「示唆」を含む日記 RSS

はてなキーワード: 示唆とは

2012-02-14

国語の授業に則って


筆者の気持ちを説明しなさい

実際アレが本当に大元元増田の肉付けだったとして、ではその肉付けをした上で増田に書いた意図を考えると、

自分性格」を理由に「子どもを作らない」ことは正しい判断であるっていうのを他人に肯定してもらいたい

という期待があったのでは? と考えられる

その場合

子ども持つかどうかは人それぞれの判断だし、今の時代子どもなしでも楽しんで生活できればそれでいい」

みたいな流れは、母親孫の顔を見せないという復讐正当化することにも繋がるので元増田的には一石二鳥で大歓迎となる

逆に「孫の顔見せてやれ、恩返ししてやれ」という助言に対しては、「なに的外れなこと言ってんだ」と怒りをたぎらせ、

自分はこんなに抑圧された、こんな過程があってこそのこの結果なんだ」と切々と真意を訴えることができる

(実際にはその真意を示唆する描写があるので正面からは訴えなかったかも)



ところがここで、子ども持つか持たないかの判断の源すなわち骨の部分である恨みやトラウマにまで切り込まれてしまった

その際まるで自分の恨みや憎悪に無自覚であるかのように扱われたのが(なぜか他人である解説者らの)癪に障ったのだろう

当然だ、真意という骨に肉を巻いて意図的に皮肉に仕立てていたとしたらその憎悪と恨みに苦しんでいないはずがない

いわば傷口に塩を擦りこまれたも同然の指摘記事がついたのである

かくしてわざわざ他人のネタを懇切丁寧にネタばらす人が出現したのであった、とっぴんぱらりのぷう



感想を述べなさい

解説者のいう「文章として面白みがないから肉付けを行った」という解釈はあまりよろしくない

理由は簡単で、肉付けても面白みがないかである

面白いかどうかは主観の問題なので退けるとしても、肉付けを行ったことで背後に隠された「骨」が新たに展開しているかというとそうも言えない

骨すなわち真意が展開するとは、書き手の中でその恨みやトラウマがどのように昇華したのかが示されるということを指す

元記事において恨みやトラウマはまったく昇華してはいない、元増田は依然として母親「教育」の影響下にあり、意趣返しこそ為したが何ら救われていない

「文章として」楽しむのならばそこで救いを生じさせ、感動を生むことを狙うのは定石である

この文章は定石を打っておらず、また定石を超えた独創的な結末を持っているわけでもない

よってつまらない。つたない。肯定的な評価を与えるための理由が無い。

である恨みつらみやトラウマをそのまま露出させれば得られたであろう「生々しさ」という面白さすらない。




腑に落ちないのは

例えばブコメにも「のろいがえしー」のような読みが普通に転がっているわけで、やっていることは増田記事での指摘と同じなのに、

何がどう琴線に触れてこんな大爆発に至ってしまったのかは不明。しかもその琴線の主は解説者であって元増田ではないときた。もう何が何だか




ああ。ひまだな、自分

http://anond.hatelabo.jp/20120214171717

2012-01-27

村上春樹の猛々しい想像力 (3/3)

Sam Anderson

2011年10月21日

1 - 2 - 3

翻訳は、村上の作品を組み立てる原理だとさえ言えるかもしれない。

彼の作品は翻訳されているだけでなく、翻訳についてのものだと考えられるのである

村上ストーリーにおける至上の愉しみは、とても普通の状況(エレベータに乗っている、スパゲッティを茹でている、シャツアイロンがけしている、など)が

突然非日常不思議電話を受ける、魔法の井戸に落ちる、羊男と会話する、など)へ変貌するのを見ることだ。

言い換えるならそれは、登場人物が存在論的に盤石な立場から完全な異世界へと投げ込まれ、

たどたどしくも二つの世界の間をとりもつことを余儀なくされる瞬間だ。

村上作品の登場人物はある意味でいつも、根底から異なるいくつかの世界あいだで翻訳をしている。

平凡と奇妙、自然超自然田舎と都会、男と女、地上と地下。

言い換えれば、彼の全作品は翻訳の作業を劇に仕立てたものなのだ



村上の車の後部座席に戻ろう。

私たちは東京を離れ、ベッドタウンに入った。

多くの企業本社や、巨大な船のかたちをしたラブホテルを通り越していく。

およそ1時間後、風景は急峻な山道になり、私たちは村上の家に到着した。

木の生い茂る丘の上、山と海の間にある、こぎれいだが平凡な外観の二階建てだ。



靴をスリッパに履き替え、村上に連れられて彼のオフィスへと入る。

自らデザインした小部屋であり、『1Q84』のほとんどはここで書かれた。

同時にそこは彼の膨大なレコードコレクションの住処でもある。

(10000枚くらいだろうが、怖くて実際に数えてはいない、と彼は言う)

オフィスの幅広い壁二つは、床から天井までアルバムで覆いつくされている。

山々に向けて突き出している窓の下、部屋の端には巨大なステレオスピーカーが君臨している。

室内のもう一つの棚には村上人生と作品にまつわる思い出の品々がある。

彼が『海辺のカフカ』で殺人者として想像したジョニーウォーカーを描いたマグカップ

はじめてマラソンを完走したときの、くたくたの彼を写した写真1991年ニューヨーク市にて、3時間31分27秒)。

壁にはレイモンド・カーヴァー写真、グレン・グードのポスタージャズ巨匠の肖像がいくつか。

村上もっとも好きなミュージシャンテノールサキソフォンスタン・ゲッツ写真もある。



私はレコードをかけてもらえないかと頼んでみた。

村上はヤナチェクの「シンフォニエッタ」を取り出した。

1Q84』の始まりを告げ、その物語のなかで繰り返し鳴り響く曲である

作品で示唆されるとおり、渋滞で聞くにはまさに最悪の音楽だ。

それは速く、アップビートで、劇的──まるで普通の曲が5つ、ペンキの缶のなかで決闘しているかのようだ。

同時にそれは熱狂し、ねちねちとした、暴力的な『1Q84』の冒険の主題曲として、もっともふさわしい。

村上はその奇妙さを買って「シンフォニエッタ」を選んだという。

「一度だけそれをコンサートホールで聴いたことがある」

オーケストラの後ろにトランペットが15人いた。変だった。すごく変だった……その奇妙さがこの本によく合う。この物語にこれ以上よく合う音楽は思いつかない」

彼は何度も何度もその曲を聴いて、そして開幕のシーンを書いたという。

シンフォニエッタを選んだのはまったく人気がない音楽だったからだった。でも本を出版してから日本では人気が出た。小澤征爾さんに感謝されたよ。彼のレコードがよく売れたからね」



シンフォニエッタ」が終わると、私は最初に買ったレコードは何か覚えているかと尋ねてみた。

彼は立ち上がり、棚をごそごそと探して、一枚のレコードを手渡してくれた。

「The Many Sides of Gene Pitney」。

カバーを飾るのは、華やかな姿の Pitney。60年代前半のアメリカクルーナー歌手である。はまだらのアスコットタイに艶のある赤いジャケットを着て、髪型は崩れ落ちる波を凍らせたようにみえる。

村上は13歳の時、このレコード神戸で買ったという(当初のものは擦り切れたため、何十年か前に買い直している)。

針を下ろすと、流れ出す Pitney の最初ヒット曲「Town Without Pity」。

劇的な、ホルン即興とともに Piteny の歌声が黙示録的な叫びを歌う。

若者にはつらいことがある、たくさんある/分かってくれる人がほしい/助けてくれよ/土と石でできたこの星が壊れるまえに」



終わると村上は針を上げ、「バカな歌だ」と言った。



1Q84』というタイトルダジャレである

言語をまたいでオーウェル引用したものだ。

日本語では、9は英語のQのように発音される)



1Q84』を書いているあいだ、『1984年』を読み直したかと尋ねてみた。

彼は読み直したといい、それは退屈だったという。

(これが悪い評価だとは限らない。野球のどこが好きかと尋ねた際、彼は「退屈だから」と答えた。)



近未来小説は退屈なものばかりだ」と彼は言う。

「始まりはいつも暗く、雨で、人々が不幸せそうにしている。コルマックマッカーシーの『The Road』は好きだし、よく書けているけれど、でも退屈だ。暗いし、人間人間を食べるし……ジョージ・オーウェルの『1984年』は近未来小説だけど、この本は近過去小説だ」

1Q84』について「我々は同じ年を反対側から見ている。近過去なら退屈じゃない」



オーウェルに親近感を覚えたかと尋ねた。



オーウェルと僕はシステムについて同じ感じを受けていると思う」と村上は言う。

ジョージ・オーウェルは半分ジャーナリストで半分小説家だ。僕は100パーセント小説家だ……メッセージを書くことはない。よい物語を書きたい。自分政治好きな人間だと思うけれど、政治メッセージを誰かに向けることはない。」



はい村上はここ数年、彼にしては珍しく、政治メッセージを大々的に言明している。

2009年、批判のなか彼はイスラエルエルサレム賞を受賞しに行き、そこでイスラエルパレスチナについて語った。

この夏、彼はバルセロナでの受賞式典の機会を利用して日本原子力行政を批判した。

彼は、福島第一は二度目の核災害だとした。

一度目はまったくの被害者としてだったが。



バルセロナの演説について尋ねると、彼はパーセンテージを少し修正した。



「僕は99パーセント小説家で1パーセント市民だ」と言う。

市民として言いたいことはあるし、求められればはっきりと言う。あのときまで原発について明確に反対する人はいなかった。だから自分がやるべきだと思った。自分にはその責任がある」

演説に対する日本の反応は概ね好意的だったという。

人々は津波の恐怖が改革への媒介となってくれることを、彼と同じように、期待していたのだ、と。

「これは日本にとって転機になると、日本人ほとんどが考えていると思う」

悪夢だけれど、変化のチャンスでもある。1945年以来、僕たちは豊かになるために働いてきた。けれどそれはもう続かない。価値観を変えなければならない。どうやって幸せになるかを考えなければならない。お金でもなく、効率でもなく、それは人格目的だ。いま言いたいことは1968年から僕がずっと言っていることなんだけれども、システムを変えなければならないということ。今は、僕たちがまた理想主義者になるべきときなんだと思っている」



その理想主義はどんなものか、アメリカ合衆国モデルケースとして見ているのか、と尋ねた。



アメリカはもはやモデルケースだとは思われていないと思う」

「いま、僕たちにはモデルケースがない。モデルケースを作り上げなければならないんだ」



地下鉄サリン事件阪神大震災、そして今回の津波……現代日本の数々の災害は、驚くほどにまで村上的だ。

地下での暴力的な衝動、深く隠されたトラウマが大量破壊を引き起こすものとして現れ、地上の日常を襲う。

彼は深さのメタファーを多用することで知られる。

登場人物たちはカラの井戸に降りていき、東京の地下トンネルに生きる闇の生き物に出会う。

(彼は別のインタビューで、井戸のイメージをあまりに何度も使って恥ずかしくなったため、8作目以降、できるだけ使わないように心がけたと話している)。

彼は自分創造性も、深さとしてイメージするという。

毎日机に向かい集中力に満たされたトランス状態の中で、村上村上キャラクターになる。

それは、自らの無意識洞窟たる創造性を探検し、見つけたものを忠実に報告する、普通の人物である



「僕は東京に住んでいる。ニューヨークロサンジェルスロンドンパリのように文明的といっていい世界だ。

 魔法じみた状況、魔法じみた物事に出会いたければ、自分の中に深く潜るしかない。だから僕はそうしている。

 魔法リアリズムとも呼ばれるけれども、自分の魂の深みのなかでは、それは単なるリアリズムだ。魔法ではなく。

 書くときには、非常に自然で、論理的で、リアリスティックで、合理的に感じる。」



執筆しないとき自分はどこまでも普通の人だと村上は強調する。

彼の創造性は「ブラックボックス」であり、意識的にアクセスすることはできないという。

彼はシャイであり、メディアにあまり登場したがらない。道端で読者から握手を求められた時にはいつも驚く。

人が話すのを聞くほうが好みだと彼は言う。

実際に、Studs Terkel の日本版のようなものとして彼は知られている。

1995年サリンガス事件があったとき村上被害者65人と被疑者らを1年かけてインタビューし、

その結果を分厚い2冊組の本として出版した。

のちにそれは『Underground』として、大幅な簡略化をしたうえで英語翻訳された。



この会話が終わったとき村上ランニングに誘ってくれた。(「僕が書くことについて知っていることのほとんどは、毎日ランニングを通して学んだ」と彼は書いている)

