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2024-05-01

anond:20240501091102

田舎民だけどやっぱり散歩は都会の方がいろいろ見る物があって楽しい

農道や川沿いをずっと歩くのもたまにならそういう自然の魅力を感じられるけど毎日だと変化が乏しくつまんない

夜は怖いし夕方は虫が多くて口や目に入ってうざいし

国道沿いはトラックが怖くて散歩の気分にならないし

2023-11-07

anond:20231107171457

千葉ってどこ行っても生活道路からクソデカ幹線道路まで徹底的に渋滞してて相模原市南区かよって思った

かと思えばガチ農道現われるし

2023-10-22

散居村のインフラ

波平野の散居村が美しい

https://dailyportalz.jp/kiji/Scattered-villages-in-Tonami-Plain

珍しく地元話題ホッテントリで見かけて面白かったので書いた。

書いてみたけど北海道農家とかの方が大変そうだよねこういうの。

 

散居村のインフラ

水道

上下水道が来ているところもあるけど、井戸水と浄化槽のところも結構ある。

井戸と言っても電気で汲み上げるので普段使用感は普通水道と変わらない。

井戸水は夏冷たく冬暖かいとかのメリットもあるけど、停電すると水も止まるとか、地震の後は水が濁るとか面倒なところもあるらしい。

浄化槽は庭に浄化槽を埋めて下水がそこに流れ込むようになってるやつ。

  

ガス

プロパン

  

電気

普通電線が張り巡らされている。

井戸+浄化槽+プロパンガスまでは割と独立した感じがあるから電気も自前の発電機で賄うようにしたら最強に見えるかもしれない。

ネット衛星で・・・とか考えるの楽しい。やらんけど。

  

道路

道路自体普通管理されてるけど、道路脇の用水にフェンスが無いので定期的に用水に人が落ちる。富山県が全国で一番用水への転落事故が多いらしい。

散居村の用水全てにフェンスを付けるのは無理なので困ったねみたいな話がニュースになったこともありました。

道路といえば田んぼの真ん中に家があるので、家の敷地内に長い私道があるお宅が多い。どこまでが私道でどこから公道なのかは住んでる人間もよくわかってない。

 

散居村と災害

水害

水田洪水を防ぐはたらきがあるので、家が水田に囲まれてる散居村の水害防御力は多分高い。

先人が庄川治水を頑張ったお陰でここ数十年は水害らしい水害は無いみたいだけど。

 

幹線道路は融雪装置が付いていたり早朝に除雪されたりするけど、散居村の家の前の細い農道にそんなサービスは無い。除雪車が来るとしても昼。

従って通勤のために車庫~除雪されている道までのルート自力で切り開かなくてはならない。

上にも書いた通り散居村の私道は長いし、家の前の農道除雪となると結構距離になるので、農作業用のトラクター除雪仕様換装して除雪する。

トラクターの無い家でも手押しの除雪機持ってる家は多いんじゃないかな。ママさんダンプじゃなくてガソリンエンジンのやつ。

  

雪は温暖化の影響なのか昔に比べるとかなり少なくなった。

昔は12月に雪が積もると春まで地面が見えなかったけど、最近は一気に沢山降ってすぐ溶けるのを年に2~3回繰り返すみたいな感じになっている。

たくさん降りそうなりそうなときは前日から学校休校決めたり、会社社員食堂食材仕入れができないって言い出したりするので、

じゃあもう会社休みにするかとなることが増え、昔よりかなり楽になった。休みなら早起きして除雪しなくていいからね。

 

ブラックキャップを開発した人はノーベル賞とか貰ったら良いと思う。

最近温暖化の影響なのか昔は見なかったヤモリが家に入ってくるようになった。勘弁してほしい。

 

その他

騒音

ブコメで見かけたけどあの景色のどこに騒音見出したんだろう。カエルか?

カエルは実際五月蠅いらしいけど、地元民には聞こえていない(強く意識しないと音と認識できない)ので騒音にはカウントされない。

散居村は楽器やりたい人なんかには良いところってのはよく聞くけど、時期によっては3km離れた城端線列車が走る音が聞こえるくらい静かなところなので、

季節と時間帯を選ばないと演奏が砺波平野に響き渡ってしまうかもしれない。

 

将来性

見ての通りド田舎なので、散居村を構成する家々は空き家が増えているし、高齢化もすごい。

もうじき敬老の日の催しがあるけど、75歳以上が老人として扱われ、会場の設営を70歳の若者がやっている。

 

屋敷林の管理や農作業、冬の除雪など、力仕事のできる人間複数居ないと維持管理が難しいんだよな散居村の家。老人だけでは厳しい。

昭和初期生まれくらいの世代ではきょうだい10人居るとか普通だったそうだし、そういう一世帯の人数が多かった時代のものなんだろうなと思う。

観光資源としてPRしてるけど、個人農地と家が平野に並んでいるだけのものから保全も難しい。土地の持ち主が田んぼをやめるのを止めることはできない。

 

おすすめの季節

そんな訳で今しか見れない景色かもしれない散居村、季節によって違う良さがある。

田んぼに水を張る季節が一番フォトジェニック。散居村の水田に映る夕焼け観光案内なんかでよく見る。

高いところから見下ろすのも良いけど、城端線の車窓から見るのも良いのよって会社の先輩が言ってた。

また、砺波ではチューリップの球根の栽培が盛んで、GWごろには「となみチューリップフェア」というのをやっている。

チューリップ公園で大量のチューリップが咲いているほか、実際のチューリップ畑を見学したりもできる。

観光で来るなら一番無難お勧めの季節。

夏の散居村を車で走り抜けると草原の中を走ってるような感覚になるので個人的に好きな季節。

稲穂で一面黄金色なのも良いし、稲刈りの終わった後の寂しい感じも人によっては好きかもしれない。

散居村展望台の近くにある夢の平スキー場は秋になると一面の秋桜が咲いてるので結構人気がある。

雪景色が綺麗。積もりたてが特に綺麗だけど、そういうときは大抵公共交通や路面状況が死んでるから観光で来るのは大変そう。

いや公共交通普段から瀕死だけども。バス電車(城端線電車じゃないけど)も本数少ないから、使うなら時間ちゃんと調べた方が良い。

 

2023-06-30

まりにも堂々とした堂々の増田スマ農道土足し藤堂共に理まあ(回文

おはようございます

この時期冷たい麺でもいただきたいと思いつつ私はタブレットで注文出来るラーメン店なら間違って注文しても大将に怒られない世の中の流行タブレット注文の魔の手がラーメン屋さんにも伸びている山脈に向かってヤッホー!って叫んでいるんだけど、

飛び込み前転で入店しつつタブレットで注文しつつーの

早速いただいた期間限定の冷たい麺のやつ!

あんまり気分良い話ではなくて申し訳ないことを前提に言って申し訳ないのは分かっていて話しちゃうけど、

3分の2ぐらいまで食べ進めて行った時に麺に髪の毛入ってたのー!

まあ私はあんまり気にしないタイプの人なので、

あっても取り除いて無視してご機嫌に食べられる選手権で優勝間違いない候補ではあると同時に

今回はでも私はそれ見逃せなかったわ。

結構麺にがっつり長い髪の毛が絡まっていて

あのなんかオシャレな食べ物の上に乗っかってる

食べてもなんか味のしないタイプ食材ってあるじゃない

赤い細い糸みたいな食べ物の糸唐辛子

私は意図せず二度見してしまうほど、

そのあまりにもガッツリながい髪の毛だったので、

これもしかしてそう言うタイプの糸唐辛子的な食材なのかしら?ってちょっと疑うぐらい堂々と入っていたのでこれ食べられるのかしら?

いや絶対これ髪の毛よね?って

やっぱりどう転んでみても髪の毛だったのでお店の人に髪の毛が入ってましたってそっと申告してもうご馳走さまするので以降大丈夫よ!と言うのを同時に伝えてお水を飲んでから一息して飛び込み前転でお店を退店しようと思ったら、

お店の人が出てきて申し訳ございませんって高嶋政伸さんばりにそれなんてドラマホテル?って言うぐらいな勢いで、

私もこれ結構美味しくいただきまくりまくりすてぃーだったので

なにも苦情とかクレームとかは言わないんだけど

フロア店員さんが私が報告したことをばっくれて上に伝えないパターンの怠慢ってあるじゃない、

ちゃんと上の人に伝わっていたから以後そういった悲しい思いをしない人が増えないように再発防止をぜひしくよろで思いたいのよね。

あれ情報が上まで伝わらずに

フロア店員さんで途切れちゃう場合あるじゃない

ちゃんと伝わってて良かったわ。

もちろんちゃんとお代も払ったわよ美味しかったし。

その点は全然いいんだけど、

貴重なタブレットで注文出来る形態比較的新メニューばんばん追加される貴重なラーメン屋さんなので私的にはもう二度と来ません!なんて選択肢はないぐらい貴重なラーメン屋さんなのよね。

夏だしこれから冷たいものの麺だって食べたいし

せっかくの貴重なラーメン屋さんを私は失いたくないのよ。

何年も通っているお世話になっているお店とかだったら

そもそもとしてそんなこと無視して何も言わないけど、

まだ通い出して5回ぐらいしか言ってない飲食店ならまだちょっと言えるかなーって思ったけど

あの堂々とした麺の髪の毛の絡みっぷりが

これ食材?って思わせるほど二度見以上三度見未満でどう何度見てもやっぱり髪の毛よね?と私を惑わすぐらい堂々としていたのがあっぱれだったわ。

なかなかこんな経験も滅多にないので、

良い体験出来たわ!って良い体験レヴェルが1つ上がったなような心持ちで生きたいものよね。

夏の冷たいつけ麺の麺美味しかったので、

また食べたいしね。

うふふ。


今日朝ご飯

今日最近お気に入りのと言うかまだ2回目のチリチキンサンド

チリチキンって響きが良くない?

