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2017-05-23

「背が低い男は嫌い」な女が「若い女が好きという男は嫌い」という

記事それ自体ネタだろうけど、あながち間違ってもいない。

http://burusoku-vip.com/archives/1834872.html

もちろん、若くない女が年齢相応の教養社会経験を積んでいるかというとそういうわけでもなく、そういうことをやっているから「東京タラレバ娘」のようなドラマがヒットする。

あと、自分になびいてこない異性が嫌いという場合もあるかも。

2017-05-22

考えてみる。

http://anond.hatelabo.jp/20170514161530

というダイアリーがある。

記事の内容は置いて、何故テレビを見ないとバカになるのか、又は見るとバカになるのかを考えてみよう。

  

  

まず一つ目。見ないと馬鹿になるという方。

>>「テレビ見ないからみんなバカになるんですよ。そういう人は芸能人の話にも疎いし、話に厚みがないじゃないですか。」<<

なるほど。この人の認識として、芸能人に疎い、又は話に厚みがない事をバカとして認識している。

すなわち、知識量の差である

話の厚みというの抽象的なので一旦放置

ここでは芸能人として書かれているが、たしかTVを見ていないと知りえない知識存在するのは確かである

TVでは単純に情報量が多いのだ。なぜなら視聴者一方的に受け身になりつづけるからである

受け身の視聴者を飽きさせずに楽しませるには、情報の消費がもっとも単純かつ明快であろう。

まったくTVを見てない人と、よくTVを見る人では、情報量の差は必然的に変わってくる。

ここで大切なのは"情報の質"を省いて考える事だ。

ここでいう情報の質とは、「使うか使わない」ではなく「信頼し得るか」である

確かにTVを流してみていると凄い量の情報を与えてくれる。自分で調べるよりはるかに手っ取り早いし、自分が興味ない情報までも入ってくる。

情報量多寡バカかの判定基準にするならば、TVを見てないとバカになるという説もあながち否定はできない。その情報の質は問わずにね。

あ、TVでどういう番組みるかって話をすると面倒だからここでは省略するね。

  

そして二つ目テレビを見たらバカになるという方。

私はどっちかと言えばこちらの意見に賛成する。

ただ勘違いしないでほしいのは、決して「テレビを見なければ賢くなれる」訳じゃあない。

テレビは沢山の情報を与えている事はわかっている。じゃあその情報って100%正しいの?ってお話

別にTV情報が間違っていると言っているわけではない。が、正しいとも言わない。

ただ情報の質が良くない。質の高い情報は、合理的で、簡潔で、シンプルものだ。

出所のわからない情報や、偏っている情報は"質の悪い情報"として考えている。

TVというのはたまに一方的視線物事を捉えて話す。即ち印象操作である

印象操作とは嘘をつくことではない。偏った物事報道するわけなので、真実報道する。

その真実をどう話すかで、視聴者の印象なんでどうにでもなるのだ。

偏見放送でなく、単に知識をつける系の番組存在する。語彙力ないからなんて言ったらいいのかわからないけど察してくれ。

その番組を見てて思うのは、結果を異常なまでに重視しているのである。結果は解答と言い換えてもよさそう……か?

この記事を読んでいる皆いいかい?物事において大切なのは、結果ではなくプロセス、即ち思考だ。

問題定義プロセス→結果 という道順を物事は辿る。

問題定義には幾千もの組み合わせがあって、それは土台となる。

大切なのはそのプロセスだ。結果に至った過程である

問題定義が変われば結果なんてどうにでもなるんだ。結果は万能ではない、あくまで結果だ。

そのプロセスをすっとばして結果だけを報道するTVって多くないかい?

どうしてその結果・回答に至ったかを、さもわかりきった顔で説明しているTVは、ほっとんどその表面を撫でるだけの説明しか過ぎない。

まりのところ、何が言いたいのかというと、TVでは考えるというプロセスを挟まない。

考える力を伸ばすという点においては、それを放棄させる動きにあるのがTVとみている。

もちろん全ての番組がそういうわけでもないし、あくまで平均化された一般的番組を言っているので、あの番組は違うとか言わないでね。面倒だから

まりのところ、この考えの人は「バカ思考停止している」という認識なのだ。たぶんね。

しっかり自分で考える事の出来る人は、報道番組を見てても違和感を覚える人はおおいだろう。

なぜならその情報鵜呑みにするのではなく、しっかりと自分で考えるというプロセスを持っているかである

違和感ばかりになったTVを見続けるかと言われたら、見なくなる人もいるんじゃないのかな。

そういう意味において、「TVを見ればバカになる」=思考放棄するクセがつく、という事なんじゃないだろうか。

あと、このすごく長い長文をここまで読んでくれた人、ありがとうございます

これは私の思考プロセスを示したものであり、TVでは放送しない、考える事に重点をおいた駄文でした。

  

  

グダグダとした長文を読むのが面倒な皆!結論を発表するよ!
テレビ見ないとバカになる派=知識量の多寡馬鹿かどうかの判定に使っている
テレビを見ればバカになる派=自分考える力があるかどうかで馬鹿かどうかの判定にしている
という事なんじゃないかな!

この二つの差が、価値観の違いの正体、だと思うよ。私は。

2017-05-10

http://anond.hatelabo.jp/20170510170917

増田だけど、その話初めて聞いた

早速検索してみたら、あながちウソでもなさそう

2017-05-08

私は卑怯かそれともバカ

私は「自分にとって都合の悪い事を言わない」という行為卑怯ものだと考えていた。

しかし様々な知人に指摘されたのもあり、もしかしたらそれは卑怯でも何でもないただの普通なことなのかもしれないと最近ようやく思うようになった。

いわゆるバカ正直というやつである


何か出来事が起きたときはなるべく主観性排除して中立的客観的事実を述べるべきだと考える人間であったため、

人に説明するとき、私は自分にとって都合が悪い事も含めて全て話すようにしていた。

そうすることで私は私自身に胸を張ることはできたが、それ以外はほとんど私自身が不利益を被るという結果が得られていた。

だとしたらこれはただのバカなのではないのかと最近思うようになった。

知人が戦略的他人誘導しているという話を聞いた際、本人に「面白みがないからこのことは相手に言うなよ」と言われたこともあった。

私はそれをチクったりすることはなかったが、「素直に自分に都合が悪いから言うなよって言えばいいのに何故そういう風に自分に都合のいい解釈ができるのだろう」と考えていた。

だがこれも恐らく世間一般的には普通解釈で、自分の考え方が厳しすぎたのかもしれない。

高校時代学校が嫌で、共働きの親に黙って仮病で休み遊びに繰り出したが、後で罪悪感に苛まれ親に自白して謝罪したこともあった。

親は私のことを褒めも𠮟りもせず、「バカだね~黙っときゃ一生バレなかったのに」と笑った。

当時は肩透かしを食らった気がして呆気に取られていたが、もしかすると親も私のバカ正直な点について懸念していたのかもしれない。

例え車がいなければ赤信号でも横断歩道を渡ってしまうように、私含め誰だってみな柔軟にルールを破る。

恐らく今回の件もそれの一環なのだろう。

それどころか考えてみると「自分にとって都合の悪いことを伏せる」というのはダメなことだというルール存在しないし、私がそう教え込まれ記憶も一切ない。

そこも考慮すると尚更私自身がバカバカしくなってきた。

上記のことを考えてから、試しに下手に自身にとって都合の悪い事を自ら言わないように意識して生活を送ってみた。

そしたらなんとまぁ簡単自身にとって都合のいい世界が構築できることか。

気分としてはチートアイテムを使って無双しているような気分である

だが恐らくこれはチートではなくもともと存在してみんなが使っていたアイテムで、単に自分がそれを使わない縛りプレイをしていただけなのだろう。

だが、今まで25年間ずっとこのような考え方をして生きてきたため後ろめたさがあることには変わりがない。

実際にあった話から自分にとって都合の悪い部分を消去し、捻じ曲げられたイメージ相手に植えつけ賛同を得るというのはどうももやもやとした感情が残る。

また、幸い友人も多く職場などでも非常に良好な人間関係を築くことができているため、今までの自分はやはりあながち間違ってはいなかったのではないかと考えることもできる。

