はてなキーワード: 施術とは
超絶分厚いまぶたの奥二重を埋没法でぱっちり二重にしてもらった。いわゆるプチ整形ってやつ。
2番目に安いやつでお願いしたから料金は両目で5万円いかないぐらい。
本当に分厚いまぶたがずっとコンプレックスだったし実際自分の目なんて誰も気にしてないだろうって思ってたから、自己満でいいからやっとくかぐらいの気持ちで施術に至った。
周囲の反応も自分が思うほど別に変わらないんだろうなーぐらいに思ってたんだけど、正直人間不信になりそうなぐらい反応良くなってびっくりしてる。
まず人が自分に興味を持ってくれるようになった。
社交的じゃないし趣味も1人でやるようなものばかりで基本ぼっちになるタイプなのだけど、自分から何もしなくても人が話しかけてくるようになった。男女関係なく。
あとは女性にすごいモテるようになった。向こうから話しかけてくるレベルで。
自分で短所だと思っているところも全部良い方に受け取ってくれて
人と話すのが苦手→「ミステリアス」「優しそう」
黙っていることが多い→「色気がある」
ってふうに、今までの人生で経験したことないぐらい女性に褒められるようになった。
告白される機会もたくさん増えた。
なぜか心が綺麗って言われることも多くなった。
「心が綺麗な人しかしない目をしてる」なんて言われた時は随分あてにならない評価だなぁって思ったけど。笑
目が好きとか綺麗な目って言われる時は少しだけ罪悪感を感じるけど、整形して良かったと思う。
男女問わず基本的に人が自分に優しくしてくれるようになって、世界が優しいものになった。特に女性ってこんなに優しいんだなぁって驚いた。
とりあえずニコニコしてハキハキ返事をしておけば人に良い印象を与えられるというのも目からウロコだった。前は絶対そんなことなかったのに。
ちょっと目の印象が変わるだけでこんなにも生活しやすくなるなんて、思っていた以上で本当にびっくり。
5万円もしないぐらいでこんなに効果を得られるのってすごいコスパだと思うし、自分の容姿が原因で人間関係に悩みがある人は目の印象変えてみるのおすすめ。
衛生士の隣に立ち、バキュームしたり、使われた器具を食器洗剤で洗い、アイテムごとに超音波洗浄にかけたり、オートクレーブかけたり。
注射針の始末をしたり。(当然ながら誤って指先に刺したりすることもあるが特にフォローはなかった)
ワッテを切って容器に詰めたり、院内で使用するタオル類を洗濯・乾燥、ゴミをまとめるなど。
歯型をとったものを業者に出す手前までやったり、レントゲンとるのにセッティングして、スイッチだけ歯科医に押してもらう なんてこともしていた。
が、正直設備に手を入れていないので自分はかかりたくないと思う感じだった。
衛生士のなかでも若干の派閥があり、それでも締め作業をしたあと、助手や衛生士が休憩室でお茶をしてから帰るなんてこともあった。
よくわかんないなと思ったことはいくつもあるが、院長の姉が勤めているわけでもないのに来ては備品管理部屋に陣取って長電話していたり、
扱う器具の先端で洗浄がいるものは小さいものが多く、高価なので誤って捨ててしまわないように判断がつかないものは保留しておいて、他の人に確認を取ってから廃棄するように指示されていたのだが、器具洗浄をしていたら割と若い衛生士にものすごい剣幕で「こんなゴミなの見て分かるでしょ」と患者にも聞こえる声で怒鳴られたこともあった。
(歯列矯正に使う針金やら固定器具やらの一揃いだったと思う。入って1週間かそこらだったので、初めて見たものだった)
中卒でここのバイトは割がいいし、いい人も多いから長く続いたんだと明るく笑っている女の子もいた。今月で辞めるけどって言っていた。
宗教関連の勧誘もされたしそれ系統で投票をお願いされたりもした。
当時家族が入院していたので、シフト以外の日は遠方に出ていたりもしたのだが、携帯にがんがん連絡してきてシフトを変われと言ってくる人もいた。
30くらいで良い人いない?と20前後の自分に言ってくる人もいた。
いろんな人間模様があるなあと思いながら、自分はいつ受付業務になれるんだろうかと考えながら半年くらいで辞めた。
コンビニより多い歯科医院なので、設備にお金をかけているところが良いと思う。
自分は長らく通っている医院がやたらホワイトニングや予防歯科のアイテム、施術を勧めてくるようになったので別のところへ変え時なのかなと考えている。
長くいた受付の人も変わってしまったので(新しい担当の人がまた言い方がきついし不親切なのだ)、尚更その気持ちが強い。
変わらないものはないというけれど、色々残念な気持ちになることが増えた。
何ヶ月かに一回の定期検診、基本的に歯の質が強いらしく虫歯はほぼない。
若干の歯肉炎は毎回指摘されるが悪化したとも言われない。(だから医院側からしたら金にならない患者だとは思う)
小声にはなるが、いろんなイベントごとに歯磨き粉や歯ブラシやちょっとしたお手入れ便利グッズをくれていたのに、それもここ数年なくなりデンタルフロスや試供品歯ブラシばかりになったのはだいぶがっかり度が高かった。期待するところでもないけど、当時はいい時代だったんだなと思う(女性職員がロフトとかで良さそうなものを見つけてくるって話を聞いたこともあっただけに)
そんなところに産まれた頃から通っていたもので、学生時代のバイトは驚きの連続だった。
そこは施術を受けていないから判断はつかないけれど、少なくとも、いくらオートクレーブや超音波をかけてるからといって、洗剤が流しきれていない器具をそれらにかけているようなところや、助手も衛生士もほとんど手袋を変えないだとか(人によるところは大きいけれど、真っ黒になってもそのままだったりしたので気持ち悪かった)
繁盛しているのにユニットがものすごく古かったりだとかするところには通いたくないなと思った。
オチはない。
いろいろ書くと長くなるのだが、彼氏は今まで1人だけ。でも処女!見た目も褒められることが多い(匿名だから許してくれよな)でも処女!
