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2016-05-28

何で人間って一直線に老けていくんだろうか

途中で一度反転して小学生ぐらいまで若返ってそれからまた老けていけばいいのに

2016-05-27

[]「亡国の双子姫」

20年前、まだ彼女達が赤ん坊だった頃、彼女達の親は独立戦争の指揮をとっていた。

その結果は敗北、彼女達の親は戦争犯罪人として処刑されてしまう。

小国は再び、大国支配下におかれることとなるが、再起を狙う独立派は、赤ん坊の姫を次の旗頭に据え、潜伏を続ける。

その際に、姉は独立派と共にゲリラと共に、妹は大国支配下に置かれた国の中枢で生きて行く事になる。

それから20年間彼女達は一度も会うことはなかった。

大国の国としてのあり方を根底から覆すマクガフィン的な物の位置発見した独立派は、それを手に入れるため再び戦いを仕掛ける。

しかし、双子姫の姉は幼き頃から続いていた戦いの日々を辞めさせるため、マクガフィン的なものを奪い逃げ出してしまう。

そして、逃げ込んだ先で偶然、双子は再開する。

戦いを辞めさせたい姉と、大国に苦しめられ息も出来ない国民を救うために戦いを続けたい妹と、2人の意見はすり合わない。

2人は争いながらも、自分たちを慕い、何より今苦しんでいる民のために何が出来るのか苦悩する。

ところが、ある日彼女達は気づきを得る。

自分たち国民を、国を、ひいては自分たち支配する大国を、何よりそうしてしまった世界を、俯瞰で見ていることを、あたか自分たちけが特別な外側にいるような考えでいることを。

たかも、時の流れ全てを知って、自分たちけが正解を知っており、それ以外の全員が間違っているのだと、思い込んでいた事に気付く。

改めて、自分たちが何をすべきなのか、ではなく何をしたいのかを2人で話し合う、

離ればなれだった20年間を埋めるように、2人は話し続ける。

人類革新ニュータイプと呼ばれ宇宙適応し、オールドタイプではなし得ない、超常の感覚によるコミュニケーション可能とする2人であっても、たった2人っきりの姉妹家族合意すら得られない。

所詮、人が宇宙に出て一世紀。

人類史における進化の速度の例から見ても、そんなことは当然のことなのかもしれない。

ジオンデラーズフリートティターンズネオジオンシャアの逆襲。

幾多の戦争経験してもなお、連邦の”高官”という地位は守られ、そしてそれは次の戦争火種になっていく。

そう、木星総督に”高官”の娘をあてがうことが発端になる争いには、人類革新コロニー独立などのお題目とは関係ない、ただの「差別された」ことへの不快感しかなかった。

その不快感が、ドゥガチを、カリスト兄弟を、ギゾを、凶行に走らせる。

とどのつまり、人が人を支配することは、今この瞬間の平和を生む事はできても、10年、20年先の、100年続く平和を生む事はできない。

から、ミネバはフルフロンタルを否定するのだ。

から、ベラ・ロナは貴族主義を否定するのだ。

からシャクティマリア主義を否定するのだ。

だけれども、その先に待つのは何だろう?

人が人を支配しないのなら、何が人を支配するのだろう。

誰もが誰も支配しない世界理想郷なのだろうか?

結局、ミネバ・ザビミネバ・ザビになれなかった者は、そんな答えのでない議論を朝まで続け、気付くと眠っていた。

そんな、2人に何時か彼女達なりの黄金の秋が来る場合




ゲリラと一緒にいた姉は浅野真澄さん、

国に残った妹は川澄綾子さんに決定です!



みなさんのキャスティングをお待ちしておりまーす!

2016-05-26

妄想障害の人が・・・

うちの現場に入ってきたパートさんなんですけどね。

入社後、二週間ほどたって変な手紙を渡されまして「これ読んでおいて下さい」とか言われまして。

読んでちょっとビックリして誰それに毒を盛られたとか毒ガス攻撃にあったとか書いてあるんですよ。

最初はこの人おかしいと思ってたら、それから二週間後、うち受託してその現場に入ってるんですが、その請負元の会社にまで手紙FAXされて、責任者からえらい怒られました。

それでちょっとググるとどうも「妄想障害」らしい。

なので、こちらが何を言おうとそのパートさん自身妄想に取り込まれ自身ストーリに合うように解釈されてしま可能性が高い、と分かりましてどうにも出来そうにありません。

下手に首にすると訴えられる可能性すらありますし、事件だって起こされかねません。

増田に書くのは別に相談というわけではなくて、困ったなーという気分を吐きたかっただけです。

いやしかしマジ困った・・・

2016-05-25

少女バイオリン

今日は僕の思い出話を聞いてもらおう。

もう、15年も前になるだろうか。小学校卒業式謝恩会だったと思う。不登校気味だった同級生女の子が、バイオリン演奏することになっていたのだった。それまでいつも、ぽかんとあい彼女の机を見てはたして僕はその子のことを何秒間考えたことがあっただろうか。不登校気味のあの子が着飾って堂々とバイオリン演奏するとは想像できたのだろうか。必死演奏する彼女の姿をみて、僕は心のどこか深い部分を打たれたのだった。だから、あの子エルガーの「愛の挨拶」を演奏していた瞬間、弓を引く腕は真っ白で、その腕に掛かった髪はどこまでも黒かった。

僕はまったく楽器ができない。小学校で習ったリコーダーすらまともに吹けなかったが、あのバイオリン演奏する風景はとても好きだった。あの子私立中学へと進学してったから、それから行方を聞いたことはない。いまあの子はどうしているんだろうか。ふと蘇った思い出。

http://anond.hatelabo.jp/20160525114606

藝大でも10選手はいない。引く。

4年以上浪人してたって奴から話聞くとだいたい他の学校に通っていたり働いていた期間がある。

昼間の生活が終わってそれから予備校通ってたってことだな。

まず藝大に進もうなんて考える奴は幼い頃から身近に一級の芸術がある生活をしていて、

中学高校から予備校デッサン描いてる。進学対策でもあり習い事でもあるような感覚でな。

なおかつその年頃で自発的作品作って公募に出したり有志とギャラリー借りて展示したりする奴もいる。




愚直に数撃ちゃ当たるという考えで作家(文士だけを指してるわけじゃないぞ)になれると思い、

権威にすがればなんとかなるだろうと大学進学を目指すような奴じゃやっていけない。

作家としての充実と生活のための労働の両立のため、冷静に分別をつけられるだけの知性と、

プリニティブな創作欲を根底に据え置く精神必要だろう。

じゃあなんで通おうと思うのかといえば、毎日こつこつ描いたり制作しているうちに、

レベルの高い連中が集まる学校に進学してもおかしくないだけのポテンシャル自分にはあると考え出すから

例えばApplegoogleから入社試験への参加の誘いがあったら受ける奴は出てくるだろ?そんな感覚受験するの。

で、何回も落ちるようならあっさりタマムサや他の国公立大に進んだり就職したりする。




でもその世界を目指すからには、だって芸術からしょうがないってみんな思うわけでしょ?

