はてなキーワード: 衛生状態とは
※愚痴の吐き出しも兼ねているので言葉が丁寧でなかったり、分かりにくかったりする部分があるかもしれません、すみません。
個人の感情とかだいぶ混じってるのでそういうのが苦手な人は読まないほうがいいと思います。
公開後ログアウトして2度とログインしないため、修正などする予定はありません。記事の解釈はご覧になった方にお任せします。
もし関係機関・関係者から指示があった場合のみ修正・追記など行うつもりです。
ufotableが最近問題起こしている、というのはufotableが好きな方はもうご存知だと思います。
よく話題になったものだと阿波踊りグッズの件ですとか、活撃刀剣乱舞の演出の件とかですね。
(これらの件についてはよく調べればどんなことが起きたか分かると思うので、内容はカット)
最近の炎上に便乗してほかにもいろんなボロが出てきてます(ufotableの通販で買った特典色紙付きDVDの色紙がまだ届かないとか)
自分が好きだったufotableがどんどん崩れていく様子を見て、「もーここまで炎上してるなら自分も過去にufotableでモヤモヤしてたこと吐き出しちゃおうかー」
ということでこの記事を公開した次第です。
今までネットでも、現実世界でも誰にも吐き出したことがなかったので、そろそろ吐き出させてください。すみません。
自分は2~3年前、ufotableが運営しているとある店舗で働いていた経験があります。(アルバイトです)
その店舗であったことで、今思えば「あれ?これおかしくない?」と個人的に思った点がありました。
衛生面について
です。
店舗のある建物はキッチンと倉庫がドアをはさまず隣接している構造で、倉庫に冷凍庫とか未開封の食材(常温保存でOKなもの)、飲食物関係以外にも店頭で販売するグッズとか置いてあってすぐ取り出せるようにしてあった感じです。
そしてこの倉庫、鼠の糞がよく堕ちてました。私がアルバイトを始めた頃にはすでに落ちていました。
建物の老朽化かなにかかは分からないのですが、倉庫の天井の一部に穴が開いていました。
ガムテープのようなものでふさごうとした痕跡はありましたが、塞げていませんでした。たぶんそこから鼠がおりてきて活動していたんだと思います。
大掃除のとき、グッズを入れてあるダンボールの上に落ちてる鼠の糞をほうきとちりとり使って取ったときもあったなぁ...。
で、ここで問題。先ほども述べましたがこの倉庫、ドアをはさまず隣接しています。
閉店したあととか、キッチンに人気がないときは調理ごみを捨ててあるキッチンに鼠が入り放題です。当たり前ですね、仕切るものがないですから。
ある日出勤すると、キッチン付近いくつかにねずみとりの粘着シートが設置されていました。
私が非番のときに業者が設置しにきたのか、社員さんが設置したのかどうかは分かりません。
「こんなんで鼠ひっかかるかなーまーでも鼠減ってくれたらありがたいなー」とか思いながらいつも通りに仕事をしていました。
閉店作業でキッチンの片づけをしていたら視界に入ってしまいました。
ゴミ箱の上に設置された粘着シートの上をたたたっと走っていく鼠が。
驚きすぎてそのばで尻もちをついてしまいました。(苦笑)
そのあとすぐ社員さんに「キッチンにね、鼠出ましたよ!??」とあわてて報告したところ
「あー鼠出た?^^;」というような反応で、そのまま作業を続けていました。
鼠気持ち悪いとか、こんな衛生状態悪いところで作ったものをお客さんに提供してた罪悪感とかその他もろもろもろもろがつもって
この件だけで辞めるのを決めたわけではなく、家庭の事情でもうすぐアルバイトを辞めなければならなかった、とかの事情もあっての決定でしたが。
私がアルバイトとして働き始める前からもきっと鼠の問題は放置し続けてたんだど思います。
そうじゃなきゃどうしてあんなにダンボールの上に鼠の糞が落ちてたのか...。
今思い返せばこれも「問題が大きくなるまで放置し続ける」というufotableの運営のクセみたいなものだったのかもしれません。
物販、夏コミとかずっと何年も販売方法や在庫数について文句言われてますよね。
高橋タクロヲさんの件も、繰り返し飲酒について注意してきたとおっしゃっていますよね。
何で駄目だったら別の方法探すとか、しないんですか?
