はてなキーワード: リタイアとは
100万円賭けてもいい。
今の高齢零細コメ農家が引退ないし死亡し、その子供の多くは非農家で跡を継がない。
「農地が秋田にあって、相続人たる子供が東京」とかだと、子供も兼業できないから、そのまま耕作放棄へ。
政府は「大規模農家が不在地主農地を集約する」と絵空事を言ってるが、
散在している零細農地が複数になったところで効率は上がらない。
農地がまとまっていたら(散在してなければ)多少はスケールメリットが出るが、
「300m離れて零細農地、また700m離れて零細農地」とモザイク状に飛び飛びだと、非効率なママ。
引退農地、相続農地は、政府の都合のいいように「連続して出現」してくれない。
実際には
「2014年には1200m離れた農地が引退で空き、2016年には700m離れた農地が相続で空く」
「自分の隣の農地に空きが出た」のなら、意欲ある農家はその農地も取り込んで規模拡大&効率化するかも知れない。
だが「自分の隣の隣の隣の隣の農地」なんかだと、大して効率上がらないから、積極的に拡大に走らない
逆に言えば、引退&相続農地の「お隣さん」が、若くて積極的な農家だったら借り受けてくれる可能性あるが、
「お隣さんも数年後にリタイア予定」とかだったり「お隣さんも兼業農家で、拡大意思なし」だったら、まず借り受けてくれない
そもそも、相続に発展してしまった場合、相続手続が完了しないと農地貸し出しが出来ない。
相続手続きや登記手続きは義務じゃないから、二束三文の農地の相続手続は放っておく遺族も多い。
農地の経済価値より、相続手続費用の方が高額と言うバカバカしいケースだと、まず放置される
(遺族の中に認知症患者がいて、相続手続きが一向に進まない、というケースも多い)
「ちゃんと遺産分割協議して、相続手続を終えて、更に農地貸し出しに至るケース」の方が少なくなってしまう。
農水省はちゃんと、
零細コメ農家の年齢構成、平均余命、相続手続率などに基づいて、
「2020年/2030年の営農農家数」「2020年/2030年の予測コメ生産高」をシミュレーションしてるのか?
甚だ疑問である。
日本が半導体王国・電機王国で、アメリカ相手に貿易黒字を積み上げていた時代に、
「日本の半導体・電機が衰退し、日本は貿易赤字に転落する」と予言したら笑われていただろう。
だが実際はその通りになった。
だが確実に足らなくなる。
20●●年、コメが足らなくなった時点で、農水省はどう対策するのか?
泥縄で農業参入を促進しようとしても、「翌年からコメが取れる」と言う訳には行かない。
工業やサービス業なら、訓練研修時間は短いから、急遽対策できなくもないが、
農業の場合「年に1回しか収穫できない」と言う農業の特性上、急遽対策しても
対策が奏功するのに数年掛かる。
企業経営と投資で成功して去年40代でリタイアしたが、ずっとヒマ。
ヒマにかまけて色々情報収集したが、日本を良くする政策なんて本当に簡単だと思った。
思いついたことを適当に書いてみたけど、これが出来たら簡単に日本の未来は良くなる。
しかしみんな分かってるのに実際には不可能。
できない事だけ書いても仕方ないので、最後に出来そうなことを書いてみた。
結婚しなくても、収入が少なくても、誰でも子供を持てるようにする。
具体的には、保育園やベビーシッターやお手伝いさん、小中学生を預かる場所などを無料で利用できるクーポンを配ったり
大学までの教育費の無料化や子供手当の増額、結婚制度の見直しなど。
インフレが2%以下の場合は消費税をゼロにして消費を促し税収増を目指す。
税収が増えなくても、デフレの今なら、日銀に国債を買わせれば良い。簡単。
今年消費税を上げるなんてアホすぎる。
財務省の役人は税収を増やすよりも、税率を上げて自分たちが社会に与えられる影響の割合を高めることが目的。
(ここで反論があったけど前提が「現在の日本に問題はない」ということだったので議論にならなかった)
孫に贈与する場合は毎年1000万円までは無税にし、相続税を100%にすることで、若い世代がお金を使えるようにする。
ただし合計5000万円以上の資産の贈与は累進課税にし、極端な不平等をなくす。
所得税の累進性を現在より上げて、儲かった人からは多く取る代わりに、所得が低い人には最大で月5万円程度分配する。
生活保護による現金の支給は勤労意欲を低下させるので廃止する。
月額5万円で生活できない人にはフードスタンプや公共住宅の提供、医療費の補助など、現物支給で。
ここまでした上でなら、正社員の解雇規制を撤廃しても失業の恐怖は減り、むしろブラック企業を簡単に辞められるようになり、メリットは大きいだろう。
それと、所得税の累進性を上げると、優秀な人が海外に行ってしまうと言われるが、年収1億円以下の人と年収1億円以上の人で、どれだけ優秀さに差があるだろうか?
