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はてなキーワード: ポジティブとは

2017-01-18

http://anond.hatelabo.jp/20170118151359

そう思うのは自由だよ、単に極度のビビりを克服したいとか、単に性癖的なものかもしれないけど。

極限性能を求められる、そういう過酷な状況に強い人間こそ価値がある、

みたいな価値観は高度成長時代ビジネスマン的で、

人間使い捨てることを前提にした古臭い意識だと思わずにいられない。

今時の価値観でいうと、弱ってしまときに弱ってしまうことは人間的で美しいし、

責められることではなく、人間の弱さを受け入れる器量こそ真の人間的強さだ、

みたいな感じじゃないかな。

ある程度、恐怖心があるのは正常。

しろ恐怖心を感じさせず果敢にチャレンジができる人は、

恐怖心を薄れさせるのに充分な見えない努力を積んできたか

病的にポジティブ精神的に危うい人か、

実際追い詰められていてそうするしか選択肢がない人かのどれか。

いずれにしても、克服しようとして克服する/できるものでもない。

2017-01-16

我ながら興味深い夢を見た

疲れて布団に入ったものの、仕事の考え事や家族生活音でなかなか寝付けなかったときのことだ。

少しずつ現実と夢の境が曖昧になり始めた頃の出来事だった。



突然現れた見ず知らずの人間から語りかけられることがあった。

それは眠りにつく直前まで考え事をしていた内容で、ある種その解答とも言えるものだった。

しかしそれが他人から語りかけられたことによって、目から鱗が落ちるような感動がありつつも素直には納得ができずに、同時に懐疑的に構える自分自覚した。

ところが、その直後、家族生活音によってわたしは突然夢から現実に引き戻されてしまった。



そこでおかし感覚に襲われた。

先程他人から語りかけられた考え事に対する解答とも言える内容は、眠りに落ちる直前にまさに自分が思いついたものだということを思い出したのだ。

しかし、それが夢の中では眠りに落ちると同時に自分が思いついたという記憶はすっかり忘れ去られていた。

その上で、それが突然他人によって語られた情報として自らに届けられることになったのだ。

たまたまその直後に現実に引き戻されたおかげで、偶然自らが思いついたことだという記憶を取り戻すことができたが、もしこのまま夢を見続けていれば、その情報は夢の中の第三者から与えられた情報として自らの記憶に定着していたことだろう。



一種の恐怖とも思える事柄だが、それ以上に興味深いものでもあった。

基本的人間は、自らが思いついた考えに甘い。

そこには発見した喜びがついて回ってしまうからだ。

しかし、他人意見に厳しいのもまた人間である

例え素晴らしいと言える考えだったとしても、ひとまず疑ってかかるのが性というものだ。

その証拠に、腕の立つセールスマン宗教家が答えを口にせず、そこに辿り着くしか無い情報だけを提供して自らが答えに辿り着いたと誤解させることで、巧みに人々を操ることはよく知られていることだ。

自らの発見ポジティブでなくては行動ができなくなってしまうのも、他社の発見に対して素直に従えないのも、生存目的とした生物宿命と言ってもいいだろう。



よく夢は思考を整理するためのものだと言われている。

もしその前提が正しいとするのであれば、この仕組みは実に理にかなっているものかも知れない。

顕在意識の中で発見してしまったものは、記憶が明確である以上、自らの発見であることを否定することは困難である

しかし、そもそも記憶曖昧潜在意識の中で発見したものであれば、自らが発見したという記憶を、仮想第三者発見した情報だと書き換えることはそれほど難しいことではないだろう。

そうしてその情報が、例え仮想であっても第三者から届けられるということで、自らが思いついたときよりも冷静に吟味することが可能になっているのだ。

こうした機能を持つ生物と持たない生物とがいて、どちらが生存に適しているかは言うまでもないことである



そこまで考えて、この出来事を掘り下げていけば人工知能に夢を見させることが可能ではないかという仮定に行き着いた。

そもそも人工知能に夢を見せる必要があるかという疑問があるのは確かだが、しかし、情報を自らの発見第三者から発見とで受け取り方を変えるとした上で、さらに自らの発見の一部を第三者から情報として吟味し直すことができれば、より人間的な思考に近づいたと言えるだろう。

それが人工知能として優れているかどうかは別として、生物的な人工知能としてはリアルものと言えるのではないか

人工知能電気羊の夢を見る日も、もうそう遠くないのかもしれない。

2017-01-13

   

