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はてなキーワード: 本質とは

2016-06-30

http://anond.hatelabo.jp/20160630144518

中国では祝いの日、ハレの日には盛大に爆竹を鳴らして祝うらしい。

日本でも花火は人気だよな。

音と光。それは誰かを祝うための声であり祝福の光でもあるんだよ。

イライラしているように見えるのも、それが祝いの儀式であるが為だ。

お祭りは騒がしいもの喧騒こそがお祭り本質だ。

まり、我々は怒っていたり妬んでいたりするわけではなく、純粋藤島先生と御伽氏の結婚を祝っているのであるよ。

ASAP爆発しろ

2016-06-28

http://anond.hatelabo.jp/20160628181124

自分人生他人に預けるか、自分管理するかは大きな違いだと思うんだけど。



あと本質ってなに?

http://anond.hatelabo.jp/20160628180402

そう言って本質から目を背けさせようとしているお前の意見ただの詭弁だよな

娘について言いたいこと

さて。サッコン、現実世界の会話とSNS上でのやりとりの境界ますます曖昧モコモコとしたものとなり、ふと発したした一言が、誰かにデジタルアップロードされた結果、炎上案件炎上させる炎上装置となる、総センシティブ社会が到来しつつある中で「すべての発言は誰かにとって地雷である」ことを常に懐に抱き、なかなかいいたいこともいえないこんな世の中。私も匿名で好き放題いいたいとの思いから、こんなところにやってきました。いいの?言っちゃうよ?











娘が、かわいいーーーーーーーー!!!!!!!!!!!





んですよぉ!ねえ!まだ一歳にならない娘だけどね。

こういうことおおっぴらに言うとね、「子供がいない人の気持ちを考えろ」「子供自慢うざい」「子供の会話しかしない人って退屈」系派閥の人たちからいろいろ言われちゃうからね、普段なかなかいえないんですよ。自分の子供がかわいいって。だから黙ってますよ。普段はね。リアルでもネットでも。今日は言わせてもらうわよ。





笑顔純真

娘がね、目があうとね、こっちを見て、ニコって笑ってくれるんですよ。

それがもうほんとかわいくてね。娘の笑顔はね、ほんと純真とか無垢とかピュアって言葉自身が言い表したいと思ってることの本質っていうかね、言ってみればピュア中のピュア100パーセント、なんの打算もないまじりっけ一切なしの笑顔なんですよね。世界中宗教指導者顔面に「これが純真じゃぁぁぁぁぁぁ!」って顔面ドギャーンと叩き込みたいって言うかね、アダムとイブりんごを食べる前はきっとこんな表情で笑いあっていたんだろうなっていうね。昔映画汚れた血」だったかレビューだったかロッキンオンだったかなんかで「純真さを失ってしまった青年の悲しみ」がなんたらとか書かれていてね、それを読んだ僕は「バッカじゃねえの?」と思いまして、こちとら幼稚園のころからすべてにうんざりしてんだよ、青年にもなってなにが純真さを失った悲しみだよ、そんなくだらねえもんねえよ、と思っていたんだけど、そんな自分顔面に「ここに純真があるんじゃぁぁぁぁぁぁ!!!」ってギャコーンと叩き込みたいね



肌がモチモチ

こちとら30過ぎてね、肌なんてサハラ砂漠もうるおって見えるくらいのカラッカのガッサガさですよ。娘の肌はね、ほっぺも太ももも二の腕もお尻も、餅を究極に抽象化したというかね、絵に描いた餅の到達点というか、白米のようにまっしろでモッチモチプリンプリンで、肌を押すとその下に大量の水分があるぞーって感じなんだよ。CMとかで「まるで赤ちゃん肌」とか言ってる女優には「ダウトッォ!!!」って放送倫理レッドカード的なやつを突きつけたい。年齢的なもの考慮すると綺麗なのは認めよう、でもあなたの肌は全然赤ちゃん肌じゃないよね。本物のプニプニの肌を触ってるとかわーいーくておまけにいい匂いもして抱っこしてるときゃあって思うくらい幸せ



行動がいちいち面白い

もうずっと見ててあきないくらい、なにしてるのも面白いんだけど、たとえば床の上に落ちてる10分の1ミリくらいのすっごい小さな黒い点のようなゴミ真剣にじっと観察してるの。このゴミをみながら彼女の頭の中ではいろいろな研究が行われてるんだろうなと思うとすごい応援したくなる。

そして、あー自分も思えば畳の目とか、ほこりを観察していたなとかほんとに記憶の彼方に消えていたものがぼにゃりと浮き上がってきて、僕にも娘と似ている部分があったんだなとうれしい気持ちになる。



成長速度が恐ろしい

はてブとか、啓発本とかでね、「社会人としての成長がどうのこうの」なんていうことがかかれたりしてるじゃないですか。はっきりいってね社会人になってからの成長なんて、持ってるリソースをどう割り振るかであって、自分能力限界値が増えるわけじゃないんですよね。

娘はね、ジャックとまめの木みたいに恐ろしいほど毎日毎日できることが増えていって、布団で寝られるようになったり、寝返ったり、はいはいしたり、感情表現したり、ストローお茶が飲めるようになったりするのを見てるとこれが真に成長と呼ばれるものなのだなと感動してしまう。人間の持つ力の、というか何億年とかけて進化してきた生物という仕組みの精巧さ、超絶さがここにあるんだよ。



ということでね、娘がかわいいです。

ほかにもいっぱいあるんです。

うんこが臭くてかわいい、とか。

もうほんとにかわいいんですよ。

それだけなんですけどね。ほんとにかわいいんです、という気持なんです。

2016-06-27

http://anond.hatelabo.jp/20160626232647

男同士でも、彼女や嫁がいる友達なら、彼女家族が優先になるのが割と一般的だと思うけどなぁ

この愚痴本質は「男友達が欲しかった」ではない気がする。

[]武田鉄矢 マスコミが口閉ざす、K国人の知らざる本質とは

https://www.youtube.com/watch?v=jXfua_3kEgs

戦争被害を受けた国は恨みを200年は忘れない。つまり中国韓国日本が詫びようが援助をしようが何をしようが戦争の恨みをあと140年は忘れない。その前提で今後の付き合いを考えたほうがいい。

