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はてなキーワード: 自己満足とは

2016-07-25

頭悪いやーつ

pHのことを「ペーハー」と呼ぶと理系なら上司教授に怒られる。

意味として成り立たせるなら「ピーエイチ」と呼ばなくてはいけない。

でも、「ペーハー」で意味が通るから普通の人がそう呼んでいても仕方ないと考える。

会話の中ではm専門家同士で無い限り意味がわかればそれでいいし、指摘するなら影でこそっと伝える。

これが思いやりのある大人だ。

 

でも、たまにそうじゃないやつがいる。

一般人にも言葉定義の正確さを要求し、そうでなければ嘲笑う。

「未だ」のあとに「ない」が来ない文章根拠に、論旨に関係なく嘲笑って自己満足に浸る人間もいる。

彼らにとってコミュニケーションとは、自己実現手段しか無いように思える。

重箱の隅をつつくような指摘をし、趣旨とは無関係の部分に時間を割く。

話の内容について吟味するのではなく、自らの優位性を保ちたいという稚拙な欲求を満たすだけなのだ

 

こういう頭の悪いやーつと一緒に仕事をすると消耗するので、早めに関係を切りたい。

頭悪いやーつ

pHのことを「ペーハー」と呼ぶと理系なら上司教授に怒られる。

意味として成り立たせるなら「ピーエイチ」と呼ばなくてはいけない。

でも、「ペーハー」で意味が通るから普通の人がそう呼んでいても仕方ないと考える。

会話の中ではm専門家同士で無い限り意味がわかればそれでいいし、指摘するなら影でこそっと伝える。

これが思いやりのある大人だ。

 

でも、たまにそうじゃないやつがいる。

一般人にも言葉定義の正確さを要求し、そうでなければ嘲笑う。

「未だ」のあとに「ない」が来ない文章根拠に、論旨に関係なく嘲笑って自己満足に浸る人間もいる。

彼らにとってコミュニケーションとは、自己実現手段しか無いように思える。

重箱の隅をつつくような指摘をし、趣旨とは無関係の部分に時間を割く。

話の内容について吟味するのではなく、自らの優位性を保ちたいという稚拙な欲求を満たすだけなのだ

 

こういう頭の悪いやーつと一緒に仕事をすると消耗するので、早めに関係を切りたい。

2016-07-24

ファッション』というコミュニケーション障壁

本日人生初、友達と服を買いに行った。

俺は、お母さんから買ってもらった服しか着たことがない27歳。

  

まったく理解できないが、友達(女、男、俺の3人組)が服を次々と選ぶ。

靴も選ぶ。

4万くらい。

  

ポンプフューリーフォーエバー21、スウェットなど、聞いた事も無い単語が飛び交う。

  

俺は、全然理解できなかったが、なるほどなって思った。

ファッションってのは女子からすれば当たり前に理解できるが。

からしたら先天的ものでは無い。

そういう先天的でない部分での完成度をもって『コミュ力』を判断するんだなって思った。

  

俺は、学歴とか年収とか社会的地位とか、あるいは今までに作った実績だの発見だの。

あるいは、スポーツなら技術なり大会記録なり。

そういうものしか人を見なかったんだけど。

他人のそういうものって良さはマニアしかからない。

他人にこれは絶対勝てるみたいなものを持っていても他人には『分からない』

そういう部分がある。

そういう分からない部分で個性を出すってのが俺にとっての人間理解だった。

  

でも、ファッションってのは確かに、誰でもできて、産まれによる差が少ない。

馬鹿大学だろうが、中卒だろうが、親がキチガイだろうが。それこそ中身なかろうができる。

ファッションというもののもの価値はマッタク無いけど。それによる『コミュニケーション』なんだろう。

ファッションができない奴は、俺みたいに「ファッションが分かる感覚が無い&それを教えてくれる友達がいない&興味が無くても他人に合わせる実力が無い」そういうのが分かる。

分かるわけないけど、分かること前提で話が進んでいる。

  

俺としては、ファッションできるMARCH学生より、東大医学部卒のキモオタのほうが100倍魅力的なんだけど。世間的にはそうじゃない。

ファッションによって『お互い分かり合える』ことが大事らしい。分かり合えない部分での尊敬とかそういうのはおそらく俺の自己満足っぽい。

でもさ。論理的に考えれば、凡人でも誰でもできるファッションより、研究なりで成果だすほうがいいに決まってるのにさ。そこのあたりの非論理的な部分が俺は理解できていなかった。

でも、今ならなんとなく分かる。

コミュ力』ってのが無いと一緒に居られないんだろう。悲しいことに、そういうどうでもいいはずのファッション基準なっちゃってるから世の中は。そして、できない奴はやっぱりおかしいという目で見るのが合理的なんでしょう。

  

ファッションをそこまで重視するなら、なんで義務教育なり、なんなりで教育しないんだろうねえ。

不思議だわ。

ポケモンGO

ポケモンGOプレイしてみた。



モバマス等の課金ソシャゲ系譜から

自己満足艦これ、よりゲームに寄せたパズドラ、協力とリアルタイムに寄せたモンスト

という流れの中で言えば、このゲームはちょうど艦これパズドラの間らへんにあるだろう。

正直この時点で「ゲーム」として「面白い」枠組みに入る訳がないと思う。



しかしながら実際にプレイしてみると色々と違った景色が見えてくる。

ポケモンGOの神髄はポケモンを捕まえたり、卵を孵化させたり、

ルアーモジュールお祭り状態の街に繰り出すことでは断じてない。



ゲームの延長線として街にくり出すのではなく、

あくまでも「散歩」の延長線上にあるのが「ポケモンGO」なのである



そう考えると各地に配置されたポケストップのなんと便利なことか!