そんなこと思ってる奴いねーよ、文学も含まれねえよ。もっと周りみろよ馬鹿が。

ピンサロアジア

ユーロビートに合わせてミラーボールが踊る。

1984年ディスコタイムスリップする。

胸の高さまでしかない壁で仕切られた1畳半の空間。ここでは踊れない。

「9番さん、十分前です」競り師のような言い回しが耳に入る。

箱に詰められたマグロが並ぶ魚市場にいる。視界に映るのは壁に囲まれ天井だけで、ふと自分マグロなのだと気づく。

「初めまして。」化繊のブラウスとチェックのスカートを履いた女の子が立っている。

僕はピンサロにいる。

ソープランドに一度だけ行ったことがある。待合室で肩をすぼめた年配者に囲まれていると病院にいるような心持がした。それに比べてピンサロに来る人は様々だ。いかつい革ジャンに片耳ピアスのお兄さん。隙のない髪形をしたサラリーマン。もちろん影の薄いおじさんも。彼らが隣の箱の中で下半身だけ服を脱いで体育座りをしていると思うと、そしてドアを一枚隔てれば代わり映えの無い日常が続いていると思うと、愉快な気持ちになる。

初めてピンサロに行ったとき、僕は18だった。俯きながら初めて来たことを伝えると、じゃあまずキスしてみよっか、と2つ年上の女の子は応じた。まだ靴紐を上手く結べなかった6つの僕の代わりに結んでくれた6つ年上の女の子を思い浮かべながらキスをした。

吉祥寺ピンサロで会った女の子キスがとても上手だった。ベルトを緩めることなく30分が過ぎ去った。また会いたいと囁いても応えは無かったが、最後に手渡してくれた営業用の名刺には彼女アドレスが記されていた。

ちょうど1週間後の新宿駅東口で彼女と再会した。ルックスはただ凡庸でどこか垢抜けなかった。それでも気合の入ったメイクと一番のお気に入りだろう花柄ワンピースに身を包んだ彼女はとても綺麗だった。

駅に近くて夜景の見れる、そして料理は酷い、個室居酒屋食事をした。

彼女栃木から出てきた、都内女子大の2年生だった。慶応とのインカレサークル所属していて、慶応生の彼氏がいた。家族仲も良く友達が少ないわけでもない普通すぎる女の子、この子があのミラーボールの下で男のペニスを咥えていること、それが僕には信じられなかった。

自己紹介代わりのありきたりな会話が終わって数秒の沈黙が生まれた。

大学ではみんなお互いを値踏みし合っていて、あそこで本当の友達を作ることなんてできないの。彼女は言った。お店で働く女の子の方が私は好き。

僕は何を言ったらいいかからなくて、絹豆腐を掬うときのように、多分そんなふうにして言葉を返した。

あなた面白い話をしてくれるわけではないけれど優しい目で聞いてくれるから好きよ。彼女はそんなことを言ってくれた。それからキスをした。横目で新宿夜景を見ながら、ここには何でもあるけど何もないのだなと思った。

それから歌舞伎町レンタルルームセックスをして、そして別れた。

長期休みにはアジアに行った。パスポート航空券お金と数日分の服と石鹸、それと地球の歩き方だけバックパックに詰めて。いつも入国したその日に3ドル以下でサンダルを買い求めた。

初めの頃はむこうで何を見るか前もって決めていた。そして地球の歩き方のページの角を折った。

ガイドブックに載っている名所を見て、食べ物を食べた。それがオリエンテーリングしかないと気づいてから日本を離れるまではガイドブックを開かないようにした。道に迷ったら拙い英語で尋ねて、宿で会う日本人に勧められた場所を訪ねた。

どこに行っても異邦人であるということが楽しかった。誰も自分を助けてくれない場所で、自分直感だけで行き先を決めること。自由だと思った。その全能感も回数を経るうちに、旅行者に与えられた選択肢の中から選び取っているだけだとわかり、失われた。

まり、僕の財布の中では福沢さんが微笑んでいて、何でも買うことができた。ただし、コンビニしか買い物をしていなかった、ということだ。

それでもアジアに行き続けた。

コルカタで、俺の車に乗れと馴れ馴れしく触ってくるタクシー運転手の汗ばんだ手。

雨に降られて入ったルアンパバーンカフェで、まとわりつく湿った服と少し粉っぽいコーヒー

ホーチミン信号の無い横断歩道で、自分の周りを通り過ぎていく原付騒音と顔にかかる排気ガス

ただ、それだけのために。

上手く人と関われない僕はピンサロアジアが好きだった。

そこでしか得られなかった何かがあった。

肌に触れる感覚があった。

2016-05-24

最近の何が良いのかわからないもの

babymetal。ギミチョコという曲を何かのテレビ歌番組で見たのだが、これが見てるのが辛いくらい何が良いのかわからなかった。

それからしばらくたって、そうは言っても海外でも注目されているらしいし、もう一回確認した方がいいんじゃないかと思って、Amazonミュージックでギミチョコを聴いてみた。

やっぱり何が良いのかわからない。

音楽なんて聴いて良さが分からないもの説明されたってわからないだろうけど、できれば自分好き嫌いとは別に、世の中で評価されているものがなぜ評価されているのか知りたい気持ちはあるんだよな。

