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2016-09-28

夏目漱石それから』(1909年

何故働かないって、そりゃ僕が悪いんじゃない。つまり世の中が悪いのだ。

もっと大袈裟に云うと、日本西洋関係が駄目だから働かないのだ。

第一日本借金を拵らえて、貧乏震いをしている国はありゃしない。

この借金が君、何時になったら返せると思うか。そりゃ外債位は返せるだろう。

けれども、そればかりが借金じゃありゃしない。日本西洋から借金でもしなければ、

到底立ち行かない国だ。それでいて、一等国を以て任じている。

そうして、無理にも一等国の仲間入をしようとする。だから、あらゆる方面に向って、

奥行を削って、一等国だけの間口を張っちまった。なまじい張れるから

なお悲惨ものだ。牛と競争をする蛙と同じ事で、もう君、腹が裂けるよ。

その影響はみんな我々個人の上に反射しているから見給え。

こう西洋の圧迫を受けている国民は、頭に余裕がないから、碌な仕事は出来ない。

悉く切り詰めた教育で、そうして目の廻る程こき使われるから

揃って神経衰弱なっちまう。話をして見給え大抵は馬鹿から

自分の事と、自分今日の、只今の事より外に、何も考えてやしない。

考えられない程疲労しているんだから仕方がない。

精神の困憊と、身体の衰弱とは不幸にして伴なっている。

のみならず、道徳の敗退も一所に来ている。日本国中何所を見渡したって、

輝いてる断面は一寸四方も無いじゃないか。悉く暗黒だ。

その間に立って僕一人が、何と云ったって、何を為たって、仕様がないさ。

[]映画言の葉の庭

よーやく見た

40分しかないはずなのに妙に長く感じた

あらすじ

雨の日に公園学校サボる職人を夢見る男子高校生が、自分と同じように仕事さぼってるおねーさん出会って、それから雨の日に示し合わせたように公園で会って話をするようになる

男子高校生女性に惹かれていくがその正体は・・・

という感じ

新海誠らしさ炸裂でやたら情景描写が多い

あと電車

そのせいでやけに間延びして感じたんだと思う

あと下から上にパンするいつものカメラワークと、

BGMに合わせたフレーム単位描写切り替えね タタタンって一枚絵?が変わる感じの

さすがにマンネリだなあと

あとラスト登場人物が走るのもこないだ君の名はみたばっかだからちょっと胸焼けがした

見慣れたビルだと思ったら新宿だった

新宿住んでたのに一度も新宿御苑いかなかったな、いっとけばよかったな

君の名はでも同じパークタワーエンパイアステートビルっぽい建物でてたきがするなあ

しっかし君の名はに比べるとまだまだ童貞くささが残ってて見ててイライラした

特にラスト

おっかけてそれで抱き合ってハッピーエンドでいいのに逆張りの長台詞ダラダラ言わせたりしてうざかった

でも君の名はと違うよかったところもあった

歌とセリフをかぶせなかったところ

劇伴ピアノがきれいだったこと

(でもEDの入りとかぶってたとはいえ、ラストの一番いいところで安っぽいJPOPのイントロ劇伴っぽく入ってたのは残念だった)

高校生大人のどっちに感情移入するかでも見方変わるんだろうな

恋愛をこじらせてどうでもいいことを考えていた

22歳で初めて彼氏が出来た。

好きだと思う人は今までいたけどまともに付き合った事はなく、付き合うことになったときは「私が好きな人が、また、私のことを好きというのはなんて素晴らしいんだろう」と何度も思った。

でも、恋愛をしたことがないので相手が私のことをなぜ好きになったかからないという所で悩んでしまった。

もし、理由はなく、好きになったから好きと言われればそれもまた納得出来たのかもしれない。相手のどこが好きかを挙げると、そのポイントさえ押さえた人間なら他人でも好きになるのか?という話になってしまうと家族に言われて納得したことがあったから。

彼は聞いても答えてくれなかった。友達づてに少しだけ聞いたが、自分ではまったく長所と思えないような部分を過大評価しているようだった。彼の中の私と実際の私が違うのかもしれないと思ってしまって悲しかった。

なぜ好きになったんだろうという疑問の答えが完全な形で満たされず、不安つのってついには私のことを本当に好きなのか?と考えるようになった。

そもそも無口な彼の性格上、言葉で好きと言われたこともなければ、そもそも日常の会話で楽しそうにすることも少ない。一緒に寝るときに抱きしめられることだけが彼が自分を好きなんだとはっきり感じる瞬間だった。

共通の知人には、「私が相手を信頼していないからそんなことを考えるだけ」と言われた。その人から見ていれば、彼が私のことを好きなのはすぐわかると。ただ、私がそれを受け取る力がないと。だとすると私はどうすればいいかからなかった。それを聞かされても、そうか相手は私のことを好きなのか!とは納得できなかったし、実感を伴わないまま、ただ理屈相手は私のことを好きだと考えることが出来なかった。

それでも、何度か喧嘩をしたり、私が彼につらく当たったりしても、彼は私に別れようとは言い出さなかった。私が自分のことに手一杯で相手迷惑をかけてしまいそうになったので、少しだけ距離を置かないか提案したときも、それは嫌だと彼は言った。私のことを本当に好きなのかもしれないと思った。

そんなとき、彼が誘われていた共通友達との飲み会に私もついていくことになり、到着するとその友人に「また財布代わりに連れてきたのかと思った」と冗談で言われた。傷ついた。私は彼にお金を貸していた。そこまで大きな額ではないが、私が催促しないと返そうとはしない。私と別れないのは私にお金を借りているからかもしれないと思った。

彼の性格柄、態度や言動積極的ではなく、むしろ私への好意表現することが嫌いといった感じだったので、友達のような関係が続いた。

相手が私に対して能動的にならず、私自身も相手に対して自分を好いてくれているという信頼を出来ていない状態で、ただ一緒にいる時間が増えていった。

どうしても私とこれから付き合っていこうとするポジティブ気持ちが見つけられない。惰性で一緒にいるように感じられて、このまま結婚など相手から言い出す訳もないことが理解できた。私が言い出して初めて同棲結婚へと進んでいくんだろう。それでは私は満たされないと思った。相手気持ちがなければ意味がない。いいよ、じゃなくて、したい!が欲しい。


本当はそんなの全部考える必要ないんだろう。何も考えずただ相手気持ちを信じて日々を過ごせばつらくないんだろう。

ただ自分の中で消化しきれなくなった嫌な考えや気持ちと、それを話そうとしても真剣に聞こうとはしてくれない彼に少し疲れた自分自身相手への気持ちにすら疑問を持ってしまった。

なぜか、初めてセックスしたときかわいい」と言ってくれたのを思い出して、それからは聞いても二度と言ってくれなかったのを思い出して泣いていた。

ということが昔あったのを、季節の変わり目がやってきて思い出してしまった。当時の気持ちが蘇ってつらい。

2016-09-27

いい加減に年寄り土地を手放せ!!ニッポンの縮小対策の1つとして

先に要件を言おう。

年寄りは死んでもあの世土地登記簿とか持っていけないんだから田舎土地を安く手放せ。

若い奴らにとって田舎賃貸収入的にも夢がない。

同じく土地を買うにしても田舎賃金から考えたら異常に感じるほど高い。

それで地主を調べてみると良い家に住んでんのな。

庭に生やしてる松の葉一葉たりとも抜け目がないほど手入れしてんの。

これで日本の将来とか言っちゃってんだから笑うしかない。

田舎土地に何千万も金を出して買ってどうすんの?この時代にそんな価値なくね?

工場みたいな大型案件を期待してんだろうけど、東南アジアに建てた方が安いわ。

しろ交通の便やら考慮してもっといい案件なんてたくさんあるわ。

誰が好き好んで20ftコンテナもドレージできねー道しかない田舎工場建てるんだよ。バカなの?

田舎で買ったらおっきなドッグランでも作ったらいーの?

ま、そもそもそんな大金持ってねーけど。

土地が思うように売れない奴らが考え出したのが駐車場だ。

駅前全部駐車場バカなの?

1日500円って守銭奴かよ。

駐車場は確かに固定資産税更地より安くなるから節税対策にしたのは分かる。

だけどな、電車を降りて見渡す限りの駐車場

これが戦前・戦中・復興期を生きてきたお前らの懐いた未来なんか?

駅を降りたら食いもん屋もない駐車場荒野が広がる。

奴らは月のお小遣いが入ればいいって考えてる。

賃貸にしても田舎のクソ寂れた居抜きで物件で数十万/月とかバカなの?

