はてなキーワード: 同性愛とは
「今では何もしてこないけど、腹の底では『同性愛は自然に反する罪だ』と考えていて、状況が変わったらまた同性愛への弾圧を始めるんじゃないか」と不安になる。
同性愛への偏見に基づく聖書をいまだに使っている以上、全キリスト教徒は同性愛者に不安感を与えていることを自分たちの原罪と考え、
これは「ズルい大人」だ。
増田の主張する『露骨な性表現を伴うメディアに接触する機会が多い青少年は、セックスする確率が高く、またその年齢も低くなる傾向にある。
さらに、肛門性交やアルコール、ドラッグを伴う危険な性行為、性行為の強要なんかも増える。』
『因果関係を証明していない』という点だ。(少なくとも、増田が言及している範囲では。)
この主張だけ読むとまるで「そういうメディアに接触する機会が多かったせいで、危険な性行為や強要が増える」ように感じられるだろうが、
普通に考えれば「元からそういう事をしたがるような子だから、そういうメディアを好んでいる」とも捉えられる。
そのため、メディアが悪いかどうかは、少なくとも増田が言及した内容からは判断できない。
もう一点気を付けなければならない事がある。
それは、『肛門性交やアルコール、ドラッグを伴う危険な性行為、性行為の強要』をするような子というのはどういう子か、という点だ。
端的に言って不良や犯罪者だよねそれ。(肛門性交は同性愛者にとっては別にアブノーマルな行為ではないので、他と混ぜてはいけないと思うので除外するけど。)
当たり前だが、普通に生きてれば、知識以前の問題として、モラルがあるからそういう事はしない。
モラルより自己の欲望を優先して相手が傷つく事など気にしない、むしろ快感を覚えるような子だからそういう危険行為をするのだ。
じゃあ、そういう子にとって『露骨な性表現を伴うメディア』とは何だろうか?
単なる消耗品であり、なんなら悪さをアピールするためのアクセサリーの一つだろう。
ゾーニングされてるのに読むのではない。ゾーニングされているから、手に入れるのが一つの主張になるのだ。
まあ、今となってはポルノの一つや二つ見てたら何だというレベルの話ではあるが、
少なくとも「見た事ない」などとは彼らは言えないだろう。なぜなら見ないのは良い子ちゃんだから。
下手すりゃ、「眉をひそめられるような行為だから」危険行為をする事でマッチョイズムを満たすまであるだろう。
そういう人にはゾーニングは意味ないどころか、煽る方向に作用する可能性すらある。
もし本当に『露骨な性表現を伴うメディアに接触する機会が多い「せいで」危険な性行為が増える』という事を立証するなら、
同じ文化圏かつ、同じ程度の治安・教育レベルの地域同士で、ゾーニングをした場合としなかった場合で比較する必要がある。
ついでに、仮にそういった子達がポルノに触れなかった事で危険な性行為をしなかったとして、なんらか状況が良いと言えるのかの問題がある。ナイフとか拳銃とか使った悪い事が増えるのなら、改善とは言えないだろう。
個人的には、露骨なポルノ見て危険な性行為に走るような子が本当にいるなら、ラブドールでも相手してくれた方が安全な気がするけどね。
マーク・トウェインは『世の中には3種類の嘘がある。 嘘、大嘘、そして統計』という言葉を紹介したそうだ。
こういうズルい大人には騙されないようにしよう。
2020年4月号の「VERY(月刊女性ファッション誌)」上で行われた対談記事が物議を醸し、Twitterなどでひととおり話題になった。生命倫理、格差社会、フェミニズムという三本の矢が同時に折れた全方位型の炎上だったのだが、当該記事は既に削除済み。魚拓は以下から。
https://matomedane.jp/page/58758
この対談においては、卵子凍結と代理出産というセンシティブなトピックが扱われた。当該記事の中で、スプツニ子!氏は自身も卵子凍結をしたことを明かしたうえで、モデル・申真衣とともに「ブランドバッグや海外旅行とそう変わらない金額」、「成人式の振り袖より卵子凍結をプレゼントする方がずっといい」という文言を引っ提げて卵子凍結を読者に強く勧める。ふたりの話題は代理母へと移り、「卵子凍結の次に来るのは代理母だと思うんです」という申のビジネスライクな発言に、スプツニ子!氏は「その流れは必ず来ますね」「そもそも男性って女性のパートナーに代理で産んでもらって、親として認められているのに、女性だけが自分で産まないと認められない、なんておかしい」と同意を示していた。卵子凍結や代理出産といった選択肢を気軽に選べる「特権女性」ふたりによる対談には、代理母になるのはどこの誰なのか?という重要なトピックが欠落しており、Twitterには批判的なコメントがあふれた。
