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はてなキーワード: 背中とは

2018-02-15

anond:20180215144437

乾燥肌かもしれない。めっちゃ痒い。

でも、おなかがかゆいなんて初めてなんだよね。背中側の脇腹とでもいうか何と言うか。

2018-02-14

お父さんて子供(小1)の上履き洗ったりしないもの

一回だけお願いして洗ってもらったことあるけど、自分からは全くやる気配ない。自分仕事ではないというかんじ?

毎回、よし一緒に洗おー!って子供と洗って見せてるんだけど。背中見せてるんだけど!

これに限ったことではなく、、、

って、小町かよ!

2018-02-13

「親しい人を亡くした絶望」が好きなのかもしれない

https://anond.hatelabo.jp/20180212233657

絶対人には言えない不謹慎性癖で思い出してしまった。


数年前、大学時代同じ部活だった友人が20代若さ事故で亡くなった。

ちょうど仲間内の1人と交際しており、婚約直後だったと聞いていた。

その婚約者の友人から知らせを受けた直後は、気が動転して意味のないことを口走りながら、友人として諸々の手続きを引き受けることにした。

母親にどうすればいいか聞いて葬儀社に電話をして、言われるがままに一番大きな供花を注文した。

葬式には大勢部活仲間と参列した。亡くなった友人は事故に遭ったのが嘘のような、まるで眠っているかのような顔で棺に収まっていたので、どうしようもないとは思いつつ「今までありがとう」と声をかけてみた。

親御さんからのお願いを受けて、みんなで棺に花と思い出の品を入れて、最後霊柩車が式場を出て行くのを見送った。

今でもこうしたひとつひとつ出来事を鮮明に思い出せるし、「悲しい」以前に「受け入れがたい」という気持ちが消えない。


ただ、その時自分が持っていた感情理解できない。その時の自分は、行き場のない悲しみ以外に一種ドラマ感を味わっていた。

葬儀の前日、悲しみを通り越して感情が表せなくなった婚約者の友人の顔を見ながら、亡くなった彼との思い出話を聞いていた時。

婚約者の友人の代わりに花を手配し、初めて会った故人の親御さんからありがとうございます」と言われた時。

故人と親友だった友人が棺の前で泣き崩れ、背中をさするために座り込んだ時。

私は心のどこかで「非日常のわくわく」や「非日常ちょっと活躍できる自分」に興奮していた。


しかしたら、単に緊急事態アドレナリンが分泌されて、混乱した心が「高揚している」と勘違いしただけかもしれない。

でも、あの時の自分がもし親しい人との死別という悲劇エンタメとして消費していたなら、八つ裂きにされてもおかしくない程の残酷性癖に当たるだろう。

誰にも言えずにしまっていたけど、この機にそっと投げておく。この気持ち合理的説明できるならありがたいし、同志がもしいるならそれもありがたい。罵倒されたとしても、ようやく自分の罪を断罪してもらえるならそれでもいい。

ただ、仮にこれが何かの性癖だとしても、現実ではもう二度と起こって欲しくない。とは、今の所思っている。

anond:20180213085604

人とぶつからない女もいると思うけど

背中丸めてオドオドと隅っこを歩いてるような女や向こうから来る人を見つけてぶつからないよう事前に避ける女は増田には「女」として映ってないと思う

「女」が歩いてくる人間NPC扱いしてぶつかってもなんとも思わないように

増田は隅っこを歩いている女を「女」と認識せず路傍の石だと思っている

増田が「女」と認識するのは自分を可愛く着飾って アタシが正義なのよ!そっちが避けなさいよ!って堂々たる姿で闊歩しているようなタイプだけ

から「女は避けようとしない!」って認識になるんだと思う

anond:20180213085604

女が横一列に並んで歩くのは、古くはGメン75、最近ではまーん歩きと呼ばれる、女特有習性である民明書房書籍によれば、類人猿の頃から続く本能との調査があるらしい。

あれは、その女グループでの序列を作らないための行動で。あの横一列から一歩でも後ろに下がることは、グループの中での格落ちを意味することになるので、絶対に列を崩さない。やむなく避ける場合には、隣と目配せして横に詰めるなどして横一列を維持し続けようとする。女特有マウンティング合戦だね。

バタートースト背中に付けた猫を使って発電ができるように、この形態保持、圧縮伸展の動きを使って新たなエネルギーを生み出す技術が開発中らしいよ。

要するに、"ウチ"と"ソト"の区別がついていない/つけられない人達ってことだよ。通行の邪魔をしてはいけないという"ソト"の論理よりも、グループ内での序列という"ウチ"の論理が優先されてる。これが日本人特有なのか知らないけれど、金商法やら労働法やらJIS法の法律よりも社内のルールが優先とか、警察よりも協会に先に報告だとか、男女に関係なく世の中はそんなことばかりだからあんまり気にしても仕方ないよ。

2018-02-11

どうして便座がうんこで汚れるのか?

