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はてなキーワード: 本質とは

2016-07-26

無題

この問題本質は「不良債権化した人間」だ。

誰も引き取り手がないのだ。

からその不良債権家族に、地域に、国に、現場押し付ける。

そして今回の事件はその不良債権破綻して明るみに出た一例にすぎん。

認知症徘徊した老人が電車に突っ込んで家族賠償請求を受けた事件なども同類だ。

生かすことも殺すことも出来ない放射性廃棄物のようなものなのだよ。

社会リソースを食い潰し、関わる人間の全てを消耗させるだけで、何一つ生産することのない人間

ただ奪われ、疲弊するだけの対象税金や労力等を消尽しなくてはならない。

だがそんな人間でも人権もあれば選挙権もあり、生活保護年金受給権もあるのだ。

勘違いしてほしくないのは、彼らから人権を奪えという話をしているのではない。

彼らに人権をしっかりと認めるからこそ、

誰にも解決できない不良債権が生まれるということこそが本論の本質である

これは、誰かのせいにすれば何とかなるものではないのだ。

誰もこんな奴らの面倒を見たくはないのだが、見殺しにするわけにはいかない。

強力なダブルバインドがそこに発生している。

どちらも本当のことだからだ。

社会矛盾マグマの様に吹き上がっているという話なのだ

その絶望的な現実から逃げて、

弱者の味方を気取りながら「面倒を見たくない」という側面から目をそむけ、

やれ労働問題格差問題だと安易社会正義論を振り回して悦に入る連中は底抜けバカだろう。

現場いかに手厚くもてなしたとしても、やりがいがなければ働く人間は集まらないのだ。

そもそも、入居者の現場職員に対する非人権的な仕打ちの数々を意図的無視する連中も大きな問題だ。

暴力を受けたり罵倒されたりする例は後を絶たない。

カネをやるから理不尽物理精神暴力に耐えろとでも言うのか意識高い系カスどもは?

まあある意味においては、

この事件はこうしたお気楽で何も考えていない社会派気取りのバカ問題を深刻化させているとも言えるだろう。

http://anond.hatelabo.jp/20160726153800

増田は「ノームコア」を知らないのかな?

ノームコアって言うのはgnome-core、つまり妖精っぽい格好を中心としたファッションスタイルなんだ。

ファンタジーの生き物である妖精は、人間たちの文化的機能的な工業性に溢れた服ではなく、ただありのまま自然由来の物質からなる服を着ているだろう?

例えばティンカー・ベルなんかは葉っぱで出来た服を着ている。

ノーム代表的存在である七人の小人なんかは到底ファッションはいえないようなルーズパーカーみたいな服装をしているだろう? つまり、あれこそがノームコア本質なんだ。

プリンセスの格好ではない」「しかし、物語登場人物ではある」

適度なダサさと、制約のゆるさこそがノームコアファッションのコツなんだね。

簡単だろう? 増田の家にもクビ元がダルダルになったTシャツや、何年も洗ってないスウェットなんかがあるだろう。

それらを着て町に出れば良い。そして、おすぎにそのファッションをたずねられたらこういえばいいのである。「これがノームコアです!」って。

おそらく、その心意気や角度とか視聴者全てが認めてくれることだろうよ。

2016-07-22

ボランティアについて考察

http://www.asahi.com/articles/ASJ7663TXJ76UTQP026.html

ブコメ読んで気になったので持論を整理した.


ボランティア本質は志願者の自主性であり,募集者と応募者の契約だと考える.従って,どんなに条件が厳しく,かつ無償ボランティア募集をしたとしても,その募集違法性がなく,かつ自主的に応募する者がいる限り外野が何かを言うことは基本的意味がない.

また,募集者側が一方的に莫大な利益を得て,応募者に配分されなかったとしても,契約が成り立っている以上そのことを批判するのは筋が通らない(納得できないのであれば応募しなければいいため).

しかし,同時に以下のような議論は別途成り立つと考えられる.

A. ボランティア精神を煽ることは本質的おかし

前述の通り,ボランティア本質は志願者の自主である

従って,他者に対してボランティアすることを指示したり,強制したりすること,及びボランティア精神が足りないと嘯くことは原義に反する.

そのような場合は「無償労働」「奉仕」「奉公」のようなより適切な表現をすることが望ましい.

同時に,オリンピックのような大規模かつ成功させることが必須となるイベントにおいては,国民ボランティア精神のような曖昧ものに頼るのことはそもそもおかしい.

仮に無償ボランティアであることを押し切った結果人材不足となりイベントが失敗に終わったとしても,その責任は全て運営者に帰するものであり,ボランティアを呼びかけられた側に一切の非はない.

B. 無償ボランティアは関連分野の衰退に繋がる

生活がかかっておらず,時間に余裕がある学生によく見受けられるが,無償あるいは格安でいいから働きたいという人がいることがその関連分野の衰退に繋がるということがボランティアに限らず考えられる.

これはある意味ではダンピングであり,「他の人は同じことをもっと安くやったのになぜやってくれないのか」という一部のクライアントが常用するロジックに繋がっていく.

そのような意味では,労働に対しては(正当な)報酬が支払われるべきという資本主義原則に則り,募集者,及び応募者を批判することは正当である


C. 無報酬責任所在曖昧になる

報酬を支払うということは労働に対して責任を負わせ,報酬を貰うということは労働に対して責任を負うことである

応募者の精神という比較曖昧ものに則った無償ボランティア必然的責任所在曖昧になるため,追加労働契約履行等の「お願い」は出来ても「強制」は困難である

そのようなリスク回避したい場合,そもそも無償ボランティアに頼るべきではない.


D. 応募者の見識に対し,助言として批判することはできる

法に従っており,募集に対し自主性をもって応募者が契約を結んでいる限り,根本的にはそのことに対し何かを言うことは意味がない.

しかし,その契約が応募者の見込み違いや錯誤によるものだとすれば,外部のものが応募者に対し制止の助言をすることはそうおかしいことではない.

直感的に言えば,奴隷募集に対し自主的に応募した応募者に対し,本当に奴隷になっていいのか,奴隷を甘く考えていないか,あるいはBのような関連分野に対する影響を指摘することはできる.


E. そもそもボランティア無償であるとは限らない

冒頭の朝日新聞のような場においては「そもそも、ボランティアとは、社会のために自ら進んで、無償で働くもの。」と言われることが多く,日本においても大多数の認識はその通りであると考えられる.

しかし,非営利団体営利目的としなければ金銭のやり取りをしていいように,自主性という原則さえ守られていれば,交通費宿泊費といった実費のやり取りをすることや,最低限の報酬を支払うことも立派なボランティアであると考えられる.

2016-07-21

にわかクロスバイク乗りです。

ロードバイクスタンドについてid:kanoseが書いてたけど、反発すごいんですね。

http://d.hatena.ne.jp/kanose/20160720/roadbike_stand

http://b.hatena.ne.jp/entry/d.hatena.ne.jp/kanose/20160720/roadbike_stand

関連法令のどこをどう読むと「自転車にはスタンドが付いていなければならない。駐停車時には自立していなければならない」ってことになるの?

http://law.jablaw.org/br_equip

http://law.e-gov.go.jp/htmldata/S35/S35HO105.html

http://law.e-gov.go.jp/htmldata/S35/S35SE270.html

http://law.e-gov.go.jp/htmldata/S35/S35F03101000060.html


駐停車が法令禁止されている場所に停めるのは法令違反だし、「ここに自転車を停めないで」と明記された場所に停めるのは信義則(っていう表現が正しいのか分かんないけど)に反する。私有地に無断で停めたら軽犯罪法違反だろうし、他人のものにチェーンをかけるのも同じかもしれない。

明記されておらずとも、自転車を細い道に停めるのも、植栽のような痛みやすものロードバイクやチェーンが引っかかるのも、マナーに反する。

じゃあ、法令にも信義則にもマナーにも反することを書いておらず、かつ「自転車にやさしい社会になってほしい」って言ってる記事に「自転車は自立していないとおかしい!」と言い出す理屈はなんなの?「空気読め」ってこと?


