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2016-08-23

http://anond.hatelabo.jp/20160822154020

日本以外だとひどいことになる率は日本より確実に高いよ。これ豆知識ね。

特に韓国とか中国なんかの反日国では、親日派売国奴として財産強制没収等、人権的に問題のある政府行為があるぐらいだからね。

2016-08-22

シン・ゴジラは、 『特撮好き』なら失神レベルの大傑作で、『一般人』なら視聴に耐えうる娯楽作

シン・ゴジラの真価は、これから広がるであろう一見さんによる批評の中にこそ有る。

まり、「満点からマイナスされうる特撮映画」が帰ってきた、と言う意味だ。

1週間ほど前に話題ゴジラを見に行った。面白かったは面白かった。

が、事前ハードルが上がりすぎていたのか、粗(に私には見えた)の部分が結構気になってしまい、正直世間で言われている程に「大傑作」にはあまり見えなかった。

シン・ゴジラそんなに言うほど面白いかあ??

シン・ゴジラには、決着のカタルシスが無い。

確かにその通りで、それは欠点だ。

それは、長年特撮ファンが受けたくても受けられなかった指摘だ。

特撮ファン向けの映画から一般人向けの映画に

「まあ、子供向けの怪獣映画にしては良く出来てたよね」という感想からの脱却。

対象年齢を考えても酷い」とか「大人の視聴に耐えうる人間ドラマ」とか

そういった「オヤクソクを共有している視聴者」向きの話じゃない。



まり、「ファインディング・ドリーと比べて」とか

ゴーストバスターズの脚本比較して」みたいな、

一般的な映画と比肩しうる水準に特撮映画を押し戻した。

からこそ「大傑作」であり、それ故に「まあまあ面白かった」という感想が併存しうる。

今あるものでやるしか無いんだ。

特撮は、リソースがないことをイイワケにしてきた過去がある。

平成に入ってからゴジラをどれでも良いから観て欲しい。

シン・ゴジラ比較するべくもないヒドイ作品ばかりだ。

一般人から見れば。



最近は「ゼロからプラスして積み上げる特撮映画」しか無かった。

「(全体の質はハリウッド比較しようも無いけど)特撮部分は良かった」

「(全体の質はハリウッド比較しようも無いけど)ドラマパートはヒドイ」

みたいな「邦画予算規模で制約の多い特撮映画において」という限定が常についていた。

シン・ゴジラは、正面からそれを覆してみせたと思う。

イイワケの無い、特撮映画としてのゴジラ

粗はある。荒削りでもある。

世界最高峰の映画では無く、手を入れるところもまだまだある。

それでも恐らくは邦画現場における特撮映画のベストを尽くした映画だと思う。

それは特撮ファンなら邦画の環境に絶望せずに希望を見いだせる一筋の光であるし、

一般人から見れば、「怪獣映画だけど面白いらしいよ」と観に行ける映画になってる。

まり何が言いたいかというと

日本特撮映画として100万点」のシン・ゴジラで終わるならソレまでだ。

でもきっと「世界の映画の中で70点」のシン・ゴジラだと評価してもらえる。

怪獣を通じて、日本災害を正面から描き、国のあり方をポリティカル視点から捉える。

世の中は稼いだもの正義で、投資してもらえるのは評価された作品だけだ。

その意味で、きっと一般人からみても、投資に一口のれる出来じゃないだろうか。


おまけ

ダシに使ったので、不満点に共感しつつ、違う視点提供しておくよ。

映画観に行った後のファミレスでダベってる感じで読んでもらえればと思う。

(人は感じたことが全てであり、反論しようとは思っていない)

登場人物ゴジラへの理解度が要所要所で不自然に高い』

主人公矢口会議中に巨大生物言及するのだが、この時点で矢口がそう判断に至った材料は精々ネットの動画程度であり、あそこでアレを「生物」と考えるのはかなり不自然だ。

この時点では矢口は単なる夢想家レベルである

矢口の人物像について、多少のフォローはされている。

シン・ゴジラ主人公である長谷川博己演じる内閣官房副長官矢口蘭堂は、

竹野内豊演じる内閣総理大臣補佐官国家安全保障担当)の赤坂秀樹から

会議結論ありきで進んでいる。かき回すな」と助言を受けている。

また、エレベーターの中で、立場が上の人間に対して「楽観やこうあって欲しいという願望が、先の大戦で何百万人も殺した」とワリとハッキリ苦言を呈している。

矢口生物と断定しているのではなく、「巨大生物の可能性を俎上に載せないのはマズイ」と判断しているのではないだろうか。

ネット上の映像フェイクであれば、それを作った人間動機テロで無いことを確認するまで安心しないタイプ

ニュース映像での「巨大生物尻尾」について、ニュースの真偽を問うシーンがないのは映画の都合だと思う。

ニュース第一報だと見るのが妥当なシーンだし、それならアレは何のジョークだと笑うのが現実的ではなかろうか。

同種の別個体については、検討は並行で続けているが、映画の都合でカット、じゃないかな。

個体だとすると、観客は「ゴジラ対究極生物なのか?」という疑念を抱きながら観ることになり集中力が削がれる。


『人の死の描き方について』

(一つは倒れるマンションから逃げ遅れた家族、一つは溢れた川から逃げる男性、もう一つどこかで同じことを思った気がするが覚えていない)

 この点はあまり大きな不満という程では無いのだが、どうにもモヤモヤとしてしまった部分だ。

たぶん、残りの一箇所は、自衛隊戦車が潰れるシーンか、注入第一部隊の全滅の部分じゃないかな。

マンション荷物を詰めていてマンションごと押し倒される家族、川からの逃げ遅れ(たぶん画面の奥側に向かって走る男性)は、

災害の描き方の問題で、ゴジラによる人死を描いているわけではないと思う。

あの一連のシーンで感じる「いまどこに災害が近づいてきているか一般市民には把握できない」という恐怖は演出として一貫していると思う。

(状況把握のしようがなく、気がついた時にはもう遅いという恐怖は、5年たってやっと直視できるようになった映像だと思う)

ただ、予算の都合による表現の制限を感じる部分ではある。

病院とか今まさに災害現場は出てこず、災害が通り過ぎた後の映像だしね。

密室俯瞰した映像に寄る災害描写は、予算制約を逆手に取った脚本の作り方の問題であり、

その意味で「巨大不明生物がなぎ倒したビルにも当然人が残っている」というのを伝える手法に限界があったのかな、と思う。

ほぼあの家族しか直接の被害は確認できないのに、それ以後の緊迫感は違う。

だけど、アレ入れて欲しくない、というのも判る。


石原さとみキャラが明らかに浮いている』

浮いてると思うよ。これはシナリオの歪みが集中してるせいだと思う。

これ、後でちょっと付記するけど、「シナリオの都合の上で」リアリティラインは高く見えるようにしてあるんだと思ってる。

例えば、東京駅前に当然あるはずの広大な敷地について劇中一切言及されていない。明らかに不自然。

筋論として、日本が米国に頼り、米軍日本国内武力行使する、という流れのハズ。

仮にも主権国家に対して、他国が熱核攻撃を短期間に強行する理由がない。

米軍による強行じゃなくて、国連安保理での決議言うてたし)

