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はてなキーワード: 大海とは

2017-03-20

http://anond.hatelabo.jp/20170320102027

海外にはもっと素晴らしい小説があるのに、日本小説しか対象にしない芥川賞を持て囃すのは

井の中の蛙大海を知らずだなあ



とか言われてもねえ…

http://anond.hatelabo.jp/20170320101852

声優のための閉じた賞だから価値があると思ってた

本気で声ヲタがそう思ってるなら救いようのない馬鹿どもだな

井の中の蛙大海を知らずって感じだわ



その年の作品において素晴らしい演技をしたという実績に対して賞は贈られるべきで、

そこに声優業が本業かそうでないかの違いなど問題になってはならない

2017-03-03

http://anond.hatelabo.jp/20170303105325

大海に出たこともないのに大海を語る蛙よりも

無知自覚してる蛙の方がよっぽどまともだと思うんですよね

2017-02-26

人はただ 身の程を知れ 草の葉の 露も重きは 落つるものかな

己の産まれに甘んじることが出来る人が幸せになれるのだろうな

井の中の蛙大海なんて知らない方が幸せなのだと思う

2017-02-25

森友学園国有地取得で会計検査

森友学園国有地取得で会計検査

https://this.kiji.is/207438898890506241

情報提供の受付

https://www.jbaudit.go.jp/form/information/index.html

http://gendai.ismedia.jp/articles/-/51052?page=2

二次創作」の愛国教育は、戦後社会に見られるひとつ伝統芸であり、サブカルチャーであり、この分野に詳しい者にとっては見なれたものである

戦前っぽいもの」のパッケージは、戦後長らくつづいた保革対立のなかで形成されたものである

保守勢力自民党文教族文部省など)は、教育の荒廃が叫ばれると、かならず国旗掲揚国歌斉唱、「教育勅語」の再評価修身の復活などを主張してきた。

国旗国歌問題に火をつけた第三次吉田茂内閣天野貞祐文相は、その嚆矢である内藤誉三郎(文部事務次官参議院議員第一大平正芳内閣の文相)のように、「天壌無窮の神勅」を学校で教えるべきだと主張した例もある。


教育機関国民国家歴史や意義を教えることは必要である国民国家は、現在国際政治基本的単位だ。これを否定するつもりはない。

グローバリズム時代国民国家というシステムいかに無理なく保守管理運用していくか。政府への盲従や排外主義などの欠陥は認識しつつも、こうした問題に取り組んでいくことは欠かせない。

パッケージを丸呑みするかいなかの二者択一は、あまりに単純すぎる。


ナショナリズムはいつどこで芽生えるか →戦争で負けている側である

あるいは学歴を誇る人間はいつ登場するか。→落ちぶれてそこしか砦がなくなった時である

東大卒のりょーすけさんなどは、もう道具として使う。ふつうはそういうものだ。

東大生かくあるべし、みたいなことを言い出すのはかなり痛い


今日ほど「君が代」に関する議論劣化した時代はほかにないだろう。

君が代」を歌うか、歌わないか問題はあまりに単純に二分化され、歌えば保守愛国であり、歌わなければ左翼反日である即断される。そしてこの単純な白黒図式に基づき、「愛国者」を自任する者たちが、気に入らない相手に食って掛かるしかも、驚くべきことに、この「愛国者」を自任する者たちの多くは、「君が代」の歴史意味をロクに知らないのだ。「君が代」は、敵と味方を判別し、敵を吊るし上げるための単なる「踏み絵」と化している

1999年に「国旗国歌法」が施行された

ネットモブ」が「ネット右翼」と呼ばれたために、その主張も「保守」や「右翼のもの勘違いされてしまった。この結果、昨今のナショナリズムの「再評価」とあいまって歴史的な経緯に詳らかではないネットユーザーのなかで、劣化した議論が急速に肥大化してしまった。

1890年2月帝国議会の開会を直前に控え、地方治安維持をつかさどる県知事(内務官僚)たちは、「文明と云ふことにのみに酔ひ、国家あるを打忘れた」自由民権運動抑制するため、「真の日本人」を育成する国民道徳樹立を求めた。

→とはいえ、当初の「教育勅語」の内容は、後世の文書などにくらべて、意外にも慎ましいものだった。

日本神の国であり、世界指導する権利がある」などという大それた神国思想は、「教育勅語」のなかに見られない。これは、『国体の本義』(1937年)や『臣民の道』(1941年)などで、教育界に広められたものである

しろ教育勅語」の内容はかなり抑え気味だった。たしかに、「我カ皇祖皇宗国ヲ肇ムルコト宏遠ニ」「天壌無窮ノ皇運」など神話にもとづく記述もあった。だが、そこに掲げられた個々の徳目現実的で、日常的な振る舞いに関するものが多くを占めた。

当時の日本に、空想をもてあそぶ余裕などなかったのだ。

日本日清戦争日露戦争勝利し、帝国主義列強一角を占めるにいたって、かえって問題が指摘されるようになった。大国日本国民道徳として、「教育勅語」はあまりに物足りないのではないかと注文がつきはじめた


君主たるもの特定政治的宗教的思想的、哲学的立場に肩入れする言葉を使うべきではなく、またその訓戒も「大海の水」のごとくあるべきで消極的否定言葉を使うべきではない

また、井上帝国憲法の起草者として立憲主義尊重し、「君主臣民の良心の自由に干渉せず」と述べて、「勅語」を軍令のように考える山県の構想も牽制した。

もちろん、自由民権運動対策念頭にあったこともあり、独立自治などにつながる徳目が慎重に排除されていることは見逃せない。その一方で、その内容は、神国思想軍国主義権化のごとき過激ものでもなかった。


追加修正

西園寺公望は、明治天皇の内諾を得て、「第二の教育勅語」の起草に着手した。

1919年、『勅語衍義』の執筆者井上哲次郎によって「教育勅語修正を加へよ」という論考が発表された

この提言の背景には、同年に朝鮮で起きた三・一独立運動の衝撃があった。

結果的に、「教育勅語」の不足分は、ほかの詔勅の発布で補うかたちが取られた。1908年発布の「戊申詔書」、1939年発布の「青少年学徒ニ賜ハリタル勅語」などがそれにあたる。

1948年6月衆参両院の決議では、「教育勅語等」として「教育勅語」だけではなく「軍人勅諭」「戊申詔書」「青少年学徒ニ賜ハリタル勅語」などがセットで排除および失効確認されている。これらの詔勅が一体的に理解されていた証左

教育勅語」は、狂信的な神国思想権化ではないが、普遍的通用する内容でもなく、およそ完全無欠とはいえない、一個の歴史的文書にすぎない。その限界は、戦前においてすでに認識されていた。

