「誤用」を含む日記 RSS

はてなキーワード: 誤用とは

2024-04-19

他人一方的愛情を向けることの気持ちよさと恐ろしさについて

一方的愛情を向ける」というのが何を指しているのかというと、まあ端的に「自分と今後一切関わりを持つことがないであろう有名人」とか「2次元キャラクター」だとか、そのあたりのことだ。

から愛情を向けられるというのはとにかく恐ろしい。私は、自分というものを正しく認識することができるのは他の誰でもない「自分自身のみである」と思っていて、そこにひとを介入させること、それどころか私を解釈する余地を人に与えること自体がとにかく末恐ろしい行為だと思っている。

近日、「蛙化現象」という言葉があたかミームのように流行った。流行ったそれ自体誤用ではあったが、いっとき社会現象にまでなった。

あるとき自分分析してみたら、単に自己肯定感がすこぶる低いだけという訳ではなく、その自己肯定感の低さの中に同じくらいの「自身の持つ気高さへの陶酔」を抱えていることに気づいた。

これが、適当意味で使われた時の「蛙化現象」を自身が引き起こすとき根底にあるんだろう。

己のことを、何よりも愚かでおぞましくて汚いゴミみたいな人間だと本気で思っていて、だけどそれと同時に「そんな自分のことを理解し寄り添ってくれるのは自分だけ」だとも思っている。改めて文章に起こしてみるととんでもない自慰行為である

から、「自分いちばん近くで自分理解し寄り添ってくれる」、所謂恋人のような存在を作ることが怖い。

ここまで話した上で怖い、という言い方を今更しても自己保身でしかないので、言い換えると 「嫌」 なのである。紛れもなく。

から、「私を瞳に映すことがない」「私の本性に介入することがない」「こちらもあなたを知ったような顔で語るつもりもなければ知るつもりもない」ような存在に陶酔することがいちばん心地よくなる。前述した「一方的愛情を向ける」ということを長々と噛み砕いてみると、恐らくこんな感じ。

本題。

私は、ひとりの人間のことがすごく好きだ。 仮にAと置く。

特定されることは意図していないので、この記事を書く上で必要な最低限の要素だけ取り出して、尚且つ暈しを加えながらAのことを説明すると、主に言葉を書いているアーティストである

ただ、私は自分のことをちゃんちゃら性善の擬人化のような人間であると思っていて、そうなるとここで既に矛盾が生じている。

自分がされて嫌なことを人にしてはいけない」、凡その人が義務教育中には会得するだろう一般論である。性善の擬人化なので、勿論日頃からこれを踏まえた行いを心がけている、のに。

私は、なんの関わりも無ければ何も知らない他人に、Aに、心底惚れている。

元々はAの紡ぐ言葉けが大好きだった。

世に出ているAの書いた言葉は辿れる限り辿った。特に好きなフレーズ自分の中に書き留めて、反芻してをひたすら繰り返していた。

そもそも私は頭のいい人が好きなのだが、それだとアバウトすぎるので最近は「素敵な言葉を紡げる人が好き」と形容している。

要は、私はAのことをきわめて頭のいい人間だと思っている。

から凄く辛い。

自身尺度他人の持つポテンシャル性格を測る」ことって、きっと凄く馬鹿馬鹿しいことなのに。

なのに、私はAの持つ性格上の性質や口調、趣味、その趣味を持つにあたっての根本の考え方、友達への接し方とファンへの接し方の違い、それを産んでいるであろう根底の考え方、その全てが好きで、そんな自分盲目さと当人への申し訳なさが、果てしなく苦しい。

