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2017-03-24

http://anond.hatelabo.jp/20170323162129

産業界で飼われている草食系畜産動物です。

日米欧、欧の中でも各国違う仕組みでシステムがまわっているのを見るけど、

なかでも日本は本当にうまく回っていない感は外から見ていても感じる。とても日本社会的な特徴がよく出ているかなとも思う。

例えば、高齢化社会の進展で社会保障費が増大する中、

財務省は、高齢者サポート以外の予算一生懸命締め付けるための因縁を各省庁につけて回っているんだけど、

文科省グローバル化とか大学改革とか、それを実施するためのお金として削られる分を取り返そうとしている。

 

財務省はそこに根拠を求めるから文科省が偉い教授陣に提案とかグローバル化ロードマップとかの作成をお願いする。

すると、

もっと偉い教授陣が集まる教授会で何が議論されているかと思えば、やれ大学改革だ、グローバル化だ、

大学院授業の実質化だ、オープンコースウェアだ、アクティブラーニングだ、学位プログラム化だ、

単位互換制度だ、デュアルディグリーだと、文科省の顔色をうかがいながら、

みたいな現象が起きる。

 

ただ、大学運営方針を決めたり戦略を作ったりすること自体世界中のどこでもやってる。

ここで、日本で一番特徴的だなと感じるのは、年功が高い人というか総合力を重視する規範ものすごく強くて、

そういったロードマップ作成を、年功の高い人だけでやろうとすること。

だいたい良い人材が腐らなければ、年々研鑽していくこともあって、

年功が高い人の方が(その組織委内での)総合力が高くなるのは当然の帰結だけど、

それでもある一点で評価すると年功の低い人でも年功の高い人を圧倒することは当然ある。

「他はだめだめなんだけど、ここは素晴らしい」という人材がいたとき

あいつは未だ未だ」「こういうところが足りてない」など、"欠点がない"ことを資質として求めちゃう

 

結局、戦略策定とか高尚とされるお仕事は年功高い人がとるので、大学業務リソースは変わらない中、よそ者とか若い人に、

生産性の低い学生留学生含む)を手厚く面倒みながら、自分事務書類に追われ、試験監督したり、

クラス連絡会とかオリエンテーションとか企画して、引きこもりで出てこない学生の両親に電話相談したり、

大学説明会オープンキャンパス市民講座とかに駆り出され、はては高校訪問などの営業まで

してもらわないといけない体制が出来上がる。

 

長期戦略を作る方の話に戻ると、年功が高い人になると、人生の"あがり"が見えている人が自然多くて、

10年後なんて俺には関係ない話」と口にしちゃう人がマジでいるし、

戦略策定も"欠点がないように"実施項目は並べるんだけど達成目標議論は避ける。

 

経産省資料

http://www.meti.go.jp/committee/sankoushin/sangyougijutsu/kenkyu_kaihatsu_innovation/pdf/004_04_00.pdf

ベンチャー活用」とか実施項目は踊るけど、その帰結については書いてないでしょ?

 

年功高い人の会議でも同様の議論(↓)があって、これまで前述のことは本当に陳腐だと感じられるかもしれないけど、

http://www.meti.go.jp/committee/sankoushin/sangyougijutsu/kenkyu_kaihatsu_innovation/pdf/006_03_00.pdf

 

結局のところ、地方は結局「若者」を排除して自ら衰退するですね。

私も逆の立場になってきたら、しっかり神輿に乗せてほしいし

 

さらにこういったものを作る有識者会議だと「高度な日本技術を輸出」とか、

日本に本当に有意性があるかどうか不明なことが世界を圧倒しており、

しか世界がそれを欲しがっているというクールジャパン前提の実行計画が立つ。

 

他方で、極端な例を挙げると欧州小国だと官僚組織部長(局長の次席)に30歳ちょっとで就くことがあったりして、

しか転職でだったりする(すなわち年功ゼロ)。

そういう人にうまく仕事をさせて、組織利益にしようという目標意識運営側に強い。

 

 

欧米だと博士課程の学生に勤続年数5-6年のサラリーマンと同じ年収を渡して仕事をしてもらうのもよく聞く話ですよね。

日本だったら、そんな社会経験ない人に良く任せるなーって感じするよね。

 

 

でも、欧米の友人もP300くらいの研究提案書(ロードマップ)なんて作ってポジション取りに行ってるし、

大学とかもっと上位の戦略策定している人たちは、

そうやって入手したロードマップを取捨選択編集統合してたり全体目標を作ってたりするんじゃないかなと思うけど、

そういう、屍累々の上に国家戦略的全体像を作る世界日本はなりたくないよね?

2017-03-19

次わけわからんこと言ってたらぶん殴るぞカッペ

よそ者の集まりの街が何カッコつけてんの

たくさんのよそ者の想いは時代が立つと全く赤の他人の想いで上書きされていく

引継ぎなんて全くない、かろうじてガワだけが継続される

毎回スプレーで塗りつぶされるたびに落書きの元になる変えられない壁に手を置きながら「ここに人の想いが集まってる」と呟く

地方とは比べ物にならない速度で真理とは程遠い落書きが重ねられてるだけ

何のメッセージ性もない壁をみて勝手に納得した顔してカメラに顔向けて編集で良いこと言った感を出したい

そんなところにノスタルジーを抱えるしかアイデンティティを保てない出稼ぎ労働者である関東人が哀れで仕方ない

2ちゃんねるCCさくら板の方がまだ高度な文化誇ってるわ

東京文化よりも地元東北文化に誇りを持てよ

勘違いしてんじゃねーぞカッペ

 

お前がバカにして捨ててきたものこそ本当に価値があったんだよ

お前は日々の生活費利便性を引き換えにそれらを捨てたんだよ

それに薄々気づいているのに喪失感を穴埋めするために有りもしない東京の温かさを捏造するな

お前らには何もない

あるのは現住所と生活費仕事だけ

人が死にかけても助けないのが東京だしそれが経済都市東京に唯一必要文化だろうが

まだ「東京フルーツパーラーさいこー!東京文化さいこー!」とかなら納得したが

次わけわからんこと言ってたらぶん殴るぞカッペ

 

http://anond.hatelabo.jp/20170319001055

Tokyo

東京といえば真っ先に浮かんでくるのは、むかし住んでいた山手線内側のアパートマンションという名前だったが4階建てのそれはその前後に住んだアパートと何ら変わりなかった)の管理人をやってたばあさんだ。管理人と言いながらたぶんそのマンションを立てたのはばあさんで、つまり東京土着の地主だ。だが、ばあさんからはそんな裕福な雰囲気は一切漂ってこなかった。土建関係仕事一家でやっていたからそこそこ儲け話もあったと思うのだが、それ以上に出来の悪い孫達の持ち出しが多いようだった。

このばあさん、戦後復興期に男どもに混じって現場叩き上げてきた強者で、30年前の当時でさえ、真っ昼間からもろ肌脱いで船に入れたセメントを捏ねている豪の者だった。垂乳根が丸見えでも気にしないで、通りがかりの私に「おう!」とか声をかけてくる。こっちはビビってしまって声も出ない。

その近所の魚屋で、よく100円のアジのひらきを買った。その魚屋、その周辺の高級住宅の御用聞きで経営を立てていて、別に100円の干物など売る必要はなかった。一心太助のように「今日タイのいいのが入ったからお持ちしましたよ」みたいに訪問してはその場で「お造りしましょう」と包丁さばきを見せる。そういう仕事なのに、律儀に店の前でアジのひらきを干していた。私はその100円のアジ以外買ったことはなかったが、よく「これもってきなよ」と、それ以上に高級なオマケを付けてくれた。

秋に早朝の公園に行くと、銀杏を拾いに来ている人を見た。毎年来るのだそうだ。古木となった銀杏の木と同じくらいむしから、ずっとその公園には銀杏を拾う人がやってくる。

私にとって東京とはそういうところだ。おしゃれな街でも夢が詰まった街でもない。土着の人々がむかしからの暮らしを立てている場所だ。そこに通りすがりとして、私のようなよそ者が数年とか10年とか、あるいは数十年とか一生とか滞在する。その通りすがりが、いつかは東京の一部になるのだろう。

そうやって街は続いていく。


http://anond.hatelabo.jp/20170319001055

http://anond.hatelabo.jp/20170319051441

「俺は面白いコトするためならダンピングするよ?お前らもそうだろ?」

という解釈は、彼のいいたかった趣旨から外れた解釈です。

そもそも、ダテコーは、キャストダンピングを強いていません。だからこそ、断られて恨み節なんでしょう。

木元の本文を少しでも読んでもらえれば分かるのですが、事前に取り決めたギャラはきちんと払ってます

取り決めたということは2者間で合意したということで、なにか騙されて合意させられた訳でもない限りは、

よそ者価格決定に口を挟んでいい道理はないです。

ダテコーの会社がまだ若く資本もごく僅かなところで、アニメ業界の外から来たチャレンジャーであり、

チープながらも既存業界とは異なった作風作品を作ろうとしている、そういう気概を汲んで、

きっとキャスト側も普通より安い額で引き受けているんでしょう。

彼のもとで従業員として働いている人たちもきっと同じことです。

若くて資金力のないベンチャーでは、外注相場通りの額が払えないことはよくあることでしょう。

からどうにか、自社に共感してもらって、妥協をひきだすように、交渉をする。これは当然のことですよね。

それが彼の仕事でもあって、けれどクリエイティブにこだわりたい彼には辛いんでしょう。

もちろん本当は十分だしてあげたい、でも自分の不徳の致すところで、と言っている。

から、仮にウチが大手制作会社のような、資金力のある企業だったとしたら値切りはしないだろうということが伺えるし、

あくまベンチャーの初期だからという事情限定での話をしているんです。

 