2017-02-18

漫画を探してます

まず俺の性癖について説明させていただくと、主に漫画とかで女の子が目を飛び出させてアゴが外れておおげさに驚いているのに興奮する。なんでかは自分でもよくわからない。顔芸フェチ結構いると思うんだが、現実には出来ない、ありえないところに心揺さぶられるのかな。

だが残念なことに俺の知る限り供給が非常に少ない。世間ってあまり女の子にそういうことさせないから。

具体的な例を示そう。

http://i.imgur.com/VayvqMb.png

女の子だよ。ウソついてないよ。俺は昔からこのディクシーにお世話になっている。

何がいいって、ディクシーだけ目が飛び出してることだ。ディディーの目も飛び出してたらダメだ。ディクシーだけの独自性ということが重要なのだ

http://i.imgur.com/0u8ZZYe.jpg

これも良いのだが、あとでコラだと知って少々残念だった。なんで残念になったか俺もよくわからないのだが公式の燃料でないと興奮できないらしい。

http://i.imgur.com/pi4h5BQ.jpg

これもなかなか良い。このあとブルマがおもらししてるのもポイント高い。シチュエーションが情けないほど興奮するらしい。ただ、ブルマだとこういう顔しても自然すぎる。欲を言うと普段おしとやかな子がこういう顔するほうがいいのだが。

俺の力不足でこれくらいしかコレクションがなく大変申し訳ない。いや厳密に言うと、大げさな表現をする漫画はけっこうあるけど、個人的な話で本当にすまないのだが、なかなか俺のツボにはまるものがない。ワンピースとかボーボボなんかが思い出されるが、なんかああいうのは違う。説明が難しいが。

漫画じゃないけど、ジム・キャリーマスクって映画があるが、ジムカートゥーンそのままの表現で驚いたりしてる、あれに理想が詰まってる。あの主人公女の子だったら俺は一生食オカズに困らなかったろうなと思う。でもあんジムみたいな芸当ができる女の子っていない。でもゴーストバスターズとかも女性版でリメイクされたし、希望はあるんじゃないかと思ってワクワクしながら生きてる。

そろそろ本題に移るんだが、今から15年くらい前に、ある人が読んでいたのだが、女の子がそういう感じで驚いたりしてるエロ漫画があって俺の下のアンテナガッツリ反応したんだが、それがなんて漫画だったのかまったくわからない。その人に読ませてもらおうとしたが拒否されてしまいわからずじまいだ。そんなにキモかったのか。しかしまさか今の今まで引きずることになるとは思わなかった。

どういう漫画かさっぱりわからないが、とりあえずなんでエロ漫画なのかというと、俺が見たページでは女の子が裸になって(セックスもしてたような気がする)目が飛び出て驚いてたようだったので、少年誌漫画ではないように見えた。青年誌だと思う。

なんでそんなツボにはまったのか自分でもよくわからないんだが、そういう表現エロ漫画には珍しかたからだと思う。俺の知るかぎりでは、そういう表現と裸が共存してる漫画を見かけたことがない。

そんな気になるんだったらその人に聞けと言われると思うけど、友達の友達くらいの人だったんで連絡先もわからないし、探そうにもどっからどう手をつけたらいいかわからん。どなたかご存じないだろうか、と言ってもそういう目でその漫画を読んだ人は俺以外いないんじゃないかと思うし、てめえの好みなんか知るかよと一蹴されてもしかたないと思うし、こんな手がかりで見つかるとも思えないので絶望的だと思う。

答えが出るとは思ってないが、ひとまずこの大海原で漂流しようと思う。

2017-01-31

http://anond.hatelabo.jp/20170131094602

沙は海辺の砂みたいなものを指して

波に揉まれた砂のような洗練されたイメージ

大海のようなおおらかさを連想させるらしい

単純に夏っぽいイメージ人名に選ばれることも多いってさ

耶は内省父性を表す文字らしくて

キリストを指す文字でもあるらしい

そのために利他的で人を導くような人間に育ってほしいという気持ちを込めて名前に選ばれるっぽい

夏生まれマザーテレサみたいになりたい子にはぴったりの名前だね!

2017-01-21

井の中の蛙

大海を知ってるからこそ海に飛び出す事にビビってずっと井戸の中に居続けるのでは?

少なくとも俺はそう

2017-01-05

英語が話せない人はインターネットの5%も楽しんでいない

英語が話せない人は英語で作られたウェブページ理解できないわけで,インターネットという大海なかにある日本語ウェブサイトという小さなしか理解できない。だから英語勉強しよう

2016-12-03

http://anond.hatelabo.jp/20161203143105

女に対してこういうことを呼びかけてる所からして、とにかく絶対結婚したいと思ってるように見えるんだがw

「この程度のこともできない女と結婚するくらいなら独身の方がマシ」って本気で思ってるなら、こんな所でそんなん呼びかけずにまず婚活辞めるだろ…。

まだ結婚することに対して情熱やら期待があるからこそ呼びかけるんじゃないの?



あとさ、元増田婚活市場にいないタイプの女を求めてるんだから婚活市場強者だとしても意味なくね?

釣り堀の中にいない種類の魚は絶対に釣れないんだしさ。

元増田自分の納得できる相手結婚したいんだったら、婚活なんてやめて自由恋愛市場若い子(若くないと婚活市場行きの売れ残りに当たる)を引っ掛けるしかないと思うけどなあ。

満足できる釣果を望むなら釣り堀はやめて大海に出よ、なんてな。

2016-11-30

閉店セールばりの増田巣間乗り場ルー選定へ(回文

出たーーーー!!!

ファイナルファンタージーの新作が出たんだって

FFVXなのかしら?

15作目。

私気付いちゃったシリーズなんだけど、

ファイナルファンタジーって

ファイナルなのにもう15作目。

30年近くもファイナルって言い続けてるじゃないって事!

ぜんぜんファイナルじゃないし。

まるで紳士服閉店セールみたいな感じね。

閉店ガラガラの人も閉店じゃないし、

メテオドーーンって勢いだけのギャグ好きなんだけどね。

そんな私は、

ファイナルファンタジー

3と4と5しかやったことないわ、

すでにもうファイナルってた。

いまさらいきなり最近ファイナルファンタジーやってもついていけないわ。

大海原で巨大イカに襲われて負けそうなとき

居なくなってもう会えないかと思ってた

リディアが再び現れて

ファイガで焼きイカにして振る舞って助けてくれたことが思い出すわ。

それが私のファイナルファンタジーメモリーね。

5はみんなで竜騎士になってジャンプしまくったのが楽しかったわ。

3はラストダンジョンだったっけ?

セーブポイント遠すぎるし、

2は仲間で殴り合ったのも楽しかったわね。

ドラクエからファイナルファンタジーやったとき

ヒットポイントが4桁なのにはビビったわ。

なんか、ふぃっしゅ的な巨大なものを感じた!

