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はてなキーワード: 姿勢とは

2016-09-27

「じぶんに期待する」

少し今のじぶんに酔っている。恥ずかしいが許してほしい。

こういうことを書きたくなる時がたまにあるんだ。たまにだから、いいじゃないか仕事じゃなしに。


昨日の夜まで、生理直前ということもあってか、この世に私の居場所が1ミリも無いような落ち込みようだった。

深夜2時半まで嫌いなやつのことをだだだだだーっと怒涛のタイピング日記書いて増田投稿しようとしてた。

でも「確認する」ボタンを押して内容を推敲していると、なんで私が嫌いなやつのことこんなに書かなきゃならないんだ、馬鹿らしい、と思えて、しかも事細かに書きすぎたから万が一にも身バレしたら面倒なことになるしと我に返ってブラウザを閉じ、シャットダウンした。そのあとはすぐに就寝できたと思う。


今朝起きて、スマホほぼ日今日ダーリンを読んだ。

「たのしい」ということについて糸井重里らしい文章でやさしく綴られていた。

はっきり言って今内容を要約できるほど覚えちゃいない。でも、心は自然と落ち着いた。

そういえば、と、ふと過去メモした今日ダーリンがあったと思い出して読み返した。


2015/11/24今日ダーリンにはこう書いてあった。

自分に期待する」ということを、このごろ、ぼくは言うようになりました。いま、どれほど落ち込んでいても、周囲からまったく認められていないとしても、なにか大きなハンデのなかにいるとしても、「じぶんに期待する」ことができていれば、とてもよく生きていると言えるんじゃないか。そう思ったのです。


どんなに大ベテランプロだって「じぶんに期待できない」という状況は降りかかてくる、と糸井氏は続けます

まじないのようでもいい、「なんとかなる」と言うこと。

そう括った。


私は特別彼に心酔しているファンというわけではない。たまに言っていることの意味がわからないこともあれば、歳を取ったな、なんてあの人は今のような目線で見ることもある。そのくらいの距離感だけど、今日ダーリンは好きで、たまーに密かにぐっときている。

糸井氏のすごいところはとにかく「ふつう」なら考えすぎ、と思うよなことをとことん考えて、自分が納得する答えがでるまで考え抜く姿勢だと思う。

以前増田か何かで、「本当のところ」というものにとらわれすぎると大変、みたいな言葉を目にしたけど、それも大切だろう。

自分の納得できる答えがみつかるまで考え抜くことは難しい作業だし、霧の中をさまようみたいな、時には帰り道もわからなくなることもあるだろう。

普段から答えを導き出せる「じぶんに期待する」ことができなければ、抜け出すことはできないだろう。

「本当のところ」わたしは何をしたいんだ、どう生きていきたいんだ、なにが「たのしい」んだ?

いまはまだ、「なんとかなる」と言い聞かせて「じぶんに期待」することしかできない。これは根拠のない楽観視かもしれない。

無職の私はできるだけ早く次の仕事を始めたいと思っているが、よくばりになり「本当のところ」を探し始めてしまっている。

そしていろんな情報に左右され始め、目的地すら忘れ始めているようだ。

まずは、じぶんにはなにができるか、そこから進めばいいだけ。

本当は奔放な性格になりたい。まじめ一辺倒な自分が嫌いだ。

でも、そんな自分しかできないことがあるなら、それでお金をもらえるならそれは立派なことだ。それだけのこと。


「たのしい」は人それぞれ。きっと進んでいくなかで見つかるはず。

まずは、すこし不安定なこの私にいつも期待できるじぶんでありたい。

須田慎一郎氏の講演会メモ。今のアベノミクスは「質より量」だそう。

須田慎一郎氏の講演会があって聞いてきたんだけど、いやあすごかったわ。プロはやっぱりすごい。

ツイートはするな言われたけど(もちろん冗談だと思うが)増田ならいいよね?国会にも出てるし。そこでプロはすごいと思った2点を話す。

政経の専門ジャーナリストすごい

自分政治経済にはそれなりに興味をもって接しているから、いろいろな経済の動向を知っているつもりでキーワードは抑えていたんだけど、ぼんやり認識していた部分をここまで分かりやすく端的に表すのは流石プロだわ。年間100本こなすらしいから、当然といえば当然だが。

納得したところ

と言うことであった。

正直、アベノミクスが第二弾になって、そういえば失敗失敗と言われている「トリクルダウン」が確かになくなった。その後、経済対策はばらまき系になった、と認識していたのだが、須田氏の見立てでは、新しいアベノミクス本質は、一般に、と言うか、少なくとも自分がは福祉政策だと考えていた一億総活躍社会の方にあると言う。

一人当たりの給与は伸びない。トリクルダウンが起きないのなら、そういった「質」の向上よりも「量」として、世帯収入を伸ばそうとしていると言う。

なるほどな、と思った。これは安倍首相が再三唱えてきた「イエ」を重視する姿勢にも沿っているし、なるほど分かりやすく腑に落ちる分析に思う。

今までぼんやりと考えていたことが、ひとまとめに繋がって腑に落ちた感じで、流石政経専門家だと思った。

これが政策として良いかというと色々と議論は有り、突っ込みどころとしては

などがあるが、これはこの日記本質じゃないのでとりあえず置いておきます

ヤクザ専門家じゃないんですね(途中でご本人もネタにしてたので)

時事問題講演会プロすごい

年間100件以上の後援会をこなすという須田なのだが、一番最初に掴みからはいって、枕の「やわらかい」話から始まる。

そこで、楽屋裏のような話や、親友と言う他のジャーナリストの方、さらにはこの金がなさそうな講演会のギャラまでネタにして、上手いこと話を混ぜていく。さらに受講者の年齢層や、反応などを見ながら話を組み立てて言っているらしい。

落語のつかみみたいな。

一応原稿っぽい話が入ったクリアファイルを持っているのだが、それを広げた形跡がない。パワーポイントなども使わない。ただ、前に立って喋るだけ。これは講談師落語家に通じるモノがある。トリクルダウン説明をするときちょっとだけ水を飲んで見せた以外、途中で水分の補給もせず、90分喋りっぱなし。

眠くなって眠っちゃうひとがでる、と言う講演会あるあるや、会場の人たちをちょっとずついじる姿なども、漫談家というか私はちょっと綾小路きみまろ氏みたいなプロ司会を思い浮かべた。

もちろん、内容は先ほど書き出してみて気づいたのだが、結構堅い話なのだ。きちんとガチ経済の話。それを引き込ませて、満足度の高い内容をやるというのは流石プロという感じである

また立ち振る舞いもなれたもの。100件もやってりゃそりゃもう、と言えばその通りなのだが、実った稲穂ほど頭を垂れるとはよくいったっもので、きちんと周りに配慮をしており、いすを引いてくれた係の一にちょっと挨拶をしたり、公演の最後には深々と頭を下げて回る様子なども、印象に残る。

そして講演が終わったら、のこって妙なことにならないようにさっと退くなども見事だった。

また、正直それほど大きな影響力のある寄り合いでは無かったし、おそらくギャラなどはネタになるぐらい安い(と言うか、半公的機関みたいな団体なのでめっちゃ安いはず。はてな話題になったら総叩きになるぐらい安いはず)のに、きちんと最後交流会まで出席していくのである

いやあ、そもそも顔が怖いひとだから、ひとよりきちんと丁寧に礼節を尽くしてこないと誤解される感じだったのかなとか余計な事まで思った。俺もそう言う感じなので見習いたいと思う。

結論

プロってしゅごい。

実は予習で須田氏の本を買って読んだのだが、おそらく客層で変えてきたのでずいぶん印象が違い、「需要に応える講演」って自称されていたけど流石だと思った。

惜しむべくは、自分はすでに電子書籍派であったため、買った本は裁断して自炊してリサイクルしてしまっており、サインをもらい損ねたことだ。つうか交流会出るとか思わなかった。こういうひとさっさと帰るイメージがあったのに。こんなことなら2冊買ってサインもらえばよかった。