アニメを作るのに忙しいから他のことはは手を抜いてもいいと考えてたんですか?
鼠の件も、物販の件も、高橋タクロヲさんの件も、初期に手を打っていれば解決できた可能性が高いものばかりです。
アニメ以外のことは手抜きしてでしかできないというのなら、これ以上誰かを傷つける前に、アニメ以外のことはやめてしまうかほかのひとに任せてアニメづくりだけに専念してください。
動物園の動物は、野生の動物より、はるかに食糧、衛生状態の面でめぐまれているにもかわらず、寿命は圧倒的に短い。
たとえば野生のアフリカ象の寿命は56歳ですが、動物園のそれは17歳。
動物園の動物には、過剰な毛づくろいや、意味もない往復運動などの神経症状をみせる動物が多いのです。その理由は、野生のときのような、「選択」ができないからだ、ということが明らかにされます。
英国の20歳から64歳の公務員男性1万人を追跡調査して、さまざまな職業階層と健康状態の比較を行うというものがありました。
その結果は、「モーレツ上司が、心臓発作をおこして40代でぽっくりいく」という予想と真逆の結果が出ていたのです。
職業階層が高ければ高いほど、寿命は長かった。これらは、職業階層の高さと仕事に対する自己決定権の度合いが直接相関していたことに理由がありました。
原因・背景[編集]
1871年(明治4年)10月、宮古島から首里へ年貢を輸送し、帰途についた琉球御用船が台風による暴風で遭難した。乗員は漂流し、台湾南部に漂着した。船には役人と船頭・乗員合計69名が乗っていた。漂着した乗員66名(3名は溺死)は先住民(現在の台湾先住民パイワン族)に救助を求めたが、逆に集落へ拉致された。
先住民とは意思疎通ができなかったらしく、12月17日、遭難者たちは集落から逃走。先住民は逃げた者を敵とみなし、次々と殺害し54名を斬首した(宮古島島民遭難事件)。12名の生存者は、漢人移民により救助され台湾府の保護により、福建省の福州経由で、宮古島へ送り返された。明治政府は清国に対して事件の賠償などを求めるが、清国政府は管轄外として拒否した。翌1872年(明治5年)琉球を管轄していた鹿児島県参事大山綱良は日本政府に対し責任追及の出兵を建議した。1873年(明治6年)には備中国浅口郡柏島村(現在の岡山県倉敷市)の船が台湾に漂着し、乗組員4名が略奪を受ける事件が起こった[1]。これにより、政府内外で台湾征討の声が高まっていた。
開戦準備へ[編集]
宮古島民台湾遭難事件を知った清国アモイ駐在のアメリカ合衆国総領事チャールズ・ルジャンドル(リゼンドル、李仙得)は、駐日アメリカ公使チャールズ・デロングを通じて「野蛮人を懲罰するべきだ」と日本外務省に提唱した。
初代龍驤は台湾出兵の旗艦であり副島種臣と大久保利通をそれぞれ、中国に運んだ。
孟春(砲艦)は三本マスト・スクーナー型鉄骨木皮の小型砲艦で、台湾出兵に参加した。
外務卿の副島種臣はデロングを仲介しルジャンドルと会談、内務卿大久保利通もルジャンドルの意見に注目し、ルジャンドルは顧問として外務省に雇用されることとなった。当時の明治政府では、朝鮮出兵を巡る征韓論などで対立があり、樺山資紀や鹿児島県参事大山綱良ら薩摩閥は台湾出兵を建言していた。これらの強硬意見の背景には、廃藩置県によって失業した40万人から50万人におよぶと推定される士族の不満のはけ口を探していたことがある[2]。
1873年、特命全権大使として清国に渡った副島外務卿は随員の柳原前光を用いて宮古島民台湾遭難事件などの件を問いたださせたが[注釈 1]、清朝の外務当局は、台湾先住民は「化外」であり、清国の統治のおよばぬ領域での事件であると回答して責任を回避した[1]。その後、日本ではこの年秋、朝鮮使節派遣をめぐって政府が分裂し(明治六年政変)、また、翌1874年1月の岩倉具視暗殺未遂事件、2月の江藤新平による反乱(佐賀の乱)が起こるなど政情不安が昂じたため、大久保利通を中心とする明治政府は国内の不満を海外にふり向けるねらいもあって台湾征討を決断し、1874年(明治7年)4月、参議の大隈重信を台湾蕃地事務局長官として、また、陸軍中将西郷従道を台湾蕃地事務都督として、それぞれ任命して軍事行動の準備に入った[1]。