オジさんを蹂躙して幸せになる若い女達

40、50代になっても出会い系を使えばいくらでも若い女性達と遊ぶ事が出来る。

もちろん合う度に3万円、5万円、18歳くらいの子であれば10万円近い金銭が1回で飛んで行く。

しかし、お金には余裕が有るのだ。

月に2.3回なら水商売の店に行くよりはお金が掛からない。


ただしそんな女性達と本当に交際する事、結婚する事は出来ない。

彼女達は知り合って半年、1年もすれば連絡が取れなくなる。

最初の頃、一度、フェイスブック確認してみたら結婚していた。



自分と付き合っている、いつか結婚してくれると思っていた彼女がだ。

それから何度若い女性交際しても遊ぶ事は出来るが、彼女達の結婚相手にはなれない。

彼女達は結婚する相手別に居て、我々はお金を援助してくれる財布彼氏にすぎないのだ。

いや彼氏ですら無いのかも知れない。



若い女達はオジさんを蹂躙して幸せになって行く。

今日もどこかで幸せそうにウエディングベルをならしながら、オジさんを蹂躙した女性幸せになっていく。

2016-05-23

所属したくない

学校が嫌いだった

小学校入学式が終わり、1年1組の教室に入った瞬間から

私は学校が大嫌いになった。 どうして自分が1年1組にいるのか分からなかった。

自分名前存在を無断で使われている不快感が、

ワックス液の臭いと一緒になってムッとこみ上げてきた。

目を伏せると、新品の上履きとお古のランドセルの黒ずんだ肩紐が

ラグラと視界の中で揺れた。

頬の中を噛んで、あとからじんわりと血の味が口の中に広がった。

名札に書かれた名前自分のものかどうかすらわからなくなった。



それからの私は、私自身すらゲストとして扱うようになったんだと思う。

あの瞬間から大学を出るまでずっとだ。



学校も、家庭も、クラブ活動も、塾も、模試の結果表も、小説も、論文も、

ネット掲示板も、飲み会も、mixiも、Facebookも、人混みも女子トイレも、

ぜんぶ、ぜんぶ、ぜんぶ、何処にいても、私はゲストだった。

何処にも所属できていなかった。名簿に名前があるだけだった。

周りの人間も、私自身も、私が加わるとどこか居心地が悪そうだった。



匿名性が高ければ高いほど安心して、名前立場が明確になるほど居心地が悪かった。

教室の授業は平気だったけれど、少人数クラスになるとほとんど拷問のようなものだった。

誰かと15分間話すくらいなら、渋谷の人混みの中を12時間歩き回るほうがよっぽど落ち着いた。

国とか、世代とか、誰かが私を含む集団主語に話しているのを耳にすると、

たちまちどこか知らないところに行きたくなった。


そんな私がいま、どこで何をしてどうやって生きているのか、

私自身もよくわからない。

なんとか病院ブタ箱には所属しないでやっていけてるけど、

その理由もわからない。


どこかに所属しない人間は生きてはならないと、誰もが言うくせに、

私を所属させる心づもりは誰も持ち合わせていない。

相思相愛で、全会一致で、誰も私を受け入れない。せいぜい、ゲストだ。

だって彼らと同じ意見。もう今更どうしようもなくなってしまった。

このまま、ただ、部屋の中からぼっと外を眺めて生きていければ、

私は最低限の自由の中でゲストとして死んでいけるのだ。



私の名前が書かれた電気代の督促ハガキが、じっとこちらを見ている。

http://anond.hatelabo.jp/20160523155433

その中で大事なのはまず働くって事だわ。言っとくけどその状態ホワイト就職できる事は彼女ができる事以上に難しいぞ。世の中にゴミクズを好きになるいい女はいるけどゴミクズを雇うホワイト企業は無いから。ブラックでもいいからとりあえず金ためて、それからじゃねーの。

マスターキートン2-5. レッドムーン

マスターキートンの中でもかなり異色な会となっている

異常なしを遂げた人物の保険金調査で訪れたマスターキートン

スペインイタリアアイルランド体そして英国西ドイツフランス世界各国の死亡保険データをみたところ今挙げた国々に1人ずつ同じような美を遂げた時差描いたしかも全員加入2年未満児死亡多額の保険金が支払われている。


元は軽い風邪のような症状そして幻覚症状やがて全身が麻痺して死亡するどの女性死ぬ前に狼のような声を発し目撃者皆賢門のに疲れたようだと語っていた。

人狼伝説と言うのは森屋野山放浪したスラブ民族の恐怖心からまれた。ロイズ伝説他の民族にもある。

薬物や神経障害の原因を探ってみたところろう痕跡はなし。

最終的に死亡した患者の脳細胞顕微鏡で調べたところ人間の脳から弾丸方のウィルス集合体発見した。

この病期のキャリアはまだ生きていた。仁郎と言われていたのは女性でこの病気は神経組織に異常が起こり闇を好みわずかな光家も嫌う満月の光すら痛みを覚えるその靴のためにさまよい歩くまさに神狼伝説のものといった体でした。

狂犬病が正体。

狂犬病8分したら絶対治療困難。いか現代が谷仕事も助からない。正しい狂犬病は犬や猫家畜野生動物から発生し人間を観戦するなこれは動物に噛まれ場合のみ。にもかかわらず今回は人間から先に発症したためにこの発見が遅れた。

この病気は未だに不明な点が多い。ウィルスは新入部員96時間まれそれから神経繊維をつたって脳に侵入するかしその間ウィルスは同色したりもせず移動するだけ奴の私に何の変化も現れない。したがって医学的なウルスコードはこの時点では追跡できない以前使用発病したら死んでしまう。


コワルスキー犯行動機女性に対する異常なまでの復讐

母親は殺さないくせに母上に似た女は絶対に許さないと言うよくわからん男。


ハロルドどこいったんだいハロルド月があんなに銀色でとてもきれいだよ

マスターキートン2-3 ファイアマンとアイスマン

北アイルランドIRA無差別殺戮事件の話。

マクダネル24年間私を許してくれたかい?

