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2016-06-28

http://anond.hatelabo.jp/20160628030854

サービスは店の価格クラスによって、要求していいラインとそうじゃないラインがあるんだよ。

サービス価値分かってんのか。

これは本当に同意するわ

日本人サービス無料だと思ってる

そして「おもてなし」なんていう自己満足を客におしつけて、サービスしたつもりでいる

自分未来に期待できない

歳をとるってしんどいな。

家庭ができて、雑務も増えて、自分のやりたい事に注力できる時間はどんどん減っていって、天才ではない自分限界のようなものが見えてくる。

あんなに気力があったのは、「今は大したことなくても、自分だって頑張ったら凄い事が出来るかもしれない」っていう未来への無根拠な期待があったから。

今は、所詮凡人なんだと、諦めかけている。

しかも、必死で頑張ったところで、自己満足しかないのだ。

家族迷惑かけてまで自分勝手時間を使うのは間違っていると思う。

自己満足を優先させられないのなら、もう自分人生を諦めるしかないのか。

2016-06-26

エセ人権派差別心と利権

人権大好き人間の一番の矛盾は、

弱者人権を護りたいと言っている一方で、

その弱者が意に染まない存在だったら「反知性主義」と斬って捨てるところだな。




こいつらの言う弱者判定には、明らかに「差別」がある。

このエセ人権派の言う「人権」は、認められる者と認められない者がいるのだ。

本人は絶対にそんなことはっきりと明言はしないが、

その態度、外形的事実でそれと分かるんだよ。

反知性主義」の人間にもな。

EU離脱の何が衝撃的かと言えば、こういうエセ人権派がついに可視化されてしまったということだ。

彼らは弱者を救いたいんじゃない。

弱者擁護という先進的な概念理解する自分に酔いたいが、愚かで野卑な者に対する差別意識は捨てきれない中途半端人間

こそがエセ人権派本質なのだ




「愚かで野卑な人間も、社会矛盾によって生まれしまった犠牲者なのだ。彼らを憎むよりもこの社会矛盾解決する手段必死で探そう。そして彼らの手を取ってともに進もう」

こう考えるのは本来人権派が考えるべきスタンスだ。

エセ人権派は、「彼らの手を取る」ことを何よりも嫌う。

捨てきることのできない差別心がそうさせるのだ。



エセ人権派のいう弱者には、具体的な人格がない。

どこまでいっても現実感の薄い概念以上の存在ではないのだ。

から理念だけでいくらでも麗しい正義を滔々と語り続けることができる。

から、実際に犯罪を犯す現実世界難民という厄介な存在は、視野から排除されているのだ。

犯罪が起きても、難民差別することは許されないとだけしか言えないのだ。

彼らの言う弱者は、犯罪なんか犯すはずのない理念上の存在しかいからだ。


これこそが離脱派残留派に対して抱く不信感の根源だろう。

犯罪処罰するための取り締まりもせず、

治安リスクばかり増大し、

自分たち税金は彼らへの援助に充てられる。

エセ人権派の言うことを聞いてたら、害を被るばかりだ。

あるのはエセ人権派自己満足を満たすという益だけだ。


今般の事件は、

この精神搾取構造に気づいた被抑圧者によるある種の革命なのだろう。

エセ人権派のいう人権が、権力搾取構造を備えているということを、白日のもとに晒したのだ。



さて。

こういう考え方もはてなブックマークじわじわと増えるだろう。

今までも弱者男性問題などで、その片鱗は垣間見えてはいたが。

その時、エセ人権派の方々は、どのような反応を示していたかな。

そしてこれから、どのような反応を示すかな。

離脱派バカにするような言動は、

おそらく日本でも参院選後に早くも確認できることだろう。

2016-06-23

ミニマリストの子

ミニマリストブログを見ると、彼らに子供が居ることは少なくないようだ。

彼らの子供は、親が実践しているミニマリズムというライフスタイルについてどう思ってるのだろう。口ではその時はパパママ大好き、物減って広くて遊べてすっきりしていい、と言ってるかもしれないが、思春期すぎる前の子供なんて、精神的にはパパママおんぶにだっこのまともな判断能力のない子供だ。

自分がそうだったが、親が特殊ライフスタイル特殊教育方針をとっていると、子供に思わぬ不利益が振りかかることが往々にして起こる。

自分場合、具体的にはゲーム買わない主義で、テレビ置かない主義で、菜食主義だったが、学校テレビゲームの話についていけなかったり、牛乳有害説を根拠給食とき牛乳を飲まないように言われていたし、そのせいか友達が少なかった。それがコミュ障に発展したのかもしれないし、俺がチビなのはたんぱく質不足が原因なのかもしれない。一方で菜食主義のおかげか病気をしたことはないし、しょうもないテレビ時間を費やさなくてよかったとも思う。プラスマイナスでどっちにころんだかは自分にもわからないが、今では適度に肉を食い、適度にゲームをする普通の家庭のほうがよかったと思っている。

世の中にはミニマリズム賛同する人もいれば、ありえない、人間じゃない、馬鹿みたい、不便だろ、自己満足だ、といった印象を抱く人もいる。どっちが正しいのかはわからないが、ミニマリストが少数派であることは確かだ。親が少数派。なかなかしんどいことだ。親はそこまで考えて行動しているんだろうか。

2016-06-22

「チャック空いてますよ」が言えない集団

ネット上で形成されたある弱小同人サークルには、オリジナルマスコットキャラがいた。マスコットキャラといっても内輪的なもので、対外的には全然意味をなしてない。(とはいえ、マスコットキャラがいるとTwitterアイコンだったりカタログサークルカットだったり、とりあえずそれを描けばいいみたいな存在になるので便利である。余談)



自分はそのサークルの結成から一年リーダーを務めていたが、今は退任してサークル活動にはノータッチである。後任のリーダー自分より同人活動社会経験も長く、気さくで親身で、一児の母でありながら管理職に勤めているというハイスペックな方だ。普通に尊敬できる。



その後任のリーダーが、どうも、そのマスコットキャラクター名前を一文字間違えて覚えてしまっているようである。(長期間、その誤った方の名称で呼んでいるため、タイプミスではない)

まぁ覚え間違いなんて誰しもあることだ。自分最近までyoutuberヒカキンのことを「ヒキカン」と認識していた。そっちの方が語呂は良いと思う。

間違えて覚えてしまったなら、気づいた段階で直せばいいし、気づいた人が指摘すればいい。これはズボンチャック全開問題と似ている。些細なことだ。



だがかれこれ半年以上、その誤りは直らない。もちろんリーダーが迂闊ということもあるが、それ以上にサークルメンバーの誰もがそのことを指摘しない、あるいは気に留めない、その関係性は不健全に思えて仕方がない。仮にもサークル象徴するマスコットキャラクターである。名は体を表す、という程はないかもしれないが、名前あってのキャラクターであるのは間違いない。二年以上活動していて、まだ「チャック空いてますよ」も言えない表面的な関係しかないことに、虚しさを覚えてしまう。



