「尊厳」を含む日記 RSS

はてなキーワード: 尊厳とは

2017-03-30

山で死ぬ

山を登る人間は、すべからく山で死ぬ覚悟を決めているべきである

素人であろうと関係ない。

ベテランであろうと、世界最高レベルアルピニストであろうと、死ぬとき死ぬ。それが山、特に雪山である

山で死のリスクゼロにすることは誰にもできない。これは厳然たる事実である

から、私のような門外漢が言うまでもなく、山で死んだ人間100人100人とも、山に入った時点で死んでも構わないという覚悟を決めていたはずだ。

無論、可能性の話をするならば、死ぬ覚悟もせずに山に入った愚か者存在し得る。

しかし、そんな可能性に思いを巡らせて勝手被害者を憐れむのは、むしろ侮辱であるとわきまえるべきだ。余計なお世話、余計な忖度だ。

回避不能な死のリスクを、他人に負わせることは道義に悖る。自分の命の責任を、自分以外の人間押し付けていいのは半人前の子供だけだ。

故人を根拠もなく半人前と嘲る権利は誰にもない。

から死を見届けた人間は「被害者覚悟を決めて山に入ったのだ」と推定しなければならないのだ。

反証存在しない限りにおいて「山で死んだことは、本人にとって了承の上の出来事だった」と仮定すべきなのだ

山で死んだ人間の死の原因を本人以外の人間に求める者は、自らが故人の尊厳を貶めているのだということに深く思い巡らすべきだと私は思う。

2017-03-29

http://anond.hatelabo.jp/20170329194914

興味がないのと尊厳を認めないっていうのは別の話だろ

http://anond.hatelabo.jp/20170329194031

え、人間に興味無い、尊厳を認めていないのって悪というかサイコパスでは

2017-03-20

フェミの、腐ったような女

女の腐ったようなフェミニストを見た。

http://www.huffingtonpost.jp/soraya-chemaly/notthenanny_b_15401556.html?utm_hp_ref=japan

これのことである。こいつがどんな素性であるかは知らぬ。

事の始まりは件のBBCに自宅から生出演した朝鮮専門家の背後に子供たちが紛れ込み、これを回収すべく専門家女房韓国人であるという)が映り込んだハプニングである

この映像を見て、このフェミニスト様は、まず“確率的に正しいから”人の女房を捕まえて『ベビーシッターイエロー』(悪意のある大意。以下この記号はそれを指す)呼ばわりだ。おまけに姑息にも「私も最初は、この女性は奥さんかもと思った」「奥さんだったと確認したことをシェアした」。それで口をぬぐうつもりか。手前らが認定したサベツシュギシャがそれをやったら、いかなる非難を浴びせてきたのか。


次に延々と『あたしも同じ目にあったのよエーンエーン!』。だから女性尊厳人間性、個々の感情生活無視」されているとお怒りで、途中で共和党disった挙句、「男であるという理由メディアはこの父親を素晴らしいと取り上げているのはなぜなのか、時間をかけてよく考えて欲しい」「この偏見問題が取り上げられ、頻繁に掘り下げて広く議論されていることを本当に嬉しく思う」だと。

焼け太りを狙うのは結構だが(個人的には機会があれば積極的に狙う所存ではある)、まずやるべきことは焼き土下座だろうが。

こういうことをやってるからフェミはいつまでたっても女の腐ったような代物でしかない

2017-03-12

http://anond.hatelabo.jp/20170312113526

尊厳は失われるが、心の防衛機能が働きにより、

それが日常であると受け入れて心の平穏を取り戻そうとするとは思う。

とりあえず人前でイカせるような奴らは全員通報して豚箱送りにしてもらおう。

http://anond.hatelabo.jp/20170312113225

そういうマナー必要な都会の駅はほぼほぼ奴隷運搬船と化してて

人間尊厳が地に落ちてる感が何とも言えない風情を出してる。

人前でイクということ

私は人前でイクということは非常に屈辱的だという感覚があります。人としての尊厳が踏みにじられるというか、虚しさというか、やり切れなさというか。そういうことを想像した場合、何とも複雑な心境を覚えます。皆さんはどうですか?