ファイアマン腕や慎めそれから新鮮なグレープフルーツジュースを飲むんだ

ファイアマンは高潔な人物だぞ。彼が私とたかったのは彼の全員体あれば証券レースに出た事はないしましてここは強く様などするはずもない。彼は最高のランナーで私のたった1人の友達だった。

マスターキートン5-6話 砂漠のかーリマ

マスターキートンの中でも印象に残っていると言う人が多いであろう砂漠のかーリマンの話。

新疆ウイグル自治区、崑崘山脈から流れ出る2つの大河に挟まれ水の豊かなコータン紀元前からシルクロード佐伯何度のオアシス国家として栄えていた。こーたん近くタクラマカン砂漠の下には東西交流の後を示すオアシス遺跡が数多く眠っている。その降誕北方110キロにある車は累積ここが舞台になっている。

遺跡の発掘と保険とは味切な関係がある。発掘参加者の紹介保険の丘後から発掘品の盗難破壊保険をかける場合もある当然発掘されたもの保険契約内容にふさわしい考古学価値を持つか否かを鑑定する必要も生じてくる。故に保健委員仕事も大いに関わってくる。

ウィグルと呼ばれる人々はトルコ系の遊牧騎馬民族8世紀には中国北西部支配する大帝国形成したしか9世紀後半キルギス人により滅亡現在中国北西部の各州の民族自治区に分かれて生活をしているウィグル族は15世紀以降イスラム化した会長はいちにち誤解目回の礼拝を欠かさない。

我々をイーグル足の上に立つの新の神のみであるだがかつてオアシスが水を持つ者が支配者だった私のように小作人として生を受けたものは様子吉田吉田の拍子に告示され続けた私はこの地にとどまった子後はマホメットに最も近い伝説の英雄さリコの生地とされていたからだ私が毛沢東軍隊のために戦ったのも我々老いぼれ側の信仰自由のためだ英雄サーディクのように。

われわれはついにあれを発見した。あれこそが1000年の昔この砂漠で戦ったauサービックの聖なる量の上に立った礼拝所の後だ。中央の壁の凹みは聖なる印だ。



「よくわからん世界中にはよそ者がつかつか踏み込んでけない場所がたくさんあるってことです最近日本人は平気で工夫を壊しちゃいますけれどもね。」


タクラマカンウイグル語では生きて帰れんの砂漠と言う意味


第6話では 太一サバイバル知識が本段に発揮される。


まず日中そこに下差し込まない東西方向に穴を掘って直射日光を避けるもちろんそれだけで脱水症状しているわけではなくこの時点でミスターハニーがほぼ助からない状態になる。

まず日中そこに下差し込まない東西方向に穴を掘って直射日光を避けるもちろんそれだけで脱水症状しているわけではなくこの時点でミスターハニーがほぼ助からない状態になる。

次に石をしゃぶったり音を掘り出して水を吸ったりと言う行動とる。

われわれは全員おそらく体重10%位の水分は既に失っています。昼の朝から考えて後5パーセントでも水分をしなれれば我々みんな死んでしまますまず水できれば塩分が確保できるまではここを動くべきではない。

それから天文学の知識を使って方角の確認

我々の現在地およそ北緯37度50分タクラマカン中央よりもずっと南にいます佐伯何度まで少なくとも60キロ2万はかかります北半球の北緯10度位北では北極星コードから現在地が分かるまず本滝ノ町2開けた何お守りのついた糸を垂らすそして北極星を除く人が分度器で示した角度90度から引くと北極星の行動=色となる言時がない場合は指でも代用可能である


さらに花を用意してねずみ男捕まえネズミ血液を飲んでなんとか生きる。

さらに小便を濾過して水を用意する。

人間の体は脱水症状が進むほど帰って頻繁に名が出るもんなんですよ。

砂漠に穴を掘りその上をビニール嘔吐太陽熱で、ビニール布の下の空気は温められ血中の水分が蒸発し水滴となる。水滴は、穴の中央ビニール袋に落ちてた。。つまりこれは1種の天然蒸留である

10世紀のサーディクの物語

彼は新の教えを伝えるために多くの仏教と戦い開始を迫ったが、女子供だけは決して傷つける事はなかった。しか仏教徒にはとの戦いで彼の部下が誤ってこども園12処刑してしまったことがあった彼は自ら新の裁きを受けるために腰6-101砂漠の中に身を置いた。生きて砂漠から戻れるか田舎上に撮ったのだそして4日後彼は生還した砂漠帰りマンとして。

彼は新の教えを伝えるために多くの仏教と戦い開始を迫ったが、女子供だけは決して傷つける事はなかった。しか仏教徒にはとの戦いで彼の部下が誤ってこども園12処刑してしまったことがあった彼は自ら新の裁きを受けるために腰6-101砂漠の中に身を置いた。生きて砂漠から戻れるか田舎上に撮ったのだそして4日後彼は生還した砂漠帰りマンとして。

水をやれ。水を飲ませてやれあいつわかり万だ。

2016-05-22

ソシャゲやってるはてな村民

id:ninosan パズドラモンスト

id:feita パズドラデレステ

id:xevra パズドラ

id:maname スクフェス

id:houyhnhnm ゴ魔乙

これくらいしか知らない

詳しい人いたら情報求む

ソシャゲやってるのってタバコ吸ってるとかパチンコやってるとか風俗通ってるとかと同レベル低俗趣味なのであまり人に言わない方がいい気がする

ソシャゲプレイの話より印象悪いのなんてDV児童虐待自慢くらい(そこまでの底辺はさすがにはてなでは見かけない)

あとはてなにはユーザーより供給側の人間が多そう

それからやたらとソシャゲ運営の肩持ったりソシャゲビジネスの現状を肯定する人も目立つ(id:doropuboとか)

エリートにも一軍とそれ以外がいるという話

ダメアルゴリズムで書かれたコードは、いくらでも捨てて書き直せる。しかデータ構造問題があった場合プログラム全体の書き直しに発展してしまう」

これは開発経験者なら誰でも知っている話である

この話と微妙カブるようでカブっていないが、言い方だけ真似たものとして

「クソな下請けはいくらでも代わりを探せる。しか元請けの回し方がダメだったら全員でデスマ確定」

という話もある。これまた開発経験者ならよくご存知だろう。

すなわち、最低でも年収500以上は確実に貰っているであろう、エリート様揃いのITゼネコンの中にも、一握りの、まさに一軍というべきデキる人達と、そうじゃない人達がいると。

そして一軍と二軍以下では、マネージメントにおいて天国と地獄くらいの差が出るのだから恐ろしい。

というかなんでそれだけの年収に見合う学歴がある人達なのに、デキる人が一軍扱いされるほど少数なんだよ、意味わかんねえ。

学歴というのは、努力の仕方、効率の見極め方についての上手い下手の最も分かりやすい数値だと個人的には思っている。

そうなれば当然高学歴は、システム開発という極めつけの頭脳労働で、そのパフォーマンス遺憾なく発揮し、協力会社含めて皆をハッピーにするのだろう…そう、一軍ならね。って、全員じゃねーのかよ!


