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2016-06-30

エロゲにおける泣きゲー概観

エロゲには泣きゲーというジャンルがある。傾向として18禁要素は少なく、その必然性が薄いこともままあることから時にエロ不要論が主張されたり、あるいは泣きゲーエロゲではないと揶揄する人もいるジャンルである

しかし「一般に、泣いたあと人間は気分がよくなる」(ウィリアムフレイⅡ『涙―人はなぜ泣くのか』)。快楽を得ながら体液を体外に排出する行為エロと称するのであれば、その意味で泣きゲーエロゲの一ジャンルであることは間違いない。

泣きゲーはある日突然出現したものではなく、それはどうプレイヤーの涙を誘ったか技術の積層であり、様式の歴史である。個々の作品論は星の数ほど存在し語り尽くされてきたが、この歴史という点での言及は少ない。当時それは歴史ではなくリアルタイムだったのだから、当然といえば当然ではあるが。

2016年現在、エロゲ論壇は死に、泣きゲーが語られることも少なくなった。

だが、だからこそ、最初からぶっ通してやり直してみることでその変遷について、その後に何が継承されていったのかという点で俯瞰することが出来るのではないか。

ということでやり直したので、増田に書きなぐっておく。

1988~1996年

そもそもエロゲの目的は何かといえば、もちろんエロである。主役はエロCGであり、脇役に過ぎない物語の出来を評価する者などいなかった。

その様子が変わり始めるのは80年代後半、『リップスティックアドベンチャー』(フェアリーテール,1988/5)辺りからであるエロゲが一つの娯楽物語として成立することが示されたことでプレイヤーはその物語性に目を向け始め、脇役だった物語はSFやホラーなど様々な要素を取り入れていく。その一つが「感動」であった。

例として、早くも1991年の『ELLE』(elf)に対して「ホロリとした」という感想が存在する(小林義寛『ゲーマーエロと戯れるか』)。泣ける物語かというと微妙だが、今プレイしても確かに面白いSFエロゲであり、感動的要素が含まれていると言える作品である

人は感動すると涙腺が弛むことがある。逆に言えば、涙腺が弛む種類の感動がある。この点での先行研究として米沢嘉博の『マンガで読む「涙」構造』があるが、そこで昭和の泣ける少女マンガ少年マンガを分析した米沢は、女性は不幸における愛と感動の物語に泣き、男性友情、努力、勝利の感動に泣く、としている。

男性向けであるはずのエロゲはしかし、何を血迷ったか「不幸における愛と感動」を物語に取り込むことに成功する。

DESIRE』(C's ware,1994/7)、『EVE』(C's ware,1995/11)、更に『この世の果てで恋を唄う少女YU-NO』(elf,1996/12)と傑作を連発した剣乃ゆきひろはいずれも物語の中核に少女の悲劇を配した。それは壮大かつ感動的な物語の帰結としての落涙をしばしば生み、その感想に「泣いた」というものが少なくない。

さらに『同級生2』(elf,1995/1)の桜子シナリオにおいていわゆる難病物がエロゲに導入される。それは当時十分に涙を誘うものであったとして、これが泣きゲー元祖だとする説も存在する(小林,前掲)。

努力・勝利の感動が無かったわけではない。例えば『闘神都市2』(ALICESOFT,1994/12)は自分の無力さが生んだ悲劇きっかけに、強くなるために精神をすり潰し、廃人になってでも最後の敵を倒す物語であり、高く評価された。……しかしそこにはやはり「悲劇」がつきまとっている。

「不幸における愛と感動」は、こうしてエロゲで広く受けいれられていく。

1997年

難病物は概ね、主人公ヒロインの仲が深まるにつれて病状が悪化する展開をとる。これを病気に限定せず、「不幸」に一般化したもの涼元悠一は「萌やし泣き」と呼ぶ(涼元悠一ノベルゲームシナリオ作成技法』)。ヒロインとの幸福日常をまず描いてから一気に雰囲気を暗転して二人の不幸な状況を綿密に描写、涙腺の緩んだプレイヤーに最後の一押しをするという、泣きゲーに慣れた人にはお馴染みのそれである

この萌やし泣きは、しかし突如エロゲに登場したわけではない。

前述の闘神都市2には、ごく短いが構造上萌やし泣きと解釈しうるイベントが存在する。同級生2桜子シナリオは難病物である以上もちろん萌やし泣きだが、その不幸描写は非常に短く、またオチが「主人公勘違い」というギャグである。それは手法としては古くから存在しており、変わってきたのは、それを物語上どの割合で展開するかという点であった。

1997年5月、それが一つの分水嶺を超える。『ToHeart』(Leaf)のHMX-12マルチシナリオは、萌やし泣きを1ルート全てを費やして実現した。

おそらくこれが(エロゲ上で)萌やし泣きの威力が十分に発揮された最初の例だろう。彼女の物語は感動的な場面をクライマックスに据え、それ以外の要素――ギャグも皮肉もセンス・オブ・ワンダーも滲ませること無く、ストレートに終わった。そのシンプルさに価値があったと言え、本作は多くのプレイヤーから「泣いた」と絶賛された。

そしてもう一つ、作り手の意思という点でも分水嶺を越えたものが登場する。『MOON.』(Tactics,1997/11)が「鬼畜サイコ涙腺弛まし系ADV」と自ら名乗ったことは、その後の歴史的意味でも強く象徴である。もし泣かすという意思で作られたもの泣きゲーと呼ぶならば、その明示という点で最初泣きゲーは本作と言うこともできるかもしれない。

MOON.は大量のエロシーンを擁し、エキセントリックな人物造形も無く、萌やし泣きでもない。後の作品よりも本作が泣けるし好きだという人もいるが、多くの人を確実に泣かせる威力に本作があと一歩不足したことは事実と思う。

はいエロゲはついに、プレイヤーを泣かすことを主目的とし始めたのである

1998年

ToHeartで泣かせる物語構造確立し、MOON.で泣かす意思が示され、そしてそれは『ONE』(Tactics,1998/5)において結実する。MOON.スタッフが作ったそのエロゲには、萌やし泣きが全ヒロインルートで導入された。

当時の多くのプレイヤーにとって、それは致死量だったと言っていいだろう。

本作はMOON.と変わって18禁要素は非常に薄く、無くても物語は成立する。物語は全ルートで感動と涙が目的に据えられ、それしかない。にも関わらずこれがプレイヤーの絶賛を浴びたことは、「泣かせること」がそれ単独ジャンルを成立させられることを示していた。

今やり直してみると甘い部分も多い。しかし『sense off』(otherwise,2000)、『それは舞い散る桜のように』(BasiL,2002)など、本作の影響下にありつつも秀逸な作品がのちにいくつも生まれたことを考えれば、その影響力と価値を軽んじられる者はいないだろう。

1999年

6月、MOON.を作りONEを作ったチームは独立してKeyと名乗り、『Kanon』をリリースする。これがどれだけの信者を獲得したかは言うまでもないだろう。

特に技術的な面でKanonはONEよりも洗練されている。OPとED、泣かせるための特殊演出などのソフトウェア面はもちろん、泣かすための専用BGMが用意された、という点も大きい。1997年の『アトラク=ナクア』(ALICESOFT,1997/12)は物語のクライマックス、その絶望的状況下で「Going On」が初めて静かに流れ出すことで異様な精神的高揚をプレイヤーに与えたが、これが事前に何度も使われていたら効果は半減していただろう。これと同様のアプローチKanonは泣かすという目的で採っている。