>先にルール破ると立場弱くなるので気をつけたほうがいいかと。

これは分かる。プロの人も同じようなことを言ってたと思うし。「自転車地位向上のための戦略として、スタンド装着を義務付ければどうか」という提案なら。でも、それって「バイクラックが各地にあればなー」って期待とどれくらい違うのかピンとこない。

>読んでて、何でそこまで嫌われるのかを考えた方がよさそうな気がした。停めるときも走るときも、対・人でも車でも街でも

「何でそこまで嫌われるのか」をブログで書いて教えてほしい。「法令マナーに反する自転車乗りがいるから、自転車乗り全員が嫌われる」って理由ではないよね?「法令マナーに反する自動車運転手いるから、自動車運転手全員が嫌われる」ってわけでもないだろし。私も信号守らなかったり逆走したり、交差点二段階右折しなかったりする人も、歩行者邪魔者扱いしてる傍若無人な人も大嫌い。でも、全部ママチャリ乗りにもいるじゃん。


自転車免許制にして、違法駐輪したら罰金」にするのが一番の解決だと思うけど、ママチャリに乗ってる人とか自転車に乗り始めた子供にとっては大変じゃない?


コメントありがとうございます。初増田だったので嬉しいです。

自治体施設バイクラックつけろ、とか無いのは遅れてる、ってのはちょっと

kanose氏の記事引用している記事のほうでは自治体施設の話が出てくるけど、kanose氏はそこまで言ってないのでは?「自治体系は対応が遅れている」はひっかかっても全然おかしくないけど、kanose氏のほうのブコメとしてはちょっと違うんじゃないかな、と思いました。



>一部の喫煙者のために喫煙者全員が肩身の狭い思いするのと同じだろ

喫煙者場合は「大多数の喫煙者のせいでごく一部の喫煙者が肩身狭い」だからちょっと違うな

たぶんこれは、「マナーに沿っていようと喫煙のもの不快か」というのと「マナーが悪い喫煙者いるか」というのが混じった話になってしまってる……。というのは、今回の提起の本質に近いのかも。「ロードバイク存在のもの不快」と「マナーの悪いロードバイクの乗り手が不快」という話題があって、私は「前者は議論になりえない。後者は私も不快」というスタンス



ロードを乗り回すのに最も適していない都市という場所で普及したせいだろうね

それは「東京が適していない」という話でしょうか?ある国(欧州)の首都に何年か住んでたけど、ロードバイクはすごい快適そうでしたし、たまたまかもしれないけど文句言ってる人も見たことなかった。「東京が適してない」って話ならよく分かるけど、同じくkanose氏が都市基盤の整備を望んだことと反しないと思うのです。



フェンスガードレール電柱も...自分の所有物でなければ他人のもの

他人の所有物を無断で目的外の利用方法使用し且つ迷惑をかけている。

自分他人も含めた「公共物」ってあるじゃん。それはダメなの?迷惑をかけるべきではない、というのは全く同感です。



>原因として上がるのが「スタンドなんかつけられるわけないだろっ!!11」だから炎上すんだよ。

自転車全般の話として、歩道から追い出され、車道も満足に走れず、自転車専用レーンの実装を望むのなら全然理解できる。

>けどもさ、スタンドをつけないスポーツタイプに特化した事情としてのバイクラック求むには、全然同意できん。

この指摘は腑に落ちました。説明手法が「嫌われる理由」に対して適切でなかった側面はあるのかも。

ただ、元記事ブコメに付いた「ロードバイクロードバイク乗りは滅びろ」っぽいコメント(と、そういうコメントスターがたくさん付いている様子)も、この指摘でクリアされるのかなあ……ちょっと想像できてません。



>車種(自動2輪の場合正しくは排気量だけれど)、で免許保険車検税金etcの有無を変えれば問題ない

私も思考実験としては考えたことがあるのですが、一番簡単なのはタイヤの太さと車両全体の重さ」でしょうか。でも、安かろう悪かろう自転車クリアしちゃいそうな……。自転車保険義務化してほしい。



>「自転車なら自立くらい自分しろ。そこまで知るか」と言われてるだけ。

>「何でそこまで嫌われるのか」への答えとしては 『「自転車が普及するのは良いことだ」を逆手にとり「(自転車自動車なみにがんばるとかむしろ危ないから)そこまでやらなくていい」という言葉無視してロードバイクで走り回り「なぜ助けてくれない」と勝手に困ってるから』ではないだろうか。

よく分かるようで、腑に落ちきらないところがあるんですが、「「そこまでやらなくていい」という言葉無視してロードバイクで走り回り「なぜ助けてくれない」と勝手に困ってる」というほど、私はkanose氏の主張が「無視して」「勝手に困ってる」とまでは思っていませんでした。確かにそういう、筋の悪い方はいらっしゃるでしょうね。

コンビニ流行アニメコラボすることで売り上げを伸ばすように、自転車対応することで売り上げが伸びる」というのが具体的に見えてくると、趣味としてのロードバイクにもコミットやすくなるのかな。

2016-07-20

http://anond.hatelabo.jp/20160720141006

コミュニケーション能力がない自分を変えるための努力なんて血を吐きながらやってきた

中学生くらいまで赤の他人と全く話せず友人が少なかった自分が今ではちょっとした知り合いってのを多く持って気軽に話せるようになったし、赤の他人に対しても普通に接することができるようになった

でも自分本質は変えられなかったんだろうな

知り合いが主催するオフ会に参加してほぼ全員と話してみた

イベントに参加するときも近くの人と話して仲良くなったり

街コンってのにも参加してみた

色々なことをした

すべて意味なんて無かったのか

あっちの求める他のスキルなんて実務経験やら資格

資格勉強の合間にとった

実務経験は積むための最初のとっかかりすら貰えない

これも甘えって言われるんだろう

2016-07-19

今の少年漫画に足りないのは良い話

ヒーローアカデミアのアニメ1~2話は良い話だったような気がしましたけど、

そういう「ナードな僕も努力したら報われました!!」みたいな話ではなくてね、

喧嘩してた太郎君と花子ちゃんが僕が仲直りのパーティ開いたら仲直りしました!!とか

腰を痛めていたおじいちゃんのための椅子を造ったら大喜びされました!!みたいな

日本人特有の和を尊ぶ精神から発生した思いやりや慈しみの心に溢れた話ってこと。

誰か悪をぶっとばしてハイ良い話、それ違う。

というか守りたい平和調和のはずなのに何でいつの間にか己の勝利になってんのか

最近少年漫画事情がオッサン本当によく分からないよ。

まあ、分析しなくても分かるんだけどね。

 

戦う以外にも平和を守らないといけない問題方法は山積みなんだよ。

それは戦う以上に難しいことだったり尊いことだったり本当に必要なことだったりする。

なぜかヨイショはされてもその本質に触れる人間がいない「和」の話。

どうしてブラックジャックが未だに読んでも面白いのかというと

手術と悪人と戦う以外にも個人個人の心の問題も解消していってるからだ。

それぞれの人生まで治療していってるから未だにブラックジャックは多くの人に愛されていて

ドラマ化もアニメ化も何度もされるのにアトムは不人気で火の鳥も良く分からない作品扱いされてる。

三つ目が通るだって立派に面白い手塚作品なのにリメイクが少ないのも

結局悪人ボコるだけの子供向け作品からだ。

もちろん長い目で見ればそれだけじゃないのだが。

 

ただそういうのは大人になって余裕ができて初めて他人を労わって別視点に立つことができる。

力を持った大人に許された特権でもある。

しかし今や大人も余裕がなくなりつつあり、子供にも勝ち組になれと他人を踏みつけろという教育が主流になった。

今の少年漫画は悪をぶっ飛ばして俺(俺ら)自己成長!の完全実利主義帰結してるって話。

視点ミクロすぎるって話。FPS

そんな漫画を正として捉えて大人になったら他人は全て悪で俺と俺らが勝てばそれでいいという目標しか立てなくなる。

全体を幸福にすることが最終的に自分の最大幸福に繋がることすら教えられずに人生を進むことになる。

 

ヒーローアカデミアも人助人助けとか言いながら今のところ自分たちしか助けてないし、

能力授かる前のデクは人助けもろくにせず自分のためにノートとってばっかの精神性もナード

今も相変わらず自分とすぐそばの人間のことしか考えられないナード精神

能力なくても道案内とかゴミひろいみたいなボランティアで人を助けることはいくらでもできる。

今までジャンプで連載されてきた主人公の中で一番自己中でどこまでも利己的な精神と行動。

から味方がいなかったナードなんだよな。

能力的な魅力がなくても、精神的な魅力・カリスマがあれば自然と味方ができる。

実際に人助けをしているオールマイトがどこをみてこいつに魅力を感じたのか理解できないご都合主義展開。

こいつの行動原理のふしぶしが弱者を救いたいという気持ちではなくて

単にオールマイトがカッコいいから真似したいっていうファン根性由来。自分がカッコつけたいだけ。

最初オールマイトがいなければ何の価値もない正真正銘のナードってこと。

こんなのに魅力を感じるわけがない、まだサイコパス気味のルッピさんの方がカリスマ性あるだけマシ。

第一話でイルカ先生を助けたナルトの足元にも及ばない精神性。

 