2016-09-26

え、じゃあ、正直に言っていいですか。

臓器提供する意思はありますし、もし私が死んだら頭のてっぺんから足の爪先まで使えるものはすべて全部使ってもらって結構です。

でも、そんな縁起でもないこと書きたくありません。これは、私の場合です。

さら一般化して考えると、もしその人が死んだら、もうその人には意志も何もないただの「物」なのですから

強制的に臓器を取ってもらっちゃって構わないんじゃないでしょうか。

まり以下のようになります

「本人が拒否姿勢を予め示していない限り、家族等の同意があれば臓器提供可能とする」。

この辺りがリーズナブル結論だと私は思うのですが。



追記:なぜなら「引き寄せの法則」だから

2016-09-25

恋愛に悩める男は生きるのに余裕のある人

新卒3年目なんだけど、入社2年目までは仕事がつらすぎて、毎日死にたいと思ってた。

知識量が足りなくて全然仕事についていけないし、学生時代からのゆるい甘えた性格のせいでミスが多く、先輩からゴミをみるような目でみられ、上司から人格否定されるようなことを言われた。

仕事にいくのが辛すぎて、休日上司から言われた人格否定発言のせいで心臓がずっとバクバクしてて、遊んでても冷や汗をずっとかき続けるような感じだった。

彼女もいなかったのだが、恋愛ことなんて全く考えられなかったし、仕事やめることとか、自分がどう生存するかっていうことで頭がいっぱいだった。

しかし、3年目になるぐらいに、学生時代の甘い姿勢がだいぶ直ってきて、それなりに仕事をこなせるようになり、周りの人にけなされるような事はほとんどなくなった。

そうなると、仕事に関する死にたいほどの不安はなくなり、休日仕事のことを考えず、プライベートのことを考えられるようになった。

年齢も20代後半なので、恋愛結婚のことも考えるようになり、何度か街コンで会った子に告白して振られたり、お付き合いさせていだたいた子もいた。

結果としては今のところ恋愛はうまくいってなくて、それで結構悩んだりしてるのだが、入社当初を思い出すと、それ自体結構余裕のあることなんだと気づいた。

ブラック企業が星の数ほどあるこの世の中、自分みたいに仕事がきつくて生きるか死ぬかぐらいの精神状態にいる人はいっぱいいると思う。

そういう状態の時、恋愛ことなんて考える余裕なんて全然ないと思う。

なので、今恋愛で悩んでる人や、婚活してる人なんていうのは、仕事がまあまあうまくいってる人なんだと思う。

まとまってなくて申し訳ないけど、なにが言いたいかというと、恋愛で悩んでて苦しいと思ってる人は、それすら考えられない人よりも幸せ状態なんだってこと。

人と比べて幸福感を得るのはちょっとゲスいけど、結局幸せっていうのは自分の納得感だと思うので、その納得感の材料にはなるのかなと思う。

恋愛すら考えられないほど追い詰められている人は、本当に命が危なくなる前に、別の道を選んで欲しい。

そして、本来的に恋愛したい・結婚したい人に、それを出来る余裕が生まれることを願う。

映画聲の形』は商業的なマイナス要素を極力排除して再構成することで売ることに逃げ切った作品

観終わった最初感想は、漫画聲の形』が映像化されないことを確信したショックだ。

 

まず先に断わっておくが私が言いたいことは原作を崇めて原作未読者や映画馬鹿にするといった内容ではない。

映画製作に携わる人間が『聲の形』をどういったつもりで再構成したのか、

またその再構成の結果として商業的な成功を収めたことや、

そのせいで映画聲の形』(以下、映画しか漫画聲の形』(以下、漫画)に触れていない多くの人に誤解させてしまったということ、

そしてこの世で漫画聲の形』が漫画聲の形』という作品しか伝えられなかった、他のラブストーリー青春物語ではできなかったこと…映画からは外されてしまったことについて触れる。

この日記を読んで少しでも漫画に興味を抱いたのなら、漫画にて『聲の形』というコンテンツを全て消化すべきであり、

本当の答えを噛みしめ、確認しなければ作品聲の形』には全く触れないで人生を終えるといっても過言ではないと言っておこう。

これはステマではない。

なお漫画ネタバレになりかねないよう、これから漫画を読む人間にとって害にならない程度に極力抑えるつもりだ。

これはステマではない(繰り返し)。

 

そしてあくまでも日記なので読みづらさや誤字脱字などは勘弁してもらいたい。

 

制作スタッフが行った再構成とは

単純に2時間半に収めるには物理的な無理があったため、大幅にカット再構成されている。

その点だけでも漫画映画は全くの別物と言っても差し支えない。

しかしこれは映画1本に収めるという制約上仕方のないことで、これに関しては特に言及するつもりはない。

要は、漫画が伝えたかった要素をコンパクトにして映画で伝えられたらいいだけだからだ。

まり、私が問題にしているということはその再構成漫画が伝えなければいけなかったことを大部分が外されているからだ。

 

制作スタッフ映画を見に来た観客にできるだけ「負の感情」を強く抱かせないように気を使って再構成している。

分かりやすく言うと「なんだよこのクソ鬱映画!!」みたいな感想にならないよう、できるだけイライラ不愉快になるような要素や、

生々しい要素をオミットしている…その商業的にも負になりかねない要素たちだけ、

この映画への梯子が外されて下に蹴落とされている…といったイメージだ。

漫画では読者の心をえぐってくるような要素が宝石箱のように詰め込まれている。

主人公石田にともすれば殺意を抱かせるだけの強いクズ描写がされており、

小学生時代石田を無条件に悪だと読者は強く確信でき、そこに同情の余地もなければクラス手のひら返しにも憤慨するだろう。

映画ではかなりあっさりと流されていて、このせいで不快な思いをだいぶ軽減されているが、

石田の「俺は清算して死ぬべきだ」という気持ち映画視聴者に軽く受け取られやすくなってしまった、薄っぺらく見られやすくなってしまっている。

漫画の特色として、読者の暗い感情をこういった不快いじめや生々しい描写で刺激しつつ、

当事者である石田がどうやってそれを乗り越え、まともに生きることはできない、けれど死ぬこともできなくなったところを出発点に歩き出した、

というのが最初石田西宮出会いで、だからこそいじめた本人である自分友達になろうとするという不条理を進まなければならなくなったという経緯がある。

まり最初の死への渇望とその道を閉ざされた石田心理描写を読者に刷り込ませるためには、

石田所業が到底擁護できないくらい行き過ぎた描写であることが『聲の形』という作品には不可欠なのだ

それを見た読者の底にドロドロと横たわりだした感情を燃料にして、出会いが種火となり燃えながら、時には火が消えかけながら、それでも何とか大きくなろうとする炎の様子が、本当の『聲の形』の姿だ。

作品として、「読者(視聴者)の負の感情」が必要なのだが、これは前述したとおり耐性のある人間を選んでしまうため商業的に足かせともなりかねない、

判断され軽減・外した、というのが制作スタッフ再構成で行ったことだ。

ピンと来ないなら激辛だと食べれないから中辛にした、ということだと思って欲しい。

そのおかげで結果として極力不快要素を外し京アニ作画力とキャラの可愛さで万人が食べれる作品へと変化し、

商業的に成功を収めることができ、映画映画として勝利した。

映画聲の形』は売れることに邪魔になる重りを捨て去り新品のランニングシューズを履いて走り抜けた。

でもそれは漫画が這いつくばってたどり着いたところとは違うゴールであり、

その漫画がたどったコースとゴールは今後二度と映像化され現実化されないということを確信し、制作の手腕の勝利も同時に確信し、私はショックを受けた。

 

映画だけを視聴して誤解してしまった人々

帰ってレビューに目を通すと、やはり石田心理描写が把握しきれていなかったり、

よく分からなかったという感想もちらほらと目立った。

障碍者としての西宮葛藤や苦悩もかなりあっさりされているので重いテーマだったという感想はありつつも、

そこから広がりを感じるような形としての感想が出てこず、実は何も考えさせられてないというのが観察できた。

西宮がなぜ笑い続けなければいけなかったのか、西宮がなぜ思い詰めてしまったのか、

石田も同様になぜ最初に思い詰めて、それでも西宮と違い諦めなかったのかということに説得感を出すためには、

やはり前述した「読者の中に生まれたドロドロとした暗いもの」を燃料にするための不快要素がオミットされたことが原因である

 

聾唖の人たちから意見も、この不快要素オミットのために発生した説明不足、その他ところどころに出てきてしまった脈絡のないように見える行動もこのオミット行為副作用となっている。

