はてなキーワード: 遺品整理とは
読み応えあるよねえw
ゴミ屋敷清掃は過酷な仕事だ。そのかわり時給は約1400円、給与は即日払い、仕事の融通も利きやすい。ある会社では多くのスタッフが下積み中のお笑い芸人だ。その中には芸人の道を諦めて、社員になった人もいる。ゴミ屋敷清掃という仕事を、社員として続けることにしたのは、なぜなのか――。(連載第8回)
「あんしんネット」の事業責任者の石見良教さん(右端)と作業員のみなさん。撮影のためマスクを外してもらったが、普段はコロナ前から終日マスク姿で作業をしている。
「あんしんネット」の事業責任者の石見良教さん(右端)と作業員のみなさん。撮影のためマスクを外してもらったが、普段はコロナ前から終日マスク姿で作業をしている。
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「ゴミ屋敷」を片付ける仕事――あなたはいくらならできるだろうか。
連載第4回で一緒にゴミ部屋を片付けたプレジデントオンライン編集長の星野貴彦さんに「バイトとしてこの仕事ができるかどうか」と尋ねると、彼は首を横に振ってこう言う。
「一度や二度であれば興味本位の気持ちが勝ってできそうな気もしますが、ずっとあの作業を続けるというのは厳しいです」
実は私もこれに関しては、同感だった。
取材のため、単発なら、できる。けれど“ずっと”は難しい。
なぜだろうと自分の心に問いかけると、やはり「汚い現場」だからだ。本音は、人の汚物を片付ける、虫がわいているような現場で働くことに抵抗があった。ゴミ屋敷を掃除して帰宅すると、私はいつも真っ先にシャワーを浴びる。その日に身につけていた下着も、何度か処分したことがある。それでも自分の体に虫が這っているような感覚にとらわれて、眠れなかった。実際に体に赤い湿疹が出現したこともある。夏場に作業した後は熱中症にかかって、吐き気や頭痛に苦しんだ。
「ションペットを処分する時は、なんらかの感情を持ったらダメ」
アルバイトのAさんはそう言う。ションペットとは居住者の尿の入ったペットボトルのことだ。強烈な臭いを放つため現場で処理できず、会社(=生前遺品整理会社「あんしんネット」)に持ち帰るのだが、この中身、つまり尿をトイレでひたすら流す作業については、誰もが「つらい」「苦しい」と言う。作業中に吐いてしまった人もいるそうだ。
ションペットの処理作業に“慣れ”はない。同社事業部長の石見良教さんも「これをやる時は一切の思考を停止させて、ほぼ無心で動いている」と話す。
「正常な感覚で臨むと、頭がおかしくなるかもしれません。みんな本音ではやりたくないですし、それをやらせるほうも覚悟がいります」
作業現場でたびたびみつかる「ションペット」。ペットボトルの中身はウーロン茶ではない。
ちなみにこの作業をアルバイトが行う時は、通常の時給に“20%程度の上乗せ”がされる。再びAさんが怒ったように言う。
「社会的にきちんとしている人ほど、部屋にションペットがあったりするんですよ。お茶の先生、学校の先生、医療関係者とか。人前できちんとしすぎているから、家の中がイカれちゃうんじゃないですか。靴箱にションペットがずらりと並んでいたこともありましたよ。そんな現場では“依頼人の心に寄り添う”なんて絶対無理ですね」
伯父が亡くなった
伯父の三人の子供(俺にとっては従兄弟達にあたる)はみな独立し遠方に住んでおり、奥さんも十年ほど前に亡くなっている
ご丁寧に「〇〇君へ送ってほしい」と張り紙まで貼ってあったとか
俺はさっそく伯父の住んでいたアパートに行った
段ボール箱を開封してみると、かなり高性能なゲーミングパソコン一式が入っていた
親父がなぜこんなものをお前に…?と従兄は首をひねったが、とにもかくにも故人の意向なので引き取ってくれと言われ、俺は黙って荷物を受け取り車のトランクに積み込んだ
俺には心当たりがあった
実は数か月前、俺は伯父と会っている
寝室の掃除も頼まれたので部屋に入ると、少々古いデスクトップパソコンと大量のアダルトDVDが机の上に数十枚と積まれていた
