「植物」を含む日記 RSS

はてなキーワード: 植物とは

2018-04-03

女の名前って

さくらとかの植物と雪みたいな風景からだよな

こういうの男には付けないよ

男女差別だね

2018-04-02

動物可哀想とか自然が一番とか言ってる奴を見ると死ねって思う

何が動物可哀想だよ 何が自然が一番だよ

クソが死ね 氏ねじゃなくて死ね

動物駆除されるの見て、動物可哀想とか言ってるけど、

農作物荒らし回ってたり、家に穴空けてそこに住み込んだり、ゴミ荒らし腐臭まき散らしたり

病原菌まき散らしたりしてんだぞ。

動物可哀想っていうなら野菜の高騰に文句言うな。雑草でも食ってろ。

あと鳥インフルにでもかかっとけ


それから自然はクソ。ファック&ファック。

天然由来が一番とか言う奴は毒キノコって知ってる?

科学食品は長期的なリスクが計測できないって問題はあるけど、即時的なリスクあるものってクソ沢山あるよ?

それに、長期的なリスクや複合による効果が計測できないのは自然食品も同じですが???


そもそもお前らが好きなのって、

人間による管理を受けて、危険性が排除された自然”だよね???

草が生い茂ってる山道歩いてみろよ 熊と触れ合いコーナーしてみろよ 自生キノコ大好きむしゃむしゃ君になれよ

無理だろ?

お前らが好きなのは

足元が整備されて歩きやすくなった山 柵で区切られて襲ってこない動物 科学検査危険因子が排除され、食用進化させられた植物

だろ?


自然はファック&ファックだから人の手で管理しないといけねーんだってことを自覚しろ

管理できない自然管理できなくなった自然ホントクソ

スギ花粉はクソ

自分死ぬのがベスト

動物を食べない、殺さない人。

宗教上等色々理由があると思います

部屋に入った蚊すら殺さないで逃がすと言う人(宗教)もあるそうですね。

しかし歩くだけでも目に見えない生物を踏んで殺しているわけですし

食べ物野菜植物になるかと思いますがもちろん命はあります

そういう考え方の方は究極、自身がいなくなるのが一番です。

それ以外は結局目に見えるもの自分物差し

尺度これはいいあれは駄目と言っているだけのただのエゴですね。

2018-03-30

子どもを欲しいと思う人の気持が分からない

オレは結婚願望もないし子どもも欲しいと思ったこともないけどさ、

子ども欲しい」って言ってる人って何で子ども欲しいわ・け?

今まで「子ども欲しい」って言ってる女の人はごまんと見てきたけど、

何で子ども欲しいのかは聞いたことがない。

あんたはさ、なんで子ども欲しいの?

可愛いから

育てる楽しみ?(植物育てる感覚みたいな?)

何か子どもいたほうが寂しさ紛れるから

ワイワイしたいから?

ペット飼う感覚

2018-03-29

anond:20180327195310

本ひたすら読んだらいいんじゃない

あと、宗教あくまで道具に過ぎない。宗教家が言っていた中身こそが全て。

17世紀のデカルト以前は全部「誰かが言ったから正しい」の世界

から、昔は宗教世界のすべての知識を担っていたが、次第に科学検証宗教の取り扱う世界が狭まっていった。

と言っても、科学再現性が取れるように物事を取り扱うために、物事を細かく見るため、「心」のような複雑なものは苦手としている。

なので、昔宗教聖人たちが言っていたことがそのままいまでもつかえる

と言っても、自分の頭で考えて比較検討しないとならないけどね。

神への信心なんていらない。

というより、神というのは、自分の外のもの抽象的に取り扱うツールみたいなものだと考えてる。

例えば、なんか知らないけど山の木を切りまくったら洪水がいっぱい起こるようになった。

今でこそ植物の根の保水効果ということが言える。でも昔は原因なんて確かめようがなかったから、「山の神が怒っている」と抽象化して取り扱った。

神を大切にするというのは身の回りの人を大切にするのと同義

たとえば、今通りすがりの人を助けたとしても、それが必ず君に帰ってくるとは帰らないが、そうやって助け合いが当たり前の社会になれば、君が困った時に誰かが助けてくれるかもしれない。

というのを抽象的に取り扱ったのが「人助けをしてるのは神様が見ている」という現象だと思う。

2018-03-28

anond:20180328101443

アジアで農耕開始。1年が365日と約1/4だと判明。

 植物を植えやすい春から始まる暦が作成される。

  ・365日を12ヵ月で割って奇数月を大の月として31日。偶数月を小の月として30日に。足りない最後の月を29日に。

  ※この時の春一月は現代の3月。冬12月は現代の2月。「8番目の月」オクトーバーはこの時の8月で現代の10月。

ローマ帝国で月の名前神様名前が入る。ついでにちゃっかり皇帝名前も入る。

 建国の父ユリウス・カエサル誕生月7月がユリウス=ジュライに。カエサル後継者アウグストゥス誕生月8月がオウガストに。

 ※導入したアウグストゥスが、カエサルが大の月でアウグストゥスが小の月だと嫌だってんで、両方大の月で31日に。12月を1日削って帳尻を合わせる。

ローマ帝国国教キリスト教に。

 キリスト教では一年の始まりを春ではなく冬至で始めるため、暦も冬至の次の月を1月に、冬至のある月を12月にずらす。

で、現代の暦の完成。

2018-03-16

香害対策スプレー

Twitterで「香害対策スプレー」なるものが紹介されていた。

(紹介している人も半ば疑問形であったが)

香害対策スプレー(50ml)

http://ka-ho.jp/?pid=127804572

なんでも「マスクの上からシュッと一吹きするだけで有害物質や人工香料を分解しシャットアウト。吸い込む空気クリーンします。」ということらしい。

これ、香害に悩んでいる人の中にあわてて衝動買いする人も出てくるかも?

 

化学物質過敏症や香害に悩む人向けにアヤシイ製品販売している所は多い。

なんとか菌とかなんとかの水とかオ○ン発生装置とか…。

まず買う前によく検討してみて欲しい。

この「香害対策スプレー」について見ていくと

 

■それが公的な場で使われているのかどうか

有害物質や人工香料を分解」とうたってるのなら

塗装業の人が防毒マスクとして普通マスクにシュッとして使えるはずだよね?

その分解力で工場の排気もクリーンに出来るはず。

医療現場でも使われていていいはず。

でもそんな話聞いたことないですよ?

 

効果メカニズムは?

