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はてなキーワード: 転向とは

2017-05-23

ネット右翼に活気があった時代を生きていた人が羨ましい

私の政治運動デビュー2009年4月4日ネトウヨ旋風の時代だ。ちなみに生まれ1985年2月27日

当時の愛読本小林よしのり漫画だった(今は左翼転向してしまった)。

そういう生い立ちがあるので社会人2年目くらいの頃からネット右翼について興味があって、ネトウヨについてよく調べていた。

私の世代は、2ちゃんねらーサブカルからって特別ネトウヨに詳しい人なんて居なかった。ネトウヨについて調べていたのなんて私くらいだ。別に右翼思想に興味があるわけではない。参加者やそのバイブルについて興味があるのだ。

こう言うと不謹慎かもしれないが、ネット右翼ロマンを感じてしまう。2ちゃんねるとある板の不気味な感じとか、デモ行進をそこらじゅうで起こしていたこととか、右派なのに左翼スタイルで行動していたこととか、不気味な出版物原稿料印税を稼いでいたこととか、薄暗くて、どことなく惹かれるところがある。ほかの人がカルト宗教とか左翼過激派とかヤンキー暴走族に惹かれるのと似たようなもので、私はネット右翼ロマンを感じる。

しかし、残念なのはあの時代をもう経験できないことだ。

ネット右翼系の出版物がそこらじゅうにあっていつでも新品を買えた時代桜井誠掲示板で討論していた時代大学2ちゃんねるなどでネット右翼オルグしていた時代ニコニコ動画愛国動画が乱舞していた時代日本人胡散臭い過激思想を大真面目に信仰していた時代。あの歪んだ2000年代を、私はもう経験することが出来ない。1日でいいからあの時代の空気経験してみたかった。

あの時代経験したあなた達が羨ましい。

2017-05-21

最近ホリエモン劣化が酷い

何か発言の質が著しく下がった気がする。

御用学者にでも転向したんだろうか。

どう思う?

2017-05-18

【注意】若い女性の間で「ロコモ症候群」が急増! 「座る」「立つ」「歩く」などの日常動作ができなくなってしま状態

自転車乗れってことだな。ジョギングランニングでヒザを傷めて、医師の勧めで自転車転向する人が今めちゃくちゃ多いぐらいだ。

それに自転車によく乗る人は自動車依存者よりも健康寿命が長く長寿であるという研究結果もイギリスフランスオランダ等で明らかになっているほど自転車健康的。

脚痩せ、腹痩せ、二重アゴにも自転車は効く。

http://anond.hatelabo.jp/20170518100352

既に大多数のおかしい人が謙虚気持ちを抱いて普通の人に転向している。これ以上の成果を望むのは我儘というものだ。

2017-05-13

ま~ん(笑)というスラングが容易に流行ってしまった理由

一時期キチョマンというスラング流行った。

貴重なマンコ(が失われた)の略であり、若い女性事故死した際に用いられた。

しかし、最近ではあまり使われることは少なくなったように思う。

代わりに、ま~ん(笑)という女性に対する蔑称が普及した。

これは、いわゆる非リア男性にとって、女性器はもはや「酸っぱい葡萄」ですらなくなったことを意味している。

女性器が価値あるものだと認めていないからこそ、平気でま~ん(笑)と言えるのだ。

同じ女性シンボルであっても、おっぱい~ん(笑)などという蔑称流行りようがない。

何故なら乳房は未だにその(性的な)価値を保っているからだ。

では、何故女性器は「貴重な」という枕詞を付けるに値しないものだと見做され、その価値暴落したのか。

その大きな要因は刑法175条の存在、即ち性器が「わいせつ物」として扱われていることだと私は考えている。

性器は「見たい人が見ることすら許されない汚物」だとされている。

とは言っても、男性はもちろん自身男性器を日常的に目の当たりにしているし、自慰行為によって日々愛着形成している。

他方、女性器は見ることも許されない。それは恋人を作れるリア充のみに許されているという不条理を突き付けられている。

これだけでも女性器が「酸っぱい葡萄」と化す素地は十分にある。

それに加えて、月経性感染症など、女性器を貶めるために援用できる知識は容易に入ってくる。

もちろん、ネット上での男女の対立という現象も大きな影響があるだろうが、

からといって非リア男性同性愛転向するなどという現象は見られない。

(一部の有識者オタク男性性的嗜好ホモセクシュアル化している事実を指摘しているが)

