はてなキーワード: 世俗とは
学生のころアフガニスタン専門の日本人研究者やジャーナリスト、現地人の人権活動家や留学生の講演会に何度か行った。
「タリバンというのはイスラム原理主義で、支配地域で異教徒や言論の自由を認めずに公開処刑するわ女性の教育を禁止してブルカを強制するわのろくでなし連中であります」
という説明を、昔の美しい街並みや綺麗な花畑やタリバン支配後の同じ場所の廃墟のスライドと一緒に聞かされて(実は街が破壊されたのはソ連侵攻で、花畑が荒れ地になったのは大旱魃のせいと後で知ったが)、
「へぇ、酷い連中がアフガニスタンを支配してたんだな。アメリカの援助で民主的で平和な国になるといいな」と初心な自分は素直に思ったのだった。
だけど、ちょっと深くあの国の歴史を勉強するとそんな単純な善悪の図式じゃないことにはすぐ気づいた。
タリバンが出てくる前から、王党派やソ連の援助を受けた共産勢力や軍閥が内戦を繰り返していて、それぞれのグループの内輪でもさらに小さな部族単位での小競り合いが絶えないカオスがアフガニスタンだった。
そんな中でイスラム主義による世直しを掲げた学生や知識層の運動としてタリバンは生まれた。
自己利益しか考えない腐敗した各軍閥に比べて、イスラム法に基づくある程度は公平でクリーンな統治を行うタリバンは草の根の支持も集めてアフガニスタンの支配勢力になった。
アメリカはタリバン政権を打倒して形式としては民主的な選挙で選ばれた政府を建てたが、中身は昔の腐敗した軍閥のままで、地域ごと、官庁のセクションごとに部族が利益誘導をする、全くバラバラの政府だった。
侵攻から20年かけても日本の明治維新のような国民国家の建設ができなかった。
「タリバンのような暴力的な組織に対して同じように暴力的に反撃するなどできません」
この他人事感!
そこは現実には無力だとしても「私は女性ですが武器を取って最後まで祖国を守ります!」と言うべきだろうと。
こんなことになる前に彼女は、「女子供の人権が守られる世俗国家を防衛するために戦って! 私たちを守って!」と夫や兄弟や息子たちの尻を全力で叩くべきだった。
世俗国家の恩恵を一番受けるであろう都市部の知識階級の女性という立場ですら国民意識が無い。政府軍の兵士がすぐに逃げ出し、司令官があっさり降伏して無血開城したのも当然というもの。
動画の女性のこの後の運命が、西側への協力者としての処刑か、戦利品としてタリバン兵士の第二婦人として分配されるのか、かなり幸運なケースとしてブルカを被り家族の男たちに庇護されて静かに暮らすのかは分からない。
なんにせよ、もうすぐタリバンが正統な政府となるのだから、アフガン人は民主主義と世俗主義よりも、イスラム法と部族の慣習への回帰を願って戦って勝利し、彼らの国を取り戻したということだ。
笑うしかない。
そうすると、「ナチスが絶対悪…であることは…常識」という発言に、
穏当な価値観と科学的記述を尊重するのは、「まとも」で「常識的」な大人なら当たり前のことだ。
学問の自由とか、そういう類の話ではない。議論は学問の場で十分にやればよろしい。
むしろワクチンを打つか打たないかとか、リテラシーの範疇の問題だろう。
ワクチンの有益性は100%の「真実」ではないかもしれないが、
これまでの議論を踏まえて、たとえば企業や学校で責任ある立場にある人間が、
もはや「常識」とか「まとも」という言葉は意味を失っているけれども、
大人だったらDHC社長と同じで救いようがないので、国益のためにもご自身のためにも、
増田で暴れる程度にして頂きたいと思う。
自民党が下野して民主党政権に代わった時代、俺はまだあと半年で大学生というくらいの高校生だった。
受験勉強が面倒だった俺は、とっとと推薦キメて面倒な受験のしがらみから一抜けを進めている時期であって、他の高校生よりはるかに暇だった。
といっても、地方の高校生が遊べる場所などなかなか毎日入り浸れるような場所もなく、友人づきあいと部活にたまに顔を出す以外は家でネットで暇つぶしをしているという、当時としては割と普通の地方高校生の生態だったと思う。