メカニズムはおろか、成分表すらありません。

成分表と外部の分析機関による分析データが欲しいところ。

 

化学物質過敏症シックハウス症候群対策についてはどうか

「7種の植物特殊ブレンドしたエッセンス使用し、植物が持つチカラを最大限に引き出し活用

化学物質過敏症の人は植物の成分であるヒノキヒバのオイルで反応します。

ユーカリラベンダーエッセンシャルオイルで反応する人もいます

自然の成分でも化学物質過敏症の人は反応するから

このあたり誤解している人が非常に多くて残念です。

語弊があるかも知れないけど、化学式で書ける物質全部反応する可能性があると考えてもいい。

くれぐれも言うけど、アロマテラピーの使うエッセンシャルオイル危険なので、

ロマテラピストは軽い気持ち施術しないで欲しいです。

 

化学物質過敏症の私から見ると、この「香害対策スプレー」は怖くて使えません。

(「ハーブエッセンス」とやらで寝込みそう…。さらに「スプレーは長時間その効果が持続」というのも恐ろしい。)

 

健康被害が起きた時、この会社はきちんと責任を取れるのでしょうか?

病人に勧めるのなら、そのくらいの覚悟を持って欲しいです。

2018-03-14

鹿を食べないおじさんは、何を食べてるの?

鹿を擁護?しているおじさんがいるけど

じゃぁ何故鹿以外は食べても良いっていえるの?

命の価値が違うの?神様なの?

ベジタリアンダ!ってならまだ少し分かるけど

植物が本当に「生きてない」っていえるかどうかは別問題だよね。

「鹿を殺したのが許せない!ガンで死ぬって同情貰おうとするな!」っていうことを言いたいんだったら

あなたは「鹿やその他動物を『間接的』にでも殺したことが無い」「病気死ぬことが分かっても誰にも言わない」

これを出来ないという資格はないよ。

単に個人名を出して話題にしたかっただけだよね、鹿おじさん。

涙拭いて。

2018-03-11

初七日

明日わんこ初七日である

人生の半分くらいを共に過ごしたわんこだ。

ペット業界が拡大し、ペットと呼ばれる子たちの地位確立してきたとはいえ、世間はまだまだ「ペット」だ。

わんこにゃんこ、鳥さんや亀さん、うさぎさんや蛇さんに、蜘蛛さんやハムスターといった(他にもまだまだ)子たちが世間からみんな「○○さんちの家族」として見なされてるとはいえない。

ツイッターに書けばいいのかもしれないし、匿名ではないブログに書けばいいのかもしれない。

でもなんだかそんな気分になれないのは、やっぱりそういう方々の目に触れてやいのやいのと言われるのが嫌だからだろうなぁと思う。

初七日明日に控えて、気分は少し落ち着いてきた。

でも、それは現実を受け入れたとかではなく、上手に上手に現実逃避しているかなのだと思う。

生後二ヶ月弱で我が家にやってきたダックスさんは、やたらとお鼻と胴が長い、手足の大きな女の子だ。

途中からメキメキとぷくぷく育っていったのだが、これは甘やかしたのが悪かった。

とても柔らかい体つきだったし、小さな頃にヘルニアの手術をしているから抱き上げるときは慎重だった。

彼女植物アレルギーがあるので、おうちでゆったりと過ごす温室わんこだ。

朝起きて、ごはんを食べ、運動がてらにわたしの脱いだ靴下をあちらこちらに運んで隠すお仕事をする。

それが終わると夏は涼しいところ、冬はストーブの前に陣取りいびきかいて寝て、暇になるとちょこちょこと短い足を動かしてわたしのところに来ては抱っこをねだる、甘えんぼさんだった。

彼女はとてもやんちゃなのだ

病院帰りには必ず首輪抜けをされた。

調整しても調整しても首輪抜けをするので、なにかコツがあったのかもしれない。

窮屈なリードから解き放たれた彼女は実に楽しそうに駆け出していく。

だけど、名前を呼ぶとすぐに振り向いて、近づいてきてみたり遠のいてみたりと、わたしたちを焦らして弄ぶのだ。

これは小さい頃の話で、晩年は耳も聞こえなかったし、目も見えてはいなかった。

ヘルニア、目、耳、とさまざまなところが悪かったのだけど、彼女はとても頑張り屋さんな子なので、手術の麻酔が覚めると同時にわたしたちを探してすぐさま立ち上がる!なんてこともやってのけた。

それがとても頼もしかった。

亡くなる前日、彼女の息は既に浅く、苦しそうだった。

毎日わたしの隣で寝ているため、わたしもまたそんな苦しそうな姿を見守っていた。見守るしかなかった。

彼女プライドが高いわんこなので、足腰が立たなくなっても自らトイレに向かおうとした。その彼女が、トイレにも行けず、その場で排便したという事実あの日わたしにある程度の覚悟を持たせたとおもう。

明け方の4時頃、1度彼女は立ち上がり、大きく息を吸って倒れ込んだ。

飛び起きたわたし彼女を抱き上げて、呼吸を確認した。

見れば、ぷにっとした黒い下唇にかかるように舌がちろりと出ていた。

これはまずいと思ったわたしは何を考えたのか、口を開けて、その舌の位置を整えた。

なにがどうなったのか分からないけれど、彼女はいきなり深く息を吸って目を覚ました。

しかしたら気道確保になったのかな?なんて今になって思う。

その時点で時刻はもう朝の五時だった。

彼女は相変わらず呼吸が苦しそうに横たわっていた。

急変したのは朝の八時半で、いきなり噦くでもなく嘔吐したことわたしパニックになった。

わたしの動揺のせいか、出勤前の妹が仕事を休んでついていてくれた。

九時を過ぎたあたりで、わんこが短い痙攣を起こした。収まったあとで、上半身だけ起こすように抱き上げると、わんこはまた大きく息を吸った。あれだけ浅かった呼吸が深く穏やかなものに変わっていた。あれだけパニくっていながら、死に向かう彼女を見てわたしの頭はいやに冷静だった。