伏せると生きやすいがやはり卑怯というイメージがぬぐえない。

伏せないと自身に胸を張れるが不利益を被ることが多くバカバカしくなる。

どこでバランスをとればいいのか。わからない。わからない。


都合の悪い事実を伏せる私は卑怯者なのか、それとも今までの私がただのバカであったのか、まだ私自身には冷静な判断を下すことができない。

自分にとって都合の悪い事を伏せて話すことについて皆はどう考えているのか、私はとても知りたい。

2017-05-03

http://anond.hatelabo.jp/20170503204432

確かDMMだかエロVRだかの配信者も風俗許可がどうこうとか言ってたし

あながち間違いでもないんでは

2017-05-02

【追記】京都という町

東京出身実家は未だに東京にあります

大阪在住中に主人と出会い、主人は京都家業を継ぐ身の人なので京都移住しました。

私は昔からずっと水商売生計をたておりましたので、現在祇園の小さなお店で働いております。(将来の夢は店を構える事なので、結婚後も仕事を続けさせてもらうのが私から結婚相手への唯一の条件でした。)

よそ者が見る京都がどんな町か。

勿論これが全員では無いことは重々承知しておりますが、京都の方と接する機会は普通の人よりは多い中、7割8割の方に当てはまっているのでそれなりの意見かと思います

まず、出身地を聞かれ、貴方東京出身であったなら

東京です』

と一番に答えてはなりません。

関東です。』

とワンクッション置き、その後の話の流れで23区外(市部出身なので)である事を重要とし話をすすめます

(これは京都以外の地方にも当てはまります東京出身地方では不利です。それだけで偉そうに感じられます。)

そうすれば気分よく皆様は『僕も昔東京の〇〇に住んでたよ。』等とお返事をしてくれるでしょう。

また、ご年配の方だとあまり京都から出ないという方も珍しくはないのでそれ以降は自分出身地お話をするのはやめましょう。

ちなみにお店のママ京都府出身なのですが、上の方の出身なので『北陸の方です。』と答えます

京都市民は京都市外を京都だと思っておりません。

別の地方か何だと思ってますし、方言も全く違います

天の橋立は京都観光地ではありません。

また、なんとなくのリズムだけでいいので京言葉を覚えた方がいいです。

関西在住3年目ですが、関西弁うつりませんでした。これは水商売的にはかなりマイナスポイントなのですがどうしてもニュアンスがわからず、標準語で喋らさせていただいてます

お客様には『なんでもう3年も居てまだ東京弁なの?』とまで言われることもありますのでやんわりとリズムだけでも京言葉で喋ると受け入れて頂けると思います

ちなみに私は東京水商売を始める時に『NHKニュースの様な日本語を使える様になりなさい』と教わりました。湘南弁を一生懸命なおしました。

『なんで京都に住んでるの?』

そう聞かれたら私は職業柄『結婚を機に…』だなんて言えません。ここは別の理由を作ります

京都が好きで好きで、凄く憧れていたんです。なのでどうしても住みたかったんです。』

そう答えて京都を褒めまくれば、百点満点。相手は気分よく受け入れてくれるでしょう。勿論『憧れるほど何も無いんやけどなぁ』と嬉しそうに言いながら。

だけどここで

『じゃぁ今はどこに住んでいるの?』

と聞かれます

実際私は伏見の方に住んでいるのですが、そう答えると『なんでそんな所住んでるの?』と帰ってきます

余計なお世話ですがお金が無いふりでもしておきましょう。彼らにとってに京都市内とは「上京区下京区中京区次点で「左京区右京区北区」までです。それ以外は京都っぽいなにかです。

と、職業柄物凄く相手に対して下の立場に出ていますがこれは交友関係でも全く同じです。

京都の方は京都まれ京都育ちである事を誇りに思っております

なのでこちらに来て友人になれそうな人にも意識してそう喋ってみるといいかもしれません。勿論、結婚移住理由を嘘つく必要は友人にはありませんが、ニュアンスはこんな感じです。

次に主人です。主人の実家上京区商売をしております。が、主人の両親の代からなので50年程しか経っておりません。主人の両親は北陸出身です。

この時点で、上京区出身でも主人は生粋京都人間だと思われておりません。江戸っ子は三代続いて初めて江戸っ子…みたいなのに似てるかと思います

この様に、同じ市内出身でもカーストがあります

いつだかそんなマンガネット投稿されてましたがあれはあながち嘘ではないです。

また、全く意識せず源氏名が左右対称になっていたのですがこれも失敗でした。遠回しにアジア系人間なのかと聞かれます

幸い私はヨーロッパの血が少し入っていますのでその旨と本名でない事を伝えれば終わりますがそこでもカーストは生まれます

が、実際ヨーロッパの血が入っているのもマイナスポイントです。その時点で日本人だと思われていません。

自分出身地、両親の出身地、住んでいる場所血筋職業

すべてにおいて差別をする方が多いです。

観光客に関してはお客様しか思っていないので特に問題はないのですが、永住している外国の方は住みにくい町なのではないか不安になります

同じ日本人ですら、こんなにも住みにくい街なのだと凄く思いました。

主人の友人ですら、凄く距離を置きます

私に原因があるのかと最初は凄く悩んだのですが、多分違うよ、それが京都よ、とほかの主人の友人達から言われて何となく安心しました。

私は結構大変な所に嫁に来てしまったのだな、と今凄く思っています

それでもここに住むと決めた分、自分のできる最大限の努力はするつもりですが、まず一番にしなければならないのは『故郷を捨てる』ということかもしれません。

もちろん、もう一度言いますが全部がそうではないです。私の特殊職業柄なのもあります。とっても仲良くしてくれる人も沢山います。素敵な街だとも思います。大好きな街です。ただ、そういう方が多いのです。

ここ最近京都関連のヘイトニュースを見て思いましたが、ヘイトを受けるのは外国人だけではないというお話でした。

■追記

私の出身地についてですが、神奈川県植民地町田です。だから湘南弁なのです。

からちゃんとした東京都民じゃないかも知れませんが東京です。

なので実際都内で働くと散々バカにされてきたので洛外洛中カーストの話は何となく理解出来るんですが、ネタじゃなくて本気でそう思ってるんですよね…

ダイナマイト賞を受賞した作家

先日、母からダイナマイト賞を受賞した作家の本が面白いから送るわね」というメールが来た。


物騒な文芸コンテストがあるんだなーと特に気にしていなかったのだけど、今日から荷物が届いて合点がいった。


湯川秀樹の本だった。

にしてもダイナマイト賞というパワーワードに少し笑ってしまった。

あながち間違いではないところがいい。

2017-05-01

上下関係とは年金である

そうじゃないですか。今年老いた方々の為に年金を積み立てたら自分達も年金が貰える、という制度(貰えないかもしれないが)