田舎賃金から計算しても客単価を上げられないか家賃が払えないんすけど。

駅まで徒歩30分で2LDK(昭和40年築)で家賃7万+駐車場代5千円

※なお最寄り駅は1時間に2本の単線です…きゃぴっ☆

・・・キャンピングカーにして駅前の1日500円の駐車場に住んだ方が安いとかね。

しろそれだったら商売するにしても機会損失の少ない荻窪くらいに引っ越すわ。

風呂田舎だろうが荻窪だろうが同じ程度の設備だ。

ガチャガチャ廻して給湯するタイプで部屋の大きさが違うだけだ。

とにかく田舎土地を安く手放せ。

話はそれからだ。じゃないと本当に日本は突然死すると思うね。

年寄りの連中は墓だとか気にしてるけどな、このままじゃ供養する奴らも洩れなく居なくなるぞ。

2016-09-26

9/25進捗

旧くからの友人に助けを求めて、土曜の晩に作業通話という名の座談会をした。相方の絵を見せたところ、私もまあ、これはどうなんだって思ったところはいくらかあったけど…、友人氏容赦なく「色が汚い」「塗りが雑」「自分だったらこれを買おうとは思わない」「せっかく増田は丁寧に絵仕上げたのに、一緒に出展する増田評価も落ちるよ?」とまあ批判の嵐。

別のグッズに絵柄を使い回すと伝えたところ、「ありえない!修正要求するべき」というので、うんやっぱりそうだよね、自分が満足行ってない作品を展示即売会という晴れの場で出展するわけないよね、と思って、自分の思ったところと友人が指摘した部分に赤を入れて相方に送った。一部だけね…。それも優しく。

いちゃもんつけただけみたいに受け取られたのか知らないけど、ツイですごい凹んでたけど。

それからも友人は相方氏に対して、将来プロを目指すんだったら指摘されて修正するのは当然でしょそれぐらいでツイに書くぐらい凹んでんじゃねー、そもそもお前基礎練してこい、アタリとってない上に複数人書くのにレイヤー1枚しか使ってないって、そうやって見えない部分書かないか身体バランスありえんぐらい崩れるんだろ、あと増田ポーズ集買え、と友人氏まあ素晴らしい毒吐きっぷりだった。

とりま給料出たし、帰りに振込のついでにブックオフ寄ってポーズ集買いに行こ)

私が甘すぎるんだろう、そういう誰が見ても良くないと思う部分の指摘すらやんわり~としか出来ない(いや、やんわりでいいんだろうけど)し、しかもすごく心が痛むのであんまりしたくない。

あくま大事なのは見てもらうことなんだから、枚数減らしてもいいから丁寧に書けって言った。本人、大丈夫って言うどころか、やることを増やそうとしてたのでマジで辟易した。

色ははみ出すわ色抜けてるわデッサン狂ってるわ服の構造分かってないわ人のオリキャラ無下にするわで本当に言いたいことだらけで、そんな中でやることとか制作物とか増やしてほしくないのである

お前は自分の絵見返してそれでいいと思ってるのか、枚数たくさん描くのはいいけど1枚1枚に愛を込めてほしいし大事にしてほしい。

それが出来ないなら作品数減らしてもいいんだし(今回に関しては、その分自分カバーできるから)更にそれも出来ない・自分の絵の書く速度の把握とスケジュール管理も出来ないのであれば、商業なんて目指すべきでない。漫画家サラリーマンも同じ「しごと」。時間は守ろう!っていう基本は一緒。同人じゃねえんだから新刊落としました!」がまかり通るわけないし。

何が一番問題かって、言い出しっぺであり申込みをしてくれた張本人がその相方であること。いやお前がスケジュール仕切れよと。スケジュール決めようって提案したのも私、必要もの買い出ししに行こうって提案したのも私、そしてなぜか絵の校正してるのも私。来年も一緒に出ようぜって口約束で決めちゃったけど、来年もしマジでやるんだったらもう1から10まで私が面倒見てやろう。漫画家修羅場が命、そんなわけねえ。前自分オンリー出た時3ヶ月前から準備してたんだぞ、それを今回2週間ちょいでやろうっていうのがどう考えても間違ってる。そんで来年も締切落としたりだめだったらもう諦めよう。私は私で別で創作活動しよう。

なんだかもう当日まで何も言えることがないなぁ。

10年前のあの日、俺はKくんに電話を掛けることができなかった

来年で30になる。

 

子どものころ海外に行って別れて、久しぶりに地元に帰ってきたKくんはモデルを目指すという話を噂で聞いていた。

そして当時一番の親友だった俺と会いたいという意図を聞いた。

一方、俺は学生ニート引きこもりと化していた。

どうにかしなければならないと思いつつも完全に対人恐怖症になっていた。

電車の中の女の子たちの笑い声ですら動悸がして、非常にストレスになる、今思えば完全に病気だった。

あえば当時10年ぶりの再会となるが、俺は旧友とは誰とも会わなかった、会いたいと思わなかった。

その時、成人式親友だったやつと目があい、頑張って明るく挨拶したが無視されたのを思い出していた。

こんな俺をみてもコメントに困るだろうし、俺もK君の中の思い出を汚したくないし、何よりとても辛いので会うことができなかった。

会わなければいけないことは頭では分かっていたが何もできなかった。

都合が悪いふりをして会わなかった。

ドアには電話番号が書いてある紙がかけられていた。

 

それをアパートに持ち帰って電話を掛けようか、夜中に考えた。

考えて考えて、やっぱり電話を掛けるべきだと思ったが、とても何を話せばいいのか想像が付かない。

どう受け答えすればいいのか全くイメージができない。

何を言えばあの頃の思い出を汚さずにキラキラとさせたまま期待を裏切らずに電話を切れるのか考えた。

しかいくら考えても答えはでなかった。

つの間にか俺は真夏暑い夜の空の下にいた。

家の前のアスファルト道路の上に、靴を履いてパジャマ姿で立っていた。

携帯電話を片手に、視線を何度も地面と空を往復させて考えた。

長い時間が経ったように思えた。

答えは出なかった。

10年前の俺はKくんに電話を掛けることができなかった。

 

それからしばらくはそのことがずっと心のしこりで残り続けていた。

俺はというと頑張って大学卒業して何とか就職して働きだした。

勤務中でも増田が書けるだけの緩い職場だ。

もちろん忙しいときはそんな暇はないが。

何とかまともな社会人になってきたところでふとそのことを思い出した。

 

名前特殊なだけあってネット簡単に今の近況を調べることができた。

モデルを目指している人間ブログツイッター本名でやらないわけがいからだ。

特定やす情報もいくつか揃っている。

5分もかからずに特定できた。

10年前の俺にはできないことをしている。

今度ライブをやるらしいが、あいにく見に行くことができない距離だ。

特に大きな病気もせず活動を続けてきたんだなということがわかった。

残念ながらTVドラマに出まくるとか大ヒット歌手になるというところまでは行っていなかったが。

何か一言でいいから伝えたい気持ちが強くなった。

 

でも、10年前の俺の電話を掛けることができなかった俺と、

今の俺は何が違うのだろうか?

今でも俺は自分武器を取られたらオロオロして自信を無くして取り乱す人間だろう。

少し仕事ができるようになったせいで偉そうな精神性と虚ろな自信を身に着けたから、

今連絡を取りたいとか応援したいとか思い出しただけだ。

要は、自分に必至じゃなくなったか他人人生ちょっかいかけたくなったのではないか

今朝からそのことを仕事をしながら考えていたが、

どうしてもその疑惑が晴れることはなかった。

 

俺が伝えたいことはこうだ。

10年前Kくんに電話をかけなかったのは決して嫌いだとか関わり合いたくないからではなく、

今の汚物のような俺がモデルを目指す君のキラキラとした思い出を汚しかねないと判断たからだ」

「そして汚さないように交流を持つということも当時の俺の能力では不可能だったからだ」

「もし、嫌われたとかそう思っているのなら誤解だ、10年間何も言わずにすまなかった」

「今はバンドしたり歌手をしたりして幅広く活動してると思うけど、もし機会があればライブを見に行きたい、頑張って」

10年後である今の俺に、これを誤解なく、かつ円満に伝えられるだけの自信はなかった。

 

どうやら俺は10年前の俺と同じように、あの当時から10年後の未来の俺は同じように、

きっとまた連絡を取れずに終わるのだろうか。

俺が自分の心のしこりである重荷を解き放たれたいという欲求があるのか、

それとも未だに自信がなく怯えているのか、

あの当時自分の選んだ選択を一生責任を取って肯定するべきなのか、

難しいことを考えずに連絡を取り、何事もなく終わるのを期待するべきなのか、

Kくんにとって何が望ましいことなのか、古傷をえぐることにならないのか。

 

10年前も10年後も俺は答えを出すことができない。

Kくんが増田なわけはないが、

万が一にも増田なら、

あの時俺が会わなかったのは、どんな顔で会えばいいのか分からなかったんだ。

電話を掛けなかったのは、どんな話をしたらいいのか分からなかったんだ。

そして今も連絡を取れないのは、もう自分が何を本当に従っているのかも、

何をすれば一番正しい結果になるのかも、判断できないからだ。

 