大きく吸った息を吐き出して、彼女の体は力なくぐだっとなった。抱き上げて息がないのは分かっていたけど、昨晩のようにわたしは口を開けてぺろんと出た舌の位置を整えた。

しかしたら昨夜のように吹き返すかもしれないと思ったかもしれないし、もうちゃんと分かっていたのかもしれない。

丸1日苦しんだ彼女最期は穏やかだったように思う。

家人意向で、火葬はその日の夕方依頼した。

まりくそばにいると、タイミングを見失うだろうという言葉反論ができなかった。

火葬車で迎えにきてくれて、家の前で焼いてもらう。そうして、お骨上ができて仮位牌も頂けるという業者に半べそ状態電話した。

確か、正午頃に電話をかけたのだが、向かうのが夕方になるという。

忙しいということはそれだけみんな家族を失ってるひとがいるのだなと思った。

火葬車が来る時間までは、体を拭いたり爪を切ったり、毛をカットしたりした。

生前どうしても切らせてくれない毛玉が取れて、よかったとおもった。

アイスノンで背中とおなかと頭を冷やすわんこの横に寝そべって2時間くらいわたしもお昼寝をした。

お前、そんな状況でよく寝れるなと思うかもしれないけど、眠れない日が続いていた上に前日は一睡もしてなかったので寝れたのだ。

わんこと手を繋いで寝たのだけど、どうしてもおなかに置いてあるアイスノンが冷たくて手を引っ込める、はっと気づいてまた手を伸ばす。そんなことを繰り返した。

火葬車がきて彼女を炉に入れた。

業者のおじさんが何だかやたらと明るいひとだったのだが、多分、それくらいの方がいいのかもしれない。

お線香を上げさせてもらって、扉が閉まるのを見た。

1時間から2時間くらいかかるから、家の中で待っていてくれと言われたのだが、なかなかそうもできなかった。

ただ、おじさんが火の調整か確認のために、炉の小窓を開けたときに、燃え盛る火の真ん中に横たわるわんこの姿と肉の焼ける匂いが今もまだ忘れられない。

ちょうど他のひとか死角になっていたからそれを見たのはわたしだけだ。

後ろにわたしがいると気付かず、小窓を開けてしまったらしいおじさんが少し申し訳なさそうな、労るような表情をしていたのが印象的だった。

そのあと家の中で何をするわけでもなく待っていると予定より早く、おじさんがインターホンを鳴らした。

お骨、直接拾うかい

本当は頭から順にケースに入れて持ってきてもらい、玄関先で、というのがスタンダードらしいのだが、炉から直接拾わせてもらうことになった。

お骨は綺麗に並べられていて、おじさんが部位ごとに、これはアバラで、これは喉仏で、と教えてくれた。

お尻のほうから拾ってね、という言葉ならい、母と妹が拾う中で、わたし最後頭蓋骨と喉仏を任された。

頭蓋骨も喉仏も綺麗に形を保っていた。

頭蓋骨はすくうように拾ってと言われたのだが、最後最後、みんながわたしらしいと笑ってくれたが頭蓋骨がちょっぴり崩れてしまった。

思ったよりもカサカサでサラサラだったのだ。これがあの子の頭なのかとちがう方向に意識飛ばししまったのが原因だろうと思う。箸使いは上手い方なのに……。

最後に骨壷に喉仏をおさめて、カバーをかけてもらった。

生前服を嫌がったわんこなのに、亡くなってからやたらときらびやかな服を着ているみたいでなんだか不思議だった。

お位牌におじさんの手書き名前享年が書いてあった。

きっと火葬の間に書いてくれたのだろうと思った。

話は変わるのだが、わたしペット火葬業者特に移動式火葬車を持っている業者には不信感があった。

わんこが亡くなってホームページを閲覧し火葬業者を探しているとき不安は凄まじく胸の中をぐるぐるしていた。

けれど、わたしは最終的に直感業者を選んでしまった。口コミもなく、高くもなく、これといって特筆すべきところのない業者だったのだが、ここを選んでよかったと思えるところに当たってよかったとおもう。

今、明日初七日を前にして、これを書こうとおもったのは少しでも落ちつけるだろうかと思ったからだ。

わたしは、わんこの死後2日ほどで現実逃避に走った。

ストーブの前に彼女がいないこと、眠るとき隣に彼女がいないこと。日常すべてに違和感がつきまとう。

所謂オタクというもの二次創作にも手を出しているわたしにとってツイッターは都合のいい逃げ場所だ。黙っていてもぞろぞろと情報は流れてくるし、リプがくればリプればいい。恰好の逃げ場所だ。ちがいない。

アジタケーサカンバリン的な死生観を持つわたしにとって、死後の世界想像は難儀だ。

虹の橋お話がとても素敵だ、だからこれを信じて生きていこうと思ったところで、理屈っぽいわたしは「飼い主って……え、じゃあ順番的におかんが亡くなったらおかんわんこといっしょに行っちゃうの?わたしは?」などと思ったりするので、こういう時ほんとうに自分性格を憎らしく思う。

ただ、昔、にちゃんねるで見たお話を思い出した。

VIPだったのかオカ板だったのか思い出せないのだけど、死後案内場所お話だ。

ひとは死後、自分が信じた、あるいは自分の中で印象に残っていた死生観世界に行くらしい。

スレ主は確か、宗教だとか天国地獄だとか、そういうものではなく、なにかのアニメだか漫画だかで見た「死後案内場所」のようなところにたどり着くんだとか。

そこで、これからどうします?と自分過去を遡ったりしながら今後の身の振り方(?)を決めるらしいけれど、わたしわんこはここにたどり着いていたらよいなぁと思った。

「さて、ここからどうする?」

天国に行く?」

虹の橋に行ってみる?」

「それとも何かにまれ変わってみる?」

「このままゆっくり穏やかに眠り続けてもいいよ」

自ら地獄に行きたがることはそうそうないとは思うのだけど、でもこうして選択肢があればそれがいいんじゃないかなとおもう。

うちのわんこはなにを選ぶだろう。なにを選んだんだろう。

残された人間はそうして自己満足で生きていくしかできないのだ。

辛い、悲しい、なにより寂しい。

これはすべてわたし感情で、わたし傲慢だとおもう。

それでも、どうにか生きていくためにはこの感情を抱えるにしても乗り越えるにしても何らかのきっかけが必要なのだ

これからわたし自己満足彼女に水をあげ続けるし、大好きだったシーザービーフ(まぐろ入り)を供え続けるだろう。納骨を合同にするか個別にするか不毛な悩みに頭を抱えるだろうし、毎日毎日飽きもせず話かけて、飽きもせず写真を取り替えるのだろうと思う。

わたしの一番はこれまでもこれからも変わらず、彼女だけだ。

辛い記憶を振り返りたくはないけれど、それでも毎日毎日思い出していないと記憶が朧気になってしまうことは祖母の亡き後思い知っている。

なんだか、とりとめなく支離滅裂な長文になってしまったけど、残しておきたかったのです。

断滅論の権化であるわたしが言っても違和感なのかもしれないけれど、それでもどうか、彼女が死後案内場所自分が「このコースいいな!これにしよっかな!」と思えるところを選べますように。

初七日

明日わんこ初七日である

人生の半分くらいを共に過ごしたわんこだ。

ペット業界が拡大し、ペットと呼ばれる子たちの地位確立してきたとはいえ、世間はまだまだ「ペット」だ。

わんこにゃんこ、鳥さんや亀さん、うさぎさんや蛇さんに、蜘蛛さんやハムスターといった(他にもまだまだ)子たちが世間からみんな「○○さんちの家族」として見なされてるとはいえない。