から必要なのだ

聲の形』という作品を完成させるためには必要な要素だった。

ただ、それは商業的な成功には必要なかったし、事実それで勝利を収めてしまった。

これは作品の特色であってもビジネス上で不利益とみなされたものは無かったことにしていいという資本主義思想に対する芸術創作の完全敗北と言い換えてもいい。

とにかく大多数に対して理解されやすければ、消化しやすコンテンツであるならばいくらでも特色を消してしまっていいという姿勢だ。

それに深く静かな絶望を覚えたのは、漫画既読組には少なからずいただろう。

家に帰ったあとそれは視聴した沢山の人のレビューを読んで感じているかもしれない、私みたいに。

一体、映画を見た人の何割が石田自分を重ねることができたのだろうか。

嫌な汗はかくことができただろうか。

 

漫画聲の形

漫画の『聲の形』は、一度死を望んだ石田自分が行ったことを思い知らされ、なおかつ死ぬという逃げ道すら断たれたことで、

前を向いて、半ば仕方なく、半ばやけくそで行動する・西宮友達になるというスタート物語が始まる。

石田のやったことがどれだけ許されないことなのか、また当時の登場人物たちが流され、無力で、愚かで、間違えてきたことが心をえぐられる程度に描かれている。

この最初の導入でしつこいまでに鬱要素をぶっこむことで読者は自分過去やってしまった罪の意識を思い出し、無意識石田に重ねる、石田は読者の暗い過去だ。

今風にいうと黒歴史人物化したキャラクターとしてこれで形作られる。

過去が黒ければ黒いと形をはっきりしてくるキャラクターだ、それは視聴者の闇の色と同じ色をしているからだ。

それをやらなかった映画石田に対する感情移入がバラバなのは、つまりは、その黒歴史へのアクセスが不十分になってしまたからだ。

普通、そこまで思い返すほどのトラウマ黒歴史を持つ人間は少ないので、

その場合石田に代行させて罪の意識を増幅させるためにも石田のやったことは大きく描写されていた方が感情移入のためのパイプを築ける。

 

そして、死ぬことを閉ざされた石田が、つまり黒歴史から目を背けずに、常に意識して生きなければいけなくなった「あなた」は、

どうやって生きていけばいいのか、どう周りと接していけばいいのか、取り返しがつかない過去石田あなたはどう向き合っていけばいいのか。

それが『聲の形』の作品としての本質だ。

決して障碍者と涙ホロホロ最後ハッピーなだけの作品ではない。

石田黒歴史を貼りつけながら歩き続けるプレイヤーとなり、読者は過去が脅かすことに石田と共にドキドキしながら、辛さを共有しながら、

最初不快感を感じていたはずの石田自分に、いつしか何とかしようと奔走する石田応援しだす。

過去は取り返しがつかないかもしれない、

けれどこれから西宮未来は泣かせないように行動することができる。

それを問いかけてくる作品なのだ

それが『聲の形なのだ

 

過去の追跡がどれだけ辛く暗いものなのかが、このテーマを重く受け止めるために必要な手順だ。

ところが、何度もいうがこれをオブラートに包むか削除してしまったため、このテーマが盛大にぼやけてしまった。

漫画では西宮の家庭環境小学校教師との再会や映画作り、いてもいなくても一緒だった真柴のちゃんとした存在意義など、

この暗さと前向きにもがく様を描くための要素が何度も繰り返されている。

その最後の結末が、読者のこれから背中を押す形で終わっている。

生き続ける石田現実に生きる私たちへの、エールへと繋げられている。

それが『聲の形なのだ

 

そしてそれが他のラブストーリーにできなかったことで、『聲の形』だけができたことだった。

他のラブストーリーに、何とかしようとして上手くいかずに古傷をえぐらせるような真似をして、

それでも読まざるを得ないという状況にもっていけるだけの能力がない。

「これはどうなってしまうのか?(他人事とは思えない感想)」と思わせるのがこの作品面白さでもある。

 

聲の形』にとって障碍者という要素はいじめの歴史を作るためのただの道具の1つに過ぎず、それが本質ではない。

本質は、変えられない過去と変えられる未来、そして過去を受け入れるというこの3つの要素だ。

消極的に変わらざるを得なかった石田が変えられない西宮を救い、

一緒に変わっていこう、と2人とも前向きになるという完全に内面の話なのだ

そして変わりたいけど変われなかったという気持ちの重さ、辛さ、ドロドロした暗い時間の積み重ねを描き切ったのが漫画だ。

読んでいる人間石田の状況に嫌な汗をかき、そして小さくホッとする作品なのだ

その作品映像化はできていない。

できていないのに、商業的に成功している。

 

変わることの重要性を訴えた作品が、

そのメッセージの大部分を消失しながら、

大ヒットをしている。

 

まず私はその現実に立ち向かわなければいけない。

そう、思った。

 

…私はこの映画を予約するのに3時間かかった。

ネット予約操作方法が分からないのではない。

映画館聲の形から心をえぐられることに2時間半耐えられるか悩んだからだった。

ところが実際は、別のことでえぐられるとはそのとき私は思いもしなかった…

2016-09-24

40代男の婚活

40代半ばの男です。

過去恋愛経験は非常に貧しい。ほぼゼロ

 

結婚なんてありえないと諦めていたが、ひょんなきっかけで婚活しようと思い立った。

そして今年、中高年向けをうたった、ある結婚相談所に入会した。最初は、

と考えていた。

 

しかし実際やってみると、意外とそうでもなかった。

結婚にはまったく至っていないが、活動実質3ヶ月で5人とお見合いできている。

(こちらから申し込んだのが1人、向こうからの申込みが4人)

3人はお見合いだけで終わり、1人はその後1回デート、1人は4回デートした後に振られた。

これは、自分にとっては大事件だ。なにしろ

結婚可能性のある女性と、2人きりで話した時間

の合計値が、ここ数ヶ月で、過去40余年の実績値を軽く上回ってしまたからだ。

「どんだけ今まで貧しかったのよ!」という話だ。

 

現金もので、こうなるとちょっとやる気が出てきて、恋愛モノ作家アルテイシアが書いた、男性向けの恋愛指南本などを読んで実践もしているよ。

相手女性はだいたい自分と同年齢の人が希望で、年上であっても構わないし、婚歴があっても構わない。子供はあまり欲しくない。もうだいぶ歳食っちゃったし。

 

相談所のカウンセラーと話したところによると、40代未婚男性で、こういう姿勢の人は非常に少ないらしい。曰く、

相手女性は若ければ若いほど良い。同い年は嫌。ましてや年上女性なんてとんでもない、という人が多数派

なんだと。

「中高年向け結婚相談所」というフィールドで、自分が予想外に健闘できているのは、自分の魅力云々以前に、このような外的要因によることろが大きいんだなぁ、と思った。

 

今はまだやる気十分だけど、今後、お見合い人数が20人、30人……と増えても結婚に至らない場合、さすがにガックリくるだろうな。

それでも、結婚相談所への入会自体は、たぶん後悔しないと思う。

「こんな自分でも、相談所のお見合いシステムによる助けがあれば、なんとかなるかもしれない」

と分かったからだ。

これでダメなら、なにをやってもダメだと吹っ切れるだろう。

http://anond.hatelabo.jp/20160924122712

しか物資も人手も圧倒的に足りないんだろうし

何もしなかったら帝国圧政におとなしく従うだけなんじゃね

民進党には問題点も山ほどあれど反自民のために民進党を支持するのというのと同じ姿勢だと思う

2016-09-23

増田プレミアムを退会します。

 一年ぐらい我慢してプレミアム料金を支払ってきました。

 が、もう無理です。

 どうしても料金(TOTOトイレ一年分)ぶんの価値があるとは思えません。

 以下不満点を箇条書きで書きます


・『ポケモンGO』に対応していない。

 →今の時代、これは大きなディスアドバンテージだと思います


・思ったより猫がかわいくない。

 →スフィンクスは気性もおだやかで、さわってみると気持ちいいんですが、いかんせん見た目が不気味です。


トイレットペーパーダブルじゃない。

 →これは致命的です。シングルだと手が汚れたり、ケツが切れてぢになっちゃます


たぬきうどん仕様地域ごとに違う。

 →関西ではへんなあんに包まれていて、ぬるぬるとぬるくてとても食べられたもんじゃありません。


検挙率が低い。

 →どんな些細なケースでも事件化して検挙に乗り出す姿勢は立派ですが、いかんせん捜査能力がついてきてません。


ブックマークがつかない。

 →プレミアム料金を払うと自動的に三ブクマがつく、という謳い文句でしたが、これが真っ赤な大嘘です。まったく機能していません。


・「オススメ!」と貼ってあるシール自演

 →出荷時にオススメシールを貼ることで、あたか販売店やプラットフォームオススメしてるように見せるのはやめてください。


・すぐ死ぬ

 →月一で三体ずつ送られてくる奴隷増田たちが軟弱すぎますグリーンカレーにはぎりぎり耐えられますが、レッドカレーには耐えらないとはどういうことでしょうか。レッドカレーグリーンカレーよりむしろ辛くないはずですが。


集団ストーカーが減らない。

 →増田プレミアムに入会すると集団ストーカーが三割減されるとのことでしたが、実際には一割増えて七百十二人になっています。この増員により、私の思考監視が24時間体制可能となり、迷惑です。


世界平和にならない。

 →あいかわらず戦争三昧です。増田世界平和に貢献していないのではないでしょうか?

