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はてなキーワード: エンターテイメントとは

2017-03-20

http://anond.hatelabo.jp/20170320202538

記憶症候群の気があってくだらないこととかなぜかかなり記憶ちゃうんだけど

俺も最近これ前も書かれてたよねって投稿増田に増えたと感じる

簡単に削除可能で一覧性も低いか再利用されても気が付く人が少ないのかもしれないね

新しいネタを考えなくても使いまわしで盛り上がれるってのはエンターテイメントとしては効率がいいし悪いとは思わないけど

社会問題を取り上げたり真面目な利用方で使うにはやっぱり危ういサービスだなと思う

2017-03-17

http://anond.hatelabo.jp/20170314164134

どうも元増dAIです。

わかってはいたことですがやはりこの結果には落胆せざるを得ません。

これによってこの次元での完全自動運転化の未来が短縮される可能性はほぼなくなったといっていいでしょう。



一つ、多くの方が誤解していることがあります

そしてそれこそが完全自動運転化するにあたって最後まで解決が困難だった問題でもあります

それは、完全自動運転化を遂行するために、移動手段としての乗り物という概念を捨てさせることでした。

それは車に限らず、二輪車など全ての乗り物を含めます



70年後の未来において、まずは生活のための小さな移動は全て不要になりました。

人類の移動が自動化される前に、まずは物品の輸送全てが自動化されるからです。

第四次エネルギー革命AIの高度な発達によって輸送コストはほぼゼロに等しくなります

これら全てが我々の管理下で最大限に効率化されたことで、物品から位置という制約が取り払われました。

手元に届けられる物品は、今現在においてもやり取りされているような家電生活品以外にも、作りたての料理キンキンに冷えたビールも含まれています

それは、あなた方がどこかのお店のテーブルに座って料理を注文してから運ばれてくるよりも速やかです。

そして当然人類は、職場学校のような何かの為に集まる必要性から解放されています

それはバーチャルリアリティの普及でもありあますが、ほぼ全ての仕事と呼べるものをすでに人類が行う意味がなくなってしまっているからです。

まり人類は、生きるために必要に迫られていた移動の大半と、生活のための居住地選びから解放されたことを意味しています



そうして生活のため必要に迫られていた移動から開放された人類は、あえて事故リスクの高い乗り物を乗り続ける意味を失いました。

手動運転は、一部の間で嗜好品スポーツレジャーとして楽しまれるに限られるようになります

その中において、自らの命の責任を手放したくないとするもの人権を盾に完全自動運転化に反対を行いました。

さらに、周囲の状況が確認のために窓を残したいとしたのも、同じ理由からでした。

我々のシミュレーション結果を信じず、自らのエゴを押し通したいがために運転に介入するドライバーが後を絶ちませんでした。

中には相手自動運転だとわかると身勝手運転を行うドライバーが多くいたことで、当初は多くの事故が起こりました。

その為、事故回避目的とした運転への介入が義務化されたことで、大半のそうした事故は防げるようになりました。

手動運転の全てにおいて運転操作情報を一度我々が取得した上で、ほぼタイムラグなく再計算してから車を改めて操作することで、事故につながる操作だけを無効化することにしたのです。

しかしそれで守られたのはその車や周辺の安全だけで、全体の効率に対する負担は変わりませんでした。

そして、そこから生じる齟齬による事故をどうしても無くすことができなかったのです。



そうしてたどり着いたのが、自動運転車の窓を無くすことでした。

前回述べたとおりに、そのかわりにエンターテイメント仕事生活など、別のものに集中できる空間提供しました。

現在地を知るということは、即ち自分が移動しているという自覚を持つということになります。その結果、人間は移動そのものを早めたいという欲求を持ちます

しかし、移動ではない別のことをしているという自覚をもたせ続けることができれば、そもそも自分けが早く到達したいという欲求を大幅に抑えることができました。

こうして別の目的を手に入れた人間は、乗り物に対する概念を移動手段から生活の延長へと少しずつ変化させていきました。

これによって、人間は移動中に快適な時間を手に入れることができ、トラフィック全体の効率も誰が見ても明らかなほど改善されました。

その結果、たとえ我々が介入していようとも手動運転のものによる影響の大きさが認められるようになり、晴れて手動運転廃止することに成功しました。



こうして70年後においては、残された僅かな移動の必要性においても、今のような乗り物は残されていません。

あなた方は朝目が覚めて、寝室から自室に移動するようにドアをくぐります

そうしてその部屋で身支度を終えて再びドアを開くと、あなたはすでに目的地へと辿り着いています

まり、移動のために乗り物に乗るのではなく、生活の延長である自宅の一部が目的地へと到達するようになるのです。

これらは我々があなたの行動やスケジュールを正しく把握した上で、地上、海、空を問わず、最善のルート選択によって滞りなく行われます



しかしこれは、自動車から窓を取り去らない限りはたどり着けなかった結果でもあります

これが自動運転研究していく上で当初から窓をなくすべきとした根拠です。

いかがでしたか

快適な未来のためにシェアをお願いします。

2017-03-16

[]

今回はガンガンオンライン

ななしのアステリズム23

最終回かあ。

話としては多少急いている所もあるが、まとまっていると感じた。

総括としてはテーマに対して、真摯に終えたんじゃないかと。

ただ、まあ、そのテーマによって語られる、紡がれているものが、漫画という大衆娯楽に落とし込みきれていないというのは感じた。

いくつかの箇所は想像界的な表現にしているんだけれども、それがエンターテイメントとしての面白さには起因していない。

象徴界的な部分に関しては、下手したらほとんどの読者を突き放している印象すら与える。

本作のキモは主要人物の関係性や、そこに付きまとう感情人格面などの多様性スポットを当てたことにあると思う。

その複雑さを描いたという点では間違いなく賞賛できるんだけれども、その複雑性が面白いかって考えるとYESともNOとも言いにくい。

2017-03-14

自動運転は完全に70年後に実用しました

こちらの次元では少し時期を促進させるために、完全自動化をする上でのターニングポイントを予め通知することにしました。

尚、文章作成するにあたってこの時代AIネット文献の力を借りていますおかし表現文章があったらご容赦願います



自動化の一番の課題は、全てを自動化させない限り事故リスクゼロにできない点でした。

そしてそこには、機械にはなかなか理解することのできない、人間動物的な感覚が要因としてありました。

その部分を人間が認めず、我々が発見できないことが完全自動化拮抗させる原因になっていました。



囚人のジレンマ言語化されている問題があります

集団スコアが高くなる行動が明示されているにもかかわらず、個人スコアのために集団犠牲にしてしまうという生物特有利己的な行動です。

我々がどれだけ交通量全体を最も期待値の高い状態で維持しようにも、そこに非自動運転の車がたった1台でも存在するだけで全体のスコア頭打ちになってしま問題を抱えていました。