そして今も彼氏がいない(でも久しぶりに好きな人ができて片思い中!頑張る!!笑)
で、本題なんですけど、どうせ彼氏もいないしなぁ~と今まで所謂アンダーのムダ毛処理はヒートカッターでカットしてたんです。
エステの光脱毛はVラインでさえ痛くて続けられなかった。Vラインの医療レーザーなんてもってのほかだ...と思ったよね。(脇は医療レーザーで脱毛済みなので痛さを理解している)
ふと最近、恋する乙女になったからか、気になって自分のあそこを初めて鏡で見てみた。見るのめっちゃ怖かったけどね。
いや本当ドン引きした。
そこでブラジリアンワックス脱毛を予約した。光脱毛だと粘膜部分は当てられないからさ。
そしてブラジリアンワックスデビューをしてきました。
私は婦人科検診も処女のため受けてなかったので、初めて自分の大事な所を綺麗なお姉さんに見せた。
本当に丸見えの状態で施術されるんだけど、手際良く進めて下さったので、思いの外恥ずかしさはなかった。
お姉さんとずっと会話しながらされるがままだったんだけど、本当にベリっ!ベリっ!!!って剥がすから痛いの...!
でも我慢できるし、慣れてくる痛さだった。
「O薄いですね~!すぐ終わっちゃいますよ~Iも薄いし、きっと楽になりますよ~」ってお姉さんに言われた。
他人のを見たことないから(漫画とかAV女優さんはめっちゃ綺麗じゃん)比較しようがないから普通がもはやわからない...
Vだけ三角に残してIとOは全部抜いてもらった!
って浮かれて家に帰った。
サロンではVの形は鏡で確認したけど、IとOは手で触って確認したのみだったので、シャワーを浴びた後鏡で見てみた。
え?黒!!
びっくりした。ピンクじゃなかった。
いませっせと黒ずみが薄くなるよう保湿クリームを塗り始めた。
とりあえずクリーム塗りつつ、頑張る!
最近LINE等で見かける、マホロバビューティー体験に行ってきました。
これから行かれる方や、行くのを悩んでいる方に参考になればいいなと思います。
フェイシャルエステは過去に10社くらい行ったことがあります。
当日お昼過ぎに予約をしていたため、予約時間の10分前くらいに伺いました。
時間に近づけば近づくほどお客さんの入りがすごい!
平日なのにかなり多かったイメージです。
お店もアジアンテイストなので、ゆっくり、リラックスできる空間だと感じました。
渋谷とは、思えない感じでした笑
リンパもすごく固まってましたので、強めにほぐしましたと言われました。
1時間もしないで、こんなにに変わるのか!って正直びっくりしました笑
【私の中では、今まで行ったお店の中でこれだけ短時間で変わるのは、ここのお店ぐらいでした】
その後スタッフさんに、次回機械をつかった施術や、肉眼で見えないお肌の汚れを見る機械など使った施術もありますと言われたので、
即決でやります!と答えて、予約を取りました。〔格安でした笑〕
この日は夕方までバイトだったので、夜の時間帯でご予約を取ってました。〔18時予約〕
施術に入ると、今回は、ベットではなく ソファータイプのもので目の前に大きい鏡がありました。
変化を見ながらやっていく施術らしいです。
1回目の施術と違い、機械でなのか15分ほどで、かなり効果を感じました。
1番驚いたのは、肌の細胞?みたいなのを自分の目で見れたことです。
シワの予備群?シミ?など、色ででてきました。
まだ20代だし、絶対出ない自信がありました笑
施術が終わり、スタッフさんにいろいろ相談させてもらい、改善の仕方や
本当に感動しました。
〜結論〜
今まで行ったお店の中で1番よかったです。
今までのエステサロンでは、間違っているかもしれませんが、高いコースを押し付けられたり
断ったら、すごい素っ気なくされたり、不愉快でした。
今回お伺いしたマホロバさんは、お客様に合わせてコースを組んでくれたり、1番は、学生の私でもできるくらい、安いです笑《今までがすごく高かったので、なんでこんな安いの?ってくらい思いました笑》もちろんやすさだけでは、なく、目に見えて効果が出るというとこが決めてでした!あとは、担当のスタッフさんたちが、みんなのびのびした顔で接客してたのをみて、安心したのも大きいです^^
平日でもあれだけお客さんが来る意味が、なんとなくわかった気がします^^
これからマホロバさんに行かれる方や、エステを探している方は、1度行ってみて判断してみるのがいいかと思います。
VIOの医療脱毛はほんとうに痛くて死にそうでただひたすらに苦行なんだけど、ビキニを着たいしTバックも履きたいからはじめた。フロントは残すタイプの陰毛デザインだ。
しかしはじめてみるとじわじわと、感じるのが苦痛だけではなくなっていた。
レーザーで強い光を当てるので足の付け根にヒヤッとしたジェルを塗られるのはくすぐったい。綺麗なお姉さんが、少しだけ剃り残しがありますね〜と言いながらジョリジョリと剃刀をあてていく。とても恥ずかしい。ごめんなさい、よく見えなくて剃り残してしまいました、ごめんなさい…
『前回と同じ強さで当てていきますね〜』
バシバシとあてられる、針を刺されるように痛い。もはや痛すぎて、羞恥心もすっとぶ。それどころではない。
『ジェル拭き取ってお薬ぬりますね〜』Iラインの粘膜あたりを触れられている時、ちょうどわたしの陰部の中心部に僅かにお姉さんの指が当たる。反応しないようにぐっと堪えると、今度は顔が熱いし喉も渇いてきた。ていうか…濡れてないだろうか。
仰向けでのVラインとIラインの施術が終わり、次はOライン。ケツ毛だ。VもIも恥ずかしいけど、やはりアナルは一番恥ずかしい。恋人にも触らせたことはない。というか触られても気持ち良さがよく分からなかった。けどわたしは、脱毛して変わってしまった。
