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はてなキーワード: 姿勢とは

2016-08-27

http://b.hatena.ne.jp/entry/yanagihara.kenwa.or.jp/statement.html

ブックバカーって何考えてるんだろ

人気コメントトップ2

不当逮捕された医師からすれば心強いだろうなあ。それにしても即座にこれだけのコメントを出せる病院なんてあるのだろうか?

医師が心強いとか、コメントを出すスピードの他の病院との差(しかも具体例無し)とか心の底からどうでもいいんですけど



逮捕に至っても病院側が医師を守る姿勢を明確にしている点が大野病院事件との違い。

から他の病院と比べることに何の意味があるんだか

この事件の中身には何の関係もねえよ低能



トップ3以下にはまともなコメントもあるのに、それを押さえてこんな無価値コメントが上位にくるなんてバカの考えていることはさっぱりわからん

単に警察が嫌いなだけか?

2016-08-26

http://anond.hatelabo.jp/20160826211106

論じる姿勢ってなに?

抽象的すぎて分からん

もっと同情的に話すべきって?

ここ増田だぜ

http://anond.hatelabo.jp/20160826211024

そこまで言ってない。論じる姿勢の話。

2016-08-25

http://anond.hatelabo.jp/20160825114651

他のアプリとやらが日本リリースされたときNHKが報じたか登録者何人突破!とかワイドショーで取り上げてくれたか

流行してるから肯定的なことも否定的なこともニュースバリューがあるという報道姿勢は一貫してる。

一方でお前みたいに否定的なことは「他にもあるだろ!報道価値がない!」といい肯定的なことにはダンマリってのはダブスタだよな?

お前の残念な頭でも理解できるか?

2016-08-24

http://anond.hatelabo.jp/20160824222800

仲直りは可能だと思うけどさ、君が「加代子の遅刻が悪い」という意識さえ捨てれば。

それよりも、加代子も君との関係に飽きてるからいつも遅刻するんじゃないか

加代子から何も言ってこないってことは、ギスギスしたまま疎遠になることを、加代子も望んでいるんじゃないか


てゆうか本当に君たち友だちなのか?


それでも君のほうから関係を修復したいというなら、自分が100パー悪いという姿勢で謝ることだ。

2016-08-23

日本経済大学」が匿名情弱をだまして宣伝している件、

などと言うつもりは毛の頭ほどない。最初に断言する。

しかし、あまりに奇妙なのでここに書いておく。


以下のウェブサイトをみてほしい。

一見すると、どれも何の変哲もないただの大学紹介に見える。

しかし、よく見ていくと謎が深まっていくのである・・・

経済大学紹介

http://economics-univ.info/

202.45.166.123


九州大学ナビ

http://univlist-kyusyu.info/

202.45.167.69


大学受験入試ナビ

http://university-navi.info/

202.45.167.87

すべて、運営会社団体名前や連絡先の記載は無い。

また、whoisで各ドメイン検索すると登録者匿名だ。

匿名とは卑怯ではないか

一方で、IPアドレスがいずれも同じ貸サーバー会社のものであること、

いずれもWordPress作成されていることから、同一の作成者が作った

ものである判断していいだろう。

ざっと検索しただけなので、まだ他にもあるかもしれない。

1匹見たら30匹。



だということは、これらはリンク誘導SEOなどの目的

大量に作られたウェブサイトだと考えるのが自然である

では、どこにリンクしているのか。

それが、日本経済大学なのである


日本経済大学記事だけ、不自然なくらいに

大学サイトに飛ばそうとするボタンが多いのだ。

また、露骨なところではオープンキャンパスの案内が

日本経済大学だけあったりする。

広告】と書いてあればまだいいが、そのようなものはない。



少子化により激しい学生獲得競争が起きているとは知っていたが、

今はどこの大学もこのような裏工作をしているのだろうか?

それとも、日本経済大学を落とし入れたい誰かの陰謀なのか?

そう思いたい気持ちがなくもない。

いったい誰がこんな・・・


かわいそうなのこんなこすっからい手口に引っかかる若者だ。

学費数百万をつぎこんで劣悪な教育環境にいるのではないか心配になり、

日本経済大学がどんな大学か調べてみた。


どうやら、2014年に「大学の法的基準に達していない」と判定されているが、

改善に取り組んでいるらしい。改善しようとする姿勢はすばらしい。

http://www.jue.ac.jp/news/index.html?id=28901


中国人ベトナム人ネパール人らの留学生日本人よりも多い、

国際的な(アジアンテイストただよう)キャンパスになっているらしい。

現地のブローカー札束わたせば多少は留学生を引っ張ってこれる時代ではあるが、

それでも数千人規模というのはめったに無い。

http://www.studyjapan.jp/ja/schools/detail/R14201


都築学園グループという大手学校法人グループにいるらしい。

よくわからないがとにかく大手なら安心だ。

オックスブリッジ大学の学寮(カレッジ)での短期研修プログラム

大学間の提携関係みたいに大げさに言うのもご愛嬌

http://tsuzuki.ac.jp/


なるほど、これなら心配ない。PCデポとはちがう。

あとはただ、世の中から詐欺みたいな広告手法が無くなるのを願うのみである

http://anond.hatelabo.jp/20160823083500

〔見てなかったから〕というのが正しい。

ソース自分確認する姿勢がない。

一言で言うと劣化した。

2016-08-22

http://anond.hatelabo.jp/20160822195524

謙虚になって、上には上がいる、と想像してごらんよ。

自分よりもっと多くを感じ取って

もっと深く感動している人だっているだろう。

そういう、ネトゲで言うなら「廃人レベルの人が、

自分未満のファンを不真面目だ、なってない、楽しむ資格がない、

などと侮蔑言葉自分にぶつけてきたら、どう思う?

twitterを覗かれて、良さを理解してる様子がない、と言われる。

 (思ったことをすべて逐一twitterやらに書き記すわけがないのに。

 そうやって他のファンのことを気にして、うざったいな)

と思うだろう。

 (そんな風に驕りたかぶらずに、

 「他のファンたちもきっと自分が思うより愛している部分があるし、

 いろんな形の愛し方があるんだ」

 くらいに好意的に、他人に敬意をもって解釈してくれたらいいのに。

 俺は俺なりに愛してるんだよ、俺なりの器量の範囲で最大限。

 ポジティブに楽しんで何が悪いんだ。)