明治六年政変における明治天皇の勅裁は、ロシアとの国境を巡る紛争を理由とした征韓の「延期」であったため、ロシアとの国境が確定した際には、征韓派の要求が再燃する可能性が高かった。政変で下野した副島にかわって外交を担当することとなった大久保としては、朝鮮よりも制圧が容易に思われた台湾出兵をむしろ積極的に企画したのである。
台湾出兵に対しては、政府内部やイギリス公使パークスやデロングの後任のアメリカ公使ジョン・ビンガム(John Bingham)などからは反対意見もあった。特に、参議木戸孝允らの長州系は征韓論を否定しておきながら、台湾への海外派兵をおこなうのは矛盾であるとして反対の態度をくずさず、4月18日、木戸は参議の辞表を提出して下野してしまった。そのため、政府は一旦は派兵の中止を決定した。
水門の戦 最も激しい戦いであった。当時の日本人による版画[3]
国立公文書館が所蔵している公文書によると1874年4月4日、三条実美により台湾蕃地事務局が設置される。(以後の任命は当時太政大臣であった三条実美からの奉勅となっている)同年4月5日、台湾蕃地事務都督に西郷従道が任命される。[4]同年4月6日、谷干城と赤松則良に台湾蕃地事務局参軍と西郷従道を輔翼し成功を奏する事を任命される。[5]同年4月7日、海軍省から孟春艦、雲揚艦、歩兵第一小隊、海軍砲二門と陸軍省から熊本鎮台所轄歩兵一大隊砲兵一小隊の出兵命令が命じられる。[6]という経緯になっている。
5月6日に台湾南部に上陸すると台湾先住民とのあいだで小競り合いが生じた。5月22日、台湾西南部の社寮港に全軍を集結し、西郷の命令によって本格的な制圧を開始した[1]。6月3日には牡丹社など事件発生地域を制圧して現地の占領を続けた。戦死者は12名であった[1]。しかし、現地軍は劣悪な衛生状態のなか、亜熱帯地域の風土病であるマラリアに罹患するなど被害が広がり、早急な解決が必要となった。マラリアは猖獗をきわめ、561名はそれにより病死した[1]。
明治政府は、この出兵の際に清国への通達をせず、また清国内に権益を持つ列強に対しての通達・根回しを行わなかった。これは場合によっては紛争の引き金になりかねない失策であった。清国の実力者李鴻章、イギリスの駐日大使パークスは当初は日本の軍事行動に激しく反発した。その後、イギリス公使ウェードの斡旋で和議が進められ、8月、全権弁理大臣として大久保利通が北京に赴いて清国政府と交渉した。大久保は、ルジャンドルとフランス人法学者ボアソナードを顧問として台湾問題を交渉し[7]、主たる交渉相手は総理衙門大臣の恭親王であった[1]。会談は難航したが、ウェードの仲介や李鴻章の宥和論もあって、10月31日、「日清両国互換条款(zh)」が調印された[1][7]。それによれば、清が日本軍の出兵を保民の義挙と認め、日本は生蕃に対し法を設ける事を求め、[8]1874年12月20日までに征討軍を撤退させることに合意した。 また日清両国間互換条款互換憑単によると清国は遭難民に対する撫恤金(見舞金)10万両(テール)を払い、40万両[注釈 2]を台湾の諸設備費として自ら用いる事を願い出費した。[9]また、清国が日本軍の行動を承認したため、琉球民は日本人ということになり、琉球の日本帰属が国際的に承認されるかたちとなった[1]。
日本と清国との間で帰属がはっきりしなかった琉球だったが、この事件の処理を通じて日本に有利に働き、明治政府は翌1875年(明治8年)、琉球に対し清との冊封・朝貢関係の廃止と明治年号の使用などを命令した。しかし琉球は清との関係存続を嘆願、清が琉球の朝貢禁止に抗議するなど外交上の決着はつかなかった。