アダルトショップなどで見かけるような、メーカーもレーベルも、女優の名前も分からない、ワゴンで一枚数百円で売られてそうな奴だった
「パソコンももう使わんし、それも欲しければ掃除の手間賃代わりに全部やるぞ(笑)」
俺は、こんな粗悪なDVDにお金を浪費するくらいならと、ちょっと法的にアレなサイトと、そこから動画をダウンロードする方法をいくつか教えた
その気になれば、発売直後の人気女優の最新作もダウンロードできるようなサイトだ
「今はこんなのがあるのか」
伯父はしきりに関心していた
それをきっかけに、最近のパソコンとかインターネットとかゲームとか、とりとめもない事を話した
その中で、パソコンで本格的なゲームをやる人が増えている、しかしゲーム用の高性能パソコンは非常に高価で、まだまだマニアの趣味の域を脱していない、といった話をした記憶がある
伯父はきっとそれを覚えていたのだろう
うちの母親も似たような感じで笑ってしまった。やっぱ、こういう類の入口に【水からの伝言】あるよね。
そういうのにハマって素手でトイレ掃除したりしてる程度は良かったけど時が経つにつれて悪化していった。
私が中学の時には【波動整体】にハマって、ある日我が家に先生らしい中年男性がやってきて整体と称してアレコレ触ってカラダのこと変な質問してきたよ。
大人になってからは、祖父の危篤で帰郷したら病室で祖父の口元に母が変な装置を当てていた。
祖父の遺品整理中に話を聞いたらその器具は100万円だった。癌が治るんだって。祖父は脳卒中で倒れたのにさ。家ひっくり返したらもう一台出てきた。200万。
買った先の営業マンとLineやりとりを閲覧したら、パワーアップと称して2台に何か加えて+50万円だった。さらに遡ると手始めに水に入れると水が美味しくなる石を買っていた。20万円。
販売企業を調べたらXjapanのボーカルの人がハマった団体だった。謄本取ったらLineやり取りしてる相手の名前はビジネスネームで、本名をネット検索したら裁判の情報が1番に表示されてることがわかった。
母親には、次に疑似科学やクソみたいな宗教にハマったら、母親ではなく相手先の担当者を殺すと言ってる。
車の後ろに繋いで市中を引きずり回した後に、ぶっ殺して街中のモニュメントに全裸になったそいつを飾りつけるって伝えてる。
魂が浄化されたり水が美味しくなるのと、我が子が人殺しになるか選べと伝えている。
最初は母も信じてなかったので、祖父の死後にスグくそみたいなサプリメント売りに来たお姉さんを家に呼び入れたけど、同席した際に本当にやろうとした。
それからは母は疑似科学や宗教じゃなくて私のことを信じてくれるようになったよ。どんなに疑似科学やクソ宗教で家庭がボロボロになっても、最後はやっぱり家族の絆だよね。
夏の話ですが、活動を休止していた推しの復帰ライブがありました。まだ感情がぐちゃぐちゃです。なんでこんな気持ちになっているかというと、推しがそのライブの告知を一切せず、突発的に行ったからです。ぐちゃぐちゃな理由はもっとたくさんあるんですが、特定を避けるためここでは明言しません。とにかく推しがものすごくたくさんの人に迷惑をかけて、たくさんの人に本気で怒りを向けられているということは確かです。ほんとうに、心から悔しいです。推しが推しに殺されました。
私は休日には好きなアイドルのライブに通ういわゆるアイドルオタクです。
私が学生時代から推していたアイドル、Hくん(仮名)はある時から活動を休止していました。
アイドルオタクと書きましたが私が好きになったアイドルは後にも先にもHくんだけです。人に連れられて行ったライブで好きになって、それからどっぷりハマってしまいました。休止になった時はこれからどうやって生きていけばいいのかわからないと思いましたが、案外生きていくことができました。Hくんは何となく戻ってくる気がしていたからです。Hくんを信頼していました。
