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2017-03-23

友達喫煙者で困ること

レストラン喫煙席に座る。

夜とかその後ほかに予定がないとき別に気にならない。

その後でほかの人にも会うという状況で吸われると、自分匂いが気になって仕方ない。

分煙されていない所より、分煙されている所の喫煙席のほうが臭い



家に来た時にタバコを吸いたいと言われる。

自分の部屋では吸ってほしくないし、ベランダ廊下など共用部分での喫煙は禁じられているので

携帯灰皿を持っていても灰皿の置いてあるところ(徒歩7分のところにあるコンビニ)まで行ってほしい。

からこちらは「一緒にコンビニまで行こうか。」と言うのだけど

「一人で行けるから大丈夫。」といって出かけて「コンビニまで行かずにその辺で吸って来た。」というやつが居てビビる



交流目的とした飲み会で席が固定される。

気を使ってタバコを吸う人が端に固まってくれる。

10人くらい集まってもタバコを吸う人・吸わない人同士で喋ることが多くなり、あまり交流できない。



複数人が車で移動する場合喫煙車・禁煙車を用意する必要がある。

これは喫煙者負担に感じているだろうからお互い様か。

から出かけて遊ぶぞ!というパターンが多いので、やっぱり午前中からたばこ臭くなるのは嫌。



まりで遊びに行った時、自分風呂から上がった後のタバコ

せっかく風呂入ったのに意味ねーよ!



困る順番は、

家に来た時>>>風呂上がり>車移動>喫煙席交流飲み会

2017-03-20

4人対戦

PS3PS4PS2までと違って、マルチタップがなくても4人で遊べるようになってるけど、冷静に考えてみると、PS3PS4ではオフラインでは4人対戦どころか2人対戦すらやったことがない。

人が来て遊ぶ場合って、WiiWiiUからな。

PS3PS4って、そもそも対戦できるソフトってあったっけ?桃鉄もないしボンバーマンもないし、人生ゲームもないし……。ああ、でもパワプロウイイレがあったか。1人でしか遊んだことがないけど。

一応、手元のソフト確認してみると、無双は2人で遊べるのは当然として、コールオブデューティーはオフラインで4人まで遊べるみたい。複数人遊んだことはないけど、コールオブデューティーは一応パーティーゲームとして使えるか。まあどっちにしろコントローラーは1つしかないんだけどね。


オンライン対戦が普及したのと、パーティーゲーム任天堂ハードくらいでしか発売されなくなったから、オフラインでの複数人プレイって、ほとんどあってもなくてもいいようなモードになっていると、個人的には思うけど、実際のところどれくらい使われているのか気になる。

底辺高卒高卒と呼べないのか??

なんか高卒有名人中退呼ばわりする人を複数人見かけて非常に不自然さを感じたんだが。

もしかして、低いレベル高校から高卒と認めるべきではないみたいな思想でも流行ってるのか?

最終学歴高卒の人が行ってた高校なんて、現実的にはほとんど一般的には全体的に見ればレベルの低い高校だらけなんだから

そんなこと言ってたら高卒と呼ぶべき人間ほとんどいないみたいなことになるんじゃないのか?

勿論、大卒の方の話で、F欄卒を大卒を無条件で認めてしまうのはどうかと思うという意見の人がいるっていうのは知ってるけど

それを高校に単純に当てはめるってのは無理があるんじゃないかって思う。

2017-03-18

http://anond.hatelabo.jp/20170318171700

傾向を言ったまでだ。

文字を使って複数人でやる人間というより猿のコミュニケーションに近い内容を持った人形遊びだ。

どうやらはてな匿名っていうのは思った以上にろくでもない奴らの集まりだ。

最初の表でそれぞれがどういう意味を持っているか書いてるしその解説もある。

その反例を一つでも上げればいいだけじゃないか

マウンティングじゃなかったかと思って真面目に答えたらやっぱりマウンティングだったりしてウンザリだ。

最初から最後まで人形遊びをしているみたいだ。違うのは文字だっていうのと複数人だっていうのと内容が胸糞悪いっていう事だけだ。

子供の頃から良くなったか悪くなったかを考えると俺は悪くなってると思うね。

家族について

結婚とは生活、じゃなくて、『人生最期に逢う人を決めること』だと思うんだ。



父と母はお見合い結婚だった。

お互いに生活力バランス取れていたけど、相性最悪で癇癪と愚痴ばかりで、生まれた私は『好きな人生活する』ということがまったく解らない人間になってしまった。

友人の家に行くのが好きだった。正しい家族実在するということを感じることは希望だった。



「こんなに憎しみあっているのに、両親は人生最後相手しか会えないのか」と思うと、恐ろしいなと思う。



結婚しない他人家族になれないのって、難しいよね。

一対一じゃないと他人家族になれないってのも、ハードル高くない?