同様で、先輩だの上司だのに尽くしておけば自分がその立場になった際に権力行使できる、と。

上下関係否定派だった私ですが、まぁあながち間違ってもないのかなぁ、と思ってしまった今日このごろ。

2017-04-25

正社員になりたい氷河期世代職業訓練校いけばいいんじゃなかろうか

バイト経験無し 職歴なし ニート10ちょっと

ついでに真性包茎彼女いない歴年齢の3X歳


極端なコミュ障とか引きこもりとかってわけじゃないんだけど、大学出てからネットしてダラダラしてたら10年過ぎたので、ちょっと職業訓練校行くことにした

というかハロワの人にさじを投げられたから行くことになった


そんで半年後、特に躓くことな中小正社員として働くことになった

入社時で年収250そこら、その辺の新卒とかわらない給料だったけど(社会人経験ゼロから当然だ)、俺みたいな産廃を引き取ってくれたのだから文句はなかった

年間休日は3桁あるものの、時々土曜出があるのでやや少ない方だが、いわゆるブラックな要素もないし月残業も多くて20時間ぐらいで、それなりに自分時間を確保出来ている

今は10年以上滞納してた年金払いながら、使う見込みのない愚息の手術費用溜めてる

関係ないが、最近役職がついて給料上がったので調子こいてクレジットカード作ってみようと思ったらお断りされたから、もうクレカは作れないかもしれない


職業訓練校には氷河期世代結構いた

あとは新卒就職出来なかった奴、院に行ったら就職口がなかった奴、ブラック企業から逃げてきた奴、脱フリーター目指す奴、フリーランスから足を洗った奴とか、まあ人生上手く行かないルート分岐した人

彼らは安定した仕事につきたいからと新しいキャリアを積もうとしていた

同期生の9割は今も正社員として働いている(1割は訓練の途中でやめた)

過去3年の訓練校の就職率は80%強ぐらいあるのはどうやら嘘ではなかったようだった


そんなわけで正社員になるだけなら訓練校行けばすぐなれるんじゃないか

「選ばなければ働き口はある」ってのは往々にして悪い意味で使われるけど、あながち悪い意味だけでないように思う

2017-04-21

干支占い流行らない理由

干支12種類ある

星座12種類、血液型は4種類に人を分けて占う

年代別の性格の違いは月別より大きいし、12種類に分けるのだから星座血液型より的を射た占いが出来るように思うが干支占い流行らない

何故か考えてみた

1.学校同級生が全て同じ干支なので盛り上がらない、クラスメイトあいつと自分が似たような運命性格な訳がないと気がついてしま

2.干支は人に言ってしまったら正確な年齢がばれてしまう、いい歳になってきたら気軽に人に言えるものではない

3.有害である占い信者がディスられ担当干支子供を生むのを控えるようになり少子化に繋がる

実際日本人が今より迷信深く干支信者が多かった頃は

丙午は火災の多い災いの年だとか丙午の女は夫を食い殺すと言われていて、丙午に生むのを避ける為に皆が避妊中絶していたので出生率

丙午の1966年出生数は136097人出生率は1.58

前年の1965年の出生数は182370人出生率は2.14

1967年出生数193565人出生率は2.23

このように丙午だけドンと下がっている

自分の知る丙午の女達は実際気が強く夫を食ってる人が多いのであながち迷信ではないかもしれないが、丙午に産み控えるのがバカバカしいという親を持ち、周囲から気の強い丙午の女だと言われ育ちバブル世代なのも大きい気がする

まぁ今もこの年に生んだら確実にB型の子供が生まれますと言われたら産まない血液型信者とか普通に居そうだし干支占いが広がったら少子化に繋がり害しかない

考えてみたら流行らなくて正解すぎた

2017-04-19

http://anond.hatelabo.jp/20170419111942

自分はべつに他人の楽しみ方は好きずきだと思うし、半端な知識創作するのも別に構わないと思う。

なぜならそれは私にとって、東方で通った道だから

東方Project二次創作をしているうち、原作ハードコア弾幕STGについていける人がどれだけいるだろう?

実際それほどいないと思う。それでも原作プレイな人たちも含めて立派に同人を支えている。

なぜそれが可能なのか、お察しのとおりだけれども、

最近ネットコミュニケーションの発達で、未プレイ未到達でも、

十二分にストーリー性やキャラクター性のエッセンスを感じ取ることができる。

から原作のコアな部分を見ていなかったとしても、あながち見当ハズレとも言い難い創作アウトプットできる。

それは、実はけっこう面白い現象なんじゃないかと、私は好意的にとらえるようにしている。

エッセンスを掴んだ状態で、だが公式の描き出した「結論」に因われていない状態からこそ描けるものもあるんじゃないかな。

もちろん逆に、増田の言うように、半端な知識から細部も半端になることも多かろうが、まあ彼らは好きで書いて見せてくれているものから

製品クレームを入れる時のような感情を抱く道理もない。自分のお眼鏡に適わなければ、以後ご遠慮するだけの話で。

同人作家一人を見続けるという悪趣味なことをすれば、いつまでも原作のコアに手を伸ばさないなぁという人は確かにいる。

そういうのを見つけると、原作に対する敬意やなんやらを欠いているだとか自己表現のためだとか思えるかもしれない。

でも今の時代ほとんどの人はいくつもの作品を同時並行的に楽しんでいるわけで。

作品の「深さ」を完全に網羅していくほどの時間的精神リソースが割けないのだろう、と思うようにしている。

同人作家に対して悪意的な見方をするようになっても自分は何も得をしないしね。

そもそも自分を振り返っても、二次創作を楽しませてもらった作品ぜんぶをそこまで熟知してフルコミットしていたわけじゃない。

ハマったと自負する作品でさえ、もっとコアな人はネットを漁ればすぐに見つかる。ほとんどの人がそうだと思う。

から、ニワカを許容できるほうが、自分にとっても他人にとってもオタク活動を気軽に展開できて、楽しみを最大化できるはず。

そう思えるようになると、自己表現のために人気作品を利用しているような人の生き様も、共感はしないまでも可愛いものだと思えてくる。

そんな人の創作でも、いいものがあれば素直に読めるようになるし、なんなら尊敬もできる。消費専門の自分にしてみたらね。

あとは原作至上主義的にならなくなるから東方でいうと大沖チルノみたいな、

二次創作が独り歩きして生まれたような原作とかけ離れたキャラも楽しめるようになってお得だし。

いい意味で「意識の低い」もの跋扈していられるからこそ、敷居が下がって一大コンテンツになれるほど盛り上がるんだと東方を見て私は学んだよ。

因果は逆かもしれないけど、この構図はその他の大ヒット商業コンテンツでも同じことだと思う。

もう、自然の摂理として、“「深い」ものほど「浅い」ところでヒットし、その深度差が渦を巻き起こして大きくなる”とでも言ってしまおう。

そんなカオス様相が、私はけっこう好きだ。

2017-04-09

http://anond.hatelabo.jp/20170409133327

すまん東京は流石に別格だから考えてなかった。

まあ、本屋ベースで考えたら、東京けが都会ってのもあながち間違いではないのかもしれん。

2017-04-07

http://anond.hatelabo.jp/20170407141936

あながち間違ってなくてさ

戦争負けて自尊心が傷つけられて、でも俺たち強ぇって言いたいけど実は腰抜けでそれでアメリカのケツ舐めてるのが集団的自衛権からね。

2017-03-15

http://anond.hatelabo.jp/20170315220003

箸の持ち方に育ちの良し悪しが表れる、って昔大学ゼミ教授が言っていたんだけどあながち間違いではないのかもね。

実際それ聞いてから当時付き合ってた彼女が箸の持ち方を矯正してくれたわ。

2017-03-09

いち日本人から見たシリコンバレー

一連の「海外移住メリットデメリット」の議論が盛り上がっているので、海外移住を考えている人に少しでも参考になればと思い、「私から見たシリコンバレー」をまとめてみた。