また、上述したように、乳房価値は全く毀損されていない。

つまるところ、女性器を性的興奮の対象とすることが妨げられていることが、ま~ん(笑)というスラング流行の原因である

そもそも男性性的欲求を満たすために、必ずしも女性器を見る必要はない。

女性器は(性的に)価値あるものだという物語が力を失えば、平気でま~ん(笑)と言えてしまうのだ。

言うまでもなく、この論にはツッコミが入るだろう。

それは、今どき見ようと思えば無修正女性器なんて幾らでも見られるという事実

そして女性器がわいせつ物として扱われているのは今に始まったことではないという事実だ。

しかし、時代の変化によって、今まで問題でなかったことが問題になることは多々ある。

また、問題顕在化していなかっただけということもある。

現実問題として、男性はま~ん(笑)と言えるようになってしまったのだ。

これは大げさに言えば若年男性の草食化、恋愛離れ、引いては少子化にも繋がっている大きな問題であると私は考える。

女性器は復権されなければならない。

それに取り組んでいるのがろくでなし子ただ一人というのでは話にならない。

尤も、その実現によって個々の女性が実感できる利益を得られると自信を持って言うことはできないが……。

2017-05-04

なんか普段から典型的エリートリベラル左派的なことしか言わない、なんか頭良さそうな人が

最近北朝鮮みたいな大きなニュース?かなんかの影響で突然テンプレネトウヨ発言言い出すのって

非常に嫌悪感を感じるんだよな

結局今回のやつって、少なくとも頭いい人達がそんな急激な思想転向を余儀なくされるほど

とんでもないことにはなりそうにもないようにしか見えないんだけど

自分みたいな馬鹿にはわからない観点が隠れていたりとかしたんだろうか。

隠れててもわからないんだからどうしようもないんだろうけど。

一昔前のテンプレネトウヨ理論なんざ、今日ネトウヨからすらも批判されたりしてるようなものゴロゴロあるような

そんなものに突然すがりたくなるような事件には思えんのだよなあ。思えないお前が馬鹿なだけだろって叩かれるやつなんだろうけど。

2017-04-29

声優学校に居るデブブサイクオタク女達よ

お前ら本当に声優になる気あるのか?

ブサイクはもうしょうがない。若い内ならメイク髪型で誤魔化せば声優補正チヤホヤしてもらえるから

でもデブだけは何とかしろ。その体で人前に出る気か?その体で衣装着るのか???

アイドルモデル俳優から転向してきた美人が見た目でちやほやされて子役上がりはスタート地点からして違う。しかデブブサイク素人に毛が生えた程度演技力人間に何の価値がある?

まず痩せろ。話はそれからだ。

2017-04-28

集中砲火を浴びるので表では絶対に言えないけど、みずほisベルハーと言われ続けてたみずほって、歌は下手だしルックスも群を抜いているわけではないし、初期メンバーなのにベルハー崩壊まで歌がズコーのままだった(2SoundDownの歌い出しとかに顕著。ひどすぎる)のが本当に不可解。ゼアゼアの新メンバーのさえきやかりんボイトレに行ったりしてるのでなおさらそう思う。

田中みずほに拘って、みずほがいなくなるからという区切りベルハー解体してしまったのは田中の肩入れ以外の何物でもないし、そりゃあーやんは病むよ。ベルハー解体田中の私情。

カイちゃんはオタいっぱい抱えてるし、れーれはアイドルとしての素養がある、ゼアゼアを引っ張っていってる、あーやんはソロ転向甘楽は顔で叩かれても歌とパフォーマンスって武器があるからグループ作ってもらえたけど、みずほには一体何があったんだろう。ベルハーなしではアイドルでいられなかった、ベルハーに最も依存してたのはみずほだったんじゃないのか。魔物移籍したみずほはもう前みたいに支持してもらえない。みずほベルハーだったんじゃなくて、ベルハーしかなかったのはみずほだったんじゃないのか。

ベルハー時代みずほ神格化されてたのが本当に理解できない。ベルハー活動スタイルにはまるという奇跡が起きなかったら、みずほは一生埋もれのままだったと思う。みずほのいたベルハーを未だに夢見てるオタたちがゼアゼアを否定してるのもクソすぎる。ゼアゼアは良いグループだよ。ベルハーグダグダ感が薄れたのは事実だけど、夢はスーパーアイドルになることって言ってるれーれが引っ張るんだから必然的に隙がなくなる方向へ向かうだろ。セトリにエッジ、サーカス、アスマが入ってるのも比べて叩く原因になるんだろうが。

