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2016-08-28

オカルト好きな母親も、自分自身も嫌いだ

うちの母親は、はっきり言ってバカだ。若い頃は美人と言われてもてはやされたらしいが、私から見れば、ただの四角い顔の阿呆なオバハンであるしかも、近代以前の迷妄にとらわれていて、オカルト信仰している。あの世なんてあるかいな、というと、「偉いお医者さんでもそう言っている人がいる」「おまえに本当のことがわかるわけない」と反論にもならない反論をしてくる。オカルト業界に食い物にされてるだけだっちゅうに。



母親バカさを語りだしたらキリがない。何しろ、たいていのオカルトは通過している。宜保愛子新倉イワオの出演番組は必ずチェックしていたし、私が中学校いじめられた時は、なぜか織田無道のもとに連れていかれ、怪しい儀式を受けさせられた。私たちに隠れ、いくつか新興宗教にも入っていたようだ。日本心霊科学協会にも加入していたらしく、会報みたいなものソファの下に押し込んである。ある時、実家に戻ったら、何が祀ってあるのかわからない神棚を私の部屋に設置していた。図書館で借りる本は『あの世の仕組み』みたいなタイトルの本ばかり。ああ、書き綴るだけでイライラしてくる。



私が困って相談をすると、頼みもしないのにオカルト系の自己啓発本を送りつけてくる。この女は、まともな本を読んだことがないのだ。私が「もっとちゃんとした本を知っているから」と断ると、「自分は長年生きてきて、たくさんの本を読んでいるから、これはあんたの役に立つはずだ」と押し付ける。私は少なくとも、おまえみたいにくだらねえ本に埋もれているバカじゃねえわ、と罵倒したくなる。



身内だから普段は甘い目で見ているが、彼女に何かとりえがあるかって言ったら、あると思えない。整理整頓がまったくできず、ゴミ屋敷寸前の状態なのに、ゴミの部分は押入れに詰め込んで隠す。虚栄心の塊で、趣味が悪いのに「いい」と思った家具を買い込み、きれいだと思ったものを陳列する。これは普段、まったく使わない。家を訪れる客に対して「すごいでしょ」と誇示するため、ディスプレイしているのだ。実情はゴミ屋敷なのに。



ババアオカルトや虚栄に費やした費用は、きっと何千万円にもなるだろう。こんな愚かな女の血をひいていると思うと、情けなくなる。わかるだろうか。繰り返すが、うちの母親現代に生きていながら、近代以前の迷妄に囚われたタダの阿呆だ。



こいつに対する嫌悪感がもとで、私は「勉強してまともな判断力を身につけなければ」と思うようになった。いちおう一流とされる大学には合格し、その後もそれなりのキャリアを築いた。ただ、私は精神病み人格を壊して、立ち直るためにものすごい努力をしなければならなかった。これがなければ、もっとうまくいっていたはずなのに。今から努力して取り戻そうとも思うが、少しうまくいかないことがあると、「あの女からバカな血をひいているから、自分根本的に頭が悪いに決まっている」と否定的気持ちになる。



うちの母親のようなバカに比べたら、軽いスピリチュアルニセ科学に騙されている人たちなんてかわいいものだ。どうすればこのバカ親と自分自身を受け入れることができるだろうか。

2016-08-27

躁うつ病でも無事に暮らしている人の特徴

ちゃんと薬を内服している

躁うつ病は、一度発病してしまうと“体質”に近いところがあるので、高血圧コレステロールの薬と同じ感覚で薬を飲み続ける必要があります躁うつ病を再発させずに生活している人は服薬を怠りません。

 

手綱を握ってくれる人がいる

配偶者でも上司でも両親でも構いませんが、ライフスタイル全般手綱を握ってくれる人がいると心強いです。一人では躁鬱の気分に流されてしまう人でも、キーパーソンになる人が制御してくれるなら、症状も社会的問題も軽減できます

 

他人アドバイスに耳を傾けられる

躁状態になってしまうと他人アドバイスをあまり聞かなくなるものですが、それを差し引いても有利です。反対に、唯我独尊の人は医師の勧めにも周囲のアドバイスにも耳を貸さないので、何度も何度も再発を繰り返して身を持ち崩すことが多いように見受けられます

 

孤独ではない

逆に言うと、社会的孤立してしまった躁うつ病患者さんの再発防止は難しい、ということです。

 

規則正しい生活ができる人

ほかの精神疾患にも言えることですが、不規則生活リズム寝不足リスクファクターです。再発を防止している患者さんの多くは、生活リズムが狂ってしまわないよう注意深く暮らしています

  

規則正しいワークスタイルの人

仕事を失うと経済的に困るだけでなく生活リズムも乱れやすくなってしまうので、仕事、とくに規則的な生活約束してくれる仕事はあったほうが有利です。好きな時に働ける職業場合も、ワークスタイル規則正しくできれば対処できます

 

……といった特徴をおおむね揃えているように思います

これらの条件は発症して間もない頃は成立しやすものですが、長いこと病気放置し、人間関係社会的生命を脅かされるにつれて難しくなっていきます。だからこそ躁うつ病は早期発見・早期治療が望ましい病気なのです



http://www.tm2501.com/entry/Dokusin_man-no-Bad_life

 

シロクマさんは、青二才はもう手遅れだと言いたいんですねわかります

http://p-shirokuma.hatenadiary.com/entry/20160510/1462865729

2016-08-26

http://anond.hatelabo.jp/20160826100700

件のまとめなんかでは「威力業務妨害とかwww」みたいな書き込み散見されるけど、実際には掲示板に悪評書いたら威力業務妨害の脅し(内容証明付き)を掛けてくるのは書き込まれた「被害者」側で、それが結構頻繁にあるらしいからな。

から運営側がその武器を使うことだって普通にありえるし、お前ら自分書き込みとかに責任感なさすぎなんちゃう? ってリテラシを磨くためにも別に悪くはない。

ディストピアかどうか? 今のtogetterの方が他人の顔色伺いながら生きてる人しかいない以上、よほどディストピアに見えますがね、私には。

http://anond.hatelabo.jp/20160818144616

「知らないということが問題」を主張するためにもソース貼りは有効

本当にそんな記事あったのかと疑う過程を省ける。

2016-08-25

長年死にたいと思っている人間が、「自殺を止める人の気持ち」につい

私が、なぜ死にたいか、社会的ステータスや状況なんかは別の記事として投稿しようかと思います



今日記事が目に入ってなんとなく。

http://anond.hatelabo.jp/20160823230040




現実世界では(インターネット上の話ではともかくとして)エゴがどうとか以前に、無意識的に止めようとすると思う。

例えば、ちらほら人通りのある橋から目の前で人が飛び降りようとしていたとする。

格好や目つきや動きがよっぽど変ではないかぎり、止めようとすると思う。

止めようとするのが怖くても、警察電話の一報くらいはしようとは思う。


高校生の頃に、飲食店で財布を忘れて戻ってきた客が急に怒りだして暴れだしそうにしていたことがあった。

隣にいた友人や他の客はすぐに止めに入ったし、私もすぐに警察に連絡した。

意識を失っている人がいたら救急車をすぐに呼ぶと思う。

現実世界自殺を止めるってのは、そういうことと似たものだと思う。





自分所属している社会コミュニティ(会社学校、旧友、家族)なんかが

どう反応するのか、なぜ反応するのか、というのも気になる話ではある。



もし、自分が新しいコミュニティに移行したとして、初めからかなり自分勝手に振る舞って、周りからの印象が最悪、1ヶ月くらいでいなくなったとしよう。

そういう人は、誰から自殺を止められないし、どうでもいいって思う人がほとんどだと思う。



仕事が出来なくて、怒鳴られている人がいたとする。同僚や上司とある程度の会話を普段しているなら、

仕事的には邪魔でも、長く過ごすと少しは情や想像力が働くので、無意識的に心配してくれるときもある。



一般的には、所属する社会がある程度健全機能しており、自分も人並み程度に人と情のやり取りをしていれば、不登校の子どもにはプリントを持っていくシステムがあるように、

人の死を心配するってのは自然に組み込まれてるもんだとは思う。それは割合的には小さくはあるものの、一応多数の部類だとは思う。



会社にしても、学校にしても、ワタミ過労死一橋大学アウティングのように

責任を有しており、追求される可能性があるので、大きなリスクを小さくするためにも自殺というものは避けさせないといけない、

そういう論理からの力場も存在するとは思う。



ある人が自殺を止める理由については、一概にこうだから、とは言えないとは思う。

自分生存ルールなんかを把握できるほど人間は頭がよくないし、学問的に分析しようにも世界中コンピュータを集めても計算量は足りないと思う。



はてブの、矢口ベッキー狩野英孝不倫記事コメントを見ると、その人がそれぞれ違った叩きと擁護と無関心をしているように、

自分でもよく考えずに自殺を止めたり止めなかったりするんだと思う。動物的な本能人間的な社会性や自分経験、保身、いろんなものが混じってると思う。





エントリー主は、自分死にたいはずなのに、どうして他人自殺通報したんだろうというところに何か引きづられているのだろうけど、

「何を読んでも、自分死ぬべきだと思う」と思っているからこそ、自分の考えと発言矛盾で混乱しているだけで、

少なくとも現時点で死んでいなかったり、変な行動や犯罪的なことをやり警察連行されていないということは、

生の論理や生の執着、死の恐怖結構こびりついていて、現在の生と将来の生への逃避ばかりに目が行っていて、

それが同時に存在するということに目が行っていないだけだと思う。

通報した理由は、ハッキリとはわからないけど、自分の考えたり想像したりしていることが、死だけではなく、生についても自分の知らない裏側できっちり考えていることは確かだと思う。




>「しかしなぜ、自分を変えられるからあなたは変われるから死ぬべきではないと言えるのだろうか。」

これは、現実的な人がいう自分の変わると、印税をもらえる人のいう自分の変わる、自分の想定する変わる、を分けて考えた方がいいと思う。

私は、3年間くらい死にたいって思っていて、今も、今すぐに死ぬボタン、みたいなのがあったらその日のうちに押すなーとは思っているけど、

死にたいって思い始めた当初と現在を比べると、変わったことはたくさんある。

少なくとも、前向きに生きてみようかな、と思い始めている時期は数ヶ月間あったり、

普通に何気ない会話も心地よい気持ちでできるし、

超たま~にではあるが、温泉行ってみようだとか、シンゴジラ見に行ってみようだとか、楽しみを実行したいという気持ちも生まれることもある。

昔は、外に出て誰かが歩いているだけで陰鬱気持ちになっていたのが、今は特に何も思わなくなっている。

その程度には変われるし、いい出来事も起きたりはする。

けど、長い間生きることをメリットとは思っておらず、やっぱり死んだ方が楽だろ、とは思っていて、そこは変わっていないと思うし、

あと数ヶ月したらいつの間にか死んでいるかもしれない。




死ぬ時は、死んだ何日か後に増田記事自動投稿するようにPCに仕掛けておいて、死ぬ思いなんか残しておこうかと思う。それは死ぬ前の楽しみ。

その時はブクマお願いします。

2016-08-24

若者マスメディアへの信用離れ

昨今の若者テレビ新聞といったマスメディアを信用することから離れているように感じる

昔であればテレビ新聞公表された情報は精査せず鵜呑みにし

たとえ嘘の情報であったとしても何も考えず大多数の人は信用していたはずである

それを信用できないとはなんとも嘆かわしいことである

このままではいずれ世の中がまとまら不安定な情勢になるではないか

最近ではインターネット上に情報錯綜

ブログTwitterFacebookなどのソーシャルメディアによって

テレビ新聞やらせ偏向報道などが公開される始末

少数ではあると思うが

少しずつでもこのような自体が明るみに広がってくれば

ますます新聞テレビといったマスメディアの信用が堕ちてしま

昔であれば人経由で少しは広がっていたことかもしれないが

基本的には一部のコミュニティまでで収まっていたはずである

しかしながら昨今では瞬きの間に爆発的に広がってしま

それも長期間に渡って消えずにだ!

