「天皇陵」を含む日記 RSS

はてなキーワード: 天皇陵とは

2019-05-14

これで救われる大阪人がいればうれしい話

東京人大阪www

大阪人「東京には世界遺産がありますか? 1700年の歴史のある天皇陵がありますか? 東京なんて300年の歴史しかないですよね」

東京人「」

2019-05-12

靖国切腹

天皇陵ボウガン自殺した人も何らかの思想はあったはずなのに

遺書がなかった(報道されなかった?)だけで勝手自殺した変な人みたいなあつかいされてるのちょっとかわいそう

2017-06-28

天皇陵ってなんで調査できないの?

答えて 国士さま

2016-04-21

靖国英霊には安倍の参拝なんぞよりもっと望んでいることがあるはず

なにしろ九州が未曽有の大災害に襲われている渦中であるから、ひっそりとしか報じられていない印象だが、

安倍晋三が、今日から始まる靖国神社の春の例大祭真榊奉納したというニュースが流れている。

参拝は見送ったとのこと。

例のごとく、なぜ参拝しないのか、特亜配慮なんかするな、戦没者慰霊がなぜいけないのか、などと

一部の人たちがネットで吹き上がっている。

最近はなんだが「マスゴミはなぜいちいちこんなことを報道して騒ぎにするのか?」などという発言も見られるが、

まあ「取り上げれば騒ぎになること」をとりあげるのはマスコミ仕事なのだから、取り上げてあたりまえである


自分は、靖国神社存在について、神道伝統にしたがえばきわめて特殊神社であると思う一方、

その英霊鎮護する機能を必ずしも否定しない立場だが、

なにかと「首相の参拝実現を!」と叫ぶことには反対の立場である

というか、首相などということよりも、もっともっと先に実現すべきことがあると考えている。


それはなにかといえば、天皇陛下の親拝である

英霊たちは、岸信介の孫のパフォーマンスなんぞより、今上陛下の御心を待っているはずだ。



先帝陛下は、先の大戦に敗れて以降も、定期的に靖国に親拝されておられたが、1975年11月最後靖国を訪れることな崩御された。

今上陛下は、即位以来、親拝されたことはない。


先帝陛下は、その大御心を無視して靖国神社A級戦犯合祀したことに対して不快感を持ったれており、

それが親拝されなくなった理由だという説がある

この説の傍証はいわゆる「富田メモである

個人的には、あのメモだけでは、証拠としては弱いと思うが。



今上陛下がなぜ親拝されないのかということについては、現在陛下のお立場から考えて、

少なくとも陛下のご在位の間には決して明らかになることはなかろうが、

とある新聞記者が、宮内庁役人に問うたところ

「もし、今の状況で陛下靖国に親拝されたりしたら、ハチの巣をつついたような騒ぎになる。

そんなところに、陛下がいかれるわけがない」と答えた、という話を読んだ記憶がある。


となれば、現在行政最高責任者である安倍晋三のなすべきは、

自らが「最高権力者でござい」という顔をして陛下差し置いて靖国に赴くことではなく、

陛下安心して親拝できる環境を整えることであろう。


陛下が親拝されるとなれば、やれ軍港主義の復活だのなんのと騒ぐ輩が内外からでてこようが、

それは間違っている。

しかに、先帝陛下昭和20年まで大元帥として軍を統率されていたが、

敗戦によって軍服を脱がれて以降、荒廃する日本の各地に赴き、親しく国民と接せられ、

日本平和繁栄を誰よりも願っておられたはずだ。


そもそも、先帝陛下は、日米開戦を決めた御前会議において

四方の海 みな同朋(はらから)と 思う世になど波風の 立ちさわぐらむ」という明治大帝の御製を引かれて

その御心を示された方である


軍服威儀を正した大元帥陛下でおられるよりも、スーツソフト帽の姿で民衆に手を振る象徴天皇でおられるほうが、

望みだったのではないかと、畏れ多くも推察する。

しかしたら、庶民的君主であろうとしたが故に、君側の奸に疎まれ挙句は若くして病に倒れた父君

大正帝の御心に、思いをはせられていたかもしれない。



今上陛下が、先帝陛下の遺志を継ぎつつも、

国籍民族を問わず、先の大戦悲劇を語り継ぎ、その犠牲者慰霊することを

自らの責務として精力的に活動されていることは、近年の海外への慰霊の旅の数々をみれば、言うまでもあるまい。



