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はてなキーワード: 本質とは

2016-05-26

http://anond.hatelabo.jp/20160525202301

たとえばですよ、「美人プロブロガー」がいたとします。

自分アイドル的な写真ブログにに上げて、それに吸い寄せられてきたひとと親密なやり取りをする、



ありえないですよね。もし、そんな人がいたら、みんな「危ないからやめとけ」って言うんじゃないですかね。

被害者の人がやってたのはそういうことなんですよ。

それに対して「アイドルじゃなくてシンガーソングライター」みたいなこと言って、それになんか意味があるんですか。



もっと言えば、「アイドル的な写真ネットに多数アップしてファンと親密なやり取りをする」というのは、二十歳の女の子が何のサポートもなく一人でできることではない。

普通の人はそんなことできないんですよ。どう考えても、彼女サポートしている大人がいたはずなんです。その大人たちのリスク認識が甘かった。

それが今回の事件本質です。

いわゆる「Youtuber」や、ニコ生に腐るほどいる「生主」は「アイドル」と見なしていいんだろうか。

動画ネットに上げて親密なやりとりをしてる人が現に存在してて、それを「危ないからやめとけ」と言うどころか、

世界大企業であるGoogleや、カドカワかい東証一部上場積極的に推奨している現状で、「リスク認識が甘かった」と言うのは結果論しかないのではないか

2016-05-25

de:codeのroomBが盛り上がっている

ちょまど氏効果か、朝一のセッションが満員になっている。

ここに集まった人は「Xamarinにもともと興味がある人」「ちょまど氏をきっかけにXamarin興味を持った人」「生ちょまど氏見たい」などいろいろ居るとは思う。

エバンジェリストとして、Xamarinに興味をもたせたというのは職務を全うしているとは思う。

ただ、彼女彼女支援している人を見ていると、彼女はいわゆる「オタサーの姫」と言える。

http://manuke.jp/chomado/

小保方氏の時もあったが、いわゆる「リケジョ」や「女性エンジニア」=「オタサーの姫」

という図式を世間に定着させてしまうのはいかがなものか。

本当に素質・スキル技術がある女性を色目で見て、本質を見抜けなくなってしまうことが怖い。

[]よくある質問

真面目に答えず、出来る限り嘘と虚構を織り交ぜて答えていきたい。

Q.ツイッター字数制限を解除すると思いますか。

未来のことは誰にも分からないし、私は関係者でもないので断言は出来ない。

ただ、「するべきではない理由から推測して答えることは可能だ。

ではまず本質的なことからいうが、大衆ネットアウトプットする行為基本的に「つぶやきなのだよ。

考えてもみろ、不特定多数読み手存在する場所で、理想読み手を期待して書くことを。

というより、そもそも「理想読み手」なんてもの存在しないがな。

から、それは大体の人にとって孤独作業なのだよ。

まあ、仮に読み手に寄り添わないとしても、極端な話「壁にでも話している」としても本質的には同じことだが。

でも、そうやって「何かを特定場所で発露すること」が、多くの人にとって必要ことなのさ。

個人のリソースの割き具合によっては「承認欲求」だの「自己顕示欲」だのと表現しても良いが、その次元にすら達していない行為表現するのに「つぶやき」ほど適切なものはない。

これはネット一般層に普及するずっと前からビデオゲームにすらいわれていたことだ。

しばらくして、その行為に特化したコンテンツであるツイッター」が出て、普及するのは必然だったわけだ。

まりツイッター字数制限を広げるべきではない理由は、ウリともいえる本質を捨てる行為からさ。

ツイッターでは日々、様々な人が思い思いにアウトプットしているが、いずれにしろつぶやく」ことは核となっている部分だ。

字数制限が上がっただけで、別に140字内で書いていた人はそのまま使えるし、連続して関連したツイートをしたい人にはそっちの方がいいと一見思えるかもしれない。

だが、短い字数の中で何かを書くことをいくら連続させたところで、それらをまとめて書くこととは似て非なるものだよ。

今回、学ぶべき教訓はこうだ。

「『1400』と、『140×10』を同じだと即答する人間に、ツイッターを使うことは難しい」

短歌だったり詩だったり小説だったりラノベだったり、雛形が変われば書きたいことは同じでも内容は変わってくるということさ。

もし君が変わらないタイプなら、それは個人にとって何かを発露するために適した雛形が他にあるということ。

現時点でのツイッターUI100%満足できるものだというつもりはない。

だが、人々が何かを発露する行為が「つぶやき」ではなくなるとかでもない限り、字数制限を広げるのは英断はいえないね

まり質問の答えはNOだ。

はいったものの、「なぜ発露するのか」を自分ですら良くわかっていない人が多いのが実情だから運営的な側面から見た場合は答えは変わってくるだろうがな。

……私か?

