はてなキーワード: 公言とは
私と彼氏は、付き合って3年と少し経つ。喧嘩は滅多にしないし、それなりにうまくやっていると思う。ただ一つ、彼が「妹みたい」という女の子の存在が、ずっと気に食わない。
その女の子のことは、私も嫌いじゃない。とても素直で良い子で努力家で、どちらかといえばキャラクターや、マスコットみたいなタイプの子だし、妹みたいと思うのは無理もないと思う。「恋愛感情を抱けるような相手じゃない」と彼も言い切っているし、その気持ちも良く分かる。
だけどその女の子は、愚痴や相談などがあると、必ず彼に言う。彼氏とうまくいかないとか、友人との間の悩みとか、そういった話を、私の彼氏にだけする。それが嫌だ。
甘え上手な女の子なのだろうとは思う。それに、自分を「妹のようだ」と公言している年上の男の人がいるとしたら、私だってきっと甘える。だって妹なら、その後面倒な展開にならずに済むし。
お互いに恋愛感情が無いのはよくわかってるから、妬いてるなんてとても言えない。ましてや相談を聞くなとか、甘やかすななんて、言えるわけがない。でも、彼氏に甘えてる女の子がいることは、すごく腹が立つ。私自身うまく甘えたり弱音を吐いたりできないので、そうやって都合良く借りられるのが、嫌で仕方ない。
やっぱり大手サークルさんでも例大祭に艦これ本を搬入するサークルさんは思ってたより多いみたいですね。
https://twitter.com/tomokity/status/465017319186374656
いいよん @_iiyon_
例大祭の宣伝だと思ったら例大祭新刊は艦これ本です!っていうのを見て( ;ω;)????
https://twitter.com/_iiyon_/status/464951672628736001
例大祭の新作を探そうとファンの人のpixiv行ってみたら、新しいイラストが艦これで溢れていて、「ああ、東方本出さないのか・・・」と一旦は諦め、日々コスズチャンズに明け暮れていたところ、例大祭直前になって急に新刊の告知を出して、「ウオオあっぶねー!」ってこう、いつも通りの日常。
https://twitter.com/lunopunzer/status/464972453509210112
例大祭に艦これがどうのって冗談でも言うなよな…。もちろん艦これに限らないが黙認されてて大丈夫だとしても、出すのを問題ないと公言してオンリーイベントの雰囲気を損なうような空気を作ろうとするなんてアウトだろそんなの。何がメインなのかぐらい考えて最低限こっそりやれよ…。
https://twitter.com/enjou_7743/status/465032298249732096
dragoner @dragoner_JP
http://d.hatena.ne.jp/hokke-ookami/20140430/1398896502を読んで、昔聞いたどこからどこまでが本当のことかわからない話を思い出したので、書こうと思う。
正確にいえば、「韓国に住む韓国人」を好きになれないと公言している。
その理由としては、外向きには、戦時中に私の曽祖父母から財産のほとんどを騙し取った外国人の詐欺師が戦後にその詐欺師の故郷の韓国へ逃げていったことを挙げている。
だが、もう一つ他人には言い難い理由があるのだと、私は幼い頃昔話を聞かされた。
(私にとっては)昔、私の大叔父の妻、私の義理の大叔母となった人を騙して貶めたのは今は韓国と呼ばれる土地で生まれ育ち今も韓国で暮らす人達だから韓国人を好きになれないという話を。
数十年経った今となっては話してくれた親戚が亡くなり、詳しく知っていそうな親戚は口を閉ざしたまま惚けたため、どこまでが本当の話か確かめられなくなってしまった。
以下、数十年前に私が聞いた話を覚えている限り書く。(以下、義理の大叔母の「義理の」を省略)
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大叔母が娘盛りのある年、姉のように慕っていた遠縁の女性に騙されて、大叔母は売春宿に売られた。
その女性は「よい奉公先を紹介してあげる」「そこで働けばよい嫁ぎ先を紹介してもらえる」と言葉巧みに大叔母を連れ出した。
大叔母は、連れてこられた奉公先(だと思っていたところ)で最初は集団で生活している男性たちのための家政婦みたいな仕事をしていたらしい。
大叔母は大叔母を連れてきた女性から「ここでのあなたの仕事は軍人さんの身の回りを整えること」と言われたのを疑わず、業者の朝鮮族の男性に「そろそろ売春の仕事もしろ」と言われるまで騙されたことにきづいてなかった。
いつのまにか大叔母はその朝鮮族の男性に膨大な借金をしていることにされていて、その借金を返すために移動して回る売春宿で働くことになっていた。
幸い、大叔母は奉公先でよりよい男性に見染てもらうつもりでお高い装飾品をいっぱい持ち込んでいたので、売春をしろと言われた後も幾週間かはその装飾品を差し出して逃れることができた。
家族に連絡を取って自分を迎えに来てくれるよう、装飾品と引き換えに出入りする朝鮮族の人に頼むこともできた。
