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はてなキーワード: 政治運動とは

2020-11-07

ゆるキャン△大垣城の思い出と堺屋太一世界観団塊の世代

 ドラマゆるキャン△2期の制作が決定したので、記念に大垣城の思い出を書く。ドラマ版の大垣があまりにもアニメ大垣そのままだったことに感動して、大垣関係するものを何かしてみようと思い、大垣観光しようと大垣城へ行った。今年の3月のことだった。

 岐阜県大垣市のJR大垣から歩いて10分で大垣城に到着した。当時は児童・生徒の入場はコロナ禍により制限されていたが、そうでない私は特に問題なく入場できた。大垣城関ヶ原古戦場に近く、最上階の天守閣から西の方を眺めると、南北山地で囲まれ関ヶ原琵琶湖方面への通り道のように見える。もちろん大垣城内の展示では関ヶ原の戦いを売りにしており、戦いの様子を表現したジオラマの展示、当時用いられていた当世具足の展示、武器を手に取って体験できるコーナー、ビデオコーナーがあった。

 私がその中でも気に入ったのはビデオコーナーであった。入口の立て札には「SEKIGAHARA」というタイトル劇画調の石田三成徳川家康の精悍な顔が描かれており、「関ヶ原の戦いはただの権力争いではなく、後世の武士価値観を決定するイデオロギー闘争であった」みたいな感じ(注:正確な文章は忘れた)の煽り文が異彩を放っていた。中を見ると、公立図書館の様な一人再生用の視聴ブースが5つほどあり、映像は全部で2時間説明文にあった。大垣城以外にも「奥の細道むすびの地記念館」など市内をいくつか観光するつもりだったので、10分ほど軽く見るつもりでヘッドホンを装着してDVD再生ボタンを押した。結論から言うととても面白くて、1時間ほど見てもまだ続きが見たかったけど、泣く泣く中断したほどだった。

 私は高校日本史を履修しておらず大河ドラマの類も見たことが無く、石田三成を見ても「誰だっけ?」と思ったほどである関ヶ原の戦いは豊臣と徳川の争いであるとは漠然とは知っていたが、関ヶ原の戦いの時には豊臣秀吉がすでに故人だったことも知らなかった。そんな私でもDVDに夢中になった。

 映像豊臣秀吉の死から始まる。秀吉を豊臣財閥筆頭株主社長に例えて、五大老秀吉にM&Aで吸収合併された競合他社の社長としていた。五大老は自社の株式の全てを秀吉に売り、代わりに秀吉会社から株式を譲り受けて豊臣財閥取締役になったという設定である五奉行執行役員部長秀吉生え抜き社員だという。それぞれの大名石高数は、豊臣財閥の持ち株数で表していた。

 秀吉の跡を息子秀頼が継いだもの未成年で実権がないので、成人するまでは取締役である五大老が秀頼を補佐するようにというのが秀吉遺言である遺言に反して株式保有第二位副社長徳川家康クーデターを企て、それを社長室長企画部長石田三成が阻止するというのが「SEKIGAHARA」の大きな流れだ。250万石もの大資本を持つ取締役副社長家康に対して、わずか18万石の部長に過ぎない三成がどのように対抗するのか。この会社組織で例えた設定がナレーションや図表でわかりやす解説されたので、歴史に詳しくない私でも現代ドラマを見るように楽しむことができた。

 時間がなかったので飛ばしながら見たが、それでも全部見終わることはできなかった。この「SEKIGAHARA」は「原作堺屋太一」とあったので、帰宅後に原作を読んで関ヶ原の戦いを調べることにした。原作小説の「大いなる企て」でも、五大老五奉行会社組織で例えており秀吉の死から物語が始まる。しかし、映像版と原作小説ではストーリー構成が大きく異なっていた。映像版では秀吉の死後に関ヶ原の戦いが始まり合戦の様子を三成と家康のそれぞれの視点で描くのがメインであった。それに対して上下構成になっている原作小説では、朝鮮出兵の和平交渉撤退に三成が中間管理職として苦労する描写に長尺が割かれている。朝鮮出兵から帰還した大名に対して三成が秀吉葬儀を取り仕切り、それがようやく一段落いたころには上巻が終わるという具合だった。関ヶ原の戦いはいつ始まるんだと思っていたが、残念ながら原作小説関ヶ原の戦いが始まる前に完結してしまう。

