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はてなキーワード: ネガティブとは

2016-06-27

http://anond.hatelabo.jp/20160627232010

小さい=かわいい

幼児に使うときの小さいにネガティブニュアンスは無いけどな

おまえの器が小さいことはわかった

自殺未遂者(俺)の心理

何か自分にとってネガティブなことがあったとき自殺という選択肢未遂前よりも極端に現実味を帯びてくる。

俺のような場合は結局死なないのだけれども。(そしてこれからも、死ぬつもりはない。とりあえずは)

この現実味の強さが、一般人とは大幅に違う。

それっぽい人と接するときは、意識してみて欲しい。

http://anond.hatelabo.jp/20160626235920

別にネガティブ意味ではなく

大学出たら割り切って死ぬのもありだと思うよ

そういう国になっている

2016-06-26

http://anond.hatelabo.jp/20160626143054

「選んだ」という感覚大事なんだろうと思った。

ダメな人」が来たときはまぁ他はもっとひどかったと言い訳できて「いい人」が来たときは見る目が正しかったと優越感。

分母が少なかったら「ダメな人」が来たらやっぱりうちはこの程度・・・というネガティブで「いい人」が来たときは運が良かったで終わるだろうし。

ダメな人」が来たときに「選んだ」って感覚があると自分責任も感じてダメな人を守ろうとかいいところを見つけようとするけど、

「選んでない」時は誰も守ってくれなくてただただ鬱製造ルートいじめになりかねないって懸念もあるのかもしれないなぁ。

2016-06-25

超絶ネガティブな俺が3年間ネガティブなことを言わずに過ごした結果

結果だけを10つ列挙する。



1. 親との関係悪化した。どうやらネガティブなのは親子関係を安定させる何かだったらしい。母は世話焼きタイプ

2. 交友関係が劇的に変わった。周囲にポジ脳というか、ちょい意識高い系ばっかりになった。やや疲れるが別に嫌じゃない。

3. 会社スピード出世した。「無理です」と言わなくなったので、自動的に困難なルートばかり歩むようになったので。

4. 人脈が広がった。飲みの誘いやイベントへの出席を断らないので、結果的コネが増えた。

5. 無趣味になった。前はTVゲーム趣味だったが、仕事が忙しく休日も人付き合いで潰れるので趣味時間がなくなる。

6. 鬱病寛解した。高校時代から鬱っぽかったが、ネガティブ自己暗示をやめて行動力が増えた結果か。

7. 彼女と別れた。相手メンヘラで(所謂共依存関係だったが、俺のポジ転向関係悪化→お別れに。

8. モテなくなった。今までは病み系の女子とばかり仲良くしてたせいかポジ界隈に多いキラキラ女子から距離を置かれる感じ。

9. 悩まなくなった。忙しくて悩むヒマがない&人付き合いに耽溺しているので寂しさを感じにくい。

10. 不安が消えた。コネが増えて仕事も順調、メンタル改善したので、将来が前向きに考えられるようになった。



結論として言えば、現状には満足しているが、良い事ばかりではない。

人生前半の経験の蓄積が通用しなくなった分、生まれつきポジ脳の連中と比べると中途半端な感じなんだろう。直感的に見抜かれるみたいだ。

結局のところ、変化の結果は割りとどうでも良くて、結構人生って意識がけ次第で色々と変わるんだな、という方が良い経験になった。

自分人生に退屈しまくっていたので、ポジ転向後の刺激の多い生活は悪くないと思っている。

けど、疲れたらまたネガ脳に戻ろうかな。その余裕があるうちは戻るつもりはないけどね。

2016-06-24

識者を気取って

気に入らない相手否定するためならいくらでも主語を大きくするし虎の威も借りる

借りてくる虎が実在なのか関係のある人間なのか全くわからない

自分に力がなく成果が出せなかったことを正当化するために他の人間目標に向かう姿勢根底から否定する

善人ではありたいので自分を超えなさそうな人間には後押しという名目で見守るポーズを取りつつ具体的には何できない

何も出来ないので嫌なことがおきても誰でも予測できたことだと嘯いて必死自分を守っているが不可能事がいくつもある

何も出来ないことをある程度自覚はしているが悔しくて堪らないので聞こえるか聞こえないか距離で気に入らない相手ネガティブに断定する

筋道立てて成果を出したり困難を克服していないので年齢の割に論理破綻や知性不足が激しい

http://anond.hatelabo.jp/20141120095408

一瞬自分が書いたのかと思うほど、私の体験とかぶっていた。

私の場合女性であった。(当時40歳)。

最初は軽い自己卑下な感じの人かと思ったら、どんどんエスカレートしていき、私も退職するしか逃れる方法がなかった。

マネージメント層も相当苦しめられ、最後彼女自爆して強制退職となった。

私が当時を振り返ると、統合失調症なのだと思う。現実には起こっていないことを現実として認識(その全てがネガティブなこと)し、その原因を外部に向けていた。

作品の伸びについて愚痴絵描き

ツイッターpixivで手軽に自分イラスト投稿出来るようになった。

そういったサイト投稿を行うとツイッターならば「いいねRTpixivならば「点数・ブックマーク」などという形で評価が行われる。



自分投稿に対し目に見える形で行われる評価を、殆ど人間が多かれ少なかれ意識していると思う。

大手になるにつれ、意識していようがいまいがそういった人間臭い部分を出さな作家が多くなっていくだろう。

