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はてなキーワード: 投影とは

2017-04-27

ファシズム的なものを支持する性格

ファシズム性格は、通常権威には追随自分より下のものには権威をふりかざす性質をもっています

さらに、アドルノらによると、以下の9つの特徴に該当する項目が多いほど、ファシズム人格特性を呈するのだといいます

1.因襲主義

慣れ親しんだ中産階級的な価値にしがみつく

2.権威主義従属

集団内部の理想化された権威追従し、批判しようとしない

3.権威主義攻撃

慣習となっている価値違反する人々を見つけだし、これを非難し、排除し、処罰しようとする傾向

4.反内省的態度

主体的で柔軟な精神敵対する

5.迷信ステレオタイプ

個人運命について神秘的に規定しようとする傾向

6.権力と「剛直」

支配従属強者弱者指導者−信奉者という先入観でみる。権力者への自己同一化。もともとの自我属性に過度にこだわる

7.破壊性とシニシズム冷笑主義

人間的なものへの一般化された敵対と悪意

8.投影

粗野で危険もの世界に増大しつつあると信じこむ傾向

9.

性的な「行為」について大げさな関心の示し方

2017-04-26

もう切った縁の怨を供養

私たちは揉めてないし上手くやってる!小さなことで騒ぎだすやつがいつも被害妄想で頭おかしくて異常だった!」って発想で結束して、お互いがお互いに忘れられないように媚売りあってるやりとりの集団に巻き込まれただけだったのほんと疲れた

学生から二十代後半までネトゲどっぷりで、人間関係はこうだとかああだとか、他人には偉そうにしといて、実際のところ誰も人間関係真剣に築くことが出来てない。餌くれる人を待ってる超受身で何か起きたら被害者宣言だけは準備万端スタイル

なくてもいい、むしろ要らなくなったものだけを押し付けるような恩をさも真心のように売りあって、自分たちが惰性で居残っただけの人間関係をマトモだと思って、外で積極的活動してるだけで別に向かってきてもいない人間をめざわりみたいに平気で叩く。

おかしいわ。

身内だけで引きこもっててほしい。なんでわざわざ巣から出てきたり、巣の外の人間に巣の内情の愚痴をぶちまけてくるんだよ、お前のそれが上手くやってると自負なさってる人間関係なんだろ? 巣の外では近寄ってくる他人の方がメンヘラだと裁いてたけど、気に入らないことが起きると、さんざんご不満たらたらだった巣の中に戻って「私理不尽な目にあった!ひどい!」って騒いでよしよしなでなでされに行っちゃうような、大層な共依存コミュニティの住人じゃないですか? 距離感ねえのはどっちだよ。

あと自分他人に誇れないコンプレックス他人投影して、自分じゃないからと他人事みたいに笑ってんじゃねえ。自分不手際はすぐに容赦してもらいたがるええかっこしいめ。

2017-04-24

http://anond.hatelabo.jp/20170424123036

高速で流れエアリプでも空気に参加できるローカルタイムラインあの日しかったネットのいろいろなものに似ていたのだ

彼らが投影していたものは(人多い)IRCであったり(人多い)ICQであったり(実況の)2chスレであったり(ネタバカだらけだった)ニコ動であったりする

イエスタデイワンスモア

2017-04-20

http://anond.hatelabo.jp/20170420220138

…そうか! 白いクッションにおっぱい投影すればいいのか!

増田、賢いな!

Xperia Touchすごいね

おちんぽタッチし放題だし水分もへっちゃら

そしてなによりタッチしようとしたらおちんちん画像投影されちゃうわけだろ?