台湾韓国嫌いの人の本を読んで、その内容がやり過ぎと思える位苛烈な内容だったので、その理由が気になって調べてみた……

2016-06-26

イギリス若者って肉屋を支持する豚だよね

イギリス若者EU残留派が多いと知って驚いた。典型的肉屋を支持する豚じゃん。

かつて小泉改革を支持する日本若者の多さに愕然としたが、イギリス若者も変わらないね

なんつーか、自由とか、チャンスとか、そういう言葉若者は弱いのかね。

しかし、じゃあ、EU残留することで、どれだけの自由やチャンスがあるのかというと全然ないよね。

だってイギリスは豊かな国だからね。

ブルガリアで働く自由やチャンスがあったところで、それは所得の向上にはなんら結びつかないでしょ。

しかも例え自分他所の国に行かなくても、他所貧乏から人が入ってくるわけで、キツイよな。

日本でいうところの外国人技能実習生。これがバンバン入ってくるわけで、豊かな国の労働者階級

若者が割を食うのは言うまでもないね

これが貧乏な国の若者だったら、流入の危険性はないしイギリスドイツで働けるからいいんだけどね。

あるいは、グローバルエリートは得するよ。ピラミッド構造の上にいる連中。

EUによってピラミッドが巨大化し、安く使える人も増えるわけだから、より多くの上澄みが得られて得する。

でも、イギリス普通若者の多くはグローバルエリートになんてなれやしないわけで。

トリクルダウンがあるならまだいいが、それもピケティ否定されちゃったしな。

結局のところ、EUってのは、ピラミッドの上部にいるグローバルエリートや貧しい国の人が得をして、

豊かな国の普通の人(移民若いので特に若者が競合する)が損をする仕組みなわけだな。

その、損をする典型的な人物がイギリス若者だろうに、なぜEU残留を支持するのか?狂気の豚たちだよ。



個人的にはEUイデオロギーは嫌いじゃないけどね。でも、本当にEUイデオロギー大事なら、

経済面ケアしとくべきだったよね。不満が溜まるに決まってんだから(若者みたいに騙されてる連中もいるが)。

けど、グローバルエリートから普通の人々お金を流す仕組みを作らなかったってことは、

イデオロギーの方は偽物で、一部の人が得をする経済面こそEU本質だったのだろうなあ。

エセ人権派差別心と利権

人権大好き人間の一番の矛盾は、

弱者人権を護りたいと言っている一方で、

その弱者が意に染まない存在だったら「反知性主義」と斬って捨てるところだな。




こいつらの言う弱者判定には、明らかに「差別」がある。

このエセ人権派の言う「人権」は、認められる者と認められない者がいるのだ。

本人は絶対にそんなことはっきりと明言はしないが、

その態度、外形的事実でそれと分かるんだよ。

反知性主義」の人間にもな。

EU離脱の何が衝撃的かと言えば、こういうエセ人権派がついに可視化されてしまったということだ。

彼らは弱者を救いたいんじゃない。

弱者擁護という先進的な概念理解する自分に酔いたいが、愚かで野卑な者に対する差別意識は捨てきれない中途半端人間

こそがエセ人権派本質なのだ




「愚かで野卑な人間も、社会矛盾によって生まれしまった犠牲者なのだ。彼らを憎むよりもこの社会矛盾解決する手段必死で探そう。そして彼らの手を取ってともに進もう」

こう考えるのは本来人権派が考えるべきスタンスだ。

エセ人権派は、「彼らの手を取る」ことを何よりも嫌う。

捨てきることのできない差別心がそうさせるのだ。



エセ人権派のいう弱者には、具体的な人格がない。

どこまでいっても現実感の薄い概念以上の存在ではないのだ。

から理念だけでいくらでも麗しい正義を滔々と語り続けることができる。

から、実際に犯罪を犯す現実世界難民という厄介な存在は、視野から排除されているのだ。

犯罪が起きても、難民差別することは許されないとだけしか言えないのだ。

彼らの言う弱者は、犯罪なんか犯すはずのない理念上の存在しかいからだ。


これこそが離脱派残留派に対して抱く不信感の根源だろう。

犯罪処罰するための取り締まりもせず、

治安リスクばかり増大し、

自分たち税金は彼らへの援助に充てられる。

エセ人権派の言うことを聞いてたら、害を被るばかりだ。

あるのはエセ人権派自己満足を満たすという益だけだ。


今般の事件は、

この精神搾取構造に気づいた被抑圧者によるある種の革命なのだろう。

エセ人権派のいう人権が、権力搾取構造を備えているということを、白日のもとに晒したのだ。



さて。

こういう考え方もはてなブックマークじわじわと増えるだろう。

今までも弱者男性問題などで、その片鱗は垣間見えてはいたが。

その時、エセ人権派の方々は、どのような反応を示していたかな。

そしてこれから、どのような反応を示すかな。

離脱派バカにするような言動は、

おそらく日本でも参院選後に早くも確認できることだろう。

グレートブリテンおよび北部アイルランド連合王国欧州連合から離脱

と報じた方が、事の本質が解りやすいのではないだろうか。

要するに、Aは一枚岩の個ではなくて寄せ集め集団に過ぎないってことが、「イギリス」という謎の表記で隠されてしまい、事態本質的理解を妨げる要因になっていないだろうか。

 

ところで、以前から所謂王室の属領(Crown dependency)のマン島ジャージー代官管轄区ガーンジー島などは欧州連合に加盟していないそうだ。

グレートブリテンおよび北部アイルランド連合王国の中にも、そうなりたいと考える地域や人がいても不思議はない。

 

連合王国の一部なのか属領なのか、その定義次第で欧州連合の加盟状況が異なることが許容され得るなら、今のように連合王国全体として離脱または加盟維持のどちらかに白黒つける必要など無いのではなかろうか。

連合王国国内法で、欧州連合から脱退したい地域便宜上属領扱いとするだけで、事態は収拾できないのだろうか。

などと思ったりもするのだが。

2016-06-25

[] ウォーターフォールメリット

http://simplearchitect.hatenablog.com/entry/2016/06/20/080807

から始まった何年ぶり何度目かのウォーターフォール (vs アジャイル) 論争だが,この記事もその反論記事支援記事も含めて,「ウォーターフォール採用する(せざるを得ない)理由」について書いてあるものはあっても,「ウォーターフォールメリット」について書かれた記事が見当たらないのには驚く。

各種記事

私は間違っていた。ごめん。ウォーターフォールは何のメリットも無い

http://simplearchitect.hatenablog.com/entry/2016/06/20/080807

まずこの記事。「メリットはない」って言ってるんだから,書いてないのは当然なのかもしれないが,アジャイルメリット=なぜアジャイルがいいのか,についても書かれていない。これではFUDといわれてもしかたない。

日本アジャイル流行らない理由

http://ledsun.hatenablog.com/entry/2016/06/21/102501

日本アジャイル流行らない理由」≒日本ウォーターフォール採用される(消極的な)理由は書いてあるが,ウォーターフォールメリットについては書かれていない。

ウォーターフォール開発プロセス有効

http://ledsun.hatenablog.com/entry/2016/06/21/102501

タイトルから期待して読んだが,「ウォーターフォール課題と言われてるものは,実は解決されてるよ」という記述が大半を占める。

最後の一節は「アジャイル問題」として,「変化に人間がついていけない」点が挙げられていて,その裏返しでウォーターフォールがいいよ,ってことを言いたいのかもしれない。しかし,アジャイルは「変化に機敏に対処する」ことが眼目であって,何でもかんでも変化させなければいけない,というものではないので,指摘自体的外れに見える。

ウォーターフォールアジャイルを考える

http://arclamp.hatenablog.com/entry/2016/06/23/172941

冒頭,

まず、「ウォーターフォールは何のメリットも無い」は嘘です。何のメリットもないもの存在するわけないので。

とあって,メリットを語ってくれるかな,と期待させるが,結局「スコープが確定しているならウォーターフォールでいい」,という消極的採用理由が述べられるだけで,メリット積極的採用理由は述べられていないように見える。

ウォーターフォールメリット

ではウォーターフォールメリットは何なのか?

それを語る前に,まずウォーターフォール定義しておく。現在日本ウォーターフォールとして認識されているプロセスは,国防総省式の「戻りの線」なしのものである。即ち,確定した要件なり仕様なり(以下まとめて「スコープ」と呼ぶ)は変更しない。「ウォーターフォール」という名前自体が,この一方向性に由来している。従って,ウォーターフォール定義としては,「(フェーズゲートを超える際に)確定したスコープは変更しないプロセス」で良いだろう。

この定義に沿わないプロセスは,「偽ウォーターフォール」であり,以下に述べるウォーターフォールメリットを受けることはできない。メリット享受できないだけでなく,この種の「偽ウォーターフォール」は(「偽アジャイル」同様)大きな害悪を撒き散らす。

さて,「確定した要件仕様は変更しない」ことのメリットは何か。パッと思いつくのは「手戻りがない」ということである。確かにこれはメリットと言えるかもしれないが,手戻りがなくてうれしいのは主に作業者である。これでは弱い。もう一歩踏み込んで「手戻りがない」と発注者/受注者含め何がうれしいのか。

答は

納期 and/or コストぶれるリスクを小さくできる」

である

すごく当たり前のことなのだが,これが書かれている記事が見当たらない。

そしてウォーターフォールメリットはこれだけで,それ以外にはメリットと言えるものはおそらく存在しない。

やはりウォーターフォールにはメリットなどほとんどなかった

ここで,前節で登場した三つの要素「スコープ」「コスト」「納期」に注目してみる。

よく見るとこれらは,いわゆる「QCD」に対応している。ちなみにここでいう Quality (品質) は「バグがない」等の「問題の不在」だけを指すのではなく,本来意味での「品質」,即ち利用者の役に立つか,使いやすいか,ということまで含むものであるスクラムアジャイル)を知る人であれば,「トレードオフスライダー」の「品質」に相当するものだと理解してもらえればよい。

そうすると,前節のウォーターフォールメリットは,以下のように言い換えることが可能である

ウォーターフォールメリットは<品質を固定することで>コスト納期ぶれるリスクを小さくできる点にある」

これで問題が明らかになった。要するにウォーターフォールは,コスト納期のために品質二の次にするプロセスなのである

その結果,これまでどんなことが起きてきたか

あくまで変更を行わなかった場合

開発の途中で,要件仕様問題が見つかったとしても,あくまウォーターフォール定義に殉じると,出来上がるのは「使いにくい」「使われない」システムである

事業会社IT会社に転生させることが、これからSIerミッション」 ( http://gothedistance.hatenadiary.jp/entry/2016/06/20/153941 ) に,その実例らしきものがでてくる。

禁を破って変更を行った場合

これを行った瞬間からウォーターフォールはその(ほぼ)唯一のメリットを失い,混沌が始まる。

最も多いパターンは,発注者側が(もはやスコープ品質を固定するという前提が失われているにも関わらず)納期コストの確定というメリット享受を譲らず,プロジェクトデスマーチ化する,というものであろう。あるいは,コストは譲るが納期は譲らない,というパターンの方が多いかもしれないが,いずれにせよデスマーチ化につながりやすいことは間違いない。