多くの人間はそういったネガティブな部分は見たくない、ということを分かっているからだ。




絵が伸びる作家になりたい、有名になりたい、という思いがあるならツイッターや他のSNS不特定多数人間が閲覧できる環境でそういった愚痴をこぼすのは避けた方がいい。

その発言をする時間を絵に向ければ少しでも投稿できる枚数が増えるし、見てくれる人も少しは増えるはずだ。描く時間が増えれば多少は画力もあがるだろう。

既に余程有名な絵師ならともかく、フォロワー3桁程度の駆け出し絵描きは絵について一丁前に自論を垂れたり、練習方法について人に語る前にに画力を高めた方が絶対に良い。

その時の自分はなんだか立派なことを言った気持ちになって満足するが、その発言は「評価されたい」という目標への足枷になってしまう。





実力の伴わない立派なご意見、周囲の絵師同士のSkypeオフなんかでネタにされてます

2016-06-23

恋人同士でも本音で語り合ってはいけないと知った

自分は基本ヘタレ愚痴っぽくてネガティブで、子どもの頃から泣き言ばっか言っていた。

そして、親から精神的に自立した後は、もっぱら恋人愚痴を聞かせていた。

そんなわけで付き合っては別れ、付き合っては別れを何度も何度も繰り返してきた。

から、今の彼女と付き合い始めるときは、本音ベースの会話をしないと決めていた。ポジ男のふりし続けると。

もう少しで付き合って1年くらい経つ。表面的には平和で良好な関係。わりとうまくいっている。



けど、なんか物足りない。もっと本音で付き合いたい。

恋人同士なら、色んな愚痴を聴いてもらったり、常識と違う自分の考えを伝えたりしたい。

でも、それは常識的には間違っているみたい。本音っていうのは隠さなきゃいけないらしい。弱音や愚痴ムードが暗くなるからダメらしい。

でも、誰かに愚痴を聞いてほしい。自分の考えを聴いて欲しい。本音で語り合いたい。でも、そうすると別れの準備になる。




つーか、自分、基本メンヘラなんだな。周囲の連中は愚痴本音を抱えてつらそうにしてない。

あるいは、そういうのを表に出さなくとも苦しくないっぽい。

自分は誰かに自身をちゃんと知ってほしい。せめて恋人になら良いと思い込んでたけど、ダメだったんだ。

この世の中に自分の深い部分を知っていてもらえる人なんていないんだ、と絶望してた。



ところが、近頃、彼女以外の女性とも仲良くしている。その人には愚痴本音を言っても嫌われない。初めての経験だった。

彼女自分に色々語ってくる。すごく楽しい最近セックスもした。分かりあえている(?)相手との行為気持ちよかった。

こちらから「付き合わない?」と言ったこともあるけど、「あんたとは恋人って感じじゃないなあ」とスルーされた。



以前は浮気したり、セフレ作ったりする奴をバカにしてたけど、それってこういうことだよね。

恋人ではないけど本音愚痴を言い合える関係があると、恋人やそれ以外の人間関係もうまく回る。心の逃げ場所だ。

そもそも、恋人じゃないから、大切な関係というほどでもないからこそ、好きなことも言い合える。顔色を伺わなくていい。

恋人とか、もしかしたら結婚相手とかも、所詮世間体的なものに過ぎないのかもね。



恋人に「いい人」と思われ続ける努力するためにも自分今日もその女性しょうもない愚痴話をLINEで続けている。

恋人には「ポジティブで弱音を吐かずに空気を読めて優しい彼氏」を演じ続けるためにも自分はあの人を必要としてるんだ。

好きな作品が出来て、絵が好きになって、自分が嫌いになった話

とある低年齢層向け(いわゆる女児アニメ)のアイドルアニメが好きになった。

それまで子供向けアニメというのは子供だった当時も含めて殆ど見たことが無かったが、

その濃い内容に釘付けになった。

丁度仕事もキツくて精神的にも肉体的にも限界だった時に出会ったそのアニメは、

出会ちょっとから始めた絵を描くという趣味に彩を与えてくれた。

楽しくて楽しくてしょうがなかった。

何せ、描けば描くほど同好の方々が集まり、各々の絵を見せ合って楽しんでいるのだ。

それまでグレーだった人生が一気に色づいた。

評価されることの無い人生に、数字という形で少しずつ自分を上げてくれた。

はいっても多くてツイッターのfavが10絵描きとしては下の下。それでも楽しかった。

知り合いも増えて、同人誌も出した。自宅製本から印刷所へ持ち込む位まで努力した。

それとは反比例するように、あることが起きた。

孤立

あるときを境に、それまで仲良くしてくれていた友達からの反応が一切無くなった。

理由は分かっている。

疲れるとネガティブツイートをしてしまったり、自分の考えをポンポン言ったりしていたからだ。

きっとミュートされたんだなと、すぐに分かった。

1人2人と反応が無くなる人が増え、最終的には今そのジャンル活動している絵描きさんからの反応が、

ほぼ一切無くなった。

一時期は頑張ってfav20くらいまで行けるようになったが、今では多くて5。

イベントでお品書き告知をしても、RTが一桁。favはギリギリ二桁。

当然、同じジャンルの人からの反応は無い。

反応の無くなった友達からは、他の人たちのお品書き告知が40,50とRTされていく。

今年の春あたりから、徐々に辛い辛いという気持ちが大きな部分を占め始めた。

絵を描くのは好きだし、そのアニメも好き。それは今だって変わらない。

アニメ自体は春に終了してしまったが、熱は醒めていない。

だって描き続けている。描くのが好きだ。技術を磨いて、今まで描けなかった事が描ける様になる。

楽しい。嬉しい。

そして自信作が仕上がってアップロードする。

最高に可愛く描けた!

