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はてなキーワード: 相対的とは

2016-09-27

互助会ブログが鬱陶しい

内容がない。ブログ本編に限らずそのブコメも「参考になります」「最高です(笑)」「よくわかりますw」といったものばかり。いつも同じ人同士でブクマしあっている。

鬱陶しい。

はい弱者の戦略としては理解できる。

そうして互いの承認を得ることはすなわちモチベーションを得ていることとほぼ等しい(そのモチベーションの先にはアフィリエイトでの金欲が大きいのだろうとは感じるが、それも否定するものでもない)。

時たま、互助会の外からブクマする人も出てくればモチベーション流入数の正のフィードバックも得られるだろう。

互助会の中にもきっと様々な理由でやめる人も出てくるはずであるから、続けていさえすれば相対的につまらないものが淘汰され、そのうち文才を花開かせた者が私を、あるいは社会を楽しませる記事を書くようになる可能性も当然ある。たとえ今、ブログの中身がスカスカであろうともしかしたらという将来を見ればすぐさま否定する必要もないだろう。テキストサイト時代Flash時代YouTube時代、何度も繰り返されていたことだ。

が、ここしばらく(1週間程度)露骨商品アプリの紹介を始めた互助会ブログがいくつかある。テメーらはダメだ。つまらないだけでなく、ホッテントリにつまらないものを垂れ流すのだから

と怒りを感じたが、こうして文字に起こしてみると何に怒っているのかよく分からないのである。私が何に怒っていたのかを心の中で整理し直すと、単純にステルスマーケティングアフィリエイトに対する忌避感が中心にあるようにも思うが、それは上に書いたようにモチベーションの一つとして否定する気はない。美学問題とまとめることもできる気がするが、美学こそ誰と共有できるものでもなかろう。

それにホッテントリにつまらないものが流れたからといってなんだというのだ。そもそもホッテントリなんてものを見るほうがおかしいのかもしれない。よく、はてブは気に入ったブックマーカーお気に入りに入れるのがよい、という意見を見るから、それを実践していない怠惰自分がいけないと考えてもよいはずだ。そもそもつまらないならはてブなんて見ずにいつも通りPCから離れて本でも読めばいいのだ。なぜとやかくいう必要があるのか。

互助会が互いをブクマすることでブクマ価値基準を根幹から変化させるのがいけないようにも思う。

となると自分にとっていつの間にかブクマが高い価値を持っていたのだな、と気付かされたのだった。

つの間にか互助会に対して感じていた怒りが徐々に浄化されたのでひとまずここまで書いてメモとしておく

2016-09-25

[]

今回は裏サンデー


市場クロガネは稼ぎたい 93時限目(後編)

ふぅむ、まあ前回書いた感想とおおよそ同じ理屈が書かれているかな。

ただ、ここまでのことを実行に移せる存在としてシロガネが適任というのはメタ的に見れば分かるのだけれども、シロガネ自身がそこまでの執念を燃やす理由が、作中の描写だけでは弱いと思うんだよなあ。

ちょっと雑というか、丁寧にやるべき部分を間違っている気がする。

ラストのああいう展開は、まあクロガネたちのこれまでの活躍の結果だとか様々な因果を考えれば、そこまで不自然というわけではないんだけれども、やや予定調和感があるのも否めない。

や、嫌いじゃないけれどもね、ああいうの。



栄冠は俺に輝く 5話

個人的に、もうこういう展開やキャラで話進めようとするのは正直ウンザリしているんだよね。

しかも、それの解決法が発破をかけるだけとかさあ……。

最後の展開も、2軍の選抜でそんな大物感出されても困るし。

あと、2軍の大物感を演出するために、「俺たちが苦戦した石垣を軽々登ってる!」って。

そもそも2軍の選抜組みの方々は何も荷物背負ってないんだから、実質ちょっと急な斜面登ってるだけだろう。



秋月さんは大人になれない 第32話

なんだこりゃ、世界観的にちょっと素っ頓狂すぎやしないか

まあ、なんか夢オチだとか妄想オチあたりにするんだろうけれども、それを前後編仕立てにされても、気持ちの置きようが……。



ねじの人々 第22話

まあ、正解がない以上、物語がどういう主導から作られてきたかで語るのはアプローチとして分かりやすくはあるかな

そういうのを要素を描くと角が立ちやすい、つまり創作世界美男美女(ブスではない)キャラばかりなのはコンプライアンス的なものを逆に意識しすぎた結果ってのは恐らく合っていると思う。

