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はてなキーワード: ネガティブとは

2016-08-28

「まだ若いんだからなんでもできるじゃん」

若い頃のネガティブ自分に会ったら、思わずそう言ってしまうと思う。

大人になると、個人の力の限界や、他の人との差はそのなに大きなものではないと知る。

世間でいいとされているものは必ずしもそうではなく、感じ方もひとそれぞれで自分に合ったもの選択すればいい。

”今の記憶を持ったまま”若いころに戻れたら、どんなに素敵なことかと夢想する。

 

しかし、よく思い返したら、若いころはいっぱいいっぱいだった。

優劣の差が明確につけられるし、自己肯定感なんて無かった。

弱いと切り捨てられるから堪えるしか無かったし、外の世界も同じようなものだと思っていた。

自分が好きなものは好きだと思ってはいけないものだと思っていた。

感情を偽らなくちゃいけないから、道理で動かない人間に対して攻撃になってしまっていた。

 

今でこそ、外の世界に出たからこそ、子供時代が狭い世界であり、特殊世界だと理解できている。

だが、狭い世界で生きている人間にそのことを理解させるのは難しい。

仮に、ある人物がいきなり現れ、

「この世界は実は仮想世界なんだ。今すぐ死ね現実世界に戻れて、もっと生きやすいし楽しいよ」

そう言われて信じられるだろうか。

いじめに遭ったことどもに対して、「狭い世界からもったいない」、「逃げればいい」、そうアドバイスする気持ちもわかる。

それも彼らにとっては信ぴょう性のない言説に過ぎないのだ。

自己肯定感の低い者に対して、可能性なんてもの自分がっかりさせる得るギャンブルに過ぎないのだろう。

 

結局のところ、若いからなんでもできるかどうか、それを理解するには時間がかかってしまうのだ。

もちろん個人差はあるだろう。

しかし、落ち込んでいる若者に、「若いからなんでもできる」と言うのは戯言でしかなく、

彼らを励ますという目的を達成するのであれば、それは説得力はなんたるかを考える必要があるのだ。

 

 

たけを

2016-08-25

http://anond.hatelabo.jp/20160825114540

やっぱりそうなのね!自分ネットでそういうネガティブ意見ばっか見かけてたからそう思い込んでただけか!現実は意外と明るいんだね!これで映画業界は安泰だ!

2016-08-22

自分には合わなかった」で済ませられる美徳

これが理解できない人が多すぎるようにみえからネットは醜悪だ。

作品Aを貶す人が作品Bを絶賛していたのを見て、

作品Bなんてクソ作品評価する時点で味音痴」みたいなマウントをする人。

うそれは、作品Aを貶す人と表裏一体、同じ穴のムジナだ。

好き嫌いや美醜の感覚は、正しいとか間違いではない。絶対的評価はない。

そこに多数派少数派という概念が加わっても、一方が正しくなったりはしない。

何かを好ましく受け取る感性は、その人がそれを好ましく思える生き方をしてきた故だ。

その生き方あなた人生とは違うし、想像が及ぶものではない。

からそこで、多様性尊重してデフォルトで敬意を払わなければならない。

それが出来ない人は、おそらくこういう話を無意識矮小化しているのだろう。

生き方の違いは、たんなる「個性の違い」で理解される範囲にとどまらない。

年齢の違い、性別の違い、経済環境の違い、容姿など体質的素地の違い、

特定学問の習熟や分野への理解の違い、

それから来る、特定ジャンルに対する問題意識の高さの違いなど、多岐にわたる。

また、いか日本単一民族国家であれ、いまや

個々の文化的コンテキストはてんでバラバラだ。

それぞれが複雑に差異を抱え、感性を異にしながら人生を紡ぎ上げていく。

その過程で、あるとき作品出会うべくして「出会う」。

その時それは自分にとって「刺さる」作品になる。

もし、それが少年誌系のオモチャ漫画だったりすれば

ぱっと見「刺さる」層――セグメントが他者から見ても分かりやすい。

けれど今の時代映像芸術特に、セグメントがわかりづらくなっている。

しろ、作り手の側も、わざとセグメントを複雑怪奇に設定する。

子ども向けアニメには大人や親を虜にする仕掛けがあり、

幼稚に思われがちなアイドル特撮もの社会派意識高いテーマ内包する。

そして尖った作りを受け止めてもらえる人を探るような野心作がヒットする傾向がある。

から自分には合わない」「思っていたのと違う」作品を鑑賞する機会も多くなっている。

そういう出会いを楽しんで、自分に合わなかった要素を

自分の側が足りなかったんだ」と謙虚に捉え、貪欲に

「楽しむための作法」を吸収していける人ならばなにも不幸はないだろう。

一方で、そうでない人もたくさんいる。

けれども、本稿で述べてきたことに想像が及ぶなら、

安易作品批判自戒しないといけないと分かるはずだ。

そして、次のことも同時に分かるはずだ。

 どんなものであれ作品を貶す言葉は、

 異なる価値観人間、ひいては

 他人人生すら否定することに繋がりかねない。

 その言葉の「重さ」に無自覚であってはならない。

さもなくば、安易作品を「取るに足らないもの」と捉えてしまう。

それは、クリエーターに対してだけでなく、すべての他人に対して「侮る」姿勢だ。

そうやって自分価値観の枠を狭いままで固めていく。

その対価として、小さな自尊心を満たしている――

そんなサイクルに陥っている人が、周囲に当たり前にいる。

そういう状況が、あまりにもネット上で普通になりすぎているのではないか

 

ネットで見られるのは「批評」という皮をかぶせた「作品侮蔑」ばかりだ。

作品評価するには、作品理解しないといけない。

作品理解するには、まず表現者思想に寄り添わないといけない。

なぜなら、作品を出すことは、とりもなおさず思想表現であるからだ。

思想というのが堅苦しく感じるなら、美意識価値観と思ってもいい。

そんな大層なものが込められていなさそうな、フェチの塊みたいな

娯楽作品であっても、そのフェチの詰め込み方などに表現者思想が表れる。

そういうものにまずは理解を示してみる姿勢がなければ、よさを感じ取れるはずがない。

それだけではなく、

表現技術価値制作背景、時代背景なども織り込まないといけない。

映像作品さら特有圧縮のされ方をするので、

視聴者は脳をしぼって意図を汲み取る努力をしなきゃいけない。

莫大なエネルギーと解読時間必要なのが「批評」という作業であるので、

「ふつーに面白さが分からなかった、繋がりが変、あの描写は変」

みたいなレベルの表面的な感想を目にしたときは、

読み手に基礎がない状態であることを疑わなければならない。

それでも、仮に自分がそんなレベルだと自覚していたとしても、

自分ネガティブな受け取り方をネットに排泄したくて仕方ない人がいる。

あるいは、断固として自覚はせず、マウントマウントを重ねて、

作品が好きだからこそ叩く」とか理由をつけて、作品に寄り添う気すらない

「オレ好みの『正しい』展開」的なものを主張し続ける人もいる。

そういった、他人の作ったものに乗っかって文句を言うような人のために

ネットがあるのだろうか?