どんな地域にも対応した「るるぶ」にも思えてくる。



おそらくこのゲームをつまらないと感じた人の多くは、

ゲームプレイしようと思っている時点から間違えているのだろう。



それはさておき、安全性について一言物申したいことがあるのだが、

ポケモンGOプレイすると事件事故に巻き込まれ可能性が上がる!問題だ!

というのは極めてアホな脳みそを持ち合わせてしまった残念な人間意見だ。



なぜならポケモンGOプレイしている人が持っているものこそ

人類の叡智を結集させて作られたスマホであり、

この現代スーパーコンピュータを使って警察を呼べばいいだけの話だからである



そもそもポケモンGOがここまでプレイできるレベルインフラが整ったのだから

警察位置情報付き通報用のAPIを用意するべきである

Twitterと同様に第3者にAPIを公開してポケモンGOの中で警察通報するボタンがあっても良いはずだ。



昨今ではもう

インターネットうそ書き込み犯行予告を行うと逮捕される」

という意識の植え付けは完了しているのだからそこまでやっても良いのではないだろうか。



歩きスマホについても、

技術進化過程でありソフトウェア側で逆に忠告をすることが可能時代がすぐに来る。

特に問題として気にする必要もないと思う。

2016-07-23

http://anond.hatelabo.jp/20160723153734

かつては本物のインテリたちが集まっていた。



今となっては糞雑魚共がインテリを装い、取って付けた知識で己の惨めな境遇正当化に終始するというネット界隈最大の傷舐め場になってしまった。



かつてはてなは、飢えた者には魚の釣り方を教えられるような人材が集まる場所だと言われていた。



今日では、陰キャラが集まる教室端の清掃用具箱前のようにボンクラ共が集まるインターネット界の吹き溜まりと化したこの場にもはや魚の釣り方を教えられる者はいない。



そこにいるのは「魚を食べたいと思うなんて強欲だ」「たけど金持ちもっと俺たちが魚を食べられるようにするべきだ」とのたまう無能の糞雑魚爺婆ばかりになりました。



リベラルっぽい言動の輩がやたら多いが、実態はただのお人好しで臆病で卑怯無能烏合の衆しかない。



現実世界では何も出来ない自分自尊感情回復するために、メディアに登場する自分より弱い立場の被迫害者へ上っ面だけの同情を寄せて自己満足に浸っている、というのが現実だ。



そしてそう遠くない未来、この状況はどんどん変わっていくだろう。


はてなはどんどん新しい層のユーザーを取り込み始めている。


惨めったらしくて文句ばかりの、トロールのようなユーザーはどんどん駆逐されていくだろう。喜ばしいことだ。

2016-07-19

告知をDMLINEメールでしないで欲しい。

劇団員お笑い芸人バンドマン

まだTwitterFacebookタイムライン上やブログで告知をするならいい。

興味があれば見るし、なければ見なくて済むから

でも、直接的に告知を送られるのは困る。

興味が無いとき断りづらいからだ。

正直、知り合いでなければ一生巡り遇うこともないような自己満足の発表なんて

クソ以下の価値しかないんだよ。

時間お金、体力、メンタル、全てすり減るだけ。

興味があればいいんだけどね。

でもさ、結局新しいパパに毎日犯された私には勝てないよね

どんだけ不幸自慢しようが

あなた達のは単なる自己満足オナニー

私はセックスなんだから

2016-07-18

http://anond.hatelabo.jp/20160718204318

「すべての子供たちがそうなのにゃ。ロンダーク。人は、少なくともすべての子供は、彼らから見れば、理不尽に生に産み落とされるのにゃ」

「『あなたは愛されて生まれた』と告げる両親がいるにゃ。とても美しい言葉にゃ。でも、その言葉は産んだ親の自己満足にすぎないのにゃ。世界に産み落とされるにあたって同意を求められなかったという事実を覆すことは出来ないにゃ。救われる子供はいるけれど、被害者である部分は変えられないにゃ。すべての人々は、そうして生を受けるのにゃ。この世界でも、元の世界でも、どの世界でもっ!」

 だから、我慢しろ

 そんなことは言えなかった。

 誰でも味わう苦しみだとしても、その苦しみの一つ一つはその人だけのものなのだ。苦しみの底にあったにゃん太がそんなことを言われたら拳で応戦したように、今ロンダークは拳を振りかぶっている。そして、拳を振りかぶっているのはロンダークだけではない。

 この世界には悲哀が充ちている。


2016-07-15

anond:20160715124559

前提として、別に男性を喜ばせようとしているわけではなく、そういう女と私は違うと言いたいだけなのでは

と、自サバとしては思うね。自己満足じゃん?

そして男性からするとめんどくさいってのはどっちも変わらないのではと思っている

2016-07-14

セックスレス問題

スマホ増田しようと思って1時間くらい書いていたら操作を間違えて消えてしまった。悲しい。うんこ漏らしそう



そんな話はさておき、ここ最近増田諸氏ホッテントリを見ると、少し安心してしま自分がいる。

多かれ少なかれ、他人同士が一緒に暮らす訳だから、色々と問題はある。我が家例外ではない。

そんな中でも比較一般的キーワードとしてセックスレスが挙げられると思う。



実は自分は元々最低な夫で、付き合っていた頃から浮気を繰り返し、子供ができて、結婚して、まだお腹の中にいる時にも外で女とイチャコラしてた。

その頃の自分バカだったので、性欲からくるセックスと、充足感、自己肯定感、軽い依存による多幸感など、諸々ないまぜにした結果の愛しあう行為としてのセックスを履き違えていた。

