「それから」を含む日記 RSS

はてなキーワード: それからとは

2016-08-24

リスニングが出来ない(のはどう考えても教育が悪い)

旧帝大学生センターリスニングは42/50点(これが良いかどうかはさておく)、TOEIC/TOEFLは受けたことな

外国人の喋ってることが全く聞き取れないで苦しんでる

特にメジャーの中継とか解説が色々言った後実況と一緒にハッハッハッって笑ってるのに全然何言ってるのかわかんなくて笑えないしやばい

聞き取りできる順に、

=聞き取れる壁=

英語試験

センター試験

=まぁ聞き取れる壁=

映画など役者の声

=担当者によっては聞き取れる=

TED

BBC

CNN

=無理=

メジャーリーグの中継

こんな感じ

なぜ聞き取れないのか

というわけで分析

よくある順に、

一瞬分からない単語がチラつくとその後一気に全部倒れる

語彙力が貧弱といえばそうなんだけど、文章だと前後の文で分かってしまうので、「前の文」しか流れてこないリスニングだと、「後ろの文」を聴いている間に「さっきの単語の推測」まで行うことは難しい

単語の切れ目が分からない

単語単語の間を詰められれば詰められるほど脳が溶けていくのが分かる

知ってる単語2つでも間合いが詰まると未知の単語1つに化けていく

助動詞が聞き取れない

would=ウッド

will=ウィル

と覚えてると外国人はどっちも「ウッ」となるので聞き取れない

さらにはhaveはhasにもなるしhadにもなるし、見た目だと一瞬で判別できるけどリスニングでブチ込まれると混乱しかもたらさな

he isとhe hasの違いとかでぶっ壊れたりするのは読解じゃあり得ないけどリスニングでは茶飯

助動詞は時制とかに繋がってくるのがうざい

助動詞それからhaveの含まれ文章ダダーッと流れてきて「はいこれ未来形」「はいこれ過去完了」「はいこれ仮定過去完了」と変換するのは難しい

まり時制が分からんくなる

殆ど発音しない時がある

andとか。

主語が聞き取れない

I'd like to...

を「ァライクトゥ」と聴いてしまうので、

..like to..

と聞こえて「は???主語どこ???」となる

最低でも「ッドライクトゥ」と言って欲しいが奴らは「ァァライクトゥ」とか言ってくる

どもる

外人の実況どもりすぎじゃないか

日本アナウンサーが「わっわっ私もそう思います」とか「かっかっ彼は、彼は……」とか何度も言ったら池沼扱いだと思う

しか外人アナウンサーは平気で「アッアッアッアイスィンク」とか言う

従属節

whichとかthatにマルをつけて、従属節がどこにかかってるか図示する方法リスニングでは使えない

よってどこに何がかかっているのか謎化してしま

ある程度ヤマを張って文脈判断することが出来なければ一文丸ごと意味不明になるので白目をむくほかない

結局聞こえてくるのは

途中まで聞き取れていても、主語ねぇ、時制わかんねぇ、メインの動詞意味わかんねえ、後の文は総崩れ、という状態崩壊してしま

役者台詞とかならこういうことはあんまりないけど、普通英語圏の人の会話には全くついて行けない

「アム……アッアッアッアイアイアイスィンク……faweiojaf;woiea3h;adfja;……イッイズじぇ;をいあfjをいえ……」

って感じ

原因の原因

副詞」「助動詞」「助詞」とか「仮定法」「時制」「未来過去」とかそういう名前をペタペタ一つ一つの単語にはりつけていって分類し構文を脳に流し込むという教育が悪かったんじゃないかと思う

ネイティブが喋る速度と同速度でその会話文に「はい主語はい助動詞はい動詞はい時制はこれ、メインの文はこれ、従属節はこれ」って解析していくのが間違っている

しかし一度身についたものが容易にはがれるはずもない

まり教育が悪い

これらを解決リスニングが出来るようになる方法

もしかしてそれを期待して読んだか?

残念ながら解決法は見つかってない

おそらく解決するにはネイティブが喋る速度と同じ速度で「主語→(助動詞が来るかもしれない)→動詞動詞の指す内容→主語→……」が常に流れてくるということを体で覚え込むしかない

