はてなキーワード: 地区とは
主に絡まれてたのは一緒にいた友達だったけど、飲んでた店の閉店で家に帰ろうとしたら強引にスナックに連れていかれた。
ジジイ足元フラッフラになってたし、帰ろうとしたら何言ってるかわからないけど大声出すしで、
放置してのたれ死なれてもあれかなーと思って、一応ついて行ったけど、自分の体力とか精神力に余裕がない場合はあーいうのは見捨てるのが正解だったっぽい。
ロクなもんじゃないね。もっとちゃんと自分が気乗りするかどうかで判断しておけばよかった。
ジジイ語録
「ここらじゃ同和も総連もヤクザも一緒くたじゃ!」(まあそういう混沌とした土地柄ではある)
「それぞれもう随分偉い立場になってるけど、誰かが調子に乗ってナメたこと言ったらすぐ地区の上の者がシメ上げるし、今の立場がどうでも先輩には逆らえん」
「総連のお偉いさんになっとる奴も、ここに来てワシらが「オゥ」って声かけたらペコペコするんじゃ!」
「高校生の頃は同級生がいたから組長のトコに「オーッス」って遊びに行ってたもんじゃ」
「(通りすがりのスナックで)なんやこの店は!こんな店知らんぞ、この辺は○○が仕切っとんじゃないのか!」
「オゥママ、ワシ○○の連れやけどな、ここらで商売やっとったら○○知っとるやろ?ここの店はいつからやっとる?」「○○さん?ちょっと存じ上げませんが……お店はかれこれ20年ほど……」
喋ることの9割が地域と自分のろくでもなさの自慢と、各組織の親玉と繋がろうと思えば繋がれるんだぞ的な自慢。
ボスと直接マブダチとかですらなさそうだった、後輩(同じ学校だっただけで絡んだことない)とか同級生の親とか、そんな感じ。
田舎で実家が地主とかだとたまにいるよね、昔同じ学校に1年通ってただけで、「昔ここの息子を中学でよく世話してやったんだけど!」って急に何か変な頼み事しに来る頭のおかしな人。
名前聞いてもそんなのが学校にいたようないなかったような程度で、誰お前喋ったこともねえよみたいな。なんかそういう人と同じ匂いを感じた。
田舎のDQNがそのまま育ったような?地域密着型DQNジジイ。
言ってる本人もなんか社長らしくて、まあ俺らなんかよりははるかに金持ってんだろうに、なんか全体的に小物っぽくて哀しくなる。
喋れば喋るほどジジイ自身が自分には特に何もないと思ってるんだろうなーっていう。
ちゃんと自分の生業の話でもしてくれればなんだかんだスゲーって思う事ありそうなもんなのに。
スナックで隙あらば店員さんにボディタッチしようとしてさりげなく手を引き剥がされてたりしててホントお店の人に申し訳なかった。
投票率が低いとか抜かすけど、今回の参議院選挙に限って言えば選挙人名簿制度のせいで投票出来なかった人も多かったと思う。
今回の参議院の公示日を考えると、住民票の移動が3/22までに完了していないと転入先の選挙人名簿に登録されないから転入前の自治体でしか投票できないんだとよ。
この参議院期間中にバカな学生が「住民票移して無いから投票できましぇ〜ん」とか抜かしてるのを聞いて、住民票ぐらい移せよ、俺は移してるからかんけーねーなと思っていたら、このざまだ。
そもそも転入前での投票はできるので良いって考えは一体どういうことなんだ?
投票権はその地区での生活の実態が確認出来るものにしか与えられない、その選挙区決定権はその地区で生活するものに委ねられるわけでしょ。
それを考えると今後二度と戻らないかもしれない転入前の地区での投票を認めるってのはその考えに反してるんじゃないのか?
毎回同じぐらいの時期にやっている参議院選の投票率が衆議院選の投票率に比べて低いのってもしかしてこれが原因じゃないのか……?