すまん、Kくん。

立派になったら連絡を取ると誓ったが、

俺には一生無理かもしれない。

どうすればあの時と10年間を軽く謝って応援できるのかイメージが付かない。

俺は何も変わらなかった。

とても悲しい。

夢を叶えてください。

家族と仲良さそうだし、健康そうでよかった。

もし行ける範囲ライブがあったらこっそり顔出しますね。

本当はもっと文通していたかった。

でも日本語を忘れかけていると書いていたのを見て、

もうこちらでのことは忘れて新しい生活になじむのを優先した方がいいのではないか

そのとき僕は思ってしまった。

お金もかかるし、続けるだけの勇気も知恵も無かった。

いっしょに遊んだこととか、今でも全部覚えてる。

本当にありがとう

また、いつか。

 

Wより

2016-09-24

バス会社に勤めてたとき出会ったクレーマーの話

私は数年前までバス会社事務をしていた。

その時に出会ったクレーマーの話をします。


ある日、右翼系のデモ行進があった関係バスが大幅に遅延したことがあった。

(デモをやる数日前からバス停に遅延する恐れがある旨の貼り紙はしたが、まぁ皆が皆見るわけじゃない)

遅延が発生したことによりあるお客様から電話が来た。

バス停でずっと待たされているから、スーパーで買った肉が腐る!弁償しろ!」

遅延も、待たせてしまっているのも事実だ。丁重にお詫びし、後日、上司菓子折りをもって謝罪しに行った。





が、まだ気が済まなかったのか、そのお客様は、お客様からクレーマーへとクラスチェンジした。

まず基本的毎日電話が来る。

内容は、バス運転士の態度が気に入らないこと。運転士特定をするべく乗ったバス時間帯や区間など具体的なことを聞こうとすると無言→砂嵐の音

また、日頃の愚痴(バス関係ないこと)でも電話をかけてくる。一方的に喋り、言葉に詰まると砂嵐の音

そういう装置があることを初めて知った。

ある日は、バスロータリー路上の上で体育座りしてきた。運転士が注意するも、聞く耳を持たない

運転士は迂回して別のところに乗客誘導させる。

他の乗客困惑するが、クレーマーに対して注意はしなかったようだ。


またある日は、自身の子供とバスに乗車し、子供を車内でローラースケートさせる。

当時はローラースケート付きのシューズ流行っていたのだが、

車内で滑らせていたそうだ。

運転士が注意するも「うるさい!何をしようが金払っているんだから自由にさせろ!」と逆ギレ

運転士は怯まず「安全運行を妨げるならあなた方はもう客でも何でもない。次のバス停で降りてください。」

その時は周りの乗客も「そうだ!早く降りろ!!」と囃し立てる

クレーマーは「こっちは金払ってんだよ!」運転士お金まだ頂いてませんし、いらないんで早く降りてください。」

田舎バス会社なので降車時に支払うシステムだった

クレーマーぶつぶつ言いながら子供と降り、その直後に文句を言いに電話をかけてきた。

上司もさすがに呆れて、かかってきたとき電話番号を控えて

アポをとり、一度営業所まで来てもらった。(話を詳しく聞くという名目で)

来てもらって、話を聞いたが最初の遅延以外の苦情に関してはこちらにはあまり非のない内容であった。

上司は非のない部分に関しては断固としてお詫びせず、迷惑行為を止めてもらうよう強く要望していた。

私は電話越しの対応や、車内カメラしか見たことがなかったが、実際に姿を見てみたら

機嫌のいいときと悪いときの差がとても激しいタイプのようだった。

苦情から論点をうまくずらしていき、世間話や身の上話に持っていった上司によると、そのクレーマーは心の病気を患っていて

薬を服用したりもしているとのことだった。

そう考えると、その心の病気になってしまった背景とか想像すると、責め立てるのもなんか申し訳なく感じてしまった。

上司は「病気病気でも、迷惑行為迷惑行為からね。免罪符にはならないよ」と言って

その後も何かあれば然るべき対処を取ると釘をさしていた。

それからすぐに私は退職してしまったが、その後どうなったかは気になるところ。

2016-09-23

最近、ひげそりが高い。

困る。

まず、ドラッグストアとかで値引きして売ってることが減った。3本198円だったのが278円とかになってる。

それからハズレを引くことが増えた。ハズレというのは、店にたなざらしになっている期間が長くて、

ミクロレベルでは刃先がさびていて、髭が全然剃れない髭剃り。

ジレットとか最近連続でハズレを引いている。賞味期限を無理矢理伸ばしている感じ。

友達貧困

僕の同級生シャツはいつも汚れていた。

彼と遊ぶ時は大体野原だった。

日が暮れるまで虫を追いかけてりなんとかごっこを繰り返した。

僕は虫取りが好きだったしヒーローごっこも大好きだったから彼とはとても気があった。



ある日無性に彼の家に遊びに行きたくなっててお願いしてみたことがある。

何だか嫌がっている様子だったけど、家は知っていたから無理矢理に押しかけてしまった。

外はまだ明るいのに、家に入ると暗い居間には父親があぐらをかいて座っていた。

その後ろには掛け軸があって、細長い半紙に四文字熟語が描かれていたけど僕には読めなかった。

お父さんは鋭い目つきの強面で、びしっと決まった角刈りが印象的だった。

邪魔しますと挨拶をしたけど、黙って頷くだけで何も言わずに一点を見つめていた。

お母さんがお水とお菓子を出してくれたけど、すぐにそそくさとどこかに隠れてしまった。

おもちゃなんて呼べるものはおいてないし、なんだか友達に話しかけても全然相手をしてくれないからその日はさっさと帰ることにした。



そいつはいつも五分刈りで、髪の毛が伸びたところを見たことがなかった。

学校帰りに駄菓子屋に誘っても、一度もついてきてくれたことはなかった。

彼は決まって、遠足や課外授業になると学校を休んだ。

ある日家まで学級通信を届けに行ったことがあった。

お母さんが出迎えてくれて、御見舞をしたいというと渋々迎え入れてくれた。

この日もお父さんは居間に座って一点を見つめていた。

それから友達を遊びに誘おうと家を訪れたことがあったけど、大声で友達を呼んでいるといない時は何度目かに決まってお父さんが出てきて一言「いないよ」と言っては奥に消えていった。

その時は怖いお父さんがいつも家にいるなんて友達は辛いなぁくらいにしか思わなかったが、あとになって仕事は何をしていたのかなんてことが気になった。



そのヒントは友達ヒーローごっこをしている間の会話にあった。

僕はテレビヒーローに扮するのだが、彼が返信するのはいつも軍人だった。

神風特攻隊!」「大日本帝国バンザイ!」それが彼のいつもの必殺技だ。

何だか漢字がいっぱい並んでかっこいいなくらいにしかその時は思っていなかったけど、今思うと何となく理解ができるような気がした。



掛け軸の前に日本刀は飾られていただろうか。

それはもう定かではないが、彼のお父さんは活動生業だったのだろう。

武士は食わねど高楊枝。

友達もそれが美学だと教わっていたに違いない。

それが自分にとってリアル貧困だ。

お金を稼いで浮かれた生活をするよりも、志のために清貧を選んだ家族の話だ。

今ではもう見ることのなくなったようなたった30年前の話である

母たちのジハード

出勤を認証し、息を弾ませて自分デスクにたどり着いた本條たま子は祈っていた。


10分前、最寄り駅で満員の電車を降りる際に確認していた携帯電話、それをバッグから滑るように取り出し再度確認する。まだ着信がない。

まり、少なくとも、職場につくまでは無事だったということだ。

おはようございます

おはようございます!」

他の職員はすでに出勤していた。

さなついたてで仕切られた右隣の20代半ばの女性は、ゆるく巻いた長い髪から爪の先までつやつやしく、コンビニで買ってきた野菜ジュースをちゅうっと吸いながら業務メールのチェックにいそしんでいた。


10歳下の若い子に比べ、あまりに余裕のない自分笑顔がこわばっているのを自覚して、たま子はぎこちなさを自覚しながら椅子を引き、パソコンの電源を入れる。

胸にずしりとした重いものを抱えたまま、急いで一日の予定を確認した。今朝の会議資料は仕上がっている。午後に総務のAに渡す書類もできている。明日必要ものもあらかためどがついていたが、明後日期限でまだ半ばのものがある。数時間かかるルーティンワークを最悪誰にお願いできるか……。

ルーティンワークで、なるべく入力できるもの入力する作業に取り掛かり始めたとき、バッグの中でヴヴ、ヴヴ、とバイブレーション継続的にうなった。

たま子の心臓が跳ね上がった。着信だ。

室でたま子の他に子持ちには佐藤がいたが、子供の所用で有休をとっている。たま子はそのことをよく知っていた。

今日かかってきてしまたか

確認すると画面には案の定こう表示されている。

『あったか保育園

たま子は携帯には出ずに、保育園から電話が内線にかかってくるに任せた。

1分ほど間があった。自分で出るつもりだったが、電話に一番近い女性の反応が早かった。

「本條さん、本條さん宛てに保育園から電話が入っています

部屋に声が響いた。ぎくり、と室長工藤の肩が動いたのが見えた。ベテラン佐藤は不在で、他部署から移って半年はいえ、かなりの作業量を受け持つたま子が抜けると、派遣若い子だけでは今日業務は回らない。

