はてなキーワード: 自己評価とは
はてなに来るのさえ3年ぶりくらいなんだけどね。
他のSNSに常駐してるけどカミングアウトしてないのでここで書かせて。
今年30歳女、会社で事務のような開発のような中間の仕事している。
・不快な刺激を無視できず席を度々立つ(強い西日、紙を破る音、嫌いな人の話し声)
・提出書類に必ず間違いがある。3回確認してから提出しても間違いが見つかり指摘される
・作業報告書が書けない。作業するだけで精一杯で、咎められて逆切れ
こんな感じで自己評価最低状態でボロボロ・・・来年は新卒の教育係を任される予定なのに
なんでこんな屑なんだろうと泣きたくなってた。
会社のパソコンのヤフーの広告で「大人のADHDどうのこうの」ってサイトを見て、
チェックシート試したら全部当てはまったんで病院に。詳細は特定されそうなんで省く。
副作用はほとんど出ず、少し眠気を感じにくくなったくらいで他はいいことばかりでした。運いいわー。
・不愉快だった音や光の刺激が気にならなくなり作業が継続して出来る
・書類のミスが減った。間違い探しっぽくて楽しい。人に確認してもらうこともしやすくなった
・自分が今何をしているのか分かって、分単位の作業報告書が作れるようになった。上司になにをしていたか仔細に説明できる
・すごい楽観的になった。間違いは間違いで仕方ない、次にどうすれば正しく出来るか分析反映させられる。
以前までの自分はなんていうか、自分に混乱系の魔法を重ねがけしてた感じ。それが解除されて人並みになってきたのがホント嬉しい。
新入社員に嫌な思いさせないで済みそうなのが一番嬉しい。
先日、初対面で意気投合し、飲んだ勢いで彼女の部屋に行ってえっちした。
また来てねって言ってたのに、それから3日たたずしてLINEの返信がない、既読無視ってやつだ。
見た目は女優の木村文乃やアイドル?の村上友梨に似てた。仕事中でも15分おきにLINEをチェックしている
彼女は見た目以外の自己評価が低い様子。(本人は自覚していないかもしれない。)
つまり、彼女は、時間間隔が開いていくだけ、過去の経験に対する評価を下げる。
なおかつ、自分をマイナス評価しない方向へと事実を変容させるには?
それは、俺とのことは無かったことにするってことが簡単な解決策。
俺とのことはただの間違いだと思うことにしておしまい。
そんな予感、たぶん間違ってない気がする。
鏡を見ないから自己評価ができない?「モニターに自分の顔が映り込んで死にたくなる」系のネタは鉄板だろ。
「自覚はしてるけど高望みをやめる理由がない、なぜならどのみちリアルの女なんて手に入らないから」が正しい。
“同年代の生身の女性と一切会話・交流せずに生きてきた男”(≒SNEP)が多少ハードルを下げたところで何かが変わるわけもない。
婚活サイトの年収800万で妥協します、みたいな書き込みが叩かれてるのを目にする。
そりゃあ、結婚する相手の年収が高いに越したことはない訳だけど、
何をどうすれば自分がそんな高級取りと結婚できると思うのかを聞いてみたい。
本気で書いてないのかもしれないけど、冗談でもそんなことを言う気に自分はなれない。
人よりさして得意なこともないし、人から褒められるのも謙虚だということくらい。
この謙虚と言われる長所も誇ったところで、謙虚じゃなくなるから、実際のところ自分には自慢できるところもない。
卑屈になるな、と言われることもあるけど、これは適切な自己評価だと思う。
そして、そんな自己評価してる自分を誰か見つけてくれないかな、とか訳の分からない期待を抱いたりしてしまうことがある。
結局は同じ穴の狢ですね。
なんでだろう。
イケメンに興味もってしまうと、イケメンに振られたときにダメージ多いし、自己評価低いからこそ風俗なんてやってるからそういうのに耐えられないのかね?
イケメンに興味無いっていうのは、性格で選んでますアピールなんやろうか。
確かに風俗なんてやってる女は心すさんでいて、優しい人に優しく扱われたいっていう欲が多いんかな?