からこそその当時はセックスレスとか良いパパやってバレないように外で女作るか風俗とか行けば余裕wwwとか草を生やしていた。



本当にバカだった。その当時離婚しないでついてきてくれた嫁には感謝している。

そのための贖罪、いやほんとに言い訳として、それまでプラプラしていた自分を改め、非正規派遣とは言え大手会社に入り、先々を見据えて頑張ろうと誓った。

元々自宅で引きこもっていた時にプログラミングインフラ周りをやっていたこともあり、一般人よりは出来ると思っていたが、ここの会社の某超有名なエンジニアブログを見ていると外の世界はこんな技術じゃボコボコにされる、マジコエーとも思っていた。

で、外に出てみたら意外とそんな事なくて、むしろ適当仕事してる人より出来る事がわかった。あ、いやでもまだまだ読者諸氏には全然敵わないのでこれから勉強させていただきます。どうぞよろしくお願いします。

あとは引きこもっていたせいで世の中知らなさすぎて、大手仕事本質基本的には調整業務が主で、だからこそ新卒至上主義なのかなーとか、未だに考えは巡らせることはあるけど、それでも上から下まで見てこれたのは割りとラッキーなのだ最近は思っている。



主題からそれすぎて何の話か読者諸君はそろそろ忘れている頃かと思うが、すまない、自分も忘れていた。



まぁようはキャリアの転換期で、そういう時には家庭の問題が色濃く反映される訳だ。

嫁とは不定期にセックスレスになる時があり、長いと半年以上していない時もあった。

増田しているあたり今日もそうだったのだが、唐突に気づいた事があった。



先に書いたとおり、元は仕事していない浮気するとクズ代表格なような自分だったが、そういった行為に走っていたのは結局のところ、求めていたのは嫁のように愛してくれる存在だったのだ。

数年前からその事に気づいていたはいものの、うまく言語化できていなかったので、昔遊んでいた知人などに誘われてもうまく断れずにいた。

確かに外で女を作るなり、風俗に行けば性欲は満たされる。だが心が埋まるわけではないので、余計に身体と心が乖離してしまい、また同じ事を繰り返す。バカ典型だ。

だけど、気づけた。気づけたからこそ、主題セックスレス問題が出てきた。



愛してくれる嫁と、そのために頑張っている自分に酔っている、まぁ依存なんだろうか、まだ掘り下げて考えられていないが、その嫁とセックスすることで、性欲以上の何かをいつも勝ち得ていた。

セックスレス期間中は童貞に戻ったかのようにオナニーしまくっていたが、ここ最近はそれも疲れてしまった。断れる度に傷つく心を騙すための自己満足行為とその自己満足行為に走った自分に。

元々性欲は強い方で、10代は本当に俺=猿というようなもので、今は落ち着いたとは言え、それでも毎日したいくらいだ。

からこそ誘えるかどうか、顔色伺う機会も多くなるのだが、嫁は家事育児、その他家の雑多なことを全てやってもらっているので、基本的には我慢していた。



我慢していたが、それももう本当に限界だ。

喧嘩トリガーとなるのはいつも自分からなのだが、普段頑張ってもらってる分、不満を言わないようにしている。

のだが、セックスを断られる事で不満が爆発してしまい、言われ慣れてない嫁はいつも泣いてしまう。

泣いている嫁は見たくないからまた我慢して、セックスを断れる事でまたトリガーとなってしま・・・悪循環なのだ

普段から言えていれば良いのだろうが、付き合っていた期間から考えると10年以上、未だに嫁が本当に言われたくないことを泣かせずに言える方法がわからずにいる。



嫁が求めているのがお金を稼いで優しい良いパパでいてくれる事なら、もう離婚すべきと考えてしまう。

確かにそれが理想なのはわかるが、スタートライン底辺自分にとってはもっと上を目指したいし、世の中の役に立ちたいと思ってる。

結局のところ、自分自分のことが可愛くて大好きで、だからこそこういうことを思ってしまうんだと、それは良くないことだと自分を戒めてきた。



だけどここ最近仕事の状況もあり、人間追いつめられると理屈ではなく、子供の頃の夢とか、理想とか、自分のことになってしまうのだと気づけた。

うまく折り合いを付ければ良いのだろうが、生まれ育った土地を離れたくない嫁とは着地点が見えてこない。

単身赴任あくまで仲の良い夫婦から出来ることであって(そうでないケースもあるかもしれないが)、我が家場合イコール別居、離婚となるのが見えているから嫁が反対しているのだと思う。



なんだか冷静になっているようで文章を見返すと支離滅裂結構ダメダメだなぁという感じで非常に申し訳ないが、聞きたい事は下記のとおりである



セックスレスに陥っている夫婦はどうすべき?