日本が壊滅するまで自由にさせておき、主権が及ばないところに出てから攻撃になるはず。

ちょっと日本以外のまとまりが良すぎるというか、世界があまりにも日本に対して冷淡すぎる。

日本に核攻撃」という荒唐無稽な一手と、

ゴジラを生み出したのは、牧元教授という日本人では?」という点、

外務省駐在武官無視して政権が直接軍事について外交を行うと言う部分を抑えると

祖母が原爆による被害者であり、日系人アメリカ政権に対して一定の譲歩を引き出しうる通常外交ルート外の存在は、

石原さとみ演じる米国大統領特使のカヨコ・パタースン以外であっても、

やっぱり荒唐無稽に見えるだろうし、どうしても浮いてしまうのは仕方がないと思う。

彼女シナリオの不備による歪みを一手に引き受けて浮いているのだと思う。

まあ、じゃあどう直せば良いかって言うと、アメリカ側を描くには予算が足りなそうだな……

『ヤシオリ作戦について』

ゴジラ原子炉載せて、排熱への対処(生存本能)で進化するって道筋つけると、焼却 or 凍結ってのは判りやすい。

シナリオの都合でアメリカに熱核攻撃を担わせると、日本特撮的な花である爆発(焼却)を使うのは難しい。

そもそも「カタルシスを得られない」ということそのものが、演出意図なのではないかなと思う。



一応、血を流すことから排熱に血流を用いているのではってのは合理性があるし、血液凝固材も30種類?試して効くのは確認してる。

元素変換する相手ならどこに投与しても一緒って意味では、口に見える部分に引っ掛けて体内注入するってのは効果的とも思う。

仮定仮定を積み重ねて、地味な作業原子炉の終息にもってくってのは、福島第一原発事故対応への直喩だろうし。

「ショボい」処理で、しかも「まだ終わってない」ってのを、東京駅に凍結させたゴジラで示しているのでは、と。

政府冷温停止宣言したのも、冷やし続ける必要があるってのも、同じ構図だよね)

 加えて、ヤシオリ作戦に関しては、矢口の陣頭指揮の部分にも中途半端さに違和感があり、これまで徹底して「対策室で対応する政治家」を描いてきて、結局最後は「主人公現場の陣頭指揮を取りに行く」というのを描くのか、というのに少し落胆した。

 せめて矢口本人が言うように「自分現場にいる事で出来た微妙判断」が描かれていればスッキリはしたかも知れない。

一応は、逃げ遅れた人がいるかもしれないけどやる?とか、線量が予定よりも多いけど続行するのか?とか、判断はあったと思う。

どっちかというと、多分最初に感じたであろう「え?総理大臣は逃げるの?残らないの?」みたいな感覚

「いや、指揮官は後方に控えてないと死んだら終わりだから」に観客の気持ちを変えたかったんじゃないかな、と思う。

それでもまあ、良くあるヒーロー映画みたいにゴジラに触れるような最前線までは最後まで行かないし、良かったんじゃないかな。

(良く言われる「陣頭指揮」を観客がどう捉えるかが、映画を見た後で変わったのではないか

『「国」のアピール

 総体としての「日本」とゴジラとの戦いを描くのがテーマであるのであれば、

 あそこまで「東京」のみの話に終始したというのはどうなのだろうと思う。

正直に言えば、予算の都合で、東京のみの話にしないと収拾が付かないと思う。

ただ、あれは東京一極集中への軽い皮肉にも見える。

福島第一原発事故」が「東京駅」で起こったとして、煽りじゃなくて日本としての機能がどうなったか考えるとゾッとする。

その俺の思いと重なるが、何度も「経済的」な話が出てくる。

経済的には莫大な損失とか、熱核攻撃を受けて世界から支援を受けないと復興できないとか。

損得勘定で熱核攻撃を仕方がないと受け入れる「論理」と、象徴的な意味で核攻撃を受け入れられない「感情」との対立軸にも見える。

「国」とは何なのかを観る人に問うシナリオになってたんじゃないかな、と。

まあ観たひとに届かないのであれば、そりゃ成功してないわけだけど。

その他のダメ出しポイント

まあ、観たひとに届かない思いは独り善がりなワケでダメなんだと思うけど、

最初に書いたように、そういう「普通の映画のダメ出し」してもらえるところにシン・ゴジラ価値がある。

と、思うわけで、やっぱり気になる点を俺も最後に列挙して置こう。

東京駅のど真ん前の話が無い

東京駅の正面真っ直ぐに、東京の中心である大きな空間がある。

熱核攻撃をあの付近で行うことに対して、日本人が触れないってのはあり得ない。

「彼らはここがニューヨークでも同じことをするそうだ」とはセリフにあるけど、あれ「ワシントン」じゃないんだよね。

あくまでも経済の中心であるというセリフであって、象徴的なんだけども)

陸上理由が判らない

突然地上にさまよい出た、排熱の為に進化した、冷却のために海に戻った。

突然さまよいでることも、デタラメに動くのも、再冷却の為に海に戻るのも災害っぽい。

鎌倉から上陸する理由がわかんないんだよね。

進化の方向性として陸上に特化してしまったとして、海水を捨てて地上に出てくる理由不明

牧元教授が好きにした結果、ゴジラを生み出して、意思を方向づけたなら判らなんでもないけど。

配偶者を原爆で亡くし、国と核を憎んだ牧元教授なら、先の大戦の直接の責任者である国の象徴にまず向かい、その後アメリカ上陸を目指すのは理にかなっている)

国連安保理が核攻撃容認するのが判らない

途中、スパコン計算能力貸して欲しいって海外の研究機関に依頼するときに、

一旦「ウチの技術を盗むかもしれないから断ろう」みたいなセリフがあるんだけど、

もしも「間に合わなかったら首都が熱核攻撃を受ける」みたいな状態なら、

「ひとを信じよう」みたいなのんびりした話にはならないと思う。

人類ってそんなに日本に冷淡なの?と言う。

秘密裏国連安保理が熱核攻撃容認するって、日本外交ゼロってことになる)

(そうすると、フランスと裏取引する外交技術との整合が取れない)

駆除一本槍なのに違和感がある

シナリオ福島第一原発事故念頭に置いてるからなんだろうけど、

ゴジラに対して調伏(焼却or冷却)しか選択肢が無くなってるのに違和感がある。

最初に言ってたけど、追い出すか、退治するか、保護するか。

保護が無理、退治が難しそうなら、通常は追い出しの手段検討するんじゃないか

餌で釣るのか、行動パターンを読むのか、押し返すのかは別にして。

追い出しにリソースが避けないって言う描写は欲しかったかな……

(これはほとんど「他の個体についての言及がない」ってのと同じポイントだな)