2017-03-11

自分年収300万以下で独身キモくて金のないおっさん当事者だけど

女を当てがえなんて思ってないよ

安楽死合法化して社会から合法的に退場できるようにしてほしい

勝ち組負け組が分断する社会でも構わないからせめて敗者に尊厳を与え責任を持って葬送してほしい

2017-03-09

http://b.hatena.ne.jp/entry/blog.livedoor.jp/dqnplus/archives/1917428.html

id:miz999 はてなさん、もうそろそろ「痛いニュース」とは手を切りませんか?人としての尊厳として

この馬鹿は一体何を言っているのか

お前がブックマークしなければいいだけだろ

女を見ると所構わずオナニーしてしまうので女を規制しろみたいな

2017-03-08

10代の少年優先席に座ってるおばさんを注意した件で被害者叩きしてる連中

https://www.youtube.com/watch?v=X8H-BGJMMYo

この動画の内容で

id:mujou03 10代の男が暴言はいたと勝手に予想

id:totoronoki ブチ切れるぐらいにはひどい言い方したんじゃないかな。

id:ysync 大人げないとは思うが、尊厳を傷つけられた場合決闘を申し込む権利くらいはあってもいいのではないかとも。

id:kinnosabakan 20代でおばさん呼ばわりは確かに腹が立つやろな。まとめサイトの影響か、女はどれだけ口汚く罵ってもいいもの勘違いしてる人増えてるね。

2017-03-04

死刑制度について

最近、周りで死刑制度の是非について聞くことが多くなったので自分意見を具体的に言葉にしてみようかなと。

まず、反対派の主張をずらっと挙げてみます

犯罪抑止効果証明されていない

再犯可能性があるからと言うけれど、犯罪を犯す可能性があるのは人間なら誰だって同じである

冤罪可能性がある

死刑囚を殺す刑務官の罪の問題

大きくこの四つですね。

僕は死刑賛成派なので、これについて反証していきたいと思います

①②(内容が類似しているのでまとめて論じます

犯罪抑止効果は確実にあると言えるでしょう。実験をして科学的に証明をしたりせずとも、それは分かり切っていることです。

そもそも一般人は罪を犯しません。不可抗力や軽度のものならまだしも、死刑判決を食らうような大罪は犯しません。普通倫理観を持っているなら。

死刑判決を食らう犯罪者達はその「普通倫理観」を持ちません。若しくは一般的に広く人々が持っているであろう「罪の意識」や「やってはいけない事」の意識が圧倒的に低いです。

では、そんな犯罪者達と一般人を比べて犯罪を犯す確率が高いのはどちらでしょうか?

正解です。言うまでもなく前者ですね。

恐らくこれが一番の論点です。「人権が~」「人としての尊厳~」云々が一番の問題だ!と言う人もいるかもしれませんが、そんな曖昧模糊とした適当概念について語るつもりは毛頭ありません。

司法には推定無罪原則というものがありますが、その上で物的証拠も何もかも揃い、本人の自白も取れて死刑判決が下された場合、まだ冤罪がどうとか言ってられますかね?

とは思うのですが、それでもなお万が一にでも冤罪だった場合の話をします。

冤罪なのに処刑された人は既に死亡していて、責任をとることはできません。

…難しいですね。これについて僕は蟠りを覚えているのです。ひとまず保留として、よく考えてから機会があれば書きたいと思います

応報刑論(目には目を、歯には歯を)というけれど、それなら犯罪者処刑した刑務官も死んで償うべきではないの?

というものですね。これを聞いたとき応報刑論を持ち出して死刑制度賛成のスタンスを示していた僕は「なるほどなー」と思いました。

これについては、僕はこういう風に考えています

まず、『目には目を、歯には歯を』と言っても、「命」を取られてしまえば被害者はその時点で相手の「命」を取ることはできません。

そこで出てくるのが処刑人刑務官です。

まり刑務官は「被害者の代役」となって加害者の「命」を取るわけですね。

目には目を、歯には歯を」まではできますが、「命には命を」は相討ちでもない限り不可能です。ならば別の人間がするまで、ということです。

以上の四点を以て、死刑賛成論は締め括らせていただきます

しかし、三点目の「万が一の冤罪」は未だに良い反論が見つかりません。

詳しい方、誰か教えてください~。

あ、勿論反対派の方も、当意見に「ここがおかしい!」という点がありましたら意見をどうぞ。

http://anond.hatelabo.jp/20170304132425

最近アイドルはもう「見世物」ではなくなった。

 

あの作品アイドル=カワイイを脱却できていると思う点は大きく二つある。

ひとつは、主軸として「(私達で)終わりにする」物語だというところ。

カワイイという他人に媚びた、というと言い方が悪いが、他人のウケに依存する状況を続けていると、

どうしても商業的になってきてその「カワイさ」を演じ続けることを強いられるようになっていく。

それは現実的に考えても辛いことだし、アニメはい女性人間、歳をとり成長し進学就職していくもの(=ずっと一緒には居られない)というリアル思考が、暗黙的にキャラクターたちにも存在していた。

そこで彼女たちは、アイドルという青春を引き伸ばす道を選ばずに、作中にして若干1年、現実声優ユニットとしても5年で「おしまいにした」。

それも、人気の絶頂最中でその決断を、予め意図したとおりに断行した。

その振る舞いには、これまでのアイドル文化に対して投げかけるような強烈な思想を感じる人もいるだろう。

作中のライバルグループは、メジャーデビューして続けていくことを選んだが、

彼女らはそれを否定するでもなく、「私達がどうありたいか」という思考を大切にした。

その思考について、本編だけでなく劇場版の過半をそれに割いてまで、伝え続けた。

そういうところが非常に現代的だと思うし、観る者に旧来のアイドルからアップデートを促すようにも感じられる。

 