「高額報酬要求するのは仕事が嫌だから、腕が悪いから」

このくだりは、私も言い方が悪いと思いますよ。うかつな物言いです。でも

http://anond.hatelabo.jp/20170319053151

で私が書いたように、そういう言い方をしてしまう事も察してあげていいと思うんです。

あのくだりで、彼が本当にいいたかったことは、「クリエティブにはまず第一クリエイティブに目が向いている人と働きたい」

という単純な話なんだと思います。ここは彼も後にツイッターで補足しているので、

昨日の8:52~9:59の一連のツイートを見て欲しいと思います

そうしてもらえたら、真意が伝わると思います

整理するなら、「高額報酬要求するのは仕事が嫌だから、腕が悪いから」は本意ではなく、煽りに釣られて過去自分だけに当てはまる浅い考えが出てしまっただけで

(彼の中では、放送作家として結局ドロップアウトした自分がそれでも平均サラリーマンの3倍ほど稼げたのは、やりたくない真面目な番組ナレーション書きとか、通販番組商品説明とかもやっていたからだ、という自己認識があって、そこから出た「誰もやりたがらない仕事は高額になる」的な考えでしょう)。

実際にはその反対のこと、つまり、「クリエイティブ仕事を本当に好いてやっている人は、よくお金に囚われず(時に自腹を切ろうとしてまで)表現を探求するんだ」

っていうことです。で、彼のようなクリエイティブ系の小さい企業に、しかも出来て日も浅い体力のない時期にジョインしてくるメンバーは、

そういうパッション第一に考える仲間で揃えたいんだ、ということでしょう。

2017-02-28

http://anond.hatelabo.jp/20170227190001

よそ者に対してすごく警戒する地方の人なのかなと思った。

周囲にいる人は全員子供の頃からの知り合いみたいな。

2017-02-06

選挙候補者への声の疑問

最近地方の色んなところで結構選挙があって、予想通りに行ったり行かなかったり色々あろうとは思うけど

いちいちネット落選した人の誹謗中傷を個々ぞとばかりに書いてる人はなんなんだか。




たかだかどーでもいい落ち度を、怪文書じみてあることないこと書き立てること自体アレだけど

体のいい憂さ晴らしに負けた人を利用してるのを見ると、

比較的まともな理由でその人を叩いてる人に失礼だよなあと思う。

せっかく質のいい批判者のお陰でわりと良質な政策議論が提起され、どういう人が落選たかどうかで

当選議員が今後期にするべきこと、負けた人や政党が次どうするべきかを分析するかという局面

特にその地方政治になんの興味もなかったよそ者がしゃしゃり出てきて感情的な「負け犬だたき」をおっぱじめるのは

はっきり言って非常に迷惑だ。




選挙に勝とうが負けようが、候補者議員への、政策論的な批判はどんどんされるべきであるのに、

負けたことだけに関する感情的批判で、建設的な議論が打ち消されるのは、少なくとも健全とは思えない。

2017-01-15

「超潔癖主義」の非現実性

くさや問題が表した潔癖主義

ファブリーズの件もそうだが、今の日本は「超潔癖主義」に蝕まれすぎではないかと思う。くさやが臭いのは誰がどう考えても事実なので、地元はこのCMに便乗するくらいでいいと思う。

何かにつけて「地域差別ガー」というバカにはあきれてしまうが、つまるところ地域の抱える不都合な事実を外部が指摘することを拒絶するけつの穴が小さい子供である。それこそ、彼らの好きな言葉を借りれば「言論弾圧愛好家」ではないか。文化や社会には二面性がある。

私が生まれて間もない頃の話だが、1980年代1990年代鉄道文化が洗練されていたという話題がSNSや掲示板で流行している。はっきり言って、不良が巣を作りそうな文化がそこにあったわけだが、それでも鉄道ファンは誇らしく思う。「鉄道王国」も日本文化だと自尊心を持っているはずだ。

本来文化・社会性とはそういうものではないか2000年代新自由主義旋風だって文化や科学技術などの高度化の裏に犯罪の高度化や富裕層人口インフレ問題もあった。2010年代1960年代の再来のようなのムードの裏に貧困問題があった。オートバイブームの裏にはシビアな封建もあった。


オタク文化マイルドヤンキー問題共通点

オタク今日社会全般で受け入れられているという。あれといえば、昭和負の遺産にもかかわらず迷惑者が誰も輩出しなかったことを「世界に誇る日陰者」と自画自賛する書き込みが拡散されたことが多くの人に衝撃を与えたものだった。案の定オタク自身の努力で出世が実現するとスゴイ発言まみれになった。

冷静に考えてほしいのだが、同じ大衆の同胞であるべき人達がそれと村八分にされる時点で、そもそもすごくなんてないのである。そもそもオタクとは昭和時代学歴社会実験の失敗に伴いヤンキーと共に発生した負の遺産である本来ここで必要な発想は、負の歴史として再発防止策を考えることであり、恥かしく思うべきことである

仮にもしオタクがすごかったとしてもそれは個人個人がすごいのであってオタクはすごくないのである社会が立派だったとしても、それは日本人の寛容性のことである。もしあなたが大衆の一員であれば、さほど無関係ではないか

私は「オタクスゴイ」とそっくりな問題を抱えているのが「マイルドヤンキー」ではないかと思っている。地方リア充話題が出ると、なぜか不良とこじつけ話題が出てくる。不良とは縁のない人でもヤンキーのように扱われる、あの変な社会空気である

当たり前だが、リア充すべてが悪人なわけではない。大体ヤンキー本来の意味は実は汚い。もともとはアメリカ人白人を罵る言葉として生まれたものだ。ジャップと同じ意味合いアメリカ人が「ヤ○○」の言葉を使うものとしてとらえてほしい。

マイルドヤンキーに代わる言葉はあるだろ。とんでもなくダサそうな文化を謳歌しているのは一握りの地方民のうちの一部とか、不良経験者だけではないかと思う。あのグダポンの撒き散らす固定概念への批判としてもいうが、私は地方を何度も見てきたが、北関東でもマイルドヤンキーなんて一握りの数しかいなかったよ。

そもそもマイルドヤンキー言葉根底に都会人による地方人への偏見がある。車好きを例に挙げるまでもなく、外国には日本人が思い浮かべる都市部人間殆どいない。むしろマイルドヤンキーの特徴として挙げられる、「買い物先でショッピングセンター依存している」人は日本を出れば都市部ですら腐るほどいる。国土全体で鉄道依存社会が成り立つ国は、日本を除けば、オランダみたいな地形に恵まれる地域シンガポールのような都市国家以外にない。


「超潔癖主義」の究極である子供ファシズム

私はこの潔癖の究極が「子供至上主義だと思う。日本人はみな車嫌いで鉄道好きというおかしな風潮も、子供のために嗜好を装う仕草だという。必死すぎる。大人な人は、それが普通なしょうがないと受け入れるべきではないか。一番ひどいのは私鉄だ。

子供日本人美徳だと、道徳的な人を表す言葉として普及しているが、これはあの押しつけがましい「道徳」と同じうさん臭さを感じて、私は不気味に思っていることである子供って要は非現実的理想の追求であり、病気だ。

そもそも日本私鉄社会の根源は鉄道公有化の失敗だとか戦争連続による財政難だとか、歴史上におけるネガティブもの副産物である。今でも「幼稚」とかいう。それはつまり堂々とした対等な存在としてリスペクトするものではなく、結局これは子供なる年齢を使った言葉で「恵まれない現実にある人達」を見下している、前時代的な、差別を連想する表現である

欧米圏を見ればわかるように、鉄道弱者というか、つまりよそ者、あるいは貧乏人や弱者のためにある公共施設であって、所得関係なしに使うことをよしとする、ましてや商売の道具としてみなす日本おかしいのである

一昔前ですら日本ではここまで「子供」はうるさくなかった。子供大人らしい事由成熟した男女を目指した途上段階であり、気づけば加齢で大人になっていた、あるいは10代ですでに見た目も中身も大人同然という人もごろごろいて、それがわずか15年ほど昔までの常識だった。

あるいは「リア充な美しい大人は好きですか」というように、青年性を脱した兄や姉であるべきだった。正しさではなく「美しさ」が評価された。この美しさという言葉自体清潔を意味するもので今の異常な潔癖主義に通じたのも、もちろん事実ではあるけどね。