そんな感情は胸にしまうまでもなく、

スッと「自分には合わなかった」で済まして去ってしまえば、

負の感情連鎖に次々と人が囚われる現象は生まれないのに?

ネットネガティブワードを吐くことをやめられない人は、

ネットのことを勘違いしている。

今のネットは、もう「便所」ではない。

今のネットは、もはやリアルよりも暴言失言が指弾される場だ。

実名肩書き付きでの書き込みは言うまでもなく、

匿名からといって、浅慮な軽口が許容されるわけではない。

ネットで言うこと自体自由だが、

それならまだログの残らないリアルで友人相手に暴論かました方がいい。

そしてネットでは逆に、良識者でいるのが賢い。

ネットからこそ高潔でいられる人の方が、

この先人気をあつめるだろうと思う。

というよりも既に、人気のYoutuberなどを見ると、彼らは例外なく

表面上ははっちゃけているもの

ネガティブ感情を生むような物言いは華麗に巧妙に避けている。大人である

こういうネットディストピアだと思う人もいるかもしれないが、

今のところは、順当な変化だと感じている。

2016-08-20

吹き溜まり

自分会社では、ネガティブ発言を繰り返しチームの足を引っ張ったり、仕事のできない人間を、名前に「〇〇管理部(室)」と付いた部署へ異動させる。



そのおかげか、各プロジェクトは滞りなく進み、事業の統廃合も進んだ。



打つ手しかと思われたプロジェクトも、反対意見を述べ続けた人間を外したとたん、終束へ向かう。



ネガティブ他力本願の恐ろしさを目の当たりにした。



基はといえば、人事・採用関連のワークフローが破たんしていたのだろう。これは会社ミスだと思う。



ところが、気が付くと「〇〇管理部(室)」が大所帯化していたのだ。



合計すると30人ほど。社員数150なので、1/5だ。これはひどい



ついこの間も仕事は無いはずなのに、定時を過ぎたころ、昔流行った玩具ゲーム話題で大声で談笑していた。



みんな30代半ばから40代前半。



普通な責任も課せられ、会社の中核を担う年頃なのだが、彼らは何を思い日々を生きているのだろうか。



だれか教えてくれ。心配なのではなく、心理が知りたい。

会社飲み会行きたくない

新入社員だ。

昨日飲み会の話が出た。

リストを見ると、全員参加に丸がついている。マジか。

まだ先のことだったし予定もわからいから、上司には「俺君も一応参加に丸しとくね~」と言われた。

他の新人が、上司と、やれビールの早飲みをするだとか、新人は生贄にするぞーとか、そういう話をしていた。

胃が痛い




俺は飲み会は大嫌いだ。

職場の人と職場以外で会うだけでも最悪なのに、金を払って嫌いな人と嫌いな酒を飲むなんて。地獄か。

俺はSAD社交不安障害)な上、酒を飲むと余計ネガティブになるタチだから酒は好きではない。

どうしよう。

そんなことを考えていると、さっきまで上司飲み会の話で盛り上がっていた新人Aがこちらに来た。

強制じゃないですし、行かなくてもいいですよ」

と小声で言った。

そんなに顔に出ていたのだろうか。

こいつ、さっきまでウエーイ系のノリで話していたけど、行きたくない心情の人をちゃんと気遣えるんだな。

しかしたら、本当はこいつも行きたくないんだろうか。




一応、最低限の付き合いはしないとと思っているが、どうしよう。

行ったら、きっと酒を飲まされるんだろうな。

最近は、個性を認めていくような風潮だったり、「コミュ障は治らなくても大丈夫!」みたいな本があったり、自分みたいな人間も少しずつ生きやすくなるのかななんて思っていたけど、甘かった。

社会に馴染めない社会的動物なんて笑い者だ。


俺は今日もなんとか生きている。

芦屋広太プロマネ歌留多」がどうしようもなくダサい

たまに調べ物をしていると引っかかるIT Proというサイトに、さらにたまに表示される「芦屋広太プロマネ歌留多」というものがある。これがまたどうしようもなくダサい。あまりにもダサすぎて他を読むためにググってしまったくらいだ。



せっかくなので、目についたものから選りすぐりにダサいものを挙げてみる。

・を・・・うをんつ(ウヲンツ)は十分に聞いて推理する

・ね・・・ネガティブ情報で諦めてもらう

・し・・・自分以外を悪者に!

なんかもう、字面をみただけで技術に疎い「IT系」のおじさんの顔が浮かぶ。こんな人種がまだ呼吸をしているようだからSIerウォーターフォール時代遅れ言語を使い、価値の低い仕事しかできないのだろう。これらの加留多は5年以上前に書かれたもののようなので、現代ではもう少しマシになっていることを願う。



ちなみに下記も古い記事だが、やはり作者の芦屋広太自身どうしようもないパワハラおじさんだということがわかる。

今更、芦屋広太氏の話。

http://blog.goo.ne.jp/njomoparo/e/18e68f93e56ec9c58c2d6704f26ce144



IT Proには、この目障りな文章を表示しないよう迅速な対応を求めたい。

2016-08-18

PCデポ擁護しきれない

舛添が叩かれてた時もそうだったけど、

こうやってバッシングの集中砲火が起こっている状況だと何となく擁護する側に回ってしまう。

ヘルプデスクの人が苦労してるのも知ってるし、PCサポートで儲けること自体別に悪いことでも何でもないと思っている。

ただこうした盛り上がりが続くにつれて、ネガティブ材料がどんどん投下されてきてああもう駄目だなって感じになってきた。

さてこの問題の終着点はどこにあるのか。

2016-08-17

にゃるらさん好き

オタク教養がすごいのが好き

他人を傷つけないのがすき

変な語尾つけないのがすき

丁寧語つかうのがすき

ネガティブエントリが目につかないのがすき

いかがでしたかって言わないのがすき

2016-08-16

若手俳優厨を辞めた話

一年半ほど前、若手俳優厨界隈にもリツイートで回ってきた匿名ダイアリーの内容が結構話題になった。

と、勝手に思ってる。

http://anond.hatelabo.jp/20150209010459


これを見てよっしゃ私も俳優認知された話でも書いてみっかと思ってはてなIDを取得して早数ヶ月…

お盆休みに暇なので久しぶりにパソコンをつけたのでこうして文章をしたためている。

上記の匿名ダイアリーを読んでからなんとなく私も追っていた俳優への興味が薄れつつあってようやく自分の中で完全に降りたと思えるようになった。

ここでいう若手俳優というのはテレビより舞台がメインの仕事ぶっちゃけ世間的には無名若さオタクへのアピールしか取り得のない役者ですらないタレントのことを指す。

出る舞台も2.5次元原作が多い。

(失礼なことを書いていると重々承知しているが顔なり演技なりコミュ力なり何かしら飛びぬけている人ならいつまでもそんなところに燻ってなんかいないのは見ていれば分かる)