装飾品がなくなってからは、仕方なく客を取り始めたが、数人目で家政婦仕事をしていたときにできた知り合いが客に来て、それからはその人が理不尽なことから守ってくれた。
大叔父は彼女があまりに美人で聡明で日本語が上手なので一目惚れして、大叔母の借金を全て肩代わりして、売春宿から連れ出して清掃の仕事を紹介してくれた。
さらには、大叔父は日本に帰る時に大叔母を婚約者として連れ帰り、大叔父の故郷で結婚した。
大叔父は大叔母の借金を肩代わりしたときに、大叔母の家族を探し出して大叔母と会わせようとしたらしい。
しかし、大叔母の家族は大叔母が家族のもとに戻るのを望むどころか、売春宿から大叔母を連れ出した大叔父を非難した。
大叔母は家族だった人たちと縁を切り、自分を助けてくれた大叔父と寄り添おうと決意して大叔父の故郷へきた。
大叔母のことがあったから、親戚の年寄は「韓国に住む朝鮮人は決して信用してはいけない。家族でも裏切る人たちだから」と言っていた。
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ここまでが私が覚えている昔話である。
ここからは曖昧模糊としている私の記憶の断片と推測を書かせてもらう。
大叔母が韓国で生まれ育ったと書いたが、親戚によると「優しい母と祖母、大勢の家族に囲まれて、生活に不満を覚えることなく育った」らしい。
大叔母はいいとこのお嬢さんだったとも聞いた気がするが、私の記憶違いかもしれない。
大叔母が装飾品を差し出したくだりや、大叔父が大叔母に一目惚れしたくだりは、妙に言葉を濁された気がする。
話を聞いた当時の私が子供過ぎて言えない内容なのでごまかされたか、大叔母かその息子たちのそうであって欲しいという願望の可能性が高いと思う。
大叔母の元家族が大叔父を非難した理由を、私が問うても親戚は教えてくれなかった。
これは私の推測だが、大叔母が朝鮮族の業者の下で働き続けることで大叔母の元家族に利となるような契約が結ばれていたのかもしれない。
書いてるうちに思い出してきたが、当時子供だった私がこんな子供向けじゃない昔話をされたのはカッコイイと思ってハングルなど外国の文字を書いたノートを親戚に見せたのが発端だったと思う。
ノートの英語を書き写したページを見せたら褒められたのであれもこれもと見せた……今思うと恥ずかしい。
調子に乗ってハングルを書き写したページを開いた途端親戚たちが血相を変え話し出したのだ。
私に話してくれた親戚たちははっきり言わなかったが、大叔母は慰安婦だったのではないだろうか。
30代になって飯尾のチョイスが
それまでの自分と比べて格段に成約率上がったので、
●大物司会系のゴールデンは絶対に避ける
大概は感動させられないし、番組選びを手抜きしたと思われてしまう
http://www.fujitv.co.jp/tokyo-airport/index.html
いわゆる、こういうチョイス。
わらかす下心が丸見えで、いきなりだとかなり気持ち悪い。
あと大概この手の番組は雰囲気重視で、面白さがそこそこな場合が多い。
ただし2~3番組目のチョイスとしてはアリなので知識としては抑えておく。
●必ずネタの下見をする。
一度も見たことの無いネタを飯尾に振ったりしてないだろうか?
絶対Noだ。下見のあたりをつけるのにブログは大変便利だが
下見の時に相方の人にオススメのワードを教えてもらったりすると
●相手の好みは事前に抑える。
好き嫌いや生理的嫌悪感の多さなどは、事前に調べるか聞いておく。
キャイ〜ン好きを公言している女子などは、ライブに行こうというだけで
デート持ち込めたりもする。
コント55号からやってる伝統ある事務所は、アミューズメントとしても
価値が高いし下心を隠すのにも一役買ってくれる。
●2組目もあたりを付けておく。
2組目の予約を入れる。2組目はマジックとかが良い。
出してくれるふじいとか使える。
1組のコンビは二人でワンセットが基本。
17時~22時ごろまでが1番組目。23時~25時ごろまでが2番組目。
深夜番組がチョイスできるようになる。
●1回のネタで全て決めようと思わない。
ようやく相手に「この人のしょうもない言葉は面白いし、楽しい」
と思わせることができる。初回の出演で舞い上がって
ケツ出しとかはしたらダメよ。
●番組中に次回の出演をとりつける
その気持ちをそのままに、次回の出演をとりつけよう。
ふぅ。たくさん書いて疲れた!!けど、
全部無意味な語呂合わせなので忘れてみてください。
なんか質問あっても答えないよ。
30代になってめし屋のチョイスが
それまでの自分と比べて格段に成約率上がったので、
●チェーン系のダイニングは絶対に避ける
大概は感動させられないし、お店選びを手抜きをした思われてしまう。
●雰囲気重視の店は1軒目には使わない
http://matome.naver.jp/odai/2137602311595513501
いわゆる、こういうチョイス。
男の下心が丸見えで、いきなりだとかなり気持ち悪い。
あと大概この手のお店は雰囲気重視で、味がそこそこな場合が多い。
ただし2~3軒目のチョイスとしてはアリなので知識としては抑えておく。
●必ず下見をする。
一度も行ったことのない店をデートに誘ったりしてないだろうか?