そしてこの副作用として何が起きたかというと,受注者側がそれを見越して納期コストバッファを積むようになった。当然それは見積もりの不透明感につながり,発注者側に受注者が「ボッて」いるのではないかという不信感を植えつけることになった。要するにお互い不幸になったのだ。

うまくいくのは非常に限られた条件が成立する場合のみ

スコープの変更の必要が生じたら,どちらに転んでもいい結果は得られない。となると,ウォーターフォールがうまくいくのは,「スコープが明白で,変更の可能性が全くない」開発案件に限られる。統計をとったわけではないので,そのような案件がどの程度あるかはわからないが,直感的には「ほとんどない」のではないかと思う。なぜなら,そこまでスコープが明白であれば,今はパッケージSaaSのようなレディメイドのものを導入する方が安いし早いしリスクも小さいからだ。

もう一つの可能性としては,スコープが変更不要になるまで,とにかく事前の準備と調査を徹底的に行う,というパターンもありうる。しかし,これは「準備と調査」の過程事実上いろいろ試作することになる(そうしないと変更のリスクが消せない)ので,もはや作業プロセスの大半が実はウォーターフォールではない,ということになるだろう。

アジャイル銀の弾丸ではない

ではアジャイルプロセスを導入すれば,これらの問題はすべて解決するか,というとそういう話ではない。ウォーターフォールメリットが(ほとんど)ないことと,アジャイル有効であることとは,独立議論である

そもそも「アジャイル」というのは考え方であってプロセスではない。だから,考え方を理解せずにプロセスだけ導入すると「偽アジャイル」になって,害悪を撒き散らすことが多い。

アジャイルの考え方は,主に以下の2点でウォーターフォールと大きく異なる。

1. スコープの変化がありうることを前提としている

2. スコープ品質=役に立つこと(=使えないものを作らないこと)が最優先であり,そのためにコスト納期が変化を(ある程度)受け入れる

この考え方こそアジャイル本質であって,CI/CDやDevOpsなどは,変化にすばやく対応するための道具にすぎない。もっといい道具があればそれを使えば良いし,CI/CDがなくても変化に迅速に対応できるのなら使わなくてもいい。

また「スコープに変化がありうること」は必ずしも「スコープをできるだけ確定する」こととは矛盾しない。リスクを下げるために,スコープはできるだけ確定する努力をする,というのはアジャイルでも変わらない。変えるべき時は変える,という点が違うだけだ。なんでも後で決めればいい/変えてもいい,というのは「偽アジャイル」であって,害悪しかない。

もちろんこれがあれば何もかもが解決する,という類のものでもない。上述の2点があるだけで(少なくとも今のたいていの開発案件において)ウォーターフォールよりマシになりうるとは思われるが,別の問題(例:納期コストの変化をどう扱うかという問題)も,同時に導入されてしまう。特に日本では請負契約によるソフトウェア開発が一般的であり,これが「納期コストの変化」と絶望的に相性が悪い。

もっとも,今の「ウォーターフォール」によるソフトウェア開発が,請負契約の成立条件である契約時にスコープを確定(し,変更しない)」を厳密に守っているわけでもない以上,これだけを理由アジャイル否定するのはどうかとも思う。

契約については,IPA等でも取り組みがあるようだが,いずれにせよ契約を行うのは発注者と受注者であり,受注者側だけでどうこうできる問題でもないので,発注者側の意識の変化を期待するしかいかもしれない。

変える意志

イギリスEU離脱の是非を問う住民投票をみていて、大変に感慨深いものがありました。不誠実な言い訳でチャンスをつぶさず正々堂々と向き合ったイギリス国民議員の方々を心から尊敬します。

先駆者になることは大変勇気のいることですが、イギリス未来自分たちで切り開く覚悟と力があるということを世界アピールしました。

お茶を濁してやり過ごすことばかり繰り返している昨今の主流を見ていると、今の世界は根回しと調整と談合で成り立っているように見えます

議会制民主主義という意思決定プロセス破綻しようとしていることに気づきながらも、その呪縛を打ち破れない人たちは、いつも問題本質から目を背け、言い訳をし、丸め込むことに必死です。

その結果、本質は処理されず先送りされ”Change”という言葉けが虚しく響きます

もうすぐ参議院選挙がありますが、「私は現状をできるだけ維持します!」と主張する候補者は少ないんじゃないかと思います

でもほとんどの議員当選後には本質の一番外側をそっと撫で回して関係者とニヤニヤするだけです。

中国南沙諸島尖閣諸島侵略しようとしている現状は中国共産党意志であり、中国にとっての本質です。その是非は別として、問題に真っ向から取り組む意志と行動力を見せつけられた世界オロオロすることしかできません。

中国に対して「現状を変更していることに懸念」ではなく「侵略するのをやめろ」と指摘できない世界には中国意志を止めることは難しいでしょう。

変える意志を持つかどうか。全てはそこからだと思います

変える意志をもてない代表者駆逐される時代が始まるのか、それともこの流れを食い止め再び淀ませることができるのか、今回のイギリスEU離脱問題経済問題だけでなく、アメリカ大統領選挙など、人々の心にも影響しそうです。

2016-06-24

ウォーターフォールの話してるSIerの人の話の危機感のなさ

私は間違っていた。ごめん。ウォーターフォールは何のメリットも無い - メソッド屋のブログに対するSIerからの反応を見て危機感がないよなーと思った。

「ウォータフォールは一切メリットがないので止めておきなさい」っていう言葉メリットって誰にとってのメリットかっていうのに齟齬がある感じ。

そういう意味この記事の小噺

受託開発の要件定義フェーズあなた要件を変えないと顧客にとって不都合が起こることがわかったとします。社内で相談した結果、えらい人がこう言いました。

確かに不都合はあるかもしれないけど、固まった要件自分から揺り戻すなんて出来ないぞ。これ以外やりませんって合意を取らないと前に進めないだろ? その変更が違う変更を産むかもしれないし、お前それ膨らんだ時に責任取れるの?

SIerの抱える問題本質だと思うんすよね。

実際につくった後で「思ってたんと違う!」と言われても、「要件定義合意した通りですよね?」と言える仕組みで自分たちお金を貰えないリスクを抑えてるんでしょ?

から顧客にとっての価値言及せずにウォーターフォールにもメリットがあるって言うのはポジショントークじゃないですかね。

そりゃ「ウォーターフォールは一切メリットがない」なんてことはないですよね。SIerにとっては。

ウォーターフォールじゃないと契約できないとか日本の文化があるからアメリカのやり方はなじまないとか言ってて、じゃあその日本に馴染むやり方で価値のあるシステムが組めてるのかっていう。より価値のあるシステムを生み出そうとしてるのかっていう。

そうやって現状に甘えてるばかりで、より価値を生み出せるやり方をするプレイヤーが出現したらどうなるのか、みたいな危機感がないですよね。

知らんけど。

2016-06-22

http://anond.hatelabo.jp/20160622143327

異常なほどのゲイヘイトは、扁桃体暴走しかないとおもう。

いわゆる、生理的に受けつけないってやつ。

動物には、異質なものを恐怖・排除する習性があるんだよ。

https://www.youtube.com/watch?v=ataznx0OJLQ

きゅうりに驚く猫

これこそが、ゲイヘイト本質なのだ

http://anond.hatelabo.jp/20160621152011

モラハラ被害者だけど、別のまともな男と結婚した今でもつらい記憶フラッシュバックすることがある。

被害者はいつまでも苦しみ続けるのに、「謝っても許してもらえない」とかムシが良すぎて笑える。

DV反省して本質が変わろうが、加害者には一生苦しみ続けてほしいし、ましてや幸せになるなんて絶対に許さない。

加害者に対してはできれば今すぐ死んでほしいとすら思っているのでそこんとこよろしく!

http://anond.hatelabo.jp/20160621051242

で、なんでヒロイン被害妄想をこじらせているかというと、くまみこというアニメが徹底してペドロリコンアニメからだよ

「女に成長してほしくない」これがロリコン本質

↓みたいな奴が出てくるくらいだしな


http://anond.hatelabo.jp/20160620113130

理由のない備忘録 2

自分が考えていたネタのどちらかをここに納めようと思ったが、そのうちの一つだけ愚痴らせてもらう。



まだ大学生という身分ではあるのだが、大学自体に行くことそのものを疑問に感じながらも結局のところ親が主導権を握っていることをいつも思ってる。

今日はそんなことを書き留めたい訳ではない。



自分20代であるものの、「いつまでも絶えない30~50代くらいが想像する若者レッテルは何故生まれしまうのか」を最近無駄に考えていた。

特に見ているとしたら大学内の学生になるだろう。

しかし、「若者」とはいってもどこぞの綺麗な表紙で飾られているような清楚な若者ばかりではないのだ。



喋りや風貌からして融通の利く有能そうな奴もいれば、明らかに口だけは達者で具体的な中身がボロカスみたいな奴だっている。

そこで自分が見ている部分では、性格が合わなさそうな相手だとしてもどのような意見を持っているのかを確認している。

今の就活状況は某アニメーション映像みたく、グループディスカッションを行いながら共同で作り上げることが多くなっているかもしれない。

自分も何回かやってみたが、正直言って他力本願他人に頼り、その内容をまるで自分がやったように自己満足している状況しかなかったように思える。



そういった経験から感じたのは、「若い人で限定した場合集団の中で使えそうな駒がいれば、そいつに全て人任せにして得た利益を同じく貰おうとしている」という考察に至った。