ヒーローアカデミアは「ナードな僕がカッコよくなれる自己犠牲マジきもちい」漫画

共感できる人ってナードな部分に共感してるだけで自己犠牲もマジきもちいいの部分もフィクション

嫌悪感を抱くやつはナードでかつ自己犠牲的な役回り押し付けられているリアル

単純に理解できないのはナチラルボーン勝ち犬。

俺はつまらないと評論している漫画ボーイ。

鬼畜、俺さま、ドS」のキャラが人気な理由

それは自分暴力を振るわれたいからとか、搾取されたいからではなく、「積極的に来られたい」から

世の女性の8~9割は恋愛に関して受け身。振られるというリスクテイクをしてまで男性に対して積極的になる気がない。

まあ、アダルトコンテンツ無料安価で普及してから男性にもそういう傾向はあるだろうけど。

あと「鬼畜、俺さま、ドS」な人間現実世界ビジネス成功やすいというのもあると思う。

経営者サイコパスは多いよね。お金稼ぐうえでケア能力は一切必要ない。

戦略性、意思決定力、人を巻き込んだり支配する能力必要

お金を稼ぎまくる人にありがちな特徴として「鬼畜、俺さま、ドS」があるわけ。

からキモくて金のないオッサンが「鬼畜、俺さま、ドS」な振る舞いを真似したところでモテない。それは本質じゃなくガワでしかいから。

女の性欲を引っ張り出すコツは、女に対する積極性と、資本主義社会を乗りこなす戦略性。

これらがあれば女にモテるだけでなく男にも一目置かれる。

http://anond.hatelabo.jp/20160718234001

正直に言えば、尊敬できない創作者に対しては、尊敬は無いと思う。

でもそれって普通のことで、じゃあオウム真理教創作者(自分と分かり合えない考えの人の例えね)は創作者だから尊敬すべきかと言えば、当然そうではない。

でも創作本質ってそうじゃないの?批判受け手にとっての創作だと思うんだけど。

的外れであっても、批判というものを、受け手創作者じゃないからといって封じるのであれば、人類にとって創作なんて活動下らないか不要だと思う。

2016-07-17

眼鏡にいたずらされたという話

おそらく「恒常的ないじめ行為」が本質

そのいじめ行為の中に眼鏡へのいたずらも含まれていたのではないだろうか?

だとすると、いたずらしてはいけない理由説明することではいたずら対策としては効果が薄い。

加害者から距離を置くことのできる環境であればよいのだが…。



また「眼鏡かけてるけど、いたずらなんかされたことない」といったコメント散見されるが

いじめ被害者にとってはこれほど心ないコメントもあるまい。

実は自分もつい書きそうになってしまった。すまんすまん。

眼鏡者として同情を禁じ得ない話ではある。

http://anond.hatelabo.jp/20160716001545

こういう悲観的な増田ってブコメで絶賛されがちだけどさ(子供を産むのは地獄だとかも)

これに賛同してるコメントは感動話に絶賛のコメント書いてるやつ並みに気持ち悪いよね。

よくあるコメント

「これに否定的な人とは絶対にわかりあえない」 ← なんだこいつ。お前とわかりあいたい奴なんていねーよ。自分がみじめだと思ってるのに人と仲良くなれると思ってんの?自意識過剰だな。

「俺も早く死にたい増田気持ちがよくわかる」 ← きもちわる。なれ合いクッサ。死にたいオフ(笑)でもやってろ

全体的にうげーきもちわりいってかんじ。

感動話に共感して涙ぐんだりしちゃってるやつと何が違うんだろ。

あげくには共感スターポチポチ(笑)死にたいのわかる~」スターポチッw 死にたい(笑)気持ち共感スター(笑)楽しそうですね(笑)

こいつら共感能力高杉の群れるの大好き人間じゃんw

なーにが「仲良くなれそうにない」「気持ちがよくわかる」「尊重したい」だよw

メンヘラ死にたい死にたい言ってるのと同じじゃん。

こいつらはメンヘラ話に感動話をシェアちゃうような奴らと同じように感動して共感してるただのメンヘラ予備軍だよ。

お前らが馬鹿にしてるフェイスブックの感動する話といっしょで、メンヘラ死ぬっていえば大絶賛(笑)

死ぬのは誰もが避けられない・・・・」「いずれみんな死ぬ・・・」「死ぬのは人間本質・・・・」 ← wwwwwwwwwwwwwwwwメンヘラの戯言に大共感アンド深い分析wwwwwwwwww

根っこはフェイスブックの感動話シェア共感厨といっしょ。

勘違いするやつがいそうだから言っておくが、俺はフェイスブックの感動系も嫌いだし、こういうメンヘラ共感話も嫌いだからな。

人生は素晴らしい」に共感してるフェイスブック

人生は糞。死にたい」に共感してるはてな民

何が違うの?根はいっしょの共感大好き馴れ合い大好き人間(笑)

メンヘラ感動話を絶賛するくそだせーゴミどもはさっさと死ね。黙って死ね。みじめな自分が大好きで大嫌いなら恥をまき散らさず黙って死ね

メンヘラ感動話をシェアするな。ネットごみを増やすな。

昔はやったゲームセンター出会った余命僅かな少女の感動話とこの増田方向性が違うだけで完全に種類は一緒だよね。

お前らはゲームセンター少女で涙流してたやつと同じだよ。

メンヘラ共感話には手放しで絶賛してワーキャー群れる。

挙句の果てには

「これがわからないやつとは仲良くなれない・・・・・」「俺も増田気持ちがよくわかる・・・・」

wwwwwwwwwwwwwwwwwwww

フェイスブック馬鹿どもと本質的に同じ行動しているのに悲劇的な自分に酔って共感の輪(笑)を広げている自称弱者どもは、実は同調圧力馴れ合いが大好きwwwwwwww

ファッション感覚悲劇ぶる自称弱者もの死にたい僕たちの輪(笑)

しょせん糞雑魚もの馴れ合い。「死にたい~」「わかる~俺も死にたい~」「ね~」ワーキャー 死にたい気持ち共感スターポチ(笑)

楽しそうでよかったね。

雑魚どもが。

くだらね。


Permalink | トラックバック(3) | 22:56

2016-07-15

http://anond.hatelabo.jp/20160715203618

一人でやるなら別に通り魔だろうがレイプだろうがそれほど腹は立たない

匿名性の高いネットでは珍しい意見じゃないが、この感覚がある種の「冷静さ」としてまかり通ってしまうという無神経さが問題本質なんだよな。

2016-07-14

セックスレス問題

スマホ増田しようと思って1時間くらい書いていたら操作を間違えて消えてしまった。悲しい。うんこ漏らしそう



そんな話はさておき、ここ最近増田諸氏ホッテントリを見ると、少し安心してしま自分がいる。

多かれ少なかれ、他人同士が一緒に暮らす訳だから、色々と問題はある。我が家例外ではない。

そんな中でも比較一般的キーワードとしてセックスレスが挙げられると思う。



実は自分は元々最低な夫で、付き合っていた頃から浮気を繰り返し、子供ができて、結婚して、まだお腹の中にいる時にも外で女とイチャコラしてた。

その頃の自分バカだったので、性欲からくるセックスと、充足感、自己肯定感、軽い依存による多幸感など、諸々ないまぜにした結果の愛しあう行為としてのセックスを履き違えていた。

からこそその当時はセックスレスとか良いパパやってバレないように外で女作るか風俗とか行けば余裕wwwとか草を生やしていた。



本当にバカだった。その当時離婚しないでついてきてくれた嫁には感謝している。

そのための贖罪、いやほんとに言い訳として、それまでプラプラしていた自分を改め、非正規派遣とは言え大手会社に入り、先々を見据えて頑張ろうと誓った。

元々自宅で引きこもっていた時にプログラミングインフラ周りをやっていたこともあり、一般人よりは出来ると思っていたが、ここの会社の某超有名なエンジニアブログを見ていると外の世界はこんな技術じゃボコボコにされる、マジコエーとも思っていた。