これもそれも一般人間が誰でも気軽に情報を発信できるようになった

インターネットのせいであると私は考える

このままいくとテレビ新聞存在価値が遠からずして

減少していく一途を辿る事になると思われるので

これ以上マスメディアにとって不利益情報拡散させないためにも

一般人が閲覧、発信できる情報規制をかけるべきだ

それに伴い新聞テレビを見る事を義務化するべきではないか

良識と見識のある責任感のある大人たちの賛同を求む

釣りクマー

道ならぬ恋(笑)におちた女の独り言

道ならぬ恋、というヤツに今現在の私は身を置いている様だ。

様だ、等と断定を避けたのは私自身この状況に大いに迷っている有様で、認めたくもあり、しかし認めたくもないという思いの間で立ち尽くしているからに他ならない。

頭を整理するためにも、と言うことでこんなふうに書き出し始めた。

そんなもんチラシの裏にでも書くか穴でも掘ってその中に喋らんかい、と思われるかもしれないが、恋愛ごとに悩みを募らせる女性のご多分に漏れず、私にもどうしても誰かに話を聞いて欲しいという構ってちゃん根性がある。

故にこの場を選ばせて頂いた。

前置きが長くなったがこれより先は一人の女が悲劇(笑)に身をやつした己に酔いしれているだけの何の面白みも無い独白だ。

読むも読まないも、自由にして頂きたい。





さて、非常にありきたりな話ではあるが、私が私のこの恋を道ならぬ恋と呼ぶ理由は恋の相手が既婚者で子供いるからだ。

幸いにも、相手が私に対して恋愛感情を抱いていない事と、私にも理性とそれを上回る恐怖心があるお陰で明確に道を踏み外している訳では無い。

ならば別に良いではないか、と思われる方もいらっしゃることだろう。

問題が無ければ、誰が誰を好きになるのも自由だと。

私もそう思っていた。

恥ずかしながら、私は過去に幾度かの恋の中で既に恋人がいる人を好きになった事もあり、その理論で武装して開き直った事もあった。

しかしその言葉を発している時の自分は、大体が「苦しい恋」に酔いしれていた。

悲劇のヒロインであるかのような、大層な自惚れだった。その人が好きだったのではない。私は苦しむ私が好きだった。



だが、苦しみというものは、外的要因だけからなるものでは決してない。

その外的要因を受け、それらが内的要因へとシフトして初めて本当の苦しみに転化する。

私にはそれがわからなかった。



私が恋心を抱いている人は、私より二回りも上の他部署上司だ。名を仮にAさんとしよう。

部署とは言っても、私の属する部署とはかなり密に連携を取るので、Aさんとはほぼ毎日顔を合わせる。

私が去年新入社員として今の会社入社してから、何かと絡んできてくれた人だった。

最初は何の想いも無かった。互いにからかいあってふざけるだけの他愛も無い関係だと信じてやまなかった。

どちらかと言うと、兄を慕うような、いや、年的にいえばむしろ父親を慕うような感覚に近かっただろう。

ただ、私は年上の(失礼を承知で言うと)いわゆるおじさん世代と昔からウマが合いやすかった。

なのでAさん以外にも、そういう風にからかいあう男性上司は何人かいた。なので別段その気持ちに不信も抱かなかったし、周囲からも「おじさん達と仲良しな子」程度にしか認識されていなかった。

何よりもAさんには妻子があるのを私は知っていて、からかいあってはいても大きく踏み込むような事はしなかった。



だがある時、それは起こった。

年末部署混合の飲み会が行われた。

何度か部署混合の飲み会は行われていたのだが、Aさんが参加するのは初めてだった。

初めて同じ席で飲めるという事で、私はガラにもなくはしゃいでいた。

この頃には既に周囲からも「Aさんと仲良くコントやってる賑やかし要員」という感じに扱われていたので、私もその役を演じようとしていた節がある。

少し遅れてAさんが参戦する頃には、私もほろ酔いで上機嫌この上なかった。

わざわざ席替えをして、Aさんの隣に腰を落ち着けていつもの様にからかいあった。

だがこの時はほろ酔いで羽目が外れていた分、私の方がAさんをからかっていた。

恋人にするならAさんが良い、等と間抜けなことを口走った記憶もある。

しかしその後、再び席替えをして私は別の先輩の隣の席へと移動した。

もうこの時には完全に出来上がっていて、記憶も正直曖昧だ。

ただ、何席か離れたところにAさんがいるのをちらりと見たのだけは覚えている。

私の記憶は一度そこで途切れた。



気付いたら私は吐いていた。

正確に言えば吐きそうになっていた。

だが寸でのところでAさんがおしぼりで私の口元を抑えてくれていた。

私が吐きそうになっていたのを誰よりも早く気付いたAさんが、慌てて私の所へ駆け寄ってきて口元を抑えくれたのだ。

しかも一度はおしぼりでなく、そのまま素手を差し出していた。

彼は私が堪えられずに吐いた時には、それをそのまま素手で受けるつもりだったのだ。

吐き気朦朧としながら、私は近くにあるAさんの体温を感じて、ただただ混乱した。



この人は何故気付いたのか。

何故駆けつけてくれたのか。

何故躊躇わなかったのか。



その後は女子の先輩にトイレで介抱して貰いしこたま吐いて、そのまま帰宅の途に就いた。

翌日は当然二日酔い。起き上がれもせず、辛うじて這うようにトイレまで行きそこで一日を過ごした。

しかしそんな中でもAさんのあの体温がまだ近くにあるような気がした。

心臓がざわついた。



大きな温かい手のひら、耳元で何度もかけられた身を案じてくれる言葉、今までに無い程近い体温、洗剤の匂いに微かに混ざった煙草香り



しまった。

好きになってしまった。



瞬間そう悟った私は、吐きながら涙も鼻水もボロボロ便器に零して泣いた。

嘘だ。

それが私が一番に考えたことだ。

目の前が真っ暗になった。

初めて感じた絶望だった。

始まった瞬間に終わる、しかし長く続く恋が始まったのを感じたせいで、だ。



苦しみは外的要因だけからなるものでは無い、と私は前述した。

外的要因と内的要因の二つが揃った時、初めて苦しみは始まる。

叶わぬ恋をしたから苦しいのではない。叶わぬ恋が叶っても叶わなくても、どこにも幸福が無いことに気付いて苦しくなるのだ。

叶わぬ恋であり続ける事が相手幸せであることに気付き、既に蓋もできない程に大きくなっていた自分の心を持て余し続ける。

まるで真綿で首を締められているような、そんなある種心地良さを纏った不快感が心に根を張る。

根は奥深くまで伸びて、やがてどうしても取り除けなくなる。

そうしたら最後

何度芽を摘み取っても、根から再び新しい芽が生えてくる。

繰り返す。



不倫を望んでいる訳では無い。

離婚して欲しい訳でも無い。

それなのに、心のどこかで叫ぶ声が聞こえるのだ。

「愛して欲しい、私を選んで欲しい」と。

その度に根は深くなる。



幸せになって欲しい。

でもあの人の幸せを願う度、心がジクジク痛んでいる。

私の隣で幸せになってもらいたくて、けれど私の隣ではあの人は幸せになれない。

矛盾した感情思考

私は怖い。

この感情のままにあの人を傷つけてしまうのが、不幸にしてしまうのが怖い。

どうか私がこのまま臆病者であることを願う。

あの人の何をも壊してしまわないよう、優しいあの人を傷つけてしまわぬよう、ただ恐れ、縮こまって生きてゆくことを願う。




こんなくだらない文を読んでくださった方、本当にありがう。

我が身可愛さの胸糞悪い文章で、大変申し訳ない。

ここにこうして公開した事で、心が幾らか軽くなった。

頭の整理もついたし、今後も周囲及びAさん本人にもこの感情がバレないよう上手くやっていける自信もついたところで、この文章の締めとしたい。

http://anond.hatelabo.jp/20160823232626

確かに無駄な投与などもあるのかも知れませんが、先進ガン治療場合医学の発展のためにもなると思いますよ。

2016-08-23

http://anond.hatelabo.jp/20160823230616

大丈夫だ、安心しろ日本大企業は、仕事ができないという理由では人は切れないのだよ。ただ、いろいろ所属部署が変わるかもしれないが、最後はらくちんな部門にたどり着き、悠々自適生活保証されるさ!そうなるためにも勤怠はきっちりな!無遅刻無欠勤だけは死守できれば、活路は開ける!

続【新共通テスト記述式】氏岡真弓氏による朝日新聞記事批判する

前回のまとめと補足

前回『【新共通テスト記述式】氏岡真弓氏による朝日新聞の記事を批判する』という記事で、朝日新聞編集委員 氏岡真弓氏の署名記事について批判した。

その要点は、氏岡氏の記事が、国立大学協会入試委員会対応に関して、(意図的にせよ結果的にせよ)明らかな印象操作を行い、「新共通テスト記述試験大学側が採点する」という方法が極めて問題の多い案であるという事実を十分に報じないまま、この方法採用を後押ししてしまっているという点にある。

いくつかのコメント飛ばし記事であるとか文科省側のリークというような話が出ていたし、私自身もその可能性はあると考えている。

しかし、その一方で、私は文科省国立大学協会も正しく状況をレクチャしたにも関わらず氏岡氏自身が(意図的無意識かはともかく)内容や方向性の間違った記事を書いた可能性、つまり氏岡氏の持っていた見解バイアス資質問題が今回のような記事を書いてしまった原因である可能性も留保している。

これらの点を詳らかにするためにも、氏岡氏は自分自身言葉で今回の記事に関する経緯を説明してほしいと考えている。

今回批判したいこと

今回私が批判したいのは、8月19日朝日新聞4面に掲載された『<解説>大学に負担、利用未知数 新テスト記述案』という記事である

前回の内容は記事化の経緯に関する点であり、氏岡真弓氏に非があることは明らかであると(少なくとも私には)感じられる問題だったが、今回はもう少し論争的な部分を批判したい。

はじめに結論をかけば、

氏岡真弓氏は今回の新共通テストに関する問題特に採点方法問題を論じる/解説するにあたって、この問題に関する十分な見識を欠いているのではないかということだ。

私が特に重要視している記事記述は次の2つの記述に集約されている。

この問題を論じるにあたって、国立大学協会入試委員会の提出した論点整理や文科省有識者会議=高大接続システム改革会議の出した最終報告は役に立つ。

記述問題形式

氏岡氏の8.19付解説記事最初記述について考えたい。

私の批判の要点は、氏岡氏はこの記述の中で、記述問題において何を問うかという点に関する検討理解を十分に行わないまま独自解釈を述べていないか、ということである

特に、「文章理解説明する設問」と「自分の考えを書く問題」とを明確に区別した書き方をし、大学側が採点する方法を採ることにより、後者可能になったと断定している点である

国公立大学二次試験国語で問われている問題はおおむね前者にあたり、文章記述の内容把握や根拠説明要求するものになっている。

一方小論文試験や国公立でも非常に僅かだが一部の大学2016年度だと例えば滋賀県立大静岡大首都大学東京島根大など。ほかにもあるかもしれない。)の国語試験には、課題文の内容理解を踏まえる形で「あなたの考えを述べよ」という「自分の考えを書く問題」が出題されている。

では、新共通テスト記述問題で本当に後者のような問題を出すことが想定されているのだろうか。

高大接続システム改革会議の最終報告には、

国語については、次期学習指導要領における科目設定等を踏まえ、知識技能に関する判定機能に加え、例えば、言語を手掛かりとしながら、与えられた情報多角的視点から解釈して自分の考えを形成し、目的や場面等に応じた文章を書くなど、思考力・判断力表現力を構成する諸能力に関する判定機能を強化する。(p.54)

とあり、ここにみられる「自分の考えを形成し」という語句一見氏岡氏の記述合致しているように見えるかもしれない。しかし、これは、例えば選択肢を選ぶのではなく自分言葉説明することを指していると通常は解釈するように思う。

実際、

大学入学希望学力評価テスト仮称)」の記述問題については、現在国立大学二次試験で行われているような解答の自由度の高い記述式ではなく、設問で一定の条件を設定し、それを踏まえて結論結論に至るプロセス等を解答させる「条件付記述式」を中心に作問を行うことにより、問うべき能力評価と採点等テスト実施に当たっての課題解決の両立を目指す。(p.56)