 原作小説は私の期待に反して関ヶ原の戦いは描かれなかったけれども面白かった。それにしても、原作では三成が中間管理職として苦労する地味なサラリーマン小説であるのに対して、映像ではドラマのようなエンタメに仕上がっているのはどういうことだろうか。気になって原作者を調べてみたが、堺屋太一がただの小説家ではないことが分かった。

 堺屋太一は元通産省官僚であり、大きな業績として大阪万博企画立案に携わったことがある。通産省を退官後は、小説家・博覧会プロデュースドラマなどテレビ番組プロデュース大臣学者政治運動マルチ活躍しており、どれをとっても大きな功績といえるだろう。「SEKIGAHARA」のプロデュース堺屋太一活動の一つだ。「SEKIGAHARA」では単に原作ストーリーをなぞることにこだわらず、大垣城の展示作品としても、エンタメとしても楽しめる物を意識してプロデュースしてきたことだろう。

 堺屋太一を知らない人でも、「団塊の世代」という言葉は知っているだろう。「団塊の世代」は元々堺屋太一小説タイトルで、当時「戦後っ子」と呼ばれた戦後まれ世代が、将来社会でどのような役割を担わされるのかを予想した近未来小説である。この小説も私は最近読了したので感想を述べてみる。

 1970年代中頃に連載した当作は80年代90年代バブル景気とその崩壊予測できなかったものの、団塊世代出世頭打ちになること、無駄役職者が高い人ばかりになり組織ピラミッドが歪になること、人余りの団塊世代関連企業へ出向されるなど、年功序列型の賃金上昇や終身雇用が維持できなくなる現在予測している。

 団塊世代は今でこそ巨悪と描かれることが多い。昨今話題になったドラマ半沢直樹もその一つだ。ドラマでは銀行マン無双というタイトルが似つかわしいほどの勧善懲悪痛快劇であるが、原作小説では「オレたちバブル入行組」のタイトルの通り、バブル世代である半沢直樹らが団塊世代復讐をする世代対立物語である。ただ、原作でも世代対立の色合いは作品を経る毎に薄くなり、三作目で「ロスジェネの逆襲」というタイトルで半沢らより下のロスジェネ世代人物を多く登場させながら、ロスジェネ世代バブル世代や団世代に逆襲をするというわけでもなくタイトルに反して半沢直樹無双となっている。四作目ではとうとう世代対立関係なく、その時話題になっていたJAL再生タスクフォース民主党事業仕分けネタにして半沢直樹無双をやるだけになってしまった。ドラマ2期で過剰な演技や顔芸ばかりが取りざたされることに批判もあるが、原作もこの様なものである

 閑話休題しかし、「団塊の世代」を連載した1970年代中頃では、団塊世代はまだ二十代の若造である。その頃から戦後っ子が老害へと変貌する未来予測したのは流石としかいえない。「団塊の世代」の4話では1999年舞台になっており作中では、団塊世代既得権益をむさぼりレジャーうつつを抜かして経済技術の発展を妨げた、と批判がなされている。大阪万博など一大レジャーを築いた堺屋太一自らがこのように評するのは痛快にして皮肉でもある。

 ちなみに、堺屋太一1935年まれ2019年に故人となっている。多くの業績を残したすごい人を亡くなって1年も経ってから私が知ることになるとは何て残念なことだろうと思ったが、それで堺屋太一小説面白さが色あせることもないので今も読んでいる。

 ゆるキャン△ドラマ2期決定を機に大垣城の思い出を述べてきたが、関係ない話が長くなってしまったので、この辺で筆を折ることにする。

2020-11-05

怒ることが止められなくなった。

ネット政治クラスタをした結果、「怒ることに依存している」自分に気づいた。

まず、朝起きたらネットニュースをチェック。

次に、職場での休み時間ネットニュースをチェック。

エンドレスに探すのは「怒れるニュース」だ。

許せないやつ、嫌いな政治家、不真面目な発言政治運動、嫌いなオタク炎上ニュース

そういう意味では、はてなブックマークはすごい最適化されたツールだった。

SNSでも常に炎上ネタを探し、怒りながらああでもないこうでもないとキレていた。

安倍政権を見ては安倍にキレて、野党を見ては野党にキレて、オタクだのフェミだの見てはオタクだのフェミだのにキレていた。その比率が違うからお前は左翼右翼だなどと言われていたが、冷静に考えていたら、ただキレやす中年だったのだろう。