これから目標



・朝早く起きる習慣を付けること

精神を治すこと

・受け身の姿勢を直すこと

自分の興味ある職種を見つけること

インターンシップに行くこと

永野という芸人ネタ、滑稽さを引き受けること、偶然で物事説明することの意味不明

永野というラッセン云々が持ちネタ芸人、といっても私が説明する必要もないと思うけど、のネタをこの前ガッツリみた。



いままでもちょろっと見かけたことはあったけど、イマイチ苦手だった。

なんとなくシニカルな感じがするし、ラッセンがすき、この貧しさこそが真理だ、と言わんばかりの姿勢のように思えたからだ。

貧しさこそが真理というのは、たとえば闇金うしじま君であったりクジラックスみたいな感じだ。

なぜこの二つが等号で結ばれるのか謎って人もいると思うけど、そこは説明すると長くなるので割愛させてください。

また、私は両者共にたんに否定的意見を持っているわけでもないということを加えておきます



で、最近なんとなくネタをいろいろ見てみたわけだけど、これがなかなか面白かった。

あんまり他の芸人でたとえるのも失礼だけど、本質的には劇団ひとりと似たマインドをもってるんじゃないか?と思った。

人間がはらみうる滑稽さみたいなものを単にバカにするわけではなく、むしろその滑稽さを引き受けて笑いに転化する、みたいな。

もちろん、そこにはアングラ的な野蛮さや「意味破壊」みたいなものがあって受け取りかたが難しいんだけど、

劇団ひとりがある程度の大衆受けをしたのと同様に、この人も根っこは必ずしもアングラではないんじゃないかという気がした。



で、最近そんな永野に対する評論を読んだわけだけど、これがわけわからなかった。

永野ブレイクしたのはなぜ?という問いからはじまって、最終的にたまたまタイミングがあったのだろう、という主張の記事だった。

それって意味不明じゃねえか?

もちろん、私はあらゆる物事には理由があるといいたいわけではない。世の中の多くのことって、複雑系云々の知見を持ち出すまでもなくある種の偶然で決まってしまう。



でも、評論で偶然を持ち出してしまった場合、それって何一つとして説明していることになっていないんじゃないか

まあ確かに、どうしても私たちってある事象が起きた理由なり意味を探りがちだけど、実はそれって単に確率的な問題だよ、ということはあって、その意味ではこの記事は「情報」があるのかもしれない。

でも、偶然なんだろう、ってそれ別にデータ論理もないじゃん。

そんな記事を読まされた身にもなってほしいよな、と思った。

2016-09-20

サンテレビの消えたやつにエアトラバ

http://anond.hatelabo.jp/20160920153436

まず、BPO送信フォームには

「ご意見送信フォーム」(入力形式)より、下記の「ご意見送付に関するお願い、注意事項」に同意の上、入力送信してください。

フォーム送信時には、個人情報保護のためSSLによる暗号化処理を施したデータ送 受信が行われます

□ 同じ内容のメール複数送信することはご遠慮ください。

性別、年齢、お住まい都道府県は必ず記入してください。

匿名でも結構です。

他人を装った「なりすましメール」「いたずらメール」は固くお断りします。

不適切であるBPO判断した場合は、書き込みを削除することがあります

BPO視聴者意見送付に関するお願い、注意事項」に同意する

とあり、できるならBPOに申し出すべき話だ。

川崎祭が思い出されてつらい。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B7%9D%E5%B4%8E%E6%86%B2%E6%AC%A1%E9%83%8E

ではあるんだけど、まず指摘するのは、元増田メールが載っているという

http://www.bpo.gr.jp/?p=1921

意見の要旨

18禁ゲームソフトを題材にした過激アニメ放送していいのか。局の姿勢に疑問を感じる。

男性 22歳 大阪 1/29メール受)

夕方時間帯のアニメなのに、全裸少女が出てきたり、キスセックスを思わせるような行為までする。もともと18禁ゲームソフト原作アニメであるし、深夜ならともかく、18時から放送にはふさわしくない。

男性 21歳 大阪 1/14メール受)

18禁ゲームソフトが元となっているアニメ。他局では深夜枠で放送されているのに、週末の夕方放送するのはおかしい。時間帯に配慮すべきだ。

男性 20歳 大阪  1/7メール受)

これは、要旨なんだけど、これ実際に元増田の手元に履歴が残ってる?記憶だけなんじゃないの?

送信フォームから送ったものって、何か手元に残る?

例えばwebメールの捨てアカを使ったもの送信したとして、そして受け付けられたらキッチリ投稿者に送り返してくれるシステムだとしよう。

それ10年前のものを手元に残してる?

んで、

ようするに「エロゲー原作の新作アニメ月曜日午後六時に放送してしまった。視聴者BPOに抗議メールBPOサンテレビに注意。サンテレビは以後、夕方時間帯での新作アニメ放送を中止した」ということです。

これ以後、サンテレビは深夜帯にアニメ放送するようになりました。

ということだが、

http://www.bpo.gr.jp/?p=1927&meta_key=2003

でも、

多くの委員から番組3月で終了するにしても、他局が深夜の時間帯に放送しているのに、サンテレビジョンだけは、午後6時に放送しているが、この理由を当該放送局にぜひ聞いてほしい」という結論となりました。

となっている。

そもそもなんでサンテレビは一度断ったのに放送しちゃったのか、みたいなのはある。


話がちょっと変わるようだけど、何年頃からだったか憶えてないが、うち(大阪)では子どもの頃見ていたサンテレビKBS京都びわこ放送アンテナ関係で見れなくなってしまってた。

元増田兵庫県民の感覚では、複数だったUHF夕方アニメテレビ大阪1択になっちゃった話なんだろうけど、それ以前に自分ちがそうなってたんで、あってもなくても違和感ないんだよな。

ちなみにエヴァンゲリオン1995年水曜日夕方の枠。

このあたりからアニメが「子ども向け」からアニオタ向け」へ明確に変わっていっており、青少年が「見たい」と思う、人気度のあるアニメというものが、2003年には、既に夕方放送してOKなジャンルではなくなっていたんじゃなかろうか?

もう一つ、元増田引用

サンテレビでの放送について

サンテレビでは当初、深夜枠でないと放送できない内容であることや当時の深夜枠に空きが無いことを理由に一度はソフトガレージ放送見送りを打診したが、結局は18:00 - 18:30枠での放送を行った。そのため、放送後には視聴者から苦情が殺到し、BPOでも大きく取り上げられる珍事となった。関西男子大生やPTAなどから番組子供が見るのには相応しくない露骨な性描写が含まれている」や「日露戦争正当化している」といった苦情が寄せられ、番組の終了をもってサンテレビの同帯のアニメ番組枠は全て廃止された。その結果、テレビ大阪UHFアニメ放送する枠が新たに生まれることとなった。

がどうにも昨今のオタクらしい被害者じみた内容と、自分記憶と違って違和感ある。

過度な視聴者クレームのせいでサンテレビアニメ枠がなくなって、すっぽりテレビ大阪が奪ったような書かれ方だ。

そもそも、UHF夕方アニメ枠はテレビ大阪にもあったんで、例えば

疾風!アイアンリーガー - Wikipedia

あとは

テレビ東京平日夕方6時枠のアニメ - Wikipedia

なんかを参考にしてほしい。

もう一つ指摘するなら、TVの性表現に関しては「深夜であっても子どもが録画するから見れてしまう」というちゃぶ台返しクレームもある。

↓それだそれだ。

サンテレビ土曜深夜アダルトバラエティ枠 - baikoku_sensei のコメント / はてなブックマーク

ちょっと違うけど貼っておく。

http://www.bpo.gr.jp/?p=581

視聴者意見について

サンテレビ 『今夜もハッスル

サンテレビ制作し、独立UHF5局で放送されている深夜番組に対し、視聴者から複数批判意見が寄せられた。

BPOに寄せられた視聴者意見概要

全編を通し、過激な内容満載の番組である中学生高校生も夜更かしをする週末の夜に、このようなポルノ同然の番組放送する放送局常識を疑う。

非常にわいせつアニメーション画像や音声が流されている。ゲーム感覚女性をいたずらする映像は、「性に対する健全感覚」を歪める。青少年を悪い妄想に陥らせないようにして欲しい。