折しも、俺たちの年代は小学校の頃にはFLASH黄金時代に始まり、デジタルネイティブ第一世代ということもあって、2chとかを割とよく見ていた。
まとめサイトなんかもこの頃興隆していて、バカな話や経済や政治の話を、雲の上のどこか遠い世界と思いながら見ていた記憶がある。
というわけで、自民党が下野して民主党に政権交代した、なんていうニュースも、思い返せばその時食ってた晩飯のホイコーローの味を思い出す程度にはどーでもいいことだった。
当時はやる夫スレ系なんかも往時に比べたら下火になりつつあったがまだまだ盛んで、いろんなやる夫スレの中で、政治系のやる夫系の話題で「民主党政権がいかに売国政権か、自民党がいかに素晴らしいか」みたいなのをやる夫で纏めた作品があった、作者はのちに自民党員になりましたとか言ってた覚えがある。
純真ピュアで、大学入学まで暇で、オマケに大学生などという多感な意識高い系にもかぶれそうな時期で、なおかつよく見ていたやる夫系ということもあって「ふーん、民主党ってこんな酷い政権なんだな、でもそんなテロ組織みたいな酷い組織ならなんで警察とかに捕まってないんだろう」という程度で、結局リアル生活の方が充実していったこともあり、記憶の片隅に置かれていたので、コロナ禍の今、30台というオッサンの世界へ足を突っ込んだ今、当時のまとめを久しぶりに見返していて感じたが、幾ら何でもアクロバット擁護すぎだろ、書いた奴当時でもオッサンだったらしいけど社会に出て働いたことあんのかよ、というようなレベルだったことに気が付いたんだ。
「天下り制度は官僚が中韓のスパイにならないための必要悪(やめた官僚のどこに何を引っ張れる情報があるんだよ)」だの「民主党は北朝鮮の出先機関で、核開発物資を横流しした疑惑が濃厚(そんなことしてたらアメリカがパナマ侵攻みたいに国会議事堂に米軍強襲させるレベルの大問題だろ)」だの
「民主党政権のせいで株価は過去最低となり(実際は株価最低更新は麻生政権末期)産業は破壊されて日本は2年で滅びる」だの「円高は日本にとって害悪でしかない(それコモディティ化した産業だけだろ、加工貿易で国際シェアあるなら円安の方が材料費圧迫で死ぬわ)」とか、思えばたまにニュースで見るジジイの左翼活動家のトンチキと何がどうレベルが違うのか、というくらいに知識も社会知も、そもそも学があるかもわかんねーとしか思えないレベルのオッサンが、気炎を上げて当時の若者向けの作品とかでアジっていたんだなと、今にして冷静に感じた。
そこから2chの自民党スレではさらに煮詰まって、自分たちがB層そのものとしか思えないレベルなのに、民主党に入れた無知蒙昧な愚民どもを「おQ層」などと抜かして、自分たちこそは選ばれし真実に気付いた民で、自民党を支持すれば楽園へ連れて行ってくれる、というレベルの、今「Jアノン」と言われているような思想も萌芽が出だしてたようにも思える
あれから12年、俺は30歳というオッサンに足を突っ込み、少しは社会をいろいろ働きながら見て回っていろんな人と関わりながら現実を生きているが、今でもあのやる夫の作者や気炎を上げて政治を語ってる人たちは、ネットの閉じた世界でありもしない空想や妄想の世界を生きているのだろうか。
彼らをバカにしてるわけじゃあない、寧ろ俺のように12年間、楽でホワイトな高給職につきてぇ~とか、どーでもいーよ、それよりかわいい女やコスプレ風俗でスケベしたりコスプレイヤーのセフレとかほしいなブヘヘとか考えてる人間より(まあいまだに叶ってないのだが)、はるかに真面目で、社会をよくしようとする熱意があるのはわかるし、尊敬できる、ただ少し現実と向き合うことができなかっただけなんだろう、それは高潔すぎて世俗的な世界を汚らわしい、恥ずかしいと思っているから、かもしれないが
でも、そんないーかげんに12年間を生きたいーかげんな俺は現実の社会を「しょうがないじゃん」で生きていて、彼らは精神さえ病んでそうになっている、そう思うと、人の人生の無常さを感じるのである