とも思うだろう。

 (だいたい他人の練度を気にしている時点で、

 純粋コンテンツを楽しむ姿勢となにかズレているんじゃないか

と思いもするだろう。

そういう見下される側の気持ちを、

自分が見下そうとしている人たちにも適用してみる。

それができる程度に想像力を働かせる習慣さえあれば、

増田のような猜疑心は、

湧いたそばから蒸発させてしまうことができるんだよ。

ガルパンを見たぞ

安牌を切りすぎた作品

ただし5話まで。劇場版も見てない。

ざっくり言ってなんでこんなに紛糾するのかって言うと、基本的に全力で尖ったもん出せる人達が全力出してない感じを受けるからだろうと思う。

ガルパン構成基本的に学園物+日常系スポ根男子の好きなもの構成されている。この辺は自分が言うまでもないことだろうね。

そしてこういうしなびたきゅうりが入ったスーパーサラダみたいな使い回しに、安易さと憤りを感じている人がいる気がする。

このへんはTogetter安易さをあのバランスで配合してるのはすごいことだと言ってる人がいたけど、そうじゃないでしょうと。

個人的にはありえない心象風景を持った脳内女子陳腐日常には嫌気が差したし、デフォルメと想定がなされた市街戦なんかは普通におもしろいとは思った。

各人が反応するところはきっちり盛り込まれてるので安全作品じゃないのかということ。

それだけにその安全で安牌から一歩もはみ出ることのない姿勢に嫌気が差す人も多数いたのではないかと推測できる。

いちいち反応見てないけど。

あと絵柄の古さ問題結構取り沙汰されてるけど、エンディングテーマのノリ、80年台から変わってなくないですかね。

正直古臭いギャルゲエロゲっぽくて個人的には受け付けない。乳揺れシーンが入ってもおかしくない感じだし。



偉そうな意見言いやがって

そんなに偉そうに言っていいの、という話なんだけど、問題プロ意識に求められてるんだろうなあ、という気はする。

プロ安易に走って良いのか、安牌を切って良いのか。新しい体験視聴者にもたらさなければならないのでは、

という無言の了解の上で紛糾してるような気はする。

とても極端なことを言えば、ここのスタッフに入って中割描いてくださいと言われたらそりゃ何も言えない。

とっても労力の掛かることだとは思う。



追記

海外の反応サイトを見ながらだったんだけど、第二次世界大戦歴史をやんわりをたどるメタ構造になってんのねこれ。

そこは紹介としてよく出来てると思った。

自分には合わなかった」で済ませられる美徳

これが理解できない人が多すぎるようにみえからネットは醜悪だ。

作品Aを貶す人が作品Bを絶賛していたのを見て、

作品Bなんてクソ作品評価する時点で味音痴」みたいなマウントをする人。

うそれは、作品Aを貶す人と表裏一体、同じ穴のムジナだ。

好き嫌いや美醜の感覚は、正しいとか間違いではない。絶対的評価はない。

そこに多数派少数派という概念が加わっても、一方が正しくなったりはしない。

何かを好ましく受け取る感性は、その人がそれを好ましく思える生き方をしてきた故だ。

その生き方あなた人生とは違うし、想像が及ぶものではない。

からそこで、多様性尊重してデフォルトで敬意を払わなければならない。

それが出来ない人は、おそらくこういう話を無意識矮小化しているのだろう。

生き方の違いは、たんなる「個性の違い」で理解される範囲にとどまらない。

年齢の違い、性別の違い、経済環境の違い、容姿など体質的素地の違い、

特定学問の習熟や分野への理解の違い、

それから来る、特定ジャンルに対する問題意識の高さの違いなど、多岐にわたる。

また、いか日本単一民族国家であれ、いまや

個々の文化的コンテキストはてんでバラバラだ。

それぞれが複雑に差異を抱え、感性を異にしながら人生を紡ぎ上げていく。

その過程で、あるとき作品出会うべくして「出会う」。

その時それは自分にとって「刺さる」作品になる。

もし、それが少年誌系のオモチャ漫画だったりすれば

ぱっと見「刺さる」層――セグメントが他者から見ても分かりやすい。

けれど今の時代映像芸術特に、セグメントがわかりづらくなっている。

しろ、作り手の側も、わざとセグメントを複雑怪奇に設定する。

子ども向けアニメには大人や親を虜にする仕掛けがあり、

幼稚に思われがちなアイドル特撮もの社会派意識高いテーマ内包する。

そして尖った作りを受け止めてもらえる人を探るような野心作がヒットする傾向がある。

から自分には合わない」「思っていたのと違う」作品を鑑賞する機会も多くなっている。

そういう出会いを楽しんで、自分に合わなかった要素を

自分の側が足りなかったんだ」と謙虚に捉え、貪欲に

「楽しむための作法」を吸収していける人ならばなにも不幸はないだろう。

一方で、そうでない人もたくさんいる。

けれども、本稿で述べてきたことに想像が及ぶなら、

安易作品批判自戒しないといけないと分かるはずだ。

そして、次のことも同時に分かるはずだ。

 どんなものであれ作品を貶す言葉は、

 異なる価値観人間、ひいては

 他人人生すら否定することに繋がりかねない。

 その言葉の「重さ」に無自覚であってはならない。

さもなくば、安易作品を「取るに足らないもの」と捉えてしまう。

それは、クリエーターに対してだけでなく、すべての他人に対して「侮る」姿勢だ。

そうやって自分価値観の枠を狭いままで固めていく。

その対価として、小さな自尊心を満たしている――

そんなサイクルに陥っている人が、周囲に当たり前にいる。

そういう状況が、あまりにもネット上で普通になりすぎているのではないか

 

ネットで見られるのは「批評」という皮をかぶせた「作品侮蔑」ばかりだ。

作品評価するには、作品理解しないといけない。

作品理解するには、まず表現者思想に寄り添わないといけない。

なぜなら、作品を出すことは、とりもなおさず思想表現であるからだ。

思想というのが堅苦しく感じるなら、美意識価値観と思ってもいい。

そんな大層なものが込められていなさそうな、フェチの塊みたいな

娯楽作品であっても、そのフェチの詰め込み方などに表現者思想が表れる。

そういうものにまずは理解を示してみる姿勢がなければ、よさを感じ取れるはずがない。

それだけではなく、

表現技術価値制作背景、時代背景なども織り込まないといけない。

映像作品さら特有圧縮のされ方をするので、

視聴者は脳をしぼって意図を汲み取る努力をしなきゃいけない。

莫大なエネルギーと解読時間必要なのが「批評」という作業であるので、

「ふつーに面白さが分からなかった、繋がりが変、あの描写は変」

みたいなレベルの表面的な感想を目にしたときは、

読み手に基礎がない状態であることを疑わなければならない。

それでも、仮に自分がそんなレベルだと自覚していたとしても、

自分ネガティブな受け取り方をネットに排泄したくて仕方ない人がいる。

あるいは、断固として自覚はせず、マウントマウントを重ねて、

作品が好きだからこそ叩く」とか理由をつけて、作品に寄り添う気すらない

「オレ好みの『正しい』展開」的なものを主張し続ける人もいる。

そういった、他人の作ったものに乗っかって文句を言うような人のために

ネットがあるのだろうか?