もう俺どうしていいかわかんねえよ

頭がおかしくなりそうだ

2017-04-17

http://anond.hatelabo.jp/20170417144551

トラバのことに関していえば、優しさというか単なる自己投影なんでは

増田全般)の優しさとか偽善しか感じないんだけど

http://anond.hatelabo.jp/20170417103845

それな

大抵の腐女子の男オタ叩きって、ただの自己嫌悪投影しかないんだよな

2017-04-15

言ったらなんだけど

本当に「助けようと思って動いた」奴は

ちょっと自分の意に染まない結果に終わったぐらいで

対象幼児とか罵らないと思うんですよ


そういう自制心もないし、

罵ってる自分がどう見られるか考える客観性もない

明らかに幼児性と衝動性と自己愛の強い人格障害なわけでね


人を助けるような段階じゃなくて自分をなんとかしなきゃいけないんだけど

そこには向き合えないので「助けたい」って言いながら言いなりになりそうなメンヘラ探すわけですよ

でも知能や意思力が弱すぎてメンヘラすら奴隷に出来ずに失望する

そして自分欲望メンヘラ投影してブチブチと罵る

けが必要なのはお前やろって話になるわけです

2017-04-14

プロジェクション・エロマッピング

Picoプロジェクターっての買ったんですよ。超小型で、手のひらに乗るサイズバッテリー駆動スマホ無線で繋がります

スマホの画面をミラーリング出来るので、スマホの画面に映るものなら大抵投影出来るわけです。

スマホ画像動画を入れておけばそれを投影できる。なんなら動画ファイルとかをマイクロSDカードに入れてプロジェクターに挿して再生することも出来る。

でね、当然やるわけです。エロ動画投影って。最初三脚にセットして壁に映してみました。うん、大画面。でもなんか、イマイチ面白くない。大画面の女優さんはまるで巨人。進撃されても困ります。興奮よりも食われる恐怖が勝つ。

チンコを吸うその口で、そのまま頭からいかれそうです。

そこで、三脚を外して手に持って自由投影してました(※)。壁や床、どこにでも好きなサイズ投影できます

F8スケッチブックがあったので、それに投影するとすごい。

とてもすごい。

ちょっと想像してみてくださいよ。

女優さんの顔や体やいろいろが、手元で、あたかもそこにあるように実物大投影される。これはすごい

もう、ARです。

しろVRです。

どっちでもいいです。

AVRです。

スケッチブックなのでどういう風にどこに置くかは自由プロジェクターは手に持っているので、サイズや角度も自由です。

体位や構図でいろいろ楽しめます

自由。すばらしい。プロジェクターにこんな使い方があったなんて。

良いぞ、Picoプロジェクター

※…ピントは1mくらいで見えるように調整した。

2017-04-10

http://anond.hatelabo.jp/20170410205617

私も異性愛者の女だけど、女の身体自体エロいとは思わないんだと思う、

銭湯入って「エロい!」とは思わない

演出がなければ、なんというか「女の身体」以上のことは思わないな。

演出入ったAVとかだとその身体のおかれた状況にエロいと思ってると思う、

女体に自分投影してる格好だと思われる

から「この女、抱きたい」とはならないんだよね今のところ

2017-04-09

オリキャラ投入二次創作に変化を感じる

 二次創作という世界があることを知ったのは今から十年以上も前だ。原作の枠を飛び越えた物語ファンが綴る行為に魅力を感じ、その中でも特に夢小説という界隈に入り浸るようになった。

 原作に登場しない人物が登場する二次創作。彼または彼女名前を読者が設定し、一般的には彼または彼女感情移入をした状態になることで物語世界に入り込む、文字列を読む行為を超越した体験を与えてくれる創作形態に感銘を覚えた。夢小説定義書き手によって異なり、その多様性面白さの一つであると長年考えているがそれについての言及割愛する。

 オリジナルキャラクターが出てくる二次創作は多く存在する。彼または彼女名前を持つか、明確な設定を持つか、物語の中でどれほどの意味を持つかは書き手に委ねられる。夢小説はそのカテゴリーの中で、オリジナルキャラクター名前を読者に決めさせることで読み方や受け取り方の幅を広げていると私は解釈している。

 前置きが長くなった。この二次創作におけるオリジナルキャラクターの扱いが十年前と現在でかなり変わったことがこの文書趣旨だ。

 夢小説を読む人を非常に大雑把に分類すると、登場するオリジナルキャラクター自己投影しながら読む人とオリジナルキャラクター物語として俯瞰して読む人の二つに分かれる。特に書き手後者場合オリジナルキャラクターには名前所謂デフォルト名)や詳細な設定が付与されうる。