とは言え、

映画を見ながら、実際に災害になったらどう逃げようか俺は考えた。

かなり踏み込んで災害を描いてるような気がするけれども、どうかな。

2016-08-21

http://anond.hatelabo.jp/20160821082757

>水準なんか上がんねーからだよ。

水準が上がらない、なんて事実存在しないから。

古代から現代まで、水準は上がったし、今後も努力すれば上がる。

たとえば、

ストーカーにはストーカー対策法が出来た。

ヘイトスピーチにはヘイトスピーチ対策法が出来た。

政府対策法ができて、水準が上がったのは事実

ただし、ただ黙って何もしなかったら対策法も出来ない。

これも事実

2016-08-20

プロ市民の卵で生徒会長に選ばれるほど政治力コミュ力のある頭の良い子なんだよね

横浜市内初。高校生選挙啓発<、参院選向けて始動(2016年4月)

18歳の選挙権が実現するのを前に若者世代選挙に対する関心を高めようと、港南区役所が区内の高校生に呼びかけ、「若者会議」を発足させた。2016年3月29日、第1回会議区役所で開かれ、メンバーらが投票率アップに向けたアイデアを出し合った。

メンバーは市立日野中央高等特別支援学校吉岡秀真さん(2年)と吉田瑛穂さん(1年)、県立横浜南陵高校根岸海さん(2年)と山脇空輝さん(2年)、県立永谷高校本間佑美さん(2年)と浦邊純子さん(2年)、県立横浜明朋高校杉山 麗(2年)の6人(カッコ内は開催時の学年)。

高校生選挙啓発に取り組むのは横浜市内で初めての試み。この日は選挙に対する思いやイメージについて、「選挙大人が行くイメージなので、まだ実感できない」「ニュースをみてもっと政治に対する興味を持ちたい」といった意見を出し合った。中には政府が進める安保法制について意見が及ぶ場面もあった。メンバーは今夏の参院選に向けて若者投票率アップをめざす啓発ポスターづくりに取り組む計画だという。次回の若者会議の開催は7月の予定。参院選以降も各校の文化祭で模擬投票などを行い、啓発活動を続けるという。

杉山麗 - Yourpedia

http://ja.yourpedia.org/wiki/%E6%9D%89%E5%B1%B1%E9%BA%97

プライバシーの切り売りは彼女自身プロモ活動、というか

浪費の結果入学金50万を工面出来なかったとかいうのは全部やらせを疑ってしまうのだが。

http://anond.hatelabo.jp/20160820004448

http://anond.hatelabo.jp/20160820113253

http://anond.hatelabo.jp/20160821110947

財務省さんチャンスです!

このタイミングで「貧困叩き人間から福祉を受ける権利永久剥奪できるよう政府提案します」って宣言すればみんな大絶賛ですよ!

社会問題はすべて繋がっている。

最近話題PCデポの件はあくま氷山の一角

ケータイの料金プランもそうだし、インターネット回線NHK新聞銀行…いろいろある。

結局ああやって無理やり金を奪取するような機関が無いと大半の企業が潰れてしまう。

本来なら上記で出たほうを規制して、金持ちから税金を高く取って再配分すればそれで済むが政府役人は利害が一致しないが故にそれをしない。

結局そういう企業がのさばる結果になる。

すると知識、知恵を持たないものがどんどん貧乏になる。

奪取する側で雇われた従業員も心身ともにやつれて来る。

結局半年とか1年のスパンで心を壊して働けなくなる。国民健康保険で現役世代への負担が増加する。

すると、サラリーマン世代貧困世帯税金があがってお互いますます困窮する。

負担が多すぎて余裕がない。競争が熾烈になるから時間あたりの労働密度も増えて来る。

高い生産性を実現できないもの残業せざるを得ない。

結局会社を振り落とされるか、サービス残業労働ダンピングをするしかない。

国や役人労働者を守らない。メリットがないから。

http://anond.hatelabo.jp/20160820123705

相対的貧困とは思わなかったって人は頭悪すぎるというか、ニュース見ないんだろうな。

今の日本貧困といえば相対的貧困なのに。

別にそれはNHKが決めてるわけでもなく、政府の指針で決まってて

この間は子供貧困の為の基金がつくられたけど殆ど寄付が集まっていないとかで話題になってたのに。

2016-08-19

税金の使われ方グラフ国債社会保障

公民資料私たち生活と税

https://www.nta.go.jp/tokyo/shiraberu/gakushu/kyozai/chiba02.pdf

国債が歳入の41%を占めている先進国政府の税収として極めて異常な状態

 

対してアメリカ合衆国の歳入

http://www.dir.co.jp/research/report/place/intro-usa/20140605_008612.pdf 

データは古いが

その他すべてが国債であっても8.6%である

 

我が国財政は既に破綻状態突入している。

しかしながら、なぜ亡国とならないのかというと国民が耐え忍んでいるかである

バブルが弾けてからこの状態が何十年と続いている。

その際の負債を支払わず役人政治家2世3世たちは今ものうのうと政治をしている。

ようは国民全員から分け隔てなく国債によって税収が上乗せされているのだが、

その国民疲弊しているにも関わらず死なないおかげで消費税を引き上げることも可能だし、

国債を膨らまし続けても政府が潰れないのだ。

今の日本国政府無抵抗主義サラリーマンたちの手によって支えられているといって過言ではない。

またアメリカではサービス産業にはチップ文化があるため弱者立場に置かれやすサービス従事者たちは税を免れる道が残されている。

しかし、チップ文化がない日本ではどれだけ個人努力したところで耳を揃えて税収され一生彼らは逆転することはない。

弱者強者も等しく同じ負担をしいれば死ぬのは弱者だけである

バイト派遣正社員の扱いや保障が違うのも異常であるがこの概念が導入された際に、

時の労働組合大企業国内奴隷が欲しかったため政府に今の体制を飲ませた。

今の日本の不幸の始まりを作ったこいつらは今ものうのうと生きている。

 

国民生命を守るとうたわれた社会保障も本当に守られるべき弱者は守られていない。

生活保護も切り捨てに掛かろうとしている。

本当に受給必要かどうかを明確に判断するマニュアルすら無いまま進められている。

既に現金必要のない老人にも社会保障されている。

身寄りのない老人の箪笥預金が消える先は国だ。

障害者にしても心的障碍者に対する冷遇は今も続いている。

鬱による自殺は減ることな自殺者も一向に減る気配がない。

 

私は恐ろしい。

反旗を翻さずにお互い無関心で死に突き進む日本人が恐ろしい。

国の理不尽で無策で無能政治によって年々膨らむ税に物言わずに律儀に支払続けている国民たち。

お国のために死ぬという精神性は決して滅んでいなかったのである

大々的な戦争が無くなった現代においての戦争代替物とは経済格差である

今、日本戦争状態突入しているにも関わらず、それに目に見える形で認識できていないため他人事の態度をしている。

我々は死に向かっている。

私は死に向かっている。

あなたは死に向かっている。

彼は死に向かっている。

彼女は死に向かっている。

独立した個性ある一人の人間として全員一人ずつ一人で死に向かっている。

空いている落とし穴に気付かずに。

 