しかしどうすれば身につくのかはよく分からない

時制をぱっと判断しようにもhaveが高速で流れ去るし、時制判断を行った直後に動詞が来るから判断時間をかけていると肝心の動詞が抜け落ちる

編な省略は多いしどもるし発音しない単語あるしもうなんなんだ

キレそう

2016-08-23

母親結構な金が注ぎ込まれてる

母親がガンとの診断をうけて、もうすぐ5年半になる。

診断されたときには、ステージⅣで5年後生存率は20パーセントといわれていたが、幸運なことに、今でも調子がよいとき自分で車を運転して病院に通う程度に元気だ。




病院は、昔の社会保険病院(何年か前に制度改革名前変わった)だから、まあ公立みたいなもんで、いわゆる「保険範囲内」の治療を続けている。

最初の1年に2回ほど手術はしたが、あとは抗がん剤治療

基本的には、抗がん剤を月に一度うって、それから週一で検診をうけて、また抗がん剤うって、が基本パターンで、

だいたい抗がん剤うったあと数日はかなりダルそうにしているが、それ以外の期間は、病人とは思えないほど元気だったりもする。

その時期に人とあうと、誰も彼も「お元気そうでよかった!」というもんで、

「アタシだって病気なのに・・・」というのが数年来の悩みで、その手の愚痴はもう、聞くだけ聞いて右から左に流している。



で、ある薬が効かなくなったり、副作用が強く出てきたりしたら、新しい薬に変える。

薬が変わるごとに、医者から家族も同席した上で説明を受けるのだが、素人が聞いても分かったような分からないような話にしかならず、

結局は「先生のご判断にお任せする」しかない。




主治医は無愛想かつ若干コミュ障気味で、正直感じは悪い。

母がかかるようになった当初、入れ替わり立ち代り看護師が「愛想は悪いけど、腕は確かな先生ですよ」とフォローに来たくらいだ。

まあ、その分、ある意味で信用はしている。余計なお愛想や、変に希望を持たせることも言わないし。

でも、実際、この先生が合わなくて転院していった人が、いなくはないらしい。

なんっていうか、身もふたも無い言い方をしがちなので、そういう人がいるのはよく分かるし、

そういうときに、なんか笑顔でへんな希望をもたせる代替医療屋が近づいてきたら、コロっといってしまうのではないか、などと思う。




で、3ヶ月ほど前、また抗がん剤が変わった。

今度の薬は、数年前に認可されたばかりで、はじめは肺ガンにつかわれており、母のガン(卵巣ガン)に使われるようになったのはごくごく最近であり、

母の主治医は初めて使うらしい。

「高額の薬ですけど、保険が利くようになりましたからね」と説明を受けた。




幸い、母には向いていたのか(抗ガン剤の向き不向きは、その人の病状やら体質やらガン以外の持病やらによって千差万別らしい)、

最初の投与のときは、若干副作用が重く、体重もかなり減り、心配もしたが、

その後は、当初のときほど副作用が重くない様子で、血圧も安定し、なにより腫瘍マーカーの数値がよい。

で、食欲も旺盛で、下手したらガンになる前よりあるんじゃないか?というくらいになり、実によく食べている。

なのに体重は増えないようだ。

よく分からないが、ものすごい勢いで体内のがん細胞を殺しまくっているのかもしれない。

この夏も、暑い暑いといいながら、友人と映画見に行ったりしている。




というわけで、医学進歩は、はなはだありがたい限りなのだが、請求の明細を見ると、やはりいろいろと考えてしまう。

母の抗がん剤治療には、1回60万円以上の金が注ぎ込まれているのだ。

ところが、後期高齢者である母は、高額医療費免除勘定に入れれば、実質1万5000円程度しか払っていない。

この数字をみると、ここ数年、ほとんど医者にかかったことのない自分健康保険料が「高い!」などという気分は、吹っ飛ぶ。

こんな風では、確かにこの国は医療費でつぶれてしまうのではないか?と思わないでもないが、

そんなマクロな疑問を、目の前の親の病気というミクロな大問題を前に考えていられるほど、自分大人物ではない。




今の抗ガン剤も、いつまで使えるのかよくわからない。

一般論としては、どんなに長くても2年がせいぜい、らしい。

まあ、まだ使用例がさほど多いわけでもないので、医者もよく分かっちゃいないのだが、いずれ限界がくるのは明らかだ。

そこで、また新しい薬が出てきて、今度は1回100万(自己負担は2万数千円くらい?)みたいなことになるのかもしれないが、

そうなればまた、日本医療制度感謝して、淡々母親のことを見守ることになるのだろう。





なお、ちょっと話は変わるのだが、素人ながらに母親とその周辺にいるガン仲間をみていると、

今のところガンに特効薬は無いのだが、



1 日ごろから「ガン以外」は健康であること

2 食生活がちゃんとしていること




が、かなり大事なのだろうなと感じさせられる。

大体、ガン以外に持病があったり、肥満だったりする人は、正直、ガンになってから生存年数が短いようだ。

治療には体に負担がかかるので、「健康(ガン以外)」でないと絶えられないものらしい。

幸いにして母は、患う前、年齢の割には健康診断の星が格段に少ない人であった。


あと、やっぱり食事が偏った人や、食欲が無くなった人は、どんどん衰弱していく。

その辺は母も思うところがあるらしく、毎日時間をかけて野菜ジュースつくったり、いろいろ献立考えては買い物に行くのが

ちかごろの生きがいになりつつあるようだ。



はいえ、そんなのは対症療法で、結局は高額な薬を主軸とする治療に頼っていかざるを得ないのが現状なわけで

これから先、どのくらいの期間にわたって、どれくらいの金額が母の命に注ぎ込まれていくのか、

できるだけ考えないことにしている。

http://anond.hatelabo.jp/20160823230040

自殺したがる奴をとりあえず止めようとするのは、止めずに死んじゃったら寝覚めが悪いからだよ。

いろいろあるけどこれが一番大きい。

個人的には誰かに言ったら止められるのはわかってんだから、そんなん言うんじゃねえよと思うけど、

仮に言わずに死んだって、残された人間はどうしても傷ついてしまう。

どうして気づいてやれなかったのかとか、できることがあったんじゃないかとか。



となれば、やるべきことはひとつ。その傷をできるだけ抑えてやることだ。

あなたはできるだけのことをしてくれました。だから気に病む必要はありません」

とでも遺書に書いて、それからどうするかを考えよう。

http://anond.hatelabo.jp/20160823103405

30年の文化的な成果って何よ?

まずそれを提示しろ、話はそれから

http://anond.hatelabo.jp/20160823090234

間違えて使われている例を2、3件、リンクしてくれ。

少なくとも、リアルでも聞いたことがないし、ネットでも見たことがない。

話題としては面白そうだが、議論それからだ。

図書館に車を駐車か

昨日、職場からコストコ

遠かった。だいたい1時間半か。

ああ

メンバー解約もできなかった。家族会カード忘れた

でもあの商品が購入できたので、よかったと

いうことにしておこう

今朝は図書館におくことにするか。早期営業日かな

委員会が終わったら動かそう どこまで?

あそこのスーパーかな?お風呂

それから電車職場に戻るべえ

2016-08-22

勝手に答えよう(シン・ゴジラへの一省察

不満点はそれだけか(http://anond.hatelabo.jp/20160822144854)の突っ込み面白かったので勝手に答えてみる。なお当方は一応2回見た。

さて増田の疑問の半分くらいは「非常時なんだから仕方ねえ、という意味リアル範囲内」と感じた。これは個人的感覚避難者の行動も、巨災対メンバー挙動も。私物持ち込みにしたって、そもそも非常時のほぼ非正規組織の中でのことなんだからセキュリティレベル下げ本人の希望最優先でとなるのも納得できなくはない。ただ、「地震の時のように避難するのはおかしい」というのは、作中描写があったので(都庁本部で「対策マニュアルがない」と問題にしているシーンと、消防隊員か何かが「地震用の避難マニュアルでは役に立ちません!と本部らしきところと通信しているシーンが有ったので、多分そういう点も柔軟に対応できず結局既存地震マニュアルしか避難指示が出せていないと見ているものに悟らせ、絶望感が一段と増す描写)この点については、特に不審には思わなかった。地下鉄民はゲロから助かるのか、という点は、まあ東京地下鉄防空壕使用になっているという都市伝説でもって勘弁してやってくれ。そこは国家機密なので(笑)

それよりも、あらためて増田の指摘で気付かされたのは、振動の少なさ」「逃げ遅れ」「海自の見失い特にコレは、鑑賞時に自分もやや引っかかっていた点なので、それを思い出させてくれたことを感謝したい)そして「地面踏み抜かない」といった非常によい指摘から、明確に一つの結論が導かれるということだ。上映中、これらの点について、自分がそれほどの違和感を感じなかったのはなぜか、ということ、それから、今回のゴジラの最大の特徴であるあのゆらゆらと宙に揺れる巨大な尻尾違和感とを含めて、それにこたえたい。




ここから導かれる結論は、シンプルだが「あのゴジラは実はスカスカなのだということだ。もちろん一定の重量はあるだろうが。一番最初総理記者会見は、今から思えば伏線だったのだ。「陸上であの巨体の生物自重を支えられるとは考えられない、だから上陸はしない」と。だが上陸した。なぜか? 答えは簡単だ。「巨体に見合う重量がないから」だゴジラのもたらす圧倒的な破壊のせいで、劇中の人物も、見ている我々もうっかり忘れそうになるのだが、今振り返ってみればおそらくそなのだ。見ている人が、どこかで「重量があまりないこと」にも心の底で気付けるようにした様々な仕込み…それが増田の指摘ポイントなのではないだろうか。

海自が見失った原因もおそらくそこにある。まあ、レーダーまで装備する(笑)生き物なのだからソナー打ち消す能力くらいあってもいいのかもしれないが、海中でいったん質量に見合った大きさに戻ったとみる(そして上陸前に海辺まで近づいてから巨大化した)のが妥当ではないか。「折り紙、食べてないんだ」という間准教授気づき重要だ。折り紙の鶴のように中身がないのだ、最初から。だから時間にあれほど爆発的に巨大化できたのだ。外殻こそ固いが内部はスカスカ…というのは、バンカーバスター命中シーンでも思えば描写されていたようにも思う。本来あれは、外殻を突破して内部を破壊する爆弾だったはずだ。だが、想定外スカスカな内部のため、ゴジラの体をあっさり「突き抜けてしまった(だから内部にはそれほどダメージを与えることができなかった)」のではないだろうか? また、血液凝固剤があれほど一気に巨体に浸透したのも、東京駅真上にいたのに(地下30mまであるのに)地盤を踏み抜いていないことも。あれほどの銃弾爆弾を跳ね返す体皮の固さを持ちながら、列車突撃ビル崩壊といった質量攻撃に意外ともろかったことも。こう考えると、劇中の様々な謎が解けそうな気がする。



自分が、増田の指摘した点について、正直鑑賞中に上のようなことを考えて納得していたわけではない。あくまで「不自然に感じなかったのは、うっすらとこういうことを感じていたせいではないか」と、後付けで言語化してみただけだ。異論反論は認める。できれば二度目の観劇を踏まえて。


http://anond.hatelabo.jp/20160822144854

(追記)

一個忘れてた。「パターソン日本語ます問題」。これは、まあアレだよ。その分英語上手くないところから推察して、つまり忙しい両親でなく被爆一世である日本人祖母に育てられたんだよ! 日本語上手いのに敬語苦手なのもそれが理由だよ。そのせいで子供のころからいじめられてきて、それが彼女の強烈な上昇志向アメリカという国へのプライド原動力になってるんだよ。以上、解決

何の役にも立たない結婚の話

http://fuufu2.hatenablog.com/entry/2016/08/22/070726

を読んでつらつら思ったことを。

私はすごく幸せ結婚をした。こんなに幸せ結婚が出来るとは思ってなかった。

私も選り好みをしなければ結婚できると思っていた。というか、選り好みしていたら結婚できないと思っていた。しか婚活に懸命になっていたわけでもない。ただ日々を過ごしていたら結婚するという流れになる男性が現れるだろう、そう思っていた。でも、そうした結婚は耐えることも多い結婚だろう、とも思っていた。

そして、日々を過ごすうちに結婚を前提としたお付き合いをする新しい彼氏ができて、早い段階で結婚するという流れになった。なので結婚した。

結婚相手のことについては悩まなかった。生活力は十分にある人だと分かっていたが、気にしたのはそのくらいである。しかし仮に彼に生活力がなかったとしても、私は結婚していただろう。選り好みしていたら結婚はできない、そう思っていたからだ。まず結婚して、それからのことだと考えていた。結婚幸せのゴールだとは思っていなかった。そこからスタートなのだと。

しかし実際に結婚をしてみると、ものすごく幸せだった。私は付き合う前から夫のことを尊敬していたが、夫もまた私のことを尊重してくれている。そして、夫は私が幸せなのが幸せだと言ってくれる。それがまた私の幸せになっている。本当にお互いに幸せ結婚ができたのだ。

夫は私でなければ結婚しようとは思わなかった、と言っている。私は夫以外の人とも結婚したとは思うが、しかし夫以上に素晴らしい人と巡り会うことはなかっただろうと思っている。

では私はなぜこんなに幸せ結婚ができたのか?