「気づいてるならお前が指摘すればいいじゃん」と言われれば、まぁその通りなのだが……、しかしそれがジレンマなのである!! 指摘は容易いし、心理的障壁はあまり感じない。ただ自分は身勝手な都合でリーダーを退き、その方に押し付けしまった立場であるサークルから離れていったくせに、姑のようにアドバイスと称した鬱陶しい小言をいう存在になるということは、自己満足しかないし、それは自分羞恥心が許さないのである。(これはこれで自己満足なのだろうか)



まぁしかしチャックが全開であっても、それを全員が認識しなかったり、華麗にスルーしていければ、大した問題ではないのかもしれない。寧ろ気づいて騒ぎ立てるのが悪なのかもしれない。「チャック空いてますよ」と言いあえる関係性を最善とするのは、価値観押し付けだろうか。

この件でトラブルは起きないだろうし、決定的な亀裂ではないと思う。だが、こういった歪みがドンドン連鎖的に広がっていくのではないか危惧してしまう。


自分もチャック空いたままのときスルーされてたのかなぁ。

高校2年の6月に学校死ぬほど嫌だったこと

高校2年の6月に学校死ぬほど嫌だったこと、マジで一生忘れないからな。

何十年経っても絶対に忘れないで、人生の節目節目で思い出してやるからな。

高校時代は色々悩んだけど、やっぱり思い返すと楽しかったよ」

人生いちばん大事な時期じゃん! いいなぁ、俺も戻りたい」

「後悔しないように今のうちにいっぱい思い出作っておきな」

「朝礼とか授業とか、今はだるいかもしれないけど卒業したら絶対懐かしくなるよ」

大人のこういう薄っぺら講釈は飽きるほど聞いた。本当にいい迷惑だ。頼むからお前の自己満足を押しつけないでくれ。お前の勝手な"青春"観を私に投影しないでくれ。

時間の経過によって思い出が美化されるというのはとても恐ろしい現象だ。30代・40代になって高校時代を振り返ったときに「当時はつらかったけど今となっては全部懐かしいなあ」なんて幸福青春を総括するようなことがあっては絶対にいけない。

朝、教科書がぎっちり詰まった重たい鞄を背負い、学校へ続く長い坂を一歩一歩踏みしめるとき、16歳の私がいま感じているこの苦しさが何十年経っても記憶から消えないように、確かな身体感覚とともにしっかり体に刻みつけなければと思う。

高校2年の6月に学校死ぬほど嫌だったこと、マジで一生忘れないからな。

理由のない備忘録 2

自分が考えていたネタのどちらかをここに納めようと思ったが、そのうちの一つだけ愚痴らせてもらう。



まだ大学生という身分ではあるのだが、大学自体に行くことそのものを疑問に感じながらも結局のところ親が主導権を握っていることをいつも思ってる。

今日はそんなことを書き留めたい訳ではない。



自分20代であるものの、「いつまでも絶えない30~50代くらいが想像する若者レッテルは何故生まれしまうのか」を最近無駄に考えていた。

特に見ているとしたら大学内の学生になるだろう。

しかし、「若者」とはいってもどこぞの綺麗な表紙で飾られているような清楚な若者ばかりではないのだ。



喋りや風貌からして融通の利く有能そうな奴もいれば、明らかに口だけは達者で具体的な中身がボロカスみたいな奴だっている。

そこで自分が見ている部分では、性格が合わなさそうな相手だとしてもどのような意見を持っているのかを確認している。

今の就活状況は某アニメーション映像みたく、グループディスカッションを行いながら共同で作り上げることが多くなっているかもしれない。

自分も何回かやってみたが、正直言って他力本願他人に頼り、その内容をまるで自分がやったように自己満足している状況しかなかったように思える。



そういった経験から感じたのは、「若い人で限定した場合集団の中で使えそうな駒がいれば、そいつに全て人任せにして得た利益を同じく貰おうとしている」という考察に至った。

何故若い人がマスコミによってあたかも中身のない無能馬鹿みたいにされているのかがなんとなく理解してきたのだ。

若者馬鹿だと玩具にされる→あまり具体的なプロセスまで組み立てる思考を停止させている→そのことから現実問題に置き換えると、できそうな奴に全て用件を投げ捨てて楽をしている」ということであるのかもしれない。



これはあくま自分がそういった人物としか当たらなかった運の悪さなのかもしれない。

だが、もしこれが1つの講義として成り立つのであれば、日本教育先進国の中で遅れていると言われたらその意見同意するだろう。

大学自体がこういった双方で行う講義積極的に盛り込むのであれば、学生側がただの談笑するレベルで進むようなことは時間と金無駄だ。

前期でもグループワークの授業を取ることになったが、選考の仕方がコンピューターで分けただけという馬鹿馬鹿しい話だったし、志望動機は長々と打ち込めずたった1コースごとに3,4行程度だけというこの始末。