相対的に見て美醜が決定されるなら、最初から全員美男美女にしてしまえってのは、すごく歪ではあるが。

その他もろもろの考察の結果、今の作品作りの傾向は「みんなが語り部の時代」とし、それがカオスすぎてファシズムであるってのは、中々に思い切った解釈だな。

考察自体面白くはあるんだが、最終的な結論がそういう見えない風潮への挑戦ってのは残念。



ケンガンアシュラ 157話

ほぉ、勝ったか

刹那の執念や得体の知れなさ、ポテンシャルもあったが、それをきっちり地力熟練の差で倒したってのがイイね。

メタ的に見れば因縁のある刹那が勝つと思っていたから意外ではあるが、無理筋ではない。

まあ、もちろんこれで刹那物語のものから退場ってわけにはいかないだろうから、どこかで因縁の決着自体はすると思うけれども。

2016-09-22


2016-09-21

ブコメ自分で書かずにカラースター付けるマンに徹してるほうが楽しい。的確なコメント付けれる人だけを応援したい。

バカウヨ論点理解してないマン、なんも書けることなくて「○○に空目した」とかしょうもないこと書いてる雑魚、とかには付けずに相対的に落としていきたい。

2016-09-18

http://anond.hatelabo.jp/20160918041251

相対的に planetarian 星の人の評価があがりますよね。

あの映画は本当に良かった。むきゅーのきらめき

2016-09-17

IT業界問題がいつも話題になるけど本当の問題をみんな勘違いしていると思う。

度重なる顧客から仕様変更

プロジェクトスタート時の見積もりの甘さ。

品質の低さによるバグの頻発。

ゴールの見えない仕事と重圧により耐えられなくなったメンバー病欠離脱

それらがまた品質の低さと遅延の原因になる。

デスマーチなんてよく言われてるけれどもね。

IT業界の人は言う。

これらの原因は無茶なことを要求する顧客のせいであり、技術的な知識がないから実現すべきことが簡単にできると思っている客先の業務担当者のせいであり、そんな無茶な客と契約してしま営業営業から降りてきた案件を大して精査せずに受け入れてしまプロジェクトマネージャーのせいだと。

でもちょっと待ってほしい。

それらの問題は本当に相手側にあるのか。

もっとうまくやる方法はなかったのかと思っちゃうんだよね。

例えば契約締結後の仕様変更。ここで理不尽要求があったのなら法廷闘争レベルに持っていける事柄でないだろうか。

契約書と見比べて明らかに追加案件ならば追加工数と追加スケジュールをもらうべきであり、その交渉をするべきなんだよ。

そのためには自分が参画するプロジェクト要件定義やその背景の資料、そして契約書の内容把握が必須だし、客先から要求を受け入れるかどうかの判断を現状を鑑みて営業相談する、そしてそこで受け入れるかどうかを決める。さらにそのためには営業とのコミュニケーション普段から取っておく、信頼関係や定期的なコネクションを作っておく必要があるはずだ。開発で毎日忙しいのにどうやってそんなことをすればいいのか、と思うかもしれないけれども実際は可能だと思う。自社内イベントは何のためにあるのかという話。ただ楽しく同僚と飲み食いする場ではもちろんないんだよ。普段現場では話せない別の部署や別の職種、別のプロジェクトの人、偉い人とコネクションを作るための時間なんだよ。

客先の案件を断ることができるのは非常に能力の高い人間の証。その効果は単にプロジェクトを守るだけでなく会社利益率や稼働効率を高めることに直結する。会社利益率の悪いプロジェクト人員を割くよりは利益率の高いプロジェクト人員を割きたいのだ。メンバーとして入ったとしてもこの流れをマネージャーが行っているか、行っていないなら行う様にする必要がある。

見積もりの甘さがプロジェクトの遅延を招くことに対しても対策は多い。メンバーとして後から入った場合にすることは見積もりの根拠を聞くこと。そこに整合性があるかを判断しておく。また、過去同類プロジェクト比較して多寡をはかる。

問題を提起している人はいるがその問題を教訓にして共有情資産にして次回からプロジェクト運営に生かしました。という話は聞かない。でもそういうことって大手SIコンサル会社などではもちろん当然に行われている。

地頭が悪く、学歴も低く、コミュニケーション力も低い、顧客営業その他の理不尽要求を突っぱねる度胸もない。

そんな奴はIT業界に限らずどんな環境でも仕事ができない人間だろう。

そんな奴は社会では奴隷のような扱いを受けるしかない。

使う側からすればそんな奴は非常に低い評価をすることでしか取引相手とはならない。

下請けのパーツとしても会社労働力としても魅力的な要素がない。だから競争力がない。

他の人と比べて秀でている部分があれば別の取引先、別の会社で雇ってもらうとか選択肢が生まれるはずだけどそれ自体持っていないからね。

なぜか一部の人日本IT業界比較してアメリカはこんなにも素晴らしくIT技術者年収は1千万や2千万を超えることも珍しくないと言い出す。しかし彼らはどういう仕事をしており、どういう人間であるかを考えたことはあるだろうか。

彼らは一流の大学大学院を出て最先端技術とその運用方法ビジネス的に効率の高い応用を実装する力があり、その力をクライアントに認めさせる力がある。クライアント会社側がそれを理解することができない位本人とのレベルの差がある場合、すぐに起業して自分の力を発揮する場所自分で作り出す。これだけのコミュニケーション力、ビジネス力、行動力が備わっているからこそ高い条件で雇われることができる。それはつまり交渉力があるってこと。国によって業界構造が悪いなどと問題すり替えをしてしまうけど、もし日本技術者相対的低賃金で高いアウトプットができるのならばアメリカ仕事をアウトソースする形で日本仕事が割り当てられるようになるはず。そんな機会をアメリカの利害に聡い経営層が見逃すはずがない。それがないということは何を示すかということ。

価値のない人間が現状をわめいても現状が変わるわけもなく、むしろより強固になるだけだということに気付いた方がいい。

2016-09-16

がるちゃんが男に支配されてる気がする

ガールチャンネルという男子禁制の2chのようなサイトがある。

そこでは女性が集まり女子トークをするという場所なのだが、

徐々に男性が集まり出し、近頃では半分以上男子ではないかと思う。

 