何故若い人がマスコミによってあたかも中身のない無能馬鹿みたいにされているのかがなんとなく理解してきたのだ。

若者馬鹿だと玩具にされる→あまり具体的なプロセスまで組み立てる思考を停止させている→そのことから現実問題に置き換えると、できそうな奴に全て用件を投げ捨てて楽をしている」ということであるのかもしれない。



これはあくま自分がそういった人物としか当たらなかった運の悪さなのかもしれない。

だが、もしこれが1つの講義として成り立つのであれば、日本教育先進国の中で遅れていると言われたらその意見同意するだろう。

大学自体がこういった双方で行う講義積極的に盛り込むのであれば、学生側がただの談笑するレベルで進むようなことは時間と金無駄だ。

前期でもグループワークの授業を取ることになったが、選考の仕方がコンピューターで分けただけという馬鹿馬鹿しい話だったし、志望動機は長々と打ち込めずたった1コースごとに3,4行程度だけというこの始末。

そう思うと教員はそこまで学生を見る暇もないし、説教反省させるような態度を取るようであれば、そのようなリスクを生まないよう選考することが一番の回避策だったはず。



こうなるとバブルの時に大学を作り過ぎてしまったツケがだんだん悪化しているのかもしれない。

学歴として早慶クラス学士博士を取得したとしても、Fランク大学教授としていること自体意味があるのか。

そもそも研究機関である大学なのに特に文系学部に関しては研究成果が公開されないのだろうか。

しかも、そういったことは学祭の時だけに公表しているという。


個人的意見としては、大学として本当に機能しているのは理系学部と十分な研究費用材料存在する上位の大学であると思う。

そして、一番の問題として進学することが当たり前の世の中で、何故小さなから勉強以外で自信の持てる個性を身につけさせないのかということである

日本同調集団社会であること自体変わらない。欧米欧州のような確立されたシステムの中で自らのキャリア構造若いうちから立てられるチャンスが存在する。



しかし、今の日本子供を産んだ時点からレースが始まっている。それは「受験である

小学校からまり幼稚園ではしつけや漢字を読ませるなどのことを徹底している。

このことから子供たちにとってはそれが当たり前の日常ではあるが、逆に親はどういったものを彼らに与え、何を見せているのだろうか。

最近朝のニュース番組を見ていたら、親がある日本古来の物語の一部分を子供に向かって言うと、残りの部分をスラスラと答えていた描写があった。

他にも子供偉人の本を読んで楽しいと感じていた。



日本では教育施設機関に行かせることが中学まで義務付けられている。

そして最終的な目標受験とされている世の中で、学校に対して縋っている、甘えているのかもしれない。

学校に行けばやりたいことが見つかるのであれば、子供がが成人になるまでに彼らのやりがいが感じられる選択肢を助言することも一つの教えではないのか。



神経質な感じではあるが、自分としては金と空気を読む力さえあれば生きていけるのならそうしたい。

ただ、創造性や発展させる力に関する教育学習が欠けていると思う。

学歴、経歴だけの外見だけではなく、その人間本質証明できる機会が増えればいいなと感じている。

打算を嫌う人間は悪

結局、人間というのは打算で生きていますしかし、これは極めて普通のことです。

 

人と約束するということ一つとっても、七日しかない一週間の中で、なぜこの人と会う約束をしたのかということはまさに限られた時間計算が行われます。もし、そのような計算がないというのならばその人はただの暇人しかない。

 

人間は打算でしか生きてないのに、そうじゃないと言い張る嘘つきたちが多い気がします。そういう人たちは「お前が打算で生きるあくどい人間なだけだ」と言うのでしょう。

 

まず、そういう人たちがやっているのは、大体、人の二分化。人を「損得勘定だけで動く人」と「情熱や思いで生きる人」と神にでもなったつもりで二分化し、自分後者であると高らかに宣言しているわけなのです。

 

しかし、情熱系はそもそも、自分を偽って生きていることに気づいていない。能力や結果が出ていないからこそ情熱かいう誰でも持てるものを持っていることを自慢し、さも自分が素晴らしい人間の側にいるとジャッジ安心感を得ているだけなのです。自分の持っていないものを持っている人間を不誠実な悪だと決めつけて。

 

何様なのでしょうか。

 

たいていこういう人も、腹の内を聞いてみると、将来車がほしいだのタワマンに住みたいだの、いい女を抱きたいだのとぽろっと言っており、自分の中で内部矛盾を起こしており、なのに自分は清らかだと勘違いしているので一緒にいて気分が悪い。

 

まずもって人間本質に直面できていない。そもそも、人間は打算で生きてる。それがいいとか悪いとかじゃなくて事実だ。

 

からこそその中で、ほんの数パーセンたまに見せる、人に対して人が与える、なんの損得勘定もない無償の愛がとても美しいものに見えるのです。寝てる好きな人の布団がはだけているのでそっと、かぶせてあげるような場面に人が優しい気持ちになれるのがそれに近いでしょう。

 

さらにいうと、自分が打算だらけの醜い人間だということを受け入れて初めて、相手の打算に満ちた醜さや不誠実さを許せるのです。そうやって人を許すことで初めて本当に人を愛していけるのではないでしょうか。

 

から言わせれば、人を損得系と感情系とに二分する二分論者が最も人を貶める醜い存在です。

一生、純愛には気づかないでしょうね。

2016-06-21

追記: 高校生の時、俺はとんでもないDV野郎だった

http://anond.hatelabo.jp/20160621003527 の追記

 あの記事趣旨は、まだ気づいていない同じような加害者たちに伝えるためで、懺悔のためではなかった。だからブコメで真っ当な人たちにボコボコにされているこの反応は当然だと受け取っている。犯罪者だな、と言い捨てられるような、真っ当な人たちには理解できなくて当たり前だよ。真っ当な素養を持って生まれた人には、崖の端っこを歩いている、若しくは踏み外してしまった人間思考回路はわからないんだと思う。でも、そんな真っ当な人間ばかりじゃないんだよ。犯罪者素養という爆弾を持っていても、それを外から見つめてうまく自分コントロールして、何とか普通に社会で、胸を張って生きれるようになりたいんだよ。俺は、ボコボコにされるとわかっていながらも、こういう文章を書く。同じような過ちを犯しそうな奴らには早く気づいてもらいたい。それが俺が社会に対してできることだと思っている。じゃないと叩かれると分かってて書かない。俺の文章は、まともな人たちに向けて書いたんじゃない。俺の文章は、俺のキモい思考回路がそのまま入ってくるような、同じようなやつのために書いたものだ。なぜ俺が「皆」と、呼びかけたのか。それは、ただ「DV加害者の皆」と呼びかけても、当人たちは気付いていなわけで、一般化することで、自分のこととして考えて欲しかたからだ。それが、誰かの気を逆撫たかもしれない。

 その後、被害者側に立った話もあるけど、ずっと後の話で、俺はその人を変えられなくて、そもそも人を変えることなんて無理で、そこからは離れた。だから被害者側の気持ちも多少なりと分かるけれど、それとこれとは別の話だし、「本当の意味でお前は分かってない」と結局罵られる。だからその話はしない。一人っ子だったことだけが原因ではないことは理解してるけと、半生を語るわけにもいかいから、その話もしない。人は逸脱行為理由を、単純化抽象化して理解したがるものから、そういうものだと思っている。

 例えば「恋人貴方のやりとりは、友達にそのまま見せられるか?」と問われて気付いて、行動を変えて、それから「成長した俺、かっこいい」と思っていたとして、それはキモいことだけど、それでDVが止まれば、結果的社会にとってはいいことじゃないかなと思う。