みずほカリスマはない。あったとしても魔物移籍で全部ぶち壊していった。

2017-04-27

エンジニアやめようかな

ビジネスサイドに転向?するか悩んでる

ビジネス寄りのような縁の下の力持ちは好きだ

エンジニア気持ち良く前線に立ってビジネスを守ってもらえるようにバックアップする役目

そしてもちろん自分より若い子のほうがスキル絶対に高いしそうあるべき

30代中盤な自分の年齢もある

実際に新しい何かコードを書こうとすると手の動き出しが遅い

ただ俺も10選手エンジニアリングをやめるのには少し抵抗がある

この増田タイトル通り結論は割と出ているのだが一歩踏み出せない

この歳になってしょうもないのは分かっているが誰か背中を押してほしい

事業部長になる覚悟をしないといけない

2017-04-19

http://anond.hatelabo.jp/20170417202931

増田と同じように大学時代全くコード書けない状態SIer入社してそのあとは事業会社転職して今でもエンジニア続けてる身だけど、最初大手に入って各種新卒研修をがっつり受けることをお勧めする。

自分大手SIerにいる間に独学でphp勉強してweb系に転向して現在に至るが、大企業大企業で学べるものが多いし、中途だと入るの難しいか新卒のうちに経験しとくのは良いと思う。

2017-04-07

http://anond.hatelabo.jp/20170407174836

いや、こいつ知る限り2014年の時点で既に活発に低能連呼してるけど

その頃のban頻度は多くて半年に一回くらいだったはずだから、あまり関係ないと思うよ

広く薄く罵倒するスタイルから特定個人ID粘着するスタイル転向した時期に通報が増えたんじゃないか

2017-04-03

つれづれ

クラリネットだった彼はトランペット転向した。

彼のトランペットの音は木管楽器のようだった。張りがあって鳴り響くというより、アンティーク雰囲気を思わせる、コトコトと響くような、そういう音だった。

彼のことが好きだった、そして彼もわたしを。

彼は透き通るように肌が白くて、キメが細かくて、茶色くて深い目の色をしていた。もちろん他校にはファンクラブがあった。肌のキメの細かさをわたしが知っている理由は、何度となく彼に触れたから。何度も。

大学の先輩と後輩の関係から自然に話すようになった。自然に。休みの日に2人で出かけるようになった。ただ喋っているだけ。渋谷のあの、真ん中にピアノが置いてあるドトールで、何時間も話をした。お互いの家族の事、今まで歩んできた道、これからのこと。「思っている事が思っている通りに伝わる」相手だった。何時間でも一緒にいられた。彼は文学少年ではなかった。表象を、学ぶ学生だった。当時のわたしに「表象」を理解しようとする余裕はなかったけれど、彼の言葉の選びかた、表現のしかた、惹きつけられるものがあった。気取っているわけではないのに、彼の言葉と音には、確実な鈍みのある輝きと重さがあった。

どうしてこんなに楽しいのだろうね、と彼にメールをした。自由が丘ケーキを食べに行った帰りに。彼からの返信は、「もう付き合った方がいいんじゃないかと思うよ」だった。でも彼のその返信は付き合うきっかけにはならなかった。

ある日の夜、わたしの身の上にひどく悲しいことがあった。どうしようもなく家族が壊れてしまいそうな出来事だった。彼の顔が浮かんで、そうしたら彼がやってきた。ハーゲンダッツアイスクリームを持って。わたしたちは何も話さずに、朝までただ部屋に座って過ごした。字の如く、彼はただそこに居てくれた。

わたしの自宅に変な電話がたくさんかかってきて、夜中の変な時間に男の人が訪ねてくるようになったときに彼はいった、しばらくうちにいてもいいよ、と。彼はお兄さんと暮らしていたので広いお家に住んでいた。彼のおうちで一緒にエントリーシートを書いた。2ちゃんねるフラッシュ紅白を見ながら。35歳を過ぎてもお互い独身だったら結婚しようか、という話をしながら。ベッカム試合ときに奥さんのパンツを履いているらしい、という話をしながら。ふと浮かんだどうしようもない事柄についてずっと話を掘り下げていくのが好きだった。そうしながら、わたしたちはお互いが大好きであることを確認しあった。

20歳そこそこだったわたしたちは、お互いの「好き」を疑いもなく異性としての愛情だと信じていた。でも少しずつ違和感を覚え始めた。我々は彼氏彼女になるべきだろうか、という話し合いがその後数日続いた。男性、としてとらえると何かが違う気がした。大好きなのに、違う気がした。どちらかが前向きになるとどちらかが後ろ向きになって、彼と意思がずれる瞬間はその度にとてもわたしを苛立たせた。