先の大戦に敗れて「象徴天皇」という立場になって以降、日本天皇というのは

おそらく世界でもまれ平和主義君主である

英国王族などは、軍務につき、結婚式では嬉々として軍服に身を包んでいたりするが、

現在我が国天皇はじめ皇族方は、けして軍服などという野蛮な服装に身を包むことなく、

その居城を守るのも「兵隊」ではなく「警察官である



我が国事実上軍隊である自衛隊最高指揮官内閣総理大臣であるから、その地位にあるもの靖国神社を参拝すれば

軍国主義の復活との批判もあり得ようが、

現行憲法下で今上陛下靖国に参拝することが、軍国主義の復活につながるとはとても思えない。



もし、そのことで国内外に誤解があるのならば、その誤解を解くことこそが、首相仕事であろう。

首相自身靖国に行かないことで近隣諸国懸念を防ぎ、陛下の親拝実現に一歩でも近づくのであれば、むしろそうすべきだ。

にもかかわらず、無用近隣諸国との緊張を高め、陛下差し置いて自らが靖国に行きたいなどという首相がいたならば、

それは、本当の意味皇室敬愛しているのでもなかれば、我が国のことを思っているとは、到底思えないのである



憲法下では、政教分離との齟齬を指摘する向きもあろうが、

そもそも現在でも陛下は、伊勢をはじめ、各地の神社天皇陵を親拝されているし、

宮中では、日夜、神道形式にのっとって、我が国の安定の民の幸福を祈っておられる。

もちろん、それは「象徴天皇」の「国事行為」ではなく、天皇家私的行事としてであって、

その区別は厳格にすべきだろうが。



皇室敬愛する愛国者のふりをして、近隣諸国へのヘイトスピーチをばらまきつつ「首相靖国参拝実現」を声高に叫び

結果として陛下靖国親拝への道を遠ざけ、英霊御霊の安らかなるを妨げるものは、

愛国者のフリをした不逞の輩というべきであろう。

2014-08-04

30年前の夏休みに、幽霊出会ったと思った話。

30年ぐらい前の夏休みの思い出。幽霊に会ったのかも、と思った話し。

怖くは無い。あれはなんだったのか? みたいな。



俺が小学生低学年だったから、1984年前後かな。

金持ちの子の家にはファミコンが入り始めていた頃だったと思う。けど、俺の周りのガキどもは持ってない組で、相変わらず外遊び派。

それにふさわしく、ここはド田舎。周りは田んぼと山ばっかり。西日本、とだけ言っておく。

で、その時のグループに、タカヒロ(仮)というのがいた。俺と特に仲が良かったヤツ。

このタカヒロがある日、「ザリガニエビがたくさん捕れる場所知ってる!」とか言い出した。聞いてみると、少し遠い池らしい。俺はそんな池は知らなかった。とは言え、「おおいいね〜!」なんて言いながら、ちょっと遠征してみることに。なんせ夏休みですから

今だからわかるんだけど、あれは多分古墳だわ。こんもりとしたちいさな山があって、その周りが掘?みたいになっているところ。タカヒロは池って呼んだけど、あれは堀。

教科書に載っている「○○天皇陵」みたいなきちんとしたやつではない。宮内庁管理しているのかどうかよくわかんないけど、何か古びた看板があったのは覚えている。いい天気なのに木が茂ってそこだけ暗くなってて。その中に古びた木の板が立っていて、説明書きが書いてあったような記憶曖昧だけど、そんな光景だけアタマに浮かんでくる。

ま、そんなことは気にせず、俺達はその堀でザリガニ釣りをしたりカエルを探したりして遊んだ

その最中ものすごい大きい魚を見たりね。記憶では、自分より大きかった。多分脳がねつ造しているけど。コイかな。緑色ちょっとトロっとした感じの水の中に、黒々としたシルエットが悠然と泳いでた。ヒザまで水につかった俺たちのすぐヨコを通り過ぎていって、思わず俺もタカヒロも怖くなって後ずさったりして。まああり得ないぐらい大きかった。

堀の角では、船の残骸を見つけた。木で作った、小さな船。ほとんど水の中に埋もれている。公園の手こぎキコキコボートより少し大きいイメージ。今だったらアマゾン漁民が使っていそうな、木で組んだ船。興奮してふたりでその周りを攻めた。……網を突っ込んだりザリガニ釣りしたり、ってことだけど。そういう障害物があるところって、ザリガニとかエビとかが多いんだよな。