その答えは、「仕合わせ」以外にないと思う。つまり、運だ。

そう、運、という一言に私の結婚は集約されてしまうため、この話は何の役にも立たない話である

ただ付け加えるならば、私たち夫婦はお互いの幸せがお互いにとっての幸せであるという状態なのだから、これから幸せでいれば幸せでいつづけられるのだ。これはちょっとすごいと思っている。

そんな仕合わせにあることが幸せである

NHK報道した貧困JKに関する件。

一応それ関連の記事などは一通り読んだつもりですが、報道内容や該当JKツイッターなどから「本当にその生活貧困なのか」というような部分に火がついているのだろうと。

まれた家庭の経済面他人比較したことがないですから相対的自分の家が貧困だったかは分かりませんが、うちは非課税世帯だったので裕福ではなかったとは思ってます

そういう家庭で育っているので、うららさんが言っているように将来の進路を選択する時には「金」の問題が常についてきました。入学金の多少、学費の多少、生活費の工面、奨学金などの制度。進路の選択には偏差値などの学力に関する問題と併せて「金」に関しても考えないといけなかった。

しかしこのことについては、よっぽど裕福な家庭に産まれでもしない限り「みんな」同じように考える問題だと思います。こども自信が考えるのか、親だけが考えるのか、考えた結果、選択可能な進路はどれくらいに絞られるのかが違うだけで。そしてこの最終結果となる選択可能性については、特に親の将来設計で大きく変わるのはことは知っています

そして当事者である子ども本人です。うららさんは「みんなが当たり前にできることが自分だけできない」「夢を持っているのに目指せない自分は不幸」と言っています。この考え方なんですが、自分自身が進路で悩んでいる時と同じなので強くは責められないし、責める資格もないと思う。しかしまぁ、同じようなことを考えていた人だけに何か書かずにはいられないもので。

まず「夢を持っているのに目指せない」ではなく「実現しようとしていない」だけだと思います。確かに親が自分の将来の学費をどれだけ貯めているか貧乏か裕福かで「進路選択時」だけ切り取れば一見かわいそうな自分が見えてくると思う。でもそれは、そもそも自分が裕福な家庭に育っておらず、将来やりたいことのためにはどれだけのお金がかかるのかを早くから認知していればいくらだって対処法はある。うららさんの言う「夢」はいから叶えたいものとして彼女の中に湧いたのか、叶えたいものとしてどれくらいの重みがあるのか分からないですけど、本当にやりたいことであれば真剣に考えていれば方法は見えてくるはずだし、見つかるまで考える。

それから、「みんなが当たり前にできること」なんて実はないです。学校なんかで集団生活を送っていると、ほんとうは個人単位で見た時にはそれぞれ出来ない部分があるのに、ある程度おおきな集団の一部になると一部の出来ないものは見えづらくなって「みんな出来る」ものに見えてしまものです。これは今回のような貧困もそうだし、たとえば自転車運転、なわとび、計算の速さ、記憶力の違いなんかもそうです。

ほんとうは個人個人身体的な障害なんかの非常に見えやすい違いを除けば、それぞれが自分の出来なさを克服しながら前に進んでいて、それぞれがそれぞれの苦しさを抱えていると思います

人は産まれ持つ能力を選べません。自分の将来設計をする上で、たとえば夢を語る時に「才能がないから」という理由簡単に諦めるような夢ならば語らない方が良い。人より体格が劣っているかメジャーリーガーの夢を諦めていたなら今のイチロー存在しない。夢を実現させたかったら人との差、足りなさを埋める努力をしなければいけない。

まれ持つ能力を選べないように、産まれる家の財力も選べません。これも言い替えれば「才能」のようなものです。自分に備わってないものは何かしらの手段で埋めるしかありません。

100メートル走で一番になりたいという夢があったとして、その夢はボルトと同じ身体能力を持って生まれ、同じ環境で育つというフィールドが整わないと夢の実現の可能性がないのか。

今回の場合、うららさんがやりたいことはキャラクターデザイン勉強なのか、それとも「お金」がかかるから実現できない(と思っている)専門学校に行くことなのか。

日本は5〜6人に1人(正確じゃなくすみませんの子どもが貧困層らしいです。ひとクラス40人なら7〜8人が貧困層であって、珍しい存在ではありません。ただ実際問題学校生活貧困などが問題として表出するのは義務教育以降です。

貧困層の子どもはたいてい学力が低いので、高校に行かないか、行っても同じような貧困層学校構成します。なので数字上は珍しくもない貧困の子どもが認知されにくいんだと思います

貧困から将来の選択肢が狭まるというのはある意味正しいと思うのです。だから子ども貧困について知らない人に知らせるというのも大切だとも思います

でも、もっと大切なことがあると思います

自分貧困だということに早く気づくこと、現実を受け入れること。子どもに対して伝えたくない事実だとは思うけど、親がきちんと伝えること。そして現状を知ったら解決に向けて何が出来るのかを調べること、考えること。

貧困から叶わない夢って、まぁ金がなきゃ叶わない夢も当然ありますけど、たいていは貧困から「楽には」叶わない夢なんじゃないでしょうか。

尾頭さんの差し入れ問題に関して

シンゴジラにハマって感想漁ってたら尾頭さんの弁当問題というのがあるらしく。

http://togetter.com/li/1014624

 これフェミとかジェンダーとか以前の問題だと思ったんだけど同じ事書いてくれてる人がいないからここに書く。

 まず、巨災対って、職場として最高じゃないですか。全員優秀だし全員が元の職場連携してて動きも速い。上司は「査定に響きませんので自由発言して下さい」ってあらかじめ言ってくれるできるやつ。ユートピアか。

 それでシャツを着替えるのすら時間が惜しいレベル修羅場に主力メンバーの一人がお弁当作ってきて「おお~」ってなるかなあ?「いや……ありがたいですけど……それより10分でも15分でも寝て下さいよ、何やってんすか尾頭さん」ってなるんじゃないかな……。差し入れも尾頭さんの気持ちも嬉しいけど、ご飯もおいしいけど、隣には家族とご飯食べる15分すら惜しんで戻ってきてる人もいるわけで、私はその人の顔見れないかもしれない。中には「気持ちはありがたいけどさー、弁当作る時間あるなら仕事して欲しいよなあ」なんて喫煙所で言い出す人がいたりして……ああやだ。そんな巨災対は嫌だなぁ。そんな職場に雑念呼び込むような事する人じゃ尾頭さんはない!シンゴジラにそんな人はいない……!とかのうっすらした違和感が頭の中をよぎった。 

 ざっくり言っちゃえば「飛影はそんな事言わない」なんだろうけど、ギャップ萌えというならなんでわざわざ「巨災対に差し入れシチュばっかりなんだろう?料理とかアイロンとか「普通女性として」丁寧やってる尾頭ヒロミ日常漫画はないんだろうか??それならひっかからないっていうかむしろ見たいですけどね。

 それから片桐はいりの事を考えてて思ったんですけど逆に“たまたま開いてた画面を見た片桐はいりが「あら?これ(放射線量地図)とこれ(ゴジラの移動経路)、なんだか似ていません?」「何……まさか!」「マジかよぉぉぉ〜」”っていうシンゴジラって、何か違うくないですか。

 ホント言葉にするほどハッキリ感じたわけじゃないし、二次創作止めろとか言いたいんじゃないけど、まとめでフェミ的な括りにされてる人達の中にも同じ事言ってる人いると思うので、ちょっと書きたかった。

 ちなみに他で見た、尾頭さんが合理的すぎて家畜の給餌みたいになってる手料理漫画面白かったです。

http://anond.hatelabo.jp/20160822132210

煽りアフィブログみたいなタイトルだなぁ…異常者出没の報告があるというだけで、犯罪主体サマーランドじゃないだろう。

もともとはマスコミが言い出したんだろうけど、こういう異常者の犯罪について、すぐに「施設管理責任が問われる」みたいな事すぐにいうんだよ。アホかよ。空港みたいなゲート設けて、危険物検査でもやるか?相手は遊びに来ているのに、そんな面倒な施設普通の人もいかなくなるだろうに…