彼のランニングスタイル個性の延長のようだ。

身軽で、安定していて、実践的だ。

たがいの走り幅がつかめて1、2分たつと、村上自分が単に「丘」と呼ぶところに行ってみないかと尋ねてきた。

それは試合の申し込みか警告のように聞こえた。

そんな言い方をした理由はすぐに分かった。

というのもまもなく「丘」を登り始めることになったからだ。

もはや走るというよりは、急な坂にさしかかって足をとられているというほうが近く、

地面が傾いたランニングマシーンのように感じられた。

道の終わりに向けて一足踏み込むと同時に私は村上に向けて「大きい丘でしたね」と言った。

そこで彼は指をさして、先にジグザグ道が続いており、私たちはまだほんのひと曲がり目を終えたにすぎないということを教えてくれた。しばらくして、二人の息が切れ切れになってくると、このジグザグ道には終わりがないのではないかと心配になってきた。

まるでどこかの村上世界にある無限階段のように。

上へ、上へ、上へ。

しかし、やっとのことで、私たちは頂上に着いた。

海ははるか下に見えた。

それは秘められた巨大な水世界日本アメリカあいだの、人が住まない世界だ。

その日見たかぎり、水面は静かだった。



そして私たちは下りを走り始めた。村上は村を通る道に誘ってくれた。

大通りのサーフショップ漁師の家がならぶ界隈を通り過ぎた(彼はそのあたりの庭に古くからの「漁師神社」があるのを指差して教えてくれた)。

空気は湿っていて塩のにおいがした。

私たちは並んで浜まで走った。

村上がかつて名もない翻訳者だったころセントラルパークでジョギングをともにしたジョン・アーヴィングについて話をした。

セミについても話をした。

何年も土のなかで生き、地表にぽっと出て、わめき、最後の数ヶ月を木の上で過ごすのは、どんなに変だろうかと。

私がおもに覚えているのは、村上の安定した脚のリズムだ。



走り終えて家にもどると、私は村上の来客用バスルームで着替えた。階下で彼を待つ間、食堂エアコンの風を受けて立ち、大きな窓からハーブと低い木のある小さな裏庭を見ていた。



数分後、庭から迷い出た変な生物が私の視界に入ってきた。

最初それは鳥 – おそらくはその飛び方からして変な毛をしたハチドリのようにみえた。

が、すぐに2羽の鳥がくっついているようにみえだした。

飛ぶというよりはふらついているといった感じで、体の一部がそこかしこから垂れ下がっているようだった。

最終的に、それは大きな黒い蝶だと私は結論づけた。

見たことがないほど変な蝶だった。

浮かびながら、異星の魚のようにひらひらしつづけるその姿に幻惑させられ、

私はそれを既知の何かに分類したくなりかけたが、成功することはなかった。

それはひらひらと、およそ村上と私が走った道を引き返す形で、山から海に向けて飛び去った。



蝶が去ってまもなく、村上階段を降りてきて、食堂のテーブルに静かに腰を下ろした。

見たこともない奇妙な蝶に遭遇したことを伝えると、彼は自分ボトルから水を飲み、私を見上げて言った。

日本には色々な蝶がいる。蝶に会うのは変なことじゃない」

2011年10月21日

1 - 2 - 3

2012-01-21

http://anond.hatelabo.jp/20120121120225

ちゃんと記事読んでないでしょ。

だいぶ色々やり方示唆してるよ

2012-01-03

http://anond.hatelabo.jp/20120102222154

そもそも、女子中学生は「最も繁殖にむいているであろう年齢」ではない。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8D%81%E4%BB%A3%E3%81%AE%E5%87%BA%E7%94%A3

10代という低年齢母による出産は、早産や早産に伴う出産時低体重などのリスクが高い発生率を示す。10代の少女の多くは、ホルモンバランスが整っておらず、母体としての発育が不十分な場合が多い。

10代の母の発達不十分の骨盤出産時に母体子供ともに危険を及ぼす医学的に示唆されている。そのため出産帝王切開によって行われる場合が多い。発展途上国などにおいて十分な医療を受けられない場合、それは乳児の死亡、または母体死亡へ繋がりえる。

未成年同士のセックスも禁じるべきだと思うよ個人的には。

女子中学生妊娠させる男は未成年だろうと成人だろうと許せない。

 

女性が成人ロリコン嫌悪感を持つのは、精神的・知的成熟しているべき大人が自分エゴで「母体死亡」に繋がるような危険出産をさせたがっているように見えるからだと思う。

未成年未成年に欲情するのは「近くに居させられてるからしょうがない」「若いから若年出産危険性を理解できていなくてもしょうがない」みたいな理由で寛容になりがちなのかもね。

2011-11-14

http://anond.hatelabo.jp/20111114131129

ベン・トー」の中で「Gガン」の中で、作品中の登場人物が「(∀`*ゞ)テヘッ」ってやってたのか?

記憶にないが。


君はあれだ

登場人物が台詞メタ発言を吐くとかオタクっぽい自己ツッコミするとか

そういうわかりやすーく明示された「(∀`*ゞ)テヘッ」以外感じ取れない人なんだ

多分まだ摂取した作品が圧倒的に少ないせいで




実際のほとんどのジョークパロディというのは

「(∀`*ゞ)テヘッ」を台詞にしたりはしない

シチュエーションや暗示的な示唆受け手が気付いて笑うようになってる




質の悪いものほど口で説明するから

そういう意味で「登場人物が台詞で「(∀`*ゞ)テヘッ」をやる作品が下の下」というのは合ってるが

君が感知してない「(∀`*ゞ)テヘッ」はまだまだこの世に溢れてることを知らないといけない




例えば島本作品に「(∀`*ゞ)テヘッ」がない、なんていうのは

それはもう感性も知識も全然足りてないから気付けないというだけ

古いネタを全部抑える必要は無いんだけど、パロディ匂いに気づけるぐらいにはならないと

論評が頓珍漢になるし、楽しめる作品も楽しめない

2011-11-04

<皆保険半世紀>厚労省、不実な沈黙 無資格者加入問題

毎日新聞 11月4日(金)2時31分配信

 国民に等しく医療提供する--。そんな理念に基づき、1961年に創設された「国民皆保険から50年。だが、かつて世界一とももてはやされた日本医療は、疲弊著しい。右肩上がりの成長期はとうに過ぎ、公的保険は低迷する経済にじわじわむしばまれている。節目の年に、「安心」が失われつつある現実を各地に追った。【鈴木直、山田夢留、山崎友記子】

 ◇長年の「裏技」容認

 「6500万円ですね」。札幌市建設業社長(62)は、社会保険労務士からそう言われて目をむいた。

 全国建設工事国民健康保険組合工事国保)で起きた1万人超に及ぶ無保険問題。厚生労働省は昨年9月、無資格で同国保に入り、保険料を逃れてきた事業主らは「時効限度の過去2年に納めるべきだった医療年金保険料を払う」との清算方針を決めた。6500万円は多い時で30人を雇いながら原則個人事業主の同国保に加入していたことへの「代償」だが、社長は「冗談じゃない」と吐き捨てるように言う。

 事態を招いた責任は、一義的には工事国保側にある。組織拡大を競い、「保険料が減るから」と次々無資格者を誘ってきた。札幌市左官業の男性(56)は「法人でも大丈夫」と言われて入った結果、今や無保険だ。

 それでも社長は30年間、国から一度も指導を受けてこなかった。冬場に建築が減る北海道では、12月に従業員を解雇し4月に再雇用する慣行がある。「常用雇用扱いでなくとも可」。社会保険事務所社会保険の加入不要とも示唆したという。一部社労士は「裏技」として指南し、厚労省も黙認してきた。

 それが昨春、無資格問題が報道され、国は手のひらを返した。社長は昨年末、全従業員を解雇した。しかしなお、6500万円の納付義務は両肩に重くのしかかる。

 時効にかからない2年分全額を払わせる清算案は、1人65万円かかる。「公平」を重んじる長妻昭厚労相(当時)の意向が反映された。事情に詳しい民主党議員は「とても払えない。現場を知らない長妻氏の置き土産だ」と批判してきたが、この間同省は「当事者の話し合い」を求めるばかりで調整から逃げ続けた。

 無謀な解決策を示しておきながら、事態がこう着するや傍観に転じた厚労省責任は重い。札幌市病気の無保険者に一時的な同市国保への加入を認め、協会けんぽ移行後に医療費の返還を求めることを模索するが、移行のメドは立たず、医療費は市の持ち出しとなりかねない。それなのに厚労省見解を示さず、地方に任せている。

 工事国保の辰川弘敬常務理事は8月3日、監督官庁東京都から届いたメールに青ざめた。文面に「協会けんぽ過去医療費を元加入者に請求させる」とあったためだ。

 工事国保負担した過去2年分の無資格者の医療費50億円は協会けんぽが払う--。この厚労省の清算案に関し、同国保は元加入者が同けんぽへの移行手続きをすれば直接同国保医療費が払われると解釈し、厚労省もそう認識していた。

 ところが協会けんぽ側は違った。個々の元加入者に医療費を請求してもらい、元加入者を通じて同国保側へ返還するつもりだった。「工事国保は非を認めず、移行手続きも進んでいない」。幹部間にそんな不信感があるためといい、1年が過ぎた今も一円も支払われていない。

 「1万人を超す元加入者に今から連絡などできない」。同国保悲鳴社労士内山晃衆院議員民主)が間に入り、10月末から事態は動き始めたものの、移行手続きを終えた3970人分、19億円の支払いに見通しがついたに過ぎない。

 ◇「例外」国保に特権批判

 工事国保左官職、芸者ら同業種ごとに165ある国民健康保険組合国保組合、343万人)の一つ。国保組合は、単独事業主などの条件を満たしていれば加入でき、その場合国民健康保険市町村国保)など一般公的保険には入らなくてもよい。歴史的経緯から、61年の国民皆保険導入後も「皆保険の例外」(厚労省幹部)として存続してきた。

 国保組合には公費負担負担率43%)がある。市町村国保(同50%)並みながら「医師国保」「弁護士国保」など高所得層も混在し、特権視されてきた。建設系も03年に一般の医療費窓口負担が3割になった際、2割に据え置いたところが多く、通院医療費ゼロとしてきた組合もある。09年秋、こうした税金の使われ方が財務省の意向で事業仕分け対象に浮上した。

 ただ、けがリスクが高く、低所得者も多かった建設職人は長らく公的保険から排除され、やむなく仲間で身を寄せ合ってきた。今も「けが弁当は手前持ち」との意識が強い。建設職人で作る全国建設労働組合総連合(全建総連、約64万人)の勝野圭司社会保障対策部長は「ひどかった建設職人社会保障自分たちで勝ち取ってきた」と主張する。

 選挙の際、同総連は集票マシンと化す。その成り立ちも相まって、与野党を超え政治との結びつきが深い。

 「建設国保は何が何でも守る」。仕分け開始直前の09年10月21日。民主自民両党から共産党まで与野党幹部が顔をそろえた全建総連定期大会仙谷由人行政刷新担当相(当時)はそうあいさつし、拍手を浴びた。結果的に、国保組合への補助金仕分けから外れた。

 それでも、無職の人や非正規雇用労働者の急増で「原則」の市町村国保が疲弊する中、「例外」の国保組合には廃止論も相次ぐ。10年秋には仕分け対象となり、厚労省国庫負担を削減する法案を用意している。

 国保組合廃止について厚労省幹部は「私有財産を奪うに等しい」と話すものの、中長期的には衰退するとみる。単独事業主でも税制上有利な法人なら入れず、加入者は減る一方と踏んでいるからだ。

 ◇日本医療保険制度

 日本医療保険制度は1927年、工場労働者らを対象とした健康保険最初。42年に会社員らの健保と統合、今の制度につながっている。一方、農民向けには38年に国民健康保険国保)が始まった。ただ、56年当時で人口の32%、約3000万人が無保険だったとされ、政府はこれらの人を国保に加入させるため61年に国民皆保険を導入した。