黎明期から意見の変遷をみるとそれが明らかだ。

彼らは女性なりすまし女性意見コントロールしようとする。

わかりやすいのが、

男子もこういうところが悪いけど、女子もここがダメだよね!直さなくちゃね!」

というような書き込み

いや、それはわかってるんだ。

わかっているんだけど、なりすまし意見誘導したいのが丸わかりだし、

その根性が本当に気持ち悪い。

女性としては誠実な男性が好きなのだが、その真逆卑怯陰湿匂いがして怖い。

 

そりゃ、あんモテないよ。といいたい。

確かに女子論理性に長けた人は少ないかもしれない。

でも男性もそこまで論理性がしっかりしている人は少数派だ。

穴だらけで、論理的と思い込んでいる偏見でぶん殴ってくるのはやめて欲しい。

そうまでして自分たち地位相対的回復しようとするなんて。。

そんな暇があるなら勉強でもすればいいのに。

 

とにかく、気持ちが悪いから出て行って欲しい。

2016-09-15

http://anond.hatelabo.jp/20160915133725

医大卒業してるエリート様がフレンドリーに接してくれはるんやぞ。寧ろ相対的にはへりくだってる態度やないか

2016-09-14

iOS.vs.AndroidとかWindows.vs.MacOSとかの論争を見てると

両方、なんの違和感もなく使えてる自分がすごく優秀に思える。

あと、Windowsアップデートするたびに「使いにくくなった。アップデートはせん」とか抵抗する人とかいるけど、俺はすぐなじめるし。

同じようなものなのに、ちょっと操作性が違うだけで使えるなくなる人ってなにか欠陥があるとしか思えないけど、世の中そういう人のほうが多いか相対的には俺が優秀なんだろうな。

世の中からブス・不細工が消えたら、次は今いる者の中から少しでもブス・不細工ものが消える

最後の一人になるまでその連鎖は止まらない

そして最後の一人になったら相対的評価できなくなってアイデンティティ・クライシスに陥って全滅する

これにて幕

2016-09-12

なぜNHK朝の連ドラには駄作が多いのか 追記

なぜNHK朝の連ドラには駄作が多いのか

http://anond.hatelabo.jp/20150910001208

を書いた元マスダだが、旧IDパスワードを紛失したため、証明はできない。エンタメカテゴリに目を通していたら、1年前に書いた記事しかもまったく話題にならなかった)が上がってきていて驚いた。


部米を読んでいて、「正気かおまえ?」と言いたくなるようなコメントもあったので、反論補足しておきたい。


大阪制作の方が程度が高いか

これはまったく逆。東京制作作品のアベレージを70点とすれば、大阪局のは40点以下。

大阪制作の方が質が高い、なんて言っている人は「カーネーション」、せいぜいが「ちりとてちん」以後しか見ていないんじゃないか

同年の組み合わせ(東京/大阪)で言えば、

ひらり」と「ええにょぼ」、「あぐり」と「甘辛しゃん」、「天うらら」と「やんちゃくれ」、「ちゅらさん」と「ほんまもん」、「私の青空」と「オードリー」、「さくら」と「まんてん」、東京制作にも駄作は多いが、大阪駄作とは程度が違う。大阪駄作は、本当にカネを徴収しておきながらあり得ないレベル駄作から

ごくまれにうまくいけばヒット作を「だすこともある」。「おんなは度胸」とか「ふたりっ子」とか。なぜそれらがヒットできたのかを考えれば、逆に大阪局の持つ弱点も見えてくる。それはガバナンスむちゃくちゃだということだ。

私は見た範囲内での最低の作品は「やんちゃくれ」だと思うが、例として使いやすいのは「まんてん」。どちらも大阪制作の「超絶駄作」だ。

まんてん」は種子島に生まれ少女宇宙飛行士になる、というのが起承転結の結にあたるのだが、宇宙飛行士という相当特殊な設定なのだからもともと特殊ストーリーになるのに、そこに無意味変化球を入れてくる。そもそもからいえば日本有人宇宙飛行をしていないわけだから外国の協力を仰ぐか、共同プロジェクトに参加するしか宇宙飛行士は作れないわけで、努力努力を重ねて、体力と経歴、技術と運、強い意欲がなければなれない職業だ。そもそもがバクチのような話なので、それを丁寧に描いていけば、例えば女性宇宙飛行士であれば結婚生活との両立の問題とか、ドラマの種はいくらでもでてくる。

だが「まんてん」の主人公は、種子島出身高卒女性が、バスガイド編集者もやってたかな、気象予報士、まあ職を転々としながら、いつのまにかNASAにいていつのまにか英語ペラペラで、いつのまにか宇宙飛行士で、「宇宙から天気予報を伝えたい」と実に薄っぺらなことを言う。

宇宙飛行士になりたいという「夢」ほとんど「ハリーポッターになりたい」というのと同レベルの夢なのだが、この主人公は、わりあい真剣にこの夢をずっと持っている。持っていてなお、やることが、バスガイドであり、気象予報士であり、というのはドラマ論理がそもそも破綻している。

なんでこういうことが起きるのかという話だ。NHK大阪には白痴しかいないのか、という話だ。そんなこともあるまいよ、とは思うが、要は「ドラマを作ろう」という動機から発していないのだ。予算内でそこそこの視聴率を維持する、なにかクレームがあれば全体の構想もまげてすぐに変更する、ドラマ制作ガバナンスが徹底的にできていない。大阪制作局でそこそこ出来が良かったのは、脚本家が大物で脚本側に主導権があった場合だけだ。