離婚したら喪失感孤独感でそれこそ鬱になりそうなものなのだが、幸い自分には仕事があるので、一時気を紛らわせるという打算はある。

かたや、ここまで尽くしてくれた嫁に対する仕打ちなのか、禊はどうしたと己の良心に問いかけるものがないわけではない。

だが、ここ最近はその良心に付け込まれているだけなんじゃないか猜疑心しか出てこないのだ。



子供のことを考えると離婚すべきではないと思う。今までの子供との接し方を見る限り、色々な選択肢を奪われてしまう結果になると予想される。

そういう意味では親権を取りたいが、現実的には難しい事だと理解している。確かに自分から見たら色々ありえないが、ネグレクトまでではない。

自分コンプレックスが強いから、子供への期待や、接し方などおそらく厳しいものだろうから、そういった意味ではバランスが取れているのかもしれない。

が、嫁の育ってきた環境などを考えると、シングルマザーになったら一番の被害者子供になる。それは避けたい。

そう思ってここ何年かはやり過ごしてきたが、それも限界だ。

ぶっちゃけ自分も家庭環境は相当酷かったけど、結局のところ本人の気持ち次第でどうにも変えられると思ってる。



すまない、今日も断られて頭の中がグチャグチャで、読者諸氏は支離滅裂文章をお見せして申し訳ないと思っている。

だがここまで読んでくれた寛大な読者諸氏、どうか感じたこと、考えたこと、テメーもっと嫁と話し合えよとマサカリを投げること、なんでも良いのでコメントを頂けないだろうか。

副題として離婚があるが、あくま主題セックスレスにおいたのはそれが一番のきっかけだと感じているからだ。

だとすると、気心の知れた友人、知人には話しづらい内容でもある。

セックスレスに陥った夫婦はどのように解決するのだろうか?

2016-07-13

自己満足だけのためライブに来るなよ

自己満足のためにライブに来る奴が嫌いだ。

前飲みしてベロベロになってライブハウスに来る。酔っ払ってるのをいいことに思いやりも持たずにモッシュ(のような怪我のさせ合い)をして、体型維持できてない身体ダイブを繰り出す。当然ながら周りが支えきれなくて崩れている。馬鹿の一つ覚えのようにダイブを繰り返す。そして、ライブ後には自己満足だけでSNS今日は楽しかったなどとほざく。

お前らは楽しかっただろうが、他の人達はい迷惑なんだよ。いい年して周りを見られないのかよ。

人のこと考えられないのならライブになんて来るな。

ストレス発散したいのならば、1人かお前らだけでできることにしろよ。周りに迷惑かけるな。

2016-07-08

私の好きなジャンルが今二つの派閥割れてる

同じ●×□というカップリングなのに派閥割れ過ぎててヤバ過ぎ。

というか大手さんが全員そっちにいるからそれが王道で他はマイナー



で●×□というカップリングがどう割れいるかというと女性関係



●も□も絶対童貞!だいたい若いのに経験有るわけ無い!派

大手MIさん

大手Tさん

リツイート常連大手MAさん

新参大手文字書きKさん



●も□も非童貞、少なくとも●はすぐ非童貞になって□を調教、女を絡めないと死ぬ

大手Uさんの相方Yさん

検索上位古参文字書きCさん



圧倒的に前者が押しているけど、後者検索上位Cさんがにわかを取り込むため後者を通ってから前者に方向転換する人が多い状態

大手Tさん地雷踏み過ぎて最近停滞気味だけれど、大手MIさんが超天才しかも褒められる必要無いタイプ過ぎて作品投下速度で圧倒してる感じ。

ただ、超大手Uさんってのが有名な商業漫画家なのでその相方と合同誌を作るため発行部数はYさんが一番多い。



腐女子の上位カップリング戦争?も大変だわ。

全員が完全に自己満足宗教戦争状態突入してる。

2016-07-07

Amazonダークサイド

Amazon過去の悪行の数々を覚えているだろうか。

※税逃れ、囲い込んだ後にプライム会費を値上げ、Fire TV StickのためにApple TVChromecastをストアから排除、……

KindleだけはしょうがなくAmazonを使っているが、その他の製品、例えば

本はe-hon(http://www.e-hon.ne.jp/)、電化製品ヨドバシ(http://www.yodobashi.com/)、日用品LOHACO(http://lohaco.jp/)

など、外部のサイトを使うようにして自己満足している。

実際、その3つのサイトのほうが安いことが多い。

Amazonのほうが15%ぐらい安かったりすると心が揺れてしまうが、

そんな時でもダークサイドに堕ちずに、なるべく外部のサイトから購入すれば案外快適なので

インターネットで買い物するときはたまに思い起こしてほしい。

2016-07-05

同人のしいです

少し前からオタクアカウントのほうに、同人やめました系の記事がいくつかRTされてくる。

当方オタク歴はそれなりに長く、どちらかといえば一人で考察妄想を繰り返しのめり込む内向き型。キャラに対してキャーキャー言ったり、流行ネットスラングを羅列するような交流は苦手なので、RTされてきた記事を読んで、うんうんそこは昔のほうがよかったよね、と思うこともある。

しか記事を書かれた方々との状況はまったく逆だ。

近頃はまったジャンルにて、私はようやく同人活動イベント醍醐味みたいなものが分かってきて、今とても楽しい

過去色々なジャンルにはまったものの、今まではネット上で見たり書いたり、昔からオタク友達に話を聞いてもらうくらいで満足していた。

twitter交流しよう、オンリーに行ってみよう、自分でも本作ってみようか、というところまで手を出すほどになった作品はこれが初めてだ。

なんでなのか?ちょっと振り返り5点。


1.時間に余裕のある生活

ハマるのと同時期くらいに生活環境が変わり、時間に余裕ができた。これが一番大きいかも。元々面倒くさがりなので、寸暇を惜しんでまではきっとここまでやってない。忙殺されて余暇ほとんどなかった時期にハマっていた別ジャンルは、それはそれで生きる支えになったものだが、交流創作にかけられる時間は少なく、落書きで欲求を消化するのみだった。

学生時代サイトにこもってたので、オフ活動もっと早く興味持ってたら違ってたかも。


2.ジャンルの懐の広さ

ハマったのは息が長くファンの多い作品で、ファンの年齢も傾向も幅広い。キャラ萌えしてる人からひたすら原作考察する人まで色々。流行のピークは過ぎて久しく、今や大手さんの解釈公式扱いされているような風潮は薄いし、個々の解釈否定されにくい気がする。が、これは体感なので単に私が鈍感なだけかも。