 現在は、民間企業の従業員は勤め先が設立した健康保険組合か、会社に健保がない人は全国健康保険協会協会けんぽ)に入る。

 健保組合設立に700人以上が必要とあって、大企業が多い。保険料率の労使の負担割合を社員が半分を超えない範囲で自由に決められ、出産一時金(42万円)の上乗せや保養所など、特典のある組合も多い。

 協会けんぽ中小企業中心。保険料率(労使折半)は都道府県ごとに違う。健保組合同様、病気で休んだ際の傷病手当金はあるものの、上乗せ給付はない。不況健保組合を解散する企業の受け皿ともなっている。

 一方、自営業者無職の人、一部の非正規雇用労働者市町村が運営する国保に入る。保険料には地域間格差があり、最高の北海道猿払村(年間13万3682円)と最低の沖縄県伊平屋村(3万907円)では4倍以上の開きがある。事業主負担もない。

 現在医療費の窓口負担は原則一律3割だが、皆保険導入前、90%以上の国保は5割だった。当時の健保は「ゼロ」が多く、02年度まで2割だったのに比べると差がある。国保には上乗せ給付や傷病手当金もない。

2011-10-02

760 名無しさんお腹いっぱい。 sage 2011/10/01(土) 13:08:55.40 
しかし実際問題、娘が居たとして、結婚まで処女を守らせるのは 
現代では至難の業な気がするぞ 
中学・高校までは何とか阻止出来るとして、大学一人暮らしとかになったらもう… 


761 名無しさんお腹いっぱい。 sage 2011/10/01(土) 13:26:05.45 
>>760 
だから娘を親元から出したがらない親が多いんだろ 
東京一人暮らしなんかさせたらどうなるかわからいからな 


763 名無しさんお腹いっぱい。 sage 2011/10/01(土) 13:51:30.58 
つうか娘持ちになったら、若い男というのが害悪以外の何物でもない 
気がしてきた 
あいつら何なんだよ1日中ヤルことしか考えてねえし 
チンコばかりおったててヤルために何でも言うし何でもやるし 
それで男慣れしてない処女を片っ端から食い散らかしてるじゃねえか 
つうか>>749でもあるけど、一番下半身しまりがなくなったのは 
若い男じゃねえの? 
学校では若い男に性道徳とか貞操とか教えないのか? 
結婚しようと思う女性以外、手を出さないとか教育しないのか? 

もう娘に一人たりとも若い男に近付いて欲しくない 


765 名無しさんお腹いっぱい。 sage 2011/10/01(土) 18:43:22.84 
>>763 
すごい同意 
お前に日本総理大臣になって、その考えを広めて欲しい 


767 名無しさんお腹いっぱい。 sage 2011/10/01(土) 19:59:54.38 
恋愛や性に走る娘は、家庭が円満ではないとか、 
親に対して反抗したがりだとか、そういう自業自得な親の産物である場合が多い 
自分感情押し付けるのではなく、むしろ好きにしていいぞとか、彼氏はまだできないのかとか、 
それくらい言って一人暮らしさせた方がむしろ安全 
実家暮らしだと親の有り難みわからんし些細な事で喧嘩になるしな 

スリルや周囲の抑圧は恋愛の最高の促進剤。 


768 名無しさんお腹いっぱい。 sage 2011/10/01(土) 20:03:49.13 
それすごいわかるわー、 
うちの嫁も家庭すごい円満で、恋愛や性にまったく興味なしで処女のまま俺に出会った、かわいいのに 
家庭が不幸な知り合いの娘は変な男に次々ひっかかりDVされたりしてた 
家庭って大事だな… 


769 名無しさんお腹いっぱい。 sage 2011/10/01(土) 20:10:55.81 
あとは勉強なり趣味なり自身の世界に没頭出来るものを探してやること。 
加えて人に振り回されない、自分の良さをよくわからせること。 
例え成績良く真面目な子に育っても、それが抑圧の結果だったり、 
自分に自信が持ててないと、チャラ男と言われるような奴に憧れるなんて自体を起こす。 

性教育の前に親としての当たり前の義務を果たせ。 
親が子を認めれば、子も親を認め、男にうつつを抜かしたりはしない。 


771 名無しさんお腹いっぱい。 sage 2011/10/01(土) 20:25:28.78 
中古ってのが何がしか家庭に問題があるのを示唆してるのは同意だが 

>むしろ好きにしていいぞとか、彼氏はまだできないのかとか、 
それくらい言って一人暮らしさせた方がむしろ安全 

これはむしろ危険では? 
処女をそそのかす中古と同じ真似してるわけだし 
中古の誘いにくわえて親まで似たようなこと言ってたら 
余計に無駄な焦りを感じさせてしまうのではないだろうか 


772 名無しさんお腹いっぱい。 sage 2011/10/01(土) 20:47:13.26 
だから「むしろ」と言ってるんだ 

焦ってどうにかなる問題じゃない 
親が反対するようなことと認識させるのが逆効果から、 
それならむしろそう言えるくらいでいたほうがマシってこと。 

勿論ちゃんとした信頼関係を築けていればそんなことする必要はないが。 

2011-09-27

あの花は気持ち悪かった

それは、オタク童貞的なこじらせた身勝手恋愛感・世界観を全面肯定している様に感じたから。


あの花に出てくるキャラクターはどれも魅力的だし、青春群雄劇的な展開で流れる様に話を進める様とか、秘密基地とかの誰もが懐かしさを感じるファクターを入れてきたりとか、OP&EDテーマの曲は物語と凄くマッチしてたし、メンマは最終的には成仏してしまう事を物語前半から定時して、安易なハッピーエンドが無い事を示唆しながら、与えられたシチュエーションではベストと思える終わり方を提示していたと思う。

見ていて面白かったし、感動もしたけど、何でかラストは入り込めなかった。

それは、最後、みんなが独白するシーンが小舞台みたいな急展開で、そこで感情移入が少し途切れてしまったせいかな?とも思っていたのだけど、物語が終わってから色々考える内にそれだけじゃないなー、と言えてきた。

まだ考えがまとまりきってはいないので、チラ裏だけど、書いてみようと思う。


あの花を凄くザクッとまとめると、以下の様になると思う。

みんながメンマの死を負い目をきっかけにトラウマを抱え、疎遠になってしまう。

それを、メンマ黄泉帰りをきっかけにトラウマを解消し、関係性を再構築する、と言う物語

もちろん、他の要素もいっぱいあるけど、話を分かりやすくする上でそう言う仮定の下に話を進めたい。


各々が抱えたトラウマを、ストーリーを通して、徐々に視聴者に提示するなんてのは非常に上手だった。

このストーリー過程で、ポケモンを探したり、花火を上げたり、めんまのためにメンバーは色々行動を起こす。

ただ、めんま以外の超平和バスターズの面々は、極論をすれば、常に"めんまのため"より"自分のため"が上に来ていたと言う描写になっている。

しかも、それをメンバー同士で隠しているから、いつまで立っても昔の様に信頼感を築けない。

結局、それではダメだと言うのに気付いたのが最終話で、自分をさらけ出す独白につながる。

で、メンマ告白をして受け止めて貰う。

で、意味大円団

ただ、この独白の段と言うのがちょっと納得いかなくて、この時のみんなの行動って、結局、"めんまのため"に何かした訳じゃなくて、"自分のため"なんだと思う。

懺悔って、相手のためを思ってする事じゃない。

こう考えていくと、"自分よりメンマのためを思って行動した"と言う描写が最後まで描かれていない事に気付いて、驚愕してしまった。


これ、何かで見た事あるって考えたら、ヲタクとか童貞こじらせた人の恋愛感・世界観に似てるなーと思った。

具体的には問題を解決するのに、"自分努力する"と、"自分努力を無条件に受け止めてくれる人がいる"の二つの要素で解決が付く、っていう価値観みたいなの


例えば、恋愛をする際に自己承認欲求が強すぎて、自分コンプレックスを全て相手にさらけ出して、それを全て受け止めてくれる、みたいなのが恋愛だと夢を見てしまう。

付き合いたてとかちょっと仲良くなっただけなのに、コンプレックス丸出しの痛い長文メールなんかを送った事無いだろうか?

僕は良くそういった事をやって、ある時は相手が上手くスルーしてくれたし、ある時はそれをきっかけに疎遠になったりもした。

付き合いたてとか、そもそもそこまでの信頼感が無い時にコンプレックスを剥き出しにされるのは、相手に取って負担も大きいし、そもそもそれを受け止める義理も無い。

それを受け止めてくれるのが"好き"って事でしょう?って言うのは恋愛幻想を抱き過ぎだと思う。

もちろん、恋愛に限らず、人との関係性の中で自分を全くさらけ出さないのなんてのはつまらないけど、それは相手と重ねた時とか相手を大事にする事で、信頼感を築いて、それを担保に少しづつ自分を出していく事じゃないかと思う。

もちろん、所謂リア充と言われる共感力が人並みに働く人はこう言うのを無意識に行えるんだけど、ヲタク童貞恋愛を拗らせた人はこれが全く出来ない。

相手のために何が出来るのか?これを言ったら迷惑だろうかと言う視点リアルさが欠けてるし、欠けてる事にも気づけていない。


あの花に戻って考えた時、幼少期を一緒に過ごした仲であると言う点でメンマとみんなの信頼感の描写がある訳だけど、これは与えられた物であって、努力とか工夫をして築き上げた物じゃないよね。

あの花の話は超平和バスターズの繋がりがメインであるけれども、それを得るための他者への気遣いだとか努力とかが全く無くて、努力した点って言うのは偽りの無い自分をそのままさらけだす努力、っていう自分のための内向きの努力しか描かれていない。

じんたんの"人の事を常に考えて行動して、自分を抑圧してしまう"キャラクターに付いての描写も、実は殆ど無かったと思う。

勿論、幼少期のじんたんはリーダー格で、先頭に立ってみんなを引っ張ったり、みんなの面倒を見たりしていたんだと思う。

ただ、これらはたまたま何かのきっかけでリーダー的な立場に立った人が、みんなが望むリーダー的行動を何となく取ってたに過ぎず、やっぱり努力や工夫をして得た物じゃない。。

これは、立場を失った高校生じんたんが結局、他者のために何も出来ないし、自分の抱えている問題(不登校)すら解決出来てない事より明らかだと思う。

敢えて挙げるなら、あなるがラブホに行った疑惑の時にじんたんが立ち上がったシーンはそうだけど、何というかあれは主人公補正みたいな、まぁ主人公だったら、あぁするよね、と言うのが大きくて、アレだけで、じんたんが仲間のために努力している、と言う描写だとするのはちょっと無理があると思う。


何か色々散漫になってしまったので、繰り返すと、結局、自分トラウマを包み隠さず独白する(自分の枠の中だけで他者を意識せず努力する)→トラウマを受け止めてくれて大円団、と言うのがイマイチだと思うのだ。

努力が常に内向きにしか向かって無くてお手軽・身勝手過ぎるし、受け止めてくれる他者への視点が欠如している。

エンディングでじんたんが高校に通う描写が出てくるけど、これだって結局、不登校と言う自分の問題を解決したにしか過ぎない。

彼らが、自分自身のためだけで無くて他人のために何か生み出した事と言えば、メンマ家のトラウマ花火によって解消した事だろうか?あれは動機はどうあれ評価出来ると思うけど。

もちろん、主人公達は高校生なのだから、他者への視点不器用しかるべきなんだと思うけど、視聴者のオッサン達が感動しちゃうなら、もうちょっと考えた方が良いんじゃないかな?と思った物で。


逆に言えば、最初からメンマトラウマを受け止めてくれたら、メンバー努力する描写が無いから、花火を上げる段になっても自分トラウマを表に出せない→それじゃ解決にならない→やっぱり自分に正直にならなきゃいけない、と1段、下の状態からみんなをstartさせる事で、超平和バスターズの面々の努力表現している点は上手いなーと思った。。

けど、それは目くらましで、結局、努力が内向きにしか過ぎないと思うんだよね。

2011-09-11

鉢呂経産省ってどんな人だったの?

朝刊(日経)を読んだら「原発再開に向けて地元の説得に意欲を見せていた」「農業派なのでTPPでの調整役として期待されていた」と書かれていたので,

そういう立場の人なのかと思ったら「脱原発・反TPPなので言葉狩りにあった」とかいう話が流れていて,あれれどういうポジションの人なんだ?と混乱している次第です



調べた限り,現実的かつ比較良心的というか市民的(原発嫌だよね,農業も助けないとね)な立ち位置のようで.