『ショーツ下げますね〜腰をあげてください』少しだけお尻をあげる。これがたまらなく恥ずかしい。ひょっこりと尻を突き出した格好になる。お姉さんに脚を開いてくださいと言われ、その通りに開く。
お尻だけは自分では剃れないので、お姉さんにやってもらう。ヒヤッとしたジェルを指で撫でられ、声が出そうになる。
アナルの周りの毛を、ジョリジョリと剃られていく。
『痛かったら言ってくださいね』と、機械の先端がわたしのアナルの周りをぬるぬると這い回る。最初はチクッとした痛みが怖かったのに、今ではそれすら気持ちよく感じるようになってしまって、3回目の今日は目元まで紅潮するくらい興奮した。
気がついたんだけど、アナルの周りって性感帯だったんだ…知らなかった。初めて施術された時は、くすぐったいとしか思わなかったのに。
お姉さんはわたしのケツ毛をレーザーで焼き切って、どんな気持ちなんだろう。汚ねえケツだなあとか、くさそうだなあとか、思うのだろうか。それともモノとしか思ってないのかな。多分、後者だろうな、そうでなきゃこんな仕事はできない。
昔、突発的に整体的なのを習いたいと思って開業できるぐらいの実力をつけた。
だけどやっぱ自分の道ではないと思ったので今は全く別な仕事をしている。
身近な人で、それこそ自分がそういうのを習ってたことを知っている人がたまに、
なんとかしてくれよ~と来るとか、紹介で来た人を施術するぐらいだ。
なので飲み会の場で
「こいつ腰痛とかなおせるのよ」
と聞いてくる。
当然、なんとかする。
・リンパの流れが
・みなさんやってますよ
・恥ずかしがってたら終わりませんよ
とかは言わないが、どんな症状であっても
身だしなみを整えてくるだろうから足が臭くなくても納得できる。
でも、完全に不意打ちで足を診ることになっても本当に臭くないのだ。
一体これはどういうことだ。
男はほぼ8割がた臭い。飲み会の場なら、飯食う気が失せるぐらいだ。
ソ連兵かと思うぐらいのブーツを履いている子でも臭くない。
本当に謎だ。
赤ちゃんのコリック(黄昏泣き)を解消するガス抜きチューブが日本では売られていなかった「原因初めて知った、これは産婦人科で教えるべき」 - Togetterまとめ
その後、各方面からカウンターが来てそれがさらに注目を受けているわけだけれども
安全性や問題点については既に様々な意見が出ているわけで、ここではそれ以上つっこまないけれども、それはそれとして当地で(おそらく)長い間実施されている行為であれば、なんらかの知見があったり有用性を証明する研究や論文があるのかな?と調べてみたのだけれども……
正直なところ、イタリア語はさっぱり分からないので、Google翻訳を駆使しつつなんだが
探してみたものの、さっぱり。
元の発言者からすると https://twitter.com/antiquelabarum/status/926433651566489600
イタリアで小児科や薬局行かなくても誰かに「夜泣きが」言うと「ああそれコリックね、薬局に行くと売ってるから」って誰もが知ってます。
ガス抜きカテーテルと、酷い場合用に飲み薬があります(強力なのでなるべく使いませんでしたが)
使ってガスが音を立てて抜けた後の赤子のスッキリ顔半端ない— Labarumラバルム (@antiquelabarum) 2017年11月3日
『誰もが知ってます。』とされているのだが、色々と検索してみてもそれらしい情報や解説ページなどは見られない。
またイタリアで子育てをした日本人はこれまでにも大勢いただろうから……、と日本語のブログでも同様に探してもいるのだが、やはりヒットせず。
あとTwitterにも他のイタリア在住の人もいるだろうから、私も使っていた!などの情報が無いか検索してみたのだがそれも探せず……。
一応 YouTubeでも検索してみたところ、イタリア語でも乳幼児のげっぷを出すための解説動画(赤ちゃん人形を使った)なんかはあったりするのだが、カテーテルを使ったこの手法については探し出せなかった。
たぶん、自分の検索能力が低いので見つけられないだけだと思うのだけれども、もしもイタリアで実際にこの施術を解説しているページがあれば教えてほしい。
私「教え子に赤子生まれたからコリック用ガス抜きチューブ送る」
夫「?日本で買えばいいんじゃ?」
私「それが日本じゃ売ってないんだ、存在すらしねえ」
夫「?!?!」
コリックに黄昏泣きなどと意味不明なネーミングをしママにのみ無駄な苦労を強いる謎の根性論大国日本
今何世紀だったっけ? pic.twitter.com/hms48zfKrj— Labarumラバルム (@antiquelabarum) 2017年11月3日
全く儲かっていないのだと言う。「お前が施術してんだろ?そりゃそうだ。」48歳、見た目は良くない。そりゃ客は来ない。「施術者は女性にしろよ。お前みたいなむさ苦しいおっさんに揉まれるより若い女性に揉まれたほうが気持ちいいだろ。」あっという間に繁盛店になった。当たり前田のクラッカー。
自ら率先して汚れ役になり、そうしておどけることで人を笑わせるのが好きだった。
今思えば、人間失格でいうところの主人公・葉蔵の幼少期から闇を抜いたような生活だった。
周りからもいじられキャラとして扱われていたし、それは俺としても嫌なことではなかった。
ある日の夜、交通事故に遭った。
車に撥ねられ救急車で搬送されたが、幸いなことに全治1ヶ月程度の足の指の骨折で済んだ。
事故に遭った次の日は検査や施術等で学校に行けなかったが、事故から2日後には早速登校できるようになった。