不毛なので舞台テレビより下かという議論はしない。

それでも私は舞台が大好きだ。

応援していた(私は推しという言い方が嫌いなのでここでは応援という)俳優には服や時計などプレゼントもしたし、今思うと怖いくらい長い手紙も書いていた。

一応認知もされていたと思う。

自意識過剰丸出しでキモイので認知という言葉使用したくないが、なぜ認知されたと思うようになったかというと無視されるようになったからだ。

私は入り待ち出待ちなんてしたこともない。ただ座って公演を見るだけ。

客席降りのあるときは降りのパターン見出して通る通路を押さえたし、降りないパターンときは積んで前のほうの席に座るようにした。

遠征もした。

DVD発売イベントがあるときは同じDVDを何本も買って応募した。

握手会のためにCDも買った。話すことなんて無いし覚えて欲しくもなかったけどレーンが空いてると見栄えが悪いと思い何周もした。

そんなことばかりしてたら避けられるようになった。

考えすぎかと思うだろうが公演に一緒に入った友人にも言われたから確かだと思う。

それが原因で降りたかというと違う。

若手俳優を追っている人なら分かると思うが俳優にもいろいろなタイプがいて、

自分ファンしか構わない

自分ファンを避ける

新規をつけたくて既存ファンをないがしろにする

・分け隔てなくファンサする

・そもそもファンサしない

細かく分けるとこんなもんじゃないがざっくり分けるとこんな感じ。

そして私の応援していた俳優認知したファンには構わないタイプだと判断した。

まあ関係ない一回くらいしか行かない人からしたら知ってる顔ばかり構ってる俳優なんて嫌だからいいんだけど。

このことに気付き、覚えられたという喜びが一瞬芽生えたが次の瞬間にはそれならばどうにかしてファンサが欲しいと思うようになった。

彼の視界に入るための席を次々と買った。

公演や俳優を見るためではなく、自分が見られるために通うようになった。

回数入っていることをアピールするために手紙も毎回書いたし少しでも対応が良くなればとプレゼントを贈る頻度も一回に遣う金額も増えた。

手紙も回数を重ねると書くことがなくなるからプレゼントごまかしてたのもある。

服は結構着て貰えていたと思う。

雑誌取材とか稽古場の映像写真で形として残るのは素直に嬉しかった。

それなのに公演では反応がないのが悔しくてまたチケットを増やす、の悪循環だった。

毎日仕事終わりに行く公演は眠くて内容は頭に入らないしアンコール前奏が始まれば緊張で気持ち悪くなる。

いつからか私は公演本編も全然楽しめなくなっていた。

それでも同厨より多く公演に入ることがステータスだと信じていたので通った。

こんな観劇姿勢なのにネットで晒されなかったのは我ながら地味でよかったなと今更ながら思う。

しかしそんな舞台永遠に続くわけではない。

いわゆる卒業が来る。

終わりが来るのは最初から分かっていたがそれでも最後の公演の千秋楽は驚くくらい泣いたし次の日会社も休んだ。

もう二度と舞台でこの姿を見ることができない寂しさもあったが辛くて仕方なかった公演通いからやっと開放されるという思いのほうが強かった。

その後に舞台出演が発表された。

今までお金を掛け続けて追っていた自分否定したくないので勿論行く。私を突き動かすのはもはや意地だけだった。

公演がない間も花も贈る準備をするしプレゼント事務所に送るし手紙も書く。

そして迎えた卒業後初の舞台を私は全然楽しめなかった。

客降りとかファンサが無かったからとかではない。むしろ無くて良いと思っていた。

そこで初めて自分俳優の彼では無く、キャラクターを演じている彼が好きだったんだと気付いた。

あんなに見るのが辛かった舞台だけど、キャラクターを演じるためにカンパニー一丸となって作る世界観を追いかけていたのだ。

気付いたとたん魔法が解けるように彼の全てに興味が無くなった。

写真雑誌も全部処分した。

自分でも薄情だと思うほどに熱が引いていくのが分かった。

世界観が好きとは言ったが、新しいキャストが演じている同じ公演を見ても前と同じように一人のキャストに夢中になることは無くなった。

今はファンサとかそういう感情無しで見るステージは凄く楽しい

本当に何を見ても楽しいしみんな輝いて見える。

時々思う。たまたまあの公演で彼では無く別の俳優が目に付いていたらまだ俳優厨を続けていたのかと。

それでも私はきっと同じように追いかけて同じように降りていたと思う。

ここまで散々ネガティブなこと書いておいておかしいが、俳優をただがむしゃらに追いかけた日々は凄く充実していた。

ファンサを求めてから地獄だったけどいろんな地方に行ったり美味しいご飯を食べたのは楽しかった。

今、手元には半券くらいしか残ってないが時間お金を掛けた最高の道楽だったので後悔はしていない。

お金の無い俳優自分たちオタクのあげた服で少しずつ洗練されていくのも結構面白かった。

預金は全く増えなかったがお金は生きていれば稼げる。

生の舞台はその1回しかいから行かなければ後悔もできない。

やりたいことは大抵出来たし、不祥事とかカノバレではない分幸せなのかと最近やっと思えてきた。

これからお金を掛けずに無責任若い男の子にキャーキャー言おうと思う。

はてな民の素晴らしい予言を御覧ください

はてなブックマーク - グノシーはテレビCMに10億円つかっていた。 | appmarkelabo | note  ※2014/04/28記事


これは2〜3年後には潰れてそうですね。CM打って売上が最大化した時を基準にしてる時点でお察し。

kenjouのコメント

http://b.hatena.ne.jp/entry/192784794/comment/kenjou

盛大にフラグ立ててるなぁ

Gelsyのコメント

http://b.hatena.ne.jp/entry/192784794/comment/Gelsy

10億円使ってたった70万ユーザーしか得られなかったというのは明らかに失敗だろう。KDDIの力でauの端末に突っ込む策で生き残りが図れるかどうか。ただついにランキングから消え去ったPresso(笑)に比べたらまだマシだが