はてな任天堂ファンたちも流石にスイッチポジティブな所を上げて反論出来てないな。

2017-01-12

必ずどこにでもいる奴

空気読まずにポジティブ発言を自慢げにするタイプ

子育てがつらい」

残業がつらい」

「夫・妻の態度がつらい」

といったよくある悩みを話題にして盛り上がっている場面で

「何がそんなにつらいの?別につらいことないよ。もっと楽しもうよ!」

空気を読まずに聞いてもいないつらくないアピールをする。

自分能力を自慢したい場合と、どんなことがあっても「あたし、へこたれへん!」という朝ドラ主人公になりきっている場合がある。



諦観発言をしつつもその後もしつこく会話に入ろうとするタイプ

口癖は「別にいいけどさ」。

自分と反対意見を真っ向から唱えられ、かつ自分が不利な場合によくこの言葉使用する。

「ま、そういう考えもあるんじゃない。自分には関係ないけど」といったそれまでの話をぶん投げるような発言をしつつ、その後もなぜかしつこく蒸し返しにかかる。

別にいいならその場を立ち去ればいいのに、発言してからの方が構ってオーラが強くなる。



人が立てた卵の立て方に文句を言うタイプ

それまでなかったアイディアや試みをした人に対して周囲が概ね賞賛をしていると必ず湧いてくる。

コロンブスが卵を立てたあとに、いやそれはインチキだの、殻の割れ方が汚いだの、やるならもっとうまくやる方法があるだの後出しジャンケンで言いたい放題。

最初に卵を立てたというところを賞賛した上で褒めるケースも極稀にあるが、ほとんどが細かい指摘をすることで自分の方が上だということを示しにかかる。

2017-01-09

君の名は。」へのネガティブコメントに対して、

老害」だの「時代に追いついていない」だのいうコメントを返してるやつらが不憫でならない。

俺がみる限り、そこそこ歳をとってる人であの映画ポジティブ意見を言う人はほとんどおらず、いたとしてもそれは若者の目を気にしたポジショントークかもしくは馬鹿のどちらかだ。

そりゃそうだ、あの映画を誉めてしまうとろくに文化教養が無いことがばれてしまうからだ。それすら分かっていない馬鹿しか誉めないだろう。

どうして年配者があの映画を腐すかというと、あの映画ストーリーテラーとして最も重要脚本演出が驚くほど低レベルでめちゃくちゃでデタラメでヘタクソで、“稚拙”だからだ。

現代ストーリーテリングは当たり前だが人類史と同じくらいの長い時間をかけて、数々の天才の気の遠くなるような切磋琢磨を経て磨き上げ熟成された“技術”の上に成り立っている。

もちろん下を見ればきりがないが、商業映画においても美しい完璧ストーリーテリング作品などざらにある。

あの映画はそこら変の技術的な巧みさが全くないし、どうにかしようとした痕跡も見当たらない。だから映画界の中で草野球試合のように見えてしまい、ベテランほど納得のいかない未熟な作品になっているため、賢明な識者はあの映画にできる限りコメントしない。それでも売れてしまったものに手を出すと火傷するのを知っているからだ。(そういう意味ではあの宇多丸評は、その勇気もさることながら物凄い“技術”が詰まっていた。本当に頭が良い人でないとああい批評はまずできない)

念のため言うが、“辻褄があっている”ということと、“男女の身体が入れ替わる” ということは同時に成り立つ。“男女の身体が入れ替わるわけがない”などという話ではない。“男女の身体が入れ替わる”という土台の上に可能な限り辻褄のあっているストーリーテリングを構築することは可能だ。

その部分の技術が、あの映画は圧倒的に稚拙だ。大人が恥ずかしくなるくらいに稚拙。だから多くの歴史的作品を見た経験の多い年長者はあの映画を腐す。

技術が足りてないということは、むしろあの映画こそが歴史の潮流に乗れず時代遅れの未熟な脚本演出のカタマリになっているということであり、あの映画を腐す老人が時代に追いつけないのではなく、あの映画のあの程度の技術で喜んでいるで若者こそ、時代に追いついていないのだ。今はもう2017年だ。その時代に見合ったストーリーテリング技術をあの映画は持ち合わせていない。言うなればhtmlだけで構築し、そこに綺麗な画像を貼っているだけのWEBサイトのようなものだ。

上手い演出というのは例えば、画面に携帯電話を出すなら、なぜ今そこで電話をかけてみないのかの説明をほんの僅かでもワンカットでも挟む。相手携帯(この映画場合自分携帯)がベットの下に転がって鳴っているのに誰も気づかなそうなワンカットとか、電話帳に無い番号の着信拒否を設定しているとか、理由はなんでもいい。それができないなら、いっそ携帯電話をは一切登場しない作品にしたっていい。「なんで今かけてみないの?」という疑問を放置したりしない。その理由がまったくアホらしくても、説明が全くないのと少しでもある事との間には雲泥の差がある。説明が全くないと制作者側がそこまで意識できていない可能性が否定できず、つまり稚拙な印象を観客に与えてしまう。そこまで気にして作るのがプロ仕事であるのは世の数々の商業作品海外映画などを観てもそれが制作者に共通認識である事は明らかである

または、数年前の彗星落下を忘れているもしくは知らないのは海外留学していたとか(それでも無茶すぎる脚本だが)、もっと被害が小さいけど大事な人が被害者になるようなものだったり、語り口などいくらでもある。

そこら変がグダグダからミュージックビデオ的でイメージビデオ的だと言われる。

気の毒なのは、世の中にはもっと感動的でかつ美しいストーリーテリング成功している作品など星の数ほどあるのに、あの映画の主な観客たちはそれを知らないことが明白であることだ。素晴らしい作品を知っていたら「は?」となって当然なのにそうなっていないのは、単に知らないかなのだろう。逆に若い人でも映画などが大好きで多く消化してる人はあの映画を見て「あ?」となっていた。当たり前だ。

いや、そんな事を求めていない、ただ映像が綺麗です薄っぺら恋愛のようなものを観て感動したいから素晴らしい作品だと言うのならば、まあそれも良いだろうがストーリーテラーとしてレベルが低すぎる事に変わりはないし、その評価が変わることはないのだから、低評価を下している人の感性が劣っているというのは間違いだ。セカチューと同じでなんだかよくわからない状況で恋人が死んで悲しいので満足するのは勝手だが、それでも作品評価は1ミリも上がらない。