ゲゲゲの女房」以後、視聴率朝ドラ位置づけも、制作態度も明らかに潮目が変わっているが、「カーネーション」以後の大阪局はそこそこよくやっている。これは伝記物、原作付きが増えたからで、要はオリジナルがあれば要諦部分はオリジナルから大幅には変えられないので、無茶苦茶なことにもなりにくいからだ。

あさが来た」などを見るにつけ、大阪局の姿勢根本的に改まっているのであれば、それに越したことはないのだが。


朝ドラはそれでも視聴率が高いんだから駄作でもいいんだよ説

20スパンで見れば決して高くはない時期もあった。今は他のドラマが落ちただけだ。1990年代2000年代には民放が30%のヒットを出している中で、20%とか、そういう数字さらに落ち込む傾向だったので、朝ドラ衰退説も根強かった。大河の落ち込みはさらに激しいけどね。「ゲゲゲの女房」がやはり潮の変わり目で、単に放送時間が変更になったというだけではなくて、「きちんとしたドラマをつくる」という当たり前の姿勢が見られるようになった。相対的NHKにおける朝ドラ位置けが高くなったと言えるだろう。


*超問題作純と愛」の位置づけ

あれは朝ドラセルフパロディ

元気いっぱいの女性主人公体当たりで道を切り開いていき、いつのまにか善人ばかりでなんとかなっている、という朝ドラ王道パターン特にまれ」的な現代物における)を徹底的にずらしたお話。私は全く駄作とは思っていない。朝から見たくないという気持ちはよくわかるけれど。

主人公自身典型的朝ドラヒロイン相手役がテレパスだというオカルト風味はあるけど、基本は困難に体当たりでぶつかる、という朝ドラ王道路線踏襲している。その結果がすべて裏目裏目に出るとなっているだけだ。かわいいし、善良だし、一生懸命なんだけど、うざいよね、普通はうざいよね、というのが現実的な扱われ方だろう。その現実と、現実デフォルメした悪意に焦点をあわせてる作品だ。沖縄の何島だっけ? どっかの離島コミュニティがしっかりしていそうな田舎なのに、主人公には友達が一人もいない。普通朝ドラなら友達100人できました、みたいに描くわけだけど、どっちがリアルなのかな、という視点問題だ。

全部裏目裏目、悪い方に悪い方に行って、救いのないエンディング。でも朝ドラは基本これと同じことをやっているわけだ。ポジネガの方向が違うだけで。

からこのドラマはそういう構造を楽しむとか、キャラクターたちがいか予定調和を裏切るかとか(武田鉄矢とかね。普通だったら何度も和解ポイントがあったのにことごとく振り切るってのも、あの世代、あの年齢のオヤジにむしろありそうな話)、そういう楽しみ方をすれば楽しいドラマだ。主人公兄弟や兄嫁のクズっぷりとか、動物園を眺める視点を楽しめるかどうか、それがこの作品評価の違いになるんだと思う。

あいずれにしても衝撃作ではありますよ。かなり特殊作品

これが大阪制作から出たってことはね、徹底して事なかれ主義だった大阪制作意識改革になったんじゃないかと思う。

聲の形を読んだ

なんか映画になってたから。

映画観てないけど。



聲の形面白かったけどけど、なんかろくな感想書いてるやついねーなクソと思ったら、

本にまでなってるなぞ解き聲の形ってサイトに全部書いてあった。

でもなー。

そこで長大考察してる因果応報っていうよりは、まさに声の形についてずっと描いた物語に見えたよ。

声って目に見えないし形がないものだけど。

手話になると目で見える形があるものになって。

形があるなら、目で見てはっきりと伝わるものになるかと思えば、そんなこともなく。

普通の人が普通に声でするように、誤解があって。

逆に、耳や言葉不自由のない、健常者だって、ろくに気持ちなんて分かりあってないよねって、あからさまになるという。



植野が硝子と再会してつっかかって、将也と硝子の間に割って入れない関係ができてるって悟って泣き笑いするシーンが、まさにそれだよな。

耳が不自由だと、大勢の健常者とはコミュニケーションをとりずらくなって壁ができるけど。

手話ができる二人と、できない植野の間に、逆に壁ができてしまう。

コミュニケーションの壁なんて、相対的ものしかないのだ。

声の形について、考えさせられるシーンだ。



耳が聞こえないとコミュニケーション不自由して気持ちが伝えられない、ハブられる、迷惑をかける。

そんなの言葉普通に使える人も、大差ないじゃんよって話だよな。

子供ならではの残酷さと間違いを、大人になりかけの高校生がずっと引きずって、本音も言えず、本音を言い合えば皆楽になるのに言えず。

そういう傷を負いながら、生きていくって。

面白かったなぁ。



あと元担任クズが、実は手話覚えてたシーンで最高に泣けた。

硝子と将也が手話で会話するのを見て、

「ほら やっぱり立派になったじゃないか

というシーンで唯一泣いた。

そして、他人事として眺める分には、最高に感動できるセリフでも、物語当事者たちには、わだかまりを払拭するには十分じゃないという展開に最高に泣いた。

声の無力さよ。

しかし我々は声にたよって、無様に、お互いに怯えながらコミュニケーションをとっていくしかないのだった。

ほんと面白れぇな!

