「のし」を含む日記 RSS

はてなキーワード: のしとは

2017-01-19

気乗りのしないデート

まったく気が乗らない相手デートするという謎行為を年一回くらいの頻度でなぜかやってしまうんだけど、

それはそれはまったく気が乗らないから直前まで行きたぁぁくないぃぃぃぃよぉぉぉぉぉぉってなる。

で、今なっている。そもそもなぜ気が乗らない相手を誘うのかって話ではある。根は深い。

[]

闇の公子を読んだ。愛と憎しみが織りなす、絢爛たる勧善懲悪物語だった。出てくる人物美男美女オンパレードだったかちょっとお腹いっぱい。

大別して三章からなる今作。それぞれの章なり部で主要な登場人物は移り変わっていくんだけど、物語全体を通しての主人公はやっぱり闇の公子たるアズュラーンなんだと思う。

地底の都を統べる妖魔の王たる人物なんだけど、少々いたずらが過ぎる。たびたび地上に出てきては国を傾けたり、呪物を差し向けて混乱を引き起こしたりして、大勢の人の生を翻弄結果的殺戮して回ってる。

神にも等しい力を有しているのに、夢から地底に迷い込んできた魂を相手に狩りを行ったり、とある人間女性を誘惑しようとして三回失敗した挙句彼女と夫と子供たちをしつこく呪ったりする。

やんごとなき御方なんだけど、しょうもないところが多い人物でもあると思った。

でも天上の神々と比べたり、とある吟遊詩人予言じみた唄を聞いて不安垣間見せたり、なんか格好つけた自己犠牲世界を救っちゃったりするのを見せつけられると、憎めなくなる。

小説最後なんか、アズュラーンの復活により束の間の平穏享受していた世界に再び嵐が生じる兆しが描かれてるんだけど、行間からにおい立つ何とも言えない爽やかさのせいで読んでてニヤニヤしてしまった。

カジールとフェラジンの恋路を邪魔したり、ビネス一家に辛苦を味合わせたりした場面では眉間にしわが寄ってしまったけど、自らが蒔いた悪事の種が芽吹いたせいで愛する世界が壊れそうになった時に見せた姿とか、滑稽すぎて愛着が湧いてきてしまった。

本当にしょうもない人だと思う。とんでもない御仁なんだけど。

公子以外にも素敵な登場人物はたくさんいて、先にも挙げたカジールとフェラジンのその後とかほのぼのしていそうでほっこりする。シザエルとドリザエルの二人も、魂の平穏を得たことで幸せに暮せたんだろうなあと思いたい。

つの章の構成について。どれも悪が負ける物語になっているんだけど、アズュラーンの視点から見ると、第一章では自分自身主体になった悪が負けていた。

第二章では自らが蒔いた悪がどのように人々の間を渡り歩くかを描いていて、第三章では自分面白おかしくまき散らしてまわった悪によって手を噛まれるっていう展開が描かれていたように思う。

それぞれ悪の捉え方や切り取り方が違っていて面白かった。アズュラーンの狡猾さや執念深さ、冷酷さを際立たせるとともに、彼に立ち向かう人々の輝きをうまく描いていた。

人々の生き様に関してだと特に二章が印象的だった。魔性女王ゾラヤスは、最後に結局悪として敗れてしまうのだけれど、彼女の憎しみや悲しみ自体には理解できるところがあるのがほろ苦かった。

彼女が死に負けるまで、ありとあらゆるものに勝ち続けなければならない人生を歩く羽目になってしまったのは、はたして運命だったのかどうか。

優しさがうまく機能しなかったり、色んなことのタイミングが悪かったりした十代のころ、彼女のもとにアズュラーンは現れなかったことを考えるとなんかいろいろ胸に迫る。

文章としては重厚かつ絢爛で耽美文章がずしんと腹にくる小説でした。性愛に関する大らかな受容性と、こってりした文章に慣れることができればがんがん読み進められる物語だと思う。

ただ、たて続けに二冊はつらいかなあ。死の王はまた今度にしようと思う。

2017-01-18

プログラミングって「得体がしれない」よな

プログラミングって、これから始めてみようっていうとき、なんだか「得体のしれない行為」っていう感覚がありませんか?