憎め。

反骨しろ

悪は、右翼左翼与党野党各省含む日本政府関係者全て。

悪は、奴隷を欲しがった労働組合大企業幹部

悪は、奴隷PRした電通報道業界

悪は、抵抗しない国民たち自身

憎め。

憎め。

憎め。

憎め。

今の生活を変わるために憎め。

2016-08-17

庵野ゴジラの足を引っ張る“邦画

庵野ゴジラは最高だったよ。

最初に出てきた深海魚のような不気味なゴジラは完全体と同一個体とは到底思えないが

今までに見たことが無い怪獣を見れて眼福だったし、ゴジラ放射能を吐くシーンは

かっこよすぎて震えたし、背びれビームも美しかった。庵野ゴジラ神話にしたよ。

 

一方で、ゴジラが街を破壊自衛隊米軍兵器と戦うための口実とはいえ、

人間たちが活躍するシーンは全く退屈だった。

日本役者、どいつもこいつも下手糞だしかっこ悪いしで全然絵にならない。

官邸ドラマの部分は踊る大捜査線のような劇場テレビを思い出させる安っぽさで、

ゴジラの恐ろしくも神々しい佇まいと全然釣り合ってない。

竹野内豊石原さとみエリートの役をやらせちゃいけないと思ったし、

市川実日子いかにもな助演女優で良いと思えなかった。

なんで庵野ゴジラがこんなくだらない奴らに負けなきゃいけないんだよ。

 

夜中にゴジラが初めてビームを放ったときスペクタクルに劣るとはいえ、

ラスト日中の決戦はそれなりに見ものだった。

あれで最後ゴジラ放射能政府関係者らを一瞬で焼き消してくれれば最高だったのにな。

これから見る人にアドバイスだけど、夜に放射能を放ったゴジラが休眠に入った後の

30分はトイレ休憩だと思っていいよ。

 

人間側の勝利には、庵野ゴジラ邦画の引き立て役にされてしまたかのような不快さがあった。

邦画なんてこの世に必要無いんだから、骨のある作り手は邦画馬鹿にして突き放してくれよ。

あの凄い庵野ゴジラと戦うなら、戦う側もファンタジーじゃなきゃ駄目なんだよ。

そういう点ではやはりハリウッド映画だろう。ゴーストバスターズTMNTに期待している。

http://anond.hatelabo.jp/20160817153757

お前みたいな社会狭間で生きて社会常識の間の不合理で摩擦されずに済む政府

まだ勉強中だから新政府設立のために何をどうしたらいいのか知らない

ただ賛同者がいないことには不可能だと分かってるから確信を得たいだけ

社会の総てのしわ寄せが政府銀行大企業ではなく一番力の無い庶民に降りかかっている現状について

なんとかならないの?

というかそういうのを何とかするために野党がいるんじゃないの?

なんで弱者の味方してくれないの?死ね

2016-08-16

「異性との出会いがない」という言い訳を粉砕するために

政府公認出資した出会い系イベントに、未婚男女を強制参加させろ。

男は30歳以上、女は28歳以上くらいからの参加強制適当だろうな。

実際それに似た制度があるらしいぞ、シンガポールに。



実際のところ、強制参加はムリだろうから年金受給資格要件に加える。

少子化になったら年金アウトなんだから、それくらい国民理解得られるだろ。

別にナチスみたいに強制カップリングするわけじゃないんだから人権侵害にはならない。

参加が困難になるような障害があるなら、医師診断書を提出して許可を得れば参加拒否可。

(まもなく結婚する予定があるなら、書面でその旨を提出して1~2年以内に結婚しないダメ



この出会い系イベントを年2回(盆休み年始)に実施する。

で、とりあえず「異性との出会いがない」という言い訳を粉砕する。

そしたら、その後にやるのは独身税の創設だ。

独身税で、ざっくり年収の1割をいただきます(さすがに年収およそ100万以下は非課税で良いだろうが)。

嫌なら結婚してね。



形だけの結婚でもいい。形だけでも結婚させれば、確率論的に出生率も増えるだろう。

子育てで大変なママ&パパさん、あなた達を救うのは独身税を財源とした子育て支援政策です!!!

お盆休みは食っちゃねだったな

酒飲んで食って寝ての繰り返しだった

なんと無意味休み

これも社会が悪いからだ

政府は至急俺に謝罪と賠償をすべきだ

中国人友達の『シン・ゴジラ感想

シン・ゴジラ中国人友達28歳♂(日本大学学位取得後、仕事日本で見つけて働いている)と一緒に見に行った。

俺にとっては2回目の鑑賞、彼にとっては初見だったが、めちゃくちゃはまったらしく、結局、もう一回みることに。

その後、お茶しながら、彼がいろいろと感想を語ってくれたのだが、興味深かったので書き残しておく。

(※彼の承諾はうけています


1. ゴジラ怖すぎ、強すぎ

レジェダリー版のゴジラは見たことがあるという友人。あらゆる武器がほぼ無効シン・ゴジラ絶望しか感じなかったとのこと。

個人的には、レジェダリー版の方が防御力最強のような気もするが。ま、撃ってみなければ分からないが)

第二形態気持ち悪すぎてみてられなかったらしい


2. けど、日本語早すぎて聞き取れない箇所多数

1回目の鑑賞では流れを追うことも出来なかったぽい。ヘリコプターのシーンの意味が分かったのは2回目で、ようやくありえないことが起こっていることがわかったとのこと。

あんなシーン、中国では作れるはずがないし、たぶんハリウッドでもなさそう。やはり日本人はどこかおかしいとのこと。


3. 自衛隊すごい、反面・・・

自衛隊士気の高さ、統率の取れ方、精確な攻撃に驚いたとのこと。おそらく建国期・朝鮮戦争辺りの中国も、少なくとも士気の高さでは日本には劣らないはずだが、

それ以外の点では劣る要素しかないのではと思った。というより、映画で思ったのは、もし上海とかにゴジラがやってきたらどうなるかということ。

自衛隊なら映画と同じように守ってくれそうだが、たぶん、中国ではそう上手くいかない。そして、なによりも、アメリカとか他国が助けてくれない。

この点に打ちひしがれたとのこと


4. 民主主義底力なのか?