Hくんは戻ってきましたが、いつのまにかユニットに所属していました。ここ数年のユニット制度の台頭は凄まじく私と同じく推しのユニット所属によって複雑な気持ちになったオタクは少なくないと思います。私だってちょっと路線が変わったくらいなら我慢できます。でもHくんが入ったユニットはかなり過激な売り方をしていて、デビューと同時にすぐに話題になりましたがそれは度重なる炎上が原因でした。
私がHくんを好きだった理由の一つに、アイドルとして信頼できる、ということがあります。他のアイドルオタクたちが「推しがこんな風に迂闊だ!」と嘆いている時、私は「でもHくんはちゃんとしてるから」と余裕綽々でした。Hくんは文春砲を喰らったことも炎上したこともなかった(してもファンが勝手に燃えたとかでした)し、なんというか「アイドル」というものをちゃんと理解している子でした。これは思い込みかもしれませんが、私と同じオタク気質だったんだと思います。だからHくんはオタクの心を守ってくれました。
そんなHくんがたった一年ぽっちの休止を経て別人のように変わってしまったことが、自分で思っていた以上にショックでした。炎上してるっていうのは色んな人に怒られているってことです。Hくんのいるユニットが嫌い!と大声で言ってる人がたくさんいました。炎上は炎上でも、他のアイドルを傷つけるタイプの炎上だったのも大きいと思います。私の推しが人に嫌われていくのを見ました。みんなに愛されるのがアイドルだと思ってたし、Hくんもそう思っているんだと思っていました。アイドルが何か別の目的のための手段に使われていることがわかりました。アイドルのHくんはどこにもいなくなっていました。(正直本当に違う人になっているんじゃないかと疑っています。別人に見えるのは私だけなのか……)
私はHくんのファンを辞めました。Hくんにあの頃に戻って欲しいわけではないです。本音を言うと戻って欲しいけど、今更絶対に無理だと分かるので、ただ私が降りるだけです。疲れました。
分かる人には誰の話かわかってしまったかと思うんですが、私はHくんを責める気も、Hくんのユニットに怒る気も、Hくんのファンを批判する気もないです。もしかしたら私と同じようにHくんが死んじゃったように感じている人がいるかもしれない、と思ってこの文を書いています。恨んでないけどただ悲しいです。
何より悲しいのが、Hくんが死んでしまったのを見てHくんのことがどんなふうに好きだったのか思い出せなくなってきたことです。あのライブで私の好きだったHくんと一緒にHくんのことが好きだった私も殺されたんだと思います。死にたくなかったです。
少しずつCDやグッズの整理をしていますが、本当に遺品整理の気持ちです。おんなじCDが何枚も何枚も出てきて、何回も握手会の列に並んだことを思い出して泣きました。Hくんに会いたいです。
ここまで読んでくれた人に一つお願いがあるとしたら、今後Hくんの現場で複雑な表情をしているオタクがいてもどうか見ないふりをしてあげてほしい、ということです。その人も多分私と同じ殺された人です。幽霊です。
繰り返しになりますが、一アイドルオタクの個人的な意見・感情であり、アイドル自身やそのファンを批判する意図は一切ありません。
※追記です
この文はフィクションであり、Hくんは実在しません。私も実在しません。Hくんのユニットに傷つけられたオタクがいることは本当です。読んで頂きありがとうございました。
ちょうどその頃から祖母がボケ始めた。休日に祖母の家に来てくれと電話が鳴り、母が出ないので私が取り、仕事で疲れているから無理だと断っていた。
社会人1年目の冬、知らない番号から着信があったので出てみたら、祖母のかかつりけ医らしい。
母と連絡が取れないので、祖母宅にメモがあった私の番号にかけたらしい。
祖母の病状が悪く、一度見に来てほしいとのことだったので休みを取って行った。仕事が佳境だったので恐る恐るだった。
祖母はがんにかかっていたらしい。顔が酷く腫れ上がって明らかに弱っていた。
小学生の時は私をネグレクトした母の代わりにご飯を作ってくれ、父宅に住んでいた時も、私を呼びだして会う度にご飯を奢ってくれ、お小遣いもくれた祖母だった。酷い状態に涙が止まらなかった。医師の話も聞いた。
何回か通ううちに、私のことを祖母の妹の名前で呼ぶようになった。それがつらくて行くのをやめた。