もちろん作品自体の素晴らしさが第一にある。それに加えてこの界隈の自由雰囲気がいいなと思う。


3.厳選した交流がうまくいってる

そういう雰囲気に浸かってると、同士さんたちの詳しい活動や語りを追いたいという欲求がわいてくる。

そこで主にtwitterを利用するわけだけど、様々なファンがいるのと自身が万人ウケするタイプではないので、交流する際には特別注意をはらう。元々アカウントを取ったのは同士さんアカの鑑賞兼独り言用だぞ、それが第一だぞと常に言い聞かせる。それを曲げて交流しまくれば承認欲求が加速して本来やりたい創作考察ができなくなる。だからいくらいいねRTがほしいと思っても決めた期間以外鍵は開けないし、フォローフォロワー関係には気持ち悪いぐらい用心する。最近のやめました系記事にもSNS疲れがよく言及されてるし、対人関係が原因で作品を好きでいられなくなるみたいな本末転倒事態絶対に避けたいので、慎重すぎるくらい慎重に。

結構経ったがまだそれなりに守れている…と思うし、この前提があるからこそ色々割り切ることができているんだと思う。

具体的な自分ルールもまとめてたんだけど、すごい長くなってしまったのでカット

で、いろんな自分ルールを遵守しつつ厳選したTLは、自分と波長の合う人たちと情報アカ程度で構成され、とても穏やか。交流相手を絞ることで私のような面倒くさがりでも続けることができ、時々リプをし合ったり、タグ系の遊びを一緒にやったりしてくれる存在ができた。そしてその信頼できる方々のご好意により、イベントオフ会に足を運ぶきっかけをいただいた。


4.即売会初心者の私でも行ける落ち着いた雰囲気イベント

年齢層が幅広いためか、息が長いからか、他と比べ空気がゆったりしているように感じた。(といってもこれまで全ジャンル合わせて片手で数えるほどしか参加したことがないんだけど)

一番安心したのが、エロの公開度が低いこと。前にハマっていたジャンルもそれなりの規模・年数で、以前オールジャンルの際にそのエリアに立ち寄ってみたのだが、カッコイ男性キャラがたいへん色っぽい感じになってる大きいポスターがたくさん並んでいていたたまれず、なんかもう本を買うどころではなかった。エロは全く、BLほとんど嗜まない者なので、あの空間は耐えられなかった…

今回もそんなだったらどうしよう、とドキドキしながら参加してみたところ、主流はBLR指定ものも多数あるが、過激な掲示はさほど目に付かなかったので安心した。男女CPコメディ傾向の作品もそれなりにあり、買い物も楽しめた。サークルの皆さんは、うろうろと挙動不審な私にもよかったら見ていってください、とやさしく声をかけてくれた。またネットで見知っていた方や、既刊を拝読させていただいた方に感想を伝えたり、少しお話をしたりもできた。作家さんとのお話ってこんな普通にできるんだ、これが話に聞くイベント醍醐味か…!!と感動してしまった。(今まで買い物の会話以外交わしたことがなかった)見れば他にも立ち話をしている人たちは結構いる。このジャンルはいわゆる古き良き(?)即売会の姿が面影を残しているのかもしれない。いやしらんけど。

そしてイベントでこんなに居心地がよかったのは初めてで自分でも驚いている。今まで一般だと落ち着け場所がなくて何となく居づらかったのだが、今回はそういうこともなく。また行きたいと思った。


5.創作意欲を支えてくれる人々の存在

自身二次創作は、基本的自己満足だ。いいねブクマなどはもちろんうれしいが、それを得るためだけの創作はしないのだと心に決めている。なので本をつくりたい!となったのも最初は「皆さんの本素敵だな。私もここまでのめり込んだ作品は初めてだから、記念に自分なりの解釈をこういう形にしてみたいな」というのがきっかけだった。

どこへ出す予定もなく書き始めたのだが、少しその話をした際に思いがけず、ほしい、見てみたいというお声をいただいた。

ものすごいエネルギーを与えられた気分だった。この自己満足の塊を、まさか楽しみにしてくれている人がいるなんて!

さらに、4のイベントお話させていただいた方にも「本は出されないんですか」とお言葉をいただいた。嬉しすぎた。本を作るというのは大変な作業で、もし本当に一人きりで進めていたら、延び延びになって結局頓挫、みたいなことになりかねないなと思った。ここまでに散々他人主体をおかない的なことを書いておきながらなんだけど、それでもやっぱり、こういう身に余る挑戦をするときには、3で得た信じられる人の言葉の力を少しお借りしてもいいかな、と思った。


