http://d.hatena.ne.jp/hokke-ookami/20140430/1398896502を読んで、昔聞いたどこからどこまでが本当のことかわからない話を思い出したので、書こうと思う。
正確にいえば、「韓国に住む韓国人」を好きになれないと公言している。
その理由としては、外向きには、戦時中に私の曽祖父母から財産のほとんどを騙し取った外国人の詐欺師が戦後にその詐欺師の故郷の韓国へ逃げていったことを挙げている。
だが、もう一つ他人には言い難い理由があるのだと、私は幼い頃昔話を聞かされた。
(私にとっては)昔、私の大叔父の妻、私の義理の大叔母となった人を騙して貶めたのは今は韓国と呼ばれる土地で生まれ育ち今も韓国で暮らす人達だから韓国人を好きになれないという話を。
数十年経った今となっては話してくれた親戚が亡くなり、詳しく知っていそうな親戚は口を閉ざしたまま惚けたため、どこまでが本当の話か確かめられなくなってしまった。
以下、数十年前に私が聞いた話を覚えている限り書く。(以下、義理の大叔母の「義理の」を省略)
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大叔母が娘盛りのある年、姉のように慕っていた遠縁の女性に騙されて、大叔母は売春宿に売られた。
その女性は「よい奉公先を紹介してあげる」「そこで働けばよい嫁ぎ先を紹介してもらえる」と言葉巧みに大叔母を連れ出した。
大叔母は、連れてこられた奉公先(だと思っていたところ)で最初は集団で生活している男性たちのための家政婦みたいな仕事をしていたらしい。
大叔母は大叔母を連れてきた女性から「ここでのあなたの仕事は軍人さんの身の回りを整えること」と言われたのを疑わず、業者の朝鮮族の男性に「そろそろ売春の仕事もしろ」と言われるまで騙されたことにきづいてなかった。
いつのまにか大叔母はその朝鮮族の男性に膨大な借金をしていることにされていて、その借金を返すために移動して回る売春宿で働くことになっていた。
幸い、大叔母は奉公先でよりよい男性に見染てもらうつもりでお高い装飾品をいっぱい持ち込んでいたので、売春をしろと言われた後も幾週間かはその装飾品を差し出して逃れることができた。
家族に連絡を取って自分を迎えに来てくれるよう、装飾品と引き換えに出入りする朝鮮族の人に頼むこともできた。
装飾品がなくなってからは、仕方なく客を取り始めたが、数人目で家政婦仕事をしていたときにできた知り合いが客に来て、それからはその人が理不尽なことから守ってくれた。
大叔父は彼女があまりに美人で聡明で日本語が上手なので一目惚れして、大叔母の借金を全て肩代わりして、売春宿から連れ出して清掃の仕事を紹介してくれた。
さらには、大叔父は日本に帰る時に大叔母を婚約者として連れ帰り、大叔父の故郷で結婚した。
大叔父は大叔母の借金を肩代わりしたときに、大叔母の家族を探し出して大叔母と会わせようとしたらしい。
しかし、大叔母の家族は大叔母が家族のもとに戻るのを望むどころか、売春宿から大叔母を連れ出した大叔父を非難した。
大叔母は家族だった人たちと縁を切り、自分を助けてくれた大叔父と寄り添おうと決意して大叔父の故郷へきた。
大叔母のことがあったから、親戚の年寄は「韓国に住む朝鮮人は決して信用してはいけない。家族でも裏切る人たちだから」と言っていた。
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ここまでが私が覚えている昔話である。
ここからは曖昧模糊としている私の記憶の断片と推測を書かせてもらう。
大叔母が韓国で生まれ育ったと書いたが、親戚によると「優しい母と祖母、大勢の家族に囲まれて、生活に不満を覚えることなく育った」らしい。
大叔母はいいとこのお嬢さんだったとも聞いた気がするが、私の記憶違いかもしれない。
大叔母が装飾品を差し出したくだりや、大叔父が大叔母に一目惚れしたくだりは、妙に言葉を濁された気がする。
話を聞いた当時の私が子供過ぎて言えない内容なのでごまかされたか、大叔母かその息子たちのそうであって欲しいという願望の可能性が高いと思う。
大叔母の元家族が大叔父を非難した理由を、私が問うても親戚は教えてくれなかった。
これは私の推測だが、大叔母が朝鮮族の業者の下で働き続けることで大叔母の元家族に利となるような契約が結ばれていたのかもしれない。
書いてるうちに思い出してきたが、当時子供だった私がこんな子供向けじゃない昔話をされたのはカッコイイと思ってハングルなど外国の文字を書いたノートを親戚に見せたのが発端だったと思う。
ノートの英語を書き写したページを見せたら褒められたのであれもこれもと見せた……今思うと恥ずかしい。
調子に乗ってハングルを書き写したページを開いた途端親戚たちが血相を変え話し出したのだ。
私に話してくれた親戚たちははっきり言わなかったが、大叔母は慰安婦だったのではないだろうか。