前に答えただろう。

2016-05-24

​多宗教対談番組「三宗教相談所」を作ったワケ

この宗教相談の始まりについて。

誤解を恐れずにいえば、もともと「宗教」に疑問を抱いている立場でした。

ただでさえ触れる機会が少ない上に、

お葬式でお坊さんが「…という話をTVで見まして…」なんて、

TVで知った、ちょっといい話説教連続して聞く体験に遭遇しました。

残念を通り越して、

「大切な人の死の前で、何をこんな話に有り難がるのか。」

という完全な不信感でした。

オウム事件日本人宗教関係は50年分後進した」と言われている通り、

事件きっかけに、多くの日本人は「宗教」を忌避するようになったと感じます

しかし、世界では宗教帰依していない人の割合は半分以下、すなわちマイノリティなのです。

私達日本人宗教から遠ざかったままで、

宗教について知らないままで、いいのだろうか。

例えば、ISテロ問題宗教法人税、トランプ氏の排他的発言

それらがどんな宗教的思想に基づいているのか、

知らないでは済まないのではないだろうかという思い。

例えば、以前TED京都のお坊さんが「日本人宗教観」について話された際、

クリスマスを祝い、除夜の鐘を聞き、神社初詣をする日本人宗教観は、

 しばしば世界から疑問視されるが、

 この日本人の寛容性こそが宗教本質をとらえており、

 宗教上の問題で争いが絶えない世界に対し、我々の宗教観を発信していく必要性がある』

と語り、世界が見直すべき価値観だと喝采を浴びたという記事

これらを通して、

キリスト教仏教、そして何よりイスラム教を知ってみたい、

車座で三者が談笑してもらいながら相違点を理解したい、と思い、

日本からこそできる企画はないだろうかと考え始めました。

別に勉強ではありません。

あくまで初めて知るためのビギナー用のプログラム

へぇ!そうだったのかぁ!?」とトリビア的喜びを感じて欲しい。

先の収録ではお墓に関する相談に対して、

キリスト教仏教イスラム経ともに、

本来、死んだ後のお骨に関しては所詮物質

 葬儀を盛大に、は元々やらなかった事。

 結局、葬儀屋が考えた事なのです。」と喝破されました。

宗教によって違う事や、宗教は違えど同じ事に驚き…楽しかった。

そんな話を、お悩みのお答えと共に繰り広げる…。

・・・なんて、真摯なご説明しましたけど、 

とにかく、宗教家のみなさんは面白がって下さり、

「禁断のお話」をバンバンしてくれてます

https://www.youtube.com/watch?v=8zCMrao66EY

そんなプログラム…是非お楽しみあれ。

資本主義本質

努力したと思いこんだ人が駄々をこねてパイを奪う

2016-05-23

コミュ障改善本によく書いてあることを通じて知った俺のコミュ障本質

よく「相手方共通点を探して親密度を高めましょう」みたいなこと書かれているけど、

あなるほど、だから俺は人とつながれないんだなと気づいた。



とにかく、色んな個人的な関心事がマイノリティコミュニティに属している。

日本の)ネットで探してもコミュニティほとんどない分野ばかり関心があるので

当然ながらリアル身の回りにいる人たちと共通点ほとんどない。

ようは「変わった趣味を持つ俺カコイイ」という中二病メンタルが治らないからなんだ。




まあ、世界有数の大都市たる東京に逝けば別なんだろうが、俺は北陸地方都市にいるわけで

ここではやっぱり恥ずかしいほどメジャー物事に感心を持ったほうが生きやすいと思う。



ただ、雪かきするときだけは地域と繋がれているような気がするよ(ほっこり

[]よくある質問

真面目に答えず、出来る限り嘘と虚構を織り交ぜて答えていきたい。


Q.最近あった刺傷事件などもそうですが、加害者が悪いということは大前提としても、その他の要因に是非を求めないのはなぜなのでしょうか。

「要因」や「責任」など、それらは必ずしもイコールではないからさ。

仮に、空き巣の侵入を許した家はセキュリティがザルだったとか、暴漢に襲われた女性露出度の高い服を着ていたとか、それらを百歩譲って因果関係があるとしよう。

それでも、それを「不用心」と表現することはできても、責任の是非を問うのはお門違いだ。

刺された最大の要因は加害者の是非であって、これは被害者の側面から見れば「不幸」とするのが妥当だろう。

まあ、他に要因らしきものと括ろう思えばいくらでもできるが、それは本質ではない。

まり私や君がこれまで無事なのは別に用心深いからだとかではない、ということだ。

そりゃあ、要因を減らすようにすることは大事さ。

でも、あらゆる状況を想定してそれらを完全に排除することは物理的に不可能だ。

から、私は「不幸」と表現している。

短絡的な因果関係で不運を避けられるのなら、誰も苦労はしない。

まあ、その要因を減らす努力を怠ったことにすら責任が伴うと思うのなら、好きにすればいい。

万全を期した上で、それでも刺されたとして、その時「仕方ない」ことだと割り切れるならば、それは君の自由だ。

今盛り上がっているアイドル文化叩きを見てると

オタク叩きが無くならない理由がよくわかるよね。

事情を全く知らない奴の偏見に満ちた嫌悪感を発露しても誰もとがめるものはいないし、またそれが賞賛されたり支持を集める。

オタク叩きがなくなるってことは、今アイドル文化をよく知らないまま適当に叩いてるような奴らがいなくなるってことだ。

インターネットにはその分野ごとのオタク大勢いてそれぞれ小さな集団を作ってるけど、特にアニオタが最大派閥から、よくアニオタに対する雑な言及は咎められるけど、他の分野に対してはネットマジョリティは冷淡もいいところだ。

しろありえないほど雑に言及して、マジョリティ内での支持を集めて、マイノリティを叩き潰している。

全員がかなり高いリテラシー言論に対する謙虚さを持てば、こういう雑な叩きは無くなるけどさ。

それに言及出来るだけの知識と教養がまず前提にあって、同時にそのもの自体をよく理解してはじめて一定の水準を満たした言及ができるんだけど、

誰でも自由に思いついたことを無責任に書き込める今のネットでは不可能だし。

ブコメなんてスター偏見が増幅されるシステムだしなおさら酷い。

もしくは全員が口をつぐむか。でもそんなの無理だよね。




今回のようにある一件がきっかけで、アイドル文化に対してネットマジョリティ内でなんとなく感覚的で雑な偏見に満ちたヘイトが溜まってる様子が見られたけど、それはマジョリティに対してもそうだからな。

マイノリティ側はマジョリティに叩かれたことを忘れない。それが感覚的なヘイトへとつながっていく。ありがちな憎しみを連鎖だがそれが本質だ。

おそ松さんファンの女の9割は付和雷同

男性人気声優を使っているか

●6人兄弟BL視点

で表層的コーティングして、

●「ごっつ」的なコント風の作風面白さの本質理解できてない

んだよ。

女ってホント自分が多勢でありたい」「周りの流行に流されやすい」よな。



「おじゃまんが山田くん」をイケメン声優だけで「おじゃまんが山田さん」にしたら、売れるんじゃね?

2016-05-22

脳天スカスカ漫画

昔はストーリーが良くなければダメ。そう思っていた時代が僕にもありました。残業帰りで帰ってきた自分にはシリアスストーリーなど読めません!