チリチキンって人は言いたい季節があるとしれば今の時期なのかも知れないわ。

デトックスウォーター

水出しルイボスティーウォーラー濃いめにしてみました。

ルイボスティーウォーラー結構濃いめに使っても私は好きなので

結構濃いめでせめて作るわ。

今のところ濃すぎってことはケイン意外にはないわ。


すいすいすいようび~

今日も頑張りましょう!

2023-03-27

都会に出てきて一番驚いたのは木が真っ直ぐに生えてること

すごいよね、どんなに山奥へ行っても木が真っ直ぐ生えてるんだよ人の手が入ってるんだよ

まれ故郷はそんなことがなかった、つまり自分が慣れ親しんだ森林は原生林だったってわけだ

田んぼがあって、農道舗装されていて、瓦葺きの屋根なんて初めて見たよ

歴史のありそうなお堂に道祖神年号を見たら江戸時代前期じゃないか

すごいなぁ都会は内地は、でも鼻の穴の中が真っ黒になったので空気ってやっぱり汚いんだな

2023-02-26

バイクで通って良いのかわからないナゾの道

たまに気が向いた時、愛車のハンターカブでフラっと近所を探検するんだ。

近所でも意識しないと入らないような路地がたくさんあって、「ここの道に出るんだ!」っていう感動があって面白い最近は未舗装路に突撃するのにハマってて、この前走った農道では変なカカシに遭遇できて嬉しかった。

しかしそんなことしていると、ほんとにバイクで入っていいの?っていうグレーな道が結構あって、バイク侵入していいのか迷うことがある。車両進入禁止看板は立っていないけど、車止めが設置されてたりとか、特に規制されてないけど、道幅が狭めで歩道っぽい雰囲気出してる道とか、そういう道は意外と多い。

一番気になっているのが、公園の横をなぞるように走っている未舗装路。荒れに荒れてて一見とはいえないような状態なんだけど、調べてみると公園敷地外で、なおかつ公道として認定されている道らしい。車両進入禁止などの看板もない。

薄暗くて歩行者を見かけたこともないのだが、たまたまうるさいジジババに遭遇してトラブルになるのも嫌なので、まだアタックできていない。

2023-01-31

バイト日記

 朝、ラジオを聴いていたら、今年度は18年ぶりに刑法犯が増加したという。ところどころ聞き逃したけど、ローカル局から県内あるいは県内の一部の地域の話だろうか。増えたのは、窃盗空き巣狙い、車上狙い、自転車窃盗などだとか。はてなーだったら「貧困がー」「格差の拡大がー」っていう事だろう。個人的にはそれだけじゃないんじゃないかなと思うのだが、思うだけなのでもちろん真相なんか知らない。

 私は夕方から夜にかけてコンビニバイトをしている以外は、だいたい自宅でインドア暮らしをしている。時間を決めずにふらりと買い物に出る時には、誰も通らない道をトロトロと車を走らせている。田舎だけれど家は過密といっていいくらいギュウギュウに民家の乱立しているエリアなんだけど、最近、ほんとうに地区全体が静かになったよなと思う。

 十年くらい前は、この地区ももっと人目があった。というのも、自営の町工場人達やそこを訪れる営業マン達、自販機の補充に来る業者達、近くで農作業をしている農家人達公民館公園に集いレクレーションに興じるお年寄り子供や犬と散歩をしている主婦などが、ちらほらいたからだ。それが、めっきり見かけなくなった。このご時世、そういう人達が町から姿を消した理由は、推して知るべし。人がいないという事はもちろん、悪いことを企んでいる人達にとっては絶好のチャンスだと言えるだろう。町ぐるみで、隙だらけ。

 ついでに、窃盗とは関係ないけど、もう少し広いエリアを見てみると、田んぼのある開けた場所の上空を舞うトンビの数がやたら増えた。これも地域に人の気配がないのが原因なのではないかなあと思うのだが、どうだろうか。トンビ農道に降りてきて、トコトコと歩いている姿もよく見られる。

 トンビが増えたのには他の理由もあると思う。それは近年のアウトドアブームだ。町からほど近いところにキャンプ場やBBQ場があるので、そこで人間食べ物に味をしめたトンビが、人間生活圏内(昼間はすっかりゴーストタウンだが)に姿を表すようになったのではないか、なんて。

 真っ昼間のスーパー駐車場で空を見上げると、トンビが三羽くらいくるくると旋回している事がよくある。トンビの目は非常に良いから、ヒトが無防備に肉の切り身の入ったパックを持ち歩いていれば、すかさず降下してきて奪い去ることくらい容易いだろう。今はレジ有料化のため商品素手で持ち歩いている人が多いので、なおさらだ。でも、今までスーパー駐車場トンビに肉を盗られたなんて話は、まだ聞いたことがないけれど。

 スーパーには流石に昼間でも人の往来があるし、田舎なのでほとんどの人が車で来るからトンビにとっては物欲しくはなれども隙ははかりづらいかもしれない。のんびりチャリを漕いでる人は狙い目かもしれないが、チャリで買い物に来る人はお年寄り外国人実習生くらいだ。もしもトンビ被害に遭ったとして、彼らには情報拡散力がないというか、拡散したとしても、我々の目には触れない所でするだろう。

 とまあ、そういう訳で、盗人から見ても野生生物から見ても、私の住んでいる地域最近地域ぐるみで隙だらけだという話。今後は地域の防犯コストが上がりそうだと私は思った。ただそこに人々が存在し歩き回っている、という事に、私達はどれだけ助けられていたのだろうか。

 やっとバイト日記

 優秀な派遣アルバイトさんが、メルカリ便を受け付けた後に私の所へトコトコとやってきて、「これヤバくないですか?」と言った。その荷物は、ぺらぺらな封筒に軽い物を入れて張り付け表を貼っただけの荷物というには軽すぎる荷物だ。中身は時計なのだという。見た所緩衝材に挟むことなく、そのまま封筒に入れただけのもののようだ。壊れても責任は取れない。本当は受付拒否をすべきなのかもしれないが、あまりにもこういう荷物が多く、断れば客とトラブルになるばかりなので、仕方なく受付けるしかない。まあ、発送した奴の自己責任だと思っとこう!

 こういう、しょうもないメルカリユーザーが沢山いるんだけど、自分が発送した物がいったいどのように保管され運ばれていくのかを知れば少しは改める気になるのだろうか? ぺらぺらの郵便物みたいな荷物メルカリ便で出した場合、店では宅配便が集荷に来る前にどのように保管されているのかというと、一般宅配便荷物と同じ場所に保管されている。つまり、大きさと重量のある荷物ごみごみと積まれている中に、ぺらぺら便も一緒くたに保管されている訳だ。一応、店員の方では小さい荷物が重い荷物に押し潰されないように気をつけてはいるんだけど、そんな気の利く店員ばかりじゃないからな、というのは言っておかなければならないと思う。当店では、荷物の紛失事件が起きた事は私が勤め始めてから今までには一度もないのだけれど、私が昔勤めていた他店では一度あって、オーナー謝罪行脚に赴く事態になった。その時、紛失された荷物はどんな価値のあるのものだったのかは知らないが、発見される事はなかった。

 店舗での保管には注意はしているものの、荷物の形状が悪いせいで紛失や破損の危機はいつも隣り合わせだよ、ということで。では、集荷と配送の時にはどんな問題があるのかというと、集荷と配送中のことは宅配会社責任なので私共コンビニ店員には関係ないことなんだけど。でも、コンビニ店員の耳目に入る範囲でも危うい所がある。というのは、宅配便ドライバー郵便屋とは違い、封書メッセンジャーバッグに入れて持ち運ぶということはしない。彼らが店に集荷に来る時は、台車を押してやってくる。ありふれた、段ボール箱などを積んで押して歩くタイプ台車だ。それに宅配便段ボール箱を積んで、薄くて小さい荷物はその上に乗せるか手で持って運んでいる。と、いうことは、風に吹かれた拍子にぺらぺら便が飛んでったり、荷物を荷台に積む際にうっかり落としてしまう事があるのだ。

 今はメルカリで何でも売れてしまうし、カード類なんかは高値転売出来てしまうこともあるので……、ぺらぺらの封筒に、特に物凄い価値があるわけでもないからとカード状の薄いものをぺらぺらの封筒に入れて発送なんかしたりして、それをうっかり配送過程で落とされてしまったとして、誰かが拾ったとしても、親切な人はそのまま配送センターなり交番なりに届けてくれるかもしれないけど、メルカリに悪い意味で興味のある人だったら、届けずに開けて中を売れるものかどうか確認することだって、あり得ると思う。


 レジ接客をしていると、週に最低一度は、ナントカPayの残高が不足して「車に財布取りに行ってきます!」と言ってダッシュで駆け出していくお客様を見る。車に誰か待っている人がいるならまだしも、しばしばそうではないのがマジでやばい。世の中そんなに車内にお財布放置する人がいるっていうことにも驚くし。しかも、支払いをしに戻って来たお客様が持ってくるのは、たいてい非常用の小銭入れとかじゃなくて、カード類や万札の入ったでかい長財布とかだったりするし。

 たとえ車に家族や友人などが待っていたとしても、去年のいつだったか、どこかお店の駐車場助手席に人が乗っている車を奪い、逃亡途中で助手席の人を降ろして逃げたという車窃盗事件があったし(犯人は死亡したはず)、油断は出来ない。

 コンビニは多くの人が出入りするし、防犯カメラもあるけれど、事件が起きる時は起きるし、そうなっては取り返しのつかないこともある。それに、コンビニ防犯カメラをあてにされても、カメラ映像確認する権限オーナーしかないので、トラブルがあった証拠カメラ映像を見せてくれ! と言われても、店員にはオーナー電話する以外に出来ることは何もない。