ツイッターに書けばいいのかもしれないし、匿名ではないブログに書けばいいのかもしれない。

でもなんだかそんな気分になれないのは、やっぱりそういう方々の目に触れてやいのやいのと言われるのが嫌だからだろうなぁと思う。

初七日明日に控えて、気分は少し落ち着いてきた。

でも、それは現実を受け入れたとかではなく、上手に上手に現実逃避しているかなのだと思う。

生後二ヶ月弱で我が家にやってきたダックスさんは、やたらとお鼻と胴が長い、手足の大きな女の子だ。

途中からメキメキとぷくぷく育っていったのだが、これは甘やかしたのが悪かった。

とても柔らかい体つきだったし、小さな頃にヘルニアの手術をしているから抱き上げるときは慎重だった。

彼女植物アレルギーがあるので、おうちでゆったりと過ごす温室わんこだ。

朝起きて、ごはんを食べ、運動がてらにわたしの脱いだ靴下をあちらこちらに運んで隠すお仕事をする。

それが終わると夏は涼しいところ、冬はストーブの前に陣取りいびきかいて寝て、暇になるとちょこちょこと短い足を動かしてわたしのところに来ては抱っこをねだる、甘えんぼさんだった。

彼女はとてもやんちゃなのだ

病院帰りには必ず首輪抜けをされた。

調整しても調整しても首輪抜けをするので、なにかコツがあったのかもしれない。

窮屈なリードから解き放たれた彼女は実に楽しそうに駆け出していく。

だけど、名前を呼ぶとすぐに振り向いて、近づいてきてみたり遠のいてみたりと、わたしたちを焦らして弄ぶのだ。

これは小さい頃の話で、晩年は耳も聞こえなかったし、目も見えてはいなかった。

ヘルニア、目、耳、とさまざまなところが悪かったのだけど、彼女はとても頑張り屋さんな子なので、手術の麻酔が覚めると同時にわたしたちを探してすぐさま立ち上がる!なんてこともやってのけた。

それがとても頼もしかった。

亡くなる前日、彼女の息は既に浅く、苦しそうだった。

毎日わたしの隣で寝ているため、わたしもまたそんな苦しそうな姿を見守っていた。見守るしかなかった。

彼女プライドが高いわんこなので、足腰が立たなくなっても自らトイレに向かおうとした。その彼女が、トイレにも行けず、その場で排便したという事実あの日わたしにある程度の覚悟を持たせたとおもう。

明け方の4時頃、1度彼女は立ち上がり、大きく息を吸って倒れ込んだ。

飛び起きたわたし彼女を抱き上げて、呼吸を確認した。

見れば、ぷにっとした黒い下唇にかかるように舌がちろりと出ていた。

これはまずいと思ったわたしは何を考えたのか、口を開けて、その舌の位置を整えた。

なにがどうなったのか分からないけれど、彼女はいきなり深く息を吸って目を覚ました。

しかしたら気道確保になったのかな?なんて今になって思う。

その時点で時刻はもう朝の五時だった。

彼女は相変わらず呼吸が苦しそうに横たわっていた。

急変したのは朝の八時半で、いきなり噦くでもなく嘔吐したことわたしパニックになった。

わたしの動揺のせいか、出勤前の妹が仕事を休んでついていてくれた。

九時を過ぎたあたりで、わんこが短い痙攣を起こした。収まったあとで、上半身だけ起こすように抱き上げると、わんこはまた大きく息を吸った。あれだけ浅かった呼吸が深く穏やかなものに変わっていた。あれだけパニくっていながら、死に向かう彼女を見てわたしの頭はいやに冷静だった。

大きく吸った息を吐き出して、彼女の体は力なくぐだっとなった。抱き上げて息がないのは分かっていたけど、昨晩のようにわたしは口を開けてぺろんと出た舌の位置を整えた。

しかしたら昨夜のように吹き返すかもしれないと思ったかもしれないし、もうちゃんと分かっていたのかもしれない。

丸1日苦しんだ彼女最期は穏やかだったように思う。

家人意向で、火葬はその日の夕方依頼した。

まりくそばにいると、タイミングを見失うだろうという言葉反論ができなかった。

火葬車で迎えにきてくれて、家の前で焼いてもらう。そうして、お骨上ができて仮位牌も頂けるという業者に半べそ状態電話した。

確か、正午頃に電話をかけたのだが、向かうのが夕方になるという。

忙しいということはそれだけみんな家族を失ってるひとがいるのだなと思った。

火葬車が来る時間までは、体を拭いたり爪を切ったり、毛をカットしたりした。

生前どうしても切らせてくれない毛玉が取れて、よかったとおもった。

アイスノンで背中とおなかと頭を冷やすわんこの横に寝そべって2時間くらいわたしもお昼寝をした。

お前、そんな状況でよく寝れるなと思うかもしれないけど、眠れない日が続いていた上に前日は一睡もしてなかったので寝れたのだ。

わんこと手を繋いで寝たのだけど、どうしてもおなかに置いてあるアイスノンが冷たくて手を引っ込める、はっと気づいてまた手を伸ばす。そんなことを繰り返した。

火葬車がきて彼女を炉に入れた。

業者のおじさんが何だかやたらと明るいひとだったのだが、多分、それくらいの方がいいのかもしれない。

お線香を上げさせてもらって、扉が閉まるのを見た。

1時間から2時間くらいかかるから、家の中で待っていてくれと言われたのだが、なかなかそうもできなかった。

ただ、おじさんが火の調整か確認のために、炉の小窓を開けたときに、燃え盛る火の真ん中に横たわるわんこの姿と肉の焼ける匂いが今もまだ忘れられない。

ちょうど他のひとか死角になっていたからそれを見たのはわたしだけだ。

後ろにわたしがいると気付かず、小窓を開けてしまったらしいおじさんが少し申し訳なさそうな、労るような表情をしていたのが印象的だった。

そのあと家の中で何をするわけでもなく待っていると予定より早く、おじさんがインターホンを鳴らした。

お骨、直接拾うかい

本当は頭から順にケースに入れて持ってきてもらい、玄関先で、というのがスタンダードらしいのだが、炉から直接拾わせてもらうことになった。

お骨は綺麗に並べられていて、おじさんが部位ごとに、これはアバラで、これは喉仏で、と教えてくれた。

お尻のほうから拾ってね、という言葉ならい、母と妹が拾う中で、わたし最後頭蓋骨と喉仏を任された。

頭蓋骨も喉仏も綺麗に形を保っていた。

頭蓋骨はすくうように拾ってと言われたのだが、最後最後、みんながわたしらしいと笑ってくれたが頭蓋骨がちょっぴり崩れてしまった。

思ったよりもカサカサでサラサラだったのだ。これがあの子の頭なのかとちがう方向に意識飛ばししまったのが原因だろうと思う。箸使いは上手い方なのに……。

最後に骨壷に喉仏をおさめて、カバーをかけてもらった。

生前服を嫌がったわんこなのに、亡くなってからやたらときらびやかな服を着ているみたいでなんだか不思議だった。

お位牌におじさんの手書き名前享年が書いてあった。

きっと火葬の間に書いてくれたのだろうと思った。

話は変わるのだが、わたしペット火葬業者特に移動式火葬車を持っている業者には不信感があった。

わんこが亡くなってホームページを閲覧し火葬業者を探しているとき不安は凄まじく胸の中をぐるぐるしていた。

けれど、わたしは最終的に直感業者を選んでしまった。口コミもなく、高くもなく、これといって特筆すべきところのない業者だったのだが、ここを選んでよかったと思えるところに当たってよかったとおもう。

