はてなキーワード: 尊厳とは
「誰のお陰で飯が食えてるんだ」「俺は外で働いてるんだ」「休日くらい放っておいてくれよ」「お前は家事やって子供と遊んでりゃいいんだもんな」
昔はそれこそ嫁がパートタイムでも働きに出てりゃ「夫の稼ぎを支えてえらいね」と褒められ、専業主婦なら「いい旦那様だね、幸せだね」と褒められた
今はパート程度じゃ褒められもしないし、専業主婦は甘えた怠け者と叩かれる
産む機械に産む仕事させたければ、まず産む能力を最大限に賛辞するのが先だよ
ハイエースを、デザイン性が悪いレーシングカー並の走行性能がないと叩きまくって、でも貨物車としての性能は落とすなとか無理言っちゃいかん
「人を呪わば穴二つ」
そんなマジックワードに踊らされて、自分の内面に原因があると思い込まされて
生きる気力を奪われて自殺する善良な人々多いよね
生きる気力を奪われたらその意識をコントロールできている以上は人を憎んでも呪っても構わないと思う
嫌なことをされて魂の尊厳を奪われその回復の見込みが立たない時は、相手を自分と同じ位置かそれ以下まで引き下げないと
癒されないこともある
傷つけられ、傷つけ、傷つけられ返されることが分かっていながら憎むことでしか前に進むことができなくなった人達もいる
尊厳を奪われたまま泣き寝入りして生きるというのははたからみて「負け犬乙」としかいいようがない状況を見るたびに
強がって平気なふりをする人たちに
「お前の中では魂は傷ついてないつもりかもしれないけど、いい人ぶって我慢しつづけて人格はボロボロにされて後一押し誰かが押せば
魂が歪んで元に戻らなくなってしまいそうじゃないかい?」「あなたを不幸にしたことであの人たちは楽しそうな顔をして
あなたがつぶれるか消えれば忘れ去るかまた次の嫌がらせする対象を探し出すんだ」
とつぶやきたくなる
やりきれない気持ちをどうやってやり過ごすのか、それは同じ事をすること
特定の誰かに向ける言葉でなく、憎しみを薄めてジワジワと流して後は忘れること
大きな枠にはめて「レッテル」を貼って見下したり、「ほのめかしメソッド」使ったり
ネット以外の世間一般で認められてる範囲なら他人を憎んでも構わないのですよ?
他人からちょっと嫌なことをされたら、誰かにちょっとだけ甘えて嫌なことをする
愚痴でもいいし嫌味でもいい お互い様だ それでやっと相手からされた嫌なことも
自分がした嫌なことも受け止められるようになってくる
何でも自分1人の内面で嫌なこと受け止めようとして外に出さないといつかその魂壊れて
修繕できなくなる恐れがありますよ?
いつも集団で毎日嫌なことを言われている人達に、人を憎むな呪うななんて言葉は
「呪い」に人生振り回されずに「呪いたい」という感情と付き合うというには
Twitterで個人特定されない程度にぼかして毒舌のつぶやき吐くのもいいんじゃないでしょうか
「ポジティブ教」の信者から見れば、ネットに「呪い」の言葉があふれているのは気に入らない
みたいだけど、人生良いことばかりが常に続くわけでもないしね
http://anond.hatelabo.jp/20111231182558
http://b.hatena.ne.jp/entry/anond.hatelabo.jp/20111231182558
2012年になってしまったけど、わだかまりが残ってると気持ち悪いから追記しておく。
crowserpent こういう回路で、いじめの経験とミソジニーは繋がっていくんだよね…。
crowserpent 私自身が当の「はてなの非モテ論者」だから、「慰撫を期待して裏切られた」という文句には私のことも入ってるのかもしれない。まぁ「慰撫を期待されても困る」と言えばそれまでなんだけど。
crowserpent ただ、この人に考えて欲しいのは、そうやって「男性の内面を断罪」している(ように見える)人たちが、この人と同じように、いじめや侮辱や偏見に晒されてきたかも知れないってことなのね。
crowserpent 「女性を人間扱いしない男性ばかり見てきた。いじめの被害を受けた男性ですら、慰撫してくれる対象としてしか女性を求めない。期待した自分が馬鹿だった」 …そんな風に思ってる人も居るかもしれない。この人を見て、この人と同じように。
<こういう回路で、いじめの経験とミソジニーは繋がっていくんだよね…>
繋がりません。
crowserpent氏がこの回路を用いてミソジニーを形成しただけで、自分にはミソジニーは無い。
ミソジニーが形成されるには、イジメで傷ついた自己の弱さを、マチョイズムによる強さの誇示によって補填するために、女性への支配欲や蔑視を強化する回路を用いる必要があるけども、自分は傷ついた弱さを弱さそのものとして受容して欲しいと願う感情が優位だったから、マチョイズムの対極にあって、ミソジニーは形成されなかった。あと、元増田記事にも書いたが、俺は巨大な散弾銃で属性を撃ちぬく行為が嫌いだ。憎悪を抱くなら憎悪の対象を流れ弾が無いように限定して撃ち抜きたい。
<「女性を人間扱いしない男性ばかり見てきた。いじめの被害を受けた男性ですら、慰撫してくれる対象としてしか女性を求めない。期待した自分が馬鹿だった」 …そんな風に思ってる人も居るかもしれない。この人を見て、この人と同じように。>
