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はてなキーワード: 自己肯定とは

2017-05-21

http://anond.hatelabo.jp/20170521095125

結局そういうことなんだよな。単なる自意識過剰なんだよ。

から今のそのままの自分や周りが受け入れられなくて自己肯定とか自尊心とか持ち出す。

2017-05-11

読み手は作り手の承認欲求満たすための道具ではない

同人誌の読み専女

イベントにも行くし同人ショップにも行く

感想フォームがあって、読んで良かったら感想送る。WEB作品場合Twitterされてる作者の方に感想リプ飛ばすこともある

くらいの人が書きました。

Twitterでやれネガティブ感想来た人に菓子折り送るだの、社会人なら感想5日間以内に送れるだろみたいなのが回ってきてる。

あとこれは今だけじゃないけど、「読み手お客様化はやめてください!」みたいなのが来ていて、「うへぇ」と感じてる。

二次創作同人において、読み専の読み手って一体何なんだろうなー。

私の中では、作り手というのはすごい人たちだと思う。クオリティに差はあれど、0から1を生み出すのはすごいことだ。なので、私はお金を払うし、時として感想も送る。

でも、作り手と読み手ってそれで完結するものじゃない?

自分モチベーションのために感想送れ、というのも大分狂った話だな、と思うしネガティブ感想に対して菓子折り送るほど卑屈にならんでも、と思う。

同時に、「感想ください!」って言っておきながらネガティブな反応があると「叩かれた!個人攻撃!」っていうのも「なら『ポジティブな反応しか読みたくないです!』って書いとけ。度を越した攻撃があるのはわかるけど、「もう少しこのキャラクター感情がわからないと話の面白さが伝わらないなー」とか感じるときはあって、それを伝えるのってそんないけないことか?って思ったりもする(私はしませんが)。

自分作品を使って「萌で殴る」と言っているときに「自由感想ネガティブ反応含む)」を送って返答するっていうのはある意味健全では……?

ネガティブ反応に「どう対応するか」は作り手の自由だけど、ただ「ネガティブ反応即悪」「ネガティブ反応は敵、だからそういう反応した人は潰していい」みたいなのは「作り手様の独断専行、行き過ぎた神様化かよ」と感じなくもない。

アニメとかの公式には「耳に痛い話も聞け」と言っておいて、自分作品には「二次創作同人趣味だし読み手書き手は元々の意味で対等なんだからネガティブ反応出さないで!」というのはちゃんちゃらおかしいな……と、思った。

荒らし読み手の過剰な攻撃から守るために発展したところもあるんだろうけど、逆に読み手にいちいち押し付けるな。自己肯定なり承認欲求自分である程度満たしていてください、とタイムラインを見ながら感じたのでした。

▲2017/5/12 追記

Twitter見ててモヤモヤしたことをそのまま打ち込んだ乱文を読んで頂いてありがとうございますトラックバックとかはてブコメント読んで「なるほど…」と思ったり「こういう視点が欠けてたなー」と思ったりしてます

タイムラインを見ていて自分が混乱するのは

感想を言っていい人」というので、

①買った人

作品を作った人

がいたら私は①でいいのかなーと思いきや、①と②を両方満たしてないとだめなのか?と思うのがタイムラインとか、この記事コメント見てもあって。

「読み専」は嫌われてるのか?でも読み手の反応欲しいってよくわからないな……」って思うので(心底素朴な疑問)イベント参加してる人とかいたら「読み専はいていい・いなくなれ」とか「私の・僕の理想読み手」とかあったら教えて欲しい

※本文に書いてるけど、私は読み専が作り手より偉いわけないと思ってます

2017-05-09

社会人になって思うことを書くよ!

この世は生きられない人間墓場だ。

朝起きて、遅くまで仕事という無意味時間を費やし、夜遅く眠る。つかの間の食事が唯一の楽しみ。

この愚行に生の半分を費やす

そんな人間否定をしているのではない。無価値みえ行為でも、自身が望み、

それを糧として生きているならば、それを笑う権利は誰にもない。

でもそんな人間は少ない。無意味ルーティンに甘んじている割には、不満が多すぎる。

俺は私はこんなところで終わる人間じゃない。

毎日歯を食いしばって頑張っている。家族を食べさせるためしかたなく。俺は。私は。

でも起きて働いて寝るのである

生きるための目標もなく、ただ時間を浪費する。屍も同然だ。

きっと一度はあがくのだ。

どうにか無意味生活から脱却し、今ここに我あり と大声で叫ぶ未来へ踏み出せないかと。

。。。そしてこの墓場に戻ってくるのだ。

だれもが、理想未来絶望し、自分が生きていること自体すら見失いのだから

それだけの悲惨な結末を前にしながら、おおよその人間は死を選ぶことはない。

他社と比較し、自己価値を無理に作り出すのである。より下の人間をつくり、愉悦を感じることでしか自己肯定を行えない。

しか見ることのできない人間ばかりが増えていく

これを墓場と呼ばずしてなんと呼ぶのか。

平日は不平不満を吐きながら、他社評価を気にし、

休日には自由時間謳歌した風を装い、自己肯定をせまる発信をする。

この生き物の存在は害ではないのか。

未来を臆し、弱きを悦す。この生に意味はあるのだろうか。

2017-04-15

http://anond.hatelabo.jp/20170415173248

うわ…新京成はとか言ってるってことは近くに住んでるかもしれないのか…

この増田が乗ってきたら本気で嫌だ

周りを見たらって言われても、そもそも食事をしてる際に周囲の視線なんて「趣味人間観察(笑)」の上級者でもないのにやらんわ。

食事しないで電車乗ることも食べ終わることも無いのかよこいつ

他人目線気にして萎縮しすぎても良くないけどこんだけ言われて傍若無人自己肯定されても単に迷惑だっつーの。

やっぱ引きこもって出てこないでほしい

2017-04-12

ゲームしても虚しい

何かをやっつけたくて、ゲームをする

でも、終わると無駄なことに時間使ってしまったと自己嫌悪

いつまでこんなこと繰り返すんだ

というか、有意義なことって何だよ

久しく自己肯定してない

逃げてばかり

誰かをやっつけたらいいのか?

2017-04-09

http://anond.hatelabo.jp/20170408134609

社長にみんな何も言わない言えない、伝えても論点ずらして言い返されるだけ。決めたのは私じゃない、経理部が決めたと言い訳

これが出来る人だけが、人を使うことが出来るんだよな

人の上に立つには、絶対的自己肯定厚顔無恥自己弁護必須条件

人間個々人の能力差なんて現実には微々たるものだし、だからこそ根拠がなくとも揺るがぬ確信が要る

そうなりたくないし、そんな奴とつるむのもゴメンなので、俺は一生フリーランスだろうなーと諦観してる

2017-04-03

http://anond.hatelabo.jp/20170403135713

戦争は勝たねば無価値、という二次大戦反省がやっと浸透してきたか

立ち向かうことは勇ましく好印象だが、その後どうなったか日本の戦中史戦後史を紐解けば分かる

日本はようやく、「戦った俺たちは正しい」という自己肯定ぬるま湯から目覚めつつある

戦うなら周到に準備し、勝てるなら戦い、負けるくらいなら逃げろ

何もかもは成果のエビデンス評価され、負け戦はマイナスしか無い

敗者を雇うメリットは「安い」だけだ、経験評価されるとかヌルい事は考えるな

2017-03-31

ブルゾンちえみ面白

一言で言うと、「格好いいは格好悪い」だと思う

そして、格好悪いやつは笑われる


渡辺直美パパイヤ鈴木みたいな、「デブなのにすげえ!」みたいな、ギャップ面白さに似た部分はあるけど、少し違う

ブルゾンちえみにはギャップ面白さはそんなにない

ブルゾン面白いのは、格好つけてるのに格好良くなってない、思春期ヤンキーが滑稽に見える面白さだ

(もちろん、ネタの内容そのもの面白さもある程度あるんだけど、ここでは置いておく。反語マジで返す言語的な面白さや、重箱の隅をつつくような具体的例示が彼女ネタの中身の面白さな訳だけど、まあ、小さい面白さなんでここではどうでもいい)