絶対Noだ。下見のあたりをつけるのに食べログは大変便利だが
本当に美味しいかどうかは必ず自分の足で調べる。
●相手の好みは事前に抑える。
好き嫌いやお酒の強い弱いなどは、事前に調べるか聞いておく。
肉好きを公言している女子などは、美味しい焼肉屋行こうというだけで
デート持ち込めたりもする。
江戸や明治からやってる伝統あるお店は、アミューズメントとしても
価値が高いし下心を隠すのにも一役買ってくれる。
●2軒目もあたりを付けておく。
2件目の予約を入れる。2軒目は美味しいお酒のお店とかが良い。
出してくれるバーとか使える。
●「美味しい飯屋→雰囲気の良い呑み屋」でワンセット
1回のデートは2軒でワンセットが基本。
18時~21時ごろまでが1軒目。21時~23時ごろまでが2軒目。
お店を変えると話題が増えるし1軒目よりも近い距離感の
お店がチョイスできるようになる。
●1回のデートで全て決めようと思わない。
美味しいご飯デートは何回も繰り返すことで、
ようやく相手に「この人と一緒のご飯美味しいし、楽しい」
と思わせることができる。初回のデートで舞い上がって
●デート中に次回のご飯をとりつける
相手が美味しいご飯に感動してくれていたら
その気持ちをそのままに、次回のデートをとりつけよう。
今度一緒に行こうよ」みたいな話は有効。
ふぅ。たくさん書いて疲れた!!けど、
なんか質問あったら答えるよ。
(追記)-----------
Q)2軒目の予約いきなり取って感じ悪くない?
A)仰るとおり勝手に予約して、強引に連れてったりしちゃダメです。
お店に電話して入れる事を確認したら、「この近くに美味しい◯◯飲める店あるけど、
まだ時間大丈夫なら少しだけどう?」みたいに提案するイメージ。
それでダメなら無理に押したりしないで、さらっと引いてください。
予約した店は彼女を帰した後にこっそりキャンセルしておきましょう。
Q)こんなんするの面倒くさい。
A)素敵な女性と楽しいご飯の時間を過ごすのに、ちゃんと準備するの
大事だと思うんですよね。たかだか1回の下見と予約電話するだけの作業。
相手が「美味しい!」って喜んでくれる顔を想像できれば
ロケハンも苦じゃないと思うんですけどね。
A)まあ成約というのは、お付き合いできることを想定しました。
速攻でホテル行ける人は、今回の記事の読者として想定してません。
Q)お前モテないだろ?
2人で飲みに行く女友達も何人もできたので書いてみました。
学生時代からセックスに困ったことのない人は絡まないでくださいw
Q)そもそも飯の時に何を会話していいかわからない。
でも会話が苦手な人ほど美味しいご飯屋さんを使って欲しい。
ネトウヨ『似た様な事は世界中でやってるのに。なんでよってたかって否定されちゃうんだろう。』
はてサ『トラブルって怖いよね。で、慰安婦制度が自由売春だったかどうか知りたいんだけど、慰安婦の廃業の自由や休業の自由の証拠になる、それらを認可した公文書はある?』
ネトウヨ『大きな、大きな流れに潰されそう…』
ネトウヨ『え?ごめんよく聞こえなかった』
はてサ『あ、えーと、、慰安婦制度における廃業や休業を認可した公文書はあるかな?』
ネトウヨ『何で?』
はてサ『あ、えーと、《慰安婦制度》は、“白馬事件”や中国大陸での事例で、所謂《狭義の強制連行》も確認されているのだけどそれはさておき、《狭義の強制連行》の有無に関わらず、当時の法や国際条約に照らしてみても違法で非人道な《強制管理売春》だって言われてるんだよね? 当時の日本の各地の県議会が《廃娼決議》を出しているのもそうした事情に依る。《請求権》放棄云々言う人もいるけど、国家間のそうした取り決めは、個人や民間企業を拘束可能なものではない。国家と個人は同一ではない。慰安婦を置いていた慰安所は、大勲位中曽根先生も設置に関与していたと公言している程に、下請けが勝手にやったことでも何でもない立派な公機関だと幾つかの史料で立証されていてさ。軍を含む役所の類の業務には、公文書が絶対に付き物なんだ。そして、慰安所関連で、慰安婦達について、《自由売春》に必須の《廃業の自由》や《休業の自由》を証明する、それらを認可した公文書があれば、弁護の材料になるかも知れないから。日本側に有利な証拠を日本が自分で隠滅する理由は無いので、あるならある筈だし。無いならつまりアウトだけど。きみが正しいなら、無い訳は無いよね』
ネトウヨ『何の?』
はてサ『え?』
ネトウヨ『ん?』
はてサ『慰安婦制度が自由売春か強制売春かどうか知りたいから、公文書を見せてくれないかな?』