1879年(明治12年)、明治政府のいわゆる琉球処分に際しても、それに反対する清との1880年(明治13年)の北京での交渉において、日本は沖縄本島を日本領とし八重山諸島と宮古島を中国領とする案(分島改約案)を提示したが、清は元来二島の領有は望まず、冊封関係維持のため二島を琉球に返還したうえでの琉球王国再興を求めており、また、分島にたいする琉球人の反対もあり、調印に至らなかった。
また、明治政府は兵員輸送に英米の船会社を想定していたが拒否され、大型船を急遽購入して国有会社の日本国郵便蒸汽船会社に運航を委託したがこれも拒否され、大隈重信はやむなく新興の民間企業である三菱を起用することに決定したが[10]、この協力により、以降、三菱は政府からの恩恵を享受できることとなり、一大財閥になるきっかけとなった[11]。
日本軍の損害は戦死8名、戦傷25名と記録されるが、長期駐屯を余儀なくされたため、マラリアなどの感染症に悩まされ、出征した軍人・軍属5,990余人の中の患者延べ数は1万6409人、すなわち、一人あたり、約2.7回罹病するという悲惨な状況に陥った。
1871年(明治4年)、兵部省は、陸軍省と海軍省に分かれ、軍医寮は陸軍省に属し、軍医頭は松本良順(のちに順)であった。台湾出兵当時、軍医部は創立より日が浅く経験不足であったが、総力を挙げて事態にあたった。出征軍の医務責任者は桑田衡平二等軍医正(少佐相当)、隊付医長は宮本正寛軍医(大尉相当)であった。他に24名の医官を従軍させた。医官は全員奮闘したが、極悪の環境と猛烈な伝染病で病臥する者が多く、西郷都督からは薬だけでも兵士にあたえてほしいと要請された。医官の多くは漢方医で、熱帯病の治療にはまったく経験がなかったという。かれらは交代の22名が到着したため、ようやく帰国できた。宮内省からは外国人医師が派遣された。ドイツ出身のセンベルゲル(Dr. Gustav Schoenberg)は、東京大学医学部の前身にあたる大学東校お雇い外国人医師レオポルト・ミュルレルの推挙であったが、能力がなくトラブルを起こした。しかし、彼とともに送られた6台の製氷機械は大いに役に立ったといわれている[12]。
どうしてガンダムにこだわるんだよ、って肯定派から言われそうだけどさ、その言葉そっくりそのまま返したい。
同性愛について語るなというわけではない。ただ、まるでこちらが本筋の話のように持ち上げられるのがおかしい。
(脚本家にとって)魅力的な敵役にフォーカスを当てるなとは言わない。でもなんで2期から出てきたぽっと出をまるでメインポジションに据えるのかがわからない。
ガエリオvsマクギリスって構図って美しい!とか盛り上がったんだろうな、主人公は誰だよ。
結局、脚本側からすればすでに鉄華団側は魅力のないもの(自分で作った癖に)で、ラスタル陣営書いているの楽しい!真の主人公はガエリオよ!とか思ったんだろうなって。
三日月の子供が暁!すごいいいアイディア!とか思ったんだろうなって。
もちろん男性キャラだって魅力的だけど、ほかのアニメよりもたくさんの女性キャラがかっこよく魅力的なのがガンダムの魅力の一つだと思う。
でもあとは、全面に立ってかっこよく戦う女性(ジュリエッタはMSに乗っていただけで、ラスタルの側近でしかなかったわけなので論外)がとても少なかった。
まあクーデリアも1期で、追われている身にも拘わらず衛生状態がーとか言ってのんきに買い物行くとかいって面倒ごとを引き起こしたわけだけど。
あと、歴代ガンダム作品に対する敬意的なものが一切感じられなかった。
どっちかというと、ファーストガンダムの最後のアムロとシャアの決闘でヘルメット同士ぶつかったシーンに対して「めっちゃラブラブじゃん!」みたいな感想しか持ってなさそう。
ガンダムかそうでないか抜きにした感想の一つに起承転結もおかしかったことも挙げられる
これが終了直後の感想。
Amazon.co.jp: 選択の科学: シーナ・アイエンガー: Book
