はてなキーワード: 物言いとは
真宗宗派は「門徒」で合っております。よくご存じでと申しましょうか、よくお寺での説法を聞いていただいているようで、謹んで敬意を表します。
横からの増田さんからのお返事も拝読して、私も少し分かってきたことがあります。
僧侶増田さんに違和感を感じたり反発したりされている方は、この言葉が非常に不快に刺さっているのだろうと思います。
私の受け取り方(そのおそらくは、真宗宗派の考え方を下地にした受け取り方)は、「切り捨ててしまう」ほど強権的な物言いではなく、しいて言い換えるなら「去る者は追わず、来る者は拒まず」というような意味合いです。
元増田の話でいえば、反発されるご親戚の方々を元増田がいくら説得しようとも、ご親戚の方々が聞く耳をもとうとされないのであれば、元増田もまたそのご親戚の方々の態度・考えを尊重されて、無理矢理にでも納得させるようなことはおやめなさい。無理に引き込んだり、引き込まれたりしても、お互いにわだかまりが残ってしまってはよくありません。・・・僧侶増田の説かれたいところは、そんな説法だと私は受け取っておりました。が、たしかにそれに続く説法の中で、ご親戚の方々に強く当たるような表現もまたあり、そこまで言わなくともという感想は私増田も理解するところです。
宗教・宗派・背景によらず、みんなが分かる考え方・言葉遣いが求められるのでしょうけれども、私増田はどうしても個々人の背景の上に成り立った考え方・受け取り方からは逃れられないとも考えています。
同じ言葉でも受け取り方が、宗派・宗教が違ったり、仏教用語として理解されるか現代日本語として捉えるかによっても変わってきます。真宗宗派でよく話題にされるのは「他力本願」という言葉です。Wikipediaにもある通り、真宗宗派のことば(Wikipediaの前者)として理解されるか、現代日本語(Wikipediaの後者)として捉えられるかによって大きく意味が変わってきます。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BB%96%E5%8A%9B%E6%9C%AC%E9%A1%98
・・・などと長々と書いておりますが、私増田は真宗宗派のお寺にお墓があるだけのごく普通の家に生まれた者です。少しだけ、お寺さんでの勉強会に通っていた時期はありますが、正信偈も冒頭が読めるかどうかの程度です。寺の生まれでも、檀家でも、熱心な門徒でもありません。
お近くのお寺で、よいご縁の中で、仏法に出会えるとよいですね。もしくは、ある程度大きなお寺であれば、月1回とか週1回のペースの勉強会を行っているところもあります。なんでもなしにお寺に行くことが難しいのでしたら、そうした勉強会をきっかけに仏法に触れられて、またご同朋やお寺の方とお話するご縁が見つかればと思います。お寺による・檀家によると言ってしまえばそれまでですが、真宗宗派のお寺の多くは、ご縁のある方は暖かく迎え、ご縁のつながらなかった方にもまた暖かく送られる姿勢です。
何かを重ねて見知ったような物言いですが
・言い換えてみた
・価値観は人それぞれ
・事を知れ
発言した委細を言葉として取り合うために話すことではないので文中にあるとかないとかで言った言わないは勘弁してください
まず最初に名乗りをあげている身上ですが、これは何か必要あることでしょうか
何教徒のどんな立場であるかを相手に告げて言説になにかの意味を含ませようとするのはその言葉が立場によっては意味がない言葉であるということでしょうか
乞食に化けた聖人は乞食が行ったことであるので聖人のそれとは関係がないはずだとするならばそれはその価値観をお持ちであることについて理解できます
物乞いに施しをする姿をみて聖人がとされない理由は何でしょうか
次に事例を引用するにあたって出典を前述の教養からとしやすくしただけであれば自ずと宗教関係の事例を挙げてこられると思います
過去の事例からして正しい行いをしたと評価してあげるために何かしら評価にまつわる根拠のない話をいくつかされていますが意味があるというその意味が何であるか宗教を出した上でされているのだからご自身の範疇でその評価をしてさしあげるのが道理ではないでしょうか
それぞれ個人の何か大切なものを見つけていけるし見つけていってください と突き放すのではそれを支えるべく教えを用意しているはずの宗教の救済の意味がすべて喪失していませんか