以上が、今私が同人活動のしい!となっている要因と考える。

自己分析のつもりが途中から感想文みたいになってしまった。分けて書こうかとも思ったけど、その良い思い出とかもひっくるめて要因だし、まあいいや。

今のジャンルじゃなくても、これまでもこういう体験ができる機会はあったのかもしれない。

でもこの引きこもりで、心配性で、人見知りな私をここまで連れ出してくれたのは、いろんなタイミングの重なり、そして魅力的な作品と素敵なファンの皆様だろうと思う。

この出会い感謝したい。そして原稿がんばります

2016-06-28

http://anond.hatelabo.jp/20160628030854

サービスは店の価格クラスによって、要求していいラインとそうじゃないラインがあるんだよ。

サービス価値分かってんのか。

これは本当に同意するわ

日本人サービス無料だと思ってる

そして「おもてなし」なんていう自己満足を客におしつけて、サービスしたつもりでいる

自分未来に期待できない

歳をとるってしんどいな。

家庭ができて、雑務も増えて、自分のやりたい事に注力できる時間はどんどん減っていって、天才ではない自分限界のようなものが見えてくる。

あんなに気力があったのは、「今は大したことなくても、自分だって頑張ったら凄い事が出来るかもしれない」っていう未来への無根拠な期待があったから。

今は、所詮凡人なんだと、諦めかけている。

しかも、必死で頑張ったところで、自己満足しかないのだ。

家族迷惑かけてまで自分勝手時間を使うのは間違っていると思う。

自己満足を優先させられないのなら、もう自分人生を諦めるしかないのか。

2016-06-26

エセ人権派差別心と利権

人権大好き人間の一番の矛盾は、

弱者人権を護りたいと言っている一方で、

その弱者が意に染まない存在だったら「反知性主義」と斬って捨てるところだな。




こいつらの言う弱者判定には、明らかに「差別」がある。

このエセ人権派の言う「人権」は、認められる者と認められない者がいるのだ。

本人は絶対にそんなことはっきりと明言はしないが、

その態度、外形的事実でそれと分かるんだよ。

反知性主義」の人間にもな。

EU離脱の何が衝撃的かと言えば、こういうエセ人権派がついに可視化されてしまったということだ。

彼らは弱者を救いたいんじゃない。

弱者擁護という先進的な概念理解する自分に酔いたいが、愚かで野卑な者に対する差別意識は捨てきれない中途半端人間

こそがエセ人権派本質なのだ




「愚かで野卑な人間も、社会矛盾によって生まれしまった犠牲者なのだ。彼らを憎むよりもこの社会矛盾解決する手段必死で探そう。そして彼らの手を取ってともに進もう」

こう考えるのは本来人権派が考えるべきスタンスだ。

エセ人権派は、「彼らの手を取る」ことを何よりも嫌う。

捨てきることのできない差別心がそうさせるのだ。



エセ人権派のいう弱者には、具体的な人格がない。

どこまでいっても現実感の薄い概念以上の存在ではないのだ。

から理念だけでいくらでも麗しい正義を滔々と語り続けることができる。

から、実際に犯罪を犯す現実世界難民という厄介な存在は、視野から排除されているのだ。

犯罪が起きても、難民差別することは許されないとだけしか言えないのだ。

彼らの言う弱者は、犯罪なんか犯すはずのない理念上の存在しかいからだ。


これこそが離脱派残留派に対して抱く不信感の根源だろう。

犯罪処罰するための取り締まりもせず、

治安リスクばかり増大し、

自分たち税金は彼らへの援助に充てられる。

エセ人権派の言うことを聞いてたら、害を被るばかりだ。

あるのはエセ人権派自己満足を満たすという益だけだ。


今般の事件は、

この精神搾取構造に気づいた被抑圧者によるある種の革命なのだろう。

エセ人権派のいう人権が、権力搾取構造を備えているということを、白日のもとに晒したのだ。



さて。

こういう考え方もはてなブックマークじわじわと増えるだろう。

今までも弱者男性問題などで、その片鱗は垣間見えてはいたが。

その時、エセ人権派の方々は、どのような反応を示していたかな。

そしてこれから、どのような反応を示すかな。

離脱派バカにするような言動は、

おそらく日本でも参院選後に早くも確認できることだろう。

2016-06-23

ミニマリストの子

ミニマリストブログを見ると、彼らに子供が居ることは少なくないようだ。

彼らの子供は、親が実践しているミニマリズムというライフスタイルについてどう思ってるのだろう。口ではその時はパパママ大好き、物減って広くて遊べてすっきりしていい、と言ってるかもしれないが、思春期すぎる前の子供なんて、精神的にはパパママおんぶにだっこのまともな判断能力のない子供だ。

自分がそうだったが、親が特殊ライフスタイル特殊教育方針をとっていると、子供に思わぬ不利益が振りかかることが往々にして起こる。

自分場合、具体的にはゲーム買わない主義で、テレビ置かない主義で、菜食主義だったが、学校テレビゲームの話についていけなかったり、牛乳有害説を根拠給食とき牛乳を飲まないように言われていたし、そのせいか友達が少なかった。それがコミュ障に発展したのかもしれないし、俺がチビなのはたんぱく質不足が原因なのかもしれない。一方で菜食主義のおかげか病気をしたことはないし、しょうもないテレビ時間を費やさなくてよかったとも思う。プラスマイナスでどっちにころんだかは自分にもわからないが、今では適度に肉を食い、適度にゲームをする普通の家庭のほうがよかったと思っている。

世の中にはミニマリズム賛同する人もいれば、ありえない、人間じゃない、馬鹿みたい、不便だろ、自己満足だ、といった印象を抱く人もいる。どっちが正しいのかはわからないが、ミニマリストが少数派であることは確かだ。親が少数派。なかなかしんどいことだ。親はそこまで考えて行動しているんだろうか。

2016-06-22

「チャック空いてますよ」が言えない集団

ネット上で形成されたある弱小同人サークルには、オリジナルマスコットキャラがいた。マスコットキャラといっても内輪的なもので、対外的には全然意味をなしてない。(とはいえ、マスコットキャラがいるとTwitterアイコンだったりカタログサークルカットだったり、とりあえずそれを描けばいいみたいな存在になるので便利である。余談)



自分はそのサークルの結成から一年リーダーを務めていたが、今は退任してサークル活動にはノータッチである。後任のリーダー自分より同人活動社会経験も長く、気さくで親身で、一児の母でありながら管理職に勤めているというハイスペックな方だ。普通に尊敬できる。