と述べられていることを見落としてはいけない。最終報告のp.75に掲載されている図も見落とすべきではない。

まり「解答の自由度の高い記述式」や「小論文」は、創造性・独創性芸術性の評価も含む問題であり「個別入試になじむ」と整理されている。

仮に大学が採点することになるからといって、この整理を放り出して、「解答の自由度の高い記述式」や「小論文」を出題するとか、

自分の考えを書く問題」を出題すると述べるのは、議論の成果である最終報告よりも明確に一歩踏み込んだ記述になっていると言わざるを得ない。

では国立大学協会の「論点整理」ではどのように記載されているだろうか。

解答文字数をふくめて出題の多様性の幅が拡大することである。また、設問の中に構造化された能力評価観点を踏まえつつ、各大学学部)はアドミッションポリシーに基づき独自の採点基準採用することができ、各大学学部)の主体性が発揮できる。

ここでいう「解答文字数をふくめて出題の多様性の幅が拡大する」という記述には、氏岡氏の言うような「これまでの記述式で中心だった文章理解説明する設問と違い、自分の考えを書く問題づくりが可能」という趣旨を読むことはできないと私は考える。

というのも、ここでいう「出題の多様性」という文章は、前半にある次の記述を受けてのものからだ。

全国共通試験への記述式・論述問題の導入は、多肢選択問題では測ることのできない能力評価するための大改革であり、適切にその能力評価するためには相当数の問題が課されるべきである。また、評価すべき能力が個々の設問の中に構造化されるわけであり、その観点からは、短文記述式(40-50 字)設問のみでは、改革の主旨に沿った十分な評価を行うことができないと言わざるを得ない。解答文字数を含めて出題の多様性が出来るだけ拡大されることが望ましい。短文記述式のみでは早晩パターン化し入試技術化する危惧あり、持続可能性の観点からも、同様のことがいえる。

これは、「これまでの記述式で中心だった文章理解説明する設問と違い、自分の考えを書く問題」を出題するべきというよりは、文字数は40-50字の短文記述よりは長めで、個数は多めにするべきということである。個数を多めにというのは扱う内容の多様性を確保せよといっているように私には見える。50万人が共通して受験するテスト場合、題材が1つだけだとどうしても能力よりもその話題になにがしかの知見があるかどうかなどの運の要素も出てきてしまう。十分な量の問題と十分な長さの解答要求をすることでしか「適切に能力評価」することはできないだろうと言っているように見える。ここには、「これまでの記述式で中心だった文章理解説明する設問と違い、自分の考えを書く問題づくりが可能」というような観点は入っていない。氏岡氏の記述国立大学協会の「論点整理」の文脈からもはみ出していると考える。

また高大接続システム改革会議の最終報告の参考資料2には、今回の新共通テスト問題例が掲載されている。(ただし、あくまでも何を問いたいかを例示するためで直接試験で出題できる問題として掲載しているわけではないという注釈付き。)この中の「国語」の問題では、交通事故発生件数・負傷者数・死者数の年度変化を示すグラフを掲げ、「交通事故の死者数が他よりも早く,平成2年1990年)以降減少傾向になっていること」の理由について考えさせている。要求しているのは、資料から読み取れる内容の記述自分の主張を裏付けるためにはどのような資料を見ればよいか記述させることである。これは、「自分の考えを述べる」問題ではないことは明らかである

また氏岡氏は自身ツイッターで次のように述べている。

入試改革を引っ張ってきた国大協の委員会ででた案。出題の幅がぐんと広がる。注目です。

「出題の幅」とはどういう意味なのかはっきりしない。最初に取り上げた4面の解説記事記述にもあるが、「自由記述」「本格的な記述」のような書きぶりにも現れているように、言葉の選び方が不用意で十分に検討したと思われない。

しかし一方で、氏岡氏の名誉のために、次のことは指摘しておくべきだろう。

読売新聞8月20日付の記事『大学新テスト、英語「話す」で民間試験の活用案』の中で次のように記述している。

国大協は記述式の採点を、受験生の出願先の各大学が行う案を示した。(中略)国大協はテスト1月中旬実施しても、大学が採点すれば200字~300字程度の記述式が導入できると想定大学による採点が難しい場合は、採点期間を国立大学前期試験直前の2月下旬まで延長する別の案も示した。

これも国大協が大学側が採点するという案を提示したという問題のある記述をしているのだが、それ以上に、国大協が「200字~300字程度の記述式が導入できると想定」などという「論点整理」には全く書かれていない話を登場させている点に注目したい。

「40-50字の短文解答式」ではまずいという議論から、いきなり「200字~300字程度の記述式」というところへ直接は結び付かない。

上の最終報告にある問題例は、40字以内と80字以上100字以内の設問である。通常、短文解答式ではないものを、という点でみれば、いきなり200字~300字となるのではなく、80字~100字程度の文字数ということを考えるのが自然ではないだろうか?

また国公立二次試験を見ても、単独で200~300字の記述要求する大学はむしろ珍しく、東大でさえ最大文字数の問でさえ100字~120字で述べさせる問題である

もちろんこの「200字~300字」というのが、たとえば小問3個での合計解答文字数というなら話は違ってくる。(1個の大問全体での記述量が500~600字程度ということは珍しくない。)読売記事がそのあたりの正確さを欠く記事になっていることは批判されるべきだ。

今回のまとめ

まり考えられることはいろいろある。

といったことだ。

 しかしどれであったとしても、氏岡氏の記事は、高大接続システム改革会議の最終報告から乖離しているし、現状の国公立二次試験での国語の出題状況などについても十分把握しているとも言い難い。また19日時点では取材していなかったのかもしれないが、国立大学協会の「論点整理」とも乖離している。こうした点からも、署名記事を書いた氏岡氏はいったいどういう経緯と解釈でこの解説記事を書いたのか説明するべきだと私は考える。


 実は、国立大学協会論点整理の中には、次のような記述もあることを付け加えたい。

そもそも、記述式・論述問題評価すべき能力いか構造化できるかは、根源的な課題である評価すべき能力構造化があって初めて、各大学学部)はアドミッションポリシーの中に、記述式・論述問題を適切に位置づけることができる。しかしながら、国立大学全体にも大学入試センターにも、そのための知識ノウハウの蓄積は未だ十分ではない。平成 32 年度実施に向けて能力構造化に向けた記述式・論述問題設計理論構築、体系化が喫緊課題といえる。国大協としても、過去の各国立大学個別試験における記述式・論述問題に関する実績を調査分析することなど、この課題積極的に取り組んでいきたい。

これは、どのような形式で何を問うかということについて、決して十分な知見があるわけではないことを述べており、すなわちこ(「学力の三要素」といった抽象論ではなく)具体的な設計レベルでみれば、新共通テストにおける記述問題形式や内容についていまだに十分合意が取れているとは言えない現状を示している。にも関わらず、「これまでの記述式で中心だった文章理解説明する設問と違い、自分の考えを書く問題づくりが可能」とか「大学が採点を担う国立大学側の独自案が具体化すれば、入試改革は実現に大きく近づく」などと断定する氏岡氏の記述に私は強い不信感を抱かずにはいられない。

2016-08-21

貧困JK問題の教訓

TV取材に応じた者は不幸になる。

本人に落ち度があるかは関係ない。だいたいTV局のせい。

事が起きてから誰も守ってくれないので、自分を守るためにもTV取材拒否するようにしよう。たとえ連絡してきた担当者がまともだと思っても、背後には巨大で無能クズ組織がいる。一人一人は特別悪くなくても何故かそうなる。

映画館に行った話

よく知らないタイトル映画だった。朝のテレビ番組とかで紹介されていたような気もするが、タイトルすら覚えていないあたり関心がなかったのだろう。それでも、叔母の代わりに私は映画館に足を運ばなくてはならなかった。

叔母はその映画自体か、或いは出ている役者だかのファンなのかは知らないが、何度も観に行くリピーターだった。だが急な仕事が入り、前売りチケットもあるだとかで、来場特典だけでも貰ってきてくれと私に頼んできたわけだ。

気乗りはしなかったが、叔母の心象を悪くしてまで断る理由を私は持ち合わせていない。叔母もそのことを分かっているから、私に頼んだのだろうけれども。こういうとき、融通のきく職業はツライと思う。



映画館に行く前日にネット場所は調べておく。その際に映画概要などにも目を通したが、やはり私の趣味ではないと感じた。どういうニーズに向けて作られたかは明白だったし、そこに私はいない。観てみたら、意外と面白いと思える可能性なんてものは期待できない。この時点で、当日のプランはある程度できていた。



当日、その映画を観そうな顧客タイプを推測し、浮かないような服装で向かった。自分ガタイを考えると、お世辞にも似合っているとは言いにくいコーディネートだったが、仕方がない。気分が重たかったが、こんなことのために知り合いを誘うのも迷惑なので一人で行くことにした。



もっぱら家で映画を観るようになったのがいつからかは覚えていないが、なんだか最近映画館は随分とシステマチックになったようだ。不慣れな私がまごつく可能性を考慮して、当日は早めに映画館に着いておいた。とはいっても、予想よりもすんなりチケットを買うことができた。席はあらかじめ指定できるらしく、私は誰も選ばないような後ろの隅っこあたりにした。



入場できるようになるまでの時間フードコートで過ごし、しばらくするとアナウンスが聞こえる。目的の特典を少し懸念していたが、入場の際にしっかり貰えて一安心。なるほど、特典は申し込みチケットで、実物は後日というシステムか。かさばらなくて、ありがたい。このチケットを用いて、期限内に申し込めば貰えるから、それは叔母がやるだろう。



やるべきことを終え、私はトイレの個室で一息つく。休日ということもあり館内は人が多く、その喧騒に軽く酔っていたのだ。そんな場所でも、個室のトイレは一人にしてくれるので助かる。私はそこで数分ほど時間を潰すと、おもむろにバッグから着替えを取り出した。



着替え終わると、ワックスで軽く髪型をいじった後、来る時に着ていた服をバッグに詰めてトイレを後にした。出口の場所によっては必要なかったかもしれないが、ここは入り口と同じ場所にあったので持ってきて正解だった。映画も観ずに出てくるところを見られて、特典を転売する輩と周りに思われたくはないので、別人としてこの映画館から出るのだ。我ながら小癪だし、周りの目を気にしすぎだとも思ったが、まあ自分自身精神衛生上これが最適解だったと思いたい。

丁度、他の映画を観終わったであろう人たちがいたので、紛れるように出入り口に向かう。これだったら、着替えはいらなかったかもしれないな。

はいっても、謎の後ろめたさも覚えた。どんな理由であれ、「映画を観ずに特典だけ貰った」という事実がそうさせるのだろう。だが、仕方がない。私はあの映画に関心がなかったし、その時点で「観る」という選択肢はなかった。仮に観たところで苦痛だっただけだろう。私は悪くない。だが、あの映画が悪いというわけでもない。映画のためにも、私のためにも、これでよかったのだと思い込むのだ。

映画館を出たあとは、せっかく遠出したので近くのショッピングモールで色々巡った。飼う予定はなかったがペットショップで亀を眺めたり、アロマショップ香りを嗅いでいると気分が晴れやかになった。帰る途中で寄ったラーメン店は中々のアタリだった。



後日、叔母に特典の申し込みチケットを渡す時「どうだった?」と尋ねられた。一瞬、何のことかと戸惑ったが、恐らく映画の内容について感想を聞きたかったのだろう。いま思うに、特典も目的だったが、布教目的だったのかもしれないな。

私は「よく分からなかった」と答え、話はそれで終わらせた。

2016-08-18

甲子園応援なんて勘弁してくれ(by元・吹部)

https://www.buzzfeed.com/takumiharimaya/brass-band

この記事見て、本当に頭にきたので書いておく。

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私は中高と吹奏楽部で、

毎年県コンクールやこの記事でいう北九州大会のような規模で金賞まで取れるぐらい頑張っていたんだけど、

甲子園応援とかこれはいくらなんでもないわ。

私がもし同じ立場で、高3だったら、絶対コンクールへ行って応援なんて行ってないですね。絶対

私は野球が嫌いだ。これは、死んでもそのことはなくならんだろう。

甲子園がなぜきらいのか。

そうですね、それ以前に野球が嫌いだからです!!!

小学生時代野球少年いじめられたことが原因で野球が嫌い。

テレビの中継やニュースになるとトップで伝えるでしょう?それが嫌。

そして新聞はじめマスコミが大々的に取り上げることも嫌。

なんでそんなにトップニュースのように大きくに取り上げるの?