具体的にはこうだ。

良い方から説明すると、一軍のマネージメント要件定義から寸分の隙もない。

顧客経営戦略に基づいた要望を良く理解し、仕様に取り込んでいることは勿論、システム通信のような、後でとんでもない話が発覚して色々揉めそうな部分も、既にこの段階において顧客の協力を取り付け、キッチリまとめていたりする。

とにかく裏で細かく調査していたことが見て取れて、仕事したんだね~という感じである

それから設計に取り掛かるのだが、やはり要件定義の段階で「どうしても見えない部分」はあって、下請け以下が作業過程で洗い出した結果、それが時にはリスケを招く事故になることがある。

しかし一軍の人らは、本来最後の手段であるリスケにも比較的前向きで、それについての顧客説明もしっかりしているのだろう、大して揉めること無く妥当な落とし所にたどり着くのだ。

また、下請けグループ(≒サブシステム単位)に必ず1人以上プロパーを配置し、現場感の吸い上げと「同じ釜の飯を食ってる」感の醸成にも抜かりない。

それもあって、現場でよくありがちな「あの人ら(元請け)何も分かってない」という陰口は最小限になる。

強引にまとめるなら、リスクが常に頭にあって、かつその取り方について常に考えを巡らしている。「かもしれない」運転をしつつ、逃げ腰にならない姿勢は見事である


そして、二軍以下は上述の一軍の振る舞いが全くできない。本当に全部できていないのだ。

要件定義は客の要望を汲み取る所から既に漏れ漏れ、当然後ろの工程で揉めそうな部分は一切見ていない。

設計大元、ひいてはシステム大元になる部分がこれだけ不完全だと、その時点でデスマ化・炎上約束されたようなものである

その後に起こる事態は、もはやここに詳しく書くまでもない。

穴だらけの要件定義を、場当たり的に客に相談しながら埋めていく作業設計お仕事になり、それが相次ぐ仕様変更を呼ぶ。

結果どこまでExcelソースコードをいじっても作業量が減らない、いやむしろ増える。しか成果物が増えてくる各フェーズの終わりが近づくほど、「横展開」という名目作業量が爆発的に増大するのだから始末が悪い。

成果物を直しきれず「修正漏れ」という事故を仕込むことも頻発し、それに伴い品質も凄まじい勢いで低下する。

それでもケツは絶対に動かない。それどころか人員の追加すら出来ない元請けもいる。お前ら見積もりドンブリ過ぎだろ。

現場では脱落者が日常的に出る。でも下請けチームにプロパーが1人もおらず、そうした危機的な現場感が上に届かない。それも合わさって「あの人ら何も分かってない」という愚痴漏れ聞こえるようになるのだ。

こんな体たらくじゃテストに漕ぎ着けるなんて夢のまた夢だし、仮にどうにか辿り着いても、何がどう動けばいいの?ってレベルグダグダだったり。

いやもう、マジで元請けの人らは何やってんの?という感じ。優秀な人が何十人もいるのに機能していないとか、なんでそんなことになるんだか。


こうした現実を見るにつけ、もしかして日本人仕事の仕方と、コンピュータのものが相性悪いのかなーと感じてしまう。

アイドル刺傷事件に思う

握手会は中止にするべきでは?」という胆略的な意見を割りと目にする。例のヤフコメとかで特に

今回はたまたま、”アイドルとそのファンだったヤツ”という構図ではあったが、問題本質はそこではないと思う。

 

何故なら、握手会が消えたところで、「若い女性が、行き過ぎたストーカーに刺される事件は無くならないだろう」と考えられるからだ。

まり一般的ストーカー事件として捉えるべき案件ではないだろうか?

 

地下を含めアイドルからしたら、客との関わり方、プレゼント受け渡しの線引き、何かありそうな場合事務所対応などなど

考え直しも迫られるであろう。

しかし、プレゼントの返し方など、冨田さんの方にも悪手と思しき行動もある。

まぁその辺は日常的な男女関係でもあり得る話なので、アイドル商売システムにどうこう言ってもしょうがない(すべての接客業にその可能性があるのだから)。

 

 

まず問われるのは、いつも「何か起こってからでないと動かない警察」の対応だろう。

警察が頼れない世の中ならば、一般人が気軽に(時給千円感覚で)オーダー出来るような

私設ガードマン団体などどうだろう?ちょっとしたビジネスチャンスがそこにある気がしますが。

 

 

それからネット常軌を逸した発言を垂れ流し続ける者を、マークするシステムの構築。

岩埼と思しき人物の悍ましきツイート群、あれはもっと重く見られるべきだった。

世に犯罪心理学という者があるようだが、時には憎悪の増幅装置として機能してしまネットに長けた

ネットワーク犯罪心理学というもの確立してもいい気がする(あるのかもですが)。

 

岩埼のはツイートだけと思われがちかもですが、ブログもあって、前日のエントリーなどこうだ。

http://ameblo.jp/illion-0107/entry-12161958764.html

ついカッとなって」どころではなく、「明日ヤッてやるぜ」という意思表示しか思えない。

 

話を戻して、一連のをひっくるめて考えたら「これはヤバイ、キテますわ」と素人目にも思うこと、

これを権威ある人物・学会が、危険度をランク付けして欲しい。

岩埼は”危険度S”以上は免れないと考えられますが、そういった危険人物をただちに監視下において

対象に近づくことを阻止するべきなんだと思う次第です。

 

 