そう思うと教員はそこまで学生を見る暇もないし、説教反省させるような態度を取るようであれば、そのようなリスクを生まないよう選考することが一番の回避策だったはず。



こうなるとバブルの時に大学を作り過ぎてしまったツケがだんだん悪化しているのかもしれない。

学歴として早慶クラス学士博士を取得したとしても、Fランク大学教授としていること自体意味があるのか。

そもそも研究機関である大学なのに特に文系学部に関しては研究成果が公開されないのだろうか。

しかも、そういったことは学祭の時だけに公表しているという。


個人的意見としては、大学として本当に機能しているのは理系学部と十分な研究費用材料存在する上位の大学であると思う。

そして、一番の問題として進学することが当たり前の世の中で、何故小さなから勉強以外で自信の持てる個性を身につけさせないのかということである

日本同調集団社会であること自体変わらない。欧米欧州のような確立されたシステムの中で自らのキャリア構造若いうちから立てられるチャンスが存在する。



しかし、今の日本子供を産んだ時点からレースが始まっている。それは「受験である

小学校からまり幼稚園ではしつけや漢字を読ませるなどのことを徹底している。

このことから子供たちにとってはそれが当たり前の日常ではあるが、逆に親はどういったものを彼らに与え、何を見せているのだろうか。

最近朝のニュース番組を見ていたら、親がある日本古来の物語の一部分を子供に向かって言うと、残りの部分をスラスラと答えていた描写があった。

他にも子供偉人の本を読んで楽しいと感じていた。



日本では教育施設機関に行かせることが中学まで義務付けられている。

そして最終的な目標受験とされている世の中で、学校に対して縋っている、甘えているのかもしれない。

学校に行けばやりたいことが見つかるのであれば、子供がが成人になるまでに彼らのやりがいが感じられる選択肢を助言することも一つの教えではないのか。



神経質な感じではあるが、自分としては金と空気を読む力さえあれば生きていけるのならそうしたい。

ただ、創造性や発展させる力に関する教育学習が欠けていると思う。

学歴、経歴だけの外見だけではなく、その人間本質証明できる機会が増えればいいなと感じている。

2016-06-21

http://anond.hatelabo.jp/20160621211237

ベビーカーの話直接関係ないけど

我慢が自己満足にすらならねーやってのは皆薄々気づき始めてるどころか

我慢をやめることの実践に入る段階になっちゃってる気はする

2016-06-20

「俺の認めたものじゃないとダメ」ってのが芸風なのはわかってるんだけど

それほんと(一般的意味での)青二才ロジックであって、共感して集まってくるのは同じ完成を持ってる未熟な若者だけだと思うんだよね。

普遍性のないロジック使ってると外に広がっていかいから、どんどん、蛸壺化というか自己満足の駄サイクル化すると思うので気を付けたほうがいいかなあ。

2016-06-19

http://anond.hatelabo.jp/20160618211423

夢とか望みとか幸せとか、人生のレールとかそういうのを一旦諦めましょう。

それは就活をやめるということ意味ではなく、

ニュアンス的には「現状を受け入れる」ということに近いと思います

人生希望や夢が100パーセント叶うことはないです。

しろ思い通りにならないことがほとんどです。

それなのにどうして手に入らないんだ、

と考えてしまうのは辛さを増やしてしまうだけです。

ただでさえつらいのに。

そうは言っても求めてしまものなのですが、

でもちょっと見方を変えれば不合理な考え方なので

そうならないよう注意してみてください。

優しくしていてください。自分と人に。

例えば、家族に、会話をする人に、通りすがりの人に。

大事なのは同じくらい優しくするということです。自分卑下すること、

人を批判すること、現状を嘆くことをしないように気をつけましょう。

代わりに自分と人の幸せを願う温かい心を持ちましょう。

願う時は、自分よりも人が幸せになるようにとかそういう差をつけずに、

全く同じようになるよう気をつけましょう。

行動より心が大事です。ただ心のみが大事だ、

という話ではありませんが、行動を大事にしてしまうと自己満足

義務感で温かい心を見せようとしてしまって、迷惑になることもあります

かい心を持ったうえで、行動する時は自分とその人お互いにとって

得になりそうか予想してください。

そうならないと思うなら行動は控えておいてください。

そしたら、悪くなることは無いはずです。良くなるかどうかは

知りません。結局のところ内定は得られないかもしれません。

でも、そうしていたらどうしたって前向きな気持ちや魅力、親しみが

出てしまます。それはあなたや周りの人があなたといると楽だからです。

から、待ってください。心が行動に繋がる機会を。アピールできる機会を。

じっと、注意深く。

そのために、希望を諦めて、自分と人を傷つけないように、

自分と人に優しい心を持つように、気をつけていてください。

安らかに人生を歩めるようにと願います

承認欲求がない

承認欲求がないから、やれば他人から承認されるような行動をほとんどしない。褒められる事とか、有名になる事とか、もてる事とか。

仕事上の成功目標にしてるが自己満足のためなので外部にアピールしない。むしろ隠している。

でもこう生きてると人脈はあまり広がらないので、何をやるにしてもそれが時々足枷になる。仕事を手伝ってくれる人や、一人ではできない趣味を一緒に楽しむ人などが、常に足りない。承認欲求って少なければいいってもんでもないのか。

2016-06-18

http://anond.hatelabo.jp/20160617202334

経験則ではあるが、目の前にある、自分に与えられた仕事に不満を持ってしまう人は、たいてい何をやらせても仕事ができない

増田自己満足承認欲求を満たすために、会社仕事増田に与えているわけじゃない。そんなのに付き合ってるほど暇じゃないし、

承認欲求を満たす仕事を与えろ」というならむしろ増田が対価を支払うぐらいの話だろう。仕事って、習い事じゃないんだからさw



会社によって違うとは思うが、昨今、データ入力のような「誰でもできる」タイプ仕事は、

職員がわざわざやる仕事ではなくアウトソーシングすることの方が多いというのに。

たとえば、個人情報や機密上の問題で「アウトソースできない、正規職じゃないとあてがえない」仕事

要するに「誰でもやれるような仕事」をあてがわれていた自分を、きちんと振り返ったことがある?

増田能力は、増田自身見積もっているほどには、客観的には高いとは思われてないんじゃないのか。

データ入力って、『定型的でない柔軟な対応』を必要としない仕事の最たるもんなんだから、適性あったはずなのにね

2016-06-16

イケダハヤトゴミクズ記事ではなく孫泰蔵さんの話読もう

あえてブクマしにくいようにゴミクズタイトルつけてやる。

オープンネットイケハヤのような、SEOが小器用なだけの頭の薄っぺら人間たちがうっほうっほやってる世界になりつつあるよな。



https://www.facebook.com/taizoson/posts/10153788960804492?pnref=story

僕には経営者としてかねてからの疑問がある。ほんとは違うと思いたいので、誰か下記の僕の意見反論してくれませんか。

 

かつて世界を席巻した日本の電機メーカー、先日取締役会で揉めたコンビニの最大手、安くて高品質市場を席巻したカジュアル衣料メーカーテレビショッピングいちばん有名な会社プロ経営者を雇ったがクビにした教育産業の最大手、そして通信などで成長した日本で最も有名なIT起業家会社など、最近後継者についての話題がすごく多い。

事業を大きくした創業者は、会社の成長もさることながら後継問題いちばんむずかしい、とよくおっしゃる。「企業は存続してこそ社会に貢献できるのだから、100年続く会社になるように企業文化を創っていきたい」と皆さん口をそろえる。中には徳川幕府だって300年続いたのだから、うちも300年だと言う方もおられる。誰とは言わないが(笑)

 

 

なんで?