そう思うと、withBがなぜちょっと気になって、ちょっと面白いかも説明がつく

実はそんなにイケメンじゃないし、実はそんなにいい身体してない

それが、そんなに格好良くない女に、ホストのように尽くす様、絵になっているような気もするんだけど、実は絵になってない

そこが面白い


ブルゾンちえみトーク見てると、本当に格好いいと思ってやっているんじゃないか、って感じる節も確かにある

しかし、本当に格好いいと信じているなら、それをネタにしようとも思いつかないはず

「格好いいと思ってやっている私、なぜか鏡で見ると格好付いてないし面白いわ」みたいな発見がどこかであったんじゃないかと思う

まり、本当は望んでいる自分の姿とのギャップ気づき、そうなれない癖にそれに憧れる痛い自分へのセルフ風刺、それがブルゾンちえみの真の芸風だと思う

そして、それを芸風にすることにより、好きなものに憧れるイタさを少し自己肯定できる

彼女の言う、「自分は(あなたは)そのままでいい」はそういう意味だと思う

痛い自分自分の一部、痛い自分面白い、痛い自分も飯の種、ってことだ


ブルゾンちえみがつまらない、どこが面白いかわからない、って言っている人の声もよく聞く

正直言うと、ブルゾン自己への批判姿勢まで見れていない人がそう言っているように感じる

まりブルゾンちえみは本当に格好いいと思って格好付けているだけと思っている人

または、批判姿勢に気付いていたとしても、それが心に刺さって痛くなる人だ

ブルゾンちえみに何を見るかは、本人の姿勢のものなのではないか

「お前格好良くねえよ」って言われたくない人にとっては、ブルゾンちえみ面白くないだろう

女になりたい元増田より II

Iの続きです

コメント群 VIII:今のわたしを見つめること

正直なところ、男女とも恋愛を謳歌していた思春期から変な距離の置き方をしていたり、身近な家族での男性父親のみであったりしたので、男性から見た「女性」という属性に付随するボーナスはいまいち掴めません。

ただ、女として生まれたことを前向きに楽しむべきという意味で受け取りました。持っているものだけでどうにでもなる、とはなかなか思えませんが、持っているものもっと大切にしようと思います

  • おいくつか知らないけど、まだ間に合うのでは?
  • 遅くはないよ。自分も似たような感覚20代後半を迎えた時、この状況を変えようと思い立ってから2年、恋人ができた。いつその時が来るかは分からないが、あなたが変えようと思わない限り変わらない。
  • からでも何も全然遅くないよ、沢山恋愛して傷ついたり失敗したりもするかもしれないけど、きっと幸せになれるよ。
  • わかる でも20代ならまだ遅くないよ、諦めないで失敗していいからいろいろやってみて欲しい
  • ちゃんとした女であることを求め始めたのならそれが第一歩だと思います。まだ20代、あきらめないで!
  • いくつになっても恋愛はできる。年を重ねれば可愛さではなく人となりに価値が出てくる。まだ20代後半。あきらめないで。
  • 20代後半で気づけてるなら大丈夫。女として生きる30代以降は楽しいよ。
  • 女として生きたいと気がついた時点で、もう既にスタート地点に立ってるんじゃないかな。既婚者との経験は辛かっただろうけど、それがあったから内なる欲望に気づいたんだし、無駄経験じゃなかったんじゃないかと。
  • 大丈夫性格が朗らかだったら、ある程度の年齢いけば、関係ないし。

今のわたしの年齢でも悲観することはない、まだまだ遅くない、というコメントをたくさんいただいたことは大きな驚きの一つでした。

自分の周囲に女性価値若さで測る人が多かった(男女問わずからか、こういったところにも偏った価値観形成されていたのだと反省しています

20代には20代の。30代には30代の。その先にもまたその年代ごとの楽しみがある。それを見つけるのは自分次第ということでしょうか。悲観して視界を閉ざしていては、見つかるものも見つかりませんね……。

完璧主義のせいで不満を抱えてもいましたし、女であることを放棄したがゆえに、男っぽいというのも図星です。そうした部分を見抜きながらも肯定してくださるコメントがあったことに大変救われました。

また、自分自身だけで自分肯定する、ということはまだ難しいですが、人に肯定していただいたことを切欠に自分肯定することなら素直にできる気がしました。そこからポジティブ言葉自然体、機会を増やす努力にも繋げることができたらと思います

他人価値基準自分価値を見出そうとするからうまくいかんのだ」というコメントに通ずるものがあるように感じました。

自分を見つめられていない、自分を大切にできていない人間が、真の意味相手と向き合って相手を大切にできるのか。答えは明らかですし、それをこの歳になるまで分かっていなかったのだという事実にため息しか出てきません。

これ以上繰り返さないためにも、今の自分、これから自分を大切にします。

コメントIX解決

自尊心・願望が高すぎるという話に繋がるものですが、わたしの中にある偏った「女性」に対する価値観から、そうしたサービス出会いの場で「選ぶ」「選んでもらう」ということは何かが違う……と感じていました。自然出会いの中で、自然に愛し愛される関係になりたいという気持ちが強すぎたとも言えます。(結果的にそうなってしまったとはいえ、不倫までしておいて「自然」もへったくれもないのですが)

真剣にその職を全うしている方、真摯出会いの場と向き合っている方に対してあまりに失礼な態度であったことが、ただただ恥ずかしいです。申し訳ありません。

上記のような偏見があったとしても、自分の中に閉じこもっていては何も変わるはずがありませんね。(その上扉を閉めていたのは自分でしたし)

まずは視野を広げること。そこからフィールドを選び、相手を選ぶ。それもまた自分が持つ自由なのだということを前向きに捉えて実現していきたいです。

  • もっと我儘になれば良いんだと思いますよ。
  • 似たような感じだった。求められる事に意味を感じるなら、自分を枠に入れず人と関わると、こうでなきゃいけないみたいなのは変わっていったよ。あと既婚者は性的な弱みを見せると関係求める人多いから注意な
  • 年上を好きになるなら、女をとして努力する方向よりも、もっと隙を見せて甘えてみてもいいのでは。自分に自信が無くても人を好きになってええやん。
  • 性別変えて似たような人は男性にもいるから、そういう人と悩みを共有して親密になるのがいいと思う。
  • 日本女性は35歳を過ぎるとデブになって汚くなるからあなたは20代で培った知識を活かして、30代、40代と女を磨き続ければいいよ

自己肯定感の薄さからわたしという人間の人となりを外に出すのも躊躇っていたのかなと感じました。

常識礼儀倫理観を軸に据えた上で、自分を豊かに表現できる人になれたらと思います

コメント群 X:まずは人として
  • 決して「女を安売りしとけば良かった」と思わないこと。今からでもまだ若いんだから、まず女としてなんて狭く考えず、少し広く構えて人間として好かれるように意識するだけで男女共にモテるよ。
  • あのね、女になる前に人間として目の前にいる人たちに興味をお持ちなさいな。男でも女でも。この人どんな事を考える人なんだろうってじっと観察していればそのうち愛すべき存在も見つかるよ。
  • この世には「女の子らしくない子」が好きな人間もいてそういう人は積極的にそのショーケースから出ろと言う。ショーケースは檻。女じゃなくて"人間"になろう
  • 若い女とのセックスにありつくためならわからないこともわかった振りする男の薄汚さに気がつかないのは幸せなのかどうか。女になるより人間になってくれ。
  • 他人は思ってるより自分を見てないし、自分他人をひとりひとり理解しておらずジャンル管理するレベルなことを冷静に頭に叩き込んで、一番好きな自分でいる努力だけしたらいいよ。結果どうなっても幸せだよ。

性にまつわるコンプレックスばかり主張していた書き込みでしたが、コメントを受けて読み返すほど、人間としての未熟さが丸出しになっている気がしてなりません。

さまざまな枠にはめ込まなければ、自分のことも、周囲のことも判断できなかったのだと思いますわたしの中にある理解範疇が狭く、属性に頼り切った思考とも言えるでしょうか。「他人をひとりひとり理解しておらずジャンル管理するレベル」というのはまさしく的確な指摘です。

わたしが憧れた親友たちは、男女問わず好かれている子ばかりでした。良いお手本が身近にいる(いた)のですから、今からでも見習っていきます

  • 女に囚われてる印象。恋愛に向いてなくても結婚はできるし意外と上手くいく。女恋愛に執着やめ「楽しい」の感覚アンテナを張ろうな。
  • どんなに美人でも意中の男性を必ずゲットできるわけじゃないんだよ。美人でも自分に自信がなかったり余裕がなかったら無理。まずは匿名でもこういうマイナスな事を書かない中身を身につけたらもう少し明るくなるよ。
  • 人生楽しんでいこ…恋愛がすべてじゃない…し、自分の中で鬱々としてたって闇しか広がらない。エネルギーを外に向けてみて色んな人と出会うことで新たな発見幸せ、縁もあるのかも。音楽かい趣味をお持ちだし。
  • 人と距離を取っておくと生きるのが楽なんだよね。期待も失望もしなくていいから。でもそれじゃ増田が望むものは手に入らない。自分で書いてるようにモヤモヤを打ち明けられる友人からじゃないか
  • 何かに対して、ホントはしたいけど自分には無理って思い続けて遠ざかってしまうってのはよくわかる。けど、めんどくさ!そんなに深く考えなきゃいけないのかなぁ?

