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はてなキーワード: 無力感とは

2017-04-21

理系院卒無職28歳職歴ゼロSPIが解けず書類で落とされる

知能が低い意欲がない頭の回転が遅すぎる

学部レベルどころか中学生程度の学力も残っているのか怪しい

いったい専門以外の知識はどこに置いてきてしまったのかと愕然となる

当然その専門性社会にとって役に立つものではない

最も企業敬遠する人材

世間はやれ圧迫面接だGDだと騒がしいが頭が悪いとそのステージにすら進めない

惨めさと無力感を噛みしめる毎日

2017-04-08

発達障害系の記事が注目を集めるたびに

皆さんが救われてほしいと思っているのは

能力がある発達障害キモくない発達障害の人のことであって

キモい無能発達障害者である自分にはなんら関係がないことなんだなということを痛感していつも無力感に苛まれ

国が早く滅んでほしいという価値観以外にコミットすべき理由が何も見つからない

2017-04-03

ネットの流れで感じる無力感の一つに、言っても無駄ってのがある。

常識がぶっ飛んで非常識常識化してゆく。

言語より音楽映像作品のほうが雄弁に語り、洗脳できる。

2017-03-16

安倍とも騒動

どうか右も左も誰も死にませんように。

オウム村井氏の瞬間、今でもトラウマなんだよ。暴力の結果を見るショックと、何も解決しないことへの無力感。あれはダメだよ。

http://anond.hatelabo.jp/20170316183212

本当それ

なぜか抵抗できなくて大きな無力感に包まれて、苦しさや怒りも頭の中ですら言語化できなかった

結局クラス替えして離れることでしか抜け出せなかったわけだし、私に解決能力はないんだよね

殺されなくて良かったな…

2017-03-13

人が死ぬということと、それを認識するということと。

22年前、同じ学校の生徒が死んだ。特に仲がよかったわけでも同じクラスだったわけでもないが、講堂で行われていた色々な儀式によって、その人が死んだということを理解した。新聞にも載っていたらしい。当時小学生だった自分新聞などはもちろん読んでおらず、その死を知ったのは学校に行ってからだった。

16年前、祖母が死んだ。父方の実家に行き、大きめの葬式に出席した。顔や名前をちゃんと知っている身内の死は初めてだったが、何の実感もなかった。葬儀場の大きさに驚いたり、お経の長さが印象的だった。数年に一度程度しか顔を合わせない祖母の死は、大したことではないように思えられたが、祖母の死を泣いて悼む参列者を見て、人の死はそれなりに大きい意味を持つということを感じた。

10年前、ネットで知り合った友人が死んだ。自殺だった。その事実は、別のネット上の友人から聞いた。本当に死んだかどうかは定かではないと思っていたが、その人のmixiが親御さんの手で更新されているのを見て、本当に死んだということを理解した。日付も載っていた。Skypeで話した日だった。そんなことはないと思っているが、最後に話した人だったのかもしれない。死ぬ気配なんて微塵もなくて、いつもみたいにバカな話をしていた。そのあとしばらく連絡が取れなくなっていて、忘れかけた頃に死んだという話を聞いた。それなりに仲のよかった彼女の死はショックだったが、物理的に距離が離れていることもあり、生きていても死んでいても大差ないなとその時は思った。

6年前、知り合いが何人か死んだ。これは多分だ。ちゃんと調べたら、間違いなく死んでいるだろうが、調べる意味もないので見ていない。その時の自分にはできることはなくて、少額の寄付をして終わった。裁判官じゃなくて医者になっていればよかったと言った友人の言葉が、心に刺さっていた。何もできない無力さに苛まれていたし、何も行動しなかった自分を恥じた。ただその時は、自分生活もなかなかにハードであり、他人に気を向ける余裕がなかった時期でもあったので、致し方ないのかもしれない。その時死んだ知り合いの誰かのことはよくわからない。多分、死んでいても、生きていても、そのどちらかであることを知る術はなくて、自分の中で死んだと思った時が、その人の死なんだということを理解した。遠くのどこかで生きている友人が急に死んだとしても、自分日常は何も変わらない。友人のことをたまに思い出し、元気でやっているのかなと思い、たまには飲みにでも誘うかと思ったりするくらいだ。自分認識できる生と死しか、僕らは理解できないんだと思う。

昨日、友達が死んだ。知りたくもなんともなかったが、普通にFacebookに載っていた。馬鹿なんじゃないかと思った。他のどうでもいいくだらない投稿と同じ場所に、同じ大きさで、同じフォントで、いいねがあって、コメントがあって、シェアされていた。人の死の知り方は変わったんだと思った。だんだん現実感のない知り方になっているにも関わらず、それを知る速度だけはあがったみたいだった。そして、その死にまつわる誰かの汚い思いや言葉も一緒に見なくてはいけなくなっていた。死んだことはわかったが、それがただの一つの投稿しか感じられず、他の投稿にすぐに埋もれさせてしまった自分の心に驚いた。刺激に慣れすぎた僕らは、人の死ですらもただのコンテンツの一つにしてしまうのだなと。命の大切さをうたう何かが今も昔も溢れているにも関わらず、命の濃度は下がったんだと理解した。

死を知るタイミングが早くなったこと、そして死んだことを確実に知れるようになってしまったことを、素直に良いとは思えない。死んでしまったことを知ったとしても、僕らには何もできない。ただ、無力感に苛まれるだけだ。知るならより近くで、そして知らないなら一生知らないでいたい。何のリアルも伴わない人の死は、知った側には何の意味も伴わない。ただただ心が塞ぎ、そしてすぐに忘れてしまうから