年収1億円以下の人が日本に一生住みたいと思うように調整すれば充分だろう。
ちゃんと機能する監査機関を作り情報の保護や不正の廃止に尽力する。
負の所得税だけでは生活できない人に負荷の低い仕事を提供したりもする。
国会議員が政策秘書を数十人雇うことができる予算を付けて、立法は議員に任せる。
官僚は大臣が雇えるようにする。大臣が代わったら、一旦全員クビ。
60歳以上は月3万円、65歳以上は月5万円、医療費は無料。ここまでを基礎年金として税金で保証する。
プラス、国民年金や厚生年金で5万円〜10万円。基礎年金と合わせて月額合計10万〜15万円程度になる。
足りなければ、前述の現物支給を申請したり、低い負荷の仕事をする。
これで生きられない人は子供や親戚に頼れ。それでも無理なら死ね。
(物価と連動する事が前提)
年500万円までの利益は無税にする代わりにそれを超える分は所得税とし累進課税の対象にする。
これによって日本人の投資を促しつつ、極端な利益は税収にする事で容易に隠居生活はできないようにする。
電波使用料を数十倍にし規制緩和して既存のテレビ局以外でもコンテンツをブロードキャストしやすくする。
クレームを入れた人の国籍、年齢、性別、職業、居住地などの情報も公開される。
同時に中国と韓国以外の国との友好政策を強化する。(中韓とは戦争しないよう努力する程度で良い)
全国津々浦々にはびこるパチンコの換金を完全に禁止する。パチンコの売上がトヨタの倍とか気が狂ってる。
カジノに参加するには資格が必要にして、多重債務者や反社会勢力の人は利用できないようにする。
筆者の知人にも、パチンコにハマって残念なことになっている人が居る。
そういう人は多いと思うが、この事の異常性に気がつくべき。親族がそうなったら目も当てられない。
身を持ち崩す程の賭博に誰でも簡単に参加できるのは非常に問題が多い。
上記の政策を全国で一斉に始めるのは不可能。
それなら、各州で独自に色々出来るようにして、国民は自分の好きな州に簡単に住民票を移せるようにするだけでも良い。
日本全部を道州制にするのが難しいなら、大阪都構想でも良いし、被災を大義名分に東北を特区にして自治を認めるとかでも良い。
せめてこれぐらいは実現して欲しい。
さあ俺が誰に影響受けたか分かるかな?w
★「Amazonのせいで街の零細本屋が潰れた」という「分かりやすい説明」が受けるが、
街の零細本屋はAmazonが伸びなくても早晩廃業してた筈。個人経営主が高齢化して後継者いないから
/“なぜ、Amazonで本を買わないの?” http://htn.to/xz9JM5
★@sutannex 多分本屋業界に限らず日本の個人小売業共通。
子供が継がなければそのまま廃業。早晩廃業する予定だから、売上アップにシャカリキにならない。
Amazonの普及は個人商店、個人経営商店の廃業を体よく後押ししただけ
★高度成長期に成立した社会システムは、次世代が継がない限り、団塊世代の鬼籍入りと共にフェードアウトする。
個人経営商店、個人経営工場、個人経営工務店という存在も、あと10年もしたら後継者難で激減する
★「日本人の書籍離れ、Amazonの普及が街の本屋を壊滅させた」という論調は皮相的。
Amazonが普及しなくても、経営者が高齢化して後継者がいない街の本屋の減少トレンドは変わらなかっただろう。
★むしろ、個人経営商店インフラの後継者として「Amazonという書籍流通インフラ」が出現した書籍業界は「恵まれた方」だ
★個人経営商店主が鬼籍に入ったあとに後継するプレーヤーがいない業界が一番問題。
日本の中小企業メーカーの大半は、経営者が鬼籍に入ったら廃業に追い込まれる。日本のモノ作りの基礎体力が低下する(モノ作りインフラの崩壊)