「反原発・反TPP」と言い切るのはちょっと語弊がある気もするが,どちらかというとそのポジションのようで.

こういう人が能力的問題でクビにされるならわかるけど,「市民感情を逆なでる失言」でクビになるというのは,

なんか違和感があるというかなんというか.



まぁいまどきの政治家に最も求められる「あげ足を取られない能力」に問題があったといえばそうなんでしょうが..

■ TPP結論先送りを示唆 鉢呂経産相関税ゼロは非現実的」(産系ニュース@2011.9.4 21:51)

http://sankei.jp.msn.com/politics/news/110904/plc11090421530014-n1.htm

鉢呂吉雄経済産業相は4日、フジテレビ新報道2001」で、政府が11月末をめどとする環太平洋戦略的経済連携協定(TPP)交渉参加判断について「日本農業関税ゼロというのは農業経営を行うには現実的ではない。東日本大震災もあったか果たして11月が本当のタイムリミットなのか」と先送りを示唆した。

日本のTPP交渉、「世界の流れと別は難しい」=鉢呂経産相

http://jp.reuters.com/article/topNews/idJPJAPAN-23028920110905

鉢呂吉雄経済産業相は5日、ロイターなどのインタビューで、環太平洋連携協定(TPP)に対する方針について「日本経済世界の流れとは別にということは難しいと思っている」と述べ、交渉参加は不可避との認識示唆した。

鉢呂吉雄経産相「TPP議論、対立越える余地」 (産経ニュース@2011.9.6 08:02)

http://sankei.jp.msn.com/economy/news/110906/fnc11090608030001-n1.htm

--エネルギー政策の見直しの中で、原子力発電をどう位置づけていくのか

 「新設は難しいし、寿命がきた原発廃炉にしていくという方針は、首相とも共有している。既存原発の敷地内での新たな原発建設リプレース)もできないだろう。基本的には原発ゼロになっていく」

<中略>

--原発輸出という成長戦略への影響は

 「相手国との契約の中で輸出を続けていく。原発の稼働を停止しても原子炉管理は長い年月続き、技術的なものも続くので、必ずしも輸出ができないということではない」

<中略>

--環太平洋戦略的経済連携協定(TPP)についての基本的な姿勢

 「経産大臣になったわけだから日本全体の通商貿易担当として、あるべき姿を描いていきたい。TPPは『絶対反対』か『絶対推進』という議論に陥りやすいが、対立を乗り越える余地はある」

地元上関、困惑と評価 経産相発言、島根は明確方針要求 (中国新聞@2011/09/07)

http://www.chugoku-np.co.jp/News/Sp201109070070.html

島根原発3号機など工事が進んでいる原発の稼働については鉢呂経産相はこの日、「なかなか議論があるところだ」などと発言。島根県の溝口善兵衛知事は「国としての考え方を早く整理して」と、具体性を欠く政府姿勢に不信感を募らせた。「エネルギー政策は国の経済政策の根幹。政府は早く議論し、揺るぎない方針を」と求めた。

■ 鉢呂経産相:「原発の新規建設困難」発言 敦賀市長が不快感 /福井毎日新聞 2011年9月8日 地方版

http://mainichi.jp/area/fukui/news/20110908ddlk18010686000c.html

原発の新規建設は困難で、将来的に原発をなくす方針を鉢呂吉雄経済産業相が明言したことを受け、敦賀市河瀬一治市長は7日、「我が国の根幹に関わるエネルギー政策に混乱を招くものであり、誠に遺憾」と不快感を示した。

■ (西日本新聞朝刊@2011/09/08)

http://www.nishinippon.co.jp/nnp/item/262187

鉢呂吉雄経済産業相は7日、都内で記者団に対し、九州電力川内原発鹿児島県薩摩川内市)3号機増設計画など、建設に向けて手続き中の原発について「まだ建設に入っていないものは相当難しい」と述べ、あらためて建設推進に否定的な考えを示した。

■ 無念の経産相、辞任 (河野太郎2011年09月11日

http://www.taro.org/2011/09/post-1083.php

鉢呂経産相は、野田総理原子炉の新規立地はしない、耐用年数が来たものは確実に廃炉にするとの方針を着実に進めようとしていたし、それを実現するためのかなり大胆な人事を考えていた。

経産省内外の抜擢すべき人物の発掘を多方面に依頼していたし、ガンとよばれる幹部の異動も考えていたふしがある。

個人的にはかなり期待していただけに残念だ。

■ 鉢呂経産相辞任 記者クラブ言葉狩りされて (田中龍作@2011年09月11日

http://news.livedoor.com/article/detail/5852621/

小沢一郎氏の例が物語るように記者クラブ官僚の目障りになる政治家は陥れられる。鉢呂氏の場合脱原発と反TPP」が、記者クラブメディア官僚の機嫌を損ねていたことは確かだ。

2011-09-04

きれいはきたない、きたないはきれい

Fair is foul, foul is fair

中世イギリス魔女キリスト教によって排除された原始の教義、哲学解釈翻訳の問題、ともかくも多様に語られる。

この台詞マクベス冒頭の示唆であり、シェイクスピアがこの台詞意図を込めたことは間違いない。意図マクベス物語じたいによってひらかれる。

2011-08-13

思い

彼氏がいる。

夫もいる。

彼氏とは交際2カ月、夫とは結婚3年同居通算3年、交際から5年くらい。

彼氏がよすぎる。

店員に対する対応、二人でいるときエスコート、興味の範囲。

いちいちぐっとくる。

年が下であるから大目に見ているのだと考えることがふつうなのだろうけれど、

それを考慮にいれてあまりあると、おぼれたわたしは思っている。

でも夫との過去を振り返るに、交際2カ月のときにはやっぱり好ましいところしかないように感じていた。

話を聞いてくれるところ、彼の視点があるところなんかが好ましかった。

誰かからの乗り換えの恋愛を続けているから、今までにしてもらえなかったことがあるとうれしくて、夢中になっていたのかもしれない。

夫とのときも乗り換えだった。

その前もそうだった。

好きだから、態度に出したらそうなってたいつも。

そして今回も。

結局それって、与えられていた恋愛で、わたしはそのことでしか満足できないということを示唆しているのかな。

わたしの欲求を与えられる恋愛

向こうも常にわたしのことが好きだから

でもな。

会いたい、顔がみたい、触れたい、においをかぎたい、声がききたい。

ばかになってるわたしには、食欲とどう違うのかなとか、説明できない。

夫を知ったとき、このひとがいたんだ、と思った。

他の男に目をむくことはなかった。

二人で飲みに行っても携帯ゲームをするようになるまでは、夫に冷める気持ちはなかった。

単身赴任で会いに行き、帰りは泣いて帰るほどだったから。

冷める気持ちを自覚しても、きっかけがなかったから他に好きな人はいなかった。

でも

意識する相手ができ、行動を起こして、彼と向き合った今はひたすら離婚を考えている。

彼もわたしも、遊びのつもりだった。

居心地良いからもっともっとと、次を求めてしまう。

汚いと思わないのかと聞くと、「おれもひどいことしてきた」という。

でも違うのだよ。

法律ていうルールはきっともてないひとのためにあって、案外めんどうなものなんだよ。

めんどうでもクリアしたい。

彼と一対一になりたい気もするし、ずるいのでひとりになりたくもない?のか?

でも一人でも生きていけるように仕事をしてきているのだし

夫は友人としてはいいやつだから、大切にしたいし

決めるのはわたししかできないんだよなーとか、つらつらチラ裏でした。

2011-08-11

http://anond.hatelabo.jp/20110811100710

27 :名無しさんお腹いっぱい。:2008/08/07(木) 07:34:16

素人童貞>>>>>童貞は間違いないと思う

童貞は認めたくないみたいだけど、やっぱ大分違うぜ

31 :名無しさんお腹いっぱい。:2008/08/08(金) 18:39:37

これ等式記号だろ。素人童貞の方が童貞より偉いって

意味なんだよな。その後で、大分違うってどんな演繹

だよ。違いを知ってるから偉いって意味なのか?

だったら、どう違うか相対的な整合性を仮定しなきゃ

まったく意味がないよな。

人間ゲシュタルト感覚にまで及ぶ言及をするわけだから

個人的な経験則は無効だぞ。

ハイゼンベルグの不確定性理論とか知らないんだろ。

まあ本格的なバカみたいだから簡単に設問すると、

風俗オナニーよりなぜ気持ち良いのか、

科学的に証明しろ。

但し、射精する時の感覚絶対値と仮定する。

32 :名無しさんお腹いっぱい。:2008/08/08(金) 20:21:41

偏差値40台な感じでお願いしま

33 :レッペリ ◆LiWT5qNyJI :2008/08/08(金) 21:39:53

>>31

僕はその問題に少しだけ詳しいので知っていることを説明しま

あなたもご存知の通り、

風俗オナニーよりなぜ気持ちいいのかという設問は長らく論争の的でした

いまだに決着していないといってもよいその議論は

とりもなおさず生命とは何かということの定義あるいは自己複製へのイデオロギー確信

ついての実在論的なアプローチ歴史でもあります

世界中科学者研究者がこの人類に残された究極にして最後の謎、

洞窟の奥底にひたすら隠し通されてきた輝くべき聖杯を目指して

暗い闇の中を手探り状態で開拓しはじめたのが今から70年程まえです

話は少し長くなりますがやはりこの辺りから始めることにしま

一見、簡単に見える真実こそ証明するのが難しいものです

34 :レッペリ ◆LiWT5qNyJI :2008/08/08(金) 22:25:11

今 私の手元には一つの論文があります

著者はサイモンプライマー、題名が「断片の創造性にかかる自己複製への影響の解釈」という

当時まだまったくの無名だった生物化学者が記したものです

この科学論文が英国科学研究機構に提出されたのが今から71年前のこと、

当時この論文にはさほど科学的に重大な発見が記されているとは思われていませんでした

そこに書かれていたのは、自己複製の連続性つまり人類生命誕生における

遺伝子決定に関してたんぱく質が影響をおよぼす断片的な創造性の思想的な解釈でした

それはDNAの2重螺旋構造セントラルドグマとした当時のある種流行とも呼べるテーマでした

この全体としていささかインパクトにかける無名の生物学者が書いた論文

たった一行それはあまりにもさりげなくしかし後の科学にとっては非常に重要示唆が挿入され

それをあくまで直感的に解釈するプライマー言葉が短くしるされていました

それが以下、

「  素人童貞>>>>>童貞

 私はこの等式記号がただちにオナニー快感を否定するものではないことを承知するが

  さしあたって風俗での射精との関連についての演算的なゴールであることを定義するものであること

  を証明するための帰納的な一歩であることをここに記す」

でした。

ここに風俗オナニーに関する科学史の始まりとそして同時に終末が同時に記されたのです

あるいは当時この示唆はあまりにも大胆な飛躍ととられたのかもしれない。

しかし、このほんの小さな一陣の風の前に

一人の研究者が現れることで科学史は大きなうねりを持ち始めるのでした

37 :レッペリ ◆LiWT5qNyJI :2008/08/08(金) 22:41:12

意味はわからいかもしれませんけど、まだ始まったばかりですから

最終的に風俗オナニーよりなぜ気持ち良いのか科学的に証明するところまで

行くのにあと300レスは必要なんだしその頃には分かるんじゃないかと思います

38 :名無しさんお腹いっぱい。:2008/08/08(金) 23:00:36

ごめん終わらせちゃっていい?