2017-03-09

http://b.hatena.ne.jp/entry/s/togetter.com/li/1088371

なぜ任天堂ファンがこの発言に対して怒るのか、はてブしか任天堂話題に触れない人にはなかなかピンとこないだろうと思うので解説する

任天堂ソフトPSによこせ系の言説は今回が初めてではなく、古くはゲームキューブの頃あたりから2chゲハ板を中心にずっと言われ続けてきた

もちろん新しいハード買うお金がないかPSでも出てくれれば嬉しい、などという素朴な個人の願望の発露なんてもんじゃなく、

ゲーム業界のために」「ユーザーのために」「京都の1ローカル企業が独占するにはふさわしくないから」「PSで出させてやってもいい」という

上から目線ギョーカイヒョーロンもどきが横行してたわけだ

しろ任天堂ソフトを出せ、はまだかわいいもので、IP譲渡しろの子会社を売却しろだのもっとすごい言説がゴロゴロしていた(今もしてるが)

任天堂 クレクレ」あたりでググれば、当時から続く雰囲気がつかめるだろう

この手の「任天堂ソフトよこせ」論はいわゆるゲーム迷惑サイトにも当然引き継がれ、かのサイト群を好んで閲覧する人たちにとっては

任天堂ゲームはとりあえずPSに出せと言う」のは基本作法となっている(あくまでもPS限定ってのがポイントxboxsteamは除外)