ただ一方で、見方を変えると、あの映画に圧倒的な技術を持った脚本家が1人加わっただけで大化けする可能性があることも事実である

例えば分かりやすいところで虚淵玄辺りとタッグを組んだら、おれもヒャッハー言う可能性は否定できない。

脚本演出がどうにかなった時に、本当の大きな評価を手にするんだと思う。

一応、期待はしてる。 mn3

2017-01-02

結婚をしている人間はまとも」というのが呪いのような人

今の時代に「結婚したい」と本気で言ってる人には二種類いると思う。



結婚すると幸せになれるというポジティブイメージモチベーションの人

結婚しないうちは不幸であるというネガティブイメージモチベーションの人



なんか子供ときから自己肯定感が低くて、自分世間に受け入れられていないと思ってる人は後者でわりと早くに結婚してるように思う。

そんで何か問題があったりギリギリまで精神が追い詰められても、離婚をしたら結婚をしていないことになるから不幸になるというふうに自分自分の首を締めるというか。

結婚してる人はまとも」というまだ依然として残る価値観は、未婚の人だけでなく既婚者も追い詰める呪い言葉になっているのではないか

2017-01-01

はてなブックマークに欲しい機能

1.ブックマークコメントと同時に記事黄色スターを付ける機能

2.記事単位で1をオフにできる

3.スター基準ホットエントリーの作成(切り替え)

 

仕組み

基本的に、記事へのスター数がいいね数に該当するようになる(スター数>ブコメ数)

スター付きブコメ基本的記事に対してポジティブだが、炎上記事に対してはスター無しブコメ投稿できる(スター数<ブコメ数)

記事スター数に意味がつくことで、コメントはつけないが、スターを付ける人が現れると期待できる

 

利点:

炎上で注目されるっていう気持ち悪い状況が解消される

 (間違った情報不適切サービスツッコミどころだらけの炎上狙いの記事

・転じて、有益情報が目立ちやす

・変な記事への注目度が下がると、ブロガーのやる気や対はてブ戦略も上がる

 

課題

黄色スターをいっぱいつけられる問題(内部的に1アカウントあたりの上限数が必要?)

黄色以外のスターの取り扱い(黄色ポイントに対して、Nポイントとかになる? ←ニコ広告みたいな位置づけ?)

 

多分現状ホットエントリーは複雑なアルゴリズムになってると思うんですけど

単純な○○数順というのがあってもいいんじゃないですかね?

 

もし検討してもらえたら〜

 

 

編集履歴:2017/01/02 15:53 説明不足だったので編集

 

___

 

1と3を分ける理由について

 

無意識で書いたけど確かにそうだ

ホットエントリーはそのままでスター順になってる一覧が別途用意される形だと、一見何も変わってないように思える

その理由としては「ホットエントリーは別にそのままでいから、よりまともな一覧が用意されてればうれしい」という程度だから

別にホットエントリーを変えてしまえ!というほどのテンションではないということ

 

まずスター順を用意して、コミュニティの流れが「そっちのほうが良いよね」となったら、スター順をトップに据えたり、ホットエントリーのアルゴリズムを調整すればよいのではないか

という妄想

2016-12-31

躁鬱で退職して、隠して転職したけどやっぱり人生詰んだ

1週間前、家族(嫁・子2人)を放り出して一人暮らしを始めた。

正直生きるのに疲れて、この1週間どうやって死ぬしか考えていない。原因不明目眩にも四六時中悩まされていて、もう疲れた

去年睡眠薬ODしてから散歩に行き、起きたのが1月2日病院集中治療室というのがありましたが、あの時もこうやって紅白を見ながらだった。

年を越したら故郷墓参りでもして終わりにしようと思う




医者の診断は双極性障害(躁鬱)+境界性パーソナリティ障害

とにかく感情の起伏が激しい人間なのですが、最初に通った病院SSRI鬱病治療薬)を飲んでから、より一層酷くなり自分でもコントロールができなくなった。




自分なりに鬱病になってから調べたんだけど、私のような双極性障害人間鬱病治療をすると逆効果になるようです。

全く知識が無くて、とりあえずあの漫画で有名な某メンタルクリニックに行ったんだけど、あそこで違う病院だったら違う結果になったのかなぁと思っている。

昔6年付き合っていた彼女精神科看護師になっていると聞いていたので、先日無理矢理連絡取って相談して、「めまいとかもあるんだったら、○○病院とかの総合病院にまずは行って。落ち着いたら私の居るカウンセリング専門な病院来なよ」って言ってくれた。某メンタルクリニックとか○○病院とかは、製造器だからというような事を言っていた。けど、結局その優しさに甘えることはできなさそうだ




皆さんもメンタルクリニックに行くような時は、病院選びが非常に重要なので注意してください。

普通風邪と違って、メンタル系は一度ぁゃιぃ薬を使うと元に戻れなくなります(´・ω:;.:...




所謂IT系仕事を経てきましたが、前職のソーシャルゲーム関連の仕事が昼夜問わない仕事で体を壊した。

人間関係はよかったんだけど、ロードバイクで峠をヒルクライムする時にでも常にノートPCを持ち続けるこの環境に体が適応できなかった笑

やってる人はわかると思いますが、1gでも軽くするのに数万円かける変人が集まる集団に、併せて2kgくらいを常に持ち続けるこのお馬鹿。メインはトライアスロンなので別にタイムはどうでもいいんですが、「俺、なにやってんだろ?」と思ってからが・・・

その前はSIerだったのですが、前線運用部隊と開発部門が明確に分かれている所だったので、どこもそういうもんだと思っていたのが甘かった。

そして仕事時間は明らかに減ってたんだけど、やっぱり心へのダメージってのは時間じゃないよなぁと電通事件を聞いても思っている。あれも結局時間よりも、扱われ方が悲惨だったようだから・・・



という事で別に結論は無いんだけど、Facebook趣味のスポツ繋がりでポジティブ人間空間なので、こういった投稿すると申し訳ないのでこちらに愚痴投稿させて頂きました。