この炎上を受け、対談に登場したスプツニ子!氏は、9月5日10:07に自身のTwitterアカウントで以下のようなコメントを発表している。
そもそもですが、私はキャリアのための代理出産に反対です。(中略)結果として、まるで私が代理出産を積極的に推奨しているかのような受け取られ方がされてしまいました。(中略)誤解なく様々な視点を伝えるために、私自身も勉強する必要があると痛感しました。皆様の大切なご意見を有難うございました。
この文章を端的に翻訳すれば、「私は代理出産を非推奨ですが、皆さんは誤解してしまいましたね」である。VERYの元記事からは、氏が「代理出産を非推奨である」という主張を読み取ることは困難だったが、この記事は第三者であるライターやエディターによって編集されたものであることを考慮すれば、確かに事実が歪曲され、誤解されやすい文脈で提示されていた可能性はある。なにより、本人がこのようなコメントを署名入りで発表している以上、我々はこれを信じるよりほかない。氏は当該ツイートの添付画像の中で「代理出産の諸問題についてはVERY以前にインタビューを受けた記事でも触れている」とも記述している。そこで、いくつかの記事を実際に読んでみた。
30代前半から後半という、いちばん仕事が楽しい時期と、女性の妊娠・出産タイミングは丸被りなんです。人類はテクノロジーやサイエンスでいろんな課題を解決してきたのに、妊娠・出産だけは野放し。卵子凍結も本当はもっと早くからみんなやっていいのに。私はアーティストとしても妊娠・出産の概念とかタイムリミットを変えたくて。 (中略) 代理出産って倫理的によくないともいわれるけど、男の人って古来から女の人に代理で産んでもらっているじゃないですか。「僕の子どもを産んでください」って。どうして私も代理で産んでもらえないのかと思ってしまうけど(笑)
出典: https://madamefigaro.jp/culture/news/191105-tiff-women-in-motion.html
もしテクノロジーでそれ(※代理出産)が可能になったら(実際、既に可能だけど)女性も男性と同じように自分の子を誰かに代理で産んでもらっちゃダメなのかな? と最近考えるようになりました。代理出産というのは今も賛否両論あるトピックで、国によって合法・非合法と状況も違いますが、これからもっと様々な角度から議論されても良いのではないかと思います。
出典: https://doors.nikkei.com/atcl/column/19/111100138/112100004/
「一番仕事が楽しい時期である30代って、女性の妊娠・出産タイムと丸かぶりなんですよね。仕事やクリエイションが大好き、という女性たちには(キャリア上の不安で)怖くて踏み切れないという同世代が多い。(中略)男性は古来からずっと女性に“代理”で産んでもらっていますよね。だから私もなんで産んでもらえないの?と思います」と、最近卵子を凍結したことも交えながら語った。
出典: https://www.harpersbazaar.com/jp/lifestyle/womens-life/a29706988/kering-women-in-motion-191107-hb/
…もう充分だろう。スプツニ子!氏の主張は首尾一貫している。「こっちは男の代理で産んできたんだから、私も代理で産んでほしい」ということだ。代理出産に対する彼女のアーギュメントは、常に「男性vs女性」という構図への強烈な反発にのみ基づいている。「女性」どうしの間に生じる格差については一度も言及されていない。少なくとも、「代理出産の背景にある社会構造や格差の問題」について触れたうえでその有用性を提案する、という展開は見受けられない。そして、その主張は頻繁に「(30代以降の)女性のキャリア」と結びつけられている。引用した3本の記事はすべて別の媒体・別のライターによって執筆されたものである。また、有名人の実名を出したイベントレポートなどを事務所チェックなしに公開することは出版倫理上考えにくいので、これらの記事はおそらくすべて彼女自身の(あるいは彼女のマネージャーなど本人に非常に近い人物の)チェックを経ていると考えることが自然だろう。これらの過去記事からも、彼女のコメントにある「私はキャリアのための代理出産に反対です」を読み取ることは相当に難しい。