委員の主な意見

番組全体を通じて根底に流れる倫理観の欠如の問題だ。チャンネルを合わせれば受動的に見られる状況にある地上波での放送であり、深夜なら何をやっても良いというのは、放送全体に児童青少年への配慮を求めた放送基準理解していない。

それぞれの業界が自ら定めているルールに基づいた18禁ゲームアダルトビデオ映像をそのままテレビで流すことは、そのルール無視することであり、明らかに許されるべきではない。

青少年への影響というレベルを超えて、放送全体の品位を下げている。このような番組公権力の介入の糸口になり、表現の自由侵害されるきっかけにもなりかねない。

委員会としてはサンテレビに対し、視聴者意見および各委員意見記載したうえで次に掲げる事項について回答を求め、その回答を受けて次回委員会で再度審議することとした。

新宿メトロプロムナードデレステジャック最終日の件。

メトロプロムナードデレステジャック 最終日の件

新宿メトロプロムナードにて実施されていたデレステ広告ジャック企画にて、「最終日の最後に流されたMVコールが入ったり、終了後に『アイマス最高!』をやっている人がいた」としてTwitter話題になり、批判ツイートも相当な数になった。

それ自体は当然の流れだと理解できるが、いろいろ見ていると中には「拍手迷惑行為だ」「MVが終わるごとにスタッフ拍手を促しているのを見て冷や冷やしてた」という意見散見された。正直言うと、私にはその「拍手迷惑行為」というのが理解できなかった。もう少し正確に言うと、拍手言及して良識派を気取ってる人々の考え方が理解できなかった。

そこでこうして私見を書き殴っている次第である


スタッフがOKとするなら原則OKでは?

まず言いたいのは「スタッフがOKとしているのであれば、それは許可された行為なのでは?」ということである

先程も述べたが、MVで1曲終わる度に拍手をするのはスタッフから促された行為である。つまりイベント運営側としては拍手は「問題ない行為」と認知されていることになる。その運営側から容認されている行為批判するのは的外れなのでは?というのが、私の意見である

そういうことを言うと「スタッフだって間違うこともある。下手な運営だって有り得る」と言われるのが目に見えているが、今回に限って言えばそれは無いと私は思っている。と言うのも、今回のイベントに関しては運営側スタッフ)は「イベント関係ない一般の方に可能な限り迷惑をかけない」という一点に関しては物凄く気を配っているからだ。

実際に現地に行った人ならばわかると思うが、今回の現地では、展示物の前以外の場所で少しでも立ち止まると、即座にスタッフから移動するように注意されていた。特に両サイドの柱の間、中央の通行スペースは、一瞬でも立ち止まるとすぐにスタッフが飛んできた。また、展示物の周辺でも柱の内側をほんの少しでもはみ出すとすぐに注意された。一般の通行人邪魔になることを極力回避しようとしているのが伺える。

また、展示物と反対側の壁、常設の店舗が並んでいる辺りの間にちょっとしたスペースがあり、初日・2日目ぐらいの頃にはたくさんのイベント参加者がそこで休憩していた。ところが最後の方になると、そのスペースはいつの間にかロープが張られ封鎖されていた。恐らくそのスペースの両側の店舗から苦情が入って対応したのだと思われる。

今挙げたのはほんの一例だが、このように今回の運営は相当気を配っているというのがわかる。話を戻して拍手についてだが、もしそれが最初に一部のスタッフ勘違いして始めたのであれば、そのスタッフは注意されて随時修正されるはずだ。それが為されず最終日の最後までずっと続いたということは、運営拍手問題ないと判断していると思って間違いない。先述の通りここまで神経質になっている運営判断であれば、それに従えば迷惑行為にはならないと私は考えている。


今更すぎない?

MV終わりに拍手をしていたのは、初日からずっと繰り返されてきたことである。それを6日目までは何も言及してなかったのに、最終日になって急に槍玉に上げ始めた人が本当に多い。あたかも「今まで言ってなかったけど、実は自分もそう思っていた」とでも言わんばかりである

ずっと思っていたのなら最初からそう言えばいい。何なら、現場スタッフに直接言えばいい。それをせずに最後だけ周りの空気に便乗して好き勝手言うのは、いささか無責任ではなかろうか。もっと 有り体に言えば、「本当に自分で考えてそう思ってる?周りがそう言うから合わせただけじゃないの?」という印象を受けた。

付け加えるなら、オープンスペースでのイベントで言うなら、デレマス2周年記念イベント新宿アルタ前で行われた時のことを思い出して欲しい。あの時はミニライブがあったとはいえ、ライトも振るしコールも全力という有様だった。当然一般人がすぐ傍を通るし、新宿駅ホームまでコールが聞こえたという報告もある。だが、それをネタにして笑う空気はあったが、真面目に批判する人がどれだけいただろうか?

アレをネタで済ませる人と同一人物が、たかだか拍手程度を批判している。この状況に違和感しか無い。


それでも批判する人は何を根拠にしているのか?

上記のような状況を踏まえてなお、拍手問題視する人たちは、一体何を根拠にしてその判断をしているのか、私にはわからない。これだけ神経質になり、また場所提供しているメトロからの苦情情報等も直接聞ける運営と、そういった批判する人々の素人判断と、どっちが信用に足るかという話である

公共の場で騒いではいけない」というのは一般常識であり、それ自体否定する気は毛頭ない。だが、あの場は果たして拍手を封じた程度でどうにかなるような場なのだろうか?

そもそもあの場は、過去実施された広告企画とは根本的に違う。MV音楽は流すし、ぷちデレラのムービーでもBGMが流れているし、時折ぴにゃこら太も鳴く。アクリルパネル展示のエリア音楽が流れてる。

そんな中で拍手だけを禁止した所で、一般の通行人の印象が変わるだろうか?ハッキリ言ってしまえば、拍手があろうが無かろうが「五月蝿い、邪魔」という印象は変わらないだろう。拍手が無くても音楽ガンガン鳴っているのだから

無論、「音楽があるのだから」と言っても、騒音を倍増するような行為はしてはいけない。コールがそれに該当する。だが、スタンディングオベーション拍手喝采という程の物ではなく、音量としても音楽と大差ない程度のささやか拍手まで禁止して、騒がしさが変わるだろうか?要するに「運営が想定している騒音レベルを超えるか否か」という話であり、あの程度の拍手はそれを超えないというだけのことである

以上を踏まえた上で「公共の場で騒いではいけない」という一点のみを強調して拍手批判する人たちは、今回の特殊な状況を考慮に加えず杓子定規判断しているとしか思えない。敢えて大袈裟な言い方をすれば、一種思考停止である

それでも拍手を批難できる理由があるのであれば、是非教えて欲しい。


私も詳しくないので余談ですが

ミリオン3rdライブの際に一部の広告撤去された件を引き合いに出して「あれを繰り返すのか」という話も見受けられたが、私の知る限りではエスカレーター逆走等が原因だったはずなので、今回と同列で語る話題とは少しズレる気がする。


拍手批判している人たちは、本当に「自分一般人迷惑をかけてない」と断言できるか?

見出しの通りである

2日目の「柱に蹴りを入れた」という件や、最終日の「アイマス最高」の件等、明らかに逸脱した行為批判するのは理解できるが、ここまで述べた通り拍手のような大事でもないことを手放しに批判できるほど、自分に傷が無いと、やましいことが一切無いと断言できるだろうか?

話題コール拍手等の「音声」の問題にばかり傾倒しているが、迷惑行為と呼ぼれる物はそれだけに限らない。先程の蹴りの件はその際たる例だ。

柱の話になったのでそちらで例を挙げると、百歩譲って柱のアイドル写真を撮る行為はまだわからなくもない(それでも一般の通行人から見たら奇異に見えるだろう)が、柱に抱きついたりしてるのが果たして一般人に良い印象を与えていると言えるだろうか?Twitterでは柱に眼鏡をあてがった写真メジャーで高さを測った写真が随分とRTされたようだが、それらの行為一般人理解を得られると胸を張って言えるだろうか?