今回以前の犯罪の報告で適切に対処されたか?という疑問はあるが、防犯カメラ映像などから犯人の割り出しをやると言っているから、話はそれからだろう。

自分には合わなかった」で済ませられる美徳

これが理解できない人が多すぎるようにみえからネットは醜悪だ。

作品Aを貶す人が作品Bを絶賛していたのを見て、

作品Bなんてクソ作品評価する時点で味音痴」みたいなマウントをする人。

うそれは、作品Aを貶す人と表裏一体、同じ穴のムジナだ。

好き嫌いや美醜の感覚は、正しいとか間違いではない。絶対的評価はない。

そこに多数派少数派という概念が加わっても、一方が正しくなったりはしない。

何かを好ましく受け取る感性は、その人がそれを好ましく思える生き方をしてきた故だ。

その生き方あなた人生とは違うし、想像が及ぶものではない。

からそこで、多様性尊重してデフォルトで敬意を払わなければならない。

それが出来ない人は、おそらくこういう話を無意識矮小化しているのだろう。

生き方の違いは、たんなる「個性の違い」で理解される範囲にとどまらない。

年齢の違い、性別の違い、経済環境の違い、容姿など体質的素地の違い、

特定学問の習熟や分野への理解の違い、

それから来る、特定ジャンルに対する問題意識の高さの違いなど、多岐にわたる。

また、いか日本単一民族国家であれ、いまや

個々の文化的コンテキストはてんでバラバラだ。

それぞれが複雑に差異を抱え、感性を異にしながら人生を紡ぎ上げていく。

その過程で、あるとき作品出会うべくして「出会う」。

その時それは自分にとって「刺さる」作品になる。

もし、それが少年誌系のオモチャ漫画だったりすれば

ぱっと見「刺さる」層――セグメントが他者から見ても分かりやすい。

けれど今の時代映像芸術特に、セグメントがわかりづらくなっている。

しろ、作り手の側も、わざとセグメントを複雑怪奇に設定する。

子ども向けアニメには大人や親を虜にする仕掛けがあり、

幼稚に思われがちなアイドル特撮もの社会派意識高いテーマ内包する。

そして尖った作りを受け止めてもらえる人を探るような野心作がヒットする傾向がある。

から自分には合わない」「思っていたのと違う」作品を鑑賞する機会も多くなっている。

そういう出会いを楽しんで、自分に合わなかった要素を

自分の側が足りなかったんだ」と謙虚に捉え、貪欲に

「楽しむための作法」を吸収していける人ならばなにも不幸はないだろう。

一方で、そうでない人もたくさんいる。

けれども、本稿で述べてきたことに想像が及ぶなら、

安易作品批判自戒しないといけないと分かるはずだ。

そして、次のことも同時に分かるはずだ。

 どんなものであれ作品を貶す言葉は、

 異なる価値観人間、ひいては

 他人人生すら否定することに繋がりかねない。

 その言葉の「重さ」に無自覚であってはならない。

さもなくば、安易作品を「取るに足らないもの」と捉えてしまう。

それは、クリエーターに対してだけでなく、すべての他人に対して「侮る」姿勢だ。

そうやって自分価値観の枠を狭いままで固めていく。

その対価として、小さな自尊心を満たしている――

そんなサイクルに陥っている人が、周囲に当たり前にいる。

そういう状況が、あまりにもネット上で普通になりすぎているのではないか

 

ネットで見られるのは「批評」という皮をかぶせた「作品侮蔑」ばかりだ。

作品評価するには、作品理解しないといけない。

作品理解するには、まず表現者思想に寄り添わないといけない。

なぜなら、作品を出すことは、とりもなおさず思想表現であるからだ。

思想というのが堅苦しく感じるなら、美意識価値観と思ってもいい。

そんな大層なものが込められていなさそうな、フェチの塊みたいな

娯楽作品であっても、そのフェチの詰め込み方などに表現者思想が表れる。

そういうものにまずは理解を示してみる姿勢がなければ、よさを感じ取れるはずがない。

それだけではなく、

表現技術価値制作背景、時代背景なども織り込まないといけない。

映像作品さら特有圧縮のされ方をするので、

視聴者は脳をしぼって意図を汲み取る努力をしなきゃいけない。

莫大なエネルギーと解読時間必要なのが「批評」という作業であるので、

「ふつーに面白さが分からなかった、繋がりが変、あの描写は変」

みたいなレベルの表面的な感想を目にしたときは、

読み手に基礎がない状態であることを疑わなければならない。

それでも、仮に自分がそんなレベルだと自覚していたとしても、

自分ネガティブな受け取り方をネットに排泄したくて仕方ない人がいる。

あるいは、断固として自覚はせず、マウントマウントを重ねて、

作品が好きだからこそ叩く」とか理由をつけて、作品に寄り添う気すらない

「オレ好みの『正しい』展開」的なものを主張し続ける人もいる。

そういった、他人の作ったものに乗っかって文句を言うような人のために

ネットがあるのだろうか?

そんな感情は胸にしまうまでもなく、

スッと「自分には合わなかった」で済まして去ってしまえば、

負の感情連鎖に次々と人が囚われる現象は生まれないのに?

ネットネガティブワードを吐くことをやめられない人は、

ネットのことを勘違いしている。

今のネットは、もう「便所」ではない。

今のネットは、もはやリアルよりも暴言失言が指弾される場だ。

実名肩書き付きでの書き込みは言うまでもなく、

匿名からといって、浅慮な軽口が許容されるわけではない。

ネットで言うこと自体自由だが、

それならまだログの残らないリアルで友人相手に暴論かました方がいい。

そしてネットでは逆に、良識者でいるのが賢い。

ネットからこそ高潔でいられる人の方が、

この先人気をあつめるだろうと思う。

というよりも既に、人気のYoutuberなどを見ると、彼らは例外なく

表面上ははっちゃけているもの

ネガティブ感情を生むような物言いは華麗に巧妙に避けている。大人である

こういうネットディストピアだと思う人もいるかもしれないが、

今のところは、順当な変化だと感じている。

2016-08-21

http://anond.hatelabo.jp/20160814180024

自分の頭で考えられる、っていうのは、

イコール批判的に見られる、って事じゃないんだけどな。

自分の頭で考えられるからこそ、ブコメの野蛮な批判の流れと逆の

肯定的で理知的な捉え方を出来ることもある。

じゃあ自分の頭で考えられる状態になるには何が必要か、

っていうと、

1つは、記事に書いてあること以外の情報源からくる知識

2つは、想像力

どちらも、色々なものを見聞きすることで養われるセンス

あとは、補助的なものだけれど、アウトプットの習慣。

アウトプットをすることで、知識が頭のなかで整理され体系化されるから

この2つ+αを意識して能動的に情報摂取するといい。

個人的に、この「自分の頭で考える」力が優れていると思う人は、

まあちきりん氏もそうだけど、堀江貴文氏だね。

彼くらいの情報ジャンキーになれば、あらゆる事に造詣が深くなれる。

地頭の良さが必要だけど、見習う価値はあると思う。

彼のように、どんなジャンル話題を振っても

洗練された視点コメントができると世の中が面白くて仕方ないと思う。

それからブコメには確かにすぐれた洞察力をもつコメントもあるが、

ほとんどのブコメは、記事の「書き方」の印象に流されているのも事実

それが記事肯定的であれ、批判的であれ、空気に流された即レスほとんどで

本質的価値を多岐にわたって検証した上のコメントみたいなのは

めったにないことが、よーく見てみれば分かるはず。

http://anond.hatelabo.jp/20160821220554

旧作のゴジラでは平気で「23世紀の日本からタイムマシンでやってきた」みたいな設定のオンパレードだったりするからそれから比べればシン・ゴジラはだいぶプレーンだろ。

初代ゴジラにすら存在した謎トンデモ兵器を出さなかった(トンデモ感を抑えめにした)という意味でも「白米」は割と正しい表現かと。

震えが止まらなくなった。

15年近く続いていることだが、近所で頻繁に怒鳴ってくる人がいる。

怒鳴るだけでなく、ポスト手紙を入れてくることもたびたびある。

警察から無視したほうがよい、ひどい時は110して良いとのアドバイスをもらっている。

昨日、怒鳴り口調ではないが、(怒りを向けているのは変わりない口調で)子供が風で飛んだ帽子を取りに敷地はいったことに関して苦情を言ってきた。

無視はできないので対応したが、それから家に戻ってから1時間以上震えが止まらず、話す事もできずにずっと泣いていた。

家族にはなんで泣くのか問われたが、自分でもよくわからないと答えた。

普段から、怒鳴られたのを無視して帰宅した際やポスト手紙が入っていた時にも、毎回震えが止まらず泣いてしまう。

ここまで長くこんな状態になったのは初めてのような気がする。

戸建てって買うものじゃないね

人権派JKホームレス差別する

あなた、昨日のテレビ見たわよー。すごかったわー!」

その日の朝、私は放送部の顧問先生にそう声をかけられた。

「昨日の大会の様子ですか?」

昨日と言えば、新聞社主催する弁論大会に本校放送部として出場し、個人の部で金賞をもらった日だ。きっとその様子が新聞社系列テレビで夜のニュースとして放送されたのだろう。

「そうそう。きりっとしてて立派だったわ。内容もよかったし」

ありがとうございます

私はそう答えた。昨日の大会で発表した原稿の内容は、この先生とつきっきりになって詰めたもの、と言えば聞こえはいいが、ほとんど先生意見ばかり採用したものだった。曰く、人々が平等であることは普遍の真理であり、それを阻害する社会はいけない、社会構成員は我々一人一人であるのだから、まず自分から実践することが大事なのだ、という内容を、自分シングルマザーの娘であることで受けてきた差別があるということを通して飾り立てたものだった。