2016-09-09

http://anond.hatelabo.jp/20160908040358

こいつさぁ、事あるごとに「収入多寡とか社会的地位で人の価値を推し量ることは卑しいことです。わたしカーストゲームになんか乗るつもりはありません。ほんとうの豊かさとは人格の高貴さにあるのです」みたいなこと言うけど、なんつーかそれわざわざ言うのって逆になんかコンプレックス持ってんじゃねえのと思うんよね。

何かを持っていて幸せな人って、その持ってるものを嬉しくて自慢することはあれ、わざわざ自分が持ってないもの比較対象に持ち出してきて、「こんなものより私のもってるもののほうが素晴らしい。やっぱりわたし幸せなんだわ」とかしないと思うんだよね。

口ではカーストゲームから降りる自分のことを自画自賛しつつ、やってることは自分に有利なように新たなカーストゲームルールを定めてるっていう。

なんつーかあれだ、幼稚園とかで自分高所恐怖症で勝てねーからって、高オニ遊びから抜けて積み木遊び始めるんだけど、まぁ積み木遊びだって悪くないけどほんとは別に積み木遊びしたいわけじゃなくて勝てないのが悔しいからそれやってるっていう気持ちが半分ながら遊んでる園児みたいな。









なんでこの人はそんなに高潔人間でありたいんだろう?

なんでこの人はそんなに自分の周囲が悪意に満ち溢れているように見えているのだろう。というかわざわざ自分から悪意に満ちた場所にのこのこ出向くか、悪意が無ければそれをでっち上げて周囲の人間に当てつけてるように見える。

相対的自分立ち位置を上げて、自分正義人間なければならないっていう、ほとんど強迫観念に近い衝動で動いてるように見える。

それとも何か嫌なことがあって、無意識のうちにその原因を周囲に転嫁しようとしているのか。

とにかく周囲が悪人でなければ気が済まない。社会は悪で満ち溢れていなければならない。何故なら私が善良な人間であるためにはそうである必要があるから。そうでなければ私は何も持っていないことになってしまうから









なんにしろ病的なひとだと思う。

返信一通(今回は増田宛て)(追記あり)

増田で延々と揚げ足競争したいわけではない。増田は「分かりやすく主張したもの勝ち」だと思うのでこちらの主張を簡単にまとめる。



アイヌの人々」がスルーできないような(※1)言葉を使う人間は「アイヌ問題を全く知らない」と推定される。

彼らが使った言葉自体ももちろん問題だが、それ以上に「その表現を責めるな」という擁護こそが更にスルー不可だ。なぜならそれは

 「アイヌ問題を全く知らなくても、咎めるべきことではない」…(1)

という主張であり、その(1)という主張は、次の(2)の考え方を前提としており、(反(2)であれば(1)の主張にはならない。)

 「アイヌ問題について多くの日本人は無関心であってよい。」…(2)

(2)の考え方は、相対的に次の(3)の主張と同義である

(たとえば「大きな問題だが、相対的に見ればより優先度が低い」と言った主張であっても、相対的にみれば「大した問題ではない」という主張と同じ。)

 「アイヌ問題など大した問題ではない。」…(3)

私は、当該の表現以上に、指摘後のゲーマーの態度が最悪だったと思っている。(※2)



この(2)あるいは(3)の主張を、駅前でラウドスピーカーを積んだ街宣車でがなり立てたら、それは一体何であろうか? 誰もが見る可能性のあるTwitter上での、件のゲーマー増田の(1)主張は、街宣車で(3)を怒鳴っているのと変わりませんよ、という意見がそれほど不思議理解しがたい意見だろうか。(※3)

それが「ヘイトスピーチになりうる」と批判されていることの意味が本当に分からないとしたら、残念ながら、増田は「ポリコレ寄生虫」とやらのせいではなく、不用意な自爆により遠からTwitterの自垢を確実に炎上させるだろうとしかいいようがない。(※4)



それにしても「ヘイトスピーチ」扱いに対する意外な反応を見ると、どうも「ヘイトスピーチ対策法」というのは、意外とその筋の方々の心に深いダメージを与えた法律であったらしい。ああいう人々は、法による規制など最初から気にもしていないと思っていたので、結構意外だ。(※5)

http://anond.hatelabo.jp/20160909105358



(追伸)前の拙文がhateko氏に届いたのは、望外だった。

(追記)※印が追記箇所。

※1 「アイヌの人が見たら文脈を探る前にとりあえずギョッとする」ような、でももちろん構わない。

※2 指摘されて「クソリプきた」と書いた行為も含め、その無自覚差別性が批判されたのだと理解しているということ。なお、無自覚差別意識した差別のどちらが罪深いかは人によって感覚が異なる。意識的差別比較的避けやすかったり、差別を行う人自身の不遇や弱さが浮き彫りになったりすることも含め、被差別者に与えるダメージ相対的に低くなるということはあり得る。一方、無自覚な、一見差別を行いそうにない人の発言文脈から露わになる差別性が与えるダメージは、人によってかなり大きなものになる。そこでそういう行為に対して、いわば「修正可能では…」という期待を込めて指摘が増えるということも十分よくあることである。いわば「言っても無駄な『カワイソウな』人に対しては、そもそも何も言う気がおきない」ということ。

※3 ハッキリ言えば「撒き散らす影響力という点で、Twitter街宣行為よりひどい」ということ。

※4 ハッキリ言えば匿名増田で勝ちだの負けだの騒ぐよりTwitterの自垢でうかつな発言をしないよう気を付けた方がいいよということ。そもそも私は増田やこのやりとりを見ている人に分かりやすく「説明」しようとしているだけであって、勝ちだ負けだなどという話をしているわけではないよ。なんでちょっと指摘されただけのことを「自分への攻撃!」とか思うのだろう? 