ついさっき田舎者の災難にあったところ。
映像は経費が発生するそれなりの仕事だったが、地元の小学校に寄贈するというので公益性を考慮し格安(15000円)で納品した。
女は2年前に納品した映像を小学校に寄贈せず店に放置していたという。
その映像を、こんど新築した土産物屋でタダで流させろ、さらに名前と目的は明かせないがダビングさせろ、音声データをよこせ、プレゼンにつかわせろと言ってきた。
早急に小学校に寄贈すること、営利施設での無料使用はみとめられない、使用するならあらたな契約が必要、意図が不明なダビングは許可できない、音声データは渡さない、内部プレゼンで資料として1回程度上映するのかかまわない、と伝えた。
ほんとにもう、田舎は低脳で非常識で恥知らずの寄生虫みたいなのばかりだ。
痴呆創生。
10年ほど前、まだモバゲーなんかも無かった頃、ぱどタウンというゲームが流行っていた。
ぱどタウンには東京や福岡などの様々な地区があり(ネトゲでいうサーバーのようなものかな)、どこかの地区で土地を購入し、家を改装したり家具を購入し豪華な住まいにしていくというものだった。
今考えたら何が楽しいのか分からないゲームだが、当時小学生だった私はそれにのめり込んで、顔も知らない友達とやりとりをしていた。
ということを今唐突に思い出した。
当時の私がどんなことを書いていたのか気になってログインを試みたが、当時のIDなんて覚えていない。
横浜マリンブルータウンに登録していたことは覚えていたため自分の家を探してみたが、何丁目に家を建てていたかも定かでないため見つけられない。
ユーザーの誕生日なんかで検索できれば見つかりそうなんだけどなぁ。当時の自分が何を考えて、どんな人と交流していたのかすごく気になる。
http://www.jfa.jp/football_family/grassroots/gr_play/
思った通り、地域でもスタッフの数や体制が整った「強豪チーム」の名前がほとんど。そりゃそうだ、コーチの人数も、練習場所も試合の会場も相手も運営のノウハウもしっかりしてる。複数のカテゴリで同等の相手を見つけられる選手層の厚さを持ってる。こういう取り組みも、早くからアンテナ張ってたりあるいは地区協会からあらかじめ粉かかってる。
本当にサポートして欲しいのは地元の小学校で細々続いてきた少年団クラスなのにな。セレクション最終選考クラスから、軽度の発達障害を疑うレベルまで居て、ようやく8人ギリギリで在籍していて、コーチも複数学年掛け持ちで相手にしてくれるチームの選択肢が近隣小学校の少年団くらいしかなく年1回の市大会や県大会でボッコボコにされちゃう。楽しいのかなんなのか。
そんなチームが、いちばん最初にボールを触る、グラスルーツなのに。チームの運営、指導の骨幹、選手の育成メニュー、課題が山積しているのは、上記に挙げられたチームより下のチームなのにな。残念。
地元の小さな少年団は合併、縮小する一方。ここに長年取り組んできた地元の大人たちへのリスペクトは無いんだよね。なんかモヤモヤするんだよ。いろんな弊害もあったろうけど...。新しい、地域のクラブチームの皆さんは本当に良い指導をされていると思うし、尊敬します。結果も出てるしね。目指せ全国!!海外!!
何か疲れるわー。この勝利至上主義。大会遠征引率も疲れるわー。ウチそんなテンションでサッカーしてないもん普段。「真剣じゃない」とか叱られるんだろうけど。大会エントリーしなきゃ良いんだよなぁ。この辺がチームグダグダになってるとこでもある。ほら、迷走してるでしょ?さぁ、協会の偉い人、一緒に考えてくれる?