握手会がなくなると困る男より

何度も繰り返す片想い煉獄の中を歩く私

あの日記を書いてから、二年が経とうとしている。





長年ひきずった失恋、暁闇の中を歩く私





私は相変わらず独り身で恋人もいない。この二年間、素敵だなと思う人は、ことごとく既婚者だった。

私は自分の想いを伝える間もなく、失恋することを繰り返したのだった。










初恋失恋10年もひきずった後、素敵だなと思った人は、軽薄かつ敏腕で、妻子持ちの人だった。

8歳年上の相手から見れば、若いと言うだけで丁寧に扱ってくれたのかもしれない。

異性として接してもらえることが嬉しく、淡い想いを抱いても都合の良い存在だった。

でも、ただ、それだけ。自分にとっては初歩的なリハビリのような出逢いだった。






次に素敵だなと思った人は、どことな常識ズレした、ユーモアのある好青年だった。

初めて見かけた時に、何故だかわからないけれど、仲良くなりたいなと思ったのを覚えている。

ある日、飲み会の席で話し込む機会が巡って来た。思いの外、弾む会話。

このまま少しずつ距離を縮めて行けるのかもしれないと考えていた矢先、翌月には入籍することを知る羽目に。

報われないと判りつつ、心が魅かれる事実に目を瞑ることは出来なかった。

自分の正直な気持ち否定しなかっただけでも、前向きな片想いと言える出来事だったのかもしれない。





そして。

私はこないだ、決定的な失恋経験した。





その人は、少年のように無邪気な人で、最初から気兼ねなくやり取りできる存在だった。

インターネット交流を経て親交を深めた仲で、数年もの間、お互いの本名はおろか、出で立ちすらも知らないままだったが、

事の流れで思い立って会うことになったのである



実際に会ってみて、私は本当に驚いた。信じられないほどに馬が合う。趣味も、笑いのツボも、好き嫌いも、何もかも。

私の心は乱れに乱れた。彼はとっくに結婚していたのだ。

もちろん、向こうはこちらの想いなど知る由もないだろう。

私が想いを伝えたとしても、応えてもらえる訳がなく、たとえ応えてもらったところで、そこから先、どう足掻いても希望がない。





素敵だなと思う人に出会うたび、相手がことごとく既婚者で、自分の想いを伝える前に失恋することを繰り返した私は、

自分は誰からも選ばれない」

そんな気持ちを強化していた。

何故、どうしてと後悔の念が渦巻く最中、私は唐突に、幼い頃の失恋を思い出した。





小学校六年生の時、好きな男の子がいた。

その男の子とは男女グループで仲が良く、一緒にふざけたり、CDを貸し借りしたり、感覚が似通っている存在だった。



夏休み、仲の良い男女グループ肝試しをすることになり、あみだくじでペアを決めると、

その男の子は、私が一番仲の良い女の子とペアになったのだった。

そして、先に肝試しへ向かった二人が、私から遠く、手を繋いでいるのを目撃した。



私が一番仲の良い女の子は、私がその男の子に想いを寄せていることを知っていたはずだったが、

その女の子に対して、不思議嫉妬心はなく、仕方がないなと、ただただ思った。

その女の子可愛いし、明るいし、人気者だし、やっぱり自分は選ばれないんだなと、ただただ思ったのだった。





「もう二度と、あんなに素敵な人と出逢うことはない」

「もう二度と誰とも付き合うことは出来ない」

結婚はおろか交際すら出来ない自分は魅力の欠片もない」

そう思い込んでいたほうが、新しい出逢いで傷付くこともないから楽だったのかもしれない。

でも、今回の失恋で、私は思い直すことが出来た。



『ただひたすらに、縁がなかった』



物事が動く時は偶然が重なったり、成り行きで結果が出たり、自分に非があると言うよりも、運命ではなかったこともあるんだろうと、

そう思えたのだ。










それから暫くして後、つい先日の出来事。

友人を介して知り合った人物と数年振りに再会したのだが、会えることをずっと心待ちにしていたと思わぬ告白を受けたのだ。

先方も独身であることは確かだが、どうやらパートナーはいるようなので、ただの社交辞令かもしれないし、相手発言真意自分にもわからない。

だけど、これだけは確実に言えると思う。自分で行動した分だけ、縁は広がっていくのだと。










私は今でも、初めて交際した人に関する夢を見る。

何故、未だに彼の夢を見るのか、正直言って自分でもよくわからないし、苦しい。過去をあまりにも理想化して、想い出にすがっているのかもしれない。

しかし、あの頃、私が愛した彼がもういないように、彼に愛された私ももういない。

お互い生まれ変わり、それぞれの縁にたぐり寄せられ、それからどうなるのか、それは誰にもわからない。

前世記憶のように、時々あの頃を夢に見て、人生不思議に想いを巡らせることだろう。





片想い業火に焼かれながらも、歩みを止めることなく私の旅は続いている。

Pingピングとは読まねえよ

まずPinPingPingu発音しわけられるようになれ

話はそれから

同性からセクハラで、性的ものが受け入れられなくなった

小学校の時、受験のために塾に通っていたが、6年生の時一人の男の子が新たに入ってきた。

授業の合間の休み時間に、簡単自己紹介をした後に、彼はこう聞いてきた。

子供の作り方って知ってる?」

今思うと「こうのとりが運んでくる」やら「キャベツ畑で拾った」など、面白い答えを相手は期待していたのかもしれない。

当時、その方面の知識が皆無であった私は、何も考えずに「知らない」と答えた。

その後、彼はそもそも性行為とは何なのかを教えてくれた。物凄く丁寧に。

それから受験本番まで、休み時間の度に彼は性の知識を私や他の同級生披露してきた。

彼は、「入れる」や「なめる」など普通言葉をワザと性的な意味で捉えたり、当時流行していた歌の歌詞下ネタに替えて歌ってきたりしてきた。

休み時間、時折彼は股に手を当てて唸る真似事をしていたが、意味理解するのは後になってからだ。

女子がいる前でも彼は平気で下ネタ披露していたが、私と彼が受けていた第一志望特訓授業では、男子しかいないので普段よりもエスカレート

何度も私は彼に「止めてくれ」「下ネタはもういいから違う話がしたい」と伝えても、彼は「恥ずかしがることはない」「本当は聞きたいんでしょう?いい子ぶるなって」とお構いなしに続けてきた。

受験の結果、私は違う中高一貫男子校に通うことになったが、彼がどこの学校に行ったのか、今でも分からない。

中学高校は一貫制の男子校だった。とりわけ中1の時は性への関心が異常に強い級友もいたが、そのような話題を好まない生徒も一定数いるので、そのような人たちと仲良くしていた。別に下ネタを話さなくとも、別の話題友達は作れるので、一向に困らなかった。私が「下ネタは苦手」だと伝えると、きちんと配慮してくれる友人にも恵まれた。