Aが紡いでいる「言葉」というものをもう少し詳しく話すと、架空人物言葉の代弁だったり、まあカテゴライズするのであれば「詩」だろうな、というものが多数。

ただ、その中に、さながら自伝のようなものがチラホラと存在する。

自分特に好きなAの言葉は、主に後者だ。

とどのつまり、どうしてもその言葉を紡ぐに至った、その考え方に至った思考回路バックグラウンド空想してしまう。

まあ、ただ考察するくらいなら至って個人自由だとも思う。ただそれを「Aのことが好きな理由」として自分の中でつらつらと並べている自分自身が恥ずかしくて苦しいのだ。

どの角度から見ても考えすぎである。これを書きながら自分自身でも「素直に好きって言えばいいじゃん」と思っている、が、プライド自分性質がそれを許してくれない。

薄々感じている方も居るだろうけれど、これだって「厄介ファン」だ。紛れもなく。

私がAの言葉を好きなことは事実で、それを産んだA自身のことが好きなのも事実だ。

だけど、「自分と関わりのない人に心酔することで得られる心地良さと安心感」を求めている節が、間違いなく存在している。

私は、自分が仮に有名な活動者だとして、自分の全く知らない人が水面下で自分に対してこんな感情を膨らませてつらつらと文章を書き連ねていたら、そりゃまあめちゃくちゃに恐ろしいなと思う。

拗らせ具合に対してもだが、やっぱり「例えその考察事実であろうと、他人が私の秘めたる感情時間をかけて推察している事実」に不快感を抱く。

Aの言葉は、結構これに類するものが多い。

自分を測られることへの不満や知った口を聞かれる不快感、「特定の誰かに宛てた言葉では無い」ということを全面に押し出すような書き方。

そんな書き方をしているのに、分かり易く示してくれているのに、その言葉自分の中で大事大事仕舞っていることが極めて愚かであると感じる。

あくまでも自伝であるのに、その言葉共感したり感銘を受けている私が。

だけど、好きなのである。どうしても。

人に測られたくないから、きっと私と同じような考え方を持っているAの言葉性格に惹かれる。

けど、この「きっと」こそが人を測っているに他ならない。

から絶対にAに近寄りたくない。 答え合わせをしたくもない。 これはほんとうに仮の話だが、何かの縁でAと知り合いになり、友人になり、推察が上手いこといって、同じような考え方なんだね!なんてことになってしまったら。

私はこんなにも好きなAのことを好きなままでいられるのか、わからない。

乱雑でこんがらがったままだけれど、自分感情を推察する余地他人に与えられるようになるまで、きっと今後とも手の届くことの無い誰かにひたむきな好意を向け続けるのだろうなと思う。

最初の方に綴った通り、自身を高尚な人間だと奥底の方で謳っていることがこの現象の原因だと考えられるので、まずはその傲慢さを取り払わないことには私は一生ひとりぼっちである

他人一方的にひたむきな愛情を向ける」ことは、すごく明瞭だ。ただ、そろそろ成長したい。ひとから好意を受け入れたい。自身根本を推察されることを拒絶したくない。

とにかく、この半ば依存のような好意をとやかく向ける行いはそのうち卒業する予定だ。

このジレンマから抜け出せて、しがらみが解けきったときに、私が至って健全な「好き」をAに向けることが出来ていたらすごく嬉しいなあ、と思います

2024-04-18

anond:20240416130707

「親しい」ではなく「近い」の意味で「近しい」を使う誤用は広まりすぎてしまったなあ

2024-04-16

anond:20240416142606

確信犯誤用)の荒らしかあ、しょーもない…

通報恐れていちいち削除するのはショボすぎるね

2024-04-13

anond:20240412173026

性癖っていうけど抜きどころどこよ。

自分では見いだせなかったし感想にも抜いた箇所書いてなくて参考にならない

他人レビューで開眼することもあるんだけどなあ

もしかして誤用じゃない意味性癖使ってたか

誤用ではなくなった誤用ですらない誤用ってたまにあるじゃん?「多重誤用」とでも呼べばいいのだろうかねアレは?

「俺の性癖にピッタリだ!」←癖でも性的趣味の話でもなく単なる「趣味」の話をしている

みたいなのってモヤっとするよね。

性癖」は元々「性格」+「癖」で、特定個人集団の行動特性を指している言葉だ。

だが「性的趣味」を意味する短い言葉存在しなかったため、いつからかその意味で流用されるようになった。

そこから派生したのか、「性癖性的意味はないよ」という誤用指摘を曲解したのか、性と無関係趣味の話に性癖を持ち出す人が出てくるようになった。

言葉の扱い方としてこれは流石にどうなんだろうか?