なるべく客観的事実のみ書くことに努めたが、これがシリコンバレーのすべてだというつもりは毛頭ない(もちろんアメリカのすべてでもない)。「そういう体験をしている人もいる」程度に思ってほしい。

先に言っておくと、私は日本人海外移住肯定否定もしない。シリコンバレーに来たい人は来ればいいし、人それぞれじゃね?と思っている。

あんた誰よ

日本大学卒業後、東京にある外資系ソフトウェア会社日本向けのテクニカルサポート担当。その後その会社シリコンバレー本社に異動願いを出した。シリコンバレー在住5年。現在アメリカ国内向けのテクニカルサポートエスカレーションエンジニアをしている(ので、いわゆる「ソフトウェアエンジニア」ではないし駐在でもない)。

妻と1歳になる子供が一人いる。

ぶっちゃけ給料いくら

http://anond.hatelabo.jp/20161223173329

この増田とほぼ同じ(1ドル=118円換算で月170万円くらい、以下すべて118円換算)。ボーナスストックオプションがあるのも同じ。税額も大体同じだから増田数字信憑性があると思っていい。ちなみに給料は月2回(15日と月末)振り込まれるので、1回の振込は一月あたりの半分の金額になる。

会社は四半期決算なので、ボーナスは年4回ある。四半期ごとに数値で目標管理(私の場合は問い合わせのクローズ件数など)し、その達成度でボーナス額が決まる。といっても営業ではないので、上司従業員双方納得できうる達成可能な数値を設定している。言い換えれば、ボーナスはほぼいつも設定額の100%もらっている。

日本ではどのくらいの給料だったの

月収税込み90万円弱ぐらい。本社に異動したとき物価考慮した給料調整があって、異動後は1.5倍くらいになった。海外移住を考えるときに、日本給料がそのまま移住後の給料になることを前提にしている人が多いが、それぞれの土地相場というものがあるので、給料は増減するものと考えたほうがいい(まあ、シリコンバレー移住するなら増えるケースの方が多いのかもしれないが)。

仕事は厳しいの

結論から言えば、日本でのエンジニア労働環境に耐えられるのなら、シリコンバレーでもやっていける。というか標準的日本人エンジニアなら「同僚よりも働き者」の評価をもらえる(それだけ日本エンジニアは働きすぎなのだ)。期待されている仕事えこなしていれば、何時に出社して何時に帰ろうが誰も文句を言わない(同僚に毎日3時に帰る人がいる)。「今日子供の世話をする必要があるので自宅で仕事します」と何度連絡したことか。その代わり結果が出なければ、まれに夜中まで仕事することもある(が残業代はもちろん出ない)。

最近IT系企業では「有給休暇なし」制度流行っている(うちの会社もそうだ)。これは有休が取れないのではなく、仕事に支障がない限り、いつどれだけ有休をとってもいい制度だ。会社にとっても有休の買い取りをしなくていいという財務的なメリットがあるらしい。私も2ヶ月に1回くらいの頻度で金曜に有休を取り、3連休にしている。

うちの会社ではエンジニアレイオフされた例はない。レイオフ心配をしていないと言えばウソになるが、上述の通り、標準的日本人エンジニアなら業務成績が理由レイオフ対象になることはないだろう。ただし、部署全体がレイオフ対象になる可能性はもちろんゼロではない

物価日本と比べてやっぱり高いの

外食が高いのは本当。先日行ってきたサンノゼGo Fishhttps://squareup.com/store/ordergofishSJ)の例を出すとポキ丼(日本で言う海鮮丼みたいなもの)が1357円、大盛りなら1711円(それぞれ税抜きサンノゼではこれに9%の消費税がかかる)。ウェイターがいるようなレストランでは18%前後チップ必要になる。

ただ、大抵の外食メニュー普通盛りでも量が多いので、標準的日本人の2食分くらいある。私は外食した場合は半分だけ食べて、次の食事に残り半分食べる(もしくは妻と1食分をシェアする)。

オフィスでの昼食は上述のポキ丼くらいの値段がかかる(目安として1000-1500円くらい)。In-N-Out Burgerチーズバーガーポテトドリンクで708円)やスーパー惣菜なんかもあるので、安く上げようと思えばやれないこともない。同僚には弁当持参の人も少なくない。

食費や日用品物価乱暴総合すれば、多分日本の1.2-1.5倍くらいになると思う。品物の質はピンからキリまであるので、人によって感じ方が違うのはもちろん否定しない。

参考になるかわからないが、シリコンバレーにはダイソーがあって、全品177円(税抜き)。

住宅費は非常に高い。今住んでるのが2LDKで35万円。これでもシリコンバレー比較的安い地域家賃だ。家を購入しようと思うと、最低でも1億円はかかる。これより低い金額物件物件のものが怪しい(築年数が古すぎるなど)か、治安が悪い地域のものほとんど。で、住宅ローンを借りようとすると利率は3-4%くらいになる。

医療費はどうよ

はじめに断っておくと、アメリカ医療保険会社会社提供しているプランによって千差万別だ。ブコメ増田で人によって言うことが違うのもそれが原因だ。以下も私の個人的な例なので、アメリカ全体に一般化できないことは注意してほしい。

医療保険には大きく分けてHDHP、HMO、PPOの3種類ありこの順に保険料が高くなる。それぞれの特色は

私は家族に持病があることもあり、PPOに加入している。毎月の保険料は73000円。

実際の医療費はというと、たとえば先日妻が乳がん検診を受けたのだが、最初の検診は予防検診とみなされ、100%保険扱いとなり、自己負担ゼロしかしその後要追加検査となり、追加検査費用として7万円、自己負担10%なので7000円かかった。

先日足の指を骨折した同僚は、完治まで83万円かかったと言っていた。彼はHDHPだったので60万円前後支払ったことになる(が、上述の通り25万円会社が補助してくれる)。

ちなみに我が家出産日本で行ったので、アメリカでの出産費用はわからない。

なお、アメリカ医療費には日本のような定価が存在しないので、これらの金額病院によって大きく違うことがあることに注意してほしい。

英語力はどうよ

私はエスカレーションエンジニアといって、他のサポートエンジニア解決できない問題調査・解析するポジション担当している。通常のサポートエンジニアと違って直接顧客相手にする機会が少なく、大体決まったメンバーとのやり取りが主なので、互いが相手英語になれればネイティブレベル英語でなくても十分仕事をこなせる。英語使用は会話:チャットメールが5:5くらい。

学生のころから英語は好きだったが、留学経験は全くない。

そうは言ってもビザはどうするのよ

ビザの取得は正直言って難しい。私は当初H-1Bという専門職ビザ移住しようとしたが、H-1Bビザは年間の発行上限数が決まっており、その抽選漏れしまったのだ。そこで私の場合日本支社から本社への異動ということでLビザを取得し、事なきを得た。