正直、この原稿内容は嫌だった。私の母は確かにシングルマザーであったし、それがもとで嫌な思いをしたこともなくはなかったが、そんなことで母を心配させるのは嫌だったからずっと黙っていた。それをこの先生は私がシングルマザー家庭の子供だから何かあっただろうと掘りこんできて、仕方なしに軽いエピソードを話すとそれを元にあっという間に筋書きを作ってしまった。それでも私は我慢した。なぜなら、本校放送はいわゆる強豪であり、その実績はこの顧問の手腕、というか趣味実践によるものだと知っていたし、それで大会で賞をとれれば、私の大学進学に有利に働くと計算たからだ。

本当を言うと、こんなパワハラみたいな手段可哀想シングルマザーの娘という筋書きを作られてしまうことこそ差別だと叫びたかった。が、そこは我慢するしかない。

そうして実際に金賞が取れて、私は一安心していた。これで大学推薦の道は堅い。勉強で手を抜くつもりは当然ないが、受験機会が増えるということは単純にチャンスが増えるということなのだから

しかし、地獄はこの日から始まった。

授業中にスマホが鳴り始め、その頻度が徐々に頻繁になってきたのが最初だった。授業中は当然バイブにしているけれど、それでもこんなに頻繁になると少しは迷惑になってくる。実際、近くの席の何人かはこちらをチラ見したりした。緊急の連絡かもしれない気持ちと周りに迷惑をかけている気持ちで焦った。そしてようやく休み時間になり、私は急ぎながらスマホ確認した。電話の着信は残っていない。けれども、SNSの通知欄がひどいことになっていた。

「最低ですね」

「偉そうなこと言わないで」

「屑だなお前」

知らないアカウントからそうした罵倒がたくさん届いていた。混乱したなかで次に目に入ったメッセにはこう書かれていた。

JKのくせに似非人権派なクソのアカウントはこちらですか?」

それでなんとなくわかってきた。たぶん、昨日のニュースに何らかの形で火が付いたのだ。

そこから情報を整理するまで時間はかからなかった。こういう時はとりあえずまとめサイト火付け役だ。拡散されているまとめサイトを見れば、私がどう思われているか簡単に分かった。

まず、テレビ放送があった。その内容について賛否両論あったらしいが、今日の午前中に

巨大掲示板で私のSNS個人アカウントが晒された。その晒しには、私が以前に書き込んだつぶやきが添えられていた。

電車が来て、妙に空いてるなと思ったらひどい悪臭がした。どうやら席で寝そべっているホームレスの人のものっぽかったので、急いでほかの車両に移った』

これに、人権派JK差別意識wwwというコメントがつき、まとめサイト拡散されていたのだ。私は、人権を語りながら人を差別する許せないやつ、という立場にされてしまった。

とりあえず、私は深呼吸をして落ち着こうと努めた。その間にもガンガンSNSの通知が来るのでそれはオフにした。それからしたのは、一番炎上しているつぶやきを消すことだった。そして、先生相談しなければと思った。と、思ったところで先生に呼ばれた。もうすぐ休み時間が終わって授業が始まるところだったが、それはいいらしかった。

「困るのよね、こういうのは」

部の顧問先生は開口一番こう言った。呼ばれた面談室では、担任先生、部の顧問先生教頭先生がいた。

まあ先生方の話をかいつまむと、昨日のテレビ学校名と個人名は既に出ている、そして、私がつぶやいた内容について外部から問い合わせが絶えず、仕事にならない状況になっている、とりあえず早退して自宅謹慎しろ、とのことだった。

先生方の態度は一貫して、私が問題を起こしそれが悪いことだ、というものだった。正直、力になってもらえると思っていたがそんな気配は全くなく、私は真っ先に進学のことについて先生方に聞いた。答えは、

「こうなった以上推薦は考え直すことになる」

ということだった。

自宅に帰って、私は母になんて言おうかとずっと考えていた。私は母を尊敬している。シングルだけど大手会社バリバリキャリアとして働いて、わたしは何不自由な思いをさせられたことはない。母子家庭なのに、みたいなことを言う人はいないでもなかったが、それはそう言う人が悪く、母のせいではない。

そんな母は常々私にこう言っていた。

勉強は本当に大事だよ」と。

父が亡くなっても、今自分大手企業バリバリ働いて、満ち足りた衣食住を手に入れることができるのは勉強をしていい大学に行ったおかげだと。

から私も一生懸命勉強していい高校に入ったし、そこから大学に向けて頑張っていた。そうした私を母は全力で応援してくれていた。そんな母に、今回のことはどうやって話したらいいんだろう?

しかし、悩む間もなく母から電話が入った。

「今先生から連絡もらったよ。大丈夫?すぐに帰るからね。ネット絶対に見ちゃだめだよ」

そんな母の声に、私はうん、と答えるしかできなかった。その答えと一緒に涙があふれてきた。

ネットは見てはいけない、そういう母の言いつけを守りながら母の帰りを待った。ネットを見て現状を確認たかったけど、今までネットで見かけた炎上では、こういう時に大したことを言っている人は実はいないので、今回も同じだろうと思って我慢した。それに、こういう時こそ母の言いつけを守って心配をさせないようにしなければ、と思っていた。

母はすぐに帰るといっていたけど、帰ってくるまでにだいぶ時間がかかった。でも、帰ってきたときの母はまるで戦士のような顔をしていた。

「大変なことになったけど、あなたは私が守るから安心してね」

そう言って、優しく私を抱きしめてくれた。私は不安と安堵でまた泣いた。

母の守る宣言は決して表面上のものではなかった。帰ってくるまでの間にすでに弁護士を頼んでくれたらしい。大学時代友達が紹介してくれた、信頼できる人だと言っていた。

これからネット上の誹謗中傷について、弁護士さんが各所に問い合わせをして事実関係をまとめてくれるそうだ。素早い相談だったので、これから起こることについても出来事をまとめていけることが強みだと。そしてその結果次第で、訴えるべきところは訴えるといっていた。

ただ、これをしたからと言ってネット上の誹謗中傷が消えるわけではないこと、今回の件を拡散した全員を訴えることは不可能だということを説明された。「あなたダメージはどうやっても避けられない。それは本当にごめんね」と母は涙をこらえた様子で言った。私は「お母さんが味方をしてくれるから大丈夫」と答えた。それは本心だった。

そのあとのことはまるでジェットコースターみたいだった。弁護士さんから住所が晒されているので不審者に注意し警察相談を、という一報が入り、実際に警察相談しに行った帰りに変な人に遭遇して警察にお持ち帰りしてもらったり、一番最初に私のつぶやき晒した人物がクラスメートだったことが発覚したり、高校から学校を辞めるようにする圧力がかかったり、母子家庭なのに裕福すぎるとか言う人まで現れ始めて、本当にいろいろあった。

結果として、私は高校を辞め、大検を受けて大学進学を目指すことになった。

母は最初は納得しなかった。私がしたつぶやきは確かにあまり褒められたものではなかったのかもしれない。でも、それに対しての代償が大きすぎる、と。

だけれども、私はもうこの件で何か騒ぐのは馬鹿らしくなってしまった。学校に行くのだってあん先生方やクラスメートがいる学校で頑張るのは意味がないと思ったし、むやみに私を誹謗中傷していた人たちを訴えるのも不可能だ。出回った私の個人情報を消すのも。

から私は一つだけ母と弁護士さんにお願いした。自分名前改名できるようにしてほしい、と。

自身は今回の件について全方位に憤っていたが、私の気持ちを汲んでくれて、振り上げたこぶしを下してくれた。そして、改名の件も了承してくれた。ただ、今は亡きお父さんがくれた私の名前を捨てさせることには相当葛藤があったようだ。私だって、今の名前を捨てたくない。でも、これは私がこれから普通に生きていくには避けられないことだと思ったのだ。

けれども、今回の件への恨みは深い。その深い恨みはネットに吐き出すことはできない。リアルで人に話すこともできない。私と母の腹の底で、マグマみたいに滾り、身を焼き続けている。

恨みを溜めることはこんなにも地獄なのか。

だが、地獄であっても生きていかねばならない。私は私の人生を取り戻す。

それだけが、私を叩いた悪鬼たちに負けない道だと信じて。

2016-08-20

貧困JKで思い出した夫の実家の話

夫の実家リーマンショック煽り家業を畳むことになって、収入が義父の年金だけになった時、

どうしてもお金を工面できないから援助してくれと義母から夫に連絡が来たことがあるんだけども、

子無し共働きで余裕が全くないわけでもないので数十万円ほどを送金したんだ。

そしたら数日後の義母からメールが…

お金ありがとう。助かりました。早速○○(夫)の好きな△△(お菓子)と□□(地元名産食材)を買って宅急便で送ったので受け取ってください」

だってさ。



いやいやいや!息子に菓子とか送ってる場合じゃねえだろ!