ぼく自身は、プログラムを書いてる側の人間で、いまでこそ少しはプログラミング本質的な難しさをわかってる気になってます。でもつい数年前までは、プログラミングは難しくはないけど得体がわからない、という感じでした。

そのへんのコードを組み合わせて動くものはできるけど、何がどうなっているのかは知らんし、ググって分からないものはできない、という方向で、「プログラミングは難しい」と思ってました。


最近になって、プログラミング義務教育必修化の話題とか、コピペプログラマー話題とかを目にするたびに、かつて自分プログラミングに対して抱いていた「得体のしれない行為」という感覚が思い出されてしまい、少しざわざわした気持ちになったので、ちょっとここに書きなぐらせてください。


だいたいが個人的な話なので、そういうのがうっとうしい人は無視してください。


ぼくが世の中にパソコンという道具があることを知ったのは、たぶん中学生ときです。30年くらい前。当時、電気屋の売り場ではけっこうな床面積を使ってワープロ文章入力する専用マシン)が陳列されてました。文章を書くのは好きだったけど、字を書くのが死ぬほどめんどくさかった自分は、ワープロさえあれば自分小説とか書くのになあと思いながら指をくわえて電気屋の店内をうろうろしてました。しかし、ファミコンすら買ってもらえなかった家計ではワープロなんぞ買ってもらえるわけもありません。そのうち巡回してた電気からワープロが消え、それに代わってパソコンのコーナーが広がっていきました。このパソコンというのは、よくわからないけどワープロとして使えるっぽいし、どうやらファミコンを持っていない僕にもゲームができるらしい、おれに必要なのはこれだ、というわけで、中学生だった自分パソコンという存在に興味を抱くようになったのでした。


はいえ、だからといってパソコンを買ってもらえるような家計ではなかったわけなので、カタログを熱心に眺めるだけの毎日が続きました。その当時の自分にとって、パソコンが欲しいといったら、それはNECを買うかエプソンを買うかという選択でした。冨士通からパソコンが出ていることは知りませんでした。マッキントッシュっていうやつもあって、このPerformaっていうやつはなぜか安いとか、よくわからないけどシャープとかソニー独自パソコンを作っているぞとか、そういう情報パソコンに対する認識のすべてでした。当時の自分にとってのパソコンは、電気メーカーから発売されている商品一種であり、ラジカセとかテレビと同列の存在でした。


なんでこんな話がプログラミングにつながるかというと、ひょっとして自分プログラミングにずっと感じていた「得体のしれなさ」の源泉の一つは、こんなふうにパソコン電化製品として見ていた当時の感覚の延長だったのかもなあと思ってるからです。


ラジカセなら、CDだのテープだのを入れて再生タンを押せば、そのハードウェア機能物理的に体感できます。それに対してパソコンは、プログラミングちょっとやってみても、その行為と、そのハードウェアとが、感覚的に結びつきません。もちろん、プログラミングというのは、物理的なデバイスに結びつけて考えなければできない行為ではありません。しかし、パソコンを「カタログ商品」として見るところから入ってるばかりに、そこでやるプログラミングという行為ハードウェアとの結びつきが見えにくい状態に、なんとなく居心地の悪さを感じていたように思うのです。


もし自分スタート地点が、パソコンを使って文筆やゲームをするところだったら、パソコンは文筆やゲームのための箱だったでしょう。その後でプログラミングを始めていたなら、プログラミングという行為を、文筆やゲームに関連した創造的な活動として学べたかもしれません。


ところが実際には、自分はつい数年前まで、パソコンという電化製品に対する漠然とした行為としてプログラミングを捉えてた気がします。


プログラミングを始めたのは、高校生になって誰も使わないFM77が部室に置いてあったので立ち上げてみたらF-BASICインタプリタが起動したからでした。とくに何をプログラミングすればいいかもわからなかったので、教科書雑誌コードを転記したり、ループで線画を書いたりして遊んでいました。大学に入ってからも、授業でFORTRANとかLispをやらされたけど、基本的自分目的をもってプログラミングするのは数値計算くらいのものでした。そのころになると、本で情報を探して(まだインターネット検索は使い物にならなかった)適当コードをつなぎ合わせるのがプログラミングだと思ってました。そんなん面白くないなあ、とも思ってました。


この感覚、完全に、いま揶揄されているコピペプログラマーのそれだったと思いますちょっと話はそれますが、ブロック遊びとか砂場遊びって、ほとんどの人はわりとコピペプログラミングと似たような感覚でやってるんじゃないでしょうか。パーツを勘で組み合わせたり、とにかく砂を盛っていったりすれば、家みたいなのができるよね、という感覚プログラミングは、自分にとってそれに近い作業でした。学生のころは、内心、自分にもパソコンサンプルコードさえあれば何かすごいものを作れるかもなあ、くらいに思っていたふしもあります


自分バカでした。パソコンがあるとかないとか、関係ないのです。パソコンさえあれば、なんて思う者に、本当のプログラミングがわかるはずがありません。


そんなこんなで、自分はまともにプログラミング経験しないまま社会人になったわけですが、幸いにもプログラミングに対するこの感覚は、仕事パソコンを日々使うようになってから徐々に変わっていきました。