Kanonから3週間後に発売された『加奈』(D.O.,1999/6)もまた、この時代泣きゲー金字塔である。ONEやKanonが物語を中盤過ぎまでギャグで埋め尽くしたのに対し、加奈は10年以上に渡る兄妹の闘病生活を正面からシリアスに描いた難病物であるリアリティのある物語という点で「新しい」泣きゲーだったと言え、今なお評価は高い。

――一方で、ToHeartもONEもKanon加奈も、悪く言えばただのお涙頂戴であるハッピーエンドは奇跡や幸運によってのみ訪れ、主人公たちは運命に翻弄される無力な存在でしかない。こうしたお涙頂戴は今も昔も根強い人気を誇るが、一方で毛嫌いする人がいることも事実である

興味深いことに泣きゲーは、これらのお涙頂戴では泣けない人々をも泣かせようとするかのように、別の「泣かせる何か」の模索を少しずつ始めていく。

2000年

知名度も低く地味だが言及しておきたい良作として、1月に発売された『Lien』(PURPLE,2000/1)がある。不慮の事故幽霊になった主人公とその周囲の人々が残された2週間でその死に向き合い、改めて別れを告げる物語であり、主人公が生き返ることは無い。従ってお涙頂戴の文法に則っているが、しかしその最後において、彼らは前を向き、笑顔で別れを告げる。別れは悲しみしか生まないものではなく、人の強さを示すものでもあることをLienは描いていた。

そして9月、Keyのリリースした『AIR』は約束された勝利を遂げる。物語はもちろん難病物で、ヒロインは最後に死ぬ。その死を「ほとんどなんの意味もない」(東浩紀ゲーム的リアリズムの誕生 動物化するポストモダン2』)とするならば、これは従来通りのお涙頂戴だろう。

しかし、彼女無意味に死んだことが悲しくてプレイヤーは泣いたのだろうか。

もちろんそういう人もいるだろう。だがかの有名な「ゴール」は、彼女が最後まで努力し、やりきったこと――笑顔幸福記憶を全うしたからこそ、泣いた人も少なからずいたと筆者は考える。最後の別れにおいて、彼女は必死で前を向いていた。

悲劇象徴としての別れの描き方と、それに対する姿勢は少しずつ変化を見せ始める。

2001年

ところで萌やし泣きの多くは幸福8割、不幸2割程度の文量配分で構成される(※数字は筆者の体感であり、根拠はない)。これを反転し、幸福を2割以下、不幸を8割以上にするとどうなるか。

鬱ゲである

MOON.もその一つだが、『DiaboLiQuE』(ALICESOFT,1998/5)や『銀色』(ねこねこソフト,2000/8)など、爆発的に売れることは無くとも鬱ゲーは途切れること無く続いてきた。特に銀色の執拗な鬱展開は秀逸であり、未だ根強くファンがいることも頷けるものである個人的にはDiaboLiQuEももっと評価されていいと思う)。

そして8月、幸福と不幸がほぼ半々、つまり鬱ゲーであり泣きゲーでもある『君が望む永遠』(age,2001/8)が発売される。

男女関係修羅場シリアスに描いたエロゲといえば『WHITE ALBUM』(Leaf,1998/5)が有名だが、そこでは主人公修羅場の矢面に立たされることはない。対して本作のメインシナリオでは主人公は徹底して矢面に立たされ、主人公が別れを切り出すことでのみ悲劇は終幕する。

誰を切り捨てるかは、プレイヤー選択肢が突き付けられることで行われる。だからこそ最後に彼らが再び笑い合える可能性が示されることはプレイヤーを安堵させ、涙を誘った。彼らは奇跡によってではなく、心の強さによって悲劇を克服する。

さらに11月、物語の殆どがギャグで占められ、物語の構造自体は従来の萌やし泣きの延長ながら、にも関わらず枠を踏み越えたものが登場する。『家族計画』(D.O.,2001/11)である

家族に捨てられた連中が偶然集まり、やむなく家族を偽装し、衝突しながら家族になっていき、崩壊し、再び家族になる様が描かれる作品である加奈やAIRでも家族愛は描かれたが、いずれも兄妹あるいは母娘の二者間に閉じている。対して家計は父母兄姉妹という集団の絆を描く。

襲いかかる不幸は彼らの手によって跳ね除けられる。プレイヤーはもはや誰かの不幸にではなく、茉莉がお兄さんになって下さいと訴え、準が最後にスプーンを咥え、その家族としての努力が実ったことに涙する。

なにより家計ではもはや誰一人死ぬことはない。君望もメインシナリオでは誰も死なない。誰かを失う悲しさだけが泣かせる手段ではない。悲劇に敢然と抗い、心の強さで打ち勝つだけでも人は泣くのである

2002年

……などと枠を広げ、新しい要素を貪欲に取り込むパイオニアばかりではない。泣きゲーというジャンルを充実させたのは既存の要素で構成された作品群である

例えば『flutter of birds』(シルキーズ,2001/2)は極めて基本に忠実な難病物だし、特定ルートで萌やし泣きを取り込んだ『みずいろ』(ねこねこソフト,2001/4)や『水夏』(CIRCUS,2001/7)、『グリーングリーン』(GROOVER,2001/10)はいずれも好評を博した。またDESIRE同様、悲劇シナリオの感動としての落涙であれば『腐り姫』(Liar Soft,2002/2)はこの年の作品では秀逸である

また、集団間の絆も広く扱われていく。

うたわれるもの』(Leaf,2002/4)ではSRPGというジャンル上の必然もあるだろうが、家族的な仲間との絆が描かれている。『世界ノ全テ』(たまソフト,2002/4)や『ロケットの夏』(TerraLunar,2002/10)は後半こそ二者間が主軸になるものの、いずれも部活を通して仲間と触れ合うことで主人公が成長し、仲間との絆を育むことで成立する物語である

2003年

ONEとKanonとAIRを足して3で割ったような『SNOW』(Studio Mebius,2003/1)、あるいは『てのひらを、たいように』(Clear,2003/1)では、困難に対する仲間の存在がより大きな価値を持つ。その最後は奇跡による解決はいえ、ヒロインのために仲間全員が努力し、足掻くことでハッピーエンドが訪れる様は「与えられたもの」というより「勝ち取ったもの」という印象が強い。

これらを「みんなは一人のために」とするならば、「一人はみんなのために」もまた登場する。『CROSS†CHANNEL』(FlyingShine,2003/9)である

ToHeart型のよくある学園物語に始まり、それが綱渡りの上で構築されたものであることが明かされ、ばらまかれた伏線が繋がっていく様は見事の一言に尽きる。と同時にそれは、心の壊れた主人公が何度も失敗しながらトラウマを乗り越え、仲間のために自己犠牲を重ね、それによって心を再構築していく物語である。その実に静謐な最後において、そこで彼が平穏と幸福を遂につかんだことに、タイトルの意味と、そして彼が勝ち得たものが明かされることにプレイヤーは涙を流す。

2004年

そして1月、『Fate/stay night』(TYPE-MOON)が発売される。絶望的状況下で静かに流れだす「エミヤ」はプレイヤー凶悪な興奮を与え、「強くなるために精神をすり潰し、廃人になってでも最後の敵を倒す」展開に涙を流した。

そこに「友情、努力、勝利の感動」があることを疑う者はいないだろう。


泣きゲーというとKanonやAIRがよく話題に出されるが、「泣いた」という感想がC†CやFateにも多く存在することは事実である。と同時に、いずれにも物語の重要位置に少女の悲劇と愛が配置されている。

そしてこれまで言及してきた「不幸における愛と感動」の泣きゲーに、努力や勝利が全く存在しないわけでもない。その努力が実ったかどうかの差はあれど、必死の行動があったことはどの作品でも紛れも無い事実である