で、外に出てみたら意外とそんな事なくて、むしろ適当仕事してる人より出来る事がわかった。あ、いやでもまだまだ読者諸氏には全然敵わないのでこれから勉強させていただきます。どうぞよろしくお願いします。

あとは引きこもっていたせいで世の中知らなさすぎて、大手仕事本質基本的には調整業務が主で、だからこそ新卒至上主義なのかなーとか、未だに考えは巡らせることはあるけど、それでも上から下まで見てこれたのは割りとラッキーなのだ最近は思っている。



主題からそれすぎて何の話か読者諸君はそろそろ忘れている頃かと思うが、すまない、自分も忘れていた。



まぁようはキャリアの転換期で、そういう時には家庭の問題が色濃く反映される訳だ。

嫁とは不定期にセックスレスになる時があり、長いと半年以上していない時もあった。

増田しているあたり今日もそうだったのだが、唐突に気づいた事があった。



先に書いたとおり、元は仕事していない浮気するとクズ代表格なような自分だったが、そういった行為に走っていたのは結局のところ、求めていたのは嫁のように愛してくれる存在だったのだ。

数年前からその事に気づいていたはいものの、うまく言語化できていなかったので、昔遊んでいた知人などに誘われてもうまく断れずにいた。

確かに外で女を作るなり、風俗に行けば性欲は満たされる。だが心が埋まるわけではないので、余計に身体と心が乖離してしまい、また同じ事を繰り返す。バカ典型だ。

だけど、気づけた。気づけたからこそ、主題セックスレス問題が出てきた。



愛してくれる嫁と、そのために頑張っている自分に酔っている、まぁ依存なんだろうか、まだ掘り下げて考えられていないが、その嫁とセックスすることで、性欲以上の何かをいつも勝ち得ていた。

セックスレス期間中は童貞に戻ったかのようにオナニーしまくっていたが、ここ最近はそれも疲れてしまった。断れる度に傷つく心を騙すための自己満足行為とその自己満足行為に走った自分に。

元々性欲は強い方で、10代は本当に俺=猿というようなもので、今は落ち着いたとは言え、それでも毎日したいくらいだ。

からこそ誘えるかどうか、顔色伺う機会も多くなるのだが、嫁は家事育児、その他家の雑多なことを全てやってもらっているので、基本的には我慢していた。



我慢していたが、それももう本当に限界だ。

喧嘩トリガーとなるのはいつも自分からなのだが、普段頑張ってもらってる分、不満を言わないようにしている。

のだが、セックスを断られる事で不満が爆発してしまい、言われ慣れてない嫁はいつも泣いてしまう。

泣いている嫁は見たくないからまた我慢して、セックスを断れる事でまたトリガーとなってしま・・・悪循環なのだ

普段から言えていれば良いのだろうが、付き合っていた期間から考えると10年以上、未だに嫁が本当に言われたくないことを泣かせずに言える方法がわからずにいる。



嫁が求めているのがお金を稼いで優しい良いパパでいてくれる事なら、もう離婚すべきと考えてしまう。

確かにそれが理想なのはわかるが、スタートライン底辺自分にとってはもっと上を目指したいし、世の中の役に立ちたいと思ってる。

結局のところ、自分自分のことが可愛くて大好きで、だからこそこういうことを思ってしまうんだと、それは良くないことだと自分を戒めてきた。



だけどここ最近仕事の状況もあり、人間追いつめられると理屈ではなく、子供の頃の夢とか、理想とか、自分のことになってしまうのだと気づけた。

うまく折り合いを付ければ良いのだろうが、生まれ育った土地を離れたくない嫁とは着地点が見えてこない。

単身赴任あくまで仲の良い夫婦から出来ることであって(そうでないケースもあるかもしれないが)、我が家場合イコール別居、離婚となるのが見えているから嫁が反対しているのだと思う。



なんだか冷静になっているようで文章を見返すと支離滅裂結構ダメダメだなぁという感じで非常に申し訳ないが、聞きたい事は下記のとおりである



セックスレスに陥っている夫婦はどうすべき?



離婚したら喪失感孤独感でそれこそ鬱になりそうなものなのだが、幸い自分には仕事があるので、一時気を紛らわせるという打算はある。

かたや、ここまで尽くしてくれた嫁に対する仕打ちなのか、禊はどうしたと己の良心に問いかけるものがないわけではない。

だが、ここ最近はその良心に付け込まれているだけなんじゃないか猜疑心しか出てこないのだ。



子供のことを考えると離婚すべきではないと思う。今までの子供との接し方を見る限り、色々な選択肢を奪われてしまう結果になると予想される。

そういう意味では親権を取りたいが、現実的には難しい事だと理解している。確かに自分から見たら色々ありえないが、ネグレクトまでではない。

自分コンプレックスが強いから、子供への期待や、接し方などおそらく厳しいものだろうから、そういった意味ではバランスが取れているのかもしれない。

が、嫁の育ってきた環境などを考えると、シングルマザーになったら一番の被害者子供になる。それは避けたい。

そう思ってここ何年かはやり過ごしてきたが、それも限界だ。

ぶっちゃけ自分も家庭環境は相当酷かったけど、結局のところ本人の気持ち次第でどうにも変えられると思ってる。



すまない、今日も断られて頭の中がグチャグチャで、読者諸氏は支離滅裂文章をお見せして申し訳ないと思っている。

だがここまで読んでくれた寛大な読者諸氏、どうか感じたこと、考えたこと、テメーもっと嫁と話し合えよとマサカリを投げること、なんでも良いのでコメントを頂けないだろうか。

副題として離婚があるが、あくま主題セックスレスにおいたのはそれが一番のきっかけだと感じているからだ。

だとすると、気心の知れた友人、知人には話しづらい内容でもある。

セックスレスに陥った夫婦はどのように解決するのだろうか?

2016-07-12

就活成功組の言い分

ツイッター話題になっていたので、新卒採用就職活動に失敗した人たちの思いの丈が綴られた文章を読んだ。正直腹が立ったので、私も気持ちをぶつけようと思う。


私も今年就活だった。腹が立った、と書いたこから推察できる通り、就活成功した。会社人間の話を聞いて、見学会インターンに参加して可能な限りその発言が本当か調べ、自分が認めた企業を受け、合格した。結果的に3社受けて全部合格をもらったので、就職活動については特に不満な点はない。私は推薦を使わなかったし、受かった側がいうと嫌味に聞こえるのかもしれないが、特にズルをして手に入れた結果だとも思っておらず、就活制度平等だったと感じている。


就職活動の話は黙っていても相手が語りたがるので、人付き合いが苦手な私でも結構たくさんのエピソードを聞いた。当然その中には成功した人も失敗した人もいた。ただ、どの人に聞いても共通して言えると思ったのは「就活就活だけの独立しているイベントではない」ということだと思う。何か目的意識を持ってずっと頑張ってきた先輩はみんな当たり前のように就活成功していたし、そうでないひとーー少し言葉が悪いかもしれないが、行き当たりばったりに生きてきていたり、何か信念を持っていてもその方向性とは合致しない企業を受けたりしているひとは、軒並み残念な結果になっていた。


何が言いたいかというと、就職活動は「今までどれだけ真剣自分と向き合い、自分は何をしたいのか、あるいは、どうすれば自分はこの社会で生きて行けるか」を考えて、行動に移してきたかが問われているんじゃないかと、私は考えている。


私は、「こんなにも頑張ってきたのに私だけが運悪く認められない。他の人たちはあんなに楽そうに就活を終わらせているのに、何故私だけが。それは制度が悪いんじゃないか」というようなスタンス物事が語られている事に腹を立てている。私から言わせれば、ありとキリギリスのような話に感じられている。あなた方は今までの生活の中で自分にある問題と向き合う事もせず(あるいは気づきもせず)、対策をとらないまま生きてきた。今までの人生ではなあなあな態度でもやってこられたのかもしれないが、その事がわかりやす評価される就活の場で、ついにあなた方は抜き差しならない現状から逃げられない立場に追い込まれた。それだけの話だと思う。今まで無視してきた事に対して、なんの準備もされていないのは当然で、準備されていないくせに空回りだけはしっかり繰り返すのだから、徒労を積み重ねるばかりで結果に結びつかないというのは自然な流れだと思う。だから自殺をほのめかす事で自分の命を人質にして、制度の側を批判するのはお門違いだ。