祖母の親族と母に連絡するだけで自分の役目を終えたような顔をして、また仕事に行って休みは寝たり遊んだりする日々に戻った。
仕事が終わって自宅の最寄り駅に着いたばかりの私は、「疲れているので行けない」と返した。
祖母はそのまま亡くなった。連絡が来てからやっと自分のしてしまったことに気づき、熱を出して寝込んだ。熱が下がらないまま遺品整理の手伝いに行ったがまるで役に立たなかった。
葬儀の喪主は母だったが、やはり様子はおかしかった。親戚や父も含めて会食をしようとしたらしいが、場所を押さえてないので無理だった。八つ当たりされたので逃げ帰った。
小学生時代は祖母に育ててもらったようなものなのに、大学生にもなってお小遣いを貰っていたのに、なんで仕事で疲れたくらいであんなに簡単に切り捨てられたんだろう。自分はまともな人間だとばかり思っていた。おばあちゃんごめんなさい。
骨壷は母が持っていたが、どうも墓に入れるのを面倒がっていたので、私が行っている墓には祖母がいないかもしれない。墓越しに謝ることすらできない。
墓参りには線香しか持っていかなかった。あとは掃除だけして帰った。
祖母は私の着物姿を見て喜んでくれた。習字で金賞が取れなかった時だけ怒られたけど、私がもらった賞状やトロフィーをたくさん並べていた。
次は花を持っていった方がいいだろうか。祖母の好きな花も知らない。仏花は菊だったっけ?
私が死んだら祖母に会って謝れるんだろうか。
比較的楽しく過ごしているけど、ふと祖母のことを思い出す度に罪悪感で苦しくて涙が止まらなくなる。本当にごめんなさい。父と母に振り回されていた私をかわいがってくれたのに、報いるどころかネグレクトで返した。
言い訳しようと思えばいくらでもできる。そう思う度に自分の外道さに反吐が出る。仕方なくなんかない。疲れていたとか関係ない。祖母に比べれば大変なんかじゃなかった。休みには遊ぶ余裕があったのになんで行かなかったんだ。きっと私がそういう人間だからだ。屑だ。生きていていいのだろうか。父と母が死ぬ時も私はこうなんだろうか。私が代わりに死ねばよかったのにな。ごめんなさい。ごめんなさいと伝えられない。ごめんなさい。おばあちゃんは許してくれるだろう。こんな屑に優しくしてくれたんだから。
天罰を与えてくれ。
なぜネットユーザーは絶対正義であるかのように転売を叩けるのか?
少しでも考えれば転売を叩ける理屈などどこにもないと分かるはずだ。
このまま順当にいけば日本の格差社会はますます加速していくに違いない。
国民年金は年間80万円だが、厚生年金は一般的に国民年金の2倍以上の金額を受け取ることができる。
なお年間80万円という値は現時点のもので将来はもっと少なくなるだろうと予想されている。
年間80万円という金額でどのようにして生活していけばいいのか?
素直に考えれば年間80万円という金額で生活していくことは難しいだろう。
ではお年寄りは老後どのようにして生活費を稼いでいけばいいのか?
当たり前だが老後の体力の衰えによって体力を必要とする仕事は難しいだろう。
そうでなくとも雇用側の年齢制限によって採用される仕事の幅は狭められている。
「仕事の選り好み」以前の段階で雇用側の都合によって生活費を稼ぐことは難しいのだ。
膝の軟骨がすり減って、ちょっと動くだけでも激痛が走る。しかも膝の軟骨は修復しない。
ネットユーザーがいくらキーボードをカチャカチャしても、お年寄りの膝の軟骨は修復しない。
気持ちよくテンバイヤーを叩いているネット論客に膝の軟骨のすり減ったお年寄りを救うことはできない。
iPS細胞による再生医療が実用化でもされない限りお年寄りの膝の軟骨は修復しないだろう。
その点で転売は体力の都合や面接の必要のないという点でお年寄りが生活費を得るのには最適だと言える。
一日中ネットに張り付いているようなネットユーザーならテンバイヤーがホームレスを動員していることは当然ご存知だろう。
ネットユーザーはきっとそれを「ホームレスのような社会的弱者の足元を見る、悪のテンバイヤー」とでも思っているのだろう?