としてみると、「泣いた」と感想を多く有する作品、すなわち泣きゲーには「不幸における愛と感動」と「友情、努力、勝利の感動」の要素が、両方含まれていると捉えても間違ってはいないだろう。そしてそうだとすれば両者は対立するものではなく、両立するものと言える。

そう捉えるならば泣きゲー歴史とは、時代によって、作品によって、この両者の配分を巡る歴史だった、ということもできるように思う。

2005年以降

いい加減読んでいる人も飽きただろうし2005年以降は割愛するが、一つ言及するなら不意打ちという手法が導入された点である

例えばいかにも安っぽいハーレムものとして始まりながらシリアスなSF展開を経て感動的最後を迎えたり、あるいは陰惨な陵辱物として始まりながら見事に綺麗な純愛物へと変貌したり、泣きゲーとしての姿勢最初は微塵も匂わせず、突如牙を剥くもの2005年以降に目立ち始める(いずれもタイトルは念のため伏せた)。

また泣けるイベントが用意されていても、それが作品としてのクライマックスと一致しないことが珍しくなくなる。中には語るべき物語は全て終わり、エピローグの最後の最後で油断しきったプレイヤーに猛然と襲いかかるものもある(いずれもタイトル以下略)。

昨今、泣きゲーが減ったと言われることがあり、実際、一見してわかりやす泣きゲーを現在はあまり見かけない。しかしプレイヤーを泣かせることが主目的化した時代を超えて、泣きゲーとしての技術や様式は再び物語を盛り上げるための一要素へと還元されていった、というのが現代の流れだとすれば、それは死につつあるのではなく、むしろ要素として広く普及し、遍在したことで目につきにくくなった、ということのようにも思えるのである

おわりに

リアルタイムにこれらを経験した人にしてみれば、有名作を並べただけでなんの面白みもない内容と思う。申し訳ない。が、今20歳前後若者にとってみればFateですら12年前の古典である。「泣きゲー元祖」がなぜ人によって違うのか。なぜ未だにはわわとかうぐぅとか言ってるヤツがいるのか。若者がそんなことを知っている方がおかしいし、それを知るために最初から全部やり直すなど正気の沙汰ではない。

かつて何が起きて、それが今にどうつながっているのか。粗く拙いまとめに過ぎないが、その理解一助として本稿に役立つところがあれば幸いである。加えて「そういや最近エロゲやってねぇなぁ。またちょっとやってみるか」と思うきっかけになれば、それに勝るものはない。

どうか、幸せエロゲライフを。

2016-06-29

http://anond.hatelabo.jp/20160629165135

あと、どうもここ2年くらいずっとSEXはしてたっぽいけど

それでは結婚できなくて

子どもできてようやく避けようがなくついに結婚、っていう選択肢がねー

もうじき選挙だけど、なんで野党第1党ってどんどん左傾化していくの

90年代

新進党:自民党と同じくらいの保守寄り

メンバー:自民離党組+松下政経塾出身新人


2000年代前半

民主党:中道左派小さな政府志向

メンバー:新進党の残党+社民党右派


2000年代後半

民主党:中道左派大きな政府志向

メンバー:上記+小沢一派


2010年代

民進党:共産と共闘、昔の社会党みたいな無責任路線

メンバー:旧民主党+維新、みんなの残党


メンバーの経歴考えたらそこまでお花畑政策言わなさそうなのになんで昔の社会党みたいなことになってるの?政権交代可能2大政党って何だったの?2000年代前半まではマニフェスト政権公約の具体化だとか、あえて消費税増税財政再建だとか現実的なこと言ってたか候補者演説聞いたり、真面目に選挙選択肢として野党候補を見てたけど、最近ははなから選択肢にならない。特に政権交代経験して、現実見てるはずの民進党議員が解せない。まさか与党に反対しとけば一定の票数取れることが分かっちゃったとかなの?有権者バカにしてるの?それとも有権者バカなの?

若い女が堅実に体を売って成功する方法

もちろん結婚というのが最良の選択肢

だが相手による。時間も大変費やす、ばくちだ。

その他の方法も考えた方がいいのでは。

風俗若いうちだけだ。もっと長期的な方法はないか

そう思って我々は秋葉原界隈をブラブラ散歩していた。

忍者の格好をしている少女がビラをまいていた。

ふむふむ。忍者カフェか。

そそられたのは、素肌に忍者の格好をしている点。

生肌にタスキみたいなものグルグル巻きにしているのだ。

背中があらわになっていて、なんだが汗がキラキラしていて、

それをペロペロなめたいと思った

舐めたらダメなのだが、どうしても舐めたい。

本当に本当にダメなのだが、舐めたくて仕方がない。

性欲は冷静さを失わせる。いかいかん。

で、表題の件ですがなんか無いでしょうかね。

2016-06-28

http://anond.hatelabo.jp/20160628231648

強い奴には媚びるしか選択肢が無いゴミクズらしい意見だなw

「俺が強い奴に喧嘩売るわけないだろ」って堂々とほざいたゴミクズ彷彿とさせるwww

浮気って

2ch浮気がどうこうってスレのまとめを見るのが好きだった。浮気された方の人間感情移入して、かわいそう、浮気した奴殺してやりてえなって思いながら読むのが大好きだった。当時は10代だったけど20代もそこそこになって、ちゃんとした気持ちというか、こうあるべきみたいな道徳観を作り上げたつもりだったんだけど、浮気をしてしまった。

まさか自分が、殺してやりてえと思ってた立場に落とし込まれると思っていなかった。私は、ダメだとわかっているけど、大抵のことを人のせいにしてしまう。浮気を始めた理由も、付き合っている人にひどいことを言われたタイミングで運良くアプローチしてくれた人がいたからだ。少し綺麗な表現をしたけど浮気浮気である社会的には悪いことです。

浮気相手にも付き合っている人がいたが、どうもその頃別れそうだったみたいだ。その少し後別れてしまった。浮気相手は、私に、相手がいても好きと言ってくれた。でもできれば別れてほしいとも言われた。しばらく二重生活を続けていたが、ある時そういう自分に疲れてしまって、付き合っていた人にしばらく離れてみようと言った。

それから浮気相手と思いっきり楽しく過ごしてみた。その浮気相手にも嫉妬心が生まれしまった。その人に異性の影があるとどうしようもなく辛くなる。それから自分の付き合っている相手と、浮気相手と、天秤にかけるようになった。どちらも本気で好きになってしまたから。なんで相手は1人でなきゃいけないんだろうとかバカなことも考えるようになった。

今、結婚するならどっちだろう、とかい選択に苦しめられている。どっちも別れて新しい人探せばいいの?全部私が悪いのに、全て人のせいにしてしまう。自分幸せになれるのはどちらだろうという基準しか考えられない。2つの選択肢しか物事を考えられない。視野が狭い。どちらにも深い傷を負わせてしまっている。

2016-06-27

彼女HIVを持っているというので別れたら。。

いや2~3回したけど、俺は陽性じゃなかったんだけどさ。

HIV告白されてから検査結果出るまでの期間、マジで生きた心地しなかった。3kg痩せた。

で、キャリアの人とは付き合えないから、じゃあ別れようということになったら

なぜか彼女の友人やら何やらから、連日攻撃されまくってる(主にFBで)。

彼女キャリア感染者)であることを友人には隠しているみたいだから

まるで俺が「やり捨て男」みたいなイメージになっているみたいだ。

FBには俺の職場情報とかもあるし、攻撃内容には脅しみたいなこと書かれ始めてる。

女の結束というやつなのか、相手方事情も知らずに善意でやっているんだろうけど、

かといって、彼女HIVキャリアだなんて暴露するわけにもいかないし、

(それの方がよっぽど警察沙汰だと思う)