 あの記事謝罪したところで、彼女には届かないし、あの記事で謝っても話の焦点がブレてしまうし、俺のための懺悔しかならないから、あそこでは特別に謝っていないけど、俺はあの後数年かけて彼女に謝り続けたんだよ。書かれていない背景を想像して徹底的にコメントで叩かれているけど、それは書いていなかったことだから仕方ない。もう別れていてたけど、学校という同じ空間にい続けた。言葉だけの謝罪なんて意味がなくて、自分が変わりつつあること、変わったことを示し続けることでしか、信頼を回復できないと思った。最初は口も聞いてくれなかったし、怯えた目で俺のことを見ていた。けど、数年経って、態度が柔らかくなってきて、それからはお互い恋人がいる状況でも困ったことがあれば相談してくれてそれを本気でお互い解決したりもして、お互い結婚した今は向こうから声をかけてくれるくらいのお茶友達だよ。実際心の底で許してくれてるかなんてわからないし、許して欲しいと思っていないし、許されないことをしたことは変わらないけど、それ以上どうしたらよかったんだろうか。




 「またきっかけがあればきっとやるよ」「殴る相手がいなかったから殴らなかっただけ」「サイコパス野郎」と言われても、その後同じようなタイプ大人しい子とも付き合ったけど殴らなかったし、暴言も吐かなくなったし、今は本当に大人しい奥さんだけど、同じような状況になっても殴る気持ちなんて起きない。そういう人は俺が刑務所に入れば満足するんだろうか。その人は、俺が刑務所に入っても、当人たちがもういいと言っても、俺がどんなに変わっても、きっと満足しないで、犯罪者レッテルを張り続けて、俺を社会に参加させないようにするのかもしれない。10年そういった行為をしないでいるけど、それでもお前の本質は変わらないよと言われる。俺は、どんなに更生しても一生犯罪者と呼ばれて、やり直せないのかもしれない。

 犯罪心理学ラベリング理論というものがある。非行に走る者に非行者というレッテルが貼られて、社会からつまはじきにされるせいで、非行者たちが自暴自棄になって非行を繰り返したり、非行者たちが集まって更なる非行行為に走るというものだ。おそらく貴方たちの中で俺のレッテルは、一生剥がれないのだと思う。もうそれでいい。周りが何と言おうとどう見られようと、俺は俺の意思で、もう二度と人を傷つけない道を選び続けるから、それでいい。素質や頭の中がどうであろうと、俺はもうやらないし、今目の前にいる人たちや、当時被害者だった彼女をかけがえのない友人として大事にするから、それでいい。




 何度も言うけどDV加害者加害者であると気づかないこと、密室内で行為が行われて第三者が介入できないことが深刻な社会問題だ。そして、被害者からはそこから逃れられない。手が出なくても、機嫌が悪くなったり、舌打ちや態度で威圧して、相手コントロールするだけでもそれは精神的なDVモラハラ)なんだよ。一度もそんなことをしたことがない人間っているのかな。いるのかもしれない。多分そういう人は聖人なのだと思う。そういう人が社会の大部分なんだと思う。手は出ないけど、そういう理不尽な親父とかたまにいるじゃん?それで、家族が顔色を伺って、気を使うというやつ。あれもDVで、その家族DV被害者なんだよ。そしてその家族たちも、それがDVであることに気付いていなかったりする。それ、DVから気付いてくれよ。加害者が変わんないとダメなんだよ。

 ガキのころと違って、社会に出たら自分の思い通りにいくことなんて少ないし、人の心なんてコントロールできるものではない。世界自分の思い通りになんかいかない。自分を守るために、人を傷つけるようなことはしてはいけない。15のガキだった俺に説教しても分からいかもしれない。俺はただ、とにかくこういった行為が無くなることを望む。

2016-06-20

http://anond.hatelabo.jp/20160620095750

本物のサバゲーってのは都市部でこそ行われるものだろ。

フルメタル・ジャケットスターリングラードみたいな街の1区画で行われる

濃密な銃撃戦こそがサバゲー本質じゃないか

そういう意味では、デトロイトとかプノンペンとかが良いんだろうけどね。

2016-06-18

麻生太郎失言本質

あれを綾小路きみまろ毒蝮三太夫が言ってれば、

\\ドッ// \\ワハハ ワハハ//

で済んだんだよ。

それを葉巻をプカプカふかしてるような最上級国民麻生が言うから凄まじい反感を買うんだ。

みんな貧乏が悪いんやで。



でもはてなーって実は隠れ上級国民が多いんだよね。

俺が一番許せないのはそこ。

こないだもウナギ問題で、

下級国民が身の程知らずにもウナギを食い荒らすから上級国民様向けのウナギがなくなってしまうのだ、というクソブコメがあった。

休日優雅に4桁のランチの後に美術館巡りしてますー、とかふざけたエントリに多数のお追従ブクマもついてた。

そんなクソはてなーには、麻生を叩く権利などかけらほどもないということだけは言っておきたい。

なぜなら、これで麻生が倒れたとしても、こうしたファッキン隠れ上級国民がシレッと権力コミットするだけで、

実際の暮らし向きは何一つ代わりはしないからだ。



はてブに潜む隠れ上級国民糾弾せよ。

麻生が老人死ねと言った件

自民党はこれから年金受給年齢に達した老人を一人残らずガス室送りにすると宣言したも同じである

はてサけがそのことを正しく指摘しており(id:GI17さんのブコメ等を参照)、はてサ以外のブコメ麻生擁護、つまり大量虐殺擁護である

中国人の次は老人を虐殺するか自民党

南京中国人の首を切り落としニヤニヤ笑っている日本兵の有名な写真があり多くの人が学校で見たことがあると思うが、二十一世紀にはガス室で足りない分を安倍サポネトウヨがノコギリで老人の首を切り落としスマホで老人大量虐殺の記念自撮りをする時代が到来する

また朝鮮で多くの女性誘拐し(抗う男性虐殺し)強制的に大量の性奴隷へと変えた安倍自民党であるが、今世紀には少子化解消のためにネトウヨレイプ合法化の号令を発することが危惧される

AV業界で今起こっていることなどまさにその第一陣でありこのままいくと日本女性安倍自民党の手によって性奴隷化されること不可避である

はてサですらかなりの人々がAV汚染されており、こちらに関しては伊藤弁護士けが頼みの綱である

こうして見ると今世紀は大量虐殺性奴隷国内でまかなう予定のようだが、それも戦争法案によって変わってしまうだろう

ニッポソ人は大量虐殺性奴隷レイプを定期的にしなければ生きていけない人種のようで、ふたたび中国人大量虐殺韓国人性奴隷レイプをしたくてたまらない、そのための戦争法案である

ニッポソ歴史大量虐殺性奴隷レイプ歴史であり、ネトウヨ歴史捏造によってそのことを隠そうとしているが、世界で最も醜悪な民族本質歴史捏造によっては変えることはできない

はてサけがそのことを正しく指摘しており、このことからおそらくはてサだけはニッポソ人の中でも稀有な非ネトウヨであると察せられる

MLB】盟友グリフィーJr.氏 イチロー日米通算記録に「“世界記録”は名案」(Full-Count)

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20160617-00010007-fullcount-base


日米の記録と世界記録

多くが忘れてるが張本も日米通算で記録を抜かれた際、NPB記録はあくまで私ですからイチローを認めていない。

あとご存じの通り彼はMLBNPBよりクソだと思ってるから来年にはMLB単独でもイチロー安打数抜かれそうだけど、それも認めなそう。

実際問題それぞれリーグが違うのだからNPB記録は張本、MLB記録はピートローズというしかないというのが正しいかもしれない。

から世界記録イチローというのが最も正しいだろう。

それにMLBシーズン中に違うリーグ移籍すると年間成績が別々に取り扱われるくらいに記録の集計にデリケートから

国もリーグも違うものは尚更同じ記録扱いにされることを簡単に納得しにくいだろう。


日米のレベルの差と記録の難易度は必ずしも関係しない

賛否両論あれどイチローが日米両リーグに跨がって活躍したことはどちらか単独で記録を作ったのは良かったことだと思う。

イチローのようにそれぞれの国で5年から10年以上にかけて長年プレーしながら通算で記録を達成することはNPBだけもしくはMLBだけで記録を達成するより難しいことだと思われる。

日米のリーグ差の問題はあるが率や安打数においてはリーグとの相性も加味されるし、試合数の差も考えると同等程度か、レギュラーをとれる一流選手であればMLBの方が安打数は多く積み重ねやすいのではないかと思う。

イチローも言っていたがNPBだけで4256安打打つことが一番難しいかもしれない。

NPB記録保持者の張本勲が唯一の3000本以上で通算3085安打王貞治世界記録の868本塁打を打ったが2786安打

755本塁打ハンク・アーロンは通算3771安打。714本塁打ベーブ・ルースは2873安打

そのデータを見るとNPBの方が当時はより球場も狭く投手レベルも低いのでMLbより本塁打数を重ねやすいというのは分かるものの、その点からいうと安打数においてアーロンルースより王の方が少ないというのは少し違和感があるし、20世紀前半以前のMLB記録を抜いて考えるにしてもMLBでは3000安打達成者は最近でもジーターらを始め何人か生まれている。