なお、1年近く彼から性的言葉を聞かされ続けた結果、性的言葉下ネタを耳にしたり目に入ったりする度に彼のことを思い出して吐き気を催すほど気分が悪くなるようになってしまった。

電車の車内広告にある、グラビアアイドル写真や、男性向け週刊誌の際どい見出しなど、彼のことを思い出すので、そもそも目に入れたくも無かった。性描写が際どいライトノベルなど、挿し絵を見ただけで吐き気がしてしまった。

そもそもエロサイロ動画など、全く興味が持てなかった。

男子校だったので、そのことが問題だとは全く思わなかったし、そもそもどうして苦手になったのかすら話せなかったから、自分から触れたくもなかった。

次第に、彼の事例を元に、このような考えにいたった。

女性性的対象として見て、単なる性欲の捌け口として扱うのは失礼だ」。

例の彼は、女性を「モノ」扱いして独りの人間として扱っていないような気がしたからだ。

今でも基本的な考え方は変わっていない。

高3の時、予備校に通い同年代女子と話す機会があったが、特に問題無く話せた。あくまでも性的話題が嫌いなのであって、女嫌いなのではない。

ところが、大学入学後、状況は一変する。

年代女子とは普通に話せるし、気分が悪くなることは無かった。

しかし、私が下ネタが苦手であることを伝えると、一定数、恰も私の人格問題があるかのように接してくる人が現れたのだ。中には、私が同性愛者ではないかと「心配」してくる人も。

不思議なことに、男子校出身男子は「下ネタが苦手な人もいるよね」と一定の理解を示してくれるが、女子や、共学出身男子は上記のような対応をしてくる人が多かった。特に男性場合お酒が入ると下ネタが入ってくる人がいるので、飲み会が苦手な私には二重の苦痛となった。

初めの内は、「苦手なんですよね~」とお茶を濁していたが、きちんと話さないと色々と後で困ると考え、信頼出来る人には男女関係無く話すようにした。

話していて、どうも世の中には「男性女性性的な関心をもって当然」との「常識」があるのだと察するようになった。

後日、「セックスレス」という言葉を知った時、「愛し合う男女の間には定期的な性交渉があるのが当然なのか?」と疑問に思った。恋愛と性行為がどうしてセットになるのか分からない。

私には理解しがたい世界

とある女友達の「男の子ってそういうの好きなんじゃないの?」の一言は今でも忘れられない。その人は事情説明したら理解してくれたのが幸いだったが。

別に私は女性嫌いなのではなくて、下ネタばかり言う下品人間が嫌いなだけなのに。

そのまま時が流れた。

私は現在大学院博士課程。下ネタを聞いても吐き気を催さない程度には克服出来たが、依然苦手なまま。

信頼出来る女友達はいるが、彼女はいない。

研究職志望なので、将来の収入は安定しないし、そもそも出会いの機会に恵まれないだろうから、一生独身で終わることを覚悟している。

2016-05-21

FFゲームデザイン最先端だったという言説がもはや歴史修正主義レベルプレステ信者史観って怖いですね

http://news.denfaminicogamer.jp/projectbook/torishima

ゲーム企画書というサイトで、ジャンプ伝説編集長だった鳥嶋は

昔のFFはよかった、今のFFは糞みたいな言説押している


http://www.4gamer.net/games/075/G007535/20160422129/

続いて、鉄拳原田FF田畑

FF開発者も、ここ最近FF微妙であることは認めつつ、昔のFFはよかったみたいなことをほざいているわけだ



それ何時代の話?って感じ



しいていうならば、FF3くらいまでは対ドラクエに対して見せ方の工夫というスタイルで対抗していた部分があるから

(そのドラクエもしょせんウルティマウィザードリィだし)

サイドビューの戦闘画面とか魔法エフェクトとか、飛空艇だのジョブシステムだのと

ドラクエにたいするいろいろな工夫はしていたとは思う。

でもそれは見せ方の話で肝心のゲームは至極ありきたりな、敵たおしてレベル上げてお金貯めて武器買ってボス倒すってやつだ。

FF2熟練度なんていうせっかくのユニークなのシステムもやめたしね。

とにかくFFゲームシステムってそこまで斬新で最先端ってわけではなかったわけよ。

でもそれが良かったわけで、だからこそ大衆に受けたわけでしょ?

FFが生き残って、ロマサガマニア受けどまりシリーズが終わったのも

遊びやすく一本道なRPG世間に受けたからなわけで

そもそもRPGって見せ方のジャンルだよねって思わなくもないし、それでもいいのかなって思ってたよ。

ゴリゴリマニアうけするFFってのもそれはそれでおかしいとは思うしね。



とにかくいいたいのは、FFグラフィックはこだわるけど骨格のゲームデザインはかなり保守的ゲームだったという話。



任天堂やその信者にやたら64時代馬鹿にされてたのもそのあたりだったよね。

噂だけど、SFCマリオRPGインタラクティブを重んじる任天堂スタッフと反りが合わなかったという話を聞いたことがある

それからしばらくして。スクウェアPS参入して任天堂との確執は決定的なものになるわけだ。

N64PS時代の話といえば任天堂スクウェアインタラクティブVSムービーゼルダFF)という感じだったよね。

武蔵伝などやった当時のオタクたちは、スクウェアってアクションゲーム作るの下手だよねと評していた。

とにかくスクウェアはそういう会社



"ゲーム"を作るのが下手な会社って感じ


でも、当時のスクウェアはそれでいいとおもってるくらいの堂々としたものだった。

おそらくそれで売れてたからだろうね。勝てば官軍売れれば官軍ってことなんでしょうね。



それが時代が過ぎてなにやらFF馬鹿にされるジャンルになった

しか馬鹿にする人は任天堂派の人たちだけじゃなくなったわけよ

PS好きなひともFF馬鹿にするようになった。




馬鹿にする根拠はまぁあのヘンテコなホスト髪型とかそういうのも含めてなんだろうけど


なんつーか今のFFを腐すために過去FFがやたら持ち上げられてるんだよね。

老害以外の何物でもないかんじ



からもう一度言う

それ何時代にあった話なの?ってね




過去の美化された記憶じゃないんでしょうかね。少なくともFFゲームデザインで先端だったことはないよ

今も糞だが、昔も糞だ!