俺は詰んだのかもしれない。



増田から書かせてもらうけど、HIVキャリアはもう恋愛とかやめてくれよ。

お前らのせいで、どれだけの他人人生狂わせるつもりだ。


ブコメ反論させてもらうけどさ、彼女擁護している人たちさ

何度か性行為した後に、はにかむような顔で「わたし実はHIV感染していて・・・」と

枕元で囁かれた経験あるの? 俺だって最初冗談だと思ったよ。でも本人は本気だった。ケロッとしてた。

ブコメにあるように、セックス避妊具を付けてれば感染の恐れがほぼないとも説明されたが、

そんなの実際にその状況に置かれたら、そんな建前論は吹っ飛ぶぞ。



その後すぐにでも検査たかったけど、最低3ヶ月は間を置かないと正確な検査結果が出ないと医者に言われ、

最初行為から3ヶ月置くために1ヶ月近く「検査したいけど検査できない」という悶々とする状況に陥り、

その間もずっと「俺はとんでもない間違いを犯してしまったのでは?」と自分軽率さ、自責の念に苛まれ

飯が喉を通らないくら精神的に不安定状態に追い込まれたんだぞ?



相手方は再三メールやらLINEで「ちゃんと話し合いたい」とかメッセージ送ってきたけど、

行為をしてからHIVキャリアであることをバラすような卑怯者の嘘つきと何を話し合うんだ?

本当に相手のことを思っていたら、まずキャリアであることを伝えてから付き合うべきだろ?

相手感染リスクを負わせてから告白するのが「勇気」なのか?それは単なる卑怯行為だ。

(もちろん、アプローチしたのは俺の方だから、俺にも責任がある。だから死ぬほど悩んだんだよ)



だって最初行為とき告白してくれていたら、HIVについてよく勉強して、

その上で相手と愛し合う選択肢も十分にあり得たと思う。実際、検査するまでの間、

それなりに病気について勉強して、確かにキャリアとの間で行為ができないわけじゃないことは理解していた。

彼女との行為では必ずゴムを付けていたから、ほぼ感染リスクはないだろうとは思っていた。



でも、理屈じゃないんだよ。キャリアであることの告白は、ハンマーで頭を叩かれたような衝撃だったよ。

短い間とはいえ、そんなに大きな事実を隠して俺と交際していた彼女をどうやって信用しろと?

ああやって事実を伏せなかったら交際が続かないことを自覚していたからこそ黙っていたんだろう?

別にだって行為するためだけに彼女と付き合いたかったわけじゃないんだから

すぐには告白できなくとも、半年でも一年でも関係を深めてから告白されて、その上で行為に至るプロセスでも十分だった。

(俺はそんなにモテるわけでもないから、彼女との関係を急ぐつもりは毛頭なかったよ)

でも、最初行為とき彼女全然キャリアである素振りも見せなかったし、

感染事実告白したときだって後ろめたいような雰囲気は一切なかった。あっけらかんとしてた。



トラバにあるように、もしかすると友人も彼女HIV感染を知っているのかもな。

その上で彼女がどんな風に俺のことを説明したのか、友人たちの執拗嫌がらせを見れば想像できる。

俺が公務員からなのか、ちょい前なんて「舛添さんも辞めたよね。ね、不祥事は怖いでしょう?」なんて書き込みがあった。

から、怖くて増田に正直な気持ちを書いたんだよ。不安だったんだよ。

(とりあえずスクショ保存して、いつか警察か何かに相談するとき証拠にしている)



ただ、あの不安と恐怖の日々を経験した者から言わせれば、

彼女可哀想」だの「俺が自分勝手被害者ぶってる、思いやりがない」だの批判はまったく的外れ

というか言葉暴力みたいなもんだよ。

ちょっと想像してみろよ。彼女と俺のどっちが加害者で、どっちが自分勝手で思いやりがないのか。

仮性包茎の手術は不要陰毛脱毛して欲しい

真性包茎健康保険治療したほうがいいと思うけど、仮性包茎には何の問題も感じない。

ただ、陰毛脱毛して欲しい。医療レーザーの陰部全照射を、間を三カ月おいて二発やって欲しい。

二発でパイパンにはならないか安心して。ボリュームが収まる、減毛くらいの感じだから

予算病院によるだろうけど3~5万くらい。それで一生かなりすっきりするよ。

エステは割引キャンペーンやらで安いように見せかけてるけど効かない。無意味病院でやろう。

ケツ毛が減るのも、トイレでの手間が減って好評だよ。性的パートナーが居なかったとしてもケツ毛が無くなるとQOL上がるよ。

特に腹のゆるい男や、ウォシュレットが無いと泣く男。男はウンコで感動し、女は生理で感動するのが陰部脱毛だと思う。

白髪になるとレーザー作用しなくなるから、まだ黒い毛が生えている若いうちにぜひやって欲しい。

なんで医療レーザーの陰部全照射二発を男性に対してここまで激推しするかというと、ありのまま陰毛石鹸香りを吸って発散させすぎるから

あのチリ毛、香りをばらまく効果が高すぎる。瓶に棒をさすタイプのアロマディフューザーかよ。

フェラとき鼻の近くでフローラルに香られると、オエェ…とえずいてしまう。石鹸でなく体臭でも、チリ毛の発散効果で強まるとつらいものがある。

フワフワと顔にあたるのも不快だし、口に入ったときの取り出しにくさもタチが悪くて、ぶっちゃけウザ気持ち悪い。

医療レーザーで減毛するとボリュームが減って毛がストレートになる。不快感全然なくなるの。

あとケツ毛まわりを脱毛しておくと、将来要介護オムツ老人になったとき介護者の手間が、赤ちゃんのおしりふきレベルまで減り、衛生的。

女性の陰部脱毛理由は、生理中に毛に血がついて死ぬほど不快なのがひとつと、要介護になったとき介護者の負担考慮してというのがある。

あとクンニをして欲しい女性は、パートナーが毛むくじゃら剛毛マニアとかでない限り、減毛したほうがいいと思う。

衛生・マナー面でも大事だし、日常的に毛でこすられなくなることで感度が上がったって人もいる(期待はしすぎない方がいいかもしれない)。

経過を説明すると、まず一発全照射する→全部抜けてパイパンになる→三か月すると見た目元通りに生えそろう→

もう一発照射する→全部抜けてパイパンになる→三か月するとボリュームダウンして毛質もストレートっぽく変わったのが生えそろう

みたいな感じ。ものすごく毛が濃い場合はもう一発必要かもしれないし、毛が薄い場合は一発で効果を実感できるかもしれない。

大浴場で目立つフロント部分は減毛レベルで残して、ケツ毛は何発も打ち続けて徹底的に殲滅、ツルツルにするというのもアリだと思う。

何にしろ陰部の医療レーザー脱毛ほんとうにおすすめ!!!QOLが上がる!!!