ふたつ目は、作中における「カワイさ」の表現について、あくまでも彼女自身の「カワイイ」観・美意識に基いているところ。

パフォーマンス自分たちの手で、裁量で、決定し作り上げているというところから現代的な感覚に寄り添う配慮がみられる。

そもそもアイドル活動部活という設定にしたところからそうだけれど。

もちろん美少女ものメディアを原点にした作品から彼女らが自発的表現した「カワイさ」自体男性ウケに寄せてあることは否定しない。

けれども内発的に行動している設定にすることで、「やりたくないけどウケの為にやらされる」ような見る側も心苦しい媚び方を見せなくてよくなった(少なくともアニメ上では)。

それどころか、彼女らの美意識に従えば、それの転び方によっては「ウケは悪いが独特な自己表現をするグループ」になっていたかもしれない。

実際に作中で迷走してロックバンドKISSコスプレをしだす一幕があったほど。

ともかく、そうした主体的に行動するウーマンパワー的な土壌を作っておくことで、女性視聴者作品を受け入れやすくなった。

結果として「一見男性向け作品なのに女性ファンも非常に多い」コンテンツとなった。これも今時のヒットコンテンツではよくある現象だ。

ちなみに、この「自分たちカワイイと思うことはやるけど、そう思わない(嫌な)ことはやらない」という、

女性アイドル自身尊厳を守るというかパフォーマーとしての意志尊重する動きは、大手に属さずにアイドル的な活動をする現実若者にも広がっており、

もはや今の若者はそういうグループしか応援しない、と言うと大げさだが、そういう審美眼はちゃんと持っている人が多い。

他のアイドルアニメ作品でもそういう思想共通していて、例えばアイドルマスターシンデレラガールズも、

アイマス作品は土壌としてファンを大切にする文化があるにもかかわらず、アニメでは「ファンの期待に応える」ような描写ほとんどなかった。

描かれたとしても「ファンはいつも支えてくれている」というような、受容の存在として描かれていて、ファンの期待や要望圧力に従うような描かれ方はしなかった。

その一方で何が描かれたかというと、一貫して、アイドルたち自身内面の成長が描かれた。

ただ、外面から圧力がなかったわけではなく、それはプロダクションTV局側の方針との衝突いった形であらわれており、

それと折り合いをつけながら、けれども自分の守りたい個性や魅せ方も守っていくあり方を、

周囲の支援のなかで「彼女自身が」見いだしていく、という大筋になっている。

やはりラブライブと同様に、いい意味で「内輪で閉じている」のだ。そしてそれを良しとしている。

まるで、この世界プロデューサー仕事は、個性的な人たちの自己実現を助けることが主で、

その過程で生まれキラキラパフォーマンスという副産物に変えて売っているかのよう。

そして、「それは創作上だからこそできる綺麗言だよ」とはもはや言い切れない時代だと感じる。

 

最近アイドルはもう「見世物」ではなくなった。

他人目線価値観に、自分生き方翻弄されたくない。

自分たちがやりたいようにやるから共感してくれる人はついてきて。

そういう思想ベースに、角が立たないように上手にやっていく。

これが多様化した文化の中にある、今のリアルアイドル

もちろんそういう風潮にもマイナス面は当然ある。

商売に長けたプロデューサー主体性を奪われないために、アイドル自身セルフプロデュース力が求められる。

成功するグループとしないグループの差はより残酷可視化される。

けれども私たちは、往年のアイドル文化を作ってきた人たちが、丸坊主にしたり惨めな謝罪会見をさせられたりと、もっとむごたらしいものを見てきた。

からアイドル主体性を取り戻した「パフォーマー」に変化していくのは時代の流れだし、そういう価値観を含む創作がヒットするのも必然のことだと思う。

かつてのオタク文化評論などで有名になって文化人を気取っている40、50の方々は、やはり頭がカタくなっておられて、

まり最近アニメ、とくにアイドルアニメなんかについて好意的な評をしない、どころか言及すら嫌がるレベルで卑しめがちな感じがする。

けれど今、もっとも、文化的ホット考察すべきジャンルアイドルものなのだと私は思う。

2017-02-28

親は我が子が「いじめっ子になる」という事態心配すべき

普通の親なら我が子が「いじめられっ子になる」心配をするでしょう。

実際そうなったとき被害はともかく、確率的にそれは起こりにくい事態なんです。

どう考えても、あなたの子どもは「いじめっ子」なる可能性の方が高いんです。

いじめ被害者の方が多数になったりしません。

加害者2、被害者1と考えても、加害者になる確率の方が高いんです。2倍です。

実際はもっと多くの人数によっていじめは行われると思いますので、確率は3倍にも4倍にもなります

被害者にならないなら、それでいいんでしょうか?

