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はてなキーワード: フレーズとは

2017-03-25

http://anond.hatelabo.jp/20170325112909

一理あるが「のけものはいない」なんて本気で言ってる馬鹿ファンの中でも一部だよ

(その一部の割合結構大きいかもしれないが)

そのフレーズにしてもおちょうしもの作詞家が耳に心地よいフレーズを選んだだけで、本編内では正しさの主張はされていない

「得意なことはフレンズによって違う」の方は嘘でもなんでもない

正しいだなんて主張する気はさらさら無い、弁えているファンも多いか大目に見てくれ

2017-03-24

「小物界の大物」ってフレーズ面白すぎて、定期的に思い出し笑いしてる

2017-03-18

http://anond.hatelabo.jp/20170318094213

二郎系ラーメンと同じだよ。

ラーメンと言えば、二郎

ニンニクシマシ、ヤサイカラメ

ネット上ではしばしば話題になるけれど、巷のラーメンランキングで上位に来ることは無いという。。



けもフレは、B級アニメ好きと、○○なフレンズなんだね!というフレーズを使いこなしたい人が騒いでいるだけ。

メイドラゴンキャラ描写や、このすばのお笑いレベルに比べたら、

けもフレはかなり淡泊で薄い作品しかない。

2017-03-17

http://anond.hatelabo.jp/20170316211326

野田洋次郎前前前世というフレーズ君の名は。から思いついたのも、似たような感覚からかもしれないな。

過去フォーカスを当てることで未来を変えるみたいな

どっち向いてるかよくわからない疾走感。

俺は何を言ってるんだ?

2017-03-15

散歩のついでに富士山に登ったやつはいない」というフレーズ

いろんな人がいろんな言い回しで言っている。

ある程度のことを成し遂げるにはそれ相応の準備や努力必要だという意味

2017-03-14

キュレーション問題アジャイル開発の敗北

DeNA報告書を読むとアジャイル開発関連用語結構出てくる。POとか。用語説明が足りてないので一般人にはなんだこれ状態だが。

一言でいうと、今回はアジャイル開発の敗北と言えるのではないだろうか。サービスを小さく始めて少しずつ良くして行くはずが、少しずつブラックに変わっていき、会社もそれを制御しなかった姿を報告書は指摘している。

そして各サイトPOは全員コンプライアンス意識が欠如していたことも指摘されている。

アジャイルの弱点としてコンプライアンス軽視がある。アジャイルの雄だったDeNAですらこんな体たらくだし、楽天とかはグレーゾーン名物ランナーを何年も続けている。

アジャイル関連資格のCSMやCSPOコンプライアンスは問われていない。ウォーターフォール資格であるPMP情報処理PMではちゃんとコンプライアンスが問われるのとは対照的

そもそも、アジャイルソフトウェア宣言が作られた時期の米国IT業界を調べればすぐわかるが、アジャイルソフトウェア宣言は、当時ドットコムバブル崩壊恐慌が始まっていたエンジニア業界が、自分達が失業しないために出した「いつでも何処でも何でもすぐやります宣言に過ぎない。そこにはコンプライアンス文字は無く、スピード以外は無視するという悪い概念が取り入れられた。

今回のキュレーション問題は、そんなアジャイル開発全体の敗北ではないだろうか。スピード感があればなんでも許されるわけはない。「永久ベンチャー免罪符ではない」のフレーズは、その意味も込められている。

2017-03-13

おっぱいに寄せて。

まず始めにこれは作文ではない。ましてや作文に対する御大層な解説でもない。本来はてな匿名ダイアリーの使い方だろうと思う。戯言だ。そして、作文をアップした私の逃げ道だ。

ここ数日で2つの作文をアップした。どちらもなんてことな日常だ。私は今までここ(どうやら増田というらしいですね、なんででしょう)の存在は知りつつもアップすることはなかった。なぜ作文したのか、する意義は何なのか、そして公開する意図は、おっさん創作だろう、すべて分からないままだ。多分それがここの面白いところだと私は思っている。