同じくらいのクオリティでかつてfav30は行った絵も、同じジャンルの人からは総スルー

1人で壁に向かってはしゃいでいたという事実と、

TLに流れて来た友達達のオフ会写真

(呼ばれてないなぁ。)

そう思いながら、スっと笑顔を消して、イベントに出すための本の編集を続ける。

「同じジャンルで新しい友達を作れば良い。」

そういうアドバイスを受けた。もうとっくにやっている。

が、その新しい友達も、「元」友達の下へ行ってしまう。

数字なんて気にしなくて良い」

そういうアドバイスを飛ばす人は、絵を上げればラフであろうとポンと100fav行くような連中ばかり。

「もう絵を辞めてしまえば?」

何度も言う。絵を描くのが好きだし、作品も好きなんだ。


そして自分が嫌いになった。

どうしようも無くなって、好きに描いて、アップロードしては沈む毎日を過ごして。

絶対可愛く描けている。だから見て欲しい。見て共感してもらいたいから描いている。

誰も見てくれない。

一体どうすればいいんだろうか。

聞いたってムダだ。

無責任な「ならやめれば良い」という言葉が投げつけられるのは、目に見えている。

2016-06-22

[] Mangina

(マンジャイナ) ケツマン

意味:

Man(男)+Vagina(マンコ)でMangina。

  

男にもあるマンコって言えばケツマンしかないよ。

受け専門の男や男専用の男娼の事もこう呼ぶ。

また、男らしくなくナヨナヨし、女性の方が優れていると思う

ネガティブ思考男性もこう呼ばれる。

  

例文:

My boyfriend has such a great mangina.

  

http://hayabusa.open2ch.net/test/read.cgi/news4vip/1444173718/53

ネガティブな主張は感想レベルでも禁止すべき。

 

http://anond.hatelabo.jp/20160622101102

想像力諸刃の剣からなぁ。

ネガティブな方向に想像力が働いて、萎縮してしまい何もできなくなってしまうくらいなら、

想像力が無い方が上手くゆくことだってあるからね。

ものすごくネガティブ

まりにも自分ネガティブすぎて本当に嫌になってきた。

楽観的に考えられることといったら「死んだら楽だろうな」ということくらいで、

から何か言われれば「否定された」と思い、

なにか予定があるとうまくいかないパターンを延々と想像し、

幸せになれば「こういうのもそのうち終わるんだな」と考える。

なんでこんな性格になってしまったのかと考えると、

十代に親から捨てられたような生活をしていたせいなのかな、と思うが、

もう三十代なんだからうそんなことは忘れたい。

忘れたいけれど、ネガティブ気持ちが強すぎる。

なにかあるとすぐグルグルものを考え込んで死にたくなる。

心療内科にも行ったが、「軽く鬱っぽいかもしれません」くらいで

えらい眠くなる薬をもらって終わってしまった。

グルグル思考になると、「こんなことを考えても仕方ないだろ」と気持ちを切り替えようとするが、

どうにもうまくいかない。

ポジティブになりたい。

ポジティブになれなくても、なんでもないようなことで思い詰めて勝手に悲観して死にたくなるのをやめたい。

2016-06-21

http://anond.hatelabo.jp/20160620233336

それって本当に「創作してる人」だろうか。

ぜんぜん違う界隈の話だったら申し訳ないけど、アニメ系の二次創作絵師場合

自分が描いた絵をダシにしてコンテンツを消費する輪に加わろうとせずに居られない人」

ほとんどに思える。つまり生産風の消費志向

もちろんその中にも、二次作品なりに創作と言えるレベル世界観を構築して、

人を感動させられるような人もいる。

けれど大半の人は、キャラをいじって遊ぶ人形遊びの域に収まっているのでは。

それを批判するわけでは全然ないけど、

でもそう考えたら、だいぶハードルが下がったように感じるし、

創作しない楽しみ方でもそんなに引け目を感じないと思う。

しろ他人作品ネガティブに捉えない品性をそなえていて、

物事を論じるのが得意であれば、人からすると目から鱗の考察ブログなんかが書けるのでは。

創作とは少し違うけどアウトプットではあるから

要は何らかのかたちで、楽しさの共有ができればいいわけで。

つきつめるとその最小形態は、ファン同士の語らいだと思うのね。

あなたの楽しそうなつぶやきだって、同じファンにとっては、

大袈裟にいえばあなたが生み出した一つのコンテンツ

そんな感じで。

BUMP OF CHICKENアルバム"orbital period"のブックレット、「星の鳥」につい

王様が何で王様かというと、王様王様王様と決めたからだ」

という文章から始まる”星の鳥”という物語。この物語について心理学観点から少し考察してみたいと思う。この文章を読むにあたって、筆者はまだこの心理学について勉強の途中であり、未熟な考察が多々あるかもしれないがお許しいただきたい。この日記から、また星の鳥という物語に、BUMP OF CHICKENというアーティストのすばらしさに気づいてもらえたら幸いである。


この物語は、”王様と呼ばれる彼”が、もう一人の彼である星の鳥と出会い、”本当に王様と呼ばれる彼”になっていく物語である


私の学ぶ心理学では、”自己実現”という言葉がしばしば登場する。それは端的に言うと、”自分自分出会う”という体験であり、”出会った新たな自分を、自分の中に統合していく”ということだ。自分が今まで見てこなかった、気づいていなかった、切り離してきた自分人間こころは、それらの自分出会おうとするエネルギーを持っている。学術用語では、「こころ全体性」なんて言い方をする。

王様と呼ばれる彼は、星の鳥という物語を通して、深く、そして厳しい自己実現の道のりを歩んでいる。


自分自身王様と呼ぶことを決めた彼は、自分のことを”王様”としか見ていなかった。だからこころ全体性を求めるエネルギー現実世界へ溢れ出し、様々なもの王様は欲しがっている。しかし、そのどれもは自分のものであって、自分じゃない。満たされない思いは、”胸のあたりをぎゅうっと”させる。

