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はてなキーワード: ネガティブとは

2016-09-25

両親は高学歴だったけど今思うと言語能力はとても低かった気がする

問題説明してくれないのにネガティブ感情だけをぶつけられることばかりだった

女「最近彼氏と別れました」

最近婚活サイト登録したんだけど、とにかくプロフィールの冒頭にこの彼氏と別れたアピールしてる女が多い。

からしたら最近まで彼氏がいて別れたなんてネガティブ要因でしかないんだけど、一体何を考えてこのアピールしてるの?



ちなみにこれを冒頭に突っ込んでくるプロフに多い特徴は、

プロフィールが充実してない

相手に対する希望はやけに充実してる

自己紹介文は「彼氏と別れた」「真剣結婚を考えてる」「○○な人希望」ぐらいで極端に短い

2016-09-23

学校一言も発することのできなかった暗黒時代

いま思い返してもただただ悲しくなるが、

小3から小学校卒業まで学校の連中と

文字通り一言も交わしていなかったという暗黒時代がある。




きっかけは、親が強制的少年野球チームへ入団させたことだった。

野球のものは好きだったが、ああいう「集団で何かをやる感じ」とか、

「ノリを求められる雰囲気」とか、とにかくああいうのが大嫌いだったんだ。





少年野球への入団は当時の自分にとって相当な精神ダメージとなり、

周囲に大きな壁を作り始めた。

チームのやつらとは当然口を聞かなかったし、

次第に学校友達とも話さなくなった。

少年野球の奴らに、学校で話していることがばれると

なんかやばい気がしたんだ。





喋らなくなるとそれはそれで厄介な状況になる。

「無口」「無口」「無口」

周囲に罵られる日々。

表情もなかったし、あれは軽度の鬱だったろう。

小3まで遊んでいた友達とも疎遠になっていった。





ある日、ひとりだけいた友達と話しているところをクラスメイトに見られてしまった。

増田くんが喋った!!!!」なんて大騒ぎされるもんだから

それでまた心を閉じてしまう。

そのうち学校ではその親友とも話せなくなった。

まさに八方塞がりである






それでも小学校卒業を迎えるころになんとか立ち向かおうと奮いたち、

中学のころには少し話せるようになった。友達も少しできた。

中学校卒業を迎えるころには、高校ではもっと話せるように頑張ろうと奮起し、

相変わらず友達は少ないながらもまともに会話できるようになっていった。

大学に上がるころにはもう調子に乗っていて、

今でも飲み屋馬鹿騒ぎしたり旅行にでかけたりできるくらいの大切な親友ができた。

彼女もできた。







社交性を取り戻したといったけど、正直なところ今でも

人に壁を作る癖は治っていなくて、心を開くのに最低2年はかかる。

グループ」に属するのも慣れなくて、

社会人にあがってから孤立した状態で、

数人の心許せる同期と飲みにいくような具合である





そろそろオチをつけたいわけだけど、

あの無理やり入らされた野球、結局高校まで続けていたんだ。

鬼監督には罵られるし、先輩にはボロカスに言われるし、

後輩には馬鹿にされるし、同期ともノリについてけなくて孤立して、

あの雰囲気はどうしても好きになれなかったけど、

野球は好きで、ずっと続けた。






そのおかげで半端ない体力がついたし、

高校野球をそれなりに厳しい環境で耐え抜いたみたいなところは、