※5 ホント意外だ。

2016-09-06

http://anond.hatelabo.jp/20160904214105

上司仕事は、部下をうまく使うことである

部下を使うとか使わないとかそういう問題でなく、目標を達成するのが上司仕事です。

目的に達するのがその上の役職仕事で、直接労働担当員とその上司のセクタはその日の仕事をうまくやるが

目標になりがちですが、目的達成のための目標に達する調整をするのが実働部の仕事です。



上司評価が~成長させられるか」だ。

仕事根本は「成果を生み出す」ことです。だれかを育てたりするのは学校でのお仕事です。

評価なんて、というのに一理あるのは社内価値生産物価値は等しくないし労働量に見合った成果が

評価につながるわけでもないからです。そのためできない人の救済とできる人の安定供給のために

拘束時間労働と完全歩合制にわかれ多くは前者になっているのです。

時間労働の方にも成長を必要としている部分はたしかにありますが、それは基本給外の評価制度

それが基本給の何割に当たるか、また教育制度などにより節税対策をしているなど両立しているところに

おいても、それらが基本給の何割か、基本給という「成果を生み出す義務」の量と「成長の必要用」の

割合を一度、給与明細から計算してみてください。

成果をあげることをしている中だけでも教育期間にも劣らない学びがあることに気が付かないとしたらそれは災いである。



・「上司の言うことは~それを殺してはいけない。

上司のいうことに従わないのに上司の下にいる意味、それは伏兵のしているそれとまったく同じでしょう。

クリエイティブな、という言葉で指示を無視し道をはずれることを善しとするのはただの害悪です。

したいのであれば、すべきところですべきで、それは部下からみて上司にもさんざん乞いているでしょう。

「○○する上司は」と上司のあり方を狭義に断罪しているそれを今一度振り返ってみてください。



仕事をしない~に出来るから

なぜ上司仕事あなた仕事が同じものだと思ってしまったのか。



・何かを言う時は~、相手は何も言えない。

根拠関係ないです。それを証明できる事柄があったとして説得できなければ何の役にも立ちません。

とても似ているのでこれと間違えているのではないかと思うのですが、判断の起因となる根源的な過去事例

のことを真実かなにかと思っているのではないでしょうか。

勘違いだとしても、歪曲された過去でもそうだったと思い違いでも、相手の根源的な情報で言い伏せることもできます

逆に、どれだけ真実であっても逆効果しかならない正義真実もあります



・とりあえず~を見分けるスキルを磨け。

なにが重要なのかを相手任せにした時点でそれは助言でもなんでもないですよね。

多くの公的な事例と成功例をあげて、「それはあなた次第だ」と言ってみてはどうでしょう

なにかのアドバイスになりましたか

とりあえず、人のいうことは聞きましょう。聞き流すという意味ではなくて気に掛けるという意味で。

ここまでさんざん他人の行動を気にしていたのにいきなり自己中心的に反転してびっくりしてしまます



・どんだけしくじろう~君をクビにはできない。

嫌われと上司に好かれるの意味がわかりません。

その好かれているというのは何なのでしょうか。



ロールモデルを~うするだろう」と考えるんだ。

仮想することをしない人はいないと思うのだけど言い換えたら新発見になりましたか

転ばぬ先の杖、というのはそういう意味だったのですが、ご存じ、ありませんでしたか



・人は皆優秀であ~せてはいけないよ。

何を言っているのかよくわかりません。



・私は昔から、変わ~司や先生たちである

人のいうことを聞かない変わり者を好んでくれたセレブ自分成功に導いた、というストーリー

何の意味があるのでしょうか。



・結局は運であ~していなかった。

予想どおりな人は一人もいないでしょう。だから仮想して予定して準備をするわけです。

その予想と予定を立てるべき場所相対的に割り出すために、人に話を聞くのです。



バカが言った~い部分だけ認めなさい。

認める、と言い換えてはいますが、やっぱり人の話は聞きましょうね。



・つまらない仕事~司に正直に言いなさい。

仕事基本的にすべてつまらないものです。楽しくするのは自分次第。

仕事が楽しくなるように見つけたり励んだりするのではなく、楽しい作業仕事に混ぜたりするんです。

メモかわいいものにするとか、付箋をきれいなものにするとか、ペンお気に入りにするとか。

のし作業の上につまらない仕事がのっかっている状態を心がけるのです。

野菜のきらいな子がたべやすいように、ごちそうにわからないようにまぜるように。



・自信を持って、ポジティブに生きなさい。

そうですね。

調子悪い

相対的派遣社員だけど誰も助けてくれない

2016-09-05

相対的貧困って発想が嫌いだなあ

相対的貧乳って単語のほうをもっと盛り上げてほしい。

それはさておき、最近やたらと話題な「相対的貧困」って単語が嫌いだなあ。

絶対的貧困の水準を上げよう! ということであれば、結構応援したいなーって思うんだけど、相対的貧困ってのはなんだかうまく消化できないなーって感想

そもそも相対的だったら一生貧困な人はいなくならないのでは?