挿入の快感オナニーはないから、でFA

39 :レッペリ ◆LiWT5qNyJI :2008/08/08(金) 23:05:39

天才だなお前

46 :31:2008/08/08(金) 23:30:56

ちょっと待ってくれ。

確かに俺は科学的に証明することを求めた。

それはあくまでスレットのタイトルである

素人童貞が聴く音楽」をユニタリ同値的な公理

演算するためだ。人間オスが射精に至るまでの

線形方程式、例えばハミルトン方程式のようなもの

証明できれば、精子時間依存であり、勃起ベクトル

時間発展しないことの証明になると考えたからだ。

>>37がやろうとしていることは生命科学だよな。

まり精子たんぱく質合成から始まって、

大脳辺縁系の性中枢にあるA10神経が駆動してから

勃起射精に至るまでを、DNAのふるまいで解読

しようというわけか?それを300レスで?不可能だろ、常考

おまえがやろうとしているのは疑似科学だ。

風俗オナニーより気持ちがいいという公理

捏造することもできない。

せいぜい南京大虐殺のような物語を書くぐらいか

47 :レッペリ ◆LiWT5qNyJI :2008/08/08(金) 23:58:58

>>46

君が>>31で設問したんだよ

風俗オナニーよりなぜ気持ち良いのか、

科学的に証明しろ。

>但し、射精する時の感覚絶対値と仮定する。

僕はそれを証明しようとしてるだけだし

それを疑似科学だとか言うならそもそも君の設問がナンセンスだってことになるよ

それに僕はオナニーでの射精から得られた精液から得られた微量のゲノムDNAサンプルと

風俗での射精から得られた精液から得られたゲノムDNAサンプルのRCA解析の結果を2次元下で

モデル化することで余剰次元素粒子標準の不明点は切り離せると考えてるし

あくまで演算的に設問を証明しようとしてるわけだから可視化力学的性質だけで

検出できない微小なプロセス物理的な効果も無視されるのがふつうだ。

君の考えていることとはベクトルがまるっきり逆だと思う

射精メカニズムを解析するのではなく射精された精液に含まれるDNAのふるまいによる

観察結果がおのずと回答を導くんだ。だから300レスで十分に証明可能なんじゃないか

48 :レッペリ ◆LiWT5qNyJI :2008/08/09(土) 00:07:58

間違えたPCRでの解析だ。RCAじゃヒッグス機構階層性問題の内部対称性が示せない。

超対称性を取り入れた標準モデル拡張性の大きな強みは、粒子とスーパーパートナー

双方から仮想の寄与があるとき超対称性によって仮想フェルミオンと仮想ボソンそれぞれの量子補正

実現できるてことになるから。とにかくRCAじゃなくてPCRでの解析を比較します。

49 :名無しさんお腹いっぱい。:2008/08/09(土) 00:24:32

読んでて頭が割れそうだ。

2011-07-21

http://anond.hatelabo.jp/20110721161557

今回の件も内容は全然大したことないんだよな。

酒の場で裏話的なことをちょっと漏らしたってことが示唆されてるだけ

はっきりとした発言の内容の暴露もないし、問題になるほどのことじゃない。

結局チャラい男と飲みにいってたのがネットイナゴの気に障ったか

あれこれ屁理屈つけて叩かれてるんだよね。

2011-07-12

馬鹿どもにガイガーカウンターを与えるな!

拙者チキンなれば匿名にて。

昨晩も同じようなことをちょっと書いたが、反響は全くなかった。まあ、それはいい。

http://with-c.sakura.ne.jp/meguro_kodomo/?p=116である

今日twitterをチェックしたら(http://p.tl/vRZl)、「すばらしい」とか「拡散希望」とか(こんな情報拡散してどうするんだよ)。肯定的な評価ばかりで、タイトルにあるようなことを書いている奴はいいかった。それどころか「マトモな人間出会った♬素晴らしい事だ!」なんて書いてる奴もいる。馬鹿の癖にどこまで上から目線なんだよ。

この測定結果の何が問題なのか。まず有効数字が多すぎるが(3桁も取れるわけがない)、このことは測定グループ学生実験レベルの知識および経験が欠如していることを示唆している。「内部被曝ホットスポットを特定しました」などと書いているが、もともとの線量が小さい上にホットスポットとそれ以外の場所の差はごくわずかであり、「それ本当にホットスポットなの?測定誤差じゃねえの?」という疑いを持たざるを得ない。また、地表での測定線量を「内部被曝想定線量」と勝手定義しているが、乳児を砂場で遊ばせるならともかく、小学生は恒常的に地面をなめたり匍匐前進して地表の埃を吸入したりすることはないから、あまり意味のある定義ではない。そして、地表5cmにおける無遮蔽状態のガイガーカウンターの測定値を最大空間線量と称してμSv/h単位で発表しているが、これは非常に問題のある行為である。この値を外部被曝量の判断に使うべきではない。

他にもあるがきりがないので、いいところもあげておく。その妥当性はともかくサイトに測定手順が記述されているし、それによるとγ線測定の際はちゃんとアルミカバーをつけている。わざと突っ込みどころを用意する、いわゆる「釣り」ではないのだろう。

だが、善意の測定者にしてもデータの信頼性や解釈に疑問がある測定結果がtwitteで持ち上げられたり、他の学校に広げようという動きは非常に気に入らない。こういう連中に応対する先生方には本当にお気の毒としか言いようがない。

そんで「目黒こどもを守る会」のみなさんは除染かいって水かけてブラシでこすってるみたいだが、問題になるレベルの放射性降下物でも同じことするつもりなのか。それ単に広がっちゃうだけじゃねえか。次回は水+重曹グリセリン除染します、だってさ。セシウムを鍋の焦げ付きか何かと思っているのか。

2011-07-11

まどか☆マギカサブタイトルについて

まどマギについては、既に山のような論が出ているが、個人的には、どんな理屈をつけようと、「きちんと作ってある事」につきると考えている。脚本にしたって、演出にしたって、ありきたりなクリシェ依存せず、必要な事を必要なだけ作成し、丁寧に作り上げたことが、あの作品を十分鑑賞に耐えるものにしている。その中から、今回は副題を取り上げてみたい。

通常、副題を付ける一番簡単なやり方は、その回のアウトラインをまとめてしまうこと。その方法は、モーニング編集長によって、まとめられている( http://togetter.com/li/58023 )。

まずは比較として、セーラームーンの副題上位12話を挙げて見る。

  1. 泣き虫うさぎの華麗なる変身
  2. おしおきよ!占いハウスは妖魔の館
  3. 謎のねむり病、守れ乙女の恋する心
  4. うさぎが教えます!スリムになる法
  5. 妖魔の香り!シャネーラは愛を盗む
  6. 守れ恋の曲!うさぎキューピッド
  7. うさぎ反省!スターの道はきびしい
  8. 天才少女は妖魔なの?恐怖の洗脳
  9. うさぎの災難!あわて時計にご用心
  10. 呪われたバス!炎の戦士マーズ登場
  11. うさぎレイ対決?夢ランド悪夢
  12. だって彼が欲しい!豪華船のワナ

とまあ、大体その内容を示唆する単語が含まれ、舞台、または主題がおおまかにわかるようになっている。

これと同じ手法をまどマギに当てはめてみると、こんな感じになる。右には比較として実際のタイトルをつける。

  1. 謎の転校生 → 「夢の中で逢った、ような……」
  2. 黄色い髪の魔法少女 → 「それはとっても嬉しいなって」
  3. 巴マミ悲劇 → 「もう何も恐くない
  4. 美樹さやか、変身す → 「奇跡も、魔法も、あるんだよ」
  5. 上条におきた奇跡 → 「後悔なんて、あるわけない」
  6. ソウルジェム秘密 → 「こんなの絶対おかしいよ」
  7. さやか絶望 → 「本当の気持ちと向き合えますか?」
  8. さやか魔女になる → 「あたしって、ほんとバカ」
  9. QB魔法少女 → 「そんなの、あたしが許さない」
  10. 暁美ほむら過去 → 「もう誰にも頼らない」
  11. ほむら、決戦へ → 「最後に残った道しるべ」
  12. 鹿目まどか決断 → 「わたしの、最高のともだち」

見ればわかる通り、実際のタイトルは何も作品内容を示していない。タイトルだけでは、何が起こるのか、いっさいわからない。じゃあ何から付けられたかと言えば、作品の中で登場人物の感情を最も表現するセリフから取られている。

ということは、サブタイトルについては、おそらくは最初に仮タイトルがつけられ、最後まで脚本が書かれた後から、改めて付け直された思って良い。つまり、一度サブタイトルを再検討する時間がきちんと割かれているという事だ。それだけ適切な時間をかけた作品である事がこの事からわかる。

こういう事が、「作品に手を抜かない」ということなのだ。

2011-07-10

初音ミクLAライブ外国人感想その4

http://anond.hatelabo.jp/20110707195830

 初音ミクLAコンサート外国人感想その4。今回は初音ミクという存在についてかなり真正面から書いたものを紹介する。筆者はコンサートだけでなくアニメエキスポで行われたいくつかのパネルにも参加したようで、日本から行った関係者の発言も引用しながら初音ミクとそれを取り巻く現象に関する考察を述べている。これを読めば「初音ミクとは何か」について一通りもっともらしい話ができる程度の情報が盛り込まれた、なかなかいいまとめだ。

 urlは以下の通り。

http://behind-the.nihonreview.com/20110707/virtual-diva-hatsune-mikus-popularity-and-the-sound-of-the-future/

+++++以下勝手翻訳+++++

仮想の歌姫:初音ミクの人気と未来音色

 ヴァーチャルディーヴァ(仮想の歌姫)になるということは、正確にはどういう意味を持つのだろうか? 初音ミクの人気について真に理解できるようになる前に、彼女が正確には何者なのかを確認するのがおそらくは最適だ。しかしながらこのテーマは思いのほか扱いが難しい。最も簡明な言い方をすれば、彼女は明らかにセガヤマハによって発展してきた音楽制作ソフトのために藤田咲の声を録音しデジタル化した商品のパッケージ用にデザインされたキャラクターだ。だが同時に、彼女が本当の意味では存在していないという主題もそこにある。我々がミクの歌について話している時、我々は厳密に言えば生きていないものに対して隠喩を使っている。思うに初音ミクとは我々が理解しているより遥かに複雑なものなのだ。

http://www.anime-expo.org/

 アニメエキスポ2011は間違いなくミクの全てを取り上げていた。ミクノポリスは、それがノキア・シアターで行われ、かつ売り切れた唯一のものであった点だけを見ても、明らかに週末最大のイベントだった。他のゲスト――クリプトンメディア伊藤博之佐々木渉ダンスロイド、及び小林オニキス――はミク登場のおまけとして呼び寄せられた。アニメエキスポコンベンション全体のテーマに「ファンの年」を選んだのは、ただのお遊びではない。結局のところボーカロイドは、ヤマハの剣持秀紀マネジャーコンベンション3日目のパネルMirai no Neiroで言及したように、ファン、製作者、及び消費者の間にある障壁を切り裂いている。

 ミクがいくらか人間っぽい性質を備えているのは明らかだが、同時に彼女存在メカニカル機械的)かつヴァーチャル(仮想的)でもある。歌姫という用語は、技術的な能力をほのめかしているのみならず、高い人気という意味示唆している。だがミクの人気はピンポイントで捉えるのは難しい。小林オニキスアニメエキスポ2011の2日目にミク・カンファレンスパネルで発言した内容によれば、彼女の成功は3つの要素に拠っているという。ミク自身、制作過程での自由さ、そして世界規模のインターネットだ。私がオニキスの判断に異論を唱えないのは確かだが、彼の指摘した3つの点をさらに分析すれば初音ミク存在について興味深い事実が判明すると思う。

看板娘としての初音ミク

 トヨタ初音ミクカローラCMを巡る謎がついに明かされた時、トヨタ特にアニメエキスポを念頭に置いて若い客に対する濃密な市場調査を行ったことが判明した。トヨタアニメエキスポ2011に2台のitasha(アニメゲームキャラを描いた車)、スタッフチーム一そろい、車の前でミクのコスプレをする可愛い女性、そして小さなカローラの絵の上で可愛らしく微笑む子供のようなミクを描いた何千枚ものポスターを持ち込んだ。ミクはただソフトに特色を出すため作られたキャラに過ぎないという事実にもかかわらず、彼女自動車企業の公式看板娘となるのに充分なほど人気があった。アメリカにおける市場性存在にはかなりの疑問があったものの、この宣伝活動はミクにとって大きな一歩だった。

 初音ミクの生まれは、実際にはどこの馬の骨とも分からないものだ。彼女は、自身が市場に出ることとなった新しいVocaloid2シリーズの、箱に描かれたイラストとしてその生を始めた。つまるところ、それが彼女の全てだ。だが、日本中の製作者たちが楽しく、突飛で、面白い歌を書き、彼女を描いたり動かしたりすることで彼女性格を付け加え始めたため、彼女はすぐ自らの命を手に入れた。最終的に彼女イメージにはネギが伴うようになった。