これは、「あなたは自らを被害者だと思いつつも、一方では女性に対しては支配欲の発露や性的モノ扱いを行う加害者でありミソジニストである…その事に気づいてみたらどうでしょう」といった『当て付け』を意味するコメントだろ。
イジメでの傷を受容してくれるなら、男性でも構わなかったし、直接的な人間同士の関わりよりは遥かに代償的になるけども『社会的メッセージ』でも構わなかったと明記している。つまり、実際の所、自分の内面にあった欲求は、誰か、あるいは社会的に弱さを受容して貰うことで、傷ついた尊厳の回復することであって、それは女性に対する支配欲の達成では回復されないものだった。
それに『この人を見て、この人と同じように』などと指摘されるまでもなく、自分と同じような立場にある人が女性に限らずいることは理解している。
というより、男/女に限らず居るだろ。小学生時代に『キモイ』とイジメられた、その後思春期に入り性別異和を抱いた、でも自分キモイという意識があって性的な自己表現が困難で生きるのが苦しい、だとか、そういった更に拗れてる人間も、おそらく存在するはずだ。『キモイ』とイジメられると、自らを恋愛などに繋がるセクシャリティの自己表現をすることが許されない、『性的無価値者』と規定してしまう意識が生まれる。ジェンダー規範に従えば、性的無価値を金銭などで補填し女性に対する支配欲で解決できる喪男より、価値を男性に見出してもらう事が必要な喪女のが苦しいだろうことは理解できるし、ジェンダー規範に自らの性的価値で立ち向かっていかなければならない『LGBTのT』は更に圧倒的に深刻だと推測できる。
性別異和とまでは至らずとも、肉体的性別と精神的性別の配分は別物だし、そのような個人の持つ絶妙さを全て一蹴して黒く塗り潰すのが『キモイ』という言葉であって、どや顔で『女性にも居るんですよ?』だとか、どれだけ下らない指摘をしているんだと思う。
従って、この全く的はずれな『当て付け』は、私の内面を精査して構成されたというよりも、むしろ、単純な恋愛社会とジェンダー規範に沿って構成されたと見える。
あるいは、crowserpent氏が、元増田記事を鏡としてcrowserpent氏の内面を発見してしまったわけですね。
他者の内面を断罪したがる人は、自分の内面を他者に見出してるだけだ。
だいたい、『ただ、この人に考えて欲しいのは…』この文面は『私も以前こう考えていましたが…』と書き連ねても、同じ意図は表明できたはず。
自分の元増田記事の主な意図のひとつは『勝手に人の内面に過失を見出すのはやめてくれ』という内容だった。『散弾銃でミソジニー、悪、などと指摘してくる正義の人達がいた』と書いたけども、その記事へのコメントで、まさに直接に内面を断罪する銃で撃たれたのは酷い。さすがはてなだと思った。
crowserpent氏のようにはてなの論者は、自省の形式を取ることで自らを無敵化しつつ、『自省』を『他者』に押し付けて、内面の悪を『発見させる』論法を用いるから、極めて邪悪だ。
どうも、先日バリウムを飲んだ後に飲み会に行って帰りに盛大にうんこもらした者です。
当時の模様は以下をご参照下さい。
http://anond.hatelabo.jp/20111212011721
先日は皆様からの暖かいご声援を賜り誠にありがとうございました。
真摯にこれをうけとめ、来年はしっかりフタをして生きていこうと誓ったところです。
男としておぎゃーとこの世に生を受けて31年。
人としての尊厳は保ってきたわけですが、生を受けて31歳と6ヶ月。
たぶん31年と6ヶ月の人生のうちの31年が無くなってしまってるんじゃないかと思うほどの連発ですよええ。
奥さんとは結婚してから初めてのクリスマスだったのですが、39度を超える高熱を出してしまい、最悪なことに上からも下からもなんとかトイレで用を足セルかどうかの状態でした。
先日あんなことがあったので、お詫びのためにいろいろプランを練っていたリア充になるはずのクリスマスが病床で嘔吐下痢ですよ。もう、ホント奥さんに申し訳ない申し訳ない・・・
そして、昨日の夜。
世の中はクリスマスの日も終わり、年末に向けて最後の仕事にかかる月曜日の準備をしていたことでしょう。
それは私も同じです。
今日は絶対に休めない仕事があったので、コルゲンコーワIB透明カプセルを2錠飲んで、熱を抑え、鼻水を抑え、なんとかがんばろうとして風呂にも入ってヒゲも剃りました。
でも、皆さんご存じかと思いますが、風邪薬って効き目が強いモノほど症状を抑えてるだけで、治ってるわけではないんですよね。
そんなときの鼻水って水っぽくなくて粘っこい緑色っぽいですよね。
勢いつけないとなかなか鼻をかみきれませんよね。
薬が効いてるおかげか、風呂上がり、少し湯冷めしながらも鼻水が出そうで、出ないそんな状況でした。
奥さんが明日の出勤のために私に代わって用意をしてくれていました。
俺「ちょっとまってー」
そう聞かれた私は明日着ていくワイシャツを選ぼうと手元の鼻セレブを2枚出して、鼻をかみつつ立ち上がろうとしました。
俺「ちょっとまってー」 シュッシュッ(ティッシュを出す音)
よっこいしょ フンッ! チーン! ブバッ!!
えっ?(;^ω^)
なんですか?中腰状態って肛門ふさがっていないんですか?
鼻水は勢いよく出ましたが、違う穴からも勢いよく出たような気がしました。
気のせいではありませんけどね。
どどどどどうしよう!!