それから彼とは会わなくなった。会えなくなった。メールはするようになったけれど、我々がどうあるべきかについては問わなくなった。様々なSNS流行るたびにわたしたちは必ず繋がっていたけれど、ときおりお互いの近況にコメントをしたけれど、でもわたしたちが会わなくなった理由言及する事はなかった。

数年後、彼は文章を書く仕事に就き、わたしの知らない人と結婚し、そして東京を離れることになった。いよいよ東京を離れるときに、わたしたちは会った。薄暗い、カフェだった気がする。渋谷の。

彼に最後に会ってから10年が経とうとしている。メールはする。Facebookでも繋がっている。彼はいま3人の子供がいて、わたし結婚した。とても幸せ

わたし誕生日は彼がとても人生で重きを置いている出来事が起こった日でもある。彼は仕事を通じてもそのことを掘り下げている。でも彼はその日には決しておめでとうとは言えないことをわたしは知っている。でもどうか、どこかで頭の片隅に浮かんでいればいいなという期待をしてしまう。毎年の夏に。

いつか彼にまた会う事があったらあのとき若い2人のことについて話してみたい。我々の正解はこれであったのだろうと、彼と合意をしたい。ドトールコーヒーを飲みながら。そして言い合える日がくればいい、いまも大好きだと。

2017-03-18

私刑好きの異常な執念にはドン引きしてしま

私と妹は現在運転免許取得者かつ車両を持つ側である。今現在私と妹が持っているのはそれぞれ50ccと250ccの共有しているバイクで、自転車は両親のものを除き一台もない。四輪車ゼロである高校大学が車・バイク通学が禁止されていて自転車で通っていたため、その反動でもある。だから10代、20代の頃は車やバイクもっと寛容になって欲しいと切実に感じていた。当時も「自動車バイクの駐輪駐車できる大学」はあったが、その数はわずかで、自転車や徒歩を嫌う人達で大混雑していた。

それが時が経ち、立場は逆転した。今では駐車場駐輪場付がどこも当たり前になり、逆にわずかな「駐車場駐輪場のない学校」が残るのみとなった。ここまではいい。だが社会人になって、私は「転向」することになる。

例によってノンポリブログへの異論である

運転免許証がありなおかつ金銭身体的に余裕のある人の公共交通利用を制限すべき」と何の疑問もなく自分正義を述べている。だがはっきり言おう。これは徳治主義であると。

私は「良心的な対応」を要求してきたのである。信頼できれば、あとは自己責任にしてもらえば結構と考えている。ところが世の中というのは流れが自分の方に寄ってきたと見るや図に乗って居丈高になる人が多いようで、今度は完全に制限をと言い始めたのだ。

ここで私は交通徳治主義者とは決別することにした。

外国のように日本では満員電車お金時間に余裕のない人や交通弱者が優先になった。もちろん車やバイクと使える人とそうでない人がいれば、譲るべきなのは前者であることは間違いない。ここで言う交通弱者とは、単なる未成年者や高齢者免許自体ない人ではなく、鉄道が満員でグリーン車などにまで人があふれ出したら、その時は交通強者や余裕のある人に満員電車を遠慮してもらうくらいの配慮はあってもいい。

だが譲歩するのはこれくらいまででいい。ネット書き込みを見ていると「鉄道好きは右翼」というもはや「お前が心の病気じゃないのか?」と思うほどの意味不明意見も見られるようになった。ならば満員電車の数千倍、数万倍は害悪を撒き散らしている左翼右翼はどうなのだ

こうした書き込みノンポリに多いが、政治信条のある人も満員電車敬遠するのである

最近鉄道好きを見ていると昔とは違い、随分遠慮がちに鉄道を使うようになった。見てて気の毒なほどである

前述のブログも「少なくない鉄道好きたちの自覚のなさは極めて残念です」とあるが、今時そんな人の迷惑顧みず、混雑している列車バス笑顔で乗り込む人などまずお目にかかれない。脳内オタク存在はこの際消してもらいたい。

旗色の悪くなった鉄道好きにここぞとばかりに「キモイ」と文句を付けるのは、オタクキモヲタである私や妹から見ても不愉快光景になったのである

鉄道の信頼率や法人税に影響されるのだから満員電車必要悪であることは言うまでもない。だが公共交通商売になっている現実がある。

倫理的には悪だが、改善するのは現実的ではない」

というものだ。

「いや、鉄道好きの暴走によって車・バイク産業バス会社の停滞という迷惑を蒙っている」

と主張する人もいる。ならばポルノはどうなのだ?娯楽だって迷惑の元である。逆に娯楽に関心を持たない人は?