① 美容院へ行く
美容師さんの所へ通い詰める。(2,3回無理そうならさっさと店かえる感じで)
職業とか休日の過ごし方とかは嘘いいまくって、リア充っぽく言えばいい。
美容師さんは、いわゆるキラキラ系職業かなりメンヘラ定収入、頭も悪いことが多い。
メンヘラはブサメン相手でも簡単に股を開くから、簡単にやれる。
帰り際にライン教えてよって言えば、教えてくれる。客っていう立場の強い相手に女は弱い。教えてくれなかったら、文句言って、それでも教えてくれなかったら店かえる。
ドキュンっぽいけど、少し押した方があいてもなあなあで教えてくれる。
さびしいからだれでも相手してくれるなら簡単にセックスするし、顔どうこうよりも、「自分の相手をしてくれる手軽な人」に突っ込んでくるから。
すんげーかわいい10代の娘がセックスをバナナ売りみたいなたたき売りしてるから。
しかも、男はセックスすれば冷静になるけど、女はセックス1回やると、ズルズルハマっていく系だから。ドキュンでもむしろそれがいいみたいな感じだから。ここまでは強引にいくほうがいい。
② セフレにするために
殺し文句があるんだけど。リスカでもなんでもいいから、話聞いて、
「君が辛いのが分かるから、オレだけが辛いんじゃ無いって思えてがんばれるよ、君といると安心する。
共依存っていうか、お互いがお互いがいないと成り立たないように依存しあう宗教みたいな関係になれる。
自己評価が低い女ほど、自分が頼りにされてる!って思うといい感じらしいよ。
とにかく、強引に行って渋られたら、そういう系の言葉をいっとけば、女の方も自己を否定するような『他人をゴミのようにあしらう』みたいなのはできないから。
ラインも面倒くさい。
で、その面倒くさいラインの時間を有効活用するために、「美容関係や服飾関係で同じくメンヘラそうな友達」を紹介シテもらうことに使う。
そういう業界はヘアメイクアーティストだの、ファッションデザイナーだの、低学歴定収入な感じの女の子が多い。しかも結構メンヘラ率高い。
ファッション系の女は死ぬほど見た目に気を使ってるから、いろんなタイプの女とやりまくれる。
ボーイッシュ、ゆるふわ系、長身、インテリ系、淫乱系、ゴスロリ。どんなタイプでもいるし、簡単に紹介してくれる。
ま~世の中こんなにゆがんだ家庭環境で育った子供が多いんかなっていうくらい皆ひどいみたいだけど。それを思うと『オレにまたダマされたくらいならまあいいよね』くらいで逆に罪の意識がなくやれる。
④ そしてヒモへ。
オレ、すんげー不細工だし、出川に似てる系のキモオタ。セックスでいけないし、エロゲやAVみまくってるだけのおっさんだけど。
子供の頃から勉強ばっかりして引きこもりで20代前半まで彼女どころか女と話したこともほとんどなかったけど。
どうやって稼いでるかはうすうす気がついてるけど、そこは。って感じ。
二人目の子が産まれて、もうこれで子供は終わりと解った40才。
今後の育児年数を計算して、今まで会社の横道に逸れて育児してきた自分が、さていつ軌道修正しようかと遠く望んだその先に、なんとキャリアパスがブッつり途切れていることに気づいたの。
マミーズトラックから抜け出すシステムがないのだ。この会社に。この社会に。
それどころか、もし今仕事を辞めたら、もう一般事務(正社員)に応募すら出来ない40代。いつの間にか自己評価30点くらいの自分になっとるやん。
ならばどうするか。
それで、ある資格を取ろうと思ったのよ。
そのために通信制の大学に入りなおして、こないだ実習も終えた。
あとは国家試験を受けるだけ。
勉強するうちに、なんだか洗脳されちゃったりしてたんだけれど。
実習で解った。私はその道には向いてないってな。
そして気づいた。
私が求めていたものは、スキルアップでも免許証(会社の貢献)でもなかった。
折角見つけた夢を希望に乗せて、これから10年頑張ってみようと思う。
ダメでも、それはそれで良い気がする。
今を照らす道の上で。
私が出来ることをしよう。
今からでも遅くない。
http://anond.hatelabo.jp/20140804000142
この奥さんが他人に思えなかった。
自分と重なるであろう部分が多く、自分をちょっと振り返ってみたくなったので、増田で長文を書くことにします。
本当に長文なので、そしてほとんどの人にとってはたいした中身もない文章なので、よほど暇じゃないなら読まないでください。まじで。
高校のころまではとにかく何もかも完璧でないと陰に陽に容赦なく責め立ててくる両親に抑圧されていて、友達もいなかったし、自分というものをまともに出したことがなかった。
大学に入って自由がきくようになり、部活動に熱中するようになった。
活動の内容そのものより、自分が組織に貢献できているという感覚がうれしかったのをよく覚えている。
部のために骨身を惜しまず動いた。
一方で、無責任で頭のネジのゆるみきった同期や先輩連中が許せなかった。
でも直接文句を言う度胸はなく、一人でストレスを抱え込んではときどきあさっての方向に爆発させていた。