 私はオリキャラ創作と夢創作のどちらも経験したが、オリジナルキャラクターを出す場合名前変換がある場合とない場合では読んでもらえる確率が大きく異なっていた。オリジナルキャラクター原作に絡めた話を書きたくても名前変換を設置しなければ見向きもされない、そのような印象を抱いていた。

 しか現在原作の中に登場しうる名前や設定の薄い人物を、書き手好みにカスタマイズして創作に登場させることが複数流行ジャンルで発生し、それが夢創作か否かの議論が度々交わされているのを目にするようになった。名前変換が設置されていると見向きもされないというケースさえ存在するらしい。

 二次創作に投入されるオリジナルキャラクターへの感触が大きく変わったと感じている。私の活動範囲の狭さに起因するn数が少なく、他に自作が読まれなかった原因を考察しない偏見バイアス等が存在し、この変化は私の内なる感覚に過ぎない。考察もできていない。ただ一つ言えることは、何が流行っている時代であってもオリキャラ投入二次創作楽しい、ただそれだけである

2017-04-08

読者に自己投影させるテクニック

主人公物語中のローカル社会において無能と評されれば評されるほど良い

・気分か状況で俺つえーできると良い

・そうだ。俺が実力を発揮できないのは適切な環境が整ってないからだ、と思わせると良い

・同僚を見返してやれると良いが1発ネタ

・周囲が俺つえーしてる主人公を好きになる。敵も俺つえーしてる主人公を認め始める

ゴミ溜めの中の自分と、俺つえーしてる自分との乖離に悩み始める

・クソな自分努力すると全て裏目に出て悪い結果になる

・そんな中、親友や気になる異性が無能と評されてる主人公を好きになる。積極的な好きではないかもしれないが、努力は認める

・この腐った世界主人公自分のことを好きになれたらGood end

2017-04-04

前期地底、後期駅弁で見事に前期落ちした自分

いま所属してる駅弁から仮面浪人で旧帝行った後輩のツイッターアカウントをよくわからない感情で黙って追いかけている

応援嫉妬?羨望?自己投影?色々入り混じった気持ち

「思い描いていた旧帝はこんなんじゃなかった」というセリフが出ないことを願いつつ、出てくる期待もしている

酸っぱい葡萄と言えばそれまでか

とりあえず、鍵は掛けてほしくないな。。。

2017-04-03

自己同一視が特定分野の技能に向かうのは仕方ないけど、自分関係のないアニメに向かうのは正直良くわからない。

アニメへの激しい自己投影と沽券に関わる意識は結局自己保存欲求だとは思う。しかしなぜそこに自己を見出すのか。

どこまでいっても他人でしょ。キャラであっても他人声優他人、作者も他人

自分攻撃されたように感じる理由は何だろう。

同化コス

同化欲求についてここ数日間考えていたんだけど、コスプレについて言及せねばならんなあ、と思っていた。

どうせ荒らし以外誰も読まないので個人趣味で。

ただコスプレの複雑性はアニメより複雑なんじゃないかと思う。

男の娘界隈なんかはジェンダー倒錯踏み込む話題だし、「私」に依拠するところが大きい。

コスプレという承認欲求を満たす際になりきれない自分をどうやって消化し、

自分承認として消費してしまったものをどう愛として証明するのか。

他の増田が言うとおり純粋性なんか担保されない気がするんだけどなあ。

極端な話創作者なら紙の上や音の上に全部を投影して丸投げできるけど、コス自分が必ず関わるので役者に近いんじゃないかなって。

役者に近いとなれば、なりきった上で自分個性が出るのが最上の喜びかつキャラへの貢物なんじゃないかと。

あの人達自分の色が出ていないのも悲しいと思うんですよ。でもなりきれていない姿にも愕然とするのかとか。

病気の一部フレンズについて

片隅の時は異口同音に良い作品だと言うのみでとどまった。

けもフレに関しては信者が発生していて、精神的な部分を占領したという事実がある。

自分はこれに関して、「自身作品世界の住人になれないから、外縁で見守る園長になろう」意識であると指摘した。

とりもなおせば応援団アイドルオタクなどの意識に近く、旧来のアニオタ的な吟味目的としたものではない。

もっともそうでないファンも居るだろう。