性別不問・生殖不要複数人構成できる『グループ家族』みたいなものが公に作れる社会に、はやくならないかな。

そしたら、恋人になりたいわけじゃないけど唯一無二だと感じた同性のあの子にも、素直に「君と家族になりたい」って言えたのに。

の子以上に好きになれる人に出逢うにはどうしたら良いんだろうなあ。

2017-03-15

http://b.hatena.ne.jp/entry/bunshun.jp/articles/-/1712

過剰診断の概念説明されてなお、「私も母も検診でがんが見つかったから、受けるべき」

「身内・知り合いに乳がん検診でガンが発覚して早期切除で何事もなく生活してる人が複数人いるから受けるべき」とか書いちゃう人がいる。

こういうのをバカの壁っていうんだろうな。

2017-03-09

http://anond.hatelabo.jp/20170308152744

それはよくある

健康診断では聴力問題ないのに

うるさい場所だけじゃなくて複数同時に話してたり突然話しかけられたら内容把握できないな

テレビとかだとニュースドラマも一人づつ話すから理解できるけど

実際の会話って複数人が予期せぬ順番で話すんで理解できなくなる

あと「あれ」とか「これ」とか指示代名詞が使われた場合文章だと大丈夫だが

会話の中で出てくると対象がどれなのか考えたら続きの会話が頭に入らなくなる

2017-02-28

もっとカジュアル恋愛すればいい

付き合ってみないと相性の良さはわからない。

性交のみならず、価値観もそうだと考えている。

付き合う前の男性はなんとか相手女性をモノにしたいので

あの手この手でもてなし、尽くす。本当の性格が分かりにくい。

そのため増田は、とりあえず付き合ってみればいいのに、と思っているし実行している。

付き合ってみてあわないと感じるところがあれば別れればいい。

もちろん、話し合って価値観をすりあわせてもいいが、

根本的に変わらない(変えられない)部分はあるもので、

下手に我慢して交際を続けるよりかは、他の人を探せばよいのだ。異性は星の数ほどいる。

アメリカイギリスではデーティングという文化がある。

要は、おつきあいお試し期間を設けて複数人と同時にデートをするそうだ。

それで合わなかったら合わないで別れ、合ったらめでたくコミットメントを結びステディ(これが日本彼女彼氏関係に近い)となる。

日本制度よりよっぽど効率が良いし、相性の良いパートナーに巡り会える確率も高いだろう。

異性を知らずに、またはひとりの人に執着するあまり結婚してから「こんなはずじゃなかった」「こんな人だと思わなかった」と後悔している人がいると聞く。

これは「この人を逃したら自分には一生恋人結婚相手に巡り会えないのではないか」という幻想によるものだと考えている。

もちろん誠実でないのは人としてNGだ。

真剣交際をしている相手がいるのに同時並行で別の人間と付き合えというてるわけではない。

ただ、相性の良い相手を探すためにフットワーク軽く生きてもいいんじゃないと思っている。


※ちなみに、軽いのは足じゃなくて尻だとか言われそうだけど、性交に至らず別れた人も多いので付き合った人数こそ少なくないもの経験人数は多くない。

親は我が子が「いじめっ子になる」という事態心配すべき

普通の親なら我が子が「いじめられっ子になる」心配をするでしょう。

実際そうなったとき被害はともかく、確率的にそれは起こりにくい事態なんです。

どう考えても、あなたの子どもは「いじめっ子」なる可能性の方が高いんです。

いじめ被害者の方が多数になったりしません。

加害者2、被害者1と考えても、加害者になる確率の方が高いんです。2倍です。

実際はもっと多くの人数によっていじめは行われると思いますので、確率は3倍にも4倍にもなります

被害者にならないなら、それでいいんでしょうか?

それとも、うちの子に限ってそんなことはしないと同じクラス保護者全員に宣言する自信があるんでしょうか?

あなたの子葬式ごっこをする、あざが残るほどの暴行を加えるなんて想像は難しいかもしれません。

では、あなたの子が他の子身体的特徴をからかったりする可能性は皆無と言えますか?

勉強ができない、スポーツができない、歌が下手だという能力の低さを揶揄しないと言えますか?

プロレスごっこなどと称して複数人で少数の子苦痛を与えないと言えますか?