社内監査の日程が近く、室にはピリピリした雰囲気が漂っていた。

室長工藤の広い額には朝からもう脂汗が光っていた。工藤だけでなく室の全員に申し訳ない気持ちを抱えながら、たま子は手を動かしながら答えた。

「今、外していると言ってもらってもいいですか。かけ直すと伝えてください」

子供は昨日の夜までは元気だったが、今朝体温は6度9分か7度ちょうどで、ぐずってもいた。解熱用座薬使用も頭をよぎったが、発熱していない2歳にもならない子には使えなかった。

電話に出なかったのは、園の看護師に、8度以上熱があればすぐ帰れと言われるからだ。室長と事後策を話し合ってからにしたい気持ちが働いていた。

朝ぐずって足にまとわりつく子供を無理に引きはがして保育士に手渡し教室に置いてきた。その面影に胸をふさがれる思いだった。

室長子供が具合悪い可能性が高いです。あと20分あれば、ここまでは目途がつきますので、それから保育園に状況を確認したいのですが、いいですか」

「そうですか、すぐに電話しなくていいの?」

「こんな言い方はよくないのですが、ひどい緊急事態だったらまたかかってくると思われます

大急ぎでできる作業を進めていると、隣の綺麗な巻き毛の佐々木が、不安そうにちらちらたま子を見、小さい声で言った。

「私、今日ピラティス入ってるんですよね‥。月謝、自分で払ってて、すごく高くて‥」

「ごめんね‥、まだ具合悪いって確定してないから‥」

たま子は身を縮めて謝るよりほかない。

まり引き延ばすわけにもいかず、たま子は工藤室長に断って携帯保育園電話を掛けた。熱発で7度後半、機嫌もやや悪く、朝に園で出された牛乳は吐いてしまったらしい。本来すぐ迎えに行かねばならないが、無理を言って昼ごろ受け取りに行くことにした。

保育園看護師は困るを連発した。また吐いたり8度に上がったら預かれないか電話すると言っていったん話は終わった。

たま子に最低限午前中の猶予ができたことで、室の仕事は何とか救われた。

休みに食い込んだが、残っている室長と、隣の若い佐々木に引継ぎした。

「どうしようもなかったら仕方ないけど、明日は出勤してほしいな‥。今日も帰られるのは痛いねえ」

室長は汗を拭きながら言った。本当に顔が青ざめていた。

佐々木さん、今日は残れるかな?」

習い事があります!」

「うーん、何時に出れば間に合いますか?」

「‥18時半に出れば間に合います

残業つけてください、30分頼みます優先順位確認しましょう。今日やらなくていい案件は、本條さんに復帰してから振ってください。あとは僕が頑張ります

胃薬を栄養ドリンクで飲む室長に罪悪感でいっぱいになりながら、佐々木の不満げな視線に頭を下げながら、たま子は部屋を辞し、駅まで走って電車に飛び乗った。

遅くなったから、さぞ保育園で怒られるに違いなかった。電車でたま子は扉にもたれかかって暗くなる視界に目を閉じた。

9/22進捗

ブログを書くと文章力上がってプログラミングうまくなるって聞いたから)

最近不眠だったり、会社から帰ってきてすぐに寝てしまい夜中に目が覚めてそのまま朝に~ってことが多かったのだけど、ゆうべは久しぶりにいい時間に眠りにつけた。(と言っても結局入眠したのは2時頃)

たぶん一昨日眠れなくて貫徹したからだと思うけど。

とにかく本当に体調が良くない。今日11時半ぐらいに出勤。道中、ずっと吐きそうだった。お昼ごはんも本当は何も喉を通りそうになかったけど、無理やりパックゼリーを流し込んだ。上司はいつも「無理すんなよ」と優しく言ってくれるものだけど、自分自身は罪悪感でいっぱい。ちなみに、前期休みすぎて今期分の有給支給してもらえていないので、休めば休むだけ給料が減る。今月の給料は(1万円の通勤手当を含めて)5桁だった。多分来月もそれぐらいになるだろう。

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10/1のイベント合わせで友人と共同作業していた原稿がゆうべ11時頃にやっと入稿できた。当初、締切を9/18と取り決めていたのだけど、自分が早々に原稿を仕上げておいただけに、まさか約1週間も遅らされるなんて思いもしなかった…。

「8日間仕上げ」と書いてあったのでまだ間に合うだろう…と思っていたが、同人印刷所によくある「イベント合わせ締切」のページ。それを見たら9/21AMだったんだって。笑っちゃう。元々の9/18締切を遵守できていたら、入稿データへの変換込みでも余裕で間に合っただろうに。でもきっと、あそこの印刷所は優しいか指定納入日に間に合わせてくれる。以前自分営業事務をしていたときに、顧客要望規格外納期に困らされていたことが幾度となくあったので、それをよもや自分(たち)がやってしまうなんて、胸が痛む。「短納期申し訳ございませんが宜しくお願いします」なんて謝罪文を入れても、業者の窓口担当者の神経を逆撫でするだけなんで、何も書かなかった。

イベント当日に向けて、まだまだやらなくてはいけないことが山積みだ。他に作るグッズは缶バッジ2種、缶バッジ型のボトルオープナー、ポストカードダイカットステッカートートバッグフリーペーパー。あとそれから、展示ブースを飾り付けるためのポスターを何枚か。

人の心配ばっかりしてしまう。ただでさえカレンダー納期を1週間も遅らされたんだ。上に書いたグッズ類の原稿データは、まだ友人はほとんど完成していないだろう。特に気をつけなくてはいけないのが缶バッジ系のグッズとトートバッグだ。

缶バッジはこれも印刷所への発注必要で、納期が4~5日かかる。友人は上記のものに付け加えて缶バッジミラーも1種類作りたいという。ぶっちゃけ57mmサイズの350dpiなので原稿サイズはそんなに大きくなく、作成は困難ではないと思うけど… 日曜までには入稿するから間に合わせてくれ、と連絡し、自分は3種中の2種ゆうべのうちに終わらせておいた。今日帰宅したら残りの1種も完成させ、他のグッズ原稿に取り掛かるつもりだ。

それからトートバッグ。友人の希望合作イラストにしたいという。これは業者への発注ではなく、自分達で無地のトートを購入してアイロンで転写する方法製作するのだが、材料が何も用意できてない。原稿イラストも、合作するならする個人で作るものよりも早めの話し合いが必要だと思う。今日まで全く話題に出していないけど……。

それ以外でも、各自家で印刷できるとはいえど結局それぞれ原稿データ作成しなくてはいけない。果たしてこんな物量が当日までに間に合うのか?

最悪、間に合いそうに無ければ自分が手伝うと声もかけてあるし、助けることも出来るが、なにせ自身の状況(忙しいとか、体調がどうとか)を話してくれないし、どこかで言及しているわけでもないので、手の差し伸べようがない。

ついでに、イベント当日まであと1週間とすこししかない。

昨日も似たようなことをしたけど、こうして現状を書き出してみると改めて危機感を持てるので、相方のケツ叩きもできるし自分の筆も乗ってくる。相方から見えない場所ではあるけど、毎日進捗をまとめてみようか。

2日に渡るイベントが終わったら、一緒に晩ごはんを食べながら反省会をしよう、なんて死亡フラグみたいな約束をした気がするけど、増田に書いてることをやんわりと伝えてみようか。その前に、フラグ回収して本当に死ななければいいんだけど。

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p.s カレンダーの納品当日に間に合わねえよ!って印刷から連絡きた。ウケる

やめたソシャゲの話

本格的に初めて遊んだアプリゲーはぷよクエだった。

ぷよぷよコンパイル時代からは知っていたけど、俺自身パズルが苦手だったからずっと手を出してなかった。

それからぷよぷよフィーバーが出て、アコール先生一目惚れしてそれからずっとぷよぷよをやり続けていた。と言ってもエンジョイ勢ぷよひろいだけど。

んで、しばらくぷよぷよ20thをやり続けて、ぷよぷよクエストなるものサービスが始まるとフォロワーから聞いた。俺は即事前登録をしようとした。iPhoneの方が先に登録できるらしくてちょっとお得だった。

最初は無課金でダラダラ続けようとダラダラ遊んでた。最初にアコール先生を選べなかったのは不満だったけど次に好きなリデルがいたから良しとした。

開始したてのぷよクエはなんていうか酷い出来だった。課金ガチャからは☆2のカードボロボロ出てくるし、バランスも滅茶苦茶だったし、アルルシェゾルルーサタンも居なかった。イラストも使い回しばっかりだった。大好きなアコール先生も案内役としてはいたけど実装されていなかった。

それでも俺はぷよクエを続けた。フォロワー愚痴を言い合いながら遊ぶゲームは今思うと楽しかった。

やり続けていくうちに原作キャラストックが尽きたのかどうかは分からんけど、段々と元々いたキャラは影を潜めてぷよクエオリキャラが出まくるようになった。

ま、それでも好きなキャラが居ることには変わりないしって思ってひたすら好きなキャラを集めた。アコール先生は追加されたけど期間限定課金ガチャだったからそれなりに金を溶かした。