そして大人な感じがしたわ。

ゴールドだって65535ゴールドを超えて持つことが出来たことにも感動!

すべてがファイナルファンタジーだったわ。

しかし、

今のファイナルファンタジー

クリスタルクリスタルケイって言ってるのかしらね

うふふ。




今日朝ご飯

ジブリパン本仕込みでお馴染みの

トースト目玉焼きのせ食パンよ。

これ鉄板級に美味しいわよね!

40秒で平らげな!って

ゆっくり味わいたいわね。

デトックスウォーター

冬になると鮭が美味しい季節

干した塩引きの鮭!

グッと旨味が凝縮して最高よ。

鮭皮ウォーター

どーーん!

塩味旨し。




すいすいすいようび~

今日も頑張りましょう!

2016-11-04

IT界隈の動物たち

GitHubの謎生物が気になり、せっかくなのでIT界隈の動物(?)を用いた名前ロゴの由来など調べてみた。

※追記あり:Gopherファンに襲われそうなので。ごめんねGopher

GitHub

種類:octocat(ネコタコ

名前:monalisa

Q.どうしてタコなのに8本足じゃないの?

A.なにも考えずに描いたからね!

もともとデザイナーはoctopussと呼んでいたが、いくら訂正してもGitHub社員がoctocatと呼ぶため、octocatで落ち着いた。

octocatはあの生物種の名称であり、monalisaという名前社員の娘が学校課題で名付けたもの

Python

種類:ニシキヘビ

名前: -

イギリスコメディ番組空飛ぶモンティ・パイソン』より。

またPythonという英単語はニシキヘビを意味するため、マスコットとしてヘビが用いられる。

オライリーの本とかすごい表紙だよね。

PHP

種類:ゾウ

名前:ElePHPant

PHP」という字面が、横から象を見たような感じなので。

PostgreSQL

種類:ゾウ

名前:slonik

動物ロゴにしたいなら、象なんてどうだい?アガサ・クリスティ小説にもある『象は忘れない』だ」

   ― PostgreSQL発足時のメーリスより

Evernote

種類:ゾウ

名前: -

象は記憶力が非常に優れた動物のため。PostgreSQLと同じで、象の優れた能力あやかっている。

GNU

種類:ヌー

名前: -

GNU is Not Unix.

Mozilla Firefox

種類:キツネ

名前: -

もともとPhoenixという名前だったが、商標権侵害していたので、公募Firebirdという名前に決定。

しかし今度はDBに同じ名前があったので、Firefoxレッサーパンダの別名)に改名

みなさん命名は慎重に。

Docker

種類:クジラ

名前Moby Dock

白鯨Moby-Dick)』より。クジラ採用した理由デザイン見れば納得。

個人的に一番センスのある名前デザインだと感じる。

Linux

種類:ペンギン

名前Tux

名前タキシードTuxedo)を着ているように見えるから

ロゴコンテストで決定されたが、他の作品を見ればなぜ選ばれたのかよくわかる。デザインって大事

https://www.cs.earlham.edu/~jeremiah/linux-pix/linux-logo.html

Twitter

種類:鳥

名前:ラリー・バード

名前NBAのラリー・バード選手より。社員ファンだったらしい

ちなみに初期のTwitterデザインGitHubデザイナーが手掛けたもの。すごいっすね。

Seaser

種類:シーサー

名前: -

開発者出身地沖縄だったので。

MySQL

種類:イルカ

名前:Sakila

データ大海原を進む、という意味をこめてイルカ採用

Apache Tomcat

種類:ネコ

名前: -

オライリーの本に載ることを考慮して動物マスコットにしようと考え、「自立した強かさ」を持つという意味Tomcat(雄猫の愛称)を採用

しかし、猫はオライリーUML本で使われてしまい、念願のTomcat本にはユキヒョウが使われたという…。

が、最近Tomcat本には猫が使われた。めでたし。

Apple

種類:Dogcow(イヌ+ウシ)

名前:Clarus

昔々、Mac OSで用紙の向きや色を表示するために使用されていたらしい。

知らんわ。

Plan 9 from Bell Labs

種類:ウサギ

名前:Glenda

OS名前であるPlan 9~」はエド・ウッドの『Plan 9 from Outer Space』に由来。

ウサギ名前であるGlendaはエド・ウッドの『グレンとグレンダ』に由来。

どんだけエド・ウッド好きなんだよ。

Go

種類:ホリネズミ

名前Go Gopher

彼の歴史Goプロジェクトよりずっと前、1999年に遡る。

ニュージャージーのWFMUラジオで、Renee Frenchによって宣伝用のTシャツに描かれたのが、彼の初登場。

その後、Bell labsのメールシステムアバターとして起用もされた。

(ちなみにReneeはBell labsのGlendaを描いた人。Glendaもアバターの一員だった)

そうして2009年Goプロジェクトが発足し、ロゴ検討していたメンバーにReneeが無償で描いてあげたのが「Go gopherである

みんなGo Gopherと呼ぶので、特に固有の名前は無いらしい。

由来は下記サイトにありました。

https://blog.golang.org/gopher





調べてみた感想:週末にエド・ウッド作品見てみようかな、と思いました。

2016-10-12

クソ記事に生き埋めにされた良記事を弔う

はてブホッテントリ毎日上がってくる大して面白くもない低クオリティ記事

彼らのせいで、世のなかにある良質なコンテンツホッテントリ入りが邪魔されている。

なんて嘆かわしいのか。

インターネッツ記事は3日で鮮度が落ちる。

3日のうちに表舞台に立てなかった良質なコンテンツたちの墓場はどこにあるのか。

どこでもないどこか、

インターネット大海のひっそりとした奥底で、

日の目を見ることを夢見て記事を書いたライターたちの夢は藻屑と成り果てる。

千万の儚く消えた記事たちよ。

今はただ安らかに眠ってほしい。

2016-10-05

次世代を担う漫画が「ぼくのヒーローアカデミア」ならおじさんは死なず、ただ去るのみだと思った

ワンピースのように大海原にでてテッペンを目指す漫画でもない。

NARUTOのように最高責任者を目指す漫画でもない。

 

ただひたすら自己承認欲求の強いナード属性主人公面白味も無い自己犠牲活躍して、

人間的魅力がないのに友達が増え、女の子から好かれるご都合のハーレム展開漫画

何の魅力もない主人公なのに今の若者はこれに自己投影して自分を慰める。

 

スラムダンク北斗の拳クレヨンしんちゃんジャングルの王者ターちゃん

シティハンター幽遊白書ろくでなしブルース今日から俺はドラゴンボール

封神演義蒼天航路キン肉マンうしとらやぬ~べ~やガッシュ寄生獣ジョジョ

 

を消化してきたおじさんは、自分と違う面白さを持った主人公人生を見たい読みたいんであって

自分と似たような暗いジメジメしてるだけ、ジメジメ回避のための打開策のアプローチすらできない主人公

なのに周りのおかげで勝手に上手くいくような主人公をお出しされても、全く面白いと思わないんだよね。

 

ハッキリいってヒーローアカデミアの作者って人間として面白くないでしょ?