動物園の動物は、野生の動物より、はるかに食糧、衛生状態の面でめぐまれているにもかわらず、寿命は圧倒的に短い。
たとえば野生のアフリカ象の寿命は56歳ですが、動物園のそれは17歳。
動物園の動物には、過剰な毛づくろいや、意味もない往復運動などの神経症状をみせる動物が多いのです。
その理由は、野生のときのような、「選択」ができないからだ、ということが明らかにされます。
英国の20歳から64歳の公務員男性1万人を追跡調査して、さまざまな職業階層と健康状態の比較を行うというものがありました。
その結果は、「モーレツ上司が、心臓発作をおこして40代でぽっくりいく」という予想と真逆の結果が出ていたのです。
これらは、職業階層の高さと仕事に対する自己決定権の度合いが直接相関していたことに理由がありました。
学校がからもらったプリントは机の上に平積みにで、たまりまくって机から溢れて床に落ちてても知らんぷり。たまにしか必要のない美術の教科書などは学校から定期試験前に持ってくるように言われるのですが、どこにあるか分からず前日に大慌てで探したことがしばしば。
定期試験勉強中は現実逃避から掃除がしたくなり(苦笑)、ちょっとやって試験が終わってから続きをやろうと思うものの、試験が終わったらプレッシャーからの解放で掃除せずにそのまま。
毎年春、学年が上がってそれまでの勉強道具が必要なくなったときにあまり確認せずに一気に捨ててました。そのせいで日記など当時の自分を知る貴重なデータが残っておらず、今になればとても悲しい状況です。。。
20代になって初めて一人暮らしをし、掃除に対する意識が変わりました。
最初の頃は、部屋にそれほどものがなく掃除する必要もなかったわけですが、今まで家族と住んでいた時間から急に一人暮らしになると、それまで家族がいたせいで食事の時間を合わせたり風呂の順番待ちなどに時間が取られることがなくなり、かなり時間に余裕ができたため、「暇つぶし」として掃除をするようになりました。
リビングは、週1で床や家具をコロコロしたり、掃除機をかけるようになりました。エアコンは3か月ごとにフィルターを掃除機にかけ、半年ごとにエアコンの中身を専用のスプレーで洗浄するようになりました。
また、実家にいた当時は全く意識になかったトイレや風呂場といった水回りを掃除することを覚えました。水回りって放っておくと一気に汚くなります。それをいかに抑えるか、掃除の回数や掃除方法だけでなく、普段の水回りの運用も考えていかなければなりません。
私がそのとき思いつき、現在もしている水回り対処法は次のような感じです。
<風呂場>
<トイレ>
どちらも定期的に行うように習慣付けられるまでは時間がかかりましたが、習慣になればこっちのものです。掃除している人からすれば当たり前のことでしょうが、定期実行が掃除の1つの要です。
その後、とある中小企業で事務系のバイトをしました。毎日朝礼があって選ばれた人が自分の好きなテーマでプレゼンするのですが、その会社の社長は儒教的な考え方の持ち主でいろいろと教わりました。
その中でも次の言葉が印象的でした。
人は精神状態が落ちていくと身の回りのことに力を注ぐことができません。掃除ができなくなっていくのは自分の精神がダメになっていくということだそうです。逆に考えれば、普段から掃除をしている人は精神の衛生状態がよく、向上心をつけることができるということでした。(その会社ではそれを実践するために、毎朝朝礼の前に掃除時間が設けられていました)
私はこの言葉に感銘を受け、掃除は怠ってはならないと決心しました。
まとめると次のようになります。
<掃除の基本>
http://b.hatena.ne.jp/entry/blog.livedoor.jp/nwknews/archives/5088518.html
これめちゃくちゃブクマついてるけど、何コレ?何でブクマも1もリクルートのせいにしてるわけ?