xevraのコメント

http://b.hatena.ne.jp/entry/192784794/comment/xevra

こんな分かりやす死亡フラグって現実世界でそうそう見れないですよね。

theatricalコメント

http://b.hatena.ne.jp/entry/192784794/comment/theatrical

CM放映月の広告収入がこれからも続くわけがないよね。広告主はCM放映期間を見込んで出稿するんだし。それはそうと、note記事がこんなにバズって、サーバ大丈夫か、と心配になってしまう。

shields-pikesのコメント

http://b.hatena.ne.jp/entry/192784794/comment/shields-pikes

10億もCMに使ってアプリの売上ランキングがその程度じゃ全然回収できない。海外進出馬鹿投資家を釣るためにやってるだけでしょ。

hedachiのコメント

http://b.hatena.ne.jp/entry/192784794/comment/hedachi

グノシー登場時の熱狂はどこへやら…

north_koreaのコメント

ttp://b.hatena.ne.jp/entry/192784794/comment/north_korea



はてブの予想はほぼネガティブで揃ってる感じだがみんなの予想はだいたい正しい、となるかどうか。僕もそっちに賭けるけども。

stealthinuのコメント

http://b.hatena.ne.jp/entry/192784794/comment/stealthinu





へー、この会社って今どうなってるんだろうなあ。はてな民の言うとおりならとっくに潰れてなくなってるんだろうなあ。。。




(笑)




せっかくなので、一番面白かったコメントとそれにスターをつけた人たちを保存しておきました

http://archive.is/xWYh5




^^

2016-08-12

最近ブコメネガティブなことかくの減らそうと思って実践してるんだけど、

改めてブコメを見返すと「すごい」「面白い」「笑った」「~そう」みたいな小学生並の感想ばっかりになってた

俺って馬鹿だったんだなと

心に闇を抱えています

からから傷つけられることが多く、人を傷つけないようにと人一倍気を遣ってしまます

時に言葉を選ぶ時間が長すぎて誤解されることもありますが、間違った言葉を選んでそれが一人歩きするよりはマシだと思っています

人に誤解されるのがとても嫌です。

なのに、いくら言葉を選んでもそれをネガティブに受け止める人がいます

毎日毎日そんなつもりは無いと言っても、一向に受け止めてくれません。

もう会話につかれました。

幸せな家庭を夢見ています結婚しました。

そこに夢のような幸せがないことは覚悟していましたが、針のむしろに座り続ける毎日がまっているとは思いませんでした。

どれだけ言葉を選んでも、相手はそれをネガティブに受け取り、その都度自分暴力正当化します。

勝手に苛立ちを募らせては、自分ばかりが辛いといいます

しっかりと伝えられないわたしが悪いのでしょうか。

二人で祝いたい記念日提案も、面倒くさそうに相手をされます

決めなきゃいけない大切な未来の話も、目の前の問題重要だと取り合ってもらえません。

から私は自分だけの幸せ家族の姿を描きます

わたし言葉を受け止めて、理想的に返してくれる相手の姿を描きます

そうしてそれを、時折ここに送り流します。

それをみんなが喜んでくれる姿を見て、わたし理想家族が間違っていないことを確信します。

今回も沢山喜んでくれて楽しんでくれてありがとう

でもごめんね。それはみんな嘘です。

わたしいくら言葉を選んでも、心がほっこりするような返事が帰ってくることはありません。

わたし理想的な家庭が皆に喜ばれれば喜ばれるほど、わたしの心の中には真っ黒な穴が広がっていくばかりです。

からせめて、みんなが喜んでくれたわたしが書いたわたし理想的な家庭の姿に、わたし本音を合わせて少しだけ書き足して改変しました。

もうわたしから人に合わせるのは嫌です。

これだけを目的に、残りの人生を過ごしていこうと思います

http://anond.hatelabo.jp/20160809170501

2016-08-10

http://anond.hatelabo.jp/20160806104815

ラブライブを見よう。

あの作品は、オプティミズム巧遅拙速を尊ぶような価値観

いかに美しく世界を変えていくかという理想形を描いたような作品だ。

保守的、慎重派な人々がどのように主人公サイドに引きこまれていくか、も大いに参考になると思う。

 

ネガティブ思考に陥りがちな人は、目の前の恐怖にとらわれすぎるのが大きな原因の一つ。

情報摂取しすぎなのもある。それで、他人を信じられなくなり、侮りがちになる。

ポジティブ思考ができる人は、大きなビジョンをもっている。

ビジョン自体は立派でなくても、幼稚な夢でもいいけど、意志を持っていて、それを周囲にも発信する。

から人を巻き込むことができて、理解や協力をとりつけることができることが経験上身にしみている。

そのためデフォルト他人感謝できるし、尊敬し、信用することもできる。

仮に裏切られても、ギブ&テイクならぬギブ&ギブでこちらから好意を示し続ければ、

ほとんどの人は好意的になってくれる。

それを計算して振る舞うのではなく、天然で感覚的にできる人というのが「性格が良い人」。

そうでない人でも、そのマインドセットさえ理解してしまえば、

同じように上手に振る舞うことはそう難しくないと思う。

東京人はディスって良いという風潮

先に言っておきますが、これは別に地方の方を馬鹿にするような意図などは含まれておりません。

予めご了承のうえ、興味を持たれた方はお読みください。

ちなみに書いている人間東京まれ東京育ち、親戚もみんな東京という生粋江戸っ子です。


「東京」というフレーズを見て、なにを思いますか?