自分が描きたいものを描いているというより売れるものを描いてる感がすごい鼻に付く。

誰かに否定されてでも書きたいとか着地に失敗してもおかまいなしに書こうとする気配が全く感じられない。

小奇麗にやろうとしてる感がキツイ

子どもたちがナードな俺でも・・・みたいな自己変革を排除して

チート能力や周りのヨイショを期待してしまうかもしれないのが辛い。

緑谷が主人公としての義務の周りを「ハッ!?」とさせるような魅力が全くない。

ナードならナードサイドによるリア充一般人の「俺たちはひょっとして大きな勘違いをしていたのでないか」という読者の知見を広げたり啓蒙する役目を全く果たしてない。

ナードがニヤニヤしながらリア充メンバーに囲まれチヤホヤされてるのをみて、現実で居場所がないナードが読んで緑谷と自分を置き換えて心を慰める、

代償行為にすぎない。

 

こんなの人生の糧になるか?

おじさんは死なず、ただ去ろうと思った。

 

あ、進撃の巨人は読んでます

エレンいいよね!

復讐燃える主人公とか大好きだ!

2016-08-25

同僚の死を聞いて

つい2分ほど前、行方不明になっていた同僚が遺体で見つかったという連絡を受けた。

同僚と言っても、その人は夫婦経営の勤め先の男社長丁稚自分は女社長アシスタント(まぁ丁稚と変わらない)だったので、

普段はあまり接触がなかった。


金曜日日中、島のリゾート物資仕入れてそのままトンボ返りという時、

物資購入のお金を手渡したのが最後の接触だった。

ランチ買いたいかちょっと釣り貸りていい?」

13人兄弟大家族で貧しいお家の彼に、嫌々ながらも了承したのが最後の会話だった。


気まずそうな笑顔が印象的だったが、今はもう思い出せない。


金曜日夕方までにリゾートに戻って、土曜日の朝はリゾートのチェックアウト客の、本土へのボート送迎をするはずだった。

夏休みでちょうどその島に滞在中だった上司からメールがあった。


「彼が戻って来ません。ちょっと家まで行っていつ出たか確認してもらえますか?」


この時自分は、

「ああ、またここの現地民あるあるのスッポカシだ。」

と、彼が勘違いかわざとか、その日中に戻らないといけない約束を破ったのだと思った。


その頃彼は、小さいモーターボート大海原を漂流していたのだ。


事故なのか事件なのかはまだ分からない。

まだボート運転勉強中で完璧ではない彼が、高波で操縦を誤ったのかもしれない。

日本と同様に、隣国とのいざこざがあるこの国で、隣国の武装船に襲撃されたのかもしれない。

貧しい人が多いこの国で、船で麻薬を運ぶ輩か泥棒に狙われたのかもしれない。


命の価値はみな平等だと耳にするが、この国では命の価値日本よりも軽すぎるように感じる。

お隣の国ではもっと軽いようだ。


自分が彼を短時間でも引き止めていたら、

彼にお金を渡すのではなく、お弁当を買って渡していたら、

少しでも違う結果になったのだろうか。

いや、なんの影響もないに違いない。

それでもタラレバの考えは尽きない。


涙を流しながら知らせてくれた上司は、彼に思い入れがあったのだろう。

お葬式には行きたい」

と、既に先のことまで考えている。


反して自分は、今のところ何の感情も湧かない。

悲しいとか悔しいとか無念とか、怒りも悲しみも出てきていない。

お葬式に参列したとしても、多分このままなのではないかと思う。


日本のへんてこな食生活を話した時にものすごい顔をして反応したっけ。

でも何を思い出しても何も感じない。


昨年のことになるが、日本で勤めていた会社の元同僚から、仲良くしていた非常勤のおじいさんの死を知らされた。

かたや若手に位置していた自分、かたや定年まで務め上げ、家族のために定年後も務めていたおじいさんの先輩。

所属替えで本社勤務となって最初部署で知り合った。

そして人事異動で別の部署となったものの、自分退職する前年度までは、たまたま同じ部署の配属に再びなって、

通路を挟んで背中合わせで座っていた。

よく雑談をして、冗談から真面目な話題まで、通路を遮ってしていたものだ。

おじいさんの死を聞いても、何の感情も湧かなかった。

今でも何も湧かない。


身近な死はあと1つ、自分祖父の時だけだ。

それでもメールで母に知らされた時も、何の感情も湧かなかった。

亡くなった祖父と対面した時、初めて涙が流れて、告別式の時は参列者に礼をする時に大量の鼻水がそれこそ滝となって流れたことに慌てた。

お骨を拾う時の、火葬機械から漂う熱がまだ忘れられない。

祖父の死は今の自分にとって、唯一大きな「死」なのだろう。


最近太宰治の娘である太田治子エッセイを読んだ。

お母さんに対する、未練と言っても良いくらいの、良い意味のしつこさを感じた。


自分最愛である母が亡くなった時、自分はどうなるのだろう。

今のところ母の次に愛する彼氏が亡くなった時、自分はどうなるのだろう。


今夜は眠れそうにない。

2016-08-16

運動経験者は違う

アラフォーどころかフィフに近いのだが、バスケとかエアロとかやってる人は筋力が凄いからきつい

この人に慣れてたので若い小娘としたら

大海原のようだった。

ビニール風船としてるのかと思った

2016-08-05

ゴジラと刺し違えたのは誰か(ネタバレ)

自分今日見てきてので、一つ書く。



シン・ゴジラカタルシスは散々言われ尽くされてる事だが、ゴジラブレス攻撃第一波に尽きる。

主人公側(政府側)のステートマシン図を書きたくなるような目まぐるしい報告と対応も凄かったが、

その凄さは恐らく「敵が無能だと強さ引き立たない」という理由演出されたものであり、

あくまフォーカスの中心はゴジラ攻撃にある。




観終わった後も「あの攻撃だけでももう一回見たい」という気持ちが強く、

多分DVDダウンロード権を買うことになるだろう。

で、あの攻撃の何が凄かったのか数時間考え続けて、一応の結論自分の中で出たので、書き留めておく。




まずあのブレスが設定上どういう位置づけかという点だが、あの攻撃は、波動砲ガミラス視点)だったのだ。

発射に至るまでの溜めの長さといい、ゴジラ自身制御しきれない巨大なリスクを伴った手のつけられない破壊力といい、

存在感として波動砲位置づけと見た。

庵野つながりで巨神兵ブレスと見ても良いのだが、巨神兵との違いは、巨神兵が最終的に大海嘯に押し切られて自滅するのに対し、

ゴジラ攻撃は押し切られない事。

とにかく撃ったら終わる無敵兵器位置づけなので、巨神兵よりは波動砲に近い。

(とはいえ、後述するように最後は「ガス欠」が敗因なので、そこは巨神兵と同じと言える)