しかし、そのオリキャラ既存キャラよりも強力なやつらばっかりで、既存キャラオワコン化していった。

上位ランカーは次から次へと新しいキャラに乗り換え、ツイッターでもあいつはザコこいつはザコ言いまくってた。

ステータスを重視する奴がいるのは仕方ない。

古参オリキャラゴリ押しするなと喚いたし、新規もっと強いヤツだせと騒いでた。

ガチャ更新イベント更新がされる度に古参ぷよクエを叩きまくってた。

プロデューサーも叩いてたし、運営ツイッターアカウントには凸しまくるし、暴徒みたいだった。

それがしばらく続いて俺はぷよクエをやめた。

まさかぷよぷよが好きなフォロワー達の発言ぷよぷよを嫌いになりかけるとは思わなかった。

課金したけど悔いは無い。今もそう思う。

今は別のソシャゲをいくつかかけ持ちしてダラダラ遊んでる。

ソシャゲをやってる人とはあんまり関わってない。また嫌いになりたくないし。

長谷川某はイケハヤのように海外からもっとスマート炎上せよ

http://blog.livedoor.jp/hasegawa_yutaka/archives/48487334.html

http://blog.livedoor.jp/hasegawa_yutaka/archives/48497760.html

(閲覧注意)


ヨッピーだったら炎上しないのかなあと思いつつ、もしそうだとすればはてなーも堕ちたもんだけどさ。

まあ、ヨッピー他人を口汚く罵ることはなさそう。自分がいつその状態に落ちるかわからいから。「元アナウンサー」という肩書の有無でこうも評価が変わるとなると、やはり日本は先手必勝なのだなあと思うわけです。「とと姉ちゃん」でも「自己実現欲求のために働いているのに、貧乏だと後ろ指を指される」という一言があって、日本の「ちょっと人と違うことに嫉妬して叩く」というのも変わらないのだなあと。




そんな話がしたいのではなくて。

Weblogの方も一通り読んで、大体の主張理解。ただ、僕は長谷川某が耳を傾けるに値しないという先入観で読んでいるから、原則伝わらないと思うけど。



 某のスタンスとして『炎上ってとても素晴らしい。だって拡散できる。』というのがあるわけで、炎上はある種意図的にやったと解釈。だとすれば、一次炎上すれば、某は目的を達成したわけで、その後のTwitterブコメにムキになって反論することはないのだと思うのです。だって、『ピーチクパーチクとうるさい人』扱いだろ。つまり取るに足りない有象無象だと思っているのです。

 別に彼らを無視するのはかまわないし、無視すべきだと思う。ネトウヨがうざいように。でも、某はそれも執拗に叩くのです。『なんなら、私を応援する現場医師たち、15人くらい、呼んできてやろうか?参考になる話、たくさん聞けるぜ?』『ネットで私の悪口を書くしか能のないバカたち』などと。



 これは某が本当に『あなた方の現実はちゃんと分かっています。』と言いたいなら、彼らにムキになって相手にすることはないと思うのです。すればするほど、某も彼ら同様に「悪口を書くしか能のないバカ」扱いされてもしゃーないなと思うのです。かくいう私も度重なる某の煽りに対し、「長谷川某?あーまた人格破綻者がなんか言ってるわ」などと先入観で見てしまう。残念ながら、今回の一件も、たとえ某がどれだけ『ご自身に全く非もない中、腎臓を悪くされ、人工透析を行っている患者・またご家族の皆さん。』の苦しい思い、悲しい思いを取材していたとしても「人格破綻長谷川某がなんか言ってるわ」と私は思ったので、「ご家族の皆さん」の思いは1mmも伝わらんかったんですよね。

(つーか、ちゃんと取材しているならわざわざ『あなた方の現実はちゃんと分かっています。』って予防線張らなくてもよくね?だって長谷川さんは私たちのために、あの憎き不摂生透析患者を叩いてくれている。ネットはいくら叩かれようと、わかってるよ」と"あなた方"はわかっているのだから、それをわざわざアピールせんでも。)



 これはすごくもったいない。これこそ日本の損失。



 まず、仮にも記者自称するなら、伝えたいことが聞いてもらえない、伝わらないって致命的なことだと思うんですよね。存在価値の有無を問われるレベルで。






 ただ、某には感謝しているんですよ。だって、「日本若者たち生活が「崩壊している」から言っている」「私たちの子供が大人になった時、あまりにも絶望的な国・日本を引き継がなければいけなくなってくる」から吠えているそうなんですから。私も30歳なので世間的には十分若者、なので某は私の味方のはずなんです。全然味方感ないけど。



 いや、某が勝手日本正義感ぶってくれるのはありがたいんですよ。一銭の得にもならないのに、むしろバカどもからいわれのない謗りを受け続けても(いくら無視しても物理的な被害可能性とか、精神的な澱はやっぱり溜まってくると思います家族親族への謗りとかも)吠え続けているんですよ。でも、それだけエネルギー使うのもったいないと思うんですね。少なくとも家族はいい顔をしないでしょう。

 なので、某にはマジでシンガポール香港移住して、浮いた取材に係るエネルギーを私腹肥やすほうに使ったほうがいいと思うんですね。「まだ日本で消耗してるの?」などど言いながら。だって「こんなクズ保険年金システム国家」なのですから。少なくともあなた家族絶対winですし、あなたに多くのエネルギーを使って叩いている人々も別の活動能力注げるからwin。朝から次の朝まで延々と仕事してる厚労省職員精神的な苦痛を受けずに済むしwinなんですよ。



 おお!完璧だ。



 なので、某は心から海外移住おすすめしたい次第です。




追記。

なんか隊長っぽくなった。

自業自得かどうかの判断システム」はどうやってやるんだ?という叩きもあるけれど、これはある程度まではできるように思う。まず先天的糖尿病患者ex.1型)は排除それから遺伝子検査腎臓を患いやす遺伝子を持った人も排除できるだろう。(遺伝子検査の精度はさておき)また、生活習慣のチェックリストや、これまでの健康診断結果を基に評価するという方法もできそうだ。(個人情報保護法を乗り越えるのは少し大変だが。。。)これまでの診療歴を見てもいい。ストレスチェックよりかは遥かに評価簡単そうだし。

 とはいいつつも、

 1.評価基準ってあるのか?ないならエビデンスに基づいた基準を最低でも学会レベルで定めないと。

 2.システム構築に係る費用って、現状の透析システムを続けるのと比べてどれぐらいペイするの?

 主張するなら、せめてこれぐらいのデータはほしいよねえ。

2016-09-22

http://anond.hatelabo.jp/20160922224826

インスタントラーメンは「自炊」だろうか?

人によって意見はあるだろうが、ここでひとつ具体的なケースを挙げてみたい。



セブンイレブン一風堂カップ麺を買ってくるところを想像しよう。

カンに湯を沸かしながら、コンビニの袋からカップ麺を取り出す。容器を包むセロファンを破る。

蓋をめくった君が見るものは5つの小袋だ。

いかひとつやふたつじゃない。5つだ。

チャーシュー、かやく、粉末スープ、液体スープ、そして秘伝のたれ。これが今夜のレシピの"材料"だ。

君は日清の指示に従い、この5つを限られた時間の中で適切なタイミングで容器に投入する必要がある。



まず、チャーシューとかやくを麺の上に開ける。

それから沸騰した湯をその上から決まった線まで注ぐ。

蓋を閉じると同時にタイマーを起動しよう。3分間だ。即席麺作りにおいて、湯戻し時間絶対ルールだ。

この3分間をただぼんやり過ごしてはいけない。液体スープを蓋の上に置いて温める。これも指示通り。

蓋の温度によって油分が柔らかくなり、絞り出しやすくなるからな。日清はよく考えてる。

さて、3分経ったら忌々しい蓋を破り捨てるんだ。もうそれには用が無い。

セブンイレブン様が添付してくれた竹割り箸を使って、麺をよくほぐそう。先にスープを入れると麺がほぐれない。



問題はここからだ。

液体スープと粉末スープにはそれぞれ「食べる直前に入れてください」と書かれている。

それぞれの優先順位日清指定しなかった。入れたら完成、というわけだ。

だが、ここまで細かく「調理方法」を指定した奴らが、そんな些細な条件設定を怠るだろうか?

しかし、最終的にどちらを先に入れるかは君が決めないといけない。僕は粉末スープを先に入れる派閥だ。

君もきっと、迷いに迷いながらスープをお湯に入れるだろう。そういうものだ。

スープを溶かし、最後に秘伝のタレを加える。おめでとう、これで一風堂の赤玉の完成だ。

蓋を開けてから最後の袋を開けるまで、君は何分かかるだろうか?もしかしたら少し麺が伸びてないだろうか?



さて、改めて始めの疑問に戻ろう。

インスタントラーメンは「自炊」だろうか?「料理」だろうか?