外出先でトイレを利用することがよくある。

そのときに小の方なら便座を跳ね上げて用を足すだけだから問題ないのだが、大の場合、たまに便座が汚れていることがある。

そんなときはオレは別の個室に移動する。他人うんこなんて見るのもいやだ。

しかし、別の個室がないとかふさがってるという場合、あきらめてその汚れた便座をきれいにして、改めてそこでうんこをするということになる。

トイレットペーパーをぬらしてきれいうんこを拭き取るのだ。どうしてこんなことまでしないといけないのか。

そこでオレは不思議に思うのだ。そもそもどうしてうんこが便座に付着するのだろうか。


普通に便座に座った場合うんこはそのまま直下に落下するわけで、便座が汚れる要素は全くない。

便座を汚すためにはわざと後ろにずれて座って、肛門が便座に付くようにしないといけない。

そんな状態うんこを出せば、うんこは便座に付着するだけではなくて、肛門周囲のお尻も汚れるのではないか

極端な後ろに座ってしまった場合うんこは行き場を失って上方にはみ出てしまい、背中や服を汚すことになってしまうのではないか

そんなことをオレは心配するのである

もしも仮に便座をうんこで汚してしまったとして、その時に座る位置が後ろ過ぎることに気がついたら次から修正すればいいのである

人生において人は数え切れない回数のうんこをするわけで、まともな人間なら正しいケツの位置くらいわかるものだ。

もしも子どもなら、ちゃんとトイレを使えないということもあるだろう。

きちっとトイレトレーニングをできていないということである

しかし、大人がちゃんとトイレを使えないということはオレは断じて許せないのだ。

最近コンビニトイレは本当にきれいである

基本的自動ケツ洗い機が装備されていて快適に使用することができる。

しかし、そのトイレの便座の汚れている率は高い。

なんでおまえのケツは曲がってるのか。

どうしておまえはうんこひとつまともにできないのかとオレは腹が立つのである

コンビニトイレがふさがっていて、空くまで待ってから入った時に便座にうんこが付着していることがある。

たった今オレの前で出てきたヤツがそのうんこの主なのである

次に待ってる人がいるような状況でうんこを付着させているということは、これは後から使う人へのいやがらせしか考えられないのだ。

どうしておまえはわざとうんこを付けるのか。

正しくトイレを使えない情けない人間をどうやって撲滅すればいいのか。

コンビニトイレから出てきたヤツに向かって、「てめえ、うんこ拭けよ!」と抗議すればいいのか。

どうしたらうんこマナーの悪い奴を撲滅できるのか。

そこでオレから提案である。これはぜひとも洗浄便座を作ってるメーカーに開発してもらいたいのである

使い方が悪くて便座にうんこが付着した場合、警告音が鳴って教えてくれるという仕組みを導入してもらいたい。

うんこついてますよ」

うんこついてますよ」

うんこついてますよ」

やさしい女性の声でアナウンスが流れ、そのままトイレを出ようとすると音量が大きくなって店内にその音が響く。

うんこを付着させた客はとっても恥ずかしい思いをする。

こういう機械を設置したら、100%うんこ付着問題解決するし、コンビニ店員トイレ掃除の労力も緩和されると思うのである


うんこで汚れた便座ほど人を悲しくさせるものはない。

どうかトイレマナーの悪い人間を撲滅してもらいたいのである

それにしても不思議である。どうして便座にうんこを付ける人がいるのか。

オレは過去に一度、便座全体がペースト状のうんこで覆われているという悲惨な状況に出くわしてあわてて扉を閉じて逃げたことがあった。

犯人はいったい何がしたかったのか? うんこアートでもしたかったのか?

anond:20180211003012

お金もうければ何したっていい、って教育受けてきたんだと思う。

じっさい大企業データ偽装とかは、神鋼の40年物の検査結果捏造を筆頭に長年の伝統だったみたいだし

そういう背中を見てれば「正直よりもまずは目の前のカネ」ってけっこう刷り込まれてきたんじゃないか

2018-02-10

ウサギ

ベランダで飼っているウサギのムカつく事を書く。

引っ越す知合いか押し付けられて仕方なく、ベランダに大き目のケージを置いて、ウサギを一匹飼っている。

家に来た当初は1年未満の比較的小さな体で、なかなかかわいかった。

しかし成長して骨っぽい体格になったいまは、あまりかわいいはいえない。

餌や掃除のためにケージへ手を突っ込むと、毎回のように噛まれる。(そう痛くはないのだが)

仕事へ行く日中はカゴの中に押し込め、帰宅後の夜はベランダへ出してやる。

ケージから出すと、ベランダの中を走り回り、跳ね回る。

かわいいと思える時もあるが、しばしば超ムカつかされる。

ウサギネズミに似て器用なので、前歯と鼻先でいろんな事を器用にこなす。

ある日、事情で数日ほどケージへ入れっぱなしにしたところ、餌を入れたトレイをひっくり返しやがった。

餌のドライフードがケージの下の糞尿トレイへ散乱。

こちらも超ムカついた。

ケージの中のウサギの頭をつかんで、トレイの縁へ押し付ける。

ウサギは当然、嫌がるのだが、そこを無視して力技で「躾」。

ウサギはいろんな物を噛むのが好きらしい。

ある休みの日、うさぎケージから出したのを忘れて、ベランダ洗濯物を干していたら、いつの間にかウサギが部屋の中へ入った事があった。

その時には気づかなかったが、Wifiルータが繋がらないので調べたら、電源アダプタから先のケーブルが3箇所もスパッと切れてた。

これはけっこうムカついた。

しかし、ウサギケーブルを切ってから既に半日くらい経っているので、時差の関係で罰をあたえる事ができない。

その日は我慢する事にした。

別の日、ケージのドアを明けて餌を入れようとしたら、スルッとウサギベランダへ出てしまった。

出す時ではないので、ベランダのあちこちへ逃げ回るウサギを追いかけ回した。

何回か背中を捕まえるのに失敗した後、ウサギの方も逃げ方がハンパなく必死になってきた。

最後洗濯機の奥(デッドエンド)逃げ込んだところで背中を捕まえて持ち上げた。

そしたら、生まれて初めて、「ギャーッ!」って声を2回叫んで、超臭いナラを漏らした。

そのまま、ケージの中へ放り込んで、あちこち逃げ回った罰に、ケージの中のウサギの鼻っ柱へパーンと、指を弾く。

その後で、頭をケージの床に10秒くらい、押さえつけてやる。

そしたら、ウサギの興奮が止まらないのか、後ろ足で「ダーン、ダーン」とケージの床を踏み鳴らしはじめた。

これはネット記事うろ覚えだが、ウサギの威嚇だったかもしれない。

それはお前がする事じゃないだろと思い、こちらもケージの前で「ダーン、ダーン」とベランダの床を踏み鳴らしてウサギに応えてやった。

時間も無いので、その日はそれでおしまいにして出社した。

そんな風に罰を与えると、ウサギもしばらくは覚えている。

イジメるために飼ってる訳ではないので、仲直りの儀式をする。

ケージの中にいる時は、まあとにかく、鼻の頭や首筋をさすってやる。

うちのウサギは飯よりもさすられるのが好きらしい。

5分くらいさすってやると、全てが水に流されるようだ。

ちなみに餌を食べてる最中でも、さすりだすと食べるのを止めて、目を閉じて、気持ちよさそうにする。

ウサギベランダに出している時には、ニンジンを使う。

こちらの事を警戒して寄ってこないので、まずはゆっくりと1mくらいの距離まで近づく。

そしてニンジンの先端を鼻先へやって一口食わせる。

ウサギは甘い味のニンジンが好物なので、何口か食べると、だんだん警戒心が薄れて近寄ってくる。

手が届くところまで来たら、鼻先をさする。

まだ飼っている最中なので、この話にはオチが無い。

またムカつく事があったら、ここへ書いて憂さ晴らししたい。

2018-02-09

anond:20180209233838

😺王子様がいいです。ステキ増田王子様💝

🐶きびだんご

🐰わにさんの背中をぴょんぴょんするんじゃーって🐊いうのは叶いますか?

共演しないで

チケット譲渡交換だるいわ。キャストの中で1人でもジャニーズがいると面倒。EXILE系も同じ。

ジャニーズから、みたいに強調してくるの無理。同じキャストなんだから扱いは同じでしょ。なんでそっちのルール?に合わせて◯◯歳どこ住みって、ダルすぎそれ見てどうすんの?ジャニーズ1人いるだけでほんとダルい

チケット完売していないのに定価以上で出回らせるのも馬鹿?その馬鹿みたいな価格設定で売れると思ってるの?完売しない限り定価割れするよ。

ブラリ入りするから買い取ってっていきなりDM飛ばさないでよ。ブラリ入りだとか知ったこっちゃない。金ないなら申し込まなくていいじゃん。自分責任でしょ。いやそうじゃない人もいるけど。

EXILE名前出しちゃったけどまあそれはそれで観劇マナー理解しようともしなくて今後観劇するなって思う。ライブじゃないの、背中をしっかり背もたれにつけてよ。観えないからって前のめりで観るだなんて大迷惑。上演中も喋ってうるさい黙ってくれよ。