それに、せっかく自分自身の抱える問題直視するいい機会と出会えたのに、また問題本質から目をそらす結果になってしまうと思うので、そういうリアクションは慎んだほうがいい。そもそもの話をするなら、就職活動というシステムを通過しないといけない事は大学に入る頃にはみんな分かっている事なのだから、そんな自殺したくなるほどそのシステムを通過しないといけないと思っているなら、何故周到に準備しておくという事ができないんだろう。よくわからない。


同様に、高学歴自分の望んだ進路を勝ち取った人間に対する僻みにも腹が立つ。


就職活動では学歴ではなく人柄を見られている、とか、逆に学歴フィルターとか企業偏差値とか、好き勝手語るひとも多いけれど、それはすごく実態を捉えられていないもの見方だと思う。高学歴からどう、という相関があるわけではなくて、高学歴になるためには自分の中に確固たる信念が必要人間が多かった、というだけの問題だと思う。勉強簡単にできることじゃない。たとえ好きな分野であってもそれなりにしんどいし、しんどいことを続けるためには理由が要る。そうやって自分の怠心をなだめて、自分目的達成のための行動を起こすことができるようになるためには、それなりの苦労と段階を踏んできている。私たちだってこれまでの人生の中でそれなりの失敗や挫折があり、それを直視して対策を立て、乗り越える努力を積み重ねてきた。


私は別に、今就活を失敗している人たちに成功して欲しくないと言っている訳ではない。自分自信の慢心を認め、これから具体的にどういう方針で行動してゆくか考え直し、決定した方針を元に予定を立て、行動に移してゆく作業を開始すべきなのではないか、と言っているんだ。今やるべきは愚痴を書く事や、社会を呪う事、ましてや自殺する事じゃない筈だ。確かに認められない事は辛いと思う。でもそれは現実だ。人間は、いつだって自分自身の力で助かるしかない。社会の側ではなく、今自分自身に何ができるのか考えて行動を起こすべきだと思う。

人類オタク)の夢をVRでかなえる!

VR+風俗嬢=VR風俗アニメキャラSEXしたいという夢を現実にするために

人類の「アニメキャラSEXしたい」という欲求は、これまで様々な方法で発露されてきた。一番原始的方法は、マンガエロ同人誌)を描くというものだった。マンガは高度な道具を必要としないため、敷居が低く裾野が広いという特徴があるが全く没入感がないという欠点がある。マンガの発展形として、高性能PCの普及によって3Dアニメが発展した。その中でも、3DCGアニメ調に見せる技術アニメキャラ再現に果たした役割は大きく、それまで全く別物と思われていた3DCGアニメ絵が融合することが可能になったが、画面の中で完結するという本質的問題解決するには至らなかった。

アニメキャラとのSEX視覚ではなく聴覚で捉えようとした分野が音声作品である。とくに、催眠音声は人間無意識に働きかけ五感すべてに完璧に没入させることが可能と思われていたので一過性ブーム引き起こしたが、結果としては催眠術よく訓練された猛者だけが「最悪(社会的に)死ぬ」ことを覚悟したうえで享受できる秘術とされ、誰もが気軽に体験できるものではなかった。音声を使った臨場感あふれる手法として、バイノーラル音声が登場したが耳かきと耳舐め以外の行為では、バイノーラルの強みである臨場感を活かすことができずエロボイスドラマを超えてリアリティを感じることはできなかった。

アニメ現実にしようとするこれらの試みの他にも、現実アニメに近づけようとする試みが有る。最も単純なアイデアであるアニコスアニメコスプレ)と呼ばれるAVジャンルがその典型である。初期のもの女優衣装を着せただけの簡単ものだったが、「コスプレイヤー(コミケでケツ出すお姉さん)」という概念の浸透に伴ってウィッグメイク技術衣装ディティール・小物などアニメキャラになりきってSEXするという技術進歩が見られた。しかし、コスプレはどんなに「リアリティ」を追求しても、(特に顔の造形が)アニメキャラにならず「コスプレイヤー」にしかならないという大きな欠点もつ。この欠点に注目して改良を試みたのが「着ぐるみ」というジャンルであるが、顔だけプラスティックで不気味であることや大きさが不釣り合いになってしまアニメキャラを実現するには至らなかった。顔だけでなく全身が「人工の人間」というアイデア等身大ラブドールダッチワイフ)に見ることができるものの、ダイナミックな動きというSEX本質が欠けているために一部の愛好者(マグロ好、死姦マニア人形愛)以外には受け入れられなかった。



これまでの2つのながれ(アニメキャラ現実現実アニメキャラ)を統一する可能性を秘めているのが、VRである。VRはこれまで問題だった没入感をユーザ与えることができるが、「映像を見る」ことが目的であったために、SEX相手となる対象実在しなかった。これまでVRを用いたアニメキャラとのSEX方法として知られているものは、VR+オナホ(手動or電動)、VR+ラブドール(手動)という原始的方法が主流のようだ。ネット上では五感PC接続してSEX」待望論もあるが、すぐに実現できそうにない。ユーザアニメキャラを感じる「五感」のうち、視覚聴覚を除く三つ(臭覚・触覚・味覚)は「未定義人間のそれならなんでもよい)」であることを仮定すると、実際の人間にVRでアニメキャラを「投影」してSEXすれば既存技術を用いて低コストアニメキャラSEXが実現できそうだといえる。




一言で言うと:風俗嬢を前にして、ユーザはVRヘッドセットかぶり風俗嬢の動きに連動したVR内のアニメキャラセックスする。


想定される技術

ARマーカを風俗嬢の関節等につけて、それをユーザの頭につけたWebカメラで読み取る。欠点は指の動きなど細部とユーザの影になっている部分のマーカがよみとれないこと。

風俗嬢及びユーザ俯瞰できる位置3dセンサを設置して、両者の位置を割り出す。欠点は2名が重なった時の認識不安定になること。利点は「くぱあ」が認識できること。




この技術風俗オプションとして提供されるだろう。そうすれば、VR機材以外の全ては揃っているので小さな投資人類の夢を叶えることができる。






明日早いのでここまで。

童貞&非童貞諸兄の忌憚のないご意見を期待します。










(これで科研費とれね〜かな〜)

2016-07-11

ちんぽは本質に先勃つ

2016-07-09

http://anond.hatelabo.jp/20160708104759

断捨離本質は執着心をほぼ強制的に捨て去ることっすよ

なんも考えずに捨てなさい。ただ捨てなさい。必要ものは買いなおしなさい

全然分かってない」のはお前だよバーカ

http://anond.hatelabo.jp/20160709002156

正確にはお前と元増田な。

何が分かってないって女房のことが分かってない。

相手感情爆発自然災害扱いしてることそのもの相手にとってストレスなのがわかってない。

さも女房尊重しているかのような書き方はやめろ。お前(ら)が尊重しているのは女房じゃないし女房感情ですらなく、お前(ら)自身にとっての平穏しかない。

そうじゃないなら子どもへの悪影響が「両親の不仲でなく母親不安定」などと言えるわけがない。こういうセリフは「女房問題女房問題であって俺の問題じゃない」という意識がなきゃあ出てこない。

「君が不安定だと僕は心配」「不安定にならんようにしようよ、そのために何が必要か調べようよ」と言えない/言っても拒否られる・何回もしつこくしつこく言ってもしつこくしつこくしつこく拒否られるのであれば、それはお互いの間に協力関係を築くことができない即ち信頼がない状態だということだ。

相手を人として信頼してない・できないから、人間でなく災害として扱うことになり、なおのこと信頼構築を遠ざけるという悪循環だ。

信頼もできない相手結婚している意味はない。

問題を分かち合い、ともに解決に向けて努力できないのだから、その結婚意味などない。

からみんな離婚せえ言うとんじゃ。分かったかボケが。わからんだろうな。お前(ら)には分からんだろうよ。

あ?「結婚を美化しすぎ」?「(身体的・精神的・物的・時間的コストかかりすぎ」?