そこで、脳天スカスカでも女の子が可愛ければ良いという漫画アニメの一例をメモしておく。他にも沢山あると思うので何か良い物があったら教えてほしいです。


これはちゃんと読みました。一言で言うと「みなみけ」の次女の中身がメスゴリラ以下の知能になっているといえば良いでしょうか。馬鹿とか阿呆とかそういった単語形容するよりは知能発達に問題ありといったほうが適切なキャラ

どんな馬鹿でも可愛ければ良い。それが結論



これはアニメで見た。駄菓子豆知識とか喫茶店とか内容が含まれていたような気もするけど、一言でいえば着衣巨乳フェティシズム全開という印象しかない。OPからEDまでほとんどニヤニヤしっぱなしなので、きっとストレス解消に貢献しているはず。

カワイイ女の子が喋ればどんな豆知識でもよい。それが結論


あー、いつも息子が(同人誌に)お世話になっております。誰だって小学生の頃は血のつながってないエッチなお姉さんがほしいって思うじゃん?構図が微妙とか何とかという意見もあるようですが、この漫画本質エッチな姉を(同人誌で)豊かに味わうことにあるとおもいます

カワイイ姉さえいればなにもいらない。それが結論


タイトルからサイクロプス先輩を想起してみたり、先輩が高垣楓(25)が制服を着ているようにしか見えなかったり、のっけからオリジナリティ不安があるけど、先輩がカワイイので問題ない。手品ネタでそんなに長く続かないだろと思いつつも、そういえばこれは寄席で見たネタだなあと思いながら見てるといい。

カワイイ先輩が手品をすればネタの寒さも関係ない。それが結論

アイドル刺傷事件に思う

握手会は中止にするべきでは?」という胆略的な意見を割りと目にする。例のヤフコメとかで特に

今回はたまたま、”アイドルとそのファンだったヤツ”という構図ではあったが、問題本質はそこではないと思う。

 

何故なら、握手会が消えたところで、「若い女性が、行き過ぎたストーカーに刺される事件は無くならないだろう」と考えられるからだ。

まり一般的ストーカー事件として捉えるべき案件ではないだろうか?

 

地下を含めアイドルからしたら、客との関わり方、プレゼント受け渡しの線引き、何かありそうな場合事務所対応などなど

考え直しも迫られるであろう。

しかし、プレゼントの返し方など、冨田さんの方にも悪手と思しき行動もある。

まぁその辺は日常的な男女関係でもあり得る話なので、アイドル商売システムにどうこう言ってもしょうがない(すべての接客業にその可能性があるのだから)。

 

 

まず問われるのは、いつも「何か起こってからでないと動かない警察」の対応だろう。

警察が頼れない世の中ならば、一般人が気軽に(時給千円感覚で)オーダー出来るような

私設ガードマン団体などどうだろう?ちょっとしたビジネスチャンスがそこにある気がしますが。

 

 

それからネット常軌を逸した発言を垂れ流し続ける者を、マークするシステムの構築。

岩埼と思しき人物の悍ましきツイート群、あれはもっと重く見られるべきだった。

世に犯罪心理学という者があるようだが、時には憎悪の増幅装置として機能してしまネットに長けた

ネットワーク犯罪心理学というもの確立してもいい気がする(あるのかもですが)。

 

岩埼のはツイートだけと思われがちかもですが、ブログもあって、前日のエントリーなどこうだ。

http://ameblo.jp/illion-0107/entry-12161958764.html

ついカッとなって」どころではなく、「明日ヤッてやるぜ」という意思表示しか思えない。

 

話を戻して、一連のをひっくるめて考えたら「これはヤバイ、キテますわ」と素人目にも思うこと、

これを権威ある人物・学会が、危険度をランク付けして欲しい。

岩埼は”危険度S”以上は免れないと考えられますが、そういった危険人物をただちに監視下において

対象に近づくことを阻止するべきなんだと思う次第です。

 

 

握手会がなくなると困る男より

当事者としていうけど~」←こういう意見って持ち上げられやすいけど

こういう「当事者としていうけど~」という意見は持ち上げられやすいし、ブコメスターがつきまくってるのを何度も見たことがある。

例えば、今日見かけたやつ。

広島人としては、いい悪いじゃなくね?と思う。 戦時中だし、いまと世の中の価値観も大きく違う時代の出来事に、今になって良い悪いを語るのはナンセンスだね。 大事なのは、過去の出来事を未来に活かすことだ。 - etherealcat のコメント / はてなブックマーク

まぁ、この意見自体は至極真っ当だけれど、枕詞の「広島人として~」という部分って必要だろうか?

普段、「主語が大きい」「サンプル数1」「生存者バイアス」などと言われ、こういった所属集団に対する言及は慎重に取り扱われている。

こういった風潮はいかがなものかと思うが、でも、上の例のような自分所属する集団代表しているかのように一個人の意見を述べるのに関しては、俺は主語が大きいもっと批判されるべきだと思う。

なぜなら、その人が所属する集団なかにはこの人と意見の異なる人が当然いるだろうし、そういうある集団のなかでの多様性みたいなものが、こういった一つの意見が支持を集める形で潰されるべきではないからだ。

上の例でいうならば、例えば広島出身の人の中には、「原爆投下は許されるべきではないしアメリカ謝罪しろ過去を忘れるな」という人もいるかもしれないし、また極端に言えば「もう一度戦争をするべきだろう」という主張の人がいるかもしれない。

そんな中で、上のような形の、勝手代表者としての意見の集約みたいな主張が無闇に持ち上げられるべきではないと思うし、もっと批判されてしかるべきだろう。

こういった当事者意見が持ち上げられる弊害は、その集団にその擬似代表者となった意見イメージレッテルとして貼られてしまうことである

ある意味一番その集団特性を殺しているのは、こういう代表者のようでいて一個人の主張にほかならない意見をいうことだと思う。

もちろん当事者性が最大限配慮されるべき事例というのはあって、外部から干渉を受けるべきでない問題が集約している事例や当事者関係者やその周辺人物が配慮されるべき事例では、当事者としての意見が一番効果を発揮するだろうし、当事者意見尊重されるべきだろう。

しかし、当事者性がほとんど影響しない、議論本質には影響を与えないが、持ち上げられてしまうという事例があり、これがいけない。

当事者から言うけど~」「当事者からいえるけど~」といった類の意見を述べるのはいいけど、周囲が無闇に共感したり持ち上げたりしない努力をする必要がある。

社会学者古市さんが叩かれる理由がまったく分からない

http://www.nicovideo.jp/watch/sm23488282




社会学者古市さんが叩かれる理由がまったく分からない。

彼は社会学者としての立場から法律改憲論者と論壇で登って答弁しているわけだが、オレには佐藤氏と古市さんとの間で話がまったくかみ合っていないように思える。


正直、この佐藤という人を含め、古市さんを叩いてる人にはマーケット感覚がないんじゃないか?と思うんだが、具体的にどうやってそれを示したらいいのか見えてこない。

山本みずき氏との論壇でも同様だと思う。山本みずき氏にはマーケット感覚がない。一方で古市氏にはマーケット感覚がある。

議論レベルがかみ合ってない。山本氏佐藤氏も、社会の泥臭い面や言葉通りにいかない部分が見えてない。古市氏の方が社会を間接的に知る手段豊富で信頼できると思うんだが

同じように思ってる人はいないのかな。。。

一応個人的に考えてみた内容をまとめてみたので、知見のある方々の指摘や修正がほしい。

是非論駁してみてくれ。





両者の経歴から考察

個人的思考なんだが、『佐藤氏』と『古市氏』のバックヤードに目を向けてみた。

ソースwikipediaくらいしか簡単に示せるものはなく、佐藤氏のことはオレはほとんど知らないので、あまり知ったようなことは言えないんだが・・・

佐藤氏』

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BD%90%E8%97%A4%E5%81%A5%E5%BF%97#.E7.B5.8C.E6.AD.B4.E3.83.BB.E4.BA.BA.E7.89.A9