周囲の自分に対する評価は「よく気がついて、頼んだことはきっちり完遂するし、フットワークも軽くて、まあとにかくまじめでできるやつなんだけど、怒らせると面倒だからとりあえず機嫌を取って上手に動かしておこう」といった感じだった。
いくつかの人間関係の軋轢を経験した結果、自分の中に周囲との円滑な調和を妨げる深刻な側面があることに気づいた。
周囲の人間は自分よりもっと情緒的なつながりを大切にしているし、いつでも何もかもに対して100パーセントで動いているわけでもなく力の入れどころをうまくコントロールしながら生きているし、自分みたいに極端な滅私奉公精神で動いているわけでもなく、みんな自分の将来を少しでもよくするために大学という巨大な器の中でそれぞれにもがいているのであり、部活に熱心でないからといってそいつが何事にもだらしなくいい加減な人間だというわけではない。
何より、自分だってよく考えてみると周囲にずいぶんと失礼な言動を多々やっているのだが、周囲は少なくとも、そんな自分を「こいつはこういう性格だから」と受け入れて、ひとつの個性として尊重してくれている。
周囲が自分の考えをわかってくれない、のではなかった。
周囲を受け容れていないのは自分のほうだった。
このことに、4年かかってやっと気づいた。
同期はみんないい人ばかりで、わたしはすぐに彼らのことが大好きになった。
大学時代に比べたら、だいぶ上手に人間関係が構築できるようになってきた。
としばらく思っていた。
しかし、入社して半年が過ぎるころから、わたしは同期の中で少しずつ浮き始めた。
ここの会社は毎年の恒例行事で地域のお祭りに新入社員が何か出し物をしないといけないのだが、その出し物の内容をみんなで決めるとき、わたしは暴走した。
わたしの、無難でかつ隙のない正論づくめの提案に、当初、誰も反論する人はいなかった。
入社式では新入社員代表であいさつをさせられたりして、上司からは同期のリーダーとして何事も率先して動くことを期待されていたのでその通りに動いたのだけど、実際は同期の中で発言力がある人間が他にいて、その人の案にみな本当は乗り気だったようだった。
わたしはそのことに、全く気付かなかった。
やがてみんなで日程を合わせて練習を始め、わたしは何の疑問も抱かずに場を仕切り続けた。
ある日、たまたま残業で遅くなることになった。連絡を入れ、1時間ほど遅れて練習場に行った。
その1時間で、出し物の内容がまるっきり変わっていた。
テーマも違う、使う道具も違う、とにかく根っこから変わっていた。
わたしは2ちゃんの顔文字みたいにポカーンとしばらく固まっていたが、そんなわたしを目にしながらも、誰も、何も言わず、淡々とその新しい内容の練習を続けていた。
それでやっと、自分ひとりが周囲の感情を置き去りにして暴走していたことを悟った。
同期のやり方は、正攻法ではないのかもしれない。だまし討ちに遭ったようでいささか傷ついたのは覚えている。
けれど問題はそんなことではない。
学生時代からの課題を、わたしはまったくクリアできていなかったのだと気づき、愕然とした。
周囲がこういう行動に出ざるを得ないほどに、わたしはコミュニケーションを成り立たせるのに難儀する人間だと見なされていたのだ。
そしてさらに救いようのないことに、それにわたし自身は気づいていなかったのだ。
ちなみにわたしがどうしたかというと、さすがに黙ってその練習に加わった。
「当初の予定とは違うね」とは、このときから今に至るまで、わたしも他の同期も、誰も言わなかった。
あたかも最初からそれをやる予定だったかのように、全員が振る舞った。
親身になって面倒を見てくれていた先輩たちが、わたしと少しずつ距離を置くようになった。
仕事を覚え始めて自立に向かい始めたということだと勝手に解釈していたが、これもそうではなかった。
上司がわたしのことを露骨に煙たがるようになり、保身のために仕方なく追従するようになっていたようだった。
周囲との調和が何より大切、そう理解していたはずなのに、周囲と自分との間に生じ始めた軋みをどうすることもできなかった。
わたしは2年持たずにその会社を辞めた。
「その会社と自分が合わなかっただけだ」と結論づけるのは簡単だ。
けれども、今思えばそこは決してブラックではなかったし、日本的な一体感を過剰に強いる雰囲気の会社でもなかった。
いろいろな不運が重なっただけなのかもしれない。
本当のところは、何が一番の原因なのかはわからない。
その上司が結構なろくでなしなのは事実で、下についた人間はもれなく会社を辞めていくので今はまったく別の部署の実権のないポジションに異動になったと聞いた。
けれど、上司に恵まれずとも、同期との行き違いがあったとしても、辞めることはなかったのではないか。
孤立無援ではなかったはずだ。味方になってくれる人もたくさんいたではないか。
そういう人たちとの関係を、わたしはやはり、大切にできていなかったのだと思う。