こうした考え方は「健康義務だ」と言って国民を縛ったナチスと同じ思想である

世間の片隅で小さくなって鉄道を愛し、車やバイクを酷く憎む人にまで、地獄まで敷き詰められた「善意」によってそれを攻撃する、そんな度量の狭い人間は私と妹も大嫌いだ。

2017-03-15

http://b.hatena.ne.jp/entry/toyokeizai.net/articles/-/161667

このブコメを観てると民衆ポピュリズム手法にコロッと行かれるのも当然だなという感想

仮想敵を立てて事物単純化したところで何にもならんけど。

※以前はまた木下地方叩き芸かみたいなコメントが多かった気がするけど、転向があったのだろうか。

2017-03-01

http://anond.hatelabo.jp/20170301170815

このあたりよくわからないんだが、

「前はネトウヨ的だったがなんかあって転向してリベラルになった」

みたいな人って、学歴関係なくなんか生粋リベラルではないわけだし

少なくともリベラルイコールエリートという思想のもとではあんまり「あたまいい」とみされてる感が無いんだけど。

そもそもエリート感覚?では

「そんな層とあったことがおかしい」みたいに書かれてるわけだし。

エリートだったこととか無い(当たり前だ)からその点との整合性がよくわからない。

2017-02-26

レグテクトジェネリック 飲酒状況

レグテクトを服用しなかった昨晩

飲酒状況↓

ウイスキーハイボール: 1.2リットル

ワイン 1/3ボトルくらい

やっちまった!

でも二日酔い回避。寝る前に2リットルほど水を鯨飲した。

しかったが、翌朝の苦しみを回避するという意味では

ずっとましだ

今日レグテクトを服用することによって休肝日としやう

5時間睡眠という目標

昨晩の記憶があまりない。子供はすぐ就寝しちゃったので

一緒には睡眠開始しなかった。よっしゃー!

パソコン動画鑑賞してる間に嫁さんが来たので

うざくなって、テレビ視聴モード転向した。

それで田中麗奈ビデオ見てる間に寝たんだっけかな?

翌朝は6時半に起床した。7時間睡眠ってところか?

2017-02-25

http://anond.hatelabo.jp/20170224151556

この手の「昔は~だった」で、本当に~だった試しはなく

転向派の存在を仄めかして敵対陣営攻撃する手段なので

本当にクソだと思う

2017-02-21

http://anond.hatelabo.jp/20170219230305

jQueryでよくね?というPHPおじさんがJavascriptおじさんに転向とか意味がわかりません。

転向するならバックエンドでもRuby on RilsとかPythonとかおちんぎんが高そうなおじさんに転向したら?

2017-02-19

[]さあ、月曜日からまた転職活動だ!

いまだに無職増田です。でも本格的に転職活動を始めたついでにレバテックなるもの登録してみました。レバテックゆうんは多分登録型の派遣とか請け負いのコンサルをしてくれる会社です。

その会社webから登録したら、そのあと電話かかってきて「おうお前いい度胸してんなァ。ちょいシブヤまで来いや」と脅されたので

月曜は渋谷まで行ってケジメをつけてきます。僕の小指が失われないかどうか心配ですが、なんとか交渉成立するといいですね。

それはともかくとして、弊社はPHPおじさんなんですがやっぱりモダンJavaScriptおじさんにも転向しようかなと思うんですが、フレームワーク等々が多すぎてどれを選べばいいかよくわからなくて困ってます

apt-get一発でインストールできてなおかつ一番シンプルコード記述量も少ないフロントエンドの何かってないでしょうか。

ぶっちゃけどのフレームワークJavaScript以外の方言的な記述が多すぎてどれもシンプルはいいがたい気がします。

PHPおじさん的にはいまだに「JQueryでよくね?」と思うんですが、もう2017年ですしね。

というわけで、増田さんたちのおすすめJavascriptフロントエンドをご紹介ください。

紹介いただきました情報採用された方には無職増田オリジナルのクソ雑魚ナメクジイラスト差し上げたいと思います

よろしくお願いいたします。

2017-02-14

大川隆法の経歴笑っちゃうよね

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%A7%E5%B7%9D%E9%9A%86%E6%B3%95