当人個人の判断で自身を救えるのならば初めからそんな長い話を聞かせて要点が何点ありどうすべきで基準のそれを「基準」と呼んでいるそれは何なのかひけらかす必要はないでしょう
相手に情報を押し付けることについてのみ思考されているため視点が抜けているように見えます
相手に選択肢の存在を示すのであれば自らの身上を述べ参考にしてもらうだけで充分ではないでしょうか 自分が信じているものや自分を信じてもらえたら出来ること等あるはずです
最後にいろんな方の心の内を勝手に想定してイタコをされていますがどのような宗教でどんな戒律があればそのような事が行えるのでしょうか
生きている人の本音を霊体を呼び寄せて聞くという宗教もあるかもしれませんがそれでしょうか
少なくとも浄土真宗は死者の例を呼び寄せ思考を読み代弁できるという能力が存在したという話はないと思いますがこれはもの知らずの浅知恵でしたでしょうか
仏教というものに僅かでも関わり僧侶という立場にあるのだとしたら頭をまるめ結婚をせず肉食を控え私財を蓄えず物を乞うて生きるの意味くらいは深くご理解があるかと思います
そもそもそのための組織といっても過言ではないしその意義によって成り立っている組織ですよね
坊主になるのは個を無くすため ファッションや外見的特徴で教えの元にある者を区別しない 僧侶の格好をしていればみな同じ教えの元に対応ができることを示す
どの坊主が良いとか悪いとか誰のせいだとかどんな格好をしているから偉いとかありません 皆が同じ仏の教えの元に集っているのです
至らぬ者があればほかの同門がそれを補う 個人で新しく独自路線を開拓したわけではない 常に仏に帰依する現実的なスタンスが外見的特徴の喪失ですよね
髪の毛はやしてますか? ファッションに気を付けてますか? アクセサリーとかつけてますか?
結婚せず肉食をせず肉食を控え私財を蓄えず物を乞う
人の里にあって人の営みをするものと離れて生活します 里の人と同じ世界という規模で共存するにあたってそれらを得るという選択肢を無くします
もし僧侶と娘が結婚したら 人の里において娘と結婚する人が一人減ります 私財を蓄えるとその取引によって人の里から失われるものがあります
営利目的で僧侶をやっていいなら営利団体が宗教的なものを発布してもよいはずです 従業員がまるで宗教のような企業に労働を強いられていることもあると思いますが宗教となれば「その労働者の家族も含め」となります
価値があるものとしてその知識を村や人が保有するために支払うコストが必要ならばそれは村や人が金庫にいれたり資産を投じて運用すべきです
そうすると運営元が恣意的に内容や情報を変更する可能性があります 伝承や歴史が歪められる可能性があります
できるかぎり中立で正確な情報を残していくため それを得ることができるようにするのには公平で自由に接することができなくてはなりません
だれかの資産で運営するわけにはいかないのです だれか一人のトップ僧侶の能力で人の判断を歪めてはいけないのです 独立した公平な組織となるためにはその戒律が必要なのです
肉食は生物を殺さないという根源的な保証のために行っているものです 実際にはどうのという話ではなくただのタンパク質ならどうなのかという話でもなくだれも殺さない むしろ殺すくらいなら死ぬというものであることの証明のためです
これらをこなしたうえで極楽浄土がある 死後に苦しむことになるので現世での苦しみを耐えよの言葉に意味がでてくるわけなので 意味のない言葉を聞きかじったままに伝播するのでなければ当然されているかと思います
ご自身が常に戒律によって自覚しているあたりまえの日常の最低限の事ではあるでしょうけれども 人に道を示すのにこれだけしておかなければ中立であると言えない 恣意的に利己的に利益を求めて助言をしていると言われないようにできないですよね
名乗られている浄土真宗はそんなものではなく営利目的の団体で 顧客獲得のためのセールス手段の一つをここでお話させてもらうと良い話なので是非聞いてくださいというのならば納得もします
あくまで浄土真宗の何派かわかりませんが宗教にあって僧侶をされている方の立場と名誉について 今一度そんなに金がほしいのか人に知がありと説いて健やかなれと願っているのかお聞かせいただきたい