それとも、うちの子に限ってそんなことはしないと同じクラス保護者全員に宣言する自信があるんでしょうか?

あなたの子葬式ごっこをする、あざが残るほどの暴行を加えるなんて想像は難しいかもしれません。

では、あなたの子が他の子身体的特徴をからかったりする可能性は皆無と言えますか?

勉強ができない、スポーツができない、歌が下手だという能力の低さを揶揄しないと言えますか?

プロレスごっこなどと称して複数人で少数の子苦痛を与えないと言えますか?

片親だ、貧乏だといった家庭環境蔑視しないと言えますか?(あなたもしてないですか?)

あなたの子が今読んでる漫画他人から奪ったもの、もしくは奪った金で買ったものではないですか?

あなたに見せる笑顔、それと同じ顔で他人尊厳を踏みにじるようなことをしているんじゃないですか?

大勢友達がいて楽しそう、その友情がだれかの犠牲によって成り立っていたらどうしますか?

2017-02-27

女が女を叩く

松本潤とすっぱ抜かれたAV女優SNSの閉鎖にまで追い込まれるのに、櫻井くんが女子アナと付き合っていると祝福されるのは、まぁ職種の違いなのかなーというのは理解できる(それでも、小金稼ぎでAVをやってるようなクラス女優でもなく、セックスワーカーとして頑張っている彼女の人としての尊厳を傷つける言葉がずっとネットで浴びせられているのはかわいそうだった)

女子たちのなかで、女子アナ女子アナでも許されない女子アナがいるらしい。

翔くんは選ぶ女が違うわ〜AV女優だのチャラチャラした女子アナだのとは違って」

「翔さんは女子アナと熱愛か…でもちゃんとした方みたいなのでよかった!松潤AV女優とか、ニノ相手は同じ女子アナでもうんこみたいだし、そういうんじゃなくてよかった!!」

Twitterでもこんな感じ。

正直言って違いがわからない。結局は可愛い女の子が推しを奪ったのが許せないだけなんだからそのように言えばいいのに

アイドルって大変だな。

2017-02-26

結局「効率」と「弱者救済」のバランスの話でしかない

http://syakkin-dama.hatenablog.com/entry/20170224/1487937935

http://b.hatena.ne.jp/entry/syakkin-dama.hatenablog.com/entry/20170224/1487937935

http://b.hatena.ne.jp/entry/b.hatena.ne.jp/entry/syakkin-dama.hatenablog.com/entry/20170224/1487937935

http://b.hatena.ne.jp/entry/b.hatena.ne.jp/entry/b.hatena.ne.jp/entry/syakkin-dama.hatenablog.com/entry/20170224/1487937935

最初ブコメとして書こうとしたが,100字制限の下では意図が正確に伝わらない恐れが大きいのでこちらへ。

記事の主張はわからなくもないが,構成問題があると思う。

まず,元記事では以下の問題をごちゃごちゃに扱っている:

これに加えて,ブコメでは,

問題までごちゃ混ぜにしようとしている。

この文章では,「効率弱者救済問題」に限定して,単純化された思考実験を以て,元記事問題点を明らかにしてみたいと思う。

生産性問題に関する思考実験

1人が1日暮らしていけるだけの給料がもらえる仕事量を1とする。

全員が,元記事で言う所の「強者」,すなわち定時(8時間とする)内に1の仕事をこなせるのであれば,残業禁止でも誰も困らない。

だがここで,なんらかの理由発達障害に限らない)で,1の仕事をこなすのに9時間かかる人が居たとする。

そうすると,その人は残業禁止されると暮らしていけなくなる。

それは「弱者切り捨て」だから問題だとして,1時間までの残業は認めることにする。

(実はここで,正しくは,2つのケース=その1時間に対して残業代を支払うか否か,に分岐するのだが,それを考慮しなくてもこのやり方が破綻することを示せると思うので,このまま進める)

さて,すぐにわかるように,1の仕事をこなすの10時間かかる人も居るだろうということは容易に考えられる。

その人を救済するためには,2時間残業を認めなければいけない。

以下,この数字いくらでも増えていくことは,容易に想像できる。

例えば,1の仕事をこなすのに25時間かかる「弱者」も中には居るだろう。

そういう人は,このやり方では救えない。

この思考実験で言いたかったのは,「残業禁止しなくても全ての(効率の悪い)弱者を救えない以上,残業禁止は(効率の良い)強者論理から間違っているという非難は成り立たないのではないか」ということである

結局,この問題は,「残業という仕組みで,どこまで(効率の悪い)弱者を救うべきか」という問題帰結されてしまう。それが0時間/日なのか,何時間/日なのかは,バランス問題であって,all or nothing で是非が決まるものではない。