古市氏』

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8F%A4%E5%B8%82%E6%86%B2%E5%AF%BF





古市氏の背景は〝環境情報科学〟。人脈のほとんどは起業家、および新時代財界人






佐藤氏の両親は政治学者弁護士。つまり歴史と法に重きを置く典型的法学部タイプ日本法治国家資本主義として成功した社会主義タイプなので、佐藤氏は典型的右派保守的タイプ

一方で古市氏は環境情報から社会学へと転向した。つまりバックヤードとなる知識や感性科学者タイプ

ゆえに、古市氏の論じる分野には必ず〝マーケット〟がある。お金と結びついて物事を考える発言がきちんと身についている。またそこに時価がある。

ここで勘違いしてはいけないのは〝経済〟や〝金融〟ではない、ということだ。要するに〝政治色〟が薄い。よく言えば庶民的。別の言い方をすると〝資本主義的〟。

また彼は友人に起業家を持っており、堀江貴文を含め、財界との繫がりも多い。ほりえもんちゃんねるなどにもよく登場する。

これを〝強い者に擦り寄る〟と表現するものもいるが、そのあたりの〝評価〟は置いておいて、マーケット感覚を得られる環境にいることは間違いない。

http://blogos.com/article/154867/

例えばここで古市氏は『すき家企業社会にもたらした社会福祉ひとつ』と述べたことで叩かれているが、なにが間違っているのだろう?と思う。

マイクロソフトをはじめとする新時代新興企業の多くは、既存制度を上手に利用して新しい形の報酬従業員に還付している。

(※その代わり徹底的に税金を逃れている! ←善し悪しは置いておいて、事実そうである

どの国に所属しているかよりも、どの会社所属してその会社が与える福利厚生を受けられるか

ストックオプション行使できるか、金融資産を持てるかどうかが豊かさへと直結する時代になったのに、いったい何故古市氏の述べていることが的外れなのだろうか?

シリコンバレーでは福利厚生提供するサービスを行っている会社がYコンビネータ出身者によって起業されている。

ケータリングサービスタクシーチケット、社宅システムなど、上げればきりがないと思うのだが・・・



http://asread.info/archives/722

日本自衛権があることを古市氏は知らなかったと述べているが、これもある意味で間違っていないと思う。

実際のところ、実質的自衛権行使できなかったことには違いない。

 ・ミサイルを発射されながらもそれを撃墜できるのは日本駐在している二機の米軍潜水艦のみであること。

 ・敵国が領空侵犯をしても命令がなければ撃墜できない。引いては物理的に〝敵飛行機を押す〟という意味不明対処しかできない

これらの現行法脆弱さをどれだけ学者やSEALsは理解してるのだろうか?


http://trafficnews.jp/post/46566/3/



自衛権は認められているが、〝実質的に言って認められていない〟ことと一緒。

であるにも関わらず、古市氏が『日本自衛権って認められてるんだ…』という発言を〝知識がない〟〝教養が無い〟と評価する論調はいかがなものか。





佐藤氏の背景は〝法学政治






一方で佐藤氏にはマーケット感覚が無いといえる理由はここにある。つまり法律政治に関する学問を背景にしているところに問題がある。

この手の人間がやっかいなのは、やたらと知識や雑学は多く言葉言葉を返すのは上手いのだが、思考回路に多くの前提条件や知識条件が抜け落ちていることが多い。

言ってしまえばマリー・アントワネットタイプだ。






法学政治に強い人は〝市場の時価〟という観点が抜け落ちていることが問題






古市氏の発言法学政治に強い識者から叩かれやすいのは何故だろうか。

それは叩く者たちが〝歴史の変遷〟が、実は〝市場の変遷〟であること、をよく分かっていないからだ。

市場経済はより自然科学的だ。お金政治法律によって生まれたわけではない。自然に発生して、それが整備されて整えられた。実は人類進化の果てに手に入れた概念だ。

軍事力経済力のふたつは大国の力を現す両輪と考えられるが、実は歴史を手繰ると三番目の車輪があったことが分かる。その名も〝宗教〟。

そして現在過去も、急速に力を落としている車輪でもある。






歴史軍事力 ⇒ 経済力へと力が変遷している






鎌倉幕府の台頭に現れているように、歴史的に見ると既にこの頃から宗教の力は徐々に衰えを見せており、政治軍事力の二つが世界を動かしていたと言える。

表の世界での政治ほとんどが宗教と密接に関わっており、もっぱらここが市民政治の大きな接点であったと言える。

一方で軍事力実質的世界の掌握と統治を行う役割を担っていた。

少なくとも、日本においては明治維新サムライ不要となるまではそうだったのだ。

しか第一次世界大戦第二次世界大戦代表されるように、軍事政権は失敗を迎えた。

正しい仕方で行使されなかった軍事政権は、共産主義社会主義を生み出したからだ。

一方で米国のような市場経済を中心として発展した国は一定成功を収めた。士・農・工・商のうち、最後に勝ったのは商人というわけだ。





市場の時価〟と経済ルールを決める時代が到来しつつある。







マーケットは〝国の力が弱まりつつある〟ことを明らかにしつつある。既に鎌倉幕府時代から政府が持つ立法の力は軍事力経済力のどちらかを担保にしており、宗教アイドルでありスケープゴートであったに過ぎない。