代理出産に賛成なら、賛成でいいのだ。実際に、代理出産の技術は、一部の人々にとっては最後の砦である。同性愛のカップルや不妊症に悩む女性だけではない。たとえば、病気やケガなどにより、生殖能力はあるが出産という行為が母体にとって非常にハイリスクになってしまう場合など、ぱっと思いつくだけでも色々なケースが想定されるだろう。卵子凍結にしろ代理出産にしろ、その技術を必要としている人は必ずいる。「キャリアを維持するための代理出産」を支持しているとしても、自分がそう思っているのなら、そしてその技術で救われる人がいると信じているのなら、そう主張すればいいのだ。嘘をつくこと、それは最も不誠実な選択肢ではないのか。
VERYの対談は、こういった技術について、女性どうしがオープンに議論することができる貴重な場所だった。しかし、ふたりの会話はあくまで「特権階級のおしゃべり」に終始しているように見える。スプツニ子!氏は、格差や構造的な暴力についても事前に承知していた、とTwitterではっきり述べている。問題を承知のうえで対談に臨み、そのトピックについてきちんと触れるタイミングがあったのにそれを怠ったとしたら ― それは、フェミニズムに携わる者、そして教育者としてメディアに出る者が絶対に取ってはいけない態度だと言わざるを得ない。議論が促進されるきっかけ、多くの人に深い思考を促す契機を自ら潰しているのだから。スプツニ子!氏の弁明コメントは、自身が過去に主張してきた内容と矛盾するものであり、議論の場としての対談企画の信用度を貶めるものだ。彼女は彼女自身に嘘をつき、この国における女性の権利についての議論のきっかけはまた一つ失われた。こんな炎上、そして「悪いのは私ではなく誤解したライターと読者だ」と言わんばかりのコメントの後で、積極的に同じような企画を立ち上げるメディアなどあるわけがない。本来であればその長所・短所含めて公に検討されるべきだった「代理母」の問題は、こうして「タブー」になっていく。
スプツニ子!氏のTwitterでの発言に対して、筆者は強い憤りを感じている(これは余談だが、検索エンジンに引っかからないようにするためか、文書ではなく画像でコメントを投稿した用意周到さにも半ば呆れた)。しかし、これを原因に彼女のこれまでの研究や作品、および彼女の所属機関を否定することはしない。彼女の知識やアイデアは誰かを助けることができる可能性に満ちている。過去の自分に嘘をつかず、責任を他者に押し付けず、持論や現在の社会が抱える問題点を正しく把握したうえで議論を新たなフェイズへと押し上げることが、ひとりの教育者としての正しい態度だと信じる。
誰に何を言われようが、あなたの身体も心もあなただけのものだ。卵子凍結のための採卵は、無痛ではない。「海外行くより安いよ」「今どき、凍結してないなんて古いよ」と他人に言われたからといって、高額な手術を受ける必要はない。パートナーの性別や自分自身の体調の問題で、自然妊娠や分娩が困難である人にも、子どもを持つ権利は平等にある。「代理母なんて愛がない」「倫理違反だ」と他人に言われたからといって、心から愛する人との子どもを持つ最後の手段をあきらめる必要はない。たとえ女性が30代で出産を経験したとしても、彼女たちのキャリアや子どもたちの安全を守る社会を作るための方法は必ずある。すべての人が色々な選択肢を柔軟に選べる社会のために必要なのは、アカデミアの皮をかぶった詭弁ではない。次の世代の社会を少しでもマシにするために、我々はここで議論を止めてはならないのだ。
西洋でリベラリズム的正義とされる価値観を持ち上げる体で、イスラモフォビアを正当化する卑怯な戦略はあちこちに見られるね。
フランスの極右政党のリーダーのルペンなんかも、同性愛者差別の価値観をイスラム系移民に持ち込ませないようにしようだなんてロジックでLGBTを焚き付けている。
詳らかに書くと万一加害者にこの増田を見られた時に身バレの危険があるからざっくりとしか書けないのが残念だ。
俺はその部活内で虐めに遭っていて、加害者はその虐めの主犯格の一人だった。