残業禁止政策根底にあるもの

現在日本社会においては,労働の長時間化が,消費=需要の減退→物価の低下→賃金の低下→労働さらなる長時間化→...という悪循環引き起こしているのではないかという推定がある。また,単に短期的な影響だけでなく,労働の長時間化が中長期的な少子化をもたらし,それによるさらなる需要の減退という悪影響が生まれることも懸念されている。

ならば,この悪循環を断ち切るために,労働時間を短くする方向へ規制をかけるというのは,マクロの「バランス」を考えると間違った考えではないと思われる。

他方この政策が,一定数の「暮らしていけない弱者」を生むのもまた確かだろう。

それらの人々を切り捨てるのは,人道的のみならず,経済を回していくという点からも正しくない。そもそも,人口減少を避けるための政策なのだから,切り捨ては本末転倒である

ただしそれらの人々は,「残業許容」ではなく,別な方法(例えばBIのようなセーフティネット)によって救うべき,というのが今の流れなのではないだろうか。

http://anond.hatelabo.jp/20170226152524

同じくアスペだが

5年くらい前に「レイプ犯罪だがなぜ『悪い』のか」

っていう疑問をここに書いた

別にレイプを悪いことだと思ってないわけではなく

この疑問を試金石にして他人認識する悪の種類を分析たかったんだが

意外と成果はあったな

一番多かったのは女性苦痛から『悪い』

っていう回答だった(物理的悪)

この回答から生じた「レイプをした加害者は悪を認識できないのでは?」

という疑問は罵詈雑言で叩き伏せられた


次に多いのは女性尊厳を損なうから『悪い』

基本的人権尊重する考え方

まり女性人権侵害するから『悪い』(道徳的悪)

道徳規範を重視する考え方だが

この回答から生じた

モラルが何らかの事情で歪んでいる、もしくはモラルというものがないレイプ加害者は悪を認識できるのか?」

という疑問は無視された

日本人は神より世間を信じているせいか

神がいつも見ているから『悪い』と言う奴は一人もいなかった(形而上的悪)

まぁもっとも神はいてもいなくても同じような存在なのでその回答ではそもそも納得できないのだが……

最終的に出た結論

レイプ犯罪なので世間の反応を鑑みて功利主義的にハイリスクなので『悪い』

というなんとも締まらない結論だった

『悪い』とは何か? という思索は今現在も続く……

たかうよ

職場で突然 理不尽が起こった

それは急に 起こった

早まるな

まてまて まずは 確認しろ

確認したら 確信に変わった

疑惑は 確信に変わった

ああ そうか

これがクソブラック企業というやつね

ヒトサマのカネと時間をかすめ取るクズ

あたしなんだか

はらわたが煮えくり返りましてよ

あたまが痛いのよ

あらあら手先が冷えてきて

足の指から汗ぽとり

そう 許すまじ あのクソブラック企業

ヒトサマの尊厳を踏みにじること

どれほどのことか 思い知れ

あたしは ここに いまここに

たかうことを 誓うのよ

あたしは 自分で取り戻す

あたしのカネと尊厳

くそやろうには わからない

あたしは たたかう たたかうよ

2017-02-25

http://anond.hatelabo.jp/20170225233609

いや、人間としての尊厳が保たれる底辺ってそのへんでしょ。

ソレ未満はお猿さん。

http://anond.hatelabo.jp/20170225211506

BIで退場できんならそれでいいけど予算も何もかも成立し得ないのが現状なんだから

勝ち組企業負け組企業ではっきり格差を作る、

正社員非正規雇用身分格差ももうける、

などして視界に映さないようにする努力をするのが一番良い。

底辺にも人権尊厳はありまぁす!

セクハラされているぐらいのほうが楽だから良い。」

フェミニストはどうしてネット上の女尊男卑指摘などという、くっそどうでもいいものと戦おうとするのだろう?

戦うべき事柄現実社会の中にいくらでもあるだろうに。



例えば明大集団昏睡事件慶應インカレレイプ事件など、毎年のように習慣的に繰り返されている大学サークル内における強姦事件を予防する為の取り組みとか、

西原理恵子が期せずして暴露してしまったいまだはびこる芸能界での枕営業強要とか、

それらに象徴されるような女性尊厳をすさまじく損なうような事柄というのは、まだまだ溢れていると思うのだけど、

なんでまた表現規制だの男性憎悪だのといった果てしなくくだらないことに躍起になるのだろう?それって女性の権利擁護する為に必要な事?