はたしてそうだろうか?たとえつまらない仕事でもホームレスにとっては貴重な収入源に違いない。
君らの職場にホームレスが「働かせてくれ」と頼み込んでも君らは「自己責任」と魔除けの呪文を唱えながら無碍に断るのだろう?
ネットユーザーは「年金で生活できないのなら、生活保護を受給すればいいじゃないか」などと安易に発想するかもしれない。
生活保護バッシングや水際作戦の厳しい現状では生活保護を受給できずに餓死するパターンもあるのだという。
生活保護を受給するにはノーガードであることが求められ持ち家を手放すだけでなく保険をも解約することが求められる。
生活保護と転売についてだが生活保護を受給する際には贅沢品は手放さざるを得ない。
転売可能なグッズはケースワーカーによってことごとく強制的に二束三文で転売されるのだ。
いくら口では転売を憎んでいると言っても社会的なパワーによって有無を言わさず転売することを強いられる。
転売を叩いているものは、恐らくは富裕層で将来は十分過ぎるほどの年金を貰えるに違いない。
まさか、将来年金が年間80万円しか貰えないフリーターが転売を叩いているなどということはあり得ないだろう。
富裕層は自分自身の安定した生活を確保した上で「最後は大好きなグッズに囲まれて大往生したいなぁ」などと企てているのだ。
転売によって大好きなグッズが手に入らないくなるから転売は悪なのだ。
いや、あるいはすべてを見通した上で「下々の者達の生活など知ったことか!」とまで考えているのかもしれない。
だが現実には純粋に悪意なく「転売は悪いことだから悪いんだ」などとトートロジーを浮かべて悦に入っているのだ。
ところでグッズを欲しがっているのが将来になんの不安もない富裕層だけなのかというと、どうやらそうでもなさそうである。
実際には富裕層よりも年間80万円勢が後先考えずに刹那的にグッズに浪費しているのだろう。
マジレスすると年間80万円勢はグッズをゲットしようとテンバイヤーとバトってるような場合ではない。
年間80万円勢が身の丈を考えて将来のために貯金するようになれば民草は転売に怯える日々を過ごす必要もなくなる。
一般的には90年台にフリーターというライフスタイルが登場したとされる。
あと、20年もすればこれらフリーター世代が年金受給者となるだろう。
そうなれば年金格差という「現実」が重くのしかかってくるわけだ。
お年寄りの賢いライフハックとして転売が今まで以上に盛り上がることはまず間違いない。
年金格差が解消されていれば話は別だが、それは希望的観測でしかない。
今、街を歩いている老人はなんだかんだで正社員で終身雇用だったから十分な額の年金をもらっているのだ。
本当の年金格差時代、ひいては本当の転売時代はまだ訪れてはいない。
転売(TENBAI)が世界語として通用する日もそう遠くはないだろう。
世界中の人々に日本が誇るTENBAIの名を知らしめてやるのだ。
今、転売を痛烈批判しているもの(アンチ・テンバイヤー)も、いざ自分自身が経済困窮に陥ったら、まず真っ先に転売という発想が脳裏をよぎるのではないか?
今は良くとも、70代、80代になったらどうか?
まさかせっせとかき集めていた大切なグッズを転売するなどということはあるまいな?
どうせ、いざという段になったらマッハで手のひらを返すに決まっている。
いや、それどころかアンチ・テンバイヤーほどテンバイヤーとなる素質を備えているのだ。
人々の想像するであろうテンバイヤーVSアンチ・テンバイヤーという構図は誤りであると言える。
テンバイヤーになる素質のない人々は、テンバイヤーを敵視してはいない。
テンバイヤーへの敵意には少なからず嫉妬も含まれているのだろう。
ちなみに「仮想通貨で老後資金を得ればいい」などという甘言を囁くものもいるかもしれない。
だが、考えなしにこのような甘言に乗ってしまえば待っているのはより一層悲惨な末路だ。
仮想通貨では税金が発生することに気づかずに高額な税金を支払えず自己破産するパターンがあるのだ。
さらに自己破産した場合でも税金は非免責債権なのでチャラにはならない。
読者のみなさんは紀元前の哲学者ディオゲネスをご存知だろうか?