少子化の進行とともに4種の再編は加速度的に進むんだろな。昔ながらのお父さんコーチや近所のサッカー好きオヤジの屍を踏んで。
思えば今の不安定な生活の根源は、高校に入った時点まで遡ることができそうだ。
自分は中学3年まで軟式野球をやってきていた。高校入試のために野球から離れてひたすら受験勉強に打ち込む時間ができた。まあそこまで勉強したわけでもなく、ときには友達とゲームをしたりしていたんだけれども。
いろいろやって、その地区で一番偏差値の高い公立高校に入学することができた。このあたりの時期は、もう野球はやらなくていいかなというふうに考えていた。
ここですね。親には高校でも野球をやりなさいと言われたので、しぶしぶ野球部に入部したけど、2日で行かなくなってしまった。
別に野球部の人たちを馬鹿にするわけでもないが、スポ根的なものとか、毎日身体を疲れさせなければならないということの方に嫌気がさしてきたのである。
部活に行かなくなったことは、すぐには親には伝えなかった。それまでの経験から、これはとてつもなく怒られることになるだろうということが分かっていた。すでに高校用の野球道具も買っていたので、なおさらだ。
それからとにかく生産的でない生活をしていた。放課後は部活に行っていることになっているので、授業が終わってからも帰宅することはできず、地元の本屋に入り浸ったり、親に見つからない場所でレンタル漫画を読んだりしていた。
そろそろ帰ってもいい時間かなと思ったら、小学校のグラウンドに行って、練習着を汚して、今日はどういうことがあったなどの嘘の報告を考えていた。
我が家では、帰宅したらだいたい親に何か出来事があったら報告するようになっていた。部活に関することはもちろんである。
そういう生活を一ヶ月ほど続けていて、そろそろ隠しきれなくなってきたので、こっそりと伝えたら、当然ながらひどく怒られた。何度も殴られたし突き飛ばされた。
このあたりで、自分は自由な時間が欲しかったんだなあということに気がついてきたが、そんなことを言ったら勘当されかねないと思っていたので、ずっと言わずにいる。
まあなんやかんやあって部活を辞めることに成功した。もうだいぶ親との関係の雲行きが怪しくなってきていて、帰宅してからずっとビクビクするようになった。
友達はいない訳ではないけど少なかったし、特に居場所があるわけでもなかったので、図書館に行ったり学校中をぶらついたりしていた。
二人組を作ると余るような人間だったので、気配りのできるような人にすがっていくばかりだった。
それでも、ちょっと勉強ができる方だったことと、高校の雰囲気として質がそこそこ高かったこととで、いじめられたりすることは最後までなかったし、これに関してはいろいろな方面に感謝するしかない。
体育祭の時期になったら、体格が悪いわけではないという理由でピラミッドの下段ばかりやる感じで、3年間ずっと係の仕事をさぼっていて、特に目立つことはなかった。
いやあったわ一度だけ。3年の文化祭のときだ。このときだけ、誰が教えたのやら、先生に知られ、クラスの作品の担当をすることになった。
そのとき担当の人はもう3人いたんだけど、2人は部活があってあまり作業できなくて、もう1人の人と作業をしていることが多かった。
作業をしながら、愚痴のようなものとか、家庭に対する吐露とか、そういう話ばかりしていて、実はそのときが一番生き生きしていたのではとさえ思ってしまう。その友達とは、高校を卒業した今でもときどき連絡を取り合っている。
高校は基本的に悪くなかったはずで、じゃあ何があったかって、やはり家族関係のことを考えると頭痛がするということだった。
もうちょっと高校の時間を有意義に使うべきだったなあというのはずっと思っていて、具体的には人間関係を広めるべきだったということで、気を配ってくれるような人とはけっこう仲良くなっていたけど、普通の人とはそこまで交流がなかった。もったいないことをしたなあ。
まあそんな感じで高校もやっていて、無事に大学に現役合格して、これでめでたしという感じでいくつもりだった。念願の一人暮らしで最高。最高だったらよかった。
本格的におかしくなったのは、大学1年の秋になってからだったと思う。
寝坊するということがあった。まあ寝坊ぐらいは以前からも少しはしていて、ぼくはそんなに異常を来していたとかそういうつもりはないんだけど、親のほうが敏感になっていて、何度も電話をかけてきた。
挙句の果てには、毎朝電話をかけてやるということを言うようになった。おいおいマジかというふうに思ったが本当にかかってきていて、すくなくとも大学のある日とか、食堂が開いている日はずっと朝電話がかかってきている。
それで起きる日も、その前に目が覚める日もあるんだけど、そこから生活がおかしくなって、常に監視されているという気分が止まなくなった。というか実際に監視されている。
大学生協で買ったものも、食堂で食べたものも見られてるし、いろいろなことを聞き出してきて、辻褄が合わなくなったら責めてくる。
せっかくの一人暮らしなのにまったく一人暮らしらしさが消えている。本末転倒だ。
家のお金があまりないのは分かっていることなんだけど、段々と大学とかいろいろなことに対するモチベーションが低下してきていて、留年を見据えてしまうようになった。もちろんそんなことは親には言ってない。
いろいろなことが強制されるようになっていて自立とはという状態になっている。
親に関して、どうやら自分の子が見えないところで何をしているのかがほんとうに気になるという性分なんだろうなあ、というふうことが最近わかってきていて、ため息をつくしかなくなっている。
電話に出て、適当に返事して、何か問い詰められたらつらい気持ちになって、講義に出たり出なかったりしている。
親へ、これを見てるんだったら今すぐ毎朝電話するのをやめてください。もう何回か伝えたと思うけど。せめて月に数回とかにしてください。ぼくはそんなに電話がうまくないし、朝からつらい話でモチベーションを下げられることほどつらいことはありません。
さすがに大学に行かせてもらっている身分だしやるべきことはやろうと思いますので、毎朝を進捗報告と詰問の時間にするのをやめてください。
一般財団法人 VCCI協会(ブイシーシーアイきょうかい)は、コンピュータなどの情報機器から発生する電磁妨害波の自主規制を行う、日本の業界団体である。
スコアは本来おそらく15点刻み.15, 30, 45, 60.