はてなーには、こういう情緒的なつながりを過度に重視するところが日本企業の問題点だと考える人もいるのだろうと思う。
しかし現実問題、わたしのように、海外に出ていけるほどのスキルも度胸もないクズには日本の会社しか勤め先がないのだから、適応するしか選択肢はないのだ。
と考える一方で、結局ここまでつらつらと書いてきたこれもすべて「努力がすべてを解決する」「努力しなかった自分が悪い」「もっと努力していればよかったはずだ」という努力至上主義と自己責任論に基づいた考え方で、やはりわたしはまだそこから抜け出すことができていないのかもしれない。
自分に対してそのように分不相応に高いハードルを課すことが、他者への理不尽な厳しさや冷たさにつながる。
当時の自分としては精いっぱい努力はしたつもりで、それでもこういう結果になったということはやはり、不運やタイミングの悪さも重なったということも要因に挙げてよいのかもしれない。わからないのだけれど。
新しい職場でも似たようなトラブルに遭遇した。ここでは悪質なセクハラを受け、加えて同棲していた彼氏がリストラされてネトゲ廃人になったりとか、外的な要因も重なってうつ病になった。半年何もせずにいた。
この、一社目の退職から二社目に就職、うつ病、という流れの中で、わたしは両親から何度も罵倒された。
と公衆の面前で怒鳴られたりした。
気持ちはわからなくはないが、社会人になり、家を離れてから我が家の異常さに気づき始めていた自分としては、ああ、この人達ならこんなこともそりゃ言うだろうなあ、と我ながら実に冷静に受け止めていた。
要するに彼らの中では、うつ病になったのも「努力不足」なのである。
自分の弱さと向き合う努力をしてこなかったという意味では確かに、やるべき努力を避けてきたと言える。
努力の方向が間違っていたのだ。
「どんなことでも努力で何とかなる」という思考停止状態に身をゆだね、客観的に自己とそのまわりの環境について観察し、思索することをしなかった。
しかし彼らの言う「努力」とはそういうことですらなく、単に「朝起きられないのは根性が足りない」とか「気合を入れればうつ病なんてどこかへ行く」とかそういうことだった。
朝起きられないのも、割れるような頭痛も、吐き気も、そしてあの思い出したくもない深い絶望感と不安感、全身の倦怠感、そういったものはすべて気合でどうにかせよ、とのお達しであった。
正常な判断力が下がっている中でも「これは大変だ」というのは理解し、実家に戻るようしつこく言われるのを頑なに拒み、投薬と認知療法でなんとか生活できる程度には戻った。
その後就いた仕事では、即戦力として早い段階で部下をつけられた。
この部下には本当に恵まれていたと思う。
また、うつ病から立ち直ったばかりなのもあり、自分でも同じ失敗を繰り返さないように、早まったことをしてしまわないように、よくよく考えながら慎重にことを進めたのもよかったのかもしれない。
わたしより年上の人もいたし、その人とは何度か本気でやりあったこともあったが、結果的に和解できた。
これは錯覚ではなく、本当にうちの担当の仕事はうまくいっていた。
そんで今、燃え尽きかけている。
こないだ、業績が認められたのかなんかしらんが配属が変わり、見事にダメ人間ばかりの部署を仕切ることになった。
平均年齢はわたしより一回りほど上だけど、まず電話が取れない、来客の応対ができない、マニュアルに沿わずに自己流でやろうとして当たり前のように失敗して尻拭いをこちらに頼ろうとする、などなど、胃痛で病院に通うことが増えた。
比較的まともそうなのから少しずつ教育して、なんとか電話応対と来客応対が全員できるようにはなった。
わたしの力量と言うより、人材に恵まれていたのだ。
当然、同じように教育しても彼らには必要なことが入っていかない。
丁寧に10教えて、ようやく1入る、という感じで、その1を大切にしてくれるのならそれで十分なのだけどこれがまた抜ける。
また10教える。1入ったと思ったら次の日には抜けている。
この繰り返しだ。
もうなんか、わからない。
今まで他人にきつくあたって、たくさんの人間関係を壊してきた。
この人たちも、厳しく叱れば明日にはもう来ないかもしれない。
でも、この人たちは厳しく言われないとわからないのじゃないだろうか。
いや、一度だけ言ったことがある。
マニュアルに従わない人に対して
「それでうまくいくなら別にいいのだけど現にこれこれこうして失敗しているのだから改めてください」
という内容のことを言った。
彼女の返答は
「今まではこれでうまくいっていたんです」
だった。
その
「うまくいっている」
というのがあくまで社内的に一見すると波風立てずにすんでいるけれども対外的にはクレームの遠因になっていることで、つまりそれは実は
「うまくいっていない」
それで十分だと思う。
彼女も、今までのやり方を否定されていい気持ちはしないはずだ。
それでもまずは基本に忠実に動いてもらえるようになっただけでありがたいと思うし、そのほうがこちらも上司としてずっと安心できる。
わたしには、奥さんの気持ちがわかるような気がする。