意味が分からない。


そもそも、甲子園応援ってなんのためにあるんだ?

にぎやかしか野球部員の活気づけか?学校名誉のためにあるのか?

学校運営費がほしいとか?それなら天理でも創価でも金銭問題のあった大阪桐蔭でもあるでしょうが

まさか部活全国大会(いわゆる甲子園)に行ったからってお金もらえますよ♪なんて滑稽な話。

春も夏も暑い炎天下の中、

野球部員はもとより吹奏楽部員もチアリーディング部もその関係ない応援する生徒教諭もつらくていやがるでしょうが!!!

応援というより、もう、甲子園なんてなくなったら?もう15年ほど思っています

そもそも甲子園の良さなんてわからないし

野球なんて最低のスポーツだ、私にとってはな!

言いたいことは山ほどあるが、こういうことをなすくためにも

春のセンバツ夏の甲子園をやめたらどうですか、高野連の皆さま!

2016-08-17

オグシオの小椋さんのバドミントン解説

とても良かった。ちゃんと疑問がわかる。疑問に思っていなかったところまで興味津々にさせる力がある。

試合を全部見るつもりがなかったのに、解説に促される形ですべて見てしまった。

どうして今そこに打ったのか、なぜ打ち返せなかったのか、瞬間的に足が止まった理由、すべて明快だった。

「声援が後押ししてくれましたねえ」、「あとは気持ちですよ」、「メダルの重圧が」、「日本の皆様のためにも」とか、言わなかった。

スポーツ解説に感銘を受けたのは久しぶりだった。これから解説者にとどまらない活躍が期待できる人だと思う。

2016-08-16

SMAPについて思うこと

私は40代男性で、特にSMAPファンというわけでもないが、縁があってチケットをゲットした知人とライブに行ったこともあるし、CDもいくつか持ってるし、カラオケに行ったらたまに彼らの歌を歌う、くらいのソフトファンである

業界の知り合いはいないので、いろんなマスコミから得た情報しかない。

勝手推理しているので、まったく的外れである可能性もあるが、「こうかな?」と思うことを書いていく。

本当のところは当人たちにしかからないだろう。

SMAPでいう飯島マネージャーというのは、鳥山明でいう、鳥嶋編集者みたいな立場だったのだと思う。

まり飯島マネなしでは、そもそも成り立たないグループであったように見える。

最低でも中居が仕切らないと成り立たないということを今回証明した。

1月飯島マネ退職した際も、中居判断では「飯島についていく」であった。

これをキムタクが反対した時点で「成り立たない図式」が完成してしまった。

矛盾するが、もし飯島マネSMAPのそばにいたらキムタク

「このままメンバーを無理やり連れ戻しても、1年後をよく考えてごらん。成り立たないよ。」

叱咤したのではないだろうか。

そして、キムタクも彼なりに

マスコミに強いジャニーズに残ったほうがファンのためになる」

と考えたのだろう。現実的なことを考えればその通りだと思う。

個人的には、小林幸子のように芸能事務所圧力が及ばないネット世界からSMAPが復活するチャレンジをしていくなら、とてもワクワクするが、やはり確実なのはジャニーズに残る道だ。

しかし、人は感情で動いている。

香取はどうしてもこの流れに納得いかなかった。

結局解散である

今、彼らが1月にもどったらどういう結論を出すだろう。

キムタクだけジャニーズに戻って

「残り4人で別グループを作るよ」

とでもいうだろうか。

いや、そうはしないと思う。

だって残り4人だけでは(権利的な意味でも)過去の歌が歌えない。

結果、ソロ活動のみとなる。

どうせ解散してソロになるのなら、ジャニーズに居続けるのか、飯島さんのお世話になるのか?

飯島さんはグループマネージャーはやってきたけど、ソロタレント4人のマネージャーだとどうなるのか?

というわけで、キムタクが「ファンのためにもジャニーズしかない」と折れなかった時点で、どのみち解散しか無かったのだろうと思う。

それぞれがファンのことを考えた結果なので仕方ないとも思う。

解散するとメンバーによって仕事が激減するのではないかと言われているが、みんなお金は持っているだろうから仕事は減ったほうが好きなように生きられていいのではないか個人的には思う。

そして一番ファンを後回しにしているのはジャニーズ事務所経営者だと思う。

だって

「もしジュリー飯島問題になっているなら、私はジュリーを残します。自分の子から飯島は辞めさせます。」

SMAPを連れて、出て行きなさい」

と言ったのはメリー副社長

http://www.johnnys-watcher.net/article/412747661.html

組織仕事トップの人柄がそのまま現れるからまぁこういう会社なんだろう。

ジャニーズタレントは好感が持てる人が多いが、事務所は嫌いだという人は多いと思う。

私がSMAPメンバーなら・・・ジャニーズ契約が切れたら、飯島さんに

ジャニーズを敵に回してゼロから出直すマネージメント飯島さんに相談しようぜ。」

と、ほかのメンバー相談するだろうなぁ。

2016-08-15

http://anond.hatelabo.jp/20160815162133

そいつらはネトウヨなんだから間違うのはデフォ

いちいち指摘しなくてもいいようにネトウヨという便利な言葉がある

日本立場を分からせるためにもう一度核を落として(kyo_ju氏案)大韓民国による日本支配を全権委任を受けたはてサ中央委員会担当し、職務の一環として広域的なネトウヨ狩りが開始されたらそいつらは初日ガス室送り決定のクズども

トレーディングカードの値段高すぎ!って思ってたけど

例えば遊戯王とか、紙5枚で150円とかよく考えたら詐欺じゃねーの!?と思ってたけど、流通量を制限しないと強さのインフレが起こっちゃうから値段設定が重要なんだと気づいた。

ショップなどではもう中古で100枚200円くらいで買えるし、これくらいが価格設定として適正じゃねーのと思わなくもないけど、オフィシャル流通させる側としては、流通しうるカードの枚数や希少度をちゃんと設定しないと、巷では強さのインフレが起こってゲームバランス崩壊ちゃうんだな。

誰でもあのカードを何枚も持っている状態になってしまう。

そうならないためにもメインの仮想ターゲットである子どもたち(これは今ひとつ確証がないけど)にとって、親に買ってもらったり平均的なお小遣い額でそこそこ手が届く値段設定にする必要があると考えると、やっぱり一枚あたり30円くらいが強さのインフレも起こりにくい上にギリギリ気軽に手が届く値段設定になるのかね。

もっとお金を出すであろう大人の層に対しては、ちゃんと強くなるには流通量や希少度を調整してあるから人気のものは手に入りにくいし、極端な値崩れなどは起こりにくい、のかもしれない。

ということをさっきのお昼の時間に考えてたので、特にソースも確証もないし、すでに誰かが言ってるかもしれないけど、匿名日記に書いておこう。

2016-08-14

シン・ゴジラとしてのお務めについてのゴジラのおことば

 ゴジラ誕生六十年という大きな節目を過ぎ、二年後には、エメリッヒゴジラ公開二十年を迎えます

 私も六十を越え、製作費の面などから様々な制約を覚えることもあり、ここ数年、怪獣としての自らの歩みを振り返るとともに、この先の特撮映画の在り方や務めにつき、思いを致すようになりました。

 本日は、特撮ファン高齢化が進む中、ゴジラもまた下火となった場合、どのような在り方が望ましいか怪獣という立場上、現行の東宝製作体制に具体的に触れることは控えながら、私が個獣として、これまでに考えて来たことを話したいと思います

 誕生以来、私は破壊行為を行うと共に、特撮映画象徴位置づけられたゴジラの望ましい在り方を、日々模索しつつ過ごして来ました。伝統継承者として、これを守り続ける責任に深く思いを致し、更に日々新たになる邦画と外画の中にあって、日本特撮が、いか伝統現代に生かし、いきいきとして映画界に君臨し、一般観衆の期待に応えていくかを考えつつ、今日に至っています

 そのような中、何年か前のことになりますが、二度の海外版製作を受け、加えて業界の硬直による邦画の質の低下を覚えるようになった頃から、これから先、従来のように観客を満足させることが困難になった場合、どのように身を処していくことが、映画にとりファンにとり、また、私のあとを歩む怪獣にとり良いことであるかにつき、考えるようになりました。既に六十を越え、幸いに知名度があるとは申せ、次第に進む外画との品質の差を考慮する時、これまでのように、全身全霊をもって破壊蹂躙の務めを果たしていくことが、難しくなるのではないかと案じています

 FINAL WARSの公開から、ほぼ十二年、この間私は、特撮作品における多くの喜びの時、また悲しみの時を、沈黙と共に過ごして来ました。私はこれまで怪獣の務めとして、何よりもまず国民に恐怖と絶望を与えることを大切に考えて来ましたが、同時に事にあたっては、時として人々の傍らに立ち、モスラの声に耳を傾け、ファンの思いに寄り添うことも大切なことと考えて来ました。ゴジラ映画象徴であると共に、恐怖と破壊象徴としての役割を果たすためには、特撮ファン東宝に、ゴジラという象徴立場への理解を求めると共に、ゴジラもまた、自らのありように深く心し、市場要望に対する理解を深め、常に恐怖の象徴としての自覚を自らの内に育てる必要を感じて来ました。こうした意味において、日本の各地、とりわけ地方都市観光地への破壊も、私はゴジラ象徴行為として、大切なものと感じて来ました。平成シリーズ時代も含め、これまで私が敵怪獣と共に行って来たほぼ全国に及ぶ破壊は、国内のどこにおいても、その地元を憎み、その共同体鬱憤を抱えた市井の人々のあることを私に認識させ、私がこの認識をもって、怪獣として大切な、国民を思い、国民のために壊すという務めを、人々への深い信頼と敬愛をもってなし得たことは、幸せなことでした。

 予算の低下に伴う製作の仕方が、破壊行為や、その象徴としての行為を限りなく縮小していくことには、無理があろうと思われます。また、敵怪獣メカゴジラ(2代目)であったり、スーパーX IIIの超低温レーザーなどにより身体機能を果たし得なくなった場合には、破壊行為を代行するウルトラシリーズを置くことも考えられますしかし、この場合も、ゴジラが十分にその立場に求められる務めを果たせぬまま、シリーズの終わりに至るまでゴジラであり続けることに変わりはありません。

 ゴジラが人気を損ない、深刻な状態に立ち至った場合、これまでにも見られたように、特撮が停滞し、ファン暮らしにも様々な影響が及ぶことが懸念されます。更にこれまでの怪獣映画のしきたりとして、シリーズ終焉に当たっては、重い責任のなすりあい行事が連日ほぼ二ヶ月にわたって続き、その後なぜダメだったかに関連する議論が、一年以上続きます。その様々な行事と、製作費回収に関わる諸行事が同時に進行することから行事に関わる人々、とりわけ残されるファンは、非常に厳しい状況下に置かれざるを得ません。こうした事態を避けることは出来ないものだろうかとの思いが、胸に去来することもあります

 始めにも述べましたように、既存製作体制の下、ゴジラ興業に関する権能を有しません。そうした中で、このたび我が国の長い特撮歴史を改めて振り返りつつ、これからゴジラがどのような時にもファンと共にあり、相たずさえて特撮未来を築いていけるよう、そして恐怖の象徴の務めが常に途切れることなく、安定的に続いていくことをひとえに念じ、ここに私の気持ちお話しいたしました。

 東宝経営陣の理解を得られることを、切に願っています

2016-08-08

http://anond.hatelabo.jp/20160808162900

我々国民天皇陛下お気持ちを伝えてくださった。

ここに僕がどう受け止めたかを書く。

お気持ちをどう捉えるかは国民個々人に任せられたものであるからして、これは僕個人の受け止め方です。

あなたがたがどう思うかは分からないが、書かずにはいられないので書く。



「もう高齢から引退したいよ」という話でもなければ「憲法があるから言いたいこと言えない」という話でもないので、陛下尊敬する国民として重く受け止めたい。




天皇陛下お気持ちを表明(全文)/ NHK

http://www3.nhk.or.jp/news/html/20160808/k10010626811000.html

本日は、社会高齢化が進む中、天皇もまた高齢となった場合、どのような在り方が望ましいか天皇という立場上、現行の皇室制度に具体的に触れることは控えながら、私が個人として、これまでに考えて来たことを話したいと思います