なんの取り柄もない自分評価してもらえる唯一のポイントになったりもしてる。






親も、息子にまともな社交性を身につけさせたいと思って入らせたらしい。

というわけで、今は親にも野球にも誰にも恨みもなにもなくて、

結局は自分生来ネガティブ性格根本的な問題なんだと思う。





ひん曲がった性格だけど、こんなんでも付き合ってくれる友人にはとても感謝している。





いま同じように学校で周囲に馴染めない子やもしかしたら話すこともできない子も

いるかもしれないけど、こんな自分でもまともに社会でやってけてるわけだからいまは耐えよう。

殻にこもったままでいい。自分がその気になったときまで待てばいい。

その時に思いっきり殻を破ってやればいい。心臓バクバクするけど財産になるよきっと。

2016-09-22

ネットにいる人達とは違う世界にいるのかもしれない



アトピーゾンビの扱いがネット現実では違いすぎる。

現実にいる人間は全員アトピーゾンビに対して敵意と悪意と軽蔑と冷笑と侮蔑嘲笑差別を向けている。

非健常者であるアトピーゾンビの居場所はないし発言権もない。

現実ではさんざんだったから、ここに書き込むときも、「ユーザーからめっちゃ叩かれて、運営にBANされるんだろうな」と思っていた。

コメント観るのも怖かった。現実で言われた嫌な言葉が羅列されているのだろうと思っていた。

実際見てみたら、まともなコメントが沢山ついていて驚いた。

それまでネガティブ言葉しか浴びせられてこなかったので脳がそれらの言葉理解するのに酷く時間がかかった。



PCの中の住人はアトピーゾンビと同じ世界にいるとは到底思えない。

しかしたら別の世界線の人間なんじゃないかと思う。

アトピーゾンビもそっちの世界線にいきたい。

この世界線は地獄だ。敵しかいない。親も生徒も教師も敵だ。最悪だ。

2016-09-21

http://anond.hatelabo.jp/20160921080258

そこは妄想カバーよ。そういうネガティブなことは抜いた後に考えろ。抜くまでは何より勢いが大事。その子プールから上がったばかりで仮設トイレなんやかんやで一緒に入って、股コキしてもらう妄想すればグッバイ精子よ。

2016-09-20

http://anond.hatelabo.jp/20160920163016

ムーディー警察です。

moodyとは「不機嫌な」「憂鬱な」「気分屋(塞ぎ込みがち)な」といったネガティブ意味で使われる形容詞です。ムーディーブルース憂鬱ブルースです。

「甘いムードのある」みたいな意味とは全く正反対なのでご注意ください。

2016-09-19

映画聲の形感想ネタバレあり)

いじめの様子を目の当たりにして、僕は劇場に来たことを後悔した。

原作である漫画は全巻読んでいて、事の結末まで全て把握しているはずだった。

それでも、イラストだけでなく映像という形で視聴する事で、これが初めて観る作品であるかのような衝撃と胸が締め付けられるような感覚を得た。

「このままだと孤立するぞ」と事前に忠告をしていた将也。

筆談ノートで授業の内容を伝えようと奮闘していた植野

手話を通してコミュニケーションを取ろうとした佐原

最後に硝子に抱き合ってくれた川井

いじめを招いてしまった当事者のみんなも、いじめに対し悪気は無かったのだと思う。

けれども、将也を中心とするいじめは次第にエスカレートし、植野はそれを一緒に楽しみ、佐原は辛くなり途中で逃げ出し、川井は見てみぬふりをした。

川井台詞は後の将也に対するいじめの決定的な理由を作った。)