なぜ一人を救うのに何人も汚名の淵に蹴落とさなければならなかったのか その判断は公平で平等に判断したその何かにおいて当然だったのか
拙文にもかかわらず、お読みいただき、またもったいないお言葉をありがとうございます。このような形でご法縁を賜るのは初めてのことです。
仏教の最大の目的は、抜苦与楽(ばっくよらく)にあります。苦しみを抜き去り、喜びを与えるという意味です。
特に日本では死別の悲しみを和らげることが重視されてきた面があると言えますから、(我々浄土真宗の場合は)他宗の49日間という習慣を仮に使わせていただき、その期間中ご遺族の心と向き合い、教えに従って慰めていくことも法務活動の一環としております。そうした意味でも、「見送った人の心を整える」というあなた様の解釈は誤りではありません。
「生きることは即ち苦である」、という大前提の上に仏教は成り立っています。
様々な出来事に直面し、悩み苦しむ方々にとって、その方を照らす光となるような、その方を温める熱となるような教えをもたらすことが我々僧侶の使命であると言えます。
ですから、このように謝意を向けていただけると、私自身もまた苦しい日々の中に光をいただける思いです。これがお釈迦さまの目指された「自利利他円満(じりりたえんまん:相手も私も喜びに満ちる)」ということなのだろうと感じ入ります。
また、お恥ずかしくも増田さんのご親族への批判じみた物言いに終止してしまった私に代わって、現実的かつ理想的なアフターフォローの形をご提示いただいたこと、ありがとうございます。観念的な話だけではなく、具体策も伴った上でご遺族を慰められるようになりたいという思いをいただきました。
悲しみはいつ訪れるか分かりません。
その痛みがいつ引くのかも分かりません。
後悔のないように生きたくとも、現実生活の前では様々なことがおざなりになってしまいます。
それでも、「わたし」も、先立ったあの人も、いつかまた出会える場処を夢見て、今日を明日を進みましょう。
心が揺さぶられる時ほど、足元がぐらつく時ほど、「わたし」と人生が問われている時です。
いつか、自分に問うてくださるこの痛みにも、苦しみにも、心からありがとうとごめんなさいの気持ちを持って、手を合わせてゆきたいものですね。
合掌
去年の11月ごろ、父親が特別養護老人ホームのような施設に入ったのだが、その後、父親から頻繁に電話が掛かってくるようになった。
施設の人にいじめられている、というような話なのだが、色々な事情で携帯の所有時間に制限があり、それをイジメとして捉えている。
施設の担当者やケアマネとは連絡しており、事実としてのイジメは99.9%ないと思っている。
(ヤクザに命を狙われてるということを何十年も言っていた人なので。)
それで、電話に出るのがしんどくなって、出ないでいたら毎日のようにストーカーのように電話をかけてきて、留守番電話に被害妄想の話や私に対するクレームを残している。
私のメンタルのダメージも大きいので、無視して聞かないようにしている。
これが地味に自分の罪悪感に訴えてくる。
精神病とはいえ父親の電話を完全に無視するのは、人としてどうなんだろう、とかもやもや考えてしまう。
今日も電話が何度もかかってきたので、いい加減にしてもらいたいと思い、「何の用?用もないのに電話しないでほしいんだけど」と答えたら、「そんなこと言わないでくれよ」と弱者的な物言いでブチッと電話が切れた。
こうやってまた被害者側に立って罪悪感に訴えてくるわけだ。
私には姉がいるのだが、姉は完全に無視をしていて、絶対に電話を取らないようにしている。その徹底ぶりは残酷なようであると思っていた。
だが、私の姉は私が通った道を先に通っていただけだと分かった気がした。
親が精神病だけあって、自分の精神も弱くできてるので、とても相手にしてられないし、自分の思考に父親が入ってくるだけで苦しい。
結局、父親がしたいことは寂しさから来るストレスを電話が掛けられる先にかけて解消したいだけなのだ。
父親は友人ができてもお得意の被害妄想で怒りに燃え急に説教をしたりするため、すぐに友人がいなくなり、親戚にも説教をしてウザがられ、姉からも徹底無視され、完全に孤独なのである。
そこで、電話の連絡先に残った少ない連絡先である、姉と私にマシンガンのように電話してくるのだ。
どうにかできないものだろうか?