もちろんLビザはすべての人に使える方法ではない(Lは主に駐在者に発行されるビザだ)。一般的エンジニア移住しようとすればH-1Bビザを取得することになるが、上述の通り抽選漏れしまうと、一年後の再申請まで日本で待たなくてはならない。その間、転職先が一年待ってくれるのかというリスクもある。

一番現実的方法アメリカ大学卒業し、OPTビザを使いながらH-1Bビザを取得することだろう。次に現実的なのが日本から直接転職すること(上述の通りビザ抽選漏れリスクはある)。その次がグリーンカード抽選による永住権取得だろうか。私の知り合いにグリーンカード抽選に当たり移住した人もいるので、あながち現実的でもないのかもしれない。

その他

シリコンバレー地理的日本(を含めたアジア)に近いので、価格はともかく日本のものはほぼなんでも手に入る。ついこの間も妻と「どうしてもシリコンバレーで手に入らない日本のもの」を挙げようとしたが、何も思いつかなかった。時期的に妻がおせち料理の準備をしているが、ミツワやマルカイといった日系スーパーにはおせちコーナーがあり、日本で作っていたものとまったく同じおせち料理が作れる。

あとシリコンバレー気候は最高。日本の夏と冬の気候が厳しいので、夏と冬は日本に帰れなくなってしまった。

他に聞きたいことがあればブコメトラバで教えてほしい。気が向けば答えるかもしれない。

そんじゃーね

2017-02-20

嫌々考察

そもそもフレンズ監督子供向けに作ったと明言してるのだから配信先の折り合いがつかなかったという感じはする。まあ詳しく知らんけど。そこで運悪くというより半ば必然的に悪評とスラング化が重なるようになってしまったのだと思う。

日馬鹿に「誰でも分かることをいってる」等と絡まれたので若干調べたけど、なるほど図書館探しをしている自分知らずの女の子SFである、という説はまあ鋭いと思う。ただ重要観点が抜け落ちてて、作品の背景に社会参画の縮図としての意図を持ってるのは明白なわけです。ログハウスづくりという建築不動産分野を絡めたり、喫茶経営をやんわり絡めたりしてとてもわかりやすい。自分探しをする上で相対的存在社会必須であり、よほどの修行僧じゃなきゃ主観のみで何かを得るなんてことはない。むしろ修行僧ですら内在する悟りの層に触れる相対体験からは逃れられない。そこでかばんちゃんは知識の泉=自分自身の脳=記憶を探る旅に出るのだけど、ここまで読んでくると終盤は基本的に本ではなく今まで得たフレンズこそが自分体験だ、というあたりに帰結するか、彼女が実はジャパリパーク管理人であるという落としどころくらいしかきれいに落ちなくなってくる。そして社会参画の意図がミエミエである以上落としどころは前者が適当になる。まあ当然あの遺跡と絡めてくるでしょうけど。最新話でかばんちゃんはどうやら人間らしい、ということが分かってきたっぽいので管理人説もあながち捨てたもんじゃいかと。

とは書いてみたもののやっぱあんまし真面目に見る気がしないな。

だってあの人たちの現実味の薄いゆるい生活をだらっと見るもんだし。

まさかガチSFトータルリコールみたいになるわけでもないでしょうしね。

2017-02-19

思い出L

「いろんな人いたほうがいいよ」

結果論としてはあながちまちがっちゃいないしその点反論もしにくいという利点がある論だ。しかし僕はその言葉を聞くと幼少時のトラウマが疼く。」

http://anond.hatelabo.jp/20170219011011

SSDにまつわる韓国日本関係にもそうしたことは顕れているので、あながち否定もできないよな。

まあそれで何が煽れるのか意味わからんけど。

2017-02-12

卒業式

卒業式の日。成人式の日。入社式の日。

いつだってイベントごとの日は両親をがっかりさせた。

卒業式ー。

悲しいほど綺麗なままの卒アル

卒業式を終えた子達が集まって、門の前の桜並木写真を撮っており、その周りでは父兄が談笑している。

そんななか、たった一人で一番早く門を出てくる我が子。

そんな子供の姿を見て、母はどう思っていただろうか。

私は、彼等の立つ桜並木には、一生立つことができないだろうと思った。

成人式ー。

これも、身内だけの、小さなさな儀式

誰に見せるわけでもないのに着物を着て、誰に見せるわけでもないのに美容院スタイリングして、最後に家の前で写真を撮った。

テレビをつけると成人式話題ばかりで、華やかに盛り上がる新成人達の姿を見て、わたしは心底面食らった。

卒業式の時感じたあの予感は、あながち間違いではなかった。

入社式ー。

本来であれば入社しているはずの年に、私はそれができなかった。

真新しいピカピカのスーツを着て、意気揚々と歩く新入社員達の姿を町で見て、母は何を思ったのだろう。

これからも、何かイベントごとがある度に、家族を悲しませるだろう。そして何より私自身が挫折し、絶望しなければいけない。

華やかなイベントの裏にこうした人種もいたのだということを、記録に留めておく。

2017-02-09

印象。考察なし

http://anond.hatelabo.jp/20170208235429

寝落ちしそうだし消えると悲しいか更新かさねる

率直に書く。総合的な感想考察は落ち着いたら書くつもりだけど、壁打ち悲しいから書かないかも。(というか他作品観劇したらもう書けなくなるだろうから、勢いつかないと現実的に厳しそう)

トゥルーエンドではないけどグッドエンドはもう前回観れたから、推理の旅を終えていいようにも思っている。あとやはり証人が足りない。私の観たルートより先の話が展開されないと推理が苦しいし淋しい。

初見と印象が違いすぎる。

何が変わった? 私が変わった?

私のライフは零である。救いがまったくない。ほんとつらい。

今回はまったくもやもやしなかった。ただあるがまま受け止めてほんと苦しい。

今作はもうずっと『諸戸と簑浦』の話しかしていない。だからうつらい。世界に二人しか居ない。つらい。

嗚呼明日原作既読の友人にいろいろ質問しよう……

時系列順に。

ちなみに『私』と『箕浦』と《わたし》と《みのうら》と簑浦が出てきます

冒頭。諸戸屋敷にいる『私』。これめっちゃ幽霊に見えた。

手記の内容は、すべて完全に諸戸についての内容。つらすぎ。

『私』は諸戸を「哀れ」と評す。まじかよ。

奥さんがお茶を入れてくれてそれを飲んだはずなのに、誰かいませんか?的なことを言う。え、やっぱこの『私』お亡くなりになってない?

そして諸戸登場。語り部の『私』と会話する。おかしくない?

登場キャラクターが天の声に話しかけたりしなくない?

から最初は『私』も諸戸も亡くなってて、死後の世界に見えてならなかった。

てゆか、今日見た諸戸がこわくてこわくて、ずっとすごいこわくて。諸戸の亡霊みがやばかった。成仏してない霊感

初見は王子様のような諸戸だったのに、何が変わった? 私が変わった?