具体的には、パソコンが、自分の中で「カタログ商品から武器」へと変わりました。それと同時に、プログラミングという行為が、武器開発という位置づけになりました。

武器というのは言い過ぎだとしても、ちょっとしたプログラミングは確かに業務上課題を打開しました。それなりに計算機科学教科書を読んで勉強をしたこともあって、いつのまにかプログラミングに対する「得体のしれなさ」も解消してました。


結局のところ、自分にとっては、プログラミングという行為の「得体のしれなさ」から解放されるまでにずいぶん長い時間必要だったことになります自分がそうだったからといって他人もそうだとは限らないですが、たとえば小学校で形だけプログラミングを教わっても、分かるとかわからないとか、好きとか嫌いとか以前に、なんかモヤモヤした気持ちになるだけの子もも少なくないんだろうなあ。それは不憫だなあ。


かといって、自分がいまプログラミングで少しは戦えてるのは、そのむかしパソコンに憧れがあって、得体がしれないなりにプログラミングをする機会が若いときたまたまあったからでもあるので、そういう機会になるなら小学校で形だけでも教えるほうがいいのかなあとも思います


オチがないので、このへんで。

うさぎを食べる

うさぎを食べこたことがある日本人はきっとフレンチ好きだろう。

叔父死ぬ前にそう語っていたことがある。



「あれはなかなか美味しいんだと」これが叔父からわたし最後の言葉だった。

秋田に住む叔父と、京都に住むわたし

しばらく疎遠になっているうちに、叔父は胆道癌であっけなく亡くなってしまった。



しかし、この叔父のことばが頭の片隅にひっかかっているようで、

和食を愛するわたし叔父の死後3年がたっても、まだうさぎを食べたことを時々思い出した。



そして今、目の前に生きたうさぎがいる。

わたし毎日世話しているうさぎだ。



はいえ、ペットうさぎではない。

実験動物として、実験動物から搬入されてきた白ウサギだ。

なんでも、ペットショップのものと異なり、

清潔な環境で育てられ、感染症の疑いも少ないという。



わたし大学免疫関係の基礎研究に携わり

おおくのうさぎやマウス(含ノックアウトマウス)も利用してきた。

年末年始いきものがかりとして餌をあげに大学へ通った。



うさぎのしめかたはいろいろあるが、わたし注射器を多用した。

空気動脈におくりこむのだ。



うさぎ比較的おとなしい生き物だが、注射器空気をおくると

苦しいのか、目をつぶって、きゅーっとだけなく。



からうさぎがないたら、供養のために食べてみようと思う。

叔父の供養にもなるだろう。

http://anond.hatelabo.jp/20170118123526

お前自分のしゃべりたいことだけをしゃべってるだけで会話のキャッチボールもできないなら

増田じゃなくて本当に紙に日記でも書いてろ

なんか足の指のしもやけのかゆさって性的快感がある気がする

というか昔から足の裏をこしょぐられるのが好きな変態だった名残か

[]イース8 プレイ日記2

山頂でボス倒した後、いったん村にもどったら

・レーヤのピッカード探し

リコッタのししょー特訓

憲兵の装備品テスト

シスター護衛

クエスト発生してたから、装備品テスト以外こなした

備品テスト古代種を2頭も倒さないといけないから今は無理だからあきらめた

その後山を降りて街がみえるところまでいった

途中でリコッタかわいい恐竜おっかけて一時的に抜けて困ったけどすぐ復帰したからよかった

道が途切れてるってところで結晶共鳴して過去に飛んだ

ダーナが苗木植えたのがアドル時代になってでっかい枝になって道になってた

崖がいつのまにか渡れるようになってたのはそういう描写なくなかったか?と思ったけど、

よく考えたら最初儀式で植えた苗木があんだけでかくなってたってことだったんだな

タイムパラドックス的にはよくわからんことになってるけどまあつっこむまい

はじめてダーナ側からもアドル意識した言葉が出てきて、よーやくか、と思った

遺跡に着いてからは人影をおっかける

なんかFF5の滅びの町ゴーンでタイクーン王を追いかけたときのこと思い出した

途中でリコッタ意味ありげな無言になってたから、これがくだんの父上、なのかな

なんか見た目は憲兵に似てるけど

でもそこらへんで眠くなってきた(3時半)のでセーブしてやめた

クイナのぱんつがたぶんスクリーンショットとれた・・・と思う

丘の上のほうでりこった、運びやとかくれんぼする話をしてるところでカメラいじって斜め左したからみるようにするとちらっと見えてる気がする・・・

日記みたいなブログ

なんでみんなブックマークしてんの?ほのぼのしてるから

2017-01-17

私がダンオタになった理由

私はダンオタである

一年前の今日、某テーマパークに行きパレードに出演している男性ダンサーを好きになった。