任天堂ソフトなんでもかんでも欲しがるのならもう任天堂ハード買えよ、というツッコミは禁句だ

まり、古くから任天堂ファンは昔からずっとゲハ板住人やゲーム迷惑サイト閲覧者からソフトクレクレされ続けてきていいかげんウンザリしてるんだ、

ってのがわかってもらえればいい

で、件のデザイナーさんだ

彼のツイートを見るに、このツイートをすると怒る人がいるのは自覚してる=上記のような事情を察している

にも関わらずハッシュタグまでつけてツイートするってことは、むしろ怒らせたいのではないか任天堂ファンが怒るさまを見たいのではないか?という疑惑がある

なぜわざわざ怒らせるかというと、そうすればゲーム迷惑サイトとその読者が喜ぶから

まり、このデザイナーさんはゲーム迷惑サイト大好きで、そこに対して媚を売ったんじゃないか?と考えられるんだな

考えすぎだろと言われればそうかもしれないが、任天堂ファンはそこまで考えてしまうくらいゲーム迷惑サイトに嫌な思いさせられてるのよ

(追記)なぜ任天堂ファンがキレるのかわからない、別に困らないだろ、という意見について

これは実際に体験したことのある人間でないとわからいかもしれない

twitterで・LINEで・2chで・友人との会話でゲーム話題になり、こちらが「今任天堂のこのゲームやってるよ!面白いよ!」と言ったら

「は○まで見たけどそれってクソグラのクソゲーなんでしょ?PSで出せばもっといいゲームになるのになんで出さないの?」と

ナチュラルに、まったく悪気なく(本気で悪気なく)返された時のあの徒労感・無力感・怒り

内心黙れよと思いつつも愛想笑いを浮かべて「ああ、うん、そうかもね」とフェードアウトして会話を打ち切らざるを得ないあの残念さ

なんで好きなゲームの(たいていデマ由来の)悪口を聞かされなきゃならんのか

こんな思いを日常的に何年も何年も経験してきた人間にとっては笑い事ではないのだ

2017-03-05

初恋の人の夢をみた

閉じられた学校空間たまたま席が近くて、気がつけば互いが好きだったらしくて、

共通の友人からそれを聞いて、両片思いから付き合い始めて、一緒に遊んで、ただそれだけで楽しくて、

でも彼女の親は不倫が露呈し離婚して、転校し、目の前から突然消えて、離れるしかなくて、ショックで、

しか家族に裏切られて家庭が崩壊した彼女はそれ以上にショックだろうに自分は何もできず、何も言えず、

無力感と不信と、性と性欲への嫌悪感けが今でもきっと拭い去れていないのだと思う

こうしてあの記憶を鮮明に追体験させてくる夢は、おっさんになってしまった今には完全に毒

一緒に行った映画記憶他愛もないやり取りや、夏祭りで暑さにお互い参りかけた失敗の記憶や、

知らないゆえに純粋で楽しかった青春の瞬間が、取り戻せやしないくせに目の前から消えてくれない

2017-02-23

http://anond.hatelabo.jp/20170223041613

別にその辺は男も女も大して変わんないと思うなあ。

努力でどうにかなる、個人的脱出できると思ってるやつは、報われるかは別として努力するだろう。

逆に言えば、非モテの大半は「努力なんかしたって無駄」という無力感にとらわれているし、

それはかなりの割合で実際正しいんじゃないかとも思う。

男はまだ金さえ稼げば救いがあるって言われるし、実際それで救われるケースもあるんだろうけど、

個人的にはそうは思わない。結局、やってることは援交おじさんと変わんないからね。

そういうわけで、現実的要求としては、「ただ巻き込まないでほしい」って言いたい。

恋愛競争プレッシャーから解放されたい」ってまさにそれだよ。

交際相手がいないからって変なマウンティングしてきたり、勝手ホモ扱いしたり、

少子化になるのはてめーらのせいだとかスケープゴートにしてくるのだけやめてくれればそれで十分。

そういうのは同じ競争してる人同士でやっててください。

人気者になりたいとか、理想相手かいうのも、大半はただ妄想でやってるだけ。

努力無駄で、巻き込まないでほしいのに巻き込んでくるから妄想に逃げるしかないの。

ところがその妄想にまで踏み込んできて、それはポリコレ違反だとか、もうええ加減にせえよと。

蛇足になるけど、我々はどうでもいいことに興味を持ちすぎだと思うんだよ。

非モテ妄想なんかどうだっていいじゃん。現実アイドルめった刺しにしちゃうのは論外だけどさ。

文化圏の違う人の言うことは何でも本気100%みたいにとらえちゃう部分があるわけだけど、

そうやっている限り、衝突以外何も起きない。

嫌いなものからはできるだけ遠ざかって、お互い関わり持たずに平和的に暮らすしかないよ。

2017-02-18

http://anond.hatelabo.jp/20170218131228

無理やりやらされてるんだよ

そしてそれが続くといつしかどうしようもないという無力感が染み付くようになる

日本女性への人権侵害放置する劣等民族国家なの

2017-02-04

PTAで14年間のうち6年役員をしたけどやっぱPTAは無くした方がいいと思う

去年3人の子供が全員中学卒業したので私(♀)もPTA卒業した。

子供一人につき役員一回」っていう小中学校ルールを律儀にこなしてPTA役員を6期務めた私(最高は副会長)が、やっぱりPTAは無くした方がいいと思う理由を書くよ。

夫婦スペックは、2人とも別々の弱小Web系開発会社で働くエンジニア、ここ数年でほぼ同時に管理職になった。労働時間は長めだけど、わりと時間の融通はきく。

まずPTA存在意義でいうと、ブログエントリーにもあったけど公立校特に小学校)は保護者の協力がないとまともに運営できないのは事実だと思う。

そして、ちゃんと取り組むとPTA活動はまあまあ楽しい

地元に仲間もできるし、実際子供たちの成長に寄与してるっていう実感もある。

じゃあなんで無くした方がいいと思ってるかっていうと、このままじゃPTA怨嗟の吹き溜まりになって、子供たちにも悪影響を与えると思ったからだ。

親がイヤイヤやってたら、子供だって感じとる。

専業主婦の参加を前提として構築されたPTAには、様々な「逃げられない」仕組みがかなりの完成度で備わっている。

ローカルルール差異はあると思うけど、例えばこんな感じ。

クラスで一役あたり2名、役員をたてるルール → 都合の悪いとき二人で補い合う主旨だが、「相方に悪い」という心理が働き欠席しずらくなる

・次年度の役員を不足なく決める責任は現役員が負う → 役員決めの保護者会の沈黙。現役員の憔悴。一年間頑張った現役員可哀想になり、誰かがしぶしぶ立候補

・都合の悪い方は無理に引き受けなくて結構ですの建て前だが、卒業まで一度もやらないと陰口を言う人がかなりいる → うちだってしょうがなく引き受けたのに…という不公平

あと、ゼロではないけど圧倒的に父親の参加率は低く、意を決して参加してもひしひしと感じるアウェー感

数回参加した夫によると、進まない会議イラッとしたら敏感に感じとられ、「お父さんお忙しいでしょうから、このへんで大丈夫ですよ?」と周りに言われる始末(夫に気を遣ってくれるのは有り難いけど、私だって忙しいっつーの)。

数十年で培われた文化任期一年役員の頑張りで変えられるようなものじゃなく、そこそこ頑張った私も無力感と徒労感に何度も苛まれた。

最初に書いたようにPTAがないと学校は回らないし、やりがいもそれなりにある。

でも組織じたいが修復不能の制度疲労を起こしてるんだよね。

から一旦PTAは無くしてしまって、機能不全を起こした学校を見て行政が重い腰をあげるなり、有志の保護者ゼロから組織を立ち上げない限りダメなんじゃないかな。

はい自分の子供が不利益を被るのはみんな勘弁だろうし、私もそれもあって真面目にやってきたんだけど。

2017-01-21

酷い選択肢しか選べない人間弱者

何をもって弱者であるかと考えたときに、結局は過酷選択肢しか選ぶことが出来ない者であるということなのだろうと思ってしまう。

選択余地がある人間が、アレコレ言っても説得力がない気がしなくない。

選択肢がある人を弱者として、アレコレ騒いでいる人が多すぎる。

そう感じる日々である

都内通勤列車の股の開き具合のマナー広告エロマンガ家のパロディに怒るというのは呆れるものだ。

そんなものなんか無視していれば良いのではないか

そして、彼らは選択肢豊富にある人間擁護しているだけになっている。

まあ、皆は選択肢がある人間を守りたくなるのだ。

そして、ますます選択肢がある人間選択肢が増え自己肯定生まれる。

選択肢あるかないかというのはカオだったりするのだろう。

自分容姿が醜いか選択肢など無いのだろう。

同じ高校出身の見てくれのいい女が、とても大変な問題に直面している地方バカにしているような番組に出ていたようだ。

大変偏差値が高い大学にご通学されていて、とても貴族なのだろうがネットでは弱者ヅラして意識高いフェミ系のサイトを共有している。

自分彼女を見ると、悔し涙が溢れ出てくるが、彼女のような人間を大抵の人間擁護する。

このような状況に無力感しか感じない。

ただ、選択肢過酷ものしかない、少ない人間に対する擁護が最も大切であると感じる。

2017-01-12

http://anond.hatelabo.jp/20170111125518

あ~~~~これ俺が去年離婚した元妻と全く一緒だ

彼女しかからない正解にノーヒントでたどり着けないと罵倒

確かにその正解のほうが客観的に見て正しいので言い返せないんだよね

できなきゃ障害認定してくるところも一緒だ…

 

これとほとんど同じシチュエーションよくあったよ。出すときしまときも。タンスの前でのあの焦燥感無力感を思い出しちゃった

幼児の服出すくらいでなんだって今だと笑えるんだけどな

 

この夫は「ママがやってよ」って言えるくらいだからまだ大丈夫なんだろうけど

2016-12-28

「 #デレマスでZエンド 」から考える一ノ瀬志希

先日、#デレマスでZエンド というハッシュタグアイドルマスター界隈の一部で話題になりました。一時期はトレンドにも入ってましたね。それに刺激を受けたのでちょっと色々考えてみようかなと思いました。

僕はアニマスからアイドルマスターを知り、そのうちアイドルマスターシンデレラガールズのほうはアニマスがやっていた頃に友達に勧められてモバマスを始めました。ですが勝手がわからずすぐに放置してしまって、最近レアニを見てからデレステを始めて、適度にシャンシャンしたり適度に課金したりといった感じです。なのでモバマスカードテキストイベントテキストは全く手つかずなので、そこらへんはご了承下さい。

Zエンドに関しては、前に友達(さっきとは別人)から話を聞き、動画を見たことがあったので、その程度ですが知識はありました。ここでこれから考えていく上での僕の中でのZエンドの定義を決めようと思います