不都合現実」を受け入れた理想の発展が必要

特定環境を聖域化し、あるいは特定の人を「聖人」化してみなし、それを潔癖性を極めた発想とともに崇拝し、潔癖と反する不都合な事実を見て見ぬふりをしたり、あるいは無理してでも隠蔽させようとしたり、それを指摘する存在を許さない、あの感覚。グダポンの言葉を借りればこれは畳精神である

昔の高校を題材にした作品から黒髪すっぴんさんの描写を削減し、わざとそうでない人を代わりに差し替える。これも聖域を作る発想に由来することではないかと思っている。

その点、例えば私が韓国学生をみて感動をしたのは、日本において学生というと黒髪が少ないイメージなのかもしれないが、実際には黒髪のおりこうさんが多くいたこと、そういう風潮がそこかしこにあったため、他人に緊張することがなかったかである

バス停留所で会話したローカル若い女性は、なんかお茶目で、自分生活圏にやってきた外国人を楽しませようというホスピタリティがあって、ものすごく魅力的だったが、やっぱり大人オタクで、至上主義のない国のほうがよほど大人も魅力的だなと感じたのだった。

これは地方にも言える。マイルドヤンキーの連中なんてありゃ「普通リア充か重度なオタク」だ。オタク?ってくらい偏執的で、大衆らしさに欠けている。いわゆる元ヤンさえ良くも悪くもリア充らしさがない(事実、彼らが外国に行くとサブカルオタク扱いになる)広い意味での問題なのだ

日本に出てくるテレビタレントには個性らしさがない。オタクがいない(例外はあるが)。根っこからのおりこうさんであることを売りにした俳優・声優がいないし、変わった趣味を売りにする者もいない。誰もがそうなるありのままもないし個人差もない。

これは、日本人一定割合。どちらかといえば韓流ファン経験のある人たちで、同じくマイルドヤンキーか学がありそれなりに品格のあるような人が、ものの感じ方の成熟が遅れたことにあるんじゃないか、と私は思っている。子ども時代や貧乏なときは誰もが感性が幼稚で極端な理想を抱くものだ。

しかし、大人になり、10代になり、豊かになれば、あらゆる体験を通して現実を知るというか、様々な存在を知って、自分自身の肉体と考えの成長もあって、そういう非現実理想を一度捨てることになると思う。代表大学生における運転免許取得ラッシュだ。「免許取得者は学のない人のほうが多い」とか「都会人は一生免許と無縁」の虚構に気づく。

私達ネット原住民的には中二病とか高二病とも揶揄される、つまり冷笑主義にも陥るのだが、その現実実在不都合性を含めた事実の中にある魅力に気づき、そこから新しい夢を見出だしたりするのが、普通の諸外国ならハイティーンか遅くても20代経験する段階で、日本人もかつてはそうだったのではないか

そういうわけで、高学歴だろうと、立派な社会的地位にいようが、年齢が中高年だろうと、マイルドヤンキーと変わらないような潔癖主義理想を振りかざして現実を拒絶したり自由創造表現ユーモアを叩くあの感じは非常に納得がいかない。幼稚な人が多すぎる日本現実がほんとつらいです。


(韓国などの例外を除く)外国コンテンツは、優れた表現ほど徹底的に不都合現実事実に向き合っている。だが、それをただそのまま描いたり、不穏に誇張するだけではなく、そこから楽しさや夢を見出だそうとする傾向があると思う。その際にはお堅い因習を破ることになる。

だがその独創性第一段階にある「お堅い因習を破ること」を全力否定するのがグダポンのいう「畳精神」であり、右派や私の言う「コリアニズム(文化的右傾化)」である。つまりどんな理不尽でもそれがしきたりで、その空間では聖域性を守るために自分が屈しなきゃいけないし、適応しない他者は咎めなきゃいけないという枷を兼ねた同調圧力も発生する。韓流ブームものすごく親しんだ人ほど危ない。

ティーンエージャーになる前の現実離れした理想主義(と、それを理想を向けられた側がそのまま受けとめなければいけないということ)に畳精神コリアニズムはとても相性がいいのである。新しい幼稚な感覚と、古い老いた因習コラボさせると、アニメ漫画特撮ドラマビデオゲームまがいな、子供ヤンキーだという狂うジャパンがあふれるのである

私が現代の日本はともかくとして一昔の韓流華流コンテンツ敬遠したのは、アメリカコンテンツとは違い、理想主義を極めたあのディズニーでさえ、そのテーマパーク映画などに「不都合現実を受け入れた上でのイマジネーション」がないからだ。理不尽もの批判的に描くこともなく、拒絶せずにそれを受け止めることすらしない。現実逃避ありきなのだ

私の記憶する限り韓国中国テレビドラマアニメには、日本人ネガティブ過ぎるとして驚いた自転車乗りの姿が描写されていない。1990年代2000年代(2010年代)に日本型暴走族話題になったが、それを風刺するような作品は出てこない。当たり前だが韓国人中国人オタク風刺するような作品もない(日本ですらオタク風刺作品はあるが)

そういう子どもたちはこうしたコンテンツの変わりに漫画小説(ライトノベルを含む)やゲームいかれた様子を見ることで、それを教訓にすることができるわけである日本作品で言えば喧嘩番長龍が如くに出てくる「不都合現実を誇張した」不健全卑猥日本風景も、実は意外にも理想や夢とどこか通じるものがあるし、その中にもやはり社会に対するメッセージもある。

そう考えると、欧米程でないにしても自由な創意工夫性は日本においてはなんとか健在であり、その自由表現の娯楽を通して成長につながることもできたりし、その上でまた新しい夢が見れるというのが、本当にすごいと思っていて、韓国中国にもそういうクリエティティを獲得するには、まず日本同様に現実至上主義と畳精神解体を加速させることが必要なのだ

2017-01-11

沖縄本島ってどんなところ?



最後

2016-12-15

日本の文化を豊かにしている「伝統継承」の存在

最近日本ゲームメチャクチャ品質に優れてると思うのは、表現リアルさだな。表現の良いものを据置機・携帯機で販売し、その補助としてPCゲームを利用している。1970年代からトンデモ文化だったゲームは今や大衆文化。従来型ゲームを残し、進化させたことが奏功したともいえるよね。リア充の人は、アニメを見て、そこからPCオンラインゲームなりスマホゲームをしている人がいると思う。パズドラを深く楽しみたい人は3DSのみならずスマホを買う。ソシャゲとはオンラインゲームに近いスケールのものであって、中毒性質のない古典型とは違う。オタクならよくわかると思う。ゲーオタにとって任天堂ソニーのそれはXBOXとともに本格的にゲームを楽しむための機械事実上ネトゲであるソシャゲ難易度が低く、リア充の遊びであって敷居が低い。深く味わうにはPCゲーム買うほうがよほど効率的だ。

こうしたゲームを含んだサブカルオタク圏というものがあり乗り物文化・非大衆文化がある。さらにそれと構造を共有する文化があって、それは「サブカル性」の存在日本文化繁栄を実現している場所なのだ問題は、それ以外のもの。そこには深く楽しむのための技術がない。

たとえば中国には据置機ゲーム開発メーカーがないという。PCソフトゲームこそあるが、その品質も据置機にすら負けていることは、マリオを愛する日本人間にはよくわかっている。ソシャゲ嫌いがほとんどだからね。韓流台流ゲームアメリカ流のそれと比較するべき水準ではなく、どちらかというと和製オンラインゲームと似ていると思う。サブカル拡張ために発展した据置機文化と共有できる要素がない。単に特殊アイテムを買うときだけに金を払わせるので収益性がない。ミーハーはともかく硬派から評価は高いといえない。

アジア諸国交通が長い間道路依存していてそれを鉄道が補っているように、韓国台湾中国鉄道オタクに対する理解が遅れている。アジア諸国マイルドヤンキーが多いから、中韓台より事情は悪いかもしれない。「日本は異常なんだからいいだろ!」とヤンキーに言われそうだけど寛容性は大事よ?大卒の元ギャルにお世話になったことがある。ギャルはい文化だと言っていた。誇らしげだった。しかし「リア充」という感覚ではなく「元ギャルの人」という意識があるような感じだった。鉄道好きだって鉄道オタクではなく元変わり者」という感覚が古い世代にはあるはずだ。車・バイク好きのオタクに以前噛みつかれたが、それこそヤンキー文化ソフト版が車・バイクカスタムフェチでしょう。痛車好きは一応オタク文化だが、敷居が低いこと、イメージの悪い時代存在、極めて似ている。鉄道好きも車・バイク好きもマイルドヤンキー化しているし硬派の存在無視した大衆化だそう。道での繋がり傾向のサブカルとは違うのだ。

2000年代に不良の衰退でまともになった点や文化的歴史位置づけにおいて、バイク文化キモヲタ文化は似ている。どちらもへそがないものだ。しかしこれらはマイルドヤンキーとは違い、縦方向上下があり、そこでは繋がりが途切れることない。バイクは1970~1990年代世代キモヲタ1990年代世代が変わり者の集まりになっている。一方、鉄道路線鉄道趣味人口密度関係はどうか。負の相関関係にあることは誰にでもわかる。とにかく地方ほど鉄道好きが多い。おまけに観光地化も進んでいる。足を引っ張る人間もいる。都会にこそアンチがいるどうもバイクよりかは可愛いバッシングに思える。