そして過去〝政(まつりごと)=宗教〟が中心だった国家は、現在政治の中心を〝経済〟へと移している。

軍事政権実質的な掌握を行っていた政治は、現在では財界実質的な掌握を行う社会へと変化した。そしてそれは加速していく。

実際、国が提供する福祉よりも企業従業員提供する福祉の方が優れている場合が多い。しかマーケットに従った結果なので、相応の人材を兼ね備えており、無駄が無い。

パナマ文書にも代表されるように、国家の枠組みを超えた企業にとっては国境など存在しないも同然。

スターウォーズ通商連合のように、もはや国とは独立した別の政治形態と言って差し支えない。

戦後70年の間で形成されてきた常識などいくらでも覆る。今後の歴史は大転換を迎えると考えてまず間違いない。

その意味では、いまだに全時代的な歴史踏襲と繰り返し論議を重ねる、マーケット論の無き法学者政治学者が出る幕は実質的に言って存在しない。

宗教がその存在を弱めたように、政治もまた本質思想であり宗教であるから、その実質である軍事力経済力のいずれかに依存せざるを得ず、結果として時代に取り残される。

軍事力の台頭は世論が許さないだろうし、世界もそれを望んでいない。よって、これから重要になるのは、〝個人がどの市場経済所属しているかである




法学者政治学者歴史学者〟ではなく、必要なのは科学者〟と〝金融専門家〟であり、追うべきなのは経済史〟





世界を牽引してきたのは技術革新と金融だ。宗教を背景にした政治ストーリーを創り出す力があったが、現代ではその力は失われている。

闇雲に政治を追いかけても歴史を追いかけても真実は見えてこない。

必要なのは産業界歴史を追いかけること。経済史の発展と衰退の繰り返しの中に答えがある。

古市氏がどういう器なのかは知らないが、少なくとも歴史と現状を比較して将来を占う上で非常に恵まれ立場にいることは間違いない。

彼は川上の最新情報アクセスできることが可能で、新時代リテラシーも十分持っている。

法学者歴史学者も、企業の間接部門しかない。プロフィット部門ではない存在の者たちがとやかく言う論壇や議論意味はない。

その点は古市氏も同様だが、彼は自分立場弱者であることを自覚している分、市場に対する的確な論壇を展開できる下地がある。

叩かれるのがその証拠だ。叩いてる奴らのほとんどはマリアントワネットばかりなのだから、叩かれている姿を見てむしろ安心すべきだ。

2016-05-21

ダンス嫌いを克服した

http://anond.hatelabo.jp/20160520232557

私と同じかわいそうな目にあった人をみかけたので、ダンス練習法を残しておきたいと思う。いくつかの条件があるので、役に立たないかもしれないが…。



私も体育のダンスはとても苦手であった。小学校運動会で踊ったRYDEENも辛かったし、中学校体育祭ダンスコーナーも最悪だった。休んで逃げたかった。高校フォークダンスは休んで逃げた。

運動も初期値でパラメータが高いわけではないので、体操系やマット運動などは嫌いであった。本当に公開処刑だよね。体育が嫌いな諸先輩方の主張の通り、体育は練習や訓練の場ではなく、ぶっつけ本番の発表の場なのだ



バレーボールでもバスケットボールでもサッカーであろうと、やっているというだけで、スポーツとしての本質に迫ることはなかった。

体育のサッカーは、みんながボールに群れるような状態で、戦略的コートの中を移動するクラスメイトは皆無であった。キャプテン翼サッカーのすべてのような情報量だったせいもあるのかもしれない。キャプテン翼再現としては顔面ブロックをして鼻血をだしてりもした。

社会人になってから誘われたフットサルでは、ボールがこなくても、キャプテンの指示のもと、コート縦横無尽に動くことを要求された。ボール位置相手ポジションに応じて、おのおのが相手戦略邪魔するようにコートを最大限の運動量で走り回らなければならなかった。

ボールがこなくても自分の動きで次第で、相手の動きが大幅に変わってくるので、それだけでも面白かった。

指導者の力量によって、スポーツの楽しみは大きく変わることが分かった。

私が出会った学校教員はそこまでの能力がなかったのであろう。指導者が悪くても学校は逃げ場がないんだよね。



閑話休題。話をダンスに戻そう。

ダンスに取り組んだのも社会人になってからだ。

いろいろな事情で、ハレ晴レユカイを踊らなくてはならない状況に追い込まれた。事情想像していただきたい。いっしょに指導してくれる人もいた。

その人から聞いたポイントは、以下のようになる。

・早い動きのところで、同じ動きを2回するところは1回に省略(見ている人は気が付かない)

・足のボックスの動きをずっと練習(とりあえず踊っているように見える)

指導者おすすめYouTubeの「踊ってみた」を見ながら振り付けを覚える(アニメ映像情報量が少ないことと踊る人によって、細部の解釈が異なっている)

・かっこいいところは練習量を増やす(それらしく見える)



指導者からノルマの通り、アニメED版の1分30秒を1日に10踊ってみた。正確には、フルコーラス版を1番で終わるようにつなぎ合わせて編集をしたバージョンだ。アニメED版は、1小節カットされているのだ。

2週間後にはなんとか体が動くようになった。そして、なんとか、本番のステージを乗り切ることができた。



この試練を乗り切ったあと、副産物として、体の動きについて、洞察力が深くなった。

たとえば、振り上げた指先の動きであったり、手のひらが体の前のほうを向いているか後ろを向いているのかなどといったことが区別がつくようになった。

さらフレーズというのか、定型的なダンス向けの体の動きがあり、それの組み合わせで、ダンスっぽく見えることが分かった。プリキュアEDダンスくらいであれば解析と再現可能となった。が、ほとんど使い道のない知見なのであった。



学生時代にその域まで達していれば、別の人生があっただろうにと思うととても残念に思う。しかし、視野が広がったのはよかったと思う。



ここまで書いてきて、サッカーときダンスときでいくつかの共通項がある。一つは、指導者存在だ。人に教えることがうまい人との出会いは上達することを容易にする。二つ目自分でやろうとする意志だ。やらされている体育ではここまでの持続的な情熱は持てないだろうと思う。