「自分のような無能は子どもを持つべきではない」という考え方は「世俗のきわみ」。
https://blog.tinect.jp/?p=71289
これを読んだ。
シロクマ先生は以前も「子育ては苦労するが他では得難い素晴らしい体験がある。それをしない人は経験が不足している」、「子供を作ろうとしない人は人生を打算的に考えている」という論調でテキストを書いている。
子育てのような「苦労のしがいがある体験」こそ「豊かさ」ではないだろうか。
https://blog.tinect.jp/?p=61887
リスクやコストで人生をはかる人に「子育ての意味」は届くのだろうか
https://p-shirokuma.hatenadiary.com/entry/20190510/1557474304
シロクマ先生からすると、子供を持たない人は、子育てしているシロクマ先生と比べて「人生経験が不足していて」「人生を打算的に考えていて」「世俗の極み」というわけだ。
シロクマ先生はそれほど素晴らしい子育てをしながら、なぜチラチラ子無しの様子を窺い、その人生を腐すのか。
もしかしてシロクマ先生、子供を作ったことを後悔していませんか。
子育てなんて楽勝と思ってたけど、自分が思っていたよりもずっとずっとずーっと大変で、こんなはずじゃなかったと思ってるんじゃないですか。
でももう今さら取り返しがつかない。だから子無しの人生にケチつけることで、どうにか自分の人生を肯定しようとしているんですよね。
「子育ての苦労もいつか良い経験になる (だから経験不足な子無しとは違う)」
「子育てをする私の人生は献身的なものだ (だから打算的な人生の子無しとは違う)」
「子育てをする私は高尚な人間だ (だから世俗の極みの子無しとは違う)」
わかります。そういう風に自分を慰めないと、やってられないんですよね。
いくら子無しの人生を羨ましがってもあなたの人生何も変わりませんよ。ご自身が望んだ選択じゃないですか。
他人の人生にケチつけてないで、一刻も早くお子さんと向き合ってください。親の苦労と向き合ってください。
今さらなんなんですか。
あなたが子無しにぶつけてきた主張っていうのは、こういうことですよ。
あなたのお子さんは何も悪くない。あなたの子供には幸せになってほしい。
でも自分を守るために子無しの選択を踏み台にしてきたあなたはどうだろうか。
あなたがこれまでしてきたことが本当にあなたに幸せをもたらすのか、子無しの私はずっとあなたを見ながら確かめるよ。
それを忘れずにせいぜい幸せになってください。
これは神学命題。プロテスタンティズムと決定論に対して言及がないので不完全。
アメリカの歴史の初期においてピューリタンが重要な役割を果たした。彼らの思想の一部は今も残ってる。
フス戦争やカルヴァン主義やその前史にまで言及すると長くなりすぎるので省くが、重要な要素が【予定説】(神学的決定論)である。カンタンにいえば「全知全能の神。神は全知全能なのですべて予定済でお前の自由意志なんかねーよ!なので善行した"から" 天国に行けるとかあるわけねーじゃん。俺が "善行する" と思うことまで神は予定済なの!」
というのがあった。
こうなると、「えーじゃあ善行しようと思うこと意味なくね?」ってなって人々は悪事を働きそうなものであるが、実際にはそうはならなかった。
人々は「私は神によって救済される(=天国に行く)ことが予定済の人間なので、そうあるべくふるまう(=善行を行うしより良くなるため努力する)」となった。
因果が逆転してるというかなんというか。
この因果の逆転によって、ダラダラ働いてシエスタするようなカトリック圏と異なり、プロテスタンティズム圏では修道院のように禁欲的に働き、禁欲的に自己研鑽し、禁欲的に金儲けをしその利潤を禁欲的に再投資する…ことによって世の中を良くする。なぜなら私達は神に選ばれているので!それができる!