2016-12-28

http://anond.hatelabo.jp/20161228031525

ただのインフルエンサー理論やろ。

今年ヒットした「信長狂想曲」とかはそないな原作ファンおらんでもヒット飛ばせたんちゃうん? ワイ原作見てたけど映画見てないから詳しいこた分からんけど。

インフルエンサーが誰であるか、そのインフルエンサーにちゃんと刺さるものづくりすりゃええんじゃって単純な理屈やが。

最近映画だと「ポッピンQ」が、そのインフルエンサーを探し損ねて刺し損ねた感じになっとるがや。

やっぱり、作品ポジティブ評価してくれる人、重要

2016-12-27

アラサー女の圧倒的な恋愛経験不足は補えるのか

自己紹介

アラサー独身彼氏なし、女

女子校に通い異性に慣れないまま大学というところにぶち込まれるも、自分雰囲気に合わない学科もあってかウェイな周りの流れについて行けず、引きこもる。

就職してから婚活し、お付き合いしたが上手くいか現在至る。

とどのつまり喪女です。

自己紹介おわり。


喪女を称するということは「自分モテない存在である」を自認しているわけで、それから=私に魅力がないかモテない=私はブス

という自覚はかなり有ります

この私はブスという自覚一種呪いのようなもので、中学高校大学とパコリまくって来たリア充には理解できない感覚であると思います



自覚はブスであると強く思っているので、気になる人がいたとしても好意をぶつけられない。

→これは私なんかにアプローチされても相手全然嬉しくないし、

私なんかがアプローチしても上手く行くことはないであろうという逆タラレバ的思想からやって来ます

リア充にこの悩みを相談しても理解されたことはありませんし、

必ずと言っていいほど好意を向けられて嬉しくない人はいないと思うよ!

というポジティブ思考で返されますが、

じゃあお前に聞きたいが猫に好意を向けられたら嬉しいのはわかるけど、ゴキ●リに好意を向けられて嬉しいって思うの?って反論したいです。

結論

まり私はゴキブリであるため、

好意を向けられたら逆に迷惑

恋愛経験が不足しているので、1人で脳内お花畑しているうちに先手を取られる。

喪女恋愛話は大体少女マンガから来てるので実践なんてしたことありません。ので少女マンガ風に気になる人ができたらあの人と付き合えたら?!だとか、あの人にアプローチするにはどうしたら?!というifの思考のみ作動します。

脳内お花畑しているうちに、違うやり手の女に奪われてしまうのです。女は怖いです。これを読んだ男性の皆さんは、女性本命がいたら3人はキープがいると思って欲しい。わりと本気です。

結論

求:実践的な少女マンガ

③気になる人ができても相手が興味を持ってくれない

喪女じゃなくてもこの悩みは誰にでもあると思いますレミゼのエポニーヌ役。ちなみに私は誕生日はいつも1人で迎えているのでレミゼを観て号泣するのがここ近年の誕生日の迎え方です。言ってて悲しくなって来た。

・・・余談は置いておいて、喪女喪女ゆえ、自分の売り込みというのができません。わかりません。今もわかりません。教えて欲しいくらいです。教えろよ!なので気になってもその一歩が進めないんです。①にも書きましたが、自分アプローチされても相手は嬉しくないだろうと考えて②のように1人で脳内お花畑しているうちに③で記載した相手自分への興味がないまま別の人と付き合う...鉄板だわぁ〜(大号泣

告白(アラサーになって告白ってあるの?)もしない限りは相手自分に向き合ってくれるとはわからないんですけど、その一歩が進めないんだなあ、なぜか。

心のATフィールドが強いのかわからないけどもそんなかんじです。

アラサーなので職場好意を示して拗れたらややこしくなるのでは、だとかそういう自己防衛を前提として考えちゃうのかもしれない。プライドが高いと言うのは一理あるし向けられた好意には真摯対応したいと思っているものの、なにせ向けられる好意ゼロなので土俵にすら立てていないという。

結論

自分を捨て周りの目も気にせずアプローチしよう!


いや無理だから

できてりゃ喪女じゃないから。

にしても、上記の通りあっ、こいつ恋愛経験ないなという雰囲気は察していただけたかと思います。たくさん書いてますが私はアラサーです。通説ですとアラサーはそこそこたくさんの経験もして結婚に踏み切る方も多い年頃です。そのたくさんの経験をした人が10とすると私は1くらい。この経験差を埋められない限りは私はホモサピエンスとしての繁栄を手に出来ないかもしれない。難しく考えすぎですか?とりあえず私は好きな人アプローチすらできないチンケなアラサーです。

2016-12-26

コミュ障なりに努力して最近ようやくお世辞らしきものが言えるようになった

今までは思ったままをそのまま口に出すか、

怒られそうなことしか言えそうにないときは黙りこんでしまっていたが

今はそれなりにポジティブな相槌を思いつけるようになってきた

しかし、ひとつ困ったことがある

口に出す前に“正直な自分”を心の中でぶん殴って気絶させる必要があるので

相手言葉を受け取ってから音声として表出するまでに

2秒程度のタイムラグが生まれるのだ

相手「宅は純血種のワンチャンしか飼わないんザァマスの」

正直な私(……死ぬほどどうでもいい)

お世辞用の私、正直な私の首筋を手刀でどつき急いでお世辞を精製

お世辞用の私「……その犬種思い入れがおありなんですねぇ」

……みたいな

このラグがすごく厄介で

間が気まずさを生み、なんとなーく場がシーンとなる

私としてはこれが限界なんだけど

今後これ以上コミュニケーションが上手くなる余地あるんだろうか

ちなみに成人です

2016-12-23

はてな民死生観って輪廻転生が主流だったりするの?