もしも、「料理」の定義に「手間をかけること」が含まれているとすれば、

僕はインスタントラーメンを「自炊」と呼んで差し支え無いと思っている。

http://anond.hatelabo.jp/20160922121716

これ、個人的な印象は全く逆なんだよなあ。

今、未婚の人の中には結婚する気がある人もない人も、どっちか微妙な人もいるけど、

しろ、そういうのが十把一絡げに「結婚したいけど○○(金とか出会いとか)が足りないから……勢」

として扱われていることにこそ違和感があるよ。



出会いがない」というのも、この不景気結婚に適した人の絶対数が減ったことが最大の問題であって、

マッチング問題二の次だと思う。

なぜなら、民間がすでにそういうサービスを整えているから。

どうしてもハイスペの男と出会いたいなら、専用のサービスでクソ高い金を払えばよろしい。

近いうちにリクルートまで本格的に参戦して、おそらくさらに洗練されたシステムになることだろう。

それで理想相手結婚できるかは別としてね。

そこまで民間ビジネスとして成立させてるのに、今更公の支援として何が必要なんだろうか?

よほどのクソ田舎で、民間業者すらろくにいないのなら、それこそお役所が手を挙げるしかないだろうけど。



それから、公のやることに効果があるとも思えない。

うちの田舎でもやってるけどさ、関東から女性呼んできて、ツアーついでに地元の男とお見合いさせるやつ。

あれ意味あんのかねえって正直思うよ。旅費の補助出した分、食い逃げされておしまいじゃんあれ。

だいたい、奇跡的にカップル成立したって、いきなり遠距離なわけじゃん。どうするんだよ。

2016-09-21

母が死んだ

一人で住んでいた母が死んだ。

死んで5日経って見つかった、孤独死だった。 

死ぬ10日前くらいには電話で話してて、いつもどおり、喧嘩をして切った。

 

最後の会話は、

俺「そんなこと言われる筋合い無いよ。切るからね。」

母「なにそれ…。」

だった。

 

遺体確認で見た母親は少し腐敗が進んでいて、触れることさえできなかった。

葬儀屋に預けて、次に見たときにはもう骨だった。

 

それからのことはあまり記憶は無いけれど、

なんとか諸々の手続きを片付けながら一ヶ月とちょっと経ったらしい。 

仕事にも戻って、普段通りの生活になり、ゲームなんかもするようになった。

普段通りの生活になればなるほど、母が居ない事実が嘘に思えてしまう。

また電話がかかってくるんじゃないかなんて考えてしまう。

 

生きてた間は嫌いだったはずの親は、やっぱり大きい存在で、失いたくない存在だったんだなと実感する。

50で死んでしまった母親に、まだ何も返せていない気がするし、何もしてやれなかったななんて思って、

でも後悔してもどうにもならないことってあるんだなぁみたいな。

今なら死後の世界とかを信じたくなる気持ちがわかる。

 

この後悔をどこまでも引きずって生きていくんだろうか、俺は。

母親に面と向かって感謝言葉とか言ったり、結婚式とか孫の顔見せたりしたかった。

二度と会えないんだよな、もう。

2016-09-20

著者はおそらく相当に慎重に調べかつ公開するにはかなり勇気が要ったろう記事に、「エアとかなまっちょろいこと書くなよ捏造と書けよ」と言われ本旨でなく著者が非難される。

でも俺は著者をよくやったと称えるよ。言いやすいようになったらそれからでも捏造とはっきり書いてくれ。

「つまらない授業」というただ一つの

お前はまだなんも分かってない。自分のやり方に固執してるだけだ。

別にボトムアップとかトップダウンとか、そんなことは些末な問題なんだ。そこじゃねーんだよ。

金とって「つまらない授業」することがまずもって犯罪なんだよ。「つまらない授業」から身に付くものがあるか?ゼロ。どんなに「内容がいいんだ」と強弁しようが、「つまらない」と思われた時点でお前の授業には残飯以下の価値しかない。「生徒にとってはきっとつまらない…けれどそれは必ず役に立つはずです(キラキラ…」よくある詭弁だ。いつ役立つんだそれは。身にも付かないものが役立つ日なんかくるわけねーだろ。だからダメなんだ。いくらやり方がよかろうが、生徒が興味をもてないやり方だと思ったらさっさと撤退すべきだ。



それよりも、どんなやり方でもいい。生徒の頭を刺激しろ。常に目の前の教材にひきつけろ。自分の頭で考え、思考活性化させる瞬間をひたすらつなげろ。授業の時間をフルに使い、授業以外の時間に一秒でもいいか国語のことを考えさせるように導け。それがアクティブラーニングだ。生徒が主体的(アクティブ)に学んで(ラーニング)いるというのはそういうことだ。お前はアクティブラーニング根本から分かってない。溝上先生の本でも少しは嫁。



なお、ボトムアップ式読解教授問題は、ハッキリ言えば硬直化したその「テスト」にある。ボトムアップ式で読めているかどうかを問う「よくある国語テスト(マークでも記述でも)」については、方法論が確立した結果「読めてなくてもそこそこ解ける」という致命的な欠陥がある。問題を解かせた後で生徒に「説明」をさせてみたら俺の言ってることが良く分かるぞ。そのうえで絶望しろ。話はそれからだ。

http://anond.hatelabo.jp/20160919221323

うわきしても良いんだという心の持ちよう

ろくに女性と付き合ったこともなく晩婚だった自分にとって、新婚時代は本当に幸せだった。

人に愛され、頼りにされるということがこれほどまでに充足感のあるものだとは思ってもいなかったのだ。

だけどそのバランスが崩れたのは子供が生まれからだ。

子供のことは愛しているし心の底からかわいいと思う。だから子供を恨むようなことはない。

ただ、嫁さんは変わってしまった。変わらざるをえないのだと理解しているつもりだ。

子供の世話に明け暮れて山のような家事をこなしている。

当然僕も手伝っているが、それでも限界がある。

そうして追われる日々を送っている嫁さんにしてみれば、極稀にできる時間自分のための息抜きしか使われない。

少なくとも、嫁さんにとっては僕との時間はむしろ重荷になっていたのだろう。



二人が愛し合って結婚をしたのだから、当然浮気は罪だと思っている。

実のところ、父親浮気をあろうことか母親と目撃してしまったことがあり、そのことが一つのトラウマでもある。

からこそ嫁さんに何度か二人の時間を作ろうと提案してみたのだが、ことごとく断られてしまったどころか、これ以上わたしに期待しないで欲しいと泣き出してしまったことがあった。

誰かに頼られることはもう沢山なのだろう。僕は頼られるほどに頼りがいがあるとは思えないのだろう。

そんな中で僕ばかりが嫁さんに期待しているようでは、それは彼女にとって重荷でしかないというのは分かっていたつもりだ。

でも僕も一人の人間であり男だ。

人に愛されていたいし、人に頼られていたい。

一度その気持ちよさを知ってしまったのだ。今更知らない自分には戻れない。



その前後から浮気をしたいという気持ちが芽生えるようになった。

しかし、その都度そんなことをしても誰ひとりとして幸せになれないと自らの考えを戒めた。

そうして自分を追い込んでは、相手になってくれようともしない嫁さんを恨むようになってしまった。

それから喧嘩が絶えなかった。

なぜ自分ばかりがこんな思いをしなくてはいけないのかと嫁さんにきつく当たってしまうことが増えたからだ。

程なくして僕らは離婚をすることになった。



それから数年が経ち、久しぶりにとある同級生と飲む機会があったのだがそこで目からウロコが落ちる話を聞くことになった。

そいつが言うにはそういう時は「浮気してやる!」と思えばいいということなのだ。

はじめは何を言っているのか今ひとつ理解できなかったが、そんなことで自分を責め、相手を責めるくらいなら浮気をしてもいいと考えたほうが遥かにましだというのだ。

そして彼はさらに続けた。

「それにいざ浮気をしてやろうと思ったところでそんなに簡単にできるものではない。その時初めて嫁さんの大切さがわかるんだよ。」と。

まるで鈍器で頭を殴られた気分だった。

確かに自分見たく平凡で面白みのない男に、どうして不倫などというリスクを犯してまで付き合う女性がいようというのか。

自分はいつの間にか、できないことを棚に上げてしない自分を優位な立場に置こうと考えていた。

それでいて自分ばかりが苦しんでいると勘違いをしていたのだ。

その証拠に、離婚してからと言うもの未だに彼女の一人もできていないではないか



既婚男性は今の奥様との出会い奇跡を忘れないで欲しい。

そうしてもし浮気を罪だと毛嫌いしているのであれば、まずはそんな自分を許すことから始めてほしい。

あなた子育てに忙しい奥さんに邪険にされたとき湧き出る怒りは、それが原因かもしれないから。

思い出話をしよう



むかしたまたま野球中継を見た

勝利したあと監督が嬉しそうに活躍した選手を褒めるコメントをしていた

その監督人間味に惹かれて横浜DeNAベイスターズ野球を見るようになったんだ



さくねんのペナントレースは春先何かと調子が良かった

しか交流戦で失速しそれから動力を失った飛行機の如く落ちる一方

二週間ほど野球を見ないうちにDeNAベイスターズ最下位になっていた

自分野球を見るきっかけになった監督は辞任してしまった



ことしは監督が変わった

先勝てない日々が続いたときは酷く自身モチベーションが下がった

その分と言ってはなんだが当然5月の気分はハイだった

このチームは借金を返したのちまた借金をするが沈むことなく戦い続けた



きのうついに横浜DeNAベイスターズCS進出を決めた

9月19日は奇しくも友人の誕生日だったが今の今まで忘れていた

J.ロペス選手が捕球した後のガッツポーズ

三浦大輔選手笑顔

これらは私の記憶に長く残るだろう



DeNAベイスターズに入れ込むきっかけになった中畑清監督

あなたは私に様々なものを与えてくれた

本当にありがとう

2016-09-19

ファイル共有ソフトを使ったせいで過去に取り残されてしまった

割れと呼ばれる違法コピーを使い始めたのは、どこかのサイトエミュレーターを知り、海外サイトゲームボーイポケモン赤緑ROMダウンロードしたのが最初だったと記憶している。