高価な補聴器の紛失と故障きっかけとなり、硝子は転校し硝子へのいじめは収まった。

ただ、いじめの矛先は将也に切り替わっただけで、硝子へのいじめが明るみになった事が、いじめのものを無くす方法にはなっていなかった。

将也と硝子の自殺未遂共通していた未遂の発端は、2人の弱さにもあったと思う。

いじめられ孤立し周りが見えなくなった将也。

作中、周りの生徒の将也に対する誹謗中傷台詞は、将也自身の声が当てられていたが、卑屈で自意識過剰になった将也のメンタルが反映されていたと思う。

また、自分へのいじめは見て見ぬふりが出来たものの、想い人が嫌な目に遭っている事に、ついに耐えきれなかった硝子。

小学生の当時から生きやすいように、自分にとって都合の悪い部分から目を逸していたものの、それを直視せざる得ない状況になって限界を迎えてしまった。

決して2人だけが悪いという話ではない。

かと言って、誰が悪いというわけでもない。

コミュニケーションのぎこちなさが、微妙な噛み合わなさが、作中の登場人物が置かれたいびつ状態を作り上げてしまったと感じる。

ただ、2人に関わった人達が硝子の未遂と将也の転落事故きっかけに少しづつ変化し、将也の通う高校学祭を迎える事となる。

そこで、ついに将也の雨空のような視界が晴れやかとなった。「×」が付いていた周りの人達の顔から「×」が全て剥がれたのが、将也自身の心境に変化が生まれ証拠だろう。

硝子についても、植野に対して手話で「バーカ」と言い返していた。人に対し言いたいことをきちんと言えるような人に変化したのかもしれない。

物語終盤は、2人の未遂を乗り越えて成長した人たちの様子が描かれていたが、同時に視聴者である僕達の変化も期待されているのかもしれないと感じた。

この作品におけるいじめは、身体障害を持つ硝子の身にのみ起きたものではなく、健常者である将也の身にも起きた。

聴覚障害という硝子の身体障害きっかけではあったものの、それが無いと起こり得ない話だとは感じられなかった。

作品の中で植野は「西宮最初からいなければ良かった」と硝子に対して直接言ったが、後にその植野自身手話を覚えたという事実だけで、硝子のネガティブ気持ちはだいぶ軽くなっていたと思う。

聴覚障害者、ひいては身体障害者が持つ障害という名のちょっとした壁を、たったそれだけをきちんと考慮し、周りの人が受け入れ取っ払おうと努力する事が出来れば良い話なのかもしれないと感じた。

それは身体障害者だけではなく、他の極一般的な人たちに対する差異理解にも通ずるものだと思う。

万人がそういった感覚を持つことが出来れば、いじめは無くせると思う。

そういった理解を助けになったこの作品を視聴することが出来たことは良いと思えた。

もう当初の後悔は無い。

知り合いに人の悪口しかいわない人がいるんだが

その人にとって悪口ネガティブ行為ではなく

ポジティブ行為自己原動力になっているように見える

その代わり周囲から悪口しかいわない人としか見てもらえてないけどね

そして悪口言う割りに本人はそれほど何かが出来るというわけでもないことがバレバレだったりする

知り合いに人の悪口しかいわない人がいるんだが

その人にとって悪口ネガティブ行為ではなく

ポジティブ行為自己原動力になっているように見える

その代わり周囲から悪口しかいわない人としか見てもらえてないけどね

そして悪口言う割りに本人はそれほど何かが出来るというわけでもないことがバレバレだったりする

ライフステージが違うということ

久々に会った親友に「雰囲気が変わった」と言われた。

外見の変化ではなく中身の変化らしいが、奥歯に物が挟まったような物言いだったから、その変化は彼女にとってネガティブな変化だったのだろう。

彼女にこのセリフを言われるのは二度目だった。

私は、会話を続けながらも、少しずつ気分がどんよりしていった。

**********

私はある地方都市高校卒業までの18年間を過ごした。

中高はその都市私立の一貫校で学んだ。

地方中高一貫校とは首都圏のそれとは大きく異なる。

頭が良い子が行くところではなく、富裕層の子が行くところだ。

実際、私が通っていた中高でサラリーマン家庭の子は数えるほどしかいなかった。

彼らの親はほとんどが医師薬剤師弁護士社長だったし、私の父もそうだった。

私たちは、その地方都市では自らは最も幸福人種であると信じ込んで6年間を過ごした。

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話がそれたが、久々に会った彼女はその頃から親友だ。

楽しいことも苦しいことも分け合ったし、どんな些細なことも共有した。

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その後、私たちは別々の大学入学した。

彼女地元ではない地方都市私立大学へ、私は東京大学へ。

遠く離れても最初大丈夫だった。仲良くやれていたと思う。

年に1回は2人で海外に行ったし、住んでいるところは離れていたが、3ヶ月に1度は会っていた。

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でも、就職活動辺りから色々なことが拗れてきた。

当たり前だが、私たちは同じようには就職活動ができない。

受ける業界も、企業も、大きく異なったし、学歴フィルターも目の当たりにした。

私は地方都市出身コンプレックスに思うようになったし、自分がただのお山の大将だったことにも気付いた。

から必死努力した。

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彼女に初めて「雰囲気が変わった」と言われたのはその頃だった。