 これがなぜ重要なのか? ミクが東方シリーズに出てくるキャラとどれほど似ているかについては、おそらく指摘する必要もあるまい。ゲームに出てくるキャラの多くが極めて限られた背景情報しか持たず、それゆえにキャラ性格をさらに発展させるため製作者とは無関係にファンダム自体が自由に想像をめぐらせる余地があるという事実に、東方厨の一部は対応してきた。同じようにミクの仕様存在する欠落は、歌やビデオという形式をまとった小さな物語の発生を許し、それが巡り巡って単なるキャラを超えた命の有り様をを彼女にもたらした。彼女は利用者が作り出す製品の力に具象化された肖像であり、概念だ。

科学技術としての初音ミク

 そのインターフェイスは、比較的直感的に使える。音楽用語を使う代わりにこのソフトは、メロディーを生み出すためピアノ音程と一致したいくつかの棒の上に長い音符を置く。ピッチテンポ製作者の目的に合うように変更でき、ビブラートと発音も自由に変えられる。完全な楽曲を作るため、ドラムピアノギターなど追加の伴奏も付け加えられる。

 ヤマハの音声技術開発チームを率いた剣持秀紀によれば、初音ミク作曲家歌手にとって伝統的に必要なものを補完する革命的なソフトの顔を務めたからこそ、ヴァーチャルディーヴァなのだという。ミクは、かつてデジタル楽器がやったのと同じように音楽世界のあり方を変えたソフトだと、彼は主張する。それが楽譜制作だけでなく、自然言語における発話パターンの複雑さまでまねしようと試みていることを踏まえるなら、おそらくそれ以上のものと言える。

 剣持はプレゼンの際に彼の議論の核心を効果的に実証してみせた。まず彼は、人間の耳とって自然な音をボーカロイドに生み出させるのが、どれほど困難かを説明した。次に英語ボーカロイドソフトSweet Annを使い、極めて短時間ハッピーバースデーメロディーを生み出してみせた。そしてボーカロイドは単純に人間の声をコピーしようとしているものではなく、その特別な性質故にある意味音楽未来を示しているのだと強調した。極めて広範囲なジャンルにふさわしいものにするため、ライブラリを変更することができる。人間の耳が言葉を理解できないほど速いレートで音を生み出すのも可能だ。どんな歌手より長く引き伸ばして歌うこともできる。最も有名な初音ミク曲の一つ、初音ミクの消失を見るだけでいい。ボーカロイド史の比較的初期段階からソフトが持つこれらの側面を製作者が上手く利用していたのは明らかだ。つまりボーカロイドは、その人間に似たヴォーカルと同じくらい、その機械的側面も売り物になっていたのである

 プロ音楽家アマチュアの双方に販売されることで、ボーカロイドは間違いなく伝統的に音楽存在した境界線を壊し、比較音楽知識の乏しい者たちが数千から数百万ものビューを稼ぐ歌を作り出すのを可能にした。アーティストだけでなく、ネットに詳しい個人がよく知っている視聴者に合わせた歌を作ることもできるようになった。

大衆文化としての初音ミク

 ニコニコ動画日本におけるボーカロイド活動の主要拠点であることは否定できない。この動画シェアサイトには、他の種の動画ランキングに加えて人気のあるボーカロイド曲のランキングもある。つまりミクの成功は、彼女自身と製作者あるいはソフト能力だけではなく、日本ユーザーが新たに作られた歌に関する集計された情報を見つけるのが容易である点にも依存している。

 ミクの人気は彼女の声だけにとどまらない。ボーカロイドコミュニティーから抱き合わせニコニコ上に出てきた他のコミュニティー、例えば「Utattemita」(歌ってみた)、あるいは「Odottemita」(踊ってみた)などは、それらの人気故に今やニコニコメーンページにある案内バーにそれ自体のカテゴリーを載せるまでに至っている。国境を越えたアニメ及びゲームコミュニティーへのウイルスのようなミクの拡散は、製作者及びファンの双方で似ている情報拡散能力に頼っている。

仮想の歌姫

 最初の質問に戻ろう:ヴァーチャルディーヴァとはつまり何か?

 ミクの「仮想性」は要するにオニキスの言う1番目と3番目の要素に起因する。彼女世界中の数百数千という人々の想像力に根っこを持ち、一方で彼女の側は人間としてのどのような制約も持たない、骨格だけのキャラだ。同時に、インターネットにおけるファンに基礎を置いて成長するボーカロイドコミュニティーには、それを統制する法的な枠も基盤も僅かしかないという事実故に、彼女著作権問題から比較的影響を受けない。実際、利用者が生み出しファンが作り出す素材に対して日本企業が示す寛大さは、英語を使うユーチューブコミュニティーが慣れ親しんでいるものに比べれば衝撃的なほどに大甘だ。技術的にも、誰もが歌わせることのできるミクの束縛のない能力は、有名になるためどんな歌姫にも必要とされる人気と広い支持とを提供する。

 理論的にはミクのスターダムへの道は、彼女が完全に作り上げられたキャラではなく、その中身が欠落しているという点にある。オタクの行動様式とポストモダンにおける消費パターンに関する東浩紀の著作から引くなら、ソフトの利用者が作り出した歌と動画に描かれた個人的で小さな物語を生み出すためのデータベースとしてボーカロイド初音ミクが使われている。同時に人間の声を合成することで達成された技術的偉業が、音楽産業内における伝統的役割に新たな裂け目をもたらした。あらゆる種類の消費者製作者、ファン、音楽家、個人的技術者が、あたかも300年前にルソーが思い描いた政府のように有機的なコミュニティーへと参加している。

 初音ミクとは2つの面を持つ現象だと私は主張する。ミク自身は、情報的に遍在する世界の中にいる個人たちの行動様式に根ざしており、世界コミュニティー総体想像力によって生み出されている。一方、ソフト技術革新による製品で、それは技術がミクの成長にどれほどの役目を果たしているか過小評価するのが間違いであろうと言えるほど、過去にあった境界を超越してのけた。

 ミクノポリスの会場で照明が落とされ、初音ミク最初ステージに姿を現した時、聴衆の中で数千のファンが上げた叫びを誤解することは不可能だ。堅実で具現的な光学幻想を生み出すスクリーン投影され、ミクはボーカロイド商品の箱を彩る二次元画像という起源からサイエンスフィクションポップスターへと素早く進化する。来るべき年月におけるボーカロイド発展への将来性を踏まえるなら、Mirai no Neiroパネルこそまさに新たな造語にふさわしい:「未来音色

 The Nihon ReviewAnime Instrumentalityはアニメエキスポにおけるミク関連のリポートを協力して提供する。コンサートそのものに対する詳細な報告は、Anime Instrumentalityに掲載されているzzeroparticleのエントリーをご覧いただきたい。

http://blog.animeinstrumentality.net/2011/07/mikunopolis-hatsune-miku-live-in-los-angeles-concert-report/

脚注

 使用画像Pixivにある。この画像コミケット80で使われたことについて、Moccyにお祝いを申し上げる。

http://www.pixiv.net/member.php?id=191242

 この週末にアイデアを論じるという楽しみを分かち合った数十人、同僚のライターであるShinmaruとEternal、同じくAlex Leavittと、そして日本へ戻ったミクノポリス/未来音色スタッフに、心から感謝を。

http://dph.ninja-x.jp/index.html

 ミクについてよく知らない人へ、ネット上には利用できる多数の英語資料がある。おそらく外国コミュニティーを本当に制限している唯一の問題はニコニコ動画への簡単なアクセスができない点であろうが、十二分な興味を持っていくらか賢い検索ユーチューブで行えば、ニコに投稿されたほとんど全てを見つけだせる。

+++++勝手翻訳終了+++++

初音ミクLAライブ外国人感想その1「再生約束」逐語訳

http://anond.hatelabo.jp/20110707195830

初音ミクLAライブ外国人感想その2「再生約束フリーダム

http://anond.hatelabo.jp/20110708223459

初音ミクLAライブ外国人感想その3「ミクノポリスのボカレタリアートたちよ、団結せよ!」

http://anond.hatelabo.jp/20110709211718

初音ミクLAライブ外国人感想その5「オレはAXには行ってないけど、まあとにかく……」

http://anond.hatelabo.jp/20110711212701

初音ミクLAライブ外国人感想その6「ミクノポリス:7月のクリスマス世界征服

http://anond.hatelabo.jp/20110712205546

初音ミクLAライブ外国人感想その7「AX11:ミクノポリスの印象」

http://anond.hatelabo.jp/20110713211501

初音ミクLAライブ外国人感想その8「ミクノポリスコンサートリポート

http://anond.hatelabo.jp/20110714210122

初音ミクLAライブ外国人感想その9「アニメエキスポ初音ミク

http://anond.hatelabo.jp/20110715222900

初音ミクLAライブ外国人感想その10アニメエキスポ2011(抄訳)」

http://anond.hatelabo.jp/20110716194029

初音ミクLAライブ外国人感想その11世界彼女もの初音ミクはいかにして全てを変えたのか」

http://anond.hatelabo.jp/20110717201147

初音ミクLAライブ外国人感想その12アニメエキスポ2011でのボーカロイド体験」

http://anond.hatelabo.jp/20110719031316

初音ミクLAライブ外国人感想その13「ミク:日本ヴァーチャルアイドルメディアプラットフォーム

http://anond.hatelabo.jp/20110719203237

海外blogに載っていたクリプトンインタビュー

http://anond.hatelabo.jp/20110723142345

2011-07-07

再生約束 初音ミクLAライブを見た外国人感想その1

 初音ミクのLAコンサートに関して、Promise Of Rebirthと題したそこそこ長い感想外国人が書き込んでいた。正直、随分と難解な表現が多く、翻訳も怪しげになってしまった。書き手のHN(wintermuted)を見るに、本来なら黒丸尚風に訳すべきなんだろうが、とても私には無理。とりあえず訳してみたのを置いておく。無断翻訳なので匿名で。誤訳はあると思う。

 なお原文のurlは以下の通り。

http://animediet.net/commentary/mikunopolis-at-ax-2011-promise-of-rebirth

+++++以下無断翻訳+++++

Mikunopolis、アニメエキスポ2011:再生約束Promise Of Rebirth

 メガゾーン23に出てきた謎めいたヴァーチャルアイドルの原型たる時祭イヴがSFにおける一種の狂信的比喩として想像をかき立てる場面に現れてから四半世紀強ののち、昨夜のアニメエキスポにおける比類なきイベントMikunopolisがちょっとした進化的な跳躍を成し遂げた。西洋におけるこの概念の最も著名な派生例がアル・パチーノの穏健な映画シモーヌ]、及びウィリアム・ギブスンほとんど遺伝的に接続された精神小説あいどる』]を通じた形をしていることを踏まえるなら、数千人のファン(及び間違いなく好奇心旺盛な連中)がオタク世界デジタル彼女アンドその友人たちと伴にロサンゼルスノキア・シアターをほとんど埋め尽くすなんてのは、まだまだ先のことだと考えらていたに違いない。不可解にも外部に広がった走査線からケミカルライトネギその他に鮮やかに彩られた通路に至るまで、それはリン・ミンメイだけを認める歓迎の場であった。今なお振り払っている最中である土曜夜のイベント後の残響は、かなり深い思考を私にもたらした。

 いつもカリスマチックなダニー・チューによる紹介と、それに伴うダンスロイドの形をしたリズム点火係は、その先に待っているものの興味深い味見役を果たした。この前座は、おそらく秋葉系(Akiba-kei)の空気に慣れていない聴衆にとって、何が次に来るかを示す重要リトマス試験紙だ。このショーを準備する時間ほとんどなかったことが見て取れる点が、これが日本直輸入製品であり、一見客に対するちょっとした警告にもなっていた。私自身が見いだした特に重要な点についてはすぐに述べる。