ソシャゲが生誕10周年を迎えるが普遍的ビデオゲームとの性質の違いがはっきりしているように、将来この溝は埋まらないと思う。そして、2000年代以降の最近に量産された書物にはこういうパターンが多い。物凄い売り上げになるが、誰にも知られない…。この手の似非サブカル文化がよくないのは、サブカルとは消費者構造の違いがありすぎるのに、内実を伴う本当のオタク文化のようにビジネス方向性として普遍化してしまうこと。しか財界の都合はどうであれマイルドヤンキー割合が高くなり、民度もばらつきが出てしまう。そこに道の繋がりはなく、完全な単細胞になる。

結果的ハイカルチャーでもなければ、サブカルでもない中途半端サブカルチャーが寂れる。ギャル文化は(業界面で)のイメージ凋落して久しいがその人達の評判もクソッタレてるでしょ?ヤンキーみたいな末路を追うことになるんです。いい加減な文化はみんなどこも。もちろんアニメ好きや鉄道好きに対するバッシングもあって1989年宮崎勤ショックや2002年西武鉄道ショックがまさにそうなのだが、低迷期はわず10年弱だったし、現在ではむしろ好かれている文化ので、私たち鉄道好きはほんとはめちゃ好かれ者なんだよね。「汚い日陰者」から一転して大成功ってすごすぎるよ。

最近都市部では駐車場駐輪場金も安くなっているのに、いざ買うとなるとかなりの金額がかかり、トータル費用原付バイクだけとっても最大で10万円台はいささか敷居が低いとはいえない。ロードバイクですら5万円以内で始める事等やろうと思えば可能だ。持続的に利用できて、かつ一定の敷居の高さがあればいいわけ鉄道は厳かな仕来りを残しつつ観光要素があるのは非常に優秀で、バスもその点では平成以降は充実の流れがある。

最近流行っている鉄道不買運動は、田舎外国から来たよそ者が参加できない、敷居が高いしか難易度の面でも非常に中途半端。ひどいと最低限度の駐車場駐輪場はおろかガソリンスタンドが整備されておらず、都会特有曖昧道路交通マナーとあって運転もめちゃくちゃ大変なのである。あれは遅かれ早かれにわかに終わる運命しかないと思う。別に日本大都会で増え続ける都市鉄道嫌いと車・バイク好きをDISってるわけじゃないが、日本ではロードサイド文化もろとも車社会は終わる運命にあるし、車やバイク都市部ではスポーツ用具以外もはや意味ないし、アジア諸国を手本にした再開発を実行したらその発展の犠牲欧米由来の都市文化の居場所が消えうせるのは必然しかない。したがって現代であれば満員電車も大量の外国人必要悪なので、日本は本当の意味観光大国化がしたいなら防災などの予算などで余った分を人口増加対応に充てればいいと思う。歩道車道を分離して歩道の容量を拡張する。近年では鉄道の整備に努めているようだが、例えば鉄道だけを取って鉄道女性専用車が役目を終えたら、その跡にグリーン車を設置したらいい。乗客分散させるのだ。

神奈川県横浜郊外はかつて、関東特有田舎文化があった。昔の相鉄ローカル線同然だった。それが昭和時代経済成長で都会の仲間入り。どれ程すごいかと言うと、昔は関東仙台同然だった横浜郊外仙台市とは比べ物にならないような高度なニュータウンへと変貌したというのだ。話がそれてしまった。

電車男サブカル文化が変わり、鉄道に対するイメージすらJR九州の躍進で変わった。縁の下の人を守り続けることが日本文化の持続可能性のポイントであり、もちろんそれを各現場の人が一番わかっていると思うんだよな~

2016-12-14

地域密着型の店の方が敷居高く感じる

やたらおしゃれな店とかスタバとか緊張する、入りづらいっていうけどさ、老夫婦が昔からやってる商店街のお店、とかのが入りづらいんだけど。

自分のようなよそ者が入って良いのか不安になる。チェーン店ならどこでも余裕で入れるのに。

2016-11-17

学歴うんぬんはこのスピーチに完全に纏められてる件。

「何故学ぶことが必要なのか」具体的な作用を挙げて語っている。

日本はまだまだ、必要論者であれ不要論者であれ認識根本が呑気な人が多いね

切実になった頃には、もう何もかも遅いかも知れない。



J・D・ヴァン

アメリカの「忘れられた労働者階級」の葛藤

https://www.ted.com/talks/j_d_vance_america_s_forgotten_working_class/transcript?language=ja

0:11

初めて洒落レストランに 行った時の事をよく覚えています 高級なレストランでした 法律事務所主催した 面接ディナーでした ウエイトレス食事前に歩き回り ワインが欲しいかと聞いてきたので 「もちろん」と答えました 「白ワインを少し」 と



0:25

すると彼女は即座に言いました 「ソーヴィニヨン・ブランシャルドネが ございます



0:30

その途端頭によぎった事が 「かっこつけたフランス語できどるなよ とにかく白ワインをくれ」 それでも推理力を働かせ シャルドネソーヴィニヨン・ブラン白ワインの2つの種類だとひらめき 「シャルドネをください」と答えました その方が僕にとって発音やすかった それだけが理由でした



0:50

僕がエール大ロースクールに通った 最初の数年は たくさんこういう経験しました 見た目はみんなと同じでも 文化的には よそ者でしたから 僕はエリート層の出身ではありません 東海岸北東部サンフランシスコ出身ではなく 故郷オハイオ州南部の鉄鋼業の町 様々な社会問題に喘いでいる場所です アメリカ労働階級が抱えた問題体現している場所です ヘロインが浸透し 僕の知り合いも含め たくさんの命を奪っています 家族間のもめごと 家庭内暴力 離婚により家族が引き裂かれています 社会にも悲観的なムードが 浸透しています このような地域で 死亡率が上昇している事を考え この状況で暮らす 人々の多くにとって 目の前の問題こそが 地域の死亡率を押し上げる 直接の原因だという事を理解すれば 問題は身に迫ったものに感じられます



1:42

僕はそんな葛藤を 目撃しながら育ちました 僕の家族は長年その苦労と 共に生きてきました 僕の家庭は豊かではありません コミュニティー汚染した中毒は 僕のファミリー汚染し 悲しい事に 母も犠牲者の一人です 家庭内では たくさんの問題に 直面しましたが その原因は ある時はお金がないこと ある時は 人材や物資人間関係に基づく支援が得られないことで 僕の生活にも 大きな影響を与えました



2:15

もし14歳の僕の生きざまを見て 「この子は将来どうなるだろう」と 考えたとしたら 学者が「社会的地位の上昇」と 呼ぶ面で苦労するという 結論に達したことでしょう 社会的地位の上昇は 抽象的な用語ですが 「アメリカンドリーム」の核心に 大きな影響力を持っています 社会的地位の上昇とは 意識であり 僕のように貧しい境遇で 育った子どもが そこから抜け出し もっといい生活ができるのか 今よりも経済的に豊かな生活可能になるか それとも今までと同じ状況に 止まるかを判断できるのです 残念ながら 立証されているのは この国における上昇移動は 期待するほどは進んでおらず 興味深いことに 地域によって ばらつきがあります ユタ州を例にとりましょう ユタ州の貧しい子供は 実はそんなにひどい境遇ではないのです アメリカンドリームをそれなりに 享受できる可能性が非常に高いのです ところが僕が育った地域 南部や アパラチア地方や オハイオ州南部では 貧困から抜け出す可能性は少ないのです これらの地域でのアメリカンドリーム事実上 夢に過ぎないのです



3:26

何が原因でそうなるのでしょう? まず考えられるのが経済 あるいは構造的な原因です これらの地域を思い浮かべてください 石炭鉄鋼業といった産業を 取り巻く景気動向は最悪で 人々が向上するのを難しくしています それが一つの原因なのは確かです また頭脳流出問題で 優秀な人々は 高度な技術を要する仕事がないため 地元から離れていきます 地元ビジネスやNPOを 作るのではなく 別の場所へと去っていき 結果的に才能が流出します このような地域では破綻した学校も多く 子供たちへの教育支援ができず 将来チャンスを手にすることを 妨げています これらの要素は どれも重要です こういう構造的障壁を 軽視する気はありません ただ自分の生い立ちや 育った環境をふり返ると 別のことがおきていて それも重要だったのです その影響を測るのは難しい事ですが 同じぐらい現実的問題でした



4:19

まず最初に言えるのが 計り知れない失望感が 僕のコミュニティーに漂っていた事 子供達は自分選択無意味だと思い込み 何が起きても どんなに一生懸命努力して 向上する意欲をもっていようと 良い結果には ならないという絶望感です 子供が育つには厳しい環境です そんな思い込みを切り替えるのは 非常に困難で 思い込みは時に 疑いの原因になります 例えば いま盛んに議論されている 政治問題である積極的差別是正措置」です 差別是正措置政治的見解によって 仕事場教室多様性を促す 賢明方法かどうか 評価が分かれます このような地域で育つと 差別是正措置は そこに住む人々を 抑え込むものだと考えがちです 労働階級白人だと 特にそうです この措置は単に政策の良し悪しの 問題ではなく 自分の足を引っ張るために 政治力資金力を持つ人々が企てた 陰謀だと考えるのです 差別是正措置に対する いろいろな陰謀論が 現実であれ妄想であれ存在し その結果 将来への希望は 歪んでしまます