 まあ、こんな感じなので。貧困がどうとかいうのも問題なのだろうけど、悪意のある人に「やれる」と思わせる様な色々が、コンビニにおいても観測されるっていう話。

2023-01-30

田舎田んぼスターバト・マーテルとか聴いてんのが一番カッコいい気がしてきた

東京行き腐った友達が、なんか、"水星"とか聴いてるくさいんスよ カバーのやつ

かつて聴いて、へー割といい曲じゃん、と思った記憶があったんで、ちょっと聴いてみた

そしたら小田急線がどうとか、最新のミュージックがどうとか、クラブがこうとか、ムスク香りの君に夢中だとかなんとか

鼻につく〜ッ!うぜえうぜえ

男は黙って、田んぼ

ガチで街灯とかねえ田んぼの真ん中で自転車を停めて、空を見ると星が綺麗で、ちょっとビックリするくらいキレイオリオン座が見えている わざとらしいくらい、あきらかにオリオン座がある

そういう景色の中で、ペルゴレージ先生スターバト・マーテル(悲しみの聖母)なんかを聴くのが、イチバンカッコイイんじゃないか?と俺は思い始めた

東京夜景を見ながらダオコの水星聴く、みたいなのって、なんつうか、完全にFAKEじゃないか

やっぱ俺みたいに、イヤホンつけてクソ暗い田園の中を歩きながら、IUXTA CRUCEM LACRIMOSA!とか言ってんのこそ、REALなんじゃないか

スタートマーテルはマジで名曲っすからね 超カッコいいから 

https://m.youtube.com/watch?v=qzOmPUu-F_M&t=54s

俺「イゥ-クスタ-クルルゥウーチェーム ラァアアクルルィモーォォォ-オ サ」(農道スキップしながら、with delight)

雑魚「めくるめくミラーボール乗って…」(夜景を見ながら涙)

完全に俺の勝ちだろ

Gaita Margariteña (https://m.youtube.com/watch?v=T4QEp1cyC2g )なんかでもいいぞ Qué vida más desgraciada(なんて惨めな人生なんだ!)とか言ってさあ

こういう音楽が活きる場所って、マジ暗黒田農道がイチバンだと思う

都会の歩道橋なんかで聴いてもただFAKEになるだけ

クソ寒い田園で、でけー鳥とアイコンタクトをとりながら口ずさむべき歌というものがあり、俺はそういうものこそ愛していきてえ

つか、なんなら早春賦とかでも全然いい 荒城の月とかさ

なんか、とにかく、関東に住んで水星とか聴いて喜んでいてはダメじゃないか?と、俺は思ったんですよ

それだけ!

2022-05-10

彼らの故郷では、まだまだ牛による「牛耕」が一般的

牛に鋤を引っ張らせて、田おこしをする風景は、

日常茶飯事。

ここでは、「トラクター耕」。

もはや動物による耕起をしている人は、居ない。

トラクターも大半が乗用で、

ハンドトラクター特別作業でない限り、

出番が少ない。

この耕起作業インドネシア研修生が見ると

いつも、

日本先進的で素晴らしい」と言う。

かに、手や家畜による耕起は、労力も必要で、

作業も大変だ。

時間もかかるし、

畑の仕上がり具合にも差が出てしまう。

そんな現状を知っているからこその言葉なんだろうけど、

果たして、「先進的」なんだろうか。

ちなみに、インドネシアで牛耕(馬耕)と

大型ハンドトラクター耕を経験してきた僕としては、

それを羨ましいとは一切思っていない。

そのどちらでも僕は大変な失敗をし、

自分の体もずいぶんと傷つけてしまったのは余談。

研修生が、牛耕とトラクター耕を比べて、

日本インドネシア農業の違いの一番は、

技術力だった。

インドネシアには技術がなく、

日本にはある、とのこと。

では、インドネシアにはトラクターを導入するだけの

技術が無いのか?と聞くと、そんなことはない。

インドネシア界隈でもトラクター販売されているし、

整備士も居て、ちゃんと稼働もしているよ。

次に研修生が挙げた違いは、資金力。

トラクターを買うお金が無いからだという。

本当???

ハンドトラクター日本円で15万円ほどで、かなり高級だが、

同じくらいの値段のオートバイは、

農村でも新車が走り回っているし、

テレビ冷蔵庫車なども揃っている裕福な家は、

村の中でも何軒も見受けられる。

最近では銀行農業融資も充実しており、

トラクターの分割払いのクレジットもある。

でも裕福な農家は、トラクターにあまり目を向けない。

その代り、牛に投資する人が多い。

僕が居たスラウェシの村でも、

大学院時代に過ごしたボゴールの近郊の農村でも、

牛は「歩く財産」と呼ばれていた。

牛は子供を産めば増えていくし、

放牧しておけば、餌の世話もあまりない。

農繁期には近所に牛耕用の牛として貸し出すことも可能なのだ

急なもの入りの時には、売却すれば良いし、

お祝いごとの時には屠殺して振る舞うこともできる。

そういって、僕に牛を自慢してくれた

インドネシアの友人も多かった。

協力隊の時にいたアレジャン集落では、

「だから、お前も牛を買え」と強引に進められたけど。

なので、

トラクターが、お金がないから買えないというのは嘘だ。

2人の研修生は全く答えに困ってしまったようで、

最後に絞り出すように、

「教育」を挙げていた。

インドネシア農民教育レベルが低いから牛耕で、

日本農民教育レベルが高いかトラクター耕だ、と

タマフのだ。

では、学校教育の中で、

トラクターの使い方を教えているのか?

農林高校ならばあるだろうが、普通科高校ではない。

ちなみに大学農学部でもトラクターの使い方なんて講義は無いぞ。

研修生の子たちが言わんとしていることは解るが、

それは近代化論の単線モデルという、

もっとも忌まわしきモノだ。

そんな議論をしていた時に、

研修生の1人、ダルス君が、

インドネシアトラクター耕にしたくても、畑までの農道が無いので、無理です」

と話してくれた。

そう、畦しか通れない場合棚田が多いインドネシア特にジャワ)では、

トラクターを畑に入れたくてもそもそも入れないのだ。

(アレジャン集落で無理やりトラクターをかけた話は、こちらのリンク)。

農道の整備と農地リハビリテーション必要だろう。

日本では、その多くが行政農家折半による

土地改良事業として、行われてきた。

しかも、自作農家が少ない社会では、

牛耕からトラクター耕に変われば、農業労働者もそれほど必要なくなる。

耕作面積も牛耕では間に合わなかった分も、

自作できることになるので、インドネシアで良くある小作への

耕作地の貸し付けも当然減る。

自分で作る方が、絶対儲かるからだ。

から、その減ってしまった農業労働に対する

求人分を吸い上げてくれる他産業の発展も

同時に無ければ、失業者が増えるだけになる。

ただ、日本では減りすぎた農業人口

コミュニティーを自立して維持していくことを困難にしてしまった。

自分の家の前すらも雪かきできない、

まり冬は外出すら困難になる

一人暮らし高齢者世帯は、僕の集落にもたくさんある状況だ。

からトラクター耕が、

ただ単純に「先進的」と言って良いのかどうか、

その取り組みが、僕らの福祉(welfare)に直結しているのかどうか、

僕には疑問に思う時がある。http://tayatoru.blog62.fc2.com/blog-entry-1292.html

2022-05-05

ネズミ取りムカつく

GW旅行先でネズミ取りに捕まった

農道っぽいとこで50km→40km→50kmに制限時速が変わる場所で40kmのところで速度超過

無理ゲーだろマジでふざけんなよ

というか後から地図見ても40km/hの理由がさっぱり分からん

多分昔は何かしら施設とかがあったけど今は無いとかそういうのじゃないの

100歩譲って実は危ない場所って言うならもっと注意喚起しろ

何にも無かっただろうが

GW観光客事故を起こして欲しくないなら手前に警察立たせて注意喚起せーよ

こんな変則的なところをわざわざGW観光客相手に取り締まって何がしたいんだよ

二度とこんなとこ通らないから何の教訓にもならんわ

ちなみにサインしてる間もバンバン捕まってて二人でやってるから全然追いついて無くて

途中から無線入っても無視してたしマジふざけんなよ運ゲーじゃねーかボケ

2022-03-15

anond:20220315103358

近所(と言っても車で行く距離)の保育所も統廃合などの理由移転した

元々は周り田んぼの立地だったんだけど、保育所イベントのたびに農道路駐で塞がるからクレームもあったのかも

移転した先はアルプスの少女ハイジ世界みたいな景色と広い場所

送り迎え大変だけどのびのび遊ばせるにはあれくらい広い方がいい

2022-03-03

春の嵐

 まだ土の方が目立つ麦畑強風が吹き抜けるので、辺りは土埃で霞み、遠くの山の輪郭ぼんやりしている。空もうっすら黄土色。強すぎる風に、車のハンドルが取られるほど。空では時が止まったかのように鳥が浮いている。

 農道をのろのろと車を走らせていると、前方からカップルらしき二人組が風にあおられながら歩いてきた。ほとんど身長差のない二人で、特に風が吹き荒れるごとに、わずかに背の低い方が相方の方へ倒れ込み、それを相方が自らもよろけながらなんとか支える。それでも歩みを止めることなこちらに向かって歩いてくる。

 こちらと距離がつまってくると、埃でぼやけていた彼らの姿がはっきりと見えてきたが、二人とも中学高校生くらいの男子だった。キャーキャーと楽しげ叫びながら歩いているように見えるが、声は全く聴こえてこない。風が全部の音声を吹き飛ばししまう。