『私』と諸戸は二人で一緒に過去を振り返る。

諸戸との最初の決別、夜の告白の時、聞いてる時の『私』はものすごく悲しそうな切なく美しい顔をする。嫌悪の色ではない。

『私』は諸戸に「性愛には応えられないけれど一緒に遊んだりした友情には感謝しているし君もそれを喜んでいるように見えた」的なことを言うのだけど、これ少なくとも2回目撃している。隠喩だったかそのままだったか…どこだっけ思い出せない丈五郎と道雄だっけ…? すごいつらい。

あのね『私』と『箕浦』が互いに演じた《わたし》と《みのうら》、《わたし》は未来をすべて知っているようで(諸戸の死を含む)、《みのうら》は生きてるからすごく生命力のある反応をする。『私』が《みのうら》になって井戸出たときなんて、それまでとのギャップちょっとびっくりした。

ここで振り返ったのは過去から未来ではないけれど、どうにも諸戸から時間を感じない。(ミスリーみあるけど)

似てきたなと私が感じたのは、この冒頭の『私』と諸戸、諸戸親子、諸戸と吉ちゃん。親子はアフタートークでも言われていたけど…というかあの世界は「諸戸と簑浦に関すること以外すべてカット」されているので、全部が諸戸であり簑浦であってくるしくて無理。常にライフ削ってくる。

大人になってから。『箕浦』は「ここからは僕が」と言って登場する。おかしい。どうして語り部の語る内容にキャラクターが介入できる?

から私は、ああこれは『演劇なのだな、と気付く。原作では簑浦が口頭でこの物語を語ってくれるのだっけ?それとも小説? ここではその語り口が『演劇なのだと。

箕浦』は『私』が初代に渡そうとした指輪意気揚々と奪ってくる。《みのうら》演じている『箕浦』は本当に生命力に溢れてる。

嗚呼だめだ寝落ちたらもう思い出せない…『箕浦』だけは「諸戸と簑浦に関すること」が何もない存在だったようにも思えてくるけど、もう私の記憶証人として使えなくなってしまった。

『私』は決して初代を「美しい」と言わなかった。まわりくどく魅力を説明する。その形容自体違和感は無いが、乱歩が連載初期から意図的言語を使っていたのなら、初代を「美しい」と表現しないのは変だ。簑浦にとっての初代の価値が軽すぎる。

箕浦』は何についても「美しい」と言わなかった。やはり簑浦は矛盾や歪さを抱えていないか? それを『私』と『箕浦』で同時成立させていないか。『私』と『箕浦』は別々の役割をもった役者

初代は証言する。正面を向いて淡々と切々と語る。あれは諸戸のことではなかったかしら。初代だけに存在する追加情報の時だけ『箕浦』を見て『箕浦』に話しかけてやいなかったか

『私』のかんばせが本当に何の欠点も無いようなほど美しく、そしてとても表情豊かで観客をガンガン見てくる。目が合うとかじゃなくて、観客の目を見てくる。後方でも目を見てくる。つまり語りかけ度がぱない。あいつはメッセージを発している。

対して『箕浦からはそんな様子を受けない。《わたし》を演じる時間が短いからかもしれないし、セリフが少ないせいかもしれないし、ずっと座っているから私の座席位置がかすらずそう見えなかっただけかもしれない。

いや、ほかの『役者』もそうだった。わざわざ観客の目を見てきたりしない。あれは『私』だけだ。

箕浦』はハッキリと「ぼくは幸せだよ」と胸を張って言う。

(正確な表現を思い出せない…2時間以上の空間を丸暗記してそれを体験した自分心理思考記憶して寝落ちリセット回避はこのセリフ量だと流石に無理ゲー過ぎ…でも記録に残すならちゃんとしたい…)

初代が亡くなった時に現場での出来事にしっかり対応していたのは『私』。泣き崩れてずっと耐えているのが『箕浦』。

深山木を訪ねてからは、未来を知っている《わたし》役の『私』は度々悔しそう・つらそう・悲しそうな表情をする。

『私』には彼を救えないから? ねぇ、これ『私』にもそういった感情がちゃんとある描写だよ。

初代と深山木さんを亡くしてから場面転換の際にオープニング曲しか聞こえない音楽が入る。唸りをあげて悶絶する『箕浦』。あ、ここ襲いかかる諸戸の唸りと重なる。

諸戸に関係ないところでも、疑心暗鬼セリフはすべて『私』が言っていたように思ったけど…いやこれは断言して大丈夫では。

しかし確実に《みのうら》の口から「諸戸を疑っている」主旨の言葉が出たときは『箕浦』が発言するし、

諸戸から「君は疑っているんじゃないのかい」といった疑心暗鬼を抱いている主旨の言葉が出たときに対面しているのは『私』と、徹底していた。

諸戸と『箕浦』が家で初めて会話している時、諸戸を見つめる『私』がくそやばい。愛憎ぶちこんだ流し目破壊力軽蔑目線でもあっただろうか?嗚呼ほんと駄目だ脳がリセットされて正確に思い出せない!

ああ、でもここで諸戸を見つめる『私』は、『私』を見つめる諸戸に似ている。それは性愛を込めた時じゃなくて島で秀ちゃんに夢中になってる『私』を見ている時のそれ。

子ども残酷」って諸戸が説明したとき、めちゃくちゃ学生時代の簑浦思い出した。

しかし諸戸の話題が《みのうら》への愛についてから事件推理パートに移ってからはクソつまんなそうに家ん中ブラブラして諸戸の推理聞き流してる風に壺にしなだれかかってる『私』だるえろかわい過ぎだった。「ねぇ~まだぁ~?」してる子猫ちゃんかよ。たぶん唯一私が萌えれて心を緩められたシーン。

ずっと『私』は推理パートつまんなそうにしていたのかなと思いきや、だるえろかわいいのあそこだけで、曲技団に刑事と行った時とか身を乗り出して聞いていた。

いや、あれは『箕浦』の代わりに演じていたのか?

あそこ本当に諸戸が『箕浦』のことを狙っていた。すごくこわい。じわじわ距離詰めてくる。こわい。あれなんであそこにそんな描写入れたんだろう。あの時の話題は何だっけ…おとっつぁんについて?

深山木からの荷物を受け取るのはこの後だったかしら。

秀ちゃんの手記。まじつらい。ぜんぶ諸戸と簑浦の話でつらい。

ぜんぶ諸戸と簑浦の話であるから、『手記の秀ちゃん』に母親が居ないから、この舞台での諸戸にも母親が居なかった。(正確に言うと丈五郎母親の話をするが、諸戸は母親の話を一切しない)

原作未読であるので自分確認できないのだが、諸戸が母親について告白する場面はそんなにカット必要位置にあるのだろうか?

諸戸が母親から性的虐待を受け、それによって女性嫌悪感を持ち女性は愛せなくなったこと。親から愛情が与えられず性行為でだけ情を向けられたから、諸戸が簑浦へ向ける愛情性愛以外の多様さをみせられないこと。これらは諸戸の歪な愛を単なる超自我とイドのせめぎあいにさせず、諸戸が『かたわ』と比喩できる大きな理由となっていると思う。

それがカットされたというのはものすごく重大なのではないか

ここにある諸戸は性的虐待を受けていない世界線の諸戸?

手記の後に諸戸がどちらと会話をしていたか覚えていない…記憶の砂が零れ落ちていくの恐ろしい…

おそらく『箕浦』と話している? 系図帳から暗号見つけるのはここか?