片親だ、貧乏だといった家庭環境蔑視しないと言えますか?(あなたもしてないですか?)

あなたの子が今読んでる漫画他人から奪ったもの、もしくは奪った金で買ったものではないですか?

あなたに見せる笑顔、それと同じ顔で他人尊厳を踏みにじるようなことをしているんじゃないですか?

大勢友達がいて楽しそう、その友情がだれかの犠牲によって成り立っていたらどうしますか?

2017-02-27

http://anond.hatelabo.jp/20170227135008

まあそうか。

ソフトを使って対戦していない相手もいることだし、みんなってことは無いわな。

ただまあ将棋会のトップ棋士複数人疑わしいってことを口に出してしまうっていうのは、正直、相当な確実さでやらかしているとは思うけどね。

誰かのブログでも書いていたけど、イカサマをしたと思われる対局としなかった対局とを全て均してソフトとの一致率とを比べるなんて、統計素人から見ても酷い抗弁だと思うわ。

誕生日をお祝いされるのが苦手

一対一でお祝いされるのは平気なんだけど、複数人集まってのお誕生日会が苦手。主役にされるとどう振る舞ったらいいのかわからない。居た堪れない。

お祝いしてもらえるのは嬉しいんだけど、妙にストレスが溜まってしんどい

2017-02-26

参加の敷居が低いエンジニア勉強会の話

主催者が勤務先の採用目的で開催してる場合がある。

そこそこの規模の会社エンジニア紹介にそこそこ報奨金出してくれるからコンスタントに紹介していけば良い稼ぎになるらしい。

残業の多さ、職場環境の悪さなど悪い側面を一切告げず応募・入社させられた人を複数人観測している。

LTだけとか、特定言語テーマフォーカスしない勉強会、ほぼためにならないし主催者リクルーティングが鬱陶しいか自分はもう行かない。

2017-02-20

http://anond.hatelabo.jp/20170123124143

複数人での外食は妻と二人でという組合しかないが、その時は

一口もらう」「一口あげる」ためにできるだけ違うメニューを頼むようにしている

http://anond.hatelabo.jp/20170217113122

あげ

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ラーメン海苔はどうやって食べる? トラックバック(2)

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複数人外食するときメニューかぶ.. トラックバック(4)

より多くの情報を食べるためです。

http://anond.hatelabo.jp/20170123124143

訪れたお店にメニュー複数あり、複数人で訪れたのであれば、メニューは被らないようにしたほうがより多くのメニュー体験することができます

もちろん、料理体験において自分で口にすることに勝る情報はないのですが、実際に食事シェアまでする必要はありません。

目の前に実物があるということがまず大きな情報になりますし、食べた人に料理について話してもらうというような、間接的な情報から直接体験想像することもできます。これらは実際に注文しなければ手に入らない情報であり、即時性や見知った人の感想であることを考えるとインターネットレビューよりも付加価値があります。そういった情報が増えることで、食事体験か豊かになることが期待できるのです。つまり、違ったメニューを注文することは、誰かと食事をするときの楽しみの一つになるのです。

同じメニューを頼んでしまうと同じもの二つ目の前にあるということになります。この場合、個々人が料理自分の口で経験することはできますが、それなら一人で食べに来たとき情報量とさほど変わらなくなってしまます。先ほど述べたような、相手経験したことに関する間接的な情報は、自分で直接経験した情報にはどうしても劣ってしまうからです。

もちろん特定メニューについて体験を共有する目的で来た場合には同じメニューをお互いの口で直接体験することは肝要になりますが、そのような目的があるわけではないのならば互いに別のメニューを選んだ方が、一回の食事でより多くの体験を得られるわけです。