 彼らとすれ違う時、ぎりぎりまで道の端まで車を寄せ、元々徐行だったのを更に速度を落とした。もつれ合うようにして歩いてくる彼らが二人まとめてボンネットに倒れ込んでくるのを回避するためだ。

 すれ違う時も、彼らは無声映画のようで、聴こえるのは風の吹き荒ぶ音ばかりだった。窓の外に見える彼らの表情は楽しそうだ。大人には迷惑なだけのこの嵐も、彼らにはただのイベントしかない模様。

2022-02-03

ペットっていうか畜生の方がしっくりくる人間なので。

逃げ場の無い歩道ペット散歩させるのは勘弁して欲しい。

田舎育ちのせいか犬は番犬産業動物的な意味での家畜の方が身近で、愛玩動物に縁が無かった。

なので、遠くでヨロシクやっていて欲しい対象

ケーサツ犬とか盲導犬なんかは別枠だけども。

大型犬なのに二匹を一人で散歩させるのは無茶だろう。

そこは農道なので犬の散歩は遠慮して欲しいな別に条例とかは無いけども社会通念上というかローカルルールというか慣例というか気遣いの心として。トラクターから犬って見落としたら怖いっていうか田畑にハシャいで侵入して回転系の重機に巻き込まれたら怖いんだが、巻き込んだ重機故障するんだが。衛生面のアレもあるので故障しなかったとしても継続使用できるか微妙なんだが。

フツーの道でもリードが長すぎて罠みたいに成ってるんだが。

そのか細い足のお犬様をウッカリ引っ掛けたりしたら徒歩でもこちらの過失にされない?たいした罪にならんだろうけど恨み買わない?

総じて怖いので離れて欲しい。

大型犬には勝てないし小型犬にも勝てないし、噛まれたら軽傷でも雑菌が後を引くので、むしろ気分的には重症なのでは?ってなるし。

逆にお犬様を怪我させたら飼い主が怖いし。

逃げ場のない道ではリードを長くしないで欲しい。

というか、お犬様に道を譲る己が惨めすぎるので、お犬様に道を譲られたい。最低でも譲り合いたい。

繰り返すが、なんで農道散歩させるの?分かるけど分からない。

おハシャぎ遊ばしている、そのお犬様、番犬もムリそうな、そのお犬様、なんで飼育してるの?家の敷地から出すの?分かるけど、分からない。

からの住人と新規の住人が揉めるのって、こういう感覚もあるんかなーと思った。

田畑やってるとマーキングで排泄されるのに敏感になるからな。

専業農家じゃなくても家庭菜園やってる率が高いんだ古臭い田舎の住人って。趣味もあるし税金との兼ね合いもある。


使役犬なら、その管理者にも犬にも一定の信頼を寄せる事が出来るので忌避感も無いんだけども。

愛玩用の犬は躾とかマチマチ過ぎて本当に近寄りたくない。

2022-01-14

市川先輩のはなし

正月やったから今年は実家帰ったんやけどさ。

去年も一昨年もなんやかんや言って帰れんかったし俺その前の年も仕事あったから集まりさぼるわ言うて帰らんかったんな。せやから都合三年ぶりくらいになんのかな?三年前の盆以来かな。いやちゃうわ、じいちゃんが死んだで九月に一回帰ったんやった。いやでもじいちゃん葬式ほとんど斎場にいったみたいなもんやったし、何言うて俺じいちゃん霊柩車乗ったくらいしか覚えてへんわ。ばあちゃんときは家で死んだから寝ずの番とかしたけど、じいちゃん骨折してからずっと入院しとったし。

いやちゃうねん地元の話な。

地元えげつない田舎やねんけどさ、いやもうほんま今お前が想定したのの三倍くらい田舎なんやんか。ぼく人に地元のはなし言う時絶対言うねんけどトトロトトロおもいだして?あれ。あれの村の感じよ。マジで信号機とかもなんもないの。舗装はされとるけど、農道やでされてないと困るってだけよあれは。トラクタとかがぬかるんで足取られたら動けやんから

そんで帰ってさ。うちの実家割と適当から別にようあるほら、実家帰ると無限に食べもんでてくるとかそういうのもなくてさ、母ちゃん父ちゃんもあー帰ったんみたいな感じで、ゆきちゃん散歩してきて言うてきて。三年ぶりに帰った息子に犬の散歩てと思ったけどまぁ犬は可愛いから散歩いくやんか。ゆきちゃん。しばいぬかわいいで。年とって目ぇ悪いねんけど、家のまわりは散歩するから、まぁ久々やし戯れましょかねいうて。

そんでねぇ、トトロいうたけどウチん家はさつきとメイの家みたいぽつんと一軒家ではないからさ、集落の中にあんねやんか。で犬連れて歩いとると火の見櫓のとこの市川さんちの息子が帰ってきたわ言うてその辺のじーちゃんやのばーちゃんやのがえろう気楽に声をかけてくるんやんか。俺も慣れてるからまぁなんやはいはい言うて、あんたえらい髪の色なったなとかさんまいの坂の上のサキちゃんも帰ってきてんでとかまぁどうでもええこと教えてもろてさ。そう在宅ばっかになったからええやろおもて年末に髪ピンクにしててんさ俺。もう色ほぼ抜けてもてキンパやけどな。あとで染めたての写真見せたろ。

ああでそうさっきも言うたけどうち去年じいちゃん死んでんさ。ばあちゃんが死んだのも最近の話やったからまぁえらいことやったねみたいなことを言うてもらったんね。ほんまにねぇこの大変な時期に色々お世話になりましたぁいうて。ええなんもなんもみたいなさ。いやあれ田舎スイッチな。俺も田舎帰った瞬間そういう会話できるようになんねん。ふしぎやにあれマジ。田舎に育ったもののみ培われんねんてそういうやつ絶対

そんな感じでまぁじじばばとしばらく立ち話してんけどむっちゃ寒いし、いや風がまじでやばくて、今年うちのほう正月雪ちらついてていやもうあかんあかんこんなとこで立ち話しとったら死んでまうわ!なって、もう犬もほとんど帰りましょか?みたいな顔してたからさ、んじゃよいお年をー言うて帰ろとしたらさ、ばばの一人にあん散歩行くなら堤防のほうはいかんときなにって言い含められて、そんなん怖い話の導入みたいやん?なんでですか?言うて聞いたんけど、どうも狐が出るからっつってもうえげつないしかめっつらしてんさ。堤防さんまい向こうのかいからちょっといったとこにダムっていうかでかい溜池あんのよ。トトロでメイちゃんがおらんなった言うて竹でさらっとったみたいな。なんでもトトロかっちゅうかんじやけど、まぁほんまにああいうね。柵とか何もないの。子供落ちたら全部死にそうなんやけど、いまだになんもされんのよねあそこ。俺のときは登校班五人くらいやったからまぁわかるけど、今結構子供おるらしいしあぶなないんかな。しらんけど。舗装もされてないし、私有地やったりするんかな。わからへん。

で、そのへんの近くのはたが荒らされる言うて、罠かけたら狐がかかったんてさ。狐やで群れではないやろけど、それでも一匹だけかはわからんで近寄るなって。そういや姉ちゃんLINEで狐見物に行ったとか言うてたしああそれかぁっつって。いや娯楽がないのでね、なんや知らん動物がかかったぞ言うて人が集まるのよ田舎は。

そんでまぁ、きつねがおるから近寄るなて、日本昔ばなしか!言うて。完全に世界観がむかーしむかしー言うてるのよ。でもエキノコックスとかあるやん?なんの病気持っとるかもしらんし、その辺に糞だのなんだのあってゆきちゃんが変なんもろたら困るのはほんまに困るから、そのままばばの言うとおり堤防のほうは行かずに、さんまいの辻のとこで回って隣の集落とのさかいまで行って帰ろうとしてんさ。

うちの村と向こうの村の境ってすごい坂になってんのよ。昔は崖やったらしいに。こう、うちの集落ちょっと小高い丘みたいなってるのね。で、こう、もう無理やりコンクリで坂にしました!みたいな無茶な坂があんねんけど、そこの麓に一個畑があって。ちょうど…またこれもトトロやねんけど、あれの感じのぽつんと一軒屋みたいな家に住んどるじいさんだかがちっちゃいみかんの木とか、なんや野菜とか、じぶんちで食べるぶんだけ作っとるみたいなちっちゃい畑なんな。なんか最近お孫さんができたんかしらん、木の下に芝生みたいなん敷いてあってちょっとした遊び場になってるし、別にへんな畑とかではないよ。

ただ、あのーこれ田舎あるあるやねんけど、各畑に農機具とかをしまっとくちっちゃい小屋があったりすんのね。あと雨水ためとく古い風呂桶とか。まぁ風呂はええねんけど。で、農機具って言ってもクワとかシャベルとか、ふつうに盗まれたら困るし、あとほら、刈払機とかはチェーンソーとかおいてるとこもあるからあぶないんね。鍵掛けとかんとあかんやん。でその畑は廃車なったハイエースおいてたん。まぁ鍵もかかるし、休憩したいときには座席もあるしみたいなかんじなんかな。しらんけど。

でそのハイエースの影から、ばってなんか出てきたん。

さっき狐の話聞いたばっかやし、それでなくとも野犬とか怖いやん?ゆきちゃんはよぼよぼやし。俺が守らな!なって。あわててリード引っ張ってゆきちゃんだっこして、ただゆきちゃんボンレスハムみてぇなぱつんつんのしいぬから、めちゃ重いねん。しかも抱っこがきらいなんやん。もう、なに?全然だっこに協力的じゃないのね?手足がジャキーンなってでけぇ飛行機だいとんか?みたいな感じで、ひっくり返って転んでもてん。くそだせぇんやけどほんま。ずてーんいうて。重たー!いうて。