そうやってホイホイ使ってるから手持ちの金がなくなるんだろ!

お礼メールだけでいいじゃん、バカじゃねえの!?

と夫にぶちまけてしまったら、夫も同意見で次に同じこと頼まれてもお金送る気しないよなーという話でまとまった。

そして義母お金の使い方をやんわりとたしなめる感じの返信を夫にしてもらった。

分かってもらえたかは分からない。

それから義父も義母もシルバー人材センターから仕事を得て、二人の年金義母も65歳を越えた)と合わせて

なんとか暮らしていける程度の収入にはなったので、幸い二度目の援助のお願いはされていない。



例の貧困JKも多分うちの義母と似たメンタル・消費スタイルで生きてるんじゃないかな。

お金の使い方がなんかズレてるんじゃない?

そんなことしてたらまとまったお金を工面できなくなるのは当たり前だろ!って感じのお金の使い方をしてるんだろう。



「本人がバカなのが理由貧困から支援するな」とは言わない。

でもお金の使い方(バカ)を変えないと支援しても同じことの繰り返しになるから

そこはちゃんと直してもらわないとダメだと思うわ。

死にたいってあなたが言われた時、どうすればよいか

数年前、俺の女友達(幼なじみ)にline死にたい飛び降りるって送った。ほんとあの時は助けられたな。男として情けない。

俺「死にたい

彼女死にたいって言ってるうちは死なないか大丈夫

俺「窓を開けたから、飛び降りる」

彼女「いらんこと考えんでいい」

俺「怖くてやめた」

俺「話聞いてくれる?」

彼女「話聞くのはどっちでもいいねんけど」

俺「俺が生きてたって誰も喜んでくれない」

彼女「そんなん自分で決めることやろ」

以下続く

後に、彼女に会ってめちゃくちゃ叱られた。死のうとしたことは否定しなかったし、傷つくことも言われなかった。普段おとなしい子なので、びっくりした。怒るんじゃなくて叱られた。

彼女は前に本当に死にたかったら止めないといってくれてた。私もそういうことあるしとも言ってた。だからこの人になら、言ってもいいと思っていた。そのときは、いつでも死んでいいんだと思ったら、今死ぬ必要ある?と思った。

それで楽になったんだ。子供の時、看護師になりたいっていってたな。

普通じゃない対応だけれど、それから死にたいと思うことはなくなった。

タイプ的には彼女と俺は似てると思うし、プライベートの話も俺からするほど、信用していた。いつまで経っても友達

ただ一つ注意していただきたいのは「よっぽど仲が良いとか信用されてるとか信頼されてないなら、「いらんこと考えんでいい」などの否定言ってはいけない。だれも気持ちわかってくれないって死ぬかもしれない。

否定せずに、本当に死にたいのか本人に考えさせ、その原因となった辛いことの話を話せるなら話させ(信頼できる人に)、癒やし、問題解決に向けて、精神医療必要に応じて使い、漠然とした不安を拭い去ることが必要だ。

2016-08-19

みんな東京オリンピック、楽しみだよね?

だって、リオ見てたら、すごいじゃん。感動するじゃん。


柔道なんか、前回ボロボロだったけど、今回はメダルたくさんとってる。

アタシのまわりはみんなベイカー茉秋くんがかっこいいっていうし、アタシもそう思うけど

でもアタシは大野将平くんの、いかにも「柔道家」って感じも、ちょっとステキだと思っちゃった。

二人とも、東京オリンピックで二連覇とかできそうだし。

やっぱり井上康生さんが監督になったからかしら? 

かっこいいよね、康生監督




水泳もさ、荻野くんと瀬戸くんのライバル関係って、すごくまぶしくない?

小学校ときから荻野くんは天才で、でも中学とき瀬戸くんが初めて勝って、

それからずっとライバルで、オリンピックでは金メダル銅メダルって、なんかドラマみたい。

東京では、アベックで金銀とかなるのかなあ?


大好きな入江くんがメダル取れなかったのは残念だけど、また次の世代選手がどんどん活躍してるのがうれしい!


女子では、池江璃花子さんだっけ? メダルはとってないけど、まだ高校生でしょ?

すごいなあ。これからどんどん強くなるのかなあ。




うそう、ハネタクさんだっけ? あの、マツコの番組で取り上げてたの。

カヌーなんてよくわかんないし、中継も見てないけど、ちゃんとメダルとっててびっくりした。

結構ステキなお兄さん。アジアメダル初めてなんだって





あ、卓球はちゃんとみたよ。男子女子も感動した!

男子水谷さん、たしかに澤部にも波田陽区にも似てるww

でも、卓球やってるときは、めちゃカッコいい! で、ネットで見たけど、けっこう脱ぐといい体なんだよね。

あと丹羽くんがかわいい! まだ大学生なんだよね。

水谷さんは、東京もでて中国倒すんだ、みたいなこといってたから、また丹羽くんとチーム組むのかな?

水谷さんとか丹羽くんとかが、中国倒すところ、絶対見たい!!




女子試合もすごかったよね。

愛ちゃん団体メダルとって泣いているのみたら、アタシも泣いちゃった。

愛ちゃんってさ、シングルスで勢いのってるときはいいんだけど、調子崩しだすと、なんっていうか

見てるこっちが心配なっちゃうくらい、不安そうな顔してこっちがどきどきしちゃうのよね。


だけどさ、団体で美誠ちゃんと組んでるときは、なんか、一生懸命、美誠ちゃんをフォローしてるのよ。

「年上なんだからしっかりしなきゃ!」って感じで。ああ、本当に優しい人なんだなあって思う。



純ちゃんは、ほんっとオトコマエだよね。

試合ときは、すんごい厳しい顔してるのに、勝った瞬間に笑う顔がすっごくカワイイの。

で、応援で声だしすぎて退場になっちゃったりして。



美誠ちゃんは、ステキなお姉さん二人に守られて、天真爛漫好き放題にやってる感じだよね。

まだ15歳なのに、あんまりプレッシャーとか感じてなさそうで、すごいなあと思う。



東京ときは、さすがに愛ちゃん引退してるのかな?

そしたら佳純ちゃんキャプテンで、美誠ちゃんと、また新しい子がでてくるのかなあ? これも楽しみ。




あ、バドミントンタカマツペアの二人もなんかステキ

だって高校の先輩・後輩で、10年も一緒にやってて、とうとう金メダルでしょ?

いまだに「センパイ」「マツトモ」って呼び合う仲なんだって

高松さんって、正直言って美人ってわけじゃないけどw  なんか頼りがいあるセンパイって感じであこがれる。


そういえば、バトミントンってむかし「オグシオ」とかいう人たちがチヤホヤされてたじゃん?

でも、あの人たちって、ちょっと美人スタイルいからって、おじさんたちがチヤホヤしてる感じで、あんまり好きになれなかったのよね。

メダルとかもとってないでしょ? タカマツのほうが全然上じゃん。





レスリング吉田沙保里さんが負けたのはびっくりしたよ。

で、銀メダルなのに、ワンワン泣いちゃって、一番悔しいのは自分だろうに、なんか「主将なのに金メダルとれなくてすみません」って謝ってばっかで。

でも、なんか吉田沙保里さんにも負けることがあるなんて、正直思ってなかった。

で、周りのそういう期待が、すごいプレッシャーだったんだろうなあ。

みんなが吉田さんに注目してる間に、淡々と伊調さんが4回目の金メダルとっちゃった感じ。


でも、吉田さん倒した相手アメリカ人も、あと日本人の若手の選手も、みんな吉田選手にあこがれてレスリングやってたみたいじゃん?

本当、すごい人なんだなあって。




あ、今日は、シンクロのチームがあるよね。

ほら、あのコーチのおばちゃん、一時期中国にいって、そうしたら日本メダルとれなくなったけど、戻ってきたら、やっぱり日本メダルとるようになるのね。

あの人の指導ってすごい厳しいらしいじゃん。

でもペアでメダルとった選手が「地獄みたいな練習したけど、先生についていってよかった」みたいなこといってたのね。

ああ、そんな怖いコーチなのに、選手に信頼されているってすごいなあって。

今日メダル取れるのかな?

あ、でもアタシやっぱりシンクロあんまり興味ないのかも。

だってコーチ選手名前がでてこないw



あとは、男子リレーが残ってるんだよね。

なんか日本って陸上じゃ世界にかなわないって感じするじゃん?

なのに決勝進出ってすごい!

ケンブリッジ飛鳥くんって、名前がかっこよすぎだよねw



とにかく、オリンピック面白かった!(まだ終わってないけどw)

ほんと、東京オリンピックが楽しみになったよ!