はじめの長ったらしい閣議と後手後手の対応日本人風刺をするのだなと思ったが、それがそのうちに無くなり、洗練され挙国一致になる様は驚かされたとのこと。

政治家権力争いも特に無く、住民も素直に誘導に従っている。非常事態に際して、なぜ政府を信頼し続けられるのか。欧米日本映画空気のように当たり前に描かれる

現象中国人もっと目を向けるべきではとのこと。


結論 中国ではたぶん上映禁止

シン・ゴジラは、東京破壊されるので、一見中国政府好みのようだが、公開を許すと徐々に反体制派の聖典的な扱いになりかねないのではとのこと。

幸いシン・ゴジラは、かなり暴力的なので当局はそれを理由に上映禁止にできるので、たぶんそうしたほうがいいんじゃないかとも言っていた。


その他、石原さとみ上院議員の娘なのに柄悪すぎて笑ったとか、次の首都福岡なのか?とかも話にあがった。


なんか、僕が知らないだけでいろいろと間違っていることも多いような気もするけど、知日派のお隣の外国人感想ひとつとしては面白いのかなと思って書かせていただきました。

2016-08-15

ネタバレ有り】シン・ゴジラ矢口赤坂屋上シーンで気づいたこ

最近話題になっているシン・ゴジラ

ドハマリし、Twitter等で様々な情報をかき集めた後に、先日2回目の上映に参加。

そして思うところが多々あった。発見の多い映画は素晴らしい。

ここからネタバレあり。

未見で、今後ネタバレ無しで楽しみたい方はご注意。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

タイトルにある通り、矢口赤坂立川広域防災基地屋上にて、

ゴジラへの多国籍軍による熱核兵器攻撃政府が認可したことを話すシーンについて、

非常に細やかな演技があったように感じた。

屋上にて、赤坂矢口政府による熱核兵器の認可を伝えたとき

ゴジラ凍結作戦通称ヤシオリ作戦)を進めている矢口は強い口調で反論する。

一方、対比するように赤坂は冷静な口調で熱核兵器攻撃必要性

そしてゴジラ赤坂言葉では『巨大不明生物』だが)滅殺後の日本の復活まで考えることの必要性を説く。

このとき赤坂は「巨大不明生物駆逐後の日本のことまで考えることが我々の仕事だ」と言い切るとき矢口の目をまっすぐに見ているが、

核兵器必要性について述べるとき矢口目線を合わせていないのである

直前のシーンでは、里見総理大臣代理から核兵器攻撃認可の旨を、

目を見据え、身を乗り出しながら聞いていたのにもかかわらず、だ。

他の場面でも、赤坂他人と話すときはしっかりと目を見て話す人間である

それにより、このシーンの、目線を下に逸らしながらの会話が強烈に印象に残った。

 

考えられる理由はただ一つであろう。

赤坂日本の政治家として冷静かつ現実的選択、すなわち熱核兵器使用を推進する一方で、

その選択はやはり本心から来ているものではないのだ。

一見淡々と、見方によっては非情物事を進めているように見えてしま赤坂だが、

彼の中にも間違いなく葛藤はあったはずである

それを如実に表現したシーンであったように感じる。

その後、里見総理大臣代理に対する「総理、そろそろ好きになされては如何ですか」という進言に繋がるのである

以上、他に多くの方がお気づきかもしれないが、

自分が2回目の観賞の中で最も気に入っているシーンの紹介であった。

またいずれ、3回目の計画を立てようと思う。

備考:

赤坂セリフについては、概ね意味するところは同じであろうが、詳細は不完全なところがある。ご了承いただきたい。

シン・ゴジラの初回ガイド(同行編)

今回は興味ないのに連れて行かれる側へのガイドです。どう楽しむか?

1:3.11震災とその後の復興への想いを映画館に持参する

あの津波報道の衝撃、水素爆発の非現実感政府対応のもどかしさ、SPEEDI情報の隠匿とか。枝野官房長官の「ただちに健康被害は出ない」、自衛隊活躍報道の是非、原発冷却の高所放水車、都知事や辞職参与の涙とか。

未だ多くの問題を抱えて復興しようと、もがく現在

それらに対しモヤモヤ渦巻く、自分の想いを映画館に持って行くのがコツです。

2:架空防災シミュレーションのわりには面白い、と考える

国家擬人化すれば脳は政府、腕は軍、足はインフラ、体は国土。この「人」の意思決定・行動メカニズムを、細胞たる人間の動きから考える。細胞生物学国家システム論。それが本作ですから子供に不向きです。

その上で、われらが腕(自衛隊)と脳(日本政府)は・・・

頼りなさそう!?それが今回、ゴジラと戦う!このヤバさを楽しみましょう。

3:多すぎる情報雰囲気だけ味わう

序盤の壁です。

すぐ消える字幕、多すぎる役者数も同様で、覚える必要はありません。課金スタートカードゲームのような豪華さを楽しみましょう。元AKB前田敦子SR立川防災基地は防御力2倍の重課金アイテムですが、ごみ箱直行OKです。

4:役作りを想像する

会議眠いです。

4DX眠気覚ましできない人は、あの有名俳優が役作りしてないはずない、と仮定し、端役の人物像を想像して楽しみましょう。鑑賞後、演技を酷評したくなったら、演者台本見てどう思ったか?を同情すると人間の器まで広がります

5:皆絶賛でも、所詮は作り物。ハードルは下げる

衝撃こそ本作の魅力であり、欠点も目立つ本作は娯楽最高傑作ではありません。その上でこの虚構を楽しむ最大のコツが、復興です。それは「立て直したものを二度と失いたくない」という目に見えない想いです。

無くして初めてその存在気づき、取り戻して初めてその大切さに気づく。それが建造物組織・秩序の価値

本作を上手く楽しんだ人は、この認識を初代ゴジラ戦後復興期の日本人と時を越えて「共感」できたのだと思います。そんな本作特有体験を、見てない人も楽しめると良いですね。

PS:ちなみに私の感想は以下の一行です。

忘却することで復興(resurgence)とした罪(sin)。あの「紫の地獄業火」で私も罰を受け、マジ涙目になりました。

インテリの俺が全力でシン・ゴジラ批評するゾ

シン・ゴジラを観た。

エンタメとしては面白い

だが同時に庵野および日本映画限界を示すドキュメンタリーのような映画でもあった。


この映画は、

復興ありき、

再建ありき、

日本にはまだ力がある、

立ち直れる、

そういう答えがもう先にある。

出来レースっぽい。


結論はこれ。もっと詳しく読みたい場合は先に進んで欲しい。


日本万歳の大合唱で負の側面を覆い隠す

これは映画に限らず様々な場面で3.11震災後なんども繰り返されていることだ。

力があるって主張をかたくなに、ほとんど反駁不可能イデオロギーのように保持しているのは、

しろ思考停止の弱体化にしか見えない。

俺は出来る!って盲信しているやつは、強いんじゃなくて自分の弱さを直視できないだけだ。


もっとも、3.11以降繰り返されてるそうした自己欺瞞的な合唱に飲み込まれることは、まぁ仕方ない。

この作品を取り巻く精神的な状況からして、ほとんど不可抗力であるし、それだけで作品のすべてを否定するつもりはない。

しかし、せっかくゴジラほどの大怪物召喚しておいて結果やっぱり俺らスゲーの大合唱かよ、と思わざるをえない。

俺らスゲーの出来レースゴジラ以外の他のテーマでやってくれ、と言いたくなる。

ゴジラというキャラもっともっと掘り下げるべきテーマを蓄えた宝庫なのであって、ゴジラをそんな自己欺瞞物語なかに埋もれさせて浪費してはいけないのだ。


新たな危機に直面すればこそそれに見合った国の体制を改めるよう反省を強いられ、

新たにテーマを掘り下げればこそそれに見合った映画手法発明するよう強いられる。

しかしそうした危機テーマである当のゴジラが、ほとんど空虚存在であるがゆえに(たしかわずかだが神として語られ、放射能の脅威を連想させていても、しかしそれが物語構造のものに関わることはない)、