で慌てて起きたら、ハイエースの下から出てきたやつのほうもなんや急におるやつがバタバタしてずてーん転んでびびったんかしらんけど、ブシュッみたいな鳴き声して道の向こうの方逃げてくところやって、あーよかったーってなったんやけど、ビョインビョインて跳ねるみたいに逃げてくそれがさ、でも、どうみても狐じゃないんよ。

しっぽはひょろっとしてて、毛ぇもまばらで、目のところが真っ赤になってて。なんかぼつぼつがびっしり体中についとって、さぶいぼみたいなってて。なんか病気みたいな格好やったん。いやもーあれいややったー!ぼく無理やねんてああいうブワッてこまかいのなってるの。今思い出してもおぞけする。

でもそれよりウワッておもたんが、そのさ、訳わからんなんかのちょうどこの、みぞおちのあたり?ふとももの上へんやったかな?そのへんにさ、ふたつ、まるい輪っかがふたっつついとったん。そこだけ生き物の造形じゃないのよ。なんか急に人工物で、ナマモノぽくなくて、あれなんやったんやろって思いながらもうほんま怖かったしびびったしでもう速攻で家帰った。ゆきちゃん?いやもう俺がどたばたしてるあいだずっとなんですか?みたいな顔しとったわ。あほ犬やから。そこがええねんゆきちゃんは。チャームポイントやねん。あほとへちゃむくれとデブチャームポイントやねんゆきちゃんの。あと自分のしうんこをたべるところ。

ゆきちゃんうんこの話はええねん。

そんで帰ってさ。まぁ当然話するやん家族に。さかいとこの坂の下の畑にへんなんおってさめっちゃ怖かったわー!いうて。父ちゃんが皮膚病かかった狐かたぬきちゃうか言うて、寄り合いだのに連絡しとくわってなって。ゆきちゃんが退治してくれたんか?そんなわけないやんゆきちゃんはぼけっとしとったわ、わしが慌ててゆきちゃん抱えたらくっそ重いでひっくりかえってんぞ言うて。

その時はそんで終わって。まぁあれはえらい話やったねって感じやったんやけど。

年明けてから、俺がそろそろ帰ろかなくらいの時期におかん裁縫用のハサミのカバー作ってくれって言われて。あのー俺レザークラフトやるやん。フェイスブックみたらしくて、ずっと使ってたんがほころんでしもたかあんたこんなんつくれんかって言われて。道具も何も向こうやでじゃあそのハサミの採寸だけやっとこかって母ちゃんにハサミもってきてもらって色々触っとるうちにふと気づいたんやけどさ、あのへんなんについとった丸いやつ、こういうでかいハサミのハンドルそっくりやったなって。ブスって横っ腹にこういうハサミをぶっさしたらあんなんになるんちゃうかな、ておもて。

でも怖いか実家ではなんも言わずに戻ってきてしもた。

いややなぁ、なんかあれ、ほんまいややったぁ。

2021-09-17

伯母に助けられた話。

たぶん幼稚園の年長か小一くらいの時のこと。

ある日の夕方、母が弟妹を連れてちょっと本家に行ってくると私に言ったのだが、私はテレビで『天才バカボン』を観るのに夢中になっていて、「わかった」と生返事をした。母はそんな態度の私に腹を立てていたようだ、というのは覚えている。

荒々しく玄関引き戸を閉める音がして、家の中が急にしんとした。それでも私はバカボンを観続けていたのだけど、番組が終わるや、急に寂しくなった。私はそのとき、母が「本家に行く」と言ったことを忘れて、母を探したがおらず、弟妹も誰もいない。小さい頃ずっと私の面倒を見てくれた祖母は、長期入院中で家にいない。今思えばそんなに長い時間ではないのだが、家に一人ぼっちで置き去りにされたのは初めてで、私はパニックになった。

私は大声で泣きながら家の外へ走り出た。庭にも誰もいないのを見て、駐車場から敷地外へ抜け出して農道に出た。門扉を開ければ庭から直接公道に出られるのだけど、それはしなかった。「勝手に門を開けて道路に出ると車に轢かれておっ死ぬぞ」と、小さい頃から祖母に脅かされていたためだ。

畑にも誰もいないことを見てとると、私は泣きながら農道を歩いた。農道の、畑から公道までの間の距離は短い。たぶん20メートルもなかったと思う。私はその短い距離を行ったり来たりした。

母は本家に行くと言っていた。本家までは数百メートルくらいだっただろうか。私の家と本家までの間には、屠殺場と二つの工場があった。そのせいで、うちの目の前の道路は二台の車がすれ違う程度の幅しかないのに、日中は沢山の配送トラックが行き交うし、通勤乗用車バイクもよく通った。幼い子供が一人で通るには危険な道だったから、「一人で道路へ出ない」と厳しく言い付けられていた。だから、母はきっと本家にいる、と知っていても、砂利道の農道からアスファルト舗装された公道に出る勇気が私にはなくて、ずっと農道の、家の垣根に沿った部分を私は往復し続けていたのだ。

時刻は午後6時を少し回ったところだったと思う。確か『天才バカボン』は6時ごろに終わったからだ。外は夕暮れどきで、東の空が薄いピンクと紫のグラデーションで、少し霞がかっていたと思う。近所の屠殺場も工場もとっくに終業していて、車通りの少ない時間帯だったはずだ。でも「一人で道路には出ない」という約束だったから、私は他にどうすることも出来ずに、大泣きしながら同じ所をぐるぐる歩き回っていた。

そんな時に、本家の伯母がやってきた。

「おっかさんがお喋りに夢中になってっからちょっと心配で見に来たのよ」

と言って、伯母は私をおんぶした。私は伯母の背中でわあわあ泣いていた。伯母は私を背負ったまま、公道農道の接する所に立って、母が弟妹を連れて帰ってくるのを待った。伯母が来てくれてから、母が戻ってくるまでにはそんなに時間はかからなかったと思う。

泣いている所へ伯母がふらりと現れたことは、当時の私にとっても不思議なことだった。我が家には、よく祖父母と伯父が遊びに来たものだが、伯母が来ることはなかった。伯母はいつも本家台所か、近くの畑にいた。寡黙で余計な口を利かず、そして何故か家族親戚からまれている人だった。家族からちょっといじめられていて、それに黙々と耐えている姿が近寄り難くて、私は本家人達の中で伯母にだけはなついていなかった。伯母も私には数多くいる親戚の子の一人であるという認識しか持っていなかったのではないか赤ちゃんの頃から知っているにしても。

なのに、そんな伯母が、

「あぁよかったよぉ」

と、真底安堵した様子で私をあやした。伯母が素の笑顔を見せること自体がとても珍しいことだったように思う。

から、伯母に助けられたことが私の記憶には鮮明に残っているのだけど、そんなことがあったのを綺麗さっぱり忘れた母は、「まさかあの人がそんなことを?」という。

それから30年くらい経った時、父と話ていてひょんなことから伯母が何故本家あんなに疎まれていたのか、その理由を知った。

伯母はまだ若い頃は身体が弱くて、たびたび実家に帰っていた。そのことを元から言い訳だ」と家族には思われていたようであるのだが、長男出産した後に決定的な事故を起こしてしまう。伯母は不注意から自分長男を死なせてしまったのだ。

当時、伯母の長男はまだ一歳半だった。全く分別がないのに活発過ぎるほど活発なお年頃だ。伯母は出産後の里帰りから本家に帰らず、長男息子と一緒に実家にいて、その日はどうやら床に伏せっていたようだ。それで長男母親が寝ている隙に家から出てしまい、用水路に転落して溺死した。そのために、祖母をはじめとする身内から責められ疎まれたのだ。

私の母が幼い私を一人きりで家に残して来たのを知った時、伯母は「ちょっと心配」どころか、かなりの危機感を持って私を探しに駆けつけたのかもしれない。私の両親は「あの人にそんなことが出来るわけがない、いつもボーッとしてるんだから」と言うけれど。

2021-08-03

anond:20210803113606

そら、千葉道路作ろうとすると公安委員の家が放火されたり、直接的に本人・家族が殺されかけたりしたからな。

一時期、道路鉄道建設のための土地収用もまともにできなくなって、

そのおかげで北総線東葉高速線みたいに、クソ高額運賃鉄道と、農道そのまんまの国道けが残されたわけだし。

クソ左翼様の成田空港反対運動のお陰だから左翼運動子供を殺したようなもんだ。

2021-07-12

ムクドリがいっぱい!