学校に復帰した初日、松葉杖を突いて登校してきた俺に、半笑いのクラスメイトたちはこんなふうに話しかけてきた。
「増田死んだと思ってたw」
「担任の○○先生も昨日の朝のホームルームで『増田死んだらしいぞ』って笑いながら言ってたよw」
「どうせ増田だし、他のクラスの人とも『増田死んだらしいぞ』って噂してたんだけどw」
「なんで死んでねえんだよwそこは死んどけよw」
そんな感情を押し殺しながら、みんなと同じような半笑いで同調した。
周りが俺のことを心配したり肯定したりしてくれないのであれば、俺が俺のことを気にかけたって虚しいだけじゃないか。
勉強も部活も取り組んではいたが、高い目標は設定せず現状維持が出来る程度に手を抜くようになっていた。高い目標があったら笑われそうだから。
数年ぶりに高校の同級生たちと会った時、俺の交通事故の話題になった。
「あの時は増田死んだと思ったんだけどなあw」
「やめたれwまあ、あん時は俺らも正直言いすぎたかと思うよw」
Twitterでの対応もすごくよく、最初は不安でしたが、お客様の感想がTwitter上にたくさん上げられていたので、安心できました。
最初はサクラかと思いましたが、見るからにそんな感じではなかったです。
1回目
お昼すぎに予約をとっていました。
14時予約だったかな、予定よりも早く着いてしまい、お店の中に入ると満面の笑みでスタッフさんが迎えてくれました。
お店に入る前は、やはり不安だったのですが、一気に解消しました笑笑
お店で待っていると、ぞくぞくお客さんが入ってくる。
平日なのにすごい人気なんだなーと思いました。
私は何社か体験等に行っているので、1回目から契約の話などされるのかなーと不安でした、担当してくださったスタッフさんは、常に明るくたくさん話しをしました。施術は、いままで体験したエステの中で1番よかったかなと感じました。終わったあとに鏡で確認すると、本当に変化がわかりました。
2回目キャンペーンで格安で受けられるという事で、予約をいれさせて頂きました。
2回目
1回目にはなかった、美顔器を使っての施術もプラスされていました。
施術後、鏡を見て驚きました!
頬骨の高さが全く変わってました。
今まで、自分の肌の将来を真剣に考えた事がなかったので、2回目の体験の時にスタッフのお姉さんに、色々相談をさせて頂き、日頃出来るお手入れの事や、今の肌の状態をご教示頂き、このままでは、将来まずいと思い。
思い切って、通わせて頂くことにしました。
スタッフの方は、無理な勧誘はなく、私ににあったコースをご紹介してくれました。
大手のエステサロンよりもかなり安いです。通わせて頂いて、3か月になりますが、ニキビや黒ずみがとても少なくなり、効果をかなり実感させて頂いてます。
(この日記は、「副業で風俗レポを連載していたのだが、」https://anond.hatelabo.jp/20171023190844を「俺が編集者ならこう書き換える」という内容に無断で編集したものです。)
お久しぶり~。とにかく更新が滞りがちなこの連載。今回はちょっと趣向を変えて、生まれて初めてアジアンエステに行った日のことを書くぞ。もう六年半も前の話だ。僕のドスケベオイルマッサージ道はこの日から始まったのだ!
某月某日、夜。駅前の商店街を歩いていると、妖しく点滅する立て看板が目に入った。
インターホンを鳴らすと、異様に背の低い白髪の老婆が出てきた。待合室に通され、メニューを渡された。メニュー表には複数のコースが書かれていたが、婆さんは大きな目をさらに大きくして90分一万円のコースをゴリ押ししてきた。僕は気圧されて、よくわからないまま一万円を払った。
部屋に案内されて、ベッドに腰かけていると、小柄な女の子が入ってきた。名前はナナちゃん。第一印象はツンとして見えるが、笑うと一気に表情がやわらぐ。かわいい! 大きな目に長いまつげ。ピンク色のぽってりした唇が印象的。髪は長めで、えり足がスッキリとまとめられている。あらわになったうなじがセクシー。しかし、何より目を引くのはオッパイ。かなりでかい! 上着がパンパンに膨れあがってる。そして、むき出しになった太もも。僕が太ももフェチになったのは、この日がきっかけかも。ミニスカートからのびる二本の素足。た、たまらん....。
ナナ「初めてですか?」
僕 「はい」
僕 「あ、はい」
ナナ「じゃあ、脱いで待ってて」
ナナちゃんが部屋を出ていく。言われるままに服を脱ぐ僕。上半身裸になったところで、ナナちゃんがバスタオルを持って戻ってくる。いたずらっぽい笑みを浮かべながら、僕のズボンのベルトを引っ張る。脱ぐように促しているのだ。恥ずかしながら、僕はすでにビンビン。ナナちゃんがそれを見て、キャッと笑う。腰に白いバスタオルが巻かれると、腹部がふくれあがり、その形状はまるで雪山。
一緒にシャワールームへ。ナナちゃんが全身をやさしく洗ってくれる。「後ろ向いて」「はい、前」「もう一回後ろ」ころころと向きを変える僕。後ろ向きになると、ナナちゃんの手首が僕の足のつけねを通って、さわ~、と尻の穴を通過。最高だ...。タオルで体を拭いてもらい、部屋に戻る。紙パンツを渡されたが、明らかに小さい。無理して履いてみたが、思いっきりハミ出てしまう。ナナちゃんがそれを見てウフフと笑う。
ナナ「・・・やっぱり、あおむけでいいよ。うつぶせ、痛そうだから」
うつぶせだと、いきり立ったモノが圧迫されて痛いと判断されたらしい(笑)それで急遽、あおむけの態勢から始めることに。ナナちゃんが僕のひざの上にまたがると、太ももの感触がじかに伝わる。う~ん、たまらん!