からの知り合いに、最近話題、絡みづらい、と言われた。

そして極めつけは、憧れてる人に「難しい話ばかりしてる」とめちゃくちゃ遠回しに言われた。

ようするに、嫌な奴になってると言われたのだ。

自分のツィートをここ一年分読み返してみたら、だいたいキレてた。

はじめはネトウヨにキレたのがきっかけで政治依存した。

それからずっと10年ほど依存症のように怒ってきた。

周囲の人間も似たような人がたくさんいるけれど、これって異常じゃない? 毎日政治の話をして毎日怒るネタを探して、はてなブックマークで許せないネタを探し、そして、キレてSNSレスバトルするって。

それで何人も友人をなくした。

当たり前だろう。

いつもキレてる人間に近寄りたくないもん。

自分でもそう思ってるのに、あのイラストは許せない、あのイラストはいい、バイデンだのトランプだの、表現の自由戦士だの性的搾取がどうだのフェミだの規制だの言われるとその話題から離れられない。

とりあえず精神科相談する。

2020-11-03

日本主権者教育

日本主権者教育って、「選挙には行け!そのかわり選挙投票する以外の政治運動するな!」という内容なのがほとんど。

学校職場民主的運動をするとかの話はないし、むしろ学生運動労働運動無視か敵視。

学校で本当の意味主権者教育をするなら、ブラック校則改正運動とかの支援じゃないの?

ま、推進している連中が、サヨクデモとか敵視しているネオリベなので。

2020-10-30

anond:20201029220350

今のフェミニストの行動は政治運動のものなので、理屈がなんであろうと結果が出せれば成功なので、論理化は二の次なんだろう。

インテリそうなアカデミックフェミニストですら、BLOKだけど萌えダメ!みたいな事言っているので、そこを修正するのは無理なんだと思う。お気持ち政治運動

2020-10-12

anond:20201012095817

理系学者だってまり政治に首突っ込むと普通に敬遠されるしな

嫌われてるのは学者権威を笠に着た政治運動の方であって

2020-10-03

暇な時はスパム通報して遊ぼう

お前ら手持ち無沙汰な時はないか

そんな時はTwitterを開いて「オフパコ」とか「童貞」とかエロめのキーワード検索すると、エロ写真とかQRコード載せてる絵文字連発女(中身は業者BOTなんだが)が無限に湧いてくる。

あれを片っ端からスパム通報するかブロックしてるだけで簡単に暇が潰せるし、世の為人の為になるって寸法だ。ネトウヨ老人が政治運動にハマる奴よりはマシな暇潰しだと思うけど、どうよ?

2020-09-21

黒人がBLM運動勇気づけられて商店万引を繰り返すようになった。

正直、警察能力不能になると堂々と人間万引をするのだなと思う。

万引程度大したことない、と思う人は、万引をして、その動画ネットにアップしてほしい。

本来人生を賭ける大事なのだ

しかし、何故かそういうことを平然とやるのが謎のBLM運動である

一体なんだろうねこ政治運動

2020-09-14

社会学者が犬笛を吹いていたら、「社会学者が居るぞー」と襲われるようになったって、そら自業自得よ。

正直、自業自得じゃないかなと思うのだが、

社会学ってそもそも自由議論を阻害するなと言いながら学問的な裏付けもない理論をぶん回して社会運動に流用しまくったんだよね。

まり社会運動看板だけ貸して、その学問棍棒にしてやりたい放題やってきたのね。

現在ではBLM運動暴徒化擁護なんかに使われてる。

黒人白人リンチしてるのを、「トーンポリシングだ」「そこまでに至る抑圧がー」とか、どこからどう観ても「そんなの正しいわけねえだろ」って誰もが分かる問題を、無理やり擁護してる。

実際に学問的な裏付けはない。

学者看板勝手正統性暴力政治運動に与える名義貸しをずっとやり続けてきた。

でも学問的な裏付けはない。

きちんと研究してるかといえば、やってることはせいぜい、オタク表現に思いつきで放火するソーシャル放火魔でしょ?