東京の人は冷たいっていうし……

人がたくさんでゴミゴミしてるし……

物価家賃もおしなべて高すぎるし……

水道水はまずいし……

とか、いろいろあると思います

確かに東京はひとがめちゃくちゃ多いです。

朝の山手線特に池袋新宿から渋谷品川方面に向かう電車)や、

地下鉄銀座線なんかは乗っているだけでHPが削られていくし、

そのせいで買ったばかりの鞄の形が思いっきり崩れたり、

乗降客の押し合いへしあいでバッグの取っ手部分が壊れたこともあります

渋谷スクランブル交差点なんかはもはや一種観光名所

同じく新宿靖国通りをまたぐ交差点なんかもひとがたくさんいますよね。

こんなにたくさんの人間がどこから出てきたんだー!! と思ったりもします。

そして物価、というより地価が高い。家賃も高い。

麻布一人暮らしをしている友人は、9畳ワンルームの部屋で家賃12万だと言っていたので驚きです。

だけどひとつだけ物申したいのです。

東京とひと言で言っても、意外と東京って広いんですよ。

いわゆるメディアに出ている「東京」って、23区のなかでも本当に一握りで

渋谷区」「新宿区」「港区」「千代田区」「中央区」辺りだと思うんですね。

そこは本当に人も多くてごみごみしていて、確かに慣れていない方なら歩くだけで疲れるような場所でもあります

だけど他にものどかな場所ってあるんです。

多摩八王子はいわゆるベッドタウンで畑があったりもするし、

杉並区」「練馬区」あたりは住むにはもってこいとも言われるのんびりとした場所です。

どうも、東京に対してネガティブイメージをお持ちの方って、

メディアによって切り取られた一部しか見ていらっしゃらないような気がするんです。


さて、話は変わりますが。

以前私は仕事関係で数か月間A県はB市の某ビジネスホテル暮らしいたことがありました。

一応伏せてはおりますが、このB市とは

宮城県で言うところの仙台市のような、

愛知県で言うところの名古屋市のような、

兵庫県で言うところの神戸市のような、

福岡県で言うところの博多市のような場所です、といえばニュアンスが通じますでしょうか。

もちろん出張ということで、A県支社の方々と触れ合う機会もあり、楽しく過ごしておりました。

そして初めてのB市、有名ないわゆる歓楽街でも楽しい思いをさせていただきました。

A県はごはんお酒もとても美味しいし、B駅周辺はすごく栄えていたので、

このままA県で暮らすのも楽しそうだなあ~なんて思っていました。

そして出張が終わる直前、会社の方々に送別会を開いていただいたのです。

数か月という時間でみなさんと懇親を深め、緊張や遠慮もなくなってきていたため、私を含め周囲の方々みんなが結構酔っぱらっていたときに、ある言葉を言われました。

「俺が東京勤務になったらすぐ会社辞めるわ」、と。

よくよく話を聞いてみると、

東京なんて人が住む場所じゃない」

東京なんかで暮らしている奴は感性がない」

東京人間なんてくだらない」とのこと。

その瞬間、飲んでいたお酒がすーっと身体から抜けていく感覚しました。

冒頭でも述べたとおり私はずっと東京で過ごしてきた人間です。

私は東京が大好きだし、自分が住んでいる都市を誇りに思います

それは他の県にお住いの方も変わらないことでしょう。

だけどどうして東京だけ、面と向かって馬鹿にされることが許されるのでしょうか。

例えば私が東京馬鹿にされたときに「A県も住むとこじゃないですけどねw」なんて言ってしまったら総叩きにされていたことでしょう。

東京の人は冷たい? そうかもしれませんが、優しい人だってます

東京は住む所じゃない? 実際に住んでいる人が1,362万人もいます

東京には緑がない? 新宿御苑浜離宮など、都心の方が緑豊かな場所もあります

他県の方となにも違わないんです。

他県の方がご自身の住んでいる県、あるいは市区町村郷土愛を持っているように、

東京私たち東京への郷土愛を持っているのです。

それを否定されることはとてもさみしく辛いことです。

少し考えていただければわかることかと思いますが、東京なら悪口を言っても良いという風潮、これはいったいどうしてなのでしょうか。

東京を崇めろなんて言いません。

だけどみなさんの故郷と同じように、東京出身者も受け入れてほしいというお願いごとです。

読書感想文は、感想を書かせないのがコツ

盆にもなると親戚のちびっ子がやってきて本を読む。

読書感想文始末書と同じで、適当に書くと怒られる。

嫌な宿題ではあるが、夏のアクティティだと思えば腹も立つまい。



さて、親戚のちびっ子から「書き方を教えてくれ」と言われたとき用にアンチョコを書いておく。

「あら?増田くんは勉強が取り柄じゃなかったのかしら?」とかイヤミを言われないようにだ。

(盆に実家なら、結婚しろだのシャンとしろだので既にお腹いっぱいだろう)

あらすじを書かせない

さて、なんとか本は読み終わったとしよう。

ここで「あらすじを書けば良いよ」はアドバイスでは無い。

全体を俯瞰して概要をまとめるのは、大人でも非常に難しい。

日曜朝のガンダムUCを見ていれば判る通り、つめ込みは超絶技巧だ。

ゴールをちゃんと示す

ガンダムUCは、主人公バナージくんが出会女性をことごとく不幸にする物語にも見える。

でも「バナージくんは無自覚なジゴロだと思います!」とか書くと、きっと怒られる。

基準不明確なものダメ出しをされ続けると、大人でも壊れてしまう。

子供ならなおさらだ。だからゴールを設定しよう。

  1. 自分がどう変わったか説明する
  2. ポジティブ結論で終わる

ポイントは2つ。

ゴールに向かってポイントを探す。

「読んだ感想」を書くのではない。

「読んで自分がどう変わったか」を求められている。

しかも、「ポジティブ結論」なので、良い変化を求められる。

ただ、課題図書で考え方に変化が起きることは滅多に無い。

から「発想を逆転」させる必要がある。

本の登場人物がどう変わったか探す

読書感想文とは、実は国語テストと同じだ。

自分は変わらなかった、でも、たぶん本の登場人物は変わったハズだ。

ネガティブ状態からポジティブ状態に変わったポイントを探すのだ。

  1. 何がネガティブ?(悪い・勘違いしている・弱い)
  2. 何がポジティブ?(良い・良さそうな考え・強い)
  3. ネガティブからポジティブに変わったキッカケは?