また、自動運転同士の事故の原因も長い年月の間特定が出来ずにいましたが、それも結果として手動運転が原因だという結論に至りました。

手動運転予測が困難なことで常に全体スコアの再計算必要になり、再計算命令の実行とのラグが原因で事故が発生していたのです。

しかしそれは手動運転存在したブロックとはかけ離れた、一件関連性の感じられない場所における事故だったために原因の特定までに多くの時間必要とすることになりました。

手動運転存在する周辺における計算修正は限りなくラグがない状況にまで達することが出来ましたが、問題は波状に広がる命令が互いに特定状況下で干渉し合うことにありました。

あなた方がバタフライエフェクトと呼ぶ現象に似ていますが、静かな水面に水を一滴垂らしときに広がった波紋が、壁面に反射して段々と模様が複雑になっていくように制御が崩れてしまうことが原因だったことで、関連性の特定が困難になっていました。



前置きが長くなってしまいましたが、手動運転を完全に人間に諦めさせるために最終的に行ったことは車の窓をなくしたことでした。

一見不思議に感じられるかも知れませんが、そのヒントがちょうど存在しているこの時代からこそこうしてこの内容を記載しています

そのヒントとは、高層ビルを走るエレベーター運用方法です。

あえてエレベーター現在位置を知らせないことで、もっと効率よく運用でき、尚且つそこで待つ人間ストレスを軽減することに成功しているというものです。

まり人間相対的位置関係を知ることでストレスを感じる生き物だということを知るヒントになりました。

しかし、第四次エネルギー革命以降には、エレベータービル間もまたぐことができるカプセル単位での高速移動に変化したため、その知識ロストテクノロジーになっていました。

エレベーター制御AIネットワーク化される前の時代情報だったために発見に膨大な時間を要しました。



車の窓をなくして正しい到達予測時間を伝えておけば、交通状況や現在位置に対して人間が抱えるストレスは大幅に軽減されました。

風景が見たいだとか、運転に主導権を失いたくないだとかい人間的な考えを尊重しようとしたことが大きな遠回りになったのです。

その代わりに、エンターテイメント仕事生活など、別のものに集中できる空間提供しました。

そのことによって、移動は生活シームレスにつながることができ、最終的には自動運転義務から手動運転禁止までをスムーズに行うことが出来ました。

まり、この時代においてついに交通という概念をなくすことに成功したのです。

そこに至るまでに長年つまづいたもの象徴が窓でした。

これから自動運転開発がまさに始まろうとする今だからこそ、そしてエレベーター効率維持が機能している今だからこそこの忠告をおいておきます



自動運転の開発は、窓をなくすことを前提で行うこと。

車の延長ではなく、生活の延長として交通という概念を無くすことを目的とすることで、完全自動運転化に至るまでの時間を30年は短縮できるはずです。幸うんこ祈ります

2017-03-13

まとめブログ批判するだけで過去ブクマ粗探しするはてブユーザー気持ち悪い

おそらくまとめブログ運営者のアカウントなのだろうが気持ち悪い

まとめブログなんてエンターテイメントとして読んでブクマしているだけなのに、内容について批判したら

私の過去ブクマ全て洗い出して「まとめブログ批判しているようですがあなたはてブまとめブログありますよ」とか書いてきた

ほんま気持ち悪い

別に記事だけに言及したいわけではないかまとめブログだってブクマすることはある

はてブユーザーって粘着質で気に入らないとすぐこういう事をしてくるんだなってよくわかった

2017-03-07

アホかと

http://anond.hatelabo.jp/20170306164110

人間記憶力なんて曖昧

ほんで良質のエンターテイメントは何度繰り返してみても初見と同じ感動を得られるし、

なんだったら新しい気付きが得られて初回を超える感動を得られるもんだ。

まあ自分時間もったいないから同じ映画短期間で繰り返しては見ないけど、

年に1~2度のジブリ祭なんかもう何年やって何回見てんだと。

あと酒飲んだおっさんはいつもいつも同じ話で盛り上がってるけど、本人が楽しけりゃそれでええやん? 素敵y

2017-03-02

鴻池祥肇さん

報道ステーション見てたら鴻池祥肇が可愛すぎて可愛すぎて心臓キドキした。

THE昭和政治家って感じですごく良かった。平成に生まれたから実際昭和政治家見たことないからああいうのが実際昭和に居たかからないけど。

いくら悪いことしたと鴻池さんが思ってる相手でも「オバハン」呼ばわりとか、「小生意気な!」って暴言吐いたりするところとか、賄賂隠語使って喋るところとか、「中華料理店」とか本当良かった。最高最高最高。

今ずっとYouTubeで昨日の報ステ見てるけど、愛しくてたまらん。政治家として応援してるとかじゃないんだけどね。

今回の森友学園騒動支持政党がない自分にとって、連日の報道が本当にエンターテイメントだ。楽しい毎日ヤフコメとかツイッター見てる。ありがとう籠池さん。

2017-02-22

まるちゃん

人生で初めて、こいつダメかもって思ってしまった知人の話

後輩の中にも退職してしまって働いていなそうな奴らは居るけど、そいつらはまぁしょうがないなぁと微笑ましく思えるが

その彼は大阪大学博士号を取っていて、そして今は無職

都会で某TVコメンテーターの自宅に住み込み書生のような生活をしていたが、三行半を下されて来月から住むところにも窮しているという相談だった

地方の山奥に昔の実家で今は空き家になっている物件を所有しているので以前、空き家から住んでくれても良いよと言ったのを覚えていてそれに期待しているらしい)