2017-02-19

管理職研修 ブラック

某所でブラック研修を受けた

その中身を書く

場所

会社ではなく、別の研修施設。泊まり込みで行う。

俺の場合は最寄り駅から徒歩1時間程度。

日常演出するため。

宿泊は一人部屋ではなく、複数人が一部屋になることが多い。

内容

座学

精神論が中心。

やる気と気合があればなんでもできるみたい。

修了条件

一定試験クリアしないと修了しない。

素読

企業理念電通鬼十則のような文章を全力の声で音読

暗証しないとクリアできないが、暗証中は講師視線を合わせないといけない。

反抗的な態度の相手には視線を外したと言いがかりを付けて認定しない。

運動

体操筋肉痛になるレベル。穴掘りや行軍を課す場合もあるそう。

恐怖で支配

大声で恫喝人間て、恐怖で支配されると思考しなくなる。

最初

会社上司から、全権委任されている。生殺与奪自分にある。

途中で研修放棄するということは業務命令違反から、帰るんなら辞表を書け」

と釘を刺される。

反抗的な返事をすると、大声で恫喝する。

恫喝すると同時に「なんだその目は」

文句があるなら帰れ、金なんて返す」

思考停止

朝は早朝、夜は深夜まで。

睡眠を奪うことと運動思考力を停止させる。

座学中に大声で相槌を要求。できないと恫喝

質問には解らなくても挙手を要求。できないと恫喝

指名され、返事ができないと恫喝

考えずに動くようになってくる。

考えられないから失敗すると恫喝

失敗すると、周りにも「なんでお前らが注意しないんだ」と恫喝

スピーチ

徹底的に自己否定させる。

取り繕うものであれば、恫喝

恫喝して、思ってもいない方向に誘導

声に出すと、「そうだったのか」と思い込んでしまう。

だいたい泣きながらスピーチさせる。

アメ

言うことを聞くと優しくなる。

そのうち、講師の顔色をうかがいだす。

最終日には最終課題として出したモノを発表させるが、その段階で上司TOPを呼んでいる。

終わったら泣きながら抱き合うなんて普通

講師とも泣きながら抱き合う。

得たもの

辛い内容をクリアしたという達成感、高揚感、仲間との連帯

まあ、すぐに元に戻るけどね

2017-02-16

http://anond.hatelabo.jp/20170216124154

今は金正男暗殺のように、ネットアイドルが何かのいたずら企画として犯罪に関わるようなケースが相当広がっている感じがある。大学生で1割近く。警察認知していないので逮捕はされない。しかし、このケースでも監視者が複数人いたし加害者には逃げ場が全くない。一方、被害者は逃げようがある。

2017-02-15

男女で「セックスのうまさ」の意味が違う

港区OLをやっているんだけど、最近常々「男女で『セックスのうまさ』の意味が違うな」と思っている。

女性の「セックスのうまさ」というのは、ハンドジョブマウスジョブなどの技術スペック(胸がでかいとかゆるくないとか体がやわらかいとか)のことを指している。

これは一度高めるとけっこうどの男性にも通用する。

もちろん例外はいるが、どんな男性も究極的には「刺激しておくべきポイント」と「女体に求めているもの」がほぼ同じだからだ。

その一方で、男性の「セックスのうまさ」というのはかなり難しくなる。

けっこう男性は「ディックが大きくて長持ちすればええんじゃろ?」と思いがちだが、もちろんそんなことはない。

たとえば彼女身長140センチ処女だったら「殺す気か」という展開になる。そういう場合はほどほどサイズでほどほど早漏もっとも重宝される。

男性セックスのうまさというのは、「相手に対して調整できるか?」ということだ。

複数人女性関係が持ったことがある増田のみなさまは、「前の彼女はこれをすごく喜んでいたのに、今の彼女はそうでもない」みたいな経験をしたことがないだろうか。

女体は驚くほど「雰囲気」で構成されている。

ちょっと強引にいかれると興奮する」とか

ちょっと甘えられると興奮する」とか

「耳噛まれると興奮する」とか

「半分寝ながらするのが一番好き」とか

そういう「雰囲気」で興奮し、行為に対する満足度を上げている。

挿入後はもちろん重要だが、すべては挿入前に決まっていたりする。

相手が好む雰囲気を作り上げるのが男性の「セックスのうまさ」だと思うわけでした。

ただしじゃあどうすればうまくなるんや?というのが難しくて

こればっかりは相手フィードバックからつかむしかないのだが

女性の多くはこの自分雰囲気感をおおっぴらにしたがらず、言語化もしてないことが多いので

男性エスパーになることを迫られるケースが多い。本当にかわいそうだと思う。がんばってほしい。

2017-02-12

30代童貞彼女いない歴=年齢。本音

30代童貞女の子と付き合ったことない。

大学卒。

友達は少なくはない。

仕事では問題ないパフォーマンスは発揮している。

たまに本屋にある「これが高齢童貞キモさの実態だ!」みたいなターゲット不明醜悪漫画を読むと、描かれている童貞の様子が、自分とは当てはまらなさすぎて、笑うしかない。むしろ、これを描く人、売ろうとする人の心の醜悪さが、どこから来るのか。社会心配になる。