安楽死自殺否定するわりに来世で頑張れみたいなことは割と言うよね

現世で徳を積んで来世に期待するんだ的な感じなんだろうか

なんでそうなるのか不思議だな

確かにポジティブに生きることを肯定しつつ誰かが現世で不幸に陥ってることはごまかせるというプラグマティック観点では

楽な思想ではありそうだが・・・

ポジティブ

死とは肉体から解放である

もう食べなくていい。

疲れなくて済む。

トイレにも行かなくていい。

働かなくていい。

自由だ。ネクストステージへの昇格だ。

から残された人は祝うべきだと思うんだよね。「寂しい」って残された側の勝手解釈に基づいた都合じゃん。

現実から解放されるんだからおめでとうじゃん。いいなー羨ましい。早くぼくも昇格したい。

まあ、確かめ手段はないんだけどね。

しかしたらもっとなんか辛い世界があるのかもしれないね。現世も辛くてやになっちゃうけどね。

2016-12-20

長期的にポジティブ思考

これってやばいのかな?

2016-12-18

怒りの扱い方

怒りの感情をどうポジティブに変えればいいんでしょうか?

昇華させる方法ってあるんでしょうか?

それでも私は、クラウドソーシング応援する。

welqの一件以降、クラウドソーシングに対する風当たりが強くなっている。

筆者は過去、主にクラウドワークス200記事ほどライティングを請け負ったことがある。だが、やがて「クラウドソーシングライターダメにする」と思い、それ以降は使用していない。ただ、世話になったことを差し引いても、たとえば主婦(夫)の方が新たな可能性を掴む土壌となったなど、素晴らしい点もあるサービスだと思う。

ただ、だからこそ、書いておきたいことがある。

それは、クラウドソーシングライターダメにするサービスと化している、ということだ。

     ◇

筆者がクラウドワークスを使っていたのは、2013年の夏から2014年の冬にかけて、およそ半年ほどだ。以下の話は当時の経験ベースにしている。ただ、発注者としてクラウドソーシングを利用している知人数人に話を聴いたところ、おそらく状況はいまでも似たようなものだと思う。

クラウドソーシングが、なぜライターダメにすると感じたのか。

それは「褒め殺しが横行している」からだ。お世辞と言い換えてもいい。

クラウドソーシング発注者は、なぜかやたらに褒めてくれる。いつどんな仕事を納品しても、

「いつもありがとうございます!」

「今回も迅速な仕事、助かります!」

「いつも素晴らしい仕事ありがとうございます!」

「いつも早く丁寧な仕事で非常に助かっています

こんな具合だ。

また、評価も押し並べて★5つしかつかない。

筆者もクラウドワークス20案件ほど発注いただいたが、オール5だった。

なにかおかしいと思った。

     ◇

発注者が期待する以上のものを返そうと努力してきた自負は、もちろんある。だから最初は高い評価がついても、単純に「ありがとうございます」と感謝を覚えるだけだった。

ただ、この違和感を覚えた直後、筆者は過去に書いた記事をすべて見直した。

すると、文章のつながりがおかしいと感じるところがあったり、恥ずかしながら誤字脱字も数か所あったりするのを確認した。

前者については、経験を積むうちに自分スキル感性が磨かれ、それまでなら気にならなかった点に違和感を覚えるようになった可能性はある。だが、後者の誤字脱字はそれ以前の問題だ。

もし、発注者がきちんと記事内容確認しているなら「誤字脱字があります」と連絡するはずだろう。

だが、そうした連絡は一度もなかった。

では、なぜ連絡がなかったのか。考えられるケースはいろいろある。

たとえば、

1:このくらいならこちらで直してしまおうと、スルーしているケース。

2:面倒だからこのまま掲載してしまおうと、スルーしているケース。

3:そもそも記事確認せず、そのまま掲載しているケース。

こんなところだろうか。

そもそも記事内容確認しないのが問題なのは、すぐ分かるだろう。著作権法違反していても、その記事がそのまま掲載されてしまう。今回のwelqのケースだ。二番目も同様である

では、冒頭の「こちらで直そう」はどうだろうか。

実はこれもかなり問題だ。

なぜ問題なのか?

ライター自分ミスに気づかないからだ。

     ◇

上述した通り、クラウドソーシング上では、基本的に褒められることしかない。よほどひどい仕事対応でもしない限り、大抵の場合は受注者に対してポジティブ評価コメントが並ぶ。

だが、それは言い換えれば「欠点を指摘されることがない」ということだ。

欠点を指摘されなければ、その改善はできない。PDCAが回せない。最悪、称賛を浴びすぎて「俺すごい」「私すごい」と勘違いする可能性もあるだろう(意識的であれ無意識的であれ)。その勘違いは、自分省みる機会を奪い、スキル知識を磨こうというライターとして当たり前の使命感と向上心を削ぎ落とす。

自分仕事の不足に自分で気がつける人なら問題はない。

しかし、駆け出しのころは、そうしたセルフマネジメントもなかなか上手くいかない。「良い記事とはどんな記事か」「守るべきルールはなにか」を見極める知識感性がないため、自分記事の不足を自分で見抜けないのだ。

からこそ、他人の目が大切になってくる。

もちろん発注者フィードバックする義務はない。長期的にその受注者と付き合う気がなければ、褒め殺し・お世辞を駆使して一時的に良好な関係を維持し、円満に「さようなら」するだろう。

ただ、それはあくまで「表面的・短期的」な話だ。

そうした「誉め殺し」の蔓延が、クラウドソーシング登録しているライター全体の平均値を下げている可能性は十二分にある(というか確実にあるだろう)