ダンオタというのはテーマパークダンサー好きな人たちのことで、だいたいどこのテーマパークにもいる。夢の国にも、関西映画の国にも、忍者村にだっている。

流行りの服装で一眼を持ってショーやパレードを待っている女の子がいたら、ほぼダンオタだと思って間違いないだろう。

では、何故どこのテーマパークにもダンサーオタクはいるのか。それは私がのめり込んでしまった起因でもある。

ダンサーは、パレードの主役じゃないからだ。

一般的テーマパークには多くのキャラクターがいて、ショーやパレードの主役はそのキャラクターたちだ。

ミッキーキティちゃんエルモアンパンマンなどなど、テーマパークで行われるショーの主役は彼らであり、彼らを中心に物語が描かれる。

キャラクターだけいればショーは成立するのでは、そう言われればそれまでで、最もその通りなのだが、テーマパークの広大な敷地のすべてにキャラクターを配置することはまず不可能だろう。そして、それが可能だとしても、絵面は寂しくなりそうだ。

そこで、テーマパークダンサーが現れる。主役のキャラクターを引き立て、ショーを盛り上げる。あくまでも、引き立て役であり脇役なのだ

なら、どうしてそんな脇役にオタクがつくのか。

私は元々ゴリゴリジャニオタだった。月に一回は何かしらのコンサート舞台に行き、自担くんの出演舞台は全通もした。チケットいくらかかったかはもう想像できない。大学生の時ですら、年間3桁の額を使っていた。

自分の服や化粧、食費は最低限で、バイトをいくつも掛け持ちしていたし、友達ゼミ飲み会には一切参加しなかった。今思うと、悲しすぎるキャンパスライフである

しかし、それでもよかった。365日のうち300日はどこかで踊っている自担くんが大好きで、彼を見に行けるなら他のことな必要なかった。

どうして自分自担に対し盲目的でいて、そこまで必死に頑張れていたのか理由は分かっていた。

私の自担は、Jrだったからだ。

ジャニーズJrというのは、デビューしている先輩もしくは後輩のバックで踊っているダンサーのことで。Mステなんかで嵐が歌っているとき、やけに背景がうるさいなと思ったことはないだろうか。そういうときバックで踊っているのがJrだ。

Jrでいる間は事務所をいつ辞めるのかは自由で、昨日までいたのに今日はいなくなっているということはザラな世界だ。しかも、いつ辞めるという知らせは一切ないどころか、辞めたかどうかすらはっきりと分からない。

そんな儚い存在ジャニーズJrが目指すものはみな一様にデビューだ。CDデビューをして初めてJr卒業する。それまでは、バックダンサーという立ち位置しかなれない。

そう、コンサートの主役を引き立てる脇役なのだ

長くJrをやってデビューすると、こう言われがちである、「Jrの方がよかった」。せっかくデビューして事務所を辞める心配がなくなって、なおかつCDを買ったりコンサートツアーをやったり、活動する場所はどんどん増えていくのにだ。そして、何より夢にまで見た主役になる。

しかし、広いステージの真ん中でマイクを握る姿より、ステージの片隅で踊っている姿の方が良かったと思えるのだ。

世の中、なんでもそうだと思う。漫画人気投票で主役よりも脇役の方が人気なことは多いし、コンテストで優勝した人よりも審査員特別賞の人の方が売れたりする。真ん中に立ち、スポットライトを浴びることだけが魅力ではないのだ。

ライトが一切当たらない暗がりを見ている人はいて、その暗がりにいる脇役を見つけたときは何とも言えない優越感がある。主役は誰にだって見える、というか見せるためにいる。主役が見えることは当たり前で、見えたときの感動はそう大きくない。

大勢の人が主役を見ている中で、私は脇役を見ている、私だけが脇役の演技を知っている。その感覚が常に私を頑張らせていた。

Jrは夢を持つ、目標を持つ。その誰にも見えない夢を私は応援たかったのだ。

Jr好きな人がみなこんな理由応援しているとは限らない。たまたま私の自担舞台仕事バックダンサーが多かっただけで、バックにつかずテレビに出て活躍しているJrの子もたくさんいるし、そういう子のファンは違う感覚を持ち合わせているはず。

ただ、少なからずこういう感覚もあるということだ。

そして、件のテーマパークダンサーだが、彼らもまるでジャニーズJrのようだなと私は感じた。

テーマパークという枠に囚われ仕事を与えられ、主役になることを夢見ながら脇役として仕事に徹し、いつの日か音もなく目の前から消えていく。

誰かに気づいてもらいたいと思いながら懸命に踊る姿は、見た人の胸にそれは刺さるだろう。

私の場合も、「笑顔かわいい人だなぁ」と思って見ていたら目が合って、手を振ってもらったのが始まりだ。「見つけた」「見つけてくれた」の瞬間である

そんなこんなで、テーマパークダンサーJr担の性癖に見事にジャストミートした。

皆が皆、同じような気持ちダンオタをやっているとは思わない。ダンスが素敵だったから、顔がかっこよかったから、理由は人それぞれだが、ショーの脇役を見て好きになった境遇は同じなはず。