あーあなんで界隈が違うだけでこんなにも苦労するんだろうね。そっちから乗り込んできたっていうのに。

ある定時退社日水曜日の夜、俺はタイ古式マッサージ店に行った。

別に性的サービス提供していない、普通の店だ。

ちょっと太ったタイ人のオバちゃんに、5000円を払い、60分の全身リラクコース。

何処が凝っているか尋ねられた。腰、背中、肩を中心に頼んだ。

オニイサンウツセナッテネ」

言う通りうつ伏せになった。オバちゃんの足が俺の足の裏にのっかり、オバちゃんは足踏みを開始する。

ここのマッサージはいつも足踏みからだ。

イタカタライッテネ」

オバちゃんは足踏みを終え、そう言いながら俺の肩に手を当て体重を乗せてきた。

そしてケツに硬い感触がする。膝だ。オバちゃんの両膝蓋骨が臀部をグリグリと刺激する。

この段になってようやく俺は自らの失態に気がついた。

チンポジが間違っている。

俺は普段正面を向いて右サイドを居場所としているのだが、このとき左にポジションチェンジされてしまっていた。

かつ位置中途半端亀頭恥骨直上。更に悪いことに皮が剥けてしまっていて、ダイレクトに刺激が伝わる格好だ。

こんなとき包茎は無力だ。焦りは募る。オバちゃんの膝が揺れる。

痛い。しかもこの刺激で半勃ちになってきてる。余裕のない皮がさらに伸ばされる。

痛い。しかもオバちゃんの膝が左右に規則正しく揺れている。

俺はこのリズムを知っている。これは床オナのリズムだ。

痛みと羞恥が俺に性的快楽を感じさせる。やめろ。このままではいけない。

オバちゃんは背中に膝を移す。少し余裕ができた。

ポジション修正しなければいけない。今の場所はいかにもまずい。

もっと前に沈み込みませ玉際に落ち着くか、思い切って反らすかする必要がある。

顔の両脇に置いていた手を少し下に下げる。オバちゃんがそれを阻む。

手の正しい位置は顔の脇だと元に戻す。(今直すべきは手ではないのに。)

膝が背中から腰に落ちる。腰がちょうど良い感じに押されて気持ちいい。

これはマッサージ気持ちさなのか?それとも性的快感なのか?

抵抗も虚しく強制的快楽を与えられ、次第に俺は分からなくなってくる。

「アオムケナッテネ」

俺は凍りついた。なんだって

「アオムケ」

勘弁、勘弁してくれ。勃ってんだ。勃ってるんだよ。

しかもそのポジションの悪さから、おそらく仰向けになったら丸わかりだ。

だがどうすればいい?どうしようもない。

俺は悪くない!俺が何をした?俺はただマッサージを受けに来ただけのはずだ!