そろそろネタバレせずにTVガンダムUCに例えるのも限界だが、

あたりだろう。

本の登場人物と、自分とをシンクロさせる

ココが一番の難物で、うまく出来るとコンクールで賞が取れる。

簡単なのは登場人物と「同じ考え方」だとすることだ。

ネガティブと同じエピソードを思い出す。

そして、本の中にあるキッカケで、ポジティブな思いに変わったとする。

本当に何のエピソードもない場合もある(恨み辛みの無い子も居る)ので、

最近ニュースから似たものを探して考えても良いかもしれない。

とりあえず原稿用紙に書いてみる

書く内容が拾い出せたら、書いてみよう。

  1. 「本の中のネガティブ&似ている自分ネガティブ」を書く
  2. 「本の中でのネガティブが変わったキッカケ」を書く
  3. 「本の中でのポジティブな話」を書く
  4. 自分もそのキッカケを読んで、ポジティブに変わった(変わろうと思った)」と書く

だいたい、コレを書いていると決められた最低枚数は超える。

 「理屈では消せんのです。恨みも、後悔も」そう言ったあとにジンマン大尉は、ずっと昔に亡くなった妻と娘に呼びかけた。それは変えられない過去への呼びかけで、自分にもその気持ちが判るような気がする。自分が飼い犬のゴローへ最後に呼びかけたのは「お前は留守番だ。俺は楽しんでくるね」だった。何の気なしにかけた言葉だったはずなのに、それから旅行に出掛けてもどこか楽しめない自分が居た。それが、ジンマン大尉がどこか娘と重ねて見ていた、養女であり部下のマリーダから以下略

規定枚数超えの作業と「てのをは」チェック

必要文字数が足りない場合は増量する。

ここまできてやっと、「気持ち」や「感想」や「思い」を追加する。

ジンマン気持ちが判る、マリーダはこう考えたんじゃないか自分はこんなことが起こったと思う。

文章の骨格(ネガ→キッカケ→ポジ)が既に書けているので、多少いじっても構成は壊れない。

最後に、文章体裁てにをは漢字、人物名)を見直して、完成だ。

読書感想文は、国語記述テスト

読書感想文は、読んでどう変わったか書く、変化の報告書だ。

本を読んで「より良くなった」という報告を期待されている。

でも、課題図書でそうそう人は変わらない。

から、本の中で変化のあった人物を探し、

その登場人物自分との間の共通点を探し、

相手の変化から自分の変化を見つけ出す。

読書を通じて、自らを語ることこそが、読書感想文なのだ



(なお中学生くらいから、自分語り難易度がアップしたりはするがそれはまた別の話)

http://anond.hatelabo.jp/20160810075021

そう、ネガティブ意見ゴリ押しし始める人自体は、アスペルガー症候群とは関係ないと思う。

ただ、ASDの人は些細な論理破綻意味連結の不明瞭さをすごく敏感に感じ取って、指摘できる傾向がある。

そういうのをめざとく見つけて、

ケチのつけ始めとして都合よく利用しようとする人がネットには沢山いる。

たとえば、「ああやっぱり脚本家クソだ」「○○ファンはガキ」みたいに、

クリエーターや読者層にマウントし、貶めたい人。

そうやってプライドを満たし、自分を賢くみせたくて仕方ないのだと思う。

そういうのにも障害的な名前がついてるかもしれないけど、

だとしても限りなくレインボーでどこからが病的なのかは微妙だと思う。

これはASDについても言えるから、本当はこういうレッテルみたいな言い方をするのは

良くないと分かってる。でも理解やすさのため言っていることをわかってほしい。

 

ともあれ、そうやってネガティブを吹聴する人たちは、

アラ探し目線ものを見て、否定から入り、ものごとの良さを汲み取る姿勢がない。

ともすると自分ターゲット層でない作品にすら入り浸ったりする。

から、楽しむために見ている人とはどうしようもないほど理解の断絶が生まれる…

はずなんだよね。でもネットだとネガティブ意見思考侵食力がかなり強く働く。

そういうところが怖いなって話よ。

 

これネットの闇の核心に触れてるんじゃないか

http://anond.hatelabo.jp/20160809152948

偏差値ではないけど、この感じ、既視感ある。

2ch辺りでアニメアンチたちのアニメ批評なんかを眺めてる時も、理解の断絶を感じることが多い。

アニメ言語化しないぶん、より意図を汲み取れないで妙な邪推してしまう人が多いよね。

 

私が思うに、こうした現象メカニズムはこう。

偏差値というか、ASD傾向がある人あたりが、想像力障害ゆえに突飛な解釈をする→

長文で説得を試みられてもコミュニケーション障害ゆえ納得できない→

反発してますます偉そうにネガティブ解釈喧伝し、目立つ→

感化される人も増える、ってサイクル。

 

ものごとの妙味って複雑で多面的な要素が絡み合っているものから

言葉説明するのは困難だし長文になる。

でも言語化できないまでも、おおかたの人はなんなく汲み取れるんだよね。

本筋のメッセージ性とかの大事な部分を。だから総体的評価ができる。

ASD気味の人は些細なシーン接続齟齬とか曖昧さがあると、

もう脳内補完をしてあげる事ができなくなり、理解が途切れてしまう。

からそこで全てが台無しのように感じてしまうし、

結局自分の思い描いた筋書きしか受け入れられないようになってしまう。

 

このようにファジーな文脈解釈をするのに高度な脳機能必要となる一方で、

作品ネガティブな印象を与えるには一面的なことを短文で罵倒するだけで十分。

健全メンタルの人でも、その一面のネガティブ解釈に注目してしまえば、

他に読み取れたはずの多面的要素を容易に意識外に押しのけて、

まるで陰謀論に取り込まれるかのように感化されてしまう。

 

こういうネガティブサイクルが、ネットのそこかしこで見られる。

それでどんな話題においても、プロ水準の造詣の深さや視野の広さを持っている人の声よりも、

素人のパワフルな罵詈雑言の方が支配的になるし、正義面をするのもうまい

一番象徴なのはヤフコメかな? でも最近ブコメも大差ないかな。

 

まあ、啓発が進んでる分野では、ネット素人意見プロのそれに近くなる場合もある。

たとえばエスカレーターは歩くなとか。

はいえ、それはただ素人集団条件反射的に流れに乗っているだけで、

彼ら一人一人が毎回書き込むたびにプロ並の思索を巡らしているわけではないようにも感じる。

 

こういうところが、ネットの闇でありネット限界だと思うのよね。

 

  • 追記

ASD自閉症スペクトラム障害アスペルガー症候群をさした言葉です。

トラバで指摘されて気づいたけど、

ASD特有っぽいやたら神経質な指摘をする人と、その指摘に乗っかってDisを始める人は

必ずしも同一とは限らないと思う。

ASDの人を害悪扱いする意図は一切なくて、

現象としてそれっぽい指摘が発端になりやすい、という話。

普通そこをそんな卑屈な捉え方しないだろ」って思うような意見

意外に浸透しちゃう理由説明たかっただけです。

2016-08-09

ゲイの人がノンケ告白するときに注意すべきこと

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この龍堂薫子さんのツイート男性から告白について言ってるのだとは思うのですが..。

http://life.letibee.com/hitotsubashi-suicide/

このアウティング事件は確かに気の毒だとは思うのだけど。

ただ告白したA君は、ノンケゲイ告白されることでもたらされる不快感を軽く見積もっていたと思うんです。

率直に言いますが、基本的ノンケゲイから告白された場合、正直不快に思う方がほとんどだと思います

少し前に、小学生だか中学生アイドル女の子が、中年おっさんファンふつうに親切にしてたら、そのうち「結婚しよう」とか言われて、ノイローゼになったという事件があったような気がした(うろ覚え)が、たぶん、告白されたZくんはそんな感覚を持ったと思う。