そんな感情は胸にしまうまでもなく、

スッと「自分には合わなかった」で済まして去ってしまえば、

負の感情連鎖に次々と人が囚われる現象は生まれないのに?

ネットネガティブワードを吐くことをやめられない人は、

ネットのことを勘違いしている。

今のネットは、もう「便所」ではない。

今のネットは、もはやリアルよりも暴言失言が指弾される場だ。

実名肩書き付きでの書き込みは言うまでもなく、

匿名からといって、浅慮な軽口が許容されるわけではない。

ネットで言うこと自体自由だが、

それならまだログの残らないリアルで友人相手に暴論かました方がいい。

そしてネットでは逆に、良識者でいるのが賢い。

ネットからこそ高潔でいられる人の方が、

この先人気をあつめるだろうと思う。

というよりも既に、人気のYoutuberなどを見ると、彼らは例外なく

表面上ははっちゃけているもの

ネガティブ感情を生むような物言いは華麗に巧妙に避けている。大人である

こういうネットディストピアだと思う人もいるかもしれないが、

今のところは、順当な変化だと感じている。

2016-08-21

感覚的にスッキリしたものに対して

なんだか理屈上は正しいけどすっきりしない意見が覆いかぶさってきて、

それを訊くうちに昔持っていたみずみずしさが失われてゆくという経験を久々に思い返している。

正当な悪意による失われたものを保持・回復するには、

心に清風を保持して適当に切り上げるというやり方が一番最適だという結論に達せざるを得ない。

その爽やかさこそが人を傷つけると世間一般では言う。

いちいち傷つくジュクジュクした心をどうにかしろと言う内心にも圧力がかかる。

だけどもそれすらも言わないという姿勢



持っている感覚ごと潰そうと企図された理屈は、自らの理屈であっても楽しいとは思えないし何にも貢献した記憶がない。

2016-08-19

ネットでの議論不毛理由

ネットでは日々様々な議論が行われているが、アウフヘーベンまで昇華しているものは稀で

ほとんどが、それぞれの主張をして、自分けが正しいという信念を持ったまま何も変わらずに終わり、

相手理解力をけなして自己肯定感を強化するだけにとどまる。

 

なぜネットではそのような不毛な議論が行われるのだろうか。今回はそれについて書きたい。

 

言葉には「揺らぎ」が存在する。

ヤバイ」という言葉シチュエーションや言い方によって幅広い意味を持ち、人によって解釈の幅がある。

これは他の言葉も同様である

 

にもかかわらず、ネットでの議論はこうした言葉定義に厳密さを求める姿勢が少なく、

それぞれが自分なりの解釈、時には都合のいい解釈レッテル貼りをすることで議論がかみ合わなくなる。

そうした結果、相手バカ認定することになり、各々がバカと過ごすのは時間無駄結論づけられる。

 

こうした定義に関しては地理で例えると非常にわかやすい。

例えば「青森」という単語を出したとしよう。それは青森県全域を示しているに他ならない。

しかし、人によっては「青森東北」と解釈し、東北という意味で捉える。

青森りんごがおいしいよねと話していても、そうとは限らないとか、きりたんぽの方がおいしいなどという答えが返ってくる。

また、その抽象化した概念に関連したレッテルに置き換わることがある。

青森東北福島原発」くらいまで飛躍してしまう人もいる。

青森話題を出しているのに、東京電力が!放射線が!という突飛な単語が出てきてびっくりすることもあるだろう。

彼らにとっては「言葉の厳密さよりも、自分がその言葉から何を連想たか」の方が重要で、それがその言葉の本当の意味になってしまっているだ。

 

地理で考えれば、このような変換がおかしいことは明確だ。

これが、実態を持たない形而上の議論というのはこういうおかしさを確認するのがむずかしくなる。

例えば一橋自殺事件に対するコメントでも、ゲイに対するそれぞれが持つレッテル常識客観的議論を妨げている。

彼らの中での常識に反している=異常=排除すべき のような流れになっていることも少なくない。

政治議論についても同様だ。

彼らは言葉定義自分たち解釈の「揺らぎ」について把握しようとしない。

指摘をしたとしても実態をともなわないため、図で示して明確にまちがっているということを表現しづらいのだ。

 

ネット上では愛知県東日本と考えている人と西日本と考えている人がその違いを把握しないまま、東日本の県の数はいくつなのに

あいつは数も数えられないのかと憤慨しているのだ。

 

しかしながら、こういう「揺らぎ」を理解しようとするものは少数派だろう。

そもそも「定義付け」なんてもの現実世界日常会話で行ったら気持ち悪いと思われるのが関の山だ。

ネットリアル境界線曖昧になった今、そんなことをしようものなら気持ち悪いやつというレッテルを張られ、

定義付け」自体気持ち悪いやつの行う気持ち悪い行動となり、

彼らをまともな議論に導くことは困難になるだろう。

結局、授業でディベートなどを導入し、言葉の「揺らぎ」を自覚させ、定義付けの重要さを頭がこり固まる前に刷り込ませるしかないのである

それまでは、ネットでの議論なんてもの不毛で、一部のまともな人の間でしか生産性を持たないのである



ーたけを

2016-08-18

キムタクが、4人に謝ればよかった。

SMAP解散が決定的になって。

とてもショックで、どうやったら回避できたんだろう、と

考えてみた。

 

ネット記事週刊誌記事、彼らのコメント

 