犬は腹を見せることで降参と服従アピールするという。俺の気分は、それよりも酷い。

チンポジが悪かったばっかりに。

2018-02-08

毛布は掛布団の上にかけるのが正しい、とかいうアレ

いや絶対ウソだろ、と思いながら試してみた。

この最強寒波の中、少しでも快適な睡眠時間を過ごせればと思い。


まず施工以前のスペックから。先週まではこれが最強だと思っていた構成

     ───┐  [←薄手のシーツ(布団ズレと足元から熱が逃げるのを防ぐ)]
  ━━━━━━│  [←掛布団(安いポリエステルのやつ)]
  ~~~~~~│  [←毛布(しまむら)]
 ●┻━━━┛ │  [←僕(男性:中肉中背、30代、独身)]
  ^^^^^^^^^^^^│  [←冬用シーツ①(マイクロファイバー)]
  ============   [←電気敷毛布]
  ^^^^^^^^^^^^   [←冬用シーツ②(マイクロファイバー)]
  ■■■■■■   [←以下ベッド(マットレス含)]

【補足】

 ・布団に入る30分前に電気敷毛布を「中」でON、入眠時は「弱」に。

 ・冬用シーツを2枚構成にしているのはクッション性と、背中側の断熱性向上が目的

  ベッドが古くボロいのでこれをしないと硬いし寒い

 ・肉体性能はあまり高くない。寒がりという程ではないが、代謝は低め

 ・寝る前に暖房を切るので就寝中の室温は低い


この構成で前年までの同シーズン内は全く不満なく朝を迎えられていたのだが、

さすがにここ数日の気温の低さで早朝、もしくは真夜中に目が覚めてしまうようになった。

何度か冬を過ごし、試行錯誤の末に最適化された環境だと信じていたので正直ショック。

暖房を付けたまま寝ればいいかとも思ったが、コスト的にも最終手段だと思っていた。

電気敷毛布の出力を上げるのも体に良くなさそうだし……(金玉に良くないとか聞いた)、

他に何か手はないか、と思っていた時にタイトルの説を思い出したというわけである


やり方は実にシンプルで、上記の図の掛布団と毛布を入れ替えるだけ。


いつもの手順を踏んで、おそるおそる寝床に入ってみると当然ながら「冷たい」。

直接体に触れるのが表面サラサラ掛布団なので、やはり毛布に比べると快適性は雲泥の差。

背中側は冬用シーツ電気敷毛布のおかげでヌクヌクなのだが、腹側が寒い

これマジかよ、朝まで絶対もたん、今すぐにでも元に戻したい、と思ってのたうち回る。

やはりフカフカは偉大だ、体感温度触感は密接な関係がある、この説を謳うやつは真の寒さを知らない、

などと後悔が大きくなって来たころ、少しずつ体温が掛布団に伝播して冷たさが落ち着いてきた。

電気敷毛布の助けもあって、5分くらいすると感触以外は従前の構成と同等になった。

毛布が肌に触れていない感覚に一抹の心細さを覚えるものの、何とか眠れそうだぞ、と思える程度にはなった。

寝る。


次に目が覚めたのは、携帯アラームが鳴った時だった。

室温は前日のそれよりさらに低かったが、途中で起きてしま懸念杞憂に終わった。

それだけでもおお、と思ったが、それ以上に感動したのは布団の中の環境

めちゃめちゃ暖かい、というか、寒くない。快適そのもの

寝返りを打ってみても、冷たい部分に触れる感触が一切ない。暖かい部屋で寝てるのと変わらない。

掛布自体が暖気を帯び、それに包まれているような感覚だったのだ。


ない頭を絞って考えるに、掛布団は本来「体温で暖められた空気をとどめておくためのもの」であり、

毛布はおそらく「断熱するためのもの」というのが本分なのだろう。

毛布を直接体にかけた場合フカフカ気持ちいいしすぐ温まるが、

あくまで体表+毛布の厚さの範囲しか熱が及ばず、寝返りを打つと

毛布や敷布団の冷えたままの部位に触れて「寒っ」となる。

そもそも毛布は体に巻き付きやす寝返りを打ちにくい)

対して、掛布団を直接体にかけた場合は中綿全体がぬくもる事で布団全体が温かく、寝返りも打ちやすい。

そして掛布団によって広がった暖空間をうまく封じ込めるのが、上にかかった毛布――――。

     ───┐
  留留留留留留│
  暖暖暖暖暖暖│
 ●┻━━━┛ │
  ^^^^^^^^^^^^│
  ============ 
  ^^^^^^^^^^^^ 
  ■■■■■■ 

何という事だ。穴がない。完璧理屈だ。快眠で冴えた頭が理解した。

暖を取るなら点より面、電気ストーブよりファンヒーター、ホッカイロよりもヒートテック

最初の冷たい感触に耐え、掛布団さえ温まったら、そこは小さな温室となる。

そのイニシャルコルドすらもフトン乾燥機などを併用すれば限りなくゼロに近づけられる。

こんなことを、今の今まで気づかずに生きてきたなんて…………。


知っていた人からすれば「何をいまさら情弱乙」なのだろうが、自分の頭がこの理論直感的に理解できていなかった。

今なら理解る。

毛布は、掛布団の上にかけるのが正しい。と言うか、そのように創られた。

しばらくはこの新鮮な感動を楽しむことにする。

まだ毛布を直接体にかけている人がいたら、ぜひ試してみることをお勧めします。

2018-02-05

2人組、3人組、5人組のどれが1番かっこいいか

個人的には

3人組、2人組、5人組の順にかっこいいと思う。

3人組のビジュアルいいね。やっぱり。

2人組も負けず劣らずだけどね。背中合わせでポーズはかっこいいね

崖とパンツの夢

目的地よりひとつ先の駅で降りてしまったので、歩いて戻っていたら、いつの間にか周囲は山がちになってきて、目の前には壁のような急斜面が迫ってきた。

それは足が軽く埋まるくらいの黒い土でできており、なぜ崩れないのか不思議なくらいの角度でそびえ立っていた。横を見ると普通にのぼっている人がいたので、いけそうだと思って足を進めた。

しかし、のぼればのぼるほど土に足を取られ、ますます急斜面になっていくような気がした。もはや見上げるほどの角度になっており、のぼった先も見えなくなった。

ついに四つん這いになり、おかしい、こんな道があるはずがないと思って難儀していると、すぐ後ろから来た制服姿のJKが颯爽と歩いてのぼっていくではないか

なぜだ、なぜあんな華奢な子がこんな道を軽やかにのぼって行けるのだ…。

いや待てよ、あのスカートでこの角度なら、絶対に見えるはずだ。何も不自然じゃない。きっとそうだ。こんな道、もうのぼれなくったっていい。

そう思って足を止めて見上げた瞬間、とつぜん背中重力を感じ、落下直前の感覚が全身を襲った。高い!落ち――

そこで脳は覚醒した。しかし、体には依然として足がすくむような高所の感覚が残っており、おそるおそる慎重に体を起こした。少し間を置いて、ようやく体も夢だと気付いた。

あの土の壁は何だったのか。横をのぼって行ったJKは何者だったのか。なぜ自分はのぼれなかったのか。

パンツは、見えなかった。

肩甲骨かゆい

ブラとすれてかゆい。かゆすぎる。

かいーのって会社でやりたくないけど背中いから仕方ない。

2018-02-04

感想」ではなく「手応えのある反応」が欲しい

私はかれこれ15年ほど同人とか二次創作という界隈に身を置いている、しがない字書きだ。

ここ数日、ツイッタータイムラインでやたらと「同人誌の作者に感想を送るべき」だの「感想を送ったところで引き止める理由にはならない」だのと議論されているのを眺めていた。

これは、特に目新しい議題ではないだろう。

学級会と称されて、既に何度となく同人活動に関わっている人たちのツイッターでは話題になっている。

作者視点でも読者視点でも各々数パターン意見傾向があり、いつも泥沼化しており、結論が出ないまま風化し、またふとしたきっかけで議論が行き交っているのだ。

私も二次創作をしている立場であるから、色々と思うところはある。

まず、私が何よりも強く感じているのは、議題テーマを「感想」にするからややこしくなっているのではないか、という点だ。