いわゆる「棟梁」「工務店」の後継者が不足している。このままでは「家を作りたくても、建てる人がいない」ということになりかねない
零細本屋廃業理由は、「本が売れないから」というより、「後継者問題をクリアできない個人商店の限界」だと思う
/ “なぜ、Amazonで本を買わないの? - 琥珀色の戯言” http://htn.to/xSRrTp
★たとえば、個人経営が多い「そば・うどん屋」って、ものすごい勢いで廃業してる。
しかしその理由を「日本人のそば・うどん離れ」とか「丸亀製麺のせい」と分析するのはトンチンカン。
「零細本屋が潰れるのはAmazonのせい」と言うのは、それと同じくらいトンチンカン
★まあ丸亀製麺が伸びたのは、個人経営のそば・うどん屋が激減してると言う供給プレーヤーの変化を巧く捉えた、と言う面もある
★駅前不動産屋とか、そろそろ創業者が70代でリタイア時期。多分、大手仲介会社が伸びるんだろうな
★いわゆる「街の電器屋さん」も、そろそろ代がわりの時期。ヤマダ電機が伸びなくても、早晩廃業する運命にあった
★今の団塊世代までは、実家の大半は農家だった訳。農家は一種の個人事業主で、組織人じゃない。
「個人事業主ネイティブ」な団塊世代は、高度成長期に結構個人商店を開業した
★しかし団塊ジュニア世代になると、企業勤めがポピュラーになり「組織ネイティブ」になってくる。
そうなると成人しても創業あまりしないし、のみならず個人商店の息子も跡を継がずに組織に入ったりする
★後継者不足問題が一番深刻なのは間違いなく農業。日本の農業はTPPなんかには関係なく、後継者難で失速する
HMJM ハマジム 10th Anniversary Nights - イベント | UPLINK
この日上映されたのは
『大橋仁 そこにすわろうとおもう メイキング 』(2013年/24分)
『ドキュメント 安達かおる~ジーザス栗と栗鼠スーパースター琥珀うたの舞台裏から』(2013年/60分)
という松尾監督が友人や師匠など近い存在の男性を撮った非AV作品3本。3本目の安達監督のドキュメントがAVの撮影現場を舞台にしている為、18禁イベントだったのですが、女性客も結構いらっしゃってました。
最初に松尾監督が登場。軽くこの日の進行を説明(豊田さんのが終わったら休憩を挟みますよ、みたいな感じ)してから上映開始。
『豊田道倫 映像集3』はそのタイトル通り、豊田道倫氏の色々なライブ映像を1つに纏めた作品。1と2はDVDとしてリリースされているのですが、3は映画館やイベントでの上映のみでソフト化されていません。
この作品が一番最初に公開されたのは2010年10月30日の豊田道倫新宿4DAYS最終日で、その時は『豊田道倫 映像集 Ⅲ 新宿Poo上映版 』というタイトルでした。
その後、2011年2月26日に池袋ロサという映画館で行われたMOOSIC LABというイベントの3日目(#3:豊田道倫映像集/実験の夜、発見のロサ。)に『豊田道倫 映像集3-MOOSIC LAB Version-』が、そして2011年のゴールデンウィークに広島と大阪で『豊田道倫 映像集3 地方上映版』、2012年の7月3日に神戸の元町映画館、8月13日に渋谷アップリンクで『豊田道倫 映像集3 無題(new version 84分)』が上映されました。
新宿Poo版、ロサ版、地方上映版、そして2012年の無題と一応同じ作品という事になっておりますが、編集が物凄く変わっていて、「え?あの日のライブは丸々カット?」「前見た時のラストシーンの後に見た事ないシーンがめっちゃ追加されてる!」という感じなので上映される度に見に行ってます。Poo、ロサ、大阪で3日連続、去年のアップリンクに続き今回で見るの7回目。多分全部のバージョンコンプしてるはず。