と、ここまで書いてきたのだが、この年になるとあのステージ以来、ダンス披露する場はない。もっぱらカラオケネタしか使えないのであった。

ライトオタクが楽しんでいない理由

01.ライトオタクオタク

大抵の人は読みに行くのではなく読ませてくれるものを求めている。

オタクという人種は広義に捉えて読みに行く人種なので外装が小難しくても勝手に追求して読みに行ってしまう。

そこに深い知恵や知識、面白みが存在している可能性についての成功体験があるから

もともと求めない人たちはその成功体験に対して感動を覚えないか、覚えても素通りしてしまう。

あるいは深い部分に至る前に全部消費物として投げ出してしまうのかもしれない。



02.能動受動

いずれにせよライトオタク気質の特徴は受け身であり、お客様気分が大勢を占めるため楽しみの苦労や苦痛というテーマ理解しない。

しろそんなことを言えばなぜ楽しみに苦しみが必要なのかと怪訝な顔をされてしまう。本当に楽しいものの背後には面倒があることを知らない。

楽しみの背後の苦しみはコンテンツ理解に対する挑戦だったり、自らその世界に飛び込んで発信者になったりすることで発生する。

SNS時代に入ったこともあって、ここにはたくさんのリスクがあるし、その一方で宝くじのような面白みにも出会える。

ただ享受する側としても深く受け止めようとすると大小プレッシャーが掛かる。

場合よっては表にまとめたり文章を書き起こしたりするオタクも現れる。



03.想像と非想像

このようにオタクライトオタクの相違は、そこに受け手としての想像力があるかどうかにかかっている気がする。

しませてくれという態度は人生を摩耗する態度ではないのか。

ちなみに釣り気味のタイトルに対してライトなりに楽しみ方はあるという反論可能性として出てくるとは思う。

但しそれは潤いとしてのつまみ食いであって楽しみ方の本流ではないと個人的には考える。



04.ハイエナサバンナ

こうした観点からオタクというもの再確認すると、バイラルメディアに流れるオタクの諸相はほとんどが消費傾向にあり、ライトオタク層が大半を超えるという結論にならざるをえない。