5:30

そんな世界で育って どうしたらよいか考えた場合 答えは2つになりそうです 1つ目は「一生懸命 勉強するのはやめよう どんなにがんばっても結果は同じだから」 もう1つの答え方は 「一般的成功の基準を 求めるのは止めよう 例えば大学教育や一流な職業 等 そんな基準を気にするのは 自分とは違う境遇の人間だし どうせ彼らには 受け入れられないから」 僕がエール大学に合格した時も 家族に聞かれました 「入学審査委員会に通るために リベラルのふりをしたのか?」 これは本当の話です もちろん大学の願書には リベラルが付けるチェック欄など ありませんでしたが これは こういった地域で 様々な社会障壁を通過するために 自分を偽る必要があるのではという 極めて現実味のある 不安感を表しています これは重要問題です



6:16

たとえ悲壮感に落ち込まずに 例えば 自分選択には意味があり 適切な選択をしたいと願い 家族自分のために 向上したいと思ったとしても 僕が育ったような環境では そもそも どんな選択肢があるのか わからない場合があるのです 例えば僕は弁護士になるには ロースクールに行く必要があることすら 知りませんでした 調査で明らかになっているように エリート大学低所得層子供にとって 割安だということも知りませんでした なぜなら有名校には より多くの寄付金が集まり より多額の学資援助が可能からです 僕自身この事を知ったのが エール大から資金援助の案内が届き 数万ドルの「所得に応じた援助」と 書いてあった時でした そんな表現さえ 初めて知りましたが その手紙を手にしながら 叔母に言いました 「これって 生まれて初めて 貧乏なおかげで すごく得したってことだね」



7:06

僕が その情報を 手に入れられなかったのは 僕を取り巻く社会的ネットワークが その情報を得られなかったからです 僕はコミュニティーから銃を撃つこと それも上手に撃つことを学びました すごく美味しいビスケットの 作り方も学びました ちなみに 秘訣は常温でなく 凍ったバターを使うことです しか社会成功する方法は 教えてもらえませんでした 教育や将来の可能性に関する 適切な判断 すなわち この21世紀における知識経済の中で チャンスをつかむのに必要な事は 習いませんでした 経済学者私的人間関係まり友人や同僚や家族から 我々が得る価値を 「ソーシャルキャピタル」と呼びます 僕のソーシャルキャピタル21世紀アメリカ社会では 通用しないことは明らかでした



7:49

もう一つ とても重要な要素があります 今も続いていて 地域ではタブーとされています現実的問題です すなわち 労働階級子供は 「子供時代の逆境体験」— 要は「トラウマ」のことですが これを経験する可能性が 非常に高いのです 親から繰り返し殴られたり 怒鳴られたり 罵られたり 親が乱暴されるのを目撃したり 麻薬の常習やアルコールの乱用を 目撃するといった経験 これらは全部 子供時代の トラウマの例ですが 僕の家庭では よくおきていました さらに重要なのは 家でよくおきていた トラウマ現在だけのことではなく 数世代に渡っているという点です 僕の祖父母は 子供が生まれた時 当然の事ながら子供を 良心的に育てるつもりでした 2人は中流階級で 製鋼所の仕事で まともな収入を稼げました でも 結局 彼らは子供たちに たくさんの トラウマを与えてしまったのです 何世代も前から続くトラウマです 母が12歳の時 目撃したのは 祖母が祖父に火をつけるところでした 祖父が犯した罪は酔っ払って 家に帰ってきた事です 祖母は警告していました 「酔っ払って帰ってきたら 殺してやる」 と そして その通り実行しました 子供にどんな衝撃を与えたか 想像してみてください



9:04

ごくまれ出来事と 片づけられそうですが 実はウィスコンシン州 児童信託基金調査によると 低所得層子供の40%が トラウマ複数回 体験するのに対し 高所得層の子供では わずか29%なのです これが何を意味するのか よく考えてみてください もし皆さんが低所得層子供なら およそ半数がトラウマを 数回は体験するのです これは まれなことではなく とても深刻な問題です



9:34

そのような体験をした子供が 歩む人生予測できます 麻薬に手を出す可能性も 刑務所に入る可能性も 高校中退する可能性も ずっと高くなり それにも増して心配なのは 彼らも自分達の子供に 自ら体験した事を 繰り返す可能性も高まるでしょう このトラウマ家庭内の混乱は この地域文化子供たちに残す 最悪の重荷であり 延々と引き継がれていきます



10:01

これらの要素の全て 絶望 落胆 将来に対する悲観 子供時代のトラウマ ソーシャルキャピタルの欠如を 総合して考えると 14歳の僕が 統計の数値の一部として 逆境に負けた子供の1人になる 寸前だった理由がわかります



10:21

ところが予想外の事が起きたのです 僕は逆境に打ち勝ったのです 僕にもチャンスが訪れました 高校卒業大学も終え ロースクールに行きました 今は満足できる職についています 何がきっかけだったのか?



10:36

一つ目の要因は 祖父母の存在です 人に火を放った あの祖父母が 僕が誕生した頃 自らの行いを改めたのです 2人は僕に安定した 家庭環境家族提供してくれました 子供にとって必要なことを 両親ができない時には 必ず手を差し伸べて その役割果たしてくれました 特に祖母意味のあることを 2つしてくれました 1つ目は 僕が勉強子供として必要なことに集中できる 平和な家庭環境を作ってくれたこと さらに それだけではありません 祖母中等教育さえ 受けていませんでしたが とても鋭い人で コミュニティーが 僕に向けて発するメッセージ 僕の選択には意味がなく 不利な立場だというメッセージに 気づいていました 祖母は ある時こう言いました 「ジェイディー 自分を不運と思うような 負け犬なっちゃダメ やりたいことは何でもできるんだから



11:23

もちろん彼女自身も 世の中の不公平認識してました 子供人生不公平だと伝えつつ 自分選択意味があるという事実子供にしっかり分からせる これを両立させるのは難しいことです でも おばあちゃんは うまく両立させたのです



11:40

もう一つ 助けになったのが アメリカ海兵隊です 一般には米軍の一部として知られ もちろんその通りなのですが 僕にとって海兵隊人格形成する 4年間の特訓コースでした ベッドを整えることや 洗濯をすること 朝早く起きること 自分お金管理すること 僕のコミュニティーからは 学べなかったことです 初めて車を買いに行った時 ディーラーで21.9%という 「超低金利」を勧められて 危うく契約するところでしたが 結局は断りました 将校相談たからです こう言われました 「おまえバカ地元信用組合もっとましな契約しろ」 言われた通りにしました 海兵隊に所属していなければ そのような知識は得られず ハッキリ言って 家計破綻していたでしょう



12:25

最後に伝えたい事はこれです 僕は指導してくれる人や 僕の人生重要役割を 果たした人々に恵まれました 海兵隊から オハイオ州立大 エール大学 そして その他の場所で 人々が手を差し伸べて 明らかに僕に欠けていた ソーシャルキャピタルを 確実に補ってくれたのです 僕にとっては幸運でしたが そういう幸運を得られない 子供たちも多く この状況を どうやって変えるかという 我々全員が考えるべき 重要問題を提起していると思います 我々は崩壊した家庭に生まれ低所得層子供たちに 温かい家庭を どうやって提供するか 問う必要があります 我々は低所得層の親たちに 自分子供や伴侶と より良い関係を築く方法を どうやって教えるか 問う必要があります 我々はソーシャルキャピタル指導力恩恵を受けていない 低所得層子供たちに それを どう提供するか 問う必要があります 我々は 労働階級子供たちに 読解力や数学といった 知識や技能を教える方法だけでなく 対立の解消や財務管理といった 社会的技能を 教える方法について 問う必要があります



13:32

僕は答えを全部 知っているわけではありません 問題解決する方法を 全部知っているわけでもありません ただ これだけはわかっています オハイオ州南部では 今この瞬間も ある子供不安そうに 父親の帰りを待ち お父さんがドアを開けた時 しらふか 酔って千鳥足か 気をもんでいます ある子供母親注射針を腕に刺し 意識をなくしてしまい なぜお母さんが 晩ご飯を作ってくれないのか わからないまま お腹をすかせて眠りにつきます ある子供は 将来への希望はないけれど 必死の思いで より良い暮らしを求めています どの子も より良い暮らしへと 導いて欲しいだけなのです 僕はすべての答えはわかりませんが これは わかります なぜ僕がこれほど幸運だったのか そして この幸運を より多くのコミュニティーや この国の子供たちに与える方法について もっと意味のある 問いを発しなければ この厳しい状況は永遠に続くのです