ブームに乗っかって騒ぎたいだけの人間、とりあえず作業的に知っておきたい人間なども員数として考えられる。

ともあれ園長意識にはある種の繊細な意識共有が存在している。

心が円グラフとすればその何割かをけもフレが担い、しかし全幅の信頼は出来ないという複雑な心理状態にある。

自分たち現実人間であり、世界の住人になれるほどのピュアさもなければ肉体を伴って世界に入り浸れるわけでもない。

そうなると自分自身をけもフレに浸せない部分に関しては「過激言葉を使った応援」という形を取り、

浸せる部分には盲信という投影虚像恍惚とする他ない。こんなメンタリティで視聴される監督も気の毒だ。

二作目の期待が裏切られた時の反動も計り知れない。「エヴァアスカが好きだったのに眼帯にしやがって、殺してやる」

というファンを見かけたことがあるが、非常に似た心理状態である簡単にいって依存だ。

しかしけもフレファンの場合世界観に対する憧憬も含まれているため少々事情が違い、

上記のような中途半端な没入と恍惚に陥ってしまう。

自らの所属する世界と照らし合わせ没入できない苛立ちは、他の人間への刃になる。

よって彼らは僕達のネバーランドを壊されたピーターパンとして振る舞うである

ヒロインサーバルがやや分別なのは基本的にそれが周囲を保護する母性として機能しているためであり、

病気視聴者彼女安易な寛容にウェンディを見出すのである

2017-03-31

ゲーム主人公になりたい

主人公名前自分で好きなように設定出来るゲームにおいて、主人公自己投影しづらい空気を感じてしまう。

要点は以上です。

以下はもう少し噛み砕いた、匿名じゃないと吐き出すのに躊躇ってしまうような雑記です。

雑記というか、愚痴、もしくは『こうなら良いな』を書いた夢女子お得意の夢妄想と言った方が適切かもしれない。そんな感じの内容が続いています

論文のような、人に理解させる為の文章を書くのは自分には向いていないと思っているので、自らの書きやすさを重視して長年慣れ親しんできた夢小説を書いている時の調子で書きました。故に冗長な文になっていますので、時間の潰し方を探している方はどうぞ。



から夢小説が好きで、必ずというわけではないけど、夢主人公自分という形で夢小説を読むことがよくある。

そんな私は、設定は関係なく、たとえ自分との共通点が皆無だとしても、夢主人公自分だとして読み進めることが出来た。

他人夢小説の読み方にさして興味を持ったことがないので正否は定かではないけれど、もしかすると自分は夢女子の中でも異端な方なのかもしれない。なにせ見た目があって、性格が濃くて、性別が違って、種族さえ違ったとしても、夢主人公のことを自分として読み進めていく事が出来るのだから

そもそも二次創作自体『もしこうだったら』とか『こんなことがあるかもしれない』とかそういったものを描いているのだから、『自分がもしこういう人間だったら』という前提を頭の中に用意して夢小説を読むことは何らおかしなことではない筈である

夢小説は、個を表す記号であるところの名前自分にして読むことが出来る。たとえどんな人物像が充てがわれていたとしても、名前変換という機能が付いている限りそれは『もしこうだったら』の姿が描かれた自分として読んでも許されるのだと思っている。

名前自分の中での重要なパーツなのだろう。親から貰った名前である、この先名前が変わる事なんて結婚以外にはそうそうない筈だ。

世の中には当然同名の人が沢山いるけれど、それでも自分名前が私という個を表す要素である事に違いはない。

そしてそんな私は、昔からゲーム主人公名前自分名前だった。兄弟がいたので、セーブデータ判別を付けやすいように各々の名前使用していたのが癖になっていたのかもしれない。

ゲームの中では、主人公自分選択したように動くし、自分選択に合わせて仲間も成長する。自らに呼応するように変化する世界で、名前だって同じなのだ主人公は紛れもなく自分だった。

そしてその楽しみ方は、今でも変わっていない。

私が今現在主に活動しているジャンルは、キャラクターを育成していく女性向けのソーシャルゲームだ。キャラクター達が自分選択一喜一憂し、会話を重ねて親愛度を上げていく。主人公名前を好きに変えられるから、私は今まで通り自分名前を呼んでもらっている。