性被害に遭った時はたまたま俺と加害者だけが部室に居合わせてしまったんだよね。
俺が着替えてたら加害者が勃起したペニスを露出しながら近づいてきて俺にそれに触るように促した。
俺は当時苛烈な虐めに遭っていたせいで無気力状態だったので嫌々ながらも特段抵抗もせず加害者のペニスの先に触れた。
ヌメっとした感触がとてつもなく気色悪かったのをよく覚えてる。ダラダラに濡れてたんだよな。今でも思い出せるよ。
それで加害者は満足したのか、それとも発覚を恐れたのか、あるいは両方かもしれないけど俺に強く口止めして行為は終わった。
俺は校舎の玄関口の脇にある水道で何遍も何遍も繰り返し加害者の性器に触れた手を洗ったよ。
それから俺に不思議な現象が起こったんだよね。後遺症と言ってもいいかもしれない。
増田の場合は男性に対する恐怖心と女性に対する性的モノ化が強迫的に発現したみたいだけど、俺はそれとは全く違う現象に見舞われた。
俺は自分が同性愛者なんじゃないか?っていう疑念に苛まれたんだよね。
もちろん俺は同性愛者ではないはずなんだけど、同性からの性被害体験を経て以降の俺は、事あるごとに自分が実は同性愛者なんじゃないか?という疑念を覚え苦しめられた。
こういうことを書くと同性愛者に対する差別感情を疑われるかもしれないけど、そんなものは抱いたことはない。
ただ異性愛者だと思って、というかナチュラルに異性愛者の世界観に馴染んで生きていた自分が暴力的で未知の同性愛的行為を受けて懊悩し、苦しんだってことだと思う。
実は俺は自分が同性愛者なんじゃないかという疑念に一時期屈服して女性ホルモンを服用していた時期さえあった。
それは10代後半の一時期のことだったけど、某個人輸入代行業者を利用して女性ホルモンを服用していた。あまつさえ母親に「俺はゲイだと思う」とカミングアウトすらしてしまった。
でもさ、この時期もそうだし、なんなら今に至るまで俺は一度も”男で抜いたことがない”んだよな。当時の俺がどれだけ倒錯していたかわかるよな。女に興奮して女でオナニーしてる癖に自分はゲイだと確信して女性ホルモン服用して母親にもカミングアウトしてたんだよ。完全にどうかしてた。
そんな俺の妄信を解いてくれたのが意外なことにWikipedia先生だったんだよね。
ゲイになっても(便宜的にこう表現するけど後天的にゲイになるということはあり得ない、はず)なお過去の性被害に苦しめられていた俺はGoogle検索で「少年 性被害」とかそんな感じの検索ワードで検索を試みた。たぶん。正直ここら辺は記憶が曖昧。「少年時代 同性 性被害」とかだったかもしれん。
それで検索結果に表示されたこの記事を読んで俺のゲイという性自認は倒錯だって気が付けたんだよね。
具体的にはこの部分だね
加害者が男性の場合は男児が同性愛であれ異性愛であれ自分自身の性的指向や性的同一性に危機をもたらしやすい。
この疑問が激しくなりやすいのはどちらかというと異性愛の男性である。さらに、虐待時どれだけ自分の性的指向と性自認について自己認識がはっきりしていたかを考慮すると、この問題に関する議論はさらにややこしくなる。かなり低年齢の場合性自認に疑問を持つことが多いが、ある程度年齢が上がり性自認の自己認識がはっきりしてきたときであっても、今度は性役割のほうに不安を持ったりもする。たとえ性自認が安定していても、自分が主に同性愛か主に異性愛かがよく分からないときに虐待を受けた場合には自分が本来的に同性愛か異性愛か両性愛かとか様々に疑問を持ちやすい。
性的虐待を受けた男児が必ず同性愛者ではないかという誤解は本人と社会に共通のものだが、これは誤解である。だが性的虐待を受けた男児は異性愛であっても、被害を受動にし、同性愛に結びつけた結果として自分自身の性的指向の認識に著しい混乱をきたす。虐待の最中に勃起や射精が起こった場合、この混乱はより激しいものとなる。ペニスを挿入され前立腺を刺激されれば本人がどんなに嫌だと思おうと勃起する事が多いのであるが、こうした常識が日本に浸透しているとは言いがたい。
こういった性的虐待の場合には性的指向のセクシュアリティが揺らぐことが多いが、これは本人に激しい苦痛を与える。だが、性的指向を二分法で捉えがちな社会の常識に反し、実際には性的指向のセクシュアリィは複雑で多層的であるとアルフレッド・キンゼイは主張した。