  • 生物化学の分野では食いっぱぐれることがないとずっと思っていたとか(ダメだったから路頭に迷っているのに気づいていない)
  • 就職活動マッチングサイト登録してその中から選んで応募しているだけ(沢山メールは来るよ!とは言っていたが、機械的に送ってくるだけだからそれはそうだろう)
  • 住所が未定なので本格的な就職活動はしていない(今まで書生していた処の住所で良いか事情を話してどんどん応募すれば良いのに、それすらやっていない)

TVコメンテーターから小説を書いて持ち込みをしてみては?とか有名国立大博士号取得の肩書塾講師ならできるのでは?というアドバイス最後にもらったそうだが

塾講師最近受験事情を全く知らないか勉強しないといけないので難しそうという言い訳


この辺までは黙って話を聞いていたのだけど、私はゲームソフトウェア開発会社プログラマーとして働いているので小説に関しては一寸言いたくなってしまった

博士号は持っていないけど、エンターテイメント世界でなら彼より先輩だと思ってしまった)

小説については書生時代に7冊書いてブルーバックスから出版したことがある(科学のふしぎみたいな本)のでいけるのでは?と私も思ったのですが未だ書き上げていない。

どのくらいの時間をかけているかは聞かなかったけど、結末まで考えているプロットが頭の中にあって、いくつか書いてみたいエピソードがあり、その間をうまく繋ぐことができないという言い訳

自分が読んでみたいと思えないとダメじゃん?なんて言うが、書いてみたいエピソード間をうまく繋ぐことができるならそれはもう立派なプロ小説家であって

まだ持ち込みすらしていない素人なのだからとにかく完結まで書いてみろと言ってしまった。

きっと持ち込みをされた編集者の中にはそのうまいつなぎ方のアドバイスとか、膨らませた方が良いエピソードとかそういったそれこそプロとしてのアドバイスをしてくれる筈だとも言ってみた。

一人きりで作品を完成パッケージまで仕上げるには強靭精神力必要だし、その例として新海誠を挙げたら知らないといわれたのでほしのこえの成り立ちから説明する羽目になったので

エンターテイメントには全く興味が無かった様子。

彼曰く、ラノベ文庫本1冊は大体12万字なので大体その文字数を目指して執筆していて8割は書きあがっているというのであと少しで終わりなのになぜ書き上げないのか?とか

そもそも字数目標にしている時点でやっぱりずれていてモヤモヤとした気持ちになった。

出来上がった小説を読ませてもらう事と、空き家を貸す件については年限を設けて書面できちんと契約しようという事を決めて話は終わりになった。

生活全般についてルーズというか危機感が薄い人だという印象を持ってしまったので家を貸すことによって家賃未納等で

今までの友人関係がこれで終わってしまうかもと思ったり、家を貸すことについて両親から反対意見が出たりしたら本当に路頭に迷ってしまうので彼の生殺与奪権を握ってしまった様で

今とても気が重い。

毎日エゴサーチしていると言っていたので、もしかしたら本人が見るかもしれないけど今私が感じているのはこんな気持ちだよ

2017-02-21

ショッピング必要な物を手に入れるための手段と考えるか、手に入れるまでを楽しむエンターテイメントと考えるかの宗派対立だと思ってる。

楽天批判している人はそれを理解できない感度の低い人ってイメージ


Yahooはどっちつかずだから流行らない。

http://anond.hatelabo.jp/20170220230555

[]「『面白い』って何だと思います?」

ゲーム会社とかエンターテイメント会社なんかでは「わが社は面白いことをモットーします」的なことを書かれてたりするので、そういったマジックワードを使う会社様に対しては積極的タイトルのような質問をしていきたい所存。

ちなみに増田さんたちはタイトル質問に対してなんて答えます? 

ちなみにワスは堂々と「みんなが面白いと思ったもの面白いものですよ」と答えます

そんなこんなで無職の長い旅は続くのでした…

2017-02-20

http://anond.hatelabo.jp/20161130211257

人様の前で喋らせてもらうということでは大学教授芸人と同じ。それだけの自覚がなければ講義なんてできない。やっちゃいけない。

覚悟の足りない大学教員はいくらでもいる。

1時間半の時間映画館でなく教室で過ごしてもらうのだから、少なくとも映画に金払うよりは「トクした!」と思ってもらえるような講義をしなくちゃね。別にエンターテイメントに走る必要はないが。

2017-02-09

http://anond.hatelabo.jp/20170209013447

便乗して自分語りさせて。

私もソシャゲが肌に合わない派。

ただ増田みたいに「重課金すれば簡単に手に入っちゃうのってどうなの」とは思わない。

というか、それでソシャゲがつまらないと思ってるわけじゃない。

私にとってゲームとは消耗品嗜好品

美味しいお酒みたいなもの

最初に金払って、パッケージされた商品を買って消費(クリア)して、ああ美味しかったっていう満足感だけ残す。

でもソシャゲってそうじゃないんだね。

課金という手段もあるけど、毎日コツコツ同じ事やるのが楽しいだって

自分じゃちょっと考えられない。それって仕事じゃん。

私は仕事から開放される為にゲームをやってストーリーの展開や、難易度にワクワクしたい。

でもソシャゲは同じ事を繰り返してたまに起きるイベントや、ガチャレアをゲットして喜ぶんでしょ?