一つに、アイドルアイデンティティのようなものが崩れること。例えば天海春香なら歌うという楽しみ、如月千早なら歌への思い、高槻やよいなら元気、といった風に、そのアイドルの柱ともいえるものを失っているように見えます

二つ目アイドルプロデューサーを責めないこと。Zエンドを迎えたアイドル達は、みな大事舞台で大きなミスをし、自分への自信を失い、アイデンティティを失い、ひたすらミスした自分を責めているように思えます。その状況で、「あなたのせいで」みたいな発言は出ないかなとここは勝手に決めつけました。(伊織の「出会わなければよかった」はプロデューサーへの非難というよりはお互いの運命への悲観といった風に解釈しました。)

これらの条件を、一ノ瀬志希に当てはめ、僕の思う一ノ瀬志希のZエンドを作ってみようと思います

その前に、元のZエンドではアイドルが大きなライブで大きな失敗をするって流れなんですが、一ノ瀬志希って失敗するんですかね?少なくとも僕にはあんまりイメージができません。目的地にたどり着く過程ちょっと失踪してみたり、迷子になったりはあると思いますが、今まではすべて最終的には成功を手にしてきているのではないでしょうか。挙句デレステコミュでは機材側からトラブルが出てもその場のヒラメキパフォーマンスして見せてますからねこの子自分で言うだけあって才能は底なしです。でもここではなんかミスったことにしてもらいます

それではまず一ノ瀬志希アイデンティティ喪失について考えていきます一ノ瀬志希の特徴といえばまずあがるのはギフテッド、というところですね。ですがライブで大きな失敗をして、天才でなくなるというのはさすがに物語として不自然さがあります。その次にあがるのは化学に強いところや嗅覚がずば抜けているところあたりだと思いますが、それらも失敗の衝撃で失うものとしてはちょっとアレかなと考えました。一ノ瀬志希今日まで生まれもった才能を遺憾なく発揮し、アイドルになる前は海外大学飛び級留学していました。(そこでの生活にも退屈さを感じていたようですが。)恐らくはその才能を活かして楽しそうなものを見つけては飽きるまで遊び、飽きたら他を探す、といった人生を送ってきていて、アイドルもその一つでしょう。また、一ノ瀬志希発言に「ジーニアスなあたし~」というものがあり、今までのそうした成功経験に少なからず自信、自負をもっているように感じます。ですのでここでの一ノ瀬志希喪失するアイデンティティは、「天才としての自信、自負」とします。志希Pの皆様はいかがお考えになるでしょうか。

二つ目の条件は特に問題はないでしょう。自信を失った彼女はきっと今までの自分をうぬぼれていたように感じて、無力感に苛まれ普通の人への成り下がっていく、といったストーリーが考えられます

というわけでこの二つの条件をもとに、一ノ瀬志希Zエンドを自分なりにテキスト化してみますssとか書いたことないのでなんかそういうところは許してください、これでも本気で書いてます


志希「いやー、終わったね~。何はともあれ、お疲れさま。キミと一緒にアイドルしてた時間、考えてみると結構悪くなかったかも?」

P「じゃあ、続けてみるか、アイドル別にこれで終わらせないといけないってわけじゃ……」

志希「いやいや。終わったっていうのはね、アイドルのことだけじゃないんだー。今までのあたしの人生かな。なんていうか、気づいちゃったんだ。あたし、今まで失敗したことなかった。面白いもの探して、海外までいっちゃって、それでも成功したし、飽きちゃった。これでもそういうところに自信持ってたんだけど……あたしって、案外ちっぽけだったんだね」

P「そういう意味では、初めての経験ができてよかったじゃないか。これからも続けていけば、もっと面白い事が見つかるかも、とは考えられないか?」

志希「もう面白い事を探す、なんてできそうにないや。あん大勢の前で失敗して、恥をさらして、もう色んなことが怖くなっちゃったよ。でもやっとこれであたしもみんなと一緒になれたのかな?天才、なんて呼ばれなくなるかな? そういう意味ではよかったのかも。キミのおかげだね、ありがとうプロデューサー。それでー、ごめんね? キミの望む天才でいられなくて。じゃ、がんばってねー」

P(行ってしまった……。あの輝いていた志希は消えてしまって、これから普通女子高生として過ごすんだろうか)


いかがでしょうか。これセリフの前の名前取ったら誰か分からないですね。一ノ瀬志希の口調難しいです。

「ふつーの女子高生」というのも、一ノ瀬志希発言に出てくるワードです。志希が天才でない人を理解したいと思っているのかは分からないんですけど、僕の独断偏見でそういう解釈で書きました。

完全に余談なんですが、一ノ瀬志希はどうしたらアイドルを続けてくれるか、っていうことを時々考えます。はっきりしている志希のアイドルに対する動機は二つで、一つはPに対して興味を抱いていること、もう一つはアイドルに対し面白い、と感じていることです。ではPへの興味を失い、アイドルを一通り楽しんだら、化学に飽きて海外大学を離れたように、気づいたらいなくなってしまうのでは、と考えてしまうのです。これに対して僕ができることは、志希に対してアイドルの新しい魅力を提示し続けることしかないと考えています。ですがそれって可能なんだろうか、志希が気づかなくて僕が気づけるアイドルの楽しさってあるんだろうか、みたいなことを考えると夜も7時間くらいしか眠れません。誰か助けて。

書きたいことをあらかた書き終えたのでここで終わります。読んでくださった方いればありがとうございました。よくこんな流行に乗り遅れてる上に無駄に長い文章読みましたね。本当にありがとうございました。誤字脱字等ありましたらすみません。失礼します。