この日上映されたのは去年神戸と渋谷で上映されたのと同じ『豊田道倫 映像集3 無題』。…のはずなんだけど、最後のクレジットに2013って出てたんだよなぁ。それが気になってる。もしかしたらちょっと編集し直してたのかもしれない。けど前に見てから1年以上経ってる&ちょっとずつ違うのを何回も見てるので、正直どこが違うのか、もしくは全然変わってなかったのか解んなかったっす。。。(全部の版を見に行ってる意味が無いw)
最後のトークコーナーでもちょっと触れられてたのですが、今までは豊田さんが出演するイベントでかかる事が多かったので豊田さんのファンの方が見に来られてたのですが、今回は豊田さんも出ないし、この作品ではない作品目当てのお客さんも結構居たので今までの上映とはお客さんの受け止め方がちょっと違った感じ。最前列のど真ん中に座ってたグループが途中で席を立って戻って来なかったり携帯を弄っていたりと完全に飽きていた様子。確かに豊田さんのような音楽は刺さらない人には全く刺さらないからなぁ。実はこの日、私は友人と一緒に見に行ってたのですが、そういやその友人は豊田さんみたいな音楽全然興味なさそうだというのに途中で気付いてヒヤヒヤしてたのですが、後で聞いたらまぁ何となく楽しめた、みたいな事を言ってくれてたのでホッとしました。
休憩を挟んで2本目の『大橋仁 そこにすわろうとおもう メイキング 』。今回のイベントはこの作品目当ての女性客の方が多かったようですね。自分の全財産をはたき、男女300人による大乱交を作り上げ、その様子を撮影した写真家・大橋仁氏の3冊目の写真集『そこにすわろうとおもう』の撮影現場のメイキング映像。この乱交シーンを作り上げる為にHMJMが協力していたという事で松尾監督がメイキングを撮影されたようです。
この映像は2013年4月14日に原宿VACANTで行われたこの写真集のトークショーと、9月10日に渋谷WWWで行われた大橋仁写真集『そこにすわろうとおもう』刊行記念 大橋仁×七尾旅人 ~百人組手番外編・写音真楽~というイベントで上映されました。私はVACANTで見たのですが大入り満員、WWWの方も満員で見れなかった人もいたとの事(というか今回一緒に行った友人が当日券に希望を託して会場まで行ったのですが入れずに帰った中の1人でした)。
大乱交シーンの撮影の様子を中心に構成されていて、東京郊外の駅前に沢山の男女が集合し、バスに乗せられスタジオ入り→休憩無しの過酷な撮影に挑む様子が映像に収められておりました。途中で体調を崩してリタイアする女性の様子が映し出された後にしかし男性陣でリタイアする者はいなかった、という様な説明テロップが出たりしててちょっと面白かったw
写真家として活躍して得た数千万円の貯金をはたいて写真集を作る大橋氏の撮影中の気迫はカメラを通してもしっかり伝わってきました。終演後、ロビーにこの写真集が置いてあったので急ぎ足でざーっと見たのですが、頭の中にあるイメージというか妄想を数千万円のお金をかけて作品に「せざるを得ない」という彼の業のような物を感じました。23000円という価格も納得の出来。でも買って家に置いてちょくちょく見たりするにはパワーが強すぎるというか。ナンカ色々な物が吸い取られそうな。とか書くと買わない言い訳みたいっすね。そうじゃなくてホントそれくらいの力がある写真集だと思います。ちなみに、写真集の中身についてちょっと書きますと、乱交シーン以外のページもいっぱいあって、そこに大橋氏がたまたま発見してしまった首吊り自殺の遺体の写真なんかもあったりします。