日本万歳のその国の概念のもの反省を迫る映画にはなっていないし、その手法に関して言えば新たな手法発明どころかエヴァンゲリオンとさして変わらない。

(たとえばキャラクターについて言えば、感情を押し殺したようにして淡々と語る綾波市川実日子に、外国語を混ぜたご機嫌なアスカ石原さとみに、真意のわからぬまま無理難題を突きつけてくるゲンドウは〈あの国アメリカに、それぞれ入れ替わっただけである。)

シン・ゴジラエヴァンゲリオン庵野確立した様々な設定を忠実に引き写している。そこには反省発明も見つけられない。


もちろん何の変化もないわけではないが、

そうした変化が結局は日本の閉鎖的で差別的視野に同一化する点、

自分に力があると信じたいがために他国と異性に対する偏見を利用する屈折した日本男性視点に同一化する点は、

この映画保守的ものにしている部分である


石原さとみによって日本を弱小国として見る可能性が排除される

たとえばエヴァンゲリオンにはなくてシン・ゴジラには見られる新しい部分は、政治の前景化であるとともに、(それがつねに〈日本の〉政治である限りで)他国政府との交渉だろう。

ここに石原さとみが登場するわけだが、彼女キャラクターは、自信を回復したがる日本男性の閉鎖的で差別的欲望奉仕している点で、やはりこの映画保守的ものにしている。


石原さとみのチャラけた演技は真剣に事案に対処している他のキャラクターに比べかなり浮いて見えるが、

しかしあれは日本男性の閉鎖的で差別的欲望からすると必然的な役柄になっているといえる。

演技がわざとらしいために良い演技とは言い難い、と思う観客もいるだろうが、しかしそういう演技も含めて必然的キャラのあり方だと思う。


日本米国の間に女性が入るというのは、日本からみて心理的必然性をもっている。

日本米国関係はいわばスネ夫ジャイアンであって、ジャイアンマッチョなところがあまりに出すぎると(たとえばジャイアンの力のみで事件解決したり、その力がスネ夫である日本に向かったりすると)、日本を守る日本人男性たちのプライドや虚栄心が傷ついてしまう。

そこで米国代表としてか弱い女性を置くことで、日本人男性日本人男性の力で国を守ったという体裁が保たれる。

かつ、あの日本語と英語を織り交ぜたヘンテコな日本語は、彼女をか弱い存在だけでなく変な奴として提示する。国際的観点からでなく、あくま日本人の側から見られた変人だ。

ここでは常識人変人の対は、内部(日本人)と外部(外国人)という対と本質的に繋がっている。変人変人であるのは、その者が外部から来た外国人であるからだ。

「〜アルヨー」とか「〜デース」とかい言葉遣いキャラが、日本人の側から見られた変な奴の象徴であるのと同じで、

彼女の奇妙な日本語は、他の日本人男性と観客とに米国でなく日本から観点を持たせ、その外部から来た変人として石原さとみを見させる。

視聴者たちが米国目線から日本を弱小国として見る可能性が排除される。


このようなわけで、この映画日本男性精神性の問題をそのうちに含んでおり、その点ははっきりと批判されるべきであるが、

しかしその限界をはっきりと映画のなかで示しているという点においては、そうした限界の記録として、ドキュメントとして、歴史的価値が大いにあると思われる。

その点では逆にこの映画評価されるべきだろう。

これほどありありと、日本的および日本男性想像力限界を示した作品はなかなか見つからないのではないか


風立ちぬ』にも認められるドキュメンタリー価値

この点ではジブリの『風立ちぬ』も同じだろう。

あの映画は、機械オタクの男が設計室に引きこもってひたすら戦闘機流線型フォルムにうっとりしているだけで、その戦闘機がどれだけ戦争悲劇を生んだか、とか、そうした男の機械オタクたちが生んだ戦争技術によって死んでいった女性への視点が欠如しているだとか、政治的またジェンダー的な観点からさまざまに批判を呼んだが、

しかしそうした戦中日本精神限界性をはっきりと示していたという点においては、ドキュメントとして大いに価値をもっている。

今回のゴジラもまた、同じような価値をもっているといえる。


こうして、批判されるべき部分は評価されるべき部分ともなる。

したがっておそらく、この映画において賭けられているのは、シリアスコミカル関係性ということになろう。これはどういうことか。


正しい反応とは、それを積極的に笑うというもの

さしあたりこれまでの論述で明らかになったことは、この映画限界証言するドキュメントとしては優秀であるが、それはいわば限界にはっきりと居座っているからであって、丁寧になぞっているからであって、限界を越えようとしているからではない、ということであった。

まりエヴァンゲリオン踏襲し、ナショナルものジェンダー領域において日本男性の閉鎖的で差別的欲望奉仕するこの保守的映画は、

限界を自ら反復し、演じている、ということであった。

日本男性政治家米国女性シリアスセリフを交わす場面で、自身の力への欲望は満たされるだろう。

しかしまた、あることを反復し演じることは、つまりそれを真似することであり、その虚構性を示すことである

そう考えれば、シリアスものコミカルものに転じる。

そしてそれに応じて、批判されるべき部分は、評価されるべき部分ともなるのである


したがって、このように問うことができるだろう。

限界を反復することは、限界に居座ることであると同時に、限界茶化すことでもあるのではないか。つまり限界批判することでもあるのではないか

たとえばエヴァンゲリオンの設定を踏襲することは、新たな手法発明努力放棄することであると同時に、反復しているその設定を茶化し、批判することでもあるのではないか


そうであれば、シン・ゴジラへの正しい反応とは、それを積極的に笑うというものではないだろうか。

まりシン・ゴジラが何かを反復している限りでシン・ゴジラを笑い、またその反復によってシン・ゴジラが茶化しているものを笑う、と。

誰か、あの映画を見て笑ったものはいるだろうか。

あの映画は、諸手を挙げて受け入れられているように見える。

私はその反応をこそもっと批判したい。

2016-08-14

アルジェリア案件日本ゼネコンについて

鹿島アルジェリア案件の失敗で学んだ教訓

なぜ日本ゼネコン海外通用しないのか

http://toyokeizai.net/articles/-/131400


久しぶりに、アルジェリアプロジェクト関連の記事を見かけ、まだやっていたのかと思った。

私はこのプロジェクトで、某社の現地事務所の統括担当として、雇用契約を結ぶ直前までいったが、ほんとうに行かなくてよかったと思う。

この案件に実際に参加した人の声がもっとネット上に上がってくることを願っている。



アルジェリア政府との契約段階においても、過酷価格交渉をしてくるアルジェリア政府と、伊藤忠を含むJVとの間で板挟みになり、日本人自殺者が出たと聞いている。

施工期間中においては、現場と宿舎との往復をするにあたって、つねに軍や警察車両に囲まれて移動しなければならないと聞いて、まったく自由がないと思い、私は参加するのをやめた。