俺は被害当時13歳で、かなりの低年齢ではないにしろ、自分が異性愛者である、という確固たる自覚みたいなものは持ち合わせていなかったし、オナニーだってしたことがなかったくらいに性の知識に疎く、言うなれば性自認が未分化な状況だった。
その様な状況下で鮮烈な同性愛的性被害を受けてしまったことで、俺はその後何年間も自分が同性愛者なのではないか?という疑念に苛まれる羽目になったわけだ。
ということで今では女性ホルモンも服用してないし完全に異性愛者っていう自覚を持ててるし母親にも気の迷いだったって説明することで解決を得てる。
俺は増田みたいに男性に対する恐怖心はあまり抱かなかった。幸いなことだったのかもしれない。でもその代わりに性自認が揺らぐっていう特殊な体験をした。
こうして増田の投稿にかこつける様な形で自分の性被害体験を語るのは本来あまり快いことではないかもしれないけど、もしかしたら俺みたいに同性から性被害を受けたことがきっかけで「自分が同性愛者なんじゃないか?」と悩んでる人の一助になるかもしれない、と思って書いてみた。
右・左のことはわかんないけど、昔の人は「女は淫乱ではならない(貞淑であれ)。同性愛は持っての他」で抑圧してた(一方男尊女卑で男が欲するエロは容認された)。今の人は「性暴力反対!」「女性蔑視反対!」「エロ表現キモい!」で反対する人が多い。そんなイメージ。
よっオラ小児性愛男性。ジェンダー周りの話題は人並み以上に追っていると思ってる。
で、このエントリについて。
https://twitter.com/GimmeAQueerEye/status/1300207684960935938
小児性愛と同様に、異性愛も加害性を問われるべきではないかという意見。
ブコメでは既にツッコミが入っていて「同性愛との比較は被差別についてであって加害性についてではない」「論点をずらすな」と言われている。
その通りだと思う。
その上で。
ここについてはツッコミが少ない。
https://twitter.com/GimmeAQueerEye/status/1300219499145166850
https://twitter.com/GimmeAQueerEye/status/1300219500147609600
ツイート本文が読みにくいので変形すると、
からだ。
という主張だ。よく考えがまとまらないままツイートしたのだと信じたい。
まず前提として、性行為に関する正当な合意とは何かを確認する。
が必要十分だ。
小児性愛の場合、子供には判断力がないため、正当な合意とは言えない。
で、ツイートについて。
ディーラー、役職、レイプの例は、いずれも、「女性の実際の判断力よりも、その社会的な評価が不当に低い」という例だ。
だからといって、どうして、異性愛の合意の正当性に疑問符がつくのだろう?
可能性は低そうだが、単に「異性愛には実際には女性が合意していない場合があるので、合意の正当性が疑問だ」って言ってるのだろうか…?(一応この場合についても後述)
理解ができなかった。
邪推だが、このマサキチトセという方は、本心では、女性の判断力は、「実際に」低いと考えているのではないか。
であれば、「女性の判断力は子供と同様に低い。」「子供の合意も、女性との合意も、両方が、一方的な加害になる。」という懸念は理解できる。
というか、それ以外に理解できなかった。
だとすれば、これは、現代社会には受け入れられない女性蔑視そのものだと思う。
これはご自身のことではないですか?
ちなみに、合意が不十分なまま行われる性行為が不当なのは、「言うまでもなく当たり前のこと」だ。
対照的に、子供との性行為は、「どれだけ十分な合意があっても、法律上も倫理上も一切アウト」だ。
大人の性行為は、同性愛であれ異性愛であれ、きちんと合意すればやっていい。
雑に論点をずらすと、かえって、小児性愛者の生きづらさが理解されなくなってしまうように思う。
女オタクですけど、腐女子さんは他オタクに対して全然配慮出来てないですしマナーも最悪ですし今回の事件の人みたいな人の言い訳と同じ事言って原作にない性的な絵や文検索よけしないで書き散らかしてますよね?
猫で検索したらBL出てきた、とか腐女子の性癖チキンレースが高じてトレンド入りもざらですよね?
「BLを批判するやつは同性愛差別」、みたいに毎度言ってますけど、当事者じゃないくせに、性的マイノリティを性的搾取しながら性的マイノリティ面して盾にしてるのも今回の人と全く同じですよね?