今、明日初七日を前にして、これを書こうとおもったのは少しでも落ちつけるだろうかと思ったからだ。

わたしは、わんこの死後2日ほどで現実逃避に走った。

ストーブの前に彼女がいないこと、眠るとき隣に彼女がいないこと。日常すべてに違和感がつきまとう。

所謂オタクというもの二次創作にも手を出しているわたしにとってツイッターは都合のいい逃げ場所だ。黙っていてもぞろぞろと情報は流れてくるし、リプがくればリプればいい。恰好の逃げ場所だ。ちがいない。

アジタケーサカンバリン的な死生観を持つわたしにとって、死後の世界想像は難儀だ。

虹の橋お話がとても素敵だ、だからこれを信じて生きていこうと思ったところで、理屈っぽいわたしは「飼い主って……え、じゃあ順番的におかんが亡くなったらおかんわんこといっしょに行っちゃうの?わたしは?」などと思ったりするので、こういう時ほんとうに自分性格を憎らしく思う。

ただ、昔、にちゃんねるで見たお話を思い出した。

VIPだったのかオカ板だったのか思い出せないのだけど、死後案内場所お話だ。

ひとは死後、自分が信じた、あるいは自分の中で印象に残っていた死生観世界に行くらしい。

スレ主は確か、宗教だとか天国地獄だとか、そういうものではなく、なにかのアニメだか漫画だかで見た「死後案内場所」のようなところにたどり着くんだとか。

そこで、これからどうします?と自分過去を遡ったりしながら今後の身の振り方(?)を決めるらしいけれど、わたしわんこはここにたどり着いていたらよいなぁと思った。

「さて、ここからどうする?」

天国に行く?」

虹の橋に行ってみる?」

「それとも何かにまれ変わってみる?」

「このままゆっくり穏やかに眠り続けてもいいよ」

自ら地獄に行きたがることはそうそうないとは思うのだけど、でもこうして選択肢があればそれがいいんじゃないかなとおもう。

うちのわんこはなにを選ぶだろう。なにを選んだんだろう。

残された人間はそうして自己満足で生きていくしかできないのだ。

辛い、悲しい、なにより寂しい。

これはすべてわたし感情で、わたし傲慢だとおもう。

それでも、どうにか生きていくためにはこの感情を抱えるにしても乗り越えるにしても何らかのきっかけが必要なのだ

これからわたし自己満足彼女に水をあげ続けるし、大好きだったシーザービーフ(まぐろ入り)を供え続けるだろう。納骨を合同にするか個別にするか不毛な悩みに頭を抱えるだろうし、毎日毎日飽きもせず話かけて、飽きもせず写真を取り替えるのだろうと思う。

わたしの一番はこれまでもこれからも変わらず、彼女だけだ。

辛い記憶を振り返りたくはないけれど、それでも毎日毎日思い出していないと記憶が朧気になってしまうことは祖母の亡き後思い知っている。

なんだか、とりとめなく支離滅裂な長文になってしまったけど、残しておきたかったのです。

断滅論の権化であるわたしが言っても違和感なのかもしれないけれど、それでもどうか、彼女が死後案内場所自分が「このコースいいな!これにしよっかな!」と思えるところを選べますように。

2018-03-09

名作の書き出しを疑問文にすると間抜けになる

国境の長いトンネルを抜けると雪国でしたか

川端康成雪国』)

 

吾輩は猫ですか?

夏目漱石吾輩は猫である』)

 

恥の多い生涯を送って来ましたか

太宰治人間失格』)

 

長い歳月が流れて銃殺隊の前に立つはめになったとき、恐らくアウレリャノ・ブエンディア大佐は、父のお供をして初めて氷というものを見た、あの遠い日の午後を思い出しまたか

ガルシア・マルケス百年の孤独』)

 

ロリータ

ウラジーミル・ナボコフロリータ』)

 

きょう、ママンが死にましたか

アルベール・カミュ異邦人』)

 

新幹線から在来線への乗換口はすぐにわかりましたか

東野圭吾真夏の方程式』)

 

泰平ムードという言葉がありますか?

澁澤龍彦快楽主義哲学』)

 

本を書く人なら誰でも、読者が自分の本から得た知識をどんな場面で活用するのか、頭の中に思い描いていますか?

ダニエル・カーネマン『ファスト&スロー』)

 

われわれの誰もが知っているように、人類社会歴史世界のさまざまな場所でそれぞれに異なった発展をとげてきましたか

ジャレド・ダイアモンド『銃・病原菌・鉄』)

 

国語教師平塚静は額に青筋を立てながら、俺の作文を大声で読み上げましたか

渡航やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。』)

 

葉、茎あるいは根の中に貯水組織が発達して多肉化した植物総称して多肉植物と呼びますが、園芸界では、同様の特性をもちながらサボテン科に属する約5,000種(含園芸品種)の植物を「サボテン」と呼び、サボテン以外の種類を「多肉植物」と呼んで明確に区別していますか?

平尾博/児玉永吉編『サボテン多肉植物ポケット辞典』)

 

もっと他に間抜けものはありますか?

 

【追記】

 

…………ブウウ――――――ンンン――――――ンンンン………………って何ですか?

夢野久作ドグラ・マグラ』)

 

もう数年前になるが、わたしイタリアを旅してましたか

ベンジャミンコンスタン『アドルフ』)

 

井上さん、お届けもので――すか?

浅野いにおソラニン』)

 

ダンボールの空き箱は、縦、横、それぞれ1メートル、高さ、1メートル30前後のものであれば、どんなものでも構いませんか?

安部公房箱男』)

 

ある灰色にくもった日のことですか?

トーベ・ヤンソン『たのしムーミン一家』)

 

本書を手にとってくださり、ありがとうございますメンタリストDaiGoですか?