こんなに頭も悪く仕事もできない(さらに言うなら、自分より年上の)人間が、のうのうと生活していることが、妬ましくて仕方ないのだ。
わたしの場合、年下なら、まだ許せる。
年上で自分よりできない人間、というのが、どうしたって、許せないのだ。
奥さんの部署の人たちがどんな人たちなのかは知らない。
うちよりはマシなのかもしれないし、もっとひどいのかもしれないし、それはわからないけど。
「目の前の人が自分に見せている姿でその人のすべてを判断すべきではない」と思う。
「仕事ができないからと言って、その人を全否定してはいけない」とも思う。
でも、あんなに痛い思いをしてきたのに、わたしはまだ、それらをやめることができない。
学生のころも、社会人になってからも、「役割」がどれだけ果たせているか。
それがわたしの自己評価だった。
「役割」を一心不乱に果たせている人はすごいと思うし、わたしもそのようになりたいと感じてきた。
そしてプライベートでも、わたしは「娘」「姉」「彼女」という「役割」に依存してきた。
自分が自分でいられているというアイデンティティ?自己同一感?とかいうやつが、内面に乏しい。
今付き合っている彼氏は愛すべきバカで、わたしは彼のバカなところを愛しつつも同時に強く軽蔑していることをもはや自分の中で無視できなくなってしまっている。
彼とは結婚の話が少しずつではあるが進んでいて、でも彼はバカゆえに職が不安定で収入が少ないということを自分で気に病んでいて、わたしは自分の食い扶持ぐらいは自分で稼げているから、いざとなったらなんとか助け合いながらやればいいじゃない、と話していたのだが、今日みたいに生理前で神経過敏になっていてしかもこんな身につまされるエントリを読んでしまったものだから、もう今の頭の中は「どうやって別れるべきか」ということばかりである。
叩かれるのはわかっている。こんな偏った価値観で他人を判断するなど何様だ、という話だ。わかっているのだ。その不毛さは誰よりわたし自身が一番よくわかっているのに、まだわたしはそこから逃れられないのだ。彼を軽蔑する自分が大嫌いだ。こんな人間と一緒になれば、彼はきっと不幸になる。そして、子どもが生まれたなら、まあ間違いなくわたしはわたしの両親がわたしにしたことと同じことをするだろうと思う。「あんな親にはならない」と決意するのは簡単だ。それで変われるなら、世の中の虐待のほとんどはなくなっているはずだ。わたしは彼や子どもに「役割」を強いるだろう。今だって、そうなりそうになるのを必死に抑えているのだから。彼に求めすぎてはいけない。適度な甘えは大切だと思うが、その加減もわたしにはわからない。あくまで事務的に淡々と接するか、べったり依存しまくるか、放っておくとわたしはどちらかになってしまう。
やはりこんな人間は異性と付き合うべきじゃないんだろうな、と書きながら改めて思った。
少なくとも子どもは産むべきではない。
今日帰ったら、彼に話そう。
なんとなく迷っていたことに決心がついた。
同じく診断はしてないけど、ADHDの傾向があり、同じような書籍を読んだ三十路クリエイティブ系社畜です。
『「ADHDはただの努力不足論」と「脳の特性やからうまく付き合っていくんやで理論」のはざまで揺れ動いている。』という悩みを同じく抱えているものとしてなんかはきだしたくなりました。
web系クリエイティブの仕事で社畜。危うさを抱えつつ、仕事で評価をいただいてイベント登壇させてもらったりとかして、なんとか生き残っている状況です。
>今までの職場では、「まわりが当たり前にできることができない。」ことばかりだった。
>それまでに機械問屋、居酒屋、タクシーのコールセンター、パチ屋店員と職を転々としてきたが
>「人の話が本当に聞こえない、言ってることがわからない」「すぐ焦る、パニックになる」
そうなんだよねー。頭真っ白になります。
居酒屋でのピークの時間とかほんと無理ポ。みんながスピード早く処理してくのついていけない。
その場その場の状況や人の感情を一瞬で読むことができません。
学歴はそこそこあったので運よく大企業にもぐりこむことができたのですが、
社会人1~3年目では客先でも寝てしまい、上司に怒られることを何度も繰り返していました。
その結果重要な案件の受注と信頼を失って、会社で居心地が悪くなり、
>人から評価されることといえばユーモアのセンスと企画作りくらいしかマジで覚えがない。
そんなところも増田と同じ。
幸い企画作りがずばぬけていたので、専門学校でいただいた賞をもって
今の会社は創業まもないスタートアップ。社長がとてもよい人で、専門スキルは高くないけど、
どんな人とも会話できるようなタイプ。休職のことを伝えても、それでもいいといってくれたことが入社の決めてでした。
自分と同じ職種の人がいない状態で、自分が一番スキルがある状態でした。ここがすごくよかったと思ってる。
スタートアップでそもそも人数が多くなくて、コミュ力かけてても必要とされる企画力があれば許してもらえるところ。
