには、別の可能性を事実として提示する以外に打ち消す方法はないからね。

内面を決めつけるなとだけ言ったところで、じゃあ他にどんな可能性があるの?と言い出すでしょ。

他の打ち消す方法あるので嘘つき。そしてまた内面忖度どころか今度は先読み



他人内面を決めつけられないという点に同意なら、中傷のために真偽不明な内容を事実であるかのように書いている人を先に殴ってこい。

鏡見ろ。





もちろん俺の言った内面事実でなくてもかまわないよ。

自分に優しく他人に厳しい増田





総合すると「バカである自覚がないバカ