彼女就職活動が上手くいってないことも感じていたし、反面、私のそれは順調そのものだったから、その言葉は上手く躱せた。

私が内定をもらったところは特殊業界だったし、学歴早慶以上の人間しかいなかったから、鼻についたのかもしれない。

とにかく、私はその時彼女より余裕があったから、色んなことを飲み込んだ。

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その後、彼女も何とか内定を貰い、私たちはそれぞれ大学卒業した。

卒業旅行は2人でハワイに行った。楽しかった。

社会人生活も頑張ろうと誓い合った。

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就職してからは、サービス業休みが不定期な彼女と、激務な私とでほとんど会うことはなかった。

会っても年末年始地元帰省した時に少しお茶する程度だった。

昔みたいに海外旅行に行くどころか、近況を報告する余裕すらなかった。

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そして今日彼女東京に遊びに来たので、1年ぶりにあった。

なんとこの1年で彼女彼氏を作り、仕事を辞め、同棲を始め、婚約したらしい。

おめでたいことだ。

そっちはどう?と聞かれるのでありのままを話した。

仕事のこと、恋愛のこと、お金のこと。

そこで言われたのが、冒頭の「雰囲気が変わった」というセリフだった。

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私の仕事地位彼氏学歴貯金、全部、これらは私が死ぬほど努力して手に入れたものだ。

私は今の自分を愛してるし、誇りに思っている。

今の環境感謝しているし、これからもっと成長したい。

常に最高の自分アップデートしながら生きる。

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雰囲気が変わった」

このセリフ自分否定されてるような気がした。

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多分彼女と前のように親しくすることはないだろう。

もう生きる場所が違うのだ。

お互いにないものねだりを続けても仕方がないけど、きっと会ってもどんよりするだけだ。

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このブログ彼女に直接言えないヘタレな私からの別れの言葉だ。

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親友だった彼女、今までありがとう

2016-09-18

何事をもすぐに批判する逆接大好き人間

ぼくはすぐにものごとを批判してしまう癖がある。どうでもいいことについてすらも。

ラーメンおいしかったよね」「確かに。ちょっと辛かったし麺はのびてたけどおいしかった」

「これすごくない?」「ほんとだ!すごい!あぁここがもっとこうだったら素晴らしいのに」

「いい映画だったね」「わかる!ただあそこの場面のあれは謎だったなぁ」

こういった有様だ。



そのくせ自分批判されると滅法弱い。

「みてみて!」「すごいけどこのへんダメじゃない?」「それはそうだけど……」

と相成って、これはまたなんという非対称性



批判箇所は脊髄反射で見つけてしまいがちだ。

特に人が大層喜んでいると、それはまぁ水差し野郎で「そうだね。でもココがコウ」と、純粋共感できない。

最近ようやく省みて、自分のこういった言葉を恐るべき頻度で発していることに気がついて、自分なりに改善しようとしているのだが、



相手「よくない?」自分「う、うん……(でもここが……そんなにいいかなぁ……?)」だとか

自分「これすごい!!」相手「ふーーん。そうなの?」だとかそういう会話になって



だんだん雰囲気苦痛を帯びてくる。

で、こういったことが何度もあったからか、いよいよ考えが煮詰まって、果ては人に自分意見を言わず、ただ話を聞いて共感botになるだけでいいのではないかとすら思うようになった。

批判すると「あいつは嫌なやつだ」と思われて、いざとなって意見を聞いてもらえぬような気がしてならない。

別段他人に嫌なやつだと思われても構いはしないが、さすがに全人類全員敵などという状態はご免蒙りたい。



ただそれにつけても個人的に譲れない話題では

「いやそれは違う。絶対に違う。なぜならこうこうこういう理由があって、それもうんたらかんたらという理由がある。もしその通りならばこうなってしまってそれはどうにも不都合だ」

と咎めるように言って、相手を窮させ、意見封殺してしまうことが多い。

そうなると空気が最悪になることはいくらぼくでも理解はできるので、相手反論してこなくなれば話題をぼくから変えて、それはもう蒸し返さない(ように努力はしているつもりだが実際できているか不明