そんな時に、彼は星の鳥と出会う。”星の鳥”は彼がそう名付けただけのものであり、実際は何なのか、物語の中では描かれない。彼が見た星の鳥は、他の誰にも見えることはなく、彼にしか見えていない。星の鳥は、本来自身であるべきものなのである。彼の中にある、”王様”以外の自分ーー彼はそれを星の鳥と名付け、それを自分のものにすることを求めた。

そして、そのために非常に厳しい道のりを歩み始める。

様々な試行錯誤を繰り返し、体に傷を負い、他のものたちに笑われーーそうして彼は気づく。星の鳥と自分自身が似ているということに。

そして、この自己実現、つまり、星の鳥を自分のものにすることは自分一人ではできないことに気づく。自分の力がないことを認め、他の動物たちへ頼む。自分の唯一のアイデンティティであった王様であることすら放棄し、それまで自分の一部だと思っていた大切な宝物も差し出し、それも一蹴され、、彼にとっては相当辛い体験だったはずであるしかし、自分を一度やめるところまで深く、厳しい体験をしなければ、星の鳥を手に入れることはできなかったのだ。


彼は、たくさんの仲間と共に星の鳥を作り始めた。しかし、やがて”死”が訪れる。

私の学ぶ心理学では、”死”を単純なイメージとして扱うことはない。”死”は変化の象徴として扱われることもあり、必ずしもネガティブイメージではない。ここでの彼の死は、象徴的な意味での変化を表しているのではないだろうか。本当の彼自身になるために必要な、死。星の鳥を自分のものにするためには一度死の道を通らなければならなかった。

彼は星の鳥の中心部へ埋葬される。

星の鳥が完成し、王様としての彼の象徴であった冠が彼の墓にかけられた時、彼は猫として生まれ変わり、世界に再び生を受ける。星の鳥である自身王様である自身へと統合され、より高次の存在であるネコへと再生されたのだ。


ここで面白いのが、物語最後に、統合されたはずの星の鳥が再び登場するということだ。

これまで考察してきたように、星の鳥は自己実現過程必要な、自分自身が気づいていなかった自分自身である完璧人間はすべての自分自身を余すところなく統合し、認知下に置いていると言えるが、完璧人間などこの世には存在しない。どんな人間のどんな時にも、切り離してきた自分自身存在するのだ。それを象徴するものが星の鳥であると私は考える。

そのため、一つ星の鳥を自身統合できたからといって、星の鳥は消えない。星の鳥は、再び新たな自分自身を連れて、ネコの元へやってくる。


自己実現”について長々と考察をしてきたが、自己実現はすればするほど良いというものでもなく、そう簡単にできるものでもない。星の鳥の物語に描かれているのは、非常に厳しい自己実現の道のりである簡単にできる自己実現などは、この世に存在しない。しかし、全く自己実現を行わない人間もいないーー。


ーーだから、「思い出した 星の鳥だ」くらいに考えておけばきっと良いのだろう。

2016-06-19

読者の読解力を問題視するのは間違ったポジティブ思考

ポジティブ思考現実逃避は全く別のもの

ポジティブシンキングの例でよく出てくる「コップの水」の話があります

コップに水が半分入っているとき、「半分しかない」と思うか「半分もある」と思うかというやつです。前者がネガティブシンキング後者ポジティブシンキングで、水の量は変わらないのだから、いい方に考えよう。などとよく言われていますよね。

しかし、これが石油資源だとしたら、どうでしょうか。

地球石油資源10年分しかない」「地球石油資源10年分もある」

10年分しかない!とネガティブにとらえた人は、危機意識を持ち、代替エネルギー省エネ方法自然素材活用などの研究を進めるかもしれません。

一方、10年分もあるからまだ大丈夫!ととらえた人は、そこで思考停止してしまます。なんでもいい方向に考えるというポジティブシンキングときには現実逃避となる危険もあるのです。

読者の読解力を問題視するブロガーって典型的な間違ったポジティブ思考だと思う

一部の人誤読や、気に入らないコメント問題視する」ならわかる。

私も、一部はてなブックマーカーが嫌いだ。そういう人は容赦なく非表示にする。(読解力というよりは礼儀問題ですが)

だけど、はてな全体とか、そういうレベルで読解力がーっていう場合、まず間違いなく「読解力がー」と主張しているその人がバカでしょう。自分バカであることに気づいてないだけの本気のバカ

「8割以上の人が誤読する」

「2割の人間しか理解できない」

こういう時に、2割の人間理解できてるから俺の記事は正しいって思う?コップの水2割も入っててよかったーって考えですか?

画期的ビジネスプランだとか、芸術作品ならわかりますよ。でもブログ記事でしょ。そんなにわかりにくこと書いてるつもりないでしょ。わかってもらおう、と思って書いた文章なんでしょ。

それで8割の人が誤読するっていうなら、

自分の主張が正しく理解されてだめだしされてるか」

自分文章が、主張内容が正しく伝わらないだめな書き方をしているか

可能性を疑ってみるべきじゃない?

なんというか「自分は間違ってない」というところを固定して思考するのは

間違ったポジティブシンキングと思うんですよね。



自分の思い通りの反応=読解力がある読者」と思ってるならブログやめてSNSやればいいのでは

投資でいうと、自分ポジション通りに物事が動かないから世の中が間違ってると主張するようなもんなんですよね。

もしあなたが「ビッグ・ショート」のマイケル・バーリばりの天才だったのならそれが真実である可能性はありません。

さんざんバカにされ続けても自分を貫くことで「もしドラ」みたいに大ヒット作品を生み出せるかもしれません。その可能性にかけたいというならそれはそれで構わないと思います

でも、無理にそういう可能性つきあたるより、自分のことわかってくれる、合わせてくれる読者がほしいんだったら、SNSに行けば?