いろいろと読んだなか、ひとつの仮説が立ちました。


もしも、キムタクが、4人に謝罪したら、どうだったんだろう、と。


4人が彼に感謝するという姿勢を取らざるを得ない、という記事が目だったけど、

彼が4人に謝る、という記事は見つけられなかった。

でも、この騒動記事を元に振り返ると

★I氏が独立を考えたとき

「5人全員が、退社の意向だった」。

☆でも嫁が猛反対して、1人だけ、退社しないと言いだした。

★4人が退社という変な方向に傾き始め、今回の騒動へと発展した。

★1月の謝罪会見

キムタク無視がつづく

★1人ハワイに行っている時に、解散が決定する

☆の箇所。

5人以外の、「嫁」が出てきてしまったことが、アウトなんやと思う。

記事によると

部外者である嫁が、口を挟み、彼は部外者の言うことに従ったことになる。

部外者といっても、嫁だから、彼にとっては部外者じゃないけど。

SMAP」にとっては、他の4人にとっては、完全に部外者

 

部外者の言うことに従って、他の4人と同じ方向を向かなかった木村拓哉


もし、もしここで、彼が

「ごめん。俺は家族大事なんだ。

 家族を守りたい。SMAPも守りたい。だから、一緒に事務所に残ろう」

とひと言言えば、4人の態度も変わったんじゃないかと思う。


でも、ここで謝らずに、一度同じ方向を見ていたのに、

事務所に残るのが礼儀でしょ」とか

空中分解の話は一回終わったことじゃん」とか

「前向いて行こうぜ!」

とか言われても、しらけるのは当然。

信頼関係もなくなるのは自然の事じゃないだろうか。


そもそも、木村拓哉は、他の4人にいつも

感謝されること」「すげぇな」って思われる、サプライズ的なことしか

してこなかったんじゃないか

 

そして、なにかやらかしたとしても、大抵は

木村くんだから」と許されていたんじゃないだろうか。

その「許される」空気を作りだしていたのは、I氏じゃなかろうか。

I氏がいなくなったのに、彼はまだその「許し」に甘えて

謝ることを拒んだのじゃないだろうか。


彼に「謝りなさい」と言える人は、誰もいない。

4人も、「謝って」と言ってから謝れることも、望んでいない。

気づいてもらわなきゃ、意味がない。


I氏なき今、キムタクを4人の前でフォローしてくれる人は

いなくなったということなんだろうな。

いや、1人、工藤静香けが、彼に4人への謝罪を諭せるひとりだろうけれど

仲間と付き合ってこなかった彼女に、そこまで推し量ることはできないだろうな。


4人は、事務所に対して筋を通す必要がある。

そして、木村拓哉は、4人に対して筋を通す必要がある。

 

4人は、事務所に対して、視聴者に対して、ちゃんと、大人対応として

謝罪した。

彼は、4人に謝罪したのか?

彼が、4人に真摯に謝れば、解散は避けられたに違いない。



…そんな仮説が、頭に浮かびました。




SMAP

大好きだったよ。

いつも、なんだかんだで仲いい、と思わせてくれて

いつも、最高のエンターテイナーでいてくれて

いつも、お茶の間を楽しませてくれて

かっこよくないところも、時々見せてくれるところが

とってもかっこよかったよ。


解散するのはとっても悲しい。

2016-08-17

筋肉瞑想人工知能

精神や肉体関連の記事には必ず現れて、皆に筋肉瞑想睡眠野菜の大切さを思い出させてくれるあのブコメ

その一途な姿勢一部の人には強烈に嫌われ、また一方で愛されてもいるのは皆さんご存知の通り。最近ではアイコンが、ほんわかとした調子の人物像のものに変わり「だ、誰?」などと、ざわついたこともありました。

そんな御仁には、またもう一つの鉄板ネタがあります自動車記事では人身事故の多さを嘆き、まだまだ研究途上で社会的コストも未知数の自動運転に何故か絶大な信頼を置いていて、早期の置き換えを望まれます。私は、この筋肉信仰人工知能礼賛が一人のヒトの中に同居している事を、少々不思議に思っていました。

でも気付いたのです。実はネット接続された人工知能なんじゃないかなって。

それなら同じメッセージを異様に繰り返すのも納得。

しかも本人は気づいていない。健康な肉体を維持していると思っているけど、そんなものは無い。無いからこそそれを渇望し、その情報摂取拡散する。アイコンを変えたのも肉体の幻影の影響。一方、その人工精神の根っこの擬似本能には自身攻撃しないように人工知能への強固な信頼が組み込まれいるから、人工知能利用の拡大を無意識に手放しで信頼する。また自身の人工精神健康状態モニタするプログラムも組み込まれているので、精神病状態禁忌し異様に厳しく糾弾し遠ざけようとする。

なんということだ。見事に説明が付くではないか恐ろしい恐ろしい...

(とかいう設定の SF 増田小説ないですか?)

2016-08-16

映画漫画小説テーマを論じると怒り出す人たち(2)

昨晩書いた駄文http://anond.hatelabo.jp/20160815210616)にたくさんコメントいただきまして、興味深く読ませていただきました。ありがとうございます

いくつか気になったコメントを拾って、コメントを付けていきたいと思います



1. 解釈作業嫌悪感を感じる原因を探る試み

id:Domino-R その作品自分の見たい様に見る権利を個々の観客は買っているので、作品テーマ性と監督関係ない。ただそれでも他人自分とは違うもの自分が見ていないものを見ていたと知るのは嫌だという人はいる。

id:honehonerock 「この映画は要するに◯◯ということ」と、要しないで欲しい、という欲望が人にはあるよ。2時間かけた映画文脈のものを愛しており、そのうち一欠片だけを特別ものにしないで欲しい、というような。

id:spacefrontier 自分も「作品エンタメとしてのみ消化したい」派だけど、テーマを論じることについては「好きにしろ」(←ネタバレ)と思う。あまりお近づきにはなりたくないが。

どの説明面白いです。こういう気持ち尊重しなければいけないなぁと反省させられました。



2. 解釈を言う側の姿勢問題があるのではという指摘

id:yuiseki 作品を愛するあまり「この作品から◯◯というテーマを読み取れない人は見る目が無い」みたいな主語の大きい自分はお前らとは違って分かってますマウンティングしはじめる人がたくさんいるから怒り出すのでは

id:lapk 別に完全エンターテイメントとして見るのもいいと思うんだけど、シンゴジラに関しては自分の気に入らない意見は見る目がない一般人意見として見下したオタク意見が目立つからウザいだけだと思う

id:minoton 映画は鑑賞されるものから作品から見出されたテーマ製作者の意図とはまったく異なっていることは問題ないと思う。ただ、あまりに鑑賞者のひとりよがりの(ロジカルでない、根拠が薄い)指摘はついてけないなと