もっともっと男を苦しめて本当の「女尊男卑」にした方が男もちょっと大人しくなる気がする。



と言っているから、いまフェミニズム的な言動が男を苦しめているという実感があるみたいだけど、例に挙げたような真の女性蔑視者たちは一切苦しんでないと思うよ。

苦しんでいるのは女性とあまり縁のない弱者男性だけだろうね、一体なんでフェミニズム弱者男性蔑視別称になってしまったのやら。



友人にとても美人女の子がいるのだけど、彼女セクハラについてこう言っていたよ。

セクハラされてるぐらいのほうが楽だから良い。」って。

どういう事かというと、別にセクハラされても何も気にならないという意味ではなくて、もちろんセクハラは嫌だし気持ち悪いが、

いざ本当に気に食わない場合は訴え出れば自分は"被害者"という有利な立場に立てるし、

平素はそれさえ我慢しておけば女の子としてチヤホヤされ、大抵のことは大目にみられるので楽である。って。



私は、なんて意識低いんだろうこの子は、と思ったけど、でもこの男女差別的な社会で生きていくには正しい処世術なのかもな、とも思ったね。

フェミニストってそういう世の中を変えたくてフェミニストやってるはずだったよね?でも実際はこの子とやってること変わってないんじゃない?

被害者という美味しい立場を手放さないことそれ自体フェミニズム目的になってしまってるように見えるな。



http://anond.hatelabo.jp/20170224151556

2017-02-24

向上心向上心向上心

もうこの社会ピークを過ぎ、もはや下降する一方だ

生物としての尊厳を捨て、死んだように生きるのだ!