で、ブレス攻撃第一波に物語上の位置づけについてだが、

見てる人は皆同じことを思っただろうが、今回のゴジラブレスを吐くまで攻撃らしい攻撃を全くしないのである

町の中をのたくってあっちこっちを押しつぶしたのと、煙の中から橋をちゃぶ台返しした事以外は、実に忍耐強いというか、攻撃をしない。

神心会のデンジャラスライオン加藤清澄パンチされまくっても欠伸してる夜叉Jrのように、まるで何もしない。

ゴジラ攻撃するのは「有効攻撃」をされた時だけなのである




これは別にゴジラが「攻撃しなければ無害であり、本当は戦いたくないのだ」などという甘っちょろい事を意味してるわけではない。

第一形態から第四形態に至るまでずっとそうだが、

ゴジラは移動するだけでも甚大な被害を発生させる存在であり、「放置しておくと増大するリスク」そのものなのだ

いるだけでも迷惑だが、取り除くために行動するなら痛みとリスクを伴う癌細胞。それが今回のゴジラだ。

から有効攻撃を食らうまではゴジラ攻撃しなかったのだ。

今回の映画政府側は何度となく「民間人被害が出るけど攻撃するか」を問われるが、

ゴジラ最初からブレス撃ちまくりながら侵攻してきていたら、その葛藤は描けなかっただろう。




で、テーマ上の都合は上記のとおりとして、

ゴジラの都合に立ってなぜ攻撃しなかったのかを考えると、ブレスの「奥の手」としての悲哀が見えてくる。

ゴジラの負けが決まったのがいつかという点を考えると、それはあのブレス攻撃が終わってゴジラ活動停止した時だろう。

あの攻撃で「ガス欠」という決定的な弱点を晒ししまった事で、

主人公側はゴジラ血液凝固剤を投与するための道筋が見えてしまった。




確かに「止め」を刺したのは血液凝固剤を飲ませた事で、その点はショボく見えるのだが、

重要なのはそれより前に無人機による波状攻撃によって放射能を撃たされて、意図的に再度ガス欠にさせられてしまった事で、

あの状態になったらもう血液凝固剤でも口の中に爆弾でもバンカーバスター釣瓶撃ちでもなんでもできるわけで、

止めの手段問題ではない。

ガス欠がバレた時点でゴジラの勝ち目はなくなっていたのだ。

その意味で、勝負が決したのはゴジラが奥の手であるブレスを使わせれた第一波が全てだった。

からあのブレスシーンは凄かったのだ。




ということで表題ゴジラと刺し違えたのは総理大臣

総理ゴジラブレスで死んだが、ブレスを撃たせたことでゴジラの死も決まった。

神羅カンパニーミッドガルキャノンvsダイヤウェポン戦と同じで、あのブレスシーンは、総理以下内閣首脳とゴジラが刺し違えたシーンだったと考える。



あの総理大臣は2つ印象的なシーンがあり、一つはゴジラ第3形態の時に巻き添えになる民間人を見過ごせず、攻撃中止を決断したシーン。

もう一つは米軍によるゴジラへの攻撃東京の空が赤く染まっているのを見ていたシーン。

特に前者の方は、直後のゴジラのしばしの停止とも相まって、日本政府の弱みを敵の眼前に晒したシーンであり、総理のその後の敗北を強く暗示する物だった。

ゴジラ鎌倉に再上陸した後東京に向かい登場人物が「なんでこっちに来るんだよ」と嘆くシーンがあるが、

その理由は、あそこで攻撃を止めたことが一因なのだろう。

要は、民間人を救おうとしたことで勝機を逸したと同時に「人がいる場所なら攻撃されない」と舐められたわけである

その事が、熱核攻撃というリスクの拡大再生産と、最終決戦での主人公民間人に巻き添えが出ようが何だろうが攻撃する決断につながったのであり、

またゴジラ東京駅活動停止した理由も、人の多そうなビルの近くが一番攻撃されにくいという判断によるものかもしれない。




攻撃するべき時に攻撃できなかったことで、リスク東京消滅の寸前まで大きくしてしまった総理

一方で、ゴジラの死因となった総理でもある。

決断力あり過ぎに描かれていると非難も多い日本政府だが、それは彼らが死んだ時に「その後」の日本政府人材欠乏ぶりを際だたせるためのものだろう。

実際、農林大臣総理就任した時の頼りにならない感は強烈だった。

だが同時に、あそこで死ぬ総理は、ゴジラと刺し違える総理なので、無能に描かれるわけが無かったのだ。

2016-07-17

糞みたいな増田スパムに洗い流されていく

これが大海嘯か

2016-07-14

増田って結局

文章として本当にいいものを書いたな、という手応えがあるときにいい反応は絶対にない。

マイナスかけるマイナスがわからない馬鹿にでもなったつもりで、趣旨も一貫しないような、主観をまき散らすだけの、「思う」連呼小学生の作文みたいな稚拙落書き推敲一切無しで書き散らすと簡単につまら説教がしたいアホが釣れる。

増田に限らず、ネットで話題になるものって全てこう。

みんなただマウンティングがしたいだけなんだよね。

本当に興味があるとか感動したとかそういうものに対する反応を大きく取り上げるシステムになってないんだよ。

しろ、誰にとってもクズしかないものほど、クズを利用して相対的自分を立派に見せたい承認欲求を吸い寄せる事で成立する仕組みになってる。

これはそもそもいいものを素直に褒める習慣のない日本人性質問題もあるのかも知れない、とは思う。

まあでもそれもたぶん程度問題だ。

自分英語しか読めないが、英語話者の言論空間で繰り広げられる世界的なやりとりを眺めていても、多少の自制心は感じられるが、本当にしょうもないものほど無視出来ずに衆目が集まり、結果として逆にクズ存在感を高めてしまうだけという現象はそれなりに見られる。

日本場合は、それをある意味で『薄める』効果を持った、「ほんの些細ないいものでもとにかく褒める」というカウンター熱量相対的に足りないだけだ。

 

他人に教えてあげたい新情報を盛り込み、読みやすさを考えてきちんと順を追って説明し、一読諒解でスッと頭に入って来るように文章を整えると、まあ、まず酔っぱらいの気まぐれくらいな無差別なクソレス以外は、トラバブクマもつかない。

スッと読んでうむ、と納得して終われるように読者への配慮を怠らない事は、通常の作文技術で言えば必要不可欠の基礎技術に当たる。小学生算数が覚束ない状態で高度な数学へ手を出そうとしても、計算間違いばかりで教科書を読み進めるのすら難しいのは誰にでも想像がつくことだ。