ぼくは「女の子と、どうにか関係を発展させていく」ことへの根本の願望があまり湧かない。

たまに興味本位デートマニュアルみたいなWebサイトを見て「2回目のデートではこう振る舞え」みたいなのを読むと、雑すぎだろ、と思えて仕方ない。どうして、そんなことわざわざがんばるのかというのが、自分事としてピンとこない。

この感覚を、正直に「非童貞=何かがおかしい」思考の人たちに伝えると、良くても余計なアドバイスを量産してくださる。下手すると(いや多くのケースでは)変人扱いされて、以後面倒くさい。

上記の人は、仕事先やら友人関係やらの中にもかなり多数いるので、そこを気をつけて会話を調整するのも、面倒くさいんだが、やってるよ。しょうがなく。

むかし正直に言ったら面倒なことになったから。生存のための、嘘をついている。

あれかな、20-30年前の喫煙者と吸わない人の関係に似てるのかも。

その時代喫煙者が主流派で、吸わない人は肩身が狭かったんだろう。

いまは副流煙健康被害とかの知識が広まって、世界レベルタバコやめろプレッシャーが浸透してきたことで吸わない人のほうが当たり前という空気になってきた。

ぼくは吸わないので、30年前くらいのオフィス映像を見ると煙だらけでゾッとする。

性のことに話を戻すと。

性(や家族)の多様性について、まったく社会的認知が足りてないのが、ぼくの生きづらさの根底にありそうだ。ゲイレズビアン性同一性障害とか、複数人と同時に性的関係を持つ(ポリアモリー)とか。色々あるわけでしょ。

派生でいうと、同性婚や、事実婚みたいな既存定型とは違う形のカップルを受け入れるための社会制度づくりの遅さも大きいかも。

実に多様な性の在り方を本来人類は持ってて当たり前なんだ、と思ってる。

ぼくのように、生まれつきに性的欲求が薄いとか、女の子口説こうと思えないとか、そういうのもひとつの在り方なんだよね。

同性愛者ってわけでもないんだ。

本人の努力うんぬんじゃない。先天的遺伝子の発現(エピジェネティクス)、育ちの環境と周囲の人間、そういう要素の組み合わせで、性の在り方が決まってくるんじゃないか

この複雑多様性にこそ、人類社会をここまで発展させた、そしてここから発展させる、コアの強みがあるんだろうと思ってる。

ここを理解できない、しようとしない人たち(上述)を

「性はかくあるべしクラスタ」と名付けた。

このクラスタの人と、性や家族多様性の話をしても無意味で、疲れるだけで、なんの得にもならない。

ぼくは、そのクラスタの人と、そういう話をしないように気をつけるしかないのだ。

仲の良い友人(同性、異性、もちろんどちらでも)が結婚するとうれしいよ。

ただ、夫婦間の悩みというのも常日頃にたくさん出てきている、と辛い思いをポロッとこぼしたりしてて。喧嘩したり、仲直りしたりを繰り返して、日々関係を作り続けていることが、すごいなと思う。

あと子供が生まれて。

子供写真とか見せてもらったり、あるいは子供連れてきたりしてると、かわいいなと思う。でもその裏で、本当に日々の育児は大変なんだろうなと思うし、何もできることはないけれど、ぼくに聞ける悩みであれば聞いたりしたいなと思っている。

時々感じるのは、そんな悩める彼らも、「性はかくあるべしクラスタ」の被害者なんじゃないかなと。

たとえば実家(あるいは相手)の親や、勤務先の上司など逃れられない距離関係の人が、「女性は早く子供を産まないとね」とか「奥さんがしっかり家を守ってね」とかプレッシャーをかけてくる。戦前かよみたいな古いパラダイムを振りかざしてくる。

まったく時代に合わない、かつ個別個人夫婦、家庭の特殊性に対する「ヒアリング」と「共感」抜きのアドバイスなんて、それはアドバイスじゃなくて多分ただの暴力なんだよ。

ああ、そう思うと、ぼくだけが被害者みたいな面してたけど、実は多くの人が被害者なんだろうか。

「共有空間での喫煙当たり前」が終わるのには、まるまる30年くらいかかっているのかな?

「性とはかくあるべし」クラスタを主流から追放できるのには何年かかるのだろう?