嫁「で、ワイシャツどうするの?」
俺「うん、まぁワイシャツは後で俺が選ぶから、先寝てていいよ。 あ、もう一回お風呂はいっていいかな?」
嫁「なんd・・・くっさ!」
ええ、ごまかす間もなくバレましたよ、さすが室内。
嫁「はよ風呂いってこいこのアホー!」
そのまま風呂に逆戻りで、また改めて全身洗い直し、パジャマも自分で洗浄して速効洗濯機で寒空の中物干しですよ。
そのショックなのかそれで湯冷めしたのか結局熱も下がらず38度超えたまま出勤でしたよ(`;ω;´)
結婚して半年、半年の間に2回もうんこ盛大に漏らす男とは奥さんも思わなかったろうに。
本当にいたたまれなくて申し訳ない。
性の6時間と呼ばれる時間にキンタマ袋が熱でビローンとなって病床にあえいで
2chまとめサイト見てて性の6時間に正拳突きをしていたVIPの皆さんがまぶしく思えましたよ。
最近風俗の是非に関する話題が多いので現役風俗嬢からひとこと。
「アジアの後進国(途上国という言い方が気に入らないのであえてこう書く)に女を買いに行くのは日本人として恥ずべきことだ」
「性的搾取をやめろ」「売春は人間としての尊厳を損ねるので、やめさせるべきだ、買うべきではない」
とかいう人多いけど、こういう人たちって、
「貧困国の女とその家族は仕事を失って野垂れ死んでもいい」って言ってるんだよな、
自分たちが先進国の人間だから、貧しい人たちの生活なんてどうなってもいいと思ってるんだよな。
そんなにかわいそうなら女の子とその家族もろとも養ってあげたらどうだい?
できないしする気もないんだろ?
今現在彼女らが直面している生活の危機にあなた個人が打てる具体的即効的な対策なんてないんだろう?
私ら風俗嬢からしたらね、買ってくれるお客さんが何よりありがたい存在なの。
それを批判するって、許しがたい営業妨害なの。
私たちの為を思うなら、もっと労働環境や法的権利を保障してくれ。
売春を禁止するというなら、代わりに養ってくれる旦那かパトロンを提供してくれ。
人間の尊厳の為に死ねって、戦前の日本帝国軍の発想そのものだ。
勝ち目のない戦いでちっぽけな意地とプライドのために未来ある若者に特攻を強制し、
体面のために捕虜になったときの対処方法を教育せずに、捕虜になるぐらいなら死ねと、大勢の国民を死に追いやった。
生きていれば一時的に尊厳が傷ついてもそれを回復する機会を得る可能性はあるんだよ。
尊厳の為に死んだら元も子もないわ。
「ヘビーなネットユーザー男子の不愉快なところ」というのがあるのでそれの女版を書いてみた
フェミクラスターたちは男性差別は女性差別によって生まれたと考えている
どうやらこのクラスターの人たちは男社会によって女性差別が生まれ、派生的に男性差別が生まれたのだから、女性差別に吸収されてしまうと考えているらしい
女性はさまざまな圧力があるが、男性は外見を整えなさい、○○らしくしないさいという圧力はないと考えている
でも、現実は違う
恋タメに代表されるように男性に対しても外見を整えろという圧力は存在しているし、
オタクっぽい趣味は持つなよとメンズナックルなどの雑誌ではさんざん言われている
でも、なぜかはしらないが、ホモソーシャル社会で上位を占めている男性の行動を非難することはない
その理由は至極単純で下位の男性はオタクやブサメンなどフェミクラスターたちにとって興味のない存在ばかりで占められているけど、
上位の男性はイケメン、金持ち、やさしいなどのこのクラスターにとって好意を感じる存在で占められているからだ
あるフェミクラスターがDVにあっているとtwitterで行っていた
だが、さらにタイムラインを追いかけると、夫はこのフェミクラスターに対して不満を抱いており、このフェミクラスターのプロフィールそのものが自己中心的な内容だった
別のフェミクラスターも女性差別を撤廃すれば、男性も幸せになれると喧伝していた
だが、現実は逆で女性差別が減れば減るほど男性と女性の自殺率の差が開いている
しかも、その上、フェミクラスターの活動によって利益を得るはずの女性たちですら、つらい思いをしている
(http://www.shisokan.jp/hansei-joseigaku/jisatsu-kakusa/)
本当にフェミクラスターたちは周りの幸せを考えているのだろうか
この一連の流れを考えると疑問に思わざる負えない
フェミクラスターやその他の女性たちはホモソーシャル社会の上位層と恋におち、セックスなるものをしている
その行いを通じて下位層に対してはセックスしたければ、上位層まで上り詰めなさいと無言の圧力をかけている
結果としてホモソーシャル社会は維持され、フェミクラスターやその他の女性は上位層の男性と恋をするという利益を獲得し続けている
でも、twitterでは男性社会があるから私たちは成功することができないのですと盛んに喧伝し続けている
でも、男性の性欲の発散が優先され、それらの現実が顧みられることはない
障害者の性でも同じだと盛んに喧伝している
でも、女性は男性と違い、見ず知らずの人とセックスしたいとは考えていない
それゆえに女性向けのポルノ産業は成立しづらいのだが、その点は無視している
そんなに女性の性欲が無視されていることが問題なら女性の嗜好にあった店を自分たちの手で作ばいいんだが…
フェミクラスターたちはそういうことを一切しようとしない
風俗嬢を見下している客はばかみたいだし、客を見下している風俗嬢もばかみたい。
五十歩百歩だよ。どっちも卑しいよ。どうして自分はセーフだと思ってるの?
性をお金で買うことは冒涜的だし、逆に性をお金で売ることも愚か。
この商売は必要悪として存在し続けただけであって、風俗を利用してますとか、風俗で働いていますといったことは、
まともな神経をしていたら、恥ずかしくて言えないことだと思う。
最近、はてブで風俗関係のまとめ記事がばんばん上位に来るのが信じられない。
風俗利用していることをあけすけにひけらかすようなブコメもあって正直気持ちが悪い。
ここはBBSPINKじゃないのに。
そういうと、「潔癖すぎる」とか、「正論だけで世の中渡っていけないんだよ」なんていわれるだろうね。
正論がなくなったら、世の中めちゃくちゃだよ。
いじめたいからいじめました。浮気したいから浮気しました。女買いたいから買いました。
賭けたいから賭けました。飲みたいから飲みました。合法ハーブやりたいからやりました。
欲望のままやりたいだけやって、恥も外聞もなく開き直る。
性欲を持つことの何が悪い?色々な女とやって何が悪い?嫁を裏切ってソープ行って何が悪い?