もちろんぼくが間違っていたときは「あ、ぼくがまちがっていました。○○さんの言う通りでした」と言っているハズだ。



それからエクスキューズしておくと、心理学で「ダメなことを先にいって褒めるといいよ」という某があるとは知っていて、事実その通りだと思うが、これはあれだ。

意識の違いに因るものなのだろうと思っていて思うように実践はできていない。一応試みてはいる。



「コップに半分しか」と言われると「半分もあるじゃん」と言いたくなり

「コップに半分も」と言われると「半分しかないよ」とネガティブにさせたがり

わたしってバカかも」と聞くと「いやキミは全然バカじゃないよ。だってこんなところもあるじゃないか」と褒めちぎりたがり

わたし天才かも」と聞くと「お前のどこが天才なんだ。こういうことやこれさえもできないじゃないか」と侮辱したがり

「これはまずい」と言われると「まずいけど、これだけはマシな味だった。まずいけど」とこぼしたくなる。

そして言わねばストレスになる。言いたくて言いたくてたまらなくなる性分だ。



とりわけ上から目線で「こうすれば?」と言われると、無条件で反論したがってしまう。

「いやそれは違う」と言ってから違う理由を考えるといった様。嘲笑されればされるほど「絶対言う通りになどするものか」となる。

から、ぼくを思い通りにコントロールするには「勉強なんてやめて遊びに行けよ」「飯はもっとゆっくり食えよ」「女なんて最悪だから結婚なんて絶対するもんじゃないぞ」に準ずることを言えばいいと思う。



まぁそれはともかく、自分人格の起因は、自分の褒められ体験の少なさかもしれないと分析していて、

これをどうにかこうにかして補正すれば人格的に高位になれるように思えるのだが、何か良い解決策はないかと詮索している。

そもそも人間不信なので、人の意見を速やかに取り入れられない。

「いつも一言多い」と彼女に言われたときに「む、確かに。またやってしまった。もうしわけない」などとうそぶいていて、これは改善兆しだと思うのだが、どうだろうか。

2016-09-16

http://anond.hatelabo.jp/20160914211740

ぜんぜんしっくり来ないわw

3-5分の動画をいくつも見ながらコンテクストを蓄積していく文化と1時間40分ドカンと見て終わりの文化が地続き的につながってるとどうしたら思えるんだよ。

観客にアンケート取ってみろよ、『カゲプロ』のようなPV映像を期待して見に来たんですかって。そんなやつひとりもいねーよw

年号近いもの適当にならべて一席ぶつのってエアプ系のオタクがよくやるけど、元増田はその口だな。

なんでこんなバカみたいにヒットしかっつーと単純でプロモーションを大量投下したから。

これまでの新海作品と比べ物にならないぐらいCM見るわ。

内容も『秒速』に代表されるようなネガティブポエミーじゃないからな。モロ大衆向け。そこが合致した。

けっきょく川村元気の手柄が大きいんだよ、お分かり?

筋肉に全てを解決してもらうために筋トレしてみる

30代前半、身長170cm、体重75キロ仕事デスクワークでほぼ机から動かない。

運動といえば通勤に5分くらい自転車のって1時間電車のるくらい。つまりほぼ運動していない。

自炊はせずコンビニ弁当やチェーンの牛丼カレー屋ばっか行ってるので当然のように太った。

過去に重度のうつ病を患い、慢性的不眠症で疲れやすい。

人付き合いは苦手で仕事以外で人に合うことが殆ど無い。

毎日のようにネガティブなことが頭に浮かび、怒りがこみ上げたり不安になったりの繰り返し。

年を追う毎に集中力が無くなっていき、映画最後まで見れない。



はてブしょっちゅう筋肉は全てを解決する」というセリフを見かけるので

全てを解決するために筋トレを始めてみる。



内容はプッシュアップバーで腕立て、腹筋ローラー、うつ伏せで両手でタオル持って前後に動かして背筋。

これらを各十回ずつ2日に1回やるだけ。



食事特に変えるつもりは無いけど、糖質はなるべく摂り過ぎない。

朝に完全食COMPを飲む。



1ヶ月後に全てが解決してたら継続解決しなかったら辞める。

2016-09-15

ナコルルを「アイヌ」と呼ぶ理由

格ゲーを遊んでいる人にとって、ナコルルはいわばアイヌ代表選手だ。

例えばオリンピック中国人選手がすごい活躍をしたら、「中国は強かったぞ」という感想つぶやく人がいるだろう。いちいち個人名を呼ばないのはよくあることだ。ナコルルアイヌと呼ぶのはそれと同じである