最近FFを腐すために過去を美化するんじゃねー

世界の皆さんへ

特講は自分にとってとても大事体験だったし、今もそう思っています

特講は私の日常生活において生き続けています

私にとって新しい幸福人生の始まりでした。

特講は私を、私人から公人へ、狭人から広人へ、臆病な人から確信ある人に大きく変えました。

一週間の特講はまるで昨日のようで、それからは何をやっても、いつも私の心の中に響いています

私は特講を受けたことを嬉しく思っています

今、思っているのは、すべての人が特講を受けたら、どんな暮らし世界になるでしょうか。

本当の自分を知る機会として、多くの人が特講を受けたらよいと思います

特講を受けた皆さんと共に、もっと多くの人が特講を受けて、幸福社会が実現できるようにやっていきたいです。

2016-05-20

子供心療内科精神科)に行きたいと言ったら素直に行かせてあげてほしい

生きててしんどい30代がまだ引きずってる心の傷について耐え切れなくなったので書き捨てていく。

うちは母・父・兄・自分で4人で暮らしていた。

家庭環境金銭的には余裕がある部類だったが、言い争いが酷いもんだった。

俺が小学生の頃からから父と母の怒鳴り声に近い言い争い、その後父が出勤すると兄が学校へ行く前に兄と母の言い争い。

帰って来ても何かあれば言い争いだ。言い争いの原因は些細なことなのも多かった。

そして父も兄もいないときは、母から愚痴を聞かされる。そして極端に(主に余計な)世話をしてくる。

まりにも怖くてきついので、薬を貰って高校生の頃に心療内科精神科)に行きたいと親に相談したら

「薬漬けにされるから行くな」

必死に説得されて、行けなかった。

今思い出しても辛い。きつい。

ただひたすらにショックだったし、今も鮮明に覚えている。

まりにもきつすぎてそれから自殺したいとしか思ってなかった。

そして高校生ときに30歳になったら死ぬ覚悟を決めてそれまで遊ぼう!と決意して将来の遺書を書いたときに、何か心のピースが欠けてたような体験をした。

不幸にも30歳を過ぎてもまだ生きているし、自殺する気はあんまりない。

結局それからは何事もだらけた人生を歩むことになる。

奇跡的に入れた大学中退後、短期離職しては引きこもりを繰り返す30代フリーターになった。

家庭環境が酷いと言いつつも、家から出て行く選択肢も怖くて出来ずに依存している。

仕事作業)をすると極端に失敗が怖くて怯えて頭がいっぱいになってまともに動けない。

もういい歳してるので、今の現状は自分責任だ。

なんとかカウンセリング心療内科へ通って働くための練習はしているが、70歳過ぎても親同士の言い争いが続く家にいる限り好転は難しいだろう。

なぜあのとき心療内科精神科)に行かせてくれなかったのか?と聞いたら、そんな話覚えてないんだってさ。

当時はあれだけ必死否定したのに、親にとってはどうでも良いことだったんだろうな。

親に壊されて親の経済依存して親が死ね自分も生きれなくてすぐ死ぬだろう。

皮肉なもんだ。

まともな親なら子供病院行きたいと言ったら止める人は少ないと思うが、心療内科精神科に行きたいと言い出しても止めないであげてほしいと思います

でないとこんな風に育つかもしれません。

好きな言葉

学生時に地元コンビニバイトしてた頃、いつも私たちと入れ違いで深夜シフトに入る年上のお兄さんがいた。

180㎝は余裕でありそうな高い身長を小さな軽自動車に押し込めて出勤してきて、コーヒータバコを買って外で一服してからシフトに入る。

まぶたが重そうで三白眼でボサっとした髪で、いつも眠そうだったり気怠げだったりしてあまり口数も多くない人なんだけど、

ある日、シフトに入る前にいつも通り自分コーヒータバコを買うついでに、

私とその日一緒のシフトだった同級生の2人に、コーヒー2本と大きめのパン1つをおごってくれた。

レジで袋を私たちに渡しながら「ちゃんとふたりわけわけして食べやー」と微笑んでタバコを吸いに出ていく先輩がなんとなく印象に残っていて、

それから食べ物シェアすることを「わけわけ」って言うようになった。

ちょっとこどもっぽい言い回しだけど、記憶とセットであたたかい感じがするので結構気に入っている。

こんな感じで、人や本から気に入った言葉ちょっとずつ勝手にもらいながら生きているので、

つの間にか自分の周りには自分が好きな言葉がたくさんあって、ふと会話中にそういうことに気付いたりすると、妙に幸せな気分になる。

タイミングがつかめないのと今の関係が変わることが怖い

初めて出会ったのは8年くらい前、自分常連客で相手バイト店員という関係

その当時のことはあまり印象に残ってない。

明るくて元気でかわいらしい子だなということと、長く働いてくれるといいなっていう感じ。


バイト半年くらいでやめたようで、それから再開したのは4~5年前、

自分泥酔してるときに入ったコンビニでばったり会ったらしいが、全く覚えてない。

「太ったなぁ、老けたんじゃないの?」と相当感じ悪いことを言ったとのこと。


1年くらい前からは店で居合わせときにはよく話す間柄になった。

少し気になる存在になってきたのはいつなのか、はっきり覚えていないけれど、

3ヶ月くらい前に連絡先を交換した。


それから常連の店で飲んでるかどうか確認したりして、いるなら飲みに行ったり、

飲んでるからおいでよーっていうやりとりをしてた。2人で会って食事に行くこともあった。


一緒にいると楽しいし、恋人関係になりたいと思っている。

ただ、告白するタイミングがつかめない。

そして、どういう過程を経たとしても、万が一にも、関係が破たんしてしまったら、

常連の店に行くことがためらわれるから、あと一歩がなかなか踏み込めない。


時間がたつほど、LINEや直接会ってのやりとりが増えるほど、好きの気持ちが強くなる。

相手にもそういった好き好きオーラは伝わっているんだろうけれど、

いまの関係性が変質するような行為に踏み込めない。

どうしたらいいんだろうか