アホか。結婚ちゅうのは本質的にはもともとこういうもんじゃ。だから世の中非婚化なんだろうが。舐めんな。






追記:ブコメにお返事




>いや本質論だったら、「本来の」結婚社会制度としてのイエとイエとの結びつきのために体面や世間体を基盤として行うものだった

それは「社会制度としての結婚婚姻」の話で、しか本質というより由来とか来歴であって、俺が書いとる「人間が他の人間とある特別な深い関係を結ぶとはどういうことか」とは話がズレとる。

婚姻は「問題を分かち合い、ともに解決に向けて努力」することを法的に易しくするための制度として使えばよく、そもそもこの目的を達することができない状態である元増田らのような人々はデメリットがでかすぎるのでさっさと離婚せえ、という話なのである



DV被害者加害者を人として信頼しろ説教するのは犠牲者非難

俺は一言足りとも「加害者を人として信頼 し ろ 」などとは言うた覚えはない。

自分でわかってないようだが、お前は相手をヒトやのうて嵐と思とるくらいやし自分のことしか考えられんどるしどう見てももう信頼とか無理な段階なんだからさっさと離婚せえ、みんなそう言うとるが」と言うとるのである

しろDV被害者加害者を檻に入れろ言うとる方が無茶こいとって「はぁ?」だ。檻に入れられる余力があるうちに離れるべきだろに。



>みんな勝手に既婚者代表みたいに語りたくなるのが不思議

どっちかつーとみんなしてガキ代表で語っとるが。既婚者代表あんま見ない。

2016-07-08

http://anond.hatelabo.jp/20160707234517

9条問題本質は、自国に敵が攻めてきたときに、日本国はどのような対応をするのか、という点について曖昧にしてることなんだよね。


よく分かんないんだけど、それを明確に憲法に書いてる国ってあるの?

2016-07-07

冷笑系はなぜそう呼ばれるか

冷笑系という言葉最近微妙流行っている。

もちろん人の数だけ定義があると思うが、

僕は「それを言うことによって気持ちよくなっているかどうか」というのをその本質として挙げたいと思う。


例「○○は××っていうリベラルは△△はどうのこうの〜(意味不明アナロジーだが、本人の中では成立していて、それを言うことで何らかの快楽を得ているらしい)」

「『日本死ね』は「反日国賊売国奴」と同じく、「「異質」な他者を排撃する言葉」ではないかと思えたので〜〜」(本気でそんなことを思っていないがあえて言うこと、そしてこれを言うことで「右」のレッテルを貼られ、大げさに狼狽してみせることがなぜか気持ちいいらしい)」

(念のため付け加えておくと、僕は「日本死ね」に対する肯定的リアクションには否定的立場だ)


ここで「でも左派リベラルこそ真に気持ちよくなっているのではないか?」と思ったアナタ、その疑問は正しい。

ただ「アベ政治を許さない」みたいな、具体的に何を言っているのか分からないけど気持ち良くなっている、そんな言葉たちは「デモから許される」という弁解が一応ある。祭りの場には祭り言葉を、ということだ。

ちろん、それがデモから溢れて日常に浸透し、そしてそれに対する反発が起きているのが現状であるが。


まり、「気持ちよくなっているかどうか」は根源的には右か左か、リベラル保守かは関係がない。

よって、この観点からステレオタイプイデオロギーをこえて「来るべき人民」を構想することもできるだろう。

ジョセフヒースが「今の政治は右か左かで分かれているのではない、正気狂気かで分かれているのだ」とかなんとか言ったのはこの観点から理解すべきだと僕は思える。

もっとも、ヒース自体国内では冷笑系=狂気の側に消費されているようだけれども。

9条を守るとか意味不明なんだけど

みんな大好き日本国憲法お話




参院選が近くなって、恒例の改憲派護憲派の争いがちらほら始まってるけどさぁ。


はっきり言って、護憲派の言ってることって意味不明




戦争反対 = わかる

自衛隊反対 = (まぁ)わかる

9条改正反対 = ハァ?




あのさぁ、そんなに戦争自衛隊が嫌なら、

尚更9条改正すべきなんじゃないの。




現行

2 前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。




改正案(例)

2 前項の目的を達するため、また自衛のためであっても、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。



こんな感じ

芦田修正を、更に打ち消す的な感じ)




9条問題本質は、

自国に敵が攻めてきたときに、日本国はどのような対応をするのか、という点について曖昧にしてることなんだよね。



敵が攻めてきた時とかの対応で思いつくのは、

下記のような感じなんだけど



1 抵抗せずに殺される

2 抵抗はするが、軍隊は使わない

3 自衛のための軍隊で抵抗するが、攻めてきた国を攻撃まではしない

4 軍隊自衛はするし、攻めてきた国を攻撃する

5 たとえ攻めてくる前でも、予兆があれば先制攻撃する

6 仲間の国が攻めらたら、攻撃する

7 仲間の国が攻められそうな予兆があれば先制攻撃する

8 大義のためなら、必要に応じて先制攻撃する



日本国民の総意は、どの辺にあって、

それに合わせてどのように9条を改正するのかを議論しないといけないんじゃないの?



まぁ、自衛隊をどうしても持ちたくないなら、1か2を9条に明記したらいいよね。

国民みんなが、他国が攻めてきた時に、「軍隊で抵抗するくらいなら、たとえ自分や大切な人でも、殺されたほうがマシ」だと思うならそうなるでしょう。




ちなみに私は、平和主義者なので、3番かなぁ。

とりあえず、「相手から手を出されるまでは、こちらから手を出さない。追い払うだけで、それ以上殴りに行かない」的な。

たとえ、運悪く、自分や大切な人が殺されてしまったとしても、自分や大切な人が他国に乗り込んで、殺す側に回るよりはいいです。




なんで、こういう話に誰もならないのかね。

マスコミは何してるの?政治家は何してるの?



本当に腹立つわー!



◆16/07/09 2:00 追記

たくさんの反響に驚いています

幾つかの論点について、コメントを書いておこうと思います




・「9条が曖昧からこそ良い」という論点

この文章で、私が言いたかったことは、

9条についての改憲派護憲派の争点は、憲法曖昧にしてきた部分によるものであり、

国防軍隊自衛隊)について、国民コンセンサスをきちんととって、憲法上に明文化すべきじゃないかっていうことです。



なので、この文章をきちんと読んだ上での、真っ向から反論だと思います



確かに、あまりガチガチ憲法を決めてしまうと、不測の事態への対処に遅れるリスクはありますよね。

たぶん 「9 あえて曖昧なままにしておく。」を加えて、それも含めて国民が選べばいいんじゃないですかね。




・「自民草案あんな感じなのに、改憲とか言うの?」という論点

このタイミング憲法の話をするのに、自民党憲法草案について触れないのは微妙ですよね。

すみませんでした。



あれ、2年くらい前に読んだんですが(確か)

かい内容は覚えていませんが、随分酷い内容だと思った記憶はあります



なんか。某シールズみたいな物言いが嫌なんですが、立憲主義ってなんだっけ?っていう感じです。



自民草案について言及している方には、釈迦に説法ですが、

あの草案は、「国家国民」、つまり国家のために、ひとりひとりの国民基本的人権は、

時として制約する必要があるというスタンスのものですよね。



じゃあ、「お国のために犠牲になる」ということをもう一度やるのか。

ということを、自民党支持の方は考えるべきかなと思います





ちなみに私は、自民党について、

政権運営能力は、この党にしかないので与党であるのはやむなしと思っています

が、今度の選挙は、全く支持していない民進党共産党に入れます。(たぶん)




選挙では、自分が支持する政党に入れるということも大事ですが、

自分投票行動が、どんな政局を生むのか」ということを考えるべきだと思ってます



この10年来、日本が失敗し続けているのは、

特定政党一人勝ちさせてしまったことではないでしょうか。




民主政権誕生時も、その前の小泉人気で獲得した議席

4年間手放さなかった第一次安倍内閣から麻生内閣までの頃も、

圧倒的多数議席を獲得した与党が何をもたらしたかは、振り返ってみましょう。






・「周回遅れの論点」とか言う人へ

この手の意見もちらほら見えましたが、ぜひ、過去論点現在論点をわかりやすく整理してください。




憲法改正が、最後国民投票に委ねられている以上

選挙権を「いま」持っている人たちが、

過去論点を踏まえて、自分はどうしたいのかを考えられないといけないのではないでしょうか。





以上で、コメント終わりです。

長文にお付き合いありがとうございました。





最後に、私の意見よりも、ここに集まった意見総合的に見て、

明日参院選ではどのような投票行動を取るか、今日一日考えたら良いんじゃないでしょうか。

選挙に行きましょう。みなさん。(なんだこのまとめ)