まり「褒め殺し」のデフレスパイラルである

フィードバックがないことで、ライターは成長機会を奪われる。

それによって、クラウドソーシングからまれライティング平均値が下がる。

それによって、粗製乱造が進む。

それによって、発注者サイトの質は下がる。

それによって、発注者は儲からなくなる。

誰も幸せになれないのだ。

     ◇

もっとも、このあたりはライター自己責任だろうという意見もありそうだ。一理も二理もあると思う。

受注を受ける以上はプロとして仕事をしなければならない。クラウドワークスランサーズにワーカーとしてアカウントを持っている以上、プロとしての自覚を持たなければならない。

そしてプロである以上、教えてください・指摘してくださいなどという受け身の姿勢はいけない。

実際、クラウドソーシング仕事を依頼すると、できないことに対して「できません」と返信してくるライターが多いように感じる。だが、できないことを「できない」と言いつづけていては、成長できない。

また、この手のスキル意識に不足が目立つライターは、クラウドソーシング以外で仕事をとることが難しい。そのため仕事はすべてクラウドソーシングから受けるしかない。よって、フィードバックがもらえない仕事を延々と受け続ける。

まり、成長しないのだ。

一方、実力がある人は、どんどん自分仕事をとっていくので、クラウドソーシングからは離れていく。安い仕事をつづける理由などないからだ。

よくサイト運営している知人からクラウドソーシングにはロクなライターがいない」という声を聴く。その実態の裏には、あるいはこうした背景があるのではないだろうか。

から安値の依頼でも、普通に受注される。1文字0.5円でも受ける人がいる。

なぜか。

ほかに仕事がないからだ。

ほかに仕事がないライター

安値で買い叩きたい悪徳業者

いまのクラウドソーシングは、この二者のみが跋扈するプラットフォームへとなりつつあるような気がしている。

     ◇

では、なぜ「褒め殺し」が横行するのか。

しかしたら、発注者側がライター側に気を遣っているのかもしれない。

あるいは、自分の体面を気にしているのかもしれない。

クラウドソーシング上では、発注者がどんな評価をつけたかは誰の目にも明らかだ。よって、自身の体面を気にして★5つしかつけない可能性はある。上述した「褒め殺し」に等しい受注者とのやりとりも、彼・彼女から評価をもらわないためかもしれない(もちろん、なかには素直なコメントもあるだろうが)

だが、クラウドソーシングで取り交わされる仕事は、当たり前だが「ビジネス」だ。

ビジネスで遠慮などいらない。褒めるべきは褒め、言うべきことは言うべきだ。

     ◇

閑話休題

ある知人のライターが、こんなことを言っていた。

曰く「ありがとうございます! これで大丈夫です! と言っていたのに、掲載時に手直しが入っているのを知って、気分を害した」とのこと。

修正点があるなら、その場で言ってくれ」と思ったそうだ。

以来、その業者から仕事は二度と受けていないらしい。

     ◇

welq問題を皮切りに、クラウドソーシング全般「悪」のような風潮が蔓延しないか、筆者は危惧する。決してクラウドソーシングというサービス自体「悪」ではないと思うからだ。

もちろんクラウドソーシング運営会社には、上述した受発注時の悪癖や、ほかに要因があるのであればなんとかして欲しいとは思う。ねとらぼ記事のように、運営会社営業が今回の問題に率先して加担していた事実があるのなら、即刻やめてもらいたい。

ねとらぼ|「クラウドソーシングサイト共犯だ」 キュレーションメディア炎上騒動についてWELQ記事寄稿ライターが怒りの告発

http://nlab.itmedia.co.jp/nl/articles/1612/13/news140.html

それはべつに、運営会社のためでも、その社員のためでもない。

このままでは、せっかくの素晴らしいプラットフォームが、ライターを安く買い叩いてやろうという悪徳業者によって汚される一方だからだ。

クラウドソーシングによって新たなチャンスを得られるかもしれない人々から、そのチャンスを奪うことになるからだ。

べつにその営業がクビになろうが、どうでもいい。

     ◇

一方で、ライターにも問題があると思う。

今回のwelqのような記事を書いていて「これまずくないか?」という倫理観が欠如しているというのは、極めて問題だ。

ねとらぼ記事では、告発したライターが「クラウドソーシングも同罪」と言っている。

以下の記事だ。

ねとらぼ|「クラウドソーシングサイト共犯だ」 キュレーションメディア炎上騒動についてWELQ記事寄稿ライターが怒りの告発

http://nlab.itmedia.co.jp/nl/articles/1612/13/news140.html

ライターよ、あなたも同罪である

     ◇

クラウドソーシングが新たな就業スタイルキャリア可能性を切り拓いたのは、紛れもない事実だ。

筆者も、ライティング経験ゼロからクラウドワークスライター業をスタートし、個人ブログ経由で出版社から編集ライティングのご依頼をいただいたり、上場企業編集長委託していただいたり、貴重な機会を手にすることができた。