45だと英語で3音節になりリズムが悪いので40になったらしい.
0 love について.
もともとは 0 を卵とみなして l'oeuf (フランス語) と呼んだらしい.
それが英語化したときに lost in translationした.
年間グランドスラムとは、年内に4大大会を全て制覇する事である.
4大大会において 4連勝および4連勝以上を挙げたものの、2年間に跨るが故に“年間”グランドスラムとは見なされない連勝記録が存在している。これをノン・カレンダー・イヤー・グランドスラム(Non-calendar Year Glandslam)という。
「都会人気質の人間が全員都会に行ったら、非都会には非都会人気質の人間しかいなくなるじゃん」というトートロジー的な思いを昔から持っている。これは、東京に行きたいのに行く根性のない自分に対する肯定から来る思いだろうか。それともこの戯れ言自体が、丸の内のシュッとした金融っぽい会社に颯爽と通勤する平行世界の自分の妄想なのだろうか。
一
四国某市で生まれ育ち、大学で関西某市で暮らした。地元でも下宿先でも、味わったのは「アーケード商店街」の衰退だった。実家の近所には人口の割には人通りの多い(多かった)商店街があった。家族でよく行った「おたこう」の親父は連帯保証人になって知り合いの借金抱えてどこかで死んでしまったという噂を最近聞いた。下宿先からは原付きで川を渡って行った。たまに競輪も寄った。大学の居心地が悪かった俺は、好きだったアーケードの雰囲気を味わいに、もしくは学生をほとんど見かけない空間でうろうろしたかったのか、その心境は定かではないがあの界隈をさまよった。人もまばらな、昔からやっていた百貨店がつぶれた。
二
隣の隣街のイオンに行く人間が多かった当時、俺は相当変わり者だったと思う。その頃から喫茶店・銭湯巡り・レコードあさり・サブカル漫画などに目覚めた。両親が無職だったため当時貧乏学生だった俺は、少年ナイフの某曲冒頭のメロディがかかる場所に行く交通費さえ惜しく、部活等の予定がなければ大抵は「市内」に出掛けていた。これを4年続けていたため、次第に都会を受け付けない体になっていった。
三
就活を期に坂の上に引っ越した。原宿がなくなったのでタワレコがなくなって大ショック。その時点で駄目すぎ。それでもDUKEにはよく通ったが。東亜も潰れた。街はシャッターだらけになった。年末年始くらいしか人が多くない。隣町のショッピングモールに行く奴ばかり。仕事もつまらん。彼女とも別れた。街でもモールでも小中高の知った顔に会う率が高すぎる。給料も安すぎる。なんか街も嫌いになるし文体も適当になる。あの商店街にあったレコード屋って引っ越してクソになったよな~。そういえば原宿の跡地に明屋がはいってたな。なんか、東京っぽい感じの。おしゃれ文具とかおしゃれカフェとかあるの。フーンって感じだった。
四
親戚の親戚の知り合いぐらいの人が会社をやっていて結構稼げるとのことだったので引っ越してまで転職したのに稼げなくて色々騙されたけどまた別の会社に転職して、ここはある種の東京かと思ったが俺の幻想だった。もう出たほうがいいと思う。ここは京都のバッタモンだ。ハリボテのような風景だ。あの美術館のおかげで戦火を逃れたという噂もあるが。引っ越して最初は新鮮だったがもう飽きた。ただ東京っぽさを出そうとしてる店も出てきた。東京は東京にしかないのにねえ。田舎者の考える東京という感じか。バーも、そういう感じの店が多い。
五