例えば世界に僕とあなたしかいなくてさ、僕が年収500万、あなた年収1ooo万だったら、僕は貧困ってことになるの?

仮に物価が今と全く変わらないとしても?

そこらへんが理解できないんだよなあ。

っていうか相対的貧困が無い世界って共産主義じゃない?

それは、嫌だなあ。

貧しくなくて困ってもいない人をも貧困扱いにしうるのはなんだかなー。

そこまでしなくてもいいんじゃない

絶対的貧困者を減らす方向で頑張ってほしい。

アニメ専門学校とか私立法人は難しいとしても、国公立大学とかは、奨学金制度を充実させられるといいねえ。

チャンスが無い状態ってのは社会的にもいろいろもったいないと思うから貧乏でも才能がある人はガンガンスポットライトを浴びられて、

そこで得られたお金をうまく次の人にバトンタッチできるような世界だといいねえ。

もちろんお金ある人もガンガン寄付するような社会になるといいね

ただの個人的意見からチラシの裏に書かせてもらった、よ!

http://anond.hatelabo.jp/20160905132612

そうなんだよね。

そう言えばこの話以来、「相対的貧困が1/6もいて云々」って話をよく聞くんだけれど、
実際のところ相対的貧困って減らせば良いってもんなのかね?

食う物にも困るような絶対的貧困レベルの人は、そりゃ少なければ少ないほど良いけど
相対的貧困場合、「人口の1/6が相対的には貧困です!」と言われるより
日本相対的貧困なのはあなたを含む30人だけ!」って言われた方が、本人にとってはよっぽどミジメな気持ちになると思うんだよね。
格差も深刻に感じるだろうね。

http://anond.hatelabo.jp/20160902163125

優遇不遇って言っても絶対的なのと相対的なのがあるんだよなぁ

そら高峯のあはモバマスではSRが何枚も出てるし、絶対的に見れば決して不遇ではない

でもデレステを見れば、総選挙では一度も50位に入ったことがないようなキャラがさも当然のようにユニット曲を与えられてる

その一方で自分担当は曲どころか3Dモデルすらない

相対的に見ればのあPにとってこの状況は不遇以外の何物でもないし、愚痴を言いたくなったり迷いが生じたりするのは至極当然だと思うよ

陰口みたいなことだけ言ってもしょうがないのでもうちょっと前向きな励ましも書いておく

まずデレステ3Dモデルは、あと数ヶ月で間違いなく全員分出るはず

のあさんも遅かれ早かれ出番をもらうことになるでしょう

そこで、のあさんが実装された日に担当としていろいろ宣伝活動を頑張ればちょっとは状況も変わるんじゃないか

モバマスの方の綺麗なSR画像Twitterに載せて拡散させるとか、デレステスクショ撮りまくってTwitterに載せるとか、やり方はお任せするけど

それでデレステから新参の人にも「知らなかったけどシンデレラにはこんなアイドルがいるんだ」って思ってもらえればいい

デレステ新参も巻き込んでじわじわファンが増えていけば、総選挙で躍進したり、ゆくゆくはCDデビューもあり得なくはないと思う

まだ終わりと決まったわけじゃないんだから、気を確かに持って頑張ってほしい

2016-09-04

http://anond.hatelabo.jp/20160903074101

[長文なのよ]自分が思う一重の有名人

大久保加代子の左目(右目は奥二重)

深澤真紀名前知らないからぐぐった、こんなはっきり一重の人でもテレビに出られる時代になったんと驚嘆した記憶がある)

豊川悦司

澤穂希メディアに登場する中では、スポーツ選手相対的に一重を多く見る。アイプチとか邪魔なんでしょうね。でも視界は広い方が有利になりそう)



木村佳乃とか寺島しのぶとか広末涼子とかは奥二重なのでは。奥二重かつ黒目が大きく見える人は珍しいと思う。

ちなみに山口小夜子はしっかり二重。



一重だから不細工になるということもないけれど、一重なのに不細工じゃないという奇跡は本当に珍しい。すでにブコメにもあるように、大きな目(大きな黒目、黒目が閉める割合の多さ)は多くの動物にとって保護欲を喚起させるので、幼さ、愛らしさに通じるという研究がある。ご承知のとおり「妻と畳は新しい方がいい」という伝統を守りロリ文化を誇るわが日本では、黒目がちであることが可愛らしさに通じる。アイプチはもちろん、黒カラコンの隆盛の理由はそれ。最近アイドル写真はどれもこれも黒カラコンばかりで、CGもしくはオリエント工業みたいでちょっと怖い。

ロラン・バルト彫刻刀で切れ込みをうっすら入れたような目とかなんとか形容したアジア人の目が、増田が嘆いていて、ハリウッドパリコレで「アジア人らしさ!」と押し付けてくる、シャルリー・エブドみたいなところに嬉々として描かれる、日本でも「狡賢そう」「起きてる?」「ブサイク」などと形容されるタイプの目なのであって、黒目がそれなりに見えている一重(奥二重)はこういった印象をあまり与えない。



余談だけれど、「黒目がちょっと大きい(く見える)」アイドルはそれだけでアドバンテージがあったのに、いまでは技術で埋められてしま時代なのだなあと、芸能人ワナビー苛烈さを思って心をいためている。(広末涼子とか、松田聖子とか、「目おっきい!」と思わせた筆頭だと思うのだけど、どうでしょうか?)