自分が間違ってないってことにしたいがあまり、世の中を変えようとしたって、世の中の人自分ことなんかどうでもいいよね。

きみは碧い宝石 本村碧唯さん36位記念

指原莉乃さんによって史上初の二連覇が成し遂げられ、ベテランメンバーの勇退やフレッシュな新顔の台頭に沸いた第8回AKB48選抜総選挙

80位までのランクインメンバーから構成されるランク帯のひとつ、33位~48位の「ネクストガールズ」に、36位のメンバーとして私の「推しメン」、HKT48本村碧唯さんがその名前を刻みました。



推しメン」とはいったものの、私はいわゆる在宅ファン現場に足を運ぶ勇気もなく、TV番組だって全部はチェックしない、HKTのファンを名乗るのも若干はばかられるくらいのにわかファンです。

私がAKB48を好きになったのは、ちょうどグループ国民アイドルへと進化を遂げ始めていた頃、そのきっかけは当時総選挙で初の選抜ランカー入りを果たした指原莉乃さんでした。

「こんな面白い子がいたのか」と贔屓にしていた彼女HKT48にその拠点を移し、私の関心も自然と博多少女たちへと移りました。

指原さんの巧みなプロデュース若いメンバーの瑞々しいパフォーマンスがすっかり気に入り、特定の贔屓はいないもの歌番組レギュラー番組を時々見て楽しんでいた私の心を奪ったのが、いま「推しメン」として名前を挙げた本村碧唯さんです。

彼女のことは名前だけ知っている程度、いわゆる妹キャラ泣き虫通称「あおいたん」、というのがその時かろうじて知っていた知識でした。

もともと指原さんが好きというだけあって、どちらかというと一癖二癖あるような子の方が好きだった私にとって、事前情報から判断するに彼女はまったく興味範囲から外れていました。

そんな彼女が、レギュラー番組HKT48のおでかけ!」にて活躍の著しかったメンバー表彰する恒例企画「おでかけ総選挙」にてフィーチャーされた活躍ぶりは、あまりに意外なものでした。

仕事中におもむろに巨大なミミズを手づかみし、周囲のメンバーが泣きべそをかいて逃げる中ひとり無邪気に笑う姿、キャンプ体験中、ひとり器用に火を起こしスタジオの指原さんやフットボールアワー後藤さんの口をあんぐり開けさせた姿、釜戸で番人のごとく火加減を見ながらウチワを仰ぐ、妙に手慣れた職人のような顔。ベビーフェイス泣き虫、そして妹キャラというイメージからは想像もできない野生児っぷりに「こんなに面白い子がいたなんて…!」と一瞬にして心を奪われました。

そんなたくましい姿を見せたかと思えば、他の番組では泣き虫キャラとして一躍有名に。メソメソ泣くというよりは話している間にぼろぼろと涙が零れてくるような涙腺の緩さはもはや一芸クラスインパクトをもたらしていました。

ただこれはただの取っ掛かりにすぎず、私が彼女を「推しメン」と呼ぶようになったのはもう少し後のことです。

この頃からメンバーのSNSをチェックするようになり、他のメンバーの顔と名前もようやく一致するようになりました。歌番組でも、ゆるい在宅ながら彼女に注目するようにもなっていました。


そうした過程で見つけた彼女の魅力は主にふたつ。


ひとつは、HKT随一のダンスリーダーであること。

他のAKBグループと比較してあまりダンスに特化していないHKTにおいて、彼女ダンスはずば抜けていました。

小柄な身体をしなやかに操る綺麗なモーションと、若々しいゆえにパワフルな振付を要するHKTのダンスにおいて誰よりも脚が動いている高い身体能力。

グループ楽曲では主に後列にいながらも、劇場公演TV番組披露していた「回遊魚のキャパシティ」でセンターを務めたときフォーメーション先頭に立つ凛々しさ。もともと体育会系として知られていた初代チームKの曲とあって高難易度ダンススキルを要するこの曲において、彼女はかつての大島優子さんのポジションで、当時のパフォーマンスに引けをとらない堂々としたダンス披露していました。

彼女ダンスは、梅田彩佳さんや木下有希子さんのようなスクールコンテストで鍛えたプロフェッショナルな巧さと、前田敦子さんや小嶋陽菜さんのような、「抜け」を作りながらもキメ所を外さない、マイクを持ったTVパフォーマンスにおいて最大限に映える巧さをバランスよく兼ね備えていますタイプは違えど、そんな彼女ダンスの巧さは松井珠理奈さんに通ずるものがあるなと個人的に思っています

私はふだん生息している他ジャンルでもダンスを長いこと見てきましたが、ダンスに弱いと言われがちなHKTにおいて彼女が群を抜いて踊れるのはもちろん、そのダンスグループ全体でも通用するほどレベルの高いものだと確信しています

ベビーフェイスのあおいたんがストライクゾーンに躍り出たのはそれが所以です。


そしてもうひとつは、彼女の「人を見る力」。

劇場公演にて行われるメンバー生誕祭のたびに彼女Google+に書くお祝いの言葉は、どれもメンバーのことをよく見ていて、人のいいことろを見抜く力に長けた彼女の才能をよく表しています

特に、後輩である二期生メンバーへの言葉はどれも印象的でした。

「いい子すぎるんじゃないかってくらいいい子」と評した渕上舞さんが選抜メンバーから外れた翌日、選抜に残った側としてどう声をかけるべきか迷いながらも買い物に誘い出したそうです。のちに渕上さんは、その日はひとりホテルにこもるつもりでいたところ碧唯ちゃんが声をかけてくれた、と語っていました。