貨幣偽造の罪で奴隷の身分とされてしまった、あのディオゲネスだ。
自己破産でも取り消せない負債を負ったものはさながら現代のディオゲネスとでも言うべきだろう。
下手に仮想通貨になど手を出してしまえば国家の威信をかけて嫌がらせされてしまう。
よほど知識に自身があるのなら話は別だが素人が触れるべきものではない。
インターネットで甘言を囁くものは、ただ情弱を養分に還元したいだけなのだ。
それで「君らは転売しないつもりなのか?」というところに話を戻そう。
転売行為を批判しているものも「金に困ったときはグッズを金に換えよう」そして「それは転売ではない」とでも考えているのだろう。
表向きは転売を批判しているようで内心では手持ちのグッズにプレミア価格がつくことは満更でもないのだ。
つまり「誰も手放さないからめったに市場に出てこない伝説のコレクターズアイテム」となることを期待している。
さも社会正義のような体を装っているが、やれやれ結局は損得勘定でしかない。
自分が「転売脳」でものを考えていることすら自覚していないのだ。
しかも未練がましく後生大事に抱えて長年に渡って死蔵した上での転売だ。
金目当てでさっさと手放す転売よりも、よほどたちが悪い転売ではないか?
しかも!そういうやつらに限って自分が手放すときはテンバイヤーによる市場価格を参考にするのだ。
いや「思い入れが深い」「手放すのは惜しい」などと言いながら値段を釣り上げるまである。
「(金目当てで愛のないテンバイヤーと違って)大事に使ってました」などと悪のテンバイヤーにマウントを取りながらいけしゃあしゃあと値段を釣り上げるのだ。
常識的に考えて商品に無関心でノータッチで倉庫に眠っていたテンバイヤーの品のほうがコンディションはいいのでは?
ところで「グッズを手に入れたい」という一点だけを重視するなら、テンバイヤーのいない状況は理想的ではない。
テンバイヤーさえいれば、金に糸目をつけない覚悟を持てばとりあえずグッズは手に入る。
「本当のファンなら周辺情報を常にチェックしてるから、限定グッズなどを見逃して買い逃すことはありえない」とでも反論されるかもしれない。
その分野にテンバイヤーは一人もいないというような状況は果たして本当に理想的だろうか?
金目当てで手放すものがいるから、新人がその分野に新規参入することができるのだ。
逆説的ではあるがテンバイヤーのいない分野はおのずと新規参入のない閉じコン(閉じたコンテンツ)となる。
テンバイヤーの有無でそれが決まる。
ここまでで普通に生きていれば転売は避けられない定めだと分かったはずだ。
そこで「俺は上位1%の上級国民だから転売などとは無縁の人生だ」という人々もいるかもしれない。
よしんば鉄の掟によって一生転売しないですんだとしよう。
金持ちほどマンションなど転売していそうなものだが、この際それもないものとする。
グッズの持ち主が死んだあとは、どうする?
死後の世界にグッズは持ち込めない。
遺族によって転売されるか?あるいは遺品整理業者によって転売されるか?
ただし価値があることに気づかれずに捨てられるということはありうる。
勝手に転売されることを防ぐには転売に追い込まれる前に捨てるか、無償で贈与するかしかない。
なお贈与する場合は贈与税を支払わなければならない点に注意しなければならない。
その点、グッズと違ってチケットは消耗品だから気楽で気ままではある。
ただ転売が悪という前提がそもそも間違っているのであってチケットは文字通り無駄金だ。
そして貧困層ほどチケットのような後に残らない刹那的な用途に金を使うという負の連鎖がある。
いままで「転売」と大雑把に扱ってきたが、転売にも種類がある。
転売の話題がこじれるのは転売と聞いてイメージするものに差がある側面が大きい
ネット上で話題となるのは大きく分けて「せどり」「ダフ屋行為」だろう。
他にも「プレゼントとして受け取ったものを転売する」行為の善悪が問われることもなくはない。
まず少なくともせどりに関しては「可」としていいのではないか?
せどりは中古販売なのだから古物商営業許可が必要だという議論になることもある。
しかし古物商営業許可の意味合いを考えるに「盗品販売を防止する」という意味合いが強いのではないか?