時間はかかるかもしれないが、「性の在り方は多様である家族の在り方も多様である」という認識が主流の世の中をつくれたらいいな。

というか、つくらないと、いけないよ。

2017-02-10

本への偏見

男女複数人が登場してストーリーが進む場合、その女性は往々にして明るいか、聡明か、気丈であることが多い気がする。

恋愛ものに限らず。

ミステリーだろうとなんだろうと。

そうあってほしいという男の願いと、そうありたいという女の願いなのかな。

単純にうけるからなのかな。

本にも限らないか

かなり偏ってる見解だとは思うけど。

2017-02-06

舞台「孤島の鬼」2017版を観劇して

※私の答えが見つかったので、現在最終解答を書いています

ですが、この初見感想も非常に重要でしたので、是非お目通しいただいて推理の参考になさってください。



※表に出した最新考察と印象はこちら。初見感想の次にでもどうぞ

http://anond.hatelabo.jp/20170209222825

http://anond.hatelabo.jp/20170212024356



夜明けて昨日の話。

推しの握手会が思いの外さっくり終わり、通りすがりのご夫婦に推し布教も楽しくできて、気力と時間が余ったので当日券でレッドシアター行ってきた。



とても面白かったのだけど、なんかこうすごくもやっとする原因を掴みたくて、江戸川乱歩原作の方の感想を漁り、こちらのブログに辿り着いた。

http://edogawamy.hatenablog.com/entry/2015/12/05/160636

こちらを拝読してめっちゃスッキリしたので、スッキリしたこと前提に感想を書く。

ネタバレしまくるし、恐らく原作既読でも舞台観劇の方は先に舞台観た方が絶対面白いだろうから観劇予定のある方は読まないでくださいね



まず私がもやっとしたのが、「『私』が鬼のように見えすぎやしないか?」ということ。

こーゆー考察甲斐のあるタイトルや、善悪、美醜、世間自分の解離みたいなモチーフが出てくる作品だと、どうしても「果たして鬼とはなんだったのか?」と邪推してしまう。

そこでまず強烈に思い浮かぶのが主人公であるはずの『私』。

『私』役・佐藤永典さんのお人形のような美貌と、書いて字のごとく鬼気迫るお芝居、そして聞き慣れない失われた昔の日本言葉は、あまりにも『我々観客と同じ存在である共感し難い。

そもそも、主人公目線で語られる物語は、主人公感情移入させて物語に没入させることが狙いのひとつだろうに、全然『私』=箕浦感情移入できない。

ネタバレにならないことを祈って例を挙げると、演劇で観たことがあるミステリーだと『罠』『スリル・ミー』などが思い出される。)

これは『私』が作品の『語り部』であるため、強制的に観客が『聞き手』の役割を担ってしまうからでもあるかもしれないけど……

それにしたって、締めの内容からしても物語の本題が「『私』と諸戸道雄」の関係に集中してしまってならず、

そうすると、田中涼星さん演じる諸戸の執着心のおぞましさに沿ぐわない清廉でどこか儚げな美しさが、彼の一途な愛を健気で尊いものに感じさせてきて、その愛情を受け入れない『私』が何か恐ろしいもののように思わざるをえなかった。

でも、それっておかしくね?って思って。

ホモフォビアを受けることへの同情というか、同性愛差別への嫌悪感も逆手に取られているような気がする。「理由はどうあれ女の子は泣かせちゃいけない」みたいな、ずるい構図が仕組まれているように感じる。

自分が恋をしてフラれた時のこと・恋されてフッた時のことを参照すると、

いくら思わせ振りだったとしても応えてくれない相手の方が悪者だなんて絶対に思えないし、

どんなに周りから薦められてもどうにも受け入れられない相手はマジほんと無理。

目線だって絶対許せない地雷カップリングというもの実在する。

から「諸戸の愛を受け入れない『私』は鬼」であるとは、理性的には到底思えない。

でもじゃあどうして「『私』が鬼」だと感じるような作品に仕上げてしまったのか?

これが冒頭に書いた「『私』が鬼のように見えすぎやしないか?」というもやもやの詳細。

この感情原作に対して正当なのか? 舞台版という二次創作であるが故の解釈押し付けなのか?