まり脇役脇役いっていると怒られそうなのだが、ダンサーもショーの重要な一部だということは分かっているので悪しからず。

そんな私も盲目的にテーマパークのしきたりを守りながら追い続け、今現在は顔と名前を覚えられているところまでいった。パレード最中に目が合うと「あっ」という顔をされ、今も「見つけた」「見つけてくれた」の関係は続いている。しかし完全にその立場は逆転し、今は私が見つけてもらう側になっている。なんでもそうだが、オタクが優位でいられるのは一番最初、好きになった瞬間だけであるから、これはもう致し方ない宿命だ。

これは私事だが、ダンオタというのはジャニオタに比べれば懐に優しい趣味だが、ダンサーというJrよりも一般人に近い存在オタクをしている性質上、メンタルが抉られる事案が多いなと感じる。距離が近いため、手紙に書いた内容が次の日のパレードに全てダイレクトに反映されるのだ。そのレスポンスの速さたるや、自動返信サービスかと思う。

ファンサされたり、干されたり、機嫌の良い悪いですぐ態度をころっころ変える一般人に振り回される毎日だが、それでも楽しくてやめられずに1年経った。

ちなみに私の自担くんは今もJrだ。デビューはもうできないだろうと言われている。

脇役だろうとなんだろうと、私は好きな子はいだって主役だった。

スポットライトを浴びることを夢見て踊る姿は、誰よりも輝いていたし、この子を好きでいることは自慢だ。

Jrテーマパークダンサーも、儚い存在だけど何よりも強い存在感を放つ。それが人を惹き付ける魅力なんだと思う。

自担くんは今日劇場で踊っている。テーマパークダンサー今日パレードに出演している。

きっと、今日も誰かの主役になりながら。

http://anond.hatelabo.jp/20170117202255

うちも実家からもらう。のし餅切るのめんどくさいよね

けどのし餅持て余す家って今時そんなにあるんだろうか

婚活デジモンアドベンチャー

butterfly と聞いて木村カエラのそれを想起するか、デジモンアドベンチャーのそれを想起するかによって人類はふたつに分かれるだろう。

私は無論、後者である

先日部活OB 会で出会った婚活中の女性 A に振られた時にも私の心には、デジモンアドベンチャーに習った勇気の心が灯っていた。

(そうだ!俺も婚活をすればいいんだ!)

振られたあと、電車に揺られている中でこれからどうしようかなーと考えた時に思い付いた。

意味が分からないだろうが、俺にも意味が分からない。事実結婚願望はそれほどない。あと五年くらいは出来ればしたくない。

A となら今すぐにでも結婚したいところだが、一般論結婚がしたい訳ではない。給与的にも正直無理だ。手取りこんなんで養うとかアホかよって思う。

ただ思い付いてしまったのだ。思い付いてしまったなら走り出さねばならない。

とりあえず婚活とは何をすればいいのか、それを調べ始めた。

こういう場合には先達に聞くのが一番である

俺はすぐに A にメールを送った。今時、メールである

「あの?質問いいっすか?」

A は確か五歳年上である

体育会無駄上下関係のせいで距離感が可笑しいが気にしないで頂きたい。ちなみに双方アラサーである

五歳の年齢差とアラサーという情報で年齢は絞れたハズだ。未だに体育会感覚を引き摺っている俺を笑ってほしい。

一応何度かデートをした仲である彼女がこの時どう思ったかはわからないが、おそらく婚活方法を聞かれるとは思わなかったであろう。

「いいよー」

軽い。さすが人生の先輩だ。くぐり抜けてきた戦場の数が違いすぎる。

婚活ってどうやるんすか?」

すぐに俺は聞いた。

結婚願望ある人と会うだけだよー」

なんだその伸ばし棒。その辺りが好きだ。

ネットかいくらでもあるよ」

Aはどうやってやっているんですか?とは聞けずに適当な会話を酌み交わした。

そして「あなたお姫様ってより小人なんだよね」と言ってきた。

なぜ姫?なぜあなた王子様?俺の方が男なんだけど。いやその辺が好きなんだけれども。

ただ願うのは、その返信に対して長文の謎メールを送ったあの最後の瞬間の時間を消し飛ばす手法科学の発展によって発見されることだ。

以上の経緯で俺は某婚活サイト登録することになった。事実小説よりも奇なりである



そういえば、A は俺を振ったあとに「あなた妥協するには素晴らしい物件だと思う」と述べていた。

物件という言い方を本当にするんだなぁとか、なら妥協しろよとか思ったことは言うまでもない。

確かに月並収入はあるから婚活市場に出ても、神の見えざる手に殺されることはないだろう。



ということで某婚活サイトに「女性」で登録したアタシにいくつかのメッセージが来た。

写真も貼っていなし、プロフィールなんて穴だらけだし、紹介文に至っては例文のコピーアンドペーストである

にも関らず、メッセージが来た。年齢を23歳にした効果か?それとも全部 BOT か?