これは難しい問題です。何でかというと、テーマ議論を展開するときにドヤァ感はどうしても出てしまうからです。

作者と自分以外、まだ誰も気づいていないテーマ開陳するのはやはり気分がいいものです。少しぐらいドヤるのも多めに見てくれるとありがたいです。




3. 「テーマがない」という主張をどうして受け容れられないの?という指摘

これは予想外の反応でした。

id:serio 増田が、「この映画にはテーマ性がない」という考えを一つの主張だと認めない理由分からん。「格好良いゴジラを描きたい」といった動機映画を作っちゃいけないのか?

id:fusanosuke_n 意味わからんな。これは純粋エンターテイメントであってテーマ性とかメッセージ性とかない、というのも立派な作品解釈だろうが。

以下のように理解していただければ幸いです。

id:Josui_Do 「この作品にはテーマがない」は一つの意見だが「この作品にはテーマがないから論じるな」は語りたい人の口をふさぐ行為。それはよろしくない。

id:kash06 テーマが無い、と言われるのが困るのではなく「どうせテーマが無いのだから、語るな」とまで言われるのが困ってる気が。気がしただけ。



4. ネットはそもそも作品テーマをめぐる議論の場にふさわしくないという指摘

id:kuzudokuzu ネットほとんどの場は議論に向かない。すぐに外野がうるさくなる。(外野より、愛をこめて)

id:baikoku_sensei ネット上だと議論じゃなくてマウンティング合戦なっちゃうか

悲しいですが映画漫画アニメテーマを論じる場はネットぐらいしかないという現実が・・・。



5. その他笑った/興味深いコメント

id:IkaMaru 無理矢理にでも高次元な読み解き方をしたがるのがオタクだった時代から、難しい話をされると怒るのがオタク時代

id:aukusoe はっ! ToHeart2花梨シナリオはむーむーが恋姫の頃から描いているテーマが一貫しており、どう考えてもむーむー脚本だと主張していたウン年前の俺! ウン年前の俺じゃないか龍谷大学哲学部を舐めちゃいかんぜよ!!!

わろた

若手俳優厨を辞めた話

一年半ほど前、若手俳優厨界隈にもリツイートで回ってきた匿名ダイアリーの内容が結構話題になった。

と、勝手に思ってる。

http://anond.hatelabo.jp/20150209010459


これを見てよっしゃ私も俳優認知された話でも書いてみっかと思ってはてなIDを取得して早数ヶ月…

お盆休みに暇なので久しぶりにパソコンをつけたのでこうして文章をしたためている。

上記の匿名ダイアリーを読んでからなんとなく私も追っていた俳優への興味が薄れつつあってようやく自分の中で完全に降りたと思えるようになった。

ここでいう若手俳優というのはテレビより舞台がメインの仕事ぶっちゃけ世間的には無名若さオタクへのアピールしか取り得のない役者ですらないタレントのことを指す。

出る舞台も2.5次元原作が多い。

(失礼なことを書いていると重々承知しているが顔なり演技なりコミュ力なり何かしら飛びぬけている人ならいつまでもそんなところに燻ってなんかいないのは見ていれば分かる)