まずは首筋のマッサージ。ナナちゃんが前かがみになると、はだけた胸もとから谷間が見える。膝を動かすたびに、スカートの中もちらり。これってわざと!? そして、ここから先は怒濤の展開。まだ序盤なのに、ナナちゃんが僕の全身にオイルを塗り始めた! 本来はうつぶせでじっくりと肩や腰をもんでから、ようやくあおむけになり、オイルが登場するのは後半なのだ。しかし、ナナちゃんは通常のセオリーをすっ飛ばして、大暴走。おそらく僕の興奮が伝わり、一気にスパークしたのだ! 奇跡のフュージョン。国籍を越えた魂の交感。ナナちゃんの指先が、僕の体の上を縦横無尽に滑走。そのなめらかな滑りは、ロシアのフィギュアスケーター、ユリア・リプニツカヤ選手のようだ。僕はあっという間にフィニッシュ。開始からわずか30分。瞬殺だった...。
本来、こういったマッサージは焦らしてナンボ。ナナちゃんの施術はあまりにトリッキー過ぎた。でも僕は大満足! 最高のアジアンエステデビューであった。
🌑
これは、ある風俗系のサイトのために書いた原稿である。そのサイトが突然閉鎖してしまい、行き場所がなくなった。自分で言うのも何だが、本当に下らない。僕は二年近く、こんな文章ばかり書いていた。この記事は、新しい店を取材する時間が無かったので、苦しまぎれに昔話を書いたのだった。結果的にこの原稿は陽の目をみなかったわけだが、書きながら当時のことを色々と思い出した。
あの頃、実は僕はドン底の状態だった。親から継いだ会社を倒産させた後だったのだ。単なる地元の中小企業だったが、そこそこ歴史のある会社だった。古参幹部の裏切り、横領、大手の参入、理由を挙げればキリがないが、結局は僕が無能だったのだ。すべてを失った。恋人も仲間も、みんな去って行った。絵に描いたような転落人生だ。酒びたりの日々。毎日、目を覚ます頃にはすでに日が暮れかけていた。時計を見るのもつらかった。起きるとすぐに冷蔵庫を開けて、安い缶酎ハイをあおり、またベッドに戻る。酒が切れたらコンビニに行って、缶酎ハイとカップ麺を大量に買い込む。そんな生活が何ヵ月も続いていた。
いよいよ金が尽きてきたので、警備員のバイトを始めた。まわりは爺さんばかりだった。地元では警備員の仕事が高齢者の受け皿になっていた。爺さんたちと一緒に働いているうちに、まだ20代後半だった僕も、老後みたいな気分になっていた。
件のエステに行ったのは、そんな時期のことだった。前述の通り、僕は30分で果ててしまった。そのあとどうしたかというと、ずっと彼女とお喋りをしていた。彼女は色々な話をしてくれた。まだ来日して三年足らずで、日本語はジブリアニメで勉強していると言っていた。なぜか子供の頃の写真を持っていて、それを見せてくれた。山村の風景を背にして、薄汚れたシャツを着て立っている、仏頂面の少女が写っていた。それが彼女だった。話を聞いてみると、彼女は非常に貧しい家に生まれて、家族を支えるために、日本に出稼ぎに来ていたのだった。
僕も自分のことを話した。地元の中小企業の二代目社長。社員は26人。趣味はスキーとテニス、車はベンツを2台所有。どれも過去には本当のことだった。でもすべてを失っていた。僕は彼女に、会社経営の苦労や、幹部に対する不満を、現在進行形の悩みとして語った。彼女の前では社長でいたかった。悲しい見栄だ。話しているうちに、自然と涙が流れてきた。彼女がそっと抱き寄せてくれた。僕は彼女の胸に顔をうずめて泣いた。しばらくのあいだ泣き続けた。あのとき彼女はどんな気持ちだったのだろう。異国で、初対面の男が、いきなり泣きだしたのだ。理由もわからなかったはずだ。かなり戸惑ったにちがいない。
ナナちゃんと話した翌日から、僕は仕事で新しい現場に入った。美術館の警備スタッフだ。スタジオジブリのレイアウト展覧会だった。そこでマズイことが起きた。彼女が客として入場してきたのだ。どうやら彼女は一人で、オレンジのワンピースにスニーカーを履いて、髪はポニーテールにまとめていた。相変わらずちょっとツンとしていて、喋らなければどこからみても普通の若い女性だった。僕はあわてて顔を伏せた。見られてはいけない。彼女の中ではまだ僕は社長なのだ。警備服を着ているはずがないのだ。彼女は食い入るように展示物を見ていた。僕は帽子を限界まで目深に被り、ばれないようにした。