作者の目線に立てば、感想が欲しい!という意見が大多数だ。当然である

読者の目線に立てば、感想を送るのは難しい!と躊躇する人も多い。理解出来る。

だが、ここで意見が噛み合わない原因は、各々が抱いている「感想」がどのようなものであるのかが食い違っているからのように思えてならない。

読者が想定している「感想」は随分とハードルが高いような気がするのだ。

どの場面のどのキャラクターがどうであったのがどう良かったのか…と読書感想文さながらの「感想」を送らなければ、と身構えている読み手が多いのではないだろうか。

もちろん、そういった感想をいただけるのは嬉しいことであるだろうし、幸せなことだろう。(私は長文の感想はいただいた経験が無いか想像に過ぎないけれども。)

だが、同人作者の大半はそこまでの感想を求めてはいないはず。

ツイッターで「あー!最高の同人誌読んだー!マジ尊すぎてしんどいしんどい以外言えねぇ…」などと呟いたりしているが、その本の感想を作者本人に伝えたことが無いという読み手は割と多いだろう。

要は、その「最高」「しんどい」を一言でもいいし匿名でも全然構わないから作者本人にぶつけてくれると嬉しいな、という話なのだ

文章になっている必要など無いし、「あなたの○○大好きです!今回も最高でした!」で十分であり、その一言が生きる糧となる作者は多い、という話だ。

同人活動をしている描き手(書き手)が作品を公開しているのは、人によって程度に差はあれどレスポンスを期待してのものだ。

何の反応もいらないのであれば、自分ノートなりスケッチブックなりPCなりで創作欲を発散出来ればいい。

そうではなく、見てほしい!読んでほしい!そして私のこの萌え共感してほしい!という気持ちがあるからこそ、作品を公開している。

ポイントは、見て!読んで!だけではなく、何か反応して!という期待を抱いている創作者が大半だという点だ。

これは、同人誌即売会でもピクシブでもツイッターでも個人サイトでも共通している、創作者の欲であり目的なのだ

気持ちを込めて創作した作品を見てもらって、それに対してのポジティブレスポンスが貰えると喜びに繋がり、もっと頑張りたい上手くなりたい更に共感を得たいというやる気に発展するわけである

そのレスポンスとは、長々とした感想だけではない。

コメント欄リプライなどで一言声を掛けるだけでもいい。

ピクシブであればいいねブクマツイッターであればRTいいね個人サイトであればWeb拍手など、必ずしも言葉必要としない手段だってある。

感想」ではなく、この作品を創り出してよかった、描いてよかった、書いてよかった、と作者が感じられるような「手応えのある反応」が欲しいのだ。

イベントであれネット上であれ、素通りは悲しい。

イベント会場で自分のスペース前で立ち止まってくれる人がいない寂しさと、ネットで公開している作品の閲覧数だけがただただ増えていく切なさは、とてもよく似ていると思う。

このジャンルにいてもいいんだ、このCP界隈で自分必要としてくれる人がいるんだ、という安心感が欲しい。

その安心感が、居心地の良さが、創作欲へと繋がっていき、ジャンルCPへの愛着にもなる。逆もまた然り。

あくまで、個人的意見だけれども。

個人的な話ついでに。

はいくつものジャンル渡り歩いてきており、前回までのジャンルはいつも寂しさと孤独を抱えていた。

作品はそれなりに閲覧されているのに反応が全く無かったり、普段は何も反応が無いのに何かちょっとした不備があれば鬼の首を取ったかのように文句だけは長々と叩きつけられたり、SNSイベントで仲良くしてもらっていると思っていた人たちから突然無視をされるという苛めに近いことがあったり。

最終的には心が折れて早々にジャンルから立ち去っても、気にしてくれる人など誰もいなかった。

今いるジャンルは、これまで活動してきた中では一番長い。

ジャンルにはまる時の気持ちの大きさや熱量は同程度で、現在いるのは今までの中で一番マイナーである界隈なのに、なぜ現ジャンルが一番長いのか。

それはきっと、あたたかレスポンスがあるからだと思う。

ジャンルSNSに疲れ切った私は、ピクシブツイッターも退会して個人サイトにひきこもった。

(※創作者としてはアカウントを持っていないが、ROM専用の別名アカウントは持っている)

サイトサーチの運営者様には感謝しているが、正直なところあまり機能はしておらず、ピクシブを利用していた頃と比べれば閲覧数は格段に下がった。

しかし、サイトを訪れてくれる数少ない人たちは、皆さん懸命に「頑張れ!」「頑張れ!」と背中を押してくれる。

長文での感想は、一度もいただいたことが無い。

しかし、定期的にWeb拍手を押してくれたり、何か更新すれば一言掲示板に「新作読みました、面白かったです」と本当に一言だけだけれど書き込んでくれたり、イベントに出れば本を手に取ってくださる時に「いつも読んでます、これからも頑張って」と一言声を掛けてもらえたり。

そのひとつひとつに心から「ありがとう」と思っているし、その感謝が新たな作品を創りたい欲へとなっているし、口下手ではあるがなるべく御礼を伝えている。

頻度は多くなくとも、あたたかく手応えのある反応があるからこそ、私の同人活動は続いているのだ。

からどうか、読み手の方は好きな作者の方へ「手応えのある反応」を贈ってほしい。

それは次の作品を催促しているとかジャンルへ留めておくための手段などではなく、作者の創作魂を殺さないための支えのひとつだ。

同人活動趣味であるから、作者も読者もジャンルから離れることはあるだろうし、それを止めることなど出来ない。

だが、同じものを好きだという気持ちを共有している間は、「作品」と「手応えのある反応」を贈り合うレスポンスループ幸せなのではないかと、私はそう思う。

2018-02-03

地雷CP好きの人が私のSSを読んでいる

※長くなるし、まとまってないし、ただの独り言です


地雷、何かとツイッター学級会が始まるこのワード

この地雷という感覚を知ってしまった

私は雑食でそれもリバ厨だ

なんでもおいしい

絵柄、内容、作風、どれかにヒットすれば、いや、ヒットしなくても好きなジャンルの話なら読んでいた

地雷という言葉がはびこる世界で、地雷理解しているつもりでいた

どちらの意見

地雷です!って言う方の気持ちも、地雷地雷うるせぇー!って言う方の気持ち

私は自分中立的立ち位置でいるような気がしていた

私にも好みじゃないものがあった

だけど目に入っても手に取らないそれだけのもの、だった

そう、過去形

私は今地雷という感覚を知ってしまったのだ

とても苦しい

地雷ね、理解してると思ってた時の私は全然理解していなかった

理解しているというのはきっと理解していないことなのだと思う

その気持ちわからんわ〜という人は理解する気すらないのだからわかるわけがないし、

わかるわかるという軽いわかるだときっと10%もわかってない

例えば身内とか、友人とか真剣に寄り添いたい人への気持ちでも30%もわかってあげられない

自分が同じ立場になった時、あの時全然わかってなかったと絶望すら感じる

同じ立場の人への理解度はそれでも50%あればいいところだと思う(これは地雷以外のことでも)

から地雷地雷うるせぇー!自衛しろ!って騒いでる人たちをみるとこの人は地雷理解してないんだよな…って気持ちになる

地雷ですってぎゃんぎゃん騒いでる人の気持ちも私は理解しきれないのだけど



やっと本題に入ります

そう、私は地雷なしいや、地雷があっても反応しないという立場から地雷あり、反応してしま立場になってしまった

前のジャンルでA×B好きの人はB×Aを読むけど、B×A好きの人はA×B好きの人を先行ブロックしてるって話を聞いてゲラゲラ笑って大変だなーとか言っていたのに、地雷持ちになってしまった

その作品を好きになった最初の頃は地雷は発動していなかった