ネトウヨ『でも慰安婦はただの売春婦なんだから公文書を見せる必要ないよね?』
はてサ『いや、だから。それを知りたいから公文書を見せて欲しいんだけど。』
ネトウヨ『怒ってるじゃん。何で怒ってるの?』
はてサ『大丈夫だから。怒ってないから。大丈夫、大丈夫だから』
facebookとlineはやっていないがtwitterはやっている。
職場関係の人間と関係性は恐らく普通であるがプライベートでの付き合いはほぼないし、
リアルにおいて自分の趣味が漫画アニメゲーム歴史と同人創作及びフィギュア収集だなんて言えるわけが無い。
(ジャブをかまして同類を見つけソイツと友達になるなんて芸当が出来る術を身につけていたらリア充になれたろうに!)
つまり自分にとってのリアルで趣味に没頭できるのは自室のみのオンリーワンということになる。
でもやっぱり趣味について話をしたい!・・・うん、結局それに尽きる。
かといってお互いの人格を把握した上で語るとなるとどうしても相手を意識して言論を控える。
となるとfacebookとlineはほぼリアルでの人間関係になってしまうから自分みたいな人間には端から論外のツールで
ある程度匿名性が保たれるとはいえ、twitterも会話は@を飛ばす一対一になりがちで
所謂学級会のように不特定多数が一箇所に集まってガヤガヤ一つのテーマを語り、色んな相手と無節操に会話できるのは
まとめ民はまとめとそのコメント欄で自分の意見を肯定されたと満足を得るのだろうけども
まとめでは熱気をはらんだまま語れないし。
專スレだとノイズもさほどないし、気になるなら專ブラや2chmateであぼんすればすっきりする。
そんな訳で自分にとって唯一自分の立場を気にせずに多数と語れる場は2chしかないので2chを使ってる。
(話はそれるが)
自分はネラーだが世間でザ・2ch!の代名詞に掲げられるようなケンモだのvipだのニュー即だの使ったことがない。
あそこはネラーでも自己顕示欲が強い人間ばかりにしか見えないし、あんなところより専門板專スレの方が情報集約されてる。
無断転載問題といわれても他のサイトソースをそのまんま持ってくるってのは上で上げたザ・2ch!代名詞の話であって
自分の常駐場所だとうpった写真が転載されて・・・ってのが酷かった。
スレまとめwikiがあるだけに、それがアフィに使われる事への不満たるや。
jimとひろゆきの騒動はひろゆきの訴訟回避故に会社を売って~から起因しての金銭トラブルっぽいけど
旧運営のようにアフィブログ経由して利潤をホウボウに提供する土台になる「転載元ソース2ch」ってのはいやだな。
2ch運営のまとめブログなりwikiで2chスレをまとめて2ch内で帰結し
安倍晋三という政治家を批判、無論良くない意味での批評を論じてしまえば、ネット右翼と称される連中から非国民とか在日朝鮮人に認定されてしまうほど
これには裏に言論封殺魔が潜んでいると思われる。
何を隠そう、安倍晋三は下野時代にはたびたび2ちゃんねる、ネット界の情報発信源の一つに降臨して様々な意見交換をしたことで2ちゃんねるの住人およびネット右翼ことネトウヨに広く期待されるようになっているわけだから、今回の一件においても彼らを煽動して都合の悪い情報や批判に蓋をしてしまおうとしているのであろう。
そうでなければ、何故にリベラル派を左翼と断定してしまうのか。あるいは、安倍批判そのものが日本人に非ずといった誤解がなされてしまうのか
この異常なほど熱心な安倍神教が戦争賛美をしても若い人には何の得もないことは、第二次大戦時に残った記録や史書、公文書からも明らかであるのに、却って国防のために戦争されるべきだと公言するのである。
それがなされれば、その足枷ともいうべき日米安保理は全く必要がないことになるばかりか、アジアの威信を取り戻すという名の下に行われた殺戮行為を正当化する大日本帝国時代を彷彿させるばかりではないか。
今となっては、中国も韓国も同情するに値しないが、少なくとも戦争できる国というのは、何も隣国に戦争を仕掛けることを危惧しただけでなく、先日韓国軍に武器を流すなど軍需産業を第一とした闇商人たる危うい将来を悲観しての表現である。
個人的には伊藤氏本の面白さは文章というか文体の面白さもあったと思う。
徹底した自己開示と執拗な自己解釈による独演を社会に提示した喪服の死神。
幼少の個人的出来事からネット右翼、アベノミクスまで論じ上げた喪服の被告人意見陳述は、他者による分析を拒む防壁として構築されたが、ひとつだけ、さらりと流されて違和感を放つ、セクシャリティのカムアウト。