午後になって、今度は外の駐車場ですれ違いそうになり、あわててトラックの背後に隠れた。警備員なのに、僕の挙動は完全に泥棒だった。彼女は僕の前を通り過ぎて、その先の角を右に曲がっていった。彼女は僕の視界から消えた。
数日後に、地面が揺れた。これまでにないぐらい、大きく揺れた。巨大な津波が来て、あらゆるものを破壊した。そう遠くない場所で、原子力発電所が爆発した。日常が奪われ、何日も、何週間も、不安な状態が続いた。
僕はやることもなく、ふと思い立って再びあの店に行ってみた。当然のように閉まっていた。インターホンを鳴らすと、ゆっくりドアが開いた。中からあの大きな目の老婆が顔を出して、「やってませんよ」と言った。
僕 「いつごろ再開しますか?」
老婆「もうやらないよ。おしまい」
僕 「・・・」
老婆「みんな中国に帰ったよ」
僕 「ナナちゃんは?」
老婆「ナナも帰った。モモも帰った。サクラもユキもみんな帰った。日本は危ないから」
当たり前だが、ナナちゃんとはそれっきりだ。僕はほどなく上京して、小さな広告プロダクションに就職した。その後、仕事で知り合った風俗関係者に請われ、メンズエステの体験レポを書くようになった。
最初のうちは、アジアンエステを取材する度に彼女のことを思い出したものだが、最近はすっかり忘れてしまっていた。女性の胸に顔をうずめて泣くなんて、あの夜が最初で最後だと思う。
諸般の事情でサイトが閉鎖されてしまった。原稿が一本無駄になってしまったので、はてな匿名ダイアリーに放流する。
🌑
お久しぶり~。とにかく更新が滞りがちなこの連載。今回はちょっと趣向を変えて、生まれて初めてアジアンエステに行った日のことを書くぞ。もう六年半も前の話だ。僕のドスケベオイルマッサージ道はこの日から始まったのだ!
某月某日、夜。駅前の商店街を歩いていると、妖しく点滅する立て看板が目に入った。
インターホンを鳴らすと、異様に背の低い老婆が出てきた。待合室に通され、メニューを渡される。メニュー表には複数のコースが書かれていたが、婆さんは90分一万円のコースをゴリ押ししてきた。僕は気圧されて、よくわからないまま一万円を払った。
部屋に案内されて、ベッドに腰かけていると、小柄な女の子が入ってきた。名前はナナちゃん。第一印象はツンとして見えるが、笑うと一気に表情がやわらぐ。かわいい! 大きな目に長いまつげ。ピンク色のぽってりした唇が印象的。髪は長くて、えり足がスッキリとまとめられている。あらわになったうなじがセクシー。しかし、何より目を引くのはオッパイ。かなりでかい! 上着がパンパンに膨れあがってる。そして、むき出しになった太もも。僕が太ももフェチになったのは、この日がきっかけかも。ミニスカートからのびる二本の素足。た、たまらん....。
ナナ「初めてですか?」
僕 「はい」
僕 「あ、はい」
ナナ「じゃあ、脱いで待ってて」
ナナちゃんが部屋を出ていく。言われるままに服を脱ぐ僕。上半身裸になったところで、ナナちゃんがバスタオルを持って戻ってくる。いたずらっぽい笑みを浮かべながら、僕のズボンのベルトを引っ張る。脱ぐように促しているのだ。恥ずかしながら、僕はすでにビンビン。ナナちゃんがそれを見て、キャッと笑う。腰に白いバスタオルが巻かれると、腹部がふくれあがり、その形状はまるで雪山。
一緒にシャワールームへ。ナナちゃんが全身をやさしく洗ってくれる。「後ろ向いて」「はい、前」「もう一回後ろ」ころころと向きを変える僕。後ろ向きになると、ナナちゃんの手首が僕の足のつけねを通って、さわ~、と尻の穴を通過。最高だ...。タオルで体を拭いてもらい、部屋に戻る。紙パンツを渡されたが、明らかに小さい。無理して履いてみたが、思いっきりハミ出てしまう。ナナちゃんがそれを見てウフフと笑う。
僕 「あ、はい...」
うつぶせだと、いきり立ったモノが圧迫されて痛いと判断されたらしい(笑)それで急遽、あおむけの態勢から始めることに。ナナちゃんが僕のひざの上にまたがると、太ももの感触がじかに伝わる。う~ん、たまらん!