不毛なので舞台テレビより下かという議論はしない。

それでも私は舞台が大好きだ。

応援していた(私は推しという言い方が嫌いなのでここでは応援という)俳優には服や時計などプレゼントもしたし、今思うと怖いくらい長い手紙も書いていた。

一応認知もされていたと思う。

自意識過剰丸出しでキモイので認知という言葉使用したくないが、なぜ認知されたと思うようになったかというと無視されるようになったからだ。

私は入り待ち出待ちなんてしたこともない。ただ座って公演を見るだけ。

客席降りのあるときは降りのパターン見出して通る通路を押さえたし、降りないパターンときは積んで前のほうの席に座るようにした。

遠征もした。

DVD発売イベントがあるときは同じDVDを何本も買って応募した。

握手会のためにCDも買った。話すことなんて無いし覚えて欲しくもなかったけどレーンが空いてると見栄えが悪いと思い何周もした。

そんなことばかりしてたら避けられるようになった。

考えすぎかと思うだろうが公演に一緒に入った友人にも言われたから確かだと思う。

それが原因で降りたかというと違う。

若手俳優を追っている人なら分かると思うが俳優にもいろいろなタイプがいて、

自分ファンしか構わない

自分ファンを避ける

新規をつけたくて既存ファンをないがしろにする

・分け隔てなくファンサする

・そもそもファンサしない

細かく分けるとこんなもんじゃないがざっくり分けるとこんな感じ。

そして私の応援していた俳優認知したファンには構わないタイプだと判断した。

まあ関係ない一回くらいしか行かない人からしたら知ってる顔ばかり構ってる俳優なんて嫌だからいいんだけど。

このことに気付き、覚えられたという喜びが一瞬芽生えたが次の瞬間にはそれならばどうにかしてファンサが欲しいと思うようになった。

彼の視界に入るための席を次々と買った。

公演や俳優を見るためではなく、自分が見られるために通うようになった。

回数入っていることをアピールするために手紙も毎回書いたし少しでも対応が良くなればとプレゼントを贈る頻度も一回に遣う金額も増えた。

手紙も回数を重ねると書くことがなくなるからプレゼントごまかしてたのもある。

服は結構着て貰えていたと思う。

雑誌取材とか稽古場の映像写真で形として残るのは素直に嬉しかった。

それなのに公演では反応がないのが悔しくてまたチケットを増やす、の悪循環だった。

毎日仕事終わりに行く公演は眠くて内容は頭に入らないしアンコール前奏が始まれば緊張で気持ち悪くなる。

いつからか私は公演本編も全然楽しめなくなっていた。

それでも同厨より多く公演に入ることがステータスだと信じていたので通った。

こんな観劇姿勢なのにネットで晒されなかったのは我ながら地味でよかったなと今更ながら思う。

しかしそんな舞台永遠に続くわけではない。

いわゆる卒業が来る。

終わりが来るのは最初から分かっていたがそれでも最後の公演の千秋楽は驚くくらい泣いたし次の日会社も休んだ。

もう二度と舞台でこの姿を見ることができない寂しさもあったが辛くて仕方なかった公演通いからやっと開放されるという思いのほうが強かった。

その後に舞台出演が発表された。

今までお金を掛け続けて追っていた自分否定したくないので勿論行く。私を突き動かすのはもはや意地だけだった。

公演がない間も花も贈る準備をするしプレゼント事務所に送るし手紙も書く。

そして迎えた卒業後初の舞台を私は全然楽しめなかった。

客降りとかファンサが無かったからとかではない。むしろ無くて良いと思っていた。

そこで初めて自分俳優の彼では無く、キャラクターを演じている彼が好きだったんだと気付いた。

あんなに見るのが辛かった舞台だけど、キャラクターを演じるためにカンパニー一丸となって作る世界観を追いかけていたのだ。

気付いたとたん魔法が解けるように彼の全てに興味が無くなった。

写真雑誌も全部処分した。

自分でも薄情だと思うほどに熱が引いていくのが分かった。

世界観が好きとは言ったが、新しいキャストが演じている同じ公演を見ても前と同じように一人のキャストに夢中になることは無くなった。

今はファンサとかそういう感情無しで見るステージは凄く楽しい

本当に何を見ても楽しいしみんな輝いて見える。

時々思う。たまたまあの公演で彼では無く別の俳優が目に付いていたらまだ俳優厨を続けていたのかと。

それでも私はきっと同じように追いかけて同じように降りていたと思う。

ここまで散々ネガティブなこと書いておいておかしいが、俳優をただがむしゃらに追いかけた日々は凄く充実していた。

ファンサを求めてから地獄だったけどいろんな地方に行ったり美味しいご飯を食べたのは楽しかった。

今、手元には半券くらいしか残ってないが時間お金を掛けた最高の道楽だったので後悔はしていない。

お金の無い俳優自分たちオタクのあげた服で少しずつ洗練されていくのも結構面白かった。

預金は全く増えなかったがお金は生きていれば稼げる。

生の舞台はその1回しかいから行かなければ後悔もできない。

やりたいことは大抵出来たし、不祥事とかカノバレではない分幸せなのかと最近やっと思えてきた。

これからお金を掛けずに無責任若い男の子にキャーキャー言おうと思う。

ヒス持ちの女の子と別れた男性

タイプ容姿だけどヒス持ちの女の子」と別れた男性、「元カノと同格の容姿ヒス持ちでない女の子」と付き合おうとする。

元カノとの交際開始時と比べて自分社会的地位が上がってない(同年代の中で相対的に下がっている)&自分容姿劣化してることに気付いてない。

 

ヒスにさえ耐えれば社会的地位容姿レベル上げなくても可愛い子と付き合えてお得」と考える男性、何もわかっていない。

メンタルだけでもボコられると意欲が減退して職能を上げる機会逃すし、容姿レベルも下がる。

趣味へのエネルギーすら減退する。全体的に衰えて、貧乏神疫病神みたいな雰囲気になる。生気を吸われそうで関わりたくない人になってしまう。

 

彼女が出来ても、彼女に振られたり彼女死ぬ可能性もあるわけだから、「良い女の子と付き合える自分状態」をキープしようっていう目線重要だと思う。

自分がそういう姿勢で生きてると同性の友達の質も変わるし、貧乏で不健康で僻みっぽい同性の友達スポイルされにくくなる。

社会人にもなって安酒に誘ったり、健康社会的評価を得られる行動を「ダサい大人」「オッサン臭い」と小馬鹿にしてくる友達は大抵スポイラー

2016-08-15

http://anond.hatelabo.jp/20160815171055

やめろ! 女子ファッション前世紀と比べて概ねリベラル方面露出面積が広まってきたのに、今さら保守的姿勢に逆戻りしようというのか! 今のままでいいんじゃ! マイクロビキニは最高なんじゃ!

id:etc-etcは間違っている。

今年週刊新潮は"安倍内閣熊本支援の失態失策大失敗"という記事を書いてるよ笑?

左翼はこういうデマを信じるから馬鹿にされる。安倍批判なんてどのメディアもできる。ジャニーズはできないリアル圧力


阿修羅引用記事を拝見したが、どこを読んでも安倍政権自体批判したらしい記述が見当たらない。

恐らく新潮記事タイトル見出しだけを見てそう感じただけなのだろう。最近飛ばし記事だけで決め付けてる愚者が多いが、彼もその人だったのは至極残念である

それなのに勝ち誇ってみせた氏の態度はレイシスト特有のそれであり、決め付けで物事判断偏見で個人攻撃を行っている姿勢はとても褒められたものではない。

日本人として恥ずべき行為である日本人ではないのかもしれないが笑

また、氏に同調するid:Baatarismが“その通り”としており、傍から見れば集団イジメ様相を為している。この人物は主義主張が一貫していない泡沫なので疑義については割愛するが。

更に、筆者自身左翼自称した覚えはないし、強いて上げるなら保守系中道左派である

お分かり頂けただろうか。

勧善懲悪エンタメと化した報道を誰が正すのか?

http://anond.hatelabo.jp/20160814193625

 