 

追記:私が通った病院では300円の感染防止クリームを買った以外は追加費用無かった。

バナー広告をたくさん打ってるような派手な病院で1000円以上の化粧品類を勧誘されるケースがあるらしいけど「要らない」でOK。

あとエステはわけわからん勧誘がとても多い。ああいうのは「お金ためて高級ホテルスパに行く」or「どこにも行かない」が正解だと思う。

身体の不調がある場合整体とかも選択肢に入るのかな?でも怪しい整体も多いし、不調の解消には適度な運動が一番だと思うけどね。

とにかくエステはだめです。高級布団を高齢者に売りつける男性営業マン女性版みたいなスタッフが居る。

自殺未遂者(俺)の心理

何か自分にとってネガティブなことがあったとき自殺という選択肢未遂前よりも極端に現実味を帯びてくる。

俺のような場合は結局死なないのだけれども。(そしてこれからも、死ぬつもりはない。とりあえずは)

この現実味の強さが、一般人とは大幅に違う。

それっぽい人と接するときは、意識してみて欲しい。

http://anond.hatelabo.jp/20160626235915

パチスロやめたいなら別の趣味を持つのがいいよ。

道具を揃えるのに比較お金必要で、物が残るもので、経験になるもの

そうすると、サンドに突っ込む1000円の重みが突然変わるから

今まで気軽に使えていた1万円が、趣味のためにものを買うときは比べ物にならないくらい重いものになる。

1万円払って思っていたものと違う道具を買ってしまった時の後悔は、パチスロのそれとは比べ物にならない。

そういう趣味出会えると、今までなんであんなに気軽にサンドお金を入れられたのか不思議しょうがなくなるから



そういう趣味仕事に役立つし、新しい人間関係も作ってくれる。つまり人生に役立つ場合ほとんど。

今で言うと、カメラ自転車ゴルフバイク、本格的なランニングサバゲーボルタリング、読書活字コスパよし)。これからはesportsなんてのも投資のしがいがあるんじゃないかな。

逆にダメなのはソシャゲー、風俗ギャンブル全般短期証部の株・FXグルメ食べあるき、ブランド品買い集め、グッズ収集とか。

これらは比較お金アドレナリンを買っているだけなもので、投資というよりは浪費になりやすいから。

ブログ収益とか、本当に周囲に認められるほど突き抜けられるなら別だけど。



パチンコパチスロに行ってしまう一番の理由は、使う目的のない時間お金がそこにあること。

それがある以上お店に足を運んでしまうし、逆を返すとそこでお金時間を使わせることで他の趣味に興味を持てない状況に貶めようという狙いがある。

パチンコ店が駅の近くで、設備接客が快適な理由はそれ。

ついでに言うと、ソシャゲーが間髪をいれずに色々なイベントを送り込んでくるのもそれ。

常に頭の上位に行動の選択肢として入り続けることで、別の趣味に逃がさないようにしている。



大体ギャンブルにのめり込む人間の大半は、劣等感が強くて無趣味で真面目だけど退屈な人生を送ってきた人。

そういう人が刺激を求めて足を突っ込んで、数時間で5千枚とか手にしてやめられなくなる。

未だかつて誰も満たしてくれなかった自己重要感(=1日で10万円相当を稼げる能力)が、こんなにも簡単に手に入ってしまうだもの

でもそれは、元増田が書いていた通りまぼろしでしかない。

だったら貯金箱にひたすらお金を入れ続けて10万溜まった時に開けたほうがよっぽど損はないはずなんだけど、それはあくま自分お金であって、ギャンブル面白いところは相手から奪った感覚気持ちいいっていうところにあるんだよね。

自分で頑張って10万円貯めた。より、パチンコ店(で負けた誰か)から10万円相当を勝ち取った。のほうが数倍もきもちいということ。

それをゲーム内の勝敗に置き換えたのがいわゆるソシャゲー。

現実社会では大した結果を出せない人間が、人よりちょっとお金をつかうだけでトップランカーになれちゃう。人を見下す気持ちよさを覚えてしまう。

本当は無課金ユーザー寒い目で見られてるのにね。

でも、これこそがのめり込みを止めるのが難しい原因。

だっていくら業界圧力をかけたって、のめり込む原因はその人の積み重ねてきた人生の中に埋もれてて、さらにそれが人によってすべて異なるんだもの



話は戻るけど、大抵パチスロをやめられない人に共通するのは趣味がない、趣味が持てない人。

他人比較されることを劣等感が許さなくて趣味を始められない人も多いと思うので、まずは一人でコツコツとはじめられる趣味がいいと思います

そうして人生ちょっとずつ充実(金銭的という意味ではなく)してくれば、自然とやめられるし、やめなくてもうまく付き合えるようになるんじゃないかな。

実際それで卒業していった人間を今まで沢山見てきました。



まりは、パチンコソシャゲーもある意味ではアドレナリンブーストしてくれる麻薬と同じと言っていいよね。

そういうユーザーに頼る営業健全であるけがないのだから人生が豊かになる生き方と寄り添えるような業界になっていかないと本当に滅びてしまうと思います

以上、中の人でした。

2016-06-26

パチスロを打つことについて、自分自身への手紙

1 まず最初に断言しておこうか。

 パチスロを(習慣的に)「打つ」ことと「打たない」ことを比較したら、

 「打たない」方がより良い。

 そんなことはわかっている?