とりあえずいくつかのメッセージを呼んでみた。



長い。

長過ぎる。そして返信のしようがない。

こんな長いメッセージに返信する奴なんているのか?

アホなのか?

本気だとしたらアホとしか言いようがないし、例え詐欺とかヤリ目だとしてもアホとしか言いようがない。

長いメールを送ってしまった俺が言うことではないが、初手長文ってどうなんすか?

※すでに23歳・女性アカウントは非公開となっています

[]イース8 プレイ日記1

せっかくだから日記つけよう

もう半分クリアしちゃったけど

最初は船のシーンでアドルが船員のバイトみたいなのしてるとこから始まる

見回りしてるときに船に触手が襲ってきて船は沈没

近くのセイレン島に流れ着く

そこでは船長とかドギもいて漂流村っつう拠点作ってそこでサバイバルしていくことになる

ラクシャっていう貴族お嬢様、サハドっていう大雑把だが気弱な漁師も仲間になる

運びやだという素性以外何も明かさなあやしいヒュンメルって男も仲間になったり外れたりする

仕立て屋とか鍛冶屋とか医者とかの漂流民が都合よくいたから、漂流村はだんだん充実していく

しか古代種っていう古代恐竜普通武器じゃ歯が立たない)と、

巷を騒がせていた切り裂き魔が同時に現れて不穏な空気になる

前者は古代種にも有効金属を見つけてそれで倒せた

後者は人当たりのいい善人(すぎて逆に怪しい)の医者犯人だったが、最後古代種に食われて死んだ

次は島脱出を試みることに

ひょうりゅうむらのある島南部だけでなく、北部にも足をのばして探検しようということになる

一方アドルは夜な夜な夢の中でダーナという少女の夢を見ていた・・・



移動シーンでカメラがすごくアドルに近くて周りが見えづらくて移動しづらくて、

こりゃ駄作かなと思ってしまったくらい船での一連のイベントはクソだった

でも島についてからは引いたカメラになって見やすくなった

ダブル主人公という割にはダーナがまだそれほど出てこない

でも夢の話はだらだらとなる前にさらっと終わるのはうまいと思った

昨日は古代種を新しい金属で倒して、北へ向かうための山越えをしてボス倒したところまで

新しい金属入手するあたりでリコッタっていう元野生児が仲間になるけどこいつめっちゃかわいくて使いやすくてこいつばっかつかってる

攻撃属性サハドと同じだしもう即サハドクビにしたったわ

キャラとしてはサハドも嫌いじゃないけど、リコッタにはかないませんわ

幼女上半身オーバーオールですから・・・

2017-01-16

『THE OA』って海外ドラマが神だった。

ネットフリックスっていう課金制の映画視聴サイトがあるんだけど。

そこで視れるんだけど。

かなり面白かった。

  

俺は子供のころは文学にかぶれてたんだけど。

医者さんになってみると、「精神病」ってのを疾患として理解できてしまって、

私小説とか、メンヘラ的な小説への感慨みたいなのが一気にそがれてしまっていた。

  

文豪神経症を見ても、「この時代は薬がなかったからねー」とか、「あ~これは典型的貧困妄想ですねー」とか。

パターンとしてしか見れなくなっていた。

そりゃ、書かれた時代は治らない病気から問題だけど。

現代では、治るっていうか、超絶重い状態精神病ってのが滅茶苦茶レアになってしまった。

  

で、そういうのをもう一度手に入れさせてくれたわ。

主人公精神病設定なんだけど。

「本当に精神病なのか?」という疑いを持てるぐらい説得力があるんだよね話に。

ストーリー展開も神がかっていて。『世界の終わりとハードボイルドワンダーランド』的に2つの話が行ったり来たりして、最終的につながるっていう。

更に素晴らしいのが、登場人物たちの人間性やどうしようもなさが伝わってくる。

  