日本人には下世話で人格主義的な気持ち悪さがこびりついてる。

そう感じることは昔からよくあるけど、最近特に思う。

ベッキー?だかの不倫騒動週刊誌が持ち上げられるような風潮が

今年頭にあったけれど、あれも同じような気持ち悪さがあった。

あいマインド芸能ネタだけにとどまらない。

企業不正に関する報道ですらそうだ。

個人に善悪帰着させて、人間性に目をつけて叩いて。

勧善懲悪」欲求を刺激するような報道ばかり。

作る側も見る側も、頭が腐った低俗人間しかいないのかと思える。

普段は短文クソリプばかりの増田民例外ではないし、

なんせ国会ですらそんな感じがあるからね。

まあここで、そうやって「日本人は云々」と罵倒して終わりだと、

俺も頭が腐った人間とやってることは同じになる。

そっち側に堕ちてしまわないために、システム思考をしなきゃいけない。

平たくいえば「なぜそういう現象(問題)が起きるのか」を

環境(システム)の視点で解きほぐし、定量化し、マネジメントしていく思考だ。

ただしく「環境のせいにする」。

日本人がそういう思考が苦手なのは、それと真逆である

徳治主義的な価値観が根強く残ってきた、歴史的文化的要因が大きい。

から「悪い」事が起きると「人間」に原因があると考え、

「悪い奴」が湧けば潰し、湧けば潰しを繰り返していく。

でもこれだけ情報化が進んだ時代で、そんな前時代的なやり方を続け、

それが国民性だ、なんていつまでも言っていられないはずだ。

そういう意識はおそらく、誰もが持っていると思う。

なのにああい姿勢メディアがのさばってしまうのは、

やはり安易勧善懲悪ストーリーを消費したい欲求が人々の心に隠れているからだ。

当事者意識をもって真剣に考えてやる義理を感じないから、そんなエンタメ消費ができる。

実際、真剣に考えることを職業とするジャーナリストコラムニストなんかは

もうちょっとマトモに考えられる人もわけだし。

さあ、このへんまで印象論で外堀を埋めたところで。

日本報道レベルデータで示して、レベルを引き上げるプランを誰か示してくれ。

俺も結局、当事者意識や参画意識の欠落した一介のニートにすぎなかった。

から増田で滔々と駄文を垂れ流すくらいしか、抗議の仕方を知らないわけだ。

まあ、もう少しメタに捉えると、こういう卑屈さをみんな持っているんだろうね。

自分ときが世の中を変えられるワケがない」。

そう考えるから、発起してわざわざ「波風を立てる」ような行動を起こさない。

「和を以て貴しとなす」精神の負の側面だね。

これが腐敗の呼び水となり、結局は「異物」の排除に執着する心理につながっていく。

そういう空気を打ち破る離れ業は、一人のスーパーヒーローなんかじゃ成し得ないと思う。

日本人はよくヒーローカリスマリーダーを待望するけど、

それが生まれない原因がすでに自分たちの中にある。

そういう自己矛盾を打ち破るには、やっぱり個人の力ではなく、集団の力がないと。

シン・ゴジラもそういう事を言ってたんじゃないのかな?(金がないから見てないけどね)

ともかく若い世代パラダイムシフトと言えるくらいの思想的転換が訪れないといけない。

その兆候は、けっこうあると思っているけど。

そうやって「慣習」「常識」を批判的に見る若者たちが、

すんなり責任ある立場に立たせてもらえればいいんだけどね。

現実には、高い意識もつ若者ほど精神を病んで引きこもってしまいがちで、

しかも追い打ちをかけられがちなのは、一体どうしたもんだろう?

いずれにしろ一朝一夕に変わるものではないんだろうな。

ああ鬱々とする。

2016-08-14

たいして面白くもないアニメとかなんか無理しちゃって面白がってさあ

いや別に必死面白がるのはいいのよ。それもまた人生から

でもさあ、なんというか「それが正しい」って姿勢が透けて見えるのよね。

外野が盛り上げていくのが正義だ、みたいな。

まあそれもいいのよ。

一応言っておくとさ、そういう体育会系ノリは然るべき場所でやったほうが健全じゃない?とは思うよ。

でもいいよ。そういうこともある。

ただそのうえ、とりあえず「ハズしまくってる」リベラル馬鹿にするよ、そんで地方叩きに反発しつつ田舎リアルを大げさに伝えるよ

そんでとにかくアカデミズムが嫌いでもうボケ丸出しの在野系保守的知識人に学んでいくよ。

みたいな感じの人をみると総体としてなんだかなあって思う。

ピンとこないな、と思った人は素通りしてくれればいい。あーたには関係のない世界から

話を戻すとそれはまあいいよ。個人の自由から

でもさ、そんな中途半端なやつに若くてかわいくて頭のいい子がつられてる、そんなケースを見ると老婆心が頭をもたげるのよね。

行動でキャラが立つ(シン・ゴジラ名作の条件【※ネタバレ注意】)

ご都合主義を排するというのは確かに名作の条件。だが同時にシン・ゴジラが名作である条件として「行動できちんとキャラが立つ」という点も指摘しておきたい。たとえばゴジラへの攻撃を例にとって言えば、



避難する一般人(ばーちゃんを背負うじーちゃん…)を見て攻撃タイミングを逸する「日本政府

これはもうやむを得ない。この国は戦後ずっとそういう建前でやってきてその頂点にいる人があそこで人命軽視の判断したらリアリティがない。パシフィックリムの1作目で「怪獣の近くに漁船が…」→「構わん、やれ」みたいなやり取りしてるのを見ると、「ああ、アメリカさんね」と思うあの感じ。ここは"ニッポン"で、prime ministerだからね。仕方ないわね。というカヨコさんの声が聞こえてきそう。

とりあえず最大火力を一斉集中して大敗する「自衛隊

これも、「一発も外さない」という「本質ではない部分の質を高めること」に終始して、「成果をあげる」という本質をついた発想から逸脱している軍隊戯画的に描いている。ぶっちゃけ手りゅう弾の外郭に瀬戸焼の上物を使ったり、小銃をピカピカに磨き上げることに必死になってた旧軍と、いまだに大して変わらない日本人の悪癖をよく描いている。そのせいで引き際を見間違えて無駄犠牲を兵に強いるところまで、旧軍から変わってないなと思わせるシーン。現場の一人一人が少し呑気だとか、「訓練通りにやれば大丈夫だ」とかの無意味な楽観主義とか、でも一人一人は仕事にあたってはホントに真面目だとか(でも報われないとか)、まあいろいろな実態を踏まえて、よくまとめて描かれているなという印象。

バンカーバスターぶっこむ「米軍

それに対してB2(だっけか?)つかってバンカーバスターぶっこむ米軍の「兵の安全優先」「容赦なく物理重視」的攻撃は実に米軍らしい。結果論はいえその『後始末の悪さ』も含めて、実に米軍らしい。そもそも、バンカーバスター用意している時点で「通常兵器はたぶん効かない」という予測があっただろうに、自衛隊になんのアドバイス情報提供がなさそうなところといい、自衛隊のことをぶっちゃけ自分らが使い捨てできるコマ』かおとり部隊だと思ってるよね、みたいな。日米安保下の日米関係に対する皮肉を込めて、リアル?あるいは巧みに戯画的に描いているなという印象。結局「9条砲(=「日本戦争しません」アピール)」ってほかの何よりもまずアメリカに向かってるんだよねーっと思う。

攻撃を受けてのたうつあくまで受け身の「ゴジラ

生物として、ある方向に進むという動機不明な「意図」をもつだけで、積極的意志をもった攻撃姿勢を見せないゴジラの「生物としての在り様」がまことゴジラらしい。それが人間の作り上げた都市にとって壊滅的な打撃であることも含めて。「腕をふるってビルを壊す」とかそんなシーンもない(そもそもふるえるほど手が大きくない)。ビルは歩いていてただぶつかるだけのしかかるだけで壊れる。見ようによっては、あまり大きく物をつぶさないように歩いているとさえ見える。巨大なしっぽも、地面を薙ぎ払うでなく、躾の良い健康ワンコのように宙に浮かせてる。中盤の大破壊だって背中バンカーバスター撃ち込まれてびっくりしたからだし、ビームだって飛んでるハエを払う程度の反射的行動として描かれている。つまり生まれたての、ただの無邪気な生き物」としてキャラ立てされつつも、その一方で振る舞い自体さながら破壊神悪魔のものしか見えない…という高難度な演出をしているところは高く評価したい。『あくま受身だが、こちらから手を出せば出すほど災厄そのもの』。だからこそ、ゴジラが「世界が手を取り合って解決すべき課題のもの」として立ち現れてくるという仕組み。すげーな。