原作映画で公開されたばかりということもあり二次創作をしている人が少なかったからその作品の絵を描いてる人をツボにはいれば大抵フォローした

私はA×Bというカップリングにはまった

作品を見るたびに何度も劇場へ足を運んだ

作品評価が高まってファンが増えると劇場でのマナーの悪さが目立つようになった

まりファンマナーの悪さに劇場へ行くことをやめた、作品を嫌いになりたくなかったか

そこで出会ったマナーの悪いファンはBとCのカップリング好きな人ばかりだった(B×Cか、C×Bなのかまではわからない。あまり見ないようにしていたから)

ツイッターでえ?と思うような発言をしてる人もBとCのカップリング好きな人がおおくて私の中でモヤモヤした気持ちがうまれていった

ここで地雷が発動したのだろう

その気持ち毎日どんどん加速していく

叩かれるようなことを起こすのは大抵BとC好きの人たちだった

何か起こるたびにまたか…またBとC好きか…そんな気持ちになった

公式アンソロジーがでることになった

そのジャンル同人活動をしている商業作家の方がそこに寄稿することになった

その方はB×C好きで、でも絵が好きでフォローしていた

もともと私はアニメよりも少女漫画BL漫画が大好きでほぼのお金単行本を買うことに使っていた

商業作家が大好きだったし、同人活動するぐらいすきならきっと素敵なものを描いてくれる!と思うタイプ人間だった

だけど、B×C好きの商業作家公式仕事をすると知った時、とてつもない嫌悪感を抱いた

絶対B×C描くやん、抑えてるつもりでも心の奥底で溢れる想い無意識に出てまうもんやで

そう思った

結果やはりめちゃくちゃB×Cだった

あ〜私めちゃくちゃ地雷発動してる…くそ自分くそ…BとCが悪いわけちゃうやん…悪いのは頭のおかしファンやん…

頭ではわかっているわかっているけどどんどん嫌いになっていく

そんな中で続編決定や、雑誌SSが載ったりなど公式にも動きがあった

グッズ展開も増え、BとCはセットで売られたりすることも多くなった

BとCのカップリングジャンル大手ぐらいのカップリングになった

一方私の好きなAとBは自分でいうのも悲しいがドマイナーだった

AとBがドマイナーなのは全くもって意味がわからないが人気キャラ同士のBとCのカップリングが人気なのは仕方ないことだと思う

Cはキャラ人気1位なのだ

世間腐女子の欲を満たすように展開されていくグッズ

仕方ないとわかっていながらも、ちっと舌打ちしたい気持ちでいっぱいだった

まり供給がなかったので、自分二次創作をすることにした

自分が読みたいから書いたのだ

今まで書いたものを公開したことはなかった

自分を満たすために書いてたものだったか

だけど、待てど暮らせどpixiv投稿数は0のままであまりにも悲しくて初めてSSを人目のつく場所に公開した

そんな日々を送っていると続編の公開が決定した

そして、ユニットソングの発売も発表された


ユニットメンバーはAとBだった



歓喜した打ち震えた

マイナーと言われていたこの日々におさらばだと思った

みろ!これが逆転ホームランというやつじゃかいか!すごい!公式が味方だった!公式が味方強すぎる!!!

CはCの憧れの存在ユニットソングを歌うことになっていた

他のキャラたちのユニットも発表された

実にバラ色の人生!そう!始まるの!と思われていたがそうでもなかった

AとBの組み合わせはめちゃくちゃ貶された

顔カプ、余り物コンビ、なんであの2人?

そんな言葉が飛び交った

いやいやいや、お前ら作品みた?本気で言ってんの?

私はそんな気持ちでいっぱいだったけど、何もできないし、貶す言葉は止まらなかった

作品の中で一言言葉を交わさないし、目線も合わないキャラカップリングでさえそこそこの人気で、それこそ顔カプなのに何も言われず

体に触れ、名前を呼び合い、目線もがっつりあってるAとBが顔カプ扱い…?

意味がわからなかった

特にBとC好きの人が貶していた

顔カプ、余り物コンビ

BとCなんて同じ場所にいただけなのに

Cには恋い焦がれてる憧れの存在すらいるのに

そっちのほうが!人気キャラ同士でくっつけたそっちのほうが!顔カプじゃん!!!

悲しくて悲しくて、だけどどうしようもなかった

そっちはそっち、こっちはこっちでほっといてくれればよかったのに

AとBのカップリングを貶す人が目につけばブロックか、ミュートした

BにはCしかいないという発言にすら気持ち悪さを覚えてブロックか、ミュートした

地雷は加速し、B関連のカップリングA以外は全部嫌になって、フォローをどんどん外していったし、ミュートした

地雷があるのでA×Bしか受け入れられないともプロフィールにも書いたし、ツイッターもつぶやいた

もちろん自衛もしたミューワードだっていれた

だけど、例えば赤と青のカップリング名前が赤青だとしたら、かーあおとか伸ばし棒つけて呼び出すのでミューワードに引っかからなくて意味なかった

なんで伸ばし棒にかえんだよ

ミューワードに引っかからせろよ!!!

お前彼氏のこと「だ〜♡」とか呼ぶタイプ人間だろ絶対

そんな中で私ひっそりとSSを書いていた

いいねブックマークをしてくれる人がいる

しかった

同士がいる!!!同士がいるんだ!!!

ブックマークをしてくれる人のホームに飛んでツイッターを見に行った

しかしたら、同士なんじゃないかと、期待して

…C×B好きだった

同じことを繰り返した

わかったことは私の作品を読む人はBとCが好きな人だということ

絶望した

どうしたらいいのかわからなかった




そして続編が公開された

公式がAとBを大プッシュしていて、公式大手すがて私の心が復活した

公式背中を押してくれている

とても心強い

余り物コンビ、顔カプと呼んでいた人たちもこれには認めざる得なかったみたいで、AとBいい!という発言にかわっていった

もちろん貶したり、見なかったことにされたりもあったけど


せやろ

そう言いたくなった

でも、同人活動をする人が増えたかというと全く増えなかった

なぜ、なんで、わからん


そんな日々で私の地雷MAXは収まったけど、地雷は続いていた

私の作品を読んで感想をくれてフォローしてくれる人がでてきた

だけど、BとC好きの方だった

嬉しいけど素直に喜べないし、フォロバもできなかった

私のことをリストに入れてる人もBとC好きの方で気持ち悪くてブロ解した(この気持ち悪いという感情理解できる人とできない人がいると思う)

何度ブロ解してもリストに入れられる

そのうち諦めたのかフォローされた

ツイッター妄想を呟けばいいねされるBとC好きの方に

A×B好きを増やすためにこういうことしようかな!?と呟くと真似されるBとC好きの方に

心底気持ち悪かった

そんな日々で監督

「BとCは別に仲がいいってわけじゃなかったけど、ファンの方の意見を取り入れて絡ませました」

かいいだしたときには血吐いて死ぬかと思った

顔カプが腐女子の力で原作にまで影響を及ぼすなんて吐き気が止まらない

地雷MAXがまたきた

BとC好きで私のことフォローしてくれてる人は申し訳ないけどみんなブロ解した

鍵もかけた


時は過ぎていき、イベントたまたまB×C好きの人と仲良くなった

その人がいい人だったのでB×Cに対する嫌悪感は薄れていった

地雷MAXの時はBとCの応援カラーが並んでるだけでも吐き気をもよおしていたのに

今も地雷は続いているし、グッズ展開の媚び媚び商法を見るたびにおぇ〜って気持ちになる

だけど、だいぶまっしだ


そんな今になってこのブログを書いたのか

それは今日私の作品ブックマークをしてくれた方がいたからだ

私は前のようにブックマークしてくれた人のツイッターを見に行った


ブロックしていた、私が

地雷MAXの時によくいいねをくれる人だったと思う

フォローしてないのに鍵開けたらすぐいいねくれるから怖かったし、BとC好きだからブロックした