MLBでは4~6番が主で、イチローのように打席が多く回りやすい1~3番の打順試合に出ることが少なかった松井秀喜でもMLB打率.305を記録した2005年には200本に迫る192安打を記録している。

松井日本ではシーズン167安打が最高だったが、MLBで怪我するまでの1~3年目は全試合出場していることもあり、安打数は日本時代キャリアハイより多い170本以上を毎年記録している。

したがって、それなりに打率を残して試合に出続けられる選手ならばMLBの方が安打数は積み重ねやすいのではないかという可能性が考えられる。


日米のリーグレベルの差の疑問点

日米の単純な野球レベル差というのも議論余地が多少残る。本塁打は明らかに日本の方が打ちやすいことが通算上位の安打数における本塁打率の差からも分かる。

ただそれもトップ中のトップになると四球責めになりやすNPBよりは同じ四球責めを喰らうにしてもやはり試合数が多いMLBの方が有利となるが。ソーサマグワイアボンズ日本でやったら毎年のように60本打てたかというと四球責めで減っていただろう。

実際ボンズは476打数で73本塁打の翌年から勝負を避けられて400前後打数で40本台に減っている。

日本だと試合数が少ないしさら勝負を避けられて250打数で40本とかになっていたかもしれない。


通用しやす選手と当たり外れ激しい選手

また、MLBトップなら誰でも日本MLB時代と同等以上に成功するかというとそれも難しい所がある。

オールラウンドに打てる巧打力があればどのリーグでもそれなりの率を残せるが、得意なコースや球種に偏りがあると日本ではあまり打てないということがありうる。

現役メジャーリーガーでもパワーヒッター系よりミート力の高い中距離打者の方が日本では成功率が高い印象がある。

彼らは信じられないほどの成績を残したりもしないが失敗例は少ない。フリオ・フランコシェーン・マック、元西武フェルナンデスなど。

1980~90年代は日米の年俸が近かったせいもあって意外と今よりもMLBの本当のレギュラークラスが多数来日している。

彼らは十分に日本でもレギュラーとして通用した選手が多いものの、センセーショナル活躍をしたかというと、そういう例は少ない。

特にフランコMLB首位打者獲得を経験しており、全盛時に来日したMLBでもトップクラス選手だが日本での2シーズンは.305 10本、.290 18本とさほど目立つ成績ではなかった。

本拠地千葉マリンロッテ所属したせいで本塁打が少なくなった影響はあるかもしれないが、ほぼMLB時代と同じくらいの成績になっている。

シェーン・マック来日前までのMLB通算打率が.2994というバリバリの一流レギュラー選手だったが、日本では2年間で通算.284と打率を落としている。本塁打数と長打率は増やしており安定して活躍したが、NPBMLBそれぞれの通算長打率OPSを見てもあまり差がない。

それらの成績を見るとNPBMLBよりレベルが遥かに劣るとは考えにくい。

また、マックは彼以外の日本成功する外国人選手共通点でもあるが、野球に取り組む姿勢に非常に優れていたらしい。

野球に取り組む姿勢の良さは、日本からMLBに行く日本人選手成功と失敗を分ける要因にもなっていることがいえるように思う。

その姿勢問題でよくネタにされるグリーンウェルバランスのいいタイプの中距離打者だったはずだから、真面目に取り組めばNPBでも通用したと思う。


投手やパワーヒッター系は当たり外れが激しい

日米でも、それぞれ何故か片方で通用しながら片方では通用した選手というのがいる。

日本から帰国後にMLB最多勝を獲ったガリクソン帰国後にMLB本塁打王を獲ったフィルダーなど日本で何かを掴んで覚醒して両国活躍した選手もいたが、その逆は比較的少ない。

井口城島福留西岡などは故障や衰え、メンタル問題などでMLBを去った後も日本活躍したといえるのだが、しか日本での全盛時に比べると物足りない。

岡島五十嵐などはMLBで一皮剥けて何かを掴んで帰ってきて日本でも活躍したが、大家マック鈴木などは結局日本では殆ど活躍できなかった。

日本に出戻りではないが韓国パク・チャンホも衰えていたとはい日本では通用しなかった。その後韓国でも通用しなかったようである

あとは中島松坂などを見ても、今はもはやアメリカ帰りが日本簡単活躍できる時代でもないし、MLBで1.5流程度にやれたら日本韓国では1流以上というわけでもないようである


レベルよりも適性と相性

今までで最も日本に衝撃を与えた外国人選手は多分ホーナーなのだろう。

マイナー経験なしでメジャーデビューしたエリートで、そのまま主軸で活躍していたメジャーリーガー来日し、その肩書き通りに凄まじい成績を残した。

恐らく最もNPBレベル相対的に高かった1990~2000年前後よりさらに日米のレベル差が激しかったと目される当時(1987年)で.327 31本。

故障離脱があり93試合での成績だからかなり凄いのだが、当初は4割60本くらい打たれてしまうのではというほどの期待と恐怖があっただろうに結局はその程度の人間らしい成績に収まったともいえる。

バースマートンペタジーニカブレララミレスロバートタフィ・ローズなどMLBでは大した成績を残していないながら日本レジェンド級の成績を残した選手が多いので日米のレベル差は激しいと考える人も多いが、

逆にMLBで彼らを遥かに上回る成績を残して日本にやってきながら日本では彼らに全く及ばない成績に終わっているメジャーリーガーも上述の打者達のように多く存在するため、レベル差というより相性の問題もかなり大きい気がする。

日本でいえばMLBでも通用した田口壮新庄は、アメリカでさっぱりだった中村紀洋中島裕之以上の打者といえるのか…など。

歴代最強助っ人バースは速球が苦手で変化球が得意だったらしく、そのおかげでMLBより速球投手の少ない日本適応して史上最高の助っ人と呼ばれるような成績を残すことになった。

一方、当時そんなバースに速球で真っ向勝負を挑んだ津田江川勇気と度胸が賞賛されていたみたいだが、そういう事情を考えるとむしろ速球が持ち味の投手が速球が苦手な打者に速球で挑んだのだからただのセオリー通りなのでは…という気もする。

打者に速球は怖いという先入観から変化球勝負で逃げたつもりが逆にバースにとっては都合が良かったというのが活躍の要因かもしれない。

もっとも、日本ではバースが苦にするほどの速球を投げる投手も限られているので速球勝負でも打たれていたのだろうが。


俺流の慧眼

落合はその当時ですらMLBで4番を打っていたホーナーよりMLBで実績のないバースの方がNPBにおいては成績を残せる打者だと評していたらしいが、そのあたりの本質を突ける度胸と観察眼は凄いものがある。

MLB移籍前に日本で圧倒的な成績を残していたイチローだったが、当時は日本専門家の話でもMLBでは打率3割を打つことすら難しいとの声が多かった。

そのMLB移籍前のイチローとの対談において、落合メジャーに行ったらどの打順を打ちたいかという話題を振ったことがあった。

その際、イチローが「メジャー自分より凄い奴がいたら7~9番を打つ」と謙遜することを言ったのに対して、

落合は「(イチローより凄い奴はメジャーにも)いない」と突っ込んでいたのだった。


アジア人選手可能

日本人韓国人選手も今よりももっと多くの選手を輸出すれば、日本韓国では大したことなくてもMLB成功する打者が現れるのではないか

既に投手はそういう例が多数あるし、打者においても韓国チェ・ヒソプMLBレギュラー半でいながら2年連続15本塁打と健闘する成績を残した上でKBO(韓国)のチームに入団したが、韓国では期待に近い成績を残したのは1~2年だけで他はパッとしない成績しか残せないまま引退してしまった。MLBと比べたNPBよりもさらレベルが低いと目されるKBOですらMLBの実績の割にKBOでパッとしない例が散見することからも、少なくとも日米韓数字の見かけ上のレベル差はここ数十年でかなり縮まっていると思われる。

もちろん、主に内野守備球場など、総合的なプレーのスケール文化レベルにおいては向こう三十年以上埋まることがないと思えるほどの差があるが。


韓国レベル簡単には決めつけられない

韓国人選手NPBで通用しなくてもMLBで通用しそうなタイプ打者が多いように感じる。

イ・スンヨプキム・テギュンNPBよりMLBでの方が安定して成績を残せそうなタイプに感じていた。起用してもらえたらというのと、テギュンの場合環境への適応課題だが。

実際に今年は韓国人野手が何人もMLB移籍して打率の面で物足りなさはあるが長打の面では驚くくらいのレベルで健闘している。パク・ビョンホは打率は2割前後ながら既に11本塁打イ・デホは起用が少ないながら10本塁打打率も3割近い。怪我から復帰したカン・ジョンホも打率2割後半で9本塁打