おわりだよ~

追記:ゴミみたいな誤字してたのでパッと見で気づいたとこ修正しました。死にたい

2016-12-20

恋愛経験のないやつは精神的に未熟

アトピーゾンビはどんなに努力しても清潔感という最低限の恋愛スキルを身に着けることはできない。

恋愛アプレであるエロゲーギャルゲー脳内妄想自分欲望を抑えつけたり欺いたりすることしかできない。

こういった恋愛代用品で我慢していると沸々と怒りや憎しみや無力感が湧いてくる。

アトピーゾンビじゃなくて恋愛勝ち組だったら、もっと人生に対して前向きになれただろうし生きる気力や希望モテただろう。

そして伝説成功者として歴史に名を残すことができたと思う。

何やってもモテないし努力無為に帰っていくし肯定されたことのない人生から、なんで生きているのかもよくわからない。

ただ呼吸をして飯食って寝てを繰り返しているだけ。これを死ぬまで繰り返すのか。あほらしくて馬鹿らしい。

アトピーゾンビ努力しても恋愛勝ち組になれないし、健常者になれない。

この世は健常者が人生を楽しむためにあるのであって非健常者の恵まれなかった人間のためにあるのではない。

ニュースピックスを見ればそれが良くわかる。勝ち組は生まれながら勝ってるし環境にも恵まれているし肉体も精神も正常だ。

アトピーゾンビウイルスの痒みで気が狂ったことはない。

恋愛負け組には発言権を与えられない。

恋愛経験のないやつは精神的に未熟だとかなんとかいってマウントを取ってくる。

恋愛経験をしたくてもさせてくれないんだよ。キモイから容姿キモイから

そうやって恋愛負け組の檻にいれて、健常者は檻の外で恋愛を楽しみながら恋愛負け組罵倒して自分たちの優位性を逐一確認しようとする。

恋愛勝ち組になるには健常者になる必要がある。しかし、それは決してかなうことのない恋のように、水と油が交わることが無いように、男と女が本当に分かりあうことが無いように、決してかなうことのない夢、希望、願望、欲望、劣情なのだ

2016-12-19

英語勉強意味を見いだせない

最近、やることが無いので英語勉強をしている。

日本語コンテンツが充実していない分野に興味を持ったために中学高校時代に比べて楽しい

バーニー・サンダース日本語に訳されていない著書などを気合で読んでいる。

高校時代英語勉強するというのは、大抵の人間にとっては慶応大学やら早稲田大学に入ること以外に理由はなかった。

まぁ、一部の女は自分たちを暖かく迎えてくれる場所というのが英語圏にはあると思っているようだった。

白人男なら優しくしてくれるというのが原動力なのだ

こういうのを見ていると人間というのは、誰かよりも有利に立つということが好きだということが見えてくる。

自分にもそんな気持ちが、無いわけではない。

しかし、自分英語を下手の横好きでやって何もいいことはない。

別に損得でやっているわけではないが虚しさを感じるものだ。

昨日は某公共放送の在り方に怒りを感じて、英語勉強が捗った。

日本は駄目であり、変革のときだろうと思っていた。

その後、スーパーに行くと恐らく自分と同じ大学高身長イケメンアメリカ人っぽい白人女が仲良く買物をしている。

悔しくて泣いて帰る。

あぁ、なんというかバーニー・サンダースの本を読むことよりも白人女や男から承認を得ることが語学では一番大事なのかもしれない。

173cmで酷いニキビ跡やらで容姿が醜い男は性的闘争永遠負け組なのだろう。

政治よりも結局はセックス無力感を感じる。

2016-12-09

http://anond.hatelabo.jp/20161209175609

何の例えを持ち出しても持論を展開して認めようとしない馬鹿を納得させるだけの言葉を持たないかスルーしてんだよ。

心地いい無力感を味わってるから邪魔しないでくれない?

本当に馬鹿最後まで人を不快にすることだけは一線級だな。

その技術で金取れたら一生食うのに困らなかったのに時代が悪かったなあ?

2016-12-05

http://anond.hatelabo.jp/20161204222654

同じく海外赴任したことのある身から想像するけど、海外赴任できるチャンスを得られたということはそれ自体が恵まれている。

しかしたら貧しい中で必死バイトして留学資金を貯めたのかもしれない。家族から見放され家を飛び出したのかもしれないが、それでもなお。

ただ、海外に出て世界の広さを感じると別の部分が鈍感になる傾向がある。よく陥るのが「自分努力してできたんだから他の人だってできるはず」という思い込みである

そしてあなた日本だけでなく多くの国で問題になっている「閉塞感」というもの理解できていない。

国がどれだけ恵まれていようがその恩恵に預かれない人がいる。そして自身生活を打開できるだけの精神力を持つことを許されなかった人がいる。

この人たちは「恵まれない」環境にいるのだ。物理的に恵まれない人へは同情が寄せられるが、精神的に恵まれない人はあなたが敵意を向けるように理解を得られないことが多い。

物質的に「日々の食べるものにも困り、生きてくるだけで精一杯だった」人がいるのと同様に「精神的にぎりぎりで、ここまで生きてくるだけでも精一杯だった」という人たちがいる。

その人たちとあなたは90度くらい違う。私も英語プログラミングができるので、別に何をしたってどこの国だって生きていけるという安心感がある。これだけで世の中がどれだけ悪かろうが夢を持て、生きていくエネルギーを得られる。

しかしそれもこれも基本的には努力できる恵まれ環境を用意してもらえたからだ。恵まれ環境を与えられずエネルギーが尽きかけてる人に、エネルギー源のある人の方法論を唱えても使えるものじゃないんだよ。

世の中に届かない方法論は国を良くしない。

原発立地自治体はいままで散々おいしい思いをしてきたのに反対するとは何事か。俺が政治家ならすぐに再稼働するのに」という意味合い発言を聞いた。

最悪である

こいつは今までに政治家地方にどれだけ頭を下げようやく原発を建てさせてもらったかをまったく分かっていない。事故は起こさないという約束を守れずどれだけ信頼を失ったか理解していない。仮にこんな奴が政治家になったら失言の上、地方自治体から総スカンくらって即更迭である。国のために何の役にも立たない。足を引っ張るだけ。

同様にあなた意見

最初から最後まで、皆うんうんと頷いて聞くだろう。そうだね、その通りだよ。今までの人生で1000回くらい聞いたよ。そして半年後には別の誰かの1100回目のお話で上書きされ誰もあなたのことは覚えていない。