なぜ存続してこそ社会に貢献できる(=存続しないと社会に大きく長く貢献できたと言えない)、と言えるのだろうか。

存続はしていてもたいして貢献してないことだってある。「売上は社会に貢献して顧客からもらえた対価なのだから、売上が伸びてるあいだは立派に貢献してる証拠じゃないか」「雇用を生み出し続けてるのだからそれだけでも貢献しているじゃないか」などの声を聞くのだが、それはその会社がなくなって別の新しい会社がそれを担ってもいいわけで、「存続してこそ社会に貢献できる」というテーゼを論証したことにはならないと思う。

まり、存続することと、社会に貢献することとは関係があまりないと僕は思うのだ。それどころか、長く続いている大企業は、分業と縦割りとルールの細分化が進んで制度疲労を起こし、「自己疎外(=働けば働くほど、自分でやっていることが自分のものと感じられなくなっていくこと)」を生み出しているようにしか僕には見えない。

スタートアップ原理主義者の僕には(笑)必要以上に大きくなりすぎた企業は「自己疎外製造装置」にしか見えないのだ。だからといって共産主義に近い社会主義を礼賛しているわけではもちろんない。ほんとはいろいろ考えているのだが、この文脈においては、単に「アンチ大企業主義」と分類されても僕は全然差し支えはない。

昔であれば、大資本・大組織でないとできない大きな仕事存在しただろう。しかしこれから時代には大企業アドバンテージというのは実はあまり個人的には「ほとんど」)ないと言っても過言ではないと思っている。

そしてそれは、人工知能ロボットの発達によって、愕然たる事実として現在よりもさらに鮮明にあぶり出されるはずだ。

僕はそのように思っているのだが、僕が違う(それとこれとは関係ない)と思っている、

 

企業は成長し続けて大企業となり、そして長期間存続し続けることこそが社会に大きく貢献することなのだ」

 

ということを誰か力強く理論づけてもらえませんか。




http://www.tez.com/blog/archives/post5052.html

スタートアップがより大きな力を得てより急速に成長するためにも、より大きく、より長い繁栄をして、企業価値を大きくすることを目指すことが必要だと考えられますし、その場合繁栄の鍵は、いかに「情報処理ハブ」の地位を確保し続けるか、ということに集約されると思います

から企業がより大きく、より長い繁栄を目指すことは、否定されるべきではないと思います。もちろん単なるステークホルダー思考停止ではなく、他の(「信用」を担保する)理由があるからこそ、大企業として長期間存続し続けるわけですし、社会に大きな影響を与える企業として長期間存続し続けようという意志のないところに大きな企業価値が生まれることは無いはずです。






孫 泰蔵 「信用資本論」とでもいうべきとても示唆に富む論説ですね。

まず、信用という機能本質が「思考停止」だからこそ信用は一定の「慣性」を持つ、というのにハッとさせられました。経営者もそこに働く従業員も、会社を長期的に存続させるのが是、というところで思考停止してるなといつも思ってたのですが、それは外部からの信用という思考停止ともリンクしているのだということに気づきました。

また、長期的に存続しうる形態としては「メタ」な存在しかないだろうと私も考えていました。しかし、その際に長期的に「メタ」として存在しうる価値アイデンティティーってなんなんだろうなあと思うのです。資金であればVCなどでも十分提供できるわけで、スタートアップが嗜好する資金以上のなにかを持ってないといけないわけですが、それはなんなのだろうとずっと考えています。そこも「信用」なのかなあ。

そして、「大企業が自らの存続をあきらめることではなく、既存の『信用』に新たな『信用』がぶつかって倒そうとすること」が「古い組織の制度疲労を打ち壊し社会全体を活性化させるのだ」というのはまったく同意です。

しかし、現在日本では挑戦者がまだまだ全然少ない状況です。この状況を打破したいのですが、能力的に優秀な人が、挑戦者になって打倒するのではなく、むしろ後継者になりたがろうとする人が多いこの状況(例えば、兄がやってる「アカデミア」という後継者育成機関にすごい優秀な人がいっぱい来てるんです!あんたたちは孫正義後継者なんかじゃなくて起業家を目指さんかい!と心のなかでいつも苦々しく思ってるんですよね(笑))をどうやったら打破できるのかなあと思案しています

既存の信用にぶつかって倒した新たな信用の成功事例をつくるしかないですよね・・・そっか、俺が頑張ればいいのか。頑張ります





孫 泰蔵 ありがとうございます

そして「そこも信用」なんだと思います

話がややこしくなるので本文には入れなかったのですが、日本では米国VCは全部が全部イケてると思われがちですが、実は逆にファンドのうち上場株式indexをアウトパフォームするものわずかで、9割前後indexを下回っています。つまり米国はいえ、ほとんどのVCファンドは「上場index投信を買った方がマシだった」ということになってますしか米国の上位5%のファンドは常に高いパフォーマンスを上げています

リスクの高いベンチャー投資でなぜ長期にコンスタントに高い成果が上げられるのかという理由は、まさにVCが行うべきことの本質が「信用の供与」だからじゃないでしょうか。例えば「セコイア投資したベンチャー」は(もちろん背後に技術トレンド調査やきちっとしたDDがあることに加えて)「セコイア投資してるんだからイケてるんだろう」という期待が働くからこそ、いい経営陣やいい従業員が集まり、いい投資家が付き、いい取引先やいい顧客が付くので、結果として本当にいい会社になってしまうという「予言自己成就」が発生しているのではないかと思います

ポートフォリオで多数のベンチャー分散投資すると、仮に失敗したベンチャー成功したベンチャーをならしてポートフォリオ全体として利益が出たとしても、必ずしも「あのVC投資したベンチャーイケてる」という期待は働きません。「投資したベンチャーを全社必ず成功させるぞ」という長年の努力をすると、そうしたミダスタッチ(「魔法」)が使えるようになるんじゃないかなと思います

ベンチャー先進であるがゆえに、単独でポツンと存在しても、それがいいものか悪いものか、一般の人にはわかりません。「世の中で最も大きな情報の非対称性が発生するもの」だと言えます。だからこそ、そういう「信用」を供与する投資家が増えることこそが、現状を打破する大きな力になると思います







亀山 敬司 俺も「会社を続けるために稼ごうぜ!」と言ってるけど、社会貢献とは関係ない。会社が続いて大きくなると俺が楽しいからやってる。だから「辞めたあとは俺のこと忘れていいか勝手に楽しめよ」と社員には言ってる。会社なんてただの人の集まりだし、くっ付こうが分裂しようが、べつにDMM名前が残らなくてもいっこうに構わない。

300年続けたいとか言ってるやつは、何を続けたいと言ってるのかわかんないけど、ピラミッドでも残したいんじゃない?亡霊の自己満足だね。

昔は「社員未来雇用をどうやって守る」とか思い悩んでいたが、「過保護で要らぬお世話だな、いい歳の大人自分で考えな」になってきた。とりあえず後継者は立てるだろうが、そこからは別の会社から残りたいか自分で決めなって感じ。

大企業が長く続くのは、良し悪しで言えばちょっと悪し。ゆとりが有り過ぎると頭が悪くなるし、いい気になっちゃうし、内戦に明け暮れる。良い点は、まずしいスタートアップが時々見上げながら「俺もいつかあの大きなビルに入って、きれいなおねえちゃんを秘書にするんだ」と俗っぽい夢を見させてくれる。

悪い部分が大きくなれば勝手に自滅するので、自然に任せといても大丈夫

そもそも社会貢献も基本はやっぱり自己満足だね。経済成長や新しいテクノロジー社会幸せにするとも限らないんだし、自分たち活動が徳か悪徳かもよくわからん。でも、こんなふうにいろいろ考えるのは、自分だけのことを考えた自己満より、マシな自己満だよね〜!