ジャストアイデアだが、命の電話に掛けてもらうように施設の人にお願いしようかと思っている。
だからこういった電話を受けることで、彼らのボランティアとしてのやり甲斐があがり、父親は終わりのない被害妄想を訴えてストレス解消できるので、ウィンウィンの関係になれるのではないだろうか?
増田やってて久しぶりに社会に届いてほしいと思えるような日記に出会えた。
しかも、俺みたいな人に感謝してる人って見たことないんだよね。
「自分を犠牲にした協力に感謝します」みたいなこと誰か言ってる?「自分勝手な若者が」って言葉ばっかりじゃない?
今日も「成人式に行くやつは自分で状況判断できないガキ。大人なんだから自制しろ」って岩田教授がブログに書いてたけど、こんなのしかなくない?
それか、良い話を持ってこない?「これをしてくれれば、もっと得ですよ」って。
これは本当にそう思う。
コロナがどんなものか社会でだいたい知識を共有されてきた頃から、俺もずっと政治家とかコメンテーターとかの態度には疑問を感じていた。
政治家も医療界のお偉いさんも民衆は自分の意のままに動いて当然の駒としか見てないんだろうなって何度も思った。
自分たちは社会のためにマイナスを負う気持ちなんてさらさらない癖に。
増田は思考の上での不満にとどめているけど、テレビ中で取り上げられるような「街を行く若者」たちの中には上世代の傲慢な物言いに愛想を尽かし、言うことを無視することを決めて遊びにいっている人が相当数いるんじゃないかなと思う。
まあ、中には傲慢さからでなく、本気で若者に感染して苦しんでほしくないと思って強い自粛を呼び掛けている人もいるかもしれない。
ただやっぱり、若者世代の発症確率、重症化確率、死亡確率を考えたら、できる範囲で感染対策してクラスターが起きるような高リスクの場所さえ避ければ現実的な確率としての安全は得られるし、それ以上の徹底はコストや機会損失の方が勝るんだよな。
それに、ちゃんと思いやりから言っている人は言葉を選んで呼び掛けるだろうし、増田が不満に思っている傲慢なクズ共の中にはカテゴライズされないか。
テレビ越しに国民の代表面して発言してるジジイ共があの調子じゃあ永遠に「街を行く若者」との歩み寄りは不可能なんだろうなぁ……。
今の世の中の人出の多さは世間を代表して呼び掛ける立場の大人が大人として相応しい品格を以て行動できなかったツケでもあるんだろうな。
※ド自分語りです
分かりやすく言えば「好きになるのに性別なんて関係ない」と思っている、人間だ。
どう繋がんのか、って話だよね。
ある意味情勢が理由になるのかな、とも思うが、匿名でない限り、友達にも、ましてや恋人にも言えないことだから、この匿名で言わせてほしい。
自分にとっては言わないとあまりにも辛いが、誰に言えたことでもないから。
ちょっと引っ張るとあるある言いたい〜みたいな感じになってくるからそろそろ本題に入ろう。
言ってしまえば、今は実家暮らしに近いものだ。というか、母方の実家に暮らしている。祖母と私の二人暮らし。生活に必要な金は、医療費以外は祖母が出してくれるような、そんなぬるい環境だった。とあるところから逃げ帰ってきて今までおおよそ一年間、それにずっと甘えてきた。
私は祖母が大好きで、ここに来た当初は支えていこうとすら思っていた。
しかし結論から言えば、その意思が無くなってしまった。今ではもうどうでもいいとすら思っている。
何故か?