メンタリストDaiGo『人を操る禁断の文章術』)

2018-03-06

現代のあらゆる問題は「階級社会」に集約される

でも人は階級社会をやめることは出来ないよ。

なぜなら階級社会否定すれば最後には、動物自分たち以外の動物植物を殺して食べることの是非が問われるからね。

少なくともこの地球生命が生まれたその瞬間から階級社会は始まっていて今日まで続いているんだ。

階級社会生命にとっての基本的システムなんだ。

それを乗り越えるには食物連鎖すらも根本からひっくりかえすぐらいじゃなきゃ駄目だ。

一匹の微生物すら利用することな人生の全てを終えられるようになって始めて人は階級社会を捨てられるんだ。

それをやるには人生科学はまだまだ幼すぎる。

2018-03-02

若者向けのベーシックインカム

ベーシックインカム

 

今回考えたベーシックインカムの案は、若者を中心にお金を配分するアイディアです。

まず若者お金を配ることの重要性を、樹木が葉っぱへ栄養を送る話から説明します。

木は葉っぱに栄養を配る際に、枝の先端についている葉っぱから栄養を上げるという現象があります。古い葉っぱにはあまり栄養をあげず、葉っぱは枯れて地面に落ちて栄養になっていき、また若い葉に栄養を分けていくことで、樹木は成長していきます

この現象人間世界に例えるならば、若い世代赤ちゃんから44,5歳までの方を若いはっぱとし、熟年層を50代以降だとします。そしてお金自然界の栄養だと仮定した場合には、若い世代栄養お金)を配るべきであり、年金制度のように熟年層にお金を配る事は、古い葉っぱに栄養を与えるということになるので、これは自然界の法則に反することになります

ここで問題なのは自然界の法則人間社会に反映させていいのかという反論が生まれますが、人間の行動や選択というのは自然世界にある行動を、情緒を持ち、行動に移しているだけですので、自然界の法則人間界に当てはめるという考えはそれほど間違った考えではないと思います

例えば、働き蟻となまけものの蟻の比率は、人間コミュニティー内でせっせと働いている人間と怠けている人間比率と似ているという現象があります。他にも植物動物は昼間に働いて夜寝るという生物は多くいます。逆も然りですが、人間も昼間働いて夜寝ます。働いた分だけ寝るということに関しては、植物動物人間もかわりないのです。ですので、自然界の法則人間社会に当てはめてて考えるというのはそれほど間違った考えではありません。

話を進めます

年金制度というのは自然界で言ったら古いはっぱに栄養を与えることですので、これは間違った栄養の分配の仕方になります

ですので、私はこの栄養の流れを変えて、若者限定でのベーシックインカム提言します。具体的な案としては

・0~40代中盤の方に毎月お金を定額で給付する。額は未定。

・50代以降の人には給付をやめる。

この二点になります

この制度の利点としては

若者結婚出産する経済的基盤が国に保証される為、結婚率、出生率が向上すると考えられる。それにより、少子高齢化が減少される。

・0歳の赤ちゃんから40代になるまで一定の額で給付するため、親の所得による学歴差が是正されやすくなる。

年金制度廃止して、若者お金給付するため、老人の方はお金が欲しければ若者に頼って生活しなければいけない。それにより老人の孤独死現象させられるかもしれない。

若者生活が安定するため、望まない仕事をしなくて済み、また自分のやりたいことをやれる生活が送れる可能性がある。

独身を貫いた人は知りません。

デメリットとしては

子供にもお金給付するため、愛のない赤ちゃんが生まれてくるかもしれないこと。

独身者子供が産めない体の人が不便を生じてしまうこと

お金欲しさに子供を産みまくってしまい、人口爆発が起こる可能性がある。この問題給付額によって解決されるかもしれない。

の二点が挙げられます

このデメリット解決方法は知りません。

選書むずい

子ども向けの本を職場に定期的に仕入れるのだが

例えば理科勉強に使えるような本を購入しようってなった時に

昆虫図鑑にすると「図鑑、高くない?」「今職場に2冊くらいあるよね、新しいのいらなくない?」「図鑑は載ってる虫の数は多いけど虫の種類一匹あたりの説明文の量が少ないから詳しく調べたい時に向かない」と上司から言われる

じゃあカブトムシの本を、って言うと「カブトムシしか載ってないの?他の虫もいろいろ載ってるのがいい」と言われる

あと「漢字ふりがなが載っている程度じゃ駄目、ほとんどひらがなで小1が読めるくらいのものがいい、内容は簡単だけど絵本みたいなのじゃなくて虫の生態についてちゃんと書いてあるのがいい」みたいなことも言われる

そんな都合のいいものはそうそうない

昆虫だけじゃなくて動物植物の本でもそう

簡単かつ詳細な中身とお手頃価格

小説は表紙が今時の漫画アニメみたいなオタクっぽい絵のは駄目

中身は昔の名作でも表紙がオタク臭い新装版は駄目

表紙は無難でも子どもが手に取るような作品

偉人歴史本でも同じ

恐竜の本?迷路の本?確かに子ども需要は高いけど遊んで騒ぐだけで勉強読書には使わないよね

あれも駄目これも駄目

でもどんな本を買うか選ぶのは増田さんの仕事から増田さん決めてね

どんな本を選ぶの?さあ早く言ってだいたいでいいから今決めて今早く

あ~~~~~~~~~~~~~~~~無理

2018-02-25

チトとユーリが生き残るにはどうしたらよかったか

少女終末旅行で、最初から生存方向へ突っ走っていったらどうなったか

  • 猶予期間…おじいさんの所から逃げて結構たってる気がするけど、3年としよう。
  • 食べ物…とりあえずシャキサクでしのぐ。
  • 課題…水は結構あるっぽいので、食料の確保。

と考えると、農園でも作るのが手っ取り早いが、土地がない。そもそも種がない。

じゃあどうすんの?って話だが、ズバリ「海」へ到達できればワンチャンあったのでは。

シイの回で対岸という単語が出ているので、水が存在している可能性がある。

なんらかの汚染が進行してそうだが、生物存在していれば2人生きるには食料は豊富そう。ということで、

  • どこかで植物の種をゲットできればしておいて、水耕栽培をする。
  • 1日平均10㎞移動するとして、3年で10,950km。地球の半径を余裕で超えられる。
  • 最上層ではなく、最下層を目指し、海へ行く。