ゲームの中でキャラクター恋愛関係に発展する事はないけれど、そこの部分は自分創作すればいいし、単純に仲間として、友人として、先輩として、後輩として、自分の好きなキャラクター達に慕われるのは楽しくて仕方がなかった。

そのジャンル二次創作を始めたのも早かった。サイトを立ち上げて、そこに夢小説を載せた。夢主人公の設定は様々で、ゲーム主人公だったり、また別の女の子だったりもした。

このところ夢小説は昔に比べて他の二次創作と同じように衆知されていると感じていたし、ゲーム主人公受けというジャンル一定数以上の人気を誇っていることも知っていたので、私はpixivにも作品を載せた。名前変換が必要な部分は表現を変えて、主人公名前は一切出さないようにした。

pixivだと手軽に操作が行える機能が沢山あるので、サイト夢小説を載せるよりも人の反応が貰いやすい。そんな中で私が貰った反応の一つに、タグがあった。自分で付けた作品タグの他に、相手キャラゲーム主人公デフォルトネームでのカップリングタグが付けられたのだ。

作品に夢作品だとの注意書きもしていたけれど、主人公の設定はゲーム主人公準拠したものだったので、単純に検索やすいように付けられたものなのだろうと私は認識した。そちらのタグが付いていた方が閲覧数は多いし、反応を貰える事は素直に嬉しいものだ。その後は自分でもそのタグ使用するようになった。

タグの他作品自分が好んでいる夢作品と何ら変わりはなかったので、私はそちらの方も楽しんだ。pixivには名前変換機能が無い。それ故に殆ど作品ゲーム主人公名前デフォルトネームのままだったけれど、ゲーム主人公は=で自分なのだという前提が公式名前変更機能で示されているし、脳内での変換は容易である。他のサイト作品は粗方拝見させていただいていたし、占いツクール作品も同様であったので、読んだことのない作品の宝庫であるpixivは最高だった。

その内Twitterの方にもpixivから飛んできたフォロワーが増え、こちらからフォローして仲良くなった方も増えた。良いことばかりだと思った。

フォロー数が増えると、当然目にするツイートも多くなる。RTも同様だ。何気なくTLを覗いていた私の目に入ったのは、こんな内容のツイートだった。

主人公受けでゲーム主人公自己投影していると思われたくないし、そんなつもりで私は書いていない」

まあそういう考えの人もいるよね、と流し見していたけれど、そのツイートRTした人が続けていた、

自分も同じように思われたくないし、夢じゃない

というツイートが引っ掛かり、気になった私はツイート検索をした。それからが駄目だった。

繋がってはいないアカウントだったけれど、

ゲーム主人公自己投影するのはキモい

そんな内容のツイートがいくつも見つかった。相手はこちらの事を知らないだろうに、自分の事を名指しで言われているような気がして、私は身勝手にも傷付いていた。

そういうツイートをしている人は決まってデフォルトネーム主人公を可愛がっていたから、私はデフォルトネーム主人公自分の中から乖離してしまうような、そんな恐ろしさを感じた。彼女には確かにデフォルト名前存在しているけれど、システム名前を好きなように変更出来る彼女は、何にでもなれる存在であるし、何より私自身なのである。どうしてそれがキモいのだろう。

乙女ゲームを始めとした女性向けジャンルでよく見るタイプ主人公。見た目があって名前が用意されていたとしても、名前自由に変更出来るのだから、そこに自己投影するのは悪い事ではない筈。というかその為にある機能なのに、そのジャンル内で楽しんでいる人が何故それを蔑めるのか。

「私はゲーム主人公ほど可愛くないし、こんな風にはなれない」

思うのは結構だけど、それを根っこから否定他人アピールするのは何故なのだろう。刺々しい言葉でそう言われると、まるでそうしている人間否定されたような、喧嘩を売られたような気持ちになってしまう。