あなた意見が間違っているわけではない。個人幸福の追求方法としては正しいが、多数の幸福を求める場合、思いが届く範囲が狭すぎるのだ。国を良くしたいならその方法効果が薄い。

あなたのような意見が聞けるのはいいことだ。きっと日本をよくできる、個人でも頑張ろうという人が少なからずいるということは日本にとって明るい材料だ。

しかし閉塞感の蔓延した世の中には届かない。ここ20年間以上、無力感を蓄積させられた人たちに必要なのは「頑張れば日本は良くなる」ではなく「良い日本にするから頑張れ」だ。閉塞感→不景気少子化悪循環を止める現実的少子化対策だ。

今回の「保育園落ちた日本死ね!」は結果として「お!?きっかけはともかく、実際に対策が打たれたぞ!?こいつは明るいニュースだ」と今保育園に入れられない現実に直面している人たちの背中を押しただろう。子供が一人増えれば、何世代か後にはGDP数億円分に貢献したことになる。

理想とは言い難いが「伝わる」物言いが世の中を変える。(途中で気づいたが、トランプ大統領誕生一種のそれだな。私はトランプを支持してないので書いてて自分の胸に刺さったわ……)


なんと、仮想増田だったとのこと……『種明かし』http://anond.hatelabo.jp/20161205182802

2016-11-28

自分が今まで無事に生きてこれたという事実奇跡しか思えない

私の家にはテレビがないが、実家、友人や恋人の家、旅行先や出張先のホテルなどでテレビをつけると、

何らかの犯罪おかしたり、あるいは巻き込まれて死んだり怪我をした人についての報道がよくされている。

それを見るたび、私が今まで無事に生きてこれたという事実奇跡しか思えなくなる。

サーカスの綱渡りのように、恐ろしいほどギリギリバランスを保っているように感じて怖くなる。

私はとても不注意な人間だ。

病院に行ったことはないが、多分何らかの発達障害なのではないかと疑っている。

しか生活に支障はない(忘れ物は多い)。

今は、私は自分という人間特質をかなり把握していて、問題が起こらないように気をつけて生活できている、と思う。

子供の頃は本当にひどかった。

どういう訳なのか今の自分から想像がつかないのだが、とにかく自分の身を危険晒したがっているとしか考えられない行為をしていた。

例えば…

学校彫刻刀セットをもらったら、自分の膝で試し切りをして血だらけになる。

ごつごつの岩に高いところからダイブして全身血だらけになる。

あえて車のドアやエレベーターの扉に手をはさむ。

道路で、車が通りかかると走って近づいて、轢かれそうになるスリルを楽しむ。

風呂溺死一歩手前まで息を止める一人遊びをする。

少し高いところから飛び降りて、頭から着地する。

思い出しただけでもこんな感じだ。多分忘れていることもあるので、まだまだ余罪?はあるだろう。

頭は3ケタを超える回数ぶつけていると思う。ひどい場合には車に轢かれてふっとんで頭から着地して、救急車で運ばれたこともある。

私の親は教師で、すごく厳しかったが上記のことで心配はされても怒られたことはなかった。

馬鹿ではあったが、わざとやっていたわけではなかったからだと思う。

田舎で、学校は少し荒れていたしヤンキーみたいな子もいたけど、

親に迷惑をかけたらまずいという抑止力がはたらいて、自分は品行方正を心がけていた。

今は20代後半だが、今までずっと健康のものだし、犯罪おかしたり巻き込まれたりすることなくここまできた。

犯罪などの危機(したりされたり)を回避する能力というのはどのようにして養われるのだろうとよく考える。

私のような不注意な人間が、今までどうして無事でいられたんだろう。

それは、やっぱり環境だろうなと思う。

ここでいう環境というのは、家庭のことだ。

私は、前述したように子供の頃はかなりヤバめの奴で変な人オーラ全開だったと思うので、結構嫌がらせをされたりした。

でも、両親の仲が良くて、いつでも見守ってくれて励ましてくれたから、

無意識のうちに色々な場面で踏みとどまって危険から逃れることができたのだと思う。

こういった表現には反発をおぼえる人がいるかもしれないが、

今、私や君が立っている「こちら側」と、犯罪に関わってしまった人がいる「あちら側」の境目は

きっとすごく曖昧で、けれど確実に存在する。

私は、「あちら側」に行きたくないし、他の人にも絶対に行ってほしくない。

だけど、全員が恵まれた家庭に生まれることはできない。

私は結局親と同じように教師になった。

まだまだ未熟でできることも少ないが、自分の生徒たちが「あちら側」に行かないよういつも気を配っているつもりだ。

だけどニュース今日も「あちら側」に行ってしまった人のことを報道しているのだろう。

私はちっぽけな一人の人間に過ぎないので思い上がりも甚だしいのだが、そういうことを考えるとものすごい無力感に襲われる。

そして、自分が今にも「あちら側」に行ってしまいそうな気がして怖くて仕方なくなる。


私と同じように考えている人はいるのだろうか?