1つ目の作文をアップした深夜、ここは全くと言っていいほど閑散としていて、URLを付けてナメクジと書かれ、まあねと思いながら寝た。翌々日、ナメクジの作文に300以上のブックマークが付いていた。ドキドキして困惑した。(このフレーズは追記した後ダサいなと思って消した)コメントも1つ1つ読んだ。引用しているブログも読んだ。ついでにツイッターRT先まで回った。気持ち悪いでしょう。嬉しかったんだね。

その中のコメントおっぱいと私との和解だと評されていた。確かに。シャツ問題など眠くなったのと飽きて仕上げきれなかった(コメントで見抜かれていた)分も含めて、おっぱいと私が折り合いをつける過程タラタラと打ち込んだに過ぎなかった。私はこの客観的意見に対して、正しさの違和感勝手に持った。

私の中で、おっぱいとの雪解けはもっと後のことだったからだ。ここから自己分析に過ぎないのだけれど、1つ目の作文は物理問題に対する和解であったのだろう。精神問題に対する和解自分では良さの分からないおっぱいを、自分が好いとする人に良いとされるまでなかったのだと今更わかった。作文の言葉を借りるとすれば、物理問題に対するサポートメンバーブラジャーであり、精神問題に対するサポートメンバーは彼であったんだと気づいた。

2つ目の作文をアップするときこれは読まれないだろうなと思った。2番煎じは好まれないし、自意識過剰に文を教科書的に作り上げたからだ。なぜかといえば、恋愛話をするのが好きではないからで、ダブルミーニングや状況で彼の変化、「この時の作者の気持ちを答えなさい」的文を入れ込んだためだ。

しかし、幸いにもどちらの作文もたくさんの人に読んでもらえたようで、こそばゆい感情をこそばゆく噛み締めている。正直もうネタはない。今冬、乳首に余ってるリップクリームを塗ったらモチモチになった話ぐらいしかない。そして今使ってしまった。オススメしよう。

また面白おかしくできることがあれば、作文しようと思う。

おっぱいぶるんを越えるのは到底無理なので静かにアップすると思う。3つくらいコメントつくといいな。

今日は早めに寝よう。

おしまいおやすみ

ぼくはきみの服の中のオッパイを見たかった

Mはぼくと同じ高校で一学年下の女の子だった。


まるで男の子のようなショートカットの髪、金八先生に出ていた時の上戸彩みたいにCUTEな美少女だった。

ぼくの君に対する第一印象はただひとつ「胸がでかい」それ以外のことをぼくは何一つ思いつかなかった。

小柄なきみのカラダに不似合いなほど、その胸の隆起は際だっていた。


きみは一時期、ぼくと同じ学年の男子と付き合っていたね。

から学校への道を並んで来る姿、帰る姿をぼくは覚えている。

そのときぼくは思ったよ。

あいつはあの大きな胸が目当てなのか」と。

もちろんそんなことはなく、彼は知的でCUTEなきみが好きで胸なんかはただのおまけだったのかも知れない。

しかし、どんな言い訳をしたってきみの第一印象が胸であることは疑いのない事実なのだ

それに「どうせ胸が目当て」だなんて高校生の言うセリフじゃないだろう。

自慢じゃないがぼくのいた公立高校男子童貞率96%、つまり童貞クラスに一人くらいしかいなくて、

しかも在学中に処女童貞を失った場合浪人率は100%という恐ろしい世界だったから、だから禁欲正義だったんだ。

もちろんぼくも受験勉強に精を出し、オナニーで精を出す一人の純朴な高校生だった。

受験勉強甲斐あってぼくは現役で大学合格し、その喜びもつかの間、片想い女の子にはあっさりとふられ、童貞期間更新中だったぼくは、翌年の春にきみが関西のある有名私大合格して大学生になったことを知った。

当時のぼくは手紙をよく書いたよ。在学中にちょっとした面識があったのできみにも合格のお祝いと自分大学生としての近況報告のような手紙を書いた。そうしたら一度京都を案内して欲しいという返信が来た。そしてぼくは思いがけずきみとデートできることになったんだ。