もちろん許してもらえず怒られることもあったが、あとからじっくり反省したうえで仕事で信頼をためていたので「あいつは変人だから」ですまされる状態に。
ほか仕事について気をつけてることはこんなかんじ。
自分のコミュ障を補ってくれてる社長のことがほんとにありがたくて
この人のためならやるかーと奮起できたのがよかったのかもしれません。
スケジュール管理は、ひたすらgoogleのカレンダーにやることをぜんぶまとめて
そこにぜんぶをまとめることで、細かいもれは減ったように思います。
自分でもチェックできるし、他人もチェックできるので自ずとね。
あと、眠い状態は、フォスファチジルコリンのサプリをのんでから9割方解決しました。
異常な眠気はだいたいおさえられますが、ひどいときには仮眠をとるようにしています。
フォスファチジルコリンのサプリをのんでからのほうがスケジュール管理や仕事も
反面、サプリがなかったらと思うと、また前の状況にもどりそうでとても怖いです。
どんどんのむ量がふえてきています。
二十年間以上積もった自己評価の低さはめったなことでは変わりません。
まー色々書きましたが、それでも今の環境で働いているのが人生で一番幸せです。
ありがたいです。
自分だけはその子のことをなんとかできると思ってしまうのが原因。
知人には「自信過剰」と諭してあげるべき。
駄目な男とばかり付き合ってしまう女性には、だめんずうぉーかーという名前がついたが
逆にメンヘラに何度でも捕まる男性は、何か呼び名があるのだろうか
決して女遊びが激しいわけではなくむしろ真面目で、学歴や職業もよし、妙な趣味などもなく本人は至ってマトモな優良物件だ
その気になれば、性格が良く優秀な女性といくらでも付き合えると思う
頼られるのが好きなのかとも思ったのだが、付き合っている時は本人もひどく憔悴して、険悪な雰囲気になっている
それで結局破綻するのに、また同じような女性と付き合って同じことを繰り返す
だめんずうぉーかーは、自己評価の低い女性がなりやすいと聞いた
件の知人は傍目には自己評価が低いタイプにも見えないのだが、人知れず何かコンプレックスを抱えているのだろうか
不思議だ
大学生の間に私は成長したのだろうか。 生まれたときから世界には完璧という概念が存在しており 人間が人間であることを放棄しない限り、人間は成長することはないと思っていたので 成長という表現を聞いたときは不快感がずっと存在しておりました。 私の頭の中は、相対評価ではなくて絶対評価であっても、小学生のときがピークでして それから10年以上、ずっと退化するのに耐え抜くだけの時間を過ごしました。 中学受験塾という環境で過ごして、中学受験をしました。 入学した学校は、とある物差しでは関西で5番目くらいの学校 希学園の偏差値表で、灘が63、東大寺が61、甲陽が59、洛南(併願)が58、大阪星光が55 (当時は西大和は52、今はもう少し大きな数字だと思います)(女子は神戸女学院が54) 星光の入試配点は国語120数学120理科80社会80の(傾斜)配点で、合格最低点は7割 7割というのは高い方(6割が平均的)で、得意不得意が日本一レベルだった私には無駄な難関でしかない。 母数のレベルが低いテストによる合否判定は、得意不得意が異常な私は生涯を通して最高でもE判定しか出ないシステムであり 私は当時からその仕組みが理解できたけど、まわりにいた無能たちはそれすらも理解できなくて話が通じることはありませんでした。 そしてその成績の私には、言及するには心理的抵抗が大きかったのですが、灘や甲陽の配点は国語200算数200理科100で合格最低は6割 私の心の奥底には、星光よりも灘の方が簡単ではないのか(妥協して甲陽)と思ったこともあったのですが 灘も甲陽も兵庫県で、非常に残念なことに星光は家の近所にあるという環境の違いもあったりしまして。 当時の私のテストの答案はいつも同じでして 算数は冒頭から順番にすべて正解、一番最後の問題は時間切れ。テストは毎週ありましたが、計算ミスもしないのですべてがその結果になります。 社会も冒頭から比較的には正解率が高かったのですが、正解に自信が持てないので非常に時間がかかり、100点中後半50点ほどは常に白紙での提出でした。 理科は物理と化学は算数に同じ。生物と地学は興味がなかったので社会と同じ。 国語は文章問題2題が多くて、いつも片方しか読む時間がありませんでした。そして常にクラスで最下位。塾全体の公開テストでも下から数人目。 公開テストは600人ほど受けていて、上から10位までは名前が公開されます。(科目ごと+3科目合計+4科目合計) 当時4科目合計で名前が載ってた人は、国際科学オリンピックでメダルをとっていたり、当然のように東大医学部に行ったことまでは把握しています。 そして名前が載るのは「S1クラス」という能力別クラスでの1番目のクラスばかりになるのですが、 算数で時間が足りたことがあって、そのときに「H1」という平均以下のクラス所属で私の名前が載ったことがあります。 