そのまま続けて3本目の『ドキュメント 安達かおる~ジーザス栗と栗鼠スーパースター琥珀うたの舞台裏から』が上映されました。
こちらの作品は松尾監督の古巣、V&Rプランニングの看板シリーズ・ジーザス栗と栗鼠スーパースターが10数年ぶりに復活するという事で、その撮影の様子をドキュメント作品にした物。ジーザス栗と栗鼠スーパースター琥珀うたのDVDに本編とセットで収録されて販売されております。
今回はメイキングのみの上映だったのですが、こうやってメイキングだけ見ると本編見てなかったら意味解らんシーンあるなぁと(最後の方の終わり方とか)一緒に行った友人の反応が気になってたのですが、後で聞いたらその辺は特に気にならなかったようで良かったです。
大掛かりなAVの撮影現場の様子自体が物珍しくて面白いってのもありますが、安達監督も面白いですね。この日上映された3作品の中ではこの作品のみ普通にDVDで買えるので興味を持たれた方は買ってみて下さい。HMJMファンの方向けミニ情報としては、ジャケのうたちゃんの後ろに立ってる男性陣に梁井監督とKENSAKU監督が混じってらっしゃいますよー。メイキングの中でもちょこちょこ映りこんでらっしゃるので探してみましょう。
上映後、トークコーナー。実は予定としてはこのトークコーナーに琥珀うたちゃんが登場するというお話もあったようですが、前のお仕事が長引いてしまって間に合わなくて出演出来なかったとの事。代わりにバクシーシ山下監督とカンパニー松尾監督のお二人によるトーク。山下監督はジー栗にメインカメラとして参加してらっしゃったのでその時のお話など。時間が遅くなってしまっているという事もあって10分ちょっとくらいの短い時間でした。
ジー栗はDVD持ってるし、大橋さんのも4月に見たし、豊田さんのに関しては7回目だし、という事で腰をすえて細かい所を見ていく感じで見たのですが、楽しかったです。特に豊田さんの映像集はアップリンクの前の方の席で見るのがちょうどエエ感じですわ。今後もちょくちょく上映して欲しいです。あと、大橋さんのはそれ目当てで来てたお客さんも多かったのでまた何かの機会に上映されたらいいのになぁ。願わくばもうちょっと長い時間のバージョンで。
この次の日のイベントにも行きました→
HMJM 10th Anniversary Nights Vol.2『ハマジムだよ!全員集合 ~主要監督と共に振り返るハマジムの10年』というイベントに行って来ました。
★家の近くの図書館で、何万冊蔵書があるのか調べてみたが、9万冊もあった。
いわゆる中央図書館でなく、ブランチの図書館なのに、9万冊もある。
1日1冊のハイペースで読書しても、全部読破するのに247年掛かる計算。
自分も247年も生きる自信もないので(せいぜい40年?)、
全蔵書の読破は断念せざるを得ない。
逆に言うと、今図書館に並んでいる本の中で、生きている間に読破できるのは
★因みに、日本国内の年間出版点数は6万点とも9万点とも言われている。
いわゆる「書評家」というのは、200点/日を全部読破しているとも思えないが、
いくら速続が出来ても、1日に5冊も読破できるとは思えないのだが、
書評家の「第一次選考」から外されてしまって、読んですらもらえなかった
残りの195冊/日は、そのまま日の目を見ることなく、国会図書館で死蔵されるのか?
(因みに、献本制度もザル制度なので、献本されてないケースも結構多い)
★自分が子供の頃の出版点数って、せいぜい2万冊/年程度だったんだな。
今はその頃の3~4倍のハイペースで、出版点数が積みあがっているんだな。
当時(70年代)の図書館とかなら、「そこにある蔵書を、一生掛けて読破する」ことも
可能な程度の蔵書量だったのか?