陳述で同性愛を告白し、ボーイスラブ系二次創作での人気に執心したことを事件の発端とするも、彼はセクシャリティに関してだけは、言及を拒む。
自分が「手に入れたくて手に入れられなかったもの」について列挙しておきますと、上智大学の学歴、バスケマンガでの成功、ボーイズラブ系二次創作での人気の3つになります。
…
31年前に同性愛に目覚め、同じ年に母親から「お前は汚い顔だ」と言われ、26前に「聖闘士星矢」のテレビアニメを見たいとお願いして父親に殴り飛ばされ、24年前にバスケのユニフォームに対して異常なフェチシズムを抱くようになり、22年前にボーイズラブ系の二次創作同人誌を知ったという積年の経緯があります。
…
自分に対して理不尽な罰を科した「何か」に復讐を遂げて、その後に自分の人生を終わらせたいと無意識に考えていたのです。ただ「何か」の正体が見当もつかず、仕方なく自殺だけをしようと考えていた時に、その「何か」の代わりになるものが見つかってしまったのです。それが「黒子のバスケ」の作者の藤巻氏だったのです。ですから厳密には「自分が欲しかったもの」云々の話は、藤巻氏を標的として定めるきっかけにはなりましたが、動機の全てかと言われると違うのです。
「手に入れたくて手に入れられなかったもの」「何か」「自分が欲しかったもの」。
執拗な自己解釈を行う喪服が、ひたすらに言及を拒む「何か」は、すなわち、セクシャリティの肯定である。
喪服のまとめサイト的な自己ツッコミは、非モテ的自意識には向けられて、彼は饒舌にウェブ上に氾濫する非モテキモオタの類型コピーを演じて見せるが、一方で、自らのセクシャリティたる同性愛については、まるで《安価》が付けられていない。
本来なら最も語られるはずの内心、セクシャリティが鎮座する位置は、自らを汚物とみる自意識に代替されている。
動機について申し上げます。一連の事件を起こす以前から、自分の人生は汚くて醜くて無惨であると感じていました。それは挽回の可能性が全くないとも認識していました。
汚くて醜くて無惨、自らを汚物と信じた喪服。
もし彼が自身と違う肉体を持つ他者に性欲を向けること、例えば空想の中でオークに成り代わり女騎士を犯すことで充足できるセクシャリティなら、あるいは始めから性的な身体をもつと社会的に扱われている性別なら、自らの身体性が「汚くて醜くて無惨である」と信じながらも、少なくともはじめの一歩を踏み出すことはできただろう。
ヘテロセクシズムに覆われた社会において、セクシャル・マイノリティは「自分はセクシャルな存在である」と現実世界に足を踏み出せない限り、または誰かが手をさしのべてくれない限り、それがマイノリティとして否定された経験だったとしても、はじめの一歩を得られなければ“セクシャリティあるもの”として存立できない。
彼の「本当のセクシャリティ」は否定すらされなかったかもしれない。喪服は何の理由もなく、つまり、ホモ、オカマと罵られたのではなく、身体的なものをあるがままに、母親に汚い顔だと罵られた過去を呪った。それは純粋な身体性の否定であってホモフォビアとの遭遇ですらない。
ホモフォビアとの遭遇は、「ホモと笑われるのが辛かった」と、その苦しみを語ることで、自らを疎外されたマイノリティとして位置づける。
喪服の空想におけるセクシャリティは、思春期にボーイズラブによって徹底的に肯定された一方で、彼の現実のセクシャリティ、喪服が“手に入れたくて手に入れられなかった”身体性の肯定は、同性愛の自認と同時期に行われた“汚い顔”と身体的否定によって抑圧される。
自らを汚物と信じた喪服は、現実のセクシャリティ、それによって他者と繋がる身体性を否定して、汚物は誰かを愛することもできないと、性愛を禁じてすらいる。
自分は愛する人を失ったのではなく、愛する人が初めからいないのです。ここ15年くらい殺人事件や交通事故の被害者遺族が、自分たちの苦しみや悲しみや怒りをメディア上で訴えているのをよく見かけますが、自分に言わせれば、その遺族たちは自分よりずっと幸せです。遺族たちは不幸にも愛する人を失ってしまいましたが、失う前には愛する人が存在したではありませんか。自分には愛する人を失うことすらできません。
LGBT当事者の書籍として頻繁に持ち出される「ボクの彼氏はどこにいる? - 石川大我」と比較すれば、タイトルに違いが現れている。