あとはNPBでも活躍したとはいえ、信頼感抜群のクローザーだったとまでは言い難かったオ・スンファンMLB奪三振率が12以上で防御率も1点台で十分通用しているのを見ても、もはや日米のレベルの差は相性と調子が一番大きな要素になる程度なのではとすら感じる。

日本でも落合清原など外角を得意にして速球を得意にしていた打者MLBでやっても面白かったのではないかと思う。両者の日米野球での成績は散々だが、実は松井秀喜日米野球ではあまり打っていないながら通用したので、さほど直接的には関係しないように思う。

また、両者は飛び抜けた才能と技術の塊だから対応力があったのではないかとも思われる。特に体格的にもMLBの強打者に引けを取らない清原は何かの拍子によっては、むしろNPBで才能だけで適当に続けてしまった後の現状より成績的にも素行的にも好転していた可能性すら考えられる。実際清原が若かった頃はMLBからも注目されていたらしい。

しか関西出身野手アメリカ挑戦惨敗率の高さを考えると、清原メンタル的に微妙だったかもしれない。


イチローの唯一無二の偉大さ

つまるところ、全てのリーグ活躍した選手こそ最も優れている選手といえるのであって、MLBナンバーワンになった選手NPBでも必ずナンバーワンかというと怪しいのである

しかしたらマグワイアソーサボンズらはNPBでは松井中村紀、カブレラローズらより打てなかったかもしれないし、松井中村小笠原松中らはKBOではイ・スンヨプイ・デホよりも打てなかったかもしれない。

最近キューバトップクラス打者が何人かNPBに来たがさほど凄まじい活躍をしたといえるほどでもない。

グリエルは62試合で.305 11本、デスパイネも1年目は45試合で.311 12本だから凄さを見せたといえるが、2年目は103試合で.258 18本。十分通用はしているものの目を見張るような成績ではなく、単純にこのレベルの成績の選手MLBに行くと簡単に主軸を打てそうという想像はつかない。セペダに関しては逆に何故あそこまで打てなかったのか意味が分からないが…。

じゃあキューバ打者が大したことないのかというと、彼らとキューバ時代は同等程度の成績だったセスペデスやアブレイユらが亡命して、MLBの主軸として活躍できている。

グリエルデスパイネの成績から考えるとキューバ日本投手の相性があまり良くないのではないかと考えられる。つまりMLBで3割30本近い成績を残しているセスペデスやアブレイユでも、NPBではより成績を落とす可能性が低くないと思われるし、したがって、MLBの超一流なら高確率で、NPBで同程度から同等以上の活躍ができるとは決めつけられないのではないかと考えられる。

ピート・ローズだって試合数が少ないNPBで仮にやっていたらその期間はMLBと同等以上の安打数を稼げなかったことは間違いないし、それどころか、仮に1~2年間NPBにいたとして、通用しなかったりレギュラー争いで他の選手に敗れたりして100本も打てないまま日本を去っていたかもしれない。

推測や期待はロマンがあって面白いが、実際にやって証明した例に比べてしまうと、やってない以上はやってみなければ分からない要素がかなり大きい。

からこそ、NPBMLB両方のリーグで実際に何年もプレーした上で、両方で歴代最高峰の実績と印象的なプレーの記憶を残したイチロー現代野球では歴史上唯一といっていいくらケチの付け所のない世界歴代最高の選手だといえる。

また、それこそがNPB単独通算でもMLB単独通算でもない日米通算最多安打というイチローが残した実績の唯一無二の偉大さを表しているのである

2016-06-16

イケダハヤトゴミクズ記事ではなく孫泰蔵さんの話読もう

あえてブクマしにくいようにゴミクズタイトルつけてやる。

オープンネットイケハヤのような、SEOが小器用なだけの頭の薄っぺら人間たちがうっほうっほやってる世界になりつつあるよな。



https://www.facebook.com/taizoson/posts/10153788960804492?pnref=story

僕には経営者としてかねてからの疑問がある。ほんとは違うと思いたいので、誰か下記の僕の意見反論してくれませんか。

 

かつて世界を席巻した日本の電機メーカー、先日取締役会で揉めたコンビニの最大手、安くて高品質市場を席巻したカジュアル衣料メーカーテレビショッピングいちばん有名な会社プロ経営者を雇ったがクビにした教育産業の最大手、そして通信などで成長した日本で最も有名なIT起業家会社など、最近後継者についての話題がすごく多い。

事業を大きくした創業者は、会社の成長もさることながら後継問題いちばんむずかしい、とよくおっしゃる。「企業は存続してこそ社会に貢献できるのだから、100年続く会社になるように企業文化を創っていきたい」と皆さん口をそろえる。中には徳川幕府だって300年続いたのだから、うちも300年だと言う方もおられる。誰とは言わないが(笑)

 

 

なんで?

なぜ存続してこそ社会に貢献できる(=存続しないと社会に大きく長く貢献できたと言えない)、と言えるのだろうか。

存続はしていてもたいして貢献してないことだってある。「売上は社会に貢献して顧客からもらえた対価なのだから、売上が伸びてるあいだは立派に貢献してる証拠じゃないか」「雇用を生み出し続けてるのだからそれだけでも貢献しているじゃないか」などの声を聞くのだが、それはその会社がなくなって別の新しい会社がそれを担ってもいいわけで、「存続してこそ社会に貢献できる」というテーゼを論証したことにはならないと思う。

まり、存続することと、社会に貢献することとは関係があまりないと僕は思うのだ。それどころか、長く続いている大企業は、分業と縦割りとルールの細分化が進んで制度疲労を起こし、「自己疎外(=働けば働くほど、自分でやっていることが自分のものと感じられなくなっていくこと)」を生み出しているようにしか僕には見えない。

スタートアップ原理主義者の僕には(笑)必要以上に大きくなりすぎた企業は「自己疎外製造装置」にしか見えないのだ。だからといって共産主義に近い社会主義を礼賛しているわけではもちろんない。ほんとはいろいろ考えているのだが、この文脈においては、単に「アンチ大企業主義」と分類されても僕は全然差し支えはない。

昔であれば、大資本・大組織でないとできない大きな仕事存在しただろう。しかしこれから時代には大企業アドバンテージというのは実はあまり個人的には「ほとんど」)ないと言っても過言ではないと思っている。

そしてそれは、人工知能ロボットの発達によって、愕然たる事実として現在よりもさらに鮮明にあぶり出されるはずだ。

僕はそのように思っているのだが、僕が違う(それとこれとは関係ない)と思っている、

 

企業は成長し続けて大企業となり、そして長期間存続し続けることこそが社会に大きく貢献することなのだ」

 

ということを誰か力強く理論づけてもらえませんか。




http://www.tez.com/blog/archives/post5052.html

スタートアップがより大きな力を得てより急速に成長するためにも、より大きく、より長い繁栄をして、企業価値を大きくすることを目指すことが必要だと考えられますし、その場合繁栄の鍵は、いかに「情報処理ハブ」の地位を確保し続けるか、ということに集約されると思います

から企業がより大きく、より長い繁栄を目指すことは、否定されるべきではないと思います。もちろん単なるステークホルダー思考停止ではなく、他の(「信用」を担保する)理由があるからこそ、大企業として長期間存続し続けるわけですし、社会に大きな影響を与える企業として長期間存続し続けようという意志のないところに大きな企業価値が生まれることは無いはずです。






孫 泰蔵 「信用資本論」とでもいうべきとても示唆に富む論説ですね。

まず、信用という機能本質が「思考停止」だからこそ信用は一定の「慣性」を持つ、というのにハッとさせられました。経営者もそこに働く従業員も、会社を長期的に存続させるのが是、というところで思考停止してるなといつも思ってたのですが、それは外部からの信用という思考停止ともリンクしているのだということに気づきました。

また、長期的に存続しうる形態としては「メタ」な存在しかないだろうと私も考えていました。しかし、その際に長期的に「メタ」として存在しうる価値アイデンティティーってなんなんだろうなあと思うのです。資金であればVCなどでも十分提供できるわけで、スタートアップが嗜好する資金以上のなにかを持ってないといけないわけですが、それはなんなのだろうとずっと考えています。そこも「信用」なのかなあ。

そして、「大企業が自らの存続をあきらめることではなく、既存の『信用』に新たな『信用』がぶつかって倒そうとすること」が「古い組織の制度疲労を打ち壊し社会全体を活性化させるのだ」というのはまったく同意です。