大学生になったきみの胸はさらに巨大化していた。

巨乳というのは裾野が広いんだ。

富士山裾野が広く伸びていてるみたいにね。

「えっ、こんなところから胸がはじまるのか!」と思うほどにきみの胸の隆起はクビのすぐ下からはじまっていた。

ぼくはきみの目ばかり見て話をしていたが、視線を下に落とせばそこには胸があった。

かい合ってる男が自分の顔ではなく胸を見ながら話してるなんてすごく不愉快じゃないか

からぼくはいつもきみの目を見て話をしていた。視線を伏せることなんてできなかった。


今思うとなんてもったいなかったのかと思う。サングラスでもして視線を隠して、思う存分胸を見ればよかったじゃないかと。でも、当時はそんな才覚はなかったんだよ。


京都でのデートの後で、ぼくは卑怯にもきみへの手紙の中に「好きだ」というフレーズを書いた。

しかし、そのときのぼくは本当にきみが好きだったのか、それともきみの胸が好きだったのか、正直言ってよくわからない。

ぼくは知的でCUTEなきみを本当に素敵な女の子だと思っていた。

しかし、その100倍くらいぼくはきみの胸が好きだったんだよ。そんなこと手紙に書くはずないけど。




秋になって、いろんな大学学園祭の季節になって、ぼくはMを伴ってN女子大学園祭に出かけた。

高校で同じクラスだったことがある仲間由紀恵みたいな黒髪の純日本風お嬢さんに誘われたからだ。

実はぼくはその仲間由紀恵のこともかなり好きだった。もしもその美女を射止めることができたならば、ぼくは同じ高校のあのさえない童貞軍団を見返してやることができたはずだし。そう、ぼくのあこがれの大本命は実は仲間由紀恵であり、Mの存在価値は「自分とつきあってくれる女」という点にあったわけだから