こうしたコメントからは、人としての充実が、生まれ持ったものを輝かせることにも繋がるのだろうということを感じました。

考え無しに突き進むことは時に愚かな行いとなるかもしれませんが、思い詰めてどこにも進めないこともまた勿体ないことですね。

コメントXI:自信の持ち方

自分と向き合うこと。価値を見出すこと。認め、受け入れること。それができれば、今度は目指す場所を見定めて、自分なりに積み重ねること。

継続が力になるということを、こうしたコメントから痛感しました。積み重ねる前段階にも到達していない現状ですが、動かなければ進歩はないので地に足を着けて歩んでいきたいと思います毎日ちょっとでも。

コメントXII:おすすめしていただいたもの

恥ずかしながら知らない作品や著者のオンパレードでした。

少し検索にかけただけでも興味をそそられるものばかりで、時間はかかってもぜひ一つ一つ拝見したいと思っていますおすすめしていただきありがとうございました。

入りきらなかった……

女になりたい元増田より

http://anond.hatelabo.jp/20170327002725元増田です。

恐ろしく長い書き込みになりますすみません

コメントありがとうございました

とにかく吐き出したい一心で書き込んだものにさまざまなお言葉いただき、とても驚いています

書き込んだときは、一つ二つコメントがあれば御の字、よくて炎上事案だろうと思っておりました。自分が発信したものに、こんなにも多くの方からの方から反応をいただいた経験もなかったため、あまり現実味がなかったのも正直なところです。

しかしながら、増田の皆さんがコメントするという手間を割いてくださったこと、純粋に嬉しく思います。読み初めは恐る恐るでしたが、最後には泣きながらすべてのコメント拝読しました。

ありがとうございました。

お返事(というよりは所感)

いただいたコメントの中には、はっとしたり、感銘を受けたり、お礼申し上げたいお言葉がたくさんございました。

今後立ち止まったときに読み返したいという思いもあり、誠に勝手ながら覚え書き代わりに再び書き込んだ次第です。

こんなところまでご覧になる方はごく少数かと思いますが、以下、先の書き込みを通してわたしに投げかけられたと思しきコメントを中心に挙げさせていただきました。

わたしの頭が及ばず文脈を読み取ることのできなかったコメントコメントに対するコメントなどついては割愛させていただきます。本旨を拾うことができていない場合も見受けられるかと思いますが、ご容赦いただければ幸いです。

コメント群 I:そもそも内容が不快

自覚がなかっただけ余計に質の悪い「いけ好かなさ」があったのだろうと思いますし、言い訳以上でも以下でも無い書き込みでしたのでご指摘ごもっともです。貴重なお時間をいただいてしますみません

コメント群 II:書き込む場所問題

解決法、相談場所など考えるなり調べるなりすべきだったところ、自分勝手に思い詰めた挙げ句思考停止していました。

今後は適当と思しき場所相手を見定めていきたいと思います

コメント群 III:受け身すぎ・主体性がない
  • 単なるビビリやん、行動するのに御託を並べてる時点でビビ卒業できてないわ
  • 自分人生から逃げ続けていると、そのうち人生からしっぺ返しを食らう。
  • 傷つくことを恐れて逃げると、もっと傷つくことになる/同世代だって心を受け止めあえる優しい人がいることをまずは知って欲しい。とにかく探して話していけば、きっと人として愛しあえる。
  • 残念、悉く受動的。恋愛に限らず、してもらうことばかり考えている人に惹かれる人は少ないと思うよ。許されたい、愛されたい、と他人に望んでばかりじゃね。
  • コンプレックスのせいで受け入れてくれそうな人に甘えているだけでしょ。お洒落モテる努力をしてコンプレックスを解消してみては?30代は出会いが沢山あるので遅くないよ。今諦めると10年後にもっと後悔する本当に
  • 酷い言い方かもだけど、メソメソこんな私を愛して延々言ってたら、一生搾取おじさんの餌食から抜け出せないと思う 自分自己肯定感低いけど、なんとか脱しようと努力しているか増田さんとは相容れない

その通りですと頷くことしかできないコメント第一群でした。

コンプレックスの強い部分が性にまつわる事柄に集中していたのでああいった書き込みになりましたが、そもそも人として受動である、ということをコメントを通して実感しています

こちらも仰る通りだと思います

自分と向き合うこと。価値を見出すこと。認め、受け入れること。すべて放棄してしまったがゆえの今のわたしですね。

コメントIV自尊心・願望が高すぎ
  • この人はもうショーケースに並んでいるのだと思う。ただ、それを自分で認めたくないだけで。
  • 自信が無いのではなく、プライドが高すぎるだけでは。「ショーケースに並んでる」女性を見下してきたんじゃない? 私は違うって。
  • なんかモテない自分に酔ってるような印象を受けた。モテないと言いつつナルシストなんだろうな。理想を下げられないんだ。
  • さないと愛してもらえないぞ。先に愛したら負けだと思っているんだろ。

このあたりも刺さったコメント群の一つでした。

自主性を放棄したのも自分選択ですが、そのあたりを「放棄せざるを得なかった」と外に責任転嫁。「誰かと恋愛を共有できずとも生きていく」ということに固執し、「私は違う」と言い聞かせながら、どこかでは自分から愛するのでなく選んでもらいたいという望みを抱えていた気がします。

いや、抱えて”いた”というか。現在進行形の方が近いでしょうか。

  • プライド自尊心)の処理さえどうにかできれば、あとは“彼女たち”の真似をすれば十分追い付けるのでは?/不倫超うらやましい……。好奇心がある今のうちに、男から色々教えてもらいなさいな
  • なんか無理に小難しい言い方をして賢く見せようとしてる感じがするなあ。プライドが高いのかもしれないけど、恥かいてもいいと思ってないと他人と深い関係にはなれないよ

なので、こちらのご指摘の通り、自尊心の壁を崩して自己開示することは大きな課題だと思います

不倫は二度とごめんですが、(誰かに迷惑をかけない形で)失敗を恐れず経験を積み重ねることができたら素敵ですね。

こちらのコメントには心底はっとしました。

自分が傷つきたくない一心積極的な行動を避けるようになりましたが、はたしてそれで何を守ることができたかと問われると、得心のいく答えが見つかりません。

  • 真面目な非モテ結婚すればいい。恋愛じゃなくて結婚するんだ。そもそも日本人の大半には恋愛なんてできないんだよ。
  • そんなに恋愛幻想持たないでもいいと思うぞ。(妻帯者は避けたほうがいいとは思うが)愛し愛されたいとか、それだけならそこらの男性半年も付き合えばできるし、それをうなずけないのは、望み高いからだし。
  • じゃあ俺が恋人にしてやるよ、って言っても拒否するだろ?結局わがままなんだよ、選り好みしてるだけのただの甘え

文化的な背景であったり、そもそも現実的な部分であったり、分かっていなかった部分がたくさんありますね。

少女漫画ドラマリアリティを疑う頭はあるくせ、夢見がちな自分の頭を自覚する能は皆無だったのだとつくづく思いました。

わたしが選り好みしない人間であれば、何食わぬ顔で件の人との関係を続けていたでしょうし、きっとああいった書き込みもしていません。

コメント群 V:不倫女のテンプレ

いくら年上が好きでも不倫だなんてありえないし、人の旦那に引っかかるような女にはなりたくない。そう思っていた十年前の自分に今回の書き込みとこちらのコメント突き出してやりたいです。

正直ぐうの音も出ません。

年齢ばかりが大人の濃度を増すのに比例して、欲求も複雑かつ深くなっていくので、大人として制御の仕方も覚えねばと強く思います

同じ轍を踏まないための必須スキル自己肯定であることも忘れずにいたいです。

コメントVI:見た目ばかりが大切なのか

コメントを受けて自分文章を読み返したのですが、見てくれからして自分を好きになることができないあまり、中身はおろか包装さえ魅力がない!だから手にとってもらえない!という書き込みになっていましたね。

もちろんそう感じていたのは事実なので、コメント一つ一つから見目に執着していたことを自覚することができました。

書き方が悪かったため「可愛らしい女の子」に内面も含まれることが全く伝わらなかったことと思いますすみません

わたしが羨んだ親友たちが(自覚的にせよ無自覚にせよ)努力で構築してきた「かわいさ」には、親しみやすさであったり、思いやりであったり、内面の豊かさに表れるものもたくさんありました。わたし可愛いと感じた外見も、そうした内面から滲み出る表情・仕草が大半を占めていた気がします。