今回は「アイヌ殺す」だったか問題になったけれど、「アイヌは強すぎだわw」とか、「やっぱりアイヌナンバーワン」とか、ポジティブな内容だったらどうであろうか。

  

  

  

ところで、これは格ゲーに限った話ではないが、日本には直接に人の名前を呼ぶことを避ける文化がある。

特に「殺す」「死ね」とか「うざい」「むかつく」というネガティブワードをつけるとき、はっきりと名指しすることは憚られる。そういうとき職業服装民族性格などの属性を表す隠語を使う。

まり、「ナコルル殺す」と言ってしまうと、ナコルルに対する悪意がむき出しとなり、それを言う方も聞く方も抵抗があるのだ。ゲームキャラクター愛着があればこそ、ナコルルを名指しで殺すという言い方にはひっかかると思う。

ブコメ等では「アイヌと言わずナコルルと言えばいい」という意見を見かけたが、私は全く賛成できない。もちろん「アイヌ殺す」はヘイトスピーチとの混乱をまねいて不適切というのも分かるが、直接に名指しするのは無粋だからやりたくないというゲーマーは多いと思う。解決策があるとすれば、「べつの隠語を使ってください」というところではないか

2016-09-13

http://anond.hatelabo.jp/20160913061641

そうかな。そういう例もあるかもしれないけど、俺が弱小作家なら

バカに目をつけられてとんだケチがついたとしても、鳴かず飛ばずよりは遥かに嬉しいと思うね。

誰の目にもとまらなければ腐っていくだけという状況だからこそ、

炎上でもなんでもいいから衆目に触れれば、真っ当な見方をしてくれる人の目にもとまるんだから

ネガティブ方向を気にしすぎなんだよ。

だいたい、そこまでネガティブ批判を恐れるような人は表現活動をしないと思うけど。

2016-09-08

http://anond.hatelabo.jp/20150529162916

例のはてこって人もそうなんだけど、こんな全身性感帯みたいなウルトラ級の感受性の女

友達としても付き合うのそうとうめんどくさそうなんだけど

そういう女と付きあおうと思う男ってどういう精神状態なんだろうな

まりネガティブ言葉ミクロン察知に振り回されて精神おかしくならないだろうか

2016-09-07

http://anond.hatelabo.jp/20160907173736

ウチのケース



1.仕事イヤ

→イヤすぎてなんか体調悪い



2.でも旦那があまり同調してくれない、仕事はやっぱりイヤ(「まあ好転しなさそうなら辞める算段つけていってもいいのでは?」では同調したことになってなかった。)

抑うつ状態で診断が出る(鬱病ですとは言われないけど不調で生活への支障はめっちゃ出る感じ)