 最近農道のど真ん中のトンビポイント(なぜかよくトンビがトコトコ歩いているポイント)にトンビがいない。最近田んぼ周り、なんならスズメもいない。

 私の車が通ると、慌てて飛び立つのムクドリばかり。ムクドリがいっぱい。あっちもこっちもムクドリ。そして、最近めっきり見ないスズメシジュウカラ

 先日、ちょう久しぶりにオナガを見た。なぜか知らんけど、今、全国的オナガの生息域が山の方へ撤退していて、市街地にはオナガってあまりいないんだって。そう言われてみれば、私の子時代オナガ電線に停まってる姿は、日常風景だったなあ。ここいらでオナガを見ないのは、私の出身地とは違う県だからかなと思っていたけど違うみたいだ。

 6月末に麦刈りが終わってすぐ、田植えが行われた。この地方二毛作普通ないか、春の田んぼの空き日数がものっすごく短い。

 どちらかといえば河川の上流に近い地域(私の故郷に比べれば)なせいか、ここら辺は田植えの時期が遅い。元から遅いんだけど、温暖化や毎年9月頃の台風や水害対策もあるようで、田植え時期が年々遅くなってとうとう6月末にまで先延ばされるようになった。20年くらい前はGW前後だったと思ったけれども。

 そんな訳で、田植えの時期がズレたせいで、田んぼ周りの生き物のライフサイクルもだいぶ変わったんじゃないかなと思う。ヒバリ麦畑に巣を作るので、田植え時期のズレと共に麦刈り時期も遅れたことにより、昔よりもゆっくり繁殖できるのかなあ? 今年は五月半ばくらいまで、ヒバリがピヨピヨしていたはず。

 一方、田んぼに中々水が入らないせいで残念なことになっていそうなのはカエルツバメだ。タガメみたいな水生昆虫もかな。

 春、カエル冬眠から目覚める頃、田んぼにはまだ水がない。五月にカエルタマゴやお玉じゃくしは見られなくなった。

 GW前頃にツバメが渡ってくるが、田んぼに水がないと虫があまり捕れない。そのせいかツバメが多く飛来する時期も昔よりも遅くなってる感じがする。

 最近、すっかり梅雨なので、カエルツバメはめちゃめちゃ元気だ。しかし、ツバメが元の住み処に戻るまであと一ヶ月くらいしかない。ツバメライフサイクルを調べたことがないからわからないけど、確かオオヨシキリは春の繁殖期(3月7月くらい?)に時間の許す限り産卵と育児を繰り返す。ツバメもそうだとしたら、もしかすると1サイクルぶんくらい、繁殖回数が減っているかもしれない。もし巣が敵に襲われたりなどして雛が全滅した場合、巣を作り直しタマゴを産み直す暇がないのでは? 知らんけど。

 我が家にはツバメが巣を作ってくれないので残念。最近ツバメ、民家に巣を作っても壊されるだけだって学習していないか? それか、昼間の住宅街人間の気配がしないので、ここに巣を作っても天敵から守られることはないと思っていそう。うちだけじゃなく、軒下にツバメの巣があるお家が、近所には全然ない。

 そのかわり、幼稚園病院老人ホーム小学校の高い所の軒下にツバメが営巣しているのは見た。近所のスーパーには十年前はよくツバメが巣を作っていたけれど、店の人によって徹底的に壊されてしまうせいか、今ではすっかりツバメが寄り付かない。

 ゴーストタウンには住まない鳥といえば、スズメもそうなのだ人口スズメの数は比例する。私の住んでる地区空き家も多いし昼間誰もいない家が多い。見かけるスズメの数も年々減っている。人間の気配が少ないうえ、カラスハクビシンとヘビが多く住み着いているので、スズメが住むには向いていなさそう。

 数年前、大雨でうちの屋根にあったスズメの巣がベランダに落ちてきたことがあった。当時は私だけでなく、小さかった子供たちも家にいてにぎやかだったから、スズメ的にはうちの屋根の上は安らげる場所だったかもしれない。

 ところが、ハクビシンが近所に住み着いた。うちの屋根の上もハクビシン通り道になっていて、西の雨樋と東の雨樋の両方にハクビシン足跡がついてる。時々、ベランダハクビシンウンコが落ちている。

 ハクビシン通路に営巣は無理なのだろう。去年も今年も雨が降ってもスズメの巣は落ちて来ないし、あっちこっちムクドリだらけになった最近は、スズメの姿をあまり見かけなくなったし、ベランダの物干し竿にスズメウンコがついていることもなくなった。

 田植えが終わって数日しか経たないうちに、田んぼの水面がぶわーっと水草の芽みたいなものに覆われた。そしたら、沢山カモがきた。水深が浅いせいで、せっせとばた足に励んでいるお尻がよく見えて可愛い。けれども、親ガモが仔ガモの行列を連れているのは、いまだ見たことがない。

 毎年、田んぼに水が入るとアオサギが沢山飛来してくる。この地方あんまりシラサギは見かけないんだよなと思っていたが、この二、三年ばかりはけっこうシラサギも見かける。面白いもんで、アオサギシラサギって田んぼの同じ区画に一緒に居ることはあまり多くないようだ。農道を挟んであっちの田んぼにはアオサギ軍団、こっちの田んぼにはシラサギ軍団、と別れて固まりがち。

 今年はアオサギシラサギも飛来が遅いな、と思っていた先日、変わった鳥を見た。すごく脚が長くて、翼の前半分が白く後ろ半分が黒と、色がパッキリ別れているので、アオサギでもシラサギでもないと思う。ツル的な何か? でも、ここいら辺でそんなツルっぽいものを見るのは、初めてだと思う。

 ところで、今年は1羽もキジを見ていない。キジ! 居るんですよ。田舎とはいえそんなに大自然豊富な所じゃないのに。だけど、今年はまだ見ていない。

 以前、この町の中だけどもっと南の方に住んでいたとき、庭によくキジがくるお宅が当時の私の住み処のすぐそばにあった。そこんちの庭が私の家の窓からよく見えたので、キジがくると飛んでくまで眺めていたなあ。

 うちからキロ先に、かなりでかい河があり河原人間用にカスタマイズされていない部分にはかなりのワイルドネイチャーが広がっている。どのくらいワイルドかというと、数年前まではよく鹿や猪が出た。ここ数年はめっきり猪注意報が発令されないけど、たぶん朝っぱらから堤防付近人間がやたら走ったり自転車こいでたり犬の散歩しまくってるからじゃないかなあ?

 河原に行ったらハイタカが見れるかなあ。ハイタカ一度も見たことないから見てみたいよなぁ、と思うんだけど、河原に降りる階段の手前に大きな住宅街があって、そんな所を歩いていると知り合いに「あんた何してんのこんな所で!?」と言われまくりそうなので、近づけないでいる。

 河と鳥で思い出したけど、この町に移り住んでから一度もカワセミを見ていない。故郷にはカワセミがいて、大してきれいでもないむしろ汚いドブ川にかかる橋の欄干によく停まっていて、魚獲ってた。

2021-06-06

ティ

中野区中央は狭い敷地に同じような家が同じように建ち、みっしりと並んだ区画が続く。歩いているうちに自分がどこへ向かっているのかわからなくなる。東京住宅地はそんなものだといえばそうだが、中央と名乗るからには、もうすこし街らしい華やかさがあってもよさそうなものではないか? 中野区中央は、その種のにぎわいとは無縁な場所だった。

べつに好き好んで中央まで歩いて来たわけではない。職場の寺元さんがこの1週間ほど出勤せず、連絡もとれない。社長に渡された住所のメモ住宅地図のコピーを頼りに寺元さんの居所を探し、様子を探るよう、依頼を受けて来た。他に社員は私しかいなかったからそうなったわけだ。

ファート商会という会社私たち職場だった。本社中野にあり、放屁の気体用保存容器を製造販売している。このシリンダー状の容器に放屁を閉じこめておくと、どれほど時間が経っても、栓を開けさえすれば、気体が肛門を通って出てきた瞬間のフレッシュ臭気を嗅ぐことができる。このような器具にどれほどの需要があるものかと、最初私は半信半疑だった。が、細々と着実に注文が入り、会社は今まで生き延びてきた。

中野では誰もがその日を生き延びるのに精一杯だった。いちど中野駅で電車が止まれば、もう中野を出て行くことはできなかったからだ。

もう何年も前の話だ。夕方、私は仕事を終えて秋葉原から総武線に乗り、荻窪アパートへ帰ろうとしていた。電車中野で停まり、ドアが開いた。もともと中野での停車時間は不自然に長かった。新たに乗り込んでくる人はおらず、車内に放置された乗客は、列車が再び動き出すまで忍耐強く黙っているのが常だった。だがその日の停車時間は長すぎた。15分を過ぎた頃から、いらいらと外の様子をうかがったり、ホームへ降りたりする乗客が出はじめた。それでも列車は動く気配がなかった。30分が経過した頃、当駅で列車運行を終了する旨のアナウンスが流れ、乗客は全員が外に出された。それ以来、私たち中野暮らしている。

中野は孤絶している。東京の他の区からも、日本の他の地域から隔離されたままだ。新宿よりも西に向かう列車選択的にブロックするよう、政府からJR東日本命令があったとかいう噂だ。感染症拡散を防ぎ、テレワークの普及を急ぐためらしかった。通勤を控えるようにこれまでさんざん忠告したのだから都心通勤した輩はもう帰宅させなくてもよろしいというわけだ。だが噂は噂で、なぜ中野以西への鉄道運行が突然終了したのか、本当のことを知る人はいない。少なくとも中野はいないと思う。

中野で足止めされたら、人生中野でやり直すしかなかった(生き続けていくのであれば)。テレワークをしていなかった乗客は一瞬で路頭に迷った。中野で住みかを見つけ、仕事を見つけ、生活の糧を得ていくしかなかった。

練馬杉並新宿中野境界には有刺鉄線を張ったバリケードが設置され、高いコンクリート壁の建設が始まっていた。20小銃を抱えた警備隊が昼も夜もバリケードの前を行き来していた。こうした措置に抗議したり、やけを起こしたりして境界突入する人はときどきいたが、その場で「管理」され、戻ってくることはなかった。「管理」されたくなければ、望んで降りたわけでもない中野で生きていく他はなかった。

ファート商会は、中野へ流れ着いた人間で始めた会社だった。偶然に同じ場所居合わせた三人、空き家になっていた蔦だらけの木造家屋を見つけて寝泊まりしていた三人だった。私たちは手持ちの金を出し合って米を炊き、駅前広場で獲った鳩を焼いて共同生活を送った。放屁を保存するシリンダー型容器というアイディアを出したのは、社長の鬼澤さんだった。本人の話では、食品品質検査に使う精密機器会社に勤めていたそうで、その方面知識豊富だった。最初中国から大量に取り寄せたシリンダー小箱に詰め替えて転売していた(中野から移動はできなかったが郵便物は届いた)。仕入元と取引を重ねるうちに、小ロットでも自社ロゴマーク入りの製品を作ってもらえるようになった。