ツイッターなどを見ていて、陛下のこのお気持ちの表明に対して「憲法があるから遠回しに表現したんだね」的にとらえている人が多いように思いますが、僕はその理解では陛下お気持ちを半分しか分かっていないのではないかと思います

陛下は以前から、そして今回のお気持ち表明で「象徴」や「天皇という立場」に強いこだわりを表明されています

憲法があるから思っていることをストレート表現できないのではありません。違います、たぶん。

このお気持ちの表明をよく読み返せば、陛下が「象徴天皇であることを誇りに思われていることがわかるかと思います

僕は陛下のお言葉を聞き、何度も読み返して、

現状とこれから問題点に対して「私はこうしたい」や「こう変えるべき」ということを言わず憲法民主主義(国民国民の選んだ政治家)に委ねることこそ象徴天皇のあるべき姿であるという強い意思を感じました。

憲法があるから思っていることをストレート表現できないのではありません。違います、たぶん。

この観点をもって、陛下のお言葉を読み返してみてほしいです。


私が天皇の位についてから、ほぼ28年、この間私は、我が国における多くの喜びの時、また悲しみの時を、人々と共に過ごして来ました。
私はこれまで天皇の務めとして、何よりもまず国民の安寧と幸せを祈ることを大切に考えて来ましたが、同時に事にあたっては、時として人々の傍らに立ち、その声に耳を傾け、思いに寄り添うことも大切なことと考えて来ました。

天皇象徴であると共に、国民統合象徴としての役割を果たすためには、天皇国民に、天皇という象徴立場への理解を求めると共に、天皇もまた、自らのありように深く心し、国民に対する理解を深め、常に国民と共にある自覚を自らの内に育てる必要を感じて来ました。

こうした意味において、日本の各地、とりわけ遠隔の地や島々への旅も、私は天皇象徴行為として、大切なものと感じて来ました。
皇太子時代も含め、これまで私が皇后と共に行って来たほぼ全国に及ぶ旅は、国内のどこにおいても、その地域を愛し、その共同体を地道に支える市井の人々のあることを私に認識させ、私がこの認識をもって、天皇として大切な、国民を思い、国民のために祈るという務めを、人々への深い信頼と敬愛をもってなし得たことは、幸せなことでした。

陛下は、ここで『天皇もまた、自らのありように深く心し、国民に対する理解を深め、常に国民と共にある自覚を自らの内に育てる必要を感じて来ました。』と仰られています

ここは僕の解釈ですが、「直接的・短絡的な存在意義を問いにくい存在である象徴天皇とは何のためにいるのか、自分に何ができるのかを陛下が自問し、求道者的・修行者的とでもいうべき数十年があったように感じました。

日本国天皇とは」ではなく「象徴である天皇存在意義とは」を強く意識されてこられたのだと思います

繰り返しになりますが、現状とこれから問題点に対して「私はこうしたい」や「こう変えるべき」ということを仰らないのは、それが憲法で縛られているからでなく、自らが象徴であることを『天皇として~幸せなこと』と感じられているからであり、「象徴天皇自覚を育て続けてきたから」という陛下のご意思であると僕は受け止めています

象徴であることに強いご意思を感じるお言葉です。



天皇高齢化に伴う対処の仕方が、国事行為や、その象徴としての行為を限りなく縮小していくことには、無理があろうと思われます。
また、天皇未成年であったり、重病などによりその機能を果たし得なくなった場合には、天皇行為を代行する摂政を置くことも考えられますしかし、この場合も、天皇が十分にその立場に求められる務めを果たせぬまま、生涯の終わりに至るまで天皇であり続けることに変わりはありません。

ここは重要な件です。

単にご公務を減らし、皇太子殿下秋篠宮殿下に任せるのでは「行うべき仕事をしていない人が象徴というおかし状態になる」、天皇存在意義が問われると陛下はお考えであると僕は受け止めました。

僕個人は陛下がご公務を減らしても天皇としての存在意義は揺るがないと思いますが、陛下は上記のようにお考えなのではないでしょうか。



象徴天皇は、その歴史的権威だけではなく、憲法法律によって成り立っています

血筋でなるのではなく国民存在を認められるからこそ象徴でい続けられる、陛下はそこまでお考えなのではないでしょうか。

代理やご公務の削減をしているのでは、「行うべき仕事をしていない人が象徴」では国民理解敬愛を得られるはずがないという強いご意思を感じます



天皇健康を損ない、深刻な状態に立ち至った場合、これまでにも見られたように、社会が停滞し、国民暮らしにも様々な影響が及ぶことが懸念されます。
更にこれまでの皇室のしきたりとして、天皇終焉に当たっては、重い殯(もがり)の行事が連日ほぼ2ヶ月にわたって続き、その後喪儀に関連する行事が、1年間続きます。
その様々な行事と、新時代に関わる諸行事が同時に進行することから行事に関わる人々、とりわけ残される家族は、非常に厳しい状況下に置かれざるを得ません。

こうした事態を避けることは出来ないものだろうかとの思いが、胸に去来することもあります

ツイッターなどで「我々国民負担を考えてくれる陛下マジ陛下」的な受け取り方をした人が多いようで、僕もそう思いました。

もうひとつ、書いておきたいことがあります

これは僕の勝手な推測ではありますが、陛下はご自身の力が及ぶうちに皇太子ご夫妻へバトンを渡してサポートしたいとお考えなのではないか、ということです。

残念なことに、世の中には皇太子家族を悪くいう国民がいます(国民が良し悪しを評価するのではなくサポートするべきではないのかと思いますが…)。

陛下とともに歩んでこられた皇后美智子さまも60年台から90年台にかけてバッシングをうけたことがあります(wikipedaあたりを読んでください)。

陛下秋篠宮殿下皇室全体で皇太子ご夫妻の即位後をサポートしていくことで次世代継承をより良いものにできるとお考えなのではないかと、勝手ながら僕はそのように感じ取りました。




めにも述べましたように、憲法の下、天皇は国政に関する権能を有しません。
そうした中で、このたび我が国の長い天皇歴史を改めて振り返りつつ、これから皇室がどのような時にも国民と共にあり、相たずさえてこの国の未来を築いていけるよう、そして象徴天皇の務めが常に途切れることなく、安定的に続いていくことをひとえに念じ、ここに私の気持ちお話しいたしました。 

陛下はご自身が『象徴天皇』≒『権能を持たないEMPEROR』であることを誇りに思われているのだな、と感じる件です。

あくまでも、お気持ちを我々と我々の選んだ政治家に委ねられているのですから


国民理解を得られることを、切に願っています

天皇陛下がですよ、大君大王でありEMPERORたる陛下がですよ、『国民理解』を、『切に願って』いるんですよ。

何度も言いますが、陛下は「こうしたい」とも「こうしたらいいんじゃないかな」とも仰っていません。

ただ、お気持ちお話になられ、それが我々と我々の選んだ政治家がどうするかに委ねていらっしゃるのです。


「もう高齢から引退したいよ」という話でもなければ「憲法があるから言いたいこと言えない」という話でもない。

こんなに自分職務真摯な方が、僕らにお気持ちを託してくださった、それだけで僕は胸がいっぱいです。

2016-08-07

シン・ゴジラ見た。

 テンポはとてもいいんだけど、細かいところが気になっちゃって、今一つ嵌れなかった。

  •  話の構造がポケ戦みたいで、「このコロニーはいいところだな、チャーリー」的なシーンもあったけど、正直ポケ戦のほうがよかった。話のテーマが違うから難癖だけど。でも、「核」がありうることは、聞かされる前に自分たち話題にすべきでは…と思ってしまう。
  •  凝固剤とか、経口で効く理由がわからない。常に出血しているような描写は「効きそう」に思ってもらうためなんだろうけど、それでも露出しているところにしか効かない気がする。あと、嘔吐反射で吐き出しそう。
  • 「進化している」とか「完全生物」とか、ジョジョなら許せるんだけど…ゴジラだと眉間に皺がよっちゃう不思議。尾頭さんには「進化でなくて変態です」「原子力微生物が既存の生き物のhoxを発生過程に流用したと思われます」…って言ってほしかった。

 

 まあそうはいっても、正直なところ「原子力(微)生物」ってどんな描写にしたらいいのか想像つかない…。

 自分で考えようとすると、「原子力」抜きでエメリッヒ版みたいな「ありそう路線」になってしまう。













↓こんな感じ

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グリーンランドバイキング居住地の遺跡。逆叉の骨が大量に散らばる中に、奇妙な足跡が発見される。

氷河期の巨獣たちが生き残っていたのか? バイキングは何のために逆叉を、危険を冒してまで捕っていたのか?

…訝る学者達。

(生き物としての逆叉の凄さが語られる)


そのころのカナダ

逆叉の「聖地」で、鯨類の研究……特に、逆叉の「会話」を傍受・研究してきた海洋学者が、パニックを起こしていた。


「とにかく、様子が尋常じゃないんだ!」

…と、報道記者やDFO、さらにNOAAへ必死にアピールするが、禄にとりあってもらえない。


「減ってるって言うけど、ここから移動したのかもしれないでしょ」

「オルカに迫る危機…って線なら良いと思いますが、”人類への脅威”みたいな言い方は疑問ですね。恐れながら、入れ込みすぎでは?」

「オルカと人類を同一視しておられる様に見えますよ。」


しかし、すぐに。「北大西洋では、逆叉の個体数は急速に減少している」との見解を、別の科学者も示す。

明らかに何らかの異変が起きている。学会NGOなどに緊張が走るなか、さらに身近なところで事件が起きる。海洋娯楽施設「マリナワールド」のスターである逆叉達が。一匹、また一匹と、痕跡も残さずに飼育プールから「消えて」いってるというではないか。


通報を受け、マリナワールドに張り込むTV局や警察の目前で。10m以上に及ぶ“何か“が「突入」してきて、最後の逆叉が瞬時に両断される。その様子や、警察ライトに驚いて?凄まじいスピードで逃げる「何か」の不明瞭な映像が放映された。

こいつは一体何だ? いったいどうやって海水導入溝の多段鉄柵を越えているのか? 全世界の注目を集め、前後まっぷたつにされた逆叉や現場の遺留物から、様々な「正体予想」が氾濫する状況に。

そして、報道・学者・環境保護団体「シー・リカオン」などが州軍とともに詰めかけるのをあざ笑うかのように、100km以上南にある別のマリナワールドが襲撃される。今度は一夜にして12尾の逆叉を全滅させ…たのみならず、施設の大規模な損壊・火災行方不明者を出す事態。


キラー・ホエールキラー、州軍迎撃陣の裏をかく!」

「KWK、ヒトの味を覚えたか?」


 騒動が大きくなって、最初海洋学者に再びスポットがあたるが…。

「頭おかしくなっていたんだ、きっとそうだ…だって、ありえないんだ!」

「どういうことです、あなたは何を見たんです?」

「うぁあっ…勘弁してくれ!」


幸いというのか、北米の犠牲はそこまでであった。

今度は、西南アフリカ…。とあるマグロ漁船が、環境保護団体シー・リカオンのIUU監視阻止船「MYキャニー・ロデル」からの逃走中に突然、沈み始めたのである。余りに速く沈んでいき、誰も浮かび上がってこない。

マリナワールドからは余りに遠く、KWKと結びつける材料もなかったので、現地国家「G国」海軍に対鑑武装を疑われるMYキャニー・ロデルの乗組員たち。調査で乗り込んできた軍人たちの目前で、軍艦のほうが襲われる。船尾の舵が壊されたのち、水中から飛び出して甲板に跳び乗ってきた”それ”は、あの特徴的な背鰭と禍々しい皮膚を備えていた。

「あれは?…あの、KWKじゃないのか?……しかも、脚があるぞ!」


軍人達は銃撃を浴びせるが殆ど利いてない。シー・リカオン側の船長は、とっさにMYキャニー・ロデルの封印装備…「爆発電気銛」を使い、KWKを追い払う。そうこの船は、嘗てノルウェー捕鯨船だったのだ。シー・リカオンとして決して使ってはならない装備を……苦悩する船長。


そのころ、マリナワールド遺留品を調査していた学者達は驚くべき事実を突き止めていた。DNA解析によれば、KWKに最も近縁な生き物は、鯨類だというのである


(昔は鯨にも脚や頸があった、現世の鯨類からン万年前に分岐した…などの蘊蓄が語られる)


「KWKの正体は鯨類と判明。即ち、キラー・ホエールキラー・ホエール!