3.ここまで体調崩すならヤベェなと思って「もう辞めたらいいんじゃない?」とか言うけど既に耳に届かないしノーカウント

→ずっとろくに動けないので休みがちになり、本人の意思というよりどうにもならなくなって退職



4.鬱っぽくなった理由の本人の認識が、職場ストレスより理解のない旦那の方が大きいと言い出す

 それほどまでに共感が得られないと生きていけない人間だったのか、

 もしくは単に家にいる時間が長くなって仕事からストレスを受けにくくなって、逆に家族とは接触時間が増えたからな気もするけど、実際はよくわからない

→(最初同調してくれなかった)理解のない旦那といると気が滅入って症状が重くなるので実家に帰って別居療養、ずっと寝てるらしい



5.離婚視野かな?←イマココ



別居療養に踏み切る際に色々と言われて

妻「最初仕事イヤって言った時に同調してもらえなかった」

俺「大変だねとか変な人だねとか言ったと思うけどそれは違うの?イヤなら辞める準備すればとも言ったけど?その時点では身体症状もここまでひどくなかったし」

妻「でも同調して欲しかった」

俺「寝込むことが増えたあたりから辞めた方がいいんじゃないとは言ったし、病院に行き出してからは辞めることにネガティブな反応はした覚えないけど?」

妻「最初同調して欲しかった、最初でないと意味ない」

んだよそれめんどくせーなぁ、まあ別居して体調良くなるなら好きにすれば?って感じになったので、なんかこのままだとさらっと離婚しそう。幸い子供もいないしね。

相手の親が割と離婚阻止しようとしてるみたいだけど、親が全面的自分の味方をしてくれないことを俺にLINEでグチってきて、俺がフォローしたらなんか満足してる妻の精神構造がもうよくわからない。

http://anond.hatelabo.jp/20160906140938

やっぱこの増田コメをみても、はてなーって


オッサンモテない、貧乏人、オタク

ネガティブ、ヒラ社員

ウンコ漏らす



というイメージが出来上がりつつある

それと左翼ネウヨ

女同士でマウント奪い合い

隣の部署の女(先輩・後輩)2人がものすげー険悪になってる。

女1(先輩)「女2が何事にもすべて上から被せてくる。話盛ってる。無駄に私に食いついてくる」

女2(後輩)「女1さんを尊敬してる。話盛ってない。こんなに好きなのに、なぜ嫌うのか」

飲み会の席、しかも所長が引退するめでたい席でぶちまけた。

一番死にそうな顔してたのは、やつらの上司

女1の、僻みなのか自意識過剰なのかよくわからないネガティブを食わされ、配置転換要求されてた。

女2の、一方的なアタシ悪くない、ぜったい何もしてないのゴリ押しを食わされてた。

あいつ(その上司は同期)大丈夫かな。

止めに入るのも気が引けるし、どーしようもないけど、ただひとつ解ったのは

論理的感情むき出しで噛み付いても、彼女たちの評価が下がるだけ。

あぁ、酒に酔って喧嘩したバカ共か、でキャリアが狭まった。

逆に、ここをどう鎮火するか、あいつ(同期)が試されてるんだろうね。

不毛世界

2016-09-04

作品のものを見てないとか読んでない「アンチ」って実は多いんじゃ

まり作品のものに触れずとも、それが褒められているという状況があるだけで、人はとある作品に対して不快感を覚えると思う。

ざっと考えてみても、


・1

誰かが何かを好きだと言う←もうこの時点でアンチになる可能性はある。

多くの人が好きだという必要すらない。たったひとりが好きだと言った時点で例えば以下の感情生まれる。

「同じ文脈で褒められるべきだと感じていた他の作品よりorをおいて褒められた不快感

「他の人間自分より目利きとしたくない不快感

「そもそも発話者に対する不快感特定有名人など個人不快感を覚えてたのみならず、例えば「子供」「女」「腐女子」「リア充etc、発話者の属性もフックになる)」


・2

多くの人間が何かを好きだと言っている←上述の要素が多重に重なり合う。

相手が多数になったことによって、基本的不快感が強化される。

「皆もっと褒めるべき自分が好きな作品があるのにそちらは無視されていてる不快感

「皆が褒めてるのに自分だけ乗り切れてない不快感

「そもそもこの、例えばゆとりども、例えばキモオタども、例えば女ども、あるいは例えばリア充ども……が持て囃すくだらないコンテンツが少なからずその範疇にない人間からも褒められているという不快感


・3

ムーヴメントになる←このいわばパンデミックとなった段階で、完全に上の反応は最大限強化されるが、さらにここでもうひとつの要素が付け足される可能性がある。つまり……

「何者か(何者ら)の意思によって、計画的作品価値以上に褒められている不快感

もちろんその事実が正しいか間違っているかは、感情問題なので意味がない。この段階においては、ものすごく安直ながら本人にとってはとても有効カウンターとして機能していると思っているひとつワードによって反論されることがままある。もちろん、そのワードとは「ステマである