まあドラマ自体のできがすごいってのはあるんだけど。

文学的意味合いとして、「臨死体験精神病を繋いだ」というのがうまいと思った。

現代では宗教的オカルト的なものは一笑にふされちゃうんだけど。

臨死体験は確かにオカルトとしても異質。

実際に臨死体験を経て超絶能力得てるとかあるから、謎な部分とかは確かにあるんだよね。

ここを結び付けてきたのがうまい

精神病奇跡だの神秘だのでごまかさずに書いてたり、周りの人の空気感ごまかさずに書いているのに。

それなのに、奇跡を書けるってのがすごい。

  

物語のしめかたも上手すぎてびっくりした。

完成度が異常に高い作品だった。

2017-01-15

http://anond.hatelabo.jp/20170115202810

あ、もう早速具体的に反論することも出来なくなって、同じことの繰り返しや「底辺っぷり」とかいうクッソ雑なレッテル貼りだけになったんですか。早いですね。

結局、「娘の行為居留守失敗しているのに、親として責任をとらない」「娘が引き起こし事態は少し時間をかければすぐに解決する問題であるが、説明することもなく先延ばし」「その結果、一人の人間に労力をかけさせている」という点はスルーですね。

まあ、リアルタイムのしょーもない話を大げさに増田愚痴りに来たり、「ファーwww」とかい中高生並の文言を使っている時点でどういう方なのかは想像つきましたけど。

ちんぽのきもち

谷川浩子の歌で「しっぽのきもち」っていうのがあるんだよ。

http://www.kasi-time.com/item-17385.html

その歌詞

しっぽしっぽしっぽよ あなたのしっぽよ

っていうところが

ちんぽちぽちんぽよ あなたのちんぽよ

にどうしても聞こえちゃって集中できない。

http://anond.hatelabo.jp/20170115123221

大学殆ど可で乗り切った自分からしたら凄いなって思うんだけどなあ

今の時代自分で死のうのしなきゃさほど頑張らなくても生きられる環境は整ってるからしばらく適当に過ごしてみたら

2017-01-14

[]映画シン・ゴジラ

今日地元最終上映ってことだったか滑り込みで見た

初見

面白くなくはなかったけど、正直そこまでのものでもなかったなあと思った

・すげーセリフ多いな

・何回もNG出たのかな

・それともみんなプロからそんなに出なかったのかな

・でも同じ場面をいろんな角度からいっぱいとったってのはインタビューでみたな

・それにしてもなんかみんな演技下手だなあ

石原さとみどころかそれ以外は日本語レベルの演技が下手じゃん

一般人の声は一般人からしょうがないけどあまりにも棒すぎてひどかった

プロでもセリフが聞き取れない部分がたくさんあった

ゴジラCG臭がすごかった

東京ぶっこわしていくところ見てると、「ああこれは庵野が、中二病でよくある『今教室テロリストが急に入ってきたらどうするかな』っていう妄想ゴジラでやってるんだな」という感じがした

・第二から第三になるところがめっちゃ巨神兵の歯?口?っぽくて、これは庵野なりのナウシカなのかもと思った

放射線吐くところでも巨神兵っぽいなと思った

・第二形態?まんまるの目が出て来る形態。あれ最初生理的キモいと思ったけど、しばらく見てたら逆にかわいく見えてきた

・2時間あっという間だった

最後在来線爆弾ワロタwwCG臭ひどかった

・なんとなくドラマ電車男OPアニメ思い出した

ゴジラ自衛隊のしょぼいように見えちゃう攻撃があたってるシーン、ガリバー旅行記彷彿とさせた

人間が蚊に刺されるような感じだったんだろうなあ

・初代ゴジラを数ヶ月前に見た後だと、ゴジラがせめてきた後の瓦礫現場検証的なとことか、戦車とか、ほほうオマージュしてるなあと面白く感じることができた

ラストあれなんだったのかよーわからんかった

人間オブジェみたいになってるやつ

最後のあの演説若者にむけてのメッセージでもあるのかなあとか陳腐感想持った

・それにしても2時間の尺ぎりぎりだったなあ

・そりゃ恋愛要素とか入れる余地ねーわw

映画終わった後物販にガチャガチャがあってシンゴジラのもあったけど、第一~4形態ガチャじゃなくて昭和ゴジラ平成ゴジラ、今回のゴジラの3パターンフィギュアで、びみょーと思ってしまった