2016-11-18

同じ手すりに掴まっている

雨宮さんと面識はないが、近い業界にいるし、

消滅しつつあるサブカル業界の一端から、端正で繊細な文章共感をもって眺めていた。

世代だが、いまこの業界にいるのがとてもしんどい

健康診断、というよりメンタル部分のケアなど碌々受けたこともないのだが

たぶん自分は鬱になってる。今までやってきた事の無力感、これから続けていくことの絶望感に包まれている。

メディアSNSによって、自分仕事他人の目に触れられていると、

華やかに思われている、と感じることもある。でも自分の中ではとっくに絶望している。

なにも残せないと考えている。

雨宮さんの死への人々の反応が、自分もそうなったらこういう風に言われるのかなと、

勝手追体験している。

自分葬式風景を見れないってことが、ブレーキひとつになってると思うのだけど、

大体わかった、もうこんなもんでいいかな、と考える自分発見している。

後追い、なんて言われるのは嫌だが、自分も見たい景色を見失っている。

2016-10-30

声優同士が複数で映ってる私的写真を見ると何だか切なくなる

しかも俺がひいきにしている声優同士だと特に

新しく作品で競演して仲良くなっている様を見ると

「おっ俺得

とか思い喜びつつも、そこに自分が介在していない事実再確認させられて悲しい

あくまで俺はただただ好きな声優生活おこぼれの切れ端を見せて頂いてるだけなんだな

ラジオニコ生を血眼になって追いかけても俺の知らない部分で関係性は動いているんだな

と当然のことを自覚して無力感を味わう

お台場ワルキューレたかったなぁ…

2016-10-25

[] けんじゃのいしを手に入れた

会社の帰りしな、酔っ払った自分の目の前にけんじゃのいしが現れた。

そいつシケモクの転がるアスファルトの上で光り輝いていた。

俺は賢者の石を拾ってコンビニに立ち寄り、ミネラルウォーターにひたしてみることにした。

爽やかな空気があたりを包み、愛飲のエビアン炭酸水風の口当たり良い水になった。

それを飲んだ俺の酔は冷め、みるみるうちに仕事の疲れが回復することを知った。

友人はいかづちのつえを手にしてエネルギーを電力会社に売りながら生活しているらしい。

俺は幸運に浴したことよりも友人の杖のほうが気になって仕方がなかった。

更に他の友人はいのりのゆびわを手にしたのだという。取引先にいくらでもメダパニがかけられると喜んでいた。

それに引き換えおれの石っころはなんだと思った。

たかだか酔い覚まし程度にしかならない。よしんば疲れを取り除くとしても、他の補助系のほうが役に立つのではないか

こんな石を持っていたらいくらでも仕事押し付けられるだろう。

サビ残は増える一方だし、俺にとってはむしろ発見されるだけ厄介というものだ。

かと言って投げ捨てられるほど俺の貧乏性は聞き分けが良いとはいえなかった。

俺はアパートに石を持ち帰ると石にマヒャドをかけてロックを楽しみ、次にメラをかけて熱燗にした。

なるほど酒の用途であれば悪酔い防止になるし、気持ちのよいまどろみを提供してくれそうだ。

実際に俺はこんな用途ならさほど悪くはないと思った。

その日から俺の絶倫ぶりは有名になり、二日会社に泊まり込んでも一切堪えない姿を見てHP1000の異名を持つに至った。

ホイミ習得できない体であることも異名のもととなったかもしれない。

勇者体質の同僚などは、何も突き詰められない器用貧乏自分を攻めることしきりで、

俺はうらやましがるふりをしながら内心調子に乗ってゆく自分気持ちを隠し通せなくなっていた。

その頃より状況は変化し、調子づいた俺の前に女性社員が群がることもしばしばだった。

接触回数の多い異性ほど恋に落ちる速さもいや増しに増す。その上絶倫イメージが有る俺はモテモテた。

ある日の朝、女を連れ込んでいた俺は不運な朝を迎える。

ベッドの下に隠してあったけんじゃのいしは粉々に砕け散っていたのである

俺は女の仕業だと感じて怒鳴りながら追い返したが、よくよく思い起こして石の破片を見た。

それは内側から破裂したように見え、外から打ち付けた様子もなかった。

俺は友人に電話したが、その一人のうち所持していたいかづちのつえは音もなく崩れ去ったという。

俺はこれで合点がいった。この杖やけんじゃのいしDQM仕様だったのだと。

そうとは気づかず乱用した俺の浅はかさが悔やまれた。

俺はやがて崩れるであろういのりのゆびわを持つ友人へ電話をかけ、パルプンテを振る舞ってくれることを望んでいた。

そうして出てきた効果は突然の左遷だった。

俺は遠く離れた、金貨を集める病弱で偏屈なじじいの島にルーラされることになった。

時々営業に来る奴らはメダルを持ってくるが、じじいは彼らのメダルを回収して追い返すだけだ。

いくつその行為が繰り返されただろうか。俺はいしか無為に島の周りをうろつきLvはすっかり上がりきっていた。

スキルもない高Lv社員など誰が欲するというのだ。そんな無力感に苛まれ続けた。

ある時じじいはいった。お前は全くの無能だが、低級魔術を使う無能であるからこそ使えるものがあると。

やつはカジノを指し示したのだった。

幾多の試練あって、俺はついにムチ使いになった。

できれば無能であることを知られたくはなかったが、このムチがあれば俺は最強だ。

移転先の国でホームレス同然の俺を拾ってくれた民間警備会社のお偉いさんにも頭が上がらない。

俺は剣と魔法がひしめく戦場で唯一ギャンブル王者かつムチ使いの元会社員、というおかし立場を手に入れるに至った。

しかしそんな戦闘多発地域で生き残るにはやや才覚が足りなかった。

俺の攻撃かいくぐった反政府ゲリラがどくばりで急所をつき、俺は不甲斐ない台詞を半額の貯金とともに訊くことになった。

民間警備会社もだめなら俺は一体どうすればよいのかと当方にくれてしまった。

俺は一度元の国に帰ると体にチェーンを巻き付け、肉体改造をした上でスラムに潜伏した。

顔には頭巾をかぶって街のあらくれとして偽装していたので、怪しむものは誰もいなかった。

思えばなんでそんな怪しげなやつを訝しがらないのかとこの国の風習には呆れ返ったが、そんな時代なのだから仕方がない。

俺はあらくれのまま何日もスラムに身を沈めていたものの、あるとき悪夢再現は起こった。

俺愛用のムチが何者かに持ち去られていたのである。俺は焦りを禁じ得ず思わず叫んでいた。

俺の、俺のグリンガムが!