そもそも1の業界構造の認識が頭悪すぎるし、誰の入れ知恵かは知らねえがリクルートのせいにしすぎだろう。
理美容業界の市場規模は2兆1658億円で、この1の主張通り、50%が中間業者だとしたら1兆829億円が中間業者(リクルートなど)の売上というわけだ。
もし本当に中間業者が半分抜いてたとしたら、一人あたり148万円しか残らない。
そして148万円の中から固定費や変動費を削ると・・ってそんなわけあるか。
そもそも1のスタンスが、「俺は独立するけど、この業界を”誰か”どうにかしてくれ!」というポジションなのが腹立たしい。
あと、美容室が結束して集客して美容業界を変えよう!とか言ってるけど、結束するだけで集客出来るなら、そりゃしますわ。
その1年前の2000年に美容室向け椅子シェア1位の会社が発起人としてRasysaという美容ポータルサイトを立ち上げてる。
美容室が集まって組合的に立ち上げたサイトだけど、みんな、知らないよね?存じ上げませんよね。
結局ポータルサイトなんて、いかに広告費を投じるかが勝負なのに、広告を大きく投下する判断をしなかったから知られてない。
一方でリクルートは垂直立ち上げのために広告費を大きく使い、ビジネスを立ち上げた。
ただ、それだけの話。
リクルートなんて、ホールディングス全体で年間900億円も広告突っ込んでくれてるんだぜ?
単にホットペッパーさんが世間に広告を打って、美容室にお客さんを呼んでくれた。それだけの話。
ちなみにホットペッパービューティのネットポータルにおけるシェアは86%~92%程度と噂されている。
ホットペッパビューティの一番高いプランの半年パックは月額57万円(去年は36万円?)
この価格帯にも関わらず、去年は30%の値上げをしてるし、過去に何度も値上げを繰り返しているが、お客さんは離れない。
独占状態での値上げは独占禁止法(優越的地位の濫用)に当たらないのか!とのお声もありますが、需要があるから値上げしているだけ。
まさに力は大きくなっている。しかもリクルートライフスタイルの中でも未だにビューティ部門は年次115%ほど成長してるオバケ事業だ。
ホットペッパービューティのせいで安売りが加速していると嘆いてる。であれば法律動かせよと思う。
過去、美容業が不衛生では電線病が流行るという理由で法律によって価格競争が起こらないように守られていた。
実は今もその法律は生きてる。「生活衛生関係営業の運営の適正化及び振興に関する法律」という法律だ。
http://law.e-gov.go.jp/htmldata/S32/S32HO164.html
1のいうような組合が各エリアに存在している。その組合が「健全な営業を阻害するような価格で営業している美容室がある」と厚生省に言えば、他社の営業方針に関して勧告を出せる。
価格是正の指導に命じるように伝えることができ、命じない場合、50万以下の罰金が請求される(ホットペッパービューティより安い!)