すごくどうでもいいですが、能力別クラスでは定期的にクラス替えが行われるのですが、私の成績が算数はクラストップ、国語はクラスビリで安定していて 「H1」という所属クラスってふつうは変動するのですが、なぜか入塾時から小6の途中まですべてH1のままで動くことがありませんでした。 小5までは谷町九丁目教室ではS1からS5とH1からH3、小6からはS0からS8とH1からH6でした。つまりH1っていうのは偏差値では50以下です。 なので志望校として決定されるのは星光になるわけですね。また星光合格者の中では、私が一番下のクラス所属でした。 自分の記憶力が残念なので想定外に長くなりました。。。。。。。。。。。。。。。。。。。 さて、小6の3月から2年間にもなる長期間、虐待の日々がはじまりました。 その結果、定期テストの前に、勉強するということもしたことがありません。 中3の時の、通知表の成績は、高校への内部進学の基準になります。 全科目の平均が60点が条件で、テストの点数そのままが通知表の点数になる科目もありますが、 平常点を用意したり、救済措置を用意して下駄を大量に用意すう教師もいます。 学年人数は200人で、毎年学校を追い出されるのは10人とか。他の学校よりも多いと思います。 中学受験での話を想定外に長く書いたので、少しここは省略します。 日本語を話してくれない教師への反発もあって、中3での通知表成績はビリから2番目の人(50よりは上)よりも10点くらい下です。 T野(体罰数学教師)の数学で、一番はじめて満点を達成したのは、M君ではなくて私だったりします。 名前が汚いからという減点は毎回受けていましたが。 英語のS水(中1中2での担任)も相当無能でゴミだったし、 国語の学年主任(中3での担任)もゴミだった。愛のかけらなどどこにもなかった。 テストのために勉強する、という行為はしたことがなかったですが、テストの最中は中学受験時代での私の哲学をただただ耐え抜く日々でした。 そして、私の中には中学受験での自己評価をもとにした学力観というものがありまして 勉強したと言えるような時間は、授業中に教師が答える前に自分の脳内で答える予習的学習と テスト時間中における、問題作成者との、問題を通したコミュニケーション、その2つだけ。 私は私自身の美しい過去を尊敬しており、またそう言えるためだけに命をかけております。 信じるかどうかは好きにすればいいと思いますが、勉強したと言えるような時間は上記以外には特にないまま 高校入試を受験するみたいでした。(受け身) 甲陽の高校入試の配点は英語200数学200国語200理科150で、合格最低点は脅威の5割。 西大和の高校入試の配点は忘れました5科目で、合格最低点は7割。 西大和の高校入試の数学はレベルが高くても小6レベル以下の問題でびっくりしました。(過去問とかも知らない)計算用紙にポエムを書きました。(計算用紙も提出です) そういえば、テストの最中にはテストに向かい続けるという呪縛を本当に無駄に守り耐えてきたのですが さすがにあれなので、問題用紙に脳内ポエムを絞り出す習慣が発生していました。 私の問題用紙に書かれた脳内ポエムの絞り出し、見たことある人いるでしょうか。 その一部は高校時代にやっていたブログに模写投稿されていたりします。 といいますか、私は言葉から行動に移すような経験が一切ないと思います。 国語という科目が全くわからなくて、表現能力は障害者でしかないのです。 表現というものに、全く価値を感じる機会が今までずっとなかったのです。 (相手の意思とは関係ない)教えてくれる人間が自分視点の環境には存在しなかったってことです。 この世に信頼できる人間が1人もいなかった。 そうすれば、こうなります。 存在する存在空間の、表面結果が表現されるだけで、それだけでしょ。 伝えたいと本気で思える人間が私の前に現れることがなかった。 脱線しましたけど、西大和は不合格になりました。人生初の不合格です。計算用紙になんだこの数学はアホかやるきあんのか、って書いたのが相手を激怒させたのかもしれません。 入試の科目で満点とれてるのは西大和の数学が人生初だと思う。(大学入試では同志社物理とセンター物理が満点。センター物理って小学生でもry) (大学入試数学は私は全く訓練がされてないので、同志社レベルでさえ時間足りないです) そして、甲陽おちた場合、出願は2校しかしていないので、いく高校がないです。 けど合格してた。勉強して合格したわけではないので、何も感じなかった。 自分の人生は他人事で、どうでもよかった。 人は過去を美化するという表現を見かけることがあります。 この表現の意図はこうです。 そんなわけがない、人間をなめるな。しかしすべてを説明するのは一生かけてもできない膨大さ。情報を努力して絞り、本質的な情報を簡略に表現する意図がある。 人間が人間であるための努力だ。 そして過去が存在しない人たちからの言及をそらし、内心ほくそ笑むための表現です。 人間であることを放棄した人が、人間を舐めるな。 