という部分が気になって、ググって辿り着いたのが先ほどのブログ

http://edogawamy.hatenablog.com/entry/2015/12/05/160636

Wikipediaに書いてあった、「陰獣」みたいな新作をとリクエストされて執筆されたのが「孤島の鬼」らしいというエピソードから勝手妄想して、

江戸川乱歩=諸戸目線で「創作された箕浦」が『私』なのではと解釈し、舞台版にめちゃくちゃスッキリできた。

諸戸道雄の死で物語が終わるのもさもありなん。

観客は真の主人公である江戸川乱歩(諸戸)に感情移入させられて、「諸戸の愛を受け入れない『私』は鬼」だと錯覚してしまうのではと。

田中涼星さんの白木蓮みたいな美しく一切の嫌悪感を感じさせない諸戸は、きっと江戸川乱歩ブロマンス結晶として大正解

対する『私』がエゴイスティックに語れば語るほど、それは作者(江戸川乱歩であり諸戸)の恋の哀しみの深さ、恋情の深さを伝えてくる。

女性に執心する姿がなんか気持ち悪く見える・描かれるのも作者による悋気からだろうし、諸戸に対して残酷過ぎる描写は傷付いた作者本人が語らせてるからだろう。

『私』が歪であればあるほど、「箕浦にもどこか諸戸(作者)を愛する部分があってくれ」といった願いの叫びに聞こえる。

(観ていると「箕浦も実は諸戸を愛していたのではないか」という容疑が浮かんでならないのだけど、『白髪になってしまうほどの生理的な恐怖・嫌悪』という動かぬ証拠は、容疑を否定してならず、この辻褄の合わないミステリーももやもやの一つだった。)

メタ推理として「陰獣」を出したのも、江戸川乱歩自身による己の殺害物語カタルシスにあるように感じられたから。自身を不幸の中で殺すことで、遺された人間へ爪痕を残すという側面も含めてね。

(愛を願いフィクションを書き綴るのに成就させず永遠片想いとして殺す……って、個人的めっちゃ萌える。)

作者による「ぼくが考えた最高に美しく残酷箕浦永遠に愛してる)」ってやつ。考えたというか、「恋愛疑心暗鬼の中で見えていた箕浦」。

しかしそれが本当に『箕浦』のすべてだったのか?



舞台「孤島の鬼」(2017)では、語り部の『私』と『箕浦』を別の役者さんが演じている。

私は原作未読であるため、同一人物であるはずの二人を別々の人間が演じるということが奇策なのか妥当なのかわからない。

でも、配役を知ったとき

美少年役もまだまだできそうな童顔の佐藤永典さんが30代で老人のような白髪姿になった『私』で、

佐藤さんより身長も高く年上にだって見えかねない美青年石田隼さんが20代箕浦過去の『私』」を

演じることが疑問だった。

いくら『私』は外見が変わってしまったといえど、あまりにも二人の外見が似ていないこともあってね。

「もう一人の自分」みたいな表現が出てくる演劇はいくつか観たことがあるはずだけど、原作未読とはい観劇前に違和感を持ったことはなかったように思う。(まあ大体そういった存在物語の核心中の核心に触れるので、配役表から対の存在公表されてることは少なそうだけども。)

しかし『私』を『諸戸が想い描く箕浦』とすると配役がまあしっくりくるし、『本物の箕浦』と役者を分けたことが大発明のように感じられる。

舞台上には二人の箕浦が同時に立ち、シーンによって他者とのコミュニケーション表現担当者が変わるのだけど(どっちが台詞を言うか、みたいな)、

諸戸と出会い親交を深めた学生時代箕浦はずっと『私』(佐藤さん)が表現し、

諸戸と別離大人になり恋人の初代との出会いから箕浦石田さん)は登場する。

石田隼さん演じる箕浦は、佐藤さんの『私』と同一人物のはずなのに、鬼なんて印象もなく何故か善良な青年に感じられていたのだけど、『私』の方が諸戸(江戸川乱歩)の色眼鏡認識された箕浦なんだと思えばこの対比はすごくいい。

 

「『私』は諸戸目線で見えていた認知の歪んだ箕浦であるため、『私』の歪さから箕浦も実は諸戸を愛していたのではないか」という容疑を持ってしまうが、

事実として『箕浦』は諸戸に迫られることに身体変調するほどの生理的な恐怖・拒絶を示している。

(皆さんは自分の体が深層心理拒絶反応で意のままに動かせなくなったことがあるだろうか。私はある。手から全身が痙攣してゆき、これしきのことで動じるな止まれ意識しても震えがまったく止まらない。だから私は生理的な拒絶は動かぬ心の証拠だと考えている。)

箕浦』は諸戸の性愛を受け入れることはできなかった。

しか性的に愛されないことが、『愛されていない』ということなのだろうか?

必死に求めるあまり諸戸からは見えなくなっただけで、性愛ではないけれども某かの情が、性愛にも決して劣らない尊い愛が『箕浦』にもあったのではないか

そういった諸戸の盲点が、諸戸が『私』と会話し夢中になっている時の『本物の箕浦』(石田さん)にあったのではないかと、舞台演劇となり二人の箕浦が居ることで私は考え至った。



物語としての「孤島の鬼」の作者は諸戸(江戸川乱歩)だという解釈は私が勝手にしてるだけなので、舞台版が諸々の采配をこの解釈で行ったかはわからないけど、改めて『私』と『箕浦』の登場場面の違いを確認しながら観劇したら面白そうだなぁ!