しかしこれがネットで発表するブログSNS記事となると、むしろそんなことをしない方が生存戦略としては正しいという現実になる。

違いはたぶん評価タイミングにある。

古来文章というものはそもそもリアルタイムメディアではない。

読んですぐ、どころか読みながらすらすでに反論や混ぜっ返しを構想しつつ出しゃばる計画企図し、吸った息を吐くようにそのままノータイムで書き込むなんてことは従来の文章の使い方としてなかったことだ。単なる口頭会話の置き換えのつもりで軽く見ている人もいるかも知れないが、文章には口から発する言葉と違って一息(一文章)で長々と演説が出来たり、本当のリアルタイムというにはタイムラグがあったり、それらに起因する割り込みや訂正の難しさがあったりして、現実としてこれらネット上の文字コミュニケーションは音声と文章、両方の悪いところだけを引き継いだような最悪のコミュニケーションツールになっている。

文章は、書き、読み、思い、反論でもそれを踏まえたまったく別の場所での言及や自説の開陳でも、それらステップの間にいくらでも考えを改めたり気づき直したりという猶予があるものだった。

からこそ、文章術とはまずすんなりと理解させることに重点を置いていた。

スッと読んでうむと納得して、まとまった形で頭に残っているからこそ、検討検証も出来る。わかりやすさとは頭に残り、こころに残り、読み手のその後の人生の中でじっくりと「対話」をしてもらうための絶対条件だったのだ。

感情空気に流されがちな体面の問答と違い、ひとつ思想パッケージとして読み手の中に取り込み、そのあとでじっくりと自問自答という形で葛藤してもらうことこそが文章と言うメディアを用いた「対話」のやり方だった。

 

増田でバズった記事に、名文と呼べるものがあるだろうか?

「逆に名文。」「むしろ名文。」?そんなありきたりの逆説は要らない。

から折りに触れじんわりとその一行一行を噛み締めたり、何度も読み返したくなったりする深みがあるか?

せいぜい「日本死ね」が大喜利的にバズワードになるだけじゃないか

バズワードと心に残る言葉は違う。

日本死ね」はレトリックとして死なないものの死を願うという無常感、絶望感を含有した良い捨て台詞だと思うが、バズワードにはそういう文脈考慮されない。ただ字面上同じであれば単に自分の気に入らない相手普通に死ぬ比喩になってない相手)を死ね罵倒するのにも平気で使われる。

皮相的な反発の応酬で起こせる波の、これが限界だ。

あくまでそれはただ大海原の表面が鳴動しているに過ぎない。船を転覆し浅瀬の生態系をかき乱す力はあるかも知れないが、人のこころの深いところを揺り動かし、大きな変化をもたらすような津波にはならない。…変な比喩だが。

自分こころの深いところに入り込み、そこに不可逆な変化をもたらしてしまうようなものを読まなければ、書かなければ、知は停滞する。

停滞し、後退する。それが生体としての脳の摂理からだ。

 

文章がただの文字列という刺激になっている。

まとまったものを読み、読み切った後に意識の中に残った断片あるいは芯のようなもの、それらの感触、反芻、自己言及的な葛藤を通して得られる新しい自分

そういう一種コース料理のようなひとつづきの体験文章という表現に当たり前に付随するものとして認識されなくなっている。

いきなり俗な話になるが、これはエロゲーシナリオ文章物語として扱う層への違和感と似ている。

ひと文字いくらで量を書いてナンボなんて世界で書き増されるだけのテキストデータに芯や内容なんて生まれない。エロゲーシナリオには「読み終わり」すらない。

ただカネを納得させる「量」と水増しを誤摩化すための「刺激」でエロシーンまでの間を前戯的に埋めているだけのものだ。さながら増田が、ネットバズるブログSNS投稿が、文字として表された思想人格葛藤するよりもただ愉快な炎上を持続させるための刺激としての埋め草であるように。

ネット言論空間というのは、本当に「脊髄反射」という言葉が相応しい。

文章の、言論の装いを纏ってはいるが、その実いっさい論者の芯の部分を経由していない、ごくごく皮相的な反発の応酬で成り立っている。

その場で読んで、その場で反発して、三日経てば何を読んだのか何が書いてあったのかその一節すら思い出せないようなインクメモリ)のカス右往左往して、白熱した議論かなにかを装いながらどんどん使われない脳味噌が退化していっている。

これがネットでだけならいいのかもしれない。使い分けが出来ているのなら良いのかも知れない。しかし実際のところ、刺激としての文字列に慣れた脳味噌はまとまりを、芯を感じる力を明らかに加速度的に低下させている。

2016-06-20

[]

わたくしついにスカイツリーに登りましたわ。

正直なめてたけどやっぱり夜景東京ですわ。謎のパフォーマンスも拝見しましたわ。なんかウルトラマングッズも頂きましたわ。



スカイツリーの中のわたくし大海を知らずですわ。スカイツリーの中のわたくし大海を知らずですわ。

2016-05-06

http://anond.hatelabo.jp/20160502111830

クソわかる

学校で頑張ったことは?()志望理由()

会社事業内容と大学の専攻が1mmもかすらない学生採用する。

どうせ内定出てもクソみたいにダラダラ残業させられて、

ちゃっちゃと仕事ます無能仕事押し付けられて、

臭い息のクソ老害バカみてぇにつまんねー愚痴とか内容の無い理想とか自慢話を聞かされて、

クソみたいに効率の悪い方法仕事させられて、改善しようとすると激おこプンプン()されるから

日本狂ってるしクソだしそんなとこで働いてるのは全員ドマゾだし

老害自分のした苦労は他人にさせないと気が済まないクソだから

なんだ、まぁ、頑張れ。お前は悪くない。

みんな搾取され過ぎてギスギスしてんだよ。

人生はクソみたいな大海原をどういう泳法で泳ぎきるかってだけだから

若者を食い潰そうとしてる社会が悪いから。そのうち日本人はいなくなるよ。

2016-03-15

増田ファーストブックマーカーの皆さんへ

この大海から一粒の原石を見つけ出してくれてありがとうございます

あなたがいてくれるからこそ、私たち増田を気軽に楽しむことができます

途中でブコメの流れが変わり、1番目のあなたにはスターが付かないことがよくあります

だけど私はあなた感謝しています

15ブクマ程で気の効いたブコメスターを荒稼ぎする人もそれはそれですごいですが、

増田を読み込んだ上で速攻で共感を呼ぶコメントを書くのはなかなかできません)

激しいスパムの中からキラリと光る増田を選び出すあなた尊敬します。



カンブクマ、サードブクマする皆さんもありがとうございます

あなたがたのおかげで新着にのり、多くのブックマーカーの目に止まるのですから

最近は3ブクマくらいでは厳しいようですが)