鹿島場合アルジェリア工事の代金支払いをめぐる交渉が長引いた一因について、「行政制度や商慣習の違いがあった」と説明する。



というわけだが、日本ゼネコンアフリカ案件をやる場合、つねにコミュニケーション問題があったことは言及されていない。


アフリカには公用語フランス語となっている国が少なくない。アルジェリアもそうだ。

フランス語圏で働く場合、現地のさまざまなカウンターパートと、英語コミュニケーションするだけでは済まない場合が多い。

政府に提出する書類サブコントラクタとの間で交わす書類から、日々の会議録にいたるまで、すべてフランス語に訳さなければならない場合が多い。



だが、フランス語仕事をすることのできる日本人ゼネコン社員は、ほとんどいない。

その結果、書類作成重要ミーティングは、少数の通訳翻訳者をとおして行うことになる。

かぎられた人数の通訳翻訳者は、そのほとんどが土木専門家ではないため、ボトルネックとなり、コミュニケーションの速度を著しく遅らせ、精度を下げることになる。

このようなコミュニケーションを日々やっていると、日本人ゼネコン社員の間ではフラストレーションが高まり、現地政府担当職員を含むカウンターパートとのあいだで、少なからず摩擦が起きる。




各社は、こうした海外での契約交渉精通した人材の確保・育成に取り組んではいものの、十分なリスク管理体制は構築できていないのが現状だ。ある準大手ゼネコン幹部は、「政府が間に入るODA政府開発援助案件や、日系企業発注する工場建設などでない限り、海外工事資金回収をすることは相当難しい」とこぼす。



ということだが、日本ゼネコンに内在的なこうした問題が解消されるにはまだ時間がかかるのだろうか。

月末の金曜が午後3時退社になったら

図書館で借りた本をもって、月曜まで部屋に籠ろうと思う。

食事は、イオン業務スーパーで買った食材で、適当に作ればいい。

そういう自分時間を持てるのが楽しみだ。




イベントによる消費喚起を前面に押し出して、GDPを上げたいというのが、経団連政府の魂胆らしい。

でも、「花金」だからいろんなところに出かけたり、飲んだり食ったり、普段しない贅沢をしようというのは、かなり昔の人のものの考え方じゃないか

日本がまだ豊かだったころの。




いま、働いて、お金を稼いでいる人は、給料が安すぎるせいで、もともとそんな贅沢をする余裕もないし、好みが多様化して、お金を使わないで楽しむ方法を知っているから、そんなに経済活動は活発にならないんじゃないだろうか。

2016-08-13

プレミアムフライデー

”月末の金曜は午後3時退社 個人消費喚起へ「プレミアムフライデー」構想

個人消費喚起するため、政府経済界が月末の金曜日の午後3時に退庁・退社し、夕方を買い物や旅行などに充てる「プレミアムフライデー」構想を検討していることが12日、分かった。経団連政府に先行して、10月にもプレミアムフライデーの実行計画策定する方針だ。(SankeiBiz)"

http://news.yahoo.co.jp/pickup/6210930

と、こんな記事を目にしたのだが。どこがプレミアムなんだよ。あほか。

「夕活」といい、プレミアムフライデーといい、このアホ政府ビジネス界の言いなりになってこんなアホなアイデアしか思い浮かばないのかね。

アホの面々を取りそろえたアホ内閣だけに、馬を水辺に連れて行くことはできても、水を飲ませることはできないということが理解できないらしい。

一番消費に乗り出さないと行けないのは、フライデーどころか毎日が暇な老人たちなんだよ。

大体、15時からみんなが遊びに出かけたら、その相手をするサービス業は余計に若い人たちを働かせなくちゃならんだろうが。

みんなが17〜18時に退社して、家に帰って過ごすのが一番世の中のためなんだよ。

子どもがいないアホ総理にはわからんだろうが。

http://anond.hatelabo.jp/20160807180951

(つづき)

しばらく絶句していた大統領


「すごい…数……ですな。」

『ほんの一部、だそうです。公海で待機している者たちの。』

「なんと、EEZ境界がわかると?……まあ、いいでしょう。国連などの見解も同じだといいですな。」


 そのころ、大使館へ来たシンニチマル船長から電話で報告を受けている鯨研内では、現場よりも強い危機感が生じていた。


ゴジラから、訴えられるかも…ということで?」

「そんなのはどうでもいい!公海上のことだ。訴えられても、受理しなければいい。」

「では、何が?」

ゴジラでも鯱でも、訴訟当事者になれるとなれば…どうなる?」

「あっ…!」

「我々は終わりだよ。すぐにUNCLOS加盟国筋へ働きかけねばなるまい…」

しかし、あの…ITLOS行きは避けられても、ICJのほうへ来たらどうなるんで…」

「うるさいぃ!!」



結果から言うと、鯨研側の心配杞憂に終わった。「通訳である海洋学者が”失踪”したのである。おそらく原因はスキャンダル。シー・リカオン海洋学者との過去因縁ネットニュースで「暴露」されたのだ。

金銭のつながり等ではなく、その真逆大学研究予算や優秀な学生達を奪われたのどうので、かなり争った過去があり、今でも犬猿の仲だというのだ。


「有名な話だと思ってたんだが…昔のことだからな。」

「知りませんよ。でも、道理で…いくら誘っても、来てくれなかったわけです。」

「というか、よく今まで協力してくれたなあ。」

「うちじゃなくて、”三ツ目に”協力してたんだろ。」

「まあ、オルカ達には、ヒトのシステムなんかなくても、勝手に争ってもらえばいいわけだしな。」

「G国としては、よくないだろ。」

「あっ、そうか。」


当の三ツ目はといえば、人間側へ何ら挨拶もなくスパッと立ち去った。それを知った記者の落胆ぶりは気の毒なほどで……とまあ、色々あったが。シー・リカオンとしても本件から手を引く理由ができたし、G国とは本来の協力関係に戻ろう…という方針になった、そのときであった。


ゴジラ最後闘争を開始したのは。


突然。厳重な拘束にも関わらず、自らが縛り付けられていたトレーラーを「背負い投げ」し、丁度観察に来ていた政府要人たちを「ぺちゃんこ」にしてからボロボロになった前脚を戦利品よろしく掲げた軍人たちの写真公表されるまで、12時間ほどを要した。

首都居住者たちがアップロードする映像からゴジラの「足取り」を再構成するのがネット上で流行したが、それで視覚化された被害も恐ろしいものであった。

陸軍からは「意外とあっけなかった」との談話公表されていたが、炎上する基地を背景に、横転した戦車や、降着装置まっぷたつにされてつんのめっている航空機写真などが出ていると、やせ我慢しか見えない。

後脚にもナイフが仕込まれていたのを見落としていたのでは?武装テロが仕掛けられたのでは?前脚の写真しか公表しないのは、ゴジラ戦闘力軍事的価値が生じたためではないか?…と、色々な憶測も呼んだ。

もっとも、環境相が真っ先にトレーラーの下敷きになっており、遺伝資源としての価値を主張する者がG国に居なくなったというのもあるのかもしれない。


三ツ目たちの呼びかけに応じる者が現れなかったというのは、要するに…あれが最後ゴジラなのだろう。


大型種の最後。「協定」の当事者たる種族消滅した。三ツ目達の引き際は、そういうことなのだろう。そして。

ゴジラが現れなければ、キラー・ホエール…すなわち逆叉と”話”をする機会もなかったというのも、また真実であろう。」


記者は、そのように終えて。原稿を「送信」した。

2016-08-12

シン・ゴジラ』の元ネタ要検証のネタ編)