社会運動アカデミズム看板を名義貸しをしておいて、そんで、逆に炎上したら「自由議論を阻害された」と、放火しておいて被害者ぶる。

政治運動社会圧力をかけるなとは言わないよ。

でもさあ、そのやり口が「社会学者という学者看板で語る」のなら、最低限、その学者としての生命をかけて貰う必要がある。

学者として語ったのなら、それが学者としての倫理にそぐわない思いつきをホイホイ勝手捏造してばらまいただけなら、当然学問として最低の評価を受けるのだ。

スタップ細胞のように、「お前は捏造理論を唱えた。学者として発信したのに、全く研究した痕跡も無ければ、そもそも根拠がない」と言われねばならない。

しかし、社会学者にはそもそも検証される土壌がない。言えば言いっぱなしで逃げ放題だ。

しか根拠を問われたら「あくま個人の感想です」と、さんざん学者でござい、って顔して放火してたのに、個人の顔になりやがる。社会運動煽動に利用しておいて、その逃げ口上は一体何だ?

自分たち社会圧力をかけるように煽動していた」のに「自由議論をしていただけだ」とは、ヤクザ居直りである「俺は穏便に話していたのに、相手勝手にころんだだけ」みたいな態度である

そりゃ、「ヤクザ」と同じ扱いを受けても仕方がないだろう。

社会学者が襲われるようになったのは、学問看板放火しまくったからであり、まっとうな社会学者が「もし」いるとしたら迷惑なことだとは思うが、今のところそういう学者放火のものをしないので、誤爆を観たことがないのである

2020-08-22

例の艦これ同人誌について。

まず、ネットに明らかになっている内容でしか知らない。

イベントに参加していないし、ほんの現物も持っていない。ネットにアップされている断片的な内容でしかからないのだがそれでも突っ込みどころしかない。

まず突っ込みどころとして、

肖像権侵害に当たる 確実に当たる。著作権侵害意外に訴えられたら勝ち目がない点が五箇所ぐらいある。

印刷所内容チェックが話にならない 印刷所は修正だけしたら良いというものではない。

イベントスタッフは一体どこを観て頒布OKにしたのか? 明らかに駄目。

④奥付がひどい 同人誌の奥付チェックは重要ポイントだ。自分の使ってる印刷所なら確実に印刷を引き受けない。

勝手に他の政治運動艦これPをdisるついでにガソリンぶっかけてる 無能な働き者というやつである

ということで揃いも揃ってまるでダメだった。作者は批判されて当然だが、イベントスタッフもまるでダメである

正直頭を抱えている。

2020-08-21

anond:20200819220047

三浦瑠麗ポストから論点整理するね(不躾ですみません

  1. 企業に対する抗議手段として不買運動妥当
  2. どのような根拠ならば不買運動を展開するのに妥当か(レイシズムはそれに該当するのか)
  3. Amazonジャパンおよび三浦瑠麗(と松本人志)はレイシストか(またはその支援者か)

増田自分で「論点先取」と言っているけど、それは2の部分で引っかかっているからだと思う。

1に関しては迷いつつも妥当だと判断しているが、2については明確な倫理的政治的基準を見出すことができない。

明瞭な基準がないのに不買運動実施可能なのであれば、運動妥当性はどこで判断できるのだろうか。

下手をすれば運動目的フェミニスト政権批判者の弾圧だったとしても、運動自体成功によって運動遡及的に根拠付けられてしまうのではないだろうか……?

という不安増田不買運動に引いている原因ではないかと思う。

今回の運動成功したとして、その成功によって「成功した運動は(当の成功によって)正しく倫理的根拠付けられている」という誤った認識が広まってしまったら、

今後、反動的なひとびと(ネトウヨとか)が悪用するとも限らないというのは決して考えすぎとは言えない……

以上、蛇足論点整理をした感があるが、しかし俺としては根拠としてレイシズムをおくことは全く妥当だと思うし、

その点を強調することによって、不買運動反動的政治運動手段として用いられる可能性を減らすことができるだろうと思う。

不買運動という手段自体の理非ではなく、どのような政治思想に対するプロテストなのかがいちばん大事論点であると印象づけることが、

展開される不買運動正当性市民ひとりひとりが吟味して考えるための出発点ともなるのでないだろうか(ウエメセ)。

そのうえでこんなことを言うのもなんなんだが、三浦瑠璃果たしてレイシストなんだろうか?