 うん、そうだろう。

 わかっててやめられてないか問題なんよね。

2 パチスロを打ってはいけないなどとは言わない。

 そんな義務はない。

 道徳的にも、法律的にもパチスロを打ってはいけない義務があるとは思えない。

 普通パチ屋普通にスロ打って逮捕されたりなんかしない。

 誰も決して打つなと俺に強制していない。

 打つか打たないかは完全に「選択」の問題なんよ。

3 パチンコパチスロを打たない人が打つ人に対して言うセリフ代表的もの

 「パチンコパチスロは必ず客が負けるようになっている。わざわざ金を失いにいくようなものだ。

 打ちに行っているやつはバカだ。」

 これ自体は確かに正しい主張ではある。

 だが、これをスロ打ちの人間への批判の論拠にする奴は救いようの無いバカだ(俺もお前も思ってるよな?)。

 「必ず客が負ける」というのはあくまでも最終的な収支の話だ。

 一回一回の勝負では当然勝つこともある。

 でかい金額が短時間で手に入ることがある。

 たとえ設定が1であったとしてもだ。

 「負けるから打つな」なんてのは、的外れなのだ

 一度ずつの勝負で見れば、常に勝つ可能性はある。

 そして俺自身を含めスロを打つやつのほとんどは直前の勝負勝敗しか頭に無い。

 パチスロを打つかどうかは、「打ってはいけない」という決まりを守るかどうかと言う問題じゃない。

 勝つ可能性も負ける可能性もあるが、「打つ」と「打たない」どちらを選ぶかの「選択」の問題だ。

 曲がり角を左に行くか、右に行くかという選択と同じだ。

 どちらも同じ地位にある選択肢って言えばニュアンス通じるか。

4 パチスロを打たない方が良い理由は勝ち負けの先にある。

 打たない方が良い理由は、「どんなに勝っても意味がない」こと。

 スロで勝ちまくって、あぶく銭が増えまくっても俺自身を取り巻く現実ほとんど変わらない。

 パチスロでどんなに勝ちまくったとしても、結局手に入るのは金だけ。

 それも「あぶく銭」、重みを感じられない金だ。

 スロで万枚を出しまくって、100万以上買ったとする。

 だが、それが何だろう。

 出来ることは物を買うことだけだ。

 自分自身人格、周囲の人間人格、嫌な社会自分過去未来職業を直接変えられない。

 銀行口座の残高が増えるくらいか

 クソみたいな現実を変える力は、自分自身の行動にはあるが、スロで得るあぶく銭にはない。

 あぶく銭は現実を変えない。変えてくれない。

5 お前はスロット打ちの習慣を断ち切ることができるはずだ。

 お前は過去スロットを打ってはやめる、また打つを繰り返してきた。

 年単位で打たなかったこともあれば、数ヶ月だけのこともあった。

 やめるために重要なことは今日一日、その日一日だけに着目することだ。

 明日、あさって、来月、来年、スロを打つかどうかはその時期が来た時に自分しか選択」できない。

 とりあえず今日だけは打たないを積み重ねれば良い、というかそれしか出来んやろ。

 パチスロという博打に対する自分自身感情、考え方をもっともっと理解すれば、

 より楽にやめられるだろう。

6 パチスロを打ちたがっている自分へするべき問いかけは「負けたらどうするの?」もしくは「負けるかもしれないぞ?」

 ではない。

 「勝ったとしてメリットがあるか?」、「あぶく銭を得る必要があるか?」だ。

 あぶく銭を得て、それを使って買いたいと思っているもの価値を見極めることだ。

 俺自身を含め博打をする人間は往々にして、本当は必要ないものを得ることを博打をすることの言い訳にする。

 理由があるからパチスロを打つのではなく、パチスロを打ちたいから無理やりあぶく銭を得なければならない理由でっち上げ

 自分を納得させようとする。

 自分で思ってるよりも巧妙に自分を騙せるのだ。

7 「勝ったとして、このクソみたいな現実が少しでも直接変わるだろうか?」でも良い。

 今現在自分はもう既に必要ものを十分に持っていることを思い出せるはずだ。

8 矛盾しているように聞こえるかもしれないが、

 「パチスロを打つことをしないようにしよう、我慢しよう」という考え方をしてはいけない。

 「しないようにしよう」と考えているつもりでも、結局パチスロという博打意識を向けている。

 最初距離を置くために考えていたつもりが、結局打つべ理由を考えてしまう。

 当たり前だ。

 パチスロ打ちにとって、パチスロ最上の娯楽なんだから

 パチスロをやめても、今までパチスロで埋めてきた「暇な時間」というものは消えない。

 何らかのことでそこは埋めなけれならない。

 ほぼ一年中、さらに一日中営業しているパチンコ屋は手っ取り早くその暇を埋めさせてくれる。

 そこが罠なのだ

 「パチスロをやめる」=パチスロを「しない」ではなく、パチスロ以外のことを「する」ということに意識を向けなければならない。

 これは必ずしも言うほど簡単じゃない。

 パチスロ打ちにとって、パチスロは色鮮やかで華やかな映像で映し出され、パチスロ以外のことは灰色で塗りつぶされた廃墟映像に映る。

 幸い俺はゲーム好きだから、代わりの行動はあるが。

9 理想としている自分は、パチスロを打たないはずだ。

 機械の前で延々とボタンを押しながら不毛博打をする自分理想じゃない。

 それこそが、パチスロをやめるべき理由の最たるものかもしれない。

10

 

 

 

2016-06-25

http://anond.hatelabo.jp/20160625154638

働いてる人の幸福について一切言及されてないのにw

自分人生に自信がないから違う選択肢幸福を見せられて自分が正しかったのか迷いだして勝手に傷ついて防衛機制発揮し始めてるだけじゃんw

キチガイはまず一般的な読解能力を身につけるところからはじめような

勝手に傷ついといておまえが無能から、せとものから俺が傷つくんだとかキチガイすぎて一般人からしたらついていけないからな

EU離脱派勝利のことについて一生懸命書くのでブクマ200くらいください

EU離脱派が勝利を収めましたが、この原因は貧困層いじめすぎた・甘やかさなかったせいだと思います

原因というか富裕層にとっての敗因でしょうか!?

 

貧困層は今回の選択が必ずしも自分たちメリットになるとは考えていません!

もちろんデメリットとなることが分かっている者もいるかもしれませんが大半はそれも分かっていません!

ではなぜ、メリットになるともデメリットになるとも詳細が分からないことを決定したのでしょうか?

それは、嫌がらせからです!

 

自分たちの持つ富裕層に対する不安・不満・疑念

個人では力が無い故に形にならなかった感情

それが団結することで明確に力になろうとしている!

旧・民主党政権誕生した民衆心理完全に一致しているのです!

自民党に不満がある、でもそれを形にして表現するだけの力が無い、

その状況に上手くのっかかれたのが民主党だったのです!

まり民主党民主党自身のチカラによって当選したのではなく、

民衆の想いが具現化する対象に選ばれただけだったのです。

ですから、まともな政治主導もできずに野党に逆戻りしたわけですね。

これは自民党が「貧困層の動きを軽視しすぎた」ことに支払わされた代償であり、

決して野党の大勝利ではなかったのです。

そして自民党政権にすぐに戻ったのも民衆自分たちの想いが具現化したもの

正義戦士」ではなくて自分たち短剣で刺し回る「悪魔」だったことに気付いたからでしょう。

そして野党政治主導する力がそもそも無いことを今の世代に露呈させたことから

今の野党の弱体化に繋がったと考えられます

まり結局は反省して元に戻したんです。

本当に選択が正しければまだ民主党政権が続いてるわけですから

 

イギリス民衆も同じようにEU離脱することで自分たちの不満を具現化したかったのです。

低所得者ありがちな現実問題の解消よりも心理的充足を優先させる傾向が大衆にも当てはまったのです。

これから先にイギリス貧困層は今までよりもさらに多くの負債をかぶさり、

自分たちが生み出した「悪魔」に心臓を刺されていることに慌てて気づき、遅まきで後悔するのだろう。

後悔先に立たずとはこのことですね!

たちが悪いのが、勇ましく泥を被ろうぜと富裕層にけしかけた結果だとしても、

富裕層よりも所得の低い貧困層や直接的な被害にあった株に手を出していた貧困層~中流層は線路に飛び込んだのではないでしょうか?

 

これは数が増えすぎたせいで自ら暴走して死に至らしめる「蝗害」とどこか似ています

不安や不満を具現化するのが目的、と言いましたが

民衆すら気づかない真の目的は「私たち暴走しない範囲で上手く騙すか、

恩恵を与えて欲しい」というメッセージを切実に富裕層に向けて送ることなのです。

コチラの方が本当の脅しなんですよね。

私たちが蝗害になってしまう前に、貧困層いじめをやめて欲しい」というメッセージが本当の真意だったのです。

このことを今の富裕層がきちんとキャッチしないことには、人類滅亡まで永遠に貧困層由来の蝗害は発生し続けます

 

お互いが不幸にならないためにも本当に変わらなければいけないのは?

教養もない、お金もない、選択肢もなければ、才能もない、覚悟も無い、時間もない、味方もない。

そんな貧困層は変わりません、奴隷のための存在ですから

奴隷奴隷で居続けるための最低限のボーターを調整することが富裕層義務なのです。

全体を調整する役目が選ばれた人間には責務としてあったはずです。

大衆管理されることを望んでいますが、

虐げられることは望んでいないのです。

 

いじめ駄目!絶対

TOKYOとその他。

東京地方を繰り返してきた自分販売業特に服飾系に対する雑感。



イ〇ンに比べて小売りはやっぱり厳しくて、そこで買い物するような人は本当に少ない。そんなことをつらつらと書く。



第一に、若者が少ない。団塊とその上のおじいちゃんおばあちゃんばっかり。

あの人達保守的思想は半端じゃない。強固で、染み付いて、それこそ白い服についたシミみたいに、ゆっくりゆっくり時間をかけて出来上がったそれはもう消えない。



第二に、みんなブランド大手のものが好き。それ以外で買い物をする理由特にない。

ここで挙がるのはSLPやLVLoeweじゃなくて、Hareや大手セレクトニトリスターバックスとか。

一番のブランドテレビの中の東京なんだな、とあらためて感じる。



第三に、小売りで買い物をするような人も、都内で見るようなセンスがいい一般人、今風にいうとCity boyみたいな、なんて皆無。

ほとんどがコミュニティの中での存在価値を買っているような人たち。

店側も本当はお客さんを選びたいんだろうけど分母が少なすぎる。少し無理をしてでも、コミュニティを作って、売り上げ、生活していく。お店に行っても内輪で会話をしているか自分のような新規はじろじろ見られて終わり。