その後任のリーダーが、どうも、そのマスコットキャラクター名前を一文字間違えて覚えてしまっているようである。(長期間、その誤った方の名称で呼んでいるため、タイプミスではない)

まぁ覚え間違いなんて誰しもあることだ。自分最近までyoutuberヒカキンのことを「ヒキカン」と認識していた。そっちの方が語呂は良いと思う。

間違えて覚えてしまったなら、気づいた段階で直せばいいし、気づいた人が指摘すればいい。これはズボンチャック全開問題と似ている。些細なことだ。



だがかれこれ半年以上、その誤りは直らない。もちろんリーダーが迂闊ということもあるが、それ以上にサークルメンバーの誰もがそのことを指摘しない、あるいは気に留めない、その関係性は不健全に思えて仕方がない。仮にもサークル象徴するマスコットキャラクターである。名は体を表す、という程はないかもしれないが、名前あってのキャラクターであるのは間違いない。二年以上活動していて、まだ「チャック空いてますよ」も言えない表面的な関係しかないことに、虚しさを覚えてしまう。



「気づいてるならお前が指摘すればいいじゃん」と言われれば、まぁその通りなのだが……、しかしそれがジレンマなのである!! 指摘は容易いし、心理的障壁はあまり感じない。ただ自分は身勝手な都合でリーダーを退き、その方に押し付けしまった立場であるサークルから離れていったくせに、姑のようにアドバイスと称した鬱陶しい小言をいう存在になるということは、自己満足しかないし、それは自分羞恥心が許さないのである。(これはこれで自己満足なのだろうか)



まぁしかしチャックが全開であっても、それを全員が認識しなかったり、華麗にスルーしていければ、大した問題ではないのかもしれない。寧ろ気づいて騒ぎ立てるのが悪なのかもしれない。「チャック空いてますよ」と言いあえる関係性を最善とするのは、価値観押し付けだろうか。

この件でトラブルは起きないだろうし、決定的な亀裂ではないと思う。だが、こういった歪みがドンドン連鎖的に広がっていくのではないか危惧してしまう。


自分もチャック空いたままのときスルーされてたのかなぁ。

高校2年の6月に学校死ぬほど嫌だったこと

高校2年の6月に学校死ぬほど嫌だったこと、マジで一生忘れないからな。

何十年経っても絶対に忘れないで、人生の節目節目で思い出してやるからな。

高校時代は色々悩んだけど、やっぱり思い返すと楽しかったよ」

人生いちばん大事な時期じゃん! いいなぁ、俺も戻りたい」

「後悔しないように今のうちにいっぱい思い出作っておきな」

「朝礼とか授業とか、今はだるいかもしれないけど卒業したら絶対懐かしくなるよ」

大人のこういう薄っぺら講釈は飽きるほど聞いた。本当にいい迷惑だ。頼むからお前の自己満足を押しつけないでくれ。お前の勝手な"青春"観を私に投影しないでくれ。

時間の経過によって思い出が美化されるというのはとても恐ろしい現象だ。30代・40代になって高校時代を振り返ったときに「当時はつらかったけど今となっては全部懐かしいなあ」なんて幸福青春を総括するようなことがあっては絶対にいけない。

朝、教科書がぎっちり詰まった重たい鞄を背負い、学校へ続く長い坂を一歩一歩踏みしめるとき、16歳の私がいま感じているこの苦しさが何十年経っても記憶から消えないように、確かな身体感覚とともにしっかり体に刻みつけなければと思う。

高校2年の6月に学校死ぬほど嫌だったこと、マジで一生忘れないからな。

理由のない備忘録 2

自分が考えていたネタのどちらかをここに納めようと思ったが、そのうちの一つだけ愚痴らせてもらう。



まだ大学生という身分ではあるのだが、大学自体に行くことそのものを疑問に感じながらも結局のところ親が主導権を握っていることをいつも思ってる。

今日はそんなことを書き留めたい訳ではない。



自分20代であるものの、「いつまでも絶えない30~50代くらいが想像する若者レッテルは何故生まれしまうのか」を最近無駄に考えていた。

特に見ているとしたら大学内の学生になるだろう。

しかし、「若者」とはいってもどこぞの綺麗な表紙で飾られているような清楚な若者ばかりではないのだ。



喋りや風貌からして融通の利く有能そうな奴もいれば、明らかに口だけは達者で具体的な中身がボロカスみたいな奴だっている。

そこで自分が見ている部分では、性格が合わなさそうな相手だとしてもどのような意見を持っているのかを確認している。

今の就活状況は某アニメーション映像みたく、グループディスカッションを行いながら共同で作り上げることが多くなっているかもしれない。

自分も何回かやってみたが、正直言って他力本願他人に頼り、その内容をまるで自分がやったように自己満足している状況しかなかったように思える。



そういった経験から感じたのは、「若い人で限定した場合集団の中で使えそうな駒がいれば、そいつに全て人任せにして得た利益を同じく貰おうとしている」という考察に至った。

何故若い人がマスコミによってあたかも中身のない無能馬鹿みたいにされているのかがなんとなく理解してきたのだ。

若者馬鹿だと玩具にされる→あまり具体的なプロセスまで組み立てる思考を停止させている→そのことから現実問題に置き換えると、できそうな奴に全て用件を投げ捨てて楽をしている」ということであるのかもしれない。