敷居が高い」を単に「「ハードルが高い」として使うのは流石にまだ早い

多重誤用の多くが意味拡大解釈によって行われている。

たとえば単に「ハードルが高い」と言えばいいだけの場面で、「敷居が高い」と言ってしまったりすることによって起きるわけだ。

敷居が高い」が「後ろめたい」に限定されなくなったというのは事実だ。

からといってなんでもありになったわけじゃない。

流石に「敷居」が存在しない場面でまで使って良いものではないと思う。

一度誤用されてしまった言葉が更に誤用されることはちょくちょくある。

そもそも元の意味が分かりにくいというのもあるのだろうが、それ以上に「誤用ではありませんよ」と言われたのを「じゃあもうなんでもありでいいのかな?」と拡大解釈されることが多いんじゃないだろうか。

いや、分からんな。

とっさに出てきた例がこれぐらいしかいから、案外そうでもないのか?

それとも単に一度誤用された言葉が更に誤用されるのが気になってしまうだけで、言葉誤用なんて日常に溢れているのか?

2024-04-12

anond:20240412020956

そもそも「犬」のことを「猫」と呼んでも誤用じゃないからな。

「犬」のことを「犬」と呼ぶのは、多くの人が「犬」と呼んでいるからに過ぎない。

前回のカーキ警察から3年が経ちました

2024 Apr

着物警察弓道警察冷笑しておいてなんだが俺はカーキ警察かもしれん「知らなかった…」「誤用が定着している」 - Togetter

https://togetter.com/li/2347549

2021 Oct

「本当に混乱したことがある」「国防色では?」ミリタリーオタクの言うカーキ色とアパレル業界のカーキ色は全く違う色なのかもしれない - Togetter

https://togetter.com/li/1793680

前回まとめた色の雑学

色名の混同誤用いろいろ

https://anond.hatelabo.jp/20211027173541

誤用だと言われていたけど誤用じゃなかった言葉

爆笑

本来意味は「大勢が笑うこと」なので一人で笑うときに「爆笑」を使うのは誤用である、とされることもあったが、実際には「爆笑」という語が使われはじめた昭和初期からすでに一人で笑う場面でも用いられていた。「大勢が笑うこと」説のほうに根拠がない。

的を得

「的は射るもの」なので「得る」は誤用である、とされることもあったが、もとを辿れば「不失正鵠」すなわち「正鵠を失わず」という慣用句であり(正鵠=的の中心)、それが「正鵠を失う」と肯定形で使われるようになり、その対義語として「正鵠を得る」という言葉が生まれ、そして明治末には正鵠を的に置き換えた「的を得る」や「的を射る」といった表現が出てきた、といったややこしい変遷があったもので、少なくとも「的を得るは誤りで的を射るが正しい」とはされなくなっている。

汚名挽回

汚名返上して名誉挽回すべきだ」とされることもあったが、もともと「挽回」という言葉は「回復」などと同じく「(悪い状態から)元に戻す」という意味なので、「病気回復する」などと同様に「不振挽回する」「衰運を挽回する」など、マイナス意味言葉と組み合わせて用いられることも多く、よって「汚名挽回」についても誤用でないとされる。「汚名挽回する」という表現明治末にはすでに見られる。

全然〜〜だ

全然」は「全然〜〜ない」のように否定形で受けなければならないので「全然〜〜だ」というような書き方は誤用である、とされることもあったが、実際には明治の頃から否定を伴わない形で多く使われており、「否定で受けなければならない」というルールには根拠がない。

敷居が高い

本来は「後ろめたいことがあって相手に会いづらい」という意味なので「高級店に入りづらい」などの意味で使うのは誤用である、とされることもあったが、この表現の要点は「後ろめたい」よりも「相手に会いづらい」という部分であり、そこから考えれば「高級店に入りづらい」などもあくま自然な応用の範疇で、誤用と言えるほどの意味の飛躍はない、とされるようになった。

役不足

本来意味は「能力に対して役目が軽すぎること」なので「役目に対して能力が不足している」という意味で使うのは誤用である、とされることもあったが、そもそもは「役に対して不足(=不満)を言う」という意味であり、「こんな難しい役目は私には無理だ」と不満を言うことも「役不足」の範疇だった。「彼には役不足だ」などと言って不満を含まない用法本来の使い方でない、とは言える。それも明治末にはすでに例があるので最近まれ用法ではない。ちなみに「役者不足」という言葉最近造語であると言われることもあるが、こちらも少なくとも昭和初期には現在意味での用例がある。

他には?