なんか前の都知事? 前の前の都知事? が「招致運動」やってたときは、なんで東京オリンピックなんかやんの?って思ってたけど、

今は、やっぱり招致してくれてよかった!と思う。

だって、今テレビでやってるみたいなのが、東京でナマで見られるかもしれないんだよ!

チケットって高いのかなあ? 倍率すごいの? とにかく今から楽しみ!






・・・みたいなことを「はてな」で言ってると、「意識が高い」人たちに怒られちゃうのかしら?

なにせ、ここは政治とか経済とか思想とかの難しい話をしながら、「東京オリンピックなんて、今からでもやめちまえ」って人がいっぱいいるから。

吉田沙保里選手侮辱するはてなーたち

彼女伝説とも言える連続金獲得のレコードに、

吉田選手、今度もどうか頑張ってくれ!と心の底から応援していた無数のファンがたくさんいた

彼女はそれに精一杯応えたいという気持ちで今回の試合に臨んだのだろう

オリンピックに臨む以上当然金メダルを目指して戦うわけだ

ましてや伝説級のトップアスリートなら、

「銀でもいいや」なんて気持ちで臨むわけがない

今度も絶対金メダルを獲りにいくという気合でもって臨んだのだろう



だがそれが果たせなかった

選手としてとても悔しかっただろう

凄まじい悔しさだと思う

だが、彼女はそれ以上に、

自分応援してくれた人たちに応えられなかったという気持ちがあった

何というひたむきな人だろう

申し訳ない、というきもち

それには当然無念や悔しさもあったが、

応援してくれてありがとう、でも果たせなかった、

そうした複雑な感情がないまぜになっての言葉だっただろう



から、お疲れさま、悔しかっただろうね、でも本当に吉田選手生き様には感動させられたよ!

というのが私の気持ちだった

彼女への努力にはただひたすら敬意を払う、

でも金には辿りつけなかった悔しさを私も分かち合いたいと思う

ただ、



http://b.hatena.ne.jp/entry/www3.nhk.or.jp/news/html/20160819/k10010642151000.html

金を当然視する風潮が怖いだとか、

勝って当たり前なんてことはないだとか、

こういう無神経なコメントには本当に腹が立った

吉田選手は金を当然目指してたし、

勝って当たり前だというくらいの気合で臨んでいただろう



それから、どのコメントも「悔しい」という気持ち忌避しようとしているのがありありと見て取れた

金が取れなかったことをどうこう言う輩は必ず出てくるだろうから

それに対する予防線なのだろうが、

それこそがアスリートに対する冒涜なのだ

勝負に臨む以上、負けも必ず存在するのだ

負ける悔しさというのは勝負をする者の宿命

常勝無敗を誇ってきた吉田選手からこそ、

その敗北は大変な受難だろう

だが、それを触れないようにする配慮こそ、冒涜だといいたい



はてなーは、自尊心肥大化している割に勝負事を忌避する性格人間が多いから、

こういう反応をしたがるのだろう

お前らはアスリートに対する、

勝負に臨む人間に対する敬意がない



負けを見つめようとしない人間に、

勝負を語る資格はない

細けえこたあ気にすんなよ! (お茶碗のなかにコメを残しながら)

http://togetter.com/li/1013448

一体どうして、コメを残すことだけにこんなに敏感なのか私には分からない。コメを作った人に感謝してコメを残すなという指摘をよく聞くけど、コメ以外だって作ったヒトがいるわけだからコメけがこんなにセンシティブである必要はないと思う。トマトだってキュウリだって豆腐だってみんな作ったヒトがいるはずだから等しくリスペクトされても良いと思う。

それから、その場に居ないようなヒトに感謝を表して手間をかけるというのは、なんだか気持ち悪いと思う。誰かのことを考えてコメを残すなというときに、百歩譲って納得できるのは、皿を洗うヒトの手間を考えなさいということならまだわかる。米粒が茶碗に残っていると洗いにくいので、綺麗にしましょうといえば確かにそうだと思う。

かつて食料が貴重な時代が有ったという説明はなんとなく理解できそうだけど、「戦争世代」の「もったいない習慣」が淘汰されつつあるのに、コメ問題だけ70年の時を超えて生きながらえているのはなんでなんだろう?