まずは首筋のマッサージ。ナナちゃんが前かがみになると、はだけた胸もとから谷間が見える。膝を動かすたびに、スカートの中もちらり。これってわざと!? そして、ここから先は怒濤の展開。まだ序盤なのに、ナナちゃんが僕の全身にオイルを塗り始めた! 本来はうつぶせでじっくりと肩や腰をもんでから、ようやくあおむけになり、オイルが登場するのは後半なのだ。しかし、ナナちゃんは通常のセオリーをすっ飛ばして、大暴走。おそらく僕の興奮が伝わり、一気にスパークしたのだ! 奇跡のフュージョン。国籍を越えた魂の交感。ナナちゃんの指先が、僕の体の上を縦横無尽に滑走。そのなめらかな滑りは、ロシアのフィギュアスケーター、ユリア・リプニツカヤ選手のようだ。僕はあっという間にフィニッシュ。開始からわずか30分。瞬殺だった...。
本来、こういったマッサージは焦らしてナンボ。ナナちゃんの施術はあまりにトリッキー過ぎた。でも僕は大満足! 最高のアジアンエステデビューであった。
🌑
自分で言うのも何だが、本当に下らない。僕は某風俗サイトで二年近くこんな文章ばかり書いていた。先の記事は、新しい店を取材する時間が無かったので、苦しまぎれに昔話を書いたのだった。結果的にこの原稿は陽の目をみなかったわけだが、書きながら当時のことを色々と思い出した。あの頃、実は僕はドン底の状態だった。親から継いだ会社を倒産させた後だったのだ。単なる地元の中小企業だったが、そこそこ歴史のある会社だった。古参幹部の裏切り、横領、大手の参入、理由を挙げればキリがないが、結局は僕が無能だったのだ。すべてを失った。恋人も仲間も、みんな去って行った。絵に描いたような転落人生だ。酒びたりの日々。毎日、目を覚ます頃にはすでに日が暮れかけていた。時計を見るのもつらかった。起きるとすぐに冷蔵庫を開けて、安い缶酎ハイをあおり、またベッドに戻る。酒が切れたらコンビニに行って、缶酎ハイとカップ麺を大量に買い込む。そんな生活が何ヵ月も続いていた。
いよいよ金が尽きてきたので、警備員のバイトを始めた。まわりは爺さんばかりだった。地元では警備員の仕事が高齢者の受け皿になっていた。爺さんたちと一緒に働いているうちに、まだ20代後半だった僕も、老後みたいな気分になっていた。
件のエステに行ったのは、そんな時期のことだった。前述の通り、僕は30分で果ててしまった。そのあとどうしたかというと、ずっと彼女とお喋りをしていた。彼女は色々な話をしてくれた。まだ来日して三年足らずで、日本語はジブリアニメで勉強していると言っていた。なぜか子供の頃の写真を持っていて、それを見せてくれた。山村の風景を背にして、薄汚れたシャツを着て立っている、仏頂面の少女が写っていた。それが彼女だった。話を聞いてみると、彼女は非常に貧しい家に生まれて、家族を支えるために、日本に出稼ぎに来ていたのだった。
僕も自分のことを話した。地元の中小企業の二代目社長。社員は26人。趣味はスキーとテニス、車はベンツを2台所有。どれも過去には本当のことだった。でもすべてを失っていた。僕は彼女に、会社経営の苦労や、幹部に対する不満を、現在進行形の悩みとして語った。彼女の前では社長でいたかった。悲しい見栄だ。話しているうちに、自然と涙が流れてきた。彼女がそっと抱き寄せてくれた。僕は彼女の胸に顔をうずめて泣いた。しばらくのあいだ泣き続けた。あのとき彼女はどんな気持ちだったのだろう。異国で、初対面の男が、いきなり泣きだしたのだ。理由もわからなかったはずだ。かなり戸惑ったにちがいない。
この話には後日談がある。翌日から僕は仕事で新しい現場に入った。美術館の警備スタッフだ。スタジオジブリのレイアウト展覧会だった。そこでマズイことが起きた。彼女が客として入場してきたのだ。どうやら彼女は一人だった。僕はあわてて顔を伏せた。見られてはいけない。彼女の中ではまだ僕は社長なのだ。警備服を着ているはずがないのだ。彼女は食い入るように展示物を見ていた。僕は帽子を限界まで目深に被り、ばれないようにした。午後になると、今度は外の駐車場ですれ違いそうになり、あわててトラックの背後に隠れた。警備員なのに、僕の挙動は完全に泥棒だった。
数日後に、地面が揺れた。これまでにないぐらい、大きく揺れた。巨大な津波が来て、あらゆるものを破壊した。そう遠くない場所で、原子力発電所が爆発した。日常が奪われ、何日も、何週間も、不安な状態が続いた。再び店に行ってみると、当然のように閉まっていた。インターホンを鳴らすと、ゆっくりドアが開いた。中から背の低い老婆が現れて「やってませんよ」と言った。
僕 「いつごろ再開しますか?」
老婆「もうやらないよ。おしまい」
僕 「・・・」
老婆「みんな中国に帰ったよ」
僕 「ナナちゃんは?」
老婆「ナナも帰った。モモも帰った。サクラもユキもみんな帰った。日本は危ないから」
当たり前だが、ナナちゃんとはそれっきりだ。僕はほどなく上京して、小さな広告プロダクションに就職した。その後、仕事で知り合った風俗関係者に請われ、メンズエステの体験レポを書くようになった。最初のうちは、アジアンエステを取材する度に彼女のことを思い出したものだが、最近はすっかり忘れてしまっていた。女性の胸に顔をうずめて泣くなんて、あの夜が最初で最後だと思う。ナナちゃん、元気だろうか。
http://www.asahi.com/sp/articles/ASK9W4FHVK9WPTIL00M.html
失望しているし、国の司法に憤りを覚えている。上告するようだから、世論の良心に期待するしかない。
これは迫害だ。例えるなら、痴漢予備軍だから男性を隔離しろとか、エレキギターを持っているから反社会的思想の持ち主だとか、眼鏡をかけているからインテリだとか、そういうレベルの非論理的な迫害だ。