さて転売の中でもチケット転売に限ってはダフ屋行為であり犯罪であるとされる。
「ダフ屋行為が反社会勢力の資金源となる」というのがよく聞く決まり文句だ。
しかし「芸能界はそれほどクリーンなのか」という疑問が新たに湧く。
「反社会勢力の資金源となる」というまったく同じ理屈でショービジネス自体の正当性が危うくなるのだ。
反社会勢力云々という言い分はそれほど有無を言わさず通用するような絶対的なものか?
それにやろうと思えば適当な分野と反社会勢力を結びつけることはさほど難しくはない。
例えば「仮想通貨は反社会勢力のマネーローンダリングに利用される恐れがあるから全面禁止とすべきだ」と言うことができる。
でもショービジネスは文化だから保護しなくちゃならないというわけだ。転売とて同じこと。
転売ヘイターはこれら文章を読んで、何か思うところはあるだろうか?
否。おそらくは逆ギレして「じゃあ転売を法律にて完全禁止すればいいじゃん」などと言い出すに違いない。
よしんば法律にて転売を完全撲滅できても背景が変わらない限り待っているのはより悲惨な世界だ。
転売はあくまで金目当てであって悪意があるわけでも嫌がらせでしているわけでもない。
そこで全面的に転売を一律禁止としたところで転売or死という図式は微塵も揺るがない。
転売ヘイターは「転売するくらいなら潔く死ね」とでも思っているのだろうが。
なぜ転売ごときのことがまるで大罪であるかのように扱われ禁止されねばならぬのだ?
転売文化によって人々の目利きのセンスが磨かれるという側面もある。
人の心を持たない冷たい機械による仮想通貨のマイニングによって地球温暖化はますます加速する。
転売か?仮想通貨か?良心ある人々ならどちらを選ぶべきかあえて言うまでもない。
インターネットでは転売は絶対悪であるかのように扱われているが擁護しようと思えばこのようにいくらでも擁護できる!というお話でした。
死んだ姉がそうだった。遺品整理が大変だったよ。
近所に長い間病気で寝たきりだったおじいさんがいたんだけど4年前に亡くなった。
当初つきっきりで看病をしていたおばあさんはショックで寝込んだり入院したりで、
いつ後を追ってもおかしくない位に気落ちしていたんだけど、半年経った位から
次第に明るくなり白髪だらけでボサボサだった頭も綺麗に染めてパーマをかけ、
すっぴんだった顔もバッチリ化粧をし、地味な色合いだった服装もこじゃれた華やかな色合い
になってすっかり別人のようになり「彼氏でもできたんじゃないか」と近所で噂になっていた。
ある日、私と母が犬の散歩をしていると道端でおばあさんに会い「お茶でも飲んでって」と家に呼ばれた。
その時に母が「最近明るくなったよね」と言うとおばあさんは「そうなの!これ見て!」と
旦那さんの遺影が飾られている仏壇から手紙を取り出して見せてくれた。
それは遺品整理の時に見つけたと言う旦那さんからの最後の手紙との事で
非常に丁寧で柔らかい筆跡で「僕はあなたより先に行きます。あなたには本当に迷惑をかけた。
僕はあなたの明るく溌剌とした笑顔に惹かれ結婚を申し込みました。
どうか僕が死んだらあの時のようにいつも明るく元気でいて下さい。
存分にお洒落をして沢山遊んで笑って下さい。僕はあの世からあなたの笑顔を見ています」
だいたいこんな内容
「読んだ時、嬉しくて嬉しくて…だからしょげてられないって思って月に2回美容院行って、
なるべく綺麗にして外に出るようにしてるの」とニコニコなおばあさん、
そして涙腺崩壊の母。私もウルッと来た。
これだけだとしんみりした話なんけど、衝撃だったのはその後。
「夫の好きだった野球を観に行こう」とちょくちょく野球観戦に行くようになり、
そこからサッカー観戦、バスケ観戦、バレー観戦ととにかくスポーツ観戦ばかりをするようになった。
もう80歳過ぎてるんだけど、出かけているうちに体力ついたらしく見る度に姿勢が良くなっていた。
兄はサッカー場で2度、私は野球場で5回くらいユニフォーム着て
しかも「このバッター、去年は盗塁○個だったけど今年この時期でまだ○個じゃ心配ね」とかサラリと詳しい。