「ゴンドウ・クジラ類にもっとも近いとされたことから、米NOAAは”ゴジラ”と命名。」

「遺留物の分析から、ゴジラの表皮や背鰭には鯨類が放つ声…音波を吸収ないし散乱させる性質があると判明した。つまり、逆叉はゴジラの待ち伏せを探知することができない。おそらくはソナーも…」

ゴジラは待ち伏せ型の捕食者であり、ゼロダッシュの加速は凄まじいものがある。」

「頭部の唾液腺のような器官からは、着火性のある炭化水素類を噴出できると思われる…!」


一気に情報が溢れるなか、口をつぐんでいた海洋学者までが、

「あのとき私が見たのは、陸へ打ち上げられるオルカ…を追って、このゴジラも上がってきて。オルカをあの後脚で押さえつけて、前足から飛び出したナイフで……おおぉお!」


さて当のG国では、EEZ内でも出没するゴジラ正規漁船が入漁を見合わせるなど損失が拡大、洒落にならなくなってきた。他国の組織からの介入を強く牽制するが、ゴジラに対応できる改装を行うこともままならない。

一方、シー・リカオンに対しては、G海軍と密漁対策で連携していた経緯から、またKWKが野生動物と判明したことから、G国政府はさらなる協力を求めてくる。

しかし、結果的にせよ”鯨類”に銛を向けてしまったMYキャニー・ロデルは、船長も乗組員も動揺が激しく、身動きがとれない状態であった。


一方。

極東の「鯨類研究所」は、ゴジラを”害鯨”と認定、「調査捕鯨に乗り出す」と公表。インド洋上の捕鯨船「シンニチマル」が、喜望峰を回って大西洋に入る。衛星の合成開口レーダーで同船の動きを追うシー・リカオン。シンニチマルは、かつて南氷洋でぶつかり合い、MYキャニー・ロデルに癒えない傷を追わせた仇敵である

しかし。G国が箝口令を強いているため、シンニチマルは、ゴジラがどうやって軍艦を航行不能に陥れているか知らない。


そんな中でG国は、シー・リカオン新造IUU阻止高速船「オーシャン・ハチェット」の派遣を正式に要請した。


ゴジラはヒトを”密漁”しているのです。それで十分ではないでしょうか? それに、貴団体新造鑑には色々”特殊な装備”があると伺います。殺処分なら時間をかければ私達でも、あるいはシンニチマルでもできるかもしれませんが…」


実は、G国は。ゴジラを公海などへ追い出してシンニチマルにしとめられるよりも、EEZ内で”確保”するのが望ましいと考えていた。

CBD名古屋議定書に基づき、ゴジラを”遺伝資源”として研究・収益化をもくろむであろうグローバル企業達を呼び寄せ「公正かつ衡平な利益配分」を受けられる、「ゴジラ遺伝資源ライセンサー」としての地位を確固たるものにするのだ。米国などで確保した断片程度の”遺伝資源”よりも、生きているほうが価値が高い。そのためにもシー・リカオンは利用できる、と。


そんなG国の本音を知らないまま。G国沖EEZへと急ぐオーシャン・ハチェットは、ゴジラ捕獲」の任務を果たせるのか?





その少し後。

G国沖、公海上に停泊するシンニチマルを後目に、海軍のヘリに先導され、EEZへ入ることを許されたオーシャン・ハチェットであったが……そのあとを巨大な影が追ってきた。シー・リカオン側がそれに気づいたのは、G国の港湾に入った後であった。

もう、ゴジラに追われていた?…身構える乗組員。既に接岸していた同船が、回頭できなくなるほど近くまで、巨体が寄ってきている。

しかし、「ピヨオウアッ!」…という鳴き声で甲板の緊張が解け、興奮へと変わった。


「オルカだよ!本当に大きい…すごい…」

それは20mにもなるかという巨大な逆叉。シー・リカオン等では、通常の逆叉が子供サイズに見える望遠写真で有名な個体だ。頭頂部にも、目の後ろのアイパッチと似た白い紋様があるため、「三ツ目」というコードが与えられている。


「三ツ目が、一頭だけ?」

「南から、シンニチマルを追ってか?あいつら、オルカの群に何かしたのか?」


北から来たオーシャン・ハチェットについてきた筈はないから、ある意味当然の発想であったが。レーダーの履歴は、シンニチマルが脇目もふらずにやって来たことを示していた。


「ウオイヨ、ニアァーウイウッ、プペラポポ~」

「やたらとアピールするな…」

「野生のオルカが一頭で港へ来て、こういうのって…とっても珍しいですよね」

「やっぱり、ゴジラのことじゃないですか?」


最後の質問をしたのは、同船に同乗していた記者である。既にG国のモバイル通信網を経由して、映像の送信を開始していた。

そのわずか5分後。記者スマホに着信があった。例の海洋学者からである


『三ツ目が来てますよね?』

「もうキャッチですか…!」あきれる記者

『これ、見せられますか?』


海洋学者は、G国検閲済みゴジラ画像のプリントを抱えている。甲板に大型ディスプレイが引き出され、大写しにして、色を少しずつ調整していくと…


「パアアアアアアア!!!」と、すごい大声。


「ほんとかよ。」

「ほら、そうでしょう?」

『発音や解析の環境も一式用意していますので、画像を併用すればある程度通じるかと』

「え、ここでやるの?」

『ここまで積極的ですから、成功率高いと思います』


港へ出てきたG国政府の面々も、この状況に驚いたものの。三ツ目がゴジラと接触したがっていることを、すぐ納得した。


「何で、勝手に探さないんだ?」

一言入れてから、ということなんじゃ?」

『”わたしが囮をやる”と言ってますね…戦闘態勢に入ったオルカには手出ししてこないから、と。』

「何だ、古馴染みなのか?」

『大昔からのつきあいで、協定のようなものがあるそうです。それを破ったのだと。』

「あれだけ狼藉働けば、そうだろう…というか異種間のコミュニケーション、初めてじゃないんだ?」

『北のオルカはエコロケーションに頼りすぎ、だそうです。』

「あの。そういうの、貴方の見解ではないでしょうね?」


こんな感じで。ディスプレイの中から、図版を沢山抱えた海洋学者が色々言うのに、誰もが半信半疑になりつつ。ともかく大逆叉の意向にそって「作戦」を組み立てることになった。


翌日。MYキャニー・ロデルが舷側に大布を吊し、そこに仮病の三ツ目を「収納」して、囮の役割を担う。かなり距離をとって、「ゴジラ対策」を施したオーシャン・ハチェットと海軍巡視艇2隻が追っていく。誘いを掛けるために、三ツ目は自らの血液までも提供した。


ゴジラ巡視艇の後方から現れた。急拵えの「枠」に阻まれて舵を壊せなかったものの、舷側に前脚を掛けて甲板に飛び乗ってきて、自重でロールを抑える。もう一隻のほうの甲板に軍人達が現れ、速度を落として併走しながら銃撃を加え始める。ゴジラは音もなく跳躍するが、足場になった側の船は強烈にロールしてひっくり返った。

ゴジラは、もう一隻の舳先に「着地」したかと思うと、そのまま海へ走り抜ける。その反動で急激な回頭が生じ、底を見せた一隻目に激突。軍人達も海に落ち、海軍は脱落を余儀なくされた。


「あれ、助けなくていいのですか?」と記者

ある意味、予想通りだろう。後方から救助が来るので、こちらは海岸に沿って遠ざかった方がいい。」

『もう外してくれ、だそうです。』

三ツ目の鼻先、海上すれすれにあるディスプレイの中で海洋学者が「通訳」した。一旦リリースすれば、意志疎通は難しくなるだろう。


「き、来たぞ…?…来たぞォオ!!」

「保護布を巻き上げつつ、全速で離脱!」

三ツ目の巨体が音もなく沈み、MYキャニー・ロデルの起こした波だけが広がっていく。


「どうなりましたか?」

「あれ…?」


三ツ目の役割は疲れさせるだけ、の筈だが。水中で決着がついてしまったのか?…と全員が思い始めたとき、もつれあった巨大な塊が海面から飛び出したのは…


「あんな後ろで!」

ハチェット、無視されてるぞ…」

「というか、さっきの軍のほうに向かってる?」

大口叩いてたけど、馬乗りされてなかったか?三ツ目。」


オーシャン・ハチェットは、搭載の無人デバイス類を離鑑させていたが、標的に「無視」されてしまったので回頭を始めていた。


「三ツ目に戻ってくるよう伝えられないか?」

「もう無理だろう」

「こっちに誘導してくれないと、まずいぞ?」


実際、流され続ける巡視艇は公海に近づいていた。ゴジラはその「障害物」を巧みに利用して、三ツ目と渡り合っている様子である巡視艇の乗員は救命具でひとかたまりになって、二体の闘争から距離をとっていた。

そして、それを観測しているのはシー・リカオンだけではない。全体が白っぽい大型船の操舵室でも、どよめきが広がっていた。


「わざわざ足場を作ってあげてるとは…」

「何とやりあってるんだ、ゴジラさんは?」

「あれ、鯱じゃないか?」

「あんなおおきい鯱がいるかよ!」

「上を飛んでいるのは何だ?どうぶつ団の連中のか?」


既に公海上であり、シンニチマルが接近していた。乗員達があわただしく動き、捕鯨砲の準備を行っている。

その鑑影を見て、シー・リカオン側に殺気が走った。


「シンニチマル!シンニチマル接近!」

「こっちくんな、ポーチャー。」

「雷落としてやれ!」

冗談でも止めろ。裁判にいくら掛かったかと…」


オーシャン・ハチェットから操られる飛行ドローンフリゲートバード」は上空で落雷装置を吊り下げたまま、ゴジラの疲れを待っている。同じく潜水ドローンバスケットスター」も特殊装備「ハイドロメデューサ」を解放するチャンスを伺っていたが、目まぐるしく移り変わる二体の戦いに手を出す隙がない。

そこへ、速度を上げたシンニチマルが突進してきた。


「ああ、下がってくれ!」

「無理だ!手を出すなぁ!」

…と、若干芝居がかった嘆き声が響きわたるMYキャニー・ロデル船内。公海に出たので、例の記者がTV中継を開始したためだ。シンニチマルへの罵声は(なるべく)控えている。


「いやぁ、下がりませんとも。」

情報戦だなあ。うちも南アに寄って記者でも乗せればよかったかな?」

「よしましょうよ。」

…と、余裕を見せるシンニチマル側では、少し前に”クーデター”が起きていた。

 共倒れを狙い待機する方針を打ち出した砲手長が、大逆叉に畏敬の念を抱いていることを、若手の乗員達に見抜かれたのだ。

 鯨研の「情報戦」に晒されて育った世代にとって、鯨類へ「食品」や「天然資源」以上の評価を与えようとするのは許し難い裏切りであった。

 そして「鯱」はある意味、シー・リカオン象徴であった。この状況は、シー・リカオンが逆叉を操っているようにも、逆叉がシー・リカオンを操っているようにも見える。

 ゴジラと大逆叉。どちらに銛が刺さっても別に問題はなかろう?…この方針に反対する「年寄り」達は、船底の一室に軟禁されることとなった。


 迷いの無くなったシンニチマルが急速に二体へ接近する。三ツ目は深度をとっているのか、ゴジラはひっくり返った巡視艇の側で小休止している。

 絶好のチャンスに食らいつこうとするシンニチマルは、ゴジラを挑発しようと高度を下げていたフリゲートバード直下に入ってしまい、軽く「落雷」を食らってしまう。落ちた先がライトニングロッドではなかったため、諸々のシステムが停止し行動不能になったところをゴジラに襲われ、舵を破壊されてしまうシンニチマル。


「邪魔をするから!」

「いや、チャンスだ…シンニチマルの向こう側へ”手”を掛けようとする筈。急げ!」

バスケットスター、ハイドロメデューサをパージします!」


 これまでのゴジラの船舶襲撃パターンから、先を読んだ指示が乱れ飛ぶ。水中ドローンから無数の「浮き袋」が密集状態で放たれた。膨らみながら急速に浮上していく。ゴジラ側の選択肢を制限し、空中ドローンの「雷」を当てやすくするのだ。しかし…この状況では、またシンニチマルの側へ落ちるかもしれない。