2016-07-06

男性男性の性衝動過大評価する傾向にある

大した欲求の強さであるまいに、異性の本質を見誤っている盲としか思えん。

憲法改正が嫌だから自民党には入れないという人へ

当たり前だけど、憲法改正には国民投票での承認必須となってる

改憲派議席2/3獲得したら、それだけで改憲されるのかというと全くそんなことはない

ただ、イギリスのようなことがあるから、まず2/3とらせないのが大事だ、って考えもあるんだろう

でもそれは心配いらない

俺は自民に入れるが改憲には反対だ

厳密には反対ってわけでもないんだが、現状ではすぐ賛成できるわけじゃないから、今のままなら反対に入れることになる

自民支持者で俺のような人間は多いぞ

それに、日本人はかなり保守的国民性だし、法を運用する人以外に憲法不都合な思いした人間って少ないはずだから、わざわざ改憲に賛成票を投じる理由もない人ばかりだ

生活に密接な事案で、イギリスですら接戦だったのだから日本改憲の可決はまずない




から政権運営改憲は完全に分けて考えるべき話で、改憲なんかそもそも選挙の争点になり得ないんだよ

でも、野党改憲を争点化しようとしている

なぜか?

建設的な話をして、経済政策代替案を出せないか

正攻法で真っ向勝負しても勝ち目ないと思ってるから

から感情論で国の危機を訴えるしかない、って発想になってる



いや、逆だよ、逆

勝てなかろうが議席減らそうが、地道に正攻法勝負していかないと、10年後に信頼される野党には絶対になってないんだって

民主政権取るとどれだけの大惨事が起きて国益を損なうかっていう壮大な社会実験が終わって、もう二度と、あんな事が起きてはならないって、戦争以上に繰り返してはならない過去としてみんなの記憶インプットされてるわけじゃん

から自民支持だけど、ちょっと不満があって、「俺くらい批判票で野党入れてもいいだろう」が安易にできない世の中になってしまったんだよ

野党に入れるときは、批判票じゃなくて、明確にここに預けても構わないと思った時だけだ





俺は安定した平和な国が好きで、投資もしてるから株や経済調子いいのが好きだ

さらに、私大教員をしてるので、経済が良くないと学生は来てくれなくなって俺が飢える

から、世の中を乱すことのない、安定した与党しか入れることはできない



しかしだ、日銀の迷走っぷりもそうだし、文科省私大定員への通達もそうだし、経済政策だって支持はしてるけどもうちょっとなんとかしろよと思ってはい

決して、全面的自民支援してはいないのよ

から自民が真面目に危機感を持つくらいには、議席は減ってもいいと思ってる

でもさ、そこで代わりに増えるのが、本質じゃない不祥事の追求ばっかやって、真面目に建設的な議論なんてさらさらやる気のない党なわけで、そういう党しか野党にいないわけじゃん

そりゃ、そんなとこ投票できないよ

政治が混乱するだけなんだから

批判票で自民以外に入れるなら、幸福実現党とか、支持政党なしとか、死票になるとこしか選択できん

まあ、それなら白票いいわけだけどな




俺は本当に、真面目で強くて、自民よりも優れた政策を展開できる本物の野党を望んでいる

そういう党がないと国は良くならない

からさ、民進もっと真面目に仕事しろよ、と言いたい

民進が遊んでばっかで屁理屈ばっかり言って真面目な論争を避けてるだけだから、国は良くならないんだよ

から選挙で勝てないんだよ

ケンケンばっか言って逃げてんじゃないよ

2016-07-05

http://anond.hatelabo.jp/20160705191017

おーおーついに発狂して草生やしだしましたわ。

おまえのような馬鹿のためにもう一度説明してやるか。

あといちいち引用しなくても低能のお前と違ってどこに何をレスしてるのか分かるから

いたずらに文章長くしなくていいんで。

いつまでも三輪車つけてないと自転車乗れなかったんでちゅかね。

中身スカスカのやつほど引用して深みがあるかのように魅せたがる、馬鹿の虚勢ですね。

 

人生設計において子どもコスパ悪い」これがまず間違ってるから

子どもが欲しいっていうのは本能でありごくごく当たり前のこと。

腹が減ったら飯を食うのとなんら変わらない、三大欲求に対して疑問を持つという無意味なこと。

食べるものが高級フルコース牛丼ならコスパ比べて当然だが、子供を作ること自体コスパ比較対象にしてるのがキチガイ

ただ睡眠食事代替品がなく子孫を残す欲求は性欲として消費することが可能から

子どもを作ることが疑問の挟まない単純欲求である認識されづらくなっている、

そういう状態が長く続いたか勘違いしてるだけ。

そもそも経済的事情を言うならばセックスくらいしか楽しみのない貧困層は昔も今も子だくさんですよ。

なぜなら貧困層合理性なんて考えないか合理性境界線本能にまで及ぶわけもなく、

おっしゃるとおり貧乏子だくさんファミリーですよ。よく知ってますね。

つーか人生設計できてるやつほど結婚して子どもいるんですよ。

子ども作れない原因は身体に無いなら精神病由来だから

もしくは中途半端思考を巡らせるだけの財源があるからおかしな考えに突っ切ったか

 

あと子ども作らなきゃ貢献してない、なんてことも一言もいってないんですが。

勝手曲解するのは曲線好きの本質かな。

子どもが何らかの事情で作れなかったとしても子ども存在否定する理由にはならない。

というか大人も元々は子どもだっただろう。

子ども否定するのは自分が歩んできた子ども時代否定にもなると言っている。

子ども否定せず、肯定するのは合理性を優先させるなら当然のことだ。

子どもを認めず自分過去も認めない自己否定を良しとする合理性など存在しない。

 

「もしも子どもを作らなければ他人の子どもを1人以上の命を確実に救える、豊かにできる、天才偉人教育できる」

コスパで考えるなら財源で考えるならこういう論理的思考をするべきだろ。

社会にとって子ども必要ということに疑問を感じるならもはや議論する意味もないが、

それを前提とするのであれば自分がどれだけ社会存在する子どもを助けられるか救えるか産み育てられるかどうかがコスパ論点から

全く子どもという要素に対して現代社会に生きてのうのうと恩恵受けているというのに干渉せず代償を支払わず

メリットだけをむさぼり尽して他人コストを支払わせる、それはコスパいいんじゃなくて無責任寄生虫だっつってんだよ。

そんな特権階級に居座れるだけの社会貢献をしてないどっか這いずり回る虫の1匹が

子どもを作り育てるというハードルさえ飛び越えようとせずに財源気にしてんじゃねえっつー話。

社会貢献をもし否定するならその承認欲求も同時に否定しろ、二度と増田に書きこみするな。

取り繕って矛盾してることから目を反らすな。

2016-07-04

それでも(これ以上の)金融緩和に反対する理由

http://anond.hatelabo.jp/20160703171723

それは,一言で言うと「金融緩和してもほぼ全部金融市場が吸い取ってしまい,実体経済に金が回らない」からである

(以下は素人の私が勝手に考えたものだが,もし同じようなことを言っている経済学者がいたらぜひ教えて欲しい。まあ,素人と同じようなことを考える学者はいないと思うが。)

そもそも私がこういうことを考えるに至ったのは,1990年代終わり〜2000年代初頭にかけてのITバブルきっかである。その当時,IT経済を主とする"成長"は「インフレなき経済成長」と呼ばれていた。それは論理的おかしい,何か理由があるはず,と考えた結果,「これは実体経済に回るとインフレを起こすお金の大半が金融経済に回っていて,その結果金融経済が"成長"している一方,実体経済ではインフレが起きていないのでは」という結論に達した。

具体的には,当時のITバブルでは,資金インターネット上の広告を売る新興企業流入した。インターネット上は空間的な制約がないので,それら新興企業はほぼ設備投資をすることな広告いくらでも増やせる。他方,インターネット広告への期待から,それら新興企業広告枠を買う企業が現れる。そうするとそれら新興企業株価が上がる。株価が上がると,それを売って儲ける投資家が現れる。儲けた投資家は,またそれを新興企業投資する。広告一種投資なので,広告枠を買う形で投資を行う者もいる。そうするとまた株価が上がる。