受話器を持ちながらそう言われた。
んで、びっくりした私はこう答える。
朝だよ? 何なら寝起き。返答の判断なんてつかないじゃんと思って聞いてほしい。それにしても不注意だったなとは思うけど。
前提として私自身は女であり、この時には女の子の恋人がいて、それをうっかり言ってしまった。一般人には理解がないから、なるべく言わないようにしていたのに。
それと、前々そういう題材を取り上げている番組とかを観て、そういう時代だよね〜とか言ってた祖母を見て、私もうっかり大丈夫なんだと、無意識に大丈夫だと思っていたのかもしれない。
ただ、それが一番の間違いだった。
それ以降、祖母からその話をされることは無くなったんだが、ある日、受け入れられてると思い、とある話題で、「私にも守りたい人くらいいる〜」みたいなことを言った訳さ。
笑いながら、そう言われた。
頭に重石が乗っかったみたいな感覚、目頭が熱くなっていく。悔しさのせいで。ここまで悔しかったのは一生でこれ以上ないかもしれないってくらい、悔しかった。
うっかりカムみたいなことになってしまった自分が一番悪いかもしれないけど、その時ばかりは普段から直球な物言いしか出来ない祖母に苛立ちを感じてしまった。
けど、その時の私は何故か、一晩だけでどうにかこの気持ちをおさめようとして、次の日からは明るく振舞おうと思ったわけ。で、実際そう振舞ったと。
問題はその次の日から、定期的に電話で出された見合いの話を言われるようになったこと。
それと度々「○○ちゃんなら素敵な人に出会えるよ」って言われるようになったこと。
日々ふざけんな、と思いながら苦笑いで済ませてきたけど、後者は朝ドラのいいシーンが来る度に行われたから、さすがの私も気が狂いそうになった。故に朝ドラがちょっと苦手になった。作品に罪はないんだけどね。
あと覚えてる語録で言えば、ちょっとお高めのアクセサリー買った時に、
「それを買ってくれるような人がきっとできるよ」
とか、
世の中でBLが流行ってると(タイミング悪く)テレビで流れた時に、
こんなん、いくら悪気がないと言えど、言葉の暴力だと思うんですよね。
ここまで言われた私は当たり前に辛くて、もう耐えられないと思った訳よ。
だからつい2,3ヶ月くらい前に、ちゃんとセクシュアリティも含めた、この日記の冒頭みたいな説明をしっかりした訳ですよ。全性愛者であること、(言い方はアレだが)好きでこうなった訳ではないこと。
だから偏見みたいなことは言わないでほしいし、結婚の話ももうやめてほしい、と言った。普段から都合の悪い話を聞かない祖母に、度々「話を聞いて」と声を上げながら、伝えた。
でも、もう、多分1ヶ月くらい経った頃には忘れられたのか、以前と同じ頻度で言われるようになった。
それでいて、私が自主的に、生活費のほぼを支えてくれているからという理由でやっていた家事も、徐々に要望が上がっていき、最近では夜に突然「これ買ってきたから煮てほしい」とか、そんな急なレベルで頼まれるようになった。
ルーティーンに縛られる生活があまりにも嫌な自分の性格のおかげで、その辺の歯車も段々と狂いつつあった。
あとは、在宅で仕事をしているから、密接になりすぎて嫌になった、とか、そんなところもあるのかもしれない。
で、耐えられなくなったのが、年の瀬、大晦日前日。この日もイマイチやる気が起きない上に「唐揚げの下準備を〜」と言われていた日。
ただどうしてもその日に下準備をしたくなくて
「明日の朝とかでも良くね?」
って言ったら、
「唐揚げは一晩つけなきゃダメだから、今日風呂入る前にやらなきゃね」
何か、その一言で急に耐えられなくなった。
今まで色々散々に言われた上、そいつの手伝いどころかほぼをやって、それで風呂の時間までそれに縛られて……?