このためにバイラルメディア創作を潰すばかりか、創作からまれる広義の二次副産物を維持する力をも失わせるのである

想像のないものは摩耗し一時的生産物は消費されて潰えてゆく。バイラル本質ハイエナ的であり一帯は生肉を植える焼畑農業に近い。

2016-05-20

http://anond.hatelabo.jp/20131209170954

数学で喩えるならば。

公式と例題との関係とも言える。

主題となることと、公式。それを用いた用例との関係性が明確であれば良い。

二次方程式の解の方程式の話をした後で、具体的に解の方程式がどのように適応できるのかを見てみまそう。

ax^2+bx+cという一般式に対して、x^2+x+1とか、4x^2+3x+1とかが、具体例だね。

どんな風に公式を当てはめていくかを、文字式だけではなくて、数字で当てはめていって、見ていこうと言うことだな。


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蛇足


中国古典孫子韓非子を比べると、今だに孫子が重宝されるのは、読みやすいってのもあるだろう。

合理的判断に基づいた推論となっているからだろうな。

また、その具体例が適切だからだろうな。

戦争に勝つための話をしていて、それはこうだから

丘の上に陣を張った方が、見渡せて良いとか。鳥の群れが、飛ぶのは、そこに人がいるからだ、とかね。


墨子韓非子イマイチなのは、具体例の部分が、本質とはかけ離れれているせいかもしれないね

韓非子の和氏の壁とか、すごく人の心を動かす例を出しているが、彼が言いたいことは、それだけの悲壮覚悟を持って、文書を書いていると言うことだった。

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2016-05-19

ニコニコ動画10周年

http://anond.hatelabo.jp/20160517114849



振り返る増田を読んで、自分も書きたくなった。

トラバ元を書いた方がよく見知っていた分野は、ニコニコ構造上廃れやすい分野だと思う。

一方で生き残る分野はどんなところか。それを書いてみたい。

生き残ると思しい分野に含まれる要素を先に述べておくと、「解説説明突っ込みを加えられる」と言うことに尽きる。

そういう「解説説明突っ込み」が希薄ジャンルは廃れる。



私は2006年大学二年生で、暇だったわけだ。クラスが同じMという男からニコニコ動画の話を聴いてサイトを使い始めた。

http://nicovideo.g.hatena.ne.jp/myrmecoleon/20080527/1211907817

に詳しいような、「おっくせんまん」の成立過程リアルタイムだったし、住宅街の人が初めて歌ったこともリアルタイムで見ていた。



その後東方の隆盛や音MADパンツレスリング淫夢歌ってみた踊ってみたゲーム実況やらなにやらがこの10年で興っては消えて行った。

10年見ていて思うことは、冒頭で書いた通り、「解説説明突っ込み」を入れられる動画が強いということだ。

例えば、先ほどの「おっくせんまん」は動画歌詞を加えたことで大きなムーブメントになって行った。こうした部分がニコニコ固有性だ。

一方、そういうのが基礎になり生まれた「歌ってみた」は、あまり解説説明突っ込み」を必要としない。動画を見て楽しむことがメインのコンテンツだ。

先に投稿した方が、もう誰もやってないと嘆いたのはこうした分野だからだろう。



ゲーム実況だと、初めは実況者の音声のみで、とにかくゲームをしていく、という内容が多かったように思う。

そのうち、ルールが細かいゲームや、難易度が高いゲームに「解説」しながら実況する人が多くなっていた。

ソウルシリーズオブリビオンなんかがそう。この時期で覚えているのは「テクテク」さんの動画だ。

また、TASRTAなど速さや面白さを競うゲーム実況も生まれた。

こちらはマリオFFドラクエなど比較的皆が知ってる、プレイしたことのあるゲームが好まれた。「魔界塔士」さんの一連の仕事が著名だろう。

どちらであっても、動画内で状況を「解説」する。そしてコメントでは、驚嘆を示すコメント・指摘や修正を加えようとするコメントが出てくる。これで動画が盛り上がる。

ゲーム実況では実況そのもの面白いももちろん多かった。しかしそれだけではニコニコ動画固有性が発揮されなかったのではないか

解説」を投稿者コメントを書き込む者も可能な点こそが、ニコニコ妙味なわけだ。そうした構造を持つジャンルは生き残っていく。



もう少しゲーム実況の話を続ける。RTA動画を多く投稿している「biim兄貴と呼ばれる人が創始した「biimシステム」というゲーム実況スタイルについて。

私はこのシステムこそがニコニコ動画におけるゲーム実況成熟であると思う。

biimシステム」は、ゲームプレイ動画本体を左上に据え、右に解説窓二つ、下部に解説窓一つの構造を持つゲーム解説スタイルだ。

下部の窓には、ゆっくり実況の音声が台詞として字幕表示される。右の解説窓ではクエスト確認や、敵やアイテムステータスチャートなどが示される。

このように「biimシステム」は、ゲーム実況を「解説」するに特化したもので、多くの追従者を生んだ。

こうした点を見ても、ゲーム解説実況は、分野として生き残っていきやすいと感じる。



次いで生き残りやすいと思う分野は、専門分野を解説する動画だ。たとえばナショジオとか。本当はアップしたら駄目なんだろうけど。

ニコニコ動画では、かなり以前からメーデー!」という航空機事故を紹介・解説したナショジオシリーズがアップされ続けている。

ここに、どこからともなくやたら航空機に詳しい奴が現れ、緑色でやたら細かい解説を加えて行く。

また、「メーデー民」と呼ばれる人々は、以前の動画で出てきた事故と、今回の事故とを比較コメントする。初心者さらに興味が広まる。

それと、軍事映画戦争映画は盛り上がる。いやが王にも盛り上がる。兵器解説シリーズもそうだ。

軍事オタク描写の正確性を論議し、また右寄り左寄りの意見で荒れることが頻繁だ。しかし活気がある。

あとは海外翻訳系も強い。「AVGN」という古いクソゲー好きのアメリカ人クソゲーに切れる動画ニコニコに輸入されていて、

英語に詳しい者もそうだし、古いクソゲーに詳しい者、日本アメリカゲーム事情に詳しい者が説明相互にしている。

こうした専門分野系の動画は「解説突っ込み」に馴染みやすい。生き残る。



あと地味にスポーツ放送が良い。野球とか相撲とか。夜中に再放送とかもしていて、疲れて帰ってきたら、西武楽天とかがやっている。

ここでは多分俺と同じようなアラサーの人たちがのんびり書きこんでいる。

楽天って左打者が誰が誰だかファンでないと解りにくいのだが、動画ちょっとその選手について質問するとすぐ詳しい人が教えてくれる。

こういうのはホント新規性が高い要素だ。



10年見ていて思うことは、こうした動画による双方向的な解説・やり取りこそが、ニコニコ動画が獲得した固有性だということだ。

生放送踊ってみた初音ミクその他の華やかな部分に目が行きがちだが、本質はそこにはない。

解説」こそがニコニコ動画の真の価値だと思う。

2016-05-18

エログロクズ・鬱・欲望願望丸出しをやれば

人間本質に切り込んでいて深いみたいなのもう飽きたわ

最初は「そんなことやっちゃっていいの!?」って感じで斬新だったけど

もう15年くらいずっとこれが続いてる上ここ5年ほどで新しく出てきたもの広告で目につくもの全部これになって完全に食傷

知事ってなんで選挙制なの?

今回の舛添騒動とは若干話の本質が逸れるのだが。



個人的には経費の使い方が多少荒かろうが、

たとえ女を何人か囲ってようが、

成果をちゃんと出してくれればいいんじゃないかと思う。



逆はダメだ。

はいいんだけど仕事はまるでできない、だと、リーダーとしては話にならない。

政治家アーティストは、こっちのパターン絶対ダメなのだ

から極端な話、人間としてはクズでもいいから豪腕、みたいなのが選ばれたほうがいいんじゃないのかな。

角栄とかゴッホとか歴史に名を残すタイプはだいたいこの人種



いあー、でも、仕事ができるかどうかって有権者にはなかなかわからないよね。

……って、ん?



と、ここまで考えてふと疑問が。

そもそもなんで、(都政を始め)知事って選挙制なんだ?

議員場合はまだわかる。

けど、知事は、即戦力になるかどうかろくにわからない、人気投票で選ばれたシロートが、いきなりある日「組織トップに」据えられるわけでしょう。

実際、マック赤坂知事になってた可能性もいちおうあるわけで。いやないけど。理論上ね。

人気だけで選ばれたオッサンが、在職中ずっとあたふたしてるだけで、結局あん任期中何をやったん?ていうケースは多々ある。

東京なら青島知事とかね。



からそもそも、都政県政ってのは、人事のシステム根本的に欠陥があるんとちゃうんかな。

なんで人気だけで選んでは決していけないポジションを、選挙で据える構造にしてるんやろ。

分の悪い博打やんけこんなもん。

2016-05-17

マジな話、挿入ってそんなに気持ちいか

俺は人並みに恋愛セックス経験してきたオッサンだけどさ、

ぶっちゃけ、挿入行為のものはそんなに気持ちいいもんでもないだろ?

ブコメトラバで挿入行為に執着してる意見が多いことに驚いたわ。




もちろん、挿入しているとき今日は妙に気持ちいいな」と感じるときもあるし、

激しく腰を振って己の獣性を解放する開放感のようなものも好きだ。

純粋に肌が触れ合っているときの名状しがたい心地よさも間違いなく肯定できる。

でも、単なる刺激や快感絶対量だけなら、オナニーの方が気持ちいい感じがするけどな。

女性オナニーの方が刺激的って人も多いみたいだし。




ついでに、やり終わった後のピロートークもセックス満足度に大きく影響するよな。

心地よい疲れの中で、相手からぶっちゃけトークとかされるのが好き。

まあ、これは男の意見としては少数派の感覚かもしれんが。

(俺は既婚者じゃないか夫婦の営みの後のトークとか想像つかないけどw)




なんにしろセックス快楽本質は挿入とは違うところにある気がする。

ある意味、裸で抱き合ってるなら、それだって十分にセックスに値するわ。

別に生殖に繋がることだけがセックスじゃない。

つーか、たとえ挿入してようが、ゴム付けてる時点で生殖行為じゃないしな。

好きな女と挿入行為なしに抱き合って眠る。むしろ究極のセックスだと思うぞ。

人は互いに肌に触れ合うだけで脳内ホルモンが分泌しまくるように出来てるんだから

まさに動物にはできない、人間にだけ許されたセックスだと思うがな。

そんなセックスを狭い枠にはめなくてもいいじゃん。マイペースで楽しもうず。




http://anond.hatelabo.jp/20160515153042

2016-05-16

サクリファイス、エデン、サヴァイヴと同一作者のロードレース作品を読んだ。いつ買った本だったか思い出せないけど、新潮の帯が結構憎い。そりゃサスペンスとかミステリーの要素がラストにあるけれど、これらの作品本質はそこじゃねえだろうと言いたくなる。季節の企画から仕方がないといえばしかたがないのだけれど。