となっていった。
(※ 禁欲的に慎ましく暮らすタイプのプロテスタントもあります)
「世俗社会の修道院化」によって、日常生活の全てを信仰と労働に捧げる。
節制と禁欲のために複式簿記を導入…。合理的精神で禁欲的に社会を発展させる(なお奴隷制ry)。。
この辺の時期の代表例としては、ベンジャミン・フランクリン(アメリカ建国の父にして実業家であり学者であり外交官。そして偉大な政治家。今も100ドル札に顔がある)など。
勤勉性、探究心の強さ、合理主義、社会活動への参加という18世紀における近代的人間像の象徴。
…というあたりで、発展しすぎた禁欲的資本主義は本来の宗教性を失い、資本主義になり、「内なる光=神との対話」みたいなあたりが「自由意志」に変わっていく。
自己研鑽しない者たちに対する憎悪や侮蔑は、従来の「つまり予定説におけるアイツラは地獄行きになる怠け者」から、「侮蔑すべき怠け者」だけが残った。
・・・というあたりはマックス・ヴェーバーが"プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神"という本とかで書いてたこと。
今のアメリカ人は直接プロテスタントというわけではないが、連綿とこの思想を引きずっているのである。
(なぜならそのほうが発展に有利だからね)
----
補足すると、こんだけ「プロテスタンティズムがー!」と書いておきながら、実は西海岸のカリフォルニア州は全米でももっともカトリックが多い地域である。なぜならもともとあそこはメキシコであり、今でもスペイン語圏からのカトリック移民が多いからです。
ただ、思想的な主流派は?というと難しい。モルモン系やユダヤ教徒(思想的原理は異なるが同様に資本の蓄積が宗教的にOK)もスゴイ多いし、西海岸を語るなら中華系の人々に言及を避けることが出来ない。
そして何より、【西海岸のリベラリズム】と対極っぽそうな南部のバイブル・ベルト。
この地域は基本的にプロテスタントだ。そしてめちゃめちゃ保守的。
ただまぁ、この辺はそもそもバプテスト派なので同じプロテスタントと言ってもなというのと、更には南北戦争で負けたエリアっていうのと、そもそも南北戦争以前から移民が少なかったため思想が固定化されたっていうのとかありそう。
日本の地質学界ではマルクス主義思想が強かったことや、ソ連が推す地向斜造山論に傾倒していたことなども重なり、センメルヴェイス反射状の反応を起こし、学会で受け入れられるまでには一般社会で普及してから10年以上を要した[58]。
科学と言いながら、結局それは政治や権力や、もっと究極的には世俗世相の膾炙に大きく依存するということ。
天動説派と地動説派の終わりなき永劫の憎悪の応酬に過ぎないのではないのかね。
勝ち負けを科学の基礎に据えればそうした革命もどきの浅ましい構図に堕落する。
だが、本当に科学を求めるのなら、
そして、新しいことを科学者として受け入れなくてはならない究極の悲しみに直面することになるだろう。
信じるが故に信じもしなかったことを現実として信じることを受け入れさせられるのだ
…育んだ命が死に、
命とも思えぬものが芽吹くのが科学なのではなかったのだろうか、・・・?