その頃には空き家相続人を名乗る人物から弁護士経由で文書が届いて、私たちは追い出された(急激な人口増加のため中野地価は上がったらしい)。駅近くの雑居ビルたまたま空きがあったのでそこに移り、事務所で共同生活をしながら放屁の保存容器を日本中に送り続けた。事務所とは名ばかりで、中国から届いた段ボール箱が積み重なる室内には洗濯物が下がり、夕食の豚肉を焼くにおいが漂っていた。

三人がそれぞれに部屋を借りて事務所から引越したのは、それからさら一年ほど経ってからだ。そうするだけの資金がようやくできた、そろそろ仕事プライベートを分けたい、当面は中野から出られる見込みがなさそうだ、といった思惑や妥協が交差した結果、私たちはそろって職住同一から職住近接の体制へ移行したのだった。

鬼澤さんに渡された地図コピーを見ても、寺元さんの住みかはさっぱりわからない。どの角を曲がっても同じような家並みばかりで、ときおり家の塀に貼ってある番地表示板だけが現在地を知る手がかりだった。ひと昔前までは、スマートフォン地図アプリを見れば迷わずにいろいろなところへ行けた。中野に閉じこめられてから、その類のアプリはなぜかいっさい起動しなくなった。だから中野住宅地図は貴重品になっていた。

何度も同じ所を行ったり来たりして、ようやく見つけた寺元さんの居宅は、路地の奥にあった。旗竿地というのか、家と家の間を通って行くと不意に現れる隙間がある。そこへはまりこむようにして古アパートが建っていた。鉄柵にかかるプラ板に、かすれた文字で「シャトーひまわり」と書いてある。柵のペンキはささくれ立った指の皮のように、いたるところから剥けて、露出した地金から赤錆が吹き出していた。一階の通路には落ち葉が吹き溜まり、繰り返し人が通った箇所では砕けて粉になっていた。各戸の前に置かれた洗濯機のカバーは、もとは水色だったらしいが、雨と埃をかぶり続けて黒くなっていた。

103号室には表札も呼び鈴もついていない。寺元さんの居所はここらしいが、本当にそうであることを示す手がかりはない。ドアをノックしたら全く無関係他人が出てきて、警戒心に満ちた視線を向けてくるかもしれない。そういう可能性を考えると、ドアをコツコツとやる力が自然に弱々しくなる。返事はない。中に人の気配があるのかどうかも分からない。洗濯機の上にはすりガラスの小窓がついているが、その奥で人影が動く様子もない。小声で名前を呼びながら再びノックしてもやはり返事はなかった。

寺元さんは出かけているのだろうか。あるいは先週あたりに部屋の中で倒れて誰にも気づかれず……不意にそんな想念にとりつかれたが、辺りは埃っぽい臭いがするだけだ。やはり出かけているのだろう。

その場を離れようとして歩き始めた瞬間、背後で音がした。振り返ると、寺元さんがドアの隙間から半分だけ身を乗り出し、こちらを見ていた。禿げ上がった丸顔はいつもより青白く、無精ひげの生えた頬がこけて見えた。「田村さん、なんで……ああ、そうか……まあ、ここじゃなんなので、どうぞ……」

「散らかってるけど」

といいながら寺元さんは私を部屋に招き入れたが、中は私の部屋よりもきれいに片づいていた。ローテーブルの上にはA4サイズポスターみたいなものが散らばっていた。猫の写真の下に黄色い枠が印刷してあり、「さがしています」という文字が見えた。

「先週から急にいなくなっちゃってね、ずっと探してたんだけど……」

猫を飼いはじめたと寺元さんが言ったのは半年ぐらい前だったかランチの時に写真を見せてきたのを覚えている。たしか、ニティンとかい名前だった。額の毛が富士山のような形に、白と黒に分かれている猫だ。

「この近所では、見つからない感じ?」

毎日そこらじゅうの路地に入って見て、電柱ポスターも貼ったんだけどね。今のところ手がかりはなくて……」

寺元さんは俯いたままTVリモコンをいじくり回していた。目の下にできた隈が濃かった。

中野では孤独死が増えているらしい。突然にそれまでの生活人間関係から切り離され、中野に閉じこめられた人々が、生き残りをかけてあがき続け、一息ついたあとに待っていたものは、容赦のない孤絶だったというわけだ。

職場への連絡も忘れ、一週間にわたって捜索を続けていた寺元さんと猫との個人的な結びつきは、どれほどのものだったのだろう。そして突然に去られたと知ったときの衝撃は……いや、仕事を忘れていたのではなくて、猫を探すために休むと言えなかったから、連絡できなかったのかもしれない。猫の存在が、どれほど寺元さんの柔らかいところに入り込んでいたか、誰にも知られたくなかったから、中野ではそれなりに気心が知れているはずの私たちにも、失踪事件とそれがもたらした内面緊急事態について、口を閉ざしていたのではないだろうか……

「鬼澤さんには、寺元さんが体調崩して寝込んでたとか言っておくので、ニティンの捜索、続けてください」

「気遣わせちゃって、ごめん。僕の方からも、後で連絡入れておこうと思うから……」

寺元さんはアルミサッシを静かに開け、冷蔵庫から麦茶を出した。梅雨時の空気で蒸し暑くなり始めた部屋にかすかな風が入ってきた。窓の外に見えるのは隣家の壁ばかりで、申し訳程度についたコンクリート製のバルコニーの下には、古い落ち葉が厚く積もっていた。その隙間に何か、木の根か、古い革製品のような、黒に近い焦げ茶色のものが突き出ている。表面には緑の苔か黴のようなものが吹いて、時折、びくり、びくりと脈動しているように見える。

「寺元さん、そこに、何かいるみたいなんだけど」

「ああ、それ、引っ越してきたときからずっとそこにあって……え、動いてる?」

その「何か」の動きはしだいに大きくなり、周辺の落ち葉がめくれて露出した土には蚯蚓や百足が這っていた。そこに埋まっていた朽木のようなものは、地表面に見えていた一部分よりもはるかに大きかった。それは蛹のように蠕動しながら室内へどたりと入ってきた。麦茶のグラスが倒れ、中身がフローリングの上に広がった。

その「何か」は動き続けるうちに表皮が剥がれて、琥珀色をしたカブトムシの蛹的なものが姿を現した。痙攣的な動きはしだいにゆっくりと、動物らしい所作が読みとれるようなものになってきた。やがて内側から被膜が裂け、現れたのは肌だった。真白なその表面へしだいに赤みが差してきた。寝袋のように床へ残された被膜から、人型をしたものが起きあがる。

それは姉だった。間違いなく姉だった。17歳の夏の夕方高校の帰り道、自転車ごと、農道のどこかで消えた姉。警察が公開捜査に踏み切り、全国の交番写真が貼り出されても、けっして戻ってくることのなかった姉。落ち着いたピンク色のフレンチスリーブワンピースを着て、薔薇色の頬に薄い唇と切れ長の眼が微笑み、当時の面影はそのままに、だが記憶の中の姉よりもはるか大人びた姉が私を見ていた。

「背、伸びたじゃん」

といいながら姉が私の腕に触れた瞬間、思わず涙がこぼれた。

「そうか、田村さんのお姉さんだったのか。だからずっとそこに……」

寺元さんは何か遠く、眩しいものを見るような目で、姉と私を見ていた。

「ニティンくん、きっと戻ってきますよ」

姉は寺元さんに微笑みかけながらも決然と言った。寺元さんは照れくささと寂しさの入り交じったような顔で笑った。が、不意に真顔に戻った。

「待って。聞こえる……ニティン、ニティン!」

というが早いか、寺元さんは部屋から駆けだしていった。

かすかに、猫の鳴き声のような音が聞こえる。涼しい夕方空気が窓から入ってくる。

「もうすぐディオニュソスお祭りだね」

どこか遠いところを見ながら姉が言う。

「もうそんな季節か」

中野ディオニューシアまつりは毎年初夏に行われる。今年もたくさんの供物を捧げた行列が、狂乱状態の男女が、鍋屋横町を練り歩くのだろう。中野で過ごす何度目の夏になるだろう。いつの間にか、夏の風物詩を繰り返す季節の一部として、中野で受け入れつつある私がいた。

2021-05-20

暮らしの中のささやかな疑問。

  • 買い物に行く途中に通る農道の、ある地点によくトンビがトコトコ歩いている。いつもその場所だし、数年前からしょっちゅうそこにいるのだ。近くに木とか生えてない、だだっ広い田んぼに挟まれたほっそい道のそのポイント。どう見てもそこはソイツの巣ではない。餌を捕ってる様子もない。ソイツはそこから飛び立ち、上空をひたすらぐるぐる旋回する。たまにカラス集団に混ざってトコトコ歩いているが、カラスのあとに続いて飛ぶと、必ずといっていいほど上空でカラス集団に虐められて逃げ惑うことになる。それなのにトンビはめげずにいつも同じ場所をトコトコ歩き、その上空を旋回する。縄張りなのかもしれないが、他に競合するトンビもいないのに、何でカラスに虐められてまでそんな所に拘り続けるのか謎。
  • 用水路の周りが見晴らしよくなったお陰で、用水路存在に気づかず草叢に踏み込んで水の中に落ちるという危険はなくなるだろうと思った。ところが、見晴らしよくなって以来、しばしば登校途中の小学生男子用水路に転落するようになったのだ。たまたま近くで旗振り当番をしていた私が、水路に落ちた小学生男子を救出したことがあったが、どうしてあんな所に落ちたのか聞いたところ、小学生男子は「川覗いてたら、なんか落ちた」と答えた。覗いてただけで落ちるものだろうか?