必ずしも相手に悪気があったとは思わないし、相手側の独り言をこちらが見てしまっただけに過ぎないのだけれど、夢小説はただでさえ二次創作の中では砂をかけられ続けてきたジャンルである。多少過敏になってでも自衛しなければ、楽しくて続けているはずの活動により傷を負ってしまいかねないのだから許して欲しいと思うのは我儘だろうか。

それ以来私は、他の方の書いたキャラクター×ゲーム主人公作品を読んでいない。ゲーム主人公ちゃんかわいい勢とも関わりを絶ってしまった。自分作品には未だにそのタグを付けたままだけれど、もう少し自分の中で整理が付いたら、今まで通り他の方の作品を見るなり自分作品からタグを外すなり出来ると思う。

もっと精神を鍛えて、作品で殴り飛ばせるよう力を蓄えておくことも必要だろう。というかマジで心無いこと言うツイッタラーみんな鍵掛けてくんねえかな〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜私も鍵掛けてサイトに引きこもるか〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!?!!!!?!!!!?!?(怒りが再燃してきた顔)

2017-03-16

http://anond.hatelabo.jp/20170316190831

異性の観察をするより理想投影した方が書きやすいからかもね

あんまり異性を知りすぎたら描く欲失せるし

2017-03-11

http://anond.hatelabo.jp/20170311155000

はい?頭大丈夫元増田が書いたストリー自体ウソだと勝手に決めつけて私の願望ストーリーを書き始めてるキチガイに、「(元増田のように旦那裁判官に)嘘をつく女がいない」という願望投影した文章を書いて妄想するのはやめとけよという話だぞ。言い訳に見せた文章を書くこと自体が、「」内の人間存在否定しているってことだからな。

http://anond.hatelabo.jp/20170311123428

女が嘘ついているストーリーに対して、「嘘をつく女はいないという願望投影」だとケチを付けるのは、あまりにもずれてるぞ。

最初増田と「ほんとに妻が書いたなら多分こうなる」のどちらでも、嘘をついている。違いは、「ほんとに妻が書いたなら」の方は、嘘をついたことについて妻が書くであろう言い訳を組み込んでいること。

2017-03-10

http://anond.hatelabo.jp/20170310201451

ユング派の夢占いによると、男性が見る夢における女性とは自分自身の中にある怒りの感情投影です。

もし女性を殺す夢を頻繁に見るなら、あなた自分の中にある解消されない怒りの矛先を自分に向けており大変危険です。

早めに心療内科受診するとともに瞑想運動野菜を始めましょう。

2017-03-08

母と娘

私の母は幼少期に実親を亡くして以来育て親に精神虐待を受けて育ち、50代になった今でも自称「心が子供のまま」な人だ。

母は十数年前にスピリチュアル世界出会って以来どっぷりハマってしまった。当時小学生だった私は、その時こそ母の言うことを疑いもせず受け入れていたのだが、多分、中学生になったあたりからは話の胡散臭さと母への嫌悪感と、本来あるべきはずの母親像でなくなってしまったことが苦しくて悲しくて何度も泣いた。

小学5年生のある日、母にこう言われたのを覚えている。

「ずっと私に愛されてなかったの、気付いてたんでしょう?」

確かに昔から私が何かを言った時には否定的な返事をされることがほとんどだったし、常に兄弟と比べられたり行動を責められたり、そんな毎日だった。

ただ、私にとってはそれが当たり前で母からそう言われるまで気付かなかったので(もしくは気付かないふりをしていただけかもしれない)大変ショックだった。


歳をとるにつれて、年上の人に可愛がられたい甘やかされたい子供扱いされたいと思うことが増えて、自分大人になっていくのが怖くて仕方がなくなった。

そして、恋愛対象として好きになるのはいつも年上の人だったけれど、好きな人に酷いことを言って傷つけて自分も傷つきたいと心のどこかで考えてしまうようになった。

こういった「子供のままでいたい」「自分幸せになってはいけない」気持ち子供時代の育ち方が原因なのだろう。

自分がこういう風に育ってしまったことも、今では、母も辛かったのだろうと察することが出来てしまうことも、ただただ虚しい。

昔はあれだけ母のようにはなりたくないと思っていたのに気付けば母の投影のように生きてしまっていて、将来への漠然とした不安が拭えない。悲しい。

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