島へ行く途中の列車?船?の中、諸戸が「疑っている?」と問いただすのは『私』で、その話題が終わるとすぐに『箕浦』に入れ替わる。

だめだここですべきは事実の羅列ではなく印象という目撃証言を残すことだ。

島に着いた夜。寝ていた『私』と『箕浦』。『私』だけが起き上がり、秀ちゃんと出会う。

そこに現れる諸戸。

私はここにめっちゃ違和感感じて、それまでの流れでやっぱり諸戸も登場人物なのかな…って思ってた気持ちが吹っ飛んだ。なんでここに諸戸が居るの?って思った。『私』と同じ次元存在から

で、原作既読の友人に確認してもらったら、原作ではここに諸戸は居ないししばらく諸戸と合流しないって……

それから呑気に毬遊びをする『私』と『箕浦』を見て、ここでも彼らは『役者』として並列であるめっちゃ感じた。対話をすることはあっても、物理的に直接交流するシーンはここが…あ、いや初代の指輪を奪ったね。そことここだけのはず。二人存在しないとできない行為から

まだ全然考察とか感想にまで至れていないけど、直感だけの変な話しだけど、

諸戸と『私』が同列であることと、『私』と『箕浦』が並列であることは、次元が違っているのですよ。だから諸戸と『箕浦』は同列ではない。

あ、それが《わたし》と『私』か。

わたし》と諸戸は同列。『私』と『箕浦』は並列に役者

五郎に帰れと言われてから、諸戸を助ける決心をして、諸戸からメッセージを受け取っているところも、井戸の中も、『箕浦』はずーっと冒険譚の主人公だった。キラキラクワク輝いていた。秀ちゃんへの恋とか初代の復讐とか諸戸への心配とかじゃなくて、冒険に夢中だった。

諸戸からメッセージを読むのは『私』で、あいつまた俺に変な気を起こしそうでいやだわ~的な愚痴をこぼし、『箕浦』もそれに乗っかる。「同性愛理解できない」ってまた言う。「頭では理解してるけど全然わかんねー」って言うのはどこだっけ。いやほんとに『箕浦』には友情以外まったく無い。微塵もない。清々しいほどに無い。脈ナシにも程がある。

前述した「諸戸も登場人物なのかな…って」考えに変化しかけたのは、同じく前述の事情聴取のシーンで《みのうら》を演じる『箕浦』をそれこそ蛇のような視線で諸戸が見つめていたから。スポットライトの当たらないところで。その時『私』はスポットライトの中で刑事事情聴取を聞き入っている。(時系列ぐちゃってごめん。でも記憶が蘇ったものをとにかく書いて残す)

ひえええあんな完全無欠の究極ノンケみたいな『箕浦』に言い寄っても絶対無理だよ諸戸なんで気付かないんだよ異常だろ…ってぐらい怖かった。対してワンチャンありそうに見えるのは『私』。否定してるんだけどなんか匂ってならない。なんか否定だけを信じられない。

あれか? 「『好き』の反対は『嫌い』じゃなくて『無関心』」ってやつか?

(初見感想で書いた「《みのうら》も実は諸戸を愛していたのではないか?という容疑が浮かんでならない」のは、完全に『私』のせい。これは初見からそう。私はこれを初見で「諸戸カンチガイ乙‼」みたいに感じていたから、こいつは諸戸の疑心暗鬼が見せる簑浦だなと思っていた。)

諸戸は『私』を探しさまようラブファントムなのかと思っていたけど、全然《みのうら》演じてる『箕浦』も狙ってくる。

『私』と『箕浦』はだいたい一緒に舞台上に居るんだけど、諸戸が《みのうら》よりも『私』を優先して見つめたのは、

  • 箕浦』演じる《みのうら》が諸戸の手を握り返さなかった時
  • 箕浦』が寝ているところを抜け出して『私』が秀ちゃんと出会った時
  • 井戸の中で『私』に「嫉妬している?」と問いかけられた時

諸戸は簑浦を探しさまようラブファントムという印象に落ち着く。

水責めから『私』はもがき出す。水喰らって噎せるし《みのうら》と諸戸に水ぶっかける。

序章でも鬼との出会いを思い出してる時に喉を掻くから原作にも白髪化がいつか描写されてないそうだし諸戸生理的拒否られてない可能ワンチャン…!?って一瞬思った。違った。

箕浦』ずっと脅えていて本当にかわいそう。諸戸に抱き締められてもノンケ過ぎて嫌悪感すら無い様でだだ死の恐怖に脅えている。…って、そうだ。『箕浦』は諸戸の性愛嫌悪感すら返していないわ。性愛なんてもの存在しないようにしか見えない。

ホモフォビア過ぎて逆に男性とキャッキャする現象」が何か科学的に存在しているのですか?(そんな感想を見かけた。)気になるので詳しい方に教えていただきたい。

そーいや江戸川乱歩同性愛を「研究」していたんだよねえ…

それまで『箕浦』を抱きしめて必死告白していた諸戸(この時の諸戸何故か記憶してない。零れ落ちた感覚もない)が、『私』に「嫉妬している?」と問いかけられた瞬間、逆鱗に触れられたように(地雷ぶち抜かれたみたいに)目を見開いて、そのまま『箕浦から手を離し、表情も目線も変えず亡霊というか亡者みたいにゆらぁりと『私』の方に移動していき、「ああ、嫉妬している」と答える。

これほんとめっちゃこわい。ラブファントムこわい。ホラーフィクションでよくある悪霊に追いかけられていたのが御札を持った瞬間にこちらが相手から見えなくなってあっさり追いかけられなくなる・あるいは逆に結界崩壊してそれまで見向きもしなかった悪魔が突然こちらに向かってくる、あれ。完全にあれでこわい。ほんとこわい。

諸戸を否定して死んでたまるかと逃げ出す『私』。諸戸は唸り雄叫びを上げてから『私』を追いかけたっけ?

確かここ最前列目の前に諸戸が来たのに私は目をそらしてしまった。それまでずっと三人の内をを覗きこんでいたけど、目の合うところに居る諸戸の瞳を覗きこむことはできなかった。

そして遂に『私』を捕まえた諸戸。手を掴み上げ触る。

なんというかね、性的意図をもって犯そうとする時って、例えば、頬を触る(唇を奪おうとする脅迫)、腿を撫で上げる(局部に侵入しようとする脅迫)、みたいな仕草がイメージやすいんだけど。諸戸は手なんだよね。いや、手を撫でられるのも十分性的な接触になりえるし、手を撫でてくる痴漢とかクソ質悪いと思うんだけど(あれって痴漢に該当するの?冤罪増えそうだから流石に法的には該当しなさそうだよね?まじきもい腹立つ)、もっと分かりやすセクシャル表現にしても良かっただろうに、なぜしなかったのか。手なのか。

同じ手でも手を舐めるとか頬擦りするとか自分身体に触れさせるとか、方法はいろいろあるのに。

あ、そうだ。秀ちゃんは吉ちゃんの手を取って自分の胸に触れさせていた。超嫌がってたけどあれは同じ手の使用でも犯されている感がわかりやすい。

あえて手であることがわかりやすいのなら、それは何か。

井戸の中での死についてのくだりも、秀ちゃんの手記で隠喩されたまんまでほんとつらい。もう死んでしまいたいという諸戸の叫び

そうだここ『箕浦』も死んでしまいたいと絶望して挫折して復唱していたのに、『私』が水を挿したんだよね…亡霊を呼び起こしてしまった。

諸戸が嫉妬していることを認めたのが、《みのうら》と秀ちゃんが結ばれてしまうかもしれないことについてなのか。(そう明言してた気もするけど)

それとも「本当はかたわものではなく、簡単な手術で醜い自分を切り離すことができること」なのか。

醜い自分を殺したいけど、殺したらきっと自分も死んでしまうと思ってる諸戸…まじ…

助六さんに「生きたくなかったの?」って聞かれた時に、「世間に顔向けできない」と言った諸戸まじ魂抜けてた。心ここに在らず。ライフが0。助六さんに心の内を回答する必要いか大正解しかしイドの超自我破壊自我乗っ取りを止められなかったことは、この時の諸戸の回答もあながち嘘じゃないなと。

あれ?と言うか水嵩が増さなくなったって表現、昨日あったっけ?