 既に日本で有名になっていたコンサートの形式をカンニング済みだった客の大半は、青緑色の髪が次々と繰り出す人気のある曲と、目がくらむようなライブ伴奏(39s Giving DayのDVDで演じたオリジナル奏者の大半、及びこの有名なディスクには含まれていない弦楽器奏者の面々)の混合物を味わった。その間ずっと聴衆は大いなる称賛のためリズミカルケミカルライトを振り、その動きが最後まで全公演を通じて見られたのは心強かった(こうした行為、及びその概念に対する彼らの長く続いた反応は、米国の聴衆にとっては奇妙に思われるものであることを、私はこの場で認めなければならない)。ボックス席に座り、ステージから1階席、クレーンカメラ、そして複数のカメラで撮ったHDスクリーンハイライト映像まで含んだ全景を見る。多くのミクのファンかつアーティストが作った聴衆が親しんでいるヒット曲、World is Mineやポッピッポー、サウンド[ママ]、ロミオシンデレラ、その他多く(どこかでミラクルペイントを彼女に演じて欲しかった)は、オープンソースな現象がほんの3年でどれほど広がったかを示している。そして特に歓迎された巡音ルカ鏡音リン&レンの登場は、観客の熱狂をさらに高めた。センターステージに置かれたほとんど透過性のスクリーンに跳ね返るホログラフィックな投影機は、時にミクが踊りながら少し両端に近づくたびにその限界を示したが、同時にこの海外遠征の短い命に対する理解を伴ってある種の魅力ももたらしていた。

光とサイバー化の見世物

 こうした話を正しい文脈の中に置くため、ちょっとした歴史を思い出そう――小さな子供だった私は、おそらくは地元の祭に毎年来ていたレーザーライトを使ったショーを見に行ったおかげでそれを一つの起源として啓示を受け、1980年代初頭に芽吹いてきた新たなテクノロジーに興味を抱いた。そのショーとは、要するに空気で膨らませたドームの中で音楽に合わせて行われたレーザーペインティングで、客は入場料を払い、床に置かれたたくさんのクッションの一つに腰を据えて15分から20分間、まばゆい光の列と、ミッシングパーソンズトーマスドルビーなどのアーティストの曲に合わせたアニメーションを楽しんだ。今となっては原始的ものに思える――ミュージックPVはいうまでもなく、コンピューターが生み出すアートアニメーションにつながる想像まで至るには長い道のりがあった。また、こうした地味な傾向が存在しなければ、84年のマクロス映画における楽しいコンサートシーンもある種心を揺さぶるほどのパンチ力は持たなかったと敢えて言うこともできる。私が思うにそれは時代の刻印であるが、同時にライブエンターテインメントがどのように変化していくか数十年にわたる発展を知らせるものでもあり、おそらくは音楽芸術の愛好者がいずれはあるところで分裂に至ることまでも示唆していた。

 なぜならこの時代に育った者にとって、アナログからデジタルへ向かう音楽の傾向が何か恐るべきものとみなされ、音楽業界で排斥されたことが一般的な心象として残されているからだ。子供の頃にクラフトワークデペッシュ・モード、ジョルジオ・モロダー、YMOやソフトセルなどのファンだった者にとっては、誰かがシンセサイザーの人工性を嘲り、音楽自然さを殺すと聞かされるのは珍しくもないことだった。そしてこの議論の中に何粒かの真実が含まれているとしても、それは一方で、当時は多数のコンピューター故障の懸念とショーを乗り切るためだけに間違いのない注意深さを必要としたこれらのかさばったキーボードから音を創り出す人間努力と創意工夫を、台無しにしていた。最終的にこの否定的な議論は多くの未来音楽及び演奏形式に付きまとい、興味深い結末をもたらした。それはまたミクのライブ伴奏をこれほど楽しく必要な要素にもした(ギター黒田晃年、ベース田中晋吾、ドラム折田新、キーボード安部潤――言及すべき弦楽器部門を除く。いずれもとても素晴らしい)。スタジオミュージシャンは、あらかじめ簡単に録音することもできる演奏に大いに心をこめることになる。新たな道具を愛するアマチュア音楽家と、伝統的なものとの融合実験によって、このショーはさまざまな要素を混ぜたある種の喜んで受け入れられるシチューとなり、ときにいくつか二級品の歌があったにもかかわらず、既存の姿ではなく可能性を約束するものとして機能していた。――以上がショー全体で私が本質的に感じたことだ。

 誰も見失わなかったよう望むのなら、この最終目標へと向かうDNAを手に入れることが私にとってベストなのだろう。なぜLAのショーはこれほど意義深いのか、そしてVOCALOID、ミク及びこのようなショーが持つ主要な意味あいとは何か。

ジッグラト[古代メソポタミアの塔、バベルの塔]の崩壊:ポップの民主化アイドル思想の終末

 さてこれは真に落とし穴的な回答である。なぜならアイドル歌手という概念及びヴァーチャルアイドルに伴う必然的結末まで考えを煮詰めるからだ。我らが今いるのは現実に近づいたキャラクターアニメーションの時代というだけにとどまらず、オープンソース化した大衆文化の可能性がある時代でもあり、我々はオタクの領域を超えて全く新しい何物かになるまで成長しうるアイデアをおそらく目撃している。YAMAHAが今年のNAMMショー[米国で開かれる楽器展示会]で多用途VOCALOIDを紹介したのを見ても、現状はメディアを通じた古い分配モデルが不可避の断末魔を上げるところに達したと敢えて見なせるように思える。スペイン製のソフトから取りだした一つのアイデアを、音楽作成のための輝かしい新たなモデルへと広げ、そして数が多すぎ、時に厄介な日本アイドル歌手業界を考えた場合に多数の集団に働きかける天才の発案に過ぎないマーケティングにまで、拡大する。終わりなき競争、怪しげな才能、さらに怪しげなマネジメント、生死にかかわる健康上の危険、類似性、そして夢想を維持してほしいというファンからの圧力に満ちた困難な人生――そう、こうしたマーケティング方式とファンに駆り立てられた神話が混じり合って音楽スーパースターたちにかくあるべしとする任務を押しつけるのは、それこそVOCALOIDにとって理想シナリオだ――しばしば置き換え可能で、派生的、はかなく、言うまでもなく消耗品であるミューズたちが、変化もましてアイデアも嫌う文化産業のために存在している。

 考えてもみてほしい。マイルズ・ダイソン言葉を言いかえるなら、これこそ決して疲れることなく、興奮状態にもならず、二日酔い仕事に出てくることもないアイドルだ。彼女はショーを続けなければならないことを知っており、一瞬のうちにコスチュームを変えられる。何よりファンが歌を作り、バンド彼女の横で演奏しているという2つの理由で、その歌は偉大である。過剰な荷物と期待を持つことなく、アイドルが実行すべきだと期待されるあらゆることをする能力を自ら持つミクの存在そのものが、ある種の輝かしいアンチテーゼなのだ。彼女は文字通り、何でも人々の望み通りになれる。汗一つかくことなく。

 そしてこれほど目立つ歓迎を伴う西洋への紹介は、日本人にとってだけではなく夢を共有できる分野を長く求めていた世代にとっても何か極めて特別なことの始まりであり、過保護にされることなくさらなる発展が期待できる約束されたスタートだ。そしてこの夜の感動的な聴衆たちから判断する限り、長きにわたる憧れはついにその実を結んだようだ。

 イヴシャロンレイ……君たちの歌がますます現実に近づいてきた……

+++++無断翻訳終了+++++

 言うまでもないがシャロンマクロスプラスシャロン・アップルレイギブスンの小説に出てくるヴァーチャルアイドル投影麗(Rei Toei)である

 

初音ミクLAライブ外国人感想その2「再生約束フリーダム

http://anond.hatelabo.jp/20110708223459

初音ミクLAライブ外国人感想その3「ミクノポリスのボカレタリアートたちよ、団結せよ!」

http://anond.hatelabo.jp/20110709211718

初音ミクLAライブ外国人感想その4「仮想の歌姫:初音ミクの人気と未来音色

http://anond.hatelabo.jp/20110710234300

初音ミクLAライブ外国人感想その5「オレはAXには行ってないけど、まあとにかく……」

http://anond.hatelabo.jp/20110711212701

初音ミクLAライブ外国人感想その6「ミクノポリス:7月のクリスマス世界征服

http://anond.hatelabo.jp/20110712205546

初音ミクLAライブ外国人感想その7「AX11:ミクノポリスの印象」

http://anond.hatelabo.jp/20110713211501

初音ミクLAライブ外国人感想その8「ミクノポリスコンサートリポート

http://anond.hatelabo.jp/20110714210122

初音ミクLAライブ外国人感想その9「アニメエキスポ初音ミク

http://anond.hatelabo.jp/20110715222900

初音ミクLAライブ外国人感想その10「アニメエキスポ2011(抄訳)」

http://anond.hatelabo.jp/20110716194029

初音ミクLAライブ外国人感想その11「世界彼女もの初音ミクはいかにして全てを変えたのか」

http://anond.hatelabo.jp/20110717201147

初音ミクLAライブ外国人感想その12「アニメエキスポ2011でのボーカロイド体験」

http://anond.hatelabo.jp/20110719031316

初音ミクLAライブ外国人感想その13「ミク:日本ヴァーチャルアイドルメディアプラットフォーム

http://anond.hatelabo.jp/20110719203237

海外blogに載っていたクリプトンインタビュー

http://anond.hatelabo.jp/20110723142345

2011-07-06

http://anond.hatelabo.jp/20110706113446

震災対応の不備、支持率の超低迷、辞める事を示唆した発言(辞めることを臭わした政権では外交もままならない)

不祥事大臣任命責任、いくらでも言ってると思うけど。

「俺は聞いたことなーい」ってか?

それかどうせそんなことは大したことじゃないとか抗弁するんだろうけど。




ていうか本気で与野党の追及が甘いからとどめをさせないとか思ってるの?

もうとどめはとっくにさされてるんだよ。追求の刃でハリネズミ状態。

震災の影響で総選挙が難しい中、解散を人質に取ってソンビとして居座ってるだけ。

物理的にとどめをささないと退場しないかもね。

2011-06-24

あるネット上の炎上の話。

どうしてこの憎しみを晴らすことができようか。(否、晴らすことはできない)



動画共有サイトyoutubeアップロードされた「いじめ動画」は2chネラーの心に火をつけた。

すぐさま、特定、晒し、中傷、電凸が行われ、まさしくいじめ加害者達は大衆による私刑を受けようとしている。



僕自身、いじめ動画を見て憎しみを覚えた。

この話を書くにあたってもこの憎しみが原動力になっていることは否めないが僕達自身は冷静にならないといけない。



僕達が人格人間であり尊厳を持ち、また、他者の人格を尊重するなら、つまり人間であるなら、

そう簡単に、その憎しみを個人的には晴らすべきでない。



まず彼ら(被害者加害者も両方)を傷つけることを避けることは一番の至上命題にしなければいけない。

少なくとも、被害者をないがしろにする正義は君だけの正義にすぎず、被害者からしたらむしろ迷惑だ。

加害者を傷つけることを避けることはもはや不可能だが、それでも注意を払わなければいけない。

人間であるかぎり、例え殺人者であろうと人格を尊重すべきなのだ。

そして未だ彼らは子供であり、未発達であり、更生の余地があることを考えると余計慎重にならなければいけない。


私たちは、相手が不正義すなわち悪ならば、何をしてもいいわけではない。

冷静に対応するということは、冷酷に残酷対応するということではない。

フェアに、彼らがどういうミスを犯してしまいどう償うべきなのか、そして被害者はどう対応してもらいどう保護されるべきなのか、

それを議論し考え、僕らの立場からは集団的圧力、非難として諭すのである




いじめた奴を徹底的に潰せ」。ただ単にこう暴言を吐くだけではいじめはなくならない。



あなたが通った学校でもいじめはあったでしょう?私が通っていた学校でもいじめはありました。


いじめを防ぐために学校はどういう対処をすべきなのか?一切の揉め事をもみ消すべきなのか?喧嘩は許すべきなのか?いじめをどう定義するのか?社会に出て生じるいじめとどう折り合いをつけるべきなのか?