嫁に性病うつしても同じことが言えるのかな?子供に産道感染しても同じことが言えるのかな?
嫁が不倫してても同じことが言えるのかな?嫁が出張ホスト読んでても同じことが言えるのかな?
適度に制御してこその欲望でしょう。金まいて好きなだけ女買うのがあるがままの自分?くだらない。
恥を、知ってください。
風俗嬢になったのは、親の借金が原因?子供には返済義務ないでしょう?
結局ラクして大金稼ぎたい、それだけ。恥知らずな金の亡者。人間の尊厳売り払って生きてる。
非倫理的でもヤリたいからヤる!とか、非倫理的でも金欲しいから身体売る!っていうのは、
弱さですが、度が過ぎていて、度が過ぎた弱さっていうのは悪だと思います。
本当に、恥を、知ってください。
10年前に公開された真珠湾攻撃の映画を思いついたように観て、
第二次大戦前、世界の有色人種のほとんどすべてが白人の植民地支配下で自立と尊厳を奪われている中で、
白人が優れているから有色人種は差別されても仕方が無いという当時の世界の「常識」を覆した、
記念すべき大事件だったのだ。
白人の専売特許と信じられていた近代科学技術を駆使して武装した飛行機をアジア人が操縦し、
戦艦を撃沈し、軍事施設を木端微塵に爆破し、白人を爆撃して蹴り散らしている。
当時どれだけの有色人種がこの光景を目の当たりにして、快哉を叫び希望と勇気を持っただろうか。
この映画はアメリカの国威発揚のために製作されたものであるが、
皮肉なことにも、世界規模で消費されるハリウッド映画であるだけに、
アジア人が白人をこてんぱにする映像を世界に放ったという点で、別の意味で衝撃的な映画と位置づけられたことだろう。
そして奇しくもこの数ヵ月後イスラム過激派によるテロが発生し、
真珠湾攻撃になぞらえられた。
実際はルーズベルトの謀略に嵌められただけと言えるし、
負けることは最初からわかっていたのだから、鉄則を守っていなかったという点で愚策ではあったのだろうと思う。
しかし、有色人種が近代科学技術を使って白人に対抗したという点で、
この事件は、宿命であったと言えよう。
先人たちの勇敢さに感謝しなければならない。
http://blog.livedoor.jp/honkinohonyomi/archives/52529848.html
余力のある社会は強い//『働かないアリに意義がある』長谷川英祐 « 本気の本読み―グループで書評・本のまとめブログ
http://news.nicovideo.jp/watch/nw127033
ブラック企業の“大手”社員が激白「すでに社畜化してますね」 | 日刊SPA!
最近良く聞かれるようになった「働きアリの中にも怠けた蟻がいて、それは集団のためになっている。これは人間における労働者とニートの関係と同じだ。だから働かない人がいることは悪いことではない」という主張。これはまこと見るべきものを見ない唾棄すべき愚論である。
単純に言えば、アリ社会は
それにひきかえ日本人は、
端的に言えば一番最後こそが両者を分かつもっとも重要なファクターなのだが、こういった還元主義的発想は共通項ばかりを論って差異に無頓着である。
ましてや仮にこの言説が一定以上の信頼性を持ち得たとしても、この手の大局的主張は個を幸せにすることはない。幸せになるためには物質的、精神的な満足こそが大事なのであり、それは様々な方法こそあれ、多くは労働によって達成されるのだ。
資産家の御曹司で余生も安泰だという若年層にとっては、それでもいいだろうが、多くはそうではない。そしてこの主張はそうでない「溜めも役割もない」人々に向けているのだから、どのみち的はずれである。
ちなみに、「アリとキリギリス」などを引き合いに出して現代の「労働者とニート」問題に置き換える言説はこれより以前から見られたが、これはそれ以上に愚論である。そもそもキリギリスはまともに働こうが最初の冬には死ぬのだから、ニートをキリギリスに当てはめるという事自体が残念な考えである。もちろん、この話が成立した時代においては仕方がない事情もあろうが、21世紀にもなってこのような話をしたり顔で振りかざしていては恥知らずとしかいいようがない。
われら人類のニートの問題はこれら以上に複雑なのだから、このようなバカでも知った気になれるような矮小化に振り回されてはいけない。
家庭環境や対人環境、具体的にいえばDV・ネグレクト・いじめetcそういった環境に育ちながらも
片や立ち直って「普通」に溶け込んで生きている人と、
所謂「メンヘラ」化や自殺をしてしまう人の違いってなんだろう?
一度だけでなく何度と他社への感情や希望を死のふちまでへし折られての、その先の分岐。
個人的に考えるに、周囲との対人関係が劣悪な状況下に置かれると、
愛情や信頼の度合いが正しく把握出来ない故に他人との関係を過剰な形で表したり、
虚無感で自分自身の存在意義や自分自身のしたいことへの関心が喪失したり、という状況になると思う。
そこから、正しく他人との関わり方や距離感をつかみ、自分自身の意義を見出し、自分自身の欲望をもてるようになるには
そうなれたつよいひとは、一体どうやって「強く」なれたのか?