このバブルでは,対象が「インターネット上の広告枠」という無限に近い資源だったこともあり,実体経済には余りお金が回らなかった。せいぜい Sun Microsystemsサーバーが売れた程度である。ただし巨大なバブルだったので,おこぼれといっても巨大で,この後バブル崩壊すると Sun後遺症に悩むことになり,最終的に Oracle に買収されて消滅する。

しかしこのバブル本質は,2次投資,3次投資,...という高次投資によって金融経済の中で資本が循環し,循環の過程で(見かけ上の)資本が拡大していった点にある,と私は考えている(バブルというのは須らくそういうものだが)。

結局このバブルは,「広告いくら投資しても実際に広告対象商品が売れなければ意味なくない?」ということに広告主が気づいたことで崩壊した。つまりいくら金融経済期待値で拡大しても,最終的に実体経済がそれに見合った成長をしなければ,それはバブルであり,バブル必然的崩壊するのである

次に,この考えの傍証として私が注目したのは,金融経済実体経済の規模の乖離である

http://www.meti.go.jp/report/tsuhaku2008/2008honbun/html/i1120000.html によると,2006年時点で,金融資産の規模は実体経済の3.5倍であり,1990年以来の平均成長率は,実体経済が5.7%であるのに対し,金融資産9.1%となっている。

これは異常である,と思う。

投資というのは,最終的に実体経済が拡大しないと,リターンを得られない。

ちょっと金融からは外れるが,土地転がしを例に考えてみよう。土地の値段は,循環取引的な手法を使えば,原理的には無限に上げることができる。その間,資産規模は拡大していく。しかし,それらはどこまでいっても「投資」であり,その投資を回収するためには,その土地建物を建てて商売して利益を上げて地代を払ってくれる誰かが必要である

もちろん投資には期間があって,5年のものもあれば,10年,20年,...といったものもあり,それらが混ざり合っている。従って,必ずしも実体経済と金経済の規模が一致していなくてもよいが,金融経済の方が実体経済よりも速く成長するのは,やはり異常であろう。

この金融経済実体経済乖離は,おそらく1990年代金融規制緩和以降に始まったのではないかと思う。この規制緩和によって,通貨以外のもの通貨と同様に扱えるようになり(例:株式交換による買収),またBIS規制の枠外で高次金融商品金融商品投資する金融商品)が解禁されて,金融商品土地転がしのように転売することで金融経済が拡大することを可能にしたのではないかと思われる。

その結果,金融経済は恒常的なバブル状態になった。実体経済の成長を伴わない金融経済の成長はまやかしだが,そのまやかしがいつ露呈するかわからないので,それまでは疑心暗鬼ながらもチキンレースを続けている。まやかしだとわかっているが,実体経済よりも遥かに楽に大金をを得られるので,やめるにやめられない。それが今の状況なのではないだろうか。だから逆に,ちょっとしたことで株価が乱高下する。Volatilityが高くなってるのも,恒常的なバブルのせいと考えると個人的には納得がいく。

さて,金融緩和はここでどういう役割果たしているかというと,このバブル崩壊させないように金融経済現金を注入する役割を担っているのではないかと思う。

金融緩和恩恵を(最初に)受けるのは銀行投資家大企業である

とにかく最初恩恵を受けるのは銀行。商材であるお金日銀から低利で借りられる=安く調達できる。

次が大規模投資家ファンドや超がつくレベル資産家等)や大企業日銀から直接お金を借りるような大銀行の主要顧客になるようなところ。ここも従来より安い金利資金を借りられるようになる。で,借りた資金を,大規模投資家はより(見かけ上の)リターンの高い金融商品株式等)につっこむ。大企業設備投資したり,やっぱり別な金融商品投資したりする。銀行から借りた資金が,給与を上げる原資に直接使われることはまずないと思う。

まり金融緩和恩恵の大半は最初銀行投資家大企業が取ってしまうし,その大半は実体経済ではなく金融経済の拡大に回ってしまう。その方が手っ取り早く稼げるからだ。残った僅かな(文字通りの)「トリクル」だけが実体経済に回る。だから効果ゼロではないが,金融緩和の規模に比べると遥かに小さいし,また効果が出るのも遅い。設備投資が,さまざまな労働者給与増に波及するのには,時間がかかるだろう。

近年の「異次元」と呼ばれるような金融緩和でもインフレがおきない(インフレ目標すら達成できない)のも,金融経済金融緩和で生み出された資金を吸収し,実体経済ほとんど回ってないから,と考えると説明がつくように思う。

ではどうすべきか

一番良いのは,金融規制1990年代以前と同程度まで強化し,過剰流動性をなくすことだと思う。しかし,ここまでバブルが大きくなってしまうと,その破裂によってもたらされる実体経済への影響は,たとえもともとそれが率としてはトリクルであったとしても,絶対額が巨大なため,悲惨なことになると思われる。なので,風船が急にしぼまないよう,少しずつ空気を抜くような慎重さが必要になるだろう。

個人的には,長期投資実体経済にとっても有益だが,短期投資(=投機)は害の方が多いので,短期投資に高い税率を課し,事実上無意味にしてしまうような政策が取れればいいのに,と考えている。株式債券,その他の金融商品在庫管理と同様の手法管理し,例えば今日買った株を今日売ったら税率99%,逆に20年持ち続けた株を売った時は税率1%というようにすることで,長期投資を促すような政策手法的には可能だと思う。

また高次投資有害性が高いので,税率を高くする。例えば株式の売買は2次投資から課税対象だが,配当は1次投資のリターンなので,非課税にするなど。株式はトレーディングの対象ではなく,本来の「直接金融によってリターンを売る権利会社支配権」の位置に戻した方が良いのではないだろうか。

最後に,これは妄想だが,金融経済実体経済可能な限り切り離す,というのが本当はできればいいと考えている。具体的には,金融経済はそれ専用の独自通貨を作り,その中で自由になんでもやっていい。ただし実際の通貨に交換できるのは,世界実体経済GDPの3%まで,とか決めておく。誰がその3%を使えるかは,金融経済の中で,専用通貨オークションでもやって決めればよい。まあでもこれは残念ながら実現不可能だろう。

終わりに

というわけで,今以上に金融緩和をしても無意味なんじゃないかな,と思ってる。

ところで,なぜ財政政策のところが「再分配(例:富裕層への課税強化&低所得層への扶助)」じゃなくて「財政出動」なんだろう?

いや,財政出動でもいいんだが,富裕層への課税強化を同時にやっちゃダメなの?

2016-07-03

[]よくある質問

真面目に答えず、出来る限り嘘と虚構を織り交ぜて答えていきたい。

Q.この時代になってもニセ科学などが蔓延するのはなぜなのでしょうか。

まあ一定数の情弱がいるで結論つけてもよいが、ちょっと遊んでみるか。

少なくとも一般人にとって、本質的な部分さえ真実であれば体系はそこまで重要視されていない。

仮に君が体調が優れていないとして、それを改善するために薬を提供するとしよう。

その体系が科学であろうがニセ科学であろうが宗教であろうが、成果が変わらない限りは同じようなものだ。

説明が違うだけで、実際に効いていることもあるだろうし、プラシーボ効果という場合もあるだろう。

話は変わるが、君は地球が丸いことを信じているだろうか。

写真映像地球が丸いことは知っていても、実際に見た人は少ない。

私は子供の頃、何かの授業で高い場所から景色を見せられ「ほら、地球は丸いだろ?」と先生に言われたことがある。

もちろん私は「平面ではないことは分かりましたが、丸いかどうか確信するには不十分な情報です」と返した。

嫌な子供だな。

まあ、話を戻そう。

まりほとんどの人にとって、本質が「科学であるか「ニセ」であるか、或いは「宗教であるかは区別しにくいさ。

区別するにしても、それなりのエネルギーがいるしな。

科学を「科学から」で信じるのは、ニセ科学宗教妄信するのと同じなのだよ。

そして、その姿勢こそ「ニセ科学」が機能する理由でもある。

もし、それら情報の真偽を判断し、最終的に信じることができるとするならば、その他さまざまな情報比較しているからだろう。

逆にそのプロセスをすっ飛ばし情報を信じることは、体系や真偽が何であれ妄信しているのと変わりないのさ。

まり、君が真に“科学的に”物事の是非を判断するならば、科学だけではなく様々な側面から思考しなければならない。

なので一旦、科学からアノニマス教に改宗して見識を広げるといい。

基本無料だし、私も入っているか安心したまえ。