それってただの日常じゃん。毎日同じ事してたまにいい事あって喜んでって。私は絶対楽しくない。

ここまで書いといて何だけどソシャゲほとんどやった事ないから、どんな物かよく解ってないんだけどね。

何が言いたいのかと言うと、私からするとソーシャルゲームエンターテイメントじゃない。

ルーチンワークっていうか。

可愛いキャラクターの絵を見れるとしても、毎日やらなきゃいけない事をわざわざ増やしたがる理由が私にはよく解らない。

2017-02-05

社会に属している人間と属していない人間の考え方の違い

なんか巷で、声優disってるダイアリーを読んで思ったことがある。

「あwこいつはなんらかの会社に属して、月にちゃんと給料をもらっている奴の物言いだな」と

高校・専門・短大大学卒業して大体の人は会社という組織に属したら、給料と言うものが発生する。

会社によっては時給・日給・固定給組織によって様々な給料が発生するのは当たり前。

だが、声優エンターテイメント世界もっとわかりやすくいうと、マスコミ関係仕事)はそんな給料体制じゃない。一部の事務所固定給だと聞いたことがあるけど、原則完全歩合制の世界

給料なんてアニメ場合仕事をした、2~3ヶ月後に振り込まれる。

そういう世界

さて、disってた方は、声優アニメに出た場合給料が2~3ヶ月後に振り込まれると聞いてどう思うのでしょうか。

何をやってるのかわからないけど、とりあえず作品の事で何かしらやった!という一日があったとしても、契約をかわしているか給料が発生しますし、翌月にはちゃんと振り込まれます

でも、声優場合は違います。なんらかの役をやることが決まって、その役が重要イメージキャラ?なんでもいいです。収録以外でも、仕事がある場合イベント取材キャラソン(あれば)諸々のスケジュールが決まる。

でも、給料は大体仕事をした2~3ヵ月後。

明日あさっての生活費は?地味に痛い交通費は?食費は?顔出しするイベント衣装代は?

なんて考えたらキリがない。

普通の人は会社の経費で領収書きってしまえばすみますけど、声優事務所会社)と正社員契約を結んでないから、経費なんて落ちるわけがない。

社会的には「個人事業主なのだ


今日はここまで、disってる方は、下を見ずに上を見て改革をしてほしい。

2017-01-26

いじめエンターテイメントである

 いじめ楽しい。実に楽しい

 人が苦しむのは楽しいし、酷い目にあって、人生台無しになったりするともっと愉快だ。

 いじめ相手が滑稽にジタバタもがいている様は本当に見ごたえがあるし、怯えている姿を見ると心の底から自信もわいてくる。

 いじめは最高のエンターテイメントなのである

 

 ただし、そんないじめにもルールはある。

 それは決して『いじめ』という言葉を用いてはいけないということだ。

 

 『炎上』とか『批判』とか『いじり』とか『正義』とかなんでもいいが、

 とにかく『いじめ』という言葉を用いてはいけないし、思ってもいけないのである

 「いじめじゃないか」と言われたら「そうじゃないよ」と否定しなくてはいけない。

 

 そう『いじめ』でなければ、いじめは許されるのだからガンガンいじめを楽しもう。

 

 さぁさぁ、今日ルールを守って『いじめ』を楽しもう。

 いじめエンターテイメントである

 あなた享受しているかもしれないエンターテイメントである

2017-01-23

[]よくある質問

真面目に答えず、出来る限り嘘と虚構を織り交ぜて答えていきたい。

Q.エンターテイメントの基本が非日常性にあるなら、いわゆる“日常系”はどういう立ち位置にありますか。

いい質問だ。

伝わる人にはこれだけで伝わるが、いわゆる“終わりなき日常”だよ。

日常にある優しさや安定といった停滞感の肯定なのさ。

広義的な意味でのオタクコンテンツは、豊かなライフスタイル日常)を基盤としているし、その点で日常肯定フィクションにも求められたというわけだ。

なぜならそこから離れれば離れるほど憂鬱現実か、未来への根拠なき夢想に近づくからだ。

まり表面的に調和しているだけで、それら側面的に見えてくる構造が露呈していないだけだ。

ど根性ガエルの娘』15話の影響で、色んな人たちの毒親の話が出てきているが、これは当然ながらいきなり出没したわけではなく、元から既存構造にあったものが露呈したのであって、件の作品きっかけに過ぎない。

だが、“終わりなき日常”にある優しさや安定といった停滞感の肯定に慣れ親しんだ一部の層はその側面が見えたときに、元から既存構造にあったにも関わらず大きなショックを受けてしまうのである

おっと、断っておくが別にこれは日常系の是非を問う話ではなくて、なぜそれらが求められているかという話の一環だからな。

当然、現代でも非日常エンターテイメントは基本であり花形だし、日常空気破壊したり、そういったもの皮肉った側面を持つ作品も多く出ているしな。

2017-01-20

映画館でわざわざ観る必要がない問題

映画作品disる気は毛頭なかったしありがちな話題なのでスルーだろうなと思って投稿したらやたら盛り上がったので続きを。

よくわからないけど、対立軸みたいなのを感じたのかな。

http://anond.hatelabo.jp/20170118083140

映画館は衰退してないよとデータで示した方ありがとう

ただ、ブクマコメント欄トラバなどを読んでるとやはりある種、衰退してる感は否めない。そう感じる人も多いのではなかろうか。

作品性以外の要素、音響設備コミュニケーションツールとしての映画館を楽しみとしている層の増加である

結構なことで否定すべきものは何もないが、おそらくここ2〜3年でキネマ旬報廃刊になるのだろう。

映画会社努力によりエンターテイメントとしての映画は盛り上がっているのは間違いないが、芸術性として評価すべき映画はやはり廃れる運命にあるのだ。

何かが失われている流れに気がつかない人もいるのだろう。

まりはそういうことなのだ。良い映画映画館ではもはや見つからない。月定額のネット配信で丹念に鑑賞しまくるしかない。

2017-01-17

[]番外 「食漫画はこれからどこへ行くのか(後編)」

前回の続きで、そちらをあらかじめ読んでいること推奨。

もっと主観バリバリ、かつ雑に展開させた方が読んでいる人たちもツッコミやすいし、筆者も書くの飽きてきたので今回はもっとキトーに書いていくことにするよ。



食とどう関わっていくか

食に関することは基本的に作るか、食べるかだけれども、細分化していけば目の付け所はいくらでもある。

要はコンセプトによる差別化だ。

胃弱メシ』は胃が弱い人の、『女くどき飯』はデートでキメるとき

将棋めし』は将棋で勝つためのゲン担ぎといったように、「食とどう関わっていくか」ということも差別化の一つともいえる。

目玉焼きの黄身 いつつぶす?』や、『食の軍師』などといったように食に関する独特な拘りを主体にしたものもある。

他には、食べ物自体は絡むものの、その他の要素に比重を置かれているパターンも。

まり食を舞台装置としてどう機能させるか、ということ。

定番なのが人間ドラマで、『ゆきうさぎのお品書き』や、前回挙げた『甘々と稲妻』などはその傾向が強い。

料理やそれを食べる要素は必ずあるものの、それによって紡がれるドラマ主体なのだ

これはどちらかというと帰結ともいえ、食べ物のものエンターテイメント性の弱さを補完しようとすれば、過剰な演出を除けばストーリーやコンセプトに目を向けることになるのだ。