クラウドソーシングがあったからこそ、手にできたチャンスだった。

から最後はこの二言で締めさせていただく。

がんばれ、クラウドソーシング

すべての運営会社は、改めるべきをしっかりと改め、真っ当な会社に生まれ変わって欲しい。

2016-12-14

ポジティブ思考フレームワーク教えて

例えば小指を切って血が全然まらなくて騒いでる時に、

「五本全部じゃなくて良かったね」と言われた。

例えば仕事で体調崩して休みとるか隠して頑張るか迷ってた時に、

仕事的にこの先も同じことありそうだからあと5回くらいあるうちの1回だと思ったらいいんじゃない



いずれも「お、おう」という感じで、自分ではネガティヴになってやたら重大視してるんだけど、

から見ると全然大したことなかったり。

そんな発想もあるのかと自分では思いつきもしなくて、それで気が楽になったり大したことないと思えて救われることが何度かあった。

人に言われて初めて気づくのかもしれないけど、そういうマインドフレームワークを知ってると騒ぐよりも先に自分だけで落ち着けるのかもしれない。

なんか良いのあったら教えてください。

http://anond.hatelabo.jp/20161214105035

「進」「退」は「優」「劣」ほどにはポジティブネガティブ意味がないのでは。

2016-12-13

あの乙武でも最近は言いたいことを言うようになった、とスタイル転換を述べてるんだからポジティブ人間我慢にも限界ってもんがあるわな。

そして悪意ははびこりやすいと。

2016-12-11

自分を騙す同僚について

BtoBクライアント向けのサービス提供会社に勤めていて、クライアントワークなので結構理不尽なことが多い。

説明していたはずの仕様簡単に覆されたり、既に出していたはずの見積もりを納品後に値切りされたり、ストレスの貯まることがめちゃ多い。

で、そういう理不尽なことが起きた瞬間、おれはだいたい「なんだよも〜」とか「あいつらふざけんなよ」とか口に出してしまう。

でも同僚は必ずこんな感じのことを言う。

クライアントの◯◯さんも辛いと思うよ」

「仕切り直してもう一回やり直そうか、全体を再度正確に見直そうよ」

最初この人は何で文句の一つも垂れないんだ、人が良すぎだろ、と思ってたんだけど、

飲み会の席になると

「あの会社はクソだな」

担当者の◯◯はどうしようもないバカでさ」

罵詈雑言をぶちまけるのでそのギャップにびっくりした。

いや、前にその人フォローしてたじゃないですか?と聞くとこんなこと言っていた。

「腹は立ったよ。でもネガティブ気持ちを振りまいてもしょうがないので、ポジティブなことを言うようにしてる」

まり自分でも考えてもいない真逆のことを口にすることで、自分自身を騙して前向きな行動をするように促しているのだと。そんで自分自身がそのようにポジティブに動くことで周りも変わっていくのだと言う。

これを聞いてすげーなコイツと感心してしまった。

言葉を先に出すことで行動が次に付いてくるのは、例えば起きる時に「よく寝た!起きよう!」と口にだすことで、寒くても布団から起き上がれたりする。口に出すことで行動せざるを得なくなるんだという。

自分を騙してばっかだとストレスたまるから飲み会の席では思う存分発散していたのだろうか。そう思うと「出すと抑える場所」をわきまえているとも言えるけど。

真似できるかは分からないけど、まだ食いたい時に「あー、お腹いっぱい」とか、そんなに美味しくなくても「美味しい!」とか、身近なところで使えて物事ポジティブに進んでいくではないかと思った。

2016-12-10

マンガを読んでも暴力的にはならないが、確実に人生に影響を与える

http://anond.hatelabo.jp/20161209173308

この増田について、いつものように「マンガ攻撃されている!」と思っている奴が出てきている。

そんな奴らに向けて書く。

マンガ(に限定はしないが)は、間違いなく人生に、人格に影響を与える。

こういう話をすると「ゲーム脳か」みたいな話に持っていく奴がいるが…そういう話ではない。

簡単にいえば、「人間ははじめて知る知識体験に影響を受ける」ということだ。

普通人間は、マンガアニメを見る以前に「暴力はいけません」ということを教わる。だからマンガアニメを見ても暴力的にならない(基本的には)。しかし、マンガではじめて触れる知識体験にたいしては、かなり無防備にそれを受け入れる。もちろん反発をしたり、自分考える人も多い。しかしそうでない人もまた多い。

一番わかり易いのは、セックス関係知識だろう。まぁマンガというよりはAVだが。女は激しく手マンをすれば感じる、激しく突くと気持ちいい、女は股を開いてオナニーする、潮を吹くのは感じている証拠、などだな。これらは相当のプロじゃないと気持ちよくならない。アナルなんかいきなり攻めても気持ちよくならねぇぞ。また、男性側だと、フェラだな。フェラは言うほど気持ちよくない。パイズリも同様。相当のプロがやれば気持ちいいが、彼女にやってもらっても微妙からな。

これらは全て、「見ている分には気持ちよさそう」なものばかりだ。つまり実体験を伴った知識がないものだ。だから勘違いする。それが正しいと思い込み実践してしまう。

エロ漫画で言えば、女は絶頂して母乳を吹き出すなんてことはないし、イク時にアヘ顔にもトロ顔にもならない。顔に力がはいからな。アヘ顔トロ顔になるのは薬キメて前後不覚になってる時だけだ。AVでそういう顔をする女優さんはいるが、あれはプロの技だ。絶頂時に演技できるほどの強者だということだ。そういう女優さんがいたら尊敬しろ

話が怪しげな方法に逸れたが、ことはAVエロ知識にとどまらない。

件の増田の言う男女関係もそうだし、自分選択するロールモデルにも影響する。

そしてその影響は、「自分がはじめて直面する状況」に対して最大の効果を発揮するので、「マンガを真に受けるな」「現実との区別をつけろ」なんてのは虚しい標語にすぎない。

人生大事なことはマンガに教わった」とか「このマンガ人生が変わった」とか、そういう話はそのへんに転がってる。ポジティブな影響があるなら、当然ネガティブな影響もある。全く何も影響しないなんてことはありえないのだ。