徴兵」論も「スリーパーセル発言個人的には容認できないんだが、内容的に彼女レイシスト自明視できるほどのものとは思えない。

スリーパーセル発言関東大震災時の朝鮮人虐殺なんかを重ね合わせるとそういう印象を惹起するが、自明視できるほどなんだろうか。

しろ今回の不買運動問題点は冒頭に上げた3の論点であって、「安倍憎し、自民党懸賞論文獲ってる三浦憎し」という感情論

リベラルが突っ走っているのではないかと感じる。

(あと検察庁法のときハッシュタグ運動成功二匹目のドジョウを性急に探してる感)

俺も三浦は嫌いなので気持ち的には「ざまあ」なんだけど、そういう感情論無理筋正義隠蔽するのは魔女狩り的では?って思う。

2020-07-23

婚活パーティー

無職男は相手にされない。

無職女は普通に相手にされる。

これが性差別であるという問題

性差別というのは女性を抑圧すると同時に、女性保護してもいたんだよね。

から何だよというと、「差別をなくす場合保護を無くすことにつながって結局不幸な人を防げない」って話。

このあたり、フェミニズム意図的に隠してる部分だよね。都合の悪い事実政治運動的に隠してる部分。

このあたりをきちんと論じることは可能なのか。

2020-07-19

なぜネット政治の話をする人達は総じてコミュ障なのか

 左でも右でもいいんだけど、「お前それネットの外で同じこと言って聞いてもらえると思ってんの?」って奴ばっかりだよな。

見ず知らずの相手でも、何もかもすっ飛ばしていきなりアレが悪いコレが悪いと騒ぎ立てるか、あるいは念仏のように同じ言葉の繰り返し。

本人は「日本社会を憂える一市民」気取りなんだろうけど、周囲には「関わると面倒な政治オタク」としか思われてないよ。たぶんリアルでは政治運動とかしてないんだろう。コミュ障には無理だし。

2020-06-04

なんかタグ政治運動するのが流行り始めたあたりからだけど

他人立場表明をTwitterで目にしすぎた結果全部どうでもよくなってきた

全員まともじゃないように見える

Twitterをやめたほうがいいのかもしれない

2020-05-15

anond:20200515062236

それ「暇だから政治に興味を持つ」という結論ありきだろ。

政治運動が盛り上がってると感じたら「暇なんだろう」と理屈付けする。

おまえ、どういう経緯でどう盛り上がったかなんて興味ないだろ?

2020-05-04

anond:20200504105209

多くは反安倍で、その反感は凄まじい。

ただ、だからといって安倍以外の政治家を支持している様子はなく、政治運動をしている気配もない。

どちらかといえば、自分人生の不全感を政治に求め、そのサンドバッグとして安倍に怒りをぶつけているように見える。

それのはてブ版がはてサと呼ばれる連中なんだろうな

b:id:RRDとか

風俗嬢のツイを観測している―②

anond:20200502024637

コロナ禍に陥る前のツイートまで追っていくと、大体の懐事情が分かる。

観測した範囲だと、月収はやや人気が低い方で額面20万、人気があると100万超え。

同じ風俗嬢の中で収入格差が大きいことが、色んな話をややこしくしているのだろう。

風俗嬢は大儲けしている」「風俗嬢は困窮している」はどちらも正しいのだ。

もっとも、この収入レンジが正しいかからない。

嘘をついているだけかもしれないし、月収なら繁忙期と閑散期で変わってくるだろう。


家族と良好な関係を築けている人はごく稀だ。

父親との関係問題がある場合は凄まじいミサンドリーとなる傾向があり、

母親との関係問題がある場合精神の振れ幅が大きくマイナス側に振れやすい、俗にいうメンヘラが多い印象がある。

風俗ミサンドリー因果関係は気になるところだ。


多くは反安倍で、その反感は凄まじい。

ただ、だからといって安倍以外の政治家を支持している様子はなく、政治運動をしている気配もない。

どちらかといえば、自分人生の不全感を政治に求め、そのサンドバッグとして安倍に怒りをぶつけているように見える。

2020-05-02

anond:20200502215808

自家中毒に陥っているように「見える」んですよね?

政治運動八つ当たりがごっちゃになっているように「感じる」んですよね?

そう「見えて」いるのもそう「感じている」のも彼らではなくあなた自身ですよね?