安定収入を得たのと出張で年に何回も東京に行くが、行く毎に魅力が増していく。大阪もそう。そもそも自動車社会って自体ダサい。センスない。サブカル知らない。馬鹿でドキュンが多い。皆程度が低い。一人で飲む奴・一人で外出する奴をバカにする・変人扱いする。俺はそういう事は絶対にしないぜ。車も持っているが、ほとんど使わないぜ。大体さあ、「車持ってないと生活できない」って、俺の地元の兵藤くんは家族全員チャリで揃ってどこにでも行って「生活してた」けど、あいつらは「生活出来てない」の?違うだろ。単にみじめなだけだろ。もっと物理的な「クソ山奥」とかの話ではないのか。程度問題だろ。それが加速したせいでイオンばっか儲かりやがって。イオンが一番栄えてる地方都市って観光に行った時にイオンが一番なせいでそこ独自の喫茶店とか洋食屋とか飲み屋とかその他ILLな店が全部潰れた後なんだよな。俺みたいに商店街自体が好きな旅行好きにとっては不遇の時代で、イオンを肯定化する奴は全員敵ぐらいに思っているし最初に書きたかった事も忘れた。遊びに来る友達は皆いい街に住んでいると皮肉か何か分からないが褒めてくれる。地元の奴はこの辺には来ない。車が混むし来ても駐車場が高いから。金曜は職質されそうでヒヤヒヤしたが大丈夫だった。どの店に行ってもその話題でもちきりだった。居心地は正直いい。あと案外よそ者扱いされないというか。俺が鈍感だからかもしれんが。余談だがあの地区のはずれに、タランティーノ映画と同じ名前の居酒屋があっておすすめ。あと林源十郎商店は文具好きにおすすめですねえ。あとオレ文具大好きなのでうさぎやのあるこの県は最高だなあと時々思う。長い。どうせ誰も読まないから俺の日記みたいなものか。
六
はてなのやりすぎで、東京の絶対的な正しさに洗脳されてる気がする。シュッとしたITベンチャーでジットハブとかを使わないと死ぬ気がする。東京教、略して「東教」みたいな宗教ないのか?入信したい。ムスリムみたく一日何回か東京タワーのある方角に敬礼的なことをする地方民。そういえばこくまろ潰れたらしいな。バラも火事になって移転したらしい。南海湯も閉湯になって取り壊されたらしい。あそこ築100年くらいだったと思うんだけど。紀和温泉もよく行ったなあ。関係ないけど、あの辺って遊郭っぽい所ないか?
七
同和地区の子と付き合ったことあって、あの独特な家に住んでた。
高校生の頃で、あんまり同和問題とかに興味もない頃だったから、それこそエロいことが出来る密室ならどこでも良くて、ずっとムラムラしてたから周りなんてまともに見てもなかったな。
今となっては貴重な体験だよね。
なかなか家の中まで入れるもんじゃないもんね。
なんとなく覚えてるのは、四角いクリーム色の外壁の家と、近所の人達の目。やたら見られてた気はする。
ちなみにその子は常に暗かった。
嫌ってたんだと思う。
誰か特定の団体、もしくは特定の個人の生活を潤わすためだけに同和問題が引き延ばされてるんだとしたら、板挟みになってる人達があんまりにも可哀想だよね。
片や利権で高級車を乗り回し、片や結婚差別で描いてた将来が踏みにじられる。私利私欲と絶望の吹き溜まり。
どこよりも常にドラマチックではあると思う。
三大奇祭。
ぶっとい木を曳いて、坂から落として、川越えて、立てる。改めて考えると本当不思議なお祭りだ。
御柱の上に乗る人は貢献度で決まる。喇叭隊やコテ衆、お掃除係から初めてどんどん出世していくのだ。
役員が被る帽子というのもある。それさえ被っていればどこでも入れる。
観光客はツアーなんかに参加すると運が良ければ曳くことができる。
最近は観光客用の桟敷席もある。しかし高い。しかも柱一本見ての入れ替え制だと言う。
見所はいくつかある。
一番有名な木落とし。ニュースでも良く流れる、丸太に人が乗りながら坂を下るクレイジーなやつだ。
川越し。冷たい雪解け水のなかに棒を入れる。振り落とされて諏訪湖まで流されると危険。今は堤防があるので安全。
大曲。直角の角を曲がる。長いので大変。