・もういっこあったシンゴジラのがちゃはデフォルメしたキーホルダーだったし

2017-01-13

大したことないと思って

自分で当たり前だと思ってやったことが、誰もついてこれない、ついてこない。

と、いう事が起こる。

その場合

実は自分はすごいのでは?と、勘違いするのか、

ただ自分のしたことがおかしいだけなのか。

最終的には落ち着けといわれる。やっぱ、おかしいかー。

結果としては前にすすんでるはずなんだけどなー

会社員メール萌える

仕事メールが大好きだ。

自分が打つのも人のを読むのも、プライベートメールより断然、楽しくてしかたがない。



仕事フリーランスの人たちとやり取りすることも多いのだが

やはり会社員メールが最高だ。



会社員メールは「ちゃんと」してなくちゃいけない。

端的に要件を伝えるべしというルールも共有している。



その強固な型があってなお、滲み出る自意識

思いやり。苛立ち。威嚇。同情。軽蔑真摯さ。

型が強烈であればあるほど、そこからはみ出てくる個性萌える

あと、基本的にみんな失礼のないようにしてるはずなんだけど

それがうまくいってないほど萌える




改行はいい。

なんかまったく改行できないお偉いさんとか

意味不明なところで改行してくるおじさんとか最高だし

行間でなんか醸し出してくる手練れもいてドキドキする。



漢字のトジヒラキも見逃せない。

「よろしくお願いいたします」を「宜しくお願い致します」って書く人は大抵いい人。

「幸いです」を「さいわいです」って書いてくる人は油断ならない。

語尾をぜんぶ「いただく」にしちゃう奴はかわいいけど凡ミスしがち。




会社メール萌えるようになってから本当に毎日のしくて

土日はメールボックスをじっとり眺めている。

なんかこういうのまとめた本とかサイトとかできないかな。

宜しくお願い致します。

クソ記事ブコメするやつ

別にホテントリとか狙ったわけじゃなくてさあ

ほんっとタダの吐き出しのしょーもない増田をだよ?

無言ならまだしもわざわざブコメ残す奴なんのつもりなん?腹立つわほんとな

これを増田の蛙化現象と呼ぶ

自分のしたことが相手を傷つけた、もしくは怒らせたことはわかっているから、謝罪し、自らの行動を省みて反省しているのに、ミスを犯した時すら謝らない人間に「とりあえず謝った感がありありでムカつく」とか言われてもね。

http://anond.hatelabo.jp/20170113115218

そういうのめんどくせえから童貞が増えたんだよ

付き合いたい!SEXしたい!

っていう童貞はお前が考え付く程度のことはとっくにやって童貞じゃなくなるわけ




なんかネット

「ぼくがかんがえたさいきょうのびじねすもでる」

「ぼくがかんがえたさいきょうのしかいせいさく」

書く奴全員に言いたいけど

「お前より切実な当事者がお前が思いつく程度のことを試していない可能性はあるか?」

からスタートして欲しいんだよね。




殆どのことは大勢のお前より頭いい人が検討済みなわけ。

それでもなおお前が新奇かつ斬新なことを思いつける可能性があるとすれば

それこそお前が普通ではないほど人に抜きん出た得意分野を持っててそれを生かしたときぐらいなんだよ。

2017-01-12

日本人の「車嫌い無罪」と日本社会の提灯持ち

「車嫌いということなので…」と腰が引けている人もいるが、こんな態度はさらに状況を悪化させてしまうので私ははっきりと書く。

そもそも日本鉄道好きは日本国土と言うハンディキャップ売れっ子になって以来、「鉄道好きをかわいそうな存在と見ないでほしい」と語っていたが、そんなことが言えるのは日本人鉄道好きが売れっ子で「勝ち組」だからだ。彼らは車嫌いやハンディキャップという武器を存分に使ってのし上がってきたのである。なぜなら一般人としての彼らが特別扱いをされないで振舞えるほど日本は優しい現実社会には思えないからだ。

弱点に溺れる人間は嫌われるというのはその通りである。では、今までの鉄道会社への猛烈なバッシングはなんだったのか?メディア姿勢は完全なダブスタではないか日本人鉄道好きを擁護している人たちはその前に彼らが何をしてきたかをよく見てからものを言え。

しか最近鉄道好きを見ていると、ハンディキャップ持ち・車嫌いであることを利用しながら自信を特別視しないでほしいなどと抜け抜けと言っているところを見ると、日本鉄道好きにとっては「自動車嫌い」と「日本」こそ最大の商売道具であると言わざるを得ない。

2017-01-11

「私はカンニング竹山すべらない話が笑えなかった」って話がはてなブックマークに上がってて、

まずタイトルからしてどうでもいい話で、なんでそんなくだらない話がブックマークで上がってるんだろうって

一度はスルーしたけどやっぱりクリックして読んでみたら、やっぱりクソどうでもいい個人の感想文で、

からなんなんだよそんなのしらねーよハゲが!時間返せよクソが!って思いながら読んでて、

ひょっとしたらもっと深いコメントがあるからこそのブックマークかなって思ったら、またどうでもいい感想コメントが並んでて、

これってひょっとして互助会ってやつなん?

ログイン ユーザー登録
ようこそ ゲスト さん