ここで言いたいのは「そう言う貴方達も叩かれて然るべき事由がある」ということではない。

批判する前に一度よく考えてから発言しよう」ということである

深く考えずに短絡的に叩いていたら、思いもよらない反撃を受けても文句は言えない。そうならない為に、発言内容には常に気を配る必要がある。

よーーーく熟考した上で、それでも批判せずにはいられない時だけ、叩き返されるリスク認識した上で叩くべきである。人を呪わば穴二つ。アニメコードギアス」のルルーシュ言葉を借りるなら「撃っていいのは、撃たれる覚悟のある奴だけだ」ということである

念の為に繰り返す。「叩くな」と言っているのではない、「よく考えろ」と言っているのだ。


おわりに

私が今回こんな長文を書いているのは、今回の件をTwitter上で批判している人たちが、上記のような特殊な状況について考察すること無く、実際の状況についてきちんと情報確認もせず、ただ断片的な話だけを元に脊髄反射の如く闇雲に、盲目的に拍手をした人や拍手を促す運営批判する姿勢があまりにも無責任で、それで良識派を気取っているのがあまりにも目に付いたかである

私は「アイマス最高」はやらなかったが、あの場には確かにいた。だからと言って、あの「アイマス最高」を擁護するつもりは欠片ほども無い。

ただ、それと一緒くたに他のことまで叩かれている状況が我慢ならなかったのである

何も考えていないくせに「自分はちゃんとしている良識派です」みたいな態度なのが我慢ならないのである

最後に。

イベント終了時、閉まりかけたシャッターの向こうでスタッフが「ありがとうございました!」と深々と頭を下げた。

その行為拍手以外で、かつ批判派の言う「迷惑行為」に当たらない範囲で応える方法が、私には思いつかない。

拍手が駄目なら、そのスタッフ謝意に対して、何もせず無視を決め込むのが正解だとでも言うのだろうか?

Tehuくんがデザイナーなどのクリエイティブ職業に向いていないわけ

(私は寝ても覚めてもTehuくんのことばかり考えている。これはもしかして・・・

http://anond.hatelabo.jp/20160919100234 で、Tehuくんに医学部受験しろ、と書いた。

今回はどうしてTehuくんがデザイナーなどのクリエイティブ職業に向いていないかを書く。

デザインにしてもプログラムにしても、極論すれば人を思い通りに動かすためのものだ。

素敵だなぁ、綺麗だなぁ、怖いなぁ、便利だなぁ・・ 突き詰めれば単純なことだ。

Tehuくんは今まで様々なメディア情報を発信してきて、多くの人を不快にしてすさまじいヘイトを集めてきた。

もし、これが意図したものであったならば大したものだ。デザイナーとしても大成功するだろう。

でも、違うだろう?

本当はTehuくんは天才として一目おかれ、みんなにちやほやされて女の子モテモテになりたくて、そういう自分演出するために情報を発信してきたんだろう?

0点です。

Tehuくんは人の心がわからない。自分言動他人にどういう影響を与えるかがまったくわかっていない。

から珍妙自動販売機デザインを恥ずかしげもなく公開できるし、読み手のことを全く考えていない現代ビジネスリニューアルができるのです。

Tehuくんがこのままプログラマー能力を磨いたとしても、未来仕様どおりのプログラムを書くだけの誰にでも置き換えられる低賃金コーダーになります。断言できます

でも、クリエイティブ能力他人感情を推し量る能力って、必ずしも必要ですか?

灘中、灘高での勉強のように、必ず答えがあって、勉強すれば必ず達成できるものを極めてもいいんじゃないですか?

人間には適材適所というものがあります

革新的なことは他の人に任せて、Tehuくんは誰かが作ったものを使って人の役にたったらいいんじゃないですか?

私はTehuくんが心の底までクズダメ人間だとは思っていません。

せっかく人の役に立てる能力があるのに、無責任大人たちに人生を狂わされただけなのかもしれません。

得意な勉強を生かして、人のために役に立てる仕事をし、結果としてその姿勢に惹かれた女性に愛されて欲しいと思っています

自分を捨ててまで人々に奉仕できる人間になれば、例え意図的に人の心を操れなくても、Tehuくん自身生き方が人を惹きつけるようになるのです。

から慶応SFCに復学して、本来であれば後輩たちである若い子たちに混じって体育をしたりするのは苦痛でしょう。

でも、医学部に入りなおせば、数年の遅れなど些細なことです。

勉強してください。

鼻くそのようなアプリを作っただけなのにマスコミに大きく取り上げられて大人たちから天才扱いされて、人生なんてチョロいと思ってしまたかもしれません。

でも、そんな幸運は何度も来ないし、本当に人の役に立つことはできません。

勉強してください。

立派なお医者さんになって、苦しんでいる人たちを救ってください。

特に精神科医として成功されることを願っています

Tehuくんの失敗談、そしてそれを乗り越えた姿は、同じ発達障害人格障害に悩む人たちに大きな希望となることでしょう。

2016-09-19

久々に映画を見て泣いた話

結構前になるんだけど、マイケルムーア監督の「世界侵略のススメ」って映画を見た。

元々この監督は好きだったし、今回もアメリカンブラックジョークで笑かしてもらおう、みたいな軽い気持ちで観に行ったのね。

で、予想通りアメリカンジョークで笑ってたら、段々笑えなくなって来て、最後には結構泣いちゃってた。

映画自体が良かったのももちろんあるんだけど、映画の中で描かれてるアメリカ日本と同じなんだよね。

今までこの監督が作った映画ボウリング・フォー・コロンバイン華氏911シッコと言った映画は海の向こうのアメリカが抱える深刻な問題を扱ってた。(銃規制の話や、国民皆保険制度が無く貧困層医療恩恵を得られないと言った話)

それが今回は労働教育人間尊厳と言った問題がメインで、よくよく聞いてるとそういう話題アメリカの現状は日本と変わらないんだよね。

なので海の向こうの話かと思ってたら、突然話が身近で現実的な話になっちゃった他人事では聞いていられない。

アメリカ長時間労働低賃金休みも少ない。休みが多いと言われるフランスイタリアはどう?

アメリカ詰め込み教育学歴社会学力世界一フィンランドはどう?

アメリカ前科者は人間扱いされず。まともな職も得られない。死刑制度廃止したポルトガルはどうしてる?

もちろん良いことばかりじゃないし、不況だらけで経済は行き詰まってるけど、欧州の人は「やりたくないことはやらずに、人間らしく生きていこう」としてるんだよね。

社会で生きていくためには嫌なことでもやっていかなくちゃいけない。それができなくなったら人間失格だ。

そんなことはない、と思いながらも心のそこではそう思ってた自分に気づいて、そして大変ながらも人間らしく生きていこうとする欧州人達のその姿勢に涙が止まらなかった。

こんな日記を書きながら、休日なのに明日提出の資料がまだ半分残ってるのでこれから頑張る。

映画 君はゴジラの聲

みんなが盛り上がっていたので、ファインディングドリー以来、久しぶりに劇場に足を運んだ。以下ネタバレ含む感想

君の名は。

良いところ

・くっついた

新海誠は、恋愛映画最後に二人をくっつけた方がいいとようやく気づいたらしい。

・人以外の絵が綺麗

彗星とか。ご神体盆地の外縁から景色みたいな壮大な絵を無理矢理シナリオに盛り込むのも良い。

悪いところ

・隣の席のカップルおっさんの方

上映開始前に下らない話を大声でひたすらに続けてくれたお陰でテンション最悪。おっさん本人は片割れに対するひょうきんな俺アピールのつもりだったのかもしれないが、あれは公害以外の何物でもなかったし、おっさんじゃない方保護者としておっさんを即刻つまみ出すべきだった。上映中もうるせーし何だったんだあの豚。

・手の動き

金麦の生まれ変わりが板書してるところ超キモい

主題歌

前前前世がどこで流れてたのかわからなかった。寝てないのに不思議

シン・ゴジラ

良いところ

行政機関の内部描写

実態に即しているか不明だがリアリティを感じた。各人物無能有能度合いも極端でなく、戯画化の度合いがちょうど良い。このパートあんまりにも面白かったので、特別事件が起きない架空内閣の成立から解散までをだらだらやってくれるだけの映画を見たい。誰か撮って欲しい、もしくは既存作品を教えて欲しい。