もちろん1userのまま流れていく増田もいっぱいあるでしょう。

というか、それがほとんどでしょう。

http://anond.hatelabo.jp/?page=1000

増田の1000ページ目、2月13日なんです。わずか1ヶ月で25,000増田が生まれ、そして消えていきます

その中で面白い増田、気になる増田ブクマし続けるあなた尊敬します。



ありがとうございます

セディールの良い体験談を書いておきたかった

セディールという、精神科系のお薬がある。

一般名はタンスピロクエン酸塩で、1996年に発売された大日本住友製薬抗不安薬である


このセディールはggったらわかるのだけれども、びっくりするほど評判が悪い。

探しに探したけど、ほとんど見つからない。

効果が実感しづらいのが主な原因らしい。


私はセディールに丸2年ちかく、1日3回世話になり続けた。

途中何度か油断して断薬したりもしたが、

その度に「やっぱりセディールがないとだめなんだ」と反省して飲み直した。

どれくらい飲んだんだろう。700日間飲んだとしたら2100錠だから、21箱?


私はセディールが好きだ。人生を救ってくれたと思っている。とても感謝している。

大日本住友製薬ファンレターを書きたいくらいだ。

できれば1日3回の用法煩雑なので徐放とか開発してくれないかと思っているのだが、

まりモテない薬では難しいか。薬価高いしね。


というわけで、ネットセディール万歳記事が見当たらないと悔しいので、

大海に砂粒を投じたい気持ちだけでこの記事を書くことにした。

どうせこの記事も埋もれるんだろうけど、それでも書きたい。自己満足です。

長くなるけど自己満足っていうことで許してほしい。




セディールの話をしているからには、私は抗不安薬を飲まなくちゃいけないような人間だ。

いわゆる鬱病PDではないが、生き辛いアスペさんである

幼い頃はADHDクラスメイトとセットで爪弾きにされて、彼女の失禁の面倒ばかりみていた。

その後不登校になって自殺未遂して、……まあ波乱万丈に鬱々と生きてきた。


学生時代の話でちょっと自慢できることなんて、

受験生ときに、駿台模試数学偏差値103とったことがあるくらい。

他人にはほぼ無関心を貫いていた私も、さすがに驚いた。

「こんなに簡単な問題を解けない人がいるらしい」という方向に。


……ちょっと話がずれたかな。

別に数学自慢をしたい訳ではなく、抗不安薬の薬効を褒めるに当たって

どういったバックグラウンド患者であるかを説明したいのだが、

自分語りというのは難しい。冗長申し訳ない。


数学ができそうなことを書いてみたが、私は基本的テストが苦手だ。

知らない場所へ行くのも大嫌いで、場所が変わったらただ硬直するだけの人になる。

たまたま前述の模試は知っている予備校の知っている部屋で開催されただけで、

別の部屋で開催していたら多分偏差値なんて40とかその程度に落ちていたと思う。


スケジュールノイズが入るのも苦手だった。

たとえば「月末に試験がある」とか、いつもと違う予定になってしまったら

もう月末まで機能不全に陥るのは確定事項のようなものだ。

食事も食べられないし、部屋の片隅でずっと猫のように丸まっている。


障害がわかる前から私が非常に神経質なのは判明していた。

両親はいつも「私に物事意識させない」ように気遣ってくれていた。



幸か不幸か、観察眼もないし日付や時間もよくわからない人間だったので

騙し騙し手を引けば、何にも気付かずいつも通りに過ごしていた。

明日テストだよ」なんていう特別っぽいことを言わず


今日は一緒に出掛けよう」←よくあること

「この席に座って問題を解いてね」←よくあること


で、誤魔化すことが可能だった。

子供だましのようだが、子供だましが看破できないからASDなので仕方がない。



しかし、そんな風に一から十まで他人に面倒を見させる訳にもいかないだろう。

大学受験の段階で、かなりムリがあったと思う。

それでも幸いにして大学に入ることはできた。薬学部だった。


どうして薬学部だったのか自分はさっぱり覚えていないのだが

(そもそも薬学部なんて受験したっけ? 状態だ)