女子大学模擬店でぼくは仲間由紀恵にMを紹介した。仲間由紀恵はMをみて、Mの胸をちらりとみて、それから妙につっけんどんな態度になった。


あなたはこんな乳のでかい頭の悪そうな女が好きなのね!」と仲間由紀恵は思ったのかも知れない。


そんなことはないんだ。Mは決して頭の悪い女なんかじゃない。

とっても聡明で話していて退屈しない女なんだ。


でもそんな言い訳をするチャンスはなかった。

だって仲間由紀恵はその後ぼくに手紙をよこさなくなったし、彼女が風の噂にお医者さんと結婚したと聞いたのはその数年後のことだ。



女子大学園祭の後に控えていたのは京都大学11月祭だった。ぼくはそこでMと腕を組んだり、手をつないだりして歩くことができた。

普通カップルのように彼女学園祭デートをするなんて幸福をぼくは手に入れた。


しかし、ぼくは手をつなぐ以上のセクシャル領域に足を踏み入れることはどうしてもできなかった。

その理由簡単だ。ぼくは童貞だったから。どうやってその先に進んだらいいのか、ぼくは全くわからなかったのだ。

手を伸ばせばいつでも触れられるような距離にありながら、その胸はぼくにとって相変わらず不可視のものであり、かつ不可触のものであったのだ。



そのままお正月が過ぎ、春になった。ぼくはMと初詣住吉大社に出かけ、そこから阪堺線チンチン電車に乗って浜寺公園に出かけた。

潮の香りのするコンクリートで固められた護岸の上の散歩道をのんびり歩き、座って話をした。おだやかな一日だった。



あの頃ぼくたちはいったいどんな話をしていたのだろう。

そうして休日には手をつないで歩き、一緒に映画を見たりしたぼくたちはまぎれもなく「つきあってる」という状態だった。

しかしぼくにとってきみの胸は相変わらず不可視のものであり、かつ不可触のものであった。

どうすればぼくはその二つを可能にできたのだろうか。

まだ20歳にもならない自分はその方法を何一つ知らなかったのだ。

もしもできることなら今の自分が当時の自分に憑依して、知りうる限りの恋の手練手管を用いてその困難を可能にしてあげただろうに。


ぼくは免許を取り、中古車いすゞジェミニを買った。それでMとドライブすることになった。

Mに向かって「どこに行きたい?」と聞いたら「鞍馬」という意外な答えが返ってきた。ぼくたちは鞍馬おもちゃみたいなケーブルカーに乗った。

汗ばむような陽気の中で、同じようにデートしているカップルが居た。

ぼくたちとの違いは彼らがキスをしていたことだった。


ぼくは赤面した。


キスとは、ああキスとは、それは限りなく遠くに存在する行為じゃないか

まだぼくは胸を見たこともないのに・・・


いや、それは違う。少なくとも胸を見るという行為は、キスという行為さらに先に位置するものであるはずだ。

ということは、自分が胸を見たいとか触れたいと思っていたことは根本的な間違いであり、それを実現させたかったら

先にキスという段階をクリアしておかなければならなかったのだ。キスとは、胸を見るための必要条件である

もちろんキスをしても胸を見るところまで到達できない場合もあるだろう。しかし、キスをしないで胸を見るなんてことはどう考えても変だ。

まり自分は、「胸を見るためには先にキスをしなければならない」という恋愛の発達段階の重要法則をそのとき発見したのだ。

ストレートに胸に到達しようと思っていた自分が間違っていたのだった。



乳首を舐めたかっらたまず相手の唇を舐めろ!」



ぼくはその真理をここに理解したのだった。


しかし、破局は突然にやってきた。

Mが教会に通い始めたからだ。

学生のぼくたちがデートできるのは日曜日に限られていた。

その二人のための貴重な日曜日を、Mはこともあろうに私ではなく神に捧げてしまったのだ。

ぼくは一度Mにくっついて教会に一緒に行ったことがある。Mのスクーターの後を、ぼくは実家にあったヤマハパッソルで追走した。

当時はまだ原付ヘルメット着用の義務はなかった。そうして教会に出かけたのも一度きりだ。

ぼくにはきみの胸を見たいという願望があったが、教会聖書を見たいとは思わなかった。

僕に必要なのは聖ではなくて性であり、聖書ではなくて早くぼくを童貞から卒業させてくれる性書こそがぼくにとって必要書物であった。

「汝、姦淫するなかれ」という神の教えは、その反動でぼくの心をますます君の乳房への思いでいっぱいにした。

ぼくは教会についていくのを止め、ぼくたちの仲は自然消滅した。

ぼくがMと最後に会ったのはぼくが大学卒業した春だ。

そのとききみはブラウスボタンを二つもはずしていたから、ぼくは思わず「うっひょ~」と心の中で叫んだ。

そのとき、きみのオッパイはぼくの心の中で永遠憧憬になった。あれから34年経つけど、今でも君の胸は成長を続けているのかい

パワーワードってワード

使い方間違ってる人多くない?

パワーワード面白いフレーズのことじゃなくて、強い言葉じゃなきゃいけないんだよ。

2017-03-06

xevra先生オワコン化している

最近ブコメは分野を問わず切れ味が鈍すぎるし、実際以前に比べ格段にスターがついてない。

さらには、「プリントアウトして~」「おそろしいおそろしい」など数多のパンチラインを生み出してきた先生だが、睡運瞑菜以降のキラーフレーズがとんと出てこない。

しかもこのフレーズブロガー界隈でのみキャッキャされるだけで、集客の乏しいイベントで見る低予算ゆるキャラのような直視しがたい悲しい盛り上がり方だ)