2017-02-13

夢は南海トラフ上野女史への反感―

本来、三大命題二つ目を書きたかったところだが、こちらの問題を先に論じさせてもらう。


この論考は以下のURLにたいする一人の若者から反論である

https://togetter.com/li/1080097

以上の新聞記事で、上野女史は「経済犠牲にしてでも、平和国家として衰退すればいい」と主張している。

この主張にたいする批判等は、本職の社会学者に任せるとして、ここでは私の純粋なる反感について述べていきたい。

平和国家という「ファンタジー

上野女史は無邪気にも、戦後日本を「平和国家」としてとらえている。

この考えはまったくの見識違いといわざるをえない。


そもそも、戦後日本社会体制1940年代の「総力戦体制を「経済最優先」の形として再編したものである

扶養控除、源泉徴収終身雇用制、護送船団方式のすべてが元々「戦争を想定して」造られたものだ。


社会実態についても、「平和」と呼ぶにはほど遠い。

1950~60年代には、「高度経済成長」の美称の裏で、世界でも稀にみる学生運動市民運動社会不安が吹き荒れていた。

70~90年代にかけては、家庭や企業社会体制のガタが入り、人々を「死へと誘う」システムへと変貌していった。

これが少年非行いじめ過労死などの狂気的な状況を引き起こした。


戦後日本とは、世界的にも稀にみるただの「ゆたか社会である

まったく「平和」でも「民主的」でも「自由」でもなかった。ただただ「ゆたか」だっただけである

後期近代―不確実な私、国家社会

しかも、「ゆたか社会」は90年代2011年にかけて完全に崩壊した。

まず、政府安全神話が崩れ、

企業身分制保障崩壊し、

最後に、原発事故とともに社会安全神話が吹き飛んでしまった。

この事実について語らない者はすべて、今の時代にたいして不誠実である


では、現在社会とはどのような社会なのか。

それはギデンズやバウマン、ジョッグ・ヤングなどを見てもらえば分かるが「流動的、効率的である

企業におけるセーフティーネットが「生産性自己実現神話」の名のもとに縮小され、

パートフリーターという不安定生活者が生まれた。

政府が担っていた安全保障は「構造改革」の名のもとに縮小され、

監視カメラSNS監視なしに、人々は安心して生きることができない。

不誠実な脳科学認知神経科学AI研究によって人間という「私」の特権性が失われ、

人々は常に失職と人間尊厳消失心配するようになっている。

そして、このような多様な人々が同じ町で同じように暮らしている。


このように、後期近代社会とは

当たり前だったものがすべて崩れ去り、人間永遠の虚無へと投げ出すのである

相対的剥奪感と存在論不安

このような状況では、人々は二つのレベル不安を抱えることになる。

一つは生活レベル不安相対的剥奪感―

もう一つは存在レベル不安存在論不安

である


私たち人生ほとんどを仕事をして、生きている。

しかし、その仕事価値が急速に低下してしまった。

人生の多くを占める活動である仕事にふさわしい「対価」が支払われなくなってしまった。

一方、ただ一日中パソコンを見つめて投資とやらというギャンブルをするだけでも「対価」を得られる人々もいる。

この二極化する現実は人々に

「不当な地位にいる!」

「ふさわしい金額、敬意をもらっていない!」

という相対的剥奪感を抱かせる。


また、後期近代社会はいわゆる「コミュ力」の高い人々が成功する。

軽薄に仕事にたいする敬意なく、強者追従する人々が「評価」され、グローバルエリートとして出世していく。

そして、仕事に真面目ながらも報われない弱者は常に「自己批判」と「変革」を迫られる。

二極化する現実に人々は「私は人間らしい扱いを受けていない」という存在論不安を抱かせる。


しかに、ここであげた例は極論である

しかし、似たような体験をする人は多いだろう。

そして、人々はつねに不平不満をもらすのだ。

「私はこうなれたのに……」

「私もこうしたかった……」

ここでは深く述べないが、この可能性としての私=‹他我›にたいする深い怒りの感情現代社会不安の核心にあるように思う。

上野女史は「みんな貧しくなる」ことによって、この怒りを無くせるなんて無邪気にも思っている。しかし、それは不可能である

この感情こそが永遠の虚無において、私を生きることのできる唯一の鍵だからである

夢は南海トラフ赤木理論の失効―

――常に人々に嫉妬を抱かせながら、その嫉妬を用いて欲望を加速させる。そして、その嫉妬を全身に受ける者は高笑いしつづける。


このような後期近代グロテスクさに最初に抗議をあげたのが赤木智弘だった。

彼はある論考で「夢は戦争」とドゥルーズ的な集団自殺理論を主張した。

しかし、私は「戦争」を夢にはできない。

今や「戦争」こそが「富裕層」を富ませ、「貧困層」を殺すことを知っているからだ。

今や「自殺」ですら「富裕層」を富ませる資本である

加藤智大植松聖などの社会的自殺者は、情報として処理され資本となる。

そして、情報となった「自殺」は「貧困層」による社会転覆不可能性を解き、

「後期近代」の隊列にから逸脱しないことを促進させる。

後期近代において、「自殺」こそが「富裕層」へのもっと積極的な「支援行為なのだ


私の夢は「南海トラフである

防ぎようのない「天災」によって、

嫉妬の中心地である太平洋ベルト東京

ありとあらゆる社会資本が壊され、嫉妬の根源が無化される。

私はベンヤミンのいう「法維持暴力」に立つ者であるが、

この瞬間を心の底から待ち望む。

私はそのとき、心の底から嗤うことができるだろう。

109崩壊し、秋葉原が灰塵に帰し、大手町サーバーがダウンし

白金の御婦人たちが焼け出され、お台場の子どもたちが押しつぶされるとき

後期近代はその柔らかな恥部を表出する。

私は笑顔でその恥部憎悪の限りをぶつけてやり、

後期近代を殺し、末期近代を出現させてやるのだ。


そのときに来るのが、

東のいう変質したファシズムなのか

笠井のいう生存のためのサンディカなのか

佐藤のいう無慈悲アナーキズムなのか

知ったことではない。

私が心の底から嗤いたいのである

相対的剥奪感や存在論不安に晒されることなく嗤いたいのである


そして、私は嗤いながら確信する。

東北の「土」と「血」が正しかったことを

東京の「コンクリート」と「鉄道」が虚妄であったことを


このような自己破滅願望について納得する解答を提示できない上野女史に

後期近代現代社会を語る権利はない。

彼女はせいぜい自らの理念後生大事に背負って、大学瓦礫に押しつぶされて死ぬのがお似合いだ。

2017-02-12

性は神聖尊いかい欺瞞

思春期がキレてると思って読んでほしい(17歳・恋愛経験なし)。

人間生殖ってほんとは理性より情動本位だし、人としての尊厳より動物本能の上に成り立つものでしょ。性は一方ではコンテンツ化・商品化された浅ましい娯楽で、他方では「愛する人のことが欲しい/満たされたい」という愛欲、情欲独占欲…?(いい感じの語彙がない)的なエゴの結果じゃん。

自体本来そういう性質のものなのに、建前上・教育上だけ変に神聖化して尊いことみたいに扱うのは欺瞞だと思う。自分と異性の身体大事にしなさい、なぜなら性は高潔特別ものから~~とか教えられても綺麗ごと言われてる感がハンパないし、小学校とき廊下に貼ってあった人権週間のポスターくらい心に響かない。本心じゃない言葉子どもに呑ませるのは大人としてすごく不誠実な態度だ。

性教育についてググったら「どう教えたらいいかからない」「できれば専門家に任せたい」って書いてる親がたくさんいた。我が子に対して胸張って性を語れないのって、本心では性に対して後ろめたさを抱いている証拠じゃないかと思う。子をつくる行為が人として自然かつ尊いことであって何も恥ずかしくないんだってきちんと確信していれば、君はこうして生まれてきたんだよってちゃんと自分言葉で話ができるはずだよね? そのへん自分のなかでちゃんと整理がつくより先に子どもをつくるのはどうなのかと思ってしまう。

2017-02-08

考察けものフレンズ」は不死であるか?