(誤解がありそうだから先に書いておくけど逆恨みでこれを書いてるわけじゃない。むしろしょうがないと思ってる)

でも「地元」ではそれが売り上げだったり、信用につながるようだからもう抜け出すすべがない。どんどん店としての格や雰囲気はないがしろになっていく。

東京だとお客さんを店がふるいにかけるようなところがむしろ大事だと思っていた。良い言い方をするとターゲットを絞るということだけど、そういう人・力はもう地方にはない。



That's sell out



最後に、買った服を着ていくところがない。これが決定的だと思う。

若い子たちがデートに行く先はカラオケボーリング、飲みに行くくらいしか選択肢がない。どこも車でしか行けないようなところばかりで、別に着飾って気分を上げてまで行くようなところはない。

地元大学生の会話はパチンコ麻雀競馬、女、カラオケビリヤードくらいしかない。



だらだらと書いたけど、客の服装意識させるような良いお店・場所なんか田舎にはない。結局買った服を買ったところに着ていくことくらいしかない、上の話に戻る。



じゃあどうすればいいのかってすごく難しいと思うんだけど、自分地元にも面白いお店あるじゃん、って言いたい。

若い街だと老舗とかそういったお店も少ないけれど頑張ってるお店は見つけようと思えば、ある。



あとはうるさい爺婆を排除して、若者向けのイベントとかあったらいい。老害は自ら喪服を着るような気持ちを持ってほしい。




東京への憧れを葬って、その先へ

http://anond.hatelabo.jp/20160625002904

戦争回避EU の第一の目的だろうね。 欧州平和繁栄という理想のために協力するのが EU理念なわけだ。

EU に加盟していることで (主に経済的に) 得してるところも損してるところもある。 経済力がある国から無い国へと金銭的な支援さえしている。 そういう経済支援ほとんど安定してて、ほぼ一方的に金が流れてる。 それでも戦争 (やそれに至らないまでも対立構造が出来る) よりマシだし、欧州全体が繁栄すれば将来的には元が取れるはずっていうのがあるから金を出せるわけ。

その他に諸々の問題があっても EU の中で話し合って平和的に解決しましょうという気持ちがあるわけ。

じゃあイギリスが抜けたらどうなるのか。 もちろんそれ自体問題なんだけど、「損するから脱退」っていう選択肢存在ちゃう理念が揺らいじゃうの。 ときには一国として損することがあってでも欧州全体の平和繁栄のために頑張ろうってやってたのが、自国の損得で判断していいんだ、損するときに抜けちゃっていいんだという選択肢が出てくると、実際に脱退しなくても「どの国もいつ脱退するかわからない」という状態になってお互いを信頼できなくなる。 損するので抜けるっていう理屈がまかり通ると支援必要な側しか残らなくなるんだから EU意味がねーだろという話。

2016-06-24

なんで「山田太郎じゃなくて共産党社民党を支持しろ!」になるの?

表現規制が嫌な人は両方支持すりゃいいじゃん。選択肢は多いほうがいいだろ。

http://anond.hatelabo.jp/20160624184646

いいや、「変えない」というのも一つの選択肢であって、「変えない」結果を甘んじて受け入れるというのも意思行為だ。

人生は否応無しに選択を迫られるんだよ。

http://anond.hatelabo.jp/20160624124821

わかった、お前の理解力に合わせよう。

まず原作コンテンツ価値原作者発言力や選択肢を変えることを説明しよう。

 

強者パターン面白い 売れる 他社に流れて欲しくないくらいの作品

作者に決定権がある上に監修や製作に対して釘差しができる。

こうやってメディア化に対しても手綱引いて原作者の思惑通りにするのには

原作立場が強いことが前提。

実際にそうやって主導権握ってるやつもいれば逆に放任して任せてる場合もある。

原作通りに再現してほしいなら発言に力が出るだけのコンテンツ的な価値を生み出す能力必須

それがクリアできてない時点で何を言っても負け犬の遠吠えしか過ぎない。

 

弱者パターンくまみこ期待値低い 萌え豚アニメ 波及効果低め 原作の売上並み程度)

今回のくまみこ立ち位置

発言しても聞く価値なしと判断されるくらいのコンテンツ価値

原作再現よりも製作の都合が優先される程度の価値

典型的負け犬弱者ポジション

そこでできる選択肢は手伝うという体で監修してチェックして駄目だしをする以外にはない。

あと露骨に監修しないにしても監督と仲良くなって作品理解を上げるとか愛してもらうようにするとか

金のかからないテクニックを使って作品完成度に影響させることもやろうと思えばできる。

それ含めて様々な努力くまみこはしなかったのに自分の負けポジ自覚せずにファン目線での発言

例え利益率が低くてもそれをできる人間原作者自分しかいないならやるべきことであったのにあの発言

やらないならやらなかったときの結果(くまみこ騒動)を受け止める以外に選択肢は無い。

手弁当になるからやらない」という選択をしたから今の結果があり、

それに疑問を持っているようでは自分負け犬ポジション理解していないことにも繋がり低IQ証左

負け犬負け犬なりに方々走り回りケアして小銭になるように苦労しなきゃならんのよ。

負けポジから抜け出すためにもアニメ評価は高いに越したことないんだから

アニメ失敗の責任監督にあるが、自分の利のためにもクレジット名前が出なくとも原作者は監修をするべきだった。

http://anond.hatelabo.jp/20160624014455

一極集中はそれこそ戦前からの国是みたいなもんなので今更緩和も難しかろうけどな

選択肢やすには東京が抱え込んでるうまあじあふれる様々な物を手放して地方に分配しないと無理だし

都民様がそんなことに賛成するわけないし

http://anond.hatelabo.jp/20160623163052

自分明治の初めくらいか東京地方を往復している家で、育ちは東京から

本当昨今の人口の増え方町のキャパ超えてるし、すごく気持ちはわかるんだけど、

じゃあなんで東京に皆こぞって集まってくるか考えてみた。

東京に動きづらい人間でも余暇が楽しめるものが集中しすぎているからなんじゃないかコンサートしかり、舞台しかり、美術しかり。

例えばアメリカなら、国土があれだけ広くても、NYLAで同じ催し物を、先にLAがやったりNYがやったりするし、

他の州にそれぞれよい施設があったりするし、

他の国でも首都にこそいろいろ集まっていたりするけど、首都以上に楽しめるような環境が出来てたりするし。

イタリアならローマ以外にミラノとか。中国なら北京じゃなくて、上海や深圳とか。)

あと、日本場合一度移動してしまうと戻りにくい動線の弱さとかも問題だと思う。

今度文化庁京都うつるから、これから10年位で一気にそういう楽しみが関西なり東北なり九州なりに分散して、

余暇施設東京に過密に集まってるアホみたいな状態が変わると少しそういう意味で住まう場所選択肢も変わってくると、いいなあ。

2016-06-22

SEALDSって惜しいな

安保法案反対とか自民党へのカウンターとしてのみ存在するんじゃなくて、もっと自民党民進党公明党共産党などのどの党にも属さないような若い世代政治団体としての立ち位置を確保してれば今回の参院選立候補して支持を獲得するくらいは出来たんじゃないかな。