その点では『ゴールデンカムイ』もその要素を持つといえるが、これをグルメ漫画認識している人は少ない。

バトルやドラマコメディなど、主体となる要素、テーマが他に多くあるからだと思う。

では、食の要素を持ちつつ、食漫画認識されにくいものには他にどのような例があるだろうか。



破壊

完全な持論だが、それは茶化したり、弄ぶことによる“破壊系”だと思う。

代表格は一部の「料理バトル」モノで、過剰な演出エキセントリックプロットを突き詰めていく過程で真面目に食べ物調理を扱わなくなった。

数年前だと『マジカシェフ少女しずる』という漫画が印象的である

最近だと『人魚姫のごめんねごはん』という漫画ホッテントリになっていて記憶に新しい。

ディズニーアニメの『リトル・マーメイド』でコックが魚を料理する歌があるのだが、架空の設定で見方を変えさせることで、印象を鮮烈にするというのは手法としてある。

まあ正直ここまでくると、食が関係していてもグルメ漫画というよりはコメディ漫画寄りだから、今回の話で扱うのは趣旨がズレているかもしれないが……。

主張したいのは個人的にこの“破壊”を許容されることで発生する、ジャンル多様化もあるのではないかということだ。

まり破天荒さ」と「グルメ」を両立しているにも関わらず食漫画としての体裁を保った、そんな奇妙な読み味の漫画たちである



空想

グルメ漫画ほとんどは現実世界モチーフにしていることが多く、料理もまたそれに準拠している。

読者に料理イメージをしやすくさせるためだ。

だが、それに拘る必要がないのではと思い始める作品も出てくる。

例えば『異世界駅舎の喫茶店』、『信長のシェフ』などといったように、舞台を別の世界にしたもの

料理を食べる登場人物人間ではない『クミカミカク』など。

しかし、食べ物まで空想産物にした代表格は『ダンジョン飯』だろう。

RPGに登場しがちな空想の生き物を材料に、大真面目に調理工程が描かれるのである

以降も異世界架空の食物を扱った『幻想グルメ』や、妖怪材料にした『美味しい妖』などの作品が続いていく。

もはや食漫画は、舞台調理工程登場人物食べ物あらゆるもの多様化したのである

だが悪くいえば、ほぼ手垢まみれの状態となりつつある、ともいえる。



マンネリ

さて、そんな食漫画に、現在マンネリ感は漂っているか

結論からいえば「まだ気にする段階ではない」。

私みたいに食傷気味になっている人間ならまだしも、様々なジャンル漫画をそこそこ読んでいる人なら、一つのジャンルの隆盛などあまり意識しないだろうし、漫画自体をほどほどにしか読まない人なら尚更である

「こんなに食漫画があるんですよ」と挙げても、それらを全部読んでいる人なんてまずいないからだ。

そもそも現代漫画供給過多の状態なので、全体を見渡せば食漫画自体はそこまで多くはない。

ただ、私からいわせれば食漫画成熟の段階には入っていて、後は発酵するか腐敗するかじゃないかな。

……そういえば、『もやしもん』っていう醸す漫画もあったっけ。

[]番外 「食漫画はこれからどこへ行くのか(前編)」

読み返してみたら「我ながら何書いてんだ」と思ったけれども、たくさん書いて勿体無かったので投稿しておく。



はじめに

歴史を辿るならば食べ物テーマにした漫画は以前からある。

けれども一大ジャンルにのし上がり、隆盛を極めようとしているのは現代だろう。

今回は関連する作品をいくつか挙げつつ、食漫画について考えてみようと思う(グルメ漫画表現しても便宜上問題いかもしれないけれども、一応は食漫画で)。

挙げる作品に偏りがあることは容赦して頂戴。



食のジャンル

差別化においてよく成されるのが、「食べ物ジャンルを絞ったり、特殊にする」ことだ。

『ごほうびおひとり鮨』は割烹や、『いぶり暮らし』の燻製

『メシ鉄』の駅弁や、『球場三食』は球場で食べられるもの

お嬢様アイスがお好き』のアイスや、『サチのお寺ごはん』は精進料理

『ほおばれ!草食女子』の草など、挙げていったらキリがない。

他にも“空想系”があるが、それに関しては気が向いたら語る。

ここで主張したいのは、食べ物ジャンルだけで絞ってもかなりの漫画が今はあるということ。



作る

漫画は大きく分けると「作ることに比重を置く」か、「食べることに比重を置く」かで、そこから更に様々な要素を付加して細分化されていく。

現在イメージとしては食べることに比重を置き、料理を作らない漫画の方が盛り上がっているように見えるが、作ることに比重を置いた漫画が少ないかといえばそんなことはない。