人間は、人間を人間だと信じている人たちだけで暮らせばいいです。(そう信じることしかできないんです。) 脱線の方が長くなってしまいました。ごめんなさい。 高校。高3で人生で初めて、通知表に0がつきました。 英語の定期テストで選択問題が初めて0問で、(授業でやった)東大京大等の英訳和訳問題のみだったのです。がんばったけど0点でした。 けど留年とかされても高校にとって迷惑になるので、卒業という形で平和に追い出されました。 中学では宿題をだす教師はいて、平常点が存在しました。 高校では宿題をだす教師はおらず、自分で勉強する人たちが自分の意志で医学部とかにいってた。 東工大の大学入試の配点は理数系が68パーセントで、合格最低点は忘れました。(ふつうの東大生であれば英語国語0点にしても東工大には合格する程度の合格最低点です) ちなみに早稲田理工は理数系67パーセントで慶応理工は70パーセントです センター試験本番は現役時が47パーセントで、物理に関しても波長って何?λってなんてよむの?らむだってなに?って思いながら知恵とセンスを絞って問題に正解してました。 浪人した時は、波長とはなにか、λがらむだってよむんだって知りました。 一切の本も読まずに、微分とか極限の解釈でただ単に考え事をしていたら、テイラー展開って表現されているものが発見されました。 数学は自分で問題をつくって遊ぶことしかしてなくて、浪人時代の1月も2月も一回も過去問とかやらずに 自分で問題つくっては遊んでました。 (1)30!の一の位は0である。ここから始めて十の位百の位と順に左に見ていく。最初に0でない数字が現れるまでに連続していくつの0が並ぶか。 (2)(1)において最初に現れる0でない数字を求めよ。 (3)ここで「n!は10^kの倍数である」これをみたす自然数kのうち最大のものをpとしてf(n)=10^pとする。このとき以下の数の一の位の数字を求めよ。 (イ)100!÷f(100) (ロ)100000!÷f(100000) (4)100兆の階乗を10進法で表示したとき右から数えて25兆番目にある数字は偶数であるか奇数であるか調べよ。 問題を読んでほしいためこのようにしてみた →方法論は省略して 100兆(10進法)=101101400兆(5進法) 100兆!÷10^(25兆-2)≡2^(25兆-2)×4!1!1!1!1!≡6 …□6が4の倍数なので□は奇数です 普通の電卓を使用して 2の常用対数の小数第10位の値を求めよ。 とかに関しては、あるごりずむとかいうやつっぽい。 AA>Bと同値はA>√BまたはA<-√BまたはB<0(A実数)または-√(-B)<Ai<√(-B)である。ではAA<Bは? とかに関してはすうがくっぽい。 大学に入ってからも痛感しますが、勉強したことがないので、勉強のやりかたが全くわからない。 環境というものは目には見えない力なのです。 クソみたいな社会に適合してたまるか、という環境も世の中には存在します。 社会に適合化された言葉を使ってしまうのは屈辱でもあります。 なにが世界を破綻させているのか。それは現実主義者の存在です。 「数学に対する価値観は、誤答を解答として提出したのであれば死刑にすべき」 の意図している意識が共通認識となれば、世界は平和になるのではないかと思います。 共通認識と共通認識における努力さえあれば、別に死刑にする必要はないです。 いつかきっと、人類が私の意図を理解することができればいいなって。 おなかがすきましたね。 http://anond.hatelabo.jp/20140617174318
子育てと仕事の両立について色々議論されてるけど、結構な割合で職場のお局様が諸悪の根源じゃない?
マタハラやワーキングマザーへの嫌がらせの大半はこの種の人々によってなされている気がする。
ここでのお局様の定義は35歳以上独身で、彼女の周囲で度々休職・退職者が発生してるような人。
もちろん独身女性のすべてがヒステリックで迷惑な存在だなんて思っていない。
例外の3割のうち1割は所謂エリートで、能力で評価されるから誰かを攻撃したりしないし、そんな暇も無いような忙しい女性。
残った2割は「なぜこんな素敵な人が独身・・・?」というような女性。結婚しない理由はさまざま。
で、問題の独身女性の7割。
未婚率が上昇しているとはいえ10人中7、8人の女性は結婚する。
出産リスクが高くない年齢範囲で、容姿・性格・頭のどれか1つでも良ければOK。
それなのに売れ残るということはやはり「結婚できない」と思わせる何かがあるわけで。
(勿論男性でも同じなんだけど、パワハラ上司は居ても、男性でお局様みたいな存在ってあまり居ないよね)
特徴としては同類のアラフォーでつるみ、下の名前で呼び合い、ターゲットをあの手この手で攻撃するような。
こーいう人たちって、若い女性はいじめるし、お気に入りの男性にはセクハラするし、妊婦やワーキングマザー、イクメンには嫌がらせするし、ホント百害あって一利無しじゃない?