そして今年、東京ドームで行われたWBCの試合の時に青いユニフォーム着て
観客席ではしゃいでる姿がTVに映っていて「何か1人で行ってるっぽいぞ!」と近所中で話題になり、
「次はイタリアでACミランの試合が観たいの」とどんどんとアクティブになって行くおばあさんに
衝撃を受けた。
障害者手帳が発行されるほどの病気で先が長くない(1か月以内に頓死しそう)ので、これらの品を生前整理(か遺品整理)で世話になった知人に頼んでヤフオクに出品する予定。
100円未満で設定しておいて価格吊り上げようと考えているけど実際どうなんだろうか。
出品の手間も考え儲けは世話になった知人にある程度寄贈する予定(遺族にも残すようには伝えます)。
院生やシンクタンク勤務の頃研究で使っていた専門書(主に社会科学系)とかもあるけどヤフオクじゃ売れないからパス。
職務領域に関連する専門書はかつて勤めていたシンクタンクに寄贈する予定。
服は…うんちやおしっこがべっとりついたパンツとか売れないでしょ。スカトロマニアもマイノリティだし、カストロの支持者より圧倒的に少なそう。
それ以降、命日の前日は毎年必ず父親が死んだ日からの出来事の夢を見る。
もう10年以上経っているのにそこそこ鮮明で、リアルで、頭にこびりついてしまっているんだなぁって悲しくなる。
死んだ当日よりも後日の遺品整理が私にはトラウマで、父親の手帳の1ページに母親の名前とごめんな。と書かれていたのを見つけるシーンを夢で見ると動悸が酷くなって苦しくて起きる。
毎年そこで起きる。
父親は私のことなんてどうでもよかった、という事実が未だに受け入れられない。いい年した大人なのにみっともない。
父親が大好きだったが故にショックを受けすぎて、高校生くらいの時はまだズルッズルに引きずっていてよく死のうとした。
でも飛び降りる直前とか、ロープに首を掛ける直前とか、自殺を実行する直前になると全部一気に思い出してしまって死ねなかった。
父親が死んだあとの苦しさとか寂しさとか、私以外の家族の苦しんでる様とかをすべて思い出してしまう
そこに残ってしまった人がどうなるかを知っているせいなんだと思うけど、死にたいときに死ねないのは最早呪いだ
いつになったら忘れられるんだろうか。
元号が令和から変わって間もなく、父がこの世を去った。映画や小説の中の「息子」のように父の死を哀しめない自分がいる。そんな自分に対して人として何か欠けたものをモヤモヤ感じつつ2度目の月命日を迎えたころ、わだかまりの輪郭がくっきりと浮き彫りになってきた。
遺品整理として父のノートパソコンの中を覗くのは、大きな心理的苦痛を伴う。ブラウザのトップに出てくるはてなブックマーク。偏向を通り越してまず「トンデモ」レベルなはてブの数々。生前の父は立ち歩けなくなる直前まで地域福祉や住民のネットワーク作りに奔走していたが、デスクトップにはそうした業務のファイルに交じって、ファイル名そのものが「睡運瞑菜」とされたエクセルデータがあり、中身は有名ブクマカのブコメのリストだった。
はじめは、あれ?という違和感程度だったように思う。
久々に帰った実家で、几帳面に整理された父の書斎のデスクや枕元に何げなく置かれた「増田」のプリントアウトの数々。その頃は、相変わらず知的好奇心の幅が広い男だなと思った程度だったのだ。父はとにかく多方面に好奇心を示す人物だったし、退職しても即座に語学留学するような向学心の塊だったからだ。
病院にいると、「パンティー」とつぶやく。「ゴミを貼るな」と、誰に向かうでもなく言う。JKに向けての露骨な性癖を口にする父に、言葉を失った。元増田なんて言葉を使う時点でどんなコンテンツに触れているかがわかるし、あたかもそれが誰にでも通じる共通言語かのように語る時点で、閉鎖的なコミュニティの中で父が常識を失っていることを感じた。
貪欲な向学心を持ち、時代の波にそれなりに揉まれ、10年ぐらい同じスレッドに書き込み続けて吉野家牛丼を選んだ、どこにでもいるオヤジだった父を想う。
それほど遠くない未来、こんなことを書かれるんだろうなあ。