「喋れない」は正しいはずでは?

「喋る」は五段活用

未然形は「喋ら」になる。

動詞未然形にしたときに、直前の母音が「ア行」で終わる五段活用場合は、「ら」を抜いた「れる」を入れる(可能動詞)のが正しいので「ら抜き言葉」とはなりません。

https://kiji-sniper.com/blog/ra-nuki-words/

とのことなので、「喋れない」は正しいはず。

とりあえず、スクショは撮りました。

2024-04-15 追記

「喋られない」も間違いではない。そのため、当初記した「『喋られない』が誤用だと思う。」という記述は削除した。

【喋ら(未然形)+れ(「れる」の未然形)+ない】となるため。

2024-04-11

言葉誤用とその問題

ある言葉を使うと誤用だ!とされることが多々ある

すると言葉意味の正しさの話になる

でもここで本当に問題なのは同じ言葉複数解釈概念が当てはめられて言葉本来目的である伝達が困難になることだと思う

そうするとここで話し合うべきはどちらが正しいかではなく、意味をどう理解するかではないのか

そしてたいていの場合複数の使い方をしてることが知られてるなら文脈から判断できるから問題ない

しかニュースなど一方的、かつ単一解釈要求される場合には固定しておく必要があるが、それは正しさとは関係ない

それに対面なら真意を問うこともできる

からもし誤用があるような言葉が出てきたら正しさを主張するのではなく、意味推しはかる努力をしてみてはいかがだろうか

anond:20240411154435

黙れお前じゃ役不足なんだよ。引っ込んでろ!

っていう使われ方が誤用って言いたいんでしょ

anond:20240411163908

anond:20240411132315

「情けは人のためならず」ってもはや誤用を指摘する時にしか使われない気がする

2024-03-29

anond:20240328215524

私の事情略して私情かw

こういうのってだいたい最初教育が悪いんだろうな

私事って言葉を先に知っていれば私情と私事区別がつくんだろうが

先に私情という言葉を知ってしまうと私情に事情も含むと混同して誤用ちゃうだろうな

2024-03-28

anond:20240328191321

負の性欲って好みじゃない異性を遠ざけるってやつでしょ

オタクという好みじゃな奴らを間接的にでも遠ざけようとしてるんだから誤用じゃなくない?

2024-03-27

anond:20240327181735

それは変化を終えて定着した後に追認されるべきことであって、それまでは誤用誤用として正しくコミュニケーションが行われる方向に是正していくべきだろ

anond:20240327134047

いつか言葉の変化が止まる時代が来るはずだと密かに思ってる。

ちょっと言葉の変化が発生して流行しても

その10年後くらいに

「ああ、昔そんな誤用があったなあ」

「未だにその誤用のままでいるのってオジサンだけだよ。恥ずかしい」

みたいな感じで、一時の流行として消費されて消滅してしまうような

そういう時代が来ると思ってる。

2024-03-23

Xで燃えてる琴線逆鱗言い換え提案

全然いいと思うんだよね。

結局、大人のくせにおもむろもまともに使えてない人の方が多く

誤用が多いってことは現代きじゃないんだから廃れてく言葉なのであって

そんな消えていく言葉に対して無駄に脳のリソースを使ってドヤ顔して説教してる奴らの方が滑稽なんだけどね。

琴線に触れる』を『逆鱗に触れる』の誤用と受け取ってしまって怒りの表現だと思うのは何歩か譲ってわかる

卑猥だと思ってる派閥はなんだ…?

曲線に触れる、とか

乳腺に触れる、とかだと思ってるのか?

曲線は想像力が豊かだとしても、乳腺はギリギリわかるようで皮下脂肪下に触れようとしてるからちょっとグロいな

あるとしても乳輪に触れる、とかだろうな

キンの部分がいやらしく聴こえた?

キンタマに触れるって言いたいのか?

耳と頭がおかしいんじゃねえのか?

指摘どころか質問をする前に自分寝不足で頭が働いていないことを忘れないでいような

俺の逆鱗に触れる前にな

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