やっぱりアイコン変更のたびに中の人かわってんのかな。

ブラックホール期の輝きを取り戻しておくれよ。

誠実な付き合いって何なんですか

出会い系サイトでよく見るフレーズなんですけどね

「誠実な付き合い」の中身がよくわからないんです



不誠実な付き合いって言われるとなんとなく浮かぶものはあるけれど

じゃぁ不誠実を避ければ誠実になるのかというと、そうでもないような



何なんですか、誠実って

2017-03-05

この痛い文章フレーズを置き換えて揶揄する感じのレスポンスは誰が始めたんだ

気の利いたことも言えないまぜっかえしもできない、だけど何か返したい

そんな気配がするぜ

2017-03-03

「一緒にやろう」「協働しよう」って

ヒエラルキーの上の立場にある人が言う言葉だよね

言ってる本人は相手と同じ目線に立ってるつもりだけど、立ってやってる感が言葉の節々から出てくる

過去には、元請けの人が「来年もぜひ一緒にやっていきたい」と最初に言った後に単価値下げを強要してきたこともあった。というより、このフレーズは単価値下げ交渉常套句

今、自分はそれを言われる下請け立場から元請け立場クラスチェンジ出来たが、まーよく一緒に一緒にとプロパーがあちこちで下請けに対して言うのを見てる

から自分はこのフレーズを言ってくる人を信用しない

2017-02-26

http://anond.hatelabo.jp/20170226103049

俺もこれだってフレーズは思いつかないんだけど

将棋とかチェスとかは戦争を模して遊戯体裁としてるけど

クイックスとかはルールけがあって何故そんなことをしているか体裁が示されない的なニュアンスだろうか

2017-02-24

アンチエイジングというよりフィアーエイジング現代

まず、「アンチ=Anti=反抗」で「フィアー=Fear=恐れる」な。


何なん?

ちょっとシミできた程度で色々塗りたくったり、エステみたいな所いってホクロ除去したり。

シワを目立たなくするために注射打ったり(あれ見てわかるし、膨らんでキモい)。


年すりゃシワやシミが出来て当然なのに、やれアンチエイジングだの言って若く見せる事が正義みたいな風潮。若く見えないヤツは悪みたいな風潮。

老いる事にアンチしているというより、もはや恐れとも言える感情が見て取れる。老いる事は邪悪なのか?

マイナス5歳肌みたいなフレーズ見たことあるけど、あれくらいが妥当で、5歳くらい若く見える程度でいいんじゃね。


女性客の市場が枯渇したのか、最近じゃメンズも色々商品出してるよね。ちょー面倒クセェし、変に肌ツルツルでナヨナヨした男増えたよな。

人口減少で化粧品メーカーも売れる物なくなって大変だろうけど、恐怖植え付けながら色々余計なもの出して面倒な手間かけさせないでくれ。

2017-02-22

面白いフレーズ思いついた

ねえねえちょっと聞いてみて


アイ・ハブ・ア・ペン

アイ・ハブ・アン・アッポー

アー!アッポーペン



アイ・ハブ・ア・ペン

アイ・ハブ・ア・パイナッポー

アー!パイナッポーペン



アッポーペンパイナッポーペン

アー!ペンパイナッポーアッポーペン




これに曲と振りを付けてYouTubeしたら受けそうな気がするんだけどどう?