2016-06-12

http://anond.hatelabo.jp/20160612112533

・隣の「まとめ役」より偉い人がいれば、その人をターゲット

 (最終的に、まとめ役の上席に伝わるように、その前の順番(社内の序列人間関係)を間違えずに)共感を積み重ねる、根回しを積み上げる。

 で、異動なりなんなりをお願いする

・被パワハラさんのお友達になってやる

自分が、別の場所パワハラ声が聞こえない部署など)に異動を申し出る

会社をやめる



ぐらいかな。

音声の証拠を集めたところで使う場所がなきゃ意味がない。

それに、録音するのなら、被パワハラさんへの同意も得るべきなので、単なる正義自己満足しかないと思う

クライアントを、社内のみっともない事情に巻きこむのは、みっともないからやめた方がいい。マジで

へたしたら会社の信用度にかかわる。



残念だけど、増田には、今のところはまだ、この問題解決する能力はないのかも。

諦めるか、逃げるか、踏ん張って社内政治をやって解決させるか。お好きな道をどうぞ。

SNS写真から場所特定する方法

位置情報を消して安心!という互助会記事が回ってきたが甘すぎ



から風景

光の差し

部屋の間取り

道の写真

ランチ写真

食事した相手

飲み会とか結婚披露宴

交友関係

移動方法

良く使うコンビニ

ファーストフード店

終電時間

美容室

学校

催し物、

救急車消防車

家族写真

旅行

FacebookEXIFなんて要らない

こういう情報を組み合わせればtwittergoogleInstagramだけで大体の位置特定できる

1人で気をつけても無駄。知り合いが1人いるだけで絶対にボロが出る

本名を隠しても無意味。お前の名前なんて同姓同名だらけで価値が無いんだよ

生活環境や交友関係のほうが特定されると厄介、死角絶対にできる上に変えにくいか

予防するつもりなら日頃からブラフを混ぜまくって、

Instagram食事記録をつけるようなヤツと関わらないようにすればいい、



それと、「日々の発言に気をつけて、恨みを買ったり炎上しなければ安心

とか考える自己中心的自称常識人が一番危険から

常識配慮ライン自分勝手に決めてるだけだよ

自分自己満足偏見自覚しないと、

いつか人種国籍も年齢も性別も頭の構造も違う人間から

意味不明行為で怪我するよ

避けられないんだから覚悟だけでも決めとこうな

2016-06-09

日記

もう良いか、と言いつつ書き続けてても2chみたいに誰も怒らないよね?そういうシステムだよね?ここ?

まあ、そもそもタイトルが同じだけで同じ人間の書いたものだとも限らないしね。良いよね。

最近少し思うのは、ものを書くときって「これ読まれちゃうのかー」と「思いながら」書くのが大事なんであって、実際にあんま読まれて変に即レスとか貰っても逆に上っ面な言葉遣いとかに縛られるようになるだけで、あんまり書き物の醍醐味ってなくなるような気がするのよね。

読み手のことを想像する。むしろ「何も言わない読み手」のことを想像する。そういう状況に置かれているからこその深い推敲言葉選びが読み物としての深みに繋がるのであって、「べらべらしゃべる読み手」が実際にいてしまうと、「通じてるかな?通じてないかな?」なんて想像をする間もなく、「めんどくせーから突っ込まれないこれくらいの言葉遣いにしとくか。どうとでも取れるから言い訳出来るし」なんてのが最優先に頭をもたげて来てしまう。

言ってみれば「伝わるかな?」じゃなくて「伝わるんじゃねえ」になって来ているというわけで、そりゃ中身がなくなってくるのよね。

とは言え勿論誰にも感想を言われないために読まれないように書いていても仕方ない訳で、読み手のことを想像する余地すらなくなってしまう訳で、そこは塩梅が難しいのだけど、要するにブログコメント欄てえものがついてからこっちはそういう世界になっているのよね。そこがすごい困ったことになっている。

ある意味で「みんな自己満足」で書いてるんだけど、「自己満足が一番現実に即してた奴が勝つ」くらいのドライ世界がないと、書き物って面白くならないんだよな。今の状況はウェットすぎる。

2016-06-07

いい加減にしろ!元同僚!!

数か月前にわが社を退職した同僚(派遣

もう関係ないのに、職場宛に結婚式写真を送りつけてきた。

純白のウェディングドレスにロングベール、真っ白なブーケ。

目を閉じてうつむく姿が後ろから撮ってある。

後は日本庭園の中の、薄いピンク着物姿。

さいこからあこがれたてたってのはよくわかります

でもね、あなた今いくつ?

39歳で、もうすぐ40ですよね!!

この職場に来た時に、あなたの年齢を知らない人から高校生くらいのお子さんがいるの?」って聞かれたよね?

そんなおばさんのドレス姿、誰が喜ぶの?

みんな苦笑いしてましたよ。


ドレスなんかどう見ても20代前半の子しか似合わないデザインで、どう頑張っても許されるのは20代後半まで。30代はアウト。

他に似合うドレスがあったでしょうに。


あなたティアラプレゼントした元上司の奥さんは

25歳くらいの子だと思って作ったんだって

それをもうすぐ40のあなたが身に着けたら似合わないこと分かるよね?

くそんなのを身に着けたドアップの顔の写真を送ってこれるよね。

恥ずかしいと思わないのか。

そもそもあなた結婚式なんて、わが社から誰も出席してないし、

写真を送ってくれなんて誰も頼んでないのに(確認済)よく写真を送ってきたね。

自己満足にもほどがある。

大体この写真どう処理すればいいの?

誰も見ないし邪魔なだけだよ。


ありがとうも言わず、誰も聞いていないのに挙式や新婚旅行の予定だけみんなの前で発表してやめていったあなたに、みんなうんざりしています

やめたのにこれ以上うんざりさせないでください。

いい加減にしろBBA!!!