東日本大震災ときもそうだったが、政治運動やってる人や表現活動やってるやつが揃いも揃って自家中毒に陥っているな。

2020-02-29

どさくさに紛れて政治運動してる奴ら

暇なのね

2020-02-24

Twitterが生む孤独運動

政治運動の基本は仲間作りだ。

議会の中では、自分の仲間(党派派閥)をどれだけ増やしていくか。

議会の外では、自分の党のために活動してくれる人をどうやって増やすか。

それは左翼団体右翼団体インディーズ政治運動でも同じで、

中核派YouTubeやっているのも、若い仲間(同志)を増やすためである

外山恒一が書いた「全共闘以後」という本でも、活動家は色々な手段で、仲間を見つけ繋がろうとする。

仲間を作る=徒党を組むことから運動は始まる。

ひとりでは何も出来なくても、信頼できる仲間が増えたら、大きなことだって出来るようになる。

仲間作りは地味な作業だ。ビラを配ったり、勉強会を開いたり。

でもそういうことの積み重ねから、色々なことが始まるし、信頼関係生まれる。

しかTwitterが普及してから事情が変わった。

仲間作りができなくても(しなくても)バズりさえすれば、大量の人を動員できるし、自分活動マスコミの取り上げられたりする。

旧来の運動では、能力的にリーダーになれなかったような人でも、Twitterでの運動ならリーダーになれたりする。

けれど、Twitterでのブーム一過性のものが多い。

どっと人が集まるけども、さっと人がいなくなる。

仲間作りをしなかった(できなかった)Twitter活動家はあっという間に孤独になってしまう。

信頼できる同志も、頼れる組織も何もない。

Twitterは砂上の楼閣的な運動可能にしてしまった。

Twitterという悪魔契約した魔法少女としての活動家。

2020-02-23

もう俺たちはオタク老害なのだということ。

(ようするに、アニメゲームマンガを見ながら政治運動に傾倒して、アニメゲームマンガ政治でぶっ叩くよりも、「ガチャを回すぞ、かわいい女の子を描くぞ、コスプレしたぞ」のほうがよっぽどオタクとしてきちんとした姿だってことに、最近まで気づかなかったって話です。)


心が折れそうなので書く。当方30代のオタク増田

背景は、同人作家。で、左派思想バックボーンを持ちいわゆるネット論客とかもやってた。


ここ数年で確信したことがある。

俺たちはもう老害なのだ

いま、もう、俺たちの時代通用したオタクしぐさはただの迷惑行為なのだということを感じる。

昔は、バンダナジーンズをつけたオタクがいた。あれは当時の最新のファッションを後追いしたものだった。しかし、今見るとダサいキモいし、痛々しい。

俺たちはネットで、「バンダナジーンズをつけたオタク」をやっているのだということを自覚した。



具体的に、老害オタクしぐさというのは、何なのか。

そう、政治オタク作品を無理やり絡めて批評することだ。

ラブライブスカートの線は現実女性に悪影響を与えるから許されない、という例の話は、はっきり言えば老害オタクしぐさなのだ。

もうすこし順を追って話そう。

俺たち30代40代オタクは、好む好まざるにかかわらず、政治にかかわることを必要とされた。(後から追記:考えてみればかかわる必要などなかったし、そう思うこと自体が、おかしいといわれればまさにそのとおりなのだが、なぜかそもそもかかわるものだと信じていた)

オタクというだけで、差別され、いじめられた時代経験し、保守左派系ラディフェミ政治家も含む)政治家がオタク文化を焼き払おうとした時代だ。

からオタク政治にかかわって自分を守ることが要求された。

それゆえに俺たちのイケてるオタクしぐさ、というのは政治にかかわっていろいろ発信することだった。(後から追記:考えてみればなぜそう思ったのか心底わからない。オタクとして萌え萌え言っておけばよかったと心底思う)

サブカルとしての政治運動にかかわってるというだけで、一目置かれたし、あらゆるアニメ政治に結び付けて批評したりすることが最先端オタクしぐさだった。

から政治とか学問みたいなペダンチックオタクが受けた。

とりわけ人文科学もっと言うなら大学で覚えたばかりの社会学歴史学心理学を利用してオタク文化批評したり政治牽強付会してサークル議論したりネットに発表したりすることが最先端のしぐさだった。(後から追記:当時からすでにめちゃウザかったっぞというブコメもついている。すでにダサかったことに、その当時は全くおもわなかった。しかし実際はダサダサだったのかもしれない)