より妥当なところの分裂理由として「箕浦二面性」はあるだろうし、じゃあそれぞれの境界線舞台版ではどこだと考えられているか読み解くのも面白い

作中に登場する双生児は境目が見えたけど、二人の役者に分けられた一人の人物のメスは何処に入ったのか。

うろ覚えだけど、諸戸の告白以降は『私』が箕浦として生きているから、舞台では箕浦と諸戸は一緒に天国に行けたのだ、な~んて解釈ハッピーだよね。

(どちらかというと、諸戸が悋気を持たなければ、欲を出さなければ、あるいは悪い男になれていたら、箕浦と一緒に天国に行けたかもしれないのに諸戸が鬼の箕浦を生み出してしまった…って自己破滅エンドの方が私は好きかな。まさに疑心暗鬼を生んだ、的なね。)

(報われず自分に追い込まれ破滅した美しい男性テーマ舞台大好物なんです。)



延々と箕浦組について語って夜が明けてしまったけれども、他の役者さんや演出表現もとても良かった。

諸戸の父親最期に対して、主人公である箕浦』の感情が語られず『諸戸道雄』の感想セリフとして発せられたのも、諸戸の父親を演じていたのがまだ30前半と『私』に近い年齢の美しい河合龍之介さんで妖しい男の色気を放っていたのも、「諸戸の主観こそが語り部の『私』」であったとするならよりしっくりくる。

父親の変貌は、絶対他人箕浦よりも諸戸の方がショックな出来事だ。

父親越えなんてテーマもよくあるほど、子供から見た方が親はより巨大さ恐ろしさを増すし、親が壊れる様というのは「自分にも起こり得る恐怖」と「自分があれほど巨大に感じていたものとは一体何だったのかという虚無」感がぱない。私も父親経験たからわかる。

河合さんの怪演は本当に感じるものが多くあった。



舞台というもの面白いもので、同じ現実を同じ密室複数の人々と同時に別々の目線位置角度(物理的な意味で)から観測するものから

書籍映像物語を鑑賞する以上に「他者が見ていない『自分視点』」が感想を述べる際にものすごく意識される。

たとえ自分複数人居たとしたって、観劇した感想は同じにならない。

演出による印象操作完璧に同一にはできない。(それをぶち超えるクソチート暗殺者が『音楽』だと私は考え重要視しているけど、それはまた別の話)

から舞台は観るだけでも楽しいし、感想を言うのも聞くのも他メディアの何倍も楽しい



そんな訳でこれらの感想はすべて《私》の主観しかなく、原作者スタッフキャストが込めた意図真相はわかんないんですけどね。

舞台「孤島の鬼―咲きにほふ花は炎のやうに―」、とてもよい観劇でした。

2017-01-30

90年代に幼少時の性的虐待多重人格になった米人男性の手記を読んだ

著者は結婚し息子が生まれたあとに自分多重人格だと知り

理解ある妻に支えられながら自身と向き合っていくという内容

手記の最後

幼い息子は著者に複数人格がいる事をもう知っているが実際に他人格と会わせる場合もっと後になるだろうという締めくくりだった

今になってその手記をふと思い出し 著者の名前動画サイト検索欄に入れてみたらなんと本人のインタビュー動画がヒットした しかもごく最近

著者は初老男性になっていたが手記の中で頻繁に名前が出ていた子供の交代人格は今も彼の中にいて その子インタビューにたどたどしく答えていた

あの時は文字だけだったか動画だと急に実在感が増す

幼い著者が複数変態の屑に虐げられてるのを親戚たちは知っていながら知らぬ振りをし続けそして著者本人もその事実をきれいさっぱり覚えていなかったため改めて親戚にあの頃何が起きていたのか確認電話するもお前とは関わりたくない二度と連絡してくるなと切られる胸糞なアレは現実だったのか

奥さんとは今もラブラブだった

最後に息子も出た すっかり大人の男になり結婚していた そして甲高い声で楽しそうにはしゃぐ著者の隣でギターを弾いている

2017-01-23

http://anond.hatelabo.jp/20170123124143

複数人で集まったときに誰かと同じ服だったら気まずいやろ

複数人外食するときメニューかぶりを嫌がる意味がさっぱりわからないんだけど、

あれはどういう心理からきてるの?

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