勉強だけできて、勉強以外なにもできない私が、

一般企業で働くのは無理だと気づいて、手に職をつけさせようとしたのだと思う。



という訳で、向不安薬の存在をはじめて意識したのは、大学教科書の上だった。

そのとき、私はまだ精神科心療内科の世話になったことはなかったのだが

セディールが、セロトニン5-HT1A自己受容体に部分アゴニストとして作用するとか、

受容体が脱感作してダウンレギュレーションを起こすことは何となく印象に残った。


他の多くの抗不安薬はGABAa受容体Cl-透過性をどうの、という作用点なので

「あー全然違うのが混ざってる、へー」程度だったと思うが。



実際にそれらに世話になったのは、社会に出る時である

あいろいろあって、職場を追い出され、実家でもちょっとトラブルが起き

元々神経過敏であった私は、あっという間に鬱っぽくなった。



あくまで「鬱っぽく」だ。



適応障害と言われたが、私の問題適応障害云々とは別のところにあった。

そりゃ何もなくても泣き出したりしたりしたけど。



ご存知の方もたくさんいらっしゃると思うが、

まず発達障害ストレス状態が悪い方向に傾くことが多い。

物音も人間の気配も何もかもが耐えられなくて、

外出してみたものの、机の下に隠れて出られなくなるような有様だった。


強迫行動などはあまりなかったはずなのだが、

コントロール方法が急にわからなくなって暴走した。

ちなみに、この時点でカウンセリングテストを受けて、ASD正式に発覚した。



また、これもよく知られていることだが、

ASDADHDに、薬に感受性が高すぎるタイプがいる。

私もその系統で、鬱や適応障害に投与される抗不安薬がほぼ使い物にならなかった。


たとえば、メイラックス(ロフラゼプ酸エチル)という薬がある。

成人なら1回2mgで1日1回服用の、長時間作用型の穏やかな抗不安薬だ。

高齢者などで1mgで投与されることもある。

1mg飲んだところ、2日間に渡って朦朧状態、ほぼ40時間ぶっ通しで爆睡した。


メイラックス比較コントロールできるので今も世話になることがあるが

初日に0.5mg(1mg錠を半分に割る)、以降1日おきに0.25mg(1/4に割る)。

この使い方は、自分体感を頼りに半減期などを考慮して自分計算して決めたものなので、

他の薬の感受性が高い人が同じ容量で効果を得られることなどを保証するものではない。


他の抗不安薬も概ね似たようなもので、

飲んだら千鳥足から爆睡半日以上目が覚めない、そればっかりで、

とてもじゃないけれども、外に出ることを前提に使えたものではなかった。

なお、三環系や四環系、SSRISNRIなどは未経験である



で、それらの事情から、私の状態は非常に悪かった。

かろうじて大学だけは卒業したものの、卒業したところで私は立ち止まった。

そのまま部屋の外に出られなくて引きこもって終わる可能性も覚悟した。


そんな時に処方されたのがセディールだった。

効果は薄いかもしれないけれど、と抑肝散と共に処方されたそれを見て、

「あー、学校で習ったあの変な作用機序の薬かー」と、思った。


そして、こいつに即効性はないはずだ、と引きこもりの頭で考えた。


受容体の脱感作にどれくれい時間がかかるんだろう。

知らない。知らないけど、俗に作用発現に2週間と言われているということは、

とりあえず長く見積もって1ヶ月、高コンプライアンスを維持しよう。


とかなんとか。

目標は抗不安効果ではなく、セロトニン受容体を殴ることだと割り切り、

効果体感がほぼない分、服薬忘れに細心の注意を払ったと思う。


で、2ヶ月くらい飲んだ頃、正直、「あんまり効果ないな」と思った。

依然として不調な時は不調だったし、

爆睡前提でベンゾジアゼピン薬を使うしかないこともあった。


そこで面倒になった私は、薬のなくなるタイミング勝手断薬した。

適当なことをするなよ薬剤師、と思われそうだが、

断薬で変なことは起きないと自分で調べて自己責任で辞めた。


2週間くらい放ったらかして、何だかイライラする頻度が増した。

落ち着かない感じというのだろうか。

その時にはすっかり忘れていた強迫行動がぶり返した気がした。

ベンゾジアゼピン薬の消費が増えかけたので、

まさか……と思いながらセディールを飲み直した。



その時即効性を感じた訳ではないが、数日後にぴたりと強迫行動は止まった。

おかしいと思った私は即座にカレンダーメモした。

日付感覚がないので、カレンダーメモする癖がついていたせいだ。


そして、しばらくして十分に安定した頃合いに、

今度は故意セディールを飲み忘れてみた。


その直後はなんともないのだが、

数日するとまた覚えのある強迫行動がぶり返す。


この現象を、私は副作用や退薬症状ではないと判断した。

タンスピロンという薬の構造をよく観察してそう考えたし、

退薬症状でいきなり強迫行動のような特徴的なものが発現したら、

もっと話題になるのではないかと思ったからだ。


何度か間をあけて飲んでは止め、を繰り返し、

たまに本気で飲み忘れる日も挟んで

カレンダーに出来上がった記録を見て、思った。



セディールめっちゃめちゃ効果あるやん!」



たまたま私は卒業研究で、

薬の効果は、信じるとより大きくなる(プラセボの増幅効果

なんていう内容をやっていたので、熱心に信じることにした。



バイトを始めて、そのバイトは続いた。

同僚ときちんと会話しているし、電話応対や来客応対もできる。

たまにベンゾジアゼピン系の抗不安薬必要になったが、

頻度は減り続け、今では月に1度も必要ない。



そのうち周囲の環境が変化してよくなったこともあってか、

セディールを中断しても強迫行動が出なくなった。



こだわりも飛躍的に軽減した。



もちろん、今日も私は時計が読めないし、日付はよくわからない。

試験とか言われると倒れそうにはなる。

喧騒がある場所では会話できなくて困ることもある。

数字が大好きで、統計データを眺めてひとりでテンションを上げている。



でも、もしかして……?と思うことがある。




何となく、とても漠然としていて申し訳ないのだが、

今日は晴れている」とか、外へ意識が向かう頻度が

数年前より格段に増えた気がする。



時計を見ると17:12と表示されているのだが、

その意味がいまひとつピンと来なかったとしても

「今は『じゅうしちすなわちごじじゅうにふんという時間』なんだなあ〜」と素直に受け入れて、

気にせずスルーすることができるようになった。




思えば、私はずっと怖かったのかもしれない。

歩く時は地面しか見ていなかった。

ものがたくさんあって動いているのが嫌だったからだ。



理解できない時間なる単位に急かされるのが苦手だった。

気づいたら増えていて、気づいたら減っている変なものによって

他人に叱られたり、待たされたりするものからだ。



から見なかったし、感心を払わなかった。

そんなものよりも数字とか、生物学とか、化学構造式とか、

機械っぽいものとかが好きだった。怖くないから



難しいストーリーアニメは嫌いだったから、

何歳になってもずっとポケモンを見ていた。

ポケモンは、30分の中でいつも自己紹介からはじまって、

主人公は死んだり折れたりしないし、敵にも真の悪人もいない。

必ずわかり合って、平和になって終わるから怖くなかった。



私はたいへん臆病だったのだ。



ところが、その恐怖心が、なんだかこの数年でスーッと、静かに

砂の山がいつの間にか溶けてなくなっているような感じで、小さくなっていた。




全てセディールのおかげかもしれないとまでは言わない。

ASDだって大人になるし、変化する環境の中で生きている。

私が単純に成長しただけかもしれない。図太くなったのかもしれない。



それでも、セディールを忘れるとなんとなくそわそわする、

世の中に怖いものが増える、という感覚はやっぱり戻ってくると思う。



最近の私が服薬を忘れる時というのは、何かに熱中している時だ。



だいたい、とっても楽しい気分の時に、薬の存在ごと忘れる。

そして、楽しい気分であるにも関わらず、

慣れ親しんだ恐怖心が平行するように顔を覗かせるのだ。



もし、薬効が100%気のせいであるなら、

楽しい気分の時に忘れた時なんて、完全に意識の外へゆくはずだ。

でもそうじゃない。

ということは薬効は100%気のせいではないのではないか、と思う。




私はASDで、薬物過敏だし、普通抗不安薬で昏倒する体質なので、

ベンゾジアゼピン薬を飲んでも普通に起きていられる人には、セディールは弱すぎるのかもしれない。



でも別に薬物過敏の人は、世界に私ひとりではないと思う。

セディールは、私のような誰かにとって救世主になり得る良い薬だ。




というわけで、この気持ちをどこかに書き残しておきたかった。

読んでくれた人がいる気がしないが、もしここまでスクロールしてくださった方が

いたのだとしたら、ありがとうございます




大日本住友製薬さん大好きだよ。

2016-01-28

東京高校事情

東京って偏差値70台の高校ゴロゴロ、60台後半で中の上ぐらいで桃の木ー。

田舎もんの俺は、県内トップだって肩で風を切ったら、まさに井の中の蛙大海を知らずとはこの事かと恥かいちゃったよ。

2016-01-19

井の中の蛙大海を知らずとはこの事か。

うちの地元では偏差値60後半ぐらいでもう最強進学校

日東京の高校偏差値ランキング見てちびった。70でもゴロゴロ、60代なんて、ただの中の上でしかないんだから

はー田舎嫌だ。

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