セーラームーンフェミニズムのかかわり、エヴァンゲリオン登場人物心理解析、シスプリの大ヒット、涼宮ハルヒ社会に与えた変化と現象、発売されたばかりのアダルトゲーム国防体制とか、そんな愚にもつかない論考を出せば、転載サイト記事拡散し、バンバンブクマが付いて、はてなFC2ブログが大いににぎわった時代体験したのだ。


しかしその時代は、終わりを告げる。個人SNS情報速度の加速に、この手の論考はついていけなくなった。より刹那的に、よりリアルタイムでの反応が求められた。

また、オタク政治立ち位置とかかわりも一気に変わった。まさか、よもや、自民党から表現規制反対の議員が出て、アニメゲームマンガを守る一本槍で戦い、全国比例で53万票も獲得するとは夢にも思わなかった。同時に、左派議員にも表現規制賛成を叫び、多くのかつてのアニメゲームマンガ規制反対政党からも、アニメゲームマンガバッシングが飛び出すようになった。

こんな時代になってくると、もう、人文科学政治オタク趣味を絡めて、左派価値観作品を論評したり、オタクにかかわることが何の意義があるのか? ということになる。「この作品リベラルなのかどうなのか」とか、「この絵はフェミニズムから考えると女性の抑圧ではないか」とか論評すること自体、もう「バンダナジーンズオタクダサいのに自分イケてる勘違いしている」ということになる。

いまどき、「艦これアズールレーン趣味をやりながら正しい歴史認識を叫ぶ」というのも痛々しい。

そんな奴よりも、「ただネット同人誌の一コマを乗せたほうがよっぽどRTいいねが来る」し「youtubeレイヤーがSEKIROをプレイしてたほうが尊敬を集めるし面白い」って時代になった。

いちいち海外の友人と友達だなんてマウンティングをとる必要もなく、同人作家海外絵師ファンと、レイヤー海外レイヤー相互フォローになってる。自分たちが海外に友人がいるんだぞとマウンティングの経費を大量に払ったのと比較にはならず、ナチュラル異文化交流してやがる。




そんな老害になった俺たち世代がせめてもの抵抗として、注目を集める方法が、炎上オタク文化批判だったことは悲劇である。要するに、「今のオタク表現差別だ。許されない。俺が真の表現規制反対派として、表現規制してやることがお前たちのためになるんだ」と言い出すことだ。

老害化を直視できないが、注目を集めて最先端に残るためには、世界破壊しようとするしかないのだ。

上手く器用に路線を切り替えられた人間幸運だ。

でも全員がそんなことできるわけじゃない。

昔の時代を忘れられずに、しかし、今の時代適応できない人間はかなりの数いる。

文化の中心にいない人間が、ついに最先端若者たち攻撃する時代になった。もう完全にやってることが石原慎太郎である

事実、かつては左派表現規制反対派の論客たちが、次々と規制派へと転向フェミニズム系規制論を唱えるようになったのは偶然じゃない。

いま現在左派価値観で、オタク趣味を語ることの価値暴落し、何の意義もない。唯一かろうじてオタク文化の真ん中に居座るには、規制派としての椅子しか残されていなかった。

さんざん世話になった左派思想である。どんなにくだらない、萌えオタ表現たたきであったとしてもこの際仕方がないという面は理解できる。

自分老害化していることを認めず、「今のオタク文化矯正してやるんだ」と息巻いては見たものの、周囲の人間からは「迷惑でうるさい老害が来てるよ、お前は石原慎太郎同類だよ、劣化したな」と軽蔑まなざしを向けられる政治語りオタクを何度も見てきた。

いま、政治オタク文化を結びつけるには「差別」という強いカードを切って、「お前らは差別しているんだ。いや差別じゃない」とこじつけしかない。

だがそれを繰り返せば繰り返すほど、余計にダサい老害になるというのに。


自分はもう今はアニメも見てない。

昔は20本以上見ていたのに。

ソシャゲの周回もおっくうだ。

そのくせ、ひどく怒りっぽくなってアニメとか新作を見るとくだらないと思える。

もう認めよう。

俺たちは石原慎太郎と同じ道を歩んでいる。


追記1 ブコメに「もう虐げられてるサブカルじゃなくて、超どメジャーカルチャーなんだよ。」ってまさにそれなんだよね。マイナーサブカルロックバンドが好きだったのに、メジャーになったとたんに「堕落した。メジャーに媚びた」って、昔のファンアンチになるでしょ。あの状態。今更、メジャーサブカルとしての生き方をどうやってやったらいいのかわからないのだ。だけども、この流れは今更もう止められないだろうということも理解してる。