結局のところ人間の生まれ持った素養が悲観的・楽観的の違いなのか、な気がした。
が、実際の所はわからない。
一つはやっぱり信頼できる人間と出会う、というありきたりなこと。
他者との適度な距離感をそこで回復させて漸く自分自身の尊厳というものに考える場面に出くわす。
そしてもう一つが、今まで環境のせいにしていたが(勿論現実は大いに関係するが)、
自覚したその時点以降は、環境が自分を変えるのではなく、自分が環境を変えればいいんだという思考回路のチェンジ。
他人に悪影響を受けたからこうなったという受身思考から、今後は自分が影響を受けたい物を選び、悪影響を与えるものは切ればいいだけじゃんという逆転の発想。
散々切られてきたのだし、切るべきものを切る覚悟は自殺しようとしたあの時の覚悟と比べたら簡単だろう。
最後は楽観的な思考を持つこと。
ニートじゃないが、いつかなんとかなるさと楽観的になる。
駄目元、元よりマイナスなのだから無くすものはなし、痛み耐性は普通以上に付いている。
かつてのメンヘラ時の悲劇のヒロイン気分が抜けてくれば、自分より劣悪な環境下の人間なんてまだまだいるのにと気がつく。
いつもより多めに洗顔料ひねりだしたんよ。ちふれ。男だけど、ちふれ。泡立てネットみたいの、なかったから、その場で思いつくソリューションと言えば、量的にケチらないことぐらいしかなかったんですよね。
何やらもったりとした洗い心地で、明らかにちふれ、持て余してる感があった。いくら、顔がでかいったって、必要量を上回っており、もったいないことしたなと思っていた矢先、はっと閃いた。
僕は間髪入れずに洗顔を終えた両手を、股間へと運んだ。そう、ちふれで陰部を洗うわけだ。風呂入ってたから。するとどうでしょう、もう、びっくりしましたね。泡立つ、泡立つ。水を得た魚ならぬ、ち○毛を得たちふれ。シャカシャカシャカという小気味良い音とともに、濃密な泡なクッションが出現する。いやあ、あれはマジでミルクリッチでしたわ。
秘めたる部分が美化されたのち、一瞬迷ったものの、イカした泡を再度顔面に運ばないことで人としての尊厳を保ち、僕は風呂から上がった。もし、陰部も何も関係ないという剛の者がいらっしゃれば、この方法、どうぞ泡立てネットがないときのライフハックとして、お役立て下さいまし。
最初の、ネトウヨが陰謀論者みたいなもんだ、というくだりは理解できる。
以降のネトウヨの精神分析みたいなものは、考察だし、まぁ理解できる。
以降については大いに疑問が残る。文章の練習を兼ねて、疑問を指摘したい。
元増田の主張は
という事だと、思う。
しかし、そうだろうか。
(共通の前提)
いわゆるネトウヨが差別的発言を特定のアジア人に対して繰り返すのは、特定のアジア人が反日的発言を繰り返すからであることが、原因であることは、お互い理解できているものと思う。(論点として、どっちが先に言い始めたか、という事もあろうかと思うが、原因となる行為を遡るだけで究極的には問題にならないだろう。)
(背景)
ネトウヨが差別を否定しながら差別しているという考えの基礎にあるものは 1.特定のアジア人が反日的発言を繰り返すことは、過去の日本の蛮行を省みれば当然ゆるされる 2.ネトウヨが差別的発言を特定のアジア人に対して繰り返すことは、過去の日本の蛮行を省みればゆるされない であると思われ、結果的にネトウヨが差別的発言を繰り返すことは許されない、のであろう。
(指摘)
しかし、漫画のキャラクターの例でも指摘されたように、犯罪者の子孫は犯罪者ではない。また、このような漫画に共感する人々とは、犯罪者の子孫を犯罪者の如く扱う差別に対して憤っている人々である。
すると、過去の日本の蛮行が原因であったとしても反日的発言は当然許される=ネトウヨは受け入れることが当然、ではない。ネトウヨは、祖先の蛮行が原因であるものの、いわれの無い差別的発言に対して、報復しているのだと考えられる。
一方で、たとえ報復であったとしても、ネトウヨが差別的発言を繰り返す事は、差別なのであるとも考えられる。いわば自衛のためであるものの、それが許されるかどうかは、別問題であろう。
(相手が差別的発言だとは理解していないおそれがあるものの)差別的発言を受けるネトウヨが、報復として差別的発言を繰り返す事と、差別を否定する漫画に共感する事とは矛盾するのであろうか。
(結論)
差別を否定するからこそ、受けた差別を理不尽だと感じ、報復(差別)するのである。
差別を否定するからこそ、差別を克服する漫画に共感するのである。
矛盾していないと思う。
どうしてそのようなことがおこるのか。
さて、元増田はネトウヨの差別的発言の原因をアイデンティティの欠如を第一に挙げている。
差別的発言によって自己の尊厳が回復され、カタルシスを得ているのだ、と指摘している。
私はこれを恣意的だ、と感じた。
このような原因が無いとは言わないが、第一の原因ではないだろう。これが主因であるならば、ネトウヨは弱者でなければならないのではないだろうか。極端に言えば、ホームレス等といった者のような。
ネトウヨの差別的発言の主因はむしろ特定のアジア人達の主張の矛盾であると私は思う。
例えば韓国人であるならば、独島である。かれらは独島=于山島という。東も西も無いような地図を出し、人も住めないような岩礁の事を古書にある于山島であるという。一言で言うならばアホだ。いらつく。twitterでデマをばら撒くアホと同じだ。
本来の問題が公共の電波を預かるフジテレビの偏向報道であることは氏が明快に論じている通り。
デモをやりたいなら「ノーモア偏向報道」「ノーモア捏造」でいいはずなんですよね。
国家国民の利益を第一に考えるならば、偏向報道を正すことにある。
なのに、ネトウヨどもが嫌韓運動で上書きしてしまったために、本来議論するべき問題が有耶無耶になってしまった。
国士様と揶揄されるように、ネトウヨどもの大義名分は「国家の尊厳」にあるはずなのに
今回の騒動を通じてネトウヨどもが本当は国家国民の利益なんて何も考えていないことが露呈した。
自分たちの自尊心を満たすために奔走する嫌日韓国人の醜悪さと何も変わらない。
国家国民を害するばかりか幼稚極まりないネトウヨどもは日本人の恥である。
こいつらもうネオナチって呼んでやればいいよ。
それにしても、フジサンケイグループと言えば自民党親衛隊を気取る最右翼だったはずなのに