来歴

生い立ち

1956年6月徳島県麻植郡川島町(現在吉野川市)に、畜産コンサルタントであった[4]父・善川三朗[2](本名中川忠義)と母・君子次男として生まれる[4]。出生名は「隆」。吉野川市立川中学校徳島県立城南高等学校卒業。幼少期の頃は、GLA高橋信次生長の家に感銘を受けて日本共産党活動家から転向した父[9][10]に「聖書」や「無門関」について教えられる[4]。10歳の頃、将来の夢は学者外交官だったという[4]。一浪の後1976年東京大学文科一類入学し[4]政治コースに進む[2]。ハンナ・アーレント研究論文作成した時には、教授からマチューアー(成熟している)」という評価をもらったという[4]。その後、司法試験国家公務員上級試験受験したがいずれも不合格となり、また学者の道に進むこともなかった[4]。大川は、司法試験について論文問題学者的な視点過去判例批判する答案を提出したために合格できなかったとし、大学に残らなかったのは自分師事すべき教官がいなかったと悟ったためと自らを振り返っている[4]。1981年法学部卒業し、総合商社トーメン(現豊田通商)に入社[4]。翌年1982年8月ニューヨーク本社研修生として派遣され、その間にベルリッツ語学学校ニューヨーク校を卒業[4]、ニューヨーク市立大学大学院センターで国際金融論を学んだ[8]。

大学卒業して商社マンとして勤める一方、この時期に宗教家としての「霊的覚醒」が始まったとされる[8]

東大法学部出て,ビジネスマンやって,法的に問題ない金儲け思いついただけじゃねーか

せめて,キリストブッダアッラーばりの逸話作れや

2017-01-29

高齢者は少なかったケド

http://anond.hatelabo.jp/20170129093116

儒教的な考え方で年長者を敬うよう教育されとったわけやね…

そいで、老人になるまでに死亡する確率も高かったからサーヴァイブしたい!って願望もあったんじゃね〜の?

老害』の社会問題化っていうのはベイビーブーマー団塊世代アメリカ的な主義主張欲望を増大させたからじゃろう?

儒教的な考え方の薄まり肥大化した個人主義人権思想ポリティカルコレクトネス

あと三波春夫(シベーリャ帰還兵でコムニストに洗脳されて転向して日本を守る国民会議(現・日本会議)の代表委員になる極端な思考回路浪曲師)が

間違った概念クライアントアラーフ&ヤハウェ)を植え付けてしまったのも困りものじゃ…

2017-01-16

気付けば安倍政権を支持する理由の 1 位が「他に人がいないから」ではなくなってきている

安倍総理から支持する、という人のほうが多くなってきているのだが、民主党/民進党が駄目だから支持されてる論者の方々は今後どのように転向していくだろうか。

2017-01-05

戸田奈津子尊敬されるための唯一の方法

インタビュー字幕翻訳者戸田奈津子さん「エッ?と思う字幕は、どこかおかしいの」

https://www.buzzfeed.com/eimiyamamitsu/interview-with-natsuko-toda?utm_term=.bhpJ8y62dK#.pf3GDwzR2e

 

を読んだ。全体的には一方的自己弁護を垂れ流すだけの提灯記事だが、インタビューという性質上これは仕方のないことなのだろう。この記事の良い点は、戸田奈津子という人の見当違いな自己顕示欲を浮き彫りにしているところだ。

 

「叩く扉もなかった」字幕翻訳という仕事に、その道の第一人者に直接食らいつくようにして取り組んでいった前半生は感動的でさえあるし尊敬もしよう。しかし一人前として仕事を任され、一定の地歩を固めつつあった頃には、質的研鑽よりも量的なアピールに重きを置く仕事ぶりだったことがよく分かる。

 

それは時代というか当時の映画産業要請でもあって、戸田個人責任を帰すことも出来ないだろうが、何度も立ち止まるチャンスが有ったにも関わらず、過剰な自信に満ちた「職人魂」みたいなもの自分を虚飾したい一心で、本質的には作品奉仕するべき字幕翻訳者のあり方を歪めた自己像を描出し、直そうともしなかった。それがこのインタビュー記事表現されている「字幕翻訳女王」の実態だ。彼女はことあるごとに「文字数自由だし調べ物にもゆっくり時間をかけられる文芸翻訳とはわけが違うのよ」式の言い訳師匠発言の一部を都合よく切り取ったものだ)をして、質を犠牲にしてることを棚に上げて早業自慢を繰り返すが、この記事もまさにその例を一歩も出ていない。ほとんど馬鹿の一つ覚えだ。