ともあれ、これらの作品(サクリファイスとエデンは長編サヴァイヴ短編集)は、タイトルストレートテーマとなっている青春スポーツ小説だった。プロスポーツ選手が抱いているであろう心情が丁寧に描かれていたし、ロードレースという競技自体も過不足なく魅力が書き表されていたと思う。

主要な登場人物はみんな自転車で走ることが大好きな酔狂者ばかりだった。自転車で走ることが好きすぎるから勝ちにこだわるし、エースのために尽くそうとするし、薬物に手を出してしまったりする。根底にはどうしようもない業があるんだなあって思った。そこまで心酔できる対照を、自分も見つけたい気がする。怖いけども。

シリーズを通して重要立ち位置にいたのが石尾という人物だった気がする。主人公になる短編があるわけじゃないんだけど、この人こそ自転車狂としての素質が一番現れてたんじゃないかな。そんな人物が一作の目のサクリファイスでなした役割を思うと、次代に繋げようとする意思に触れた気がしてじんわり胸に来るものがある。無骨で何考えてるのかわからない人物が抱えている思いが最後のほうで顕になるのって好きだなあ。

三冊とも読みやすスポーツ小説で良かった。キアズマはまた今度読む。

2016-05-15

http://anond.hatelabo.jp/20160515140809

おいおいはてなーお得意の「間違いだとは言えるが正解が何かは言いたくないもっと詳しい人に間違いを指摘されると嫌だから病」か

もしかして学校の上半期下半期は4~9、10~3で分けるべきだって意見

冬に出生率が多い、3月は成績が低いって言ってるんだからそこは複雑になる本質じゃないだろ

それだけでボンクラ呼ばわりか

やっぱはてなーは糞だな

外国人労働者を入れるしかないとか言ってるけど自国民労働者すらまともに労基守って労使できてないし、外国人労働者に対してはそれ以上の奴隷扱いをして自国へ逃げ帰らせてしまうようなことしてるし、問題外なんだよなぁ。ましてや自由民主党人権制限憲法草案にしてるわけでしょ?それ鎖国と等しいんじゃない?やりたいことと真逆の事してるよね?外国からもこないばかりか自国民も逃げ出していくんじゃないの?憲法を70年前に逆戻りさせたいのかなぁ。

70年間なにも「民主主義」とか「人権」「表現の自由」の本質について学んで、考えを改めてこなかったんだね、この国の政治認識って。ほんま中世ジャップランドだね。

自由民主党人権制限したくてたまらないみたいだし、党名から民主名前は外したほうがいいんじゃないかなぁ。

日本共産党北朝鮮マンセーだし。

民主党自分が誰に支持されていて、何を推していくのか分かってないような不可解な振る舞いしてるし。

問題外だらけだよなぁ。

2016-05-14

本質を見抜けないバカしかいないはてブの連中

よく中身のないブログが「互助会」って言われているけど、もっと悪影響のあるブログがたくさんあることを見抜けなさすぎ。

まあ、それらのブログはてブには乗らないから気が付かないんだろうけどね。結局、全てを見えているようで観測できるものしか見えてないのよ、私を含めて皆ね。

http://anond.hatelabo.jp/20160513232815

可哀想になぁ、これ、いい事書いたつもりなんだろうなあ…。

悪意はないし共感してあげてるのに捻くれた解釈する奴はおかしいって正論書いちゃったつもり?

可哀想になぁ。

まぁ若い頃とか書き慣れてない時はこういう恥ずかしい事も書いちゃうよな。

でも仕方ないよな、経験も少ないし慣れてないんだから。……後で凄く恥ずかしくなるけどね。

不幸からまれ反社会的感情? まぁそう無理して難しい言葉使うなって(笑)。同情に反発したら反社会的って、すごい事書いてるんだぞ? 君にはまだ分からいかもしれないけど、"不幸"も"社会"も自分が思ってるよりもっとずっと多様性を持っていて定義は複雑なんだよ。君の中では他人を思いやって上げる人間評価される健全社会って一義的理念が厳然と存在して、その中でカテゴライズされた一般論として普遍の不幸があるんだろう?(笑)

いや、もしかしたら違うのかもしれないし、君のエントリ自体ネタや問いかけ、所謂ネットの一部の斜め下から目線へのアンチテーゼであったり、単なる思い付きや感想であったりするのかもしれないね。だけどこの書き方はどうだろう? 煽りとしては優秀なのかもしれないけど、君は君の判断一方的自分感覚開陳し、考えもせずに何が悪いのかと問いかけ、一行でたった1つの推測を述べて断定し、それを批判的な帰結に持って行って匿名で書き捨ててしまっている。おそらく何が問題なのか気付いていないのだろうし、真剣トラックバックが来ることも想定していないのだろうけど、これは実に恥ずかしいことだよ。

同情には値するけどね。

人は総てを知ることはできないし、知れないなりに同じ何かを共感できるのは大切で有り難いことだ。

幾つかのトラックバック実効性を伴わない言葉についての言及があるけど、本質はそうじゃない。例えばこの増田アノニマスダイアリーはてなにとては養分しか過ぎず、恥ずかしげもなく運営と思しき書き手が「どう人気記事プロデュースしていくか」なんて語っていたりもするけど、彼等にしてみれば懸命に匿名で何かを訴えかけるのは"カワイソウ"な事にしか過ぎないだろうね。

そういう彼等もまた可哀想なのだけど、君の可哀想は彼等の可哀想とは別の部分にある。

真に同情すべきはココで書いている以上相手実在認識理解確認できない点であり、現実に会話した所で高度な自己表現セルフプロデュースを身につけた人間にとっては変わらないのかもしれないが、自分一方的表現が衆目に対して訴えかけられた時点で目的を果たしたと思ってしまっている点なんだよ。

……分かるかな?

まり簡単に言うと「書いたポチはい投稿おしまい」って思ってるかもしれないが、それって可哀想ことなんだよって言いたいワケ。

もっと可哀想なのは放っておいてもどんどん投稿が集まってそれを選んで人気記事にできる自分が偉いと勘違いしてしまってることなんだけど、それはまぁいいや。

おっとデュフフ、つい溢れ出る知性を持て余して長文になってしまったよ。

僕はこの君の三行のエントリーに心から同情する。

これは真実だ。(ちなみに鼻ホジしながら体感10分くらいで書いたよ? )