私は一体、誰の時間を生きているのだろう。
そう思った瞬間にはもう無理で、気がついたらあのクソ寒い夜に、河川敷を歩いていた。風がすごく強かった。
間近で水面を見ながら、ぶっちゃけ波にさらわれてもいいとすら思った。
それから渋々祖母の言う通り、唐揚げの下準備をしていると、母親から折り返しの電話がかかってきた。
もう、わんわん泣いたよな。
母親の前で泣くとか何年ぶりだよってくらい、泣いた。もう20代も半ばに差し掛かるのにぼろっぼろ泣きながら、もう頼まれるのが辛い、無理だ、って訴えた。
当たり前だが、恋人のくだりは伏せた。なんもねーのに結婚だの、素敵な人が〜の話されるのが辛いって話はしたが。
したら母親は、
「辛いなら帰ってくれば?」
この一言で、また泣いた。
だから私は、皆が我慢している中すまない、と思いながら、今年も実家に帰った。
もちろん、混んでいない早朝を狙って、実家へと向かった。大晦日でこのご時世ということもあり、人はほぼ、誰もいなかった。
まあ帰省の話は長くなるから割愛するが、家族が全員食卓に揃った瞬間にも泣きそうになったとだけ……(ひたすらに涙もろい)
で、また祖母宅に帰る時も、うだうだ言っている私に対して母が「あの人は身近にいる人をすぐ使うから、たまには嫌だって言うしかない」「もうある程度諦めるしかない」と助言をいただいた。
でも、それって同居しててほしいっていう母親の気持ちの表れじゃん? いや分かるよ。いくら近くに親族がいると言えど高齢者を一人で住まわせたくない気持ちは。私もそうだったからこの家にいたわけだしね。
けど、誰だったかはもう分からないが、こんな名言を残した人がいた。
「辛い時は、逃げてもいいんだよ」
うん、すまんが、逃げるわ。
ってことで、家に帰ってからすーぐ祖母に「最近よく頭働かないし、その理由は多分頼まれるのしんどいからだと思うので家を出る」と説明。
「私が邪魔なのね」
とか言ってきたが、知らねー。それより私は色々嫌なことされてきてんだ知らねー! と遅れてきた反抗期みたいなことを思いながら部屋に帰った。
そこからの私の行動は早かった。言ったその日のうちに物件を探して、その内見を近い日付で取り付けた。
まだ見れていないが、余程悪くない限り、そこで決めたいと思っている。
と、現状がここまでなんですが、最後に
調べると体験談がそこそこ出てくる
FTMトランスジェンダーの人が男性ホルモン注射受けたらかなり性欲が増すらしい
治療受ける前の人が「性欲が増すって話もありますが」みたいなことを書いてたりして、トランスの人たちの間ではそこそこ知れ渡っていることらしい
オナニーが「気が向いたらときどきやる」から必須習慣になった、なんて記述もあった
これ、「男は女より強い性欲に常に振り回されている」をポリコレ棒にするチャンスやんけ!
あんま定量化して書いてある資料とかが出てこないのがネックだけど、ぜってえいいデータだよ
「女性にも男性と同程度の性欲があるが、社会的に抑圧されていないので表に出ないだけ」みてえな物言いが俺はすげー嫌いなんだ
そら個人差はあるだろうが、全体として見て男の方が性欲つええじゃん、絶対!
男のキモさ、結構性欲由来だと思うんだけど、その性欲って生まれ持ってしまった弱者属性のひとつなのではないか?と
そういう話になってほしいんだよな
ええ感じの論文とか出てこねえかな!
私は30歳の女です。
25歳頃に、2ちゃんねる及び2ちゃん系のまとめブログにハマりました。
するとすぐに、いわゆる「女叩き」に遭遇しました。
始めのうちは、
「あ~…ここまでひどくはないけど、こういう女性たまに居るなぁ(笑)」
「私も調子に乗ってバカ女に認定されないよう気を付けないとなぁ(笑)」
など、さほど気にせず笑いながら読んでいました。
しかしながら、その後女叩きを目にする回数が増え、
次第にその内容を気にするようになってしまい…、
「こいつ…良い人そうに見えるけど心の中では“女は肉便器”と思っているのでは…」
「この男ねらーっぽいな…“30過ぎ独身女は産業廃棄物”とか思ってるのでは…」
少しでも感情的な物言いをしたら“これだから女はバカ”と思われるのではないか…
ちょっとでも会話が脱線したら“これだから女の会話は意味不明…”と思われるのではないか…
など、逐一気になってしまい、男性と会話するときに妙に緊張し、
感情を押し殺した機械的な論文調の会話をしてしまうことがあります。
こうやって文章を書いていても、
少しでも誤字脱字や変な文章があれば“これだから女は…”と思われるのではないか、
さすがにこの精神状況はまずいと思い、
他に何かこの状況を打破できる手立てはあるでしょうか?