鳥居くぐり。普通だと潜れない鳥居を傾けたり、斜めにしたり頑張って潜る。
建て御柱。建てる。棒には40人くらい乗り、ごへい(先端の棒)を打ち付けたり、上から餅を投げたり、垂れ幕を下げたりする。
木遣りを唄い、喇叭を鳴らし、ヨイテコショし、花火を鳴らし、くす玉を割り、やっと落ちる。
氏子は知り合いが出たり、お手伝いしたりで大忙し。
今回、前宮の建て御柱は規制が厳しくて、朝早くから付いていないと氏子でも入れさせてもらえなかった。
全て安全の為。
桟敷席買っていた人まで入ることができなかったみたい。
宇佐市(うさし)は、大分県の北部、国東半島の付け根に位置する市。
全国4万社余りの八幡宮の総本宮・宇佐神宮があり、正月には全国からの参拝客でにぎわう。また本願寺別院(東西とも)も旧北東部の
広大な地域を管轄するものでこれも規模は大きい。また市内には宇佐神宮以外にも観光名所が多く、県内有数の観光都市である。
宇佐神宮の門前町として発展した宇佐地区(特に南宇佐)、本願寺別院の寺内町として発展した四日市地区、港町として発展した
長洲地区の3地区が、伝統的に経済的同時に文化的中心地である。
これ以外はほぼ全域が農村地域であり、県下最大の穀倉地帯となっている。
2005年(平成17年)3月31日 - 宇佐市・院内町・安心院町が新設合併し、新たに宇佐市が発足する。
産物として、麦焼酎「いいちこ」が全国的に有名な三和酒類が駅川地区の山中に存在し、全国に出荷される「いいちこ」がすべて
ここで製造されている。
新学期、娘の通う幼稚園でクジを引き、父母会の役員になってしまった。
と、同時に区の私立幼稚園PTA連合会の理事も兼任することになってしまった。
最初の2週間くらいは「私に出来るのだろうか」と不安で不安で眠れない夜も
あったが、娘や娘のお友達が喜ぶために精一杯頑張ろうという気持ちにやっと
なってきた。それは、父母会の役員に関してだけだ。これは、幼稚園のバザーや
運動会や、幼稚園行事の運営であり、子供達に直接関係のある行事だからだ。
父母会の活動を頑張れば、子供達の笑顔を見る事ができる。考えてみれば、
しかし、先日、PTA理事会に初めて出席をして、疑問と不安と怒りが沸々と
込み上げてきた。PTA協会の上層部のおじさん(役職は忘れた)が、PTA協会の
会費では運営が難しくなってきたので、来年か再来年に会費を上げたい旨の
挨拶をしていた。が、実際、PTA役員達のやっていることは、話し合いの後に
必ず付いてくるランチ。このランチ、必要?豪華ランチが食べたいための無理やりの
集まりじゃないの、って思ってしまう。そんなランチ食べるお金があるなら
会費を上げたいなんて発言はやめてほしい。
あと、忘年会の催し。各地区毎にお母さん達が歌ったり踊ったりの催しを義務付け
されている。なぜ?忘年会自体必要ないし、なぜ、あの上層部のおじさん達の
前で踊ったり歌ったりしないといけないの?北朝鮮の喜び組と変わらないよ。
向こうはお金をもらって仕事でやってるから、まだマシかも。こっちは、9月ごろ
から毎週練習に出かけて、忘年会当日はおじさん達の為に踊らなきゃいけない
なんて、親が聞いたら泣くよ。数年前は、「26,000円ありがとう」なんてタスキを
肩から掛けさせられてお母さん達踊ってたそうな。26,000円は江戸川区の私立
幼稚園の補助金金額だ。税金等払うもの払っての補助じゃないの?それを、
わざわざタスキを掛けられて踊らされるなんて、なんという屈辱。ほとんどの
お母さん達が「この1年だけ我慢すれば、この1年だけ我慢すれば」という気持ちで
やっているはず。私も今年の年末には喜び組の一員にならなければいけない。
それを考えるだけで胃が痛い。泣きそうだ。