明るく振る舞っていた彼女たちと、マイナスばかり抱えて鬱屈していたわたしとでは、比べるべくもありませんね。

自分書き込みが外見ばかりに言及した内容であることに気が付かなかったあたり、内面から目を逸らしているというご指摘は的を射ていると思います

コメントVIIワード定義・考え方について
  • 女になる、というのは果たして、綺麗に着飾って声を掛けてもらえるのを待つ状態を指すのだろうか。逆説的に、声を掛ける人だけがあなたの中では男なの?
  • 「女としてショーケースに並ぶ」ことが女になるってことだと思ってるなら、それがそもそもの不幸のような気がする。
  • 増田が何を目指してもいいけど、そういうのは女じゃなく恋愛体質とか恋愛至上主義者って言ってくれ。
  • 「異性のパートナーがいない女は『ちゃんとした女』ではない」って思い込みを捨てれば楽になるのでは。

このあたりもすごくはっとしたコメントばかりです。

女として、女になりたい、女、女……と再三嘆いているわりに、わたし自身劣等感を通じて「女性」という性を蔑み、貶していたのではないか?と感じました。

自尊心にしがみつきわたしの憧れる「女性」に対して「わたしは違う」とどこかで思っていたのと同時に、女性としての価値勝手に決めつけていた気がします。これもまた思い上がりですね。

  • すごい違和感増田の中で「女性=選ばれる立場」という認識?選ばれたいという願望で自覚的にそう思ってるならまだしも、増田だって愛する権利は勿論あるし「人として」愛されるという選択も確実にあると思うけど
  • ショーケースなんかに並んでないで、自ら狩りに出れば選びたい放題だよとマジレス
  • この人は「選ばれること」「評価されること」を強調するけれど、自分自身もまた「選ぶ立場」「評価する立場であることを忘れている。その非対称性が少し気にかかる。
  • 受け身は止めてみたらどうか。あなたが主導でも恋愛は成り立つ。
  • 既婚者なのに言葉巧みにおいしいとこだけ持ってこうとするやつなんかに選ばれようとしなくていいよ。そんなショーケースに自ら入る必要ないよ。あなたを「選んで」くれる人を、自ら選べるはず。

こうしたご指摘を受けた根底には、上記のような「女性」に対する偏った価値観があったのだと思います

日常生活の中で無意識に「選択する」ことを繰り返しているはずですが、そのあたりを自覚できていなかったのも問題なような……自己肯定すること、主体性を持つことにも繋がると思いますが、前向きに選ぶことができるようになるのも課題の一つと感じました。

前述したコメントから繋がるものですが、こうしたご指摘は、偏った価値観に縛られて手段目的になっていたのだと気づかせてくださいました。

ショーケースに並ぶことは女として取り得る手段ひとつにすぎず、それ以外の選択肢があることを理解しようとはしていなかったのかもしれません。

労っていただいてありがとうございました。

上記の通り偏った価値観から好き勝手に嘆いていましたが、「女」になることで何が欲しいのか?という問いに対する明確な答えを持ち合わせていなかったことに気がつき呆然とした次第です。

好みの恋人を得るために可愛い女性になりたかった、というのが当てはまるような気はしつつも、女として生まれ自分が持ちうる一番身近な「愛される形」が「女性」だったのでは、とも思いました。

長くなりすぎたのでIIに続きます

2017-03-26

いい子でいることを子どもに求めすぎないでほしい。

いい子に育ってほしい、優しい子に育ってほしい、親として願うのは勝手だけれど子供にそれを伝えて親の願望通り育てようとするのはやめたほうがいい。

子どもの頃はそれでいいとしても、大人になって困るのはその子から

自分末っ子で、上の兄弟が手のかかる奴らだったか母親からまり構われずに育った。「小さい頃からあんはいいこで優しくて手がかからなくて、よくお母さんを助けてくれた」って母親は今になっても言う。

けど、ほんとは違う。

当時めちゃくちゃ愛情に飢えてたよ。

「◯◯はおりこうさんだもんね」って言われ続けたから、自分を抑えてでもいいこを演じるしかなかった。それが唯一、上に二人いる自分愛情享受できる手段だと思ったから。

まれに上の兄弟達を見習って反抗しようもんなら、ショックに打ちのめされた顔で「あなたらしくない」って言われてさ。わたしらしいってなんだろう?お母さんはどうやったらもっと私のこと好きになってくれる?って小学生のころからよく考えたよ。

いつも笑顔で明るくて誰にでも親切で、ひょうきんで家族冗談で笑わせて、友達も多いし勉強もできる、親にとってかわいい反抗はしても親の考え方と対立する反抗はしない。そんな空気の読めるいいこを演じてメリットあったのはせいぜい中学生までだった。

堂々と自己主張する人のほうが尊重される社会にでたら、都合のいい扱い方されて磨耗してくだけ。他人から誉められる機会は少なくなるのにも関わらず、他人評価を軸に育ってきたために自己肯定の仕方がわからず、叱られるのに滅法弱い。自分意見に自信がもてない。

社会に出たての頃は上司や同期の人間みんなが自己中に見えた。けど今思えば、自分の頭で考えて自分意思をちゃんと主張してただけだった。

痛い目にあって試行錯誤してきて、やっとのことで、人への気遣いは考えつつも主張するべきところでは純粋自分意見を主張することを覚えた。

ようやく自立して生きてくことを心から楽しいと思えた。

から子どもがいない自分が言うのはおかしいかもしれないけど、いま子どもを育ててる人、これから育てる予定がある人に伝えておきたい。

・その子にいい子でいること、優しくいることを求めすぎないでほしい。子どもはその加減がわからいから、自己を殺して他人尊重することが優しさで、意見しないことがいい子なのだ勘違いしてしまうことがある。いい子でいることを誉めるんじゃく、考え方自体やそれを主張できたことについてレスポンスしてほしい。

・「あなたらしさ」を親が決めつけないでほしい。自分意見と全く違うことを子どもが主張してもがっかりしたり「あんたは全然親に似てない」「橋の下で拾った」とか茶化さず、真っ正面から受け取ってほしい。子ども意見を拾い上げてあんたはこういう子だよねって刷り込みはしないほうがいい。

長くなりましたが、そこんとこどうぞよろしくお願いします。

2017-03-05

http://anond.hatelabo.jp/20170304221255

から、あれを「型どおりの反抗、型どおりの和解、型どおりの成長」としか見れていない人は、

あれをそう捉えなかった人の目に映っていた高解像度の微細な捉え方をすべて無下にしている、そういう傲慢さがあるわけだよ。

あなたがそう思ったことは勝手だし、ファンの人が受けた衝撃や感動の「種」になっていたさまざまなウンチクには永遠に辿り着かないし、そんな「種」の存在があることも想像すら及ばないだろう。

そういう人がいることはそれでいいけれども、だからと言って作品矮小化するなと言いたい。

自分より心から楽しんでいる人がいて、ついでに世間的にもヒットしているのなら、「自分には合わなかった」と思うだけでよい。

「見たけど下らなかった」みたいな事をあえて言う下劣感性の人が、ネットには多すぎるから辟易しているんだよ。

特にアイドルものなんかはジャンル自体への偏見もある上に、一部のファン気持ちさゆイジメられやすい。

からそういうキモオタなんかを揶揄したい人間が、作品にその矛先を向けることも多々あるように感じる。

まるで「自分はまともだぞ」「自分もっといい趣味してるぞ」「自分はそんなチャチなものどうかと思う」と言って、

自己肯定のために作品を貶めているように。

けれども、どんな作品ファンにも必ず、自分より優れた知性を備えた人がいる。いい歳のいい肩書もった人がファンだったりもする。

例えばあなた海外ドラマを高く評価していて、アニメヌルいと思っていたとしても、その両方にあなたより精通していて、そのどちらも高いレベルで楽しみ評価している人がいる。