と、まあ国でも「価格競争を起こすと美容室の衛生状態が悪くなるからある程度守るよ」という法律は存在してるのだ。
1やブクマは「リクルートが悪い」と言うんじゃなくて、もっと大きな視点で物事をとらえてくれよ。
そして、リクルートにも功績はある。欧州や欧米の美容室のネット予約比率は1%に満たない中で、唯一日本は10%を超えてる。ネット予約先進国だ。
電話とらなくても済むようになったんだよ。素晴らしいじゃないか。俺は電話苦手だからすげえ助かる。
長々と書いたが、最後に言いたいのはリクルートは2.2兆円市場の理美容業界において、たった460億円しか売上がないんだぜ。50%は言いすぎだ。
どんな話なら読みたくなるんだろう。
美少女がきりもみで自分の目の前に落下して、鼻頭に絆創膏つけて笑顔で微笑むシチュエーションしか思いつかない。
いい話が思いつくときというのは、シュチエーションに登場人物のそのときの感情は、その人物の過去や背景が乗ってもわっと泡のように思いつくものなので
苦労して、あれこれ考えてもどうしようもない感じはある。
一つのシチュエーションに来歴や背景をもりもり肉付けする、後のせサクサクするパワーというかテンションがワタシにはない。
物語のきっかけとなるのが人間離れした技能や知識をもつ人や、現代では実現困難なテクノロジー、インフラ、魔法がきっかけになるというか。
SFやファンタジーをたたき台に、賢くゲーム的な概念やマンガのパロディを組み込むこともできないので、
ゲームでのあるあるネタやパロディにもっていくのもむずかしい。
自分の脳内の手札で面白い話を書こうとすると、限度がある。アウトプットもインプットも経験不足。
そうだ、トイレは現代社会における一人きりになれる貴重な瞑想の部屋。トイレで考えれば……。
そうかだから増田はウンコネタで盛り上がるスカベンジャーどもが跋扈するのか。
中世の過密した都市部における公衆衛生は非常に悪く、窓を開けばウンコのにおいがするといわれたとかいわれなかったとか。
便を媒介にする疫病が蔓延するのも無理はない。そして上下水道が完備され衛生状態が改善し近代化していったらしいのだが。
さて、増田や匿名掲示板はインターネットにおける上下水道としての価値を確立してい他のかもしれない。
飛鳥・奈良時代までは100年単位で割と頻繁に遷都をしていたが、平安時代以降、頻繁な遷都は行われなくなった。
これは、飛鳥・奈良時代当時の人間が都に掛けられた呪いを非常に恐れていたからという話が伝わっているが、
その呪いの実体とは急激な都市化により流行した各種風土病であった。
遷都を行い0から都市建設をすると、一時的に衛生環境が改善され風土病が抑えられるので、当時の人間は「やっぱり呪いには遷都が効果的なんだ」と思い込んでしまっていた。
これが収まったのが平安時代。きっかけは仏教、特にケガレや物忌みの概念の普及
これにより人々に身体や身の回りを清潔にする習慣が普及し、都市生活を行ってもそんなに衛生状態が悪化せずに済むようになったので
という与太話を思いついたんだけど、これって似たようなこと書いている本とかないかな
母乳に優れた点があることについては双方合意していると思っていたし、健康で母乳の十分出る母親では特に欠点が問題とならないのだから、母乳が優れていると言える
…というのがこちらの意図だったけど、言葉が足りなかったようで申し訳ない
薬を飲んでいると、というのも確かに正確でなかった、「薬によっては」だね
「珍しくない」の割合は、知っている母親10人に対して、母乳トラブルを一度も聞いていない人は6,7人かな
増田の定義だと、短期間のトラブルがあるくらいは問題の内に入らないのかもしれない(私はそれも問題の内に入ると考える)
WHOが医学的根拠に基づいて母乳を推奨しているのは知ってるよ
ただし、それは衛生状態の悪い途上国などを考慮した提言であって、日本においては母乳とミルクの差はそこまで歴然としてはいないと考える
むしろ母乳を強く推奨しすぎることで母親にプレッシャーを与えることを、北斗は問題視して
ごめん、なんか面倒くさくなってきた
変な絡み方した私が悪かったです
この辺で勘弁してください
敗走しますのでどうか追わないでください