そこに世俗の勝ち負けだ政治だ権力だ、名声だ名誉だ怒りだ憎しみだ執着だ望みだ富だ正義だ、正統だ、だのが絡んできたら・・・
自らが求めていた正しさの果たして何が正しかったのか、私は一体何を求めていたのか、
見失うことは想像に難くない。
こんな不安定な世界の中では、"正しさ"の輪郭や背骨、根幹などは、何らの頼りにもよすがにもならない
それでも私は、科学が正しいと、
そこにずっとあり続けるものが正しい、というか、信じ続ける、というものが、あるかどうか
そうしたものへの尊崇が共有できない限り、人はきっと、決して、科学というものを語り合い、
況してや分かり合うなどということは適わないのだろうと思う
私はこの世界を作りこの世界の法を敷いている創造主のことを信仰していないのだなと気づいた。創造主はただの創造をした人であり、それだけの特に担ぎ上げるような、何か頼りになる人間ではないのだ。
私がこのようなことを言うのは、私が中学生の時に負ったトラウマ故である。私は時の巡り合わせで治安の悪い学校で嫌な思いをし続けた。それで自分はそこで真面目な生徒としてやって来た(まあ怖い先生がいたのもあるが)けども「悪魔」は私の心をすり減らした。そして一時自傷行為に走った。
学校を卒業した後もトラウマは残り、他人への不信感なども残った。そしてそのトラウマを逆撫でするような理不尽なことも少なからずあった。そして、それに対し現実を受け止めろといった人もいた。
私はその度に法を敷いた想像主を憎んだ。想像主は最初から私の運命を予定されて、辛く惨めに恥をさらして生きることを天下世界に公約したのだと。私はその創造主を殺したいと思ったし、その殺意は自分を合理主義や快楽主義に走らせた。創造主すなわち神は石ころのようなレゾンデートルと同じく本当に絶命しろと呪った。
しかし不思議と私は神社にお参りすることは続けたし宗教は否定しなかった。単なる世俗的行事とか、精神的行為として考えてたのだろうが、不思議とそれが私の創造主殺しと矛盾すると考えなかったのだ。
とはいえ結局これが私の心のなかで完結している、人に説明できない事象としてあり続けるのも違和感はあった。そしてその違和感に答え違和感を解消したのは遠藤周作の本であった。自分の心の中の「妄想」を語ってくれて名誉回復をしてくれた気分であった。「海と毒薬」「沈黙」では信者の信仰上の苦悩や矛盾を唾棄する世界の法やそれに対するキリストの愛を語った。「イエスの証人」では、卑怯な世界の法を変えられずとも、広く深い満ち溢れる愛を振りまいてきたキリストの姿を描いた。そして、「深い河」では何者をも包摂する存在が残酷な法理の世界にもあることを示してくれた。
私はそれらを読んで、私が創造主を憎んでからも、心の縁としていたもの=神の正体を知り安心した。
今はコロナ禍という創造主がずけずけとでしゃばり図々しく存在を示すことが出来て下品な笑いを上げている時である。私にとってはさもありなんと思うが、私は自分を支えるものを知っているし信じている。それは私を今日まで勇気づけてくれたものである。私はそれを神と呼び、自分が生きたいと望むときに神は現れる。
もちろん増田の言うような懸念はあって、例えばインドやトルコではそれまで世俗的だったのが、宗教勢力が拡大してヒンドゥー・イスラム教的な政策がおおっぴらに行われるようになっている。
ただ現実主義的に考えると、これらの国ではもともと国民の大多数がヒンドゥー・イスラム教を支持していたという国内事情を無視して、西洋諸国の世俗主義的潮流という国外事情に合わせるためだけに世俗主義を選択していたわけだ。
民主主義と世俗主義は本来何の関係も無いので、民主的手続きで国家が世俗主義を放棄した場合、それに文句を付ける理由があるのか?という問題がある。
あと当然現行の日本国憲法は政教分離を禁じているので裁判所の判断によって行政・立法を牽制することもできる。
増田氏が貼ったBBCの記事では以下のことにも触れられている。