↑の言い訳腐女子界隈は無茶苦茶多いのに男オタは今回初めてくらいに見かけましたけど
承認欲求の末に起きた事件と判明した直後にわらわら出てくる「男オタクに比べて腐女子はマナーがあって~」とか語り出すのが承認欲求高いって話なんですよ。
それで本当にお行儀良いなら分かりますけど良くないし
異性愛だとか同性愛だとか、対象を探す必要があるなら仲間をみつけやすいのかもしれない。
僕の妄想では結構同類っているものだと思うのだけれど、今のところ会えたことはない。
叶うならば、アメーバのように分裂して、僕と一緒に暮らしたい。
女僕でも男僕でも、無性僕でもいい。
好きな人はすごく近くにいるのだけれど、一生触れ合えないのはさみしさがある。
さみしいので、適当に恋人を作る。知らない僕に会えるという点でも、恋人という存在は素晴らしい。そんな感じで、見た目上では両性愛者になる。
それも動物など他の生き物や、人形のようにある程度人型を模したものですらなく、本当に人間に近くもなんともないもの。
どう考えても異常性癖・性的倒錯とされるものの一種だ。人前で大っぴらに言えるものではない。
それでもこの性癖は、バレてしまったところでせいぜい変な奴がいる程度で終わってしまう。
(反例として初音ミクと結婚した人がいるが、氏はぬいぐるみやフィギュアを妻と称した写真があるので、どちらかというと人形系統なのだろうと思う。
初音ミクってモノっていうよりキャラクターだし。人形写真を見るにシンセサイザーと結婚した感じでもない。)
さらに不思議なのは、アプローチさえ上手であればこの性質は評価軸に乗ることすらあるということだ。
例えば車を性的に好きな人でも、「愛車はもはや妻みたいなもんだ、だから細かい所でも何でも知っておきたい」だの言えば、なんか車愛が深い人みたいになる。
あまり性的に見ていることをつらつら書き連ねたら流石にドン引かれるだろうけど、それは一般的な趣向でも同じことだ。
(例の漫画は「性的な事を大声で言ったらそら引かれる」という意味では失策だったと思う。)
おそらく「普通と違う」と言いながらも、同性愛や、子供・動物・死体・人形みたいな趣向は皆まだうっすら理解できるのだと思う。
人を愛することが分かる人は、人に性欲を抱くことを理解できる。
だが、生物から遠い所まで行ってしまうとよく分からなくなってしまうのだろう。
変な人ではあるけどそれを率先して叩く人は滅多に現れない。うっすらもわからないからだ。
「なんでそうなるんだ?」「どこに性的魅力を感じてるんだ?」という疑問の方が先に来るだろう。
現実の被害者が発生しないという点はあるが、それは人形だって同じのはずだし、そもそも内心の段階では被害者は発生しないはず。
だから実はここは観点に入っていないのではないかと自分は思う。
何が言いたいかと言うと、叩かれがちな指向趣向って言うのは、皆の根底にある趣向の拡張版なのではないかということだ。
実際LGBTは今、「珍しくないことだ」「たくさんいる」という方向性で理解を深めようとしている。
自分はきっと、小児性愛も珍しくないと思う。犯罪と隣り合わせな部分があるから難しいだろうけど、差別と犯罪を切り離して考えられるようになるといい。
こういう皆がうっすら持ってる趣向の範囲のことが一番難儀だから、救われたらいいなと思う。自分たちは別に救われる必要がないから。
時間 | 記事数 | 文字数 | 文字数平均 | 文字数中央値 |
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00 | 73 | 10822 | 148.2 | 44 |
01 | 58 | 8260 | 142.4 | 68.5 |
02 | 18 | 2279 | 126.6 | 64 |
03 | 17 | 2098 | 123.4 | 61 |
04 | 17 | 1894 | 111.4 | 48 |
05 | 20 | 4653 | 232.7 | 113 |
06 | 37 | 2901 | 78.4 | 34 |
07 | 57 | 11039 | 193.7 | 54 |
08 | 164 | 12670 | 77.3 | 41 |
09 | 200 | 22852 | 114.3 | 63.5 |
10 | 186 | 19666 | 105.7 | 58.5 |
11 | 209 | 19638 | 94.0 | 60 |
12 | 245 | 30560 | 124.7 | 58 |
13 | 243 | 21943 | 90.3 | 51 |
14 | 247 | 20201 | 81.8 | 51 |
15 | 188 | 19527 | 103.9 | 58.5 |
16 | 144 | 18231 | 126.6 | 45 |
17 | 221 | 25172 | 113.9 | 51 |
18 | 206 | 19271 | 93.5 | 49 |
19 | 125 | 21153 | 169.2 | 44 |
20 | 128 | 14014 | 109.5 | 49 |