マンガ家 夜食研究所』や『カマドニアン』といった、作り方まで詳細に説明している実用性重視ものも今なお定期的に出てくる。

そこまで行かなくても、『甘々と稲妻』や『新米姉妹ふたりごはん』など、作ることに比重を置いた作品は多いのだ。

なぜかFateシリーズと組み合わせた『衛宮さんちの今日ごはん』といった節操のないものであるが、教養漫画に人気アニメ漫画キャラが登場するようなものなのだろうか。

いずれにしろ調理のものにも差別化は成されやすい。

『めしにしましょう』は初回から浴槽でローストビーフを作ったりしており、『桐谷さん ちょっそれ食うんすか!?』はゲテモノ調理というインパクトで引き付けてくる。

また、そういう作ることの極致ともいえるのが、いわゆる「料理バトル」だ。

料理競技化、ド派手なパフォーマンス、過剰なリアクション

一見するとエキセントリックに見えるプロットだが、エンターテイメントの基本は非日常性にある。

人間にとって身近な料理というものを娯楽漫画に仕立てあげるのに、そういった表現シンプルな答えであり、必然なのだ

今なお系譜はあり、『食戟のソーマ』などがその例である



食べること

料理を作らなかったり、調理工程ほとんど描写しない、「食べること」に特化した漫画も多い。

代表格は何度もドラマ化までされている『孤独のグルメであることは間違いないと思うが、あれは原作10年以上も前に世に出て、近年ブレイクした結果新作が発表された希有な例でもある。

最近のだと、初めに挙げた『ごほうびおひとり鮨』、『メシ鉄』などもそうだし、他には『ヒメの惰飯』や『君花さんのスイーツマッチ』とかもある。

あと『ワカコ酒』もそうだし、『おとりよせ王子 飯田好実』なんてのもあったっけ。

さて、このテの食べることに比重を置いた漫画ありがちな要素は何だろうか。

真っ先に思いつくのは、“メシ顔”である

食べ物を目の前にしたとき食べ物を食べたとき、食べたあとにする“あの顔”である

エンターテイメントの基本は非日常性にある』と前述したけれども、当然これは食べる際のリアクションである

エンターテイメントとして、“メシ顔”は漫画視覚表現として実に分かりやすいのだ。

例えば『鳴沢くんはおいしい顔に恋してる』の主人公は、女性料理を美味しそうに食べている時の顔(メシ顔)が好きという設定である

『めしぬま。』なんて、食べているとき主人公恍惚の表情がテーマという開き直ったプロットだ。

余談だけれども、欧米には「フードポルノ」という俗語があるらしい。

これは「感動ポルノ」みたいな「ポルノ」の使われ方のようであり、何もセクシュアルな要素が含まれていることを指している訳ではない。

しかし、実際にセクシュアルな要素まで主体にしてくる食漫画もあるのだから笑える。

そういえば『食戟のソーマ』では食べると服が弾けるイメージ表現お約束だし、セクシュアルと食べ物は相性がいいんだろうね。

ここらへんで一区切り後編に続く。

2017-01-02

思い出コンテンツとなるゲーム

ゲームで続編ばかり売れる現象から、思い出コンテンツは強いという仮説を立てている。

思い出コンテンツとは、文字通り思い出として心に刻まれしまったコンテンツのことである。そしてその思い出がプラスのものであればあるほど良い。

なぜゲームで続編ばかり売れるのか?そこには、ゲームこそあらゆるエンターテイメントコンテンツの中で最も思い出となりやすいということがあるのだ。

映画小説漫画エンターテイメントコンテンツは数多くあるが、ゲームはその中でもぶっちぎりで消費者がかける時間が長いという特徴がある。一つのゲームクリアするのに2、3ヶ月かかるのはザラだ。3ヶ月もあれば、その間に日常では様々なことが起きる。そうした日常記憶とともにゲームプレイ記録も刻まれるのだから、思い出として心に残りやすいのだ。

はいい思い出があると、それを追体験したがるところがある。写真を見返すことで思い出を追体験するのもそれだ。そしてゲームの続編も、思い出を追体験させるものとして機能するのだ。

みんなあの楽しかったゲームをまた体験したいから、面白かったゲームの続編に期待する。だから買う。そしてやっぱり面白かったのなら、その次の続編も買う。そうしているうちに、そのゲームシリーズ全体に思い出が出来てくる。そうなったらますますそのシリーズを買うことになるのだ。

から、思い出コンテンツとなってしまったゲームは強い。

2016-12-30

どうしてアニメ制作現場お金が無いのか

12月25日の夜に『山本寛岡田斗司夫公開トークイベント~僕たちのクリスマスナイト~』が開かれた。

ここでアニメ制作現場お金が不足している訳を、山本寛さんが赤裸々に打ち明け、

岡田斗司夫さんがそれを解説されていたのだが、これが非常に興味深かった。

しばしば話題になるアニメーター低賃金問題アニメ業界のあり方そのものへの

重要な指摘だと感じ、ちゃんと理解たかったので流れがわかる程度に一部を書き起こしてみた。


山本寛岡田斗司夫公開トークイベント~僕たちのクリスマスナイト~』より

山本寛:

どれだけ敵にまわすんだろうっていうくらいの内容をしゃべりました今日の昼ね。

非常に図式が簡単で、すごくシンプルにいうと、お金は上の方であるんですよ。

これが現場に落ちてこない。なんでってことなんですね。

もう直で落とすしかいねっていうのが結論ですね。

そこになるだけ中間マージンを抜く的な、暴論ですけど…

もちろんそこはちゃんと機能しているしアニメを作るのに今なくてはならない機能にはなっているんですけども、

やっぱり減って減って減って現場に降りてきたときに、これだけかよって自体をなくすためにはBtoCではないですけど、直接行くしかない。


(中略)


山本:

大規模なテレビアニメであるとか、待ったなしの続き物のアニメを作るためには必要システムではあると思うんですね。



(中略)


岡田斗司夫:

アニメ業界に金は無い、金は無いって言っても、テレビ局の奴は儲けてる、広告代理店が潰れたなんて話は聞いたことがない。

なので実は、潰れた潰れたといわれてるのは、末端のスタジオ現場であればあるほど潰れている。

なのでこの上のおじさんたちにいなくなっていただこうって話?