今ではオープンリーゲイを公言する政治家である石川大我が、自分は人を愛するに足る存在であると信じることができた一方で、喪服の語る言葉は「愛する人が初めからいないのです」である。
愛する人がはじめから喪われている、すなわち、自らの性愛が喪に服しているからこその喪服の死神であり、一文字で暗喩された「喪」とは非モテを示す。
2000年代、2ちゃんねるやはてななど、ウェブ上で隆盛した「非モテ」とは、自らの身体性あるいは性価値に対する自己否定、キモいと罵られた汚物のような人間は誰かを愛するにも不足するという絶望を、自らに対して自己否定のレッテルを貼り付けることで自己肯定に転嫁する、クィアにも似た試みであるが、やがて、彼らにはじめから内包されていた自己否定によって自壊した。
あくまで非モテと呼ばれたことで、モテるか否か、恋愛関係にあるか否かという状態や能力について論じられてしまった非モテだが、彼ら非モテ、あるいは非リアといった類似物も含めて、彼らは「そうであること」に価値を見いだすのでは無く「そうでないこと」によって存立し、非モテを成り立たせていた人々は状態や能力を求める人間ではなく、藁にもすがる思いで自己否定のレッテルに飛びついた人々である。
自分がどれだけ汚物か、気持ち悪いか、失敗しているか、誰かの指摘に先んじて自己開示をし、誰に言われる前に自らを否定する、終わりなき自己否定のスパイラルは、非モテの名の下に集った人々に、わずかばかりの肯定を与えた。
自己否定のレッテルにより肯定される彼らの自意識の中核にあるものは、唯一、自らをキモいと思い込まざるを得なかった幼少期の経験に由来している。
しかし「生まれたときから罰を受けている」という感覚はとてもよく分かるのです。自分としてはその罰として誰かを愛することも、努力することも、好きなものを好きになることも、自由に生きることも、自立して生きることも許されなかったという感覚なのです。
…
幼少期、まだ子供の非モテたちに向けられたキモいという言葉は、思春期、セクシャリティが開花する時期を真っ黒に塗り潰す。
汚物に等しい人間は誰かを愛するにも不足するという絶望は、彼らのセクシャリティを現実を生きる他者に伝えることを禁じて、彼らの性愛は空想へと向けられていく。
本来ならば健全なセクシャリティが鎮座する位置は、自らを汚物とする自意識に取って代わられ、歪な自意識は癒やされること無く成長と共に発展し、ウェブ上で隆盛したモテない男に由来する数々のミームに乗っ取られた怨執甚だしい精神構造を完成させた一方で、耽美な世界を描いたボーイズラブ系二次創作を愛した喪服の死神。
現実では“自分のような汚い顔のキモブサメン”と自嘲して、空想では女性の世界の性愛に耽溺している。
喪服のチグハグなセクシャリティの表出には、彼の現実と空想、性の繋がりを感じさせない。
「何か」が欠落してしまっていた。
ウェブ上での自己開示および匿名の対話者からの反応を慰撫とする行為は、今や誰もが行っており、本来なら十分にウェブの中で機能して、現実世界で怨執を露呈する必要はない。
だが、喪服の自意識の歯車は、ウェブの言論歯車と噛み合わなかった。
喪服の自己対話は精緻であって、他者の解釈に先回りして応答し、全体としては分析をさせる余地を与えないほど堅牢であるも、彼の脳内にインストールされたウェブ言論と、彼自身の対話においては、歯車の噛み合わないチグハグさが漏れ出している。
このチグハグさは、喪服が扱ったネット用語に明瞭に現れている。
さらに自分は生まれてから一度も恋人がいたことがありません。その道のプロにお金を払うという手段を含めても性交すらしたことがありません。恋人いない歴=童貞歴=年齢です。自分はネットスラングで言うところの「魔法使い」です。
喪服が自らの性について語る言葉は徹底してウェブ上の異性愛社会で用いられる言葉であって、セクシャル・マイノリティの為に用いられる言葉は現れない。
自らを異性愛者の視点から「同性愛者」と規定し、異性愛者の非モテが用いた造語で「キモメン童貞魔法使いw」と自嘲し、「ボーイズラブ系の二次創作」と腐女子の言葉で性指向を空想している。
喪服の自己対話には、セクシャル・マイノリティが自らをセクシャル・マイノリティとして規定する言葉が、どこにもない。
というより、喪服がウェブで本心を語ろうとも、それに噛み合う言論の歯車はあっただろうか。
非モテから同性愛者を斥けてミソジニーとホモソーシャルの産物と断罪するセクシャリティ論。
女性たちのホモソーシャルであるボーイズラブ系二次創作の世界。