だろうか。水が干からびていたり、階層都市がブラムほどあったら無理だが。

2018-02-22

[] #50-7「猫の生殺与奪権」

≪ 前

俺は他種の生き死に対して薄情な人間だとよく言われる。

実際、自分でもそう思っているし、それの何が悪いのかとすら考えていた。

だって命は平等じゃない。

平等だっていう人もいるけど、現実はまるでそうではないだろう。

同じ人間に対してだって、身内の死と、知らない人の死を同じようには思えない。

有名人の死だって、その人のファンだったら冥福祈りたくても、さして関心のない人物だったらスルーする

同じヒト相手にその調子なのだから、他種に対する命の測り方はよりゾンザイだ。

ほとんどの人間が、皿に盛られた命の残骸に思いを馳せたりしない。

動物や魚を食べるのにも関わらず、イルカクジラとか種類によっては庇護したがる。

ベジタリアンだって植物に情を感じないし、感じていたとしても動物よりは軽いものであることを事実上認めている。

結局、人間推し量る命は普遍でもなければ不変でもない。

どう足掻いても、手前勝手ものしかないってことだ。

だったら、どうすべきか。

出せる答えはそう多くない。


「はあ……俺が飼おう」

俺は渋々といった具合にそう告げた。

みんな驚いていた。

俺の口からそんな言葉が出るとは思いも寄らなかったのだろう。

「ええ!? マスダ、猫が好きじゃないんだろう?」

「厳密には『好きでも嫌いでもない』だ。好きだからといって飼っていいとは限らないように、好きじゃないからといって飼っちゃダメとは限らないだろう」

「でも、他に動機がないじゃん。何で飼おうと思ったの?」

「まあ、強いて言うなら“情にほだされた”って感じかな」

この時の俺は上手く言語化できなかったけど、いずれにしろ勝手理由だ。

だが同じ“勝手”なら、自分の心に従ってマシだと思う方を選びたい。

この猫を人間の都合で殺すことは勝手だ。

だが人間の都合で生かすことも結局は勝手だ。

何かと理由をつけて、そのエゴを避けられると思うほうが欺瞞なんだろう。

それでも答えを迫られるときがあるから人間はその“勝手さ”と付き合っていくしかない。

そう開き直った俺は、その宿命に身を委ねたまでさ。

馬鹿なことを。その場限りの安易気持ちで、貴様はその猫を生かすというのか?」

「そういうことだな」

「他の猫も殺されそうになっているのを見かけたら、その度に同じ行動をするのか?」

「しないだろうな」

ウサクは呆れ果てている様子だった。

かにこの猫を一匹を助けたところで俺たちの自己満足しかなく、大した意味はない。

それを分かった上で出した、俺の結論だ。

「なんでそこまで、堂々と自分が身勝手人間だと公言できる?」

「まあ、“人間のサガ”ってやつなんじゃねえの」

こうして俺は、人間エゴによって殺されそうになっていた猫を、安易人間エゴでもって「キトゥン」と名づけたのだった。

思い返してみても、まるでドラマティックな話じゃないな。

今でも滞りなく飼えているのが、我ながら不思議だ。


…………

余談だが、俺たちの国では害獣扱いのジパングキャットは、ジパングでは益獣らしい。

ウナギが増えすぎて邪魔なので、それを処理してくれるからとか。

ただ、最近ジパングキャットも増えすぎたので、天敵のジパングースを意図的に放って数を調整している。

猫を殺すほどの獰猛動物を野放しにしていいのかと疑問に思うかもしれないが、ジパングースは寿命が短く繁殖能力も低いため、放っておいたら勝手死ぬという算段らしい。

俺よりも遥かに開き直ったことしてんなあ。

「この国でもウナギが増えたら、キトゥンたちは害獣にならなくなるのかな」

この話をしたとき弟は希望的観測から、そう言った。

俺はキトゥンの背中を撫でながら、そっけなく答える。

「どっちでもいいさ。それは“俺にとって”重要なことじゃない」

俺たちは人間の枠組みの中でしか押し測れない。

動物相手にどう振舞っても、人間エゴであることを避けられないんだ。

せめてその選択に信念を持ち、相応の振る舞いをするのが関の山なんだろう。

(#50-おわり)

2018-02-15

[][][][][][]

赤色巨星

地球は最後にどうなってしまうの?

5億年くらいたつと、地球太陽の熱のために海水蒸発(じょうはつ)してしまい、生き物がすめなくなってしまう。

そしてあと50億年後くらいには、太陽が大きくふくらんで地球のみこんでしまうといわれているよ。

5億年後に太陽が赤色巨星となり、地球のすべての生命が絶滅すると語った

地球の生命、高温化で28億年後に死滅? | ナショナルジオグラフィック日本版サイト

今後の40億年間、太陽光度は絶えず増加を続け、地球にとどく太陽放射の増大をもたらす。太陽放射の増大はケイ酸塩鉱物の風化を加速させ、大気中の二酸化炭素濃度を低下させる。今から6億年後には、地球二酸化炭素濃度はC3光合成継続するための水準を下回り、樹木生存不可能になる。一方で、一部の植物はC4型光合成を利用しており、10ppmという低い二酸化炭素濃度でも存続することができる。しかしながら、長期的な傾向は陸上植物をすべて死滅させることになる。地球食物連鎖の基礎である植物絶滅は、ほとんどすべての動物の死も意味する[11]。

地球の未来 - Wikipedia


二酸化炭素

正しい目盛りで描かれた大気中のCO2濃度の経年変化グラフ - 宇宙船地球丸

誤解を与える統計グラフ - Wikipedia

排水

欧州熱波 パリ40度 原子炉停止、鉄道は減速運行

ttps://www.nikkei.com/article/DGXMZO47777820V20C19A7FF1000/

原発温廃水が海を壊す

ttps://imidas.jp/jijikaitai/k-40-059-10-03-g112



縄文海進

貝が語る縄文海進 〈増補版〉 ―南関東、+2℃の世界

ttps://www.amazon.co.jp/dp/4896602080/


平安海進

8〜12世紀にかけて起きた地球規模の海水面の上昇が、日本の平安海進である1100年頃には海水面は現在より約60㎝上昇

ttps://www.city.katsushika.lg.jp/history/history/1-2-2-27-2.html


二酸化炭素

地球温暖化の犯人、二酸化炭素説は虚構ッッ!

2018-02-08

anond:20180208100317

パクチー雑巾の味 犬の小便がかかった雑草以下の植物 どうしてそれが分からないんですか

2018-02-07

一ノ瀬志希考察しようかな

どーも、デレステやってる志希Pです

これは私が「志希は格好良いよな!」「志希はホント乙女だな!」「お前は志希の事何にも分かってないなぁ!?

という風に好き勝手に喚き散らしてスッキリとするための文章です。

気を付けて読んでね。

さて、私が書きたい事は幾つくらいあったか

〇前提として、一ノ瀬志希キャラの変化とそれに伴う少々

〇頭が良い人間勉強が出来る人間は違うから

子供人間子供にもなれる人間

〇ここまでを踏まえて、一ノ瀬志希人間関係について

〇私と貴方は違う人間、これ常識から

まあこんなもんでいいかな?日記に書く内容ではないけど、見た感じ皆も書きたい事書いてるし私も書くよ


〇前提として、一ノ瀬志希キャラの変化とそれに伴う少々

志希が登場するssで、フレデリカが鬱になるやつあるよね。結構評価だったと思う。

私も読んだけど、中々ピンとこなかった。皆は高評価だけど。なんでだろうね?

わかったからココで紹介するよ。

ズバリ犯人は、「秘密のトワレ」(作詞作曲:ササキトモコ)だ!