(つぎは新婚旅行写真でも送ってくるのかね…)

2016-06-05

じゃあ、文系就活手順

 文系専門性がない、供給過多のため、就活地獄絵図になりがちです。そんな地獄を戦い抜くためのアドバイスをいくつかしようと思います東大京大文系エリートコミュ力の鬼、イケメンリア充サイコパスメンタル、とかそういうケースではなく、そこらにはいて捨てるほどいる何のとりえもない文系向けです。

1) 業界

 文系には専門がないので、専門を生かせる業界存在しません。理系であれば、自分の専門が生かせる業界、やりたい分野を手掛ける会社、と絞り込みをしていくことができますが、文系は一から自分がどの業界に進みたいのか?を考えていくことが第一歩です。ここが出来ているかどうかで大きくライバルと差がつきます

 文系は闇雲に何の関連性もない業界を知っている会社からと、受けまくる人がいますが、これは本当に非効率なので、止めるべきです。業界研究をするにも絞り込みが出来ていれば、エントリーシート志望動機面接対策など、業界が同じであれば、ある程度のひな形を持てます。それをガチガチに隙がないように組み上げていけば、そう簡単に振り落とされないはずでしょう。

 東大京大でもない限り、どの業界就職するにしろ文系なんてパシリみたいなものなので、夢だ、自己実現だ、とか、甘ったれたことを考える前に自分資質と合いそうな業界を選ぶことが大事です。割り切った性格が持ち味なら金融ガテン系親父に可愛がられるなら建築土木、モノ作りが好きならメーカー、体力自慢の体育会出身なら商社、とか決めるわけです。ともかく、飯食っていけるなら、まずはそれでいいんですよ。

 凡人はまったく不向きでない業界に潜り込めたら、その業界会社のいいところを見つけて、そこに前向きになるべきです。否定的なことばかり言えば、完璧業界なんてないし、嫌になってくるだけです。人間でもそうでしょ? 完璧な異性と付き合って、結婚などまず出来ません。いいところを協調して、踏み切らないと結婚できないし、片目をつぶって相手肯定してあげないと、結婚生活を持続できません。

2) 会社

 業界が決まったら、大まかに三分類くらいに分けておくといいでしょう。チャレンジ企業群、本命企業群、滑り止め群、とします。これは会社四季報を買ってきて、自分学歴判断すべきです。残念ながら、文系学歴しか売り物がありません。理系のように専門とのマッチングさえするなら、ある程度どこでも受けられるってことはないです。学歴不相応の会社を受けまくっても、時間無駄で、落ちまくります

 マーチ文系トヨタ自動車内定、とかは名門野球部エースとか、オヤジトヨタのお偉いさんとか、特殊な売りがある人だけでしょう。彼らはそこらの文系ではないです。理系なら、愛知県のショボイ工業機械出身の上位層でもトヨタ自動車に入る人は一定数います。この辺が文系の辛いところです。

 エントリーする会社が絞り込めて来たら、その会社財務状態確認しましょう。上場企業なら、有価証券報告書ネットに転がっているので、タダで見まくれます。有名企業でも危険財務状態に陥っている会社いくらでもあるので、そういう会社は何か特殊戦略でもなければ、避けましょう。わざわざ泥船に乗り込む愚を侵す意味はないです。例えば、なんで東大理系ソニーなんかあえて入社するのか、私にはまったく理解ができません。学歴バカなんでしょうか?

 有価証券報告書にその会社基本情報がすべて書いてあるので、読み込んでいけば、財務状態だけでなく、株主構成、売上構成、何が強み、弱みなど誰でも理解できます。また、平均給与も書いてあるので、どのくらいの給与水準が確保できるかもわかります。もし、見方がわからないなら、薄い本一冊買って読んでから、取り組んでもいいでしょう。

 別に会計勉強している必要などないです。日本語が読めれば、学校で教えてもらわないとわからないことではありません。こんなものも読めないなら、デスクワークを諦めて、体を動かす仕事をしたほうがいいです。お金の流れが理解できない人は何をやっても出世できません。好き嫌い別にして、財務諸表も読めないってのはダメすぎです。

3) 面接

 応募者にできるのはたった二つしかなく、応募するかどうかを決める、内定を受けるかどうか決める、だけです。「就職お見合いだ!」っとか言う人がいますが、それは全く間違っていて、企業が選ぶ側であり、強者であり、文系学生なぞ鼻くそみたいな存在いくらでも代わりのいる駒です。「学生風俗嬢だ!」っと思います。客は別にだって抜ければいいですが、嬢はオッサンに選んでもらえないと、生活できません。人気嬢は東大京大学生でしょうか?

 多くの企業学歴フィルター文系を振り分けるので、面接には似たレベル学生しかいません。要するに面接までこぎつけたら、そこでの立ち振る舞いが合否を分けるのです。当然、イケメン美女が有利に決まっていますが、身だしなみはしっかりしましょう。日本企業個性など求められていないので、無難な恰好、無難な立ち振る舞いに終始すべきです。普段キモオタでも、髪の毛を短くして、きちんと整え、キモイ眼鏡を変えて、きちんと磨いた靴を履いていれば、きもくないです。

 特に男性同士の場合相手イケメンでも、大して加点しないものです。ウザイ系のイケメンならむしろマイナスです。一緒に働きたくなるやつってガタイがよくて、どっしり構えて、落ち着きのあるタイプでしょうか? 薄っぺらいことをペラペラ話す人間より、朴訥でも論理的に言いたいことを伝えてくる人間評価します。

 面接官はほとんど男性なので、ウザイ系の美女でも加点されますし、性格の良さそうな女性でも、不細工なら、マイナスにはしないにしろ積極的に働きたくはないでしょう。一般職、名ばかり総合職採用なら、何年かしたらやめるわけですし、だったら、少々ウザイ女でも、見た目さえよければ採用したくなるものです。なので、女性は見た目にこだわりまくってください。メイクをきちんとすれば、強烈にデブでもなければ、それなりに見えるものです。

 コミュ障気味の人は家の鏡の前で笑顔練習発声練習をして、明るいリア充を演じる努力しましょう。就職すれば、文系リア充を装わないと生きていけないわけで、実態はどうであろうが、そこは生きるために演じるのがいいです。家に帰って、着替えて、気の置けない友人しかいない時に本性を出せばいいのです。仕事なんてそんなものなので、割り切れない人間ニートになるしかないです。

 マスコミ系などの目立たなければならない業界なら話は別ですが、一般的会社ギャグとか言っても、鬱陶しいだけなので、あくまで「俺はかなりあんたの会社勉強しているぜ!」っというアピールをすればいいです。ただし、面接官が明らかにつつかれたくないような話題はしてはだめです。権力者自己満足不採算事業をやっていることもありますが、それをつついても、面接官は答えられません。あと、文系は専攻について、聞かれない限りは何も言わないほうがいいです。文系なんて社会に出たら、何の意味もないことくらいは面接官はよく知っています

■ まとめ

 ここまでやっていれば、相応の会社を受けていれば内定は出るはずです。理解すべきなのは自分は何の専門もない馬鹿文系野郎であり、お金くれる人間なら、誰にでも尻尾振らなければならないチワワみたいのものだと割り切って、相手が望むことを真剣に考え、それに沿ったふるまいを心がければいいのです。体育会就活に強い一因は縦社会を一足先に経験しているため、立ち振る舞いがそつないっていのがあるでしょう。

 自分の腕で生きていきたければ、理系に行くべきだったし、エリート気取りしたいなら、東大京大に行くべきだったんです。バカから文系を選んで、何の意味もない講義を受け、人生モラトリアムを楽しんでいたツケを返す時期が来たってことを自覚して、もうこれからはお客さんではない、と覚悟して就活に臨みましょう。何度も言いますが、「お金を払っているなら楽しくて当然、お金をもらうなら苦しくて当然」です。

2016-06-04

http://anond.hatelabo.jp/20160603114854

女性を人ではなくモノだと認識してるのでは?