最後だけは、本当に、ひとつだけ、自己否定のトンネルのなか視野狭窄した彼が自らのセクシャリティの本心を発露して、肯定されうる場を見たならば、思春期から愛し続けたボーイズラブ系二次創作を介した他者による肯定だったのかもしれない。
しかし、喪服が創作するには、表現の原動力たる空想の世界は耽美であるも、空想と同一の肉体を持つ彼の身体性は汚物であって、空想と現実を繋ぐ彼の言語空間はウェブ上で構成された非モテミームに乗っ取られており、格差は恨みを募らせていく。
喪服が、セクシャリティの肯定を得るために行わなければならなかった努力。
本当なら、とても近しい接触によってなされるセクシャリティの肯定は、喪服においては、女性たちが作る社会における創作の表現に対する賞賛という、とても遠い彼方からの肯定の可能性が、ただひとつ、自己否定のトンネルに差す光として見えるのみ。
もしも努力の果てに肯定が得られたとしても、彼に与えられるのは二次元のベールを通した、空疎であたたかみの無い接触である。
喪服は、呪っただろう。
喪服が手に入れたくて手に入れられなかったセクシャリティの肯定を、可能性として見いだしたボーイズラブ系二次創作の賞賛を得る者を。
空想における愛情は、現実における怨執へと置き換わり、耽美な世界で肥大化した自我は、現実世界の自己表現を求めて、自走する。
喪服が見た光の絶望的な遠さは、彼が呪いを向ける対象への距離に変わった。
喪服に残された肯定的な表現手段は、呪いを振りまく脅迫状の郵送に変わった。
喪服が望んだ「何か」、口にすることすら拒んだ人の暖かみによるセクシャリティの肯定は、自己否定の結末として、無機質な統治権力による罰として具現化する。
恐らく重度のネット依存だった喪服の実生活、喪服が生きた思い出の中にも、彼のセクシャリティを、わずかにも肯定した「何か」は存在しなかったはずだ。
喪服は、斑目晴信がオタク濃度を感じたように、キモオタが秋葉原に得るしっくりと来るさまを感じ取ることが出来ただろうか。
喪服は、ボーイスラブ系二次創作を手に取るとき、美しい男を愛する女性の為に作られた空間に踏み入れた、汚物に等しい男を見る目に、何を感じ取っただろうか。
喪服は、自覚することはなかっただろう。
喪服は、徹底して、自らのセクシャリティを、完膚なき自己対話によって、自己疎外した。
執拗に繰り替えされる自己解釈は、彼が求めた「何か」の中核を、自らに気付かせないための自己防壁として機能する。
自己疎外された人々が、自らに自己否定のレッテルを貼り付けることで、健全な精神をギリギリのところで保った非モテの論理。
2000年代に爆発的に流行し、2010年代の始まりと共に終わった非モテは、童貞を中心とするヘテロセクシズムであり、同性愛者の喪服を救わなかった。
喪服が愛したボーイズラブは、あくまで女性のホモソーシャルの世界であって、男の喪服を救わなかった。
セクシャリティを否定された者たちが、自らを疎外されたマイノリティと位置付けて語るLGBTは、セクシャリティのはじめの一歩を踏みだせた者たちのための論理であって、非モテの喪服を救わなかった。
《身長×体重×年齢》と、身体性をコード化して他者と繋がる様式を持つゲイ社会は、身体性を否定された喪服を救わなかった。
身体性を否定された喪服がセクシャリティ育むべき思春期に愛したものは、空想における同性愛であり、彼を耽美な世界に誘い込み、彼の自我を肥大させて、現実を呪った。
3/24(月)に放送された SMAP×SMAP のビストロ SMAP のコーナ内にて、
草なぎ剛が「あの事件」以来、5 年ぶりにお酒(ビール)を口にした。
「あの事件」というのはご存知の通り、2009 年 4 月 23 日に公園内で
泥酔して全裸になり、公然わいせつ罪で現行犯逮捕された事件のことだ。
事実、2013 年元日のイベントでは、鏡開きの音頭をとりつつも、
お酒は口にしなかったようだ。
(草なぎ剛が AKB48 におしぼり配り。CDTV の鏡開きで禁酒貫く http://japan.techinsight.jp/2013/01/kusanagi-cdtv2012-kinsyu20130101.html)
ビールを飲むまでの流れはこんな感じだ。
この日はタモリがビストロSMAPのコーナーにゲストで登場。中居正広が32年間続いた長寿番組「笑っていいとも!」の労をねぎらおうと、
「ぼくらと乾杯してもらえませんか?」と切り出し、ビールを注文。
「ぼくはお茶で…」と口にした草なぎに対し、「いいよ、禁酒いいよ、もう。さんざん(禁酒)やったんだから」と声をかけた。