「教皇フランシスコ1世は昨年10月に上映されたドキュメンタリーの中で、同性カップルにも婚姻関係に準じた権利を認める「シビル・ユニオン」を認めるべきだとの考えを明らかにしていた。」
「また昨年のドキュメンタリーでは、「(同性愛者)は神の子であり、家族の一員になる権利がある。誰も見捨てられたり、惨めな思いをさせられたりしてはならない」と述べた。」
「ローマ教皇庁はこのドキュメンタリーの上映後、教皇の発言は文脈から引き離されて引用されたものであり、同性婚を支持するものではないと説明した。」
とも書かれている。
以上から、教皇自身は同性愛者の存在自体を神の子として認めており、迫害の対象であってはならないと考えている。またローマ教皇庁の公式見解も「同性愛関係には「前向きな要素」がある」と述べることによって、同性愛者の存在を受容する方向を示している。と同時に、あくまで「婚姻」という制度概念において教義的に「祝福できない」と言っているのだ。
増田氏は「キリスト教の同性愛忌避は歴史的に同性愛者への迫害と差別の一番大きい要因だった」と言ってるが、少なくともそのようなことを繰り返してはならないという意志は、公式見解や教皇の過去の発言からははっきりと読み取れる。しかし教義上、子孫を残すための男女間の関係を「婚姻」として神が祝福を与える制度としているため、子孫を残さない同性愛者のパートナー関係を「婚姻」という制度と認めて祝福することができないとしているのである。
もちろんその教義自体が既に差別じゃないか、と言われればそうかもしれないが、そもそも古い価値観で石頭になってるのは、クリスチャンでも宗教的でもない、世俗的価値観で生きてるつもりの、増田氏も含めた現代人もそうなんじゃないだろうか?つまり「婚姻」という制度概念自体に頭を縛られ過ぎなのだ。
「婚姻」という言葉に基づく制度は、「子孫を残すための男女間の関係」に限定したままでも別にかまわない。それとは別に、世俗的法制度では性別に関係なく生活を支え合うパートナシップ関係に法的保護を与えればよいのだ。その点教皇は「シビル・ユニオン」というパートナシップ制度を認めるべきだと言ってるわけで、宗教的教義とのバランスにおいて、実質的な権利のあり方に踏み込んでるのである。
また「子孫を残すため」という点では、あくまで出産・子育て支援制度として、パートナーシップ制度とは別に親権者へ法的保護や優遇措置を与えればよい。実子がいない夫婦も養子縁組で親権者になれるのだから、同性愛カップルが親権者になって孤児を育てることだって可能だろう。ヴァチカンの公式見解も、このような方法を否定するものではない。
こちらの記事も拝読しておりました。なかなかお一人お一人の思いにすべて反応できず、余計なご心労をお掛けしてしまったこと、お詫びいたします。
あなたがお怒りになるだけの経緯はよくよく伝わってきました。自分の思い・はからいによって得ようとした結果が、期待していたものとはまったく違ったことを嘆かれている訳ですね。裏切られたような怒り、蔑ろにされたような悲しみが、少なからず私にも感じ取れました。
あなたの仰った通り、その寺院が以前は対応していたはずのところを取り止めた、ということであるならば、御朱印を求めて参拝した方に対する態度・応対というものは、もっと丁寧で親身であるべきだろうと私も考えます。むしろ私ならそうします。どのような形であれ、寺院に足を運ばれた方との貴重な仏縁なのですから。たとえ自宗の教義信仰、方針と違ったとしても、お相手の労苦をねぎらいつつ、また同時に、自身の立場をはっきりと分かりやすくお伝えする義務があると思います。
ですから、寺院の応対の不誠実さという点については、おこがましいこととは承知の上ですが、私が当宗門を代表してお詫び申し上げます。せっかく遠いところから時間と体力を割いて足をお運びになったにもかかわらず、ご期待に添えることができなかったばかりか、宗門そのものに対する疑念と憤りを抱かせてしまったことを、大変残念に思います。
そして、御朱印の記帳を浄土真宗が行わない理由についてですが、私どもの立場をはっきりと申し上げますと、