追記2 自分は30代だが、この世代がどうとかいうのはたしかに間違いだった。もっと上の世代にもそういう人が多いというのは理解してる。世代というよりは、政治にかかわってオタクを語ろうとするクラスタの話なのかもしれない。

追記3 その老害ムーブを、まずやめろというのは正しいし、自分はそうならないようにしているがそれでも、政治語りがダサいということを受け入れるのは難しい。

追記4 いろいろ反応を見て気づいた。なぜ政治オタク語りなんてやってたのか。全然からないし必然性もなかった。本当になんでやってたんだろう。

追記5 「オタクじゃない、政治サブカルだ」というのは本当にそうだと思う。サブカルオタク文化的な敗北したから、サブカルから一段下にオタクを見下しつつかかわってた人たちの軸がすっ飛んだんだと思う。政治サブカル破綻して、オタクけが残ったんだと思う。

追記6 なぜ害だと気づけたかというと、政治サブカル系のアカウントが次々おかしくなっていったから。かつてはまともだったはずなのに、今はもう何なのかわからない人たちがたくさん生まれ始めた。それを何だろうと考えた結果。

追記7 KEYについては正直よくわからない。やってないから。ただ友人は、CLANNADガンガン推してきたが、ぶっちゃけ観てない。絵柄がちょっと合わなかった。

追記8 「アニメから思想が消えた」とか、無理やり政治問題や世相を切る道具として使って政治敵を攻撃したり政党批判に持っていくのが、ダサい時代になったということだと思考

追記9 30代は若い若い、と言われてる。確かにもっと年齢層が高い印象。しかし、この手の老害化は30代でもかなり目撃してる。

追記10 お前39だろ、39だろ、っていうやつら。39歳だってまだ30代の仲間だろ! いじめよくない! どうしてそう、必死に30代にしがみつかせてくれないんだ。

追記11 これを規制派とか反規制派とかいうくくりで読むこともできるんだろうけれど、害だなあと思うようになったのは、「本気でオタク表現に対してマジギレ」したり、「本気でオタクネトウヨだが俺たちは違うんだ」と立ち振る舞う人が、オタク政治に浸透してきて「本気かよ」とドン引きしたのが最近の率直な印象。「オタクは腐敗してる」とかいっても、どうせごっこ遊びだろ? いつもの極論ワロスw って受け止めてたが、ここ最近、本気で怒って、本気でつぶそうとしてる人が自分の周囲でもマジに出てきた。昔は評論遊びをしてる部分はあったと思ったけれど、実際には他者に多大な迷惑をかけまくってたんじゃないかと考えるようになった次第。

追記12 ラブライブスカートの線で、マンガ家が「そんなの大した問題じゃないだろ。俺の健全な絵でも見ろよ」とオタクを軽く挑発するオタク老害しぐさをやって「本気の攻撃をされたと認識したオタクフルボッコにした」ことがあるけれど、あれを見るに、もう今と昔ではオタク自意識作法も違うと思う。昔から嫌がっていた人が可視化されただけかもしれないが。

2020-02-22

投票以外にできること

安倍政権がどれほどの不正を働き、日本破壊しようとも、投票率低下の著しい状況では固定の支持者層を持つ自民公明は必ず勝ってしまう。不満があるなら選挙で正せというのが安倍支持者のよくいう詭弁だ。連中は自民が負けないことを知っていて、選挙を単なる勝ち負けの場に貶め、「敗者」の口を封じようとしている。

投票有効手段足りえないのならば、それ以外にどのようにして自民公明を倒す手段があるだろうか。何れにせよ組織だった連中と戦うには自らも組織でなくてはならない。もしも若さと活力に満ちているなら、自ら政治運動旗手になればよいが、そうでなければ対立する野党党員になることが一番であろう。だから私は共産党員になろうと考えている

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