★現代が、40年前の3~4倍のハイペースで出版されている、というのは、
ある意味で、我々の文化文明が成長した証、ということだと思う。
現在の大卒者人口は、当時(70年代)の大卒者人口の3~4倍はあるだろうから、
その分が年間出版点数の増大に繋がったと思う。
(見方を変えれば、大卒者がインフレ化した、コモディティ化したともいえる)
あと、70年代だと、有閑知識人が少なかったが、現代だと有閑知識人が増えて、
本を書く時間的余裕が増えた、というのもある。
団塊の世代がリタイアのタイミングだし、現役世代だって、週休2日制のおかげで
「週末に本を書ける」環境になってきた。
社会人になって東京に出てきて、周りに友達はいない。今はネットで地元の友達ともコンタクト取りやすいけど、一緒に出掛けるとなるとハードルが高い。
一人行動も苦じゃないから一人であちこち出かけて一人で楽しんでるんだけど、オタクな2人組を見るとすごく羨ましく感じる。
いいなぁ、二人でモンハンやってるの。いいなぁ、聖地巡礼してフィギュアと撮影してるの。楽しそうだなぁ。
どれも一人でもできるけど、一緒だと楽しいだろうなぁと漠然と考えてしまう。
で、改めて友達を作ろうと思ったけど今まで友達って学校に行ったら自動的にできてたから「作り方」となると解らなくて
本とかネットとかで調べちゃったのね。
そしたら、1か月に2回は遊びに行く、とか、SNSでマメにコメントする、とか、習い事を始めるとか
うわぁめんどくせっ!……って思ってしまってね。
そもそも自分、出不精。
家に篭ってろと言われたら多分ずっと篭ってる。引きこもりの素質有り。
それじゃダメだと思ってオフ会に参加したことがあるけど、月1回のオフ会でも妙に苦痛だった。
幹事の手伝いやらされて買い出しに奔走してたり、人に気を使ってばかりだったから帰ったらぐったりしてた。
そんな辛い会が月1回もあるのかと思うと憂鬱になってしまって、それでも5回頑張ったけど無理だった。
パシリに使われてる気がしたので(これは言わなかったけど)体力的に辛いと言ったら幹事からキレられたからリタイアした。
こんなんじゃ月2回も遊びに行けないよ…
あと楽しい会話をするのも苦手。
相手の事を聞いたりして会話は止まらないようにできるようになったけど、それが面白トークかと聞かれるときっと違う。
しかもこの方法だと、最初はいいけど徐々に相手に聞くことも無くなっちゃうから会話に困りまくる。
自分の事で話せる事はあんまりない。上にも書いたように引きこもりだから人に話せるような出来事が何もない。あと面白く話せない。「この間○○に行ってきたよ」「へー」で大体終わる。
それでも人と会うときは自分なりに頭フル回転して楽しくしようと頑張るけど、疲れて人と会うのしんどい→やっぱり一人が気楽という事になってしまう。
性格も元々は捻くれててるから、ポジティブで愚痴を言わず他人をよく褒め楽しそうにする良い人を演じるのにものっすごい疲れる。
それで誰かと仲良くなれたとして、人に会うたびにこのコストを支払うのかと考えると気が滅入る。
実際、「友達できました」系ブログを見て、友達100人作った報告とか大勢の人と泊まりにいった写真とか見ても羨ましさは何にもないんだよね。
30代前半男。
自分が子供の頃はいい大学に行って、いい会社に就職して。という価値観がまだ十分に支配的だったと思う。
それに疑問を持たずに、学生時代はちゃんと勉強して、いい大学に入った。
就職は周りは氷河期だったけど、大学院いった留学とかしてるうちに雪解け期になって、
趣味がない自分なので、就職してからは馬車馬のように働いてたら、
上司の覚えがめでたく、気がついたら出世コースの筆頭を走っている。
出来すぎの人生だと思うけど、いい加減そろそろ頑張るのに疲れてきた。
子供の頃はいい高校に入ったら、なんの努力もいらない人生になると思ってたのに今度は大学受験戦争だった。
大学入ったら、大学の名前だけに頼ってなんの努力もいらない人生になると思ってたのに、
競争はどんどん激しくなる一方で、自分がどんどんと摩耗していくのがわかる。
アナクロニスムという批判を恐れずにいうと、男の行動原理なんて、
金、女、名誉のどれかなわけだけれども、自分の場合は名誉が一番で、
それに関しては実はもう満足してしまっている。
強烈な喜びや、めまいのするような達成感はもう人生には求めていない。