そんなことをしていたら、いつの間にか知らないオジイがすぐ後ろにいた。それまで俺たちだけで、人と言えば遠くに陽炎でゆがんだ軽トラが見えるぐらいだったのに。

なんか汚い服を着て、こっちを見てた。とがめる感じでもなく、ただ立っていた。田舎の大人は、子供がいたら声を掛けるよね。でもなんも言わない。うんでもすんでもない。

とは言え、ほら、子どもって、知らない大人のことって気にしなかったりするじゃん。誰かいても、自分が気になっているものしか見えないというか。そんな感じで、急に現れたときちょっとビクっとしたけど、すぐに遊びに戻った。

まあそんなこんなで、タカヒロが言うとおり、確かにエビザリガニ大漁だった。満足してみんなで引き上げた。

「次は池の真ん中の島上陸しよう」とか言いながら。……池じゃねえし堀だし。しかもあの島は墓だし(笑)



問題が起こったのは、次の日。

タカヒロが俺の家の勝手口に来て、暗い顔してる。

もう一回あの池に行こうという。でもなんでタカヒロは暗い顔してるのか。

どうやら親に怒られたらしい。あそこで遊んじゃいかん、もう一回行って謝ってこいって。

「え? なんで謝らなきゃいかんの? 誰に?」つー話しだよね。

タカヒロは、昨日の夜にあの堀のことを親に話したらしい。スゲーでかいコイを見た、自分と同じぐらいの大きさだった、なんて言ったんだろうと思う。

父親はその場所があの古墳だと判ると、血相を変えて怒り出したらしい。それであの池の中の島に謝ってこい、と言われたようだ。

で、そうは言わないけど、ひとりじゃ心細いから俺の所に来たんだと思う。

よくわかんないんだけど、まあ別に用事も無いし退屈してたし、ふたりでもう一度あの池に行った。

昨日の船のあたりに着くなり、タカヒロ神社にするみたいに手を合わせてブツブツと何か言ってる。で、俺に「お前も謝れ」とまあまあの剣幕で言うんだな。

俺もよくわかんないから理由を聞こうとするやん。

そうしたらタカヒロも段々ヒートアップしてきて「いいから謝れ!!」みたいな勢い。

俺もそれに押されて「お、おう……」って感じで謝った。手を合わせて、ごめんなさいごめんなさい、って心の中で言った。

で、タカヒロもそれで満足したらしくて、「帰るぞ」って素っ気なく言う。

「え、なんなん? なんだったん?」と聞いても、「もうあそこで遊んじゃいかん」としか言わない。俺もだんだん腹が立ってきて、タカヒロの服を掴んで問い詰めようとした時。

視界の隅に、何か写って。

ふと島の方を見ると、昨日のあのオジイが島のほとりに立っていた。50メートルは離れていたから、本当にあのオジイだったかわからん。けど、オジイ、と思った。こっちを向いている。

それで急に怖くなって、何も言わずに急いで帰った。

というのは、あの堀には、島に渡れるようなところはなかったハズなんだよね。昨日一周したから判ってる。ボートとか橋とか、無かった。有ったら俺たちも島に渡っていたと思うし。

「なのになんであそこに居るの? もしかしてユウレイ的な何か?」みたいなことを一瞬にして思ったんだど思う。それで、怖くなった。



ユウレイとは思いがたいし、別に何かあったわけでも無いし、その後も無い。謝りにいかなかったやつらにも何もなかったと思う。あるわけない。

あのオジイは何かの調査中(ローカル郷土史家とか、さ)だったのだろうと考えるのが普通だろう。

タカヒロのお父上が言ったことも、単に他人様の墓で遊ぶのはけしからん、ぐらいのことだったと想像する。

ただ、子どもの頃、もしかしたらユウレイ出会ったのかもと思った、というそれだけ話し。

程なく俺は引っ越ししまって、それ以来あそこへは行っていない。その後この事案についてタカヒロと詳しく話した覚えも無い。

この夏休みに、30年ぶりにあそこ行こうと思う。あの古墳がなんだったのか見てくる。今だったらあの看板も読めるだろう。

タカヒロ本人は、成人してから事故で亡くなったと聞いている。だからお父上がもし御健在だったら、なぜ謝りに行かせたのか聞いてみようと思う。もう、覚えてないかな。

 
アーカイブ ヘルプ
ログイン ユーザー登録
ようこそ ゲスト さん