 

せっかく日本一名の売れた字幕翻訳者になったんだから個人の早業を自慢するよりも、字幕質的向上のために制作・配給側が用意する時間予算の拡充をアピールするのが筋なんじゃないのか? と私などは思うのだが、そんなことは自己否定になりかねないのでできない。映画や観客より自分大事からだ。徹底して裏方仕事に向いてない性格なのに(だからこそ喰らいついていけたとも言えるが)、なぜか字幕翻訳者なっちゃった人で、その上根っからダンピング体質なんである。広く「第一人者」と呼ばれるものの最悪の事例として歴史に記録されるに値する人物だろう。

 

戸田字幕の具体的な問題点については、今ではある種のネットミームと化していて、山のように検証を綴ったページがヒットするので、ここでいちいちあげつらうことはしないが、この記事を読んでそれらガッカリ字幕根本的な原因を確信できた気がする。戸田奈津子自身映画作品に対する理解力が低いのだ……というのはあまりにも失礼なので、観客(想定読者)の理解力を低く見積もりすぎ、と留保つきで言うべきなのかもしれないが、とにかく画面に映っているもの脚本に対する読解力が低い翻訳をしてしまっている。軍事用語や「指輪物語」の専門用語に通じてないせいで勝手流に造語ちゃうみたいなことは、専門の監修者をつければ(それさえ不服のようですが)済むことだが、理解が浅いまま手癖で字幕をつける悪癖についてはせめて直そうとする姿を見せてほしいと思う。

 

どんな作品であれ受け手によって読み出せる情報量は変わるものだが、戸田字幕はその理解力の設定が最小限になってるみたいな字幕なのだ。そんなとこを端折ってしまったら、まるで子供の頃に見た「大人映画」のように途中で筋が追えなくなるだろうな、と思うことさえある。一通りセリフが聞き取れるとか、背景知識も揃っているような人間が見ると「エッ?」となるような訳を乱発してしまっているのである。これは映画字幕という表現媒体のものの制約なのだろうか? 単に投下すべきコスト時間人員)をケチってるだけじゃないのか? なにしろ理解力が乏しいゆえにかえって回りくどい表現をして、大切な字数を浪費している例さえあるのだ。単にこなした本数が多いから下振れが記録されているだけと擁護することも出来るが、それを言うとかえって早業自慢の露悪性が強調されるというものである

 

そして戸田字幕に感じる理解力の低さ、雑さの遠因が、このインタビューでは明らかにされている。ただの映画ファンとして、「作品ファン」としての経験を積まずに映画を見まくった原体験が、映画を十分理解せずに、ざっくりと筋がわかれば(たまにそれにも失敗する)いい、という仕事を次々とこなすことを良しとする「映画字幕女王」を産んだのだ。それは映画というもの立ち位置が変わってしまった現在には全くそぐわない態度であると私は思う。

 

多くの人が週末には何かしらの映画を見て、学生なんかは金の続く限り映画館に入り浸って、それ自体が楽しみで、何度かに一回面白いものがあったら儲けもの、といった時代はとっくに過ぎ去った。多少荒っぽい仕事があっても、「まぁそんなこともある」と納得してすぐにまた映画館に足を運んでくれる観客は絶滅危惧種と言っていい状況で、「とりあえず筋の追えるものを今週中に」みたいな品質でつけられた字幕を使う理由ほとんどないと言って良いんじゃあるまいか。なにもタコツボ化したマニアけが字幕翻訳者理解不足を責めているのではない。字幕スクリプト情報量100%伝えろという不可能要求しているのでもない(そんなことを言ったら、原語が完全に理解できても伝わらない部分は常にある)。娯楽が多様化する中で、金と時間を使うに値する丁寧な仕事競争できているか問題なのだ

 