幼稚な感情論で身内の足を引っ張り合うネトウヨどもには失笑ものである。
http://d.hatena.ne.jp/miyakichi/20110810/p1
漫画の話で、しかも20年前の日本人サラリーマンを戯画化したものなんですが、
今でも「日本人の男」の中にはこういう感覚あるんじゃないかと思う。
男は銀行員で、ワーカホリック。めったに家に帰らず、子供が病気の時ですら仕事。
女はそれでも男のことを愛していて、男を支えようと努力し、孤独にも耐える。
このあたりまでは日本人だアメリカ人だってのはあんまり関係ないところらしい。
男は妻を愛しているのだが、それを言葉にしない。「言わなくても愛し合っていれば伝わるはずだ」というのが彼の主張。
女は一度も男から愛の言葉を投げかけてもらえず、男の愛を信じる事に困難を感じる。
それどころか、男は家に仕事仲間を招いたときに、日本人独特の「謙遜」を使う。
「きれいな奥さんが家で待っていてくれるなんて羨ましい」という仲間に対して
「いやぁ、妻はがさつなもんで、自分一人のほうが心が休まりますよ」と返す。もちろん本心ではない。
だが、日本人のしきたりを知らない女は「私は必要とされていないどころか邪魔者扱いされている」ととらえてしまう。
そして、夫に対して「私に悪い所があるなら直すから話して」と言っても「そんなものはない」と相手にしてもらえない。
妻は自分が、もはや夫に相手にしてもらえないほど愛情が薄いのか、と感じてしまう。尊厳の破壊。
また他の時には男は妻に対して「おまえは怒るとこわい」というのを表現するときに、鬼がツノを生やすポーズを取る。
妻はこれを「デーモン呼ばわりされた」と受け取る。
よくわからんけど、アメリカの上流階級では「虐待」とか「家庭内暴力」としてみられるらしい。
結果として、妻は夫の愛情を感じられないどころか悪魔呼ばわりされ、人格をズタズタにされて麻薬に走る。
そして、後に回復した妻は、夫に対して多額の慰謝料を要求し、裁判所がそれを認める。
男は一生かかっても払いきれない額を、コニュニケーションの不一致の代償として背負わされることに成る。
日本じゃ考えられないよね。
お互いの性別のことをあまりにも知らなさすぎ。
どっちが悪いってんじゃなくてとにかくどっちもわかってない。伝えもしない。
ただ自分は悪くない、相手はもっと自分を尊重し、理解すべきってそればっかり。
よく女は被害者だっていうけど、無責任という点では女のほうがひどいってことも指摘しておきたい。
理解するのめんどくさいからレズに走る女の人は実に賢いと思う。
そのかわり男女のめんどくさい点に関わることから遠ざかってる以上、わかった口きかないで欲しいけど。
いつもいつもいつも思う。
偉っそうに、はてなで男と女の問題語ってる奴ってのは所詮極東の島国の小さな常識の是非を語ってるに過ぎないって。
たまにアメリカの文献持ちだして日本の批判してる奴も、あれ絶対向こうの国の良い所しか見ないでいってるよね。馬鹿らしい。
だから、こういう意見を書いてるやつらはそんなに現状が不満ならアメリカにでもいけといいたい。
そんで男は訴えられて賠償金を背負い、女は旦那に撃ち殺されればいいよ。
※ここでいう純粋反差別主義者というのはあくまで理論的な話であり、現実的にこういう人がいるという話ではありません。
反差別主義者は、己の理想が本当に現実になることを望んでいるかかなり疑問になることがある。
例えば最近話題になったwakabafukudaさんは、すべての発言が「ヒャッハー!汚物は消毒だー!」にしか聞こえない。
おそらく「言葉遊びとして」程度にしか差別というものを理解していないからああいうモヒカンのような雑魚っぽい発言しかできないのだろう。
よろしい、あなたの望みがかなってあらゆる差別がなくなったとしよう。
それをわかりやすく描いているのは北斗の拳とドラゴンボール(フリーザ編)である。
他のあらゆる言い訳は存在しない。あらゆる保護(=優遇)は考慮されない。男と女の差すら容認しない。役割分担を考慮することもない。
北斗の拳のように全体の資源が少なければ、焦点は資源の奪い合いになる。力のあるものが力の弱いものから略奪する世界になる。
ドラゴンボールのように、高度に科学が発達し、エネルギー問題が解決され、食糧や住居はおろか、労働力さえサイバイマンという形で供給されるならば、焦点は尊厳の奪い合いになる。
そこで生き残れるのは覇王か、エリート戦闘民族だけである。彼らがすべてを決める。
能力の中途半端な人間は、せいぜい覇王や聖帝の下でヘコヘコしながら、より弱いものを虐待しておこぼれに預かるしかない。
トップの人間以外にとっては、もはや今の日本にあるような自由は存在しない。
まして、ドラゴンボールの世界観であれば、役に立たない人間はそもそも不要だ。だから、資源がないなら星ごと潰されても文句が言えない。
本当にあらゆる差別に反対し、ひまにあかせて言葉遊びに興じ、どんな些細なことにでも絡んでいく暇な人は、北斗の拳の世界観を望んでいることになる。
私のように能力に絶対的な自信がなく、しかし一定の自由は欲しいという人間は、北斗の拳の世界よりは今のほうがまだましかなぁ、と思っているのだけれど
それでも彼らは「間違った自由などいらない」「どんなに間違ってても今の社会をみとめるよりはまし」といってはばからない。
どれほど現実に絶望したらこんな投げやりで思考停止した言動ができるのであろうか。
そして、そんなに現実いやなら一人で死ねばいいのに、そうはしない。
真摯に人間の平等を願うならまず宗教の1つも学んでみるものだ。神のもとの平等という概念に興味くらいは持つはずだ。でもそうはしない。
なぜなら、彼らは現実に絶望なんてしてないからだ。そういうポーズを取りたいだけだ。
絶対に自分を否定したくない。世界が間違っていると信じてやまない。
そんなに自分が好きならもっと努力して自分の望みを自分で叶えてみろと思うけれど、それもしない。
世界が間違っているのだからと、自分はふんぞり返って世界からの謝罪を求めるだけ。世界を断罪するだけ。
しかもその基準を学びもしない。 自分の価値観を万能なものとして振る舞うだけ。
ガキか。
ガキです。
幼稚園児だったらそういうおままごとをしてる姿も微笑ましいかもしれない。
でも、そういうのは一人でやってほしいし、大人になったらやめて欲しい。
激しく!もっと激しく!