(草なぎ剛 事件以来5年ぶりお酒解禁 http://www.daily.co.jp/newsflash/gossip/2014/03/24/0006806030.shtml より引用)
このあと中居が「色んな味がするビールだな。剛よかったな」とコメントしている。
ネットユーザは、ほとんどがこの一連の流れを「美談」として語っている。
ビールを口にする草なぎに対して、祝いの言葉をかけたり、感動して涙ぐんだりする人が多いようだ。
(ソースは twitter 検索で 「草なぎ[薙、彅] ビール[アルコール] 等で検索した結果)
だが、果たして彼が 5 年間の禁酒を破ってビールを飲んだことは、手放しに喜べるのだろうか。
僕にはそうは思えない。彼がアルコール依存症だった場合、せっかく続けてきた禁酒(正確には断酒)を
彼は国民的アイドルグループ(と呼ばれている)のメンバの一人だから、
イメージの問題もあると思われるので、仮にそうだとしても簡単には公言できないだろう。
もしかしたら他のメンバにも打ち明けてないのかもしれない。
彼がアルコール依存症であろうとなかろうと、少なくとも、2013 年の元日には貫けた断酒の意志は、タモリの一言で崩れてしまった。
タモリも中居も、草なぎがアルコール依存症であるとは考えなかったのだろうか。
限りなく断りにくい雰囲気を作り出し、「いいとも!」と言わせたいがために、
彼の 5 年の苦労を台無しにした彼らに対する違和感を、僕は拭えずにいる。
かつて好きだった人が付き合っているのが俺の友達で、
向こうはそれをこちら側に悟られないように努めているようなんだけれど、
自分が彼らと話しても、いつもと変わらない感じで接してくれている。
それがつらいというか、憎いというか、いらだちを覚えるというか、
「付き合っているなら隠さないでそれらしく振る舞ってくれ」と思ってしまう。
自分が狭量だからなのか、あるいはまだ彼女をあきらめきれていないからなのか、
こういった彼らの行動を見ると、どことなく、もやもやとした気持ちになる。
付き合っているならば付き合っていますと公言してくれればいいのに。
もちろん実際自分が彼らが楽しそうにしている姿を見る事で、
彼女に対する気持ちに整理がつくのではなかろうかという利己的な思惑もある。
だけど、付き合っているという事はそれはそれで幸せな事なのだから、隠す必要なんてないんじゃないかな。
何かと横やりを入れられるのが嫌なのかもしれないけれど、
周りはそういうようなことをするようには思わないし、
むしろそういうことについてオープンな感じなのだから、気にする必要もないと思う。
付き合っているならば付き合っていると言ってほしい。
ぼんやりと働いているうちに童貞のまま25歳になってしまった。
もっと若かった頃は飲み会でポロッと「実は童貞なんですよー」などと言ってもネタにしてもらえていた。
最近は場が凍ってしまうこともしばしばなので、うかつに公言できない。
問題は一度リアルで本番を経験してしまうと、2次絵で抜けなくなる恐れが有ることだ。
働いているとはいえ、400万以下の年収では性欲をすべて風俗で消費することは不可能である。
非常に低廉なコストで毎日抜ける2次絵を使用できなくなるのは、懐にかなりの痛手だ。
次クール見るべきアニメを熱く語っていた連中が彼女ができた途端、
やはり本物を体験してしまうと、絵に書いた女には興奮できなくなってしまうのだろうか。
でも仕事は続ける!と鼻息荒く公言している人だったのでたぶん自分が仕事をこなせていないという認知すらできない人だったのだろう。
今年度中途採用で入ってきた新人(と言っても似たような職種の経験がある中年の人)がすごかった。
指示を理解できない、そのために勝手な解釈で動く、注意すると上司に逆ギレ…この悪循環を繰り返し、職場の生産性が著しく低下した。
私はその人と同じグループで仕事をしていたので、それはもう迷惑を蒙った。
でも仕事は続ける!と鼻息荒く公言している人だったのでたぶん自分が仕事をこなせていないという認知すらできない人だったのだろう。
だから来年度もまた同じことの繰り返しか…と思っていたら、突然の退職宣言。
どこかで安心している自分と、今まで繰り返し伝えてきたことはすべて無駄になったのか、という空しさとが残った。
でももう終わりになるなら、もうあの人には何も求めまい。あの人の分まで仕事するしもう文句も言わないよ。だってもうすぐ終わるんだから。