14:32

ありがとうございました



14:33

(拍手)

http://anond.hatelabo.jp/20161117145750

2016-11-12

豊田市の定住政策なんて嘘だ

朝日新聞の有料記事を貼っておく。

http://www.asahi.com/articles/ASJ9J4RDLJ9JOBJB008.html

新聞紙で読んだが実態は少し違う。新聞オブラートに包んでいるが、そのオブラートを破って中身を教えよう。

杉本町では、よそから来た人を地元民が面接して、気に入らない人だと住民にしない。

村人が欲しがっているのは下働きをしてくれる若い衆なのであって、村人の言うことを聞かない人間必要とされていない。

よそ者を定住させるつもりなんて無い。だから定住する人はいない。

山間農村の定住促進と言いながら、旧来の村民行政の金を食い物にしているだけ。

こんな限界集落は早く消えたほうが豊田市のためだ。

平成の大合併は失敗した。

2016-11-04

地方出身者が上京して数年たって思うこと

東北田舎から東京大学に進学して一人暮らしをはじめた

大学卒業して就職先も東京に決めた

今や上京したてのころはさっぱりわからなかった電車の乗り換えもスムーズにできるようになった

完璧標準語で喋れるようになった

人混みの中でも周りにぶつからないで歩けるようになった

知らない人に声をかけられても無視するようになった

おしゃれなお店に入れるようになった

もはや東京人になりきっている

それでも私は東京の人ではなくよそ者なんだという意識が消えない

きっと一生そうなんだろうと思う

東京はどこまでも特別場所で、私は東京にいても東京の人ではないのだ

2016-10-18

http://anond.hatelabo.jp/20161016215206

昨日、自身経験から残業禁止にしてもブラック企業は生まれるよという話を書いた。

予想以上に反響があり、また想像以上に私の意見が伝わりらない部分があったように思えたので、ブコメで出ていた意見突っ込みに対して回答を書きたい。

これでもまだかつて私が在籍していた会社他人事として笑っていられるだろうか?




Q1. 単に残業禁止にするだけなら弊害出るのわかってるでしょ?馬鹿なの?

A1. 今回の残業禁止令は外部から来た役員の発案でしたが、外部から来た役員というのは往々にして社内に基盤がない。

部外者が社内に居場所を作るには何かの実績を上げる必要がある。

そんな新役員の野心と、人件費削減という汚れ仕事よそ者押し付けたいという元から経営層の思惑という利害の一致が

今回の短絡的な残業禁止令につながったとわたしは思っている。

ちなみに新役員イメージとしてはマクドナルドベネッセ社長歴任した原田氏を想像していただくと話が早い。




Q2. 業務効率化を優先的にしなかったのが悪いのでは?不要会議をなくしたりしなかったの?

A2. かつて在籍していた会社情報を書かなかったので、いろいろ想像をする余地ができてしまったのかもしれない。

ひょっとしたら『Excel方眼紙Faxが現役です!』みたいなロートル企業想像されたのかもしれないが、そうではなかったと明言しておく。

PC一つとっても、技術系の社員フルHDデュアルディスプレイが標準装備だったし、

会議だって外せないコアメンバー以外はSkypeで自席からの参加でよく、必要な部分だけ入ればよかった。

上司の決裁がいるときも、ハンコをもらって回るなんてことはなく、直属の上司関係者CCに入れたメールを送れば終わりだった。

Wikiベースの社内グループウェアも導入していたし、生産性については割と理解のある会社だったように思う。

不要業務といえば、社員旅行花見といった昭和文化は遠く昔に廃止され、学会発表業界紙への寄稿といった業務関係あることも数年前に廃止済み。

これ以上どこに無駄が残っているというのだろうか?




Q3. 人増やせよ。教育削るなよ。

A3. 人を増やすのって一朝一夕でできることではない。特に技術系の仕事は一人前の戦力になるまで時間がかかる。

かつての弊社の場合社員総数800人程度で、毎年平均して30人程度の新人採用していたが、もし人員増を計画したとしても一気に100人採るなどということは不可能だっただろう。

採用コストもあるし、オフィスの空きスペースがないというのもある。一番大きいのは『教育リソース』の問題だ。

新人指導するのは30代~40代の中堅、ベテラン仕事だったが、日常業務の主力である彼らの時間を『OJT』という名の教育でとられるのは短期的にみると戦力ダウンに直結するからだ。

ちなみに残業禁止後、新人教育が削られたのも、業務の主力たる彼らが事業に専念しないと仕事が回らないため。

で、そういう面から考慮した結果が採用人数30人という数字なわけで、これではどう頑張っても年4,50人に採用を増やすのが限界だろう。

現実的に考えると人員適正化には5~10年くらいはかかるんじゃないだろうか。


また、人員に余裕を持つということは、不況時にリストラされる可能性が上がることも意味しているわけだが

これの件については皆さんどのようにお考えなのだろうか。私はリストラを食らうくらいなら平時残業労働力不足をカバーする方がましだと思うのだが。




最後に反ブラック企業の皆さんへ。

私もブラック企業文化には反対の立場だが、私の文章の表面的な部分を拾って一斉に弾劾する皆さんのコメントからは、ブラック企業の『匂い』を連想せずにはいられなかった。

正義御旗のもとに盲目的に悪を弾劾するのもありだとは思うが、こういう世間空気による同調圧力こそがブラック企業長時間労働正当化した原因だということを思い出していただけないだろうか?


それから、私がやっているメーカー仕事だが、国内同業者との競争だけでなくてアジア新興国との競争も激化しているというのは周知のとおり。

彼らのハングリー精神はすさまじいものがあり、昭和の日本を思わせるモーレツぶりを発揮している。

そんな状況において、国内一社が働き方を変えただけではどうにもならないと思うのだが、そういう場合でも一律に社会悪だというのだろうか?

どうも最近議論は近視眼的すぎるように思う。狼男を撃つ銀の弾丸存在しないのだ。理想論を語るのもいいがもう少し現実を踏まえて議論してはいかがだろうか。

2016-09-27

格安SIMスマホを使っている人はもしものめにもう一台スマホ

 最近通信費節約するためにガラケー格安SIM運用しているスマホの2台持ちが増えていると思う。

格安SIM通信費キャリアと比べてすごく安い反面、端末が故障したとき保証が皆無である(当たり前の話だが)

 私はXperia Z3のドコモモデル(SO-01G)を白ロムで購入し格安SIM運用している。

先日画面上部5mmくらいがタッチスワイプをしても反応しなくなった。ネット上で調べるとこの不具合タッチ切れと言われ、Xperiaシリーズではかなりの数で報告されているようである

わたしドコモキャリア回線はとっくに解約して他社のガラケーと2台持ちで運用していた。

なので有償修理かもしれないなと思いつつも近くのドコモショップで修理依頼を出したところ無償修理であった。

格安SIMでもドコモ正規販売XperiaZ3であれば無償修理に応じてくれる模様。

 しかし、当然ドコモショップからすればよそ者である私に代替機は当然ながらないのであった。とりあえず我慢するしかない。

ガラケーPCはあるので最低限度の連絡手段はあるのが幸いである。

しかし、日頃スマホ必須アイテムだという人は故障したとき代替機がないとなったら困るであろう。

そのためメインで使っているスマホとは別にもう一台、安いのでいいので買っておくことをおすすめする。

2016-09-24

パンチのきいた関西言葉

関西圏から大阪移住した。

めったにないことだけれど、日常生活の中で「でんがな」「まんがな」を聞くことがあると、ちょっと得した気分になる。

大阪市内オフィス街で「でんがな」「まんがな」なんてのは、ギャグでない限り日常的に使われていないのだが、

ながいこと営んでおられる小さな会社のおじいさん社長や、地元密着の喫茶店スポーツ新聞を広げている高齢者は使う。

「はあー、いつまでも暑ぅおまんなぁ」というように。

とても心ひかれる。大阪に住んで10年になるというのに旅情を感じる。

漫画やら映画やら小説しか接することのないパンチのきいた関西言葉に接すると、「お!」と反応してしまう、よそ者生活がもうすぐ10年。

直接聞いたわけでもないのに今まででもっとも衝撃を受けた関西言葉は、

「どくいり きけん たべたら しぬで」

グリコ森永事件のあれ。

事件当時小学生であった私は店頭から菓子がなくなる事態に遭遇したはずなのだが、よく覚えていない。

菓子に毒が混入される事件であり、小学生からの注目度はかなり高かったと思う。私も夢中になってテレビを見ていた。

しかし「どくいり きけん たべたら しぬで」は、後になってというか、ネット文字列として認識してはじめて衝撃を受けた。

内容の反社会性はもちろん、どことなユーモアのきいた恐ろしさのようなおもしろさ。

凄みのある顔つきの男が眉間にしわを寄せながら、片方の口角だけをあげてにやっとしたような気色の悪さに惹きつけられる。

それはそうと、豪栄道が優勝だ!