ファイルサイズも小さいゲームボーイだったが、自分パソコンポケモンが動いた時は感動したものだった。それから始まった。

ファイル共有ソフトを使い始めたのは2ちゃんねるで知ったWinMX最初だった、それ以来Winnyとか、色んなダウンロードソフトファイル共有ソフトを使った。使いまくった。

みんなが金払っている物に金を払わない事が誇らしかった、自分は最新の存在である優越感を持っていた。

漫画音楽アニメゲーム映画PCソフトも気になる物は全部落しまくった。

落としたファイルは「いつか見るだろう、使うだろう」と保存してあるだけで9割以上は使ってない。

古いファイルでは2001年とかある、当時落としたジョジョの奇妙な冒険はまだ読んでない。

今となってはクソ画質のアニメも当時は普通、それも落としただけで見てない、Gガンダムとかるろうに剣心は当時のまま全話あるけど1話も見てない、今更見る気にもなれない。

世の中には色んな音楽配信サービスがあるけど一つも利用した事無い、タダで落とすから、まあそれは今の人も同じかもしれないけど。俺の場合は使うという選択肢自体が無い。

ビデオレンタル最後にやったのはVHS、映画館には21世紀になってから一度も行っていない、最近映画泥棒かい広告が流れるらしいが見たこと無い、座席の予約ができるらしいがやり方を知らない。

アニメ公式無料配信なんて1度使っただけで結局、違法ダウンロードに戻った。なんか使いづらかったし。

P2P規制が激しくなり、使えなくなっても、違法ダウンロード自体はやめなかった、やめる理由が無いからだ

ソーシャルゲーム流行りだした頃、魅力を感じなかった、何故なら有料の物が無料になるからこそ価値があるのであって最初から無料なら手に入れる意味が無いからだ。

漫画期間限定1巻無料とかも全く興味無く、そんなサービスを利用しないので使い方すら知らない

無料サービスが当たり前に提供されるようになっても、そっちにいかなかった、行ってもすぐやめた。

広告とかウザイし、変なストリーミングだったり、期間限定だったり、会員登録必要だったり、専用ソフト必要だったり、ファイル管理が面倒だったり、どうせ裏があるだろうと警戒してしまうからだ。

ネット時代デジタル時代になって、色んなサービスが咲いては散っていったが俺はどれも使う気は無かった。

俺は今の時代を何も知らない、過去の人間だ。

http://anond.hatelabo.jp/20160919222546

元増田です

日本語テキストの中にクソみたいなのがあるのは首肯しま

しかし、「読みやすさ」という意味でクソでも、よくよく中身を吟味してみたら、一考する価値のある内容や、卓見があるかもしれませんよね

「読みやすい」文章が書けるようになってほしいという気持ちは、国語教員としてもちろんありますが、

「読みやすさ」を守るために、本質的理解を拒絶してほしくない、

読みにくくても内容を掴んで、せめてそれからクソと言ってほしいという気持ちもあります

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また、「文学」という言葉が出てきましたが、いわゆる「文学作品」について、国語から切り離すべきとかそうじゃないとか、

いろいろ議論が紛糾している状況です

まだまだ勉強不足で、国語教育を取り巻く状況を正確に把握しきれていませんが、教科書のものが抜本的に変わる日も遠くないかもしれません

昨日を生きる人

9月のある日、僕が体験したできごとは、あまりにも現実離れしていた。

その日会った人物の言うことを全部信じればの話だが、彼女がそこまでの嘘をつく理由も思いつかないので、とりいそぎすべてを信じることにして、話をすすめる。

その日、妻が義母と出かけるというので、僕は暇を持て余していた。ふと、最近ツイッターで援交をしている女子がいるらしいから、どんなもんか検索してみよう、と思いたった。暇を持て余した男がすることはろくなもんじゃない。

検索するとかなりアカウントがヒットした。その中から20歳専門学校生プロフィールに書いてあるアカウントメッセージを送ってみた。するとすぐに返事があったので、条件や会う場所を決め、待ち合わせ場所に向かった。

そこにいたのは、20歳よりさらに若く見える女の子だった。嬉しいような、でもちょっと危険なような、そんな気持ちホテルへと移動した。

ホテルに着き、やることを済ませた後、しばらく話をしていると、唐突に打ち明け話がはじまった。

人生うまくいかないんですよね。そんな始まりだったと思う。若い子にありがちな話だと思っておざなりアドバイスをしていると、急に彼女が言った。 

実は私、病気なんです。記憶が1日しか持たないんです。

記憶が持たない」という症状は、小説映画テーマにもなっているし、有名なミュージシャン交通事故きっかけに発症している。だから存在は知っていたが、当事者を目の前にしたのははじめてだったので、すぐには受け入れられなかった。

彼女は、家族の話によると、ある時、自分の大切な人が目の前から姿を消したこと、また学校先生からセクハラを受けていたことが重なり、鬱を発症したらしい。そしてそれと同時に記憶が徐々に消えていき、最終的に1日しか記憶が持たないようになってしまったのだという。

それから彼女は1日の終わりにスマホに、「スマホメモを見ること」というふせんを貼り、スマホメモには家族写真と、父、母、兄という説明を入れ、朝起きてまずやるべきことを書くようになった。

また、日々の記録を手書き日記につけ、毎朝それを読み返すことで、自分の行動を把握しているらしい。そこに書かれていることは彼女にとっては他人事で、ふーんという感想しかないらしい。

さらに、記憶がないことで、自分はこういう人間だ、という内的一貫性もないため、ある出来事に対してどのような感情を持つべきかわからず、結果的には感情を失ってしまったという。それは暗い人間になるという事ではなく、全てに対してフラットなため、第一印象では明るい人に思えるのが不思議だった。

彼女毎日自分SNSを開き、昨日と同じく行動を繰り返すことで、自分の1日を前に進めている、そこに援交を誘う投稿があればそれをそのまま投稿しなおし、僕のような男がひっかかれば寝る。

これから彼女は昨日を繰り返して生きていくのだろう。あるいは病気がよくなれば、彼女彼女明日を生きることができるのだろうか。

Tehuくんがこれから逆転満塁ホームランを打つために、今こそ医学部

Tehuくんがこれから逆転満塁ホームランを打つために、今こそ医学部を目指して再受験しろ

Tehuくんが嫌われる理由の一つは、デザインだのプログラミングだの芸術クリエイティブな「不得意な分野」で自分無能さを顧みずに他人を貶めるから

Tehuくん自身は頑張っているんだろうけど、才能がない分野でいくら頑張っても無駄というもの努力が空回りしてそれがさらに滑稽に見える。

からこれからTehuくんが人生で逆転して素人女の子セックスできる人生を歩むためには、自分の得意な分野で勝負しなければならない。

目標に向かって本当に努力する姿というのは、たとえTehuくんのようなこれまでさんざんヤラカシ人間であろうとも心を打つものだよ。

Tehuくんの得意なもの、それは勉強だろ?

これから医学部を目指して死ぬ気で勉強しろ

TwitterInstagramで嘘偽りない毎日勉強の様子を伝えろ。

今の虚飾と欺瞞に満ちたTwitterの内容が連続的に真摯自己研鑽毎日に変化していけば、君を心底軽蔑して馬鹿にしていた人たちもいつかは君を応援するようになるだろう。

医学部に入った後、実際に医師免許まで取得したら・・・ それからはTehuくんしだいだな。

今の無責任なTehuくんのままだったら、臨床に関わることはお勧めしない。現代ビジネスリニューアルのような適当仕事人間相手にしていたら、助かる命も助からない。

しかし、努力過程でTehuくんが変わり、自分犠牲にしてまで命を救おうとする医師になれたら、女はいくらでも寄ってくるよ。

見た目はキモくて風俗通いをネタにするダメな感じの医師でも、いざ仕事となれば人が変わったように命に向き合う。これだと看護師にはもちろんとにかく女にモテモテになるぞ。

Tehuくんのこれまでの人生を生かして、発達障害の子どもたちのために精神科になるというのもいいかもしれないよ。

Tehuくんが苦しんだように、発達障害人生の貴重な時間を黒く塗りつぶしてしまう人たちはたくさんいるんだ。

とにかく本当に人の役に立てる人間になれたら、今みたいに死に物狂いで人脈自慢とか自分を大きく見せるための努力をしなくても、向こうから本当の人脈は寄ってくるんだ。

今みたいにTehuくんのことが利用できそうだから近づいてくる人間はいやだろう?