自分東京在住

各シーンを地理的に把握することが容易で、感情移入も楽だった。蒲田が吹っ飛んだ時は、蒲田在住の姉に心の中で感謝した。

ゴジラが怖い

今までに見たのはビオランテ~デストロイアまでの作品だけで、その実内容を殆ど覚えていない。ただゴジラを怖いと思ったことは1度もなかったし、戦隊のロボ戦と区別していなかったと思う。翻って今回、ゴジラが動き、道路家屋が吹き飛ばされ、都心が赤く染まる光景は心底恐ろしかった。多分それまでの過程作品リアリティレベルを上げるよう苦心した結果だと思うんだけど、これが本当に新鮮で驚いたところ。ジュウオウジャーも週一くらいのペースで大惨事が起きてるんだけど、あれはリアリティを低く保ってるからストレスにならないんだなと改めて気づいた。

悪いところ

石原さとみ

石原さとみ別に悪くない。通勤中東メトロ看板で顔を見かける度にストレスが和らぐし、総監督もそういう狙いがあったんだと思う。

聲の形

良いところ

OP

冒頭は石田カレンダーカウントダウンを始める下りから。その後は軽快な音楽にのせて石田島田島田じゃないやつの関係性をモンタージュ表現しながら右から左ジャンプしてる例の構図でタイトル。最高。

・永束

一番最初に×が剥がれる人物。登場時点で石田に十分感情移入していたため、終始好感の持てるキャラ。永束も石田によって救われているはずなんだけどそれをあまり意識させない。いわゆる天使

・結絃

みんな誉めてるけど気にせず誉める。完璧仕事をした。君の名は。ではどうでもいい仕事をしていたけど差し引きでも大幅にプラス

・取捨選択

この映画石田主人公で自他との関わりがテーマになっている。元々原作者恋愛ジャンル標榜していないが、映画さらにその手の描写オミットしている。例えば植野石田に対する感情原作と変わりないのだが露骨表現をほぼ削り落としている。寝込みも襲わない。それはラストの違いにも象徴されるように石田西宮間でも同様であり、結果として上手くテーマフォーカスすることに成功していると思う。恋愛コミュニケーションの一形態ではあるけれど、一形態しか過ぎないので。石田西宮の行動についても、原作では読者が意図解釈しづらかった部分がスムーズに把握できるつくりになっている。シナリオ各所でなるべく台詞での説明を廃して絵と音で観客に理解させようという姿勢が見てとれて、全7巻の原作を2時間に落とし込む上での問題を上手く解消している。キャラの細かい仕草に気を使って意味を持たせているので何周しても損はしないタイプ映画川井描写が減った結果存在が若干マイルドになり、西宮への叱咤を観客が受け入れやすくなった。植野も同様。真柴は少しかわいそうだが本領を発揮されても困る。原作自体が優れた作品だったが、それを2時間映像作品として昇華した結果一回りも二回りも質が上がった。意義のある映画化だったと思う。

悪いところ

・鯉

パンを食べさせ過ぎて怒られそう。

なぜ手書きにこだわる?

自分不器用なせいかグラフ手書きが致命的に遅かったので、2年前期の実験危機感を感じた自分は2年の夏休み中にpythonを覚え、今まで苦労していたグラフプロットなどをパソコン上で全部自動化しようと考えた。日本語情報が少ないため(あっても多少古かったりすることが多かった)、情報をかき集めるのに相当苦労したが、夏休みが終わるころにはjupyter notebook(名前通りノートブックのような実行環境セルごとにコードを実行するという形をとっている)上で統計処理をしたりそのデータを基にグラフプロットするのはある程度できるようになっていた。

早速2年後期の実験pythonを試してみたが、その威力は凄まじく、今まで時間のかかっていた作業が劇的に効率化した。pythonモジュールであるpandas,numpyを使えばデータ列を文字式のように扱えるので(例えば実験データをdataとして、そのデータをすべてcos関数に代入したかったらnumpy.cos(data)と書けばよい、Excelと似たようなものだがこちらは変数として扱っているので使いまわしが容易である)、Excelでちまちま関数セル入力して列全体に引き伸ばすという操作もしなくていい。グラフコマンドで出力するので当然だが今まで苦労していた手書きプロット作業はなくなった。GUIありきのExcelと違ってコードひとつグラフの罫線の調整などもかなり簡単にできる。高級言語だけあってコードは組みやすく、実験中に即興プログラムを組むことも割りとできる。しかコードさえ組んでしまえばあとは実行するだけで計算グラフの描画を一気にやってくれるので、実験結果確認が極めて素早く行えるようになった。しかもjupyter notebookはmarkdown形式文章を埋め込めてメモ書きも残せるし、mathjaxに対応しているのでlatex形式の数式も途中に挟むことが出来る。最高の環境だと思った。しかし良いことばかりではなかった。

パソコンで全部やろうとする自分を見た一部のTAはなぜか自分グラフ手書きしろ要求してきた。自分反論した。「グラフならパソコンですでに出力できているのになぜわざわざ手書きにする必要があるのか?」これに対するTAの答えはだいたい「平等性を保つため」、「他のみんなは手書きでやっている」、「理解を深めるため」、「他学科手書き必須から」というような感じである自分にとっては、これらすべてが理解できなかった。そもそも手書きにすることによって実験に対する理解がどう深まるというのか?自分はむしろ手書きを徹底的に排除することによって、煩雑作業をする時間を考える時間に充てた。そのおかげで実験に対する理解は以前と比べ物にならないくらいに深まった。手書きじゃなければ理解が深まらない理由はない。そもそもパソコンのほうが厳密にコードを組まなければならない分だけ理解力要求されるはずである。「理解を深めるため」といっている本人だって結局その言葉意味もわからず言っているにすぎない。

平等性」に関しては全く別のTAから複数回言われた。「パソコンを使って効率化しようとするのはずるい」と言いたいのか、このTAは?pythonだって1ヶ月間死に物狂いで情報をかき集めて覚えたのに、それのどこがずるいというのだろう。平等性を掲げて効率化を否定し、全員に同じ作業強要させ、「成績」をちらつかせて脅すのはずるくないのか?みんな一緒に抑圧されましょうということか?これを言われたときに感じた何とも言えない吐き気のようなものは今でもうっすらとだが覚えている。正直なところ、プログラミングが出来るというだけでむしろ褒められると思ったのだ。パソコンが使いこなせるほうが印象はいいに決まってると思っていたのも、結局は自分勘違いだった。

pythonを使い始めてからの2年後期、3年前期を通して4,5回ぐらいTA(全員別の人)に「手書きしろ」と言われたが、言われるたびに反論するのもいい加減に疲れてきた。なぜ手書きにする必要があるのか、自分は聞かれるたびにこう聞き返した。まともな答えを返したTAは一人もいなかった。大学先生担当する実験PCは駄目なんて言われたことは一度もなかったし、どうもTA勝手に「手書きしろ」と言っているだけらしい。「他学科パソコン禁止から」とかいう非論理的ルール鵜呑みにしてそれを適用しようとする姿勢にも無性に腹が立った。

TAがいうには手書きコピペ防止の意味もあるらしい。本当に手書きにしたらコピペが減るのか?パソコンにしたらコピペが増えるというが、それは果たして本当に「増えた」のだろうか?確かにコピペするのは手書きと違って簡単だが、コピペするやつは手書きだろうがパソコンだろうがコピペする。そもそも自分の頭で文章を書く能力がないかコピペするのであって、パソコン制限たかコピペがなくなるという理屈おかしい。そんなにコピペが嫌だったらむしろ最初からコピペをチェックしやす電子データに限ってしまえばいいと思う。パソコン有りにしてコピペが増えたというのは、手書きレポートでは見逃していた分のコピペがばれて、それで数が増えたように見えたという可能性もある。むしろパソコンからこそコピペを見破れるのではないだろうか?