2016-08-18

猫の友情について

猫の友情についてのお話しを2編させていただきたいと思います

猫は基本的には単独行動を好む動物であると考えられています

ですから猫の友情お話しなんておかしいですよね。

でも、これからお話しすることは私が実際に経験したことです。

飼い主のいない猫の暮らしはその日を生き抜くための食料を探し、

狩りをし、縄張り異変がないか偵察して回り、外敵から身を隠し、

時に雨風に体力を奪われる。そんな風に生きるだけで精一杯です。

一方、飼い主がいる猫ではどうかというと、雨風をしのげる家に暮らし

暑さ寒さだけでなく外敵からも守られ、きれいな水を飲み衛生的で栄養のある食事をし、

昼間は時折遊びながら主に眠り、夜間は時折眠りながら主に遊ぶ。

病気の時には、猫にとっては不本意かもしれませんが医療も受けられる。

なぜ、いきなりこんな話をしているかと申しますと、両者の間では

精神活動に差があるのではないかと思うからです。

一方はもっぱら生命維持活動の為だけに精神が使われているのに対し、

もう一方は人間生命保証しているために精神活動に余裕があると申しましょうか

潜在的に備わっていた精神的な能力を発揮できる条件が満たされている。

から、今まで常識だと思われていた猫の行動から少しばかりはみ出した

事もできるようになる。そんな風に考えたらおかしいでしょうか?



もう20年位昔の事です。

茶トラの雄猫(名前を仮にトラとしましょう・去勢済・8才)と一緒に郊外

一軒家を借りて暮らしていました。

その頃の私はまだ猫の飼養方法について無知だった為に、トラは家と外とを

自由に行き来することをゆるされていました。トラが自由に外出できるように

私は所謂猫ドアを設置しました。

ある日のこと。猫ドアをバタンと音をさせてトラが外出から帰ってきました。

そして驚くことに、続いて見知らぬ猫が猫ドアをくぐって入ってきたのです。

その見知らぬ猫がトラに続いて入ってきたタイミングから考えて、

どうもトラがその猫を招き入れたとしか考えられません。

トラの様子を見ても、よそ者自分テリトリー侵入したにもかかわらず

平然としています

見知らぬ猫はトラのドライフードを食べたそうにしていましたが、残念ながら

人間である私のことを恐れて、しばらく逡巡したのち外へ出て行ってしまいました。

このことをどう考えたらいいのでしょうか。

トラが友達を家に招待して自分食事を分け与えようとした?

あるいは、トラが友達を私に紹介しようと連れてきた?

そもそも、猫と猫とが初めて友情確認しあうときにはどのような

コミュニケーションを行なうのでしょう。不思議出来事でした。



私が住んでいた家の隣にアパートがありました。

そのアパートの住人である女性がやはり猫を飼っていました。

白黒のはちわれ(1~2才位)とミケ(生後半年位)の2頭です。

うちのトラとはあまり仲はよろしくなかったのですが、

よくうちの庭へ遊びに来ていました。

うちの庭には梅の木が植えてあったのですが、ある日猫の鳴き声がするので、

外を見てみると隣のミケが梅の木の上で鳴いていました。

どうやら、木登りをして遊んでいたのが降りられなくなってしまったようです。

そして、梅の木の根元には隣のはちわれが、私をにらみつけるように見上げて

座っていました。ミケを私から守るため逃げることなくそこにいるのです。

飼い主である隣のアパート女性に、ミケが木から下りられなくなっていることを

知らせ、救助してもらいました。

その時に、この仔達はきょうだいなのかと質問したところ、

血は全くつながっていないとのことでした。

友情というよりは、はちわれとミケは一緒に暮らしているので家族愛のような

ものでつながっているのかもしれないですね。

でも、自らの身を挺してミケを私から守ろうとしたはちわれの勇気に感動しました。

2016-07-18

松前病院を語ってみる

立場としては、北海道在住、バイト医。趣味聖地巡り。

こないだ道南で割りのいいバイトがあったので何個か組み合わせて道南出張の旅をやってきた。

イカ食ったり、夜景見たりそれはそれでとても楽しかったのだが、うわさで松前病院崩壊という話があったので偵察してきた。

もちろん松前は以前から行ってみたい土地の一つであり、松前城博物館の展示物はとても興味ぶかく満足いく旅であった。

まずは通り一遍松前観光を終えて、なんとなくそこらへんでランチ

人もいないがさすがに海鮮うまいなーと寿司をほうばりつつ、大将世間話をしてみていくつかわかったことがあった。(当方自称歴史好きサラリーマン

いわく

松前にも病院はあるが、たいしたことやってくれない

・大きい病気とき函館に行く

盲腸だってやれない病院なのに信頼なんてできっこない

・やめるとかなんとかいってるけどまぁもう関係ない、どうせ函館行くから

新幹線木古内うらやましい・・・

ぐらいのこと。

最初に感じたのは住民病院ギャップ

まずはこの地域のこの規模の病院を維持するのはとんでもなく大変なことだということを地域住民(すし屋の大将をn=1で代表にして申し訳ないが)が

全くといって理解していないこと。

しか木村院長のもと「全科診療医」として(これはこれで異論も無いわけではないが)とりあえずは何でも診ますという姿勢を貫いていること、これがどれだけ

大変なことかを理解していない。とりあえず診ますということは診たものに関しては紹介もふくめて最後まで面倒を見ることに他ならないと思う。

それを「専門外」ですから、という一言で片付けられて自分函館まで連れて行って一から病院を当たる苦労を肩代わりしているなんて想像もついていないんだろう。

そこにはやはり、この過疎の土地で「他でも生きていけるよそ者技術者」が「自分たち税金で高級をとって」、「盲腸すらろくに見れない」というゆがんだ認知があると思う。

アッペの手術なんて比べ物にならない恩恵を受けているにもかかわらず 函館年収1000万円でアッペのオペができる医者>>>>松前に単身来て年収1500万円で何でも診てくれる医者という

認識になっているのは、だいぶ愕然としたけどなんとなく聖地というか日本僻地全般してみられる認識なのかもしれない。

ブログとかつらつらと拝見するに、「よそもの」が「高い給料とって」、「地域事情も知らずに」、「きれいごとばっかいって」、「われわれの日銭が入る貴重な機会をつぶしてる」

みたいな認識なんだと思うし、その認知の歪みを是正するなんて、今5-70代の松前オピニオンリーダーに求めても、ぜーったいに無理に決まってるので

粛々と撤退するほか無いんだろうなーと思うし、正直ここが崩れたら救急医療の道南ドミノ大会が盛大に開催されるに決まってますので近づかないにしかず、という聖地ならではの

景色が繰り広げられることだと思うことですよ。

あ、なんか七人中四人しかやめないなんて報道ありますけど、地域枠の後期研修医とその御守り役が残るだけなので、来年には医者ゼロだと思いますよー。

さすがに道庁もこんな聖地虎の子はもう送らないと思いますどっとはらい



追記 報道見ると研修医さん10月で別のところいけるんですね、よかった。で、やめるの三人というと院長と後期研修医と、子飼いERさん?後の人どうするんでしょうね。あまり残るとも思えませんが。

2016-06-23

http://anond.hatelabo.jp/20160623163052

平将門徳川家の子孫だ、ってのならその言も納得できるけど、ただそこに住んできただけなのに、自分祖先が作ったみたいな気になってよそ者文句を言うのは恥ずかしいからやめたほうがいいよ。


まあ東京解体して首都機能経済機能分散させた方がいい、ってのは同意だけどね。


でもそのためには強烈なインパクト必要EVA望郷戦士ドラゴンヘッドみたいに東京が壊滅して首都機能を他に移さざるをえない、ってパターンとかね。

2016-06-08

うっかり関西弁方言)を出してはいけない?

就職して中国地方田舎へ来て2年たつけどうっかり関西弁を出しちゃうとどうもこう馬鹿にされるんだろうか。

普段標準語を心がけてるけど生まれから20年近く使ってきた言葉だしうっかり出ちゃう

やっぱアクセントからして違うしなんかよそ者ってことで他人不快にさせてしまうんだろうか。

2016-05-23

マスターキートン5-6話 砂漠のかーリマ

マスターキートンの中でも印象に残っていると言う人が多いであろう砂漠のかーリマンの話。

新疆ウイグル自治区、崑崘山脈から流れ出る2つの大河に挟まれ水の豊かなコータン紀元前からシルクロード佐伯何度のオアシス国家として栄えていた。こーたん近くタクラマカン砂漠の下には東西交流の後を示すオアシス遺跡が数多く眠っている。その降誕北方110キロにある車は累積ここが舞台になっている。

遺跡の発掘と保険とは味切な関係がある。発掘参加者の紹介保険の丘後から発掘品の盗難破壊保険をかける場合もある当然発掘されたもの保険契約内容にふさわしい考古学価値を持つか否かを鑑定する必要も生じてくる。故に保健委員仕事も大いに関わってくる。

ウィグルと呼ばれる人々はトルコ系の遊牧騎馬民族8世紀には中国北西部支配する大帝国形成したしか9世紀後半キルギス人により滅亡現在中国北西部の各州の民族自治区に分かれて生活をしているウィグル族は15世紀以降イスラム化した会長はいちにち誤解目回の礼拝を欠かさない。

我々をイーグル足の上に立つの新の神のみであるだがかつてオアシスが水を持つ者が支配者だった私のように小作人として生を受けたものは様子吉田吉田の拍子に告示され続けた私はこの地にとどまった子後はマホメットに最も近い伝説の英雄さリコの生地とされていたからだ私が毛沢東軍隊のために戦ったのも我々老いぼれ側の信仰自由のためだ英雄サーディクのように。