Tehuくんのメッキが剥がれたらあれほどちやほやしてくれた人たちが波が引いていくようにいなくなったろ?

得意分野を生かして、君の本当の人生を生きてみたらどうかな?

2016-09-18

はじめての乳がん検診で学んだこと

6月から胸に違和感があったんだけど、逆流性食道炎になりかけていたからそっちの違和感だと思ってあまり気にしないようにしてた。

ネットで触診の仕方を調べて試すもしこりも触れないし、仕事上半身がよく凝るし肋間神経痛かもなぁとも思ったり。

でも6月小林麻央さんのこともあり、テレビ乳がんのことを見かけることが多かったので不安になることもあった。

そうこうしているうちに会社健康診断の時期になり、軽い気持ちオプション乳がん検診を受けることにした。

市の検診だと曖昧だったりすると聞いたことがあったので検診センターエラスグラフィ(硬さを調べられるやつ)の超音波検査(年齢的にマンモではわかりにくいため)を選んだ。実費で約6000円。

9月の初め、健康診断当日。初めての乳がん検診にドキドキしながら検診センターへ向った。これで胸の違和感のこともはっきりする、しこりもないし何もないはず。

受付を済ませ、先に超音波検査からと案内され検査室に行くとキレイでお若い女の技師さん。

冷たいゼリーのようなものを塗られ、まずは右胸から結構グリグリされて痛い。「エコーは痛くないんじゃなかったのか!?」と必死にこらえる。

するとモニターに黒い楕円形なものが映ったのが見えた。何もないと思っていたので一気に不安になった。カチカチとマウスクリックしたと思えば(おそらくデータを残してる)今度は色を変えている。

エラスグラフィはしこりが硬ければ青く映るというのを事前に調べていたため、見ないようにと思ったけど見てしまった。しこりは青く映っているように見えた。

その後4回くらいカチカチとマウスを動かしてから技師さんが「次、左です」と言った。左胸はくるくるスムーズに終わり、これで超音波検査は終わった。左胸がすぐに終わったことでますます不安になった。

その後、いつもの健康診断だったんだけど動揺を隠しきれなくて血圧測定では脈拍が90だったり視力検査で見えるものも見えなかったり散々。

すべての健康診断が終わったあと、車に乗り込んで速攻スマホで『乳がん検診 超音波検査 黒い影』でググりまくった。だけど時間がたつにつれて記憶曖昧になってしまってどれがどれに近いのかわからなくなり、これはもう絶対に精密検査だどうしようと泣いた。

この検診の翌日が休日だったのも悪かった。朝から晩までパソコンで調べまくった。まだ結果も来てないのに。調べれば調べるほど「乳腺のう胞」なんじゃないかと思ったけどエラスグラフィで青だったことがどうしても気にかかり、また泣いた。もし乳がんだったら?と思うと不安不安パソコンの前から離れられなかった。

この日、初めて闘病ブログというものがあることを知った。たくさんのがん患者の方がブログを書いていた。告知された日のこと、手術前日のこと、抗がん剤治療のこと、副作用のこと、治療費のこと、何気ない日常のこと。

たくさん闘病ブログを読んだけど、皆さん前向きだった。

それでもわたしは怖かった。まだ結婚だってしてないし子供だって今はほしくないけどほしくなるかもしれないし。

怖くて怖くて仕方がなくて、結果が来るまでだまっていようといたけど家族に「乳がん検診で黒い影が映ってた」と伝えた。結果が来るまで待ったほうがいいと思うけど、どうしても気になるなら乳腺外科に言ってみればと言われ、次の日会社を休んで乳腺外科へ行くことにした。

基本的にどこも乳腺外科は予約診療なのか受付で止められたけど無事受診できることに。

問診票に乳がん検診経験の欄があり、寸前まで経験無しにしようと思っていたけどどうしても嘘つけなくて3日前の日付を書いた。

案の定、問診室で「えええええ!?!?」と驚かれ、検診センターに連絡してもらえることになったけど、昨日の今日で結果は見れないらしい。

診察ではとりあえず触診され異状なし。先生には「技師さんに何か言われたの?」「年齢的にがんにかかるのはまれ」と。

しかしわたしは不安でいっぱい。「でも色が青かったんです」「最近若い人もなってる」と半泣きで訴えるも「触診では何もないしすぐにどうこうなるもんじゃいからとりあえず結果がくるまで待って下さい」と言われる。

診察室を出たわたし看護師さんに小部屋に案内され「落ち着くまでここにいて大丈夫ですよ」となぐさめられる。

この看護師さんはおそらく主に患者さんのお話を聞いたりする人だったと思う(泣いていたので記憶曖昧不安なこととかあったら言ってくださいねと声をかけられ、泣きながら2日間で調べまくって不安不安しょうがないことを伝えた。

同級生の身内の方が乳がんで亡くなったと書いてあったことも不安の一つだった。彼女フェイスブックには若ければ若いほど進行が早いと書いてあったし。

久々に人前で号泣したわたしは結果も出てないのにウィッグやら仕事不安定とか医療費とか家族心配かけたくないとか初対面の人によく話したな!と今思えば恥ずかしすぎて死にたくなるようなことをべらべら話した。

ひたすら看護師さんは優しく見守ってくれて、それが余計涙腺を刺激されて涙が止まらなかった。落ち着いては泣くを繰り返してなんだかんだでその小部屋に1時間以上篭ってしまっていた。

落ち着いたときに「結果も出てないのにこんな長時間篭ってるひといるんですか(;_;)」と聞いてみたら「いますますまれに」と。わたしやっぱりまれかよ、とまた泣いた。

不安でも悲しいことにお腹はすくのかお腹がなってしまい、何時か聞くとお昼すぎてしまっていてさすがにやばいと思って落ち着いた瞬間に御礼を言って帰ることに。

「ちゃんと水分取ってくださいね、売店が下にあるので」と優しくされて、泣きそうになったけどここは堪えた。

検診センターでの結果は異常があれば今週中に結果が届くと教えてもらえたので、今週を乗り切れば大丈夫、触診は大丈夫だったし大丈夫、もし精密検査になってもあの看護師さんがいるここならきっと大丈夫自分に言い聞かせた。

この週は家に帰るのが毎日怖かった。なんなら郵便屋さんのバイクの音も怖かった。

しかし土曜になっても結果は来なかった。でも何かの手違いで月曜に来るかもしれない、月曜まで油断できない。とまた不安になる。振り返ってもほんとに自分アホだと思う。

結局翌週の月曜になっても火曜になっても何も届くことはなく、検診日から二週間後に結果が届いた。

やっぱりというか「乳腺のう胞の疑い(一年後再検査)」だった。結果を見たときは「疑いってことはわかんないんじゃ」と思ったけどエコー画像で診断がつくと言うし、あの乳腺外科号泣したときにのう胞については聞いていたので、特に異状が現れなければ1年後でいいかなとすぐに落ち着いた。

今振り返ると心の底からどうかしていたと思うんだけど、あそこまでどうかしていた原因はインターネットに縋り付いていたからだと思う。朝から晩まで調べまくればそりゃ不安にもなるし、どれが正しくてどれが間違いなのかわからないしどうしても悪い方の情報ばかり見てしまうし。そんな調子で闘病ブログまで読み漁るとそりゃ不安でいっぱいになる。

乳腺外科医のQ&Aもたくさんあったけど、診てもないのにどうしてわかるの?と思ったし。

からしわたしのように検診で何か不安ものを見てしまっても、インターネットで調べるのは絶対にやめたほうがいい。

不安で調べたくなる気持ちはすごくわかるけど、結果が届くまでもストレスなのに余計にストレスが重なって本当に何か病気になってしまいそうになるよ(わたし逆流性食道炎が復活した)

ただ世の中にはこんなふうに不安な日々を過ごしたあとに告知された方がいるんだと思うと本当に自分が情けなくなるし申し訳なく思う。

こんなことを書いていいのかも迷うし、患者の方からしたら腹ただしく思うかもしれないし。

でもわたしみたいに(まれだとは思うが)なる人もいるかもしれないし。

今回の初めての乳がん検診でたくさんのことを学んだ。健康であることへの感謝。いつ自分病気になってもおかしくないということ。インターネットに頼りすぎないこと。乳がんは早期発見が大切、乳がんは完治するということ。前向きに治療に取り組んでいる患者さんがたくさんいるということ。

こんな不安気持ちを抱くことになるならわざわざ実費でしかも年齢的に必要ない検査を受けるんじゃなかったと思ったこともあったけど、今は受けてよかったと思う。

自分の心の弱さも知れて、大恥もかいて、もっときちんとした大人にならねばと再確認できた。

それからこの連休明けにでもお話を聞いてくれた看護師さんに電話で御礼を言うつもり。ちょっと恥ずかしいけど。


最後に全てのがん患者の皆様が少しでも早く穏やかな日々を過ごせますように。