そして、別の大きな道がある。それは


・4

多くの人に叩かれている。あるいは、叩かれることがムーヴメントになっている←説明不要だろう。作品のものに触れないアンチを生み出す最大の要因と言ってもいい。

この場合ムーヴメントになった叩かれる作品に対する批判情報が実に多くweb上で蓄積され、単にそれを摂取するだけで何かを嫌いになれる。

その理由を考えてみるに、これは一種の娯楽として成立するからかもしれない。例えば、映画なり漫画なりなんなりに「突っ込みを入れる」「おかしなところ指摘する」「批判する」ような芸を楽しんだことはないだろうか? 情報を集めるにつれ、そんな愉しみを覚えられるのだ……作品のものを見たことがないにも関わらず。批判的な評を見て「逆に見たくなったwwww」のような反応、webで見かけたことはないだろうか?

あるいは他の例を挙げると、その作品ファンによる、「○○厨の悪行」とされる多くは匿名掲示板でこのような言動があったという個別的な事例や、匿名掲示板で報告される散発的なリアルでの振る舞いである。断言するが、それらがすべて事実だとしても、作品のもの評価とは一切関係がない(なお念のため補足しておくが、自分はそのファンに対するアンチに過ぎず作品のものアンチではないとするのであれば、「作品に対するネガティブ評価を表明していない」という条件で射程距離から外しこの増田は完全にあなたを見ていない)。しかし、そんな悪行から不快感を覚えるのことは可能である





ここまでで既に作品に触れないアンチが生まれるが、上述した一点目から三点目と四点目の組み合わせこそが真の「見もしないのにアンチ」が生まれ理由だと思う。即ち、とても流行っているが同時にとても批判されているというコンテンツに対し、前者の「流行っているか不快感を覚え」後者の「不快感を覚える理由摂取」(あるいは逆)するためだ。

そして地獄めいた流れだが、実のところ四点目の叩かれている点が、一点目から三点目を理由とした不快感を前提として収集されたものであるなら? つまり普通なら見過ごすような不快ポイントとされる情報も逃さず摂取するなら?




当たり前に当たり前を重ねた話だが、自分にとって不快ものに付き合うのは、不快なことでやりたくない。

アンチとはそんな時間を経てしまった存在なのかもしれない。そういう人間が多いであろうことはわかる。

だが逆に、別に付き合ってはいないんだけど外部の流れから不快だと判断たから、その不快感を垂れ流す人もいるはずだ。




てーかもっと言うなら、わりと普通にまじめにその作品を受容して端的に駄目だと思ったかアンチになった人って、意外とwebで見られるアンチの人たちのなかから多くないと思うんだよね。それが悪いとは言わないけど。

全くもって実際にまじめに時間を割いたことないけどあらかじめイラっとしたり貶めたくなったりする作品からとりあえずアンチしてるって人、断言するけどかなり多いと思う。

2016-09-03

「何とかなる」っていう言葉

もののけ姫の「生きてりゃ何とかなる!」という台詞のようにポジティブ意味で使われることが多いけど、

 

はてブ)逃げればいいとか簡単に言う大人が信じられなかったので募集したら逃げた人はほんとうにめちゃくちゃいた - Togetterまとめ

http://b.hatena.ne.jp/entry/togetter.com/li/1018934

 

↑これみたいな感じで、既に経験してきた人生に対して「何とかなった」と言われるとどうもネガティブな印象しかない。

奥歯に物が挟まった言い方というか。本当に逃げて良かったと思えるならその言葉は出て来ないんじゃないか

何とかなったの「何とか」部分を列挙してみたら、実は元の環境で耐えた方が明らかにマシだったということはない?

というか、逃げた後にさら悲惨未来が待っていたけどそれはそれとして何とかなったというのは、逃げという選択自体は間違ってたってことだからね?

 

まあそれはあくま結果論だし、生きているかラッキーだとはっぱ隊も言っている。

でも逃げた結果「何とか」部分を具体的に言えないような苦しみを味わった人が「逃げても何とかなるよ!」と誰かの背中を押すようなこと言うのは、

無責任というか過去自分に失礼というか、喉元過ぎた熱さを忘れすぎじゃないかと思う。

もちろん逃げ出した相応の大変さを指して「何とかなった」と言っているなら話は別だけどね。