私は水嵩が増さなくなったことを知ってるから、初見ではセリフがあったはず。

『私』と襲いかかる諸戸の図を見ている『箕浦』の表情は、「死者を冒涜せぬよう省略」と『箕浦』が言った場面しか見えなかった。

と言うかこのセリフ初見では聞き逃してたかテラびっくりしたんだけど!

【今】はいつだよ!?って疑問が再浮上した。

初見のとき、序章で『私』が「なお、現在では差別用語となる言葉が登場するが、当時のなんちゃらを変えないためそのまま使用します」云々言ってて、「えっ!?『現在』っていつ!?『当時』っていつ!? 『私』が執筆したとき? 乱歩執筆した時? 私が観劇している今? ねえあなたは『いつの人』なの!?」って、超混乱した。

やっぱ諸戸亡霊なのかあああ??????って。

まだ決めていない。

少なくとも、丈五郎を目にした諸戸や、井戸を出た時の諸戸は、『登場人物の諸戸』だったから。

それにしても《みのうら》になった『私』の生命力

佐藤さんの『私』は表情がくるくる変わるしよく動くし観客の目をガン見してきて語りかけ度がぱないけど、アクティブなのにどうにも《わたし》の時は幽霊っぽかったの間違いじゃなかったんだな。ってめちゃ思うぐらい「生きてるかどうか」がなんか明確に違うんだけど。演技力?すごない?やばない?

わたし》になった『箕浦』と、《みのうら》になった『私』も言葉を交わす。「語り忘れたことあるかな?」

ラストは『箕浦』が読んで、『私』が諸戸の訃報を初めて知ったような顔をしている。井戸で《わたし》役になってからの『箕浦』は、諸戸が鬼籍であることを既に知っていた。

箕浦』はあまり『私』も諸戸も見ない。助六さんと井戸脱出しようとした時から、『箕浦』は正面向いてどっしり座って痛ましそうな顔をしている。あれ…顔背けてるのかな…

座ってラストを読んだあと、やって来て『私』に手を伸ばす諸戸の手を宥めるように下ろさせる。

ああそうだ、『箕浦』に向き直った諸戸の表情は見えなかった。

そしてこの物語の語り部は諸戸を憐れにも思っていると序章で明言している。

諸戸の訃報を握り潰すところ。あれね《みのうら》の憎悪というよりも、醜い半身へのやりきれない憎しみに見えた。悔し泣きみたいに表情を潰すところは正直感情が読めなかったよ。ある意味復讐燃えていた『箕浦』の様子にも近かった。

今回は推理するために三人をずっとガン見するつもりでいたけど最前列譲っていただけたのでピクセルに余裕できて他の演者さんもかなりしっかり拝見できた。

2017-01-27

anond:20170127185626

まあ「痴漢されてる側は悪くない」っていうのはあながち間違いではないと俺は思うけど、なんで攻撃対象になるかぐらいは考えたほうがいいのかもね。

anond:20170127184144

まあ「いじめられてる側は悪くない」っていうのはあながち間違いではないと俺は思うけど、なんで攻撃対象になるかぐらいは考えたほうがいいのかもね。

2017-01-03

http://anond.hatelabo.jp/20170103184319

すぐに「お前の受け取り方がおかしい」というのは

問題無視したいときにやる、原因のすり替えだよね

ヨッピーはともかくとして

増田は、どんな理由であれヨッピーケチにつける俺を排除しようとするわけだ。

ヨッピー好意的人間ヨッピー(楽しさ)の邪魔になる物を排除しようとしている

という俺の指摘はあながち間違ってないのかもね

女はエロい(追記しました)

知ってるつもりだったんですが、こんなにもエロいとは思わなかったというのがここ数年の実感です。というのはライブチャットというのに近年はまりまして、ライブチャットにもいろいろな女の子がいるんですが、セックスオナニー経験知識ほとんどない女の子ライブチャットに来て、ものすごくエロい姿を見せてくれたりもします。

ライブチャットは日々の日常とは違う非日常ですし、わざわざライブチャットに来る女の子は少なからエロいことに興味あるとはいえ、妄想で描かれるエロマンガエロビデオエロ小説世界あながちウソだけじゃないかもなって思うようになりました。

【追記】

そのふるまい(オナニーからちょっとした仕草まで)が演技かどうか、もうちょっと言うと自分にとってリアリティがあるかどうかっていうの大事ポイントですよね。

オナニーから一つひとつの返事までいかにも演技じみたウソ臭い感じの方もいますし、すぐにエロスイッチが入る方、お客の反応をおかずにオナニーしに来るような方もいます。慣れたキャバ嬢のように男を気持ちよくさせる、恋させるのが上手な方もいます。やけに脱ぎ慣れてる風俗嬢らしき方もいます。客の「脱いで」「おっぱい見せて」「オナニーして」のオンパレード辟易しながらやってる方もいます。一方で、まーよくこんな人がチャットなんかにっていうエロ風俗とは程遠そうな方もいます

チャット顔バレという不安はあるけれど、直接的な接触がない、アダルト行為禁止されてるチャットもある、ということからどの風俗よりも敷居が低く、多種多様女性がいることは確かだと思います(そしてほとんどの女性はすぐにやめていきます)。

リアリティに話しを戻しますが、エロスイッチが入りやすくてすごくエロいオナニーを見せてくれる方はいます。もちろんそれが演技かどうか(本当に感じてるかどうか)は究極的には本人のみぞ知ることですが、僕がリアリティを感じるものは僕がリアリティを感じるとしか言いようがないです。あと演技だからリアリティがないエロくないというのも違うでしょう。リアリティエロもお互いが演じ合いながら作り合う面があるでしょう。

ブックマークで反応していただいた方と同じように僕も疑い深いです。だからリアリティへの要求が高いというか、チャットする相手はもっぱらチャットを始めたばかりで、でもすぐにチャットをやめちゃいそうな方です。こういう人はもちろんすぐ脱いだりエロい姿見せてくれるわけじゃないですが、チャットしながら心が通じ合った気になって(もちろん僕の勝手思い込みかもしれませんが)、そこからエロい雰囲気になっていって少しでも脱いだりエロい顔を見せたりしてくれるのは、リアリティを感じるしとても興奮します。それはナンパで落とす快感にも近いかもしれません。そして時に信じられないくらエロモード突入ちゃうことがあるのです。

おもしろいのは、すごくエロい人は一見とてもフツーの格好でフツーの雰囲気です。チャットルームにいること自体が既に特殊ことなんで、フツーといってもどことなく声のトーンや仕草エロくなりがちですが。エロいスイッチが入りやすい人、ちょっとしたことで濡れちゃったりする人は、日常的にエロい部分があらわになると支障有りすぎるので、できるだけエロさを消すような抑えめな服装や振る舞いをしてる傾向がある気がします。もちろん抑えめな感じの人がみんなエロいわけじゃないですよ。

いくつか反応くれたんで、追記してみました。あとチャットにはまるとどんどんお金が溶けていくので気をつけましょう。自戒

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