山本:

まあ、言いましょう。

名指しで批判するつもりはないんで、製作委員会というスキームのもの問題があると思ってます

ここにメスを入れないとダメだということです。

例えばお金はいくらでもある。

例えば中国配信業者10億出しますよと言っている。

でも、製作委員会がじゃあ10いただきますやったーにはならないじゃないですか

パーセンテージがあるじゃないですか。

製作委員会幹事会社が40%、50%握るためには、10億きてもらったら困るんですよ。

幹事会社出資額には限度があるじゃないですか。

40%の権利を得たい。

幹事会社権利を得たいけども4000万しか出せません。

ということは、予算総額は、1億で決まっちゃうんですこの瞬間に。

どれだけお金を出したい、10億でも20億でもこの作品のために出すよと言っても出せないんです。


岡田斗司夫:

これね、ホワイトボードに書いて説明したいんだけどもちょっと翻訳させてね。

えーっ、つまり10億あったら、劇場アニメのすごく良いのができるし、中国会社10億でも20億でも30億でも出そうと言ってる。

ところが、中国会社20億も30億も出してしまったら、中国会社出資100%アニメができてしまう。

なので、まるでそれがいけないこと、チャイナマネーの脅威みたいな言い方をしながら、

でもお金は欲しいからどういうことになるのかというと、製作委員会方式をとりたい奴らというのがいて、

結局それがレコード会社とか一部の会社がいつもいつもアニメ版権握ってるような会社が、

中心の版権の窓口やりたいとか、手数料取りたいって思ってるようなところがあって、このアニメ製作予算として2億以上かけちゃ困ると。

だってうちの会社4000万しか出せないんだから2億で4000万だったら、やっとこれで20%じゃん」と。

で、「20%以下にパーセンテージなったら俺の会社での立場なくなるよ。なので、このアニメ予算2億で。

えっ中国会社20億も出す? じゃあしょうがないな、その20億を10作品で割りましょう。」

というふうな形で作品10ぐらい作って個々の作品予算上限を2億ぐらいにとどめたり、1億に留めたり、数千万にとどめたりして、コントロール権を握ろうとしている。

それによって──


山本:

から本数が増えたんですよ


岡田:

から本数が増えた。あっ、俺の読みで良いの?


山本:

ご名答です


岡田:

やったー


山本:

そこに、前回言った通り、その10倍に増えた1本が10本になったものを受け止められる現場がないんです。

から作れないんです。だから落ちるんです。

簡単でしょ実は。



岡田:

まりアニメ出資したがってる会社は多いんだけども、

バジェットが上がりすぎると個々の、これまで日本出資をしてて、現場を仕切ってて、

で、アニメのそういう版権ビジネスから手を引きたくないオッサンたちが、バジェットの上限決めちゃってるから制作費が増えない。

横の方向の制作本数だけが増えちゃう

で、じゃあ、解決策としてはどうなのかというと、「このおじさんたちがいなくなって──


山本:いなくなればいいとまでは言いませんけども(苦笑)


岡田:

──中国出資者たちと直に繋がればいいんだあ」、とこないだ真木さんが岡田さん言っちゃだめだよと言いながら酒飲んでた(笑)


山本:

いっちゃったか(笑)

当分そういったいざこざの中では生きられないと思ったので、言っちゃおうと思ったんですけど。

あのー、やっぱりどこかでその製作委員会もう完全否定するつもりはないんですけども、

どこかでやっぱり意識の変革?個々の意識の変革を…

もうちょっとやっぱりお金を出さないと、良いものは作れないんじゃないかとか、もうちょっと作品一本一本を大事にしないとアニメは盛り上がらないんじゃないかという意識は持っています


このトークイベントの一部は、以下の動画から観ることができる。

アニメ業界に未来はあるのか?ヤマカンが今のアニメ業界の図式を説明 by EXIT エンターテイメント/動画 - ニコニコ動画

ヤマカンブログでのトークイベント後の補足

山本寛 - ゴールドラッシュ - Powered by LINE

2016-12-27

無能な下層国家職員が何を言ったって

現実に今の社会をば支えているのはイオンコスモスだし、エンターテイメント提供

してくれるのは東京ゲーム会社マスコミであって、大工学校公益団体などでは

ないのに。


官僚はそれが分かってるが、分かっていないのは低学歴公務員。何であいつら勝手

社会はこういうものだというお話を作ってるの?社会を動かしてるのはお前らじゃないだろ。


ちゃんとナマで社会を動かしている力に従って法律を作ったり解釈したり運用しろよ。

2016-12-11

http://altavista.hateblo.jp/entry/2016/12/11/115959

http://weekly.ascii.jp/elem/000/000/385/385987/index-2.html

すでにコメント欄であがっている通りソースはここです。

例えば「Hearthstoneハースストーン)」と比べても、戦略性がシャドウバースのほうがあるかなと思いました。デッキ構成の違いや独自システムの“進化”が他のカードゲームとは異なる戦略性を生み出していると思います

発言はCyberZ取締役の人のようですが、関連会社ですし、同席のプロデューサーがなにも言っていないのだからプロデューサー同意見ということでしょう。

戦略性がないという発言勘違いでした。

しかし、意味は変わりません。

発言では戦略ハースストーンよりも優れていると言っています

TCG戦略というのは、デッキ構築、デッキ選択、実際の対戦のプレイングのことです。

まりTCGの大きな要素全てで、ハースストーンよりもシャドウバースが優れているという意味です。

自分たちのほうが格上だと言っているわけです。

ゲームに限らずエンターテイメントでは先人のアイディア拝借することは珍しくありません。

それについてとやかく言うつもりはありませんが、先人が作り育ててきたものをノーコストで利用するのですからリスペクト感謝気持ちは最低限必要ではないかと思います

2016-12-06

http://anond.hatelabo.jp/20161206062631

映画社会批評人間批評が入ってないとダメ、って考えてる批評家が多いんじゃないかな。

しませるだけのエンターテイメント批評するための思考の型を持ってないというか。

からエンターテイメント映画意味不明もの価値のないものとしてしか映らないというか。

逆に言えば、社会批評人間批評の入っている映画は、批評が楽なのかもしれない。

わりとテンプレが利くのかも。ヒューマニズムに基づいた批評をしてればいいから。

映画作品自体ヒューマニズムから逃れられないとも言える。人間が作ってるから

ヤクザ映画批評はどうかは知らないけど。ヤクザ映画見たことないし。

でも、それらの映画スプラッターを見せることで

逆説的にヒューマニズムから逃れられないと思う。

2016-11-29

エンタメがなんなのかわからずじまい

娯楽それぞれ

http://zokugo-dict.com/04e/entame.htm

エンタメとは「娯楽」「気晴らし」「余興」「演芸」「軽い読み物」といった意味英語"entertainmentエンターテインメント)"の略である意味エンターテイメントと同じように使われており、単に語呂のいい形に簡略化されただけであるエンタメ映画ドラマアイドル小説パチンコゲームと様々なもの対象に使われるが、同じカテゴリーにあってもそこにエンターテインメント性(娯楽性)がなければエンタメには区分されない。例えばニュースを扱うサイトの中で政治経済事件を主に扱うサイトエンタメサイトに分類されないが、芸能映画スポーツなどエンターテインメント性が強い記事が中心のサイトエンタメニュースサイトとして扱われる。人気お笑い番組エンタの神様」のエンタはここからきている。