あなたに無い着眼点でみる人、例えばまどマギ仏教文脈で語る僧侶や、ラブライブマネジメント文法で語る人などもいる。

とてつもない熱量で、自分では気づきもしなかった考察ブログで重ねている人がいる。

鳥肌を立てながら、そこまで考えて作られていたんだと気づき敬意を表する、そんな純粋さが馬鹿にされてはいけない。

そういう人の存在無視して、一括りにファン自分より感性下劣であり、作品も見下してしまってもいいだろうというような傲慢判断をする人は、

自己顕示欲支配されている以外になんと表せばいいか

そういう視点でつけるケチは、結局いつも表面的な部分しか捉えていないことを銘記してほしい。

ロックバンドオマージュをするのが陳腐からと言って、別に作品としてはその部分でいかに新しい表現をするかを競っているわけではない。

あの回の迷走の仕方はなんでもよく、あれを通して何を伝えたかったのか、そこに注目してみてあげるのが作品に寄り添う普通見方だろう。

ネットには、瑣末な描写言動や辻褄に「あーハイハイ」「なんでやねん」となって気を取られてしまい、総体的評価をフェアに出来なくなっている人が多く見受けられる。

妙な「事情通」ぶった自負があるせいか、へんなところに神経質になって気を取られ続けているため、素直にみていれば感動に繋がるはずの布石を取りこぼしている。

あるいは、元から上から目線で鑑賞していて素直に楽しむ気が元からないせいで、些末なツッコミに躍起になるのかもしれない。

ともあれ、物事が「いかに深いか」を十分に言語化して語ることはものすごく難しいんだよ。前提知識が多く多岐に渡るし途方もなく長文になる。

対照的に、物事が「いかに浅いか」を語って揶揄するのは簡単だし、そういうネガティブ情報感染力も高い。

から自分が良いと思えなかったものにも、自分には捉えられなかった「深さ」があるのだろうなと斟酌して、静かに離れていく美徳を身に着けて欲しい。

それは結局、デフォルト他人尊敬するという良き人格に繋がっていく。

逆にそれができないで、何かをこき下ろすことに快感を感じる性質卒業できないままだと、いずれ何にも感動できなくなって脳が凝り固まってしまうだろう。

間違っても、今後はそんな「『○○でござい』なんて言ってて本当にいいの?」みたいに他人を冷笑する考え方に陥らないでほしい。

ネットを見ているとそういう不遜な思考回路にあふれているから、ネットを離れない限り難しいかもしれないけれども。

2017-03-02

わたし、あるおじさん俳優sさんが好きなんです。ビジュアルも声も何もかも好きで存在しているだけでしあわせを感じています

最初sさんの演じてる役を好きになりました。その役は、娘を溺愛する父親の役でした。わたしは、次第にsさんの役を脳内で飼うようになりました。こんなことがあってね、って話しかけると、sさんの演じてる役の人は、「そうか」って笑って聞いてくれました。あーこんな嫌な事あったよー頭から離れないよーって思うと、sさんの演じてる役の人が「また同じこと考えてるぞ」って教えてくれて、「そういう時もあるよな」って言ってくれます

なんでこんなこと書いたかって、別の増田が、とにかく肯定する自分を創り出したという日記を見かけたからです。

わたし場合は、sさんの演じてる役の人が、これにあたるわけですがわたしにとって救いになっています

なんせ大好きなsさんの外見で、現実には愛してくれなかった父親代わりに愛してくれるからです。

こんなこと現実に言うと、ついにおかしくなったと言われてしまいそうですが、すでに好きになる異性が父親そっくりで苦しむほどには、おかしくなっています

自己肯定する存在は、そこに好きなビジュアルものっけると効果絶大という感じで、楽しいです。ぜひ。

2017-02-28

発達障害の子供を育てている

能力の波が強いため発達テストでは平均より上だし、ごく軽度だが友達と上手く付き合えない子供

疲れたもう嫌だ

ステップに行き片付けないから怒っても無視すると相談した、

無視するのは返事をしないのが楽だと学習してしまったんですね、それより怒るのは問題です発達障害は行動を否定される事が多く自信を持てず自己肯定できない事から様々な問題が出てきます、叱らずに褒めて育てて下さい

発達障害は軽度でも虐め被害者犯罪者になるリスクが高いと研究結果が出ています、片付け無い程度そんなに大変なことですか?」

片付けは嫌いだ、いくら片付けても散らかされるおもちゃストレスだし、いくら努力しても現状維持も難しい毎日しんどい

「たいしたもんだいじゃないですね」

と答えて家に帰った

の子好き嫌いが多い、魚や野菜を取らない子供が唯一よく食べる高野豆腐を作った

最近高野豆腐が高いけどカルシウムも取れるし体にいいからと考え人参は以前喜んだ型ぬきをしたが食べなかった

食べずに遊びに行く、話し掛けても答えない、最終的にいらないの?と聞くのに首をたてにふった

ママおいしくなーれ元気になーれって愛を込めて作ったか自分で捨てるの辛いなー食べてほしいな

いらないなら自分で捨ててと言ったが、ママ捨ててきてと言われた

流しにたたき付けて泣いて愛情も捨てた!!とヒスを起こして子供が泣いても放っておいて無視した

子供が寝てから罪悪感でいっぱいになり謝りながら泣いた

自分は親関連で相手を思って作った料理を捨てるのにトラウマがあり、そのせいで子供に当たり散らした

死にたい消えたいと一晩思っていた

さっき歯医者に行った

行く前にカバさんのお口で頑張ると約束してた子供は口を閉ざして歯医者の腕を掴み首を振って抵抗した

歯医者さんはとても怒り、私は必死に手を掴み押さえながらカバさんのお口だよーほら今少し頑張れた偉いねーと子供を褒めていた

子供歯医者質問や怒り相手にそっぽを向いて無視した、家でもこうですか?と聞かれてはいと答えた、まぁおかぁさんがこんなに甘やかすんじゃねぇと言われた

歯医者治療しようが無いか虫歯の穴に詰めていいですか?と聞いてきて私ははいと答えた

虫歯で柔らかくなった土台にそのまま詰めたので、中の虫歯悪化して痛みだすか土台から崩れて歯が割れるかどっちが先かです、そうなったら痛みで眠れないようになります、お母さんはそんな子を見たいですか?ちゃんと治療出来ずにこういう措置をする子は少しは居ますが年中でこれは、ちゃんと出来るように子供のために甘やかすだけじゃなく厳しく仕付けて下さい」

どうすればずっと口を開けるか、どうすれば返事をするかなんて私も解らない

怒られて帰る途中でボロボロ涙が出てきた

歯医者のご褒美として約束してたおやつを買いに行きたがって子供おやつは?おやつは?と聞いてくるが力が出なくてひたすらボロボロ泣いてる

疲れた辛い

2017-02-03

統合失調症の母をついに入院させた話

先日、独居状態の高齢者である統合失調症の母をついに入院させた。

発症から入院までおよそ四半世紀程かかった。

ここ1年程で近隣とのトラブルが増え、ここ数カ月は週に一度のペースで警察からトラブル報告の電話が来て謝罪に行く日々だった。

そこで「医療保護入院」という形で、本人の了解なしに家族同意により強制的入院を行った。

「こんな長い期間なんで放っておいたんだ」「お前の責任でもあるだろう」という声もあるだろうが、

自分気持ちを整理する意味でもこれまでの経緯を書く。

母は兼ねてより気性の激しい性格で、自分の行動が間違っていると思う事がなく、謝罪したことを見たことがない。

興奮すると激しく怒鳴り散らし、強い言葉で他人を攻撃する人であった。

日常的に暴力を振る事はあまりなかったが、私は10歳になるまではかなり厳しく躾をされ、

時間以上正座状態で延々怒鳴りつけられ、時に激しく叩かれて育った記憶がある。

母は父方が信仰している宗教を激しく嫌っていた。

父が私と弟を連れ、父方の実家や親戚宅に遊びに行く際に、母がついて行くことは殆ど無く、

「もし宗教の勧誘があっても絶対に断れ!」「あれは怖い宗教だ!」と念押しをされていた。

たまに母も父方の実家に来たことがあるが、その際は私も母の影響で、事件が起こることを恐れずっと緊張していた。

夏休みの子どもだけの楽しい父方の親戚宅の滞在は、いつも怖い出来事が起こるのではないかという思いとセットだったが、

母が懸念するような出来事は一度も起きた事が無かった。

そのうち父の浮気を母が疑う様になり、夫婦喧嘩が絶えなくなり、別居となったのが私が10歳の頃

別居寸前の激しい言い争いの末、兄弟二人に「お前らは父と母、どっちに付いて行くのか」と問われた際、

「両親が分かれて暮らすことが嫌だ」と泣きながら主張した事を覚えている。

しかしその頃、私は母の影響を強く受け、父を慕いつつも、母の想像上の悪人である父を恐れていた事もあり、

母方の祖母宅傍に、母と二人で移り住む事となった。そして弟は父に付き、これまでの家に残る事になる。

専業主婦だった母は別居後、販売員仕事を始め親子二人の生活が数年続いた。

そして事あるごとに父の悪口とありもしない怖さを母から聞かされて育った。

余談だが、私は小学1年生から激しいいじめを受けており、別居で引っ越した後もいじめは続き、当時はかなりつらい人生だった。

ある日、私の学校開校記念日と、母の休日が重なった日に、思いつきで弟に会いに行こうか?