われわれはついにあれを発見した。あれこそが1000年の昔この砂漠で戦ったauサービックの聖なる量の上に立った礼拝所の後だ。中央の壁の凹みは聖なる印だ。



「よくわからん世界中にはよそ者がつかつか踏み込んでけない場所がたくさんあるってことです最近日本人は平気で工夫を壊しちゃいますけれどもね。」


タクラマカンウイグル語では生きて帰れんの砂漠と言う意味


第6話では 太一サバイバル知識が本段に発揮される。


まず日中そこに下差し込まない東西方向に穴を掘って直射日光を避けるもちろんそれだけで脱水症状しているわけではなくこの時点でミスターハニーがほぼ助からない状態になる。

まず日中そこに下差し込まない東西方向に穴を掘って直射日光を避けるもちろんそれだけで脱水症状しているわけではなくこの時点でミスターハニーがほぼ助からない状態になる。

次に石をしゃぶったり音を掘り出して水を吸ったりと言う行動とる。

われわれは全員おそらく体重10%位の水分は既に失っています。昼の朝から考えて後5パーセントでも水分をしなれれば我々みんな死んでしまますまず水できれば塩分が確保できるまではここを動くべきではない。

それから天文学の知識を使って方角の確認

我々の現在地およそ北緯37度50分タクラマカン中央よりもずっと南にいます佐伯何度まで少なくとも60キロ2万はかかります北半球の北緯10度位北では北極星コードから現在地が分かるまず本滝ノ町2開けた何お守りのついた糸を垂らすそして北極星を除く人が分度器で示した角度90度から引くと北極星の行動=色となる言時がない場合は指でも代用可能である


さらに花を用意してねずみ男捕まえネズミ血液を飲んでなんとか生きる。

さらに小便を濾過して水を用意する。

人間の体は脱水症状が進むほど帰って頻繁に名が出るもんなんですよ。

砂漠に穴を掘りその上をビニール嘔吐太陽熱で、ビニール布の下の空気は温められ血中の水分が蒸発し水滴となる。水滴は、穴の中央ビニール袋に落ちてた。。つまりこれは1種の天然蒸留である

10世紀のサーディクの物語

彼は新の教えを伝えるために多くの仏教と戦い開始を迫ったが、女子供だけは決して傷つける事はなかった。しか仏教徒にはとの戦いで彼の部下が誤ってこども園12処刑してしまったことがあった彼は自ら新の裁きを受けるために腰6-101砂漠の中に身を置いた。生きて砂漠から戻れるか田舎上に撮ったのだそして4日後彼は生還した砂漠帰りマンとして。

彼は新の教えを伝えるために多くの仏教と戦い開始を迫ったが、女子供だけは決して傷つける事はなかった。しか仏教徒にはとの戦いで彼の部下が誤ってこども園12処刑してしまったことがあった彼は自ら新の裁きを受けるために腰6-101砂漠の中に身を置いた。生きて砂漠から戻れるか田舎上に撮ったのだそして4日後彼は生還した砂漠帰りマンとして。

水をやれ。水を飲ませてやれあいつわかり万だ。

2016-05-17

地方東京と俺

「都会人気質人間が全員都会に行ったら、非都会には非都会人気質人間しかいなくなるじゃん」というトートロジー的な思いを昔から持っている。これは、東京に行きたいのに行く根性のない自分に対する肯定から来る思いだろうか。それともこの戯れ言自体が、丸の内のシュッとした金融っぽい会社に颯爽と通勤する平行世界自分妄想なのだろうか。



四国某市で生まれ育ち、大学関西某市で暮らした。地元でも下宿先でも、味わったのは「アーケード商店街」の衰退だった。実家の近所には人口の割には人通りの多い(多かった)商店街があった。家族でよく行った「おたこう」の親父は連帯保証人になって知り合いの借金抱えてどこかで死んでしまったという噂を最近聞いた。下宿から原付きで川を渡って行った。たまに競輪も寄った。大学の居心地が悪かった俺は、好きだったアーケード雰囲気を味わいに、もしくは学生ほとんど見かけない空間でうろうろしたかったのか、その心境は定かではないがあの界隈をさまよった。人もまばらな、昔からやっていた百貨店がつぶれた。



隣の隣街のイオンに行く人間が多かった当時、俺は相当変わり者だったと思う。その頃から喫茶店銭湯巡り・レコードあさりサブカル漫画などに目覚めた。両親が無職だったため当時貧乏学生だった俺は、少年ナイフの某曲冒頭のメロディがかかる場所に行く交通費さえ惜しく、部活等の予定がなければ大抵は「市内」に出掛けていた。これを4年続けていたため、次第に都会を受け付けない体になっていった。



就活を期に坂の上に引っ越した。原宿がなくなったのでタワレコがなくなって大ショック。その時点で駄目すぎ。それでもDUKEにはよく通ったが。東亜も潰れた。街はシャッターだらけになった。年末年始くらいしか人が多くない。隣町のショッピングモールに行く奴ばかり。仕事もつまらん。彼女とも別れた。街でもモールでも小中高の知った顔に会う率が高すぎる。給料も安すぎる。なんか街も嫌いになるし文体適当になる。あの商店街にあったレコード屋って引っ越してクソになったよな~。そういえば原宿の跡地に明屋はいってたな。なんか、東京っぽい感じの。おしゃれ文具とかおしゃれカフェとかあるの。フーンって感じだった。



親戚の親戚の知り合いぐらいの人が会社をやっていて結構稼げるとのことだったので引っ越してまで転職したのに稼げなくて色々騙されたけどまた別の会社転職して、ここはある種の東京かと思ったが俺の幻想だった。もう出たほうがいいと思う。ここは京都バッタモンだ。ハリボテのような風景だ。あの美術館のおかげで戦火を逃れたという噂もあるが。引っ越し最初は新鮮だったがもう飽きた。ただ東京っぽさを出そうとしてる店も出てきた。東京東京しかないのにねえ。田舎者の考える東京という感じか。バーも、そういう感じの店が多い。



安定収入を得たのと出張で年に何回も東京に行くが、行く毎に魅力が増していく。大阪もそう。そもそも自動車社会って自体ダサいセンスない。サブカル知らない。馬鹿ドキュンが多い。皆程度が低い。一人で飲む奴・一人で外出する奴をバカにする・変人扱いする。俺はそういう事は絶対にしないぜ。車も持っているが、ほとんど使わないぜ。大体さあ、「車持ってないと生活できない」って、俺の地元の兵藤くん家族全員チャリで揃ってどこにでも行って「生活してた」けど、あいつらは「生活出来てない」の?違うだろ。単にみじめなだけだろ。もっと物理的な「クソ山奥」とかの話ではないのか。程度問題だろ。それが加速したせいでイオンばっか儲かりやがって。イオンが一番栄えてる地方都市って観光に行った時にイオンが一番なせいでそこ独自喫茶店とか洋食屋とか飲み屋とかその他ILLな店が全部潰れた後なんだよな。俺みたいに商店街自体が好きな旅行好きにとっては不遇の時代で、イオン肯定化する奴は全員敵ぐらいに思っているし最初に書きたかった事も忘れた。遊びに来る友達は皆いい街に住んでいると皮肉か何か分からないが褒めてくれる。地元の奴はこの辺には来ない。車が混むし来ても駐車場が高いから。金曜は職質されそうでヒヤヒヤしたが大丈夫だった。どの店に行ってもその話題でもちきりだった。居心地は正直いい。あと案外よそ者扱いされないというか。俺が鈍感だからかもしれんが。余談だがあの地区のはずれに、タランティーノ映画と同じ名前居酒屋があっておすすめ。あと林源十郎商店は文具好きにおすすめですねえ。あとオレ文具大好きなのでうさぎやのあるこの県は最高だなあと時々思う。長い。どうせ誰も読まないから俺の日記みたいなものか。



はてなのやりすぎで、東京絶対的な正しさに洗脳されてる気がする。シュッとしたITベンチャーでジットハブとかを使わないと死ぬ気がする。東京教、略して「東教」みたいな宗教ないのか?入信したい。ムスリムみたく一日何回か東京タワーのある方角に敬礼的なことをする地方民。そういえばこくまろ潰れたらしいな。バラも火事になって移転したらしい。南海湯も閉湯になって取り壊されたらしい。あそこ築100年くらいだったと思うんだけど。紀和温泉もよく行ったなあ。関係ないけど、あの辺って遊郭っぽい所ないか



7月から吉祥寺引っ越します。今週末に物件を探しに行く予定です。

2016-04-05

メソポタミア都市化を進めたのは「よそ者」だった、より

都市化は確かに移民により進行しただろうが、その都市化した恩恵を受けたのは現地人だけなのか。

都市化したことにより移民権力が遷移しただけではないのか。

がつがつしたアジアの住人におとなしい日本が飲まれる絵しか思い浮かばない。

http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/46508?

2016-01-26

http://anond.hatelabo.jp/20160126173725

平和を保つためには、よそ者をいれない。。。

チャットで知り合って、わりかし趣味もバラバラだけど、集まっていろいろしゃべるオフ会グループを長年続けてきた経験から

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