私たちがより良い社会を作るために、それぞれの価値観を持ち寄りどうすればよくなるのかを議論し改善することができるはずだ。





もちろん非難も大切な行動の一つだ。

社会的制裁は悪というものを全人類に知らしめ、今後同様の悪をすれば実態を伴うリスクがあることを示唆する。

しかし、非難一辺倒は、単なる集団の暴走に終わり、彼らの生活基盤を破壊するだけに終わる。


感情は行動の原動力となり、巨大な圧力となる。圧力は他者の行動を変え、未来はより良い社会に向かうかもしれない。



暴言を吐き嫌がらせをし違法動画拡散し、子供を中傷する人間は、いじめ加害者となんら変わらない。

むしろ、そういう陰湿ないじめをする人間いるからこそ日本学校職場いじめがなくならないのかもしれない。



目には目を、では世界盲目になるだけだ。

弱い者ほど相手を許すことができない

許すということは、強さの証だ



そして、加害者にはもう一度チャンスを与えるべきだ。

もし、今までの罪をあらため今後同様の罪を犯さないならばのうのうと無かった事のように生活をする権利を与えるべきなのだ。



いじめは悪である。非難されてしかるべきものである

加害者を最終的に許し、のうのうと暮らさせることはいじめを許すことにはならない。


我々が悪意と誹謗中傷だけに終始すればするほど、彼らは私たちを脅威とはみなすが、話は聞かなくなるだろう。

結局は問題はうやむやにされ、再発防止策は甘く、「いじめ」をこの学校だけの問題に終わらせ、被害者は報われず、そんなことにさえなりかねない。



この動画はいじめ動画じゃないという人が居るかもしれない。

本当の所はいじめられた本人にしかからない。

彼が嫌だと思っていたとしたらいじめだし、まったくもってそうじゃないならいじめではないかもしれない。

しかし、現状、彼から本当の事を聞くことは不可能だ。

学校からの圧力もあるだろうし、世間体もある。



だいたい、いじめと悪ふざけの境界線なんてないのだ。

最初は悪ふざけで相手も嫌がってなかったものでも、簡単にエスカレートいじめになる。

被害者は内心いやでも友達付き合いもあるし言い出すことが出来ない。


ただ僕は、このじゃれあいの不公平性と、彼の表情から実質的いじめであろうと判断したにすぎない。


でも、僕自身もいじめをしたことはある。

彼は僕のことをどう思っているかしらないが、僕自身は親友だと思っていたし、幼なじみだった。

そんな彼に対し、僕は毎日登校時に、彼の後ろに周り、靴のかかとを踏むのだ。

今思えば、あれはいじめだったと思う。本当の親友であれば、そんな悪ふざけなんてしないはずだ。

僕は彼をおもちゃとして遊び、人格を踏みにじったのだから僕自身も反省しなければいけない。


往々にして、多くの人はいじめに関わっている。

明らかな差別いじめ暴力をする人もいるし、同調圧力に負けて結果的にいじめに加担する人もいる。



いじめが悪いことだと知っていることを、それを止めることが出来るかは別問題だ。

塾でそれなりに中の良かったA君とB君は、エアガンの貸し借りで揉め、A君はB君をいじめるようになった。

受験を控えたある夜、極めつけにA君はB君の腹をおもいっきり蹴り、それ以来B君は塾に来なくなった。

B君は最後最後蹴られるまで笑っていた。B君にとってA君は友達以上の友達だったはずだ。

その後、A君自身も、B君をいじめて塾を辞めさせたというレッテル事実)を貼られ、クラス全体から、「無視」、「関わらないようにしよう」「陰口」という新たないじめに会うことになる。


僕は終始、傍観者だったし、受験前だったから極力関わらないようにしていた。つまりはいじめに加担したということだ。


その1年後。僕はいじめられていたB君と電車の中であった。

その時はいじめがあったこともB君の名前すら忘れていて別の友人の名前を出してしまった。

「よぉ、ひさしぶりやな尾崎

「あ、、、あれ、、、もしかしてC君!!!!」

「誰やねん。」

「あれ?C君だろ!?」

「違うわwwBだよ」

「あ!!Bかwwww塾で一緒だった。」

「Cって誰だよwww」


みたいな会話だった気がする。

ちなみに、B君の実名はもう忘れた。



いまの僕はどちらかというといじめられる側にいるが、運良くいじめられずには済んでいる。

いまなら、相手をおもちゃとしてではなく、一人の人格として尊重することもできると思っている。

でもいじめを止める自信はやっぱり無いなぁ、、、。



からさぁ、俺達はもっと違う対応のしかたが出来ると思うんだ。

なんていう話はいじめられたことの無い人間幻想かもしれないね

2011-06-20

[]続・タイケン学園の評判

http://anond.hatelabo.jp/20110620084145の続きです

昼、コメントに付けましたが、今季加盟した社会人クラブチームウェルネス魚沼(魚沼市)の母体である日本ベースボールセキュリティ専門学校(同)が、裁判沙汰になってしまいました。

今朝の新潟日報・朝刊の社会から。例によってWebには掲載されてないので要点を抜粋します。

同校は昨年4月に開校しましたが、施設や授業の内容が事前に説明されたものと異なるとして、昨秋までに同校を中退した元学生9人が、同校を運営するタイケン学園(東京都練馬区)を相手取って、学費の返還や慰謝料など計2,400万円の損害賠償を求める民事訴訟新潟地裁起訴しました。

訴えを起こしたのは、県内をはじめ5府県に在住する19~27歳の男女9人で、いずれも昨春、同校のベースボールプレーヤー科に入学しましたが、いずれも中退しています

訴状によると、同校は入学案内などで「硬式用の野球場が2面、屋内練習場完備」などとしていたものの、実際には「広神野球場など周辺の公営球場を借用し、屋内練習場も無かった」とし、また課程についても「野球指導論、審判論などは講義が行われていなかった」と指摘した上で「杜撰な運営のため、充分な教育を受けられなかった」と、学園側の債務不履行を主張しているとのこと。

対するタイケン学園は「相手方は事実誤認がある」として、全面的に争う姿勢示唆しているそうです

結局、新潟社会人球界にはガチ存在しないのか?

http://dynamite-shikoku.halfmoon.jp/459459/archives/2005/03/post_71.html

2011-06-17

結婚したくてもできない男 結婚できてもしない女 [単行本] 白河 桃子

http://www.amazon.co.jp/dp/4763194364

読了




水準の低い日本の男ではなく世界男性に目を向けようという

この内容の示唆するものは大きい。

たとえば中国でも韓国でも、結婚適齢期の男女比は大きく男性余りになっている。

比較的ましな韓国でも女100に対して男119)




狭い日本に留まらない広い視野の持ち主にとってあと必要なのは

やはり語学力、そして海外文化に飛び込む若干の勇気なのだろう。




まずはなるべくたくさんの今結婚に悩む人がこの本を手に取り

視野を広げることからはじめてくれたらなと心から思う。

2011-06-15

自殺者は負け犬軽蔑すべきだという思想に毒されたおばさん

おまえ絶対にカトリック教徒だろ。

http://togetter.com/li/149253


突っ込みどころ多すぎてtwitterじゃ追いつかん。


まず最初からおかしい。まとめ人は男に無神経なことを言われて傷ついたみたいなことを言ってるけどどっちもどっちじゃねーか。

1:自殺するのは圧倒的に男性が多いって話してたら、

2:「女は子供を産むから強いので自殺しないんだ」と言ったひとがいた。

3:こういうもっともらしことを言う人がいるんだよね

でもこの女性にはその自覚が全くない。

あんたが最初に「自殺するのは圧倒的に男性が多い」で男を挑発したんだろうが、と思う。

それで売り言葉に買い言葉で帰ってきた文句に対して

「女は子供を産むから強い…みたいなアホなこと言われるとむかつく」と返す自意識の強さが半端ない。



きっと1の前にもなんらかの文脈があったのだと思う。そこを省いているからそう思うだけかもしれないが、

自殺ニュース連鎖自殺を招く可能性がある。もう、ダメだ…と思っていたひとに、「こんな方法もある」と示唆してしまう。他の人もやっているし…という思いが後押しもする。だから、騒ぎすぎるのは危険だと思う

から1に飛躍するためには、どこかしらで

女のほうが強い、あるいは最近の男は貧弱だってニュアンスで話をしていたのではないかと思われる。

もしその場にいたら、皮肉で2のような台詞をいう男がいても私は別に驚かない。

器が小さいとは思うが、それだけ女側が根拠もなく飛躍した論理をぶって問題なしの空間ならば、だ。



そして、男が2といったからといって

男をけなすためだけに「自殺するのは男が弱いから」的な論理を物その無神経さを考えると

どう考えても女性側のほうが駄目な人間だと思う。

アホなことをいってるのはどっちですかね、と。




しかしそんな些細なことよりも根本的に気に入らないのはこの場で行われた空間は、

「生きることが絶対に正しい」って前提で話してること、いい変えると自殺者に対する実に冷ややかな、差別的な目線を感じるってこと。

自殺ニュース連鎖自殺を招く可能性がある。もう、ダメだ…と思っていたひとに、「こんな方法もある」と示唆してしまう。他の人もやっているし…という思いが後押しもする。だから、騒ぎすぎるのは危険だと思う

どんだけバカにしてるんだと思う。

気の使い方が実に女性的というか実質が全くない。全く訳がわからない。

それで自殺者のタメを思ってるというポーズでも取りたいのだろうか。全く役に立たないのだけれどな。

これ「エロ雑誌とかロリコン雑誌を見てる奴は衝動的に犯罪を犯す」と同じくらい無理解から発された発言なんだけど、全く自覚無さ気だな。

むしろ自分は思慮深い人間だとでも思ってそうなところがホント腹立つ。




自殺は負けですか。忍耐力が足りない人間が、私だったら耐えられる苦境に耐えられないで死ぬ情けない現象ですか。

ああそうですか。

お前がそう思うならそうなんだろうよ。

頭は良いのかもしれないが、デリカシーが欠如した女性である

想像力は豊かなのかもしれないけれど、社会問題を語るに最も不適格なタイプ人格だ。

おとなしくその綺麗なものしか見えない脳みそで、美しいけど人の心に訴えかけない物語を作り続けておいてほしい。

2011-06-11

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20110611-00000642-yom-int

ウェブサイト上に、「我々は大軍団だ。楽しみにしていろ」と書き込み、報復攻撃を示唆した。

世界中から協力者を募集、大量の情報を送り付けてコンピューターをダウンさせる手口を使う。

これだけ見ると2ちゃんねらーと変わらないんだけど

2011-06-09

http://anond.hatelabo.jp/20110609084242

文化全体の話は修辞的な話で、主張の根幹は歴史勉強しろって話なのだけどね。

なら

「こういう歴史(具体的に)を見てほしい

「この歴史示唆する正しい道はこうだから腐女子はこうすべきだ(具体的に)と提案したい」

って書けばよかったんじゃん?

ただそれだけのコトを語るのにどしてこんなに文字数がいるの?

ねえ。

必要なコトをもっと具体的に書いて要らん部分削れば

文字数半分以下になったんじゃないの?





くっだらねーこと長々書いておいてそこ中心に笑われたからって

「そこは修辞的な部分で根幹じゃないの!」とか、後から言い出してもさあ…。




もっと清潔な文書く癖つけましょう、

ぐらいしか掛けるアドバイスが無い。

2011-06-08

http://anond.hatelabo.jp/20110608192758

残念ながら

自分の説得力の無さを言葉の威力で補うヤカラがいっぱいいすぎて

自由も人権市民ファシズムナチス差別ほとんどの言葉神通力が大幅に減じるか、胡散臭いイメージがついてしまった。




本当にそういう言葉が指し示す概念を大事にする、もしくは重大視する人は

それらの言葉を大事にして、1ミリでも言葉の威力を増した状態で次の世代に手渡すべきだったんだけど

実際には言葉を振り回して使い倒してスッカスカにしてしまから

もうみんなそんな言葉聴いても笑うだけだし、次の世代に受け取り拒否されることまである




威力を減らさない・増やすやり方も一応書いておくと

それはもちろん「決して鞘から抜かない」ことに他ならない。

から抜かない状態で示す、もしくは鞘すら表には出さないで示唆する…




まあそんな芸出来る知性があったらそもそも振り回さないだろうけど。




(なんか例が政治的な用語ばっかりになっちゃったけど、政治と関係ない日本語もそうだよ。

 たとえば「号泣」なんて、大の男がウワワワーッ!て泣くような、見てる人間全員が怖くなるようなものを本来指す言葉なんだけど

 テレビ女性タレントがくっだら無いことでメソメソ嘘泣きするのを「号泣!」って宣伝欄に書くようになって随分過ぎてしまった

 もう「号泣」って言葉の本来の意味イメージや威力は消え去ってしまった。

 低学歴なんかは本来の言葉を元々知らずに最初からテレビのあれを「号泣」だと思い込み、この先死ぬまでそうだろう)

- 転職ならen
- 派遣ならen
9ページ中1ページ目を表示(合計:215件)