そもそも多くの映画は長い時間をかけて作られるものだ。製作に着手してから数年かかることはザラだし、驚くべき短期間で撮影が終わったというような作品でも、原作を読み込んで脚本化するのに何十年もかけていることだってある。そしてそれを待つファンも何十年越しで待っていることだってある。それだけの労力と期待を集めて公開される作品最後工程に、パッと見の印象を伝えるので精一杯みたいな字幕がついていて良いのだろうか? 日本人英語力の向上には役立つかもしれないが、自分で聞き取れるようになったからといって問題が無くなるわけではない。「自分は内容がわかっても、あまりにも作品無理解字幕がつけられていることに耐えられない」という作品ファン心理考慮せずに仕事を続けることは、今や娯楽の王座から落ちて、比較的嗜好性の強いものになった洋画ファンには悪印象しか与えない。それに洋画ファンだけの問題でもない。どんなジャンル仕事であっても、雑な仕事というのはそれに初めて触れる者に「なんとなく面白くないな」という印象を与えてしまものである。それを防ぐために必要なのは、十分な準備期間と作業時間を用意することによって得られる翻訳者の深い作品理解だ。翻訳者に十分な時間リソースが与えられ、一つの作品に使える労力を拡大することのほうが誰にとっても良いことなのではないか? すべての原因を「文字数の制約」や「納期の短さ」に帰することが出来るという甘ったれた足かせを自慢できればそれでいいのか?

 

戸田字幕映画理解力の低さが、意図的に設定されているものではないと疑う理由がもう一つある。戸田字幕翻訳単独作業である理由として、「セリフ言い回しリズム統一するのに余計な時間がかか」るということを挙げている。そんなことを言っていたら、作中でセリフ言い回しリズムを敢えて変えることで、登場人物心理的変化や場面転換を表現する映画原理的に字幕に乗らないことになる。これほど馬鹿な話はない。「こいつは最終的に悪ものになるやつだから最初は丁寧にしゃべってても荒い口調で統一しとくのが親切」みたいな字幕が付けられた映画を、誰が見たいだろうか? 一つ一つの映画作品性質をよく理解しないまま、ちぎっては投げみたいな仕事を続けてきたせいで、どんな映画も同じような構図に当てはまるよう訳すのが当たり前になってしまっているからこそ、セリフ統一感があることが「透明な字幕」の必要条件だという勘違いを起こしてしまうのだろう。映画が転調したときには字幕も転調するのが「透明な字幕」で、そのためには複数視点必要になることだってある。脚本演出意図を読み違ったまま、理解をし損なうことは避けられないからだ。いつまでも「一人の字幕翻訳者が短い期間で理解できた範囲」としての映画字幕が作られ続ける状況を肯定することは、この人の取るべき道ではない。それは決して映画のためにはならない。

 

ロード・オブ・ザ・リング」の第二作以降は、原作翻訳者スクリプトの全訳を事前に行った上で、それを参照して戸田字幕作成し、改めてチェックを受けるという体制が敷かれたようだ(インタビューではその経緯をまるっきり無視していて、結果的に監修者の仕事を貶める傍若無人ぶりが表れている)が、これに似たことが常識的に行われるように働きかけしているんですよ、といった風のアピールをするほうが、「第一人者」としての尊敬を集めるのではなかろうかと私は思う。

  

現在洋画の年間公開本数は80年代末以来の第二のピークを迎えている一方、戸田仕事は当時の1/5近くまで減っている。文芸関係に限って言えば50歳ごろに確立した仕事のペースを守っている80歳なんていくらでもいるので、年齢のせいばかりでもないだろう。その事自体戸田翻訳者待遇改善に取り組んだことの証左だと弁護することも出来るかもしれないし、実際にセリフ聞き取りながら見て「ここをこうやってまとめるのか、上手いなぁ」と思える翻訳者が増えてはいるので、まぁ戸田奈津子問題ある訳というのも、そろそろ過去の話だよね……と最近は思っていたのだが、私はこのインタビューを読んで気が変わってしまった。やはり早いとこ全面的に後進に道を譲って、ご自身字幕翻訳質的向上のために翻訳者待遇改善する言論を起こされるなどしたらいかがだろうか。それが名の売れたものの使命と思ってはもらえまいか。いい年してよいしょインタビューに答えて、自分の大ポカで迷惑をかけた監修者の名誉を傷つけるような非道言い訳を垂れ流している場合ではない。

 

さら早業自慢を封じられるのは、自己認識からすれば転向に映るかもしれない。ひょっとしたら一気に老け込んじゃうかもしれない。しかし、昔よりずっと観客同士の横のつながりが強くかつ広範囲で、作品についての情報も手に入れやすい今だからこそ、字幕翻訳要求される水準が上がっていることを認識し、それに適切に対応するように送り手たちに働きかけをする姿は、映画ファンの心に強い印象を残すはずだ。個人的な快刀乱麻の仕事ぶりを自慢するのはもうやめて、業界全体で作品の質に貢献する、充実した作業環境を残せるよう声を上げる好機なのではないか。それでこそ「字幕翻訳女王」としての尊敬を集められるのではないか。今のままではせいぜい良くて「時代の徒花」といったところである

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