という話になり、離婚調停最中に、小学校の校門から出てきた弟をそのまま家に連れてきてしまった事がある。

再開を喜んだ夜になって慌てて父が家にやってきたが、母は玄関の鍵を開ける事なく、父を激しく責め

自分の非は一切認めずそのまま追い返してしまった。結局、その日から狭い借家に母と弟で3人で住むことになり後に離婚が決定する。

中学生の頃、私に激しい反抗期が起こる。これまで母の言いなりであった状態から、徐々に物事を相対的に見れる様に

なってきてから、今までの反動もあり様々な出来事から私は母を強く嫌う様になった。そしてこの感情はいまだに消えることが無い。

対照的に母は会えない期間のあった弟へ強く愛情を注ぐようになる。

私の事には無関心ながらも「高校を出たら最低限の勉強だけして就職して早く家に金を入れる様にしろ。」と言われていた。

しかし弟はスポーツに才能を見出し、なんとか母が体育系の大学に行かせていた。私は母を恨み、弟を羨んでいた。

母が徐々におかしくなっていったのはこの頃だったろうか。

仕事上での人間関係トラブルの話は祖母しょっちゅうしていたが、相変わらず対立する相手を悪くいう事がほとんどだった。

その内、「誰かと話をしている際に、嫌な同僚が盗み聞きをして事情を知っているのでは?」と言い出し、

次第に「盗聴しているんじゃないか?」と言い始めた。そして話の中で彼女の敵になる人間が徐々に増えて行った。

しかし私は「元々の激しい性格と強い猜疑心が招いたいつもの奴だろう」位にうんざりする程度で聞いており、

しばらくは家族親族の誰もが病気可能であることを疑う事はなかった。

就職してしばらくは生活費を払っていたが、とにかくそんな母と一緒に生活をしたくなかったので、

近所に一人暮らしをする事になった。母は「今の仕事がどうなるかわからいか一人暮らしはしないでくれ」と言っていたが

自分性格が招いた結果だと思い、無視して家を出た。そして私は実家生活費を払う事をしなくなった。

近所ではあるが、母と弟と会う事や話すことを極力避けた生活が続く。

母は仕事を辞めパートをするようになった、この頃から私は近所に住んでいた弟や祖母や親戚とも疎遠になる。

しばらくしてカートを引いて歩く母と会う事たまにがあったが、嫌っていたこともあり

まり会話をすることもなかった。

しかし、あれは確実に症状が進行し言動おかしくなり、徘徊をする様になった異常な母だった。

私が母の異常性を指摘すると激高して怒り、頑なに否定した。また、私自身も子供の頃からの嫌いな母と向き合う事になり、

落ち着いて説得することができず感情的しか対応できなかった。

その様な事実に気付きながら、私は再就職先が通勤で遠かった事もあり、実家の傍を離れる事となる。

弟や親戚が母をなんとかしてくれる。自分はあの家族とは関わりたく無い、という思いがあった。

おそらくこの頃の弟の絶望感は想像をするに余りある。体の故障体育大学中退した彼は、徐々に壊れて行く母と二人暮らしを続け、

アルバイトをしながら、母の生活費もまかなっていた。

兄や父には頼れない、母の兄弟である親戚の中でも、母は鬼の子の様な扱いだった為か、親戚にも相談できなかったのだろうと思う。

そして次第に彼も家に帰る事を避ける様になったという。 昼夜の境無しに恨み事と自分が狙われている妄想を、

弟が寝ていようがお構いなしに呪詛の様に話し続けるのに耐えられなかったのだろう。

彼は一時はカルト宗教に通った事もあったそうだ。

その頃私は都内仕事好調彼女もできたが、人間関係の立ち回りで失敗し、今思えば鬱の症状を発症し、結果解雇される事になる。

その後も自営業再就職をするが、運が悪いのか、決定的に欠けた何かがあるのか。最初は順調に勤めても何故か数年すると

上手く行かない状態が何度も続き今に至っている。

幼少期から自己肯定感は低い方だったが、今では自己肯定できる理由さらに少ない人間になってしまい、死を考える日も増える様になった。

しかしこんな私を慕ってくれるパートナーをこれ以上悲しませたく無いというのが、生きる理由になりつつある。

この頃は母の症状もかなり進行しており、必要のないものを買い込み家が物で溢れ、荒れ放題であった。

何年かすると賃貸住宅を出ないといけない状況が何度か続く、弟に頼まれ引っ越しの手伝いをしたこともあった。

普段弟は殆ど家に寄り付かず、母は近所では有名人であった様だ。

しかし何故か日常生活を一人で行うことには支障がなく、買い物や家事などは全て一人でこなせる状態で、

支給された年金と弟の援助で生活を続けていた。風変りな半独居老人しかなかった。

徘徊を行い細かなトラブルはあったではあろうが、周囲に大きな迷惑をかけることはなかったらしい。

ただし、自分が襲われ被害に遭う妄想は常にある為、頻繁な110番通報派出所に入り浸り被害妄想を延々しゃべり続ける事は

しょっちゅうだった様だ。たぶん地域警察官の中でもやっかい有名人であったと思う。

その点では心あたりのある警察官の方には大変申し訳なく思ってる。

仕事はい私たち同様、制度の穴で苦労を強いられる人々であることに変わりはない。

ラバラの家族に転機が訪れたのは、今から数年前に弟に彼女が出来た事がきっかけだった。

母の住む家に通える距離にある、彼女の家で生活を始め、近く家庭を持つ事を報告してくれた。

彼女は大きな困難を乗り越え成功を収めた家で育ち、弟にはもったいない程の素敵な相手だった。

そして彼の子どもが授かった事をきっかけに、母を何とかしなければ、という兄弟での協力体制が築かれる事になった。

これより以前に、弟が役所や医師に相談したこともあったそうだが、散々たらい回しにされ出てきた結論は、

本人に自分病気だという意識病識)が無いと、精神科への通院もできないし治療もできないとの事だった。

そして母の症状は強い猜疑心が伴う為「薬に毒が混入している」「過去に薬で体をおかしくされている」

という妄想を持っており、通院・投薬が難しい状態だった。

入院させるにも費用が高額な為、ワーキングプア状態では結局どうにもならなく何もできない、という結論に達していたようだ。

私も色々調べたが、実際、統合失調症がある程度進行した状態で、病識は無いが日常生活可能しかし治療を拒む状態だと、

いわゆるグレーソーンとなり、周囲の人間お金が無いとどうにもならない状態だった。

そしてこの結論はここ数年、兄弟二人で対処した際にも全く同じ結論にしかならなかった。

いくつかの精神科を兄弟で相談に回ったが、どこもまず本人を連れてこないと話にならない、という結論だった。

また、症状が出てから経過年数が長く比較的症状が重い為、どこも受診を嫌がる兆候があった。

そこで「健康診断に行こう」と言いつつ近くの総合病院に連れて行き、そこにあった精神科も同時に始めての受診をさせた。

はらはらしながらの受診だったが、精神科医統合失調症と病名を告げられても理解が出来ていない様子だった。

母無しで医師に相談した際、入院相談等もしたが、否定的な答えしか戻って来ず、投薬しても発症から長期経過している為、

回復はほとんど見込めない旨。どこも満床ベットが空くまで場合によって半年以上待つことになる旨。

入院には大変お金がかかる。月30万位は行く、生活が苦しいと難しいよねという旨を伝えられ。まるで軽くあしらわれているかの様だった。

今ならわかるが、この医師からケースワーカー存在を紹介されることもなく、国立や県立病院可能性を教えてもらう事もなかった。

自分の事を棚に上げてあえて言うが、面倒事を何とか避けようとしかしなった、この医師の仕事に対する姿勢を私はいまだに腹立たしく思っている。

それでもこちらから持ち掛けた話で、弟が与える健康ドリンクに密かに混ぜて飲ませるという事で薬を出してもらった。

薬は数週間飲ませ続ける事が出来た、その期間は明らかに普段と変わった状態になり、何らかの良い作用が出ている様だった。

僅かに希望が見えたが、次第に蓋が空いた状態で渡される健康ドリンクを疑い出した。

飲むと頭がぼーっとしてだるくなると言い、健康ドリンクを飲む事を拒否し始めた、

毎日離れた母の家まで通う弟の負担もあり、 投薬はそこで終了となった。

同時に[精神障害者保健福祉手帳]の取得を検討したが、結論としては現状で必要が無いものであった。

取得しても得られるメリットは通院をすることで受けられる医療費対象であること。

医療費負担が3割→1割だが、既に母は年金生活者で、医療費1割負担対象者であること。

そして手続きが煩雑という事を事前情報として聞いていたこと。

これらの判断から通院ができない母には不要であった。

今後母がトラブルを起こした際、持っておいた方が無いよりもマシでしょう。

という免罪符程度のものしか無い。という結論になった。

また、通院と同時に市役所への相談介護申請を行い、定期的に家に来てくれるヘルパーさんと信頼関係を築き、

ゆくゆくは薬を飲ませてもらう事も計画したがこれも実現できなかった。

まず、加齢により体の不調があることも理由介護申請を行ったが、統合失調症等の精神疾患介護認定の判定要素に

大きく加味されることが無く、介護度2となった。

ヘルパーさんが定期的に母の自宅に訪れて買い物の連れ添いや、身の回りの世話等をしてくれることになった。

母も最初は喜んでいたが、次第にヘルパーさんが物を盗んでゆくと言い出し、やはり疑う様になった。

そしてヘルパーさんを避ける為か、ヘルパーさんの訪問予定時間に外出することが増えた。

そうなると、介護サービスを受けた事にならなくなる。介護事務所も国にに介護をした事実の申請が出来なくなる為、

実費の人件費が発生するようになる。その費用がは当然私が持つ事になる。(1時間約3000円程度だったろうか?)