肉と肉がとろけ合うまで交わり続けろ!
いづれは学校中の生徒も参加させてやる!善人顔した教師達もだ!
学校中の女達の穴という穴すべてに精液を流し込んでやる!
校長も教頭も皆、家畜の様によがらせて、可愛い教え子達の膣にペニスをぶちこむのさ!
学校の次はこの町、全てを巻き込んでやる!
ただすれ違っただけの見ず知らずの奴ら同士を、いきなりセックスさせてやる!
例えそれが親子であろうと!兄弟であろうと!
女同士であろうと!男同士だろうと!
全員残らず、性器を結合させて、愛液と精液にまみれさせてやる!
どいつもこいつもセックスさせてやる!
膣やペニスがすりきれて、血まみれになっても腰を振り続けさせてやる!
血と精液と愛液にまみれながら、喉が渇けばそれをすすらせ、
腹が減ったら互いの肉を噛み千切らせる!
セックスだ!セックス!セックス!セックス!セックス!セックス!セックス!
純粋反差別をとなえられるくらい十分に頭の悪い人の求めている世界ってこういうことだと思うんよ。
で、奴隷に対して自分のコンプレックスをぶつけてカタルシスを得たい。
中二病ってある程度知性がないと自分がヒーローになれる設定とかストーリー作れないんでこの人達には無理です。
だから一番原始的な欲求に忠実に従うとこういう単純な妄想になるんですよね。
中学生の頃にはよくある妄想です。まぁできれば高校生のあたりで卒業していただきたい幼稚な発想ですね。
wakabafukudaさんを見てると、「中学生日記」を読んでるようで微笑ましいです。
大学時代から6年付き合っている彼氏に、僕と結婚したいのならおしっこを飲ませたり浴びさせたりして欲しいと言われた。デート中に脚が疲れて二人で入った、ターミナル駅のマクドナルドでのことだった。
彼いわく、私と結婚して、これから一生私以外の人と性的関係をもてなくなるとして、私が拒否したら一生おしっこプレイが望めなくなる、それは嫌だと。
私をオナニーのオカズに使うこともあり、そのときの想像の内容は私に顔面におしっこを浴びせられながら飲むことばかりであると。
学生時代に私におしっこ飲ませてと言ったが冗談と受け取られたらしく笑いながら断られたことがあって、それがとてもショックだったと。(私は全く覚えていない)
26歳になり、友人の結婚も増えた。彼が結婚についてどう考えているか気になり、それとなく話を振ってみた結果がこれだった。予想外の方向のディープさに、リアクションが取れなかった。この困惑をどう表現していいかわからず、表情筋が停止した。
そして確か、「そうなんだ」とか答えた。
帰りの電車の中で不意に、たしかお互い社会人2年生くらいだった頃、(彼の前で彼の合意のもと)彼の携帯を借りて代理でメールを打ったときに、予測変換の「お」の一番最初に「おしっこ」が出てきて、「おしっこ」という幼児的な単語選びと彼のキャラの間にギャップを感じてそのままおしっこと入れてみたところ、次の予測に「ドリンクバー」が出てきたことを思い出した。今の今まで完全に忘れていた。
おしっこドリンクバー。どういうことなんだろうか。彼は何を思ってこの単語を入力したんだろうか。当時の私は「何これ?」と一瞬思った程度で、すぐに「おしっこドリンクバー」を消し、彼に打つよう言われたメールの内容を普通に打ち、そのまま忘れた。
彼氏の告白を受けた今は流すことなどできず、真剣に考えてしまう。彼氏の願望なんだろうか。「烏龍茶」「爽健美茶」「ジンジャーエール」「カルピス」などと書いてあるところに、「佐々木希」「石原さとみ」「堀北真希」「新垣結衣」とか書いてあって、紙コップを置いてボタンを押すと彼女たちの尿が出るシステムなんだろうか。そこで突然笑えてきた。急に来たので噴いてしまった。今日の夕方の下り急行電車の中で銀のポールを掴みながら「グギュッ、フッ、フククッ」と突然不気味に笑った20代の女を見た人が居たらそれは私かもしれない。
家に着いてから、夕食も食べずにずっと、結婚と尿について考えている。彼の顔面に尿を浴びせている新妻の私を想像する。彼の望むことかもしれないが、すごく心苦しい。彼の尊厳を踏みにじっている気がする。何回か実行したら、満足してくれるのだろうか。それとも定期的に要求され続けるんだろうか。3日に一度とかは、相当つらい。週1でも結構つらい。月1なら…。いや、ずっとやってると慣れるんだろうか。夫の顔に尿をかけることに慣れた私…。両親の顔が浮かぶ…。あああ…。
私がそれを断ったとして、私たちが破局したとして、その後私は結婚できるのだろうか。彼以上にしっくり来る人はあらわれるのだろうか。そんな人に私は選ばれるのだろうか。一生結婚できないのは、いやだ。焦るのも、いやだ。それに彼のことは好きだ。元々私から好きになって私から告白した。それまで受身だった私が積極的になったのは初めてのことだった。それまでの恋のようにそれとなく好意を伝えても全然伝わらないので、死ぬ思いをして告白した。付き合い始めたあと、彼にゲイの噂があったことを知った。結果としてゲイでは無かったけど。