しかし、現在日本では挑戦者がまだまだ全然少ない状況です。この状況を打破したいのですが、能力的に優秀な人が、挑戦者になって打倒するのではなく、むしろ後継者になりたがろうとする人が多いこの状況(例えば、兄がやってる「アカデミア」という後継者育成機関にすごい優秀な人がいっぱい来てるんです!あんたたちは孫正義後継者なんかじゃなくて起業家を目指さんかい!と心のなかでいつも苦々しく思ってるんですよね(笑))をどうやったら打破できるのかなあと思案しています

既存の信用にぶつかって倒した新たな信用の成功事例をつくるしかないですよね・・・そっか、俺が頑張ればいいのか。頑張ります





孫 泰蔵 ありがとうございます

そして「そこも信用」なんだと思います

話がややこしくなるので本文には入れなかったのですが、日本では米国VCは全部が全部イケてると思われがちですが、実は逆にファンドのうち上場株式indexをアウトパフォームするものわずかで、9割前後indexを下回っています。つまり米国はいえ、ほとんどのVCファンドは「上場index投信を買った方がマシだった」ということになってますしか米国の上位5%のファンドは常に高いパフォーマンスを上げています

リスクの高いベンチャー投資でなぜ長期にコンスタントに高い成果が上げられるのかという理由は、まさにVCが行うべきことの本質が「信用の供与」だからじゃないでしょうか。例えば「セコイア投資したベンチャー」は(もちろん背後に技術トレンド調査やきちっとしたDDがあることに加えて)「セコイア投資してるんだからイケてるんだろう」という期待が働くからこそ、いい経営陣やいい従業員が集まり、いい投資家が付き、いい取引先やいい顧客が付くので、結果として本当にいい会社になってしまうという「予言自己成就」が発生しているのではないかと思います

ポートフォリオで多数のベンチャー分散投資すると、仮に失敗したベンチャー成功したベンチャーをならしてポートフォリオ全体として利益が出たとしても、必ずしも「あのVC投資したベンチャーイケてる」という期待は働きません。「投資したベンチャーを全社必ず成功させるぞ」という長年の努力をすると、そうしたミダスタッチ(「魔法」)が使えるようになるんじゃないかなと思います

ベンチャー先進であるがゆえに、単独でポツンと存在しても、それがいいものか悪いものか、一般の人にはわかりません。「世の中で最も大きな情報の非対称性が発生するもの」だと言えます。だからこそ、そういう「信用」を供与する投資家が増えることこそが、現状を打破する大きな力になると思います







亀山 敬司 俺も「会社を続けるために稼ごうぜ!」と言ってるけど、社会貢献とは関係ない。会社が続いて大きくなると俺が楽しいからやってる。だから「辞めたあとは俺のこと忘れていいか勝手に楽しめよ」と社員には言ってる。会社なんてただの人の集まりだし、くっ付こうが分裂しようが、べつにDMM名前が残らなくてもいっこうに構わない。

300年続けたいとか言ってるやつは、何を続けたいと言ってるのかわかんないけど、ピラミッドでも残したいんじゃない?亡霊の自己満足だね。

昔は「社員未来雇用をどうやって守る」とか思い悩んでいたが、「過保護で要らぬお世話だな、いい歳の大人自分で考えな」になってきた。とりあえず後継者は立てるだろうが、そこからは別の会社から残りたいか自分で決めなって感じ。

大企業が長く続くのは、良し悪しで言えばちょっと悪し。ゆとりが有り過ぎると頭が悪くなるし、いい気になっちゃうし、内戦に明け暮れる。良い点は、まずしいスタートアップが時々見上げながら「俺もいつかあの大きなビルに入って、きれいなおねえちゃんを秘書にするんだ」と俗っぽい夢を見させてくれる。

悪い部分が大きくなれば勝手に自滅するので、自然に任せといても大丈夫

そもそも社会貢献も基本はやっぱり自己満足だね。経済成長や新しいテクノロジー社会幸せにするとも限らないんだし、自分たち活動が徳か悪徳かもよくわからん。でも、こんなふうにいろいろ考えるのは、自分だけのことを考えた自己満より、マシな自己満だよね〜!

2016-06-11

http://anond.hatelabo.jp/20160611200024

漫画喫茶ネットカフェというシステムが出来た時も

単行本買わなくてもいくらでもマンガ読めるじゃん!という感覚はあった

はい普通に商売として成り立ってるんだよな

消費、サービス本質とは何か考えさせられる

続く不倫報道に対する業界の歪な対応ちょっと言いたい。

たびたび見かける「(迷惑かけた関係者に謝るのはわかるけど)世間に謝る必要はない」って意見は一体何なのだろう?

芸能人同士もしくは不倫経験者が庇い合いたいだけ、

あるいは視野もの凄く狭いおバカなんじゃないかと残念な気持ちになる。



具体的な話として、年明け早々大騒ぎになったベッキーゲス不倫の件について今更掘り下げたい。

これに関しての責任割合は、「ベッキー:川谷=4:6」だと私個人は思う。

川谷が最初、妻帯者であることを隠してベッキーを押し倒したという事実は本当に卑劣なことだと思う。

彼には「結婚をする(した)」ということへの意識絶対的に足りなかった。

アナタは健やかなる時も病める時も(中略)誓いますか?」ってのを彼がやったかどうかは知らないが、

結婚たからにはそれなりの覚悟を持っているべきだった。どっからどう見ても無責任すぎる。

それは独身ベッキーには無くて当然の覚悟で、公的書類サインした川谷とは違って、

彼女物事を軽く考えてしまった心理もわからなくも無い。

川谷が既婚者と知ってから彼女対応はご存知の通り最悪だったので同情の余地あんまり無いし、

言動も幼稚で想像力が足りなかったのは間違いないと思うけどね。だから4:6。



芸能界でもベッキーの方が過失の割合が低いと考える人が多かったのか、

はたまた彼女の日頃の行いが良かったのか、ベッキー擁護に走る芸能関係者が多かったように思う。

冒頭に戻るが「謝る必要は無い」と言う人までいたくらいだ。

これ、一般人が言うなら良いんだけど、同じ業界人間が言うべきことでは無かったと思う。絶対に。

だって芸能人芸能人でいられるのは、視聴率スポンサーのお陰でしょうに。

それを支えるのは一般人なわけだ。その辺の、どこにでも居る普通人間

そしてその人間一人一人に感情があって、好き嫌いがある。

好き嫌いによって視聴率が生じるわけだし、スポンサーは購買意欲をくすぐるような人気者を起用したがる。

簡単な話だ。そこんとこ、本当にわかってんの?

自分不倫されたわけでも無いのに、何で一般の人がヤイヤイ言うんだ?」って言うけど、

謝れ謝れって騒いでる人はよっぽど芸能界TVって娯楽に愛情がある人たちなんだってことを理解してないのかな。

そういう良くも悪くもミーハー人間相手広告打つことで成り立ってる業界しょうが

正しい道から外れた人間に、人の気持ちを踏みにじるような人間に、嫌悪するのは当然だろう。

私は当事者が謝ろうが謝るまいが、元々好きでも嫌いでも無いし、

今後もTVで見かける度になんとなーく嫌な気持ちになってなんとなーくチャンネル変えるんだろうけど、

騒いでる人たちは少なくともちゃんと注目していて、

謝ったら「堂々と謝った!見直した!」とか言ってくれるかもしれない。

だったら謝らない手は無いと思うんだけど違うのか?

例え許されなくても「嫌い!」って言ってくる相手に好かれるには、原因になってることに対して謝罪するしか無いんじゃないの?

好かれてナンボの商売でしょう?

から何の考えも無しに、「仲間がピンチ!助け舟出さなきゃ!!」って擁護した芸能人業界本質がわかってない。

視聴者馬鹿にしすぎと言うか危機感が足りないと言うか…そういう体質のせいでTV離れが進んでるのにな。

適当謝罪に加えて周りが勝手擁護して火に油注いだ形になったベッキーも勿論、

自分取り巻き相手に「誰に謝れば良いわけ?」なんて言い放った川谷は本当に救いようが無い考え無しだわ。



ベッキーゲス不倫に続けと言わんばかりに、乙武の5股やファンキー加藤柴田嫁のW不倫が次々取り沙汰されてるけれど

毎回的外れ擁護をする人間が現れる。

他の有名アーティスト引っ張ってきて「彼も不倫してたよね?でも最高のミュージシャンだよ!」とかね。

不倫自体が許されたわけじゃないぞ?その人には黙らせるだけの人気と才能があっただけって話だよ。時代だって違うし。

黙らせる人気が無い奴は謝るしかないだろ。それで飯食ってんだものな。