女性にも自らの意思があり、嗜好があり、満足をもとめる対象がある。

たとえそれが世間一般から若干外れてもだ。

 

1.整形に対する努力

なにも努力運動食事制限だけではない、お金を貯めて手術の痛みに耐えるというのも努力ではないだろうか。

2.整形をする動機

あなた趣味お金をつぎ込むのは何のためだろうか。おそらく自己満足のためだろう。

女性自分容姿モテのために向上させるのではなく、自己満足のためだ。

モテたら嬉しいかもしれないが、それはモテバロメータであり、性欲によるものではないのだ。

3.費用の話

たとえ二人の共同財産であっても、貯金額を2で割った金額より少なければ良いのではないだろうか。

 

自分の周りにも整形した人は多いが、整形を嫌がるのは潔癖症の人がなんでもアルコール消毒するのと同じだ。

なぜなら、それは偏見による、捉え方の違いでしかいから。

歯科治療歯科矯正などは実は整形手術よりも大掛かりで体に負担をかけていたりする。

交通事故にあった人は整形手術以上の手術や、大きな顔の変化をもたらされる。

まりあなたが抱いている整形手術への嫌悪は、あなたが嫌なものだと認識しているから嫌なのだ

2016-06-03

http://anond.hatelabo.jp/20160601223649

結果的に予想が合っていることが多いとしても、それはあくまでも結果論

コミュニケーションとして成り立ってないのはただの自己満足に過ぎない

俺の部下でもこっちが何か質問するとその回答の先を話そうとしてくるやつがいるけど、

正直結構ストレスたまるんだよね

コミュニケーションってキャッチボールなんだよってことをぽてまよのかたみちきゃっちぼーるきいて反省しろ

こっちが玉なげてんのにガン無視してそっちが持ってるボール投げ返されるのって、かなりイラッとする

率直に言うとムカつくんだよ

相手の話をまともに受け止めずに僕が僕がっていうのは自己中すぎるって自覚もっと持て

ただすぐ反応するってのはすごくいいと思う

俺の部下は全然反応なくて、わかってるのかわかってないのか考え中なのかすらわかんないか

すぐ反応するときに考える時間がない・考えすぎて先走りそうなときは、いったんオウム返ししてその間に考えろ

2016-05-31

http://anond.hatelabo.jp/20160531123920

価値観が違う・いや同じだ」なんて最初から言ってねえよ。

単に自分から進んでモテない体型にして自己満足に浸ってんな、としか言ってない。

価値観が同じだろうが異なろうがモテない体型はモテない体型。

なぜならそれは多数派であるかどうかの問題でありモテない体型してるやつの価値観は、主観的しかない。

モテ主観にはない、客観しかない。

価値観千差万別からこそ、多数派からの支持を容易に得られるのは強力。

当然、独りよがり価値観なら尚更恋愛においては負け犬になる。

2016-05-28

ちょっと知識をかじってその要素を取り入れても面白いゲームになるわけではなく単なるスノッブ自己満足に過ぎないわけだけど

そういうことを言ったら趣味でやってる以上ぶち切れるんだろうなあ

 

しかし彼、ゲームが作りたいのか自己満足がしたいだけなのかどっちなんだろう…

中途半端に取り入れずに徹底的に追求したほうがゲーム性に影響する可能性が上がるんじゃないかと思うんだけど

まあきっと彼の勉強しているアピールしかないんだろうから黙っておくか…

2016-05-20

自分の負けを受け入れた方が良いのかもしれない

世の中に美味しい思いをしている人間がどうしても許せなくて、何でこんなに心がかき乱されているんだろう、と思っていたんだけど、最近分かった。

自分負け組だって認めたくないからだったんだ。

人間、自ら負けを認める敗北主義者になったら終わりだと思ってたけど、これほどメンタルがやられるくらいなら、さっさと負けを認めて、その上で自分の手が届く範囲試行錯誤した方がマシって気がしてきた。

そりゃどんな選択をしたって批判するやつはいるだろうし、心の中にある批判的な自分自己批判に心が折れそうになることもあるけど、結局のところ他人が上手くやってるのを羨んで、その裏返しで悪口言っても詮なきことってことなんだよね。

何というか、もっと自己満足を優先するというか、かえって自己中心的価値観で生きていった方が人生ラクだろうし、もっと楽しめる気がする。

2016-05-18

オカルト板で

久しぶりに2chでスレ立てしてみた。

不思議な話や怖い話が好きだし、少し貢献のつもりで、

あわよくば、まとめとかに取り上げられたら良い自己満足になると思ったからだ。


で、レスがだいぶついて来て、ちょっと疲れてきた。理由は、とにかく、自分の主張を喚きたいだけな奴、自分が持っているイメージ(実際は存在しない)だけで批判したい奴が現れたから。個人的に、オカルトは娯楽としてすごく楽しい。旧帝の文系修士を持つ程度の浅学な身ではあるが、人々の間で、どのように事実理解され、どんな相互作用で新解釈が生成されていくのか、興味深いと思っている。しかし、言葉は悪いが、あまりの頭の悪さに辟易としてしまった。

オカルト好きということが、端的に、情報リテラシーの低さ、もっと言えば識字率問題であると思った。イメージとしては、単語文法を最低限だけ理解できるサルが、画面の向こうにいて、とにかく衝動のままに喚いている。字を読み、打てるだけ。それでも良いのかも知れないが、LINEのりんなでさえ、もう少しまともな受け答えをするんではないかと思った。端的に事実誤認も多い。典拠として査読付き論文を挙げたら、wikipediaに書いてあると反論されると、ちょっと白目剥きそうになった。基礎文献を指示しても読みやしないし、知りもしない。たぶん、ドイツ語ラテン語ギリシア語はおろか、英語でさえ出来ないのだろう。

そう思うと、道端で乾いている枯れた雑草の欠片に真剣に向き合っているような気分になり、我に返った。まだ猫をなでながら、犬をモフりながら、ひとりごとを言う方がよい。オカルト陰謀論にハマり、一日画面の前に張り付いている人というのは、または彼らの思考回路なり論法というのが、まさにオカルト的だなと思った。

なんというか哀れだ。

ということで、休憩おわり。仕事にいってくる。

2016-05-15

LIGメディアはもう死んでるし、「オウンドメディア」とか「コンテンツマーケティング」とか一生語ってほしくない。

昔、LIGブログファンでした。

から最近まらなくなったというのは確かに感じつつも、それでも何かといろいろ攻撃されるのは可哀想だと思っていました。

ただ、1つどうしても許せないことがありました。

それは「金儲け」の姿勢を、極端なまでに全面に出してきていることです。あれはもう異常です。

からファンとしてそれをやめてほしい」「どれだけそれが嫌悪されることか気づいてほしい」と思って先週問い合わせフォームメールを送ったのですが、特に何の返信もなかったのでこちらにアップすることにしました。