ことし卒業した岡田栞奈さんに対しては、「はじめはちょっと苦手だった」という一見ぎょっとするような書き出しに続けて、あんまり自分のことを褒めてくれるから裏があるんじゃないかと当初は不安になったけど、次第にそれが彼女ストレートに人を褒められる魅力のひとつなのだと気づいたと記していました。

所属するチームKⅣのキャプテンかつAKBの大先輩である多田愛佳さんのことを「愛佳」と呼び、愛佳キャプテンでよかったと書くほど強い信頼を寄せています

SKE48から兼任メンバーとしてチームKⅣにやってきた木本花音さんとも大の仲良し。HKTの先輩にあたる木本さんは、当初はメンバーと距離があり廊下でひとりお弁当を食べていたこともあったそうですが、碧唯ちゃんはそんな彼女を真っ先に「のんちゃん」と呼び、兼任が終わるころには「花音」「碧唯」と呼び合う仲に。木本さんのHKT最終公演にて特別披露されたふたりユニットパフォーマンスでは、会場から割れんばかりの歓声が上がりました。

HKT48の周年祭として行われた過去の公演のアンコール上演にて、かつて一期生で披露していた演目披露した日。いつもと同じ公演後の更新に、楽しかったという旨に加えて、ふだんネガティブなことを口にしない彼女が「自分のことで精一杯で、この公演の経験のない二期生に気を配れなかった」と反省を零していました。

彼女の語る言葉は、私の知らないメンバーの素敵なところをたくさん気づかせてくれます。それは彼女がふだんメンバーに向ける洞察力と気遣いの現れでもあります。そして同時に、彼女が先輩にも後輩にも慕われる人物であることを伝えてくれてもいます

ドラフト二期生のオーディションではキャプテンとともに選考に加わるスカウトマンに抜擢され、その時指名した松岡はなさんとは、いちばん先輩といちばん後輩というキャリアの差を飛び越え握手会でお揃いの服を着るほどの仲良し。

渕上さんや同じく二期生の朝長美桜さんは、先輩である彼女を「碧唯ちゃん」と呼び親しくしています

三期生の矢吹奈子さんは彼女を「マブダチ」と紹介。(その真意はいかに)

卒業した後藤泉さんは、彼女を慕って自ら「あおさんのTO」と名乗っていました。

移籍当初その幼い可愛らしさに盛大な寵愛(笑)を受けていた指原莉乃さんとは、今ではお互い元気がなさそうな時に連絡を入れ合う仲。

キャプテン多田さんはことあるごとに彼女名前を挙げ、もっと評価されていいのに、と悔しさすら零すことまであります

同期との固い絆はどのグループどのメンバーにも共通して言えることですが、彼女の先輩後輩を飛び越えた強い信頼関係とそれをもたらす「人を見る力」に、気づけば強く惹かれる自分がいました。



そんな彼女を「推しメン」に据え、初めて自ら一票(記念のつもりだったのでほんとうに一票)を投じた昨年の選抜総選挙

一昨年初ランクインで48位を記録した彼女の順位は、ランクイン圏内ギリギリの80位でした。

ステップアップを目標にしていた彼女にとっては本意ではない順位。それでも、ほんの一票でもそこに自分の票を投じてよかった、81位じゃなくてよかった、もし自分投票しないまま彼女名前が呼ばれなかったら、もしその一票で彼女が81位に落ちていたらずっと悔やんでいただろう、と心から思う自分がいました。

自分投票した子が呼ばれるって、こんなに嬉しいことだったんだ、と気づかせてくれた瞬間でした。


ただ、選抜常連の人気メンバーはい最後列の端が定位置だった彼女にとって、その順位は試練を意味するものでもありました。

高校3年生になり、後輩も増え、一期生だけの頃のような妹的なポジションはいられない立場

AKB選抜に名を連ねる宮脇さんや兒玉さん。グラビア活躍する同期。野心に溢れた二期生の開花。圧倒的な妹分である三期生「なこみく」コンビ存在感。そして逸材揃いのドラフト二期生。

層の厚いHKTにおいて、彼女存在感が常に安泰とはいえないような1年でした。

そして最新シングルで初めての選抜落ち。私も、そして彼女Google+に記していたように、「いつか来るかもしれない」と危惧していた瞬間でした。



今年の選抜総選挙を直前に控えた頃、「HKT48のおでかけ!」にて、一期生メンバー数名を集めた食事会の様子がOAされました。

そこで彼女が口にしたのは、「アイドルに向いていない」という言葉

それを聞いたとき、私は「そんなこと言わないで!」と思う反面、たしかにそう言える節もあるかもしれないな、と妙な納得を覚えていました。


AKBが「アイドルらしさ」という画一的価値観を打ち破った昨今、「アイドルに向いているかどうか」は一概には決められないと思っています

それでも、彼女の性格はたしかに、セルフプロデュースがカギを握るAKBにおいては、たしかにあまり有利には働きません。

そしてそれが、悲しいか彼女長所と紙一重であるとも思っています


唯ちゃんダンスはたしかグループでも指折りの巧者といってよいほど。

ただ、その長所は、言葉を選ばずに言えばアイドルとして当然に求められるスキルが秀でているだけのことにすぎません。

もちろんどんな特技や長所を持つ子でも、みんな同じくらい努力をしているしそれぞれの秀でた能力そのものに優劣の区別はつけられません。だけど、アイドルとしての彼女のそのスキルは、集団の中で目を引いたりテレビで大きく取り上げられたりはされにくいという面があります。(例えるなら、学校テストで満点や一番を取った人が、スポーツ大会で優勝した人のように賞状とトロフィーが贈られ全校集会表彰されるとは限りません。)