走り出した俺の前に見慣れた姿があった。それは小馬鹿にし見下していたあの勇者タイプの同僚ではないか

やつは鼻くそをほじくりながら俺の姿を見て苦笑いし、デカチチの女とともにスラムへ入っていった。

あのダサいターバンのどこが良いのだろう。業績も低かったくせに。

俺は心のなかで憤慨したが、俺の今の姿は街の荒くれでしかなく、メラ・ヒャドしか唱えられないLv.99なのだ

ターン毎にザオリクでもかけられれば、いかに一撃必殺でも勝てる見込みはない。

それに恐らくやつはただ単に会社命令で視察に来ただけなのだ

それから俺はじじいの島で経験を得たことや、民間警備会社での地獄の日々、様々な経験を思い出して涙した。

あんな奴より俺のほうが苦労しているのだという思いがとめどなく溢れ出た。

全てはあのけんじゃのいしから始まったことなのだ。

結局ムチは見つからず、場末カジノで小さな勝ちを得て適当な増強用のアイテムを身に着けた。

思えばけんじゃのいしとはなんだったのだろう。あれがなくてもおれは今まで十分にやってきたではないか

あれがなくてもギャンブルに勝ったし、治安の悪い国で多くの敵兵を葬ったではないか

俺はスラムで酔いつぶれながらそう感じ、まどろみの中で再起が可能な道ではないのかと心を新たにした。

翌日俺は通りがかった勇者タイプ営業マンに、仲間になりたそうな目線を投げかけることにした。

あのあらくれ頭巾は取ったままで。

だが勇者は「このカンダタめ」とわけのわからないことを喚いて、俺の貯金は再び半額になった。

2016-10-18

洒落なんて嫌いだった。

女の子なんだからもっと見た目に気をつかえ」「お洒落しないともったいない」と散々言われ、言われると尚のこと頑なになっていた。

「何が女の子なんだから、だ。顔に粉を塗りたくって何が楽しいんだ。服なんて着られたらいいだろう。人間は中身が大事なんだ」

と言われるたびに言い返していた。

特に洒落をしないで困ったこともないし、ブスブスと他人に言われるほどでもなかったし。今お洒落をしだして良かったことも特にない。

しろ当時のわたしにとって、鏡を見ることが苦痛だった。

典型的下半身デブで尻や胸も大きく、顔にはにきびがたくさんあって、鼻は毛穴が広がりが目立つし脂っぽい。

それらを見るたびにため息ばかりついていた。おしゃれそのもの放棄してしまったほうが楽だった。

胸が大きいとどうしても着る服が限られるし、どんな服を着ても野暮ったくなってしまう。雑誌モデルはみな胸が小さいでしょ?

今でも思っていることだが、おしゃれを楽しめる人間は多少の自信がある人だと思う。何故なら、おしゃれは自分と向き合うことだからだ。

まあ、自称洒落な人でも効果があるかどうかもわからないサロンや、たっかい基礎化粧品に金をつぎ込んでいたりするけどさ。

わたしがお洒落をしだしたきっかけは単純で、好きな人ができたからだった。

それもお洒落男性だった。だからちょっとでも自分を良く見せるために化粧品や服を買い漁り、勉強もした。

はじめは手探りだったけど、今じゃ自分が似合うスタイルを見つけてはいる。

似合うスタイルっていっても、元々が芋女からたかがしれているのだが。それでも昔よりかはマシじゃないだろうか。

でも、今になって、もっと早くにお洒落をはじめていればと思う。

からおしゃれをはじめるのは大変なのだお金がすごくかかる。女性用の服が安いと言っても一着三千円はするから、着回しを考えたらいい値段するし、

化粧品はもちろん、基礎化粧品や靴や美容院代など、毎月ばかみたいに金がとんでいっていた。

嫌々していたおしゃれが、次第に楽しくなった。

服も似合う服に巡り合えたら嬉しいし、コスメ売り場のきらきらした空間楽しいコスメ自体乙女心をくすぐるデザインのものが多くてわくわくする。

これでようやく人並み以下くらいにはなれたと思った。けれど、元々お洒落な子には敵わない。

わたしがおしゃれを放棄してアニメを見ていた間、彼女たちはおしゃれの勉強をしていたのだから、そりゃあ違って当然だ。

自分努力不足だけなら、納得もできる。多分、わたし無力感を持った理由はそれだけじゃない。

なんだろうな、彼女たちとは顔や体の素質が違う気がするのだ。

わたしじゃ、どんなに頑張ったって彼女たちみたいにキラキラできない。

基礎化粧品に万かけても、デパコスコスメをそろえても、もともと肌がきれいな人には敵わない。

どんなに雑誌を読んでコーデを勉強したって、元々胸や尻が小さくて細身の人には敵わない。

骨格や体型はダイエットじゃ限界がある。肌質だって、多少は改善するかもしれないけど……。

そう考えると、おしゃれが虚しくなる。

「何でこんなわたしがお洒落してるんだろう」

「デパコス買うなんて、ただの無駄遣いじゃない? わたしみたいなブスはプチプラでも変わらないでしょ」

別におしゃれしたからって、周りの反応が変わるわけでもないしね。ちょっとナンパされる回数が増えたくらい? でもブスだってナンパされるでしょ。

こんなこと、いつもは考えないようにしてるけど、何故かふと感情が湧いて出た。

いつもは「わたし可愛い大丈夫」と心の中で唱えてるんだけどな。

2016-10-10

http://anond.hatelabo.jp/20161007172957

よく逃げ延びた! 生き延びて、人生を取り戻せてよかった。でも本当に歯噛みするほど悔しいと思う。大切な人生時間。当然自分のものである貯金人生の対価なのだから

単身赴任がなければ、どうなっていたか

改めて驚くのは、このかたみたいに頭が良くて自分仕事収入があり、多くの友人がいても、DV男の洗脳にはまってしまい、抜け出すのに半年かかっているということ。

DVストレスに晒されれば、誰でも無力感ストックホルム症候群や陥るのだということ。

本当に学校教育DVに対する対処病院公的相談機関の利用法を教えるべきだと思う。

貴重な体験談ありがとうございます。この日記はきっと何人もの女性を救うよ。

これから人生、たくさんの幸福に恵まれますように! 

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