小学校の頃、マンガアニメ登場人物に影響されて痛い言動をするやつとか何人かいたろ。それが「影響を与えている」っていうことだ。それがそのままそいつ黒歴史になるかもしれんし、ずっとそういう言動をし続けるかどうかは知らん。しかし確実に影響はあったということだ。「オタクあるある」な数々の言動も、それって要するに実生活に影響を与えているってことじゃねえか。ネタだとしても、そういったものと円のない人とは確実に差異があるということだ。


ゲーム脳の話は論の運び方がバカバカしすぎただけだ。

暴力的ゲームを、倫理教育を一切されていない子供に繰り返し遊ばせればその子は残虐な性格になるだろう。まぁそんな子供はまずいないし、いたとしても実験に使うのは倫理的に無理だ。

それに、外部からの影響を否定するならば、アダルトチルドレンなど存在しないことになる。

これらの暴力性の話と、先の増田の話は前提が全く異なる話なので、混同して馬鹿なことを言い出すなよ。

人間は、「どうしたらいいのかわからない」時に、過去記憶知識を総動員して事に当たる。

その時、記憶知識マンガによくあるパターンのものしかなかったら、それに沿った結果になるということだ。

少年マンガはだいたい「男にモテる(認められる)男」が描写されることが多いので、実際の恋愛とは全く勝手が異なる。

そして、「男にモテる男」の話は同時に腐女子人気にもつながっているということだろうな。

少年マンガ腐女子人気が高くなったのは、単に「気づいた」だけのことだ。何も変わっちゃいない。

2016-12-09

http://anond.hatelabo.jp/20161209115116

「そうならダメだった」

いやこれは作品はそうならなくてよかったんだからポジティブじゃん。

実際の作品がどうなのか、その2つで違うでしょうが

ポジティブハラスメント

前向きに明るく元気にポジティブに。

もうこの単語共が凶器しか見えん。

http://anond.hatelabo.jp/20161209102729

うーん、2点に分けて説明しよう。

言葉を濁すこと

ショートアニメでなければもっと良かった」というのは相対的ショートアニメである現時点の作品を貶める発言なので言葉尻を濁すことは十分にありうる。

こういう考え方も無くはないんだが、まあそんなに使わないよね(使えないわけではないので、これで「下げると見せかけて上げる」メソッドも使われるんだけど)。

おおよそ、上のような意味で使われるのは、作者が死んでしまったり、決定的なタイミングを逃してしまったもう出来なくなった、というような「取返しのつかないことに対する後悔」の文脈でのこと。

ショートアニメを30分尺にして作り直すのは、やろうと思えばできるんじゃないの?と思われてしまうので、あまりそぐわない。



・前段にポジティブ表現がついたとき

「Aは良いが、Bは…」と後ろを濁したとき、まあ一般的解釈としては「Bは悪い」だよね。

「兄は優秀だが、弟は…」としたときには、だいたい弟は無能だと言っているようなものだし

日本では優秀だが、世界では…」に隠されている言葉は「通用しない」。

濁すときは、濁した対象についての評価を濁しているわけで、前段に対する評価を濁すことにはならないんだよ。





もちろん解釈余地はある。

そもそも言葉を濁すのって、解釈余地っつーか言い訳余地を残すためでもあるしね。

「下げると見せかけて上げる」やり方はある。

でもそれはつまり一見すると「下げている」ように見えるということ。

小保方晴子村田マリ、あと規範意識について

時の人である村田マリ氏については、会ったこともなければ分野もぜんぜん違うのですが、小保方氏とは分野も近いし所属的にも近いです。

ある記事ブコメに、村田マリは小保方と近いのではないかとありました。なるほどその観点はわかりやすい。

小保方氏が結局何をしていたかというと、ミーティングなどでのボスの反応を基準としてプレゼンテーション作成し続けていたということ。だから、直属のボスには非常に評判が良い。ボスの反応がよくなるような材料を作るためには、サイエンス規範に逸脱することを厭わない。だからボス以外の同僚からは評判が悪いし、論文としての科学界での評価は最悪です。最終的に彼女の才能は、国民の反応をポジティブにするような記者会見で最大限発揮されたものの、サイエンス相手にしたというのは彼女にとって分が悪い勝負でした。サイエンスを敵に回すというのは、世界を敵に回すのと同じことですから

それで、ギガジンとかの村田マリ氏への罵詈雑言めいているが一面の真実を含んだ記事などを見て、かつ上記ブコメを参考にすると、要するに村田マリ氏はPVとかの反応だけに合わせてwebメディアを作ったということでいいのですかね。メディアとしての規範無視して。盗作など法律的問題もいろいろ騒がれているけど、結局のところ最大の問題は、「一部上場企業が、医療などの情報について誤った記事を、PVを稼げるからというだけで作成してよいのか」という、やっぱり規範意識問題だと思います

さて、サイエンスとの勝負で小保方氏は敗北を喫したが、メディアとの勝負村田マリ氏の勝負はどのように決着するか、注目しています

ところでやはりこの両者に通じるのは、端的に、規範意識の欠如ですよね。高度に発達した社会であり、犯罪率も極めて低い日本のような国において、相対的貧困などと同じように、やや見えにくいが確実に社会ダメージを与えているような事柄なのだと思います

そしてこれは、確かにこれまで学校教育において規範意識教育、これはあまりなされていないと思います。では新しい道徳教育はこれに一石を投じることはできるのか?リベラルサイエンティストである私は、不安を感じるところが大きいのが確かですが、しかしなにもしないというのは、第二の小保方、第二の村田マリが今後も出現し続ける未来意味するのであって、それはあまり私の期待する社会ではないです。

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