自分は、手書き不正の温床ぐらいに思っている。手書き場合見かけ上はコピペしたことがばれにくいし、グラフもそれっぽく適当に書いても適当プロットしたことはほぼばれないし、そもそもアナログデータ機械検閲にかけにくいためどの程度コピペなのかを判定する労力だって膨大過ぎる(別のTAに話を聞いたところ、採点する側から言わせるとコピペしたこと自体結構分かるものらしい)。手書き強制するということは、すなわち不正ごまかす余地を与えているに過ぎない。本気でコピペをなくそうとするならば、いっそのことすべて電子化してしまったほうがよいとすら思う。

pythonを使い始めてから1年経ち、「手書きにしてください」と言われるたびに反論していったが、元々自己主張の弱い引っ込み思案なタイプのために、自己主張してちゃんと言い返すというのは精神的な負担が大きかった。「パソコンではなぜ駄目なのか」を強く主張するたび、ものすごく疲れがたまってしまい、実験がない日でも「なぜこんな当たり前のことをわざわざ言わなければならないんだろう」と思い返してしまうせいでどんどんやる気を無くしていった。

なぜ大学の一部にはパソコンを使わせたがらない空気があるのだろう。この人たちは、手書きが苦手な自分にとっての最後の砦すら壊すつもりなのだろうか。なぜ手書きにこだわるのだろうか。

2016-09-18

電車が減速中に移動する奴

そこそこ混んでる電車の減速中に、社内中程から扉近くに移動する人いるけど、止めて欲しい。

ただでさえバランス感覚悪くて減速中は姿勢保つことに集中してるのに、避けるために姿勢変えたりあまつさえ押されたりすると危ないんじゃ。

完全に停車してから移動しても全然間に合うだろうが。開くと同時にダッシュしたいなら最初から扉近くにいろよお。

2016-09-17

ぬこウォッチ

https://kabutan.jp/stock/news?code=3935&b=n201609130380

ディア<3935>が6連騰。同社は12日、事前登録を受け付けている新作ゲームアプリ蒼の彼方のフォーリズム―ETERNAL SKY―」について、Android版の配信予定プラットフォームを従来の楽天アプリ市場からGooglePlayに変更すると発表しており、これを好感した買いが入っている。

 楽天アプリ市場が12月12日にサービスを終了することに伴う変更で、iOS版に関しては予定通り。また、リリースなどの詳細に関しては後日発表するとしている。

頭の中で分かってる積りになってる事は、案外ちゃんとわかってない。端的に紙の上に出力してみる事はとても大事だと思う。今回も、「プラットフォーム変更は好感されてるが、本当にそうか?」という疑問を書いておけば、電話一本で悲劇は避けられた。


これ。勿論、長い目で見たら、グーグルプレイで売った方が収益は上がるに決まってる。だけど、目先で考えたら、更に費用が増え売上げは後ろ倒しになる。でも僕自身株価に騙された。取り返せないにしろ楽天とは争う姿勢を見せた方が良いと思う。


まあ、俺はボンクラには投げて欲しいからいちいち反論しないけど、既に上場安値圏まで沈んでる株を、ここから更に売り煽る理由は大抵一つしかない。騙されちゃいけない。まあ中には本気で心配してる良い人もいるかもしれないけど、そういう奴らが相場を分かってるとは俺には思えないな(笑)


今でも俺は、投資を開始した時点での自分分析が間違っていたとは思っていない。間違いだったのは、投資後に出てきたプラットフォーム変更という材料真剣に考えなかった事と、株クラスタで生き残ってる人間レベルを読み誤っていた事だ。そこそこできる奴しか、もう生き残ってないと思っていた。

建玉に利が乗っているからといって、自分分析市場判断が正しいとは限らない。誤ったトレードでも利益が出る事はあるし、その逆もある。プラットフォーム変更を好材料とした僕の判断は(目先的には)間違っていたし、昨日ストップ安まで売り込んだ市場判断も、おそらく間違っているだろう。



結果としては大損したけど、5月のそーせいの決算信用全力で持ち越した事は全く後悔してない。翌日高寄りした時には、ガッツポーズを決めていた。高値更新出来てれば、3万は最低試しただろう。あそこで降りろとかいう奴は1万前後でとっくに降りてるし、そんな奴の言葉は俺的には聞くに値しない。

だけど、あの大陰線で目先の勝負はついてしまったのに、意地を張って持ち続けた事は誤りだったと思っている。これまで何度も奇跡を見せてくれたそーせいなら、もう一度立て直してくれるだろうと信じた。最終的に諦めたのは、ほえさんも述べてた6月13日だ。あの安寄りで反騰可能性が完全に潰えた。

5月に掴んだ人たちが、投げるか現引きせざるを得ない年末が、そーせいの次の勝負所だと思っている。天使さんもそれを見込んで、年内の高値更新予言しているのだろう。東一が決まれ反騰もっといかもしれないが、上場高値を狙うなら先送りのほうがいい。そこで投げる奴がきっといるからだ。

久しぶりのそーせい話終わり。そーせいで貰った相場の金が、また相場でなくなったところで俺は何とも思わない。どっかから種銭引っ張って、また次のそーせいを探すだけだ。骨の髄まで相場を楽しむために、俺は相場を張ってる。無い袖は振れないし、借金返せないからって命までは取られないしね。

自分に酔わないで表現なんかできる訳ねえだろ? 自分が見て詰まんねえもの書いて何が楽しいんだよ(笑)

http://anond.hatelabo.jp/20160825095341

遅くなりましたが。3週間ほどは経過していますが。  

DVD付きの本を買いました。今週の月曜日から、少しずつ始めています

https://www.amazon.co.jp/dp/490542562X

 本格的に始めて4日程度の効果として

 ●今まで半日は寝て過ごしていた。布団もいつでも横になれるように万年床 −> たためなかった布団が、自然とたためるようになりました。

 ●幾分、姿勢も良くなってきたようです。(接骨院鍼灸並みの効果がある感じです)

  

気持ちは、よりクリアになって怒りの感情制御の難しい面もあるのですが、本当に、素直に慈しみの瞑想から始めてみると、なんだか、良いみたいですね。

ありがとうございました。今日も、これからゆっくり右手を上げるところから、やってみます

  

anond:20160916213845

今の上司のその姿勢を貫くのって結構大変なんだぜ。

2016-09-16

http://anond.hatelabo.jp/20160916213845

わかる。

傾聴の姿勢示してくれるのほんと救かる

http://anond.hatelabo.jp/20160916211403

反自民」じゃサイレントマジョリティ絶対動かないのに野党地球滅亡の日までこの姿勢を変えないつもりだよな

anond:20160916105251

さすがはてこさん!

本当に何も理解しないで糞レスつけてつっかかってきますね!

そこにしびれないし憧れない!

他人理解せず自分理解しろ押し付け姿勢がとっても気持ち悪いです!!

中島みゆきファンのマジ度

半端ない

いいのはわからなくもないけど

あそこまで「絶対にいい」みたいのを貫く姿勢が怖い

ヘビメタファンとちがい「いいから聞け」みたいな押し付けはしないけど

ちょっと話題を振ったとき狂信者みたいにべらべらと話しだす感じが怖い

もしくは「素人はこれだから困る」みたいな上から目線

から中島みゆきもいつしか怖くなった

2016-09-15

ボルボ中華でバブリーになってガッカリした

親がずっとボルボに乗ってて、初代V40→V50→現行V40と乗り換えてきたんだけど、この前帰省した時に現行V40に初めて乗った。基本的に私は免許持ってないし、助手席と後部座席しか乗らないのだが、V50とは大違いで、乗りづらくって狭くて座席は固く窓は狭い。暗くなると紫色常夜灯がついてラブホ!!!!ってセンス。乗り心地も固く悪化していた。内装なんか無駄プラスチック金属のように見せる塗装して高級感のつもりなんだろうけど、徹底的にダサい中華かよ!そういえば親会社中国だった!

1世代前のV50乗ったときは感動したんだよ。あらゆる面で乗り心地が良くて、乗るときに歓迎されている感じがあった。そして、後ろの席に乗ってると自然と眠くなってしまう。ところが今のV40はなんだ。着座姿勢がかなり立ち気味になったのもあって、乗ると常に緊張が強いられて、300kmとかの長距離走行するともうクタクタ。後ろの席に乗っていただけなのにだ。

ボルボって安全ってイメージがあって、V50はそこに快適さから来る安心があった。安全安心で長い距離にも快適に乗っていける。それがボルボだった。ところが今のボルボスタイリッシュキラキラ、ピカピカにしていてもはや男性器が屹立しているかのよう。北欧の落ち着きをどこにやったって感じ。そんなものはガラの悪いBMWにでも任せけって言いたい。売れてるからこの路線継続するんだろうなー、はぁ、マジガッカリ

なお、親曰く車のサイズが小さくなったこともあり、運転は数段しやすくなったそうだが、1時間程度でお尻が痛くなって休憩を取る必要があるって言ってた。