いろいろ人間が作った構造物があるのに数十年単位で使われていない、

かばんちゃんをみたツチノコ絶滅してなかったのかと驚いていたのを観るにけものフレンズ世界人間かばん以外絶滅してるっぽい

そしてジャパリパークが人間のためのものだったというのもラッキーモンスターかばんにしか反応しないのを見ると正だろう

そうするとかばんちゃんはなぜジャパリパークにやってきたのかということになるが

恐らくはジャパリパークは元々人間を楽しませるテーマパークだったのを

絶滅危機に瀕した動物を送り込んだり保護するために作り変えられた場所であると考える

いや、そのように使わざるを得ない事態になったとみるべきか

そう、セロリアンたちの手によって

普通動物だったものフレンズ化することで人間の姿に変えられて、ジャパリまんを食べるだけで生きていけるようになること

人間であるかばんちゃんが送り込まれたこと

まさに超科学がなせる業である、そして…

オスが存在しないということ、つまり生殖必要がないということ…これはつまりサーバルちゃんたちは不死だということ」

これから導き出される答えは、

ジャパリパークの世界セルリアンによって滅亡か滅亡に近い状態であるが、何とかしてかばんちゃんや他の動物をジャパリパークへと避難させたのではないか

サンドスターセルリアンの関係性が今後明らかになればその辺りが分かってくると思うが

 

追記:

フレンズたちがセルリアンに対する特別な生体兵器であったという可能性は非常に低い

セルリアンたちがフレンズ達を兵器・明確な敵として捉えていたのならば人類よりも先にフレンズたちを亡き者にし無力化した方が効率的から

まり人類が滅亡し、フレンズたちが残っている状態からいってセルリアンたちは積極的フレンズ排除攻撃しようとする気はない

現にセルリアンが能動的にフレンズたちを探して攻撃してくることはなく、たまたま遭遇した結果、交戦に発展する場面しか出てこないからだ

せいぜい動く物体いるか攻撃するか、くらいの行動であろう

 

追記2:

フレンズ不老不死説は

なぜジャパリパークには1種につき1体のフレンズしかいないのか?

という問いの答えにもなっている

要するに死なないから1種につき1体で十分なのだ

このことが人類は滅亡していてかばんちゃんが最後に送り込まれ理由にもなっている

人類がジャパリパークにて人間フレンズ化するときに当然、議論があっただろう

人間不老不死にしてしまっていいのか?」という尊厳に関する議論

動物なら人権はないし知能が低いから永劫の時を生きても疑問は抱かないし不思議にも思わないだろう

きっとかばんちゃんがやってきさえしなければそのことにさえ気づかず、ずっと生活していただろう

しかし、その環境人類であるかばんちゃんを入れることでどのような環境変化が起こってしまうのか?

そして人間一人を不死にしてしまってもいいのか?という観点から大きく対立したと思う

結局、人類動物の1種だということでかばんちゃんはジャパリパークへと送り込まれることになった

たった一人で、最後の人間として…

 

追記3:

サーバルちゃんたちフレンズ不老不死であるという証拠として、

サーバルちゃんが高所から落ちても無傷、

バスに引かれても怪我一つしていない、

砂漠で足が熱くなっても火傷ひとつしていない

このことから物理的なダメージを負うことはない不死の体を持っていると考えられる

ただしセルリアンに捕食された場合を除く

このことから不老不死物理ダメージを受けないという超科学による構成体であっても

セルリアンの攻撃により死ぬ可能性がある、つまり人類セルリアンに敗北し絶滅するという根拠裏付けになる

 

とにかく、オスが居ない=かばんちゃんやサーバルちゃんたちは不死ということに気づいてから心穏やかにけものフレンズを視聴できなくなってしまった

当然不死ということは悠久の時の中で精神崩壊やいざこざや確執が出てくるわけだ

その結果としてフレンズは「友だち」たちで居られなくなる可能性は十分高い

既にバッドエンドが約束された世界という認識をしてしまった以上、心穏やかに視聴できない

果たして真実知ったかばんちゃんとサーバルちゃんは永遠フレンズで居続けることができるのか?

俺には結末を迎えるだけの準備が必要

どうか彼女たちに幸あらんことを

2017-02-04

死者の尊厳

施設に入所していた祖母が突然亡くなった。

急すぎて亡くなった実感がない。

警察検視が入り、家にはビニールシートに包まれただけの状態で帰ってきた。せめて亡くなる前に着てた服ぐらい着させてやれないのか……それぐらいの気遣いがあってもいいんじゃないの……。

今まで尊厳云々等はあんまり気にしない方だと思ってたけど、死んだらモノ扱いなのかと身を以て感じた。

みんな誰かの遺族なんだよなぁ。

それから祖母が亡くなるまでは自宅で眠るように死にたいと思ってたけど、絶対病院以外では死にたくないと思うようになった。

警察と関わるほど不信感が募る

ログイン ユーザー登録
ようこそ ゲスト さん