 しかも、ゴジラは先程の「落雷」をちゃんと見ていた。舷側から上がろうとせず、上方を警戒して、すぐ潜行しようとする。そこにハイドロメデューサが、相互に繋がった無数の「浮き袋」が浮き上がってきた。このまま押し上げられるとまずい…そう判断したのか、ゴジラはシンニチマルを蹴って距離をとろうとした。


「今だ。」「落雷機、投下ァ!!」


 フリゲートバードは、ゴジラの進行方向をふさぐように落雷機を落下させる。着水間際に相当なショックが走る筈…しかしその所要時間を見切り、逆に加速するゴジラ


「全速かけろ!ハチェット!」

「嗚呼これは…間に合わない…」

「光った!落ちたのか?」

ゴジラ、頭を出したぞ!」

「畜生…」


 MYキャニー・ロデルに広がる落胆の呻き声は、途中から歓喜の驚きに変わる。


「あそこ、三ツ目が!」

ゴジラ、様子がおかしいぞ?」

「痺れてるな…うまく泳げてない」

クリックアタック、食らわせたのか!」

「ぶちあてろ…ハチェット!!」


 三ツ目が発射した「超クリック音」を、まともに食らってよろめいたところへ、突進してきたオーシャン・ハチェットに激突されて気絶、水面を漂うゴジラ。象用の麻酔弾を打ち込んだうえ、二艘トロールで回収するG国。

 航行不能になった船舶も曳航されていく。無人デバイス2機を帰投させ、落雷機やハイドロメデューサも回収して後を追うオーシャン・ハチェット。海軍巡視艇の乗員を全て救助し、最後尾を勤めるMYキャニー・ロデル。

 資源探査用の大型トレーラーが用意され、クレーンで載せられて、ガリバー-in-リリパット状態に縛り付けられるゴジラ軍用車両に前後を固められ、首都へ向け搬送されていく。

 港から見送る、三ツ目とシー・リカオン達。


「三ツ目たちとしては、本当は引き渡して欲しいんだよな?」

『ヒトの領域なので無理強いはできない、と言ってます。』

「随分ものわかりがいいな?」

『ヒトのルールでやってほしい、と』

「…え、何を?」

実力行使でない、争い…の解決?』

「は…?」

もしかして、裁判?…してほしいのか?」

「オルカが、訴訟を提起しましたよ…」

「ええ~?今、中継してませんよ。嗚呼、しくじったぁ。」

「待ってくれ、それだと俺たちも当事者になるんじゃ?」

「そうだろうな。お誂え向きにも、全員そろっている。」

「シンニチマルもか?」

「公海上だったろ?…どこで裁判やるんだ。」

『協定違反を罰するときは、両方の種族?…の代表がいないとダメ、と言ってます。』

「三ツ目が代表者なのか?」

ゴジラ側の代表がいないじゃない。」

『既に呼びかけをしている、だそうです。』

「はー。貴方も、こっち来た方が良くない?」

 


逆叉側に訴訟提起の意向があることは、翌日シー・リカオンの本部からG国へ伝えられた。しかし、G国が原告をやるとしても、ゴジラを被告として認めることは、被告の「不法行為地」が国外であることだけでなく、CBD名古屋議定書でいう遺伝資源にゴジラは該当しない…と解釈する余地が生じる。だから、環境NPOの間では「G国は認めないだろう」という予想が大半であった。それに…


「そもそも、都合が良すぎんだよ。」

何となく馴染めない朝食を頂きながら、シンニチマルの乗員も、この話題に乗ってきていた。港のシー・リカオン達とは離れて、首都ホテルを提供されており、軟禁されていた砲手長たちとも合流していたが、後者のグループは「大使館へ行かなくては」「修理の手配とかあるから」と早々に外出、ホテルの朝食には出てきていない。


「何の都合?大鯱の側は八つ裂きにしたいの我慢してるんだろ?」

「あれは、シー・リカオンが飼い慣らした鯱だろうが。普通そう思うぞ?」

「あんなでかいの、どうやって連れてきたんだ?」

「鯱の言ったふりをして、どうぶつ団が訴訟をしたがってる?何でだ?」

「だから、人間の通り魔とかと同じ扱いにしてやりたいんだろ?」

「なるほどな、ゴジラが鯨だからか。シー・リカオンの都合で訴訟をするというわけだ。」


オーシャン・ハチェットの甲板で、朝食をとっていたシー・リカオン達の間でも。


「本部が乗っかるとは…」

「でも、確かに。よく考えると、うちとして他に選択肢がないな。いかに暴れたとして野生動物。G国の”財産”を収穫してあげました、というわけにもいくまい。オルカ側の権利主張も無碍にできないしな。」

「でも、この構図まずくありませんか?」と記者

「なんで?」

最初から、裁判をしたがっていたのはシー・リカオンだ…という話になりはしないかと。オルカの言うこととは信じられないでしょうから。」

「え?…だって、あの”通訳”はうちじゃないぞ?」

「そうだったんですか?でも、外から見れば一緒でしょ?」

「……」

「………。」

「あれ、急に無口に?何でです?何か、あるんですよね~」

「それはそうと。三ツ目の奴、ええかっこしいじゃねえ?」

「…何でです?」

「若いオルカの素行の悪さ。うちにいるとよく聞くだろ。ちょっとしたギャングみたいだって。あいつらがルールとやらに従ってると思うか?相応の罰をもらってると?絶対そんなことない。」

「異種族を尊重するように見せて、足下?はボロボロだと。」

「他のオルカも、ゴジラの扱いを聞いたら頭にくる奴もいるんじゃね?」

「まあ、そのあたりも含めて人間ぽいところだな…」

「オルカのことはまあ。それより、シンニチマルに感謝の意を示すというのがな…どうなっちゃったの本部は?」

「”ゴジラによるIUU”を協力して阻止した…という理屈らしいぞ。」

「でも、シンニチマルが自ら”囮”になってくれなかったら、捕獲できなかったろうからな。確かに、そのあたりが落としどころだろう。」

「それにしてもG国の方は…”ゴジラ遺伝資源”ときたか。」


シー・リカオンの本部はともかく、MYキャニー・ロデルやオーシャン・ハチェットなど現場側は、G国の目当てが「遺伝資源」の権利であると思っていなかったので、まんまと利用されたのが非常にこたえていて、その点でも裁判をやる方に傾いていた。


意外なことに、G国は裁判を認めるという。

要は、国際社会が納得するまで、ゴジラ処分を控えるということらしい。


三ツ目の側は、個別傷害事件ではなく、あくまで「国家」として訴訟をすることを主張。「協定」に基づいてゴジラ側に呼びかけを行っているとのこと。


『一ヶ月前からだそうですね』

マリナワールドが襲われる前からか…」

『今は裁判の場所を伝えるように、あちこちの…ハブ?…に交代で赴いてるとのことですが、まだ接触できてないようです』

「そのまま接触できないと、どうなるんだ?」

『協定では…30日間応答がなければ、代表者抜きでやれるようになってる、と言ってますね』

「ふーん、じゃもうできるのか。」


港にて三ツ目との会見を行うG国大統領。

「貴殿、オルカの国を代表しているというお話ですが、その証拠はありますかな?」

『お見せしても良いが貴殿の許しが要る、と言ってます。』

「?…かまわんとも。」


海洋学者が自前のシステムで了承の意を水中音声にした瞬間、見えない影が沖合にすっ飛んでいったような…

「何だ?今の。」「忍者オルカ?」


待たされて苛つき始める大統領。三ツ目に厳しいことを言おうとした瞬間、海面に異変が生じる。無数の三角形が海上でひしめきあっている。鳴き声などはいっさい無く、黒い体に波の音すら黙らされる。静寂が、かえって恐ろしい。


しばらく絶句していた大統領


「すごい…数……ですな。」

『ほんの一部、だそうです。公海で待機している者たちの。』

「なんと、EEZの境界がわかると?……まあ、いいでしょう。国連などの見解も同じだといいですな。」


 そのころ、大使館へ来たシンニチマル船長から電話で報告を受けている鯨研内では、現場よりも強い危機感が生じていた。


ゴジラから、訴えられるかも…ということで?」

「そんなのはどうでもいい!公海上のことだ。訴えられても、受理しなければいい。」

「では、何が?」

ゴジラでも鯱でも、訴訟の当事者になれるとなれば…どうなる?」

「あっ…!」

「我々は終わりだよ。すぐにUNCLOS加盟国筋へ働きかけねばなるまい…」

「しかし、あの…ITLOS行きは避けられても、ICJのほうへ来たらどうなるんで…」

「うるさいぃ!!」


結果から言うと、鯨研側の心配は杞憂に終わった。「通訳である海洋学者が”失踪”したのである。おそらく原因はスキャンダル。シー・リカオン海洋学者との過去の因縁がネットニュースで「暴露」されたのだ。

金銭のつながり等ではなく、その真逆。大学で研究予算や優秀な学生達を奪われたのどうので、かなり争った過去があり、今でも犬猿の仲だというのだ。


「有名な話だと思ってたんだが…昔のことだからな。」

「知りませんよ。でも、道理で…いくら誘っても、来てくれなかったわけです。」

「というか、よく今まで協力してくれたなあ。」

「うちじゃなくて、”三ツ目に”協力してたんだろ。」

「まあ、オルカ達には、ヒトのシス

2016-08-06

子供と遊んでくれない=子供嫌い、と思わないでほしい

自分自身子供はいないし、今後生むつもりはない。

ただ、別に子供が嫌いなわけではなく子供という存在に興味がないだけだ。

友人たちも似たようなスタンスなのか友人の子供というのも見たことはないし、旦那自分一人っ子から兄弟の子供も見たことはない。いとことかに子供はいるらしいけども、ほぼ会うことはないから見たことはない。

なので、自分子供と接する機会というのは「同僚が子連れで何かしらの社内イベントに顔見せに来る」という程度。

ただ、上記のとおり子供交流することがないから、基本的に親とは話すけど連れてきている子供あやしたりはしない。

というか、あやし方が基本的にわからないのだ。

嫌いなわけじゃなく、対応したこともないので下手に取り扱って泣き喚かれても困るので一切存在スルーしているだけなのだ

から子供を連れてこようと連れてこまいとどうでもいいのだけど、相手しないことでブチ切れるのはやめてほしい。

手がいっぱいだから遊んで子供相手をしてほしい、と思ったりするのだろうけど、

子供だってコミュ障ババア相手されたって困るだろう。

子供を連れてくるのは勝手だし騒がれても暴れられても別にどうでもいいが、相手しないことで「子供嫌い」とか言われても困る。

しろまらないクソババアと遊んだというトラウマを作らないであげてるんだから子供に優しいと判断してほしい。

子供がいても子供相手するのが苦手な人がいるんだから子供がいない人に何を要求してるんだと言いたい。

子供を連れてくるのは自由だし、子供だし騒がれるのもどうでもいい。ただ、子供相手強要するのならお互いのためにもやめてくれ。別に子供が嫌いなわけじゃなく、無理なものは無理なのだ。そして子供にも何もメリットがないんだよ。

ゲイアウティング事件について語る

自分LGBTのいずれかであるが、カミングアウトすることには相当な勇気必要なのは理解出来る。

NHKだったり先進的なメディアではLGBTは異常でなく個性であり、分け隔てなく扱うべきというスタンスが目立つ。

それだけを見ているとまるでマイノリティに優しい世界のように見えるが、現実はそこまで進んでいない。

平等に見えるのは企業でもそこそこいいところだけであって、コンプライアンスが昨日していないような会社では平気で差別がある。

 

ましてや学生コミュニティでは(一部大人コミュニティでも)「弱い奴が悪い」という価値観リア充の中に蔓延しており、

もちろん、頭のいい人間が集まる場合部分的に慈悲や思いやりを見せる場合もあるが、それは偏屈コミュニティの中でのパフォーマンスに過ぎず、

本気でそういう人間と関わるのは面倒だから当たり障りのない対応をするというのが基本であり、

関わるほどにマイノリティマジョリティの溝のようなものはまだまだ埋められないと感じるだろう。

だってキモイじゃん」というのが正当な理由として扱われているのが現状なのだ

 