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23 | 170 | 19230 | 113.1 | 43 |
1日 | 3315 | 367267 | 110.8 | 52 |
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カップルになる権利のことを言ってる説。だから同性婚に関心が向く
日本のセクシャリティは一方的な好きを含めるから、同性愛差別には怒っても同性婚を認めろというムーブメントは起こらないという不思議な現象が起こっている説
同性愛は合法が存在してロリコンは無いって話わかんだけど論点ずらしだよね
昔同性愛者なんてノンケを常に舌舐りして2人きりになれば襲ってくるみたいな扱いだったでしょ
そういう扱いをなぜロリコンにはしていいの?って話だと思うの
「車を運転する人は、人を殺す危険性を十分理解し認識していろ」
っていうのと同じだと思うんだけど
なんで「小児性愛者を差別する気か!」「同性愛と同じだろうが!規制するな!」「無意識に人の趣味嗜好を差別するキチガイだ!」みたいに明後日の方向にキレる人が出てくるんだろう
車に例えたとしても
別に車に乗るなとも言ってないし乗る人は頭がおかしい犯罪者予備軍だなんて思わんでしょ
ぺドの嗜好を持つことはけして悪じゃないよ
ただ、その嗜好は危険性を伴うものだということを分かっていてね、というだけ
「実際に手を出す前に」と書いてしまったのがいけなかった
私もだけど、あれを読んで「この人は本当にフィクションと現実の区別がついているのか?」と疑問に思った
「実際に手を出す前に」=「ラブドールが無ければ手を出す」と読み取れてしまった
(そんなの勝手な勘違いだろという意見はそうだねそれはお前の意見だねって事で知りません そういう風に読み取る人が多かったからこれだけ騒がれてるんだし)
だから周りがこれだけ言ってるんだよ
「小児性愛を抱く人達は、本当にその危険性を理解しているのか?」と
それに対して「フィクションの中なのでw」「フェミがまた叩いてきたw」「犯罪するわけないw」ってなあなあに誤魔化す行為をするしないは勝手だけど
Twitterにてトレンドを風靡した「少年ラブドールのすゝめ」的某漫画。
度重なる賛否両論・罵詈雑言及び誹謗中傷があり、とあるnote記事も瞬く間に拡散されていくのは、いかにもTwitter的現象と言って良いだろう。
ぶっちゃけ、なかなかに主観的倫理を試されるお話であり、明確にあの漫画が法的に引っかかっている事はなにもない。
(いや、Twitterの利用規約には引っかかっているかもしれない。これは俺はよく調べていないので、各自で良きTwitterライフを得る為にも確認しておくべきだろう。)
あの漫画の最大の汚点は、公開アカウントで公開した作中のこの文言だろう。
さて、この記事で問いたいのは以下だ。
「少年少女を良識を持ってこよなく愛す人たちへ、この言葉を発した人間を本当に擁護する気なのか?」
彼らからの返答はだいたいこうだろう。
上記の発言意図を知りたい方は「石の上にも三年」、乱筆をご容赦いただきたい。
まあまあ先進的な国においては、きちんとした両者の承諾があれば相手が異性であっても同性であってもセックスに及ぶ事は全く問題はない。
では言葉を置き換えてみよう。
※尚、本記事において「手を出す」は「両者同意の上でセックスに及ぶ」と定義する。
なぜなら、女性に手を出すことも、男性に手を出すことも法律的には無問題だからである。
国語辞典をひかなくとも、一般的には黄色い帽子にランドセルを背負った子供たちをイメージするだろう。
まあまあ先進的な国においては、たとえその「児童」本人の合意があったとしても、セックスに及ぶ事は禁止されており、犯罪行為とされている。
※欧米各国では未成年ポルノ規制が激しく少年少女を象ったラブドールは販売・購入が規制されているが、日本はその限りではないので犯罪行為としない。
下記の文章は、「人生においてなんら犯罪行為を犯していなかった人達」が発言したと思ってほしい。
「実際に人を撃ち殺す前に、ぜひFPSを」
「実際に銃を購入する前に、ぜひエアガンを」
FPSをプレイして楽しむのも、犬猫のぬいぐるみを切り刻むのも、合法エアガンを手にするのもするのも、なにも違法行為ではない。
問題なのは「まるで犯罪行為の入り口・捌け口としてそれらの合法行為に勧誘していること」なのだ。
先に言ったようにこれは犯罪を一度も犯したことがない一般人の言葉だとするなら、彼らは
・銃で人を撃ち殺したこともない
・本物の銃を購入したり所持したりしたこともない
そしてあのアカウントは
さて、本題に戻ろう。
「少年少女を良識を持ってこよなく愛す人たちへ、この言葉を発した人間を本当に擁護する気なのか?」
「本当に銃で撃ち殺すわけないだろう」
「本当に銃を持つわけないだろう」
その言葉は内輪以外には通じない。
まるで犯罪行為の入り口・捌け口のように少年ラブドールの体験談を語った表現者は、果たして擁護されるべきか?