2017-02-18

党派性のためなら平気で人権を踏みにじるリベラル左派

安倍に対する「A級戦犯の孫」というフレーズを見るたびに、「この人は本音では人権などどうでもいいのだな」と思う。



まず、岸信介A級戦犯容疑者として逮捕されたが、不起訴になり無罪放免されている。

これを「元A級戦犯」と呼ぶこと自体が「疑わしきは罰せず」「無罪の推定」という刑事裁判大原則に反する。

しかも本人ではなく祖父の「容疑」を持ち出して批判材料にしている時点で、出自による差別しか言いようがない。



他にも学歴差別不妊差別特定疾病差別を繰り返しながら、同時に「憲法守れ、人権守れ」などとのたまう輩がいる。

権力者への批判差別ではない」などと言うが、安倍属性に対する差別発言は、安倍と同じ属性を持つ弱者にも突き刺さっている。

本当に人権大事にしていたら、安倍だけではなく安倍と同じ属性を持つ人も傷つけることを言う前に気づけるはずだが。



普段人権差別ヘイトだと言いながら、敵に対しては平気で差別発言を繰り出せる人たちだというのは、橋下の件で既にわかっていた。

要は、彼らにとっては「人権」も政敵攻撃するための道具に過ぎないのだということ。

それが見透かされているから、リベラル左派への支持も減る一方なのではないか

http://anond.hatelabo.jp/20170218133015

変態という名の紳士」というフレーズがあるように変態であることと紳士であることは矛盾しないんだよな…

http://anond.hatelabo.jp/20170218004613

ようこそジャパリパークへ」と

「ゆるゆららららゆるゆり大事件」は雰囲気似てる

どっかで聞いたようなキャッチーフレーズごった煮にしてるくせ

意外とアレンジシンプルという共通点があるからだろうか

2017-02-17

たまに増田に涌く天才

増田に浸っていると、時たま、ものすごくオモシロ文章に突き当たる。

そんで、ブログとかなら追いかけられるンだろうけど、増田特性上、追いかけられない。

しかも、ネットから三日も離れてたらその間に傑作も流れちゃう

知らない文章があったら悔しいのでおもしろ文章を教えてください。



ブクマ数は問いません。

以下、個人的に大好きな増田

http://anond.hatelabo.jp/20160727101404

前段の増田を受けて「九」館長という、架空人物創造

[月面基地]月面基地建設のための重機がない問題

http://anond.hatelabo.jp/20160622120714

なぜかたまに投稿されるSF土木シリーズ。妙な中毒性がある。

お焼き屋で隣の女子高生が言っていたこ

http://anond.hatelabo.jp/20160520221713

北海道田舎農協お焼き屋という木訥なフレーズを並べて作られたまさかSF。大傑作。

ゆとりアルバトロス

http://anond.hatelabo.jp/20160317133556

切れがいい、シンプルに笑える。

南斗五車星ラオウとの直接対決回避するべきだった。

http://anond.hatelabo.jp/20151214143834

なぜ、いまさら北斗の拳、それも五車星に関する考察を書こうと思ったのか。

芝政ネギニラ

http://anond.hatelabo.jp/20170205202957

ここ最近で一番笑った。力が入ってるのか力が抜けてるのか、絶妙

アンドロイド電気羊の夢を見るのか』の意味解説

http://anond.hatelabo.jp/20130510125852

ちょっと古いけど、文章に勢いがある。文章の締め方を見習いたい。

聞きたくないフレーズ

聞きたくないフレーズ

  1. 再現性がありません
  2. 壊れました(壊しました)
  3. コントロールからも出るはずのない信号が出ちゃいました

TBSサンデーモーニング』における「事実ひとつ発言についての検

事実ひとつ」という人が、実はヤバイ理由 (1/6)

http://www.itmedia.co.jp/business/spv/1702/14/news040.html

[窪田順生,ITmedia]

  

  

大宅映子はどのような発言をしたのか

このITmedia記事では名指しされていないが、「著名な女性評論家」とは大宅映子のことである

以下に彼女発言を書き起こしする。

大宅映子「あのー、メディアっていうのは中立公正なるものを皆さんにお伝えするっていう。そのためにはしっかりした裏付けというのがあるとされている、皆の共通認識として。で、それをしないと捏造と言われて社会的批判を受けるわけですね。

でも今の状況を見ていると、現場、その場の意見に対して、〔トランプ大統領が〕頭からバーンと、嘘であろうがなんだろうが〔オルタナティブファクトを使いまくって自分に都合の悪い話を〕否定してしまうっていうのがまかり通ってるということがね。しかもそれがネット拡散するっていう。

それで私思ったんですけど、企業の中でもありましたよね。広告でやはり動いているから、ネットの。自分のところの企業に有利になるような偽情報を出すっていうような問題になったりしていますよね。

で、それをどうにかするっていうと、じゃあどこで本物か偽物かっていうのを、今〔ファクト・チェックの格付けをやって〕三角とか黄色とか、プラットフォームがそれを出すっていうのも逆に危ないですよね。判断がね。」

  

関口宏「そう、そこにもオルタナティブっていうのがありますからね……」

  

大宅映子「そうそう。そうすると基本的には私たち一人一人が、メディアリテラシーっていうか、判断力がなければいけないんだけれど、こんないろんなことを全部自分判断なんかできるわけがない。」

  

姜尚中「うーん。まあひとつの試みとして、〔プラットフォームによるファクト・チェックを〕やってもいいんではないか、と僕は思いますけどね。」

  

大宅映子「うーん。やっぱり事実は一つにしてほしいです、はい

  

以降、他の論者へと発言が移る。

  

サンデーモーニング 2017年02月12日より)

〔〕は引用者による補足。

大宅はトランプ大統領オルタナティブファクトを使っていることと、企業インターネットで偽の情報を流していることを批判している。

しかし同時に、大宅は誰かが特権的独裁的に情報の真偽を決めることにも批判的だ。インターネットサービスは、プラットフォーム運営会社偏向していることもありうる。そのため、その運営会社事実判定の権限を委ねることは逆に危険だと指摘している。