そこまでしたのに、6年付き合ったのに、終わってしまうのか。それはいやだ。別れたくない。結婚するなら彼としたい。というか何なんだあの男は。彼女から妻にする条件が、おしっこか。力が抜ける。なんでこんなのを好きになったんだろう。私は結局、「おしっこを顔にかけてあげてもいいから結婚してください」というようなことを言わなきゃいけないんだろうか。結婚って何なんだろう。想像していた結婚と違う。おしっこがどうのと言いながら逆プロポーズは嫌だ。彼からの言葉が欲しい。おしっこOKのあとでいいから。でも期待できるのかな。彼は男性の性役割的なものを無視しているから。普段はそれでいいんだけど、でも、プロポーズまでそうなるのは…。
数年前、恋人と別れた。
破局の理由は、恋人の持つ不幸を受け入れられなかったことだろうか。
とどのつまり、人生を幸せに送りたいという増田のささやかで、かつ残酷な思いが、
重い過去に引きずられた恋人を余計に苦しめたという事実だけを残したように思う。
自分の気持ちの整理と懺悔のため、自分語りのチラ裏を始めます。
親御さんは優越感に浸る手段として、息子ーーつまり彼を周囲に自慢することを選んだ。
学業成績や習い事の発表会で不備があれば、「一家の恥さらし」には
待っているはずの夕飯がなかったり、体罰が待っていたりした。
彼はそんな親元を離れるため東京の大学へ進学し、卒業後は都内に勤めた。
増田との出会いは大学時代だったが、付き合うに至ったのは卒業後。
端正な顔立ちと明るい性格は、記憶の中の彼と全くと変わりがなかった。
青春時代に秘めていた淡い気持ちをもう一度胸に、昔話やデートを重ねるうち、
付き合い始めて一年、順調な交際の中で結婚生活を妄想し始めた幸せな増田のいる一方、
彼は体調を崩し、会社を辞めた。
長い人生なんだから、しばらく心身を休めてまた働けばいい、と増田は気楽に考えていた。
ところが、日に日に体力が落ち、調子の悪い日にはベッドから起きることすら叶わなくなっていった。
彼が不安で眠れない夜には、終わりの見えない電話に付き合った。
話題が目まぐるしく変わる受話器の隣で、窓に白み始めた空を映すころ、会話はいつも途絶えた。
毎晩の電話の中で、大学時代から精神に疾病があったこと、それが親の虐待に起因していることを聞いた。
直に治るだろうから支えよう、というお気楽な増田の考えはしばらく変わらなかった。
彼の趣味そのものが仕事となったため、内定獲得に彼は文字どおり跳ねて喜んでいた。
宿直あり•変則シフト制の新しい仕事は、増田には、彼の体力的な面、
土日休みの増田とのスケジュール面で不安があり、素直に喜べなかった。
夜勤が入り始めしばらくすると、連絡は途絶えがちになった。
毎日あった連絡は、二日に一回、一週間、一ヶ月に一回となった。
夜勤での体力的な消耗と、持ち前の生真面目さで仕事に苦しんでいるんだろうと思った。
初夏の暑いある日、お馬鹿な増田は夏風邪を引く。一人暮らしで初めての40度近い発熱。
たまたま彼の休日だったから気分転換にメールを打つも、案の定、返事はなかった。
翌日、見舞いにきた同僚に感謝する一方で、突然虚しさを覚える増田がいた。
連絡が取れず心が離れつつあるところに、赤の他人からの優しさを覚えた増田からは
彼に対する情が消えていったのだ。
同時に、少し苦痛でもあった彼との電話が取れないことに不満を抱いたことに、
やはり会うこともままならなかったため、別れ話はメールで終わった。
別れたい旨を告げると、数日後、あっさり了承の知らせが返ってきた。
彼を見捨ててしまった感がある増田には、別れてからしばらく経ったいまもトゲが残っている。
彼との交際において、どのような選択をすれば後悔せずにすんだのだろうか、
仕事で大変な時期にストレスを与えてしまい、仕事に支障はなかったのか、
自分と付き合っている間、彼はつかの間の幸せを感じられたのだろうか、
恋が冷める前に、彼のいる東京で職を見つければよかったのだろうか、
増田が見捨ててしまった彼には、これから幸せな人生が待っているんだろうか。
心の片隅にある答えの出ない問いと罪悪感がいつ消えるとも知らず、
世の中には自分の興味のない物や見たくもない物をごり押しされていると、それを「自分への攻撃」や「自分が世の中から蔑ろにされている」「自分は抑圧されている」と感じるタイプの人がいるんだよ。
そういうタイプに属していても、そこまで敏感でない人なら単にイラッとするだけで済むが、特に敏感に感じてしまう人だとどうしても耐えられなくなりこの状況を変えようとアンチとして活動を始める。
「自分の尊厳を守る為」という個人的な行動だから別に使命感なんかは持ち合わせていないと思う。
(自分の意見を通しやすくする為に「世の中の為、皆の為」というのを大義名分として掲げる人はいるし、大義名分の方が本当の目的なんだといつの間にかすり替わってしまう人もいるけどね)