さらに、碧唯ちゃんは本当に周りをよく見て他者に気を配る代わりに、あまり自分をグイグイ出すことはありません。

ファンに対して強いアピールや確固たる目標を口にするのもあまり得意でないようです。

真面目な性格の分器用に立ち振る舞うのが苦手なようで、指原さんに「適当にできない(TVのアンケート時間をかけすぎて怒られたりする)」と涙ながらに相談していたこともありました。

二期生や三期生の急進メンバーのような、キャラを立たせ、おいしい機会を逃さないというハングリーな強さにはやや欠けるところもあります


私はそんな不器用なほどにまっすぐなところも含めて彼女を好きになったのですが、たしかにそんな彼女課題欠点はいいません)は大きなハンディキャップになります

人前で決して弱音を吐かない潔さの反面、悩みや本音を抱え込んでいないか少し不安に思うこともあります。(多田さんや木本さんがそんな彼女の性格を慮っている様子を時々見かけます

周りをよく見ているだけに、選抜から外れたときも、悲しい顔をしていては初めて選抜入りした二人が喜べないから、と、初選抜のメンバーを祝福する強さをもっていました。


誤解を招きたくないので念を押しますが、私は決して、彼女が報われないと嘆いているわけでも、彼女を不遇のヒロインとして描きたいわけでもありません。

ただ、彼女の素敵な魅力は課題と紙一重になりかねない、だけど私は彼女のそんなところを好きになったんだ、というもどかしい思いを抱いているだけです。

セルフプロデュースによってスポットライトの下に行き、ファン物理的な支えで直接その光を浴びるアイドルとして、彼女はあまり器用な人ではありません。

そういう意味では、たしかに「アイドルに向いていない」と自らを評価する気持ちも少しわかるような気がします。



それでも私は、今年も彼女アイドルとしての期待を託し票を投じました。

不器用でも人目を引きづらくでも、彼女スキルと頑張りを評価したいと思ったから。

器用に振る舞えない分、どんな時でも一切弱音や環境への不満を漏らさず、たとえ冗談でも他人を悪く言わない彼女のまっすぐな姿勢に惹かれているから。

選抜から外れ、アイドルに向いていないと自分の魅力を陰らせてほしくなかったから。

そして何より、彼女が数多いるアイドルの中で私の目に飛び込んできてくれた唯一の存在であるから

実のところ、在外中ということもあってモバイルキャリア認証の壁に阻まれたこともあり、実際の投票数と貢献度はほとんどないに等しいようなものです。彼女の結果に「頑張ってよかった」とも「悔しい」とも言えるような立場ではないただの在宅として、ほんのわずかでも彼女に届けば、との思いで票を投じました。


そして昨日、開票が進み、HKTメンバー名前が続々と呼ばれ、私ももしかしたら彼女も、今年はもうダメかもしれないと不安を抱き始めた頃、36位のスポットライトは、本村碧唯さんのもとに当たりました。

両手を深く握りしめたガッツポーズ、両手を大きく挙げて喜んだ指原さん、36位のスピーチ中にカメラを向けられ、大きな笑顔ピースを作った仲良しの後輩、松岡はなさんの姿。

速報順位から大きく狂い、「箱推し票」ともいえる第一党グループをかけた駆け引きに左右されたとも噂される大混戦の中、HKT48全体で6番目の位置につけた彼女は、昨年から1万票以上増えた得票をもって、この日自身の最高位を記録しました。



開票終了後に更新されたGoogle+には、彼女の喜びと感謝、そして選抜復帰にかける意気込みに続いて、こんな言葉が記されていました。


「1人じゃ何もできないので(以下続く)」

私はこの言葉を見て、初めて彼女に少しだけ怒りました。(といっても心の中で「もうっ><!」と思った程度のそれ)(基本欠点を指摘する暇があったら好きな子のいいところをできるだけ多く見つけたいタイプ


唯ちゃんは、ひとりでは何もできないようなアイドルではありません。

ずば抜けたダンススキルグループの垣根を超えて、高橋みなみさんの卒業を前に企画された特別公演の一つ「ダンス選抜公演」に抜擢されるほどの評価を得ました。

メンバーに向けた気遣いパフォーマンス能力の高さは、自身誕生日に際し他のメンバーが「これからは碧唯が自分のために動けるように」とコメントしたり、キャプテン多田さんが「頼もしい」「もっと評価されていいのに」と評価したりとグループ内で確固たる信頼に繋がっています

大混戦の中36位というグループ番手位置につける得票は、紛れもない彼女の魅力と功績への評価がもたらしたものです。



彼女は今年の総選挙目標を掲げるにあたって、「唯一碧く輝く宝石になれるように」という自信の名前に由来して、輝く宝石になりたいいつも自分を輝かせてくれるのはファンのみなさんです、と語ってくれていました。

その言葉がとても彼女らしくて嬉しく思うと同時に、「逆だよ、あおいたん」と思うこともしばしばありました。


本村碧唯というアイドルは、それ自身キラキラ輝きを放つ碧い宝石です。

磨かれて宝石になるのを待ってるんじゃない、もうとっくにあなたは宝石なんだよ、と、勇気が出ず握手会にも行けない在宅は心の中で叫ぶほかありません。


しかAKB48という世界において、最終的に彼女たちにスポットライトを向けるのはファンの力です。

それでも、少なくとも私は、「この子を宝石に磨き上げたい」という思いではなく、「この綺麗な輝きをもっともっと光らせたい」「この美しい宝石に似合うステージへ歩むべく少しでも背中を押す声となりたい」という気持ち彼女応援しています