「Twitterはレギュレーションがあり、児童は見ていないのだから無問題である」
これは児童への問題だけではなく、児童を持つ保護者達、そして児童を守らなければならない我々成人を迎えた人間にも問題となりうるのである。
かのアカウントは非常に直接的に言葉で児童の恐怖をあおり、子供を守る立場にある成人に不安を生み出したのだ。
ただ単に「児童とのセックスフィクション漫画を書いた」のではない。
実に直接的に、かのアカウントは
「まるで少年ラブドールを犯罪行為の入り口・捌け口のようにして体験談漫画を書いた」
のである。
たった一文、されど一文が、あの体験談の意義をあらゆる方面へ確かに変えてしまった。
「ホモ、を侮蔑言葉として使ったわけではないし、当事者達に言っているわけでもない。(だからこれからも使い続けるつもりである)」
だが、男性同性愛者当事者は往々にしてホモを侮蔑として受け取るし、傷つく人まだまだ存在するのだ。
なぜその言葉を使い続ける?
この世界には他にも男性同性愛者を指し示す言葉があるのに、当事者でも嫌がる人が存在するのに、なぜその言葉をあえて使い続ける?
「なぜあらゆる人を傷つけかねないその一文をあえて使った?他に誘う言葉はごまんとああるのに」
繊細なジャンルを扱ういかなる表現者も、実在する当事者・該当者たちに相応の敬意を払わなければならない。
我々表現者はその義務を決して放棄してはならず、傷つける言葉をあえて使用するのなら、相応の意味を持って発さなければならないのだ(例えば差別の現状を知らしめたり、時代考証等でリアリティを彫り込んだりする為に)。
とても厳しい言葉ではあるが、こんな些細な事にさえ想像力を働かせられない表現者に、マイナーな性的嗜好を扱う資格はないと、同じヲタクとして俺は考えている。
最後にもう一度。
子供に性加害するやつは火炙りの刑でいいと思ってるよ
SNS やなんかをどうするかって話だけど、俺はSNSなんか見なきゃいいの最たるものだと思うけどね
現状の日本社会だと、これが憎悪だと感じる人がいるのは仕方がないと思います。申し訳ないです。ただ、憎悪ではないということは主張します。
むしろ、「小児性愛者が偏見を持たれない、内心を侵害されないこと」と「犯罪被害を防ぐこと」を両立するためには何をすべきか?が重要です。
最近の小児性愛者の主張は、小児性愛について誤解を招くものが多いと感じました。件のマンガとか、私が引用した増田(「同性愛と小児性愛に類似性を主張している」)は、小児性愛犯罪に対する認識不足が露呈した例です。特に後者は、小児性愛行為自体が加害であるというポイントを全く理解していません。
「その行為が禁止されている理由をどうやら理解していなさそうな人が多数の状況」で「禁止されているので私は行為を行いません」と宣言する人がいても、不要な不安を招きます。そもそも、小児性愛自体が保護者不在の「陰で」行われる犯罪である(例えば殺人すれば死体が見つかりますが、小児性愛行為は何も見つからない)以上、ルールと罰則による犯罪防止効果はさほど期待できないんです。だから、「小児性愛犯罪の何が卑劣なのか多くの人が認識している」というメッセージがあった方が、犯罪を侵さない小児性愛者や、非小児性愛者にとって生きやすい社会になります。