もうこれさ、嘘つきだと思うんだよね。俺の感覚だと。
でも、本人は大まじめなわけよ。
って言われて月10万くらい儲かったのかな?って思ったら月3万円だったとか。
〇〇をやったらすごい痩せた!ベルトの穴が1つ縮まった!
っていってたのに実際は0.5kgも痩せてなくて次会ったときにはむしろ体重増えてた。
1万円くらいのディナーを食べたのかなと思ったら880円の日本酒飲んだだけ。
演技性パーソナリティ障害とか自己愛性パーソナリティ障害っていうらしいっすよ。
こういうやつらの特徴は
一度でも大げさに言ってたってわかったら次からは「数字だせやボケが」って言って
年末年始に親族の皆さんで集まることも多いかと思いますが、昔と同じ気持ちで親兄弟その他親戚に遠慮のないズカズカとした物言いをするのは控えましょう。その軽はずみな発言であなたは殺人の加害者にも被害者にもなり得ます。
殺人未遂、暴行や傷害、詐欺や窃盗、器物損壊、強制わいせつまで含めると親族間での犯罪はもっと増えます。あなたが報道で目にする他人による公共の場での凶行は宝くじの当選確率よりも低いものです。捜査機関も親族間での犯罪となると捜査に二の足を踏んでしまいます。親族だからといって安易に気を許さないようにしましょう。
本当に警察はこれくらいの注意喚起をすべき。なんのために予算もらってんだ。
【追記】
ブクマの方にソースがないみたいなコメントがあったので、報道資料だが貼っておく。
https://mainichi.jp/articles/20170411/ddm/012/040/061000c
正確には55%ということで、60%というのは確認ミスだった。お詫びして訂正したい。
なお、友人知人を含めると80%を超えるそうな。
https://anond.hatelabo.jp/20201230010318
1+2 = 生まれ持った性質に基づいて馬鹿にしている。という、大変な危険行為、国際的に炎上するアレやソレとイコールなんですけど。でも婚活コンサルはそれをわりと堂々とやっているのがすごい。もうちょっとオブラートというか、レトリックを駆使するなどして、ポリコレからカムフラージュした物言いにしたほうがいいんじゃないか?って思うけども。無防備すぎやしないかな(助け舟)。まあ駆使したところで見抜かれてしまうんですが。
個人的には1単体は同意なんですよ。同じ見解を持っている。確かにモテる人間って、「まず女の子と食事に行くとするじゃん?」から話を始めるけど、そもそも非モテはそこにたどり着けないんですけど。というスタートラインが決定的に違いすぎて話がかみ合わないやつ。ただ2は否定ですし1+2も否定ですねー。
じゃあ先天的モテを持たざる者として生を受けてしまったら、どうやって結婚すればいいか?というと結婚は実際問題難しいだろうねハードル高そう。個人の努力ではどうにもならないやつだ。それが昔であれば国民皆婚体制という社会構造によってハードル低くなっていたけど、いまはもうそうなっていない。
じゃあ、いよいよもって、先天的非モテはどうやってよりよく生きていけばいいのか?というのは、まあとても難しい問題ですよね。僕もそうだし。みんなして手探り状態だよね実際。
中野駅は、千葉から三鷹市を結ぶ総武線や、山梨の大月まで伸びている中央本線の中継点になっている。ふだん通勤で新宿駅と阿佐ヶ谷駅のあいだ(つまり総武線のほんの一部区間)を毎日行ったり来たりしているだけの私には、中野は少しイラッとさせられる駅だ。停車時間がいつも長いからだ。中野駅に電車がいったん着くと、ドアを開けたまま、再び走り出す気配すらない。思い出したように電車が再び走り出すまでの間、乗客は列車の中で押し黙っている。
乗客の忍耐を承認と受け取ったのか、国鉄は中野駅での停車時間を少しずつ延長しはじめたみたいだった。