「■『シン・ゴジラ』の元ネタまとめ」の補足記事です。

http://anond.hatelabo.jp/20160731121447

「これも元ネタではないか」という指摘の中に、要検のものがいくつかあったのでここにまとめておきます。ご意見等ありましたらトラバいただけると幸いです。



◇石侍露堂『宣戦布告』(原作麻生幾

日本を襲う想定外自体政府官僚自衛隊右往左往する様を描き、国防体制の不備を取り上げた。

*『シン・ゴジラ』の自衛隊の兵装は『宣戦布告のものが多数流用されている模様。



樋口真嗣日本沈没』(原作小松左京

舛田利雄首都消失』(原作小松左京



黒澤明天国と地獄

会議シーンで話を引っ張る点が類似



ゆうきまさみ機動警察パトレイバー

*第17話「グリフォン<その1>」に、名前を付けることの効用を説くシーンがある。

おれにとって「シン・ゴジラ」は死霊の盆踊り

シン・ゴジラ」を見終わった直後の感想は「おもろいけど、説教くさくてめんどくせー」だったが、

疑問点を検討した結果、「シン・ゴジラ」はおれの中で「死者たちが地獄ゴジラと戦い続ける映画」と結論づけられ、さらにめんどくさいこととなった。

以下、映画内容についての妄想があり

  

まず、最初になんじゃこりゃと仰け反ったのが、官邸に海底トンネル崩落の死者が0人と報告されるところ

車両が何台も走行しているトンネル天井抜けて、海水が流れこんでんのに死者がいないってありえんやろ。奇跡か!

海水瓦礫やらで満たされたトンネル、どうやって被害状況確認したん?

崩落の原因もわからず、2次被害も当然想定されるなか現場確認したんか?

道路カメラ映像避難者照らし合わせたら、誰も死んでないってことだろうか。それにしても報告早すぎだろ。AI使えば楽勝なんだろか?

しかも、「死者0」報告に誰も疑問を呈さない。官僚機構はクソだけど現場は優秀だから信用してるということか

おれが観た限りこれ以降も、死者の存在映画に現れることはない。

  

つぎ、ゴジラが再上陸して防衛相首相自衛隊の発砲許可を求めるとこ

ここ観ながら「なる、ここは時間軸が前後してるんだな」と勝手にきめつけてたら、そんなことなくて愕然とした

おれは「ゴジラへの発砲許可下りず、ゴジラ上陸を許す」って描写だと決めつけてたんだけど

実際は「ゴジラが再上陸してから市街地での自衛隊の発砲許可をだす」ってところでした。

ゴジラ上陸が予見されるなか、至上命題ゴジラ上陸阻止だろって考えたおれがバカでした

ゴジラ発見直ちに空自スクランブル。くらい事前に立案されてると予想したおれが浅はかでした

多摩川防衛線での攻撃を観ながら、これって焦土作戦だろか。人的・物的損害、上陸させたメリットってなんだろ?って考えてたのもむなしい

市街地ドンパチのほうが、海上のゴジラ攻撃より見栄えがよいからだろか?空自スクランブルって平成ガメラに似た場面あったし

おれの予見は外れたが「ゴジラの再上陸政府絶対敗北」というのはおれの妄想ではないはずだ

作中の危機管理はその起点となるべき認識において、致命的な欠落を抱えていることになるとおれは考えるが、これは作為的ものだろう。

現実ヌークリア原子力・核)政策における危機管理がそうであった、もしくはそうでありつづけるように

  

最後クライマックスの対ゴジラ作戦

無人機攻撃は狙い通りの効果を上げるし、電車爆弾は狙い通りの効果を上げるし、

ビル爆破も、凝固剤の経口注入も狙い通りだ

指揮所本部ゴジラを直接視認可能立川自衛隊で、視認可能ということはゴジラのレーザの射線にあることと同義であるが、指揮所からみる対ゴジラ作戦あくまでも遠景に過ぎず、およそ現実感がない

蛇足だが、第1ポンプ隊と第2ポンプ隊との間にはきっと通信回線はないんだろうな。あるのは指揮所と各隊との縦の通信回線のみだろう。横の通信回線はない。決死隊だからね。第2が第1が壊滅したことを知れば士気に関わるし。と想像すると指揮所の主人公の泰然とした姿に戦慄をおぼえる)

ゴジラ事案」収束可能にするモノ・知識が積み上がっていく様で、かつて読んだ直木賞作家高橋克彦氏の「総門谷」をおれは想起した。

現実福島原発事故は本作戦使用されているコンクリートポンプ車による放水により収束したのだったか。注水作業従事された方々への尊敬の念は禁じ得ない。が、しかし、注水作業メルトダウン後であったと理解している。現実では手遅れだったポンプ車が本作で活躍しているのをみておれはこう思う。

人間ゴジラ活動停止させるにはファンタジー必要だと。逆に言えばゴジラ人間が止めることな現実では不可能であると。

  

以上をテキトーにまとめたおれの結論を改めて記す

  

シン・ゴジラ」は、ヌークリアで死んで亡者になった者たちがヌークリア消滅させるという不可能な願望を延々と繰り返す地獄絵図の一幕である。実にお盆映画にふさわしい。んでもってこの地獄絵図はおれに問いかけるのだ。それでもヌークリアを存続されるのなら、あとは好きにしろよと。

2016-08-11

無能コミュ障田舎者シン・ゴジラは辛い

シン・ゴジラとても面白かったですけど、日頃感じてる生きづらさに形を与えられてぶつけられました。

以下はもちろんネタバレで進みます

無能コミュ障部分

有能さがカタルシスを生むのはあらゆる物語共通するため今更だったのですが、コネ大事さについて日本社会舞台に鮮やかに描かれるとより堪えますね。

尾頭さん抜擢シーンでさらっと語られる「政府中枢人物の部下と大学の先輩であること」が実に辛い。

コネシステム利便性理解していますが、やはり人間関係か、と。それも大学

皆が良い物と言い絶対に取り戻せない時間で、有能な人間だけのコミュニティで、この運命性と聖域性にも関わらず普遍性を持って受け止められることが、つまり自分普遍的からぶれることを突きつけられるのです。

田舎者部分

全体を通じ東京者こそ深く楽しめるリアリティ作りなのは言うまでもありませんが、無 人 在 来 線 爆 弾 に特別意味を感じられないことが何よりも辛いです

この映画一番の盛り上がり所だと熱中する輪に入れません。在来線という言葉の何が違うのか?どうして見覚えのある新幹線よりも特別視されるのか?何がパワーワードだ、共感できません。

マッチョオタク気取りが多いはてなではコミュニケーションめいた物をコンテンツに求めようものなら正論めいてなってない奴だと断定されるでしょうけど、その強者たらんとさせられる空気もまた生きづらさの一つであります

マジョリティに逆らうことを表明する以上非難されることは当然でありますが、何につけても自分感情がそのように否定されることより自分社会不要であることは自明なのに、社会とやらは体面の建前上退場の手段を用意しないのが一貫性なく意地汚いですよね。