何より、数多いるアイドルの中から彼女を見つけるための道しるべは、他でもない彼女自身の放つ光だったから。



総選挙を終え、今度は自分が頑張る番だと宣言してくれた彼女

決して器用ではない彼女が、今年になってたくさん言葉にしてくれた強い思いを、一にわかファンながら嬉しく頼もしく思っています


から唯ちゃん、これからは、その輝きでみんなを照らしていってね。

唯ちゃんが輝けば輝くほど、その光をもっと広く届けたいと思う人が増えるはずだから

あなたはとっくに輝いてる、本村碧唯という宝石は今まさにスポットライトを浴びて輝きを一層増そうとしているのだと、彼女が自信をもてるようなきっかけになればいいな、と願っています


本村碧唯という、碧く輝くただひとりの宝物に、心からの祝福を。





勢いで書き殴っておいて最後言い訳するのは最高にかっこ悪いのですが、私はほんとうにただの在宅にわかで、今回の結果に至るまでに頑張ってくれた彼女ファンの皆様にただただ感謝するばかりです。

何の力にもなれてないファンだけど、大好きな碧唯ちゃんの飛躍が嬉しい気持ちには変わりなかったので紙吹雪代わりに匿名ネットの海にばらまくことをお許しください。


2016-06-18

http://anond.hatelabo.jp/20160618190018

なるほど、それなら優良企業なんだろうな。

やはり地方(どれくらい地方かわからないが)というのが一番のネックなんだろう。

基本地方に来るのはその地方大学にいる学生か、あるいは出身者だけだよ。

でこのご時世Uターンしてくる奴は公務員志望が多いんだろうし(個人の感想です)、

その辺が不利なんだろう。

で、多分

なんていうかその、デメリットやら問題ネガティブに捉えられすぎることが腹立たしいんですよね。

というのではなく、存在自体ほとんど認識されてないのではという懸念があるように思えるが如何?

http://anond.hatelabo.jp/20160618182039

建材ですねー。


なんていうかその、デメリットやら問題ネガティブに捉えられすぎることが腹立たしいんですよね。

それがどれだけ経営に悪影響なわけ?って、いつも思うんですよ。


それと、都心の糞みたいなベンチャーやら公務員が人気なのを見ると、ふざけるなって言いたくなるんですよね。

負け惜しみなのかもしれないですけどね。。

2016-06-17

http://anond.hatelabo.jp/20160617223837

どちらかと言うと学校へのネガティブイメージだけで反射的に叩いてる。

http://anond.hatelabo.jp/20160617145659

そこにネガティブ意味は込めていない、とも言っているはずだが?

あらそうなの? 俺もなんだけど。おまえが粘着ストーカーなのは事実だし。



あとさ、Aはこうである破綻しまくってんのにそこに議論余地がないような振る舞いをするのはラリッてる詐欺師でしょ。

そもそものおまえの大前提が真であるとする根拠が無いのに議論スタートさせてねじ込もうとしてるんだから世間的に突っ込みどころはない」でしょ。

もちろんおまえが定義した世間において突っ込まれ意味なんてない、ということだけど。

そこまで言うんなら俺が述べた多種の可能性を持つ世間について証明を交えて再定義してよ。



あと粘着ストーカー精神病は認めたということでいいの?

http://anond.hatelabo.jp/20160617144347

その喧嘩腰やめようぜって、最初に「キチガイ」という単語を持ちだしたのは君じゃないか面白いこと言うなよ。

そこにネガティブ意味は込めていない、とも言っているはずだが?

世間的には真であるという判定の反対が必ず偽になるのは数理論理学だけでしょ。

世間的に真であってもそもそもの信者認識問題だとしてるのに定義すり替えてるじゃない。

いやいやいや

ほんとに根本にわかってないよね。

君のは主体がうろうろしてんの。

この程度のことに記号を置くのも変だが、仮に、世間=A、自分=Bとしようか。

「Aはこうである」という意見に対して、君はその意図として「Bはそうではない」という反論をしてんの。

当然A≠Bだから、これ、反論として成立してませんよね?

内容の真偽以前の問題として、論理的につながってないよね、と。不条理ですよね?と。

不満足な人間で在るにもお金がかかるのよね

最近いろいろお休みしたい気分。別にネガティブ思考なことばかり言いたいわけじゃない。今の仕事は好きだし。実験楽しい。でも手取りは今月は11.8万円だし家賃は3.7万円で、貯金はこの三年間多少の変動はあれど下降を描き続けているので、気分は多少塞ぎごみがちにはなる。

まあ嫌なら転職しろって話だし、こづかい欲しいならアルバイトでも増やせってだけの話だし、それも嫌ならいろいろ削ぎ落していけばいいじゃんってだけなのはわかる。現状を打破すべく自分人生と正直に向き合えば自ずとやるべきことは決まってくるのだ。失敗を恐れて足を踏んでいてはならないのだ。行動あるのみ。セイヤッ

というのが億劫でならないのは過去の失敗(と自分認識している)経験セルフキャッピングとなっているのと、金銭面以外案外今の生活に満足してしまっているからなんだろうな。だからこそ大して行動もせずダラダラ今の職を2年以上も続けてるわけだ。自分人生に対して不真面目すぎたなあ。

それはそうとして最近ネット接続時間を減らそうと思って試みている。ネット見てると物欲を煽られるし、世間自分生活ギャップに目を焼かれそうになるし、友達とご飯や飲みとかに行きたくなってしまうから。今得ている情報量は、今の収入の丈にあってないみたいだし。意識高く在るにはお金がいるのよね

満足な豚よりも不満足な人間であれという言葉があるが、この場合は満足な豚を目指した方がいいような気がしている。それで自分人生と真面目に向き合えているのかどうかは疑問だが。