ところで自分10代のころもアイプチ(的なもの)はあった。びっくりするくらい不自然だったから、「あいあんなブスなのに見た目気にしてんだぜwww」という嘲笑の的になることが目に見えているので手を出したことはない。

昔は一重がもてはやされていたというわけではなくて、大きすぎる目はギョロ目って言われていただけ。なんか平安時代でも、目がぱっちりしてて涙袋かわいい、的な記述があったはず。

ブコメで「家族はみんな二重」って言っているのは、「家族はみんな白人」て言ってるようなもの。(両親白人で実子のケースなら当たり前だろってことと、『差別なんて気のせいじゃない? 気にしなけりゃいいよ!』という無神経さなんだよ、ってこと)



またまた話がそれるけど、自分のまぶたを手でちょっと持ち上げて、友人のあいつは黒目がこのくらい出ているなと試してみると、いやもう視界が広いのね。びっくりする。羨ましい。自分では自分の視界しか知らないからちゃんと見えていると思っているけれど、例えばインド人なんかと比べたら確かに半分くらいしか見えていないのかもしれない。もちろん、焦点の合う範囲は変わらないんだけどさ、上のほうに高圧電線がある場合なんか、インド人のほうが早く気づけるんじゃないの?

そんでインドに行ったときに、会う人会う人すれ違う人すれ違う人、というか私の狭い視界に入る人みんな、とにかく目玉がでかい。おめめぱっちりとかい可愛いらしいものじゃなくて、目玉がでかい。もうね、同じくらいの身長であっても、虹彩の大きさがぜんぜん違う。瞳の色は千差万別なんだけど、虹彩も、白目も、「目玉」感を圧倒的に押し出してくる。目玉に負けて値切り心が折られそうだった。いや、人種によって目玉あるいは虹彩サイズが違うということはあるのだろうか。誰か教えてください。



まあアラフォー独身自分からしてみれば、非モテの原因に一重は関係ないと思うけど、二重なら出発点は少し底上げできたというのは確か。多くのブコメのように世の人は「あいつ一重でブスw」とは思わず、単純に「あいつブスw」としか思わないから、アイプチでもカラコンでも、解決できる術は利用しちゃって心の平穏を得られればそれでいいよね。

自分のことで申し訳ないけど、人生で一度くらいは、お世辞でもいいから、せめて「馬子にも衣装ね!」で充分なので、容姿に関してポジティブ発言を耳にしたかったなー、と30代くらいまでは思っていました。ババアになると等しく世間は冷たいから、婆も不細工な婆も非人間扱いだからいっそ気楽。でもババアになるまで呪縛は解けない。

容姿人種も生まれも厳然たる差別存在するので、そこから脱せない人は呪うしかないし、恵まれた人は呪いを目にすると不快になるだけで配慮してくることもほぼないので、まあ他人を気にせず自分の心を保つほうが健康的ですよね。健康であることと、世人から求められることとは一致しないことも多々ありますが。

2016-09-03

[]

今回は裏サンデー


ヘビのたまご 第9話

うわ、もう殺しちゃうのか。

仮に死ぬとしてもしばらく先かと思ってた。

でも、う~ん……大してバックボーンがちゃんと描写されていない状態での退場だから、正直イマイチのれない。

世界観というか、この作品方向性を伝えるという意味では十分な役割を果たしたとはいえなくもないが。

国王理屈は、都合のいい解釈で、そもそも今回の事件を手引きした黒幕であるからすごく白々しい。

のだが、当事者の誰かがもう少し思慮深ければ起こらなかった、或いはそこまで酷くならなかった事態だったわけで、その点を考慮するとデュランは口をつぐむしかないわけだ。

後半のジンの答えは、大したことは言っていないのだが、まあ間違っていない。



桐生先生恋愛がわからない。 30話

うーん、二人のあたりの理屈は正直よく分からない。

そもそも、男女逆転させて性差を語るっていう発想は創作的観点から面白い思うけれども、マジになって語ろうとすると安易というか。

身体性差からくる、恋愛感やセックスなども含めた意識の違いというのは傾向として勿論あるのかもしれないが、そのほかの要素も加味して、総体的にかつ相対的判断しないと、どこかで齟齬が生じるだろう。

しかも、ここに個の問題を含めて考えないといけないわけだから

そもそも、たらればで地に足のついてない話で持論を担保するのって、結局は共感ゲームの延長線上にしかならないと思うし。



鐵血のアマリリス 最終話

まあ、打ち切りですな。

まあ、まずは作風が読者の何割かを遠ざけたのは間違いない。

リョナとかトーチャーポルノとかは一般受けしないんだから、その他の要素で面白く描かないといけないわけだが、それも拙かった。



DOG END 第2話(後編)

自分より体の小さい人間を盾にしたところで銃弾全て防げないだろ。

ましてや相手真正面以外からも撃ってきているわけで。

あんだけ規格外の握力とか腕力があるのに、普通に銃弾かれちゃうんだとか。

なーんか、ところどころ雑なところがあって、それが気になるせいでノりにくいんだよなあ。

2016-09-01

http://anond.hatelabo.jp/20160901093914

あれも“相対的貧困なんだとよ有識者様が言うには

日本人全員の最低年収が1000万を超えて「クルーザーも買えなーい」って言っても貧乏と名乗ってもOKなんだとよ