正直、コメに関することは若干宗教っぽい正義を振りかざしているように見える。だれかこの方面から分析した意見があれば教えてください。

2016-08-18

就活留年したけど何も変わらなかった。

夢を目指して始めた就職活動

とは言っても呑気なもので、4月の半ばにスーツを買いに行ったら店員のお姉さんに笑われた。

「えっ、3月説明会とか行かなかったんですか?w」

好きな会社情報しか見ていなかったから、就活3月から始まることなんて知らなかった。

行きたい会社説明会は少し時期が遅かったので別によかった。

それから行きたい会社説明会を回ったりエントリーシートを書いて送ったりした。

結局受けた企業10社もなく、ある1つの会社を除いてエントリーシートは全て落ちた。

エントリーシートの書き方も知らず、バカ正直に自分の書きたいことばかり書いていた。

就職活動の場において「やる気と熱意」というのはあまりにも無力だった。

たった1つだけ最終面接に漕ぎ着けた会社があった。大本命だった。

グダグダ面接だった。

夜行バスの中で眠り興奮して眠れずにシュミレートした、たくさんの喋りたいこと。

何一つ喋ることはできなかった。

そもそも面接官が聞きたいことはそんなことではなかったのだろう。

まりにもトンチンカンなことばかり言うからきっと面接官も困っていたはずだ。

なにより、

通らないエントリーシート不安になり、

夜行バスでの東京往復と

他人より残りすぎた単位を集めるための講義

ゼミのための予習と

時々やってくる卒論演習での中間報告と

資金を稼ぐための土日のフルタイム夜勤バイト

消耗戦フルコースで疲れきった私には驚くほど覇気がなかった。

あれほど行きたかった会社の最終面接を目の前にして。

結果は言うまでもなく「お祈り」だった。

持ち駒がなくなったが、なんとか志望の業界に近い仕事を探しだし、

説明会エントリーシートを提出するためだけに再び東京へ向かった。

藁にもすがる思いだった。

やっぱり落ちた。

この辺りで心が折れた。

7月だった。

テストも近いというというのに身体は動かない。

クーラーもない蒸し暑い部屋で泣いていた。

自分にはやりたいことををやる資格がないことがとても悔しかった。

それでも頑張ってテストのために学校へ行き、

中身のないレポートを書いて、拾える単位だけ拾った。

そうして夏休みを迎えた。

就職活動卒論があるからと週1に減らしてもらったバイト身体を引きずる以外、

本当に一日中寝てすごした。夜は眠れず、不安に泣いた。

時々起きて求人サイトを見るが、やりたい仕事は見つからず、さらに泣いた。

手付かずの卒論に心は焦る。でも焦るだけで、なにもできなかった。

前期の授業料を払った口座の残高を見て肝が冷えた。

12万。これから半年間毎月奨学金が振り込まれるにしても、あまりに心もとない金額だった。

そうして本当に何もしないまま2ヶ月が経とうとしていた。

これからのことを考えなくてはいけない。

内定絶対に無理なことではないのだろう。秋をすぎて内定先を得た先輩たちをよく知っていた。

卒業もできないことはないだろう。うんこみたいな卒論を書くことになるが。

でも自分にはそれに立ち向かっていく勇気はなく、これ以上に心が潰れていくことが怖かった。

なによりも半端な気持ち就職が決まっていくのも、

せっかくやりたいと思うテーマを見つけた卒業論文をてきとうに済ませてしまうのも、

嫌だった。

親の前で泣き、先生の前で泣き、そして留年を決めた。

4年生の残りの半年は残った授業の単位を取ることに集中し、

あとは自分の心を立て直すこと、メンタルをしっかりとコントロールすることに費やした。

そう安心した矢先、家庭やバイト先、人間関係などプライベート面で信じられないほどのトラブルにも見まわれたが、

残った単位をしっかり取り、卒業論文も進め、心も立て直し、新たな気持ち3月を迎えることができた。

そうして、新たな気持ちで始めた就職活動はとても楽しかった。

就職活動の流れようなもの理解して、しっかりその波に乗っかることができた。

去年の反省から違った業界を覗くようにもなった。他にもやってみたい仕事を見つけることができた。

エントリーシート面接の乗り越え方もなんとなく理解し、選考を進んでいくことができた。

面接に落ちることはあっても割り切り上手にもなった。

なんども行き慣れた東京でも時間の使い方なんかも上手くなってきた。

それでもやはり就職活動の大変さに驚く。

完全に学校に縛られることはなくなったはずだが、暇ができたような感じは全くしない。

ピーク時には1ヶ月中半月ほども東京滞在していたし、

やっぱり工夫はしていてもお金はどんどん減っていく。

去年失敗したのはしょうがないことだなと思えた。

はいえなにより、また夢を目指せることが本当に嬉しかった。

やりたい仕事のために頑張れることは本当に嬉しかった。

ところがどっこい、6月の頭にまた持ち駒を失った。

面接ではどこでもそれなりにしゃべれていた。

落ちていくのは「合わないな」と思った会社だったので気にしなかった。

2つの会社でかなり良いところまで進んだが、

片方ではヘマをしていまった。片方はサラッと落ちた。

ヘマをしてしまったのは惜しいことをしたが、

受けていたところはどこも狭き門だったのでそれこそ「ご縁」がなかったのだろう。

持ち駒を失った時、自分が体力的に疲れ始めているのを感じたし、

資金の消耗も激しく、交通費などでクレジットカードの支払いがかさんでいた。

少し休んでまた始めればいいや、そう思って就職活動を2ヶ月ほど一度休むことにした。

そして2ヶ月経って就職活動を再開し、

少し興味のある会社に応募するものの、

説明会にいっても心は沸き立たず、

面接にいってもどこか身が入らない。

そのうちに求人を見ていても興味が湧かなくなった。

このままでは拉致があかないと思い、いわゆる求人紹介会社を利用してみる。

まり話も聞いてもらえないままにとにかくIT企業を紹介される。

正直なところそうとう気持ち萎え気味だったが、

いつまでも駄々コネてられない、何も見ずに判断するのも良くないだろう、

そう思ってとりあえず紹介された会社選考スケジュールを埋めてみる。

やはりちっとも興味を持てなかった。

イヤイヤ選考に足を運ぶ日々が続いた。

そしてある日、面接官の女の人に怒られた。若い人だった。

それは圧迫面接相手と試そうとするようなものではなく、

ただただ怒っていた。そして、至極もっともなアドバイスをくれた。

「しっかり目的意識をもって行動できるはずの人なのに、全然うちに入りたいという意識が感じられなかった。

 本当に入りたいの?違うんじゃない」

「本当はやりたいことがあります。」

「いやいや気持ちを取り繕ってもすぐやめちゃうよ」

「そう思います

 多分自分は取り繕いきれません。」

「ちゃんとやりたいと思える仕事探した方がいいよ」

はい……」

結局自分にとってはどれも紛い物でしかなかった。

この1年で何も成長しなかった。

この期に及んで自分のやりたいことしかやりたいと言えない、わがまま不器用クズだ。

どこかでちゃんと覚悟を決めなきゃと思いながら、ずっと心はイヤイヤ言っている。

社会人になるという覚悟が足りない。知っている。

でも、どうしても自分の心にふたをすることができないのだ。

時々取り繕う言葉に混ざる本心に涙が出る。

半端な気持ち面接に言っても「ははっ、やりたいっすね~w」みたいな舐めた態度に見える。

じゃあこんなクズは素直に卒業してアルバイトいからでも行きたい業界に潜り込むか。

でも、今から全てを投げ打ってでもそういう努力ができない自分は結局クズなんだよな。

時々ある行きたい業界二次募集や小さい零細会社求人に手を出す勇気がない。

つのまにか「やりたいです!」と言う気力さえ失ってしまった。

あれも嫌、これも嫌。

結局自分はなにをやりたいんだろう。

結局就活から逃げたいだけ。

ああ、そうなんだろうな。

おそらく面接官のお姉さんの言葉警鐘だったのだろう。

毎年多くの人が入社し、それと同じくらい多くの人たちが辞めていく、そんな会社だった。

そんな中で自分のような同期や後輩たちがくたびれて辞めていくのを目にしていたのだろう。

やりたいと思える仕事を見つけたい。

なるべくそ努力をしようと思う。

でも、少し疲れてすぎてしまったし、

なんだか見つけられる気がしないんだ。

大好きな彼氏彼女と別れてしまった人に対してのアドバイス

好きだった人と一緒にいられなくなってしまったのは悲しい。

別れてしまった人の事を思い出すと辛いのはしかたないので、これはもう相手のことをきっぱり忘れてしまうのに限る。

前の相手の事を忘れてしまわないかぎりはこの苦しみから逃れるのは難しい。

よく大切な思い出として残したいとか、いつまでも大切な人、とか言う人もいるけど、所詮きれい事

別れてしまったことを何度も思い出したって辛いばかりなんだ。

そのためにはやっぱり新しい相手と新しい関係に夢中になるのが一番だ。

あなたが別れてしまった彼女彼氏に夢中になったということは、あなたにはもう一度誰かに夢中になれる素質があるということ。

出会いさえあればきっと同じことが起こるはずなので心配ない。

中には将来は結婚を、と考えていた人もいるだろうが心配には及ばない。

20代の一番自分が輝いていた時を長年にわたって無駄にしてしまったと嘆くかもしれない。

また一からやりなおして数年お付き合いして、それから頃合いを見て結婚の話になって、などと考えると気が遠くなるかもしれない。

しかしこれは誤りである

出会ってからお互いに同意があれば一年結婚することは別に珍しいことではない。

しかも、普通結婚段取りをするためには半年後には結婚約束が済んでいることになっている。

まり出会い明日あれば半年後には、今の苦しみからすっかり開放されていると考えてもいい。

なので辛い恋愛の末に上手く行かなくても決して悲観することはない。

そこそこ仲の良かった友人が結婚して海外へと旅立った。

結婚式は大々的にやって、とても幸せそうな雰囲気だった。

…が、私は知っている。

新婦は本当は新郎にあわせて海外なんて行きたくなかった、でも給料いか我慢すると言っていることを。

新郎お金よりもやりがいのある仕事をやりたくて海外に行ったことを。

そして、新郎が務めている会社倒産し、新郎が「更にやりたいこと」をできる給料の安い会社に勤め始めた。

それから1年。

子供ができたこともあってか、友人は日本に帰ってきて給料がいい仕事をすることになった。

新婦子供ができたし、地元に帰ってこれたしで大喜び。

新郎は「やりたかった仕事」ができなくなって「あまりやりたくない仕事」をやることに。

あちらを立てればこちらが立たず。

うまくやって幸せな家庭を築いて欲しいと思いつつも、いつ崩壊するかなと楽しみにしている自分がいる。

むき出しの競争心が嫌でオタクにもなれなかった

からアニメゲーム音楽も好きだ。

コミュ障で人付き合いはいい方ではない。

かと言ってオタクというわけでもない、彼らからすればいわゆる普通人間だ。

なりそこねてしまったのだ。

中学生くらいの頃は人に負けないこだわりがあった。

別にそれを人にひけらかすつもりもないし、そもそも一人で楽しむのが好きだったのだ。

それなのに、ただ何が面白いかを自分なりに説明しているだけなのに、頼んでもないのに勝ち負けに持ち込もうとする奴が必ずいた。

オタク特有の、自分のほうがオタクだというプライド押し付けてくるのだ。

自分にしてみればそんなことはどうでもよかった。好きなものを好きでいれば、自分なりの解釈自分なりに楽しんでいればよかったのだ。

それなのにそいつは違かった。自分解釈のほうが優れていると無理矢理押し付けてきたり、とにかく自分が好きなものに対する知識愛情が人に負けるのを嫌うのだ。

自分はそれが心の底から嫌だった。それが原因で嫌いになってしま作品も沢山あった。

それからはできるだけこっそり楽しむようになり、作品に対しての交流も減っていったことで自然とその世界からは足が遠のいてしまった。

そいつは40を過ぎたいまでもオタクをしている。その世界ではそれなりに名前をも通っているらしい。ただ、たまにあって話をするが、相変わらず自分知識愛情に異様なまでのプライドを持っていて、ちょっとでもコンテンツ話題を出すだけで湯水のように自己顕示欲を垂れ流していた。

嗚呼そうか。こういう根拠もないのに自分が優れていると勘違いできて、誰かれ構わず競争心をむき出しにできる人間オタクとしての素養があるのか。

そう考えると自分は人との競争が嫌いで、何事も競争となるようなものは避けて生きてきた。

おかげで周囲は平和だが、大して面白いこともない至って普通人生を過ごしている。

庵野島本のやりとりを、すごいと思いながらどこかで小馬鹿にしている自分がいた。

テレビの中では闘争心をむき出しにしてトップアスリートたちが記録を競い合っている。

からでも彼らのように競争心をむき出しにして何かに熱くなることはできるのだろうか。

それがあまりにくだらないことだと思ってしまう時点で、自分には無理なのだろう。

なりたくない人間にならなかったのだから良しとするべきか、今の自分が本当になりたかった人間になれていないことを省みるべきか。

考えるにはもう遅い年齢になってしまったのかもしれない。

ただ、やっぱりあん人間になるくらいなら死んだほうがましだ。それだけははっきりと言っておこう。