漫画なり動画なりアニメであっても、同性愛者やトランスジェンダーネタキャラキワモノとしての扱いであり、

受け入れられるのはそれをネタにして道化を演じることができるモノのみである

努力・友情・勝利には不要なのか、決してそういうサブキャラクターの辛さについて語られることはない。

自分自分であることの苦痛だったり、正体を隠して生きなければ人狼のごとく批判対象になってしまうという、

まるで亜人のような、B級人間であるかのような感覚普通の人は理解できない。

 

髪や肌の色が違うこと(もちろんそれによって苦しむ人もいるだろうが)とは違い、そうであるが故に尊厳を踏みにじっていい対象になってしまうことの屈辱と辛さは、目の見えない人に視覚を伝えるようなものなのだ

この部分は個人の感受性に大きく影響を受けるため、当人がどの程度それに苦痛を感じるかには個人差がある。

そのため、その苦痛が大きい人ほど、アウティングによるダメージは蓄積していくだろう。

 

彼が弱かったから悪いという意見があるが、それは存在のもの否定するのに等しい。

受け入れられない人間は受け入れられないのだ。

物理的なアレルギーがあるように、心理的アレルギー理解しなくてはいけない。

学生のノリで劣っている人間嘲笑対象にし、優越感を得たいという心理理解出来る。

しかし、それを咎めることができないこの世の中では、こうして裁判になり、世の中に取り上げられ、

人を貶めてはいけないという事実を全員で再認識する必要があるだろう。

 

一部の人間は裁判までするなんてと、裁判をすること自体がおこがましいという意見もある。

それは彼らがゲイ差別しているからだろう。

社会に受け入れてやっているのに裁判までして、たて突くのかと彼らは感じているのだ。

性同一性障害当事者裁判を起こした時の反応もそれに基づくだろう。

結局、彼らはいつまでも弱者のままで、会社に運良く入れてもそういう事情文句が言えない環境にあることが多い。

そういう不遇や不平等を解消するためにも裁判という手段があることを知ることが、弱者にとっての唯一の武器になるのだ。

 

結局、まだまだこの世の中は弱者を叩き、不条理なことをし、不正を働いたとしても、

それを咎めることで自分に悪影響が及ばなければいいやと考える人間で溢れかえる限り変化はないだろう。

そういう見過ごす者たちが責任を取らされる立場にならない限り、何も変わらないのだ。

きっと、普通人間はそのリスクコストから逃げたいばかりで、本当の意味でみんなが過ごしやす社会なんてものは求めていないのだ。

2016-08-02

http://anond.hatelabo.jp/20160802233219

うつ病社員→みんな死ねと思ってる

セクハラおばさん→みんな死ねと思ってる

子供連れ→みんな死ねと思ってる

だけれども、許すかどうかの優先度で言えば

子供連れ>セクハラおばさん>うつ病社員 じゃねーのって話だろ。

何より、子供連れは滅多に発生するものじゃないかうつ病社員よりもトラブル頻度低いしな。

滅多に発生しないゆえに社内に規定がない場合は多いんだとは思うが、増田みたいに規定がすべてみたいなクソ社員のためにも規定を作ってやればいいんでね?

2016-08-01

http://anond.hatelabo.jp/20160801105124

取材する報道機関が一つならそういう対応もありうる話だが、取材する報道機関複数ある場合に「明らかにおかしい態度を取る奴」に対して、被取材対象者報復する手段を持ちうるんだぜ。

取材を受けたときに「○○さんの所、アレはダメですよね」みたいにDisるとか、あるいは特定取材にのデタラメを言うとか、色々方法がある。

実際にそれやれば出禁みたいな扱いにはなるだろうけど、一矢報いたいのならばそれができる。

「そのような事故を起こさないためにも報道ってのは取材対象と対等の立場を崩さないよう心がける、ってのはきをつけておきたいところだね。

2016-07-31

日曜の朝みじめを知る

ゆうべ、結城さんのこのエントリを見て、ショックを受けた。

http://rentwi.textfile.org/?759297917043609600s

心臓をドキドキさせながらブコメを見たら、「らしくないね」というようなものや、そのエントリ否定する内容がたくさん星をもらっていたので少し安心し、閉じて終わろうかと思った。

今朝、はてブトップまであがって来ていたのでダイジェストじゃない方まで読んでみたら、

わりと「何を言ってるんだ、まったく正当なことを書いてるじゃん」というような意見もたくさん目にはいってきた。

もういちどエントリ本文を読み返して、 上へ下へ読み返して、はてなを閉じて、それから部屋でひとり泣いてしまった。

自分でも予想外に大きなショックを受けたらしかった。

なぜ自分が突然泣いてるのか自分でもわけがからず、ひととおりめそめそした後考えた。


エントリは、おそらく、どこかの具体的な誰かに対する怒りの発露なのだとは思うけれど、特に対象特定することなく話が進む。切断処理思考停止、それは敬意がない姿勢であってその学問若者にとってはたいへんよくないという怒りの内容。漢字英語とおなじくらい、あたりまえに数式は読めるようになるべき、できない人は恥ずかしいと思えと。


私は漢字だってそんな詳しくないし、英語だってろくに読めない。ほかにもできないこと知らないことが山のようにある。ひとつひとつ恥じていたら、本当にもう、生きていられないくらいの量になる。恥ずかしくて、みっともない存在だというしかない。

私には、数学じゃないけど、とてもとても苦手なものがあって、長いことそれは「人として普通にできなければだめ」だと思ってかなり苦しめられていた。だけど、ある時点でようやく、人は得意なことに注力そこを伸ばしていれば、社会でちゃんと居場所を与えてもらえる、座る場所をみつけられるということを知って、それでずいぶん楽になった。

もっと早くこれがわかっていればなあとも思った。「早くわかりたかった生き方」とは、ちょうど「数式アレルギー」という言葉をつかって、自分事になる前にスミマセンそれはこれ以上こっち側に入りません!とシャットアウトするようなやり方だ。私はこれをもっと早く知りたかった。たぶん、弱かったからだ。弱い人間なので、少ない体力・能力時間を、できるだけ絞って特定領域に注力して、ようやく人並み…というか、私はこれが仕事です、と言えるレベルになった。

入ってきてほしくない何かをシャットアウトする時は、情けない顔をして、「すみません私、そういうのが本当苦手で・・・」とへーこらしているだろう。「アレルギー」という単語は使ったことはない気がするが、苦手な部分については取り組むときアレルギー的に具合が悪くなる。それに触ると軽いパニックになって、心臓血液がまわって体のほうに震えがくる。飛べそうもない跳び箱を前にしたときと同じかんじだ。情けない。恥ずかしい。そういえば、アレルギーは先天性の避けられないものから、「苦手」のたとえとして適切でない、という批判を見たけれど、もともと体に合わないのを知らず多量摂取した結果発現する後天的アレルギーもあるので、個人的にはそこまでずれた例えだとは思わなかった。死ぬレベルじゃなくて「触るとかぶれる」「くしゃみがとまらない」程度のアレルギーもある。大きくなってからアレルギートラウマになったものがない、という人は幸福だ。うらやましい(私はソバアレルギーになってしまったし、花粉症も出た…)

そんな話を、私はしょうもない笑顔を貼りつかせて言うだろう。神妙にいったら、もっとみじめになる。敬意なく見えただろうか。誰かをいらだたせるようなやりかたをしているんだろうか。

エントリいわく、そんな私は矮小なニセモノの大人だった。考えて学ぶ時間をとっていない勉強不足の。大丈夫だよ出来なくても生きていけるんだよ、などとのたまう、才能ある若者の前には害でしかないような。


自分の専門外のことまでちゃんと気が回って、スマートに返せる人が「まっとうで普通」、「わかりません」を使う人間ものすごくマイナスの彼方にいて、恥ずかしい存在、って書いてあるように読めた。

わたしも実はかつては「わかりません/しりません」が嫌で(かっこわるいし、相手に失礼だと思ったのだ)人とボールのやりとりをするときは、気をまわしていちいち相手方勉強する方だった。そのころ私は、出来るやつだ、という評価をもらえていた気がする。でも、それは過大評価だった。 時間を使ってむりやりやっていただけで、自分のしごとにプラスオンで、そこまではやってられなかったのだ。ある日パンクした。キャパオーバーになった。

「苦手なことを本業から除外」するためにも、こちらの「相手のためにちゃんと勉強しなきゃ」をやりすぎないためにもシャットアウトは私には必要作業だった。


・・・別に自分に向けられた言葉でもなく、状況はまるっきり違うということは頭ではわかっている。それなのになんでこんなに悲しいのか考えたところ、ちょうどこのあいホッテントリに入っていた、生きがいについて聞く増田と、その増田を憎む、というエントリの構図を思い出した。既に大量に「持ってる」ことを自然体としてもっと上の何かを求める増田と、そもそも「持ってない」増田。前者の増田に、後者増田存在認識されていなかったので、傷つく人がいるなんて想像もしなかったんだろう。

http://anond.hatelabo.jp/20160728000910

http://anond.hatelabo.jp/20160728154543

「できる」「持っている」のが当然で、そこがゼロ地点である、という前提で始まる議論は、たいへんまぶしく光っていた。そこからはるか下にいる自分は、 光にばーっと照らされるて、うわー、ゴキブリかー!と改めてつきつけられてしまった。結城さんや、ほかの仕事できる側ですと言うブコメたちからみたら、私は、あの憎む増田のいうところの、ゴキブリということなんだー、と。それがはっきり見えて、私は、 あんなにみじめで悲しくてショックをうけてしまったのだった。 書き手はそんな意図はなかったかもしれないけど、本心ふつうに書いた結果、それは流れ弾になって飛んできた。「恥ずかしい」「ニセモノの大人」 「勉強不足」 全部つきささってしまった。ブコメの「頭が悪い」「逃げをわざわざ打つな」「無知はさておき、恥知らずちょっと」「無責任」などなど、もりもり刺さった。やっても追いつかない、体が持たずに睡眠に割いてしまう、これは、勉強不足か、頭がわるいか無能か。


思い返してみる、そういえばもともと、結城さんは「中高生が一人でも数学面白いって思ってくれたら」みたいなことをよく書いていた気がする、今回も「若い人が」って、今後やってくるであろう未来ある若者数学未来について考え、憤っている。あー、もともと私のような人間はその立派な活動おこぼれにあずかっていたようなものだろうか、などと、感じてしまった。優しいか別にそんなこと誰も直接はぶつけてこない。「誰しも学びたいという気持ちが」とか「すそ野を広げることが大切で」みたいに書いてくれるだろう。でも、ただ、眼前には辛辣な実際があった。それを見てしまっ(たように思え)て、がっくりとくじけてしまった。この人は弱い方の人間のためにも階段を用意してくれる人だ、この人は味方だ、…そう思っていたので、ちょっと、そう、ショックだったんだ。

こういうリプライ飛ばしている方がいた。結城さんもこれをリツイートしていたので、それですこし救われた。

「このポストは生まれつき数学が苦手な人に対して失礼だと思います。彼らは「勉強不足」で数学 (算数) のような抽象的な概念がわからないのではありません。生まれつき無理なんです。そして生きるためには「数学は苦手である」ことをこのような表現宣言する必要があるのです。」

生きるために、という一言がとても優しい。これを読んでまた泣けた。ありがとうございます

これが繊細チンピラと呼ばれる人々の見る世界か…などと思った。向こうに悪意はない、ないのは知ってる、でも、アアー。何かを受けて勝手に倒れ込んでしまった。朝から夕方ごろまで、めそめそしたりぐったりしたりしていたけど、落ち着いた。大丈夫だ。でも、たぶん数学ガールはもう読めない。あれは私のものではないなと強く思ってしまたから、みじめな気持ちになってしまいそうだから、いったん自己防衛のために、もろもろフタをしめて、また明日から仕事とか家のこととかで、ばたばたして一度いろいろ忘れたいと思った。あー、きょうはお天気もよさそうだし爽やかに走りに行こうと思ってたのだけど、目が真っ赤になりすぎて外に出られなかった。のんびりストレッチでもして寝よう・・・