覚えてる

申し訳なかった

その人は私の作品評価してくれているのに、私はブロックしているのだ

なんと説明すればいいのかわからないけど、辛くなった

私が地雷もちなばかりに、もしかしたら、私の知らないところで誰かを傷つけているかもしれない

何も感じてなければいいけど、もやもやさせているかもしれないし、私がファンのせいでBとC地雷持ちになったように私のせいでA×Bを嫌いにさせてしまうかもしれないと思うと怖い

私がされた立場ならこの人地雷もちだからか〜となんとも思わないかもしれないけど、感じ方は人それぞれなわけで

ジャンル相互フォローになった人が急にB×Cの話をめちゃくちゃするようになってリツイートやら、絵も描くようになったのでそっとフォロー外したらめちゃくちゃ貶された経験もあるのでなんとも言えない

あ〜私が傷つくのはまだいいけどA×Bを嫌いになられるのはやだなぁ

アイドルユニットの中でもっとも人気のなかったCP紆余曲折をへて王道CPになって今はそのCPしか考えられないってなってるどんでん返し現実で起きたみたいにA×Bも王道CPになるって私は信じてるんだよ!!!

いや、私が傷つくのも傷つけるのも嫌だけどさ…はぁ…まとまらないし、答えが見つからない

こんな気持ちになるなら二次創作やめた方がいいのかなーとも思う

かくことは好きだからやめないけど、このジャンルをさったり、公開をやめた方がいいのではと思う

でも私がかくことをやめたら悲しむ人がいることも知ってる

好きな人たちだからしませたくない


どうやったら地雷ってなくなるのかな

地雷CP好きな人自分作品まれてるってみんなどんな気持ちでどう受け止めてるの?

逆に自分の好きなCPのこと地雷って言ってる人の作品をどんな気持ちで読んでんの?

私が地雷なしの時は自分の好きなCPのこと地雷って言われてもその人の各作品が好きだったら何にも思わず作品読んでたけど、雑食だったから強いこだわりがなかっただけなんだよな

今ならA×B地雷の人がかいた他のCPなんて絶対読めないしブロックしまくるよ

あ〜ここまで書いたけど答えが見つからない

Cが原作女の子とくっついてくれたらいいのに

AとBが原作で付き合えばいいのに

私が変われないか世界に変化してもらいたいと思うけどそんなことは無理だから私が変化するしかない

あ〜〜〜〜〜〜まとまらいから終わります

朝起きたらみーんなA×Bが好きになってメジャーCPになってねぇかなー!

同人活動やめようかな、という迷いの話

同人活動やめようかな、という迷いの話

タイトルも含めて、とりとめなく自分同人活動を振り返ったり脱線したりするだけの話です。

ありきたりな前置きですが本当にまっとうな思考人間による文章ではありません。

同人活動をしている、平々凡々な人間のよしなしごとです。

二次創作世界を知ってから16,7年が経つ。

小中学生の頃は、好きな作品に触発されながら、毎日のようにノートコピー用紙に絵を描いていた。多いときは週に10作品以上ビデオ録画をしてアニメを観て、絵を描いていた。

当時SNSがあったのか知らないけれど(それこそ2chしか記憶がないし、2chSNSではない)、とにかく今のようにSNSが当たり前の時代ではなく、また家族にも友人にも、誰にも披露するわけでもないのにアニメ感想ゲームレポをイラスト付きでたくさんかいていた。多少、「アニメディア」や「ファンロード」の影響があった。

はじめて二次創作の本らしきものを作ったのは中学2年の頃だった。鉛筆で描いた漫画コピー用紙印刷して、ホチキスで留めただけのもので、しかも複製せず一冊しか作らなかった。

次に本を作ったのは高校1年の頃で、友人3人と合同誌を作った。その時はペン入れしたりトーンも使ったりしてアナログ原稿を作った。オンデマンド印刷本だった。はじめてイベントに出て本やラミカ頒布した。

ほぼ同時に、その頃から徐々に界隈に広がりはじめたデジタル原稿にも挑戦して、これもオンデマンド印刷ではじめての個人誌を作った。

どちらも、自分漫画ネタ作画も本当に拙くて酷かったのを覚えている。

漫画を描くのは普通にイラストを描くよりも、何倍も難しかった。

それからしばらく受験や何やらで忙しくなって、本は出さなかった。暇を作ってはイラストを描いたり、鉛筆描きの短い漫画くらいは描いていた。

高校卒業したあたりからpixivTwitterを始めて、二次創作世界を広がりを感じた。自分pixivにらくがき程度のものを少量しかアップせず、ほとんど見る専と言ってもよかった。

大学生になり、大きなジャンルにハマって、描く量が一気に増えた。人生最大級に大きなハマりっぷりで、グッズにも相当お金を使ったし、それまであまり買っていなかった同人誌もたくさん買うようになった。大学生時間もあったのか、熱に浮かされたようにずっとそのジャンルのことを考えていたし、ずっと絵を描いていた。Twitter二次創作アカウントも作り、大学2年か3年のあたりだったか、ついにそのジャンルで本を出し始め、イベントにも出はじめた。

大学院に入ってからは、1年目はびっくりするほどイベントに出ていた。2~3ヵ月に一度はイベントに出ていた。これは自分にとっては驚くべき頻度だった。ジャンルがとても盛り上がっていたこと、また院生研究生活がわりと孤独だったことも大きな要因だったと思う。いろいろなご縁をいただいて、アンソロジー寄稿させていただくことも何度かあった。

この頃——というよりずっと昔からだったが、自分は本当に締切が守れない人間だった。個人誌についてはそれが顕著で、新刊を落とすか、割増入稿をするか、常に二択だった。

ただ本当にだらしないせいだと思うけれど、病気か?と本気で疑いたくなるくらい、ギリギリになるまで原稿に手をつけなかった。心を改めるどころか、年々それは酷くなっていった。

さすがに研究論文執筆が佳境を迎えたころは同人活動を控え、修了までの1年間は本を出さなかった。イラストはたくさん描いていたけれど。

社会人になってから、以前よりずっと絵を描く時間が減った。社会人になってから同人活動は大変だと聞いてはいものの、身にしみてそれを感じた。社会人1,2年目は本は出せないだろうな、と学生を終える前にも思っていたけれど、いざその状況になってみると、それでも本を出したい、という思いが湧いてきた。同人活動をしばらく抑えていた反動だった。

久々に本を出した。……酷かった。

全然時間が足りず、というよりは原稿計画がしっかりしておらず、後半の作画は目も当てられなかった。ストーリーも読み返すと良くなかった。

かなり、後悔した。

それでも買ってくれる人や、感想を送ってくれる人がいて、とても励みになったし、次は頑張ろうと思った。

わりと昔から自分作品を貶したくなる癖があった。癖というか、実際本当に、自分は話作りが下手だったし、それを補うほどの努力もできていなかった。

それでも、見てくれる人、買ってくれる人がいる中で自分作品を貶すのは失礼だと思って、なんとかこらえてきた。

また新しい本を出した。

……前よりもっと、酷かった。

あんなに前回後悔したのに、まるで活かされていない。反省できていない。明らかに時間をかけられなかった。努力できなかった。

イベントから日が経つほど心は冷え冷えとしてきて、多少通販もしたが、これ以上世に出すのが耐えられない、と感じて、早々に打ち切った。

最低限、きちんとした本——手抜きせず、自分が納得できるもの——を出すことができなくて、自分所業ながらただただショックだった。

「何がなんでも出さなきゃ」、という思いだけがまりに強かった。

納得できないならどうして無理矢理出してしまったのか。落とす、という選択肢はなかったのか。いつもすべて過ぎてから、後悔が襲ってくる。

今はかなりマイナーCPを描いていて、こんな自堕落ぶりで同じ界隈の人にも申し訳なくなったし、自意識過剰かもしれないけれど、CPイメージが悪くなるのではないかとまで思っている。それでもまだ、好きだから描きたいという思いはある。