2021-05-15

[]anond:20210514150728

挨拶がコラァ!だったおじさんの話

私の地元地方都市都市部から1時間ほどかかる、まあそこそこの田舎町で、住宅地を少し外れると田んぼ放置された畑が広がっているような土地柄だった。田舎特有の濃い人間関係や噂話は大嫌いだったが、むせ返るほどの草木の緑や、稲穂金色に輝いて風に揺れる様を見るのが好きだった。

私の実家周辺は1人の地主土地を抱えており、そこの地主コンクリートミキサー車の運転手と、稲作農家兼業農家だった。父の古い知り合いで、安く土地を譲ってもらったと聞いた。丘の上で見晴らしの良い実家家族は全員気に入っていて、仕事のことや人間関係の面倒ささえなければ、今でも私はその周辺の土地に家を建てたいくらいだ。

土地を買った時私はまだ幼かったので、地主のおじさんのことを、私は「タロのおじさん」と呼んでいた。タロというのは、地主の家で飼われている犬の名前である。このタロのおじさんというのが中々にファンキーな親父で、幼い頃から度肝を抜かれてきた。

まず、小学校からの帰り道、農道ぼんやりしながらひとりで帰っていると、後ろから「コラァ!!」と声がする。「コラァ」なんて可愛いもんじゃなかったかもしれない。「グォラアア!!」とか、そのくらいの勢いがあった。気がついたら後ろに馬鹿かいコンクリートミキサー車があり(移動音に気づかなかった私も大概だが)、その窓から、タロのおじさんが強面でニヤついている。なおこれが彼の精一杯の笑顔である。いつも目は笑ってない。

「なんしよっとかぁああ!!帰りよっとかあ!!」

乗っていくかぁあ!と続いたので、私は大慌てで首をブンブン振って走って逃げた。

タロのおじさんは近所の至る所に出没した。しかし必ず声かけ大音量の「コラァ!!」だった。至極ビビりで大人しい性格だった私はその度に心臓を震え上がらせた。タロのおじさんは大抵、ミキサー車軽トラトラクターに乗っており、腰に鎌を携え、作業着肌着に麦わら帽子かぶっていた。考えてみてほしい。ビビリの小学生女子がそんな戦車に乗ったモンスターの様な佇まいの親父に毎度コラコラ言われるさまを。第一、何も悪いことなどしてないのに、何故コラから入るのだろう?普通こんにちは、とかじゃないのか?と幼心に理不尽を感じ、タロのおじさんに会うとすぐ逃げまくっていた。

タロのおじさんは私の実家にも時々出没した。

気がつくと、大きな梯子と枝切り鋏を抱えてやってきて、庭木の剪定をしているのだ。

「庭木が伸びきっとるのが下の道から見えたけぇ切っちゃっとるぞ!!」

母と私はザクザクと切られていく庭木を唖然として眺めていた。帰ってきた父が、若干ハゲになった庭木と庭に散らばった切られた枝葉(ちなみに片付けはしない)を見て驚いている。

それから、父が頼んだわけでも、もちろん母が頼んだわけでもないのに、タロのおじさんは嵐のようにやってきて、勝手剪定していった。今やったら住居不法侵入罪とかの結構重めの罪になるのでは?と思う。でもタロのおじさんは純粋に親切でやっていたのだと、今なら多少無理矢理だがわかる気がする。

そう、タロのおじさんは基本的にめちゃくちゃアクティブな善人だったのだ。

付近の山に害獣の猪がでれば罠を仕掛けて仕留めるし、子供を見れば怖がられても声をかけて様子を見ているし、隣の土地雑草田畑の世話をし、犬も猫も鶏も沢山飼って可愛がっていた。

あの土地のことが好きだったのだろうと思う。多分私も、その一部だったのだ。

今、私は母親として都市と言われる場所暮らしていて、地域の人との関わりといえば本当に限定的ものしかないし、そんなおせっかいすぎるほどおせっかいなおじさんやおばさんは居ない。上品で物腰の柔らかい、決して私たち家族に深入りをしない、好ましい距離のとりかたを分かっている人達ばかりだ。田舎者の私はその上品さにたじろぎながら、ここでの人との接し方を学んでいるところだ。

別にタロのおじさんみたいな人になりたいわけじゃないし、私の娘がタロのおじさんみたいな人に会って、「コラァ!」と声をかけられたら、絶対警察に連絡する。絶対にだ。

それでも、タロのおじさんのことが時々懐かしくなる。あの乱暴おせっかいが懐かしくなる。

タロのおじさんは、マムシに3回噛まれて呆気なく死んでしまった。だから最期に会ったのは、初盆遺影の前。天国でもミキサー車で乗りつけて、乱暴おせっかいを焼いているのだろう。

また会う日まで、タロのおじさん。

2021-05-04

この間増田田舎エアプを煽るやつが言っていっぱい星集めてた

「真の田舎ではトラクターなんて誰も使ってない 4WDがあるから

みたいなセリフ意味全然からない

トラクターってあれだよな?農作業とか田んぼとかで使ってる、たまに農道走ってるタイヤのでかいクソおせえやつ

ググっても最初に出てくるのはそれだ

今でも普通に見るし、あれって4WDの車で置き換えられるようなもんじゃないだろ?

あれ書いたやつと星押したやつは真の田舎エアプで、トラクターつったら何か別のもの想像してたのか?軽トラ的な…

何がどうなったらそういう発言が出てきてそれが支持されてしまうのか、本当に意味がわからなすぎて怖い

どうなってんだ

2021-02-23

anond:20210221103053

能面農道: 能面業用揮発油税財源身替農道整備事業は、1959年昭和34年)頃から能面生産用に使用されるガソリンは、仕事上の必要経費として税金免除してほしい」との要望が強まってきたために、農林水産省補助事業として立ち上げたものである。背景には、昭和初期まで一般財源に組み込まれていたガソリン税(揮発油税)が、1953年昭和28年)の道路交通法改正によって、国道都道府県道を整備するための道路特定財源に回されることになったことにより、当時、日本の主力産業であった能面生産業への恩恵が少なくなったことにある。

2020-12-15

10年来の友人が失踪した

無職の俺が言うのもなんだが、本当に死ぬほどやることがない時にだけ、普段使っていないFacebookを開くことがある。

開くとまず、知らない奴とか10年くらい連絡とってない奴の誕生日が3日前でした、みたいな通知が5件くらいあって、未だに何故かFacebookを使い続けてる奴のTwitterみたいな投稿が目に入る。自分投稿を見返したところ、自分も6年前までは同じ使い方をしていたらしい。

だが俺の本当の目的は今や全く別のところにある。ここに来て急に「友達かも」のページをみたり、繋がっている友達伝いに小学校同級生を探し出すのだ。

俺の通っていた小学校は、それこそ全校生徒がランドセルに熊よけの鈴をつけて登下校するレベルの山奥にあった。トラクター農道闊歩する割と本格的な田舎だ。だから小学校から中学校、下手すると高校まで同じ顔触れで、死ぬまで実家暮らしなんてのも多分珍しくない。

というのも、俺は中学から親の都合などを経て都市部引っ越したため実情を知らない。小学校同級生と未だに連絡を取っているようなことも全く無い。高校生の時に何度か違うクラスの奴と会ったはいいけど全然何話して良いかからなかった。多分みんなそんなもんなんじゃ無いかなと思っている。

そんな時に見るべきなのがFacebookである。今となっては猫も杓子もTikTokInstagramなどのイケイSNSに夢中な中、それらの始祖にして現代ネット社会における九龍城、そしてディストピアとなったFacebookには今、俺が必要としている情報の全てがあるのだ。

まず友達伝いに名前に見覚えがある気がする奴のページに飛ぶ。どうせ足跡が付くわけでも無いし付いてたとしてもはや誰もFacebookなんか見てないから気にせず画像誕生日投稿へいつ頃まで反応していたかを見ていく。俺と同級生から当然3割くらいは誰だか知らない奴と結婚してる。だがさして興味はない。なんなら病気してても、たとえ死んでたとしても、へー、で済む話であるガンガン見ていく。

あ、こいつ養護学級スレスレだったやつだ。アニメアイコンだしヤな予感すんなあ、とか思ったら内容こそ穏やかだけど匿名掲示板で暴れ回ってるキチガイと同じ文体で、それもつい数日前まで投稿してる。匿名掲示板荒らして回ってる奴の気が知れないとは思ってたけど、本当にこういう奴らがやってんだなって確信してなんか悲しくなった。

次はこいつか、車高短なんかFacebookに載せんなよ、うわこいつも載せてんな、しかスポーツ学科、このギャル名前たことあるな可愛かった子か、あいつはヤンキーになってんのか、うわきったねえギャルだ、車高短だ、うわギャルだ、ヤンキー

俺の地元どーなってんだよマジで

ガイジとヤンキーギャルしか居ねえってなんだ。そりゃみんなFacebookやめるわ。畦道走ってイオン行けばみんな居るしな。どうせ高校まで一緒だったんだろうしどうでもいいかやっぱり。

だが何故、いわゆる陽キャになろうとした結果が画一化されたヤンキーギャルなのか。影響されあっているとしたらこんなにダサくて生産性のない足の引っ張り合いは無いだろう。というか、それに気付かず迎合してしまうから田舎に留まろうとするのか、田舎に留まっているか感性死ぬのか。俺にはもうよくわからない。

先日失踪した10年来の友人はいわゆるシティボーイだった。のにも関わらず、都会の隠れビッチに惑わされ、家や友達の全てを捨てて失踪し、SNSからもその存在を消そうとした。自分プライドを糧にやってきたことを全否定して消えようとすることは、結果だけ見れば俺の居た田舎ヤンキーギャルになるのと同じはず。全てを捨てようとした時、やはり田舎珍走団になろうというのが真っ当な思考回路なのだろうか。

十数年後に死んでいるであろう何らかのSNSで再び彼に再会できた時は問いかけてみたいと思う。

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