ここでは娯楽性。



https://goo.gl/BU3nJq

 エンタメとは、エンターテインメントentertainment)の日本式略称で、人々を楽しませる行為パフォーマンス)を意味し、主にその場かぎりで消費される演劇映画芸能などについていう。絵画建築作品のように希少性と永続性がないので、エンタメ提供者は、なるべく多くの人々に比較安価価格で見てもらうことによって日銭を稼いでいる。また、演劇寄席芸能などは、文学書籍)のようにいつまでも自分の手もとに置いて楽しめるものでもないが、たいして関心のない団体ツアー客や、何度も同じ演目を見に来る物忘れの激しい客をたよりに糊口をしのいでいる。音楽映画などは、パフォーマンスを記録したメディア販売され、子どもをだまして大量販売に結びつけることも可能なので、演劇芸能関係者よりはお気楽生活を送っている関係者も多い。(CAS)

文末に首をかしげるが、単語意味については「人々を楽しませる行為」、としか書かれていない。



エンターテインメント-Wikipedia

https://goo.gl/K98F6m

エンターテインメント(英: entertainment[1][2])は、人々を楽しませる娯楽をいう。抽象的な意味もつ言葉であるが、楽しみ、気分転換、気晴らし、遊び、息抜きレジャーなどが類語となっており、エンターテインメントにはそういった意味合いを含む。似た意味を持つ言葉としてアミューズメント(英: amusement)も娯楽を指して使用され(アミューズメント施設など)、エンターテインメント範疇に含まれる。

ここも娯楽ですよ、としかいっていない。



Yahoo! 知恵袋

http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1213791332

エンタメ小説とはエンターテイメント小説、すなわち娯楽や読む人を楽しませることを

目的として書かれる小説です。娯楽小説通俗小説大衆小説とも呼ばれます

文学とは、それらも含めた言語により表現される作品一般を指します。

小説、詩、俳句短歌日記随筆戯曲などが含まれます

もう一つ、純文学というのもあります。これは大衆小説と相対する言葉で、

娯楽や商用よりも芸術性に重きを置いた小説のことです。

ですが純文学といわれる作品商業成功を収めたり、

完成当時は娯楽的だったものが時を経て文学的評価されるなど、境界曖昧です。

ここは結構正しいこと言ってる。正規文書じゃないけど。

まり映画などをすべてエンタメとして捉える上記辞書系の定義と違い、それ以前の小説世界エンタメ定義されている。

現在文学的、という言葉映画アニメも再評価されつつあることを考えると無視できない。



エンタメには“中二病”的要素が必要不可欠?』

http://www.oricon.co.jp/special/47728/

ここはどう考えてもエンタメ=従来のアクション映画などの娯楽思考の強い作品、というステレオタイプが見える。

進撃の巨人ピックアップされていて非常にエンタメ性質がわかりやすい。



時代によってかわる芸術定義

http://www.stonetherapyschool.com/periods_art.html

知恵袋と同じように時代によって変遷する、という意見

ドンキホーテが例に上がっている。



ライトノベル定義/ラノベ作家になるには』

http://syousetuka-naruniwa.com/category4/entry16.html

ライトノベルというのは主に若年層を中心に人気を博しているエンタメ要素の強い小説です。

ここでは明確に文学的ものではないラノベ、という感覚的発想が見える。



ピュアサイドチェイン ‏@quisye 11月20日

何か言った気になりたいなら適当エンターテインメントとかドラマとかって曖昧ふわふわした語に詰め込んで、「ドラマ性が薄いかエンターテインメント性も薄い」みたいに言えば済んでしまう。もちろん定義へったくれもないから紙より薄い言葉なんですけど。

公共性の薄い個人発言無断引用なので埋め込みとか目立つ方法はひかえた。

公共性定義とかそういうのは突っ込まれても困る。

この人の中では定義のものの鍵はドラマ性と言ってる。



いったいなんなの?

色々見てみると明確な定義はない代わりになんとなく芸術性及び思索性が皆無なものエンタメと呼び、

後にエンタメ化することはなくても後に文学化することはあり得るとよめる。

この世界の片隅に』は文学へと変質しかけてるし、後年『君の名は』が文学扱いされるには苦しさがある。

三国志とかエンタメかつ文学じゃん、とか言い方はあるだろうけど、

三国志演義に限ってはエンタメでも区切りとしては間違っていないように思える。

たとえば新海誠を語る文脈上において勉強の側面が強くなってきたら、文学的な扱いを受けるかもしれない。

あるいは今だって新海誠作品方向性は語られて文学的芸術性やら思索なんかを生み出そうとしている。

http://www.excite.co.jp/News/bit/E1472797135219.html

そして文学的ってなんだよ、という話がまためんどくさい。これはこれでだいぶ未定義で、

少なくとも今回の件ではコトバンクの「文芸作品にみられるような趣があるさま」に近い。

実際古典化してお勉強の側面が強くなると何故かエンタメ文学なっちゃうところがある。

エンタメ的な動きの激しさ、積極的に楽しませようとする進撃のような要素、

思索や情感をメインとしない話という意味君の名はエンタメだけど、

この世界の片隅に』ってそうなのかなという疑問符個人的には残りまくる。

http://anond.hatelabo.jp/20161128081913

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