これはあくま自分がそういった人物としか当たらなかった運の悪さなのかもしれない。

だが、もしこれが1つの講義として成り立つのであれば、日本教育先進国の中で遅れていると言われたらその意見同意するだろう。

大学自体がこういった双方で行う講義積極的に盛り込むのであれば、学生側がただの談笑するレベルで進むようなことは時間と金無駄だ。

前期でもグループワークの授業を取ることになったが、選考の仕方がコンピューターで分けただけという馬鹿馬鹿しい話だったし、志望動機は長々と打ち込めずたった1コースごとに3,4行程度だけというこの始末。

そう思うと教員はそこまで学生を見る暇もないし、説教反省させるような態度を取るようであれば、そのようなリスクを生まないよう選考することが一番の回避策だったはず。



こうなるとバブルの時に大学を作り過ぎてしまったツケがだんだん悪化しているのかもしれない。

学歴として早慶クラス学士博士を取得したとしても、Fランク大学教授としていること自体意味があるのか。

そもそも研究機関である大学なのに特に文系学部に関しては研究成果が公開されないのだろうか。

しかも、そういったことは学祭の時だけに公表しているという。


個人的意見としては、大学として本当に機能しているのは理系学部と十分な研究費用材料存在する上位の大学であると思う。

そして、一番の問題として進学することが当たり前の世の中で、何故小さなから勉強以外で自信の持てる個性を身につけさせないのかということである

日本同調集団社会であること自体変わらない。欧米欧州のような確立されたシステムの中で自らのキャリア構造若いうちから立てられるチャンスが存在する。



しかし、今の日本子供を産んだ時点からレースが始まっている。それは「受験である

小学校からまり幼稚園ではしつけや漢字を読ませるなどのことを徹底している。

このことから子供たちにとってはそれが当たり前の日常ではあるが、逆に親はどういったものを彼らに与え、何を見せているのだろうか。

最近朝のニュース番組を見ていたら、親がある日本古来の物語の一部分を子供に向かって言うと、残りの部分をスラスラと答えていた描写があった。

他にも子供偉人の本を読んで楽しいと感じていた。



日本では教育施設機関に行かせることが中学まで義務付けられている。

そして最終的な目標受験とされている世の中で、学校に対して縋っている、甘えているのかもしれない。

学校に行けばやりたいことが見つかるのであれば、子供がが成人になるまでに彼らのやりがいが感じられる選択肢を助言することも一つの教えではないのか。



神経質な感じではあるが、自分としては金と空気を読む力さえあれば生きていけるのならそうしたい。

ただ、創造性や発展させる力に関する教育学習が欠けていると思う。

学歴、経歴だけの外見だけではなく、その人間本質証明できる機会が増えればいいなと感じている。

2016-06-21

http://anond.hatelabo.jp/20160621211237

ベビーカーの話直接関係ないけど

我慢が自己満足にすらならねーやってのは皆薄々気づき始めてるどころか

我慢をやめることの実践に入る段階になっちゃってる気はする

2016-06-20

「俺の認めたものじゃないとダメ」ってのが芸風なのはわかってるんだけど

それほんと(一般的意味での)青二才ロジックであって、共感して集まってくるのは同じ完成を持ってる未熟な若者だけだと思うんだよね。

普遍性のないロジック使ってると外に広がっていかいから、どんどん、蛸壺化というか自己満足の駄サイクル化すると思うので気を付けたほうがいいかなあ。

2016-06-19

http://anond.hatelabo.jp/20160618211423

夢とか望みとか幸せとか、人生のレールとかそういうのを一旦諦めましょう。

それは就活をやめるということ意味ではなく、

ニュアンス的には「現状を受け入れる」ということに近いと思います

人生希望や夢が100パーセント叶うことはないです。

しろ思い通りにならないことがほとんどです。

それなのにどうして手に入らないんだ、

と考えてしまうのは辛さを増やしてしまうだけです。

ただでさえつらいのに。

そうは言っても求めてしまものなのですが、

でもちょっと見方を変えれば不合理な考え方なので

そうならないよう注意してみてください。

優しくしていてください。自分と人に。

例えば、家族に、会話をする人に、通りすがりの人に。

大事なのは同じくらい優しくするということです。自分卑下すること、

人を批判すること、現状を嘆くことをしないように気をつけましょう。

代わりに自分と人の幸せを願う温かい心を持ちましょう。

願う時は、自分よりも人が幸せになるようにとかそういう差をつけずに、

全く同じようになるよう気をつけましょう。

行動より心が大事です。ただ心のみが大事だ、

という話ではありませんが、行動を大事にしてしまうと自己満足

義務感で温かい心を見せようとしてしまって、迷惑になることもあります

かい心を持ったうえで、行動する時は自分とその人お互いにとって

得になりそうか予想してください。

そうならないと思うなら行動は控えておいてください。

そしたら、悪くなることは無いはずです。良くなるかどうかは

知りません。結局のところ内定は得られないかもしれません。

でも、そうしていたらどうしたって前向きな気持ちや魅力、親しみが

出てしまます。それはあなたや周りの人があなたといると楽だからです。

から、待ってください。心が行動に繋がる機会を。アピールできる機会を。

じっと、注意深く。

そのために、希望を諦めて、自分と人を傷つけないように、

自分と人に優しい心を持つように、気をつけていてください。

安らかに人生を歩めるようにと願います

承認欲求がない

承認欲求がないから、やれば他人から承認されるような行動をほとんどしない。褒められる事とか、有名になる事とか、もてる事とか。

仕事上の成功目標にしてるが自己満足のためなので外部にアピールしない。むしろ隠している。

でもこう生きてると人脈はあまり広がらないので、何をやるにしてもそれが時々足枷になる。仕事を手伝ってくれる人や、一人ではできない趣味を一緒に楽しむ人などが、常に足りない。承認欲求って少なければいいってもんでもないのか。