御朱印を集めても、それが救いにはならない
と信じているためです。
真宗門徒は、お念仏ひとつでお浄土に往生する道を“聞き”ひらく教えです。つまりそこには、お念仏のみ教えを“聞く”という過程が求められます。“聴く”ではなく“聞く”ですから、受け身です。「(俺が私が)聴いてやる」とか、「それなら聴いてもいい」とか、そういう思いでは成り立ちません。仏から、相手から、聞こえてくる、聞かせていただく。このような心をまずお育てにならなければ始まりません。
かつて、浄土真宗のご門徒に、布教師や講師の話を一生懸命ノートに書き写す方がいました。その方はいつでも聞法ノートを携え、全国各地の法話や講義に赴いていました。その熱心さには誰もが驚くほどで、どれだけ遠かろうと時間がかかろうと、その方はとにかく聞法を続けていました。
ある時、宗門では有名な講師が講義をした際、その方は講師の元に駆け寄り、ご自分のノートを講師に見せました。「私はこれだけのことを学んできました、そんな私のノートに、何か一言お願いします」とその方は講師に頼みました。
という強烈な一言でした。
彼はいつの間にか、教えを“聴く”心になっていたのです。いただいた教えよりも、「これだけ教えを“聴”いてきた自分がえらい」と勘違いしていたのです。努力している自分・熱心な自分という姿に陶酔し、肝心要のことがまるで人生と心に響いていなかった。そういう態度を戒められるための一言でした。
御朱印を集めることによろこびや達成感を抱かれる方が多いのは私どももよく理解しています。それが思わぬ形で仏縁をもたらすことがあるのもよく理解しています。
だからこそ、かつて御朱印を取り入れた過去があるのも、そうした世俗の方々との接点を得ようとした苦肉の策だったのだろうと推察します。そして、そうした在り方が、自分で自分たちの教義と信仰を貶め歪めさせるのだという過ちに気が付いて、取り止めたのでしょう。
私自身はこの件について、これまでもこれからもあってはならないことだと考えております。どれだけ世間から非難を浴びても、一貫した姿勢を貫くべきだと思います。ですから、あなたの訴えには宗門全体が耳を傾けるべき意味があると感じております。
そして、あなたの怒りや疑念を受けてもなお、私(と浄土真宗)は御朱印がもたらす作用にうなずくことはできません。
それが何故なのかは、私があれこれと何でも押し付けるよりも、あなた自身の胸に問い掛けていただくことが、何よりも近道だと思われます。
あなたにとって御朱印を集めるということは、どういう意味を持ちますか?
あなたが御朱印を与えてくれなかった寺院や宗派に対して怒りと憎しみを抱いたことで、あなたの心は晴れましたか?
あなたが生きる現在、そしていのち尽きてゆく未来に、御朱印はどう影響しますか?
今後ご返信いただく必要はありませんので、私の言葉をご自分の中で“聞”いていただきたく思います。あなたのお声を確かに受け止めたことに免じて、あなたもまた、私の声を受け止めていただければ、私はとてもうれしいです。
私たちの開祖・親鸞さまは、「念仏以外に救われる方法があるのではないか」ということを問いただそうとして遠方から駆け付けた方々に、こう仰せになりました。
合掌
皇居は、龍脈を流れるエネルギーが吹き出す龍穴のある場所にして、祭祀王の住まうところである。
その周囲をランナーがぐるぐると回ることで、マニ車を回すがごとく、スピリチュアルエネルギーが生ずるのだ。
そうでもなければ、あんな排気ガスを吸うだけのランニングに人々が夢中になるはずもない。
駅伝(その名称は「易伝」に由来する)は、皇居ランで生じたエネルギーを更に高める行為である。
ランナーは、タスキにエネルギーを蓄積し、箱根まで行き、また戻る。
世俗的には一見無意味にも思えることこそが、宗教的意味合いが存する所以である。
時には、人々に混じって山の神や宇宙の帝王が参加していることもあるという。
誰が葬式にエンターテインメント性を求めるだろうか。