しばらく、休んだほうがいいんじゃないかと自分でも思う。実質最近は大きな仕事を任されていて、同人活動は休止状態に近い。

でも今までの休止期間以上に極端に絵を描かなくなっていて、それが少し怖い。

もしこのまま、絵が描けなくなってしまったらと思うと、漠然とした不安が頭を埋める。

絵を描くこと、同人活動をすることは、自分人生においていつの間にかとても大事なことになっていた。10年くらい前は、なんとなくいつかは絵を描くこと、同人活動をやめる日が来るんじゃないかなと思っていた。「こういう職に就いてこういうことをしたい、それに打ち込みたい」と、自分創作とは関係しない夢を当時は持っていて、同人活動時間自然に淘汰されるのだろうという予感があった。けれど今になって、これからもしばらく同人活動を続けていきたいと思ったし、その終わりが見えてしまうのが怖くなった。

同人活動趣味に過ぎないと思う。つらいなら、できないなら、やめてしまえばいいと思う。

休止じゃなくて、……本当にもうやめてしまおうか?

そう思う時もある。でもそれがやっぱり怖い。

自分の不甲斐なさで好きだったことがつらくなって、自滅以外のなにものでもなくて、本当に馬鹿だなあと思う。

いい年になりつつあるが、浮いた話もとくにない。結婚というのも、同人活動をやめるきっかけとしてよくあることなのだろうか。知り合いでは結婚しても同人活動してる人がたくさんいるけれど。

仕事をして、日々が、月が、年が過ぎていく。仕事は嫌いではなく、むしろ好きだ。でも絵を描かない日々は、少しずつ自分の心を色褪せさせている気がする。

これからどうするかは、まだ決められていない。

同人活動続けようよ、あなた作品は素敵だよ」と言ってくれる人よりも、「あなた作品はこういうところがダメ活動姿勢ダメ。改められないなら、つらいならやめてしまえば?」と言いきってくれる人がほしい。

でもそれも独りよがりで、続けるきっかけ、またはやめるきっかけが他人からほしいだけなのだ自分で思う。方向はどうあれ、背中を押すか蹴るかしてほしいだけなんだと思う。

よしなしごとは、以上です。

弱気なこと、不安なことを言える機会がなかったので、ついここにしたためてしまいました。

読んでくださりありがとうございます

2018-02-02

約30分で運動不足を解消する運動

1分でよく効く!みたいな運動を多種やったらいいのではと思って調べてみた。

※次の運動をするとき20秒の休憩を挟む

準備運動 1分

ドローイン 1分

足立ち 1分(両足で2分)

スクワット 1分

つま先立ち 1分

ももあげ 1分

腕振り 1分

プランク 1分

サイドプランク30秒×2

バックブリッジ 1分

テニスボールを握る 1分(両足で2分)

舌回し 1分

SIT 5分

猫のポーズ 1分

背中をそらす 1分

後方腕伸ばし 1分

深呼吸

※実際やってないので机上の空論です

anond:20180202215853

背中にお肉がついてるんじゃないかな~。

頸に負担が凄いのです。頸椎ヘルニアですから


増田さんは貧乳彼女大事にしてあげてね。

anond:20180123200155

増田は、なんか部屋をぬくくして、あったかいもん飲んで、おいしいもの食べて、のんびり風呂に入ってじっくり寝よう。

そんで時間が過ぎるのを待つしか楽になる手段はないとおもう。

でもしんどいよな。だって好きだし憧れだったのに。

ずっと先で同じ道を走ってくれてる人だと思ってたらとっくに別レーンに移ってたって知って、そして同じレーンにいた痕跡さえ消していってしまったって、向こうに非が一切無いことがわかっててもそんなの受け止めにくいよ。だって、かなしいもん。

もう同じジャンルでその背中を見て走ることもできないって、すごくつらい。

おかしいのは自分なんだけど」とか「わがままなのは自分だ」とか文面に何度も出てきてたけど、「自分がっかりしていて本当にさみしい」ことまでそんなに無理に押し込めようとしなくていいと思う。

押し込めると「でも」って感情がわいてきて、増田の神に対する執着は余計に増田から離れてくれない気がする。

わがままでもいいじゃん。だって作家に凸するわけでもなく増田が思ってるだけなんだし。

あとなんかリプで「感想かいてないやつは嘆く資格がない」とかむちゃくちゃ言われてるけど、これはほんま気にしなくていい。

まじで全然気にしなくていいよ。

大体、「好きな対象に死んでも自分存在を知られたくない」勢、同人じゃなくてもジャニとかでも山ほど見るし全然めずらしい欲望じゃないのに、なんでこの増田にだけ、的外れな推測してんのかわからん。「そんなに好きなのになぜ自分を隠し通したのか」って、何かを好きになった時にそういうしぐさになる人もいるからだよって返事にしかならなくないか

作家がどうジャンル移動しても自由なら、ファン作家をどう好きでどうアプローチするかもその対応にどう喜ぶか嘆くかも全部自由なんじゃないのか。

私は「感想を書いた方がいい」と思うけど、これは単に感想を書くとたのしいからで、作家のためじゃなく自分のために感想書いてる。

から別に感想書いてるやつが、書いてないやつよりも対象を好きだとか対象になんか言う権利を持つとか、欠片も思わない。

そもそも、「感想を書いたりコミュニケーションを取った」からといって「作家ジャンル移動しなくなる」という確約はないでしょ……。

作家のためにこっちが感想とかコミュニケ―ションコストを支払ってやってる」って考えでいたら、こういう作家ジャンル移動する時とか「あんなに応援してやったのに裏切りやがって!」っていう心理になりやすいし、危険が高い。

増田が神に感想いってたら今もっとすっきりしてたかというと、きっとたいして差はなかったか、下手したらもっとしんどかったと思う。

最近ツイッターとかほんとに顕著だけど、そんなに感想コミュニケーションを万能にとらえないほうがいい。

全ての作家感想さえあれば永遠にコンテンツ供給器になるわけじゃないし、どんなに作家をちやほやしたところで撤退するとき撤退するし、新しい萌え交通事故だし、誰にもどうすることもできないよ。

あと、私は増田の文面を見て、仮に増田感想を送っていても多分この神は移動してただろうなと思った。

送っても「嬉しい~」とはなっただろうけど「またA×Bの新しいもの書くぞ~」ってなるにはきっとC×Aに夢中だった時期だった気がする。

ただ、勝手他者動機想像して、憤懣したり落胆したり軽蔑したり嘆いたりするのは、下品だし、

なによりめちゃくちゃ疲れるから

できたら増田は神のTwitterは心が落ち着くまで見ないほうがいいと思う。でも難しいかな……。

まあ、とにかく増田は、

部屋をぬくくして!

あったかいもん飲んで!

おいしいもの食べて!

のんびり風呂に入ってじっくり寝てくれ!

日にち薬が効くのを待つんだ!! 日が経てば必ずAさんのことがどうでもよくなる!!! 絶対にだ!!!

長くなったが私からは以上だ。いずれ増田がたのし萌えだけをたのしめる日がくるのを一緒に待ってるよ。

ビットコインは今が底のような気がする

俺はもう3億円稼いだから後は株の配当適当キャピタルゲインでいいんだけどさ、まだ億り人になってない奴は今仮想通貨買ってもいいと思うよ

DMMも参入してるし、またすぐに燃え上がってあっという間に300万ぐらいになるんじゃないか

熱いよね

俺も10万で買ったビットコインが億になった時は熱かった

なんていうか、仕事環境賃金でグズグズいってるやつ、勝負してみなよって背中を押してあげたい

2018-02-01

まり遠くない未来田中耕一さんはふたたびノーベル賞をもらう気がする。

少年の目をしているから。

背中つばさをかくしてるから

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