2分間停車とアナウンスではいっているのに、それより長く感じる。たぶん自分が焦っているだけだろうと思い、最初の頃は気に留めなかった。数日後、やっぱり長いなと思って時計で計ると、5分を越えていた。それから日ごとに中野での停車時間は長くなっていき、20分を越えた頃にはさすがに乗客のほとんどが異変に気づきはじめた。停車時間が2時間を越えた頃にはもう国鉄は隠すこともしなくなった。これから2時間停車する旨アナウンスが流れると、乗客は全員降りていった。
中野で毎日2時間電車を待つのはそれなりに大変だったが、しだいに慣れた。電車待ちの客をあてにした商売が中野駅の周辺で増えて、時間を潰す場所には困らなかったからだ。駅前広場のパブリックハンギングで人が首にロープをつけたまま落下するのを眺めたり、うずら園へ行ってお茶を飲んだり卵を拾ったりしていると、それなりにしのげた。
停車時間が2日間になったときには、もっと腰を据えて時間を潰さなくてはいけなくなった。それだけ時間があるなら歩いて阿佐ヶ谷へ帰ろうかとも思ったが、検問が行われていて中野から西へは自由に行けなかった。これほど長く乗客を中野に留め置くことは疫病対策になにか関係があるらしかったが、詳しいことはわからなかった。
なんにせよ2日間は長い。食料を仕入れて寝る場所を探そうと思い、とりあえずブロードウエイに行った。その名のとおりブロードウエイはとても広く、20〜30mくらい幅がありそうな道路の両端にはかすかに黄色い葉を残す銀杏が並び、樹の下には雑多な屋台が出ていた。植木屋、金物屋、肉屋、魚屋、おでん、綿あめ、射的、大人のおもちゃ、根付、オーディオ用品、型抜き、スマートボール、骨董品、ありとあらゆるものがあった。
道路脇にプロパンガスのボンベを持ち込んでソーセージを焼いていたので、2本買った。真冬でも麦わら帽子をかぶったおばさんが、ちぎった生のキャベツ、青い唐辛子と一緒に小さなビニール袋へ入れてくれた。この辺でどこか安く泊まれるところはありませんかとついでに訊くと、最近電車待ちの人向けにキャンプ場ができたよと教えてくれた。
キャンプ場はうずら園の裏手にあった。入口で受付を済ませると、カーキ色のテントと寝袋を借りた。米も売っていたので買った。調理場にたくさん積んである飯盒を借りて米を炊いているうちに日が暮れた。
暗くなると一気に寒くなった。このまま寝られるかどうかもわからないほど寒かったので、斜め向かいのテント前でやっている焚き火にあたらせてもらった。そこにいたのは自分と同じくらいか少し上の年頃の男性で、柔らかい物言いのわりに目の奥の光が鋭かった。焚き火の上で沸かしていたお湯で焼酎を割って飲ませてくれたので、自分はポケットに入っていた南部せんべいを渡した。
これから毎回、西に向かおうとする度に足止めを食らわせるつもりなんですかね、国も呑気なもんですね、などと話し合っているうちに私たちは打ち解けた。国分寺に住むミヤシタさんというその男性はカメラマンで、戦場というよりは紛争地帯の取材を専門にしているらしく、数年前、パキスタンからアフガニスタンへ入った時の話をしていた。自動小銃を持ち、黒い布で顔を覆ったタリバンの兵士が乗るピックアップトラックについて村を、学校を周って子どもたちを撮影したこと。片目のない子、腿から膝にかけて爆撃の痕で肉がえぐれたままの子が珍しがって寄ってきたこと、阿片栽培関連の場所は一切撮影を許されなかったこと。暗闇の中で炎を眺めながらそんな話を聞いていると、自分が東京にいることを一瞬忘れた。
テントに戻って眠りについたものの、寒さで目が覚めた。寝袋が冬用なのかどうかわからない。奥歯がガチガチ鳴るのを自分では抑えることができなかった。このまま横になっているのに限界を感じて外に出ると、空がかすかに明るくなり始めていた。バラックのトタン屋根が、木が、電柱が、金色と紫色の混じった光から現れてきた。今日一日をどうするかはまだ決まっていなかった。