そりゃ問い合わせフォームにはイチャモンクレームとかが沢山寄せられてるとは思うのですが、これぐらいの正論にはせめて「貴重なご意見ありがとうございます。今後の参考とさせていただきます。」ぐらいは返してくれてもいいのに・・・

そんなわけで、もうLIGメディアとして死んでるし、「オウンドメディア」とか「コンテンツマーケティング」とかを代表する企業ヅラは2度としてほしくありません。

営業」がいる時点でそもそもブランディングおかしいのですが、こんな簡単なことがわからない、わかっていても無視しているような事業ってなんなのでしょうか。

そんな思いで以下、LIGに投げた質問文を貼ります



ーーー(以下、問い合わせフォームに投げたメールコピー)ーーー

<お願い>

最近個別記事の右カラムに表示される「LIG広告成功事例をまとめました」というバナーの固定表示(スクロールしても固定表示される仕様)を、非固定(昔のように、スクロールで流れた後は白画面)にしていただけないでしょうか?

女性の顔のアップで目線がこちらを向いている図がずっと固定されているのは非常に圧迫感があり、読書体験として大きなストレスを感じます

嫌なら見なければいい、という考えもあると思いますが、白バックに黒が基調となっているページで緑の固定枠は視認性が高すぎます。(誘導が「自社広告」ということもあり、下品にすら感じます

また、アップの視線が常にこちらを向いている構図というのは、どうしても視界に入ってしまい、読了後に疲れを感じます

御社広告バナーとしてはそれで正しいのかもしれませんが、メディアとしてはいかがなものでしょうか。

マネタイズ化が大事ということはわかりますが、「自社広告コンテンツ邪魔をする」というのは、コンテンツマーケティングとして最低だと思います

ブログとの親和性無視した自社広告を固定させ強制的クリックさせる行為と、今業界的に問題視されている誤誘導目的バナー設置と、何が違うというのでしょうか?

記事ストレスを感じることで、LIGブログ(そして全く関係いであろうモデル女性)に対して嫌悪感すら抱くようになってしまいました。

広告の出稿主となるようなクライアント企業にはわかりやすいかもしれませんが、それ以外の読者の99%を無視してまでおこなうことでしょうか?

そもそも本気で出稿検討する企業は、フッダーの「メディア広告掲載について」ぐらいちゃんと確認します。その確認すら怠るような企業クライアントになる(=固定表示することでCVがアップする)とは思えません。

この固定化は、一体誰が得するのでしょうか?

(正直バナークリエイティブ自体も、作り手側の自己満足押し付けでは?と思っています。本当にこれは広告として優れていますか?)

もしかして、こんな誤認誘導と同列の施策をとることで「広告紹介事例の記事なのに、こんなにクリックされるようになった」「(最初から成約見込みの極めて薄い、いわゆる“ひやかし”の問い合わせを集め)こんなに問い合わせ件数が増えた」と、オウンドメディア成果としての実績にしたいのでしょうか?

まさか「これぐらいストレスになるはずがない」と本気で思っているのでしょうか?

ふざけないでください。

オウンドメディアコンテンツマーケティング代表的成功企業として評価確立したLIGが、なぜこんな詐欺まがいの数字操作をしているのでしょうか?(しか誘導先は、クライアント広告ならまだしも、「自社広告」ですよ?)

そもそもWeb制作会社の「顔」ともいえる自社サイトで、UIUXのことを少しも考えていないのですか?

いつからLIGはこんな企業になってしまったんでしょうか?

同じ業界で働く身ですが、本当に最近LIGの評判は悪いです。

本当にファンとして残念ですし、こんなことを続けていては本当に誰も相手にしないメディアになってしまうのではないでしょうか?

クライアントさえ獲得できれば、読者のことはどうでもいいんですか?

そんなことをするためにLIGブログはあるんですか?

そんなことのためにみなさんは記事を書いたり、編集したり、企画を練ったりしているのですか?

スマホのフッダーでの固定表示(これも正直厭らしいと思いますスマホから直のコンバージョンToBでは考えづらいですし)も含め、いますぐ右カラムの固定表示をやめていただけないでしょうか。

過去記事は右カラムバナーは非固定でスクロールすれば消えるので、できないことはないかと思います。(そしてやはり大変読やすいです)

あるいは、対象バナー直下にある「お問い合わせはこちら」と同じく、白黒の文字だけデザインバナー表示でよいのではないでしょうか。

背景色等とよく合っており、これなら特にストレスにはならないと思います。)

これは長年のファンとしてのお願いです。

決してネット特有の「嫌儲」の意識からのお願いではありません。

ネット記事広告文化をここまで定着させたのは御社の功績ですし、そもそも(バナーリスティングなどの誤誘導メインの)ネット広告文化から、読者に「良質なコンテンツ体験ができる広告」を提供すべく今まで頑張ってこられたのではないでしょうか?

そう思っているからこそ、個人ブログ等での一方的攻撃ではなく、こうして問い合わせフォーム送信させていただいた次第です。

メンバーが多く抜け、コンテンツの内容が過渡期にあることは(会社である以上)致し方ないこととは思いますが、「記事を読ませ、その面白く・役に立つ(そしてストレスのない)読書体験を以て、LIGというブランド還元する(結果広告出稿が増える)」という基本姿勢をなくしては、本当に何のためのブログなんですか??

LIGブログにとっての読者は、誰なんでしょうか。

身内の関係者広告を出稿してくれるクライアント?それ以外の人は、LIGブログにとって何なんですか?

もう最近はそれすらわかりません。本当に悲しいです。

以上、感情的な長文とお願いとなってしまい恐縮ですが、嫌がらせ等ではなく本当に今後のLIGブログのことを心配したうえでのお願いとなります

これ以上のマイナスブランディングや読者体験の阻害を防ぐためにも、早々のご対応をいただけますと幸いです。

それが難しい場合、せめて「これだけの要素があるのに、それでも「自社広告」を続ける理由」を、簡単でいいので教えてください。


お忙しいところ申し訳ございませんが、何卒宜しくお願い申し上げます

ーーー(以上、コピーここまで)ーーー




もうLIGには何も期待していないのですが、嫌悪広告モデルとして使われる社員がかわいそうなので、せめてテキストイラストに変えてあげたらいいのにな、と思っています

さようなら



追伸:

何日か前に岩上さんの素晴らしいインタビュー掲載されていましたが、あれは現状から考えれば「副社長」の岩上さんではなく「社長」の吉原さんに発信させるべきメッセージではないでしょうか。

もう本当に、そんなこともわからなくなってしまったんですね。