普通に友達だと思ってたら、ゲイだと言われた。

で、ゲイだってだけなら大丈夫だったんだけど(ほかの同級生がてゲイに対してネガティブ発言をする中、それに参加しておらず、だからこそA君もカムアウトしようと思ったことから推測)、お前が好きだってことまで含まれしまうと、申し訳ないけど、ノンケ立場からすると、もはやそれは加害とほぼ同義なんだよね。

これは男同志からわかる感覚だけどその時点で「お前でいっぱい抜いてる」って言ってんのと同義からね。ノンケからしたら、超不快なわけですよ。

もともとゲイだって知ってて付き合ってれば別だけど、そうじゃないわけだから騙し討ち的な感覚を持ってしまったと予想されるわけです。

小中学生の姪っ子とかが、突然親戚のおじさんから「実はお前を性的な目で見てる」とか、はては「お前でいっぱい抜いてる」って言われたら、確実に不快感いだくだろうってのはわかるでしょ?

そういう種類の不快感です。

自分男性で、かつ偶然自分性的嗜好男性好きだというだけで、通常の告白という自分気持ちを正直に告白しただけなのに、なぜそんな風に思われないかんの?と思う感覚があるだろうってことは、良くわかるのだけど。

でも、先の例に出した中年おっさんファンだって、親戚のおっさんだって、「自分気持ちに嘘はつけない」と正直に小中女児自分気持ち告白したわけでしょ。

からって、純粋おっさん達の気持ち尊重されるべきとは、みんな思わないと思うんですよ。

万が一あっても、黙っとけよと。

不愉快から、んなもん表明すんなって思うはずです。

おっさんだろうと、女子だろうと、男子だろうと、ゲイだろうと、そのほかの性的指向であろうと、告白を行う前に、本当は事前に結果は予測出来てるはずで、相手心理的瑕疵を負わせないように、どうするべきか考えるべきではないかと思うんですよ。

何か世の中的に、男女問わず相手に断られる可能性が高くても、無責任告白するのを良しとする空気が確かにあって、それが今回の悲劇を招いたような気がします。

Z君からすれば「何で俺だけ嫌な思いして傷つけられて、あいつはのうのうと..くそっ」と思った筈で。

A君だって世の中の恋愛信仰が「とりあえず告白するのは良し」ってプレゼンをしてなかったら、きっと考えたと思うんですよね。

でも、告白で明らかにZ君が傷ついたのは間違いないと思うんですよ。やり返したい気持ちはどうしても出て来てしまうと思うんですよね。

でやり返す唯一の方法アウティングだったと。

ところが、Z君はノンケですからアウティングしてやり返すことで、どの程度のダメージをA君に与えるかまではリアルには想像できないわけで。そもそも自分には言ってきてるんだし、テレビとかで見る同性愛者は凄くメンタルが強いように見えますし。

自分が25歳ぐらいで、一方的に傷つけられて、やり返さないって選択を出来るかなあって。

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結局は性癖わず相手のことを考えないとなあってことなんでしょうけどね。

ゲイの人がノンケ告白するときに注意すべきこと

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この龍堂薫子さんのツイート男性から告白について言ってるのだとは思うのですが..。

http://life.letibee.com/hitotsubashi-suicide/

このアウティング事件は確かに気の毒だとは思うのだけど。

ただ告白したA君は、ノンケゲイ告白されることでもたらされる不快感を軽く見積もっていたと思うんです。

率直に言いますが、基本的ノンケゲイから告白された場合、正直不快に思う方がほとんどだと思います

少し前に、小学生だか中学生アイドル女の子が、中年おっさんファンふつうに親切にしてたら、そのうち「結婚しよう」とか言われて、ノイローゼになったという事件があったような気がした(うろ覚え)が、たぶん、告白されたZくんはそんな感覚を持ったと思う。

普通に友達だと思ってたら、ゲイだと言われた。

で、ゲイだってだけなら大丈夫だったんだけど(ほかの同級生がてゲイに対してネガティブ発言をする中、それに参加しておらず、だからこそA君もカムアウトしようと思ったことから推測)、お前が好きだってことまで含まれしまうと、申し訳ないけど、ノンケ立場からすると、もはやそれは加害とほぼ同義なんだよね。

これは男同志からわかる感覚だけどその時点で「お前でいっぱい抜いてる」って言ってんのと同義からね。ノンケからしたら、超不快なわけですよ。

もともとゲイだって知ってて付き合ってれば別だけど、そうじゃないわけだから騙し討ち的な感覚を持ってしまったと予想されるわけです。

小中学生の姪っ子とかが、突然親戚のおじさんから「実はお前を性的な目で見てる」とか、はては「お前でいっぱい抜いてる」って言われたら、確実に不快感いだくだろうってのはわかるでしょ?

そういう種類の不快感です。

自分男性で、かつ偶然自分性的嗜好男性好きだというだけで、通常の告白という自分気持ちを正直に告白しただけなのに、なぜそんな風に思われないかんの?と思う感覚があるだろうってことは、良くわかるのだけど。

でも、先の例に出した中年おっさんファンだって、親戚のおっさんだって、「自分気持ちに嘘はつけない」と正直に小中女児自分気持ち告白したわけでしょ。

からって、純粋おっさん達の気持ち尊重されるべきとは、みんな思わないと思うんですよ。

万が一あっても、黙っとけよと。

不愉快から、んなもん表明すんなって思うはずです。

おっさんだろうと、女子だろうと、男子だろうと、ゲイだろうと、そのほかの性的指向であろうと、告白を行う前に、本当は事前に結果は予測出来てるはずで、相手心理的瑕疵を負わせないように、どうするべきか考えるべきではないかと思うんですよ。

何か世の中的に、男女問わず相手に断られる可能性が高くても、無責任告白するのを良しとする空気が確かにあって、それが今回の悲劇を招いたような気がします。

Z君からすれば「何で俺だけ嫌な思いして傷つけられて、あいつはのうのうと..くそっ」と思った筈で。

A君だって世の中の恋愛信仰が「とりあえず告白するのは良し」ってプレゼンをしてなかったら、きっと考えたと思うんですよね。

でも、告白で明らかにZ君が傷ついたのは間違いないと思うんですよ。やり返したい気持ちはどうしても出て来てしまうと思うんですよね。

でやり返す唯一の方法アウティングだったと。

ところが、Z君はノンケですからアウティングしてやり返すことで、どの程度のダメージをA君に与えるかまではリアルには想像できないわけで。そもそも自分には言ってきてるんだし、テレビとかで見る同性愛者は凄くメンタルが強いように見えますし。