あの曲は本当に素晴らしい。そして、それ故に志希に影響を及ぼした。それこそ彼女が別人になるレベルで。

まず、秘密のトワレは『藍原ことみさんが志希の声で歌った曲』ではなく『藍原ことみさん演じる志希が歌った曲』である理解しておくれ。

あの曲は志希の色を濃く映し出している、という事ね。

それでは、秘密のトワレの歌詞とササキトモコさんのブログを拝見してこの曲のストーリーを描いてみたので、読んで頂戴な。

一ノ瀬志希恋する乙女で、相手は志希の好意に気づいていました。しか相手は中々一歩を踏み出しません。

ああじれったい。そこで彼女自分フェロモンを用いて惚れ薬を作ってしまます

投与してみれば効果はてきめん!もう彼には志希以外の女の子は目に入りません。

ねんがんの かれを てにいれたぞ! 周囲からなんと言われようが構いません。方法はどうあれ勝ったのは彼女なので。

だけどもちょっぴり後悔。やっぱりフツーに段階を踏んだ恋愛もしたかったなー…彼が正気なら「愛情化学で作るなんて狂ってる」ぐらい言うだろうし。

まあ、しょうがいかめでたしめでたし

はい、どうだった?大体こんなもんでしょ。

では本題だよ本題。「私の中の志希と他の志希Pが考える志希は違う」について。

まあ当然の話だよ。これまでの志希は”知識豊富で観察力が高い、しかし「空気」が読めない自由少女”だった。

対する「秘密のトワレ」以降はアップデートされてるんだよ。”知識豊富、高い観察力、相手理解した上で自由振る舞う少女”になっている。

トワレ以前の例を出せば、「つぼみ」がいいかな?

つぼみ志希は、「花の歌詞ねー。ボタニーから、つかみやすいはずなんだけど…」(原文ママ

ボタニー植物学とか、そんな意味言葉

そりゃあ収録も苦戦するでしょ! みんなは「これから成長していく歌」歌ってんのに一人だけ「植物の歌」歌ってるもん。

最初ボタニーって聞いて「何かの花か?それを想像して歌ったから上手くいかなかったのか?」とか思ったんだぞ!

それが! 私の想像以下だと!? ふざけんじゃねえええ!! ”つぼみ”が比喩表現なことぐらい気づけえええ!!

で、トワレだけども。

歌詞比喩表現普通に込められてるし、「申し訳ないけど、私の好きにやらせてもらうから」みたいな感情も見え隠れ。

こっちは、「自由振る舞う」ではなく「相手理解した上で自由振る舞う」という特徴がある。

ちょっと違いを比べようか。

志希がみくにゃんに「ネコらしさ」の質問をし、結果みくはとても傷ついた。志希はみくに謝罪しようとする――

つぼみ志希「(――で傷つくなんて思わなかった)みくちゃん、ごめんね」

トワレ志希「(ここまで傷つくとは思わなかった)みくちゃん、ごめんね」                          ???解散だにゃあ!!」

これ、とんでもない違いである。”相手気持ちを考える”そのレベルが、トワレ以降大きく成長しているのだ。

我々一般人は、正直一生変わりえない事さえある「相手を思いやる」レベル。ハッキリ言って別人だよ!

※作者の体感、30代以降なら数年は普通に掛かる。その人が今まで蓄えてきた経験と比例し、その期間は伸びる。間違い認めるのは恥ずかしいからね。

間に「あしたま」もあったけど…あれ、志希が成長してるか確認しづらいんだよねぇ…桃華と話す以外おふざけしかしてなかったし。

まあ例えるなら、チョコレートの包装はそのままで中身がクッキーに入れ替えられてるようなもの

中身を確認できなかった以上はね…キツイのよ…

ハイ、次行こうか! 一番長いの終わったからね!

〇頭が良い人間勉強が出来る人間は違うから

2018-02-06

anond:20180206162011

シソ香りと言えば、ぺリルアルデヒド

バジル香りと言えば、シネオール,リナロール,オイゲノール,オクタナール,1-オクタノール,(E)-2-ヘキセナール,(Z)-3-ヘキセノール。

匂いを発する化学物質は細かく研究されているけれど、要はいろんな成分が植物毎に異なる割合で含まれいるからさまざまな香りがするので、

単純に現在植物から共通祖先香り成分比を推定することは難しいと思います

しそ科とセリ科が別れる直前の植物の種を入手して育ててみるしかないんじゃないかなぁ。。

2018-02-04

auからソフバンユーザーに乗り換えようかな。無職だし。。

フリーターか。しかし、いずれ、ユーザーしわ寄せがくるんだろうか。

  

有名タレントCMよりも、効果があるのだろうか。

2月って、客足が一番伸びない時期だって言われているよね。。

恵方巻きに、行列作ったら、売れ残らなかっただろうに。

  

牛丼、今月で終わるかも知れないってことはないよね。

アメリカから輸入している牛肉だよね。

2000年代前半の狂牛病の時の話は、どこ吹く風になっているね。

というか、牛は家畜からある意味絶滅しないんだよな。

ソクラテスブタってヤツか?

  

遺伝子としては、継続して残るわけだ。

しかし、ブタや牛は野生化することはないだろう。

  

家畜、単純に、植物と変わらない。極論すると、鉱石石油のような存在と大差ないような気がしてくる。

DNAを残すためだけに。

2018-02-01

anond:20180131223121

うそう、ヴィーガンの人たちが何に怒ってるかはわかるんだけど、でもそれで責められてもな…って。

そうなってくるともうこちらも、確かに人間動物差別してるんですけど…って言うしかないんだけど、

そう言ったら言ったで、なんか「無謬の顔して結局は差別論者か!」「男女を差別するのと人間動物差別するのはどう違うんだ」って怒られるし、

じゃあもう開き直って「俺らは差別主義者でいいっすよ!いい差別とわるい差別があるの!」みたいな話かなって理解しました。

そんでなんかヴィーガンの人たちも動物植物差別してるじゃんとかそんな話が出てたのまでを読みました。

かいところまでは読んでないけど。

anond:20180131155044

自分が感じるヴィーガニズムの違和の正体がなんとなくわかった

人間動物の線引は否定するのに動物植物の間は線引してるから

もちろんどこで差別するかは増田の言うとおり正しいだの正しくないだの言う話だけじゃないし、植物可哀想!なんていいだすとまじで霞や埃くらいしか食べられなくなるから全くもって現実的じゃないけど

でもその境目を決めきれないか人間人間以外の動物植物もまとめて生物のくくりと捉えて差別なくなんでも食べるよ、なんて発想を受け入れる余地があってもいいのに受け入れられなさそうに見えるから違和感なんだろうなあ

ヴィーガンは悪でもないし間違ってもない、同意できるかどうかに関わらず主張は否定しない

けどおそらく正解のない中で自分が正しい!ほかは間違ってる!と声高に主張する人が目立ちやすいから争いになるのかなって思った

ログイン ユーザー登録
ようこそ ゲスト さん