これ以上この位置にいても落ちていくだけな気もするので、
気負わずに、キャパシティ以上の努力が求められないところで安穏と生活したい。
先立つモノさえあればと思うが、億単位の貯金があるわけでもないので、自由もきかない。
心が重くなって仕方ない。
こんなことは友人に話しても誰も真剣に聞いてくれないし、
体の良い自慢だと思われるのが関の山だ。
けどもう、本当にいっぱいいっぱいなんだ。プレッシャーとかそういうのもういやなんだ。
およそ一ヶ月ぶりに外にでた。
人が会話してるのが新鮮である、が、とても眠いので現実味はない。
何も手をつけていない。
まぁ若いんだしどうにかなるよね、うん。
そして今の大学に移った。
人に頼るということができない。
どうやら私は頼るのは甘えであり罪だと思っているらしい。
大学時代に受けていたカウンセリングの人からもらった名刺を探した。
大学外で受けると有料らしい。
親が、親が重い。
成人してるのに課題は終わったのかとか色々聞いてくる。
終わらないしやってすらいない、など言えるはずもなく嘘をつく。
お前らが聞かなきゃ嘘もつかなくていいのに。
とっくのとうにリタイアしてるのに追い打ちをかけないでくれ。
本当のこと言ったらヒステリックになるのだろう。
親は私のことを信用してないだろうが、私も親を信用していない。
ここhttp://musyoku.com/nikki/title.phpは底辺の集まりなので高みの見物すると楽しいですよ
主な日記書き
うつくん 古参。一ヶ月で20社ぐらいの面接を受けている就活キチガイ。自分のことをうつくんとよぶ癒し系。オススメ
ジャック 小売で営業をやっている古参。恋愛に憧れを抱いている高齢童貞。
ナイト2013 これぞ至高の孤男日記。神の言葉。皆の衆も見習えたまえ。ヘイドっ。超オススメ
40歳の男 高齢ゆうメイト。低所得なのに競馬をやり続けているギャンブル依存症。ほかの奴に煽られてもものすごい勢いで競馬をやり続けている。金がなくなってからの極貧報告が面白い。歯が抜けているにもかかわらず自分は福山雅治似だと主張している。オススメ
ぷー メンヘラ無職。かなり狂った独白を長文で書き殴っているキチガイ
アル中ブラック 説教と自慢と足引っ張りしかできない偉そうな糞。変わり者だと思われたくて必死。ちょこのこなどの人気日記や前向きにがんばっている日記を見つけると嫉妬して個人攻撃する。しかも直接本人に言わず自分の日記でネチネチ嫌味を書く卑怯者。そして該当部分をすぐに排除するヘタレ。文章がおっさん臭くてクソつまらんのだが自分を面白い人間だと勘違いしているから哀れ(笑)。他人の邪魔する奴は勝手にリタイアして牛糞でも食ってろよバーカwwwwwwwwwwww
無職.com歴九年目 精神障害2級(不正)。頻繁に更新している。文章がへたくそ。他人の日記にイチャモンをつけるゴミクズ。コメント欄つけろよヘタレwwwwwwwwwwwwwww
65歳定年とはいえ、最近は引き継ぎ等の問題もあって70ぐらいまでは
普通に雇われてたりするわけですが、それにしたっていずれは仕事がなくなる高齢者は
結構多いわけですよね。
そんな人たちが今どんどん増えてるわけです。
生産活動をしないのに消費はする人たち。
この消費の恩恵を受けることが出来ていない業界もあるにはあるでしょうが
恐ろしいですね。高齢者がいずれ寿命を迎えたら人口の年齢層バランスはよくなるって
話もあるでしょうが、バランスよくなってもその時日本企業どうなるんでしょうか?
そんな感じは全く見受けられませんが。
けど、違ったね。
ない。少なくともアホな俺の頭じゃ代案出てこない。
鍵の件は確率の問題ではないのでは?
いざ襲われたときの被害の大きさを想像してみれば彼女の気持ちが理解できないだろうか。
百歩譲って彼女の気持ち抜きにして考えても、確率の大小のみでコトを論じるのは論理的とは言えないよね。
たとえばさ、99.99%勝てるポーカーの勝負があったとして、負ければ彼女がレイプされる、勝っても特に何も貰えない。こんな勝負やりますか?
普通降りる(鍵かける)よね。
「もうやめて(鍵かけて)」と彼女が言ってるのに「99.99%負けないから(何も起こらないから)」って・・・アホか。
ポーカーの件は追記などもろもろ総合的にみると増田の人生設計や、ふたりの結婚に関わる超超超大事なことなんだろ?