  

  

  

事実ひとつ」とはどういう意味

最後のところで出てくる「事実は一つにしてほしいです」という発言ちょっと早口だった。大宅は主張をまとめようと急いだ感じがあって、ここで何を言おうとしていたのか視聴者に伝わりづらかった。

しかし、ITmediaの窪田順生がこの箇所を抜きだして『「ファシズム」(全体主義)以外の何物でもない』などとレッテルを張るのはあきらかな曲解である

そもそもこの「事実ひとつ」というフレーズは、大宅がスタジオ発言するより前に、VTRの中で山田健太専修大学教授言論法)がコメントしているものだ。この文脈を踏まえずに大宅を非難するのは適当ではない。

VTRでは、ジョージ・オーウェル小説1984年」が現在アメリカベストセラーになっていることを紹介、そしてワシントンポスト(1月25日)の『"もうひとつ事実"は"1984年"の「現実操作」を連想させる表現だ』という一節を引用して、これがどういう意味なのかを山田解説させている。

山田健太本来事実というのは一つのはずなんですけど、その事実否定するために「もう一つ事実があるよ」ということを言って、最初本来あるべき事実を覆い隠すという意味であります

端的に言うと、自分たちに都合の悪い事実を覆い隠すということです。」

サンデーモーニング 2017年02月12日より)

このVTRが流れた直後だという点を踏まえるならば、われわれは大宅の「事実は一つにしてほしいですよ」という発言を正しく理解することができる。すなわち、『「もうひとつ事実」なんて言って「嘘」ゴマかす政府はどんなヤバいことをするかわかったもんじゃない』という意味なのである

従って、ITmediaの窪田順生がやっていることは曲解であるし、これをあたかも「著名な女性評論家」によるオリジナル発言であるかのように説明するのも間違いである。

  

 

オルタナティブファクトと二重思考

ITmedia記事はくだらないので、いちいち論評するつもりはないが、ここからさきは私見を述べさせてもらう。

番組中では言及がないが、山田教授コメントはおそらく『1984年』に登場する「二重思考」を念頭に置いている。

二重思考 - Wikipedia

  

二重思考(にじゅうしこう、ダブルシンク、Doublethink)は、ジョージ・オーウェル小説1984年」に登場する思考能力であり、物語の中核をなす概念。それは「相反し合う二つの意見を同時に持ち、それが矛盾し合うのを承知しながら双方ともに信奉すること」[1]である。作中の例でいえば、舞台となっている全体主義国家では民主主義などは存立しえない、という事実を信じながら、なおかつ、国家支配する「党」が民主主義擁護である、というプロパガンダをも同時に信じることを指す。

二重思考は作中の全体主義国家オセアニア社会支配するエリート層(党内局員)が半永久的に権力を維持するため、住民中間階級である外局員ら)および自分たち自身実践させている思考能力である。二重思考実践していると、自分自身現実認識を絶えずプロパガンダ合致する方向へと操作し、しか操作したという事実をどこかで覚えている状態となる。

「二重思考」とはニュースピーク新語法)による単語であり、オールドスピーク(旧語法、我々の知る英語)に直せば、「リアリティー・コントロール」(真実管理)となる。

「二重思考」についてはWikipediaの項目を読んでもらえば十分だろう。事実がたくさんあると考えたり、そのたくさんある事実をすべて同時に信奉しようとする態度こそ、オーウェルがこの小説批判した二重思考である

1984年』の世界では、政府がでたらめなプロパガンダをおこなったとき国民はその嘘や矛盾に目をつむって忘れてしまうことが要求される。だから政府が言うことはどれもこれも必ず事実となる。そしてすぐ次の瞬間、政府が先ほどと明確に異なるようなことを事実だと述べ始めたとすれば、国民はそれをもう一つの事実なのだと納得して信奉しなければならないとされる。

事実ひとつ」という前提は、この二重思考に陥らないために必要ものである。われわれはこの前提に立脚することで、複数矛盾する話の中から、何が事実であり何が虚偽であるかを探ろうとする。これは政府がでたらめなプロパガンダをおこなったときに、国民がそれに抵抗するための最も根源的な力となるのだ。

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