そしてヘルパーを家に寄こさないでくれ、と強く言い出し、これも結局お手上げとなった。

結局この時も出てきた結論は、もうちょっと病気が進行しないとどうにもならないね。ということだった。

そして、去年あたりになってから、私の元に警察から頻繁に電話がかかるようになる。

過去にも真面目な新人と思われる警官から、母の妄言を真に受け私の元に安否確認の電話がかかることがあったが、

今回はついに近所の方とトラブルを起こし始めた。アパート近隣の住民迷惑をかけ遂に警察沙汰となった。

どうも明らかな幻聴が聞こえる様になり、彼女人生で登場した嫌な奴をののしったり、

幻聴で助けを求める困った人を助けようとしたり、私たち子供危機を救おうとしたりした結果、大きなトラブルに発展している様だった。

以前より持たせて携帯電話も、しょっちゅう警察通報したり、私たちに電話をし、

一方的にしゃべり続けたりする大事必須アイテムだったが、いつしか持ち歩かなくなり、荷物だらけの部屋に紛れてしまった。

近隣のトラブルはついにアパート不動産屋に伝わり、大家が嫌がり、アパート契約更新一方的拒否され、退去を迫られた。

ヤクザの様な不動産屋に電話口で恫喝され、あなたが面倒を見ないと駄目だろ、引っ越すにしても老人一人を

入れてくれる所なんてどこにもないよ。とまったくもって他人の家庭事情に土足で踏み入る様な事を言われる。

要は親を引き取って面倒を観るなり施設に入れるなりしろ、という訳である。それが出来ればこんな苦労はしていない。

親を引き取って一緒に生活することになったら、私の気が狂うか、母を殺めてしまいかねない。と思ってる。

さら警察や近隣住民からの電話が続く様になる。その都度、謝罪の電話や訪問に向かう事が短い期間に連続するようになった。

これまで半世紀近く、おそらく二番目に被害を受けた人間が、その加害者のしでかした事の為に謝罪に回るという罰ゲームである

しかし、このトラブルの増加あたりから、状況は徐々に好転を見せ始める。

トラブル頻発の経緯からか、独居老人を見て回ってくれる地域高齢者支援センターの方がたまに母の様子を見てくれていたそうなのだ

この頃になると母の症状もだいぶ進み、自分の事を自分ですることが出来なくなりつつあり、言動が破たんしている頻度や時間

長くなってきた。支援センターの方は、そんな母を外部に連れ出し入浴をさせてくれたり、

家の手伝いや話相手になってくれることがあったそうだ。

長く孤独だった母に対し、支援センターの方が母との信頼関係を築いてくれた。

母が病気になってから知り合った人間名前を覚えて良い人物として会話に登場することになった。

この支援センターセンター長さんには感謝しきれない思いだ。

センター長さんの案で母を健康診断に連れ出す事ができた。

そこに私も同行し、その流れで精神科のクリニック紹介してもらい、再度精神科受診させることもできた。

しかし、入院施設もなく、通院投薬が前提のクリニックで紹介された入院施設のある病院は、

かつて散々嫌な思いをした地元の総合病院だった。ウェブサイトで調べた所、当時の担当医師は既にいなかったが、

入院をさせても高額になり、治療をするにも、これまでと同じ結論にたどり着くのは明らかだった。

でも、これ以上トラブルを抱えた状態ではどうにもならない、そこでセンター長さんは老人ホームへのショートステイ提案してくれた。

何度かショートステイを行って次第に慣れてもらい将来的にはそこで生活を、というニュアンスだったと思う。

まず2泊3日で滞在させることになった。滞在時には私も同行し、旅行にでも来たと思って楽しんでくれと言って置いていった。

けっこう喜んでいた様子だったが、結局、最後は自ら老人ホームを抜け出そうとしたそうだ。

怖い何かがいてここにはいられないとの事。母は予定滞在期間より少し早く、自宅に送り戻された。

老人ホームの事も調べた。経済的には何とかなる様になっているが、それにはアパートを引き払い、完全にホームで暮らすことが前提になる。

しかホームでは看護サービスは受けられるものの、やはり薬を強制的に飲ませる事は出来ないそうだ。

また、本人の意思尊重することが前提なので、無理矢理家に帰ろうとする母を拘束することはできない。

また周囲とトラブルを起こした際はやはり退去を求められる可能性がある為、現状での長期滞在は難しいという結論だった。

ここで進退窮まった。引っ越しは迫られる、トラブルは頻発する、治療には金がかかる。同居は実質不可能

正直にいうと少しだけ真剣完全犯罪を考えた事もある。

しか殺人容疑者比率で最も多いのは家族や近親者という事を知って、実現不可能であることを認識した。

こうなったら、母と絶縁状態の親戚を頼りにするしかない。という事になり、自らの恥を含め事情を話し、

母のきょうだいである叔母に当面の入院費を工面してもらった。

その際、医療関連の仕事をかつてしていた母の弟にあたる叔父から

県立の精神病院存在を教えてもらう。あそこなら比較的安くすむかもしれない。ということだった。

アパート引っ越し先を何とか見つけ、ゴミ屋敷引っ越しを済ませ、恫喝をされた不動産アパートの引き渡しを済ませた。

殴りたかったし文句の一つも言いたかったが、こちらは加害者なので、なにも言える状況ではなかった。

翌日、筋肉痛で疲労困憊の状態で県立の精神病院に電話をかけた。

事情を話し、入院費について尋ねると、これまで問い合わせた病院のどこよりも費用が安く入院できるとのことだった。

状況で費用も変わるが、約8万程度だという。さらにこれまで受診した病院と連絡を取ってもらい、事情を把握してもらった。

そして遅くとも2週間位で入院ができるとの事だった。

電話した日の夕方、再び病院から電話があり、明日入院キャンセルになった関係で、

母を連れてくれば、明日そのまま入院できる。と連絡があったのが、つい一昨日の事だ。

正直、すこし拍子抜けをした、これまでの苦労は何だったのかと。

最初に誰かが県立の精神病院存在制度費用についてしっかり教えてくれれば、自分自身できちんと全て調べていれば、

こんな苦労はしなかった。私自身、最初問題から逃げようとしていたし、問題に向き合ってからも苦労の方向性

間違っている事に気付けなかった、しかし、役所介護福祉医療警察、の現場であった人も親類も、

これまで誰もそのアドバイスをくれなかった。いや、耳を傾けようとしなかった部分も多分にあるだろう。

正直、母の病気は隠したい恥という部分もあり、これまで親しい関係の人にしか、打ち明けた事が無かったが、

自分の不甲斐なさと共に、制度の穴に対しても恨み言の一つは言いたいと思ってこれを書いている。

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あと少しだけ以下に続きます

http://anond.hatelabo.jp/20170203210406

2017-02-02

死なないためにクソ野郎になった

学部卒業から修士課程中退のおおよそ2年間、その大部分を私は怠惰に過ごした。

まともな研究もせずに卒業論文突入し、指導教員にひたすらダメ出しをされてほとんどお情けみたいな形で卒業はした。進学後、これからはちゃんとしなくてはと思ったのとは真逆に、授業や研究に出ることは減っていった。

家の中(一人暮らし)ではただただ焦燥感が募っていった。授業に出なくては。研究しなくては。なにかしなくては。しかし数日間着替えてないし風呂にも入ってない。しなければいけないことばかり積み重なって後回しにして、ずるずると時間けが過ぎていった。自己嫌悪自己肯定が頭の中をぐるぐる回っていた。同級生生存確認してくるようになったので、コンビニ図書館時間を潰すこともした。家族や親しい人には、事態が決定的になるまで話さなかった。