その人生設計ってやつは「ポーカーで5000万ためて早期リタイアしてニート生活」っていう一般的には相当チャレンジングなプランだよな。
だからね、趣味の話してんじゃないんだからさ、なんていうか「分かってもらえないならお前とは別れる。俺も辛い。でもゴメン」くらいに増田がまず腹くくって誠心誠意彼女にプレゼンするとこだと思うのだが、読んでるとそういう必死さが伝わってこない。
ホントに彼女を説得して同じ船にのる気があるのかな?って。俺が女ならこいつについてって大丈夫かと心配になるよ。
あのな、増田の人生設計は一般的な人が一般的に判断するなら泥船だからね。泥船に乗って共に人生歩もうゼ〜!なんて軽いノリで言ってついてくる人いないでしょ?
だったら泥船じゃないことを、彼女に必死に証明する義務があるの。
それなのに追記で「ポーカーの事は書くべきではなかったかもしれない。プロの感覚は一般人とは違うので、この件で君らに同意は得られないと思う。」なんて書いちゃってさ。
いやここにはなに書いたっていいけど、読む限り彼女にも自分からきちんと説明してる風でもなく、聞かれたことに答えてるだけ。口説きモードになってないの。全然響かない。
ああ、ごめんなさい書き方がまずかった。
そもそも、医学部の定員等を決めるのは開業医じゃありません。医師会と政府です。
そして、医師会で決定権を持ってるのは各大学病院のお偉方と役人さん。後は長年医学教育に携わってリタイアなさった先生方くらいですか。
開業医も医師会に医師数定員等に関して医師会に意見を言うことはできるけど、「開業医って医学部教育に携わってないのに何言ってんの?」ってな感じであまり反映されないそうです(ソースはウチの医学部長)
つまりは開業医が(あまり好きな言い方ではありませんが)「儲けてる」実状と、「医師数定員を急激に増やしたくない」っていうのはあまり関係ないんですね。
一医学生の知りうる知識で書かせて頂いてるので、他の医療関係者から見ると「マジで?」となることもあるかも知れませんが、自分の知る限り開業医が「儲かりすぎワロタ状態だから医師は増やしたくない!」というのは不可能です。
エレベーターで一緒になった時おばちゃんと子供(大学生くらいまでも含む)は
皆挨拶もするし開ボタンを押してくれたり「何階ですか?」と聞いてくれる
こっちが「こんばんは」と言っても無視したり開ボタンを押して待ってあげてるのに
「ありがとう」「すいません」の一言も言わないのは例外なくおっさんだ
しておきたいというか、死ぬ前までに考えておかなければならない事を逆算しながら考えてみた。
埋葬してもらう墓地はどうするか(田舎の墓地に入れてもらうか、自前で用意するか)
残った財産や持ち物はどうするのか
病死しかも癌のように死期がわかる場合、自宅で看取られるか、病院やホスピスを選ぶか
死ぬのがわかった場合、何かやり残した事や、会いたい人は居ないか
自分の人生、満足/納得できる物として受け入れられるか、それに対する努力や行動はやってきたか
痴呆症で老人ホーム行きになった時、公立の安い老人ホームに入れるか、私営の評判の良い老人ホームに入れるか≒自分の年金支給額はいくらか
高齢者になった時、面倒を見てくれる家族または知り合いが居るか、それとも独りでどうにかしなければならないか
退職後のリタイア生活で何をするか、ボランティアでもするのか、趣味に徹するのか、それでお金が持つのか≒自分の年金支給額はいくらか
退職年齢は60歳で辞めるか、それとも遅く辞めるか、早く辞めるか、それにより退職金はいくらになるのか
どんなリタイア生活するか、それに見合った年金支給額は貰えるのか
希望する年金支給額を貰うためには、年収はいくらになるのか、その為のポジションルートは確保できているか
今の会社で働いていていいのか、転職すべきか、そもそも老後も職場も日本でいいのか
自分の親や兄弟が葬式や墓地を用意していなかった場合、墓や葬式費用を用意しているかどうか
自分の親が兄弟が病気で入院手術の金を用意していなかった場合、代理で払ってやる金は用意しているかどうか
今日はひとまずここまで めめんともり