http://www.asahi.com/special/saigai_jiban/
すっごい興味深くて今の住所とか昔の住所とか職場の住所とか祖父母の住所とかいろいろ見てたんだけどね。
今住んでる市に、新興住宅街がある。
地方都市だし、ほんの10年前にはほんとに田んぼと畑しかなかったようなところ。
田舎だから高齢化も進んで、最近はその土地が売りに出されて、新興住宅街になってる。田んぼだったとこに新築の家がガンガン建ってる。
少子化で生徒数が減る中、その地区の小中学校の児童生徒数は順調に増えてるらしい。
ほんの10年までほとんど農家しか住んでない、家の少ない土地だったのは、もしかしたら先人の知恵だったのかもしれない。
でもそこに、何も知らない人がどんどん移り住んでいく。土地が安いのかもしれない。海が近いし海抜も低いから、津波が来たらアウトだろうなとも思う。
数年前の広島の水害で被害が大きかった所の昔の地名がかなり邪悪だった話をふと思い出した。
なぜか先人が住んでないところってたぶん、それなりの理由があるんだと思う
この前友達と目白で会おー!ってことになって、待ち合わせ場所どうしよっかって話になった
別に駅でも良かったんだけどなんか有名な待ち合わせスポットとかあるのかなと思い、何の気なしに「目白 待ち合わせ」で検索した
そしたら目白で待ち合わせ可能な風俗店のサイトがわんかさ出てきた
まず待ち合わせ風俗?ってもの自体を初めて知ったし、1ページ目に出てくることに驚いた
嫌悪感を抱きつつも妙に引っかかる面もあり、ほかの地区も調べてみたら、さすがに「渋谷 待ち合わせ」「新宿 待ち合わせ」「池袋 待ち合わせ」とかだと
でも五反田とか日暮里あたりの少し田舎方面になると(いや、田舎じゃないけど)先述した待ち合わせ風俗のサイトばっか出てきた
つまりこれって日暮里で普通に待ち合わせ場所探してる人より、待ち合わせ風俗検索する人のが多いってことだよね?
なんか、本を出版するまでの段取りがムダに手際がいい上に早い(割に、売れなそうなニッチな本)を出してたけど…でき試合だったんだなぁ…。
ニコ動にもフリーゲームの世界にも時々いるけど、商業化の宣伝のためにでき試合演じるのほんとやめろ
鶉まどかさんは最後の最後まで俺が一番嫌いなタイプのブロガーさんだったわ。
特に、サークルでもブログでも、自分が上位になれる場所は容赦なく踏み台にしてクラッシュするのが嫌い
いや、ゲスブロガーとか、オタサーの姫みたいな人について大きな誤解があるから言っとくけど、その最大の誤解は
だけってことだからな?
野球で言えば、地区予選優勝みたいな実績で「優勝したことある」とか言って、高校野球語っちゃうやつな
いや、オタサーの姫は「病んでるところがかわいい」とか「自己肯定欲が低すぎて、優しくしたほうが答えてくれるいい子さが好き」とかあるけど、ブログ界隈のゲス女はそれすらないから。
「(そもそも、女の子の絶対数が少ないモテやすい場所なのに)モテた私、すげー」
ゲス女の話してて思い出したけど、ゲス界隈ってなぜか慶應義塾が強いのが個人的に面白いわ。
二村ヒトシ引用する(または近いこと言ってる)人多いし、はあちゅうもトイアンナも慶応やし…。
まぁ、伝統的に慶応の人って「社会舐めてるから、成功してます」みたいなのがあるから…うん。
例えば、男から奢られたい(でも、返す気がない)
例えば、男からチヤホヤされたい(でも、ちやほやする気はない)
例えば、自分が愛されてる(何か人にしてもらう)ことで、自分の自信にしてる。
…これさ…「男」の部分を「女」に変えたら、ヤリチンですよね?
ヤリマンの名誉のために言っとくけど、ゲス女の男版はヤリチンだけど、ヤリマンの男版はジゴロです。