自分が25歳ぐらいで、一方的に傷つけられて、やり返さないって選択を出来るかなあって。

<script async src="//platform.twitter.com/widgets.js" charset="utf-8"></script>

結局は性癖わず相手のことを考えないとなあってことなんでしょうけどね。

2016-08-07

ぼかあね、既婚者諸君の明るい話が見たいんですよ

なのに浮気やら愚痴やらの記事が出るわ出るわ

アンテナとか見ると1ページに1つポジティブ記事があれば良い方

ポジティブ記事だけを載せてるサイトは今まで3つくらいしか見たことがない

両方載せているとこはいくつかあるがポジティブ記事が大体2割程度しかない(残りは全部ネガティブ記事)と

もうね・・・もうね・・・

視聴者日本人選手に厳しすぎ問題

治安が悪い、盛り上がってないとグチグチ言われていたリオ五輪もついに開幕して、

やれ柔道ではメダル何個だ、競泳ではこの種目とこの種目でメダルが取れるぞ…という恒例の星勘定をしだす段階になってきた。



オリンピック普段なかなかテレビでは見ることができない競技も見られたりして、やはり楽しいものである

そんな中、悲しいのが日本人選手が出場する種目。特にメダルを期待されている種目だ。





日本人選手が少しでも失敗しようものならものすごいバッシングしてないか





SNSが広く普及した現在視聴者がどう感じているかというのは即座に分かるようになった。同時に、バッシングの多さに目を覆いたくなる。

お前普段絶対その競技まともに見てないだろ、って競技にもガンガンみつきネガティブに、見当違いに叩く。

挙句税金がかかってんだふざけるな」など言う輩を見かけたときには反吐が出る。





個人的には極端にいえばメダルなんてどうでもいい。そりゃもちろん日本人活躍すれば嬉しいが。

スポンサーとしてカネを出すわけでもなく勝手にかけてた期待を失敗によってバッシングに変化させるのは非常に恐ろしい。

お祭りなんだからもっと肩ひじ張らずに見ればいいのに。ただただ残念である

2016-08-06

「ダサくても別にいい」と言っているから没落する

高島屋デザインしたという、ものまね王座決定戦榊原郁恵みたいな日本選手団ユニフォームについて、Twitterなんかで「別にダサくてもいいじゃん」「日本ぽくていい」「清潔感があっていい」みたいな意見を言っている人達大勢いて絶望的な気分になった。そんなんだからどんどん日本が没落するんだよ。



オリンピック開会式世界中に中継されている。世界中の人に対して国をアピールする大舞台なのに、いつものように内向きに「日本ぽくていい」「このダサさでいい」とか言ってても世界の笑いものになるだけだ。ネタとして笑われるならまだいいけど、今回のようなユニフォーム世界中に「なにこのぱっとしないダサい国…」というネガティブな印象しか与えないと思う。何がクールジャパンなんだろう。日本だって世界活躍するファッションデザイナーや若手デザイナーがたくさんいるのに、なぜその人達を使って世界PRしようと思わないんだろう。



ネット上ではよく「オリンピック選手達は国を背負っているんだから云々」と言われてるけど、ユニフォームだって選手たちと同じように国を背負っていると思う。ユニフォームはその国のイメージPRする重要媒体だと思う。日本は国も企業も「PR」という面を軽んじすぎているよ。だから没落する。世界で戦うには、「別にそんなのどうでもいい」なんて言っている場合じゃない。他の国に負けないくらい素敵なもの世界中の人が素直に「いいね」と思ってくれるような方向を目指さないといけないと思う。

2016-08-05

今更蒸し返すのも何だけど、一週間くらい前の奴

最近ブクマを見返して驚いたんだけど、「独身の生きがいって何?」って増田についてたトラバ「お前が憎い」が1000超えしてたけど、そんな皆が言うほど名文だったか

なんか文章がすげー作為的な感じがして全然心の底から書いてる感じがしなかったし、2ちゃんあたりでよく書き込まれてそうな「悲劇的な俺」臭が強すぎた。

だって本当に自分境遇を呪ってる人ならもっと具体的に自分の惨めったらしい境遇とか這いつくばってる状態とか書くでしょ。具体的に。幸せそうな元増田と対比させて。

あと文章が懲りすぎだろ。表現に気を使っているというか、「悲劇的で憎しみ溢れている感じ」を一生懸命表現しようとしすぎている気がするところが、今ひとつ感情移入出来ないところだなぁ。

文章に余裕があるというか。「お前増田で凝った文章練る余裕あるじゃん」って突っ込みたくなるというか。最後の三行とか、「それ本当に心の底から書いてます?決め台詞ドーン!って思ってない?」って感じ。

結局なんか皆があれを絶賛してるのが今ひとつピンとこないんだよなあ。

Facebookで絶賛されそうな安い感動的なコピペの逆バージョンみたいな。わかりやすネガティブというか。

リアリティを売りにしてる割にはリアリティが感じられない文章だと思った。

まあ、1000ブクマ超えたエントリはなんとやらと言うし、わかりやすいからバズったのねって思っておきます

2016-08-03

増田気持ちわかる

http://anond.hatelabo.jp/20160803012024

以前、個人的な都合で予定をころころ変える上司がいて、お盆休みさえ休めない時があり、本当につらかった。

更に上の上司限界だといっても「とにかくフォローしろ」の一点張りで、フォローしてもフォローしても上司は上の上司にこちらの悪い評判(全くの事実無根)を言って回るので、犯罪者のような扱いを受けた。それでも、こちらはフォローさせられ続けた。

その上司さらに上の上司も、自分が困っているんだから周囲に迷惑をかけても当然という態度で、謝罪したりフォローしたりしないから、組織からの評判も悪かった。自分の人脈にも傷がつくと思い手を引くことにした。

私はもう限界になってやめて、今は失業保険暮らしている。就職活動していても辞めた理由を聞かれて、でもネガティブな答えはできないから大変だ。

何かスキルがあるなら、スキルアップのためということで(ポジティブ理由で)別の仕事を探した方がいいかもしれない。弱者であることを主張して利用してくる人達は世の中に一定数いて、そういう人達は最強だから管理職がまともでない限り淘汰されない。