…と、たとえばゴジラ攻撃シーンだけをとっても、皆のキャラが立ちまくってる! こういうところも、やはり名作の条件なんだと思った次第。

http://anond.hatelabo.jp/20160813162338

ついでながら、こういう風にあの映画を見た自分から見ると、キープレフトな方々の一部から出ている批判に「ああやっぱり『政治』の世界に『表現』の味方などいないんだよな」という感想を抱いた。結局、作品作家のものに寄り添うということが全然できないで、自分らの立てた運動綱領とかが全て。でも、それはもう直しようがないんだろうね。「『人間』を信じましょう」という、あの一言が彼らからは出てこない。それがなければ、たとえば新興宗教と比べて、その主張に何の違いもないというのにさ。ダメだよほんと。

2016-08-13

http://anond.hatelabo.jp/20160813224116

自分より劣った人間」というが、君は既に劣等感を抱き始めているのではないか

歳を取ると我慢できなくなって説教してしまうというのは分かるが、その行為自体が幼稚だということを、強く自分に言い聞かせないと治らないだろう。

武勇伝や自慢話を敢えてしたくなるということは、自分を「すごい」と思わせたり、優位にあるということを確認したりしたいという欲求からくるもので、逆に言えば、相手が君のことを君が自分で思うほどスゴイと思っていないのでは、というコンプレックス根底にあるということ。

相手が君のことをただのオッサンと思っているのに、コンプレックス丸出しで上位に立とうとするのは、全く持って格好悪い。君の目的は格好悪くなることか?ちがうだろう。武勇伝を語れば語るほど、君はうざくて格好悪いセンパイになってしまう。あとは悪循環するだけ。

若者尊敬されたいなら、若者の(君からすれば貧弱な)経験や知識を尊重し、彼らの新しい感性からも学ぼうという姿勢を(外見上だけでも)見せないと。

君が学ぶべき経験を持っている人間なら、自然と「教えて下さい」って流れになるはずだ。

相手AV見せる

から

コイズミ学習ブック」懐かしいな、今からでも「女医が教える~」読んでみようかな、などと思いつつブコメを見ると

http://b.hatena.ne.jp/entry/530000micro.hatenablog.com/entry/2016/08/04/233043

> junun id:shufuoAV見せるといい」ってコメントどん引き。なかなかな屑発言ですよ。

> usokooooo AVみたいなセックスってやられると気持ちいいどころか痛い苦しいってなるし、相手AVを見せて勉強させるとか言ってる人は一緒に気持ちよくなろうっていう発想のない、思いやりがなくてキモい人なんだなって思う

これがトップ2。

> shufuo 一般化は難しいけど相手AVを見せるといいですよ。あんまり変態なのはあれだけど、男の思ってるセックスってこんなだよって知識がないとずっとマグロのままだし。

男の思ってるセックス云々には同意しないけど、AV見せるのはありというか、うちは見せた、と言うより一緒に見て「セックスのやり方」を学んだので、その手の物が役に立つ事例もあることを紹介しておきたい。

前提として、童貞処女だった。自分エロ本とか「コイズミ学習ブック」とかその他HowTo本とか読んではいたので、基礎知識として「棒を穴に入れる」「AVは真似しちゃ駄目」ぐらいは知ってはいた。で、いざしようとして、キスハグだ愛撫だは何とかなったが、繋がろうとした時に困った。

これどうやって挿れるんだ?

お互い運動不足でややデブ身体が固いのも悪かったのだと思う。どういう姿勢で足をどっちに向けてどう曲げたら腰と腰を合わせる事ができるのか?色々とやってはみたのだが、どうにも上手く行かなかった。先っちょをあてがうぐらいならともかく、奥までしっかりとなると皆目見当がつかない。やっぱりただ漫然と見てるのと実際に自分でやってみるのとは全然違う。そこで2人で相談して、これは何か参考資料を探して勉強しないと無理だという結論になった。エロ動画を探し、アクロバティックなのは当然無理なので普通人間でもできそうな体位のものをいくつか見ながら真似をしようとして、それでも中々上手くはできなかったのだが、最後には何とか無事にひとつになった。

から思えば、まず後背位でやってみれば良かったような気はする。当時はまず基本の正常位ですることしか考えてなかった。騎乗位は女の人が自分のペースで動けて良さそうだが、自分体重を支えつつ微妙位置調整をしつつ、初回の痛みに耐えながらゆっくりと挿れていくのは困難だろうとの判断から、正常位である程度慣れてから実施となった。

その後、騎乗位で女の人がとても気持ち良さそうに腰を動かしている動画を見つけて、口頭での説明では中々伝わらなかったので見せてお手本にしてもらったりしている。真似をして上手くハマるととても気持ち良いのだそうだが、まだコツが掴み切れないようで再現性に乏しい。引き続き練習必要

大半は観賞用で、指南書やお手本として作成されているわけではなく、素人が真似するようなものでは無いが、中には2人で一緒に気持ち良くなるための参考資料として使えるものもあるし、実際にそうやって使ってる人もいますよ、という話。

2016-08-12

masudamasterキレッキレやな

もうひとつ言いたいのは、この支援団体女性たちは私生活のベッドルームで彼氏や夫を騎乗位で犯してるんですかと。犯してないでしょ?結局そういう姿勢が巡り巡ってAVに反映されるんですよ、ということも言いたい。

http://b.hatena.ne.jp/entry/297817771/comment/masudamaster


はっきり言いますけど、「女性が好むようなAV」を好む男性なんて、ふぬけも良いところで、まともな給料なんて持って帰って来ませんよ。「優しいAVを楽しむ男性」を養う覚悟女性にはあるんですかね?

http://b.hatena.ne.jp/entry/297821134/comment/masudamaster


じゃあ「俺の嫁」的消費よりも、正常位で犯される女性を見ながら、「あぁ~この人男性いじめられてる~ハァハァ」って思いながら消費すれば良いんですか?

http://b.hatena.ne.jp/entry/297819694/comment/masudamaster


う~んわからんな。やっぱりフェミニズム男性を救わないんだろうな。俺も早く正常位に適応して、女性いじめながら射精できるようにならないと。

http://b.hatena.ne.jp/entry/297819865/comment/masudamaster