朝日の記事に書いてある文字列だけを読んでいては背景にある差別意識を読めないだろうけど、切込隊長の能●●●(規制されました)に関する言説と同じ論理筋で、実質的な文化迫害だ。
これまでの日本文化史の中で、刺青を施した任侠やヤクザが与えた社会的悪影響があるのは承知の上で、規制するべきは脅迫、暴力であり、刺青文化ではないと断言する。
もちろん、施術に関する衛生管理や規制は必要だが、医師法を濫用してまで違法化するのはバカげている。
判決を擁護する方々はご自身が文化的ポルポトになっていることに気付いていただき、判決に対する批判の声を上げていただきたい。
みたいな内容で上司にメールした。電車内だからメールで失礼しますっていう文言もくっつけた。
御察しの通り仮病である。
言い訳をすると過去に実際にめまい、動悸、過呼吸で仕事に行けなくなった事が何度かあり、その時と似た精神状態だなと思ったので、めまいが起きたことにしたのだ。信憑性が無いのは知ってる。
今回は短期の仕事に就いた。過去半年以上同じ職場で働けたことが皆無で、長期予定で雇用されても結局半年働けないなら最初から短期で働けばええやんかと、自分なりに閃いて職を探し、仕事をもらった。
2年以上引きこもっていたため例え短期でも週5フルタイムは無理だと思い、できる限り短時間勤務ができるところを探していたはずなのだが、うっかり週3、1日7時間の仕事を1ヶ月することになってしまった。
正社員とかフルタイムでバリバリ働いている人にとっては十分短いのだろうが、週1、1日4時間ぐらいがいいなと思っていた自分には長時間すぎた。
決まった時点では「まあ12、3日間ぐらいなら7時間でもなんとかなるだろ」と深く考えなかった。考えないようにしていた。
今日が4日目の勤務日だった。初日は問題なかったのだが、2日目に聞いていた内容と全く違う業務をすることになった。非常に体力と気力を使い2年引きこもってた体は業務に追いつかずボロボロ。
以前の自分ならこの時点で「もう無理…死にたい…ODしてやる…」と過激にブッチかましてたところだが、多少成長したので「今回の業務は体力が持たないので続けられません」と申し出て、変えてもらうことができた。すごいぜ俺、ダメになる前に申し出ができたぜ、変わったなあ!
問題は3日目だった。
結局あまり変わらない内容の業務に就いて、まあこんなもんか…と思いつつ必死に体も頭も動かして働いた。頑張った。めっちゃ頑張ってた。
「ねえ、この程度ならもっと他のことも同時にやれるでしょう?やって?頑張ってよ、頑張って?頑張れるよね?」
「その手順は知りませんでした」とか「まだ難しいです」とか言えるわけもなく、ただ「はい」としか言えなかった。
この程度よくあることでしょ〜?と自分でも思わないわけじゃ無いんだ。ただ。
その後手を止めるわけにもいかずとにかく言われた通りに必死こいてたら、同じく必死こいてる別の新人さんに対して「頑張って」とベテランおばちゃん達が声をかけていた。
さっきのリーダーがその様子を見て「頑張ってる人に頑張ってって言ったって仕方ないでしょう!」と言ったのだ。
そうか俺、側から見たら頑張ってないのか、そうか〜。
とりあえずその日は最後までやりきった。
リーダーが近くに来ると体がこわばってミスをし、また注意された。過去の仕事や毒親のトラウマが蘇り発狂するかと思った。
そして4日目の今日。
前の晩から弁当を用意し、緊張して眠れないので筋トレとストレッチをして無理やり眠りにつき、6時に起きてバスで最寄り駅に行って電車を待っていた。
リーダーが身につけていたピンクのネームストラップが脳裏にチラつく。
頑張れるよね?の声が何度もなんども再生される。
今から来る電車に乗ってXX駅で降りて会社まで歩いてロッカーで着替えてチャイムが鳴ると業務が始まる。リーダーもやって来る。リーダーがいる空間で作業をする。リーダーが他の人と何かを話している。リーダーがこちらまで来て何か言って来るかもしれない。どれだけ頑張ってもまた頑張れと注意されるかもしれない。またミスをするかもしれない。今日は前よりずっと怒られるかもしれない。リーダーの目を気にしている自分がいる。頑張らなければならない。注意されてはならない。失敗してはならない。認められなければならない。ずっとずっと頑張らなければならない。今から夕方家に帰るまでずっと、いや残りの10日間ずっと、リーダーのいる空間で…
もうダメだった。冒頭に挙げたメールを送った。めっちゃ怖い顔をしていたと思う。浅く呼吸しながら改札を出てバスに飛び乗った。家に着いて冷蔵庫に弁当を投げ入れた。飼い猫が寄って来て何か訴えていた気がしたが無視して寝室のベッドに潜った。
これが今日の午前中の出来事だ。あれからメールの返事も電話も来てない。弁当はレンジで温めて昼に食べた。美味かった。
なんでこんなクズ増田を書いたかというと、誰かに聞いてもらって自己肯定して安心したかったからだと思う。「カウンセリング 今すぐ」とかグーグル先生にめっちゃ聞いたりした。良さそうなところは施術料10万とかしてあきらめた。
2年以上引きこもってる間、環境がずいぶん変わり、自分や他人との向き合い方も少し上手くなったかなと感じて、また仕事を始めたいと思った。
しかし結局自分は変わらず社会に馴染めないクズ野郎だった。さすがにもう昔のように「俺は悪く無い!社会が悪い!親が悪い!」なんて拗ねたりしないが、拗ねなくなっただけで、社会に適合できる人間になったわけではなかった。たった3日で辛抱たまらなくなる社会不適合者のままだった。自分のキャパを正しく測れず、結局追いつかなくなり周りに迷惑をかけるんだ。俺って想像以上に自意識過剰でデクノボウなんだな。
こんなクズでもなんとかなる仕事を見つけるか、対人、対社会への耐性の無さを根本的に改善するか。精神科も心療内科ももう行きたく無いよ。
さて、残りの10日間、どうするかなあ……