現状、若い世代政治団体SEALDSくらいしかなくて、つまり世代的な選択肢安保自民党へのカウンターのみしかないって状況なんだけど、もったいないよな。

18~40代くらいを取り込めるような与野党以外の第三の勢力として組織できるくらい国民の関心を集めるチャンスがここ2,3年はあったはず。

既存政党の内向けなスタンスから反省点を見出して、それこそ旧態依然政治イメージ広報活動から脱却した政治団体組織できれば十分支持は集まったと思うんだよね。

需要もあるはずだし。

まぁ、理想論だけど。

http://anond.hatelabo.jp/20160622171123

同人関係無いのは確かにその通りだけど、水商売で金を稼げる歳だったら離婚する選択肢が有力っぽいので、

「(趣味に没頭するための)金を水商売で稼げる歳でもないので離婚もできなくて鬱々としています

って話だと思った。

理由のない備忘録 2

自分が考えていたネタのどちらかをここに納めようと思ったが、そのうちの一つだけ愚痴らせてもらう。



まだ大学生という身分ではあるのだが、大学自体に行くことそのものを疑問に感じながらも結局のところ親が主導権を握っていることをいつも思ってる。

今日はそんなことを書き留めたい訳ではない。



自分20代であるものの、「いつまでも絶えない30~50代くらいが想像する若者レッテルは何故生まれしまうのか」を最近無駄に考えていた。

特に見ているとしたら大学内の学生になるだろう。

しかし、「若者」とはいってもどこぞの綺麗な表紙で飾られているような清楚な若者ばかりではないのだ。



喋りや風貌からして融通の利く有能そうな奴もいれば、明らかに口だけは達者で具体的な中身がボロカスみたいな奴だっている。

そこで自分が見ている部分では、性格が合わなさそうな相手だとしてもどのような意見を持っているのかを確認している。

今の就活状況は某アニメーション映像みたく、グループディスカッションを行いながら共同で作り上げることが多くなっているかもしれない。

自分も何回かやってみたが、正直言って他力本願他人に頼り、その内容をまるで自分がやったように自己満足している状況しかなかったように思える。



そういった経験から感じたのは、「若い人で限定した場合集団の中で使えそうな駒がいれば、そいつに全て人任せにして得た利益を同じく貰おうとしている」という考察に至った。

何故若い人がマスコミによってあたかも中身のない無能馬鹿みたいにされているのかがなんとなく理解してきたのだ。

若者馬鹿だと玩具にされる→あまり具体的なプロセスまで組み立てる思考を停止させている→そのことから現実問題に置き換えると、できそうな奴に全て用件を投げ捨てて楽をしている」ということであるのかもしれない。



これはあくま自分がそういった人物としか当たらなかった運の悪さなのかもしれない。

だが、もしこれが1つの講義として成り立つのであれば、日本教育先進国の中で遅れていると言われたらその意見同意するだろう。

大学自体がこういった双方で行う講義積極的に盛り込むのであれば、学生側がただの談笑するレベルで進むようなことは時間と金無駄だ。

前期でもグループワークの授業を取ることになったが、選考の仕方がコンピューターで分けただけという馬鹿馬鹿しい話だったし、志望動機は長々と打ち込めずたった1コースごとに3,4行程度だけというこの始末。

そう思うと教員はそこまで学生を見る暇もないし、説教反省させるような態度を取るようであれば、そのようなリスクを生まないよう選考することが一番の回避策だったはず。



こうなるとバブルの時に大学を作り過ぎてしまったツケがだんだん悪化しているのかもしれない。

学歴として早慶クラス学士博士を取得したとしても、Fランク大学教授としていること自体意味があるのか。

そもそも研究機関である大学なのに特に文系学部に関しては研究成果が公開されないのだろうか。

しかも、そういったことは学祭の時だけに公表しているという。


個人的意見としては、大学として本当に機能しているのは理系学部と十分な研究費用材料存在する上位の大学であると思う。

そして、一番の問題として進学することが当たり前の世の中で、何故小さなから勉強以外で自信の持てる個性を身につけさせないのかということである

日本同調集団社会であること自体変わらない。欧米欧州のような確立されたシステムの中で自らのキャリア構造若いうちから立てられるチャンスが存在する。



しかし、今の日本子供を産んだ時点からレースが始まっている。それは「受験である

小学校からまり幼稚園ではしつけや漢字を読ませるなどのことを徹底している。

このことから子供たちにとってはそれが当たり前の日常ではあるが、逆に親はどういったものを彼らに与え、何を見せているのだろうか。

最近朝のニュース番組を見ていたら、親がある日本古来の物語の一部分を子供に向かって言うと、残りの部分をスラスラと答えていた描写があった。

他にも子供偉人の本を読んで楽しいと感じていた。



日本では教育施設機関に行かせることが中学まで義務付けられている。

そして最終的な目標受験とされている世の中で、学校に対して縋っている、甘えているのかもしれない。

学校に行けばやりたいことが見つかるのであれば、子供がが成人になるまでに彼らのやりがいが感じられる選択肢を助言することも一つの教えではないのか。



神経質な感じではあるが、自分としては金と空気を読む力さえあれば生きていけるのならそうしたい。

ただ、創造性や発展させる力に関する教育学習が欠けていると思う。

学歴、経歴だけの外見だけではなく、その人間本質証明できる機会が増えればいいなと感じている。

2016-06-21

http://anond.hatelabo.jp/20160619144210

あるあるだね。それが楽しいうちはホント楽しいよね。

マスターはだいたい見栄で課金せざるを得ないんだよね。

で微課金でも参謀として攻略を先導するポジにいれば、トップ層の世界に食い込める。

でも結局、課金キャラが強くなるゲームであることが、

健全さ・気持ち悪さを生む元凶だと悟ると、パッタリと飽きちゃうんだよね。

から2000年代アイテム課金MMO渡り歩いた人たちは、

スマホアイドル系の音ゲーとかにハマるおっさんになっていたりする。

課金によるキャラ性能UPは自己満範疇、性能インフレあんまりなく、

主にキャラ愛の為に課金するっていう部類のゲームにね。

でもネトゲアニメとか見ると、ギルドのワイワイ感とか懐かしくなるんだよ。

そうすると選択肢としては…FF14くらいしかないっていうね。

2016-06-20

就活に失敗する人

いろんな人がいるけど、就活まで「進路を選択する」ことをしてなかったんじゃないだろうか?

小学校中学校はそのまま進学できる

中学高校は進路を選択できるものの、結局のところ自分学力にあった高校を選び、そして入学するのだ。

そこに「選択」というもの存在するのだろうか?

高校大学もほぼ同じだ。自分学力にあった大学。それなりに地頭が良ければMARCH関関同立、近くの国立大選択肢はそんなにない。受かったところに入ればいいのだ。

 

そしてここまでで一番のポイントは「合格に明確な基準がある」ということだ。

いくらかの勉強をして、決まった点数を取ればよかった

だいたい決まった道を、用意されたハードルを、与えられるまま超えてこればよかったのだ。

 

そういった人は就活で積む

なにせその後には道などないのだから

ハードルを与えられない

それは恐怖だ。何をすればいいのか分からないのだ

そして道のない原っぱに立ち呆然と後ろを振り返ったとき絶望するのだ

 

「ただ道を歩いてきただけの君は、面接で何かアピールすることができるのかな?」

バイトはした?」「資格は取った?」「サークル特筆できる活躍をした?」「友達はたくさん作った?」「恋人はいるの?」

 

そんなものはない。そんなハードルは道の上に置かれていなかった

とりあえず勉強をして単位を取って大学の2年を過ごしたのだ

 

だがもう戻ることはできない。

今までしてきた通り、周りを見て、同級生と同じレベル会社を受けて、そして…

 

当たり前のように内定は出ない