中退後は今の会社に拾ってもらって、故郷大学からも離れた街で社会人ヅラして生きている。多分、根本的な問題は直ってないし、死ぬまで解決しない。ただ、絶望して死んだり生活できなくならないために、反省しないようになった。悩みすぎて苦しむこともなければ劇的に改善されることもない。安全装置の如く、ある程度まで感情が進んだらそれ以上深くならないイメージ

から出られなくなることがなくなった分、しわ寄せは周りに行く。責任感だけはあると思っていた自分が、責任他人に押しつけていることに気付く。家族からビョーキ呼ばわりだの親不孝者扱いされ、彼女からは本気で死んで欲しいと懇願される。それでもケロッとしているのは、やはりどこかおかしくなったのか。思い悩んでも寝て起きたら出勤して適度に仕事する。そんな日々。

2017-01-21

酷い選択肢しか選べない人間弱者

何をもって弱者であるかと考えたときに、結局は過酷選択肢しか選ぶことが出来ない者であるということなのだろうと思ってしまう。

選択余地がある人間が、アレコレ言っても説得力がない気がしなくない。

選択肢がある人を弱者として、アレコレ騒いでいる人が多すぎる。

そう感じる日々である

都内通勤列車の股の開き具合のマナー広告エロマンガ家のパロディに怒るというのは呆れるものだ。

そんなものなんか無視していれば良いのではないか

そして、彼らは選択肢豊富にある人間擁護しているだけになっている。

まあ、皆は選択肢がある人間を守りたくなるのだ。

そして、ますます選択肢がある人間選択肢が増え自己肯定生まれる。

選択肢あるかないかというのはカオだったりするのだろう。

自分容姿が醜いか選択肢など無いのだろう。

同じ高校出身の見てくれのいい女が、とても大変な問題に直面している地方バカにしているような番組に出ていたようだ。

大変偏差値が高い大学にご通学されていて、とても貴族なのだろうがネットでは弱者ヅラして意識高いフェミ系のサイトを共有している。

自分彼女を見ると、悔し涙が溢れ出てくるが、彼女のような人間を大抵の人間擁護する。

このような状況に無力感しか感じない。

ただ、選択肢過酷ものしかない、少ない人間に対する擁護が最も大切であると感じる。

2017-01-20

鬱の脱出の仕方 漫画うつヌケは意味ない

知人が鬱になったっぽいのと、

ブックライブで「うつヌケ」なる漫画が出てきてそれをチラ見したら分析してるようで大したこと書いてなかったので

この日記を書くことにする。

 

結論から言うと

自己肯定することで解決する。

 

もう1つ加えるとしたらこ自己肯定を外的要因に一切頼らずに形成することができれば解決する。

どういう意味か?

「周りが認めるから自分は認められているのだ」

これは外的要因を必要とする自己肯定感であり、

自分を認める他人がいなくなった時点で瓦解する。

なのでこれで一時的回復したとしても、無くなればまた鬱に戻る。

必要なのは

例え個室に一人でぶち込まれ他者と一切コンタクト取れなくとも、

70億人が自分批判否定してきても揺るがない「自己完結肯定感」の「自己肯定」だ。

 

これを自力で作るのは非常に難しい。

大抵の人間自己肯定自己完結型のようでいて、

今までの成功例や他者から評価自分経験や実績の積み重ねにより形成されているため、

ほとんどが外的要因による自己肯定だ。

ここが無意識破壊されると知らずに鬱になり、

また脱出する手段も分からない(治療部位が分からない)ために治すことができなくなる。

自己完結型の肯定を手に入れれば変革のための自己否定ストッパーを設けることができるので、

土台不可能努力目標客観的是正できる。

結果として無理をしなくなり心身ともに守られることになる。

ただし、自己肯定による非変質部位によって発生する無知や非学習能力によるリスクも付いてくるので、

自己肯定を作り出す際は十分注意して取り組まなければならない。

 

自己完結型の肯定を作り出すには、

まず他者評価によって変わらない物をリストアップすること。

例えば「納豆ソースかけて食うのが最高に美味いのに同意してくれる人がいない」という事実があったとして、

もう一度この事実を見つめ直す。

自分にとって最も大切なことソースをかけて最高に納豆を美味い状態で食うことであって、

そこに他者が介在する必要性はそもそもないのだ。

目の前に大統領がいたら食いづらい気はするだろうし、

大好きな恋人家族と食うなら楽しいだろう。

でもそれは納豆ソースをかけて食うのが好き、という事実に対しては何ら影響がない。

まり本来他者から評価や影響を考慮せずともいい事柄なのに他者から評価肯定を求めているという、

まるで無意味行為に執着しているのだ。

土台、大多数からそんな食べ方を同意されるはずがないのだ。

ならひっそりと自分だけで楽しめば良いではないか

この単純な自己完結型の肯定の簡潔さすら知らない人間が世の中に溢れかえっているという事実から

まだまだうつ病患者としての予備軍は水面下にタンマリといるであろう。

 

大事なのは他者批判否定非難評価があったからといって

自分が出す答えと評価を変える必要性があるのかということだ。

そもそもの話、多数決でいえばこの世に1人しかいない自分の力ではどうやっても他者に数で勝つことはできない。

なので多数決によって自分趣味嗜好をコントロールするというのは自分抹殺するのと同じことだ。

例え誰一人賛同者がいなくとも自分が心からそう思ったならそれに従うことが個としての尊厳であり自由だ。

もちろんその結果、社会から反発が返ってきたとしても甘んじて受け入れるもよし、斜めに弾いてもよし、だ。

もう少しマイノリティであることが自然だと気づくべきだし、

自分マジョリティ比較していたずらに評価を下げることもまた無意味だと気づくべきだ。

必要なのは自己完結だ。

 

追記するかも

2017-01-11

昨年受けた呪いに苦しんでいる。

「きつい事を言うようだけど、あなたの為を思って言っている」

大人になったらこんなこと言ってくれる人は少ないのだから、いやかもしれないけど受け止めてほしい」

昨年は、この系統言葉をひときわ多く受けたようにおもう。

逃れられない人間関係の中で、「心配」という言葉を謳いながら、私の弱いところを責めたてる。

呪い言葉だとおもった。

言い放った人間気持ちよくなり、己は思慮深く優しい人間だと思え、その満足感に気持ち良さは絶頂に達するのだろうか。

ただただ私でオナらないでほしい。

甲斐もなく怒り、この濁った感情を落ち着かせるために1人ファミレスアイスを食べた。

その姿は滑稽だったろうと思うと更に惨めになる。

人を癒せると、自分は誰かの為に何かを出来ると、そう思うことは悪い事ではない。

ただ、自分が慈悲深く優しい人間である自己肯定するために「貴方心配しているのだ」というのはエゴだ。

そのエゴ押し付けだけなら耐えられても「せっかく心配してあげているのに」なとど言葉をつづけられた時にはもう心が息絶え絶えになる。

私は他人の優しさを汲めない独りよがり人間なのかもしれない。

からそんな私優しさを注いでも無駄なので、どうか、もっと他の救われたい誰かを心配「あげて」はどうだろうか。

きっとニーズがどこかにあるはずだから

今年は呪いをといて、安息を手に入れたい。

2017-01-08

大して仲良くない人から結婚報告メールに何て返せばいいのか。

2年連絡取ってない人から個別LINEが来て「結婚することになりました!」とあった。

正直「あ、そう。よかったね」で終わりで、LINEで返せる程のものがない。

直接話してればその瞬間だけでもおめでたそうな顔して「どんな人?」とか適当に訊くけど、LINEで訊くほど興味ない。

かなり面倒な人なので会話続けるのも辛いし。

たぶんあんまり伝える人が居ない中で誰かに祝われたくて私のとこにも来たんだろうなと思うほど。

元の私は人に喜ばれるのが快感というタイプなので、こういう時は言葉を尽くして相手を満足させたいのだけど

この人は面倒臭いので喜ばせて会話を続けたくない。

今後も私を自己肯定の頼りにして欲しくない。

かといって単に「よかったね、おめでとう」と終わるのも後ろめたい。

さてどうしようかな。

2016-12-30

http://anond.hatelabo.jp/20161230164756

自己肯定心って、赤ちゃんの時に親から受けた愛情によるのでこいつの場合は親が悪い

浮気した彼氏もかなり効いてるかもしれんけど

2016-12-14

http://anond.hatelabo.jp/20161214170537

悪いところに目を瞑り、褒めて伸ばすって簡単に言うけどできないもんだよ。

当事者である母親は「悪い事は非難されて当たり前」の世界子育てしてる。

世間から白い目で見られて肩身の狭い思いをしているんだ。

そんな状態でわが子だからって